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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G02C
管理番号 1357157
審判番号 不服2018-16871  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-01-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-12-19 
確定日 2019-12-03 
事件の表示 特願2014-51318「有機半導体トランジスタを備える眼用装置」拒絶査定不服審判事件〔平成26年9月29日出願公開,特開2014-182397,請求項の数(14)〕について,次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は,特許すべきものとする。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2014-51318号(以下「本件出願」という。)は,平成26年3月14日(パリ条約による優先権主張 平成25年3月15日 米国)を出願日とする特許出願(外国語書面出願)であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。
平成29年 4月28日付け:拒絶理由通知書
平成29年 8月 9日付け:意見書
平成29年 8月 9日付け:手続補正書
平成29年12月22日付け:拒絶理由通知書
平成30年 4月 4日付け:意見書
平成30年 4月 4日付け:手続補正書
平成30年 8月15日付け:補正の却下の決定
平成30年 8月15日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
平成30年12月19日付け:審判請求書
平成30年12月19日付け:誤訳訂正書
平成30年12月19日付け:手続補正書
(この手続補正書による補正を,以下「審判請求時の補正」という。)
平成31年 2月 1日付け:前置報告書

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は,概略,本件出願の請求項1?請求項14に係る発明は,その優先権主張の日(以下「本件優先日」という。)前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に基づいて,本件優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用文献1:米国特許出願公開第2011/0084834号明細書
引用文献2:特表2012-507747号公報
引用文献3:米国特許出願公開第2005/0285099号明細書
引用文献4:特表平08-508826号公報
(当合議体注:主引用例は引用文献1であり,引用文献2?引用文献4は,副引用例である。)

第2 審判請求時の補正について
1 本件補正の内容
審判請求時の補正により,本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)は,発明特定事項として,以下の下線を付した発明特定事項を具備するものとなった。
「 眼用レンズ装置であって,
三次元的に形成された眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた,n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップと,前記通電素子と前記D型フリップフロップとの間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含み,
前記眼用インサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され,
前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる,眼用レンズ装置。」

事案に鑑みて,この補正が,特許法36条の2第8項の規定により明細書,特許請求の範囲及び図面とみなされた同条2項に規定する外国語書面の翻訳文又は誤訳訂正書による補正後の明細書,特許請求の範囲若しくは図面(以下「翻訳文等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものであるかについて,検討する。

2 補正の適否
(1) 翻訳文等の記載
平成30年12月19日付け誤訳訂正書による補正後の明細書の【0055】,及び【0056】には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものである。
「【0055】
ここで図3を参照し,三次元的に形成された,又は形成可能なインサート基材上に,電気接続有機半導体装置が例示される。いくつかの実施形態において,三次元的に形成されたインサート構成要素300の一部の代表的な拡大図が示される。区域305によって示される位置は,有機半導体装置を含み得る,取り付けられた集積回路装置を表すか,又はこれは,上部に有機半導体装置が既に形成されているか,又は以降のプロセスで形成され得る,インサート表面の区域を表し得る。
【0056】
いくつかの実施形態において,区域310及び320は,インサート装置のより大きな相互接続機構が,回路区域内の構成要素に電気接続を形成する,位置を表してもよい。図3における代表的な図において,有機半導体構成要素は,基材から切り抜かれるか,又はダイスカットされ,その後インサートに接続されてもよい。図3の図はしたがって,区域310及び320においてフリップチップの向きを表してもよいが,チップ表面下には,流動性ハンダボール,又は導電性エポキシ接続が挙げられるがこれらに限定されない,相互接続機構が存在してもよい。」

ここで,図3は,次のとおりである。


また,【0062】には,次の記載がある。
「【0062】
いくつかの実施形態において,図4を再び参照し,電気回路400は更に,相補的なn及びp型有機半導体トランジスタを使用する回路に基いて,「D-FlipFlop」回路450を含み得る。いくつかの実施形態において,D-FlipFlop回路450は,一緒に接続されたそのD及びQ出力,加えてセット(S)及びリセット(R)が接地接続される。」

ここで,図4は,次のとおりである。


(2) 判断
まず,【0055】には,「ここで図3を参照し,…区域305によって示される位置は,有機半導体装置を含み得る,取り付けられた集積回路装置を表す」と記載されている。そうしてみると,インサート構成要素300の表面には,有機半導体装置が取り付けられるべき,区域305に対応する区域(以下「区域305対応区域」という。)が形成されているといえる。
次に,【0056】には,「図3の図はしたがって,区域310及び320においてフリップチップの向きを表してもよいが,チップ表面下には…相互接続機構が存在してもよい。」と記載されている。また,図3からは,区域310及び320が区域305内にある様子が看取される。そうしてみると,区域305対応区域内には,チップと電気接続を形成する相互接続機構が形成されているといえる。
さらに,【0056】には,「有機半導体構成要素は,基材から切り抜かれるか,又はダイスカットされ,その後インサートに接続されてもよい。」と記載されている。そうしてみると,「チップ」とは「有機半導体構成要素」のことであり,また,既に述べた事項も勘案すると,「有機半導体構成要素」(有機半導体装置)は,前記相互接続機構によって,特定の向きでインサート構成要素300に取り付けられるといえる。
加えて,【0062】には,「図4を再び参照し,電気回路400は更に,相補的なn及びp型有機半導体トランジスタを使用する回路に基いて,「D-FlipFlop」回路450を含み得る。」と記載されている。また,図4には,D-FlipFlopが6つの入出力端子を具備するICチップとして描かれている(当合議体注:電源端子は省略して描かれている。)。そうしてみると,【0055】及び【0056】でいう「有機半導体装置」(有機半導体構成要素,チップ)は,「D-FlipFlop」であって良いといえる。

以上勘案すると,翻訳文等には,「前記眼用インサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され」,「前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる」という構成が記載されていたということができる。
したがって,上記の構成に関する審判請求時の補正は,翻訳文等に記載した事項の範囲内でしたものである。

なお,「前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる」との構成に関しては,審判請求人も【0056】の記載を指摘して,「区域305内の区域310及び320は,相互接続機構が電気接続を形成する位置を表し,また,フリップチップの向きを表しています。」と主張するところである。そして,「向き」に関する翻訳文等の記載は,これのみである。
また,審判請求時の補正は,他の補正も含むものであるが,他の補正も,翻訳文等に記載した事項の範囲内でしたものである。

第3 当合議体の判断
1 本願発明
本件出願の請求項1?請求項14に係る発明は,審判請求時の補正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項14に記載された事項によって特定されるとおりの,以下のものである。
「【請求項1】
眼用レンズ装置であって,
三次元的に形成された眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた,n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップと,前記通電素子と前記D型フリップフロップとの間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含み,
前記眼用インサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され,
前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる,眼用レンズ装置。

【請求項2】
前記眼用レンズ装置を封入するヒドロゲル層を更に含む,請求項1に記載の眼用レンズ装置。

【請求項3】
前記眼用レンズ装置の光学的特性を変更することができる,能動的光学装置を更に含む,請求項2に記載の眼用レンズ装置。

【請求項4】
前記能動的光学装置が,液体メニスカスレンズ要素を含む,請求項3に記載の眼用レンズ装置。

【請求項5】
活性化要素を更に含む,請求項4に記載の眼用レンズ装置。

【請求項6】
前記活性化要素は,感圧スイッチを含む,請求項5に記載の眼用レンズ装置。

【請求項7】
前記n型有機半導体は,銅ヘキサデカフルオロフタロシアニン(F_(16)CuPc)を含む,請求項1に記載の眼用レンズ装置。

【請求項8】
前記p型有機半導体は,ペンタセンを含む,請求項1に記載の眼用レンズ装置。

【請求項9】
前記導電性配線が,透明電極を含む,請求項1に記載の眼用レンズ装置。

【請求項10】
前記透明電極は酸化インジウムスズを含む,請求項9に記載の眼用レンズ装置。

【請求項11】
前記通電素子は,少なくとも一部が直列様式で接続されている,2つ以上の電気化学セルから構成される,請求項1に記載の眼用レンズ装置。

【請求項12】
眼用レンズインサート装置であって,
通電素子,少なくとも第1導電性配線,及びn型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップを含み,
前記眼用レンズインサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され,
前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用レンズインサート装置に取り付けられる,眼用レンズインサート装置。

【請求項13】
前記n型有機半導体は,銅ヘキサデカフルオロフタロシアニン(F_(16)CuPc)を含む,請求項12に記載の眼用レンズインサート装置。

【請求項14】
前記p型有機半導体は,ペンタセンを含む,請求項12に記載の眼用レンズインサート装置。」

2 引用文献の記載及び引用発明
(1) 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由において引用された引用文献1(米国特許出願公開第2011/0084834号明細書)は,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,翻訳文に付した下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「[0002] 1. Field of Invention
[0003] The present invention relates to a method and system for promoting contact lens care compliance.」
(参考訳:[0002]1.発明の分野
[0003] 本発明は,コンタクトレンズケアコンプライアンスを促進するための方法及びシステムに関する。」

イ 「[0008] Despite recommendations by eye care practitioners to replace lenses as specified in the prescriptions, most users continue to use these lens well past the expiration date or replacement date, whether unwittingly or otherwise.
…(省略)…
[0009] It is thus one of the objects of this invention to mitigate or obviate at least one of the aforementioned disadvantages.」
(参考訳:[0008] アイケア提供者による処方箋指定のレンズ交換推奨にも関わらず,殆どの使用者は,不注意又は他の理由でこれらのレンズを有効期限や交換日を優に過ぎても使用し続ける。
…(省略)…
[0009] したがって,本発明の目的の1つは,前述の不利点の少なくとも1つを軽減又は未然に防ぐことである。」

ウ 「[0013] Advantageously, the method and system promote contact lens compliance, thus significantly diminishing complications associated with non-compliance.」
(参考訳:[0013] 有利な点としては,この方法及びシステムはコンタクトレンズコンプライアンスを促進し,したがってコンプライアンス違反に関連する合併症を著しく減少させる。)

エ 「[0022] As depicted in FIG. 2, an exemplary ophthalmic device 10, such as a contact lens, comprises an anterior surface 12, an opposing posterior surface 14 surrounded by a peripheral edge 16, an edge surface (not shown), such as a spherical lens formed from surfaces 12, 14 which have a spherical curvature. The contact lens 10 also includes an optical zone 13 surrounded by a peripheral zone 18.
…(省略)…
[0023] The lens 10 includes at least one data carrier 20 on any surface of the lens 10, such as the anterior surface 12, the posterior surface 14, or the edge surface (not shown) extending between the anterior surface 12 and the posterior surface 14. The data carrier 20 may be any suitable means for retaining data operable in an electrical and/or magnetic mode, such as a radio identification device or RFID tag, as implemented in an exemplary embodiment of the present invention.」
(参考訳:[0022] 図2に示すように,コンタクトレンズなどの例示的な眼科用装置10は,前面12と,周縁16によって囲まれた反対側の後面14と,球形の曲率を有する面12,14から形成された球面レンズなどの端面(図示せず)とを備える。コンタクトレンズ10はまた,周辺領域18によって囲まれた光学領域13を含む。
…(省略)…
[0023] レンズ10は,前面12,後面14,又は前面12と後面14との間に延びる端面(図示せず)などのレンズ10の任意の面上に少なくとも1つのデータキャリア20を含む。データキャリア20は,本発明の例示的実施形態で実施されるような無線識別装置又はRFIDタグなど,電気及び/又は磁気モードで動作可能なデータを保持するための任意の適切な手段であり得る。)

オ 「[0053] As an example, the tag 20 may include the contactless IC chip, which is manufactured by Hitachi, Japan, measuring 0.15×0.15 millimeter (mm), 7.5 micrometer (μm) thick or the μ-chip^(TM) which features an internal antenna. These chips can thus operate entirely on their own, making it possible to use μ-Chip as RFID IC tags without the need to attach external devices, such as antennae, making these tags, or similar tags, ideal for application in the present invention. Similar to the 0.15 mm square chip, the μ-chip is manufactured by Hitachi, Japan, using silicon-on-insulator (SOI) fabrication process technology.」
(参考訳:[0053] 一例として,タグ20は,日本の日立製作所によって製造された,0.15×0.15ミリメートル(mm),厚さ7.5マイクロメートル(μm)の非接触ICチップ,又は内部アンテナを特徴とするμ-Chip^(TM)を含むことができる。したがって,これらのチップは完全に単独で動作可能で,アンテナなどの外部装置を取り付ける必要なしにμ-ChipをRFID ICタグとして使用することを可能にし,これらのタグ又は同様のタグを本発明における適用に理想的である。0.15mm平方チップと同様に,μ-Chipは,シリコンオンインシュレータ(SOI)製造プロセス技術を使用して,日本の日立により製造されている。」

カ 「[0054] In another exemplary embodiment, the data carrier 20 and the sensors 66 a-d comprise devices manufactured using printable electronics technology, such as printed RFID ICs, or organic, chipless, polymer-based tags, or made with conductive inks that can store and transmit data. For example, tags 20 may be produced with common commercial printing processes such as flexographic, rotogravure, offset or rotary screen using special inks and materials. A variety of electronic inks with conductive, insulating, or semiconductor qualities, are printed in successive layers on plastic substrates to form electronic circuits including organic field effect transistors (OFETs). The electronic inks may be opaque, or transparent and thus undetectable to the human eye, and are compatible with the particular contact lens material. In an exemplary method of developing and manufacturing complete RFID tags uses ink jet technology used to print silver fluid, or inks containing silver dispersions, with features of less than 20 microns. The printable antenna and the circuit chip may be printed directly onto the suitable contact lens material, such that, at least one antenna and at least one circuit chip is electrically connected to the anterior surface, and/or the opposing posterior surface of the contact lens material. Alternatively, the antenna and the circuit chip may be printed onto a polymer film material, or other suitable carrier material, which is attached to the contact lens. Alternatively, active tags may include printable photovoltaics, or printable batteries. In yet another exemplary embodiment, the tag 20 is a magnetic tag, based on nanotechnology and microtechnology. The magnetic tag 20 includes certain materials which possess unique magnetic properties that permit individual items to be precisely identified.」
(参考訳:[0054] 別の例示的な実施形態では,データキャリア20及びセンサ66a?dは,印刷RFID IC,又は有機チップレス,ポリマーベースのタグなどの印刷可能な電子技術を使用して製造されたデバイス,又はデータを格納及び送信できる導電性インクで作られたデバイスを含む。例えば,タグ20は,特殊なインク及び材料を使用してフレキソ印刷,輪転グラビア印刷,オフセット又は回転スクリーンなどの一般的な商用印刷プロセスで製造することができる。導電性,絶縁性,又は半導体品質を有する様々な電子インクがプラスチック基板上の連続層に印刷されて,有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路を形成する。電子インクは,不透明でも透明でもよく,したがって人間の目には検出できず,特定のコンタクトレンズ材料と適合性がある。完全なRFIDタグを開発及び製造する例示的な方法では,20ミクロン未満の特徴を有する銀流体,又は銀分散液を含有するインクを印刷するために使用されるインクジェット技術を使用する。印刷可能アンテナ及び回路チップは,少なくとも1つのアンテナ及び少なくとも1つの回路チップがコンタクトレンズ材料の前面及び/又は反対側の後面に電気的に接続されるように,適切なコンタクトレンズ材料上に直接印刷されてもよい。あるいは,アンテナ及び回路チップは,ポリマーレンズ材料,又はコンタクトレンズに取り付けられている他の適切なキャリア材料上に印刷されてもよい。あるいは,アクティブタグは,印刷可能な太陽電池,又は印刷可能な電池を含み得る。さらに別の例示的実施形態では,タグ20はナノテクノロジー及びマイクロテクノロジーに基づく磁気タグである。磁気タグ20は,個々の品目を正確に識別することを可能にする固有の磁気特性を有する特定の材料を含む。)

キ 図2


(2) 引用発明
引用文献1には,図2から看取されるような「コンタクトレンズ10」が記載されているところ,この「コンタクトレンズ10」は,引用文献1の[0022]に記載の形状を具備し,[0023]に記載の「データキャリア20」を含むものである。また,「データキャリア20」に関して,[0054]には,「有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路」の記載がある。
以上勘案すると,引用文献1には,「コンタクトレンズコンプライアンスを促進し,したがってコンプライアンス違反に関連する合併症を著しく減少させる」([0013])「コンタクトレンズ10」として,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。なお,用語を統一して記載した。
「 コンタクトレンズコンプライアンスを促進し,したがってコンプライアンス違反に関連する合併症を著しく減少させるコンタクトレンズ10であって,
コンタクトレンズ10は,前面12と,周縁16によって囲まれた反対側の後面14と,球形の曲率を有する面12,14から形成された球面レンズの端面を備え,周辺領域18によって囲まれた光学領域13を含み,
コンタクトレンズ10は,データキャリア20を含み,データキャリア20は,RFIDタグなど,電気モードで動作可能なデータを保持するための適切な手段であり,
データキャリア20は,特殊なインキ及び材料を使用して印刷プロセスで製造され,導電性,絶縁性又は半導体品質を有する様々な電子インクがプラスチック基板上の連続層に印刷されて,有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路を形成し,電子インクは,コンタクトレンズ材料と適合性があり,データキャリア20のアンテナ及び回路チップは,コンタクトレンズに取り付けられているキャリア材料上に印刷され,データキャリア20は,印刷可能な太陽電池又は印刷可能な電池を含む,
コンタクトレンズ10。」

(3) 引用文献4の記載
原査定の拒絶の理由において引用された引用文献4(特表平08-508826号公報)は,本件優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,判断等に活用した箇所を示す。また,空行は1行として数えないこととし,文章として不自然な改行は断り無しに削除した。
ア 4頁1?5行
「【発明の詳細な説明】
切換可能レンズ
本発明は,特性が可変のレンズに関するものである。
本発明は,複焦点レンズの分野,特にコンタクトレンズまたは眼内レンズなどの眼に使用される複焦点レンズに適用される。」

イ 5頁2?6行
「 本発明の目的は,ユーザが近くの視野と遠くの視野とを切り換えることのできるレンズを提供することによってこれらの問題点を解消することである。コンタクトレンズまたは眼内のレンズの場合,レンズは着用者によって切り換えられる。このため,ユーザは,単焦点レンズの視覚的敏捷性を備えつつ,複焦点レンズの柔軟性を享受できる。」

ウ 5頁21?26行
「 レンズを眼用レンズとして使用する場合の好適例において,ユーザは,通常の標準的な眼の動きとは異なる緩慢な(自発的な)眼の動きによって,レンズアセンブリを制御することができる。この一例として,より長い時間の瞬きがある。一般的な自発的瞬きは,約1/10秒継続する。(都合の良いことには,不自然と思えるほど長時間である必要はないものの,)緩慢な,より長時間の瞬きによって,レンズをトリガし,焦点距離を変更することができる。」

エ 6頁19?23行
「 図1に,保護用外側コーティングまたはレンズ3によって包囲されている内側切換可能レンズ2を備えているレンズアセンブリ1を示す。ここで,前記保護用外側コーティングまたはレンズ3は,切換可能レンズ2をカプセルで保護している。電源4は,回路5を介して切換可能レンズ2に接続され,当該切換可能レンズ2の焦点距離,吸収,色または実効開口を切り換える。」
(当合議体注:図1は以下の図である。)
図1:


オ 11頁2?15行
「 図5に,スイッチング回路の一例を示す。光ダイオードからの出力信号30は,2つの並列な単安定回路31,32の各入力端子に供給される。一方の単安定回路31の出力パルスの持続時間を例えば120msとし,他方の単安定回路32の持続時間を例えば80msとすることができる。単安定回路31,32の出力信号は,排他的論理和ゲート33の各入力端子に供給される。排他的論理和ゲート33の出力は,D型フリップフロップ34のリセット入力端子に供給され,その出力Qは,切換(スイッチング)信号を供給する。入力信号30も,フリップフロップ34のクロック入力端子に供給される。
ユーザが80?120msの時間瞬きする場合,光ダイオードの出力30は,その時間下降する。各単安定回路31,32はトリガされる。入力パルス30が80?120msの間ロー状態なので,排他的論理和ゲート33は,その期間ハイ状態出力をフリップフロップ34に供給し,このため,フリップフロップ34のQ出力を,ハイ状態からロー状態へ,またはその逆へトグル(toggle)し,好適な切換(スイッチング)信号を供給する。」
(当合議体注:図5は以下の図である。)
図5:


3 対比及び判断
(1) 対比
本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 眼用レンズ装置
引用発明の「コンタクトレンズ10」は,「データキャリア20を含み,データキャリア20は,RFIDタグなど,電気モードで動作可能なデータを保持するための適切な手段であり」,「印刷可能な太陽電池,又は印刷可能な電池を含む」ものである。
ここで,コンタクトレンズが,眼に用いられるものであり,レンズとしての機能を具備することは,技術的にみて明らかである。また,上記の構成からみて,引用発明の「コンタクトレンズ10」は,「装置」と称しうる機構を具備したものといえる。
そうしてみると,引用発明の「コンタクトレンズ10」は,本願発明1の「眼用レンズ装置」に相当する。

イ 眼用インサート装置
引用発明の「コンタクトレンズ10」は「データキャリア20を含み」,「データキャリア20は,特殊なインキ及び材料を使用して印刷プロセスで製造され,導電性,絶縁性又は半導体品質を有する様々な電子インクがプラスチック基板上の連続層に印刷されて,有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路を形成し,電子インクは,コンタクトレンズ材料と適合性があり,データキャリア20のアンテナ及び回路チップは,コンタクトレンズに取り付けられているキャリア材料上に印刷され,データキャリア20は,印刷可能な太陽電池又は印刷可能な電池を含む」ものである。
上記の構成からみて,引用発明の「コンタクトレンズ10」は,「キャリア材料」を含むものであり,この「キャリア材料」は,「コンタクトレンズ10」との関係においては眼用に挿入された装置,すなわち「眼用インサート装置」といえる。また,引用発明の「コンタクトレンズ10」は,「キャリア材料」に「印刷され」た「印刷可能な太陽電池又は印刷可能な電池」と,「キャリア材料」に「印刷され」た「有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路」を含むものでもある。加えて,引用発明の「印刷可能な太陽電池又は印刷可能な電池」と「有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路」が,「印刷され」た導電性の配線により電気的に接続されていることは自明である。そして,「印刷され」たものは,取り外し困難なものであるから,固定的なものといえる。
そうしてみると,引用発明の「コンタクトレンズ10」における上記の構成と,本願発明1の「眼用レンズ装置」における「三次元的に形成された眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた,n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップと,前記通電素子と前記D型フリップフロップとの間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含み」という構成は,「眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に」設けられた「通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に」設けられた有機半導体装置と,「前記通電素子と前記」有機半導体装置「との間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含み」という構成の点で共通する。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明1と引用発明は,次の構成で一致する。
「 眼用レンズ装置であって,
眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に設けられた通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に設けられた有機半導体装置と,前記通電素子と前記有機半導体装置との間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含む,
眼用レンズ装置。」

イ 相違点
本願発明1と引用発明は,以下の点で相違する。なお,判断の便宜上,相違点1?相違点3に分けて記載するが,これら相違点は,本来,ひとまとまりの相違点として理解すべきものである。
(相違点1)
「眼用レンズ装置」に関して,本願発明1は,「三次元的に形成された眼用インサート装置と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた通電素子と,前記眼用インサート装置に固定的に取り付けられた,n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップと,前記通電素子と前記D型フリップフロップとの間に電気的連絡をもたらす導電性配線とを含み」という構成を具備するのに対して,引用発明は,上記の下線部の構成を具備するとは特定されておらず,また,引用発明の「印刷され」という構成は,通常の用語の意味においては,本願発明1の「取り付けられ」には該当しないと考えられる点。

(相違点2)
「眼用レンズ装置」に関して,本願発明1は,さらに「前記眼用インサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され」という構成を具備するのに対して,引用発明は,「データキャリア20」が「キャリア材料上に印刷され」る点。

(相違点3)
「眼用レンズ装置」に関して,本願発明1は,さらに「前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる」という構成を具備するのに対して,引用発明は,「データキャリア20」が「キャリア材料上に印刷され」る点。

(3) 判断
事案に鑑みて,相違点3について検討する。
技術的にみて,引用発明の「データキャリア20」は,「D型フリップフロップ」の均等物ではない(作用,機能が異なる)から,引用発明に接した当業者において,引用発明の「データキャリア20」を「D型フリップフロップ」に置き換える動機付けは生じないといえる。また,引用文献1には,引用発明の「データキャリア20」に加えて,「D型フリップフロップ」を設けることについて,記載も示唆もない。
引用文献4には,「コンタクトレンズまたは眼内レンズなどの眼に使用される複焦点レンズ」(前記2(3)ア)に含まれる,「切換可能レンズ2の焦点距離,吸収,色または実効開口を切り換える」(同エ)ための「スイッチング回路の一例」が記載されている(同オ)。また,当該回路は,「D型フリップフロップ34」を含むものである。しかしながら,引用文献4に記載された「スイッチング回路」は,「切換可能レンズ2の焦点距離,吸収,色または実効開口を切り換える」ことを目的課題としたものである。これに対して,引用発明の「コンタクトレンズ10」は,「切換可能レンズ2の焦点距離,吸収,色または実効開口を切り換える」ことを目的課題とするものではない(目的,課題が異なる)。したがって,引用文献4の「D型フリップフロップ34」は,引用発明において「D型フリップフロップ」を採用する動機付けにはならない。
ところで,「D型フリップフロップ」は,1ビットの記憶手段として典型的なものであるから,引用発明の「データキャリア20」には,「D型フリップフロップ」に相当する回路要素が含まれているとも考えられる。しかしながら,この点をもってしても,本願発明1の「前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用インサート装置に取り付けられる」という構成に到るとはいえない。むしろ,引用発明の「データキャリア20」は,印刷プロセスで製造されるものであるから,特定の向きで取り付けることには,阻害要因があるといえる。

「データキャリア20」と「D型フリップフロップ」の相違についてはひとまず措いて,以下,検討する。
引用文献1の[0053]には,「データキャリア20」の例として,「内部アンテナを特徴とするμ-Chip」が開示され,これは,フリップチップ接続等の手段により,特定の向きで取り付けられるものである。しかしながら,「μ-Chipは,シリコンオンインシュレータ(SOI)製造プロセス技術を使用して,日本の日立により製造されている」([0053])ものである。したがって,仮に引用発明の「データキャリア20」に替えて,「μ-Chip」を採用したとしても,本願発明1の「n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップ」の構成に到るとはいえない。
また,引用文献1の[0053]に記載された「μ-Chip」の態様に対し,「有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路」の態様は,「別の例示的な実施形態」([0054])である。したがって,両者から「有機電界効果トランジスタ(OFET)を含む電子回路」を特定の向きで取り付ける態様を導き出すことは,技術的にみて不自然な試みであると同時に,後知恵であって,許されない。
以上の点は,原査定の拒絶の理由で引用された引用文献2及び引用文献3に記載された事項を考慮しても,変わらない。

(4) 小括
本願発明1は,引用文献1に記載された発明及び引用文献4に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5) 請求項2?請求項14について
本件出願の請求項2?請求項11に係る発明は,本願発明1に対して,さらに他の発明特定事項を付加してなる「眼用レンズ装置」の発明であり,前記相違点1?相違点3に係る本願発明1の構成を具備するものである。
そうしてみると,これら発明は,前記(3)で述べたのと同じ理由により,引用文献1に記載された発明及び引用文献4に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

本件出願の請求項12に係る発明は,「眼用レンズインサート装置」に関する発明であるところ,この発明は,「n型有機半導体とp型有機半導体とを有するD型フリップフロップを含み」,「前記眼用レンズインサート装置の表面に前記D型フリップフロップが取り付けられるべき区域が形成され,前記区域内に電気接続を形成する相互接続機構が形成され」,「前記D型フリップフロップは前記相互接続機構によって特定の向きで前記眼用レンズインサート装置に取り付けられる」という構成を具備する。また,本件出願の請求項13及び請求項14は,請求項12に係る発明に対して,さらに他の発明特定事項を付加してなる「眼用レンズインサート装置」の発明である。
そうしてみると,これら発明も,前記(3)で述べたのと同様の理由により,引用文献1に記載された発明及び引用文献4に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第4 原査定について
「第3」で述べたとおりであるから,原査定の理由を維持することはできない。

第5 むすび
以上のとおり,原査定の理由によっては,本件出願を拒絶することはできない。
また,他に本件出願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-11-19 
出願番号 特願2014-51318(P2014-51318)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (G02C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 関口 英樹後藤 亮治  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 樋口 信宏
早川 貴之
発明の名称 有機半導体トランジスタを備える眼用装置  
代理人 加藤 公延  
代理人 大島 孝文  

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