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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 B60T
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 B60T
管理番号 1358037
審判番号 不服2019-2506  
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-02-25 
確定日 2020-01-07 
事件の表示 特願2015-194735「液圧制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月 6日出願公開、特開2017- 65559、請求項の数(6)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年9月30日の出願であって、平成30年4月3日付けで拒絶理由が通知がされ、同年6月7日に意見書が提出されるとともに手続補正がされたが、同年11月20日付けで拒絶査定(以下「原査定」という。)がされ、これに対し、平成31年2月25日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 原査定の概要
原査定の概要は次のとおりである。
A.(進歩性)この出願の請求項1?6に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献1:特開2007-296924号公報
引用文献2:特開2007-112293号公報
引用文献3:特開2007-326517号公報
引用文献4:特開2013-49292号公報

B.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
本願請求項1?6における「応答遅れ時間」は、発明の詳細な説明に記載の液圧制御装置の制御上では存在しないものであるから、本願請求項1?6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。

第3 本願発明
本願請求項1?6に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明6」という。)は、平成30年6月7日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される発明であり、以下のとおりである。
「【請求項1】
制動装置に形成された液圧室内のフルードの液圧である実液圧を、その目標値である目標液圧に制御すべく、前記液圧室に対するフルードの流入出を調整する弁部を制御する液圧制御装置において、
前記目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間が所定の許容遅れ時間以上であるか否かを判定する判定部と、
前記判定部により前記応答遅れ時間が前記許容遅れ時間以上であることが判定されている場合に、前記弁部の制御により、前記実液圧と前記目標液圧との偏差に対応する前記液圧室に対するフルードの流入出量を増大させる増大補正処理を実行する流入出量補正部と、
を備える液圧制御装置。
【請求項2】
前記目標液圧の単位時間当たりの変化量が大きいほど短い前記許容遅れ時間を設定する許容遅れ時間設定部を備える請求項1に記載の液圧制御装置。
【請求項3】
前記弁部の制御により前記実液圧に対応するパイロット圧が発生するパイロット室を有するレギュレータと、
前記パイロット室に設けられたダンパと、
前記パイロット室の剛性が前記ダンパのボトミングに関する所定値未満であるか否かを判定する剛性判定部と、
を備え、
前記流入出量補正部は、前記剛性判定部により前記パイロット室の剛性が前記所定値未満であることが判定されている場合に、前記増大補正処理を実行する請求項1または2に記載の液圧制御装置。
【請求項4】
前記流入出量補正部は、前記目標液圧に基づき演算される前記液圧室に対するフルードの流入出量である目標流量と、前記実液圧に基づき演算される現在の前記液圧室に対するフルードの流入出量である推定流量との偏差に基づいて、前記増大補正処理における増大側への補正量を設定する請求項1?3の何れか一項に記載の液圧制御装置。
【請求項5】
前記流入出量補正部は、前記補正量を、前記目標流量と前記目標流量および前記推定流量の偏差とに基づいて演算される増大比に設定し、且つ前記増大比を前記弁部のばらつき比率の範囲内に設定する請求項4に記載の液圧制御装置。
【請求項6】
前記フルードの温度を推定する温度推定部を備え、
前記流入出量補正部は、前記温度推定部により推定された推定温度が低いほど、前記増大補正処理における増大側への補正量の上限値を大きく設定する請求項1?5の何れか一項に記載の液圧制御装置。」

第4 引用文献、引用発明等
1 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。(下線は、当審で付与した。)
(1)「【0044】
ところで、上述した液圧ブレーキユニット20では、ひとつの増圧リニア制御弁66およびひとつの減圧リニア制御弁67を用いて、四輪のディスクブレーキユニット21FR?21RLのブレーキ圧を制御している。また、後輪側のディスクブレーキユニット21RL、21RRのホイールシリンダに連通する第1通路45aと、前輪側のディスクブレーキユニット21FL、21FRのホイールシリンダに連通する第2通路45bとの間には、連通弁60が配設されている。このような構成にすると、増減圧制御の実現のために必要となるリニア制御弁の数を少なくすることができるので、液圧ブレーキユニット20のコストを低下させることができる。」

(2)「【0072】
液圧制御部104は、連通弁60を開弁するとともに、目標液圧に合わせて減圧リニア制御弁67の開度を制御する。これにしたがって、第1通路45aおよび第2通路45bを介して各輪のディスクブレーキユニット21FR?21RLのホイールシリンダからブレーキオイルが排出され、車両の減速度が小さくなる。液圧制御部104は、制御圧センサ73により検出された第2通路45b内の圧力をホイールシリンダ圧P_(wc)とみなして減圧リニア制御弁67の開度を制御する。つまり、目標液圧に対してP_(wc)が比較的大きいときは、減圧リニア制御弁67の開度を大きくし、P_(wc)が目標液圧に近づくにつれて、減圧リニア制御弁67の開度を小さくする。したがって、ホイールシリンダ圧P_(wc)は、減圧リニア制御弁67の開度指令値とみなすことができる。
【0073】
急減圧判定部130は、ブレーキストロークセンサ25の検知した操作量に基づいて、ホイールシリンダ圧が急減圧されるか否かを判定する。急減圧と判定したときは、その情報を減圧応答遅れ抑制部140に通知する。
【0074】
協調制御実施判定部132は、液圧ブレーキユニットによる制動力と回生ブレーキユニットによる制動力との協調制御が、ハイブリッドECU7によって実施されているか否かを判定する。協調制御の実施の有無によって、後述する開度補正の方法が異なる。これについては、図7を参照して説明する。
【0075】
応答遅れ判定部134は、第2通路45bにおける減圧応答遅れの程度を推定する。減圧応答遅れの程度が所定のしきい値より大きい場合、減圧応答遅れ抑制部140に対して、所定の制御をするように指令する。このしきい値は、第2通路45bの第1通路45aに対する減圧応答遅れが、車両の安定性の観点から許容できる範囲内となるような値に設定され、実験やシミュレーション等を通じて決定される。減圧応答遅れの程度を推定する方法については後述する。
【0076】
開度補正部136は、減圧応答遅れ抑制部140による制御が実施されるとき、減圧リニア制御弁67の開度を決定するためのホイールシリンダ圧P_(wc)を補正する。協調制御が実施されているとき、開度補正部136は、制御圧センサ73により検出されたホイールシリンダ圧P_(wc)と減圧リニア制御弁67の開弁時間とを利用して、減圧リニア制御弁67の開度指令値を補正する。協調制御が実施されていないときは、開度補正部136は、レギュレータ圧センサ71により検出されるマスタシリンダ圧を減圧リニア制御弁67の開度指令値とする。以上の手順については詳細に後述する。
【0077】
減圧応答遅れ抑制部140は、急減圧判定部130によりホイールシリンダ圧が急減圧すると判定され、かつ応答遅れ判定部134により第1通路45aと第2通路45bとの液圧差が大きいと判定されたとき、第2通路45b側、つまり前輪のディスクブレーキユニット21FR、21FLに対応する減圧弁56、57を、所定の期間、例えばブレーキECU70の2制御周期(10ms)の間だけ開弁する。こうすることによって、前輪側のホイールシリンダからのブレーキオイルが、連通弁60と減圧リニア制御弁67とを経由して減圧通路55に流出するのに加えて、減圧弁56、57を経由して減圧通路55にも流出する。したがって、前輪側のホイールシリンダ圧の減少が促進され、第2通路45bの減圧応答遅れを抑制することができる。この結果、ディスクブレーキユニットによって車両の前輪と後輪に与えられる制動力の差が小さくなるので、車両の安定性を向上させることができる。
【0078】
ここで、減圧リニア制御弁67の開度指令値であるホイールシリンダ圧P_(wc)の補正について説明する。
【0079】
(A)まず、回生協調制御を実施していないときについて説明する。回生協調制御を実施していないときは、第2通路45bの減圧応答遅れが発生していないと仮定すると、液圧制御部104によって第2通路45b内の圧力P_(wc)はマスタシリンダ圧P_(mc)と等しくなるように制御されているはずである。しかし、実際には、急減圧がなされるとき、第2通路45bには減圧応答遅れが発生するため、P_(wc)>P_(mc)となる。したがって、両者の差(P_(wc)-P_(mc))を計算することによって、第2通路45bの減圧応答の遅れ具合を間接的に検出することができる。
【0080】
ところで、上述したように、減圧リニア制御弁67の開度はP_(wc)に基づいて制御されている。しかしながら、第2通路45b側の減圧弁56、57が開弁されると、第2通路45bにある制御圧センサ73で検出されるP_(wc)の値は急速に低下し、マスタシリンダ圧P_(mc)とは大きくかけ離れた値になる。そのため、P_(wc)を使用した減圧リニア制御弁67の開度制御では、ブレーキペダルの操作量に追従しなくなってしまう。つまり、P_(wc)にしたがって制御されている減圧リニア制御弁67の開度が、P_(wc)の低下とともに小さくなってしまうため、減圧弁56、57を開弁による減圧応答の上昇を阻害する方向に働いてしまう。
【0081】
そこで、このような場合、開度補正部136は、P_(wc)の代わりにレギュレータ圧センサ71で検出されるマスタシリンダ圧P_(mc)を開度指令値として用いるように液圧制御部104に指令する。レギュレータ圧センサ71は、マスタ圧カット弁64およびレギュレータ圧カット弁65によって第1通路45aおよび第2通路45bから遮断されているので、減圧弁56、57の開弁による圧力変化の影響を受けることがないため、減圧リニア制御弁67の開度を適切に制御することができる。」

(3)引用文献1には、上記事項及び【図1】?【図8】の記載を総合し、本願発明1の記載ぶりに則って整理すると、実施の形態2として次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「車両制動装置に形成された前輪のディスクブレーキユニット21FL、FRのホイールシリンダ内の作動液の液圧であるホイールシリンダ圧P_(wc)の圧力とみなされる第2通路45b内の圧力P_(wc)を、マスタシリンダ圧P_(mc)に制御すべく、前記ホイールシリンダに対する作動液の流入出を調整する減圧リニア制御弁67の開度を制御する液圧ブレーキユニット20において、
回生協調制御を実施していないときは、第2通路45bの減圧応答遅れである(P_(wc)-P_(mc))が所定のしきい値より大きい場合、減圧リニア制御弁67の制御を指令する減圧応答遅れ抑制部140、
を備える液圧ブレーキユニット20。」

2 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。
「【0072】
図5には、目標液圧、正常な場合の制御液圧の初期応答A_(1)、および過度な応答遅れがある異常な場合の制御液圧の初期応答A_(2)のそれぞれの一例が示されている。目標液圧は、図5において一点鎖線により示されており、制動要求の発生後に時間とともに増大している。なお、図5において目標液圧は直線状に増大しているが、これは一例に過ぎない。
【0073】
正常な初期応答A_(1)は、制動要求から時間t_(1)が経過したときに応答遅れ判定基準圧力αに達する。時間t_(1)は応答遅れ判定基準時間T_(1)が経過する前であり、正常な初期応答A_(1)は、時間t_(1)以降も引き続き増加して、応答遅れ判定基準時間T_(1)には応答遅れ判定基準圧力αを上回っている。よって、第2異常判定部92により異常があるとは判定されない。そして、正常な初期応答A_(1)は、時間t_(3)が経過したときに目標液圧との偏差が基準偏差を下回り、更にその後は目標液圧に追従していく。すなわち、制御不良判定時間T_(2)が経過したときの正常な初期応答A_(1)の目標値からの偏差は、基準偏差よりも小さい。よって、第1異常判定部90によっても異常は検出されない。
【0074】
一方、異常な初期応答A_(2)は、制動要求から時間t_(2)が経過したときに応答遅れ判定基準圧力αに達している。時間t_(2)は応答遅れ判定基準時間T_(1)が経過した後であり、異常な初期応答A_(2)は、応答遅れ判定基準時間T_(1)には応答遅れ判定基準圧力αに達していない。よって、第2異常判定部92により応答遅れ異常が発生していると判定される。この場合には、ブレーキECU70は、第1異常判定部90による判定を待たずに回生協調制御モードからハイドロブースタモード等に切り替えて制動力を正常に発生させることが可能となる。
【0075】
以上のように、本実施形態においては、第2異常判定部92は、制御液圧が応答遅れ判定基準圧力αに到達するまでの時間に基づいてホイールシリンダ圧制御系統に異常があるか否かを判定する。よって、第1異常判定部90による異常判定が終了する前に、増圧リニア制御弁66の閉故障や流量不足などに起因する制御液圧の過度の応答遅れを迅速に検出することができる。」

3 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献3には、図面とともに次の事項が記載されている。
「【0041】
(ii)応答性の取得
このように増圧用リニア弁24,減圧用リニア弁26への印加電流が制御される一方、実際のブレーキシリンダ液圧Pwcが検出され、検出された実液圧Pwcに基づいて、応答性のレベルが取得される。応答性のレベルは、遅れ時間、遅れの有無で表したり、オーバーシュート量、オーバーシュートの有無で表したりすることができる。
ここでは、応答性としての遅れ時間が計測される場合について説明する。
本実施例においては、図20に示すように、実液圧Pwcが計測用目標液圧Ptargetに到達した場合に遅れ時間Trの計測が行われ、計測された遅れ時間が遅れ時間記録用バッファ164に記録される。
実液圧Pwcが計測用目標液圧Ptargetに達するのに要した時間(実到達時間Tx)は、増圧制御開始時Tupstartからの実際の経過時間Txであり、タイマBによって計測される(Tx=tB=NtB×ΔT)。
また、ブレーキシリンダ18の液圧が目標液圧Prefの変化に従って遅れなく増加させられたと仮定した場合(目標勾配αで増加させられたと仮定した場合)に、ブレーキシリンダ液圧が計測用目標液圧Ptargetに達するのに要する時間(遅れなし到達時間Ttarget)は、式
Ttarget=Ptarget/α
に従って(変化パターンに従って)求められる。この時間は、目標液圧Prefが計測用目標液圧Ptargetになるのに要する時間でもあるため、計測液圧到達時間と称することもできる。
したがって、遅れ時間Trは、実到達時間Txから遅れなし到達時間Ttargetを引いた時間であり、式
Tr=Tx-Ttarget
に従って求めることができる。
図20に示すように、実到達時間がTx1であり、遅れなし到達時間Ttargetより長い場合(Tx1>Ttarget)には、遅れ時間Trは正の値となるが、実到達時間がTx2であり、遅れなし到達時間Ttargetより短い場合(Tx2<Ttarget)には、遅れ時間Trは負の値となる。遅れ時間Trが負の値となるのは、オーバーシュートを生じた場合である。本実施例においては、計測された遅れ時間Trが遅れ時間記録用バッファ164に記録されるのであるが、時間が符号を有する値として記録される。」

4 原査定の拒絶の理由に引用された引用文献4には、図面とともに次の事項が記載されている。
「【0107】
ところで、制御開始閾値Xを増加させると、図8に示すように、通常制御開始閾値X0を使用した電流制御を行う場合に比べて、目標液圧P^(*)に対して検出液圧Pxの応答が遅れる。図中において、太線aは目標液圧P^(*)の推移を表し、実線bは通常制御開始閾値X0を使用した検出液圧Pxの推移を表し、実線cは増加させた制御開始閾値Xを使用した検出液圧Pxの推移を表す。この場合、目標液圧P^(*)が設定されてから検出液圧Pxが目標液圧P^(*)に到達するまでの時間が、フェールセーフ閾値(破線d)よりも長くなると、自己診断機能(ダイアグノーシス)によりエラー判定しウォーニングランプが点灯してしまう。そこで、制御開始閾値Xを通常制御開始閾値X0よりも大きく設定している場合には、フェールセーフ閾値(許容遅れ時間)を通常値よりも長くするように変更する処理を加えるようにするとよい。」

第5 判断
1 理由A(進歩性)について
(1)本願発明1について
ア 対比
本願発明1と引用発明とを対比する。
引用発明の「車両制動装置」は、本願発明1の「制動装置」に相当する。
以下同様に、「前輪のディスクブレーキユニット21FL、FRのホイールシリンダ」は、「液圧室」に、
「作動液」は、「フルード」に、
「ホイールシリンダ圧P_(wc)の圧力とみなされる第2通路45b内の圧力P_(wc)」は、「実液圧」に、
「減圧リニア制御弁67」は、「弁部」に、
「減圧リニア制御弁67の開度を制御する」ことは、「弁部を制御する」ことに、
「液圧ブレーキユニット20」は、「液圧制御装置」に、それぞれ相当する。

引用発明の「マスタシリンダ圧P_(mc)」と、本願発明1の「目標値である目標液圧」とは、「目標圧」という限りにおいて共通する。

引用発明の「回生協調制御を実施していないときは、第2通路45bの減圧応答遅れである(P_(wc)-P_(mc))が所定のしきい値より大きい場合、減圧リニア制御弁67の制御を指令する減圧応答遅れ抑制部140」と、本願発明1の「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間が所定の許容遅れ時間以上であるか否かを判定する判定部と、前記判定部により前記応答遅れ時間が前記許容遅れ時間以上であることが判定されている場合に、前記弁部の制御により、前記実液圧と前記目標液圧との偏差に対応する前記液圧室に対するフルードの流入出量を増大させる増大補正処理を実行する流入出量補正部」とは、「弁部の制御により行う応答遅れの補正部」という限りにおいて共通する。

以上のことから、本願発明1と引用発明とは次の点で一致する。
「制動装置に形成された液圧室内のフルードの液圧である実液圧を、目標圧に制御すべく、前記液圧室に対するフルードの流入出を調整する弁部を制御する液圧制御装置において、
弁部の制御により行う応答遅れの補正部、
を備える液圧制御装置。」

一方で、両者は次の点で相違する。
[相違点1]
目標圧に関して、本願発明1においては、「液圧室内の」「その目標値である目標液圧」であるのに対して、
引用発明においては、前輪のディスクブレーキユニット21FL、FRのホイールシリンダ(本願発明1の「液圧室」に相当。)内の圧力の目標値ではなく、マスタシリンダ圧P_(mc)である点。

[相違点2]
弁部の制御により行う応答遅れの補正部に関して、
本願発明1においては、応答遅れの補正を行う条件は、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間が所定の許容遅れ時間以上であるか否かを判定する判定部により前記応答遅れ時間が前記許容遅れ時間以上であることが判定されている場合」であり、
補正部は、「弁部の制御により、前記実液圧と前記目標液圧との偏差に対応する前記液圧室に対するフルードの流入出量を増大させる増大補正処理を実行する流入出量補正部」であるのに対して、
引用発明においては、応答遅れの補正を行う条件は、回生協調制御を実施していないときは、第2通路45bの減圧応答遅れである(P_(wc)-P_(mc))が所定のしきい値より大きい場合であり、
補正部は、減圧リニア制御弁67の制御を指令する減圧応答遅れ抑制部140である点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑みて、相違点2について先に検討する。
(ア)本願発明1の応答遅れの補正を行う条件である「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間が所定の許容遅れ時間以上であるか否かを判定する判定部により前記応答遅れ時間が前記許容遅れ時間以上であることが判定されている場合」に該当するか否かは、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間」と「許容遅れ時間」との関係に応じたものといえる。
ところで、引用文献2には、制御液圧が応答遅れ判定基準圧力αに到達するまでの時間に基いてホイールシリンダ圧制御系統に異常があるか否かを判定することが、引用文献3には、実液圧Pwcが計測用目標液圧Ptargetに到達した場合に遅れ時間Trの計測を行うことが、また、引用文献4には、目標液圧P^(*)が設定されてから検出液圧Pxが目標液圧P^(*)に到達するまでの時間によりエラー判定を行うことが、それぞれ記載されている。
すなわち、引用文献2?4には、制動装置の制御において、液圧が所定の圧力に到達するまでの時間、すなわち遅れ時間を求めて判定等に用いることが開示されている。
しかし、遅れ時間に関して、相違点2に係る本願発明1の構成においては、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間」であるのに対して、上記引用文献2?4に記載された事項においては、液圧が所定の圧力に到達するまでの時間である点で、両者は相違している。
そして、弁部の制御により行う応答遅れの補正について、これを行う条件を、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間」と「許容遅れ時間」との関係に応じたものとすることついては、引用文献2?4に記載も示唆もされていない。
そうすると、たとえ引用発明に上記引用文献2?4に記載された事項を適用したとしても、相違点2に係る本願発明1の構成に至るものではない。

(イ)引用発明における、応答遅れの補正を行う条件である「回生協調制御を実施していないときは、第2通路45bの減圧応答遅れである(P_(wc)-P_(mc))が所定のしきい値より大きい場合」に該当するか否かは、「(P_(wc)-P_(mc))」と「所定のしきい値」との関係に応じたものといえる。
ところで、制動装置の液圧制御の弁部の制御において、応答遅れの補正を行う条件を、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間」と「許容遅れ時間」との関係に応じたものとすることについては、引用文献1に記載も示唆も見出すことはできず、前記「(ア)」に示したように引用文献2?4をみても記載も示唆もなく、また、本願出願前に周知の技術であったともいえず、更に、設計的事項ということもできない。
そうすると、引用発明における応答遅れの補正を行う条件である「(P_(wc)-P_(mc))」と「所定のしきい値」との関係に応じたものを、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間」と「許容遅れ時間」との関係に応じたものに置き換える動機付けがあるとはいえない。
したがって、引用発明において、応答遅れの補正を行う条件としての「第2通路45bの減圧応答遅れである(P_(wc)-P_(mc))が所定のしきい値より大きい場合」を、「目標液圧が変化した時点から当該変化に対して前記実液圧が変化した時点までの時間である応答遅れ時間が所定の許容遅れ時間以上であるか否かを判定する判定部により前記応答遅れ時間が前記許容遅れ時間以上であることが判定されている場合」とすることについては、動機付けがあるとはいえない。

(ウ)引用発明では、許容遅れ時間が経過していたとしても、目標液圧と実液圧との液圧差が所定圧(所定のしきい値)未満である場合には、応答遅れを抑制する制御は実行されず、許容遅れ時間が経過していなくも、目標液圧と実液圧との液圧差が所定圧以上である場合には、応答遅れを抑制する制御が実行されると解される。
これに対して、本願発明1は、上記相違点2に係る本願発明1の構成により、許容遅れ時間が経過した場合に、すなわち所定の許容遅れ時間を判定基準として、応答遅れを抑制する制御を実行することができるという、引用発明では想定できない効果を有する(平成31年2月25日に提出の審判請求書「3.(1)」を参照。)。

(エ)小括
以上のことから、引用発明において、相違点2に係る本願発明1の構成とすることは、引用文献2?4に記載された事項に基いて、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

したがって、相違点1について検討するまでもなく、本願発明1は、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本願発明2?6について
本願発明2?6は、本願発明1をさらに限定したものであるので、本願発明1と同じ理由により、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 理由B(サポート要件)について
本願明細書には、下記の記載がある。
「【0050】
許容遅れ時間設定部171は、実サーボ圧の目標サーボ圧に対する応答遅れ時間の許容値(許容遅れ時間)を設定する。例えば目標サーボ圧が一定状態から増大し、それに応じて実サーボ圧が一定状態から増大した場合、目標サーボ圧が増大した時点から実サーボ圧が増大した時点までの時間が「応答遅れ時間」である。許容遅れ時間設定部171は、目標サーボ圧の勾配(単位時間当たりの変化量)を算出し、目標サーボ圧の勾配に基づいて許容遅れ時間を設定する。具体的に、図2に示すように、許容遅れ時間設定部171は、目標サーボ圧の単位時間当たりの変化量(勾配)が大きいほど短い許容遅れ時間を設定する。このように、許容遅れ時間は、目標サーボ圧の勾配が大きいほど短く設定される。
【0051】
判定部172は、実サーボ圧の目標サーボ圧に対する応答遅れ時間が、許容遅れ時間設定部171が設定した許容遅れ時間(「所定の許容遅れ時間」に相当する)以上であるか否かを判定する。具体的に、判定部172は、上記判定において、許容遅れ時間設定部171が設定した許容遅れ時間を、実サーボ圧に対する時間毎の閾値(許容サーボ圧)を演算する。換言すると、判定部172は、目標サーボ圧と許容遅れ時間から、各時間における実サーボ圧の閾値(許容サーボ圧)を算出する。時間の閾値(許容遅れ時間)は、時間と圧力の関係において圧力の閾値(許容サーボ圧)に換算することができる。例えば、図3に示すように、サーボ圧と時間の関係において、許容サーボ圧は、目標サーボ圧を許容遅れ時間だけ右側(時間が進む側)にシフトさせた値に設定される。許容サーボ圧は、ある時点の目標サーボ圧から許容遅れ時間経過した際に、当該目標サーボ圧に対して許容される最小の実サーボ圧といえる。
【0052】
判定部172は、実サーボ圧(圧力センサ26aの値)が許容サーボ圧未満であるか否かを判定する。実サーボ圧が許容サーボ圧未満であることは、ある時点の目標サーボ圧から許容遅れ時間経過しても実サーボ圧の値が十分でないことを意味している。つまり、判定部172は、実サーボ圧が許容サーボ圧未満である場合、応答遅れ時間が許容遅れ時間以上であると判定する。反対に、判定部172は、実サーボ圧が許容サーボ圧以上である場合、応答遅れ時間が許容遅れ時間未満であると判定する。判定部172は、所定時間毎に上記判定を実行する。
【0053】
流入出量補正部173は、判定部172により応答遅れ時間が許容遅れ時間以上であることが判定されている場合に、減圧弁15b6および増圧弁15b7の制御により、実サーボ圧と目標サーボ圧との偏差に対応する「サーボ室R5内に対するブレーキ液の流入出量(後述の目標流量)」を増大させる。換言すると、流入出量補正部173は、応答遅れ時間が許容遅れ時間以上である場合、制御部170で設定された制御信号(制御電流)を、サーボ室R5へのブレーキ液の流入量又はサーボ室R5からのブレーキ液の流出量が増大するように補正する。このような流量を増大させる処理を「増大補正処理」と称する。流入出量補正部173は、判定部172の判定結果に応じて、制御部170が指令する流入出量を増大側に補正する増大補正処理を実行する。」

上記の記載から、発明の詳細な説明には、目標サーボ圧が増大した時点から実サーボ圧が増大した時点までの時間が「応答遅れ時間」であり、判定部172は、応答遅れ時間が、許容遅れ時間以上であるか否かを判定し、許容遅れ時間以上であることが判定されている場合に、実サーボ圧と目標サーボ圧との偏差に対応する「サーボ室R5内に対するブレーキ液の流入出量」を増大させることが記載されているから、「応答遅れ時間」が液圧制御装置の制御に用いられているといえる。
なお、上記の発明の詳細な説明における記載には、図3に示されるようなサーボ圧(特に目標サーボ圧)と時間との関係を前提としたときに、時間の閾値である許容遅れ時間を圧力の閾値である許容サーボ圧に換算することができることの開示があるが(上記段落【0051】を参照)、そのことをもって「応答遅れ時間」が液圧制御装置の制御上存在しないものということはできない。
したがって、本願請求項1?6で開示される「応答遅れ時間」は、発明の詳細な説明に記載の液圧制御装置の制御上に存在するものであるから、本願請求項1?6に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものといえる。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明1?6は、引用発明及び引用文献2?4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、また、本願発明1?6は、発明の詳細な説明に記載したものである。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2019-12-17 
出願番号 特願2015-194735(P2015-194735)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (B60T)
P 1 8・ 537- WY (B60T)
最終処分 成立  
前審関与審査官 谷口 耕之助  
特許庁審判長 大町 真義
特許庁審判官 井上 信
小関 峰夫
発明の名称 液圧制御装置  
代理人 山本 喜一  
代理人 瀧川 彰人  
代理人 瀧川 彰人  
代理人 山本 喜一  

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