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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D04B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D04B
審判 全部申し立て 2項進歩性  D04B
審判 全部申し立て 特174条1項  D04B
管理番号 1354086
異議申立番号 異議2018-700965  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-09-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-11-29 
確定日 2019-07-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6332825号発明「中材用経編布帛」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6332825号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。 特許第6332825号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6332825号の請求項1及び2に係る特許についての出願は、平成29年9月5日の特許出願であって、平成30年5月11日にその特許権の設定登録がされ、平成30年5月30日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

平成30年11月29日:特許異議申立人吉野世史子(以下「申立人」という。)よる特許異議の申立て
平成31年1月25日:申立人による手続補正書(方式)の提出
平成31年2月14日付け:取消理由通知
平成31年4月17日:特許権者による意見書の提出及び訂正の請求
令和元年6月4日:申立人による意見書の提出

第2 訂正の請求についての判断
1 訂正の内容
平成31年4月17日の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第6332825号の明細書、特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1及び2について訂正することを求める。」ものであり、その訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布に弾性糸を緯糸挿入して横方向に蛇腹状に伸縮形成され、
上記ネット状基布には仮撚加工した糸が含まれていない、中材用経編布帛。」とあるのを、「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布に、ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛(ただし、仮撚加工した糸を含む中材用経編布帛を除く)。」に訂正する。

(訂正事項2)
本件特許明細書の【0007】に「弾性糸を緯糸挿入して」とあるのを、「弾性糸を経糸挿入して」に訂正する。

(訂正事項3)
本件特許明細書の【0023】に「基布全体の横方向に強い伸縮性を付与するのである。」とあるのを、「基布全体の経方向に強い伸縮性を付与するのである。」に訂正する。

なお、訂正前の請求項1及び2は、請求項2が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項ごとに請求されている。
また、訂正事項2及び3は、当該一群の請求項を対象とするものであり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条4項の規定に適合する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
上記訂正事項1は、弾性糸について、「ゴム弾性糸」に限定し(以下「訂正事項1-1」という。)、中材用経編布帛について、「寝具又は衣料の中材用経編布帛」に限定し(以下「訂正事項1-3」という。)、中材用経編布帛について、訂正前の「ネット状基布には仮撚加工した糸が含まれていない」ものであることから、「仮撚加工した糸を含む中材用経編布帛を除く」ものへと限定し(以下「訂正事項1-4」という。)、さらに、訂正前の「弾性糸を緯糸挿入して横方向に蛇腹状に伸縮形成され」ることが、本件特許明細書の【0020】の「さらに、地組織の編成と同時に地筬とは別筬でゴム糸等の弾性糸を挿入して基布全体に強い伸縮性を付与するのである。」との記載を参酌すると、「緯糸挿入」が「経糸挿入」の明らかな誤記であり、「横方向」が「経方向」の明らかな誤記であることを訂正するもの(以下「訂正事項1-2」という。)であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に規定する特許請求の範囲の減縮及び誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項1は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に(最初に)添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項1-1は、本件特許明細書の【0020】の「さらに、地組織の編成と同時に地筬とは別筬でゴム糸等の弾性糸を挿入して基布全体に強い伸縮性を付与するのである。」及び【0023】の「粗い密度によって編成された地組織にゴム糸を適宜導糸して、基布全体の横方向に強い伸縮性を付与するのである。ゴム糸の挿入本数、間隔は出来上がり製品の使用目的によって容易に変更可能である。」の記載、上記訂正事項1-3は、本件特許明細書の【0006】の「そこで、本願では薄手・軽量で洗濯が容易且つ速乾性を有する、形状安定性に特に優れた寝具や衣料の中綿素材の提供を目的とする。」及び【0022】の「本願の経編布帛は寝具等の中材又は衣料の中綿素材として使用される」の記載、上記訂正事項1-2は、願書に最初に添付した明細書の【0020】の「さらに、地組織の編成と同時に地筬とは別筬でゴム糸等の弾性糸を挿入して基布全体に強い伸縮性を付与するのである。」の記載に基づくものである。
そして訂正事項1-4は、本件特許明細書に中材用経編布帛として、仮撚り加工した糸を含むものと、仮撚り加工した糸を含まないものとが記載されていたことに基づくものである。
したがって、上記訂正事項1は、願書に(最初に)添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項(括弧書)に適合するものである。
エ 申立人の主張について
申立人は令和元年6月4日の意見書において、
(ア)訂正事項1-1は、「ゴム弾性糸」が「ゴム弾性」を有する「糸」を意味するから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものでない(1頁下から9行?2頁下から7行)。
(イ)訂正事項1-2は、実質上特許請求の範囲を変更するものである(2頁下から6行?3頁下から2行)。
旨主張する。
しかし、
(アについて)
本件特許明細書の【0020】には、「ゴム糸等の弾性糸」と記載されており、弾性糸の例示としてゴム糸が挙げられている。
そして、「弾性糸」として、捲縮糸等の主に形状により高い弾性を発揮する糸とゴム糸等の素材そのものの性質であるゴム弾性を有する糸が存在することは技術常識であるから、「ゴム弾性」を有する「糸」、すなわち「ゴム弾性糸」は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内である。ゆえに、請求人の当該主張は当を得ないものである。
(イについて)
訂正事項1-2は、上記アのとおり、明らかな誤記を訂正するものであり、訂正前の「緯糸挿入」、「横方向」が、それぞれ「経糸挿入」、「径方向」を意味することは明らかであるから、当該訂正は実質上特許請求の範囲を変更するものとはいえない。ゆえに、請求人の主張は、当を得ないものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
上記訂正事項2は、訂正前の本件特許明細書の【0007】の「緯糸挿入」が、【0020】の記載に照らして、「経糸挿入」の明らかな誤記であることを訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項は、願書に最初に添付した明細書の【0020】の記載に基づくものであるから、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項括弧書に適合するものである。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
上記訂正事項3は、訂正前の本件特許明細書の【0023】の「横方向」が、【0020】の記載に照らして、「経方向」の明らかな誤記であることを訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項は、上記アのとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項は、願書に最初に添付した明細書の【0020】の記載に基づくものであるから、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項括弧書に適合するものである。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項並びに同条第9項において準用する同法第126条第4項、第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1、2〕についての訂正を認める。


第3 本件特許発明
上記のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下「本件発明1及び2」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布に、ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛(ただし、仮撚加工した糸を含む中材用経編布帛を除く)。
【請求項2】
編成密度が1cm5目コースから20目コースである請求項1記載の中材用経編布帛。」

第4 当審の判断
1 取消理由の概要
平成31年2月14日付け取消理由通知の概要は、以下のとおりである。

(1)(明確性要件)本件特許に係る出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
(2)(進歩性)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証記載の発明及び甲第2号証?甲第5号証記載の事項に基いて、又は甲第4号証記載の発明及び甲第1号証?甲第3号証、甲第5号証記載の事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。



(1)明確性要件について
(1-1)請求項1中の「ネット状基布に弾性糸を緯糸挿入して」の記載は、本件特許明細書の文言と整合しておらず、その意味するところが不明確である。
(1-2)請求項1中の「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布に弾性糸を緯糸挿入して」との記載は、ネット状基布を縦糸と緯糸とで編成した場合、緯糸挿入される弾性糸とネット状基布に用いられるマルチフィラメント糸のみの緯糸とがどのような関係となっていることを特定しているのか明確でない。
(1-3)請求項1中の「横方向に蛇腹状に伸縮形成され」は、本件特許明細書の【0020】を参酌すると、伸縮は径方向に起こっていると理解され、「横方向」がどの方向を特定しているのか不明確である。
(2)進歩性について
<刊行物>
甲第1号証:特許第6128720号公報
甲第2号証:特開2016-55036号公報
甲第3号証:特開2013-177721号公報
甲第4号証:実願昭54-4403号(実開昭55-103285)のマイクロフィルム
甲第5号証:日本マイヤー株式会社経編全集編集委員会編、「経編全集」、株式会社繊維技術ジャーナル、昭和57年10月1日、p.1-15、182-199、230-233、298-301

2 取消理由についての判断
(1)明確性要件について
上記1(1)の(1-1)?(1-3)は、本件訂正により明確となり、理由のないものとなった。

(2)甲第1号証を主引用例とした場合の本件発明1について
ア 甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には以下の事項が記載されている。
(ア)「【請求項1】
緯糸挿入機能を有する経編機を使用して編成された経糸幅を1cm以上離して編成した経編生地に、仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸を緯糸としてテンションをかけながら挿入し、その後テンションを解放して綿状に開繊した状態で保持したことを特徴とする中綿シート。」
(イ)「【課題を解決するための手段】
【0009】
緯糸挿入機能を有する経編機を使用して経糸幅を1cm以上の間隔で粗く編成した経編生地へ仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸を挿入しながら編成したのち、編み機から外して張力を取り除いて緯糸を開繊させ、綿状にするのである。また緯糸の一部に弾性糸を挿入して編成するのである。
【発明の効果】
【0010】
給糸される経糸幅を1cm以上の間隔をあけて粗く編成した経編生地へ捲縮性の高い緯糸を挿入して編成し、編み機から外して張力を除いて緯糸を開繊させるため、空気を含んで綿状に膨らんでボリュームアップし、保温性が高いソフトな風合いを有する中綿シートが得られ防寒用衣料の好適な保温材が得られる。
【0011】
綿状に膨らむ緯糸は経編生地に編み込み保持されているため、綿の吹き出しといった欠点がなく形状安定性に優れる。
【0012】
経編生地として製造されるため、切断、積層が自由に行えるとともに、曲げ柔軟性及び圧縮柔軟性を有し、使用用途によって応用範囲が広い。」
(ウ)「【0014】
経糸、緯糸に使用する糸の種類や太さを種々選択することで中綿シートのボリューム、密度の調整が容易である。
【0015】
緯糸に弾性糸を挿入することで編機から生地を外した時の収縮が高まるので緯糸の捲縮性がより高まって緯糸が綿状にさらに膨らむ。
【0016】
緯糸として挿入する弾性糸の本数あるいは弾性力に変更を加えることで所望の中綿シートを製造することができる。
【0017】
経糸、あるいは挿入緯糸に弾性糸を使用して本願の中綿シートを製造すると、保温性を有する伸縮生地が製造されるため、身体の動きに合わせて高い伸縮性が要求される冬物スポーツ衣料への応用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1はマルチフィラメント糸を緯糸に挿入して目の粗い経編生地を編成した中綿シートの説明図。
【図2】緯糸に弾性糸を挿入して編成した請求項1記載の中綿シートの説明図。」
(エ)「【0020】
請求項1記載の中綿シートは、経編機によって経編生地1を編成しながら、緯糸挿入機によって捲縮性の高い糸を緯糸2として挿入していくのである。
【0021】
このとき、経糸幅を1cm以上の間隔をあけて給糸する。挿入する緯糸は50デニールから1000デニールの長繊維であって、捲縮性を有する糸を使用する。編成時にコース方向にテンションがかけられていた緯糸2は経編生地1を編み機から外すと撚りがさらに戻って緯糸2が膨らみ空気を含んでより立体的になるのである。」
(オ)「【0023】
経編生地1を構成する経糸は、非弾性糸あるいは弾性糸であって、ポリエステルやナイロン等の糸を使用する。経編生地1に挿入される緯糸2には、ポリエステルやナイロン、キュプラなどの長繊維を仮撚加工したマルチフィラメントを使用する。
【0024】
ここで使用される上記糸の太さは50デニールから1000デニールの間で適宜選択されるものである。
【0025】
緯糸としてのマルチフィラメント糸は、編みコースごとに挿入編成されるため、ある程度テンションがかけられた状態で挿入される。経糸を1cm以上間隔をあけて給糸し生地を粗く編成すると、生地を編機から外した時に、緯糸の収縮力により緯糸2が開繊し、図1のような状態になる。経糸の間隔により開繊の度合いを調整することができるが粗く編成するほど開繊しやすくなる。
【0026】
また、緯糸に弾性糸(図示せず)を挿入することで横方向への収縮が高まり、開繊した緯糸がさらに、嵩高に膨らみより立体的な中綿シートが得られるのである(図2)。」
(カ)「【0028】
なお、この発明の中綿シートの製造方法は前記実施形態に限定されるものではなく、経糸や緯糸の太さや種類は用途により適宜選択可能である。また、完成した中綿シートを使用用途に合わせて複数枚積層させることも容易に実現できるのである。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は冬物衣料などの中綿素材、あるいは寝装寝具類の中綿素材として利用可能である。」

(キ)上記の記載を総合すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「緯糸挿入機能を有する経編機を使用して編成された経糸幅を1cm以上離して編成した経編生地に、仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸を緯糸としてテンションをかけながら挿入し、その後テンションを解放して綿状に開繊した状態で保持したことを特徴とする冬物衣料又は寝装寝具類の中綿シート。」

イ 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「緯糸挿入機能を有する経編機を使用して編成された経糸幅を1cm以上離して編成した経編生地」は、本件発明1の「経編」で「編成されたネット状基布」に相当する。
イ 甲1発明の「仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸」は、【0025】及び【0026】を参酌すると、仮撚加工したマルチフィラメント糸、すなわち緯糸が弾性を有することは明らかであるから、甲1発明の「仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸」と本件発明1の「ゴム弾性糸」とは、「弾性糸」の限りで一致する。
そして甲1発明の「仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸を緯糸としてテンションをかけながら挿入し、その後テンションを解放して綿状に開繊した状態で保持したこと」は、テンションを解放して綿状に開繊した状態で伸縮形成されていることは明らかであるから、甲1発明の当該記載と、本件発明1の「ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された」こととは、「弾性糸を挿入して伸縮形成された」ことの限りで一致する。
ウ 甲1発明の「冬物衣料又は寝装寝具類の中綿シート」は、経編機を使用して編成されたものであるから、本件発明1の「寝具又は衣料の中材用経編布帛」に相当する。

したがって、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、相違する。
<一致点>
「編成されたネット状基布に、弾性糸を挿入して伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛。」
<相違点1>
ネット状基布について、本件発明1は、「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで」編成されているのに対して、甲1発明は、編成に用いる糸が具体的に特定されていない点。
<相違点2>
本件発明1は、弾性糸が「ゴム弾性糸」であって、当該「ゴム弾性糸」が「経糸挿入」されて、中材用経編布帛が「経方向に蛇腹状に伸縮形成され」ているのに対して、甲1発明は、仮撚加工した50デニールから1000デニールのマルチフィラメント糸である弾性糸を緯糸としてテンションをかけながら挿入し、その後テンションを解放して綿状に開繊した状態で保持しているものの、中綿シートが経方向に蛇腹状に伸縮形成されていることは明らかでない点。
<相違点3>
本件発明1は、「仮撚加工した糸が含む中材用経編布帛を除く」のに対して、甲1発明は、そのように特定されていない点。

ウ 判断
上記相違点1?3に係る本件発明1の発明特定事項は、技術的に相互に関係する事項であるところ、少なくとも、相違点2及び3に関し、甲1発明の仮撚り加工したマルチフィラメント糸を、仮撚り加工した糸でないゴム弾性糸に変更する理由はないし、また、甲1発明の弾性糸を緯糸挿入して横方向に伸縮形成するものを、経糸挿入して経方向に伸縮成形する理由もない。また、甲第2号証?甲第5号証にも、その点についての記載や示唆は見当たらない。
そして、本件発明1は、上記相違点1?相違点3を備えること、すなわち、仮撚加工した糸が含まない寝具又は衣料の中材用経編布帛であって、15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみからなるネット状基布に、ゴム弾性糸を係止挿入して径方向に蛇腹状に伸縮形成されたことで、極薄生地であっても、ハリ・コシを有しさらに繰り返し加重に対しへたりにくく、洗濯・乾燥に対する形状安定性に優れ、綿切れなどを生じさせないという格別な効果を有するものである。
よって、甲1発明について、上記相違点1?3に係る構成を採用し、本件発明1のようにすることは、当業者が容易に想到し得るとはいえない。

エ 小括
上記のとおり、本件発明1は、甲1発明及び甲第2号証?甲第5号証記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)甲第4号証を主引用例とした場合の本件発明1につて
ア 甲第4号証に記載された発明
甲第4号証には以下の事項が記載されている。
(ア)「2.実用新案登録請求の範囲
1.比較的伸縮性のない天然繊維糸、合成繊維糸等の地編糸(1)で編成してなる経編地組織に、被覆ゴム糸、ポリウレタン弾性糸等の伸縮性糸(2)を2ウエール以上、適宜複数ウエール毎に経糸として挿入し、各コース毎又は数コース毎に1コース間で1ウエール以上、適宜の複数ウエール間にわたつて横方向に挿入編成すると共に、次コースにおいて反対のウエール方向に横方向に挿入編成してなり、かつ、更に前記伸縮性糸と同種又は異種の伸縮性糸(3)を各ウエール又は数ウエール毎に経糸として挿入編成してなることを特徴とする伸縮性経編地。
3.考案の詳細な説明
本考案は通気性、風合、重厚感等の必要性に応じた変化ならびに多彩な柄を容易に顕出可能な縦横両方向に伸縮性を有する伸縮性経編地に関するものである。」(1頁3?20行)
(イ)「しかも従来の緯糸挿入機により伸縮性糸を両方向に挿入する場合は横方向の挿入糸は必らず全巾にわたつて挿入しなければならない関係上、風合、柄等の必要に応した変化を表現することも非常な制約を免れなかつた。
本考案はかかる従来の経編地を改善しボリユーム、パワー、通気性、風合等の必要性に応じて各種変化地組織を表わすと共に経糸挿入糸の本数、あるいは横挿入するウエール数を変えることによつて縦横伸縮強度の変化を顕現可能な経編地を提供することを特徴とするものである。」(2頁8?19行)
(ウ)「第1図、第2図はデンビー編成組織を地組織とした本考案経編地の1例であり、比較的伸縮性の少ない綿糸、あるいはナイロン、ポリエステル糸の如き合成繊維糸等からなる地編糸(1)がウエール方向ておいて2ウエールの間にわたり同方向にジグザグ状に2コース毎に繰り返しルーピング編成されて地組織が形成されている。」(3頁2?8行)
(エ)「そして上記地組織に対し、そのジグザグ方向に互いに交互する如く、地組織のルーピングされている方向の反対方向から被覆ゴム糸、ポリウレタン弾性糸等から選ばれた伸縮性糸(2)が経糸挿入糸として1ウエール以上、数ウエール毎に図示例にあつては2ウエール毎に挿入され、ウエール方向において1ウエール以上、図では4ウエールの間にわたり2コース毎にジグザグ状に繰り返し挿入編成されており、更に同しく伸縮性糸(3)が各ウエールに挿入編成されている。この伸縮性糸(3)は前記経糸挿入の伸縮性糸(3)と必らずしも同種の糸である必要はなく、同種又は異種の伸縮性糸が使用可能で、かつ太さも必らずしも同一でなくてもよい。」(3頁13行?4頁6行)
(オ)「上記編成組織による経編地において経糸挿入糸としての伸縮性糸(2)の本数あるいは横挿入するウエール数は任意に変えることが可能であり、これにより必要性に応じた縦横の伸縮強度に変化させたり、また適宜、縦縞柄を表わし得ることは本考案の頗る有利な点である。」(4頁9?14行)
(カ)「又、第6図乃至第9図は経糸挿入糸、即ち、伸縮性糸(2)の挿入本数を変化させたり、横挿入するウエール数を変化させた場合の各例を示し、第6図及び第7図は前者の場合、第8図及び第9図は後者の場合である。」(5頁6?10行)
(キ)「なお、前述の如き本考案経編地はダブルラツセル機を始め、公知の緯糸挿入経編機を使用して編成が可能であり、」(6頁5?7行)
(ク)「以上のような構成からなる本考案経編地は第10図に図示する如く、筒編としてサポーター等に使用し、好適な外、通常の編地としてセーター、スラツクス、ボデイスーツ、ブラジヤー、コルセツト等、伸縮機能を望む各種製品の素材としてすぐれた機能を発揮する。
以上の如く本考案経編地は従来の伸縮性経編地と異なり、横挿入糸を編巾にわたり挿入することなく、所要のウエール間に振り挿入せしめたものであるから、独得の縦横両方向の伸縮はもとよりその地編組織、伸縮性糸の挿入態様の変更により種々の風合に応じた変化を得ることが容易であり、しかも編柄など柄の形成も可能で、かつ伸縮性糸はルーピングされることなく挿入編成されているだけであるから伸縮率、伸縮強度も充分であつて一般の伸縮性編地の感触を大巾に改変する有用性を具備し、凡そ嶄新性に冨む新機軸の経編地である。」(6頁14行?7頁11行)
(ケ)上記記載を総合すると、甲第4号証には、以下の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されている。
「比較的伸縮性の少ない天然繊維、合成繊維糸等の地編糸(1)で編成してなる経編地組織に、被覆ゴム糸、ポリウレタン弾性糸等の伸縮性糸(2)を2ウエール以上、適宜複数ウエール毎に経糸として、横方向に1ウエール以上ジグザグ状に挿入した、サポーター等の伸縮性経編地。」

イ 対比
そして、本件発明1と甲4発明とを対比する。
(ア)甲4発明の「経編地組織」は、本件発明1の「基布」に相当し、同様に「被覆ゴム糸、ポリウレタン弾性糸等の伸縮性糸(2)」は「ゴム弾性糸」に相当する。
(イ)甲4発明の「サポーター等の伸縮性経編地」は、その形状から、「横方向に」「伸縮形成され」ているといえる。
したがって、甲4発明の「経編地組織に、被覆ゴム糸、ポリウレタン弾性糸等の伸縮性糸(2)を2ウエール以上、適宜複数ウエール毎に経糸として、横方向に1ウエール以上ジグザグ状に挿入した、サポーター等の伸縮性経編地」と、本件発明1の「基布にゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛」とは、「基布にゴム弾性糸を経糸挿入する経編布帛」の限りで一致する。

したがって、本件発明1と甲4発明とは、以下の点で一致し、相違する。
<一致点>
「基布に、ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に伸縮形成された経編布帛。」
<相違点4>
基布について、本件発明1は、「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状」であるのに対して、甲4発明は、編成に用いる糸が具体的に特定されていない点。
<相違点5>
本件発明1は、「蛇腹状に伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛」であるのに対して、甲4発明は、サポーター等の伸縮性経編地である点。
<相違点6>
本件発明1は、「仮撚加工した糸が含む中材用経編布帛を除く」のに対して、甲4発明は、そのように特定されていない点。

ウ 判断
まず、相違点5について検討する。
<相違点5について>
まず、甲4発明においては、伸縮性糸(2)が、横方向に1ウエール以上ジグザグ状に挿入されており、経方向横方向ともに縮むこととなるから、「蛇腹状に伸縮形成」されたものには、なり得ないと解される。
そして、経方向のみに伸縮形成された経編布帛は、甲第1号証?甲第5号証に何ら示されていない。
また、甲第1号証?甲第3号証には、経編地を中材に用いる点が記載されているが、甲4発明は、サポーター等の伸縮性経編地であって、その経編地の形状はいわゆるサポーターに見られる凹凸形状であるから、甲第1号証?甲第3号証の経編地と同様の形状ではない。
そうすると、甲4発明について、甲第1号証?甲第3号証に、経編地を中材に用いる点が記載されていることをもって、直ちに寝具又は衣料の中材に用いることを当業者が容易に想到し得たとはいえない。
<相違点4及び6について>
本件発明1は、寝具又は衣料の中材用に適した経編布帛とするために、上記相違点4及び6における本件発明1に係る事項を有するものであるところ、甲第1号証?甲第5号証にそのような記載や示唆は見当たらない。
したがって、甲4発明について、相違点4及び6における本件発明1に係る事項を構成することは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

<本件発明1の奏する効果について>
本件発明1は、相違点4及び6における本件発明1の発明特定事項を有することで、寝具又は衣料の中材用経編布帛に適した極薄生地であっても、ハリ・コシを有しさらに繰り返し加重に対しへたりにくく、洗濯・乾燥に対する形状安定性に優れ、綿や羽毛などの中材とは異なり生地状であるため、綿切れやふき(中材が側地から出てしまう)、中材の撚れや偏りなどを生じさせず、空気層を形成しやすく、これによる保温性、通気性が向上し、中材と人体との空間環境の適正化を図ること、すなわち、蒸れが少ないという格別の効果を有する(本件特許明細書の【0008】?【0014】)ものである。

エ 小括
上記のとおり、本件発明1は、甲4発明及び甲第1号証?甲第3号証、甲第5号証記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項を全て有し、更に限定を付加したものであるから、本件発明2と甲1発明とを比較すると、少なくとも上記相違点1?3で相違し、本件発明2と甲1発明とを比較すると、少なくとも上記相違点4?6で相違する。
そして、上記相違点1?6については、上記(2)ウ及び(3)ウで検討したとおりである。
したがって、本件発明2は、甲1発明及び甲第2号証?甲第5号証の記載に基いて、又は、甲4発明及び甲第1号証?甲第3号証、甲第5号証の記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

3 取消理由通知に採用しなかった特許異議申立理由についての判断
(1)新規事項について
申立人は、平成30年2月8日提出の手続補正書により補正された、請求項1の「上記ネット状基布には仮撚加工した糸が含まれていない」との記載は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した範囲内でない旨主張する(特許異議申立書3頁下から8行?4頁1行)。
しかし、当該記載は、本件訂正の第2の2(1)アの訂正事項1-4に対応し、当該訂正については、第2の2(1)ウで検討したとおりである。

(2)サポート要件について
申立人は、訂正前の請求項1には、「マルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布」と記載され、「ネット状基布に弾性糸を緯糸挿入」と記載されているから、「ネット状基布」と「弾性糸」とは、別々のものであるが、発明の詳細な説明にはそのようなものが記載されていない旨主張する(特許異議申立書4頁2?下から4行)。
しかし、請求項1は、本件訂正により訂正されたことにより、発明の詳細な説明に記載した範囲内のものとなった。

(3)実施可能要件について
申立人は、令和元年6月4日の意見書において、「ゴム弾性糸」が「ゴム糸」を意味するとすると、ゴム糸では編み立てができないから、本件特許明細書には、ゴム糸を係止挿入する方法が、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない旨主張する(3頁下から2行?4頁8行)。
しかし、上記第2の2(1)ウ(アについて)で検討したとおり、「ゴム弾性糸」は、「ゴム弾性」を有する「糸」であるから、請求人の主張は当を得たものでない。
さらに、ゴム糸では編み立てができない旨主張するが、何ら証拠が示されておらず、経編機にゴム糸を用いることが行われていないとはいえないから、当該申立人の主張は採用できない。

(4)明確性要件について
申立人は、令和元年6月4日の意見書において、「ゴム弾性糸」は、曖昧であって、不明確である旨主張する(4頁9?15行)。
しかし、上記第2の2(1)エ(アについて)で検討したとおり、「ゴム弾性糸」は、「ゴム弾性」を有する「糸」であって、明確である。

(5)甲第6号証を主引用例とする進歩性について
申立人は、令和元年6月4日の意見書において、新たに甲第6号証(特開2014-84547号公報)を示して、本件発明1は、甲第6号証記載の発明及び甲第1号証記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨主張する。
以下検討する。

ア 甲第6号証記載の発明
甲第6号証には、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
経編み機で合成繊維フィラメントと紡績糸を鎖状に編み、緯糸に合成繊維紡績糸を使用して基布を編成し、
収縮弾性糸を基布の鎖状結節点を緯度、経度とも一つ以上跳び編成しながら挿入して基布表面に凹凸を形成すると共に、
別筬で弾性糸を挿入して横方向に蛇腹状に伸縮させたことを特徴とする経編み起毛布帛。」
(イ)「【技術分野】
【0001】
本発明は経編みで編成された、横方向に伸縮性を有する布帛を起毛して得られる寝具類に関し、特に空気を含んで軽くて保温性に優れる毛布、ブランケット、敷布等の寝具類に関する。」
(ウ)「【0010】
そこで、本願では基布そのものを薄くて軽い立体形状を有する編布に編成し、さらに横方向への伸縮性を付与した、優れた使い心地を有する起毛寝具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
経編み機で鎖状に編まれた糸と緯挿入糸の鎖状結節点に高収縮糸を跳び編成を行うこと
で表面に凹凸を有する基布を編成すると同時に別筬を使用して、一定間隔でゴム状の弾性糸を導糸しながら横方向に蛇腹状に伸縮する基布を作成する。」
(エ)「【0015】
又、横方向にゴム糸を挿入することで、蛇腹状にギャザーを有する製品に仕上がり、横方向に大きく伸縮するため毛布等の寝具として使用したときに体に沿って隙間ができず暖かく、寝返りを打っても寝具が体に追随して動くため隙間が生じない。」
(オ)「【0020】
本願の、幅方向にゴム糸を挿入して横方向に伸縮させる製造方法はニットだけでなく、織物やキルティング生地にも応用が可能である。」
(カ)「【0029】
本願の基布作成には、合繊フィラメントと合繊紡績糸、天然繊維からなる紡績糸等を適宜目的に合わせて使用する。
【0030】
地組織1は経編み毛布の形態を安定させるためのものであるため、寸法安定性の良好な糸であれば、従来公知のどのような糸であっても用いることができる。具体的には強度や耐熱性の観点よりポリエステルマルチフィラメントが好ましい。又、羊毛糸を用いても差し支えない。
【0031】
地組織1編成と同時に地筬とは別筬でゴム糸を導糸して基布全体に横方向に強い伸縮性を付与するのである。
【0032】
ゴム糸挿入の本数、間隔は出来上がり製品によって容易に変更可能である。
続いて回転する起毛ロールに基布を通し基布にテンションを掛けながら針布で表面を掻きだして起毛させるのである。
【0033】
基布そのものが、ドレープ性に富み、凹凸加工によって柔らかく肌触りが良好であり、横方向に優れた伸縮性を有し、製品は図2に示すように出来上がりが蛇腹状に伸縮した状態を呈している。さらに、表面に起毛加工が施されているため肌触りが柔らかく、毛布全体に均一に生じた皺が空気層となって薄く軽量であっても、十分な保温力を発揮するのである。」
(キ)「


(ク)上記記載を総合すると、甲第6号証には、以下の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されている。
「経編み機で合成繊維フィラメントと紡績糸を鎖状に編み、緯糸に合成繊維紡績糸を使用して基布を編成し、
収縮弾性糸を基布の鎖状結節点を緯度、経度とも一つ以上跳び編成しながら挿入して基布表面に凹凸を形成すると共に、
別筬でゴム糸を挿入して横方向に蛇腹状に伸縮させたことを特徴とする経編み起毛布帛。」

イ 対比
本件発明1と甲6発明とを対比すると、
(ア)甲6発明の「ゴム糸」は、本件発明1の「ゴム弾性糸」に相当し、甲6発明の「基布」と本件発明1の「ネット状基布」とは、「基布」の限りで一致する。
(イ)甲6発明の「別筬で弾性糸を挿入して横方向に蛇腹状に伸縮させたこと」は、別筬で弾性糸を挿入することが経糸挿入することであって、その結果経方向に伸縮することとなるが、経編み起毛布帛全体は、「収縮弾性糸を基布の鎖状結節点を緯度、経度とも一つ以上跳び編成しながら挿入して基布表面に凹凸を形成する」ものであるから、経方向に蛇腹状に伸縮形成されているとはいえない。
したがって、甲6発明の「別筬で弾性糸を挿入して横方向に蛇腹状に伸縮させたこと」と本件発明1の「弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された」こととは、「弾性糸を経糸挿入して経方向に伸縮形成された」ことの限りで一致する。
(ウ)甲6発明の「経編み起毛布帛」と本件発明1の「寝具又は衣料の中材用経編布帛」とは、「経編布帛」の限りで一致する。

そうすると、本件発明1と甲6発明とは以下の点で一致し、相違する。
<一致点>
基布に、ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に伸縮形成された経編布帛。

<相違点7>
基布について、本件発明1では、「15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状」であるのに対して、甲6発明では、合成繊維フィラメントと紡績糸を鎖状に編み、緯糸に合成繊維紡績糸を使用したものである点。
<相違点8>
本件発明1では、「蛇腹状に伸縮形成された」ものであるのに対して、甲6発明では、伸縮形成されたものであるが、蛇腹状でない点。
<相違点9>
本件発明1は、「寝具又は衣料の中材用経編布帛」であるのに対して、甲6発明は、経編み起毛布帛である点。
<相違点10>
本件発明1は、「仮撚加工した糸が含む中材用経編布帛を除く」のに対して、甲6発明は、そのように特定されていない点。

ウ 判断
まず、相違点9から検討する。
甲6発明は、甲第6号証の【0001】等を参照すると、毛布、ブランケット、敷布が例示されており、中材に用いるものではない。
また、甲6発明は、毛布、ブランケット、敷布に用いる経編み起毛布帛であるから、収縮弾性糸を挿入して基布表面に凹凸を形成するものであり、甲第1号証?甲第3号証には、経編地を中材に用いることが記載されているとしても、甲6発明と甲第1号証?甲第3号証記載の経編地とは構造が異なるから、直ちに、甲6発明について、寝具又は衣料の中材用とすることが、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
さらに、本件発明1は、寝具又は衣料の中材用に適した経編布帛とするために、上記相違点7、8及び10における本件発明1に係る事項を有するものであるところ、甲第1号証?甲第5号証には、そのような記載や示唆は見当たらない。
本件発明1は、相違点7、8及び10における本件発明1の発明特定事項を有することで、寝具又は衣料の中材用経編布帛に適した極薄生地であっても、ハリ・コシを有しさらに繰り返し加重に対しへたりにくく、洗濯・乾燥に対する形状安定性に優れ、綿や羽毛などの中材とは異なり生地状であるため、綿切れやふき(中材が側地から出てしまう)、中材の撚れや偏りなどを生じさせず、空気層を形成しやすく、これによる保温性、通気性が向上し、中材と人体との空間環境の適正化を図ること、すなわち、蒸れが少ないという格別の効果を有する(本件特許明細書の【0008】?【0014】)ものである。

エ 小括
したがって、本件発明1は、甲第6号証記載の発明及び甲第1?5号証記載の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第5 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び申立人の主張する特許異議申立理由によっては、本件発明1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
中材用経編布帛
【技術分野】
【0001】
本発明は経編機で編成された、中材に関し、特にハリ・コシを有し、空気を含んで軽く洗濯容易性及び速乾性に優れる寝具やスポーツ衣料等の中綿素材として有用な経編布帛に関する。
【背景技術】
【0002】 従来、寝具類や生活資材の中材としては発泡性樹脂や、繊維ウェブの構成繊維を接着剤でバインダーした繊維製クッション材や、綿花、羽毛などがある。保温性に優れ軽量で体に添いやすく嵩高性な点で羽毛は中材として優れているが、衣服や側地の縫い目を抜けて外に出る吹き出しが難点で洗濯も容易ではない。そこで、本願の出願人は量産が容易で家庭での洗濯が可能な保温性に優れた中綿素材を鋭意開発した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6128720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の中材やクッション材として使用される発泡性樹脂などは保温性に優れるが、洗濯が容易ではなく清潔に保つことができない。また洗濯後の乾燥にも時間が掛かる。さらには、洗濯によって型くずれや中材の偏りが生じる。また、保温性を高めるために充填量を増やすと衣料全体の重量が増えて嵩高くなり使い勝手が悪くなる。
【0005】
羽毛は寝具の中材としては優れるが、洗濯・乾燥が容易ではない。また特許文献1の中綿シートは保温性に優れ家庭での洗濯も容易であるが、綿状に膨らんで柔軟性に優れるが形状安定性、速乾性の点では改良の余地があった。
【0006】
そこで、本願では薄手・軽量で洗濯が容易且つ速乾性を有する、形状安定性に特に優れた寝具や衣料の中綿素材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
緯糸挿入機能を有する経編機を使用して化学繊維のマルチフィラメント糸のみを使用して粗い編目でネット状基布を編成し、弾性糸を経糸挿入して中材用経編布帛を編成するのである。
【発明の効果】
【0008】
化学繊維のマルチフィラメント糸のみを使用して編成されているため、丸洗いが可能で速乾性を有する。洗濯・乾燥が容易であるため、寝具又は衣料を常に清潔に保つことができ家庭用としても、医療の現場やスポーツ衣料の中材としても有用である。
【0009】
極薄生地に編成することができるが、ハリ・コシを有しさらに繰り返し加重に対しへたりにくく、洗濯・乾燥に対する形状安定性に優れる。綿や羽毛などの中材とは異なり生地状であるため、綿切れやふき(中材が側地から出てしまう)、中材の撚れや偏りなどを生じさせない。
【0010】
弾性糸を挿入することでさらに、嵩高な立体構造を有する生地となり、空気層によるクッション性や保温性に優れる。
【0011】
シート状生地を適宜裁断し積層縫合して使用するため、編地自体が空気層を含む立体構造となり通気性及び弾性を有する生地となる。
【0012】
マルチフィラメントを使用するため、薄くて軽くさらに柔らかい生地が得られ、着用者に重量感を与えることがない。
【0013】
空気層を形成しやすく、これによる保温性、通気性が向上し、中材と人体との空間環境の適正化を図ることができる。すなわち、蒸れが少ない。
【0014】
人体に添って変形しやすい、すなわちフィット感に優れる。また、積層縫合、又は樹脂等による点接着などの加工がしやすく、ヒートセットによる形態安定性を付与することも容易である。
【0015】
シート状生地として編成されるため、所望厚さに積層することで最終的な中材としての厚みは自在に変更可能である。また、側地に収納後、側地と共にキルティング加工を施すと中材の撚れを生じさせない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本願発明に係る中材用経編布帛を伸長した状態を示す写真である。
【図2】同、自然状態を示す写真である。
【図3】本願発明に係る中材用経編布帛を4層に積層した状態を示す平面写真である。
【図4】同、正面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本願発明に係る中材用経編布帛は化学繊維のマルチフィラメント糸のみを使用して挿入機能付き経編機によって編成される。
【0018】
地組織はマルチフィラメント化学繊維のみを使用して、テンビー編み、マーキゼット編みなどで粗い編目でメッシュ状に基布を編成する。具体的には、フィラメント糸として、ビスコースレーヨン、キュプラレーヨン、アセテート繊維、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリトリメチレンテレフタレート繊維、アクリル繊維、ポリプロピレン繊維、塩化ビニル繊維等の化合繊等からなるものが好ましい。
【0019】
糸の太さは繰り返し洗濯による耐へたり性の点から、15デニールから300デニールの範囲が好ましい。
【0020】
さらに、地組織の編成と同時に地筬とは別筬でゴム糸等の弾性糸を挿入して基布全体に強い伸縮性を付与するのである。
【0021】
また、必要に応じてハリ・コシを付与するための樹脂加工を施しても良く、公知の方法による防ダニ、抗菌、消臭、吸湿加工等々の機能加工を付与しても良い。
【0022】
本願の経編布帛は寝具等の中材又は衣料の中綿素材として使用されるため編成密度は粗くても構わない。具体的には1cmに5目から20目コース程度が適している。
【0023】
粗い密度によって編成された地組織にゴム糸を適宜導糸して、基布全体の経方向に強い伸縮性を付与するのである。ゴム糸の挿入本数、間隔は出来上がり製品の使用目的によって容易に変更可能である。
【0024】
本願発明に係る中材用経編布帛の一部を切断して紙片(A4)に伸長して張り付けた状態を示した写真が図1である。台紙が透けるほど薄いシート状に編成されていることが分かる。伸長状態から一部開放した状態を示す写真が図2である。120mm間隔で弾性糸が挿入編成されているため約半分の幅に収縮した状態が本願の経編布帛の自然状態となる。弾性糸を挿入する間隔や弾性糸の挿入本数によって所望の収縮度合いに適宜変更可能となる。
【0025】
実際の使用形態としては本願の経編布帛を積層して使用する。シート状に編成されるため所望サイズ、厚さの中材に加工することは容易である。4層に積層した状態を平面方向から示した写真が図3、正面方向から示した写真が図4である。本願の経編布帛は薄手ながらハリ、コシがある生地であるとともに、蛇腹状に収縮した状態に仕上がるため積層することでボリュームが出る。一方で押圧すると平面状態となるので生地を重ねた状態で縫着することも容易であり、布団等の側地に収納後に側地と共に積層された中材を縫い付けることも容易である。例えばキルティング加工で寝具全面に縫い目を施すことが考えられる。こうすることで中材の撚れやずれを生じさせず、繰り返し洗濯にも型崩れを起こしにくいのである。
【0026】
本願の中材を二層に積層したシングルサイズのガーゼケットの乾燥速度を検査すると、遠心脱水一分後にすでに残留水分率が51%となり、20度、65%の湿度の環境下で90分後には残留水分率が8%台となった。速乾性に優れているため毎日洗濯をしたい需要者あるいはホテル、病院等での使用に適していると考える。
【0027】
上述のように基布を編成後は木綿や羊毛等の天然繊維又はその他機能性繊維を編み込むことで使用用途に適した中材を編成できるのである。寝具や衣料等季節に応じて外側衣料や寝具側地が変更されるのと同様である。
【産業上の利用可能性】
【0028】
保温性に優れると同時に不必要な嵩高感がないため、折畳み収納性に優れた、掛け布団、こたつ布団、膝掛け等の寝装・生活資材用途として、又は、ダウンジャケット等衣料の中材として利用が可能である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
15デニールから300デニールの化学繊維のマルチフィラメント糸のみで編成されたネット状基布に、ゴム弾性糸を経糸挿入して経方向に蛇腹状に伸縮形成された寝具又は衣料の中材用経編布帛(ただし、仮撚加工した糸を含む中材用経編布帛を除く)。
【請求項2】
編成密度が1cm5目コースから20目コースである請求項1に記載の寝具又は衣料の中材用経編布帛。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-06-27 
出願番号 特願2017-170704(P2017-170704)
審決分類 P 1 651・ 55- YAA (D04B)
P 1 651・ 121- YAA (D04B)
P 1 651・ 537- YAA (D04B)
P 1 651・ 536- YAA (D04B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岩田 行剛  
特許庁審判長 門前 浩一
特許庁審判官 千壽 哲郎
佐々木 正章
登録日 2018-05-11 
登録番号 特許第6332825号(P6332825)
権利者 藤井株式会社
発明の名称 中材用経編布帛  
代理人 松山 徳子  
代理人 松山 徳子  

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