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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 取り消して特許、登録 G01J
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 G01J
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 G01J
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G01J
管理番号 1354817
審判番号 不服2018-11051  
総通号数 238 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-10-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-08-10 
確定日 2019-09-24 
事件の表示 特願2016-162447「熱画像内の局所コントラストを強調する方法及び装置」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 6月 1日出願公開、特開2017- 96915、請求項の数(11)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成28年8月23日(パリ条約による優先権主張 2015年9月8日 (EP)欧州特許庁)の出願であって、平成29年11月15日付けで拒絶理由が通知され、平成30年2月21日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年4月2日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対して、同年8月10日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正がされたものである。
その後、当審において平成31年4月26日付けで拒絶理由(以下「当審拒絶理由」という。)が通知され、令和元年8月5日に意見書及び手続補正書が提出された。


第2 本願発明

本願の請求項1ないし11に係る発明(以下それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明11」という。)は、令和元年8月5日にされた手続補正(以下「本件手続補正」という。)で補正された特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定されるとおりのものであり、本願発明1は以下のとおりである。

「 【請求項1】
熱特性を有するあるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調する方法であって、
絶対較正された熱画像システムによって捕捉された第1の熱画像(100)を表す熱画像データ(102)を提供(202)することであって、前記絶対較正された熱画像システムは、ダイナミックレンジを有し、前記クラスの物体の前記熱特性は、前記ダイナミックレンジ内の熱範囲に対応する第1のレベルまたは第1のレベルの範囲に変換される、提供すること、
第1の強度分布(103)を有する前記熱画像データ(102)を、前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布関数を用いて第2の強度分布(118)に再分布(204)することであって、前記既定の再分布関数は前記クラスの物体(114)に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように用意され、
前記既定の再分布関数は、
a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり、かつ
b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体(114)に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように、前記第1のレベルまたは前記第1のレベルの範囲より大きい数のレベルを持つ第2のレベルの範囲にわたって分布されるものである、再分布すること、
及び、再分布された前記熱画像データ(102)を熱画像(300)として出力(206)すること、
を含む、方法。」

なお、本願発明2ないし11の概要は以下のとおりである。
本願発明2ないし9は、本願発明1を減縮した発明である。
本願発明11は、本願発明1に対応する装置に係る発明であり、本願発明1とカテゴリ表現が異なるだけの発明である。
本願発明10は、本願発明11から「前記プロセッサ(404)は、再分布された前記熱画像データ(102)を前記熱画像(300)として出力(206)するようにさらに用意された」との特定事項を削除した発明である。


第3 引用文献の記載事項、引用発明

1 引用文献1について

(1)原査定の拒絶の理由及び当審拒絶理由に引用された引用文献1(特開2013-24761号公報)には、次の事項が記載されている(下線は当審で付加した。)。

(引1-ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、遠赤外線画像を撮像して出力する撮像装置に関するものである。」

(引1-イ)「【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態の撮像装置について、本発明の実施の形態の撮像装置の構成を示すブロック図の図7を用いて説明する。
【0015】
図7は、本発明の実施の形態の撮像装置の構成を示すブロック図である。図7において、1は被写体(人物)、2は遠赤外線の透過率の良いシリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、フッ化カルシウム(CaF2)、セレン化亜鉛(ZnSe)等の遠赤外線用レンズ、3は遠赤外線用レンズ2を通して入射した遠赤外線を画像信号に変換して出力する遠赤外線撮像部、7は画像処理部(当審注:図7の記載から、「画像処理部」を表す符号は、正しくは「8」であると認める。)、9は温度センサであり、5は画像処理装置(当審注:前後の記載及び図7の記載から、「画像処理装置」は「画像認識装置」の誤記と認める。)、6は監視画像の表示を行う画像モニタ、7は同じく監視画像の表示を行うPC(パーソナルコンピュータ)である。
図7に示す本発明の実施の形態の撮像装置は、被写体1等の対象物検出の際、遠赤外線用レンズ2と遠赤外線撮像部3とで遠赤外線を撮像した遠赤外線画像(温度画像)を画像処理部7で温度キャリブレーション等の画像処理を行い出力画像信号とする。出力画像信号を画像認識装置5またはPC(パーソナルコンピュータ)7に入力し、人物検知や判別等を行う。また、温度センサ9により気温を測定する。
【実施例1】
【0016】
次に、図1から図6を用いて第1の実施例について説明する。
【0017】
熱画像のヒストグラムの一例の様子を表す模式図の図1において、遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データを以下の処理プロセスで温度画像信号データに変換する。
【0018】
遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データ(RAWデータ)を一定の温度ステップで量子化し、画面内の各量子化温度値(以下単に「温度」と称する)をもつ画素の数(頻度)を積算し、温度ごとの画素の頻度分布(ヒストグラム)データを生成する。
【0019】
本発明の一実施例の画面内最低温度(第一の所定温度)と最高温度(第二の所定温度)の検出の様子を図2に表す。
【0020】
監視対象とする温度範囲を定め、上記ヒストグラムデータより上記温度範囲内で1もしくは定めた閾値以上の数の画素が存在する温度の最低値(以下「最低温度」と称する)および最高値(以下「最高温度」と称する)を検出する。
【0021】
本発明の一実施例の気温と人物温度(人物の表面温度)の推定の様子を表す模式図の図3において、図7の温度センサ9により測定した気温から人物温度を推定する。
【0022】
気温と人体表面温度の相関データを保持し、上記ヒストグラムデータより、最低温度を被写体の環境温度(気温)とみなし、上記相関データより人物の温度(以下「人物温度」と称する)を算出する。
【0023】
本発明の一実施例の最低温度(第一の所定温度)≦人物温度(人物の表面温度)≦最高温度(第二の所定温度)の場合の処理の様子を図4に表す。
【0024】
上記人物温度と上記最低温度および最高温度を比較し、人物温度が最低温度以上最高温度以下の場合、最低温度に等しい画素の信号レベルが、生成する画像信号において定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、上記最高温度に等しい画素の信号レベルが上記ダイナミックレンジの上限値となるように上記熱画像データを画像信号に変換する。
【0025】
本発明の一実施例の人物温度(人物の表面温度)<最低温度(第一の所定温度)の場合の処理の様子を図5に表す。
【0026】
上記人物温度が上記最低温度以下の場合、上記人物温度に等しい画素(当該画素が存在しない場合は存在するものとみなす)の信号レベルが、上記ダイナミックレンジの下限値となり、かつ、上記最高温度に等しい画素の信号レベルが上記ダイナミックレンジの上限値となるように上記熱画像データを画像信号に変換する。
【0027】
本発明の一実施例の人物温度(人物の表面温度)>最高温度(第二の所定温度)の場合の処理の様子を図6に表す。
【0028】
上記人物温度が上記最高温度以上の場合、上記人物温度に等しい画素(当該画素が存在しない場合は存在するものとみなす)の信号レベルが上記ダイナミックレンジの上限値となり、かつ、上記最低温度に等しい画素の信号レベルが上記ダイナミックレンジの下限値となるように上記熱画像データを画像信号に変換する。
【実施例2】
【0029】
次に、図7と図8を用いて第2の実施例について説明する。
実施例1と同一部分の説明は省略し、異なる部分のみ説明する。
実施例1では気温からの人物(と衣服)の表面温度を推定したが、実施例2では、人物と衣服との表面温度の近傍として予め第五の所定温度と第六の所定温度とを設定することで、実施例1より少ない構成と少ない制御とで、実施例1と同様に人物を判別することができる。
【0030】
本発明の一実施例の(背景の)最低温度≦人物(と衣服)の表面温度≦(背景の)最高温度の場合の処理の様子を図8に表す。図8において、人物と衣服との表面温度の近傍として予め、人物と衣服との表面温度と背景の温度との閾値として第五の所定温度と第六の所定温度とを設定し、該第五の所定温度の信号レベルを生成する温度画像信号の下限値とし、該第六の所定温度の信号レベルを生成する温度画像信号の上限値となるように、温度画像信号を出力温度画像信号に変換する。
【0031】
上記人物温度と上記最低温度および最高温度を比較し、人物温度が最低温度以上最高温度以下の場合、人物温度の近傍の第三の所定温度の信号レベルが、生成する温度画像信号において定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、人物温度の近傍の第四の所定温度の信号レベルが上記ダイナミックレンジの上限値となるように生成する温度画像信号を出力温度画像信号に変換する。
【0032】
気温が体温程度の夏の夜間や曇天等において人物背景が体温程度で、人物の表面温度と背景物体の表面温度との温度差が非常に少ない状態でも、実施例2では、生成する温度画像信号を用いて、人物を判別することができる。
夏の最高気温が体温以上に上昇したり、線路脇の変圧器の温度が体温以上に上昇したり、昼間の直射日光下の建物や道路または線路のレールやフェンスの温度が体温以上に上昇したりして、温度画像信号の該量子化ステップごとの画素の頻度分布の多くが体温と異なる高温に分布しても、実施例2では、生成する温度画像信号において定めた表示レベル範囲が、体温の周辺に安定し、生成する温度画像信号を用いて、人物を判別することができる。」

(引1-ウ)【図1】




(引1-エ)【図2】




(引1-オ)【図7】




(引1-カ)【図8】




(2)
ア (引1-イ)の記載事項を整理する。

(ア)「人物温度」、「人物の表面温度」、「人体表面温度」、「人物の温度」、「人物(と衣服)の表面温度」及び「人物と衣服との表面温度」は、同じ技術事項を表すと認められるから、以下、これらの表記を「人物温度」に統一する。

(イ)段落【0030】及び【0031】の記載において、人物温度の近傍の所定温度が、段落【0030】は「第五の所定温度」及び「第六の所定温度」であるのに対し、段落【0031】は「第三の所定温度」及び「第四の所定温度」である点で相違しているが、「第三の所定温度」及び「第四の所定温度」について説明する特段の記載はなく、段落【0030】及び【0031】はいずれも温度画像信号を出力温度画像信号に変換することに関する記載であることから、「第三の所定温度」及び「第四の所定温度」は、それぞれ「第五の所定温度」及び「第六の所定温度」の誤記であり、段落【0030】及び【0031】は同じ技術事項についての記載であると解するのが相当である。なお、段落【0031】の「生成する温度画像信号を出力温度画像信号に変換する」における「生成する温度画像信号」は、「温度画像信号」の誤記と思われる。
ここで、変換後の信号である「生成する温度画像信号」及び「出力温度画像信号」は同じ信号を意味し、段落【0017】の「温度画像信号データ」に対応するものと認められる。そこで、以下、これらの表記を「温度画像信号データ」に統一する。
また、変換前の信号である「温度画像信号」は、段落【0017】の「温度画像データ」及び段落【0018】の「温度画像データ(RAWデータ)」に対応するものと認められる。そこで、以下、これらの表記を「温度画像データ(RAWデータ)」に統一する。

以上のことから、段落【0030】及び【0031】の記載は、
「人物温度の近傍として予め、人物温度と背景の温度との閾値として第五の所定温度と第六の所定温度とを設定し、最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換する」
という技術事項を開示するものと認められる。

(ウ)段落【0015】の「6は監視画像の表示を行う画像モニタ、7は同じく監視画像の表示を行うPC(パーソナルコンピュータ)である」との記載から、温度画像信号データを画像モニタ7及びPC(パーソナルコンピュータ)7に出力して監視画像として表示することは明らかである。

イ 上記アを踏まえると、上記(引1-ア)ないし(引1-カ)の記載から、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「 遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データ(RAWデータ)を以下の処理プロセスで温度画像信号データに変換する方法であって、
遠赤外線用レンズ2と遠赤外線撮像部3とで遠赤外線画像(温度画像)を撮像し、
遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データ(RAWデータ)を一定の温度ステップで量子化し、画面内の各量子化温度値(以下単に「温度」と称する)をもつ画素の数(頻度)を積算し、温度ごとの画素の頻度分布(ヒストグラム)データを生成し、
人物温度の近傍として予め、人物温度と背景の温度との閾値として第五の所定温度と第六の所定温度とを設定し、
最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換し、
温度画像信号データを画像モニタ7及びPC(パーソナルコンピュータ)7に出力して監視画像として表示する、
方法。」


第4 対比・判断

1 本願発明1について

(1)本願発明1と引用発明とを対比する。


(ア)引用発明の「温度」は、本願発明1の「熱特性」に相当し、引用発明の「人物」は、本願発明1の「熱特性を有するクラスの物体」に相当する。

(イ)引用発明の「遠赤外線画像(温度画像)」は、本願発明1の「熱画像」に相当する。

(ウ)引用発明の「第五の所定温度と第六の所定温度」は、「人物温度の近傍として予め、人物温度と背景の温度との閾値として」「設定し」たものであるから、引用発明において、「最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換」することにより、最低温度及び最高温度のそれぞれに対応する信号レベルがダイナミックレンジの下限値及び上限値となるように温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換する場合と比較して、第五の所定温度から第六の所定温度の間に含まれる人物温度が占めるダイナミックレンジ内の範囲は拡大し、遠赤外線画像(温度画像)を表示させた際に、人物温度に対応する画像のコントラストが改善されることは明らかである。

(エ)上記(ア)ないし(ウ)を踏まえると、引用発明の「遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データを以下の処理プロセスで温度画像信号データに変換する方法であって」、「最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換」する「方法」は、本願発明1の「熱特性を有するあるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調する方法」に相当する。


(ア)引用発明の「遠赤外線用レンズ2と遠赤外線撮像部3」は、本願発明1の「熱画像システム」に相当する。

(イ)引用発明の「遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データ(RAWデータ)」は、本願発明1の「熱画像システムによって捕捉された第1の熱画像を表す熱画像データ」に相当する。

(ウ)そして、引用発明の「遠赤外線撮像部3」が温度画像データ(RAWデータ)に対応したダイナミックレンジを有し、人物温度をダイナミックレンジ内の特定の範囲の値に関連付けることは明らかである。

(エ)上記(ア)ないし(ウ)を踏まえると、引用発明の「遠赤外線用レンズ2と遠赤外線撮像部3とで遠赤外線画像(温度画像)を撮像し、遠赤外線撮像部3から」「温度画像データ(RAWデータ)を」「出力」することと、本願発明1の「絶対較正された熱画像システムによって捕捉された第1の熱画像を表す熱画像データを提供することであって、前記絶対較正された熱画像システムは、ダイナミックレンジを有し、前記クラスの物体の前記熱特性は、前記ダイナミックレンジ内の熱範囲に対応する第1のレベルまたは第1のレベルの範囲に変換される、提供すること」とは、「熱画像システムによって捕捉された第1の熱画像を表す熱画像データを提供することであって、前記熱画像システムは、ダイナミックレンジを有し、前記クラスの物体の前記熱特性は、前記ダイナミックレンジ内の熱範囲に対応する第1のレベルまたは第1のレベルの範囲に変換される、提供すること」の点で共通する。


(ア)引用発明の「温度画像データ(RAWデータ)を一定の温度ステップで量子化し、画面内の各量子化温度値(以下単に「温度」と称する)をもつ画素の数(頻度)を積算し」た「温度ごとの画素の頻度分布(ヒストグラム)」は、本願発明1の「第1の強度分布」に相当する。

(イ)引用発明の「温度画像信号データ」が、ダイナミックレンジ内の表示レベルの分布を有することは明らかであり、当該表示レベルの分布は、本願発明1の「第2の強度分布」に相当し、引用発明の「温度画像信号データ」は、本願発明1の「第2の強度分布に再分布」された「前記熱画像データ」に相当する。

(ウ)引用発明の「該第五の所定温度の信号レベルが、」「定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように」「変換」することと、本願発明1の「前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布関数」とは、「前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布規則」の点で共通する。

(エ)上記(ア)ないし(ウ)及びア(ウ)を踏まえると、
引用発明の「遠赤外線撮像部3から出力される温度画像データ(RAWデータ)を一定の温度ステップで量子化し、画面内の各量子化温度値(以下単に「温度」と称する)をもつ画素の数(頻度)を積算し、温度ごとの画素の頻度分布(ヒストグラム)データを生成し、
人物温度の近傍として予め、人物温度と背景の温度との閾値として第五の所定温度と第六の所定温度とを設定し、
最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換する」ことと、
本願発明1の「第1の強度分布を有する前記熱画像データを、前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布関数を用いて第2の強度分布に再分布することであって、前記既定の再分布関数は前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように用意され、
前記既定の再分布関数は、
a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり、かつ
b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように、前記第1のレベルまたは前記第1のレベルの範囲より大きい数のレベルを持つ第2のレベルの範囲にわたって分布されるものである、再分布すること」とは、
「第1の強度分布を有する前記熱画像データを、前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布規則を用いて第2の強度分布に再分布することであって、前記既定の再分布規則は前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように用意され、
前記既定の再分布規則は、
b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように、前記第1のレベルまたは前記第1のレベルの範囲より大きい数のレベルを持つ第2のレベルの範囲にわたって分布されるものである、再分布すること」の点で共通する。

エ 引用発明の「温度画像信号データを画像モニタ7及びPC(パーソナルコンピュータ)7に出力して監視画像として表示する」ことは、本願発明1の「再分布された前記熱画像データを熱画像として出力すること」に相当する。

(2)よって、本願発明1と引用発明とは、

「 熱特性を有するあるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調する方法であって、
熱画像システムによって捕捉された第1の熱画像を表す熱画像データを提供することであって、前記熱画像システムは、ダイナミックレンジを有し、前記クラスの物体の前記熱特性は、前記ダイナミックレンジ内の熱範囲に対応する第1のレベルまたは第1のレベルの範囲に変換される、提供すること、
第1の強度分布を有する前記熱画像データを、前記クラスの物体の前記熱特性に基づく既定の再分布規則を用いて第2の強度分布に再分布することであって、前記既定の再分布規則は前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように用意され、
前記既定の再分布規則は、
b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように、前記第1のレベルまたは前記第1のレベルの範囲より大きい数のレベルを持つ第2のレベルの範囲にわたって分布されるものである、再分布すること、
及び、再分布された前記熱画像データを熱画像として出力すること、
を含む、方法。」

の発明である点で一致し、次の3点で相違する。

(相違点1)
熱画像システムが、本願発明1は、「絶対較正された」ものであるのに対し、引用発明は、そのような特定はされていない点。

(相違点2)
再分布規則の形態に関して、本願発明1は、「再分布関数」であるのに対して、引用発明は、関数であることは特定されていない点。

(相違点3)
再分布規則の内容に関して、本願発明1においては、「a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであ」るのに対して、引用発明においては、「最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換」するものである点。

(3)相違点についての判断

ア 事案に鑑み、最初に上記相違点3について検討する。

引用発明は、「最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換する」ことから、結果的に、最低温度≦人物温度≦最高温度の場合には、表示レベル範囲であるダイナミックレンジの中央付近に対応する温度が、人物温度に相当する場合も含まれるものと認められる。
しかしながら、引用発明において、「最低温度≦人物温度≦最高温度の場合、該第五の所定温度の信号レベルが、温度画像信号データにおいて定めた表示レベル範囲(以下「ダイナミックレンジ」と称する)の下限値となり、かつ、該第六の所定温度の信号レベルがダイナミックレンジの上限値となるように、温度画像データ(RAWデータ)を温度画像信号データに変換」することは、いわば、第五の所定温度から第六の所定温度までの信号レベルの範囲を切り出しているのであって、本願発明1の「前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動される」ものとは、技術的思想が異なるものである。
よって、上記相違点3は実質的な相違点であり、本願発明1は、引用発明と同一ではない。
そして、引用文献1には、人物温度をダイナミックレンジの中央に移動させることを示唆する記載はなく、人物温度をダイナミックレンジの中央に移動させることが、本願の優先日当時の周知技術や技術常識であったとも認められない。
よって、上記相違点3に係る本願発明1の発明特定事項は、引用文献1の記載事項から、当業者が容易に想起し得た事項であるとは認められない。

イ したがって、その他の相違点について判断するまでもなく、本願発明1は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 本願発明2ないし9について

本願発明2ないし9は、本願発明1を減縮した発明であって、本願発明1の「既定の再分布関数は、a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり」と同一の構成を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3 本願発明10及び11について

本願発明11は、本願発明1に対応する装置の発明であり、本願発明10は、本願発明11の「前記プロセッサ(404)は、再分布された前記熱画像データ(102)を前記熱画像(300)として出力(206)するようにさらに用意された」との特定事項を削除した発明であって、いずれも本願発明1の「既定の再分布関数は、a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり」に対応する構成を備えるものであるから、本願発明1と同様の理由により、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


第5 原査定の概要及び原査定についての判断

原査定は、請求項1ないし14に係る発明は、上記引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、又は、上記引用文献1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同条第2項の規定により、特許を受けることができないというものである。

しかしながら、本件手続補正で補正された請求項1及び10は、それぞれ「既定の再分布関数は、a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり」という事項、「既定の再分布関数は、a)前記クラスの物体に関する前記熱画像データの一部が、前記熱画像システムの前記ダイナミックレンジの中央に移動されるものであり」に対応する構成を有するものとなっており、上記第4で検討したとおり、本願発明1ないし11は、引用発明と同一ではないし、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

したがって、原査定を維持することはできない。


第6 当審拒絶理由について

1 特許法第36条第6項第2号について

(1)当審では、請求項1に記載された「b)関心対象物に関する前記熱範囲が、」における「関心対象物」が、「熱特性を有するあるクラスの物体」のことであるのか否かが判然としないとの拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正において、「b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、」と補正された結果、この拒絶の理由は解消した。
また、請求項10に対しても同様の拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正において請求項10について請求項1と同様の補正がされた結果、この拒絶の理由は解消した。

(2)当審では、請求項1に記載された「b)関心対象物に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体(114)に関する前記熱画像の一部の前記局所コントラストが強調されるように、」における「前記クラスの物体(114)に関する前記熱画像の一部」が、熱画像内でクラスの物体に対応する部分の中における一部であるのか、熱画像のうちの一部であるクラスの物体に対応する部分であるのかが判然としないとの拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正において、「b)前記クラスの物体に関する前記熱範囲が、前記クラスの物体(114)に関する前記熱画像の部分内の前記局所コントラストが強調されるように、」と補正された結果、この拒絶の理由は解消した。
また、請求項10に対しても同様の拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正において請求項10について請求項1と同様の補正がされた結果、この拒絶の理由は解消した。

2 特許法第36条第6項第1号について

当審では、請求項1は、「既定の再分布関数」について、「a)」の特定事項と「b)」の特定事項のどちらか一方を満たすものであることを特定するとともに、「ヒストグラム平坦化関数」であることも特定していることから、「あるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調する方法を提供すること」という課題を解決することができない場合を包含しているとの拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正により、「既定の再分布関数」は、「a)」の特定事項と「b)」の特定事項の双方を満たすものであることを特定するように補正されるとともに、「ヒストグラム平坦化関数」である特定を削除するように補正された結果、この拒絶の理由は解消した。
また、請求項10に対しても同様の拒絶の理由を通知しているが、本件手続補正において請求項10について請求項1と同様の補正がされた結果、この拒絶の理由は解消した。

3 特許法第36条第4項第1号について

当審で通知した特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)に係る拒絶理由は、以下のとおりである。
(1)請求項1ないし11は、ヒストグラム平坦化関数である既定の再分布関数を用いて熱画像データを再分布することにより、あるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調することを特定している。
(2)ヒストグラム平坦化関数は、ヒストグラムのピークに対応する部分のコントラストを強調するものである。
そして、あるクラスの物体の熱範囲がヒストグラムにおいてピークを形成するか否かは、あるクラスの物体が熱画像内で占めるピクセル数や他の物体の熱範囲に依存するものであり、あるクラスの物体の熱範囲がヒストグラムにおいて谷部を形成することもあり得る。
そのため、通常のヒストグラム平坦化関数を使用するだけでは、あるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調することができるとは限らない。
(3)これに対し、発明の詳細な説明には、再分布関数はヒストグラム平坦化関数であり得るとの記載はあるものの、あるクラスの物体の熱画像内の局所コントラストを強調することができるヒストグラム平坦化関数についての具体的な記載は見当たらない。
段落【0060】ないし【0062】に、再分布関数及びヒストグラム平坦化関数に関する記載があるが、いずれもヒストグラムのピークに対応する部分のコントラストの改善に関するものであり、ヒストグラム平坦化関数により特定の熱範囲に対応する部分のコントラストを改善することに関するものとは認められない。
また、特定の熱範囲に対応する部分のコントラストを改善することができるヒストグラム平坦化関数が、本願の優先権主張日当時における技術常識であるとも認められない。
(4)したがって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1ないし11に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

これに対し、本件手続補正により、「既定の再分布関数」について「ヒストグラム平坦化関数」である特定を削除するように補正された結果、この拒絶の理由は解消した。

4 特許法第29条第2項について

当審では、請求項1ないし11に係る発明は、引用文献1に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとの拒絶の理由を通知しているが、上記第4で検討したとおり、この拒絶の理由は解消した。


第7 むすび

以上のとおり、本願発明1ないし11は、引用発明と同一ではなく、また、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
そして、当審拒絶理由によっても、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-09-10 
出願番号 特願2016-162447(P2016-162447)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (G01J)
P 1 8・ 113- WY (G01J)
P 1 8・ 537- WY (G01J)
P 1 8・ 536- WY (G01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 塚本 丈二  
特許庁審判長 伊藤 昌哉
特許庁審判官 ▲高▼見 重雄
渡戸 正義
発明の名称 熱画像内の局所コントラストを強調する方法及び装置  
代理人 園田・小林特許業務法人  

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