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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09G
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09G
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09G
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09G
管理番号 1357421
審判番号 不服2018-4462  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-01-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-04-04 
確定日 2019-11-26 
事件の表示 特願2014-554816「シラン基含有ポリマー組成物およびそれを含むコーティング」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 8月 1日国際公開、WO2013/112683、平成27年 3月 2日国内公表、特表2015-506405〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2013年1月24日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理2012年1月25日(US)米国〕を国際出願日とする出願であって、平成28年1月15日付けで手続補正がなされ、
平成29年1月19日付けの拒絶理由通知に対して、平成29年7月31日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされ、
平成29年11月20日付けの拒絶査定に対して、平成30年4月4日付けで審判請求と同時に手続補正がなされ、
平成30年11月12日付けの拒絶理由通知に対して、令和元年5月20日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?4に係る発明は、令和元年5月20日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであって、その請求項1に係る発明(以下「本1発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
トリメトキシシランまたはトリエトキシシランを含むペンダントのシラン基を有する、組成物の全重量に対して10から45重量部のシラン含有ポリマーであって、該シラン含有ポリマーは(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られるか、または(ii)ビニル芳香族モノマーから作られるポリマーにシラン化合物を反応させることにより作られ、
前記ポリマーは、ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%、エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%、C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%、およびグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbwである、
b) 組成物の全重量に対して0.05から7重量部のワックス、
c) 組成物の全重量に対して1から10重量部の可塑剤、
d) 組成物の全重量に対して1から10重量部の造膜助剤、
e) フルオロ界面活性剤、および
f) 水性液体を含む床ケア組成物であって、
該組成物は重金属架橋剤を含まないか、またはポリマー内の酸官能基の1当量あたり0.05モル以下の重金属架橋剤を含み、
該重金属架橋剤は亜鉛炭酸アンモニウム、亜鉛酢酸アンモニウム、亜鉛アンモニウムアクリレート、亜鉛アンモニウムマレアート、亜鉛アンモニウムアミノアセテート、カルシウムアンモニウムアラニン、カルシウム エチレンジアミン炭酸アンモニウム、ジルコニウム炭酸アンモニウムおよびジルコニウムアンモニウムマレアートから選択され、
組成物は配合直後に、ブルックフィールドLV粘度計で#1のスピンドルを使用して毎秒1回転で測定した時の動的粘度が100cP未満である、床ケア組成物。」

第3 平成30年11月12日付けの拒絶理由通知の概要
平成30年11月12日付け拒絶理由通知(以下「先の拒絶理由通知」という。)には、理由1?4として、次の理由が示されている。
理由1:本願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1又は2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
理由2:本願の請求項1?4に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1?3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由3:本願は、発明の詳細な説明の記載が下記1(2)ウ、オの点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
理由4:本願は、特許請求の範囲の記載が下記1(1)、(2)ア?エの点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第2号に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。

そして、その「記」には、次の刊行物1?3が提示されるとともに、1(1)、(2)ア?オとして記載不備が指摘されている。

刊行物1:特開昭60-219274号公報(原査定の引用文献2)
刊行物2:特開昭62-250078号公報(原査定の引用文献5)
刊行物3:特開2000-239614号公報

第4 当審の判断
1.理由3及び4について
(1)本願明細書の記載
本願明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。
摘示a:発明が解決しようとする課題
「【0004】ポリマー皮膜を形成できるポリマー組成物は、有機または水性の液体中に溶解されたか、分散されたか、または懸濁された1種以上の固体ポリマー材料の形態であることができる。フロアポリッシュ剤に使用される多くのポリマーは、PVCなどの合成物質で作られたものなどの人工のフローリング基体に接着し、保護するために開発されるか、または適合された。合成の床材だけではなく、装飾コンクリートおよびテラゾのようなセメント質表面、セラミックおよび磁器タイルなどの他の硬質表面、天然および埋め込み人造石、セメント、大理石、花崗岩、および同様のものに接着して保護する床コーティング剤には強い商売上の需要がある。従って、ポリマーの床ケア製品は、これらのタイプの硬質床表面を保護して、外観を高めることが必要とされる。
【0005】そのような表面へ塗布する際に、ポリマー仕上げ組成物は好ましくは高光沢保護塗装を形成し、これは好ましくは耐久性があり、基体への良好な接着を示し、曇りなどの美観に有害な特徴を持っていない。残念ながら花崗岩、大理石、および同様のものなどの固い高光沢の表面への多くの標準的なフロアポリッシュコーティングの塗布は、界面活性剤のマイグレーションと不十分な接着に起因すると思われる曇りがあり、これはしばしば容認できない耐磨性、硬度、および/または接着を示す。」

摘示b:使用できる特定のポリマーの例示の記載
「【0024】上記のタイプのポリマーの多くが、ペイント、床ケア組成物および木材用仕上げ組成物を始めとする様々なポリマー仕上げ組成物に使用されてきた。使用されることのできる特定の例示のポリマーは、
最大70%、一般的に約10から約50%のビニル芳香族単量体、たとえばスチレン、またはさまざまなハロゲン化スチレン系モノマー、ビニルトルエン、oまたはp-メトキシスチレン、アリルフェニルエーテル、アリルトリルエーテル、およびα-メチルスチレンから得られる単位;
約3から約50%、一般的に約5から20%の、少なくとも1つのエチレン性不飽和酸単量体、たとえばマレイン酸、フマル酸、ケイ皮酸、アコニット酸、クロトン酸、シトラコン酸、アクリルオキシプロピオン酸、(メタ)アクリル酸、イタコン酸、ポリ酸である上記のものの部分エステルから得られる単位;
約30から約97%、一般的に約35から約70%の、C_(1)-C_(20)、好ましくはC_(1)-C_(12)のアルキル(メタ)アクリレート単量体、たとえばメチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、n-オクチルアクリレート、sec-ブチルアクリレート、シクロプロピルメタクリレート、さまざまなアセトアセトキシアル
キル(メタ)アクリレート、2,3-ジ(アセトアセトキシ)プロピル(メタ)アクリレート、および同様のものなどから得られる単位;
任意に、最大40%の少なくとも1つの極性または分極可能な非イオン形成性親水性単量体、たとえば(メタ)アクリロニトリル、クロトノニトリル、α-シアノスチレン、α-クロロアクリロニトリル、エチルビニルエーテル、イソプロピルビニルエーテル、イソブチル-およびブチル-ビニルエーテル、ジエチレングリコールビニルエーテル、デシルビニルエーテル、酢酸ビニル、メタクリル酸イソボルニル、ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、たとえば2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-または3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ブタンジオールアクリレート、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルアクリレート、並びにビニルチオール類、たとえば2-メルカプトプロピルメタクリレート、2-スルホエチルメタクリレート、メチルビニルチオールエーテル、およびプロピルビニルチオ-エーテルなどから得られる単位;および
任意に、最大10%の、酸部位がC_(1)-C_(18)の芳香族または脂肪族酸から得られる少なくとも1種のビニルエステル単量体、たとえばギ酸、酢酸、プロピオン酸、n-酪酸、n-吉草酸、パルミチック酸、ステリアン酸、フェニル酢酸、安息香酸、クロロ酢酸、ジクロロ酢酸、γ-クロロ酪酸、4-クロロ安息香酸、2,5-ジメチル安息香酸、o-トルイル酸、2,4,5-トリメトキシ安息香酸、シクロブタンカルボン酸、シクロヘキサンカルボン酸、1-(p-メトキシフェニル)シクロヘキサンカルボン酸、1-(p-トリル)-1-シクロペンタンカルボン酸、ヘキサン酸、ミリスチル酸、およびp-トルイル酸などから得られる単位。
単量体単位の相対量は、重合プロセス条件が実質的に完全な変換を可能にするときに、使用されるそれぞれのモノマーの量で近似できる。従って、上記の割合のすべてがモルパーセントであることが理解される。」

摘示c:ポリマーバックボーンを含む例の記載
「【0027】ある特定の好適な例では、ポリマーバックボーンは以下を含む:10から50%のビニル芳香性の単量体単位、3から25%の酸性の単量体単位、および10から80%のC_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位。以下で、より完全に議論するように、有用な量のシランの官能性が、ポリマーバックボーンに約0.1から10重量%のシラン単量体単位を含むことによって、取り入れられる。」

摘示d:シラン含有ポリマーについての記載
「【0031】シラン含有ポリマーはシラン単量体から導かれる単量体単位を含むことができる。シランモノマーとは、シラン基と、重合可能な基、たとえばエポキシ、ビニル、(メタ)アクリレートなどを含む化合物である。シランモノマーの例としては、一般に言及されているか、または本明細書に具体的に記載されているすべての反応性シラン化合物をいい、たとえば、3-メタクリロキシプロピル-トリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、およびそれの組み合わせがあげられる。
【0032】また、シラン含有ポリマーは、シラン基含有化合物を、シランを含まないポリマーにグラフトさせることによって調製されることができる。たとえば、カルボン酸基などの反応基を含むシラン非含有ポリマーと、反応性シラン化合物の反応基とを反応することができる。有用な酸官能性のシラン非含有ポリマーの例、およびその製造方法は本明細書に記載され、フィルム形成性のアクリルポリマー、スチレン-ブタジエンインターポリマー、ポリウレタン(例えば、結合されたカルボン酸またはカルボキシレート基を含む水性ポリウレタンポリマー)、および同様のものがあげられる。…
【0037】シラン非含有ポリマーとシラン化合物を含むポリマー組成物の実施態様では、反応性シラン化合物の量は、機械的特性と外観特性の希望の、または有用な組み合わせを有する乾燥されたポリマーコーティングを製造できる任意のものであることができる。ポリマーの量に対して低過ぎるシラン化合物の量は、シランによる追加された有用性をもたらすことができない。ポリマーの量に対して多過ぎるシラン化合物の量は、粘度の増大などの望まれない特性をもたらすことがある。一般的な量の例は、99.9から90pbwシラン非含有ポリマーあたり約0.1から10pbwの反応性シラン化合物であり、より好ましくは99.8から95pbwシラン非含有ポリマーあたり約0.2から5pbwの反応性シラン化合物であり、たとえば99.8から97.5pbwシラン非含有ポリマーあたり0.2から4pbwの反応性シラン化合物である。ある特定の実施態様では、98.5から99.5pbwポリマー固形分あたり約0.5から約1.5pbwの反応性シラン化合物の範囲内の量が特に有用であることが見いだされた。」

摘示e:ポリマーの動粘度に関する記載
【0038】説明したようなポリマー組成物のポリマー、例えば、シラン含有ポリマーまたはシラン非含有ポリマーは、水不溶性(例えば、分散されるか、または懸濁される)の粒子として、液体ポリマー組成物の一部として提供されることができる。一般的に、ポリマーは、たとえば連続する水性相のような液体媒体中に分散されたかまたは懸濁された固体ポリマー粒子の形態であることができる。ラテックスのこの形態はエマルション、分散体、または同様のものであると考えることができる。シランを含むか、またはシランを含まないかにかかわらず、ポリマーの動粘度は、ラテックス形態では、通常約0.25Pas(250cP)(1秒あたり1回転での#1スピンドルを使用してブルックフィールド モデルLV粘度計を使用して測定される)未満であり、例示的には約100センチポアズ以下である。」

摘示f:外部架橋剤についての記載
【0052】床ケア組成物のある特定の好適な実施態様では、他の有用な金属架橋剤の中でも亜鉛が外部架橋剤として好ましい。亜鉛(例えば、ZnO)は床ケア組成物中に存在することができ、ポリマー中の酸性官能基(-COOH)の当量あたり、0.05モルZnOから0.5モルZnOの量で存在できる。ある特定の好ましいポリマー組成物および床ケア組成物において、亜鉛または他の重金属架橋剤は存在しない。そのような組成物では、重金属の外部架橋剤(例えば、ZnO)としての亜鉛の量、または他の重金属の外部架橋剤の量は、ポリマー中の酸性官能基の当量あたり約0.05モル以下の重金属架橋剤、望ましくはポリマー中の酸性官能基の当量あたり約0.01モル以下に保たれる。」

摘示g:実施例1?9についての記載
「【0067】カルシウムイオン(可逆性の架橋剤として)を含む床ポリッシュ剤の製造に一般的に使用されるポリマーが、単独で、または以下のシラン類と組み合わせられて8つのポリマー組成物(実施例1-8)を提供した:
1)なし(コントロール)
2)β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン
3)3-(トリイソプロポキシルシリル)プロピルメタクリレート
4)ビニルトリエトキシシラン
5)ダウコーニング製の3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
6)信越化学製の3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
7)メチル(グリシドキシプロピル)ジエトキシシラン、および
8)3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン。
ビニルトリエトキシシラン単量体単位がポリマーバックボーンに取り入れられている同じポリマーのバージョンが、追加のポリマー組成物(実施例9)を提供するのに使用された。
【0068】それぞれのポリマー組成物には、ポリマーの総固形分に基づいて1.2重量%のシランを加えた。
【0069】それぞれのポリマー組成物は、15.13重量%のポリマー、2.00重量%のワックスを含み、20.00%の全固形分を有する床ポリッシュ剤に配合された。これは水と、1.82重量%の蒸発性可塑剤、0.76重量%の溶剤、2.12重量%の永久可塑剤、PolyFox(登録商標)PF-2002であるフッ素含有界面活性剤(OMNOVA ソリューション インク.; アクロン、オハイオ州)、37.83%のポリマー組成物ラテックス、および5.71重量%のワックスエマルションを加えることにより得られた。実施例1-8では、51.72重量%の水と、0.05重量%のフッ素含有界面活性剤が使用され、実施例9では50.72重量%の水と、1.05重量%のフッ素含有界面活性剤が使用された。
【0070】床ケア組成物10-18の特性は表1に示される。+が許容できる評価を示し、-が容認できない評価を示す。接着は、15分間、水につけた後に湿式スクラブ法により評価された。粘度はブルックフィールド LV粘度計で、1秒あたり1回転で#1スピンドルを使用して測定された動粘度である。
【0071】【表1】



(2)本1発明及びその解決しようとする課題
本1発明は、上記「第2 本願発明」に示したとおりのものである。そして、本1発明の解決しようとする課題は、本願明細書の段落0005の「ポリマー仕上げ組成物は好ましくは高光沢保護塗装を形成し、これは好ましくは耐久性があり、基体への良好な接着を示し、曇りなどの美観に有害な特徴を持っていない。」との記載を含む発明の詳細な説明の記載からみて『高光沢保護塗装を形成し、耐久性があり、基体への良好な接着を示し、曇りなどの美観に有害な特徴を持っていないポリマー仕上げ組成物の提供』にあるものと認められる。

(3)記1(2)ウの記載不備について
ア.実施例1?9と本願請求項1の記載事項との整合性
本願明細書の段落0067の「床ポリッシュ剤の製造に一般的に使用されるポリマーが、単独で、または以下のシラン類と組み合わせられて8つのポリマー組成物(実施例1-8)を提供した」との記載にある「実施例1-8」の「ポリマー組成物」については、当該「一般的に使用されるポリマー」が具体的にどのようなものであるのか、また、具体的にどのような手順で「組み合わせられ」ているのか、明確に記載されていない。
また、同段落0067の「ビニルトリエトキシシラン単量体単位がポリマーバックボーンに取り入れられている同じポリマーのバージョンが、追加のポリマー組成物(実施例9)を提供する」との記載にある「実施例9」の「ポリマー組成物」についても、当該「ポリマーバックボーン」が具体的にどのようなものであるのか、また、具体的にどのような手順で「取り入れられ」ているのか、明確に記載されていない。
すなわち、これら実施例1?9のものが、本願請求項1の「(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られるか、または(ii)ビニル芳香族モノマーから作られるポリマーにシラン化合物を反応させることにより作られ、前記ポリマーは、ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%、エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%、C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%、およびグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbw」である「シラン含有ポリマー」を含む「床ケア組成物」に該当するのか判然としない。

イ.サポート要件について
本願請求項1の記載が、明細書のサポート要件を満たすか否かについて検討する。
先ず、本願明細書の具体例の記載を精査するに、その実施例1?9のものは、上記アに示したように、本1発明の具体例に相当するのか否かすら判然としないので、このような具体例の開示によっては、本1発明の上記『高光沢保護塗装を形成し、耐久性があり、基体への良好な接着を示し、曇りなどの美観に有害な特徴を持っていないポリマー仕上げ組成物の提供』という課題を解決できると当業者が認識できるとはいえず、本1発明の全ての範囲にまで発明を拡張ないし一般化できるとはいえない。
次に、本願明細書の一般記載を精査しても、その段落0024(摘示b)には「使用されることのできる特定の例示のポリマー」として、ビニル芳香族単量体の各種の単位、エチレン性不飽和単量体の各種の単位、及びC_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体の各種の単位が列挙されるものの、これらの単位の各々の「技術的な意味」や「作用機序」についての具体的な説明がなされていない。
また、その段落0027(摘示c)には「ある特定の好適な例」として、ポリマーバックボーンに、10?50%のビニル芳香性単量体単位、3?25%の酸性単量体単位、10?80%のC_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位、及び0.1?10重量%のシラン単量体単位を含むことが記載されているものの、これらの配合割合の「技術的な意味」や「作用機序」についての具体的な説明がなされていない。
さらに、その段落0031?0032(摘示d)には、(i)シラン含有ポリマーがシラン単量体から導かれる単量体単位を含むことができることと、(ii)シラン含有ポリマーが、シラン記含有化合物を、シランを含まないポリマーにグラフトさせることによって調製されることができることが記載されているものの、当該(i)又は(ii)の構成をとることの「技術的な意味」や「作用機序」についての具体的な説明がないされていない。
そして、これらの「作用機序」などの具体的な説明がなされずとも、本1発明の範囲のもの全てが、本1発明の上記課題を解決できると認識できるといえる「特許出願時の技術常識」の存在も見当たらない。
したがって、本1発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本願請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

ウ.実施可能要件について
本願明細書の発明の詳細な説明が、実施可能要件を満たすか否かについて検討する。
実施例1?9の具体例には、本1発明の「(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られるか、または(ii)ビニル芳香族モノマーから作られるポリマーにシラン化合物を反応させることにより作られ、前記ポリマーは、ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%、エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%、C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%、およびグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbw」である「シラン含有ポリマー」を含む「床ケア組成物」について、当該「ビニル芳香族単量体単位」として「スチレン」を用いるのか、或いは「ビニルトルエン」を用いるか、他の単量体単位としてどのようなものを用いるのか、その具体的な配合量はどれだけか、その配合手順をどうするかなどが記載されておらず、発明の詳細な説明の記載を参酌しても不明であるので、どのように製造ないし入手するのか、また、床ケア組成物として使用できるのか不明と言わざるを得ない。
したがって、本1発明を実施するためには『当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある』ものと認められるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本1発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものではなく、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。

エ.審判請求人の主張について
この点に関して、令和元年5月20日付けの意見書の第4頁において、審判請求人は「ウ)…実施例で使用されているポリマーは当然に本願発明で必要とされる要件を満たしています」と主張するが、その主張の根拠が何ら明らかにされていないので、当該主張を採用することはできない。
また、仮に要件を満たしているものであったとしても、本願明細書の実施例1?9の「ポリマー組成物」が、具体的にどのようなものであるのか(例えば「ビニル芳香族単量体単位」などの単量体単位の具体的な種類や「モル%」の具体的な量など)は、上述のとおり不明であるから、本1発明が、その全般にわたって本1発明の課題を解決できるものであるのか、また、当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤、複雑高度な実験等を行うことなく実施可能であるのかを、裏付ける根拠とはなり得ない。
したがって、 審判請求人の上記主張を斟酌しても、本願がサポート要件及び実施可能要件に違反しないものであるとは認められない。

(4)記1(2)エの記載不備について
本願明細書の段落0071の「表1:床ケア組成物特性」には、用いる「シラン類」が、ポリマー組成物2の「β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン」である場合には、シラン類を含まないポリマー組成物1に比して特段の改善を示さないのに対して、ポリマー組成物5の「ダウコーニング製の3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン」である場合には、同じ化学種を用いたポリマー組成物6の「信越化学製の3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン」に比して顕著な効果を奏するという実験結果が示されている。
してみると、同じ「シラン類」であっても、その化学種の違いや製造元の違いによって、得られる効果や課題解決能力に顕著な差が生じてしまうといえるから、本願請求項1に記載された「ビニル芳香族単量体単位」の種類が「アリルトリルエーテル」や「α-メチルスチレン」や「スチレン」等であっても、然るべき改善が得られ、本願所定の課題を解決できるか否か、実際に試験してみなければ判然とせず、本願請求項1に記載された「エチレン性不飽和酸単量体単位」の種類が「アニコット酸」や「シトラコン酸」や「(メタ)アクリル酸」等であっても、然るべき改善が得られ、本願所定の課題を解決できるか否か、実際に試験してみなければ判然とせず、本願請求項1に記載された「C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位」の種類が「メチル(メタ)アクリレート」や「シクロプロピルメタクリレート」や「2-エチルヘキシルアクリレート」や「n-オクチルアクリレート」等であっても、然るべき改善が得られ、本願所定の課題を解決できるか否か、実際に試験してみなければ判然としないものと解さざるを得ない。
このため、本願請求項1に記載された「前記ポリマーは、ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%、エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%、C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%、およびグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbwである」という広範な発明特定事項について、その成分の化学種及び配合量の範囲の全てが、本願所定の課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるとは認められない。
したがって、本願請求項1に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本願請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
この点に関して、令和元年5月20日付けの意見書の第4頁において、審判請求人は「エ)上記のように、本願発明においてはグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を導入することにより効果が得られるます。これらの2種類のシラン化合物のみが驚くべきことに非常に優れた結果を与えています。この効果はシランペンダント基導入前のポリマーの組成に関わらず得ることができます。ポリマーの組成によって床ケア組成物の性能が変化することはありますが、それでもシランペンダント基導入の効果は得られますので、本願発明は発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明に基づき当業者が容易に実施できるものであります。」と主張するが、例えば、上記刊行物3の段落0056(後記する摘記3a)には、ポリマーの組成により「床用艶出し剤」として「使用できない」場合もあることが記載されているところ、ポリマーの組成がどのようなものであっても、本願所定の課題を解決できることについては、本願明細書の発明の詳細な説明に具体的な実験結果に基づく裏付けの記載が見当たらず、本願請求項1に記載された広範な範囲の全てが本願所定の課題を解決できるといえることについて、その範囲が「単なる憶測」ではなく「具体例の開示がなくとも当業者に理解できる」又は「特許出願時の技術常識を参酌して認識できる」程度に発明の詳細な説明が記載されているといえる具体的な根拠も見当たらないので、審判請求人の上記主張を斟酌しても、本願がサポート要件に違反しないものであるとは認められない。

(5)記1(2)オの記載不備について
本願請求項1の記載は「組成物は配合直後に、ブルックフィールドLV粘度計で#1のスピンドルを使用して毎秒1回転で測定した時の動的粘度が100cP未満である」という「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものであるところ、一般に『物の有する機能、特性等からその物の構造等を予測することが困難な技術分野において、機能、特性等で特定された物のうち、発明の詳細な説明に具体的に製造方法が記載された物及びその物から技術常識を考慮すると製造できる物以外の物について、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、どのように作るか理解できない場合(例えば、そのような物を作るために、当業者に期待し得る程度を越え得る試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある場合)は、実施可能要件違反となる。』とされている。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、当該「機能・特性等で特定された物」を具体的に製造するために必要な各種のモノマー等の原料の種類と配合量などの製造条件が明確に示されていない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
この点に関して、令和元年5月20日付けの意見書の第4?5頁において、審判請求人は「オ.ブルックフィールドLV粘度計による粘度測定は、標準的な特性であり、その測定方法も当業者にはよく知られています。使用するスピンドルと回転数も示されています。ブルックフィールドLV粘度計は通常は周囲温度で使用されるものでありますので、当業者にとっては容易に実施できる事項であります。」と主張するが、本願明細書の発明の詳細な説明には、当該「機能・特性等で特定された物」を具体的に製造するために必要な各種のモノマー等の原料の種類と配合量などの製造条件が明確に示されていないから、審判請求人の上記主張を斟酌しても、本願が実施可能要件に違反しないものであるとは認められない。

2.理由1及び2について
(1)引用刊行物及びその記載事項
ア.刊行物1(特開昭60-219274号公報)
上記刊行物1には、次の記載がある。
摘記1a:第1頁左下欄第4行?右下欄第6行
「2.特許請求の範囲
(a)(まるイ)α,β-モノエチレン性不飽和カルボン酸単量体1.0?20.0重量部、(まるロ)分子内に重合性不飽和二重結合とアルコキシシラン基を含有する単量体0.1?10.0重量部、(まるハ)その他の単量体80.0?99.0重量部、これらに(まるニ)コロイダルシリカ1.0?200.0重量部(固形分)を加えて乳化重合して得られる共重合体水分散液10?100重量部(固形分)
(b)アルカリ可溶性樹脂が(a)の重量基準で50重量%を越えないという条件付でアルカリ可溶性樹脂0?50重量部、
(c)ワックス0?100重量部
(d)(a),(b)及び(c)の合計の0.5?20重量%の量で湿潤剤、分散剤及び/又は乳化剤
(e)(a)の重量基準で5?75重量%の可塑剤及び/又は造膜助剤
(f)(a)の0?50重量%の量の少くとも一つの多価金属錯体
を含む艶出し用水性組成物。
3.発明の詳細な説明
本発明は床、家具等の艶出し用に適する水性組成物に関する。」

摘記1b:第2頁左下欄第16行?第3頁右上欄第6行
「乳化共重合体の一成分として使用するα,β-モノエチレン性不飽和カルボン酸単量体としては…特にアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸が好ましい。…
シランモノマー、即ち重合性不飽和二重結合とアルコキシシラン基を含有する単量体としては…ビニルトリエトキシシラン…がある。…
その他の単量体としては…アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2エチルヘキシル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸ラウリル等のアクリル酸及びメタクリル酸アルキルエステル類;スチレン、ビニルトルエン等の芳香族ビニル化合物;…ブタジエンの如きジエン類;…があげられ、一種もしくは二種以上の混合物が使用される。」

摘記1c:第5頁左上欄第8行?第6頁右下欄表3
「次に、実施例について本発明の説明を行う。実施例中部及び百分率は特に記さない限り重量基準である。…
製造例2?9(同上)
上記製造例1と同様にして表-1、表-2に示す原料にもとづき乳化した水性樹脂分散体を製造した。

…*1 亜鉛炭酸アンモニウム溶液(透明溶液)
酸化亜鉛 46.0部
イオン交換水 462.0〃
25%アンモニア水 83.2〃
かきまぜてスラリー状にする。
炭酸アンモニウム 81.8〃
*2 SMA2625A(米国,アルコケミカル社製)
スチレン-無水マレイン酸樹脂、アンモニア水で可溶化して使用。
*3 ファインテックスPE-140(大日本インキ化学工業)
ポリエチレンワックスエマルジョン
*4 メガファックF-120(大日本インキ化学工業)
フッ素系界面活性剤
実施例2?5,比較例1?4
下記表3の配合により艶出し用水性組成物を得た。…



イ.刊行物3(特開2000-239614号公報)
上記刊行物3には、次の記載がある。
摘記3a:段落0054?0056
「【0054】【表2】

【0055】上記の表2の実施例1?4の結果から、シリコーン系マクロモノマーに由来する構造単位(a)を0.1?10重量%の範囲内の量で有し、スチレン系単量体に由来する構造単位(b)を10?80重量%の範囲内の量で有し、且つ他のラジカル重合性単量体に由来する構造単位(c)を10?89.9重量%の範囲内の量で有する共重合体の水性乳化分散体よりなる実施例1?4の床用艶出し剤は、粘度が低くて、取り扱い性および塗布性に優れ、しかもレベリング性、光沢、密着性、耐水性、耐洗剤性に優れていること、そして実施例1?4のうちでも水性乳化分散体中の共重合体の酸価が100mgKOH/g以上である実施例1?3の床用艶出し剤は、前記の特性と併せて、除去性、耐ブラックヒールマーク性および耐スカッフ性の点でもより優れていることがわかる。
【0056】それに対して、上記表2の比較例1および比較例4の結果から、構造単位(a)を有しておらず構造単位(b)および構造単位(c)のみを有する共重合体の水性乳化分散体よりなる比較例1および比較例4の床用艶出し剤は、光沢、耐ブラックヒールマーク性および耐スカッフ性の点で不良であることがわかる。また、上記表2の比較例2の結果から、構造単位(a)、構造単位(b)よび構造単位(c)を有する共重合体の水性乳化分散体よりなる床用艶出し剤であっても、共重合体における構造単位(a)の含有量が10重量%を超えている比較例2の床用艶出し剤は、粘度が高過ぎて、レベリング性の点で劣っていることがわかる。さらに、上記表2の比較例3の結果から、構造単位(a)および構造単位(c)のみを有し、構造単位(b)(スチレン系単量体由来の構造単位)を有していない共重合体の水性乳化分散体よりなる比較例3の床用艶出し剤は、粘度が高すぎて床面に塗布することができず、床用艶出し剤と使用できないことがわかる。」

(2)刊行物1に記載された発明
摘記1aの「本発明は床、家具等の艶出し用に適する水性組成物に関する。」との記載、並びに摘記1cの「実施例中部及び百分率は特に記さない限り重量基準である。…製造例2?9…表-1…に示す原料にもとづき乳化した水性樹脂分散体を製造した。…実施例2?5…下記表3の配合により艶出し用水性組成物を得た。」との記載、表1の「製造例4」の記載、及び表3の「実施例4」の記載からみて、刊行物1には、
『2-エチルヘキシルアクリレート30.0重量部、メチルメタクリレート35.0重量部、スチレン29.0重量部、アクリル酸5.0重量部、及びビニルトリエトキシシラン0.5重量部からなる重合性モノマーを含む原料にもとづき製造した製造例4の水性樹脂分散体(固形分15%)75.0重量部と、
亜鉛炭酸アンモニウム溶液2.0重量部と、
SMA2625A(15%)10.0重量部と、
ファインテックスPE-140(15%ポリエチレンワックスエマルジョン)15.0重量部と、
トリブトキシエチルフォスフェート1.0重量部と、
ジエチレングリコールモノエチルエーテル4.0重量部と、
メガファックF-120(1%フッ素界面活性剤)1.0重量部と、
を含む床、家具等の艶出し用に適する水性組成物。』についての発明(以下「刊1発明」という。)が記載されているといえる。

そして、刊1発明の「製造例4の水性樹脂分散体」を構成する単量体の「重量部」を「モル%」に換算すると、
重合性モノマーの総計99.5重量部に占める各単量体の「モル%」は、
2-エチルヘキシルアクリレート(分子量184)30.0重量部=18.9モル%
メチルメタクリレート(分子量100)35.0重量部=40.5モル%
スチレン(分子量104)29.0重量部=32.3モル%
アクリル酸(分子量72)5.0重量部=8.0モル%
ビニルトリエトキシシラン(分子量190)0.5重量部=0.3モル%
と換算され、
上記「製造例4の水性樹脂分散体(固形分15%)75.0重量部」に含まれる固形分は、75.0×0.15=11.25重量部と計算され、
当該固形分に占める、乳化剤(ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ)3.0重量部と、コロイダルシリカ(固形分20%のスノーテックスC)25.0重量部を差し引いた樹脂分の量は、11.25×99.5/(99.5+3.0+25.0×0.2)=10.41重量部と計算される。

また、刊1発明の「アクリル酸5.0重量部」の酸官能基の1当量に対する「亜鉛炭酸アンモニウム溶液2.0重量部」に含まれる金属(亜鉛)の量は、
刊1発明の「水性組成物」の樹脂分10.41重量部に含まれる当該「酸官能基」のモル数が、10.41×5/99.5÷72=0.00727モルとなり、
刊1発明の「亜鉛炭酸アンモニウム溶液」の2.0gに含まれる金属(亜鉛)のモル数が、摘記1bの「*1」の内訳からみて、その酸化亜鉛(モル質量81.41g)46.0部に占める亜鉛(原子量65.38)の量が36.9部となり、36.9÷(46.0+462.0+83.2+81.8)×2g÷65.38=0.00168モルとなるので、
そのポリマー内の酸官能基の1当量あたりの金属(亜鉛)のモル数は、0.00168÷0.00727=0.231モルと計算される。

さらに、刊1発明の「ファインテックスPE-140(15%ポリエチレンワックスエマルジョン)15.0重量部」に含まれる「ポリエチレンワックス」の重量部は、15.0重量部×0.15=2.25重量部と計算される。

(3)対比
本1発明と刊1発明とを対比する。
刊1発明の「2-エチルヘキシルアクリレート30.0重量部」及び「メチルメタクリレート35.0重量部」は、C8(18.9モル%)とC1(40.5モル%)の合計59.4モル%のアルキル(メタ)アクリレート単量体であるから、本1発明の「C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%」に相当する。
刊1発明の「スチレン29.0重量部」は、32.3モル%のビニル芳香族単量体であるから、本1発明の「ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%」に相当する。
刊1発明の「アクリル酸5.0重量部」は、8.0モル%のエチレン性不飽和酸単量体であるから、本1発明の「エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%」に相当する。
刊1発明の「ビニルトリエトキシシラン0.5重量部」は、シラン非含有モノマーとビニルトリエトキシシランの総量99.5重量部に対して5.02重量部(pbw)を占めるトリエトキシシランのペンダント基を有する「ビニルトリエトキシシラン」であるから、本1発明の「グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbwである」に相当する。
刊1発明の「2-エチルヘキシルアクリレート30.0重量部、メチルメタクリレート35.0重量部、スチレン29.0重量部、アクリル酸5.0重量部、及びビニルトリエトキシシラン0.5重量部からなる重合性モノマーを含む原料にもとづき製造した製造例4の水性樹脂分散体(固形分15%)75.0重量部」は、樹脂分がシランモノマー(ビニルトリエトキシシラン)とビニル芳香族モノマー(スチレン)を含む成分から作られるものであって、水性組成物の総計108重量部に対する樹脂分10.41重量部の割合が10.41×100/108=9.64重量部となるので、本1発明の「トリメトキシシランまたはトリエトキシシランを含むペンダントのシラン基を有する、組成物の全重量に対して10から45重量部のシラン含有ポリマーであって、該シラン含有ポリマーは(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られる」との関係で「トリメトキシシランまたはトリエトキシシランを含むペンダントのシラン基を有するシラン含有ポリマーであって、該シラン含有ポリマーは(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られる」という点で共通する。
刊1発明の「ファインテックスPE-140(15%ポリエチレンワックスエマルジョン)15.0重量部」は、水性組成物の総計108重量部に対する割合が15.0×0.15×100/108=2.08重量部となるので、本1発明の「b)組成物の全重量に対して0.05から7重量部のワックス」に相当する。
刊1発明の「トリブトキシエチルフォスフェート1.0重量部」は、水性組成物の総計108重量部に対する割合が1.0×100/108=0.926重量部となるので、本1発明の「c)組成物の全重量に対して1から10重量部の可塑剤」との関係で「c)可塑剤」という点で共通する。
刊1発明の「ジエチレングリコールモノエチルエーテル4.0重量部」は、水性組成物の総計108重量部に対する割合が4.0×100/108=3.70重量部となるので、本1発明の「d)組成物の全重量に対して1から10重量部の造膜助剤」に相当する。
刊1発明の「メガファックF-120(1%フッ素界面活性剤)1.0重量部」は、本1発明の「e)フルオロ界面活性剤」に相当する。
刊1発明の「床、家具等の艶出し用に適する水性組成物」は、本1発明の「f)水性液体を含む床ケア組成物」に相当する。

してみると、本1発明と刊1発明は『トリメトキシシランまたはトリエトキシシランを含むペンダントのシラン基を有するシラン含有ポリマーであって、該シラン含有ポリマーは(i)シランモノマーおよびビニル芳香族モノマーを含む成分から作られるか、または(ii)ビニル芳香族モノマーから作られるポリマーにシラン化合物を反応させることにより作られ、
前記ポリマーは、ビニル芳香族単量体単位を10から50モル%、エチレン性不飽和酸単量体単位を5から20モル%、C_(1)-C_(20)アルキル(メタ)アクリレート単量体単位を30から70モル%、およびグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランから形成されるペンダント基を含み、該グリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの量は、シラン非含有ポリマーとグリシドキシプロピルトリメトキシシランまたはビニルトリエトキシシランの合計量に対して0.1から10pbwである、
b)組成物の全重量に対して0.05から7重量部のワックス、
c)可塑剤、
d)組成物の全重量に対して1から10重量部の造膜助剤、
e)フルオロ界面活性剤、および
f)水性液体を含む床ケア組成物。』という点で一致し、次の(α)?(δ)の点において一応相違する。

(α)重金属架橋剤に関し、本1発明は「該組成物は重金属架橋剤を含まないか、またはポリマー内の酸官能基の1当量あたり0.05モル以下の重金属架橋剤を含み、該重金属架橋剤は亜鉛炭酸アンモニウム、亜鉛酢酸アンモニウム、亜鉛アンモニウムアクリレート、亜鉛アンモニウムマレアート、亜鉛アンモニウムアミノアセテート、カルシウムアンモニウムアラニン、カルシウム エチレンジアミン炭酸アンモニウム、ジルコニウム炭酸アンモニウムおよびジルコニウムアンモニウムマレアートから選択され、」と特定されているのに対して、刊1発明は「亜鉛炭酸アンモニウム溶液2.0重量部」を含む点。

(β)シラン含有ポリマーの組成物の全重量に対する量が、本1発明は「10から45重量部」であるのに対して、刊1発明は「9.64重量部」である点。

(γ)可塑剤の組成物の全重量に対する量が、本1発明は「1から10重量部」であるのに対して、刊1発明は「0.926重量部」である点。

(δ)動的粘度に関し、本1発明は「組成物は配合直後に、ブルックフィールドLV粘度計で#1のスピンドルを使用して毎秒1回転で測定した時の動的粘度が100cP未満である、」と特定されているのに対して、刊1発明は「動的粘度」の値が不明である点。

(4)判断
ア.相違点(α)について
刊1発明の「亜鉛炭酸アンモニウム溶液2.0重量部」に含まれる金属(亜鉛)の量は、上記(2)に示したように、ポリマー内の酸官能基の1当量あたり「0.231モル」と換算されるところ、
刊行物1の請求項1(摘記1a)の「(f)(a)の0?50重量%の量の少くとも一つの多価金属錯体」との記載にあるように、刊行物1に記載された発明の「多価金属錯体」としての「亜鉛炭酸アンモニウム」の量は「ゼロ」であってもよいものであり、
本願明細書の段落0052の「床ケア組成物のある特定の好適な実施態様では、他の有用な金属架橋剤の中でも亜鉛が外部架橋剤として好ましい。亜鉛(例えば、ZnO)は床ケア組成物中に存在することができ、ポリマー中の酸性官能基(-COOH)の当量あたり、0.05モルZnOから0.5モルZnOの量で存在できる。」との記載をも参酌するに、本1発明の「ポリマー内の酸官能基の1当量あたり0.05モル以下の重金属架橋剤を含み」との記載における「0.05モル以下」という事項に臨界的な技術上の意義があるとは解せない。
してみると、上記(α)の相違点は微差にすぎず、実質的な差異があるとは認められない。
また、仮に上記(α)の相違点に実質的な差異があるとしても、刊行物1には「多価金属錯体」の量を「0重量%」にすることが記載されているので、刊1発明の「亜鉛炭酸アンモニウム溶液」の含有量を「2.0重量部」から「0重量部」にすることは、刊行物1の記載に基づき当業者が容易に想到し得るものと認められる。
そして、本1発明において、重金属架橋剤の量を「0.05モル以下」とすることにより、格別予想外の効果が得られているとも認められない。

イ.相違点(β)及び(γ)について
刊行物1の請求項1(摘記1a)の「(a)…共重合体水分散液10?100重量部(固形分)…(e)(a)の重量基準で5?75重量%の可塑剤及び/又は造膜助剤」との記載にあるように、刊行物1に記載された発明の「共重合体(固形分)」と「可塑剤」の量は、刊1発明の樹脂分(9.64重量部)と可塑剤(0.926重量部)に限られないものであり、
刊1発明の樹脂分の「9.64重量部」は、本1発明の有効桁数に揃えれば、本1発明の「10から45重量部」の範囲内であって、刊1発明の「9.46重量部」と本1発明の「10重量部」とに臨界的に意味のある差異があるとは認められず、
刊1発明の可塑剤の「0.926重量部」も、本1発明の有効桁数に揃えれば、本1発明の「1から10重量部」の範囲内であって、刊1発明の「0.926重量部」と本1発明の「1重量部」とに臨界的に意味のある差異があるとは認められないので、
上記(β)及び(γ)の相違点は微差にすぎず、実質的な差異があるとは認められない。
また、仮に上記(β)及び/又は(γ)の相違点に実質的な差異があるとしても、樹脂分と可塑剤の配合量の数値範囲の好適化は、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲であり、その配合量の微差によって格別予想外の効果が得られているとも認められない。

ウ.相違点(δ)について
刊行物3の段落0054?0056(摘記3a)には、スチレン系単量体に由来する構造単位(b)を有し、シリコーン系マクロモノマーに由来する構造単位(a)を少なく有する共重合体を用いた実施例1?4の床用艶出し剤の粘度が6?8cPs(25℃)の低い範囲にあるのに対して、構造単位(a)が10重量%を超える比較例2や、構造単位(b)を有していない比較例3のものは、粘度が30cPs以上となり、床用艶出し剤として使用できないことが記載されているところ、
刊1発明の「床、家具等の艶出し用に適する水性組成物」は「スチレン29.0重量部」と「ビニルトリエトキシシラン0.5重量部」をモノマー原料としたものであって、なおかつ、床用艶出し剤として使用できるものであるから、その動的粘度の値が100cPsを超える高い範囲にあるとは解せない。
そして、本願明細書の段落0037には「ポリマーの量に対して多過ぎるシラン化合物の量は、粘度の増大などの望まれない特性をもたらすことがある。…ポリマー固形分あたり約0.5から約1.5pbwの反応性シラン化合物の範囲内の量が特に有用である」と記載されているところ、
刊1発明の「床、家具等の艶出し用に適する水性組成物」は「ビニルトリエトキシシラン」を「0.5重量部」の量で用いるものであるから「粘度の増大などの望まれない特性をもたらす」ものではないと自然には解される。
してみると、刊1発明の「水性組成物」の「配合直後に、ブルックフィールドLV粘度計で#1のスピンドルを使用して毎秒1回転で測定した時の動的粘度」が「100cP未満」の数値範囲から逸脱した範囲にあるとは解せず、上記(δ)の相違点について、実質的な差異があるとは認められない。
また、仮に上記(δ)の相違点に実質的な差異があるとしても、床などの艶出し用組成物の動的粘度の好適化は、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲であり、刊1発明の「亜鉛炭酸アンモニウム溶液」の「動的粘度」の値を「100cP未満」にすることは、本願優先日前の技術水準における技術常識に基づき当業者が容易に設定し得るものと認められる。
そして、本1発明において、動的粘度を「100cP未満」に設定することにより、格別予想外の効果が得られているいるとも認められない。

エ.審判請求人の主張について
新規性及び進歩性に関して、令和元年5月20日付けの意見書の第7頁において、審判請求人は「引用文献1および2は、コロイダルシリカまたは無機物質を含み、これらの表面のOHとシラノール基を反応させています。コロイダルシリカまたは無機物質を含まなければシラン化合物が必要ないことは明らかです。本願発明ではこのような物質を含みませんので、シラノール基の役割が相違しており、引用文献記載の発明に基づいて本願発明を容易に為すことはできません。」と主張するが、本願請求項1の記載は、補正前の「からなる」から「を含む」に補正されており、当該「コロイダルシリカ」の有無は、新規性及び進歩性の判断に関係がないので、当該主張は採用できない。
また、同意見書の第7頁において「また多価金属錯体の量が、本願発明と引用文献記載の発明とでは相違しています。多価金属錯体を含まないかほとんど含まないことにより、粘度の上昇を防止しているものと考えられます。引用文献には粘度の上昇については何の記載もありませんので、引用文献記載の発明に基づいて本願発明を容易に為すことはできません。」と主張するが、刊行物1(引用文献1)に記載の技術は「多価金属錯体」を必須のものとするものではないから、当該主張は採用できない。

オ.新規性及び進歩性のまとめ
以上総括するに、本1発明は、刊行物1に実質的に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
また、本1発明は、刊行物1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願は、本1発明が、特許法第49条第4号の「その特許出願が第36条第4項第1号又は第6項に規定する要件を満たしていないとき」に該当し、また、同2号の「その特許出願に係る発明が第29条の規定により特許をすることができないものであるとき」に該当するから、その余の請求項に記載の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する 。
 
別掲
 
審理終結日 2019-06-21 
結審通知日 2019-07-01 
審決日 2019-07-12 
出願番号 特願2014-554816(P2014-554816)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C09G)
P 1 8・ 536- WZ (C09G)
P 1 8・ 537- WZ (C09G)
P 1 8・ 113- WZ (C09G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 古妻 泰一  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 木村 敏康
天野 宏樹
発明の名称 シラン基含有ポリマー組成物およびそれを含むコーティング  
代理人 辻永 和徳  

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