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審決分類 |
審判 全部申し立て 特174条1項 C12M 審判 全部申し立て 2項進歩性 C12M |
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管理番号 | 1355996 |
異議申立番号 | 異議2019-700583 |
総通号数 | 239 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-11-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-07-25 |
確定日 | 2019-10-21 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6460362号発明「核酸増幅装置、核酸増幅方法及び核酸増幅用チップ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6460362号の請求項1?4に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6460362号の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成27年7月7日を国際出願日とする特願2016-532945号(国内優先権主張 平成26年7月8日)の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて平成29年9月26日に分割出願した特願2017-184881号の一部を同規定に基づいて平成30年7月25日に分割出願したものであり、平成31年1月11日にその特許権の設定登録がされ、同年1月30日に特許掲載公報が発行された。 その後、その特許に対し、特許異議申立人 成田隆臣は、令和1年7月25日に特許異議の申立てを行った。 第2 本件発明 特許第6460362号の請求項1?4の特許に係る発明(以下、「本件特許発明1」?「本件特許発明4」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 核酸増幅用チップであって、 該核酸増幅用チップは少なくとも1つの微小流路を備え、 該微小流路は変性温度帯に対応する曲線流路、伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路、前記2つの曲線流路をつなぐ直線状又は曲線状の中間流路及び前記微小流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備え、 該核酸増幅用チップはガラス、石英、シリコン及びプラスチックから選択される材質から構成され、 前記微小流路の幅及び深さが一定であり、 前記中間流路において微小流路内の試料溶液の蛍光強度を測定可能である、核酸増幅用チップ。 【請求項2】 変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーターと、蛍光検出器と、送液用機構と、試料溶液の通過の検出により該送液用機構の駆動を制御する制御装置を備えた核酸増幅装置の基板に載置して使用するための核酸増幅用チップであって、 該核酸増幅用チップは少なくとも1つの微小流路を備え、 該微小流路は前記変性温度帯に対応する曲線流路、前記伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路、前記2つの曲線流路をつなぐ直線状又は曲線状の中間流路及び前記微小流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備え、 前記核酸増幅用チップは、ガラス、石英、シリコン及びプラスチックから選択される材質から構成され、 前記微小流路の幅及び深さが一定であり、 前記中間流路において微小流路内の試料溶液の通過を前記蛍光検出器を用いて確認可能である、核酸増幅用チップ。 【請求項3】 前記送液用機構が、マイクロブロア又は送風機である、請求項1又は2に記載の核酸増幅用チップ。 【請求項4】 前記曲線流路部の各々のみで少なくとも25μLの溶液量を収容可能である、請求項1?3のいずれか1項に記載の核酸増幅用チップ。」 第3 特許異議申立の概要 特許異議申立人 成田隆臣は、下記2.に示す証拠を提出し、以下の特許異議申立理由を主張している。 1.特許異議申立理由 (1)<甲1を主引用例とした進歩性欠如> 請求項1?4に係る発明は甲第1号証ないし甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項1?4に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1?7に係る特許は取り消すべきものである。 (2)<甲2を主引用例とした進歩性欠如> 請求項1?4に係る発明は甲第1号証ないし甲第14号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、請求項1?4に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1?4に係る特許は取り消すべきものである。 (3)<新規事項> 平成30年11月13日付け手続補正書により補正された事項は願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、本件の請求項1?4に係る特許は特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものあるから、請求項1?4に係る特許は取り消すべきものである。 2.証拠 (1)甲第1号証:特開2014-507937号公報 (2)甲第2号証の1:Electrophoresis 2012, Vol.33, p. 3222-3228 甲第2号証の2:甲第2号証の1の抄訳文 (3)甲第3号証:特開2009-232700号公報 (4)甲第4号証:特開2006-271216号公報 (5)甲第5号証:特開2005-323519号公報 (6)甲第6号証:特開2007-101200号公報 (7)甲第7号証:特開2012-250018号公報 (8)甲第8号証:特開2005-204678号公報 (9)甲第9号証:特開2013-50108号公報 (10)甲第10号証:特開2009-74418号公報 (11)甲第11号証:特開2014-7200号公報 (12)甲第12号証:特開2002-14100号公報 (13)甲第13号証:特開2008-50382号公報 (14)甲第14号証:特開2010-284152号公報 (15)甲第15号証:特開2018-183172号公報 3.証拠の記載事項 (1)甲第1号証 甲第1号証(以下、「甲1」と記載する。他の証拠も同様とする。)には以下の事項が記載されている。 ア 「【請求項1】 サンプルのPCR解析を実行するためのアッセイカートリッジであって、該カートリッジはチャンバ;及び (a)近位端から遠位端にかけて、入口、精製ゾーン、PCR反応ゾーン、及び検出ゾーンを備え、更に一つ又はそれ以上のエアーベントポートを備える一次流路、及び (b)該一次流路と、各々が交差し、上記チャンバに流体接続される一つ又はそれ以上の流体導管は、該チャンバが追加のエアーベントポートに接続される、該一つ又はそれ以上の流体導管、 を含む流体ネットワーク;を含んでなり、 そして上記PCR反応ゾーンは、第一の温度制御ゾーン及び第二の温度制御ゾーンを含み、そして上記流体ネットワークは、該PCR反応ゾーンで実行されるPCR反応中、流体の計量されたボリュームを該第一と第二の温度制御ゾーン間で往復させるように構成される、上記アッセイカートリッジ。」 イ 「【0054】 一次流路は反応ゾーン出口から検出ゾーンまで通じている。検出ゾーンは、(i)一次流路及び1つ又はそれ以上の検出試薬チャンバ;及び(ii)1つ又はそれ以上の検出試薬チャンバ及び1つ又はそれ以上の検出試薬空気排出口ポート、を接続する検出試薬多導管接合部によって交差される。検出ゾーンはサンプルで物理的計測を実施するように適合される。好ましい実施態様では、検出ゾーンはルミネセンスを測定するように構成され、そしてこの点において、2003年12月23日に出願されたUSSNs10/744,726及び2010年12月3日に出願された12/959,952が引き合いに出され、本開示は参照することにより本明細書に組み入れられている。測定がサンプルの照明又は光学観測(例えば、光吸収、光ルミネセンス、反射率、化学ルミネセンス、電気化学ルミネセンス、光散乱などの測定のように)を必要とする場合、照明及び/又は観察を可能にするために、検出ゾーンは少なくとも1つの透明な壁を配置させ得る。」 ウ 「【0099】 熟練者は、本発明のカートリッジの製作に好適な材料を容易に選択することができる可能性がある。好適な材料は、ガラス、セラミックス、金属及び/又はアクリル高分子(例えばルーサイトなど)、アセタール樹脂(例えばデルリンなど)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(例えば、Tフロン)、ポリスチレン、ポリプロピレン、ABS、PEEKなどのようなプラスチックを含む。好ましくは、材料は、カートリッジの使用又は保存中にそれらと接触するいずれの溶液/試薬にも不活性である。ある特定の実施態様では、カートリッジの少なくとも幾つかの部分は、例えば、カートリッジの検出チャンバ内の組成分析のために、又はカートリッジ内で規定される流体ネットワークを通した液体の動きをモニターし制御するために、カートリッジ内部での流体又は表面の光学的疑問を可能にする窓の備えるために、ガラス又はアクリル高分子のような透明及び/又は半透明材料から製作される。」 エ 「【0138】 PCR反応フローセルプロトタイプにおける増幅の実証。本発明のカートリッジでは、PCR増幅は2つの異なる温度ゾーン間で反応混合物を動かすことにより達成される。簡易システムで本方法を実地に試みるために、射出成形PCR反応フローセルプロトタイプを開発した。またフローセルを保持しそしてカートリッジ上で2つの温度ゾーンを確立するために、加熱エレメントによる増幅テストベッドを開発した(図17)。サンプルをフローセルへ装填後、2つの温度ゾーン間にサンプルスラグを循環させるために、空気シリンダポンプが空気圧/真空をかけるのに使用された。部材間に滑らかなインターフェースを形成させるために、気泡生成は、1つの表面上にエネルギーダイレクタを組み込むことにより、及び超音波溶着を使用することにより軽減されることができる。均一加熱は、フローセルの上部及び下部に加熱エレメントを備えることにより達成された。Robocycler熱サイクラーを用いた実験に基づいて明らかにされたように、最適20秒PCRサイクル時間を用いて、発明者らはフローセル中で熱電対を使用し、フローセル中の溶液が最適アニール/伸長と変性温度間で循環され得ることを検証した。」 オ 「【図2-1】 」 カ 「【図6】 」 キ 「【図17】 」 ク 「【図3h】 」 ケ 「・・・・ 【図2-1】(a)は、核酸の抽出、精製、増殖及びPCRアンプリコンの検出を含む、マルチプレックス核酸測定及びサンプル処理を実行するように構成された、本発明のカートリッジの一つの実施態様である。 【図3h】変性ゾーンとアニール/伸長(extend)ゾーン(第一及び第二の反応温度制御ゾーン)の間に位置付けられ流路中の制約ゾーンを示す。この機能によって、液体がそれを横切る際の駆動圧力の増大が生じることになる。従って、圧力信号は液体スラグの前後の場所を定めるために、そして閉ループ流体制御のために使用され得る。 ・・・・ 【図6】・・・(c)は、カートリッジ及びその内の種々の温度制御ゾーンの一つの実施態様を示す。 ・・・・ 【図17】フローセルを保持するため、そしてカートリッジのPCR反応ゾーンを確立するための加熱エレメントによる増幅テストベッドを示す。」(【図面の簡単な説明】、段落【0015】) コ 「【0067】 好ましい実施態様では、第1及び第2の反応温度制御ゾーン間の流路は、各反応温度調節ゾーン間の液体の位置を決定するために、圧力センサの使用を可能にする制限ゾーンを含む。液体が制限ゾーンを横切るとき、駆動圧は増加し、流路中の液体の位置を表示しそして密閉ループ制御を可能にする。制限ゾーンは図3(h)に描写される。好ましい実施態様では、制限ゾーンの長さは約0.1-1.0インチの間そしてより好ましくは約0.375インチであり、そして断面の幅及び高さは5ミルと40ミルとの間、そしてより好ましくは約10ミル(1ミル=0.001インチ)である。従って、本発明は、i)第1の温度制御ゾーン中で流体スラグをインキュベートすること、ii)制限ゾーンを通して第2の反応ゾーンに流体スラグを動かすために圧力又は真空を使用すること、iii)流体スラグが反応ゾーンを完全に通過するときを決めるために、加えられた圧力をモニターすること、及びiv)流体の動きを止めるためにそして第2の温度制御ゾーン中で流体スラグをインキュベートするために、加えられた圧力及び真空を放出すること:を含んでなる方法を含む。本発明はまた、第2から第1の温度制御ゾーンに流体スラグを動かすための類似の方法、並びに温度ゾーン間で流体スラグを繰り返し動かすことにより温度間に流体スラグを循環させるための方法を含む。」 (2)甲第2号証 甲2には以下の事項が記載されている。(英語で記載されているので、当審による翻訳文で示す。) ア 「・・・ポイントオブケアアプリケーションのようなサンプル-アンサー分析プラットフォームへの統合に適するように考案されたモジュールとして、大気圧でベント式チャンネルの端を利用する代わりに、閉鎖式リザーバを統合することで、現在のシステムの再現性は従来の概念と比較して大幅に改善された。」(3222頁、要約) イ 「現在の研究では、振動性PCRコンセプト[24?26]に基づく超高速マイクロ流体PCRシステムを導入し、全血サンプルからのネイティブゲノムDNAの高速かつロバストな増幅を目指している。製造されたマイクロ流体装置の、最適性能のための信頼できる条件が、温度、特に流速を含む主要パタメータの系統的調査に基づいて確認され、シミュレーションも採用された。 初期に導入されたコンセプトは大気圧でのベント式反応チャネルが含まれていた[26]が、より強力な流体操作が、閉鎖式チャネルエンドに対して反応容量を変えることで実現化される。これは[24、25]で報告されているのと同様の方法である。我々の研究では、流体移動の再現性は著しく強化された。閉鎖式リザーバ(終端)に対して、シリンジポンプによって発生する空気圧でプラグが前後に動くので、流体の流れをより扱いやすい低レイノルズ数状態に合わせることが容易である。さらに、湿潤性効果はポンプによって生じて働く圧力が表面張力に起因するラプラス圧に相当するときに起こるが、これが抑制される。特に、終端となるリザーバを加熱して、結露とそれによる反応容量の損失を防止する。流体の後退運動は、プラグが元の位置に移動することによる加圧力の放出によって得られる。軽い障壁を設けて、付随する流体プラグ位置の閉ループ制御を許容し、繰り返される加熱サイクルを通してその位置決めを強力で再現性の高いものに導く。 マイクロ流体モジュールは、いわゆる二温度PCRのために特別に設計され、必要な試薬類を含むサンプル混合物は2つの異なる温度だけを経て完全に増幅される(我々のPCRコンセプトは3温度帯デザインにまで拡張するのに成功することが見込まれるが、それについては別の報告する予定である)。簡単に述べると、増幅を行う生体試料の混合は、蛇行マイクロ流体チャネル内の2つの固定された恒温帯の上で、図1に示したように行われる。 使い捨てのポリマーチップ(図1に示す)によるマイクロ流体システムの特徴は、増幅手順におけるサンプル温度の再現性に関するところであり、同時にチップ上でのサンプルへの熱伝導ポンプの送り出し量が与える影響と、それによる加熱速度である。後者は最適な工程条件の調整のために明らかに重要である。最後に、6 min のサーマルサイクリングプロトコルで得られた増幅生成物の量は、それが抽出DNA向けでも全血向けでも、こうして提示され、生物学的適用におけるシステム互換性が確認される。(3222頁右欄第2段落?3223頁左欄第3段落) ウ 「 」 (3223頁左欄、図1) エ 甲2には、マイクロ流体チップがポリカーボネート製であること、チャネル(流路)は幅800μm、深さ600μmであることが記載されている。(3223頁右欄第3段落) (3)甲第3号証 甲3には核酸増幅に使用するチップ(図1)が記載され、流路が光透過性であり光学的に検知できること(請求項1)が記載されている。 (4)甲第4号証 甲4には核酸増幅に使用するチップ(図2、図3)が記載され、チップの毛細管流路の太さ(【0013】、【0014】)、流路内の移送手段にポンプを使用すること(【0028】)について記載され、核酸を検出するために蛍光強度を測定すること(【0070】、【0076】、【0080】)について記載されている。 (5)甲第5号証 甲5には、図14、図15に示されるマイクロ流体デバイス1Cについて、2つのマイクロポンプが協働して試液を移動させること(【0113】)、熱変性温度領域Y1とアニーリング温度領域Y3をつなぐ中間領域Y2を透明に構成し、その部分において、試液を光学的に検出すること、検出には蛍光検出が一般的に用いられること(【0121】)について記載されている。 (6)甲第6号証 甲6には、異なる温度領域のウェルをつなぐ中間流路でPCR副産物をカメラによって撮像し、その蛍光量に基づいて増幅産物量をリアルタイムで計測することについて記載されている(【0077】?【0080】)。 (7)甲第7号証 甲7には、気体の搬送手段としてシリンダポンプやブロアが記載されている(【0004】)。 (8)甲第8号証 甲8には、気体の搬送手段としてシリンジポンプ、ブロア等が記載されている(【0043】)。 (9)甲第9号証 甲9には、マイクロブロアについて記載されている(【0002】。 (10)甲第10号証 甲10には、マイクロポンプ、マイクロブロアについて記載されている(【0002】、【0013】、【0018】)。 (11)甲第11号証 甲11には、マイクロブロアについて記載されている(【0033】?【0035】)。 (12)甲第12号証 甲12には、ポリカーボネートが光透過性であり、蛍光強度が測定できることが記載されている(特許請求の範囲)。 (13)甲第13号証 甲13には、ポリカーボネート樹脂基板を用いて蛍光を検出することについて記載されている。 (14)甲第14号証 甲14には、蛍光を検出する装置にポリカーボネートなどの樹脂製ウエルを用いることについて記載されている(【0024】)。 (15)甲第15号証 甲15は本件出願の公開公報であり、次の事項が記載されている。 ア 「【請求項1】 変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯を形成できるヒーター、前記2つの温度帯間の試料溶液の移動を検出可能な蛍光検出器、前記2つの温度帯間の試料溶液の移動を可能にし、かつ、送液停止時には大気圧開放される1対の送液用機構、核酸増幅用チップを載置可能な基板、試料溶液の移動に関する蛍光検出器からの電気信号が送られて各送液用機構の駆動を制御する制御機構を備え、サーマルサイクル毎の蛍光強度の計測を行うことでリアルタイムPCRを行うことを特徴とするレシプロカルフロー型の核酸増幅装置。 【請求項2】 請求項1の核酸増幅装置における変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯に各々対応する曲線流路、前記曲線流路をつなぐ直線状の中間流路、流路の両端部に請求項1の核酸増幅装置における送液用機構に接続可能な接続部を備えた微小流路を少なくとも1つ有する核酸増幅用チップ。」 イ 「【0035】 蛍光検出器は、各微小流路の中心に位置する直線流路上の1点を検出点として蛍光強度を計測するように配置されており、加圧により一方の蛇行流路部から送液された当該PCR溶液が、検出点を通過し終えた時点で、送液用マイクロブロアを停止させ、当該PCR溶液を、他方の蛇行流路部内に一定時間保持されることができる。 【0036】 制御用コンピュータは同時に、各微小流路に接続された2個ずつのマイクロブロアのプログラム制御が可能であり、各微小流路中心の上記検出点の蛍光強度を連続モニタリングしながら、当該PCR試料溶液が各ヒーター上の蛇行流路部へ設定した時間ずつ交互に移動する様、当該マイクロブロアについて交互にスイッチングしサーマルサイクリングを行う。当該制御用コンピュータは、さらに、リアルタイムPCR法において、サーマルサイクリングにより標的DNAが増幅するにつれ増加するサイクル毎の蛍光強度変化も同時に記録し、蛍光強度がある閾値を超えるサイクル数(Ct値)を算出することで、初期の標的DNA量を定量することが可能である。 【0037】 高速リアルタイムPCRに使用するPCRチップ(核酸増幅用チップ)は、射出成形により4本の微小流路を並列に形成した、COP製樹脂基板と、ポリオレフィン製透明シールを接合した構造である。 【0038】 各微小流路は図2に示すような幅及び深さ700 μmで2箇所蛇行して折り返す構造を有 しており、各蛇行流路部は微小流路の中心の直線流路部を挟むように、4回ずつ折り返し、各蛇行流路部のみで少なくとも25 μLの溶液量を収容可能としている。 【0039】 図2において点線で囲まれた領域(変性温度帯と伸長・アニーリング温度帯)は、リアルタイムPCRにおけるサーマルサイクルのため、それぞれヒーターにより加熱される。 【0040】 当該流路の両端は、樹脂基板を貫通する小孔(送液用機構の接続部)と個々に連結しており、樹脂基板の微小流路側全面をポリオレフィン製透明シールにより接合した後も、当該小孔から微小流路毎に反応溶液および空気による導通が可能としている。 【0041】 当該小孔は、生化学実験において一般的に使用されるマイクロピペット用の使い捨てチップを装着できる構造としており、5?25 μLのPCR溶液を計量後、そのまま使い捨て チップを接続することで、専用の器具が不要で、コンタミネーション等の汚染が無くPCR溶液を導入可能である。 【0042】 なお、当該流路は平面基板上に2本以上形成することにより、もしくは当該流路を有する平面基板を2枚以上並列して配置することにより、それぞれの流路について独立して送液操作を可能とすることで、割り込み分析を行うことが可能である。 【0043】 流路は、熱伝導性が比較的高くPCRに必要な温度範囲において安定で、電解質溶液や有機溶媒に侵食されにくく、かつ核酸やタンパク質を吸着しない材質であることが好ましい。材質として、ガラス、石英、シリコン、各種プラスチックが例示される。複数の温度領域と接触する流路の形状については、直線流路以外にも、ループ形状を有する蛇行流路や渦巻き状など曲線流路でもよい。また、流路の幅もしくは深さは一定でなくても良く、部分的に幅もしくは深さが変化しても良い。」 ウ 「図2 」 第4 当審の判断 1.甲1を主引用例とした進歩性欠如の理由について (1)甲1発明 甲1には、 「図2-1及び図6に示されるアッセイカートリッジのPCR反応ゾーンに、図17に示されるように保持される、図3hに示されるフローセルであって、 前記図3hに示されるフローセルは、流路に空気シリンダポンプを用いて空気圧/真空をかけることで、フローセル中のサンプルがアッセイカートリッジ上の第1及び第2の2つの温度ゾーン(変性ゾーンとアニール/伸長ゾーン)の間を循環し、PCR増幅反応が行われ、 前記図3hに示されるフローセルは、射出成形されたものであり、第1及び第2の温度ゾーンに対応する流路が蛇行しており、蛇行する2つの流路の間に「接着剤の挿入によって形成されたチャネル」である制限ゾーンを有し、 前記制限ゾーンは、液体が制限ゾーンを横切るときの駆動圧の増加を測定することによって2つの温度ゾーン間の液体の位置を決定する、圧力センサの使用を可能にするものである、 前記図3hに示されるフローセル。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 (2)対比 本件特許発明1と甲1発明を対比すると、両者は、以下の点で相違すると認められる。 (相違点1) 本件特許発明1では微小流路の幅及び深さが一定であるのに対して、甲1発明は蛇行する2つの流路の間に「接着剤の挿入によって形成されたチャネル」である制限ゾーンを有するものであり、微小流路の幅及び深さが一定ではない点。 (相違点2) 本件特許発明1は、中間流路において微小流路内の試料溶液の蛍光強度を測定可能であるのに対して、甲1発明は、蛇行する2つの流路の間の流路において、圧力センサにより液体の位置を決定可能であるが、蛍光強度を測定可能であるかは明らかでない点。 (3)判断 (相違点1)について 甲1発明の「接着剤の挿入によって形成されたチャネル」である制限ゾーンとは、フローセルの第1及び第2の2つの温度ゾーンに対応する蛇行する2つの流路よりも狭い流路であると認められ、甲1の「第1及び第2の反応温度制御ゾーン間の流路は、各反応温度調節ゾーン間の液体の位置を決定するために、圧力センサの使用を可能にする制限ゾーンを含む。液体が制限ゾーンを横切るとき、駆動圧は増加し、流路中の液体の位置を表示しそして密閉ループ制御を可能にする。制限ゾーンは図3(h)に描写される。」の記載から、甲1発明のフローセルを用いたPCR増幅では、空気シリンダポンプの駆動圧の増加を検出することで、液体サンプルが制限ゾーンを横切ったことを検知していることが理解される。 そして、甲1発明のフローセルを用いたPCR増幅において、制限ゾーンにおける液体サンプルの移動の検知は、PCR増幅反応を制御するために必要であると認められるから、甲1発明において制限ゾーンを無くすことには阻害事由があるといえる。 したがって、甲2?甲4に流路の幅および深さが一定である核酸増幅用チップが記載されているとしても、相違点1を当業者が容易になし得るとはいえない。 (相違点2)について 甲1発明において制限ゾーン(中間流路)で測定されるのは駆動圧の変化であり、「接着剤の挿入によって形成されたチャネル」である制限ゾーンは、その測定を可能にするものであるから、甲1発明において、制限ゾーンで駆動圧を測定することに代えて蛍光強度を測定する動機付けはない。 また、甲1発明のフローセルは射出成形されたものであるから、透明ないし半透明の樹脂材料から成形されている可能性があり、また、挿入される接着剤も透明ないし半透明のものが使用されている可能性があるから、そのような場合には、制限ゾーンにおいて光が透過する可能性もある。しかし、フローセルを成形する材料と接着剤の材料とは、異なる種類の樹脂材料が使用されると認められるところ、異なる樹脂材料間で光が屈折するなどして蛍光強度が正しく測定できないことが想定されるから、甲1発明の制限ゾーンが「微小流路内の試料溶液の蛍光強度を測定可能である」ものとはいえない。 したがって、相違点2を当業者が容易になし得るとはいえない。 以上のとおり、相違点1、2は当業者が容易になし得るとはいえないから、本件特許発明1は甲1?甲11に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 また、本件特許発明2は本件特許発明1に特定される事項を全て含み、本件特許発明3、4は請求項1、2を引用するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1?甲11に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 2.甲2を主引用例とした進歩性欠如の理由について (1)甲2発明 甲2には、 「図1Aに示される、ポリカーボネート製の使い捨てマイクロ流体チップであって、 2つの恒温帯に対応する2つの蛇行マイクロ流体チャネルと、 上記2つの蛇行マイクロ流体チャネルの間をつなぐ流路と、 一方(図1Aの左側)の蛇行マイクロ流体チャネル端の閉鎖式リザーバと、 もう一方(図1Aの右側)の蛇行マイクロ流体チャネル端を有し、もう一方の蛇行マイクロ流体チャネル端はシリンジポンプに接続される、 前記マイクロ流体チップ。」の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。 (2)対比 本件特許発明1と甲2発明を対比すると、両者は、以下の点で相違すると認められる。 (相違点3) 本件特許発明1では微小流路の幅及び深さが一定であるのに対して、甲2発明で微小流路の幅及び深さが一定かどうか明らかでない点。 (相違点4) 本件特許発明1は、中間流路において微小流路内の試料溶液の蛍光強度を測定可能であるのに対して、甲2発明は、ポリカーボネート製であるが蛍光強度を測定可能であるかは明らかでない点。 (相違点5) 本件特許発明1は、微小流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備えるのに対して、甲2発明は、一方(図1Aの左側)の蛇行マイクロ流体チャネル端の閉鎖式リザーバを有し、微小流路の片側端部にしか送液用機構に接続可能な接続部を有さない点。 (3)判断 (相違点3)について 甲2には、チャネル(流路)は幅800μm、深さ600μmであることが記載されており、これは本件特許発明1にいう微小流路の幅及び深さが一定であることに相当すると認められる。 また、甲2発明において流路の幅及び深さを一定とすること当業者が適宜なし得ることとである。 したがって、相違点3は当業者が容易になし得ることである。 (相違点4)について 甲12?甲14の記載からポリカーボネートは光透過性であると認められ、ポリカーボネート製のチップは蛍光強度が測定可能であると認められるから、甲2発明における流路は蛍光強度を測定可能であると認められる。 したがって、相違点4は実質的な相違点ではない。 (相違点5)について 甲2発明は蛇行マイクロ流体チャネル端に閉鎖式リザーバを有するものであり、甲2には「大気圧でベント式チャンネルの端を利用する代わりに、閉鎖式リザーバを統合することで、現在のシステムの再現性は従来の概念と比較して大幅に改善された。」と記載され、この閉鎖式リザーバを設けることでシステムの再現性が大幅に改善されたことが記載されているから、甲2発明において閉鎖式リザーバを無くすことには阻害事由があるといえる。 したがって、甲1、甲4、甲5に記載された事項を考慮しても、甲2発明において微小流路の両端部に送液用機構に接続可能な接続部を備えるものとすることを当業者が容易になし得るとはいえない。 以上のとおり、相違点5は当業者が容易になし得るとはいえないから、本件特許発明1は甲1?甲14に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 また、本件特許発明2は本件特許発明1に特定される事項を全て含み、本件特許発明3、4は請求項1、2を引用するものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1?甲14に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 3.新規事項の理由について 平成30年11月13日付けの手続補正書により、「変性温度帯に対応する曲線流路」と「伸長・アニーリング温度帯に対応する曲線流路」とをつなぐ「中間通路」について、『直線状』のものから『直線状又は曲線状』のものへ補正された。 この「中間通路」について、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面には、「直線状の中間流路」は記載されているが、「曲線状の中間流路」についての直接的な記載はない。 しかし、願書に最初に添付した明細書には、上記第3の3.(15)に示したとおり、段落【0043】に「直線流路以外にも、ループ形状を有する蛇行流路や渦巻き状など曲線流路でもよい。」と記載されており、この記載にいう「直線流路」とは、段落【0035】の「蛍光検出器は、各微小流路の中心に位置する直線流路上の1点を検出点として蛍光強度を計測するように配置されており」の記載から蛍光が検出される流路部分であると認められ、また、段落【0038】の「各微小流路は図2に示すような幅及び深さ700 μmで2箇所蛇行して折り返す構造を有しており、各蛇行流路部は微小流路の中心の直線流路部を挟むように、4回ずつ折り返し、各蛇行流路部のみで少なくとも25 μLの溶液量を収容可能としている。」の記載から図2に示される2つの蛇行流路部に挟まれた流路部分であると認められる。 そうすると、段落【0043】の記載にいう「直線流路」とは「直線状の中間流路」であり、段落【0043】の記載はこれが曲線流路、すなわち「曲線状の中間流路」でもよいことを述べるものと解される。 したがって、平成30年11月13日付けの手続補正書による、「中間通路」について『直線状』のものから『直線状又は曲線状』のものとする補正は、願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。 第5 むすび 以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?4に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1?4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2019-10-08 |
出願番号 | 特願2018-139765(P2018-139765) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C12M)
P 1 651・ 55- Y (C12M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 西 賢二 |
特許庁審判長 |
長井 啓子 |
特許庁審判官 |
高堀 栄二 中島 庸子 |
登録日 | 2019-01-11 |
登録番号 | 特許第6460362号(P6460362) |
権利者 | 杏林製薬株式会社 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
発明の名称 | 核酸増幅装置、核酸増幅方法及び核酸増幅用チップ |
代理人 | 特許業務法人三枝国際特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人三枝国際特許事務所 |