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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1357704
異議申立番号 異議2019-700698  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-05 
確定日 2019-12-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6478004号発明「無方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6478004号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6478004号(以下,「本件」という。)についての出願は,2018年(平成30年)7月19日(優先権主張 平成29年 7月19日)を国際出願日とする出願であって,平成31年 2月15日にその特許権の設定登録がなされ,同年 3月 6日に特許掲載公報が発行され,その後,本件の請求項1?6に係る特許に対し,令和 1年 9月 5日に特許異議申立人 JFEスチール株式会社(以下,「申立人」という。)より,特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件の請求項1?6に係る発明は,特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。

「【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.0015%?0.0040%、
Si:3.5%?4.5%、
Al:0.65%以下、
Mn:0.2%?2.0%、
Sn:0%?0.20%、
Sb:0%?0.20%、
P :0.005%?0.150%、
S :0.0001%?0.0030%、
Ti:0.0030%以下、
Nb:0.0050%以下、
Zr:0.0030%以下、
Mo:0.030%以下、
V :0.0030%以下、
N :0.0010%?0.0030%、
O :0.0010%?0.0500%、
Cu:0.10%未満、
Ni:0.50%未満、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
製品板厚が、0.10mm?0.30mmであり、
平均結晶粒径が、10μm?40μmであり、
鉄損W10/800が、50W/Kg以下であり、
引張強度が、580MPa?700MPaであり、
降伏比が、0.82以上である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
C、Ti、Nb、Zr、Vの含有量が、以下の式(1)で表される条件を満足する、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
[C]×([Ti]+[Nb]+[Zr]+[V])<0.000010・・・(1)
ここで、上記式(1)において、[X]との表記は、元素Xの含有量(単位:質量%)を表す。
【請求項3】
焼鈍温度750℃以上900℃以下、均熱時間10分?180分の範囲内となる焼鈍条件下での焼鈍によって、平均結晶粒径が、60μm?150μmであり、かつ、鉄損W10/400が、11W/Kg以下となる、請求項1又は2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
上降伏点及び下降伏点を有しており、上降伏点が下降伏点よりも5MPa以上高い、請求項1?3の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.01%?0.20%、
Sb:0.01%?0.20%、
のいずれか一方または両方を含有する、
請求項1?4の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項6】
表面に更に絶縁被膜を有する、請求項1?5の何れか1項に記載の無方向性電磁鋼板。」

第3 申立理由の概要
申立人が主張する特許異議の申立ての理由は,概ね次のとおりである。

(理由1:進歩性)
本件の請求項1?6に係る発明は,甲第1号証に記載された発明,及び,甲第2号証に記載された事項に基いて,その技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,請求項1?6に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

(理由2:実施可能要件)
本件の発明の詳細な説明の記載は下記の点で,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本件の請求項1?6の特許は,特許法36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

(理由3:サポート要件)
本件の特許請求の範囲の記載は下記の点で,発明の詳細な説明に記載されたものでないから,本件の請求項1?6に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

(理由4:明確性)
本件の特許請求の範囲の記載は下記の点で,特許を受けようとする発明が明確でないから,本件の請求項1?6に係る特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

(証拠)
甲第1号証:特開2017-119897号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開2011-6721号公報(以下「甲2」という。)

第4 引用文献の記載
1 甲1について
(1)甲1には,「無方向性電磁鋼板及び無方向性電磁鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。なお,下線は当審が付した。

「【請求項1】
質量%で、
Si:2.7?3.6%
Al:0.5?1.4%
Si+Al:3.5?4.1%
Mn:0.1?1.5%
C:0.0010?0.0040%
N:0.0001?0.0030%
S:0.0001?0.0018%
Ti:0.0001?0.0030%、及び、
以下の式(1)を満足するP
を含有し、残部がFe及び不純物からなる成分を有し、
板厚t(mm)が、0.15以上0.28以下であり、
鉄損W10/800(W/kg)、磁束密度B50(T)、降伏応力YS(MPa)及び鋼板結晶粒径D(μm)が、下記の式(2)?式(5)を満足する、無方向性電磁鋼板。
-0.2×t+0.08≦P≦0.2×t+0.08 …(1)
W10/800≦100×t+10 …(2)
B50≧0.11×√t+1.605 …(3)
YS≧400 …(4)
-100×t+65≦D≦-100×t+105 …(5)」

「【技術分野】
【0001】 本発明は、無方向性電磁鋼板及び無方向性電磁鋼板の製造方法に関する。」

「【0017】 上記のような、より低い高周波鉄損、より高い磁束密度、及び、より高い強度を有し、低コストで量産可能な無方向性電磁鋼板を製造する際の課題に対して、本発明者らは、以下のような策を講じた。
【0018】 すなわち、より低い高周波鉄損を実現するためには、鋼板を高合金化し、かつ、板厚を薄くする必要ある。このとき、より高い磁束密度を維持するために、合金添加量を制御するとともに、Pを添加した。更に、1回冷延における板厚薄手化においては、冷間圧延率が高くなるため、添加するPの量を増加させる必要があることが判明した。また、板厚を薄くすると、鉄損が最適となる結晶粒径が大きい側にシフトし、その結果、所望の機械強度に到達しなくなってしまう。しかしながら、Pを添加すると機械強度値が増加し、薄手材ほど多くPを添加すれば、所望の機械強度値に到達することを知見した。以上のような知見に基づき、上記のような課題を解決することが可能となった。」

「【0033】[Sn,Sb:0.005?0.100%] Sn及びSbは、表面に偏析し焼鈍中の酸化を抑制することで、低い鉄損を確保する働きがある元素である。かかる効果を得るためには、Sn又はSbの少なくとも何れか一方を、0.005%以上含有させることが好ましい。また、Sn及びSbの合計含有量が0.10%を超えると、かかる効果が飽和する。従って、Sn又はSbの少なくとも何れか一方の含有量(合計含有量)は、0.005%以上0.10%以下とすることが好ましい。Sn又はSbの少なくとも何れか一方の含有量は、更に好ましくは、0.010%以上0.080%以下である。」

「【0046】 上記の冷間圧延後に、仕上焼鈍を実施する。かかる仕上焼鈍後の鋼板の結晶粒径D(μm)は、板厚をt(mm)とすると、(-100×t+65)から(-100×t+105)の範囲とする必要がある。この理由は、板厚に応じて、鉄損W10/800を最小とする結晶粒径Dの範囲が変化するからである。なお、上記のような結晶粒径Dの範囲は、板厚を変えながら鉄損W/800の変化を具体的に検証することで得られたものである。上記の結晶粒径Dの範囲は、好ましくは、(-100×t+80)μm以上(-100×t+100)μm以下である。」

「【0059】(実施例1) 真空溶解炉を用い、質量%で、C:0.0023%、Mn:0.23%、S:0.0014%、Ti:0.0011%、N:0.0018%に加えて、Si、Al、Sn、Sb、Ni、Cu、Pを種々変更して、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼塊を準備した。
【0060】 続いて、かかる鋼塊を1150℃で1時間加熱し、炉から出したのちに、合計6パスの熱間圧延を施し、板厚2.0mmt(当審注:「板厚t2.0mm」の誤記と認める。)の熱延板とした。上記熱延板について、1000℃×60秒にて熱延板焼鈍を行った。このとき、900?100℃までの冷却速度は、35℃/sであった。熱延板焼鈍後10時間以内に、かかる鋼板に対して1回の冷間圧延を施し、900℃?1050℃×20秒の仕上焼鈍を行なった。この仕上焼鈍における450?850℃までの鋼板の昇温速度は、35℃/sであった。更に、コーティング塗布・焼き付けを実施し、絶縁被膜を形成した。
【0061】 得られた無方向性電磁鋼板の成分組成、板厚、圧延率、結晶粒径は、以下の表1に記載の通りである。なお、得られた無方向性電磁鋼板の結晶粒径は、上記の方法により光学顕微鏡で観察することで測定した。
【0062】



「【0070】



「【0076】



(2)上記摘示,特に段落【0059】?【0061】,【0062】表1符号23,【0070】表2符号23を参照して,甲1には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲1発明」という。)。

「真空溶解炉を用い、質量%で、C:0.0023%、Mn:0.23%、S:0.0014%、Ti:0.0011%、N:0.0018%に加えて、Si:3.6%、Al0.6%、Sn:tr、Sb:tr、Ni:tr、Cu:tr、P:0.05%、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼塊を準備し、鋼塊を1150℃で1時間加熱し、炉から出したのちに、合計6パスの熱間圧延を施し、板厚2.0mmの熱延板とし、1000℃×60秒にて熱延板焼鈍を行い、このとき、900?100℃までの冷却速度は35℃/sであり、熱延板焼鈍後10時間以内に、かかる鋼板に対して1回の冷間圧延を施し、450?850℃までの昇温速度を35℃/sとし、900℃?1050℃×20秒の仕上焼鈍を行い、コーティング塗布・焼き付けを実施し、絶縁被膜を形成した無方向性電磁鋼板であって、板厚t:0.25mm、結晶粒径D:62μm、W10/800:31.7W/Kg、降伏応力YS:424MPaである、無方向性電磁鋼板。」

2 甲2について
甲2には,「無方向性電磁鋼板及びその製造方法」(発明の名称)に関して,次の記載がある。

「【請求項1】 質量%で、
Si:2.0%?4.0%、
Al:0.01%?1%、
Cu:0.5?4.0、及び
Mn:0.05%?1.0%
を含有し、
Cの含有量が0.0040%以下、
Pの含有量が0.3%以下、
Sの含有量が0.0040%以下、
Nの含有量が0.0040%以下であり、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
磁歪定数λ_(100)が35×10^(-6)以下であり、
内部に直径が1nm?100nmの主としてCuからなる金属相が含まれていることを特徴とする無方向性電磁鋼板。」

「【技術分野】
【0001】 本発明は、優れた磁気特性と共に高強度が求められる回転機のロータ用材料に適した無方向性電磁鋼板及びその製造方法に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0008】 本発明の目的は、高強度を得ながら応力が作用した場合の磁気特性の低下を抑制することができる無方向性電磁鋼板及びその製造方法を提供することにある。」

「【0012】 本発明によれば、組成が適切に調整され、かつ、磁歪定数λ_(100)が適切に規定されているため、応力の作用に伴う磁気特性の低下を抑制することができる。従って、モータ等の電気機器の効率の向上等に寄与することができる。また、適切な量のCuが含有されているため、高い強度を得ることもできる。」

「【0073】



第5 当審の判断
当審は,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によって,本件の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできないと判断する。その理由は次のとおりである。

1 理由1(進歩性)について
(1)本件の請求項1に係る発明と,甲1発明とを対比する。
ア まず,後者の化学組成における「tr.」は「trace」の略であり,「測定限界以下の微量」を意味するものと理解される(例えば,本件特許明細書の段落【0032】?【0035】にも,「測定限界以下(tr.)」と記載されている。)から,後者で特定された全ての元素の含有量は,前者における含有量の範囲内にある。
また,後者の「板厚t」及び「W10/800」は,各々,前者の「製品板厚」及び「鉄損W10/800」の範囲内にある。
したがって,本件の請求項1に係る発明と,甲1発明とは,次の一致点,及び,相違点1?3を有する。

(一致点)
「化学組成が、質量%で、
C :0.0015%?0.0040%のうち0.0023%、
Si:3.5%?4.5%のうち3.6%、
Al:0.65%以下のうち0.6%、
Mn:0.2%?2.0%のうち0.23%、
Sn:0%?0.20%のうち測定限界以下の微量、
Sb:0%?0.20%のうち測定限界以下の微量、
P :0.005%?0.150%のうち0.05%、
S :0.0001%?0.0030%のうち0.0014%、
Ti:0.0030%以下のうち0.0011%、
N :0.0010%?0.0030%のうち0.0018%、
Cu:0.10%未満のうち測定限界以下の微量、
Ni:0.50%未満のうち測定限界以下の微量、
Fe及び不純物を含有し、
製品板厚が、0.10mm?0.30mmのうち0.25mmであり、
鉄損W10/800が、50W/Kg以下のうち31.7W/Kgである、
無方向性電磁鋼板。」である点。

(相違点1)
化学組成について,本件の請求項1に係る発明は,
「 Nb:0.0050%以下、
Zr:0.0030%以下、
Mo:0.030%以下、
V :0.0030%以下、
O :0.0010%?0.0500%、」
を更に含有するのに対し,甲1発明は,上記各元素の含有の有無及び化学組成が不明である点。

(相違点2)
平均結晶粒径が,本件の請求項1に係る発明は「10μm?40μm」であるのに対し,甲1発明は「62μm」である点。

(相違点3)
引張強度及び降伏比が,本件の請求項1に係る発明は「引張強度が、580MPa?700MPa」であり,かつ「降伏比が、0.82以上」であるのに対し,甲1発明は,「降伏応力YS:424MPa」であるものの,引張強度及び降伏比が不明である点。

イ 事案にかんがみ,相違点3について検討する。
甲1発明に係る無方向性電磁鋼板は,その降伏応力が424MPaであるが,甲1には,無方向性電磁鋼板の引張強度及び降伏比については,何ら記載されていない。また,甲1発明に係る特定の無方向性電磁鋼板について,その引張強度及び降伏比が「580MPa?700MPa」及び「0.82以上」であることが技術常識であるともいえない。
そうすると,甲1発明において,引張強度及び降伏比を「580MPa?700MPa」及び「0.82以上」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
また,甲2は,高強度を得ながら応力が作用した場合の磁気特性の低下を抑制することができる無方向性電磁鋼板に関するものであり(段落【0008】),化学組成としてCu:0.5?4.0%を有し,かつ,直径が1nm?100nmの主としてCuからなる金属相が含まれており(請求項1),適切な量のCuが含有されているため,高い強度を得ることができるというものである(段落【0012】)。そして,引張特性である降伏強度,引張強度を収載した実施例には,相当量のCuが含まれている(段落【0073】表7)。よって,甲2の上記表7に記載された実施例A2?A7から計算される降伏値が「0.82以上」であるとしても,それは,高い強度を得るために相当量のCuを含む無方向性電磁鋼板における知見であり,甲1発明に係る無方向性電磁鋼板とは組成が異なるものであるから,組み合わせる動機が見あたらない。
そして,本件の請求項1に係る発明は,特定の組成を有する無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径を微細化することにより,引張強度及び降伏値が「580MPa?700MPa」及び「0.82以上」であることを実施例で具体的に確認したものであり(段落【0106】?【0117】,表2A,表2B),係る効果は,当業者が予測できたものではない。
したがって,相違点1及び2について検討するまでもなく,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 申立人は,相違点2について,甲1には,「仕上焼鈍後の鋼板の結晶粒径D(μm)は、板厚をt(mm)とすると、(-100×t+65)から(-100×t+105)の範囲とする」という記載があるが(段落【0046】),甲1発明の板厚tは「0.25mm」であるから,結晶粒径Dとして,「40μm?80μm」の範囲が許容されることになるため,甲1発明において,結晶粒径「62μm」を「40μm」にすることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないと主張するとともに,相違点3について,上記のとおり,結晶粒径を「40μm」まで微細化した場合,その引張強度及び降伏比は,「580MPa?700MPa」及び「0.82以上」を満たす蓋然性が高いと主張する(特許異議申立書21?22頁)。
以下,検討する。

(ア)本件の請求項1に係る発明は,製造コストが抑制された,高強度かつ高降伏比の無方向性電磁鋼板を提供することを課題とし,当該課題の解決手段として,モータを構成するロータ用及びステータ用の部材を同一の無方向性電磁鋼板から打ち抜いて製造し,ロータ用の部材については焼鈍を行わなくともより一層優れた機械特性を有し,また,ステータ用の部材については焼鈍を行うことでより一層優れた磁気特性を実現するべく,コストの高い元素を意図的に含有させず,かつ,高いSi含有量を有する無方向性電磁鋼板に,結晶粒径の更なる微細化を図ることで降伏現象を実現させ,より一層優れた機械特性が得られるようにしたものである(段落【0010】?【0014】)。
そして,機械特性の評価は,引張強度及び降伏比を用いることにより,特定の平均結晶粒径としたことによる効果が,実施例及び比較例によって示されている(段落【0106】?【0117】,表2A,表2B)。

(イ)一方,甲1は,低コストで量産可能な無方向性電磁鋼板を製造する際の課題に対して,より低い高周波鉄損を実現するため,鋼板を合金化し,かつ,板厚を薄くする必要があり,より高い磁束密度を実現するため,合金添加量を制御するとともに,Pを添加すること,また,板厚を薄くすると,鉄損が最適となる結晶粒径が大きい側にシフトし,その結果,所望の機械強度に到達しなくなってしまうが,Pを添加すると機械強度値が増し,薄手材ほど多くPを添加すれば,所望の機械強度値に到達することを知見したことに基づくものである(段落【0018】)。
しかも,機械強度の評価は,降伏強度YSのみであり(段落【0070】表2),引張強度や降伏比による評価は記載も示唆もされていない。

(ウ)本件の請求項1に係る発明と甲1発明とは,ともに,無方向性電磁鋼板の機械強度特性に注目してはいるものの,機械強度を得るための手段は本質的に異なっており,本件の請求項1に係る発明が,結晶粒径の更なる微細化を図ることで降伏現象を実現させ,より一層優れた機械特性が得られるというものであるのに対し,甲1発明は,板厚を薄くすると鉄損が最適となる結晶粒径が大きい側にシフトして,所望の機械強度に到達しないという不都合を,Pの添加によって解決するものである。
甲1には,結晶粒径については,上記のとおり,板厚に応じて変化する鉄損との関係で結晶粒径を最適化すること(具体的には,板厚が薄い場合,結晶粒径を大きくすること)が記載されるのみであり,優れた機械特性(引張強度及び降伏比)との関係で結晶粒径を微細化することについては,何ら記載されていない。また,甲1発明では,式(5)から,結晶粒径として「40μm?80μm」を採り得るとしても,甲1には,特に結晶粒径が小さいほうが好ましいことが記載されているわけではなく,むしろ,鉄損との関係では結晶粒径は大きい方が好ましいのであるから,実施例における「62μm」を,あえて「40μm」にする動機づけがあるともいえない。

(エ)また,上記イのとおり,甲2の表7に記載された実施例A2?A7から計算される降伏値は「0.82以上」であるが,それは,高い強度を得るために相当量のCuを含む無方向性電磁鋼板における知見であり,甲1発明に係る無方向性電磁鋼板とは組成が異なるものである。
そして,本件の請求項1に係る発明は,特定の組成を有する無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径を微細化することにより,引張強度及び降伏値が「580MPa?700MPa」及び「0.82以上」であることを実施例で具体的に確認したものであり(段落【0106】?【0117】,表2A,表2B),係る効果は,当業者が予測できたものではない。

(オ)以上のとおり,甲1発明における結晶粒径「62μm」を「40μm」にする動機づけがあるとはいえないから,申立人の主張は採用できない。

(2)請求項2?6に係る発明について
本件の請求項2?6に係る各発明はいずれも,請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから,甲1発明と対比すると,少なくとも,上記アの相違点1?3で相違する。
そして,上記イのとおり,本件の請求項1に係る発明は,甲1発明,及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件の請求項2?6に係る各発明も同様に,甲1発明,及び甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 理由2(実施可能要件)について
(1)仕上焼鈍の条件(焼鈍温度,均熱時間)について,本件の発明の詳細な説明には,焼鈍温度は750℃以上900℃以下とし,均熱時間は10秒以上100秒未満とすること(段落【0079】),焼鈍温度が750℃未満である場合には,焼鈍時間が長くなりすぎて生産性が低下する一方,900℃を超える場合には仕上焼鈍後の結晶粒径の制御が困難となること,均熱時間が10秒未満である場合には十分な仕上焼鈍を行うことができず,地鉄に適切に種結晶を生じさせることが困難になる一方,100秒を超える場合には,地鉄に生じる種結晶の平均結晶粒径が範囲外となり好ましくないことが説明されており(段落【0080】)その上で,実施例では,「具体的には、平均結晶粒径が大きくなるように制御する場合には、仕上焼鈍温度をより高く、及び/又は、均熱時間をより長くした。また、平均結晶粒径が小さくなるように制御する場合は、その逆とした」と記載されている(段落【0100】)。したがって,当業者は,平均結晶粒径の大きさを制御するため,仕上焼鈍温度及び均熱時間をどのように制御すればよいか,過度の試行錯誤を要することなく実施することができるといえる。
申立人は,本件明細書の実施例(段落【0100】)には,一部温度範囲の加熱速度および冷却速度が開示されているだけであり,詳細な焼鈍温度および均熱時間は開示されていない旨主張するが,上記のとおり,平均結晶粒径の大きさを制御するため,仕上焼鈍温度及び均熱時間を適宜制御することは可能であるといえるから,上記主張は採用できない。

(2)仕上焼鈍時の400?100℃の冷却温度について,本件の発明の詳細な説明の実施例では,仕上焼鈍時の「400?100℃における冷却速度の最小値」の観測結果が示されている(段落【0106】表2A,【0107】表2B)。そして,当業者は,上記記載から,板温が400℃から100℃の間において,少なくとも一部の温度区間において冷却速度が20℃/秒以下の緩冷却(瞬間冷却速度が20℃/秒以下となる場合も含む)が実現されているかどうかを確認することができるといえる。
申立人は,1℃刻みの冷却速度(の最小値)を,各発明例および比較例において,どのように表現しているのか,本件特許明細書においては全く明らかにされていない旨主張する。しかしながら,上記の「冷却速度の最小値」の記載は,そのような1℃刻みの速度温度で制御するというものではなく,またそのような制御しなくとも,緩冷却が実現されているかどうかを確認することは可能であるといえるから,上記主張は採用できない。

3 理由3(サポート要件)について
(1)本件の発明の詳細な説明に記載されている,発明が解決しようとする課題は,「製造コストが抑制された、高強度かつ高降伏比の無方向性電磁鋼板を提供すること」(段落【0010】)である。そして,実施例においては,平均結晶粒径が10?40μm,降伏比が0.82以上であることによって,所期の鉄損及び引張強度を有するものが得られる旨が説明されている(段落【0106】表2A,【0107】表2B)。
申立人は,段落【0058】の記載を引用して,本件の請求項1に記載の「降伏比が、0.82以上」という規定を満たすためには,その前提として,本件の請求項4に記載の「上降伏点及び下降伏点を有しており、上降伏点が下降伏点よりも5MPa以上高い」という条件を満たすことが必要である旨主張する。しかしながら,本件においては,平均粒子径が40μmを超えると,上降伏点及び下降伏点が存在しないものであり(段落【0060】),請求項4に記載の上記条件は,必須のものとまではいえないから,請求項1のサポート要件を欠如させるまでのものとはいえない。
よって,上記主張は採用できない。

(2)Zr及びVの含有量について,Zrは段落【0033】に,Vは段落【0035】に説明されているところ,その範囲は複数の実施例によって裏付けられている(段落【0106】表2A,【0107】表2B)。
申立人は,磁気特性を劣化させるZrやVの含有量が,鋼種Cよりも多い(例えば「0.0025%」である)場合に,所望の磁気特性が得られることは実施例において実証されていない旨主張するが,そのような実施例がなければ発明が裏付けられていないということではないから,上記主張も採用できない。

(3)Niの含有量については,段落【0038】に説明されているところ,その範囲は複数の実施例によって裏付けられている(段落【0106】表2A,【0107】表2B)。
申立人は,無方向性電磁鋼板の強度を向上させるNiの含有量が,鋼種Iよりも多い(例えば「0.30%」である)場合に,本件の請求項1で規定する700MPa以下の引張強度が得られることは,本件特許明細書の実施例において実証されていない旨主張するが,上記(2)と同様,そのような実施例がなければ発明が裏付けられていないということではないから,上記主張も採用できない。

4 理由4(明確性)について
申立人は,本件の請求項3の「焼鈍温度750℃以上900℃以下、均熱時間10分?180分の範囲内となる焼鈍条件下での焼鈍によって」という記載は,「コア焼鈍後の無方向性電磁鋼板」という物の製造方法の記載にほかならないから,本件の請求項3については,「物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合」に該当する旨主張する。
しかしながら,上記「焼鈍温度750℃以上900℃以下、均熱時間10分?180分の範囲内となる焼鈍条件下での焼鈍によって、平均結晶粒径が、60μm?150μmであり、かつ、鉄損W10/400が、11W/Kg以下となる」という記載は,請求項1又は2に記載の無方向性電磁鋼板がそのような特性を有していることを特定するもの(ステータを製造する場合の条件に関するもの)であって,無方向性電磁鋼板の製造条件を記載したものではない。
よって,申立人の主張は採用できない。

第6 むすび
以上のとおり,申立人が提示した特許異議申立ての理由及び証拠によっては,本件の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-12-03 
出願番号 特願2018-560686(P2018-560686)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 井上 猛
平塚 政宏
登録日 2019-02-15 
登録番号 特許第6478004号(P6478004)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 無方向性電磁鋼板  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 山口 洋  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 寺本 光生  
代理人 伊東 秀明  
代理人 棚井 澄雄  
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