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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C |
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管理番号 | 1356848 |
異議申立番号 | 異議2019-700163 |
総通号数 | 240 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2019-12-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-02-27 |
確定日 | 2019-11-05 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6382478号発明「抵抗材用銅合金材料及びその製造方法並びに抵抗器」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6382478号の請求項1?9に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6382478号(以下「本件特許」という。)の請求項1?9に係る特許についての出願は、2017年(平成29年)12月13日(優先権主張 平成29年1月10日)を国際出願日とする出願であって、平成30年8月10日にその特許権の設定登録がされ、同年同月29日に特許掲載公報が発行され、その後、平成31年2月27日にその請求項1?9(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である荒巻ひろみ(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審により令和1年6月25日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年8月26日に意見書(以下「意見書」という。)が特許権者から提出されたものである。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?9に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、請求項の順に「本件発明1」?「本件発明9」といい、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」ということがある。)。 「【請求項1】 マンガン10質量%以上14質量%以下、ニッケル1質量%以上3質量%以下、を含有し、残部が銅及び不可避不純物からなり、結晶粒径が8μm以上60μm以下である抵抗材用銅合金材料。 【請求項2】 ビッカース硬さが90HV以上150HV未満である請求項1に記載の抵抗材用銅合金材料。 【請求項3】 マンガン6質量%以上8質量%以下、錫2質量%以上4質量%以下、を含有し、残部が銅及び不可避不純物からなり、結晶粒径が8μm以上60μm以下である抵抗材用銅合金材料。 【請求項4】 ビッカース硬さが80HV以上120HV未満である請求項3に記載の抵抗材用銅合金材料。 【請求項5】 鉄0.001質量%以上0.5質量%以下、ケイ素0.001質量%以上0.1質量%以下、クロム0.001質量%以上0.5質量%以下、ジルコニウム0.001質量%以上0.2質量%以下、チタン0.001質量%以上0.2質量%以下、銀0.001質量%以上0.5質量%以下、マグネシウム0.001質量%以上0.5質量%以下、コバルト0.001質量%以上0.1質量%以下、リン0.001質量%以上0.1質量%以下、及び亜鉛0.001質量%以上0.5質量%以下からなる群より選ばれる1種又は2種以上の元素をさらに含有する請求項1?4のいずれか一項に記載の抵抗材用銅合金材料。 【請求項6】 20℃以上50℃以下の範囲の抵抗温度係数の絶対値が50ppm/K以下である請求項1?5のいずれか一項に記載の抵抗材用銅合金材料。 【請求項7】 日本伸銅協会技術標準JCBA T310:2002に規定の銅及び銅合金薄板条のせん断試験方法に準拠して測定したせん断比が85%未満である請求項1?6のいずれか一項に記載の抵抗材用銅合金材料。 【請求項8】 請求項1?7のいずれか一項に記載の抵抗材用銅合金材料を製造する方法であって、 銅合金の鋳塊に800℃以上950℃以下、10分間以上10時間以下の熱処理を施す均質化熱処理工程と、 前記均質化熱処理工程で均質化された鋳塊に熱間加工を施す熱間加工工程と、 前記熱間加工工程で熱間加工を施した鋳塊に加工率50%以上の冷間加工を施す中間冷間加工工程と、 前記中間冷間加工工程で冷間加工を施した鋳塊に400℃以上700℃以下、10秒間以上10時間以下の熱処理を施して再結晶焼鈍しを施す中間再結晶焼鈍し工程と、 前記中間再結晶焼鈍し工程で再結晶焼鈍しを施した鋳塊に加工率5%以上80%以下の冷間加工を施す最終冷間加工工程と、 前記最終冷間加工工程で冷間加工を施した鋳塊に400℃以上700℃以下、10秒間以上10時間以下の熱処理を施して再結晶焼鈍しを施す最終再結晶焼鈍し工程と、 を備える抵抗材用銅合金材料の製造方法。 【請求項9】 請求項1?7のいずれか一項に記載の抵抗材用銅合金材料で少なくとも一部分が構成された抵抗器。」 第3 取消理由の概要 当審において、本件発明1、3及び5?9に対して通知した取消理由は、申立人が以下の証拠方法によって申し立てた、特許法第29条第2項の規定による進歩性の欠如の一部を採用したものであって、本件発明1、3及び5?9は、甲第1号証に記載された発明と甲第2号証及び甲第3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。 <証拠方法> (1)甲第1号証:特開2016-69724号公報 (2)甲第2号証:特開平10-265873号公報 (3)甲第3号証:精密抵抗材料(1)、平山宏之著、1957年7巻1号 p.37?45 (4)甲第4号証:電気抵抗用金属材料に就て(翻訳)、白川勇記訳、1941年5巻6号、p.472?482 第4 甲各号証の記載事項及び引用発明 上記甲第1?4号証の記載事項及び引用発明は、以下のとおりである。 1 甲第1号証 上記甲第1号証には、以下の記載がある。なお、下線は当審が付与し、「・・・」は記載の省略を表すものであって、以下同様である。 (1a)「【技術分野】 【0001】 本発明は、例えば抵抗器に用いられる金属板抵抗体などに好適なCu合金材およびその製造方法に関し、特にMnを含むCu合金材およびその製造方法に関する。 【背景技術】 【0002】 各種の電子機器や電気機器では、抵抗体を備える抵抗器を用いた電流制御が一般的に行われている。近年、抵抗器の低背化や小型化が進むにつれ、抵抗器の基本的な特性や性能を決定する抵抗体に対する小型化や薄厚化の要求が強まっている。また、携帯機器や車載機器などの電力消費の変動が大きい用途では、パワーマネジメント機能が重視され、流れる電流が大きく変動した場合であっても高精度に検出でき、かつ、温度変化の影響を受け難い抵抗温度係数(平均温度係数ともいう。)の小さな抵抗体を用いた抵抗器が求められている。」 (1b)「【0016】 以下、本発明のCu合金材について、詳細に説明する。 本発明のCu合金材は、Cu合金からなる。 (Mn) 本発明のCu合金は、7.0質量%以上20.0質量%以下のMnを含む。この場合、Mnは13.0質量%以下であってよい。 Mnが7.0質量%未満である場合、温度の上昇とともに抵抗値およびTCRが大きくなって電気的な諸特性が低下することがある。一方、Mnが20.0質量%を超える場合、成分組成による基本的な抵抗値が大きくなるため、金属板抵抗体に対する要求仕様を満足することができない。また、Mnが13.0質量%以下である場合、TCRが実用の際の使用環境として主要な室温に近い側の温度域(20℃から50℃)において極小になるため好ましい。このようなCu合金材(金属板)を例えば上述した金属板抵抗体に使用することにより、これを用いた抵抗器は前記温度域での検出精度がより良好になる。 【0017】 (Ni) 本発明のCu合金は、前記Mnの他、Niを含んでよい。 Niを含む場合、1.0質量%以上5.0質量%以下が好ましく、TCRを前記温度域(20℃から50℃)において小さくすることができる。Niが1.0質量%未満である場合、Niの添加によって得られる前記作用効果を得難い。一方、Niが5.0質量%を超える場合、Cu合金材の抵抗値が不都合な程に大きくなることがある。 【0018】 (Sn) 本発明のCu合金は、前記Mnの他、Snを含んでよい。 Snを含む場合、1.0質量%以上3.0質量%以下が好ましく、TCRを20℃以上150℃以下の温度範囲において小さくすることができる。Snが1.0質量%未満である場合、Snの添加によって得られる前記作用効果を得難い。一方、Snが3.0質量%を超える場合、Cu合金材の抵抗値が不都合な程に大きくなることがある。 ・・・ 【0020】 (その他の元素) 本発明のCu合金は、上述したMnの他に含んでよいとしたNi、Sn、およびAlの他、Fe、Si、Mg、P、S、C、Cr、およびCoなどの元素を、本発明の作用効果を阻害しない限り、つまり、150HV未満のビッカース硬さおよび絶対値で50ppm/Kを超えるTCRにならない限り、含んでよい。これら元素は、不可避的な不純物として含まれる場合もある。」 (1c)「【0021】 (ビッカース硬さ) 上述したCu合金からなる本発明のCu合金材は、ビッカース硬さが150HV以上である。 ビッカース硬さが150HV以上であるCu合金材は、従来の熱処理仕上げ材よりも硬く、仕上げ圧延材と実質的に同等またはそれに近い。このため、本発明のCu合金材は、軟らかい従来の熱処理仕上げ材よりも製造工程およびその後の取り扱いが容易になる。特に、フープ形成時およびプレス加工時に塑性変形を起こしやすく皺や折れの発生傾向が高い0.10mm以下の板厚のCu合金材(薄板)の場合、より有効である。なお、前記Cu合金材のビッカース硬さは、従来の圧延仕上げ材と同等程度であればよく、例えば300HV以下であってよい。」 (1d)「【0022】 (抵抗温度係数(TCR)) 本発明のCu合金材は、20℃以上150℃以下の温度範囲において抵抗温度係数(TCR)が絶対値で50ppm/K以下である。 ・・・ 【0023】 こうした抵抗体の温度の変動による抵抗値の変動を抑制したい場合、Cu合金材の所望の温度範囲におけるTCRが絶対値で50ppm/K以下であるとよい。」 (1e)「【0032】 本発明のCu合金材の製造方法において、前記HA処理の保持温度は200℃以上400℃以下である。この場合、保持時間は1分以上100分以下であってよい。保持温度が200℃未満である場合、HA仕上げ材の20℃以上150℃以下におけるTCRの絶対値が±50ppm/Kを超えることがある。保持温度が400℃を超える場合、HA仕上げ材のビッカース硬さが150HV未満になることがある。」 (1f)「【0035】 【表1】 」 (1g)「【0036】 (従来の圧延仕上げ材の作製) 一般的な真空溶解炉を用いて原材料を溶解し、表1に示すそれぞれの化学成分を有するCu合金のインゴットを作製した(造塊工程)。そのインゴットを熱間圧延工程に投入可能な厚みに成形した後に、熱間圧延工程によって冷間圧延工程に投入可能な厚みの長尺の帯材からなるフープを作製した。続いてフープを冷間圧延工程に投入し、圧延および焼鈍を繰り返す中間工程により板厚が2.0mmの中間圧延材のフープを作製した。さらに、中間圧延材を圧下率90%で圧延し、最終的に板厚0.2mmのそれぞれの圧延仕上げ材のフープを作製した。 ・・・ 【0037】 (本発明に係るHA仕上げ材の作製) 上述した圧延工程を経た圧延仕上げ材のフープをHA処理工程に投入した。HA処理工程では、表1に示す保持温度および保持時間に設定した水素ガスによる非酸化性雰囲気での熱処理を行い、それぞれのHA仕上げ材(表1中のNo.1?12)のフープを作製した。但し、No.1?10(保持温度200℃?400℃)が本発明例のHA仕上げ材であって、No.11(Cu-5Mn)およびNo.12(保持温度450℃)は比較例である。HA処理工程において、No.1?12のいずれにも、硬さに起因する皺や折れなどの不具合は発生しなかった。 【0038】 (従来の熱処理仕上げ材の作製) 同様に、上述した圧延工程を経た圧延仕上げ材のフープを最終熱処理工程に投入した。最終熱処理工程では、表1に示す保持温度および保持時間に設定した水素ガスによる非酸化性雰囲気での最終熱処理を行い、それぞれの熱処理仕上げ材(表1中のNo.14、16)のフープを作製した。」 (1h)「【0039】 (ビッカース硬さ) ・・・熱処理仕上げ材(No.14、16)はいずれも100HV未満であった。一方、HA仕上げ材のうちMnが7質量%以上であるNo.1?10はいずれも150HV以上であり、熱処理仕上げ材よりも硬質で、圧延仕上げ材と同程度に硬質であった。しかし、HA仕上げ材を作製する熱処理工程における保持温度を450℃に設定したNo.12の場合、150HV未満であり、熱処理仕上げ材よりも硬質であったが、他のHA仕上げ材(No.1?11)よりも軟質であった。」 (1i)「【産業上の利用可能性】 【0047】 本発明のCu合金材は、例えば抵抗器に用いられる金属板抵抗体などに好適である。」 (イ)上記摘示(1a)?(1i)から、特に同(1f)のNo14及びNo16又は12に着目すると、甲第1号証には、以下の2つの発明が記載されていると認められる(以下「引用発明1」及び「引用発明2」という。)。 <引用発明1> 「化学成分(質量%)がCu-12Mn-3Niであって、最終熱処理を保持温度750℃、保持時間3分で行って得られた、20?150℃の抵抗温度係数が-36.0ppm/Kであり、ビッカース硬さが88HVである、抵抗器に用いられる金属板抵抗体などに好適なCu合金材。」 <引用発明2> 「化学成分(質量%)がCu-7Mn-2.3Snであって、最終熱処理又はHA処理を保持温度800℃又は450℃、保持時間いずれも3分で行って得られた、20?150℃の抵抗温度係数が-19.0ppm/K又は-12.6ppm/Kであり、ビッカース硬さが79HV又は124HVである、抵抗器に用いられる金属板抵抗体などに好適なCu合金材。」 2 甲第2号証 上記甲第2号証には、以下の記載がある。 (2a)「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、Feを含有し、Fe又は/及びFe-P、Fe-Si、Fe-Tiなどの金属間化合物を析出させた電気電子部品用銅合金、特に半導体用リードフレーム、端子、コネクター、ブスバーなどに用いる電気電子部品用銅合金と、その製造方法に関する。」 (2b)「【0008】すなわち、本発明に係る電気電子部品用銅合金は、Feを0.2?4wt%含有し、Fe又は/及びFe基の金属間化合物を析出し、残部が不可避不純物及びCuからなる銅合金において、圧延表面の板幅方向の平均結晶粒径の値が3?60μmで、かつその値の80?120%の寸法の結晶粒の数が全結晶粒の70%以上であることを特徴とする。」 (2c)「【0013】(Zn,Sn,Co,Mg,Mnの含有量)Zn,Sn,Co,Mg,Mnは材料の強度を上昇させる。各元素のその他の添加効果とその含有量の限定理由は以下の通りである。Znはプレス加工性の向上(金型摩耗の低減)、マイグレーションの防止、錫めっき及びはんだの耐熱剥離防止などの効果を有する。含有量が0.02%以下ではその効果が充分でなく、5.0%を越えて含有されるとはんだ濡れ性を低下させるため、その適正含有量を0.02?5.0%とする。Snはバネ限界値を向上させる。含有量が0.01%以下ではその効果が充分でなく、3.0%を越えて含有されると導電率を低下させるため、その適正含有量を0.01?3.0%とする。Coは耐熱性を向上させる。含有量が0.01%以下ではその効果が充分でなく、3.0%を越えて含有されると導電率を低下させるため、その適正含有量を0.01?3.0%とする。 【0014】Mgはバネ限界値及びプレス加工性(金型摩耗)を改善し、マイグレーションを防止する。また、Sと化合してMgSを形成し、鋳塊の熱間加工性を改善する。含有量が0.01%以下ではそれらの効果が充分でなく、3.0%を越えて含有されると導電率を低下させ、鋳造が難しくなるため、その適正含有量を0.01?3.0%とする。Mnは耐熱性、鋳塊の熱間加工性を向上させる。含有量が0.01%以下ではそれらの効果が充分でなく、1.5%を越えて含有されるとはんだ濡れ性と導電率を低下させ、鋳造が難しくなるため、その適正含有量を0.01?1.5%とする。なお、上記元素中Co、MnはそれぞれP、Siと化合物を形成するが、Fe-P、Fe-Si化合物以外にCo、Mnのりん化物又は/及び珪化物が形成されても本発明の合金の効果を害するものではない。」 (2d)「【0016】平均結晶粒径の値を3?60μmに限定するのは、平均結晶粒径が3μmを下回った場合、かえって曲げ加工性が低下するためであり、60μmを超えた場合は曲げ加工性が不良となり、スタンピング打抜き時のだれが大きくなり、直線性が悪化するからである。また、結晶粒径の分布を、平均結晶粒径の値の80?120%の寸法の結晶粒の数が全結晶粒の70%以上(整粒化度70%以上)と限定するのは、整粒化度が70%を下回るときは、材料の曲げ加工性、スタンピング加工性、強度が低下するためである。さらに、平均結晶粒径の値は5?40μm、整粒化度が全結晶粒の80%以上であるとプレス加工性や曲げ加工性がさらに向上する。なお、平均結晶粒径は、圧延表面を光学顕微鏡で撮影した組織写真を用いJISH0501に規定されている切断法により測定する。また、結晶粒径の分布は、上記組織写真を画像解析装置で解析して求めることができる。」 (2e)「【0017】(熱処理条件)本発明の合金をその使用状態において前述の結晶粒径範囲及び整粒化度をもつ整粒組織とするには、時効処理に先だって通常の時効処理の加熱より急速加熱することが必要である。本発明の合金はFeを含有することによって耐熱性が向上しており、450℃未満では0.1℃/秒以上の速度で昇温し、かつ当該温度に5秒以上保持しても均一に再結晶しない。従って、加熱温度は450℃以上とする。そして、高温-短時間加熱は微細で均一な粒径の再結晶組織とするには好ましい条件であるが(特にFeが0.5wt%を越える合金)、950℃を超える温度に加熱するとFeが少ない合金は加熱時間を5秒としても再結晶粒が粗大化しやすく、目的とする良好な曲げ性、スタンピング性が得られないからである。また、Fe含有量が多い合金に対しても950℃を越す温度であると再結晶粒の大きさを均一に制御することが難しい。さらには加熱雰囲気に含まれる酸素や水分によって内部酸化が発生してはんだ付け、めっきなどの表面処理性が低下しやすくなる。したがって、加熱温度範囲は450?950℃とする。500℃?950℃がより好ましい。また、材料の加熱速度を0.1℃/秒以上とするのは、加熱速度が0.1℃/秒未満となると加熱中に析出が起き始め、結晶粒の成長速度に差を生じて微細結晶粒と粗大結晶粒の混粒組織となるからである。したがって、加熱速度は0.1℃/秒以上でなければならない。0.5℃/sec以上がより好ましい。 【0018】さらに、上記条件で加熱しても、その保持時間が5秒未満では目的とする再結晶組織が得られず、10分を越えて保持しても結晶粒の成長が停止し、又はFeの含有量の少ない合金では結晶粒がかえって粗大化する。したがって、保持時間は5秒?10分とする。10秒?5分がより好ましい。なお、整粒組織とするための加熱処理には例えば連続焼鈍炉を用いればよく、材料の表面酸化や内部酸化を防止するために還元雰囲気(例えば窒素-水素混合ガス雰囲気)で加熱し、冷却中の析出を防止するために加熱後急冷することが望ましい。室温までの冷却速度は5℃/秒以上であればその後の時効処理によって良好な特性が得られる。 【0019】この後、整粒組織とした材料を時効処理する。この時効処理には通常バッチ加熱式のベル型炉などを用いるが、導電率が特に必要でない場合などには連続熱処理炉を用いてもよい。バッチ加熱の場合には通常、Fe又は/及びFeの化合物が析出する350?650℃で1?30時間程度材料を加熱する工程を採用する。なお、整粒組織を得るための急速加熱熱処理とその後の時効処理の間に冷延を行っても、その加工率が50%以下であれば本発明の効果を阻害するものではない。」 (2f)「【0023】[実施例1]表1に示す化学組成の銅合金を、電気炉により大気中で、厚さ50mm、幅80mm、長さ150mmの鋳塊に溶製し、その後、この鋳塊を900?1000℃で1hr加熱した後、厚さ15mmに熱間圧延した。次に、この熱間圧延材の表面を面削して酸化膜を除去し、0.5mmまで冷間圧延した。この後、表1に示す条件(加熱温度とその温度に達してからの保持時間)で急速短時間加熱を行い、引き続き表1に示す条件で時効析出熱処理を行った。なお、急速短時間加熱の昇温速度は5℃/sec、短時間加熱後の冷却速度は10℃/sec以上、時効析出熱処理の昇温速度は0.01℃/secとした。その後、加工率50%の冷間圧延を行って厚さ0.25mmの試験片を作製し、前記の試験を実施した。その結果を表1にあわせて示す。」 (2g)「【0024】 【表1】 」 3 甲第3号証 上記甲第3号証には、以下の記載がある。 (3a)「(6)結晶の微細化は機械的強度を増加させると共に温度係数を低下させる。」(第38頁左欄第32?33行) (3b)「 」(第39頁) (3c)「 」 (第41頁) (3d)「 」(第44頁) 4 甲第4号証 上記甲第4号証には、以下の記載がある。 (4a)「 」 (第473頁) (4b)「 」(第473頁) 第5 当審の判断 1 取消理由通知に記載した取消理由について 当審は、特許権者が提出した意見書を踏まえて検討した結果、本件発明1、3及び5?9についての進歩性の欠如はないと判断したところ、その理由は以下のとおりである。 (1)本件発明1について ア 本件発明1と引用発明1との対比 本件発明1と引用発明1とを対比すると、引用発明1における「金属板抵抗体などに好適なCu合金材」は、本件発明1における「抵抗材用銅合金材料」に相当する。 また、引用発明1の合金材が不可避不純物を有することは、技術常識である。 してみると、両者は、以下の一致点及び相違点1及び2を有する。 <一致点> 「マンガン、ニッケル、を含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる抵抗材用銅合金材料。」である点。 <相違点1> 本件発明1は、マンガンを「10質量%以上14質量%以下」、ニッケルを「1質量%以上3質量%以下」含有するものであるのに対し、引用発明1は、マンガンを「12質量%」、ニッケルを「3質量%」含有するものである点。 <相違点2> 本件発明1は、「結晶粒径が8μm以上60μm以下」であるのに対し、引用発明1は、結晶粒径の範囲について特定されていない点。 イ 相違点についての判断 (ア)相違点1について 引用発明1におけるマンガン及びニッケルの含有量は、本件発明1におけるそれぞれの含有量範囲に含まれるものであるから、相違点1は実質的なものでない。 (イ)相違点2について A 上記第4の3の摘示(3a)のとおり、86Cu-12Mn-2Niであるマンガニン等の抵抗材料において、結晶の微細化、つまり結晶粒径を小さくすることにより、機械的強度の増加と温度係数の低下をもたらすことは通常知られた技術的事項であるから、抵抗温度係数を下げようとするものである引用発明1においても、結晶粒径の調整は、当然に考慮する事項であると認められる。 B ここで、本件発明1は、本件明細書の【0004】に記載のとおり、「小さい抵抗温度係数と良好なプレス成形性を兼ね備える抵抗材用銅合金材料」を提供することを発明が解決しようする課題とし、プレス成形性は、同【0043】のとおり、「日本伸銅協会技術標準JCBA T310:2002に規定の銅及び銅合金薄板条のせん断試験方法に準拠して測定したせん断比によって、板材のプレス成形性を評価した。すなわち、プレス機、角型ダイス等を使用して板材を打ち抜き、板材の圧延方向に直交する断面(プレス破面)を露出させ、走査電子顕微鏡を用いて断面の観察を行って、せん断比を算出した。」としているところ、特許権者は、銅合金におけるプレス打ち抜き性、化学組成、機械的特性及び曲げ加工性の関係について、以下が記載された乙第1号証(「プレス性改善材EFTEC-64T-C」、古河電工時報、平成13年1月10日、第107号、p.63-66)を意見書とともに提出した。 C 「4.1 プレス打ち抜き性 ・・・打ち抜き後フレームのインナーリード先端をSEM観察した結果を写真2 に示す。写真から明らかなように,EFTEC-64Tは靭(じん)性に富むため,せん断面が長く伸び,板厚中に占める破断面の比率は極度に小さくなっている。対してEFTEC-64T-C は破断面の比率も高く,せん断部/破断部の境界も鮮明かつ直線的であり,良好な破面形状を示している。また,写真中の矢印で示したように,バリの発生量も大幅に低減している。」(第64頁左欄第22行?右欄第4行) 「 」 (第64頁) 「4.2 物性 EFTEC-64T-Cの物性を,EFTEC-64Tと比較し表1に示した。 EFTEC-64T-Cはプレス打ち抜き性改善のため,Si を微量添加している。その他の物性は,EFTEC-64Tと同等である。」(第64頁右欄第10?13行) 「 」 (第64頁) 「4.3 機械的特性 EFTEC-64T-C の機械的特性を,EFTEC-64Tと比較して,表2に示した。 EFTEC-64T-C はプレス打ち抜き性を改善するため,伸びを若干小さくしている。その他の機械的特性は,EFTEC-64T と同等である。」(第65頁左欄第1?6行) 「 」 (第65頁) 「4.4 曲げ加工性 表3には90°W曲げ試験の評価結果を示した。 EFTEC-64T-Cの伸びは,EFTEC-64Tよりも小さいものの,曲げ加工性に両者の差は認めらなかった。板厚以下の半径での曲げ加工が可能であり,良好な曲げ加工性を示している。」(第65頁左欄第7?11行) 「 」 (第65頁) D 上記Cの乙第1号証の摘示により、化学組成におけるSi添加の有無のみが異なる銅合金であるEFTEC-64T-CとEFTEC-64Tにおいて、機械的特性である引張強さと硬さは同等であり、曲げ加工性に差は認められないが、プレス打ち抜き性はEFTEC-64T-Cの方が良好であることから、銅合金の機械的強度及び曲げ加工性が同じであっても、プレス成形性は異なる場合があるということができる。 E してみると、甲第3号証に記載されるとおり、マンガニン等の抵抗材料において、結晶粒径を小さくすることにより、機械的強度が増加し、温度係数が低下することが通常知られた技術的事項であり、抵抗器に用いられる金属板抵抗体である引用発明1において、抵抗器に応じた形状とするための加工性が金属抵抗体に求められるのは当然のことといえたとしても、引用発明1において、結晶粒径を調整することによってプレス形成性を良好にすることまでが、当業者が当然に考慮する事項であるということはできない。 F また、特許権者は、さらに、以下が記載された乙第2号証(「「バリの発生と原因と対策」、プレス技術、1987年、第25巻、第13号、p.18-25)を意見書とともに提出した。 G 「 」 (第23頁) H 上記Gの乙第2号証の摘示により、銅合金の成分が異なる場合には、同じクリアランスであってもプレス加工におけるバリ高さの出方が異なっており、バリ高さはプレス成形性の特性のうちの1つであるところ、合金の組成に応じて、熱履歴、加工履歴による結晶粒径の大きさや析出物の生成度合いなど、金属組織形成の挙動が変わってしまうため、結晶粒径とプレス成形性との相関性が異なることになるということができる。 I そして、甲第2号証に記載された電気電子部品用銅合金は、上記第4の2の摘示(2a)のとおり、「半導体用リードフレーム、端子、コネクター、ブスバーなどに用いる」ものであって、同(2c)のとおり、「Mnは・・・1.5%を越えて含有されるとはんだ濡れ性と導電率を低下させ」るものであるのに対し、引用発明1の抵抗材用銅合金は、Mnを12質量%含有するものであって、Mnの含有量が多くなっている。 J してみると、同(2b)及び(2d)には、甲第2号証に記載された電気電子部品用銅合金において、平均結晶粒径を3?60μm、同(2g)では具体的には、15?25μmの範囲内とすることで曲げ加工性を良好なものとすることが記載されているとしても、上記Dのとおり曲げ加工性とプレス成形性は異なるものであるし、Mn含有量が少ない引用発明1に対して、当該結晶粒径範囲を適用する動機付けがあるともいえない。 K よって、引用発明1において、プレス成形性を良好にする観点から、結晶粒径を調整して8μm以上60μm以下の範囲内とすることは、当業者が容易に想到し得ることであるということはできない。 L そして、本件発明1は、マンガン10質量%以上14質量%以下、ニッケル1質量%以上3質量%以下を含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる抵抗材用銅合金材料において、結晶粒径を8μm以上60μm以下とすることにより、小さい抵抗温度係数と良好なプレス成形性とを兼ね備えるという格別の効果を奏するものである。 ウ 小括 したがって、本件発明1は、引用発明1と甲第2及び3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。 (2)本件発明3について ア 本件発明3と引用発明2との対比 本件発明3と引用発明2とを対比すると、引用発明2における「金属板抵抗体などに好適なCu合金材」は、本件発明3における「抵抗材用銅合金材料」に相当する。 また、引用発明2の合金材が不可避不純物を有することは、技術常識である。 してみると、両者は、以下の一致点及び相違点1’及び2’を有する。 <一致点> 「マンガン、錫、を含有し、残部が銅及び不可避不純物からなる抵抗材用銅合金材料。」である点。 <相違点1’> 本件発明3は、マンガンを「6質量%以上8質量%以下」、錫を「2質量%以上4質量%以下」含有するものであるのに対し、引用発明2は、マンガンを「7質量%」、錫を「2.3質量%」含有するものである点。 <相違点2’> 本件発明3は、「結晶粒径が8μm以上60μm以下」であるのに対し、引用発明2は、結晶粒径の範囲について特定されていない点。 イ 相違点についての判断 相違点1’及び2’についての判断は、上記(1)イと同様である。 ウ 小括 したがって、本件発明3は、引用発明2と甲第2及び3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。 (3)本件発明5?9について 本件発明5?9は、本件発明1又は3を引用するものであって、上記(2)及び(3)のとおり、本件発明1及び3は進歩性を有するものであることから、本件発明5?9は、引用発明1又は2と甲第2及び3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。 2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 当審が取消理由通知において採用しなかった本件発明2及び4に対する進歩性の欠如についての判断は、以下のとおりである。 (1)本件発明2について ア 本件発明2と引用発明1との対比 本件発明2と引用発明1とを対比すると、両者は、上記1(1)アの一致点並びに相違点1及び2を有するとともに、以下の相違点3において相違する。 <相違点3> ビッカース硬さについて、本件発明2は、「90HV以上150HV未満」であるのに対し、引用発明1は、「88HV」である点。 イ 相違点についての判断 (ア)相違点1及び2について 相違点1及び2についての判断は、上記1(1)イのとおりである。 (イ)相違点3について 引用発明1において、ビッカース硬さを「88HV」に替えて「90HV以上150HV未満」とする動機付けはなく、本件発明2は、ビッカース硬さを「90HV以上150HV未満」とすることによって、結晶粒径が8μm以上60μm以下の範囲内となってプレス成形性が十分となるとともに、最終再結晶焼鈍し工程以降に冷間加工が施されないものであって、小さい抵抗温度係数が得られるという効果を奏するものである。 ウ 小括 したがって、本件発明2は、引用発明1と甲第2及び3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。 (2)本件発明4について ア 本件発明4と引用発明2との対比 本件発明4と引用発明2とを対比すると、両者は、上記1(2)アの一致点並びに相違点1’及び2’を有するとともに、以下の相違点3’において相違する。 <相違点3’> ビッカース硬さについて、本件発明4は、「80HV以上120HV未満」であるのに対し、引用発明2は、「79HV又は124HV」である点。 イ 相違点についての判断 相違点1’?3’についての判断は、上記(1)イと同様である。 ウ 小括 したがって、本件発明4は、引用発明2と甲第2及び3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、請求項1?9に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。 また、他に請求項1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2019-10-25 |
出願番号 | 特願2018-524299(P2018-524299) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C22C)
|
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 川村 裕二 |
特許庁審判長 |
平塚 政宏 |
特許庁審判官 |
亀ヶ谷 明久 長谷山 健 |
登録日 | 2018-08-10 |
登録番号 | 特許第6382478号(P6382478) |
権利者 | 古河電気工業株式会社 |
発明の名称 | 抵抗材用銅合金材料及びその製造方法並びに抵抗器 |
代理人 | 山田 勇毅 |
代理人 | 森 哲也 |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |