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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 H01M
管理番号 1359405
審判番号 不服2019-1110  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-28 
確定日 2020-02-18 
事件の表示 特願2016-166876「Li-Ni複合酸化物粒子粉末及びその製造方法、並びに非水電解質二次電池」拒絶査定不服審判事件〔平成28年11月24日出願公開、特開2016-197611、請求項の数(5)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成24年4月13日に出願した特願2012-092326号の一部を平成28年8月29日(優先権主張 平成23年4月14日)に新たな特許出願としたものであって、平成29年7月25日付けで拒絶理由通知がされ、同年9月21日付けで手続補正がされ、平成30年2月27日付けで拒絶理由通知がされ、同年5月7日付けで手続補正がされ、同年10月22日付けで拒絶査定(原査定)がされ、これに対し、平成31年1月28日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。



第2 原査定の概要

原査定(平成30年10月22日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

明細書段落0017に記載された「非水電解質二次電池の正極活物質として用いた場合に、高温充電時のガス発生量が少なく、サイクル特性が良好なLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得る」という技術的課題に関連し、
・明細書段落0069には、「二次電池のサイクル特性の改善には正極活物質を構成する非水電解質二次電池のLi-Ni複合酸化物粒子粉末の組成が重要である。そのため、Li-Ni複合酸化物粒子粉末の合成時に両性金属を固溶させることで、サイクル特性の改善を図ってきた。」と記載されているが、請求項1?5の記載では、Li-Ni複合酸化物粒子粉末の合成時に両性金属を固溶させたものであるのか、単に表面にのみ存在させたものであるのかなどが不明である。(以下、「理由A」という。)
・明細書段落0071には、「溶出する両性金属を、pH制御によって粒子表面に再析出させることで、粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させることができる。そのため、二次電池において優れたサイクル特性を示すことが可能になる。」と記載されているが、請求項1?5の記載では、溶出する両性金属を粒子表面に再析出させることで、粒子内の両性金属含有量を維持しているのか不明であるし、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させているのかも不明(厚みも均一性も不明)である。(以下、「理由B」という。)
・明細書段落0072には、「水酸化リチウム及び炭酸リチウムが除去され、粒子表面に両性金属濃度の高い層が存在するLi-Ni複合酸化物粒子粉末を再度熱処理することによって、反応が均一に進行し、結晶性の高いLi-Ni複合酸化物粒子粉末が得られ、高温保存時のガス発生を抑制し、二次電池において高いサイクル特性を維持することが出来る。」と記載されているが、請求項1?5の記載では、このように結晶性の高いLi-Ni複合酸化物粒子粉末が得られているのか不明である。(以下、「理由C」という。)

以上のとおり、請求項1?5の記載は、課題を解決するための手段を十分に反映していないから、明細書において課題を解決することができると当業者が認識することができるように記載された範囲を超えるものであり、したがって、本願請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」という。)は、発明の詳細な説明に実質的に記載されたものでない。
よって、本願は、特許請求の範囲の記載が上記のとおりであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない。



第3 特許請求の範囲の記載について

本願発明1?5は、平成30年5月7日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「 【請求項1】
組成式がLi_(x)(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2)(0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であり、水酸化リチウムの含有量が0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量が0.20重量%以下であるLi-Ni複合酸化物粒子粉末において、BET比表面積が0.05?0.8m^(2)/gであり、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高く、しかも、両性金属の濃度は、粒子最表面を最大値として内部に向かって漸次低下する濃度勾配の領域を有していることを特徴とするLi-Ni複合酸化物粒子粉末(但し、前記の粒子の最表面とはSTEM画像から判断される挙動粒子(二次粒子)の最表面に存在する一次粒子の表面を意味する)。
【請求項2】
粒子の最表面における両性金属の濃度が、Ni、Co、Mn、両性金属(Ma)、Mb及び酸素の合計に対して5?60atm%である請求項1に記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末。
【請求項3】
平均二次粒子径が1?30μmである請求項1又は2に記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末。
【請求項4】
硫黄含有率が100ppm以下であり、且つナトリウム含有量が100ppm以下である請求項1?3のいずれかに記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載のLi-Ni複合酸化物粒子粉末からなる正極活物質を含有する正極を用いた非水電解質二次電池。」


第4 発明の詳細な説明の記載について

本願明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。

「 【0017】
そこで、本発明は、非水電解質二次電池の正極活物質として用いた場合に、高温充電時のガス発生量が少なく、サイクル特性が良好なLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得ることを技術的課題とする。」
「 【0019】
即ち、本発明は、組成式がLi_(x)(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2)(0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であるLi-Ni複合酸化物粒子粉末において、BET比表面積が0.05?0.8m^(2)/gであり、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高いことを特徴とするLi-Ni複合酸化物粒子粉末である(本発明1)。」
「【発明の効果】
【0026】
本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、粒子の表面に薄く均一な両性金属濃度の高い層が存在するため、高温充放電時の電解液の分解によるガス発生が抑制され、またサイクル特性が良好である。
【0027】
また、本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、余剰リチウムの炭酸塩、水酸化物等といった不純物の含有量が少ないため、高温充放電時の電解液の分解によるガス発生が抑制され、またサイクル特性が良好である。」
「 【0032】
本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末の組成はLi_(x)(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2) (0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)である。」
「 【0034】
本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い。粒子の最表面に両性金属濃度の高い層を設けることによって、ガスの発生を抑制することができる。粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2未満であると、上記効果を充分に得ることができず、6を超える場合には、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池の放電容量が低下する。粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)は、好ましくは2?5.5であり、より好ましくは2.3?5.0である。なお、粒子の最表面における両性金属の濃度、粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比は、例えば、後述する実施例において説明するように、電界放出型電子顕微鏡を用いてSTEM-EDX分析を行う方法により求めることが出来る。また、本発明におけるLi-Ni複合酸化物粒子粉末の粒子の最表面とは、STEM画像から判断される挙動粒子(二次粒子)の最表面に存在する一次粒子の表面のことを意味する。」
「 【0038】
本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積は0.05?0.8m^(2)/gである。BET比表面積値が0.05m^(2)/g未満の場合には、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池のサイクル特性が低下する。0.8m^(2)/gを超える場合には、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池の保存特性が低下する。好ましいBET比表面積は0.06?0.7m^(2)/gである。
【0039】
本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末の水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下であることが好ましく、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池においてガス発生の少ない良好な高温充放電特性が得られる。水酸化リチウムの含有量が0.25重量%を越え、かつ炭酸リチウムの含有量が0.20重量%を超えた場合、高温充放電時のアルカリによる電解液の分解が促進され、ガス発生が激しくなる。より好ましくは水酸化リチウムの含有量が0.20重量%以下且つ炭酸リチウムの含有量が0.15重量%以下であり、少ないほどよい。」
「 【0049】
本発明においては、水洗処理によって、処理に用いるLi-Ni複合酸化物の焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを除去することができ、且つ、水洗時のスラリーのpHを制御することでLi-Ni複合酸化物粒子粉末中の両性金属の含有量の減少を抑制することができる。」
「 【0051】
特に、本発明においては、水洗処理において、処理に用いるLi-Ni複合酸化物粒子粉末を純水に懸濁させてスラリーのpHの上昇がおだやかになった後にスラリーのpHを制御することが好ましい。これにより、Li-Ni複合酸化物粒子からの両性金属の過度の流出を抑え、且つ、最表面の両性金属濃度を高くすることができる。すなわち、水洗処理においてLi-Ni複合酸化物粒子粉末を水に分散させることで溶出する両性金属を、pH制御によって粒子表面に再析出させることで、粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させることが出来る。したがって、本発明における、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)及び粒子の最表面における両性金属の濃度と粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度との関係を満足させるには、例えばスラリーのpHを制御することによって行うことが出来る。」
「 【0069】
<作用>
二次電池のサイクル特性の改善には正極活物質を構成する非水電解質二次電池のLi-Ni複合酸化物粒子粉末の組成が重要である。そのため、Li-Ni複合酸化物粒子粉末の合成時に両性金属を固溶させることで、サイクル特性の改善を図ってきた。また、高温保存特性は電池内部でガス発生をいかに抑制するかが重要である。ガス発生の要因としては正極活物質に存在する余剰リチウムが電池内に多く残存すると高温充放電時のアルカリによる電解液の分解が促進され、ガス発生量が増加して電池特性に大きく影響する。余剰リチウムを除去するためには水洗処理による除去が有効であるが、処理中にスラリーのpHが上昇するために両性金属であるAlが溶出するため、サイクル特性が劣化する。余剰リチウムを少なくでき、且つ、両性金属の溶出を抑制することが重要であり、先行技術文献に挙げられる技術のみでは高温保存特性が良好で、且つ、サイクル特性に優れるという2つの特性を両立させた非水電解質二次電池が実現できるには十分とは言い難い。
【0070】
そこで、本発明においては、焼成により得られたLi-Ni複合酸化物の、焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを水洗処理によって除去し、水酸化リチウム含有量と炭酸リチウム含有量の少ないLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得ることができる。従って、高温充放電時のアルカリによる電解液の分解反応が抑制され、ガス発生量を少なくすることが可能になる。
【0071】
また、水洗処理においてLi-Ni複合酸化物粒子粉末を水に分散させることで溶出する両性金属を、pH制御によって粒子表面に再析出させることで、粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させることができる。そのため、二次電池において優れたサイクル特性を示すことが可能になる。
【0072】
また、水酸化リチウム及び炭酸リチウムが除去され、粒子表面に両性金属濃度の高い層が存在するLi-Ni複合酸化物粒子粉末を再度熱処理することによって、反応が均一に進行し、結晶性の高いLi-Ni複合酸化物粒子粉末が得られ、高温保存時のガス発生を抑制し、二次電池において高いサイクル特性を維持することが出来る。」
「 【0139】
【表3】

【0140】
【表4】


「 【0142】
実施例1?33で得られたLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、水洗処理時にpHを制御することで、両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を存在させることで結晶構造が安定する。その結果、二次電池におけるサイクル特性が改善された優れた正極材料である。
【0143】
また、本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、該粉末20gを100mlの水に10分間懸濁攪拌したときの、上澄み液中の水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下、炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下であり、高温環境下でのアルカリ成分による電解液の分解反応が抑制され、ガス発生が改善された優れた正極材料である。
【0144】
更に、Li-Ni複合酸化物粒子粉末を正極活物質に用いた非水電解質二次電池において、85℃、24時間保存後のガス発生量は0.45ml/g以下であり、高温環境下での電解液との反応性が抑制されガス発生が改善された優れた正極材料であるということが言える。
【0145】
以上の結果から、本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末はガス発生量が少なく、二次電池としたときのサイクル特性と高温充放電特性に優れたものであるから、非水電解質二次電池用正極活物質として有効であることが確認された。」



第5 当審の判断

1 サポート要件を検討する観点について

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
以下、上記の観点から検討する。


2 本願における発明が解決しようとする課題について

段落【0017】の記載から、本願における発明が解決しようとする課題は、「非水電解質二次電池の正極活物質として用いた場合に、高温充電時のガス発生量が少なく、サイクル特性が良好なLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得ること」(以下、単に「課題」という。)である。


3 発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲について

(1)Li-Ni複合酸化物粒子粉末の組成について
ア 段落【0019】、【0032】の記載から、本願発明は、「組成式がLi_(x)(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2)(0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であるLi-Ni複合酸化物粒子粉末」であることを前提としている。

(2)両性金属の濃度、分布について
ア 段落【0026】には、「本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、粒子の表面に薄く均一な両性金属濃度の高い層が存在するため、高温充放電時の電解液の分解によるガス発生が抑制され、またサイクル特性が良好である。」と記載され、段落【0034】には、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い。粒子の最表面に両性金属濃度の高い層を設けることによって、ガスの発生を抑制することができる。」と記載されているから、高温充放電時のガス発生量を少なくするには、「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層」が必要なことが認められる。
イ また、段落【0142】には、「両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を存在させることで結晶構造が安定する。その結果、二次電池におけるサイクル特性が改善された優れた正極材料である。」とも記載されているから、サイクル特性を改善するためにも、「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層」が必要であることが認められる。
ウ さらに、段落【0034】において、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い。」との記載に続けて、「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層を設けることによって、ガスの発生を抑制することができる。」と記載されていることから、少なくとも「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」ことは「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層」が形成されていることに対応すると認められる。
エ そして、段落【0034】を参照すると、「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層を設けることによって、ガスの発生を抑制することができる。粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2未満であると、上記効果を充分に得ることができず、6を超える場合には、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池の放電容量が低下する。」とも記載されているから、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6」の範囲でなければ、上記課題を解決し得ないと認められる。
オ また、段落【0139】の【表3】を参照すると、実施例1?33は、いずれも「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」ものであって、これらにおいては、サイクル特性が良好でありガス発生量の減少したことが示されているが、段落【0140】の【表4】の各比較例を参照すると、当該構成を備えないものについては、サイクル特性の改善やガス発生量の減少の効果が認められない。そして、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」もの以外で、「粒子の最表面」の「両性金属濃度」がどの程度高ければ、サイクル特性の改善やガス発生量の減少の効果を奏し得るかを示す実施例は存在しない。
カ よって、上記課題を解決するためには、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」ことが必要と認められる。

(3)BET比表面積について
ア 段落【0038】には、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積」が「0.05?0.8m^(2)/g」の範囲であることが記載され、「BET比表面積」が「0.05m^(2)/g」未満の場合には、二次電池のサイクル特性が低下することが、「0.8m^(2)/g」を超える場合には、二次電池の保存特性が低下することが記載されている。
イ また、段落【0139】の【表3】を参照すると、実施例1?33においては、いずれも、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積」が「0.05?0.8m^(2)/g」の範囲であり、これらにおいては、サイクル特性及び保存特性がいずれも良好であることが示されているが、段落【0140】の【表4】を参照すると、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積」のみが本願発明1の構成を満たさない比較例6では、ガス発生量が増加していることから、発明の詳細な説明の実施例の記載からも、サイクル特性を改善し、ガス発生量を減少させるためには、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積」を「0.05?0.8m^(2)/g」の範囲とする必要があることが認められる。
ウ したがって、上記課題を解決するためには、「Li-Ni複合酸化物粒子粉末のBET比表面積」が「0.05?0.8m^(2)/g」の範囲であることが必要と認められる。

(4)水酸化リチウム、炭酸リチウムの含有量について
ア 段落【0027】の「また、本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末は、余剰リチウムの炭酸塩、水酸化物等といった不純物の含有量が少ないため、高温充放電時の電解液の分解によるガス発生が抑制され、またサイクル特性が良好である。」との記載、段落【0049】の「本発明においては、水洗処理によって、処理に用いるLi-Ni複合酸化物の焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを除去することができ、且つ、水洗時のスラリーのpHを制御することでLi-Ni複合酸化物粒子粉末中の両性金属の含有量の減少を抑制することができる。」との記載、段落【0070】の「そこで、本発明においては、焼成により得られたLi-Ni複合酸化物の、焼成反応中に残った余剰の水酸化リチウム及び炭酸リチウムを水洗処理によって除去し、水酸化リチウム含有量と炭酸リチウム含有量の少ないLi-Ni複合酸化物粒子粉末を得ることができる。従って、高温充放電時のアルカリによる電解液の分解反応が抑制され、ガス発生量を少なくすることが可能になる。」との記載から、ガス発生を抑制し、サイクル特性を良好にするためには、余剰リチウムである「水酸化リチウム」及び「炭酸リチウム」が十分に除去され、その含有量が十分に少ないことが必要と認められる。
イ そして、段落【0039】の「本発明に係るLi-Ni複合酸化物粒子粉末の水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下であることが好ましく、該Li-Ni複合酸化物粒子粉末を用いて作製した二次電池においてガス発生の少ない良好な高温充放電特性が得られる。」との記載から、少なくとも「水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下」となる程度まで余剰リチウムを除去すれば、ガス発生量が十分に減少することが認められる。
ウ さらに、段落【0039】には、「水酸化リチウムの含有量が0.25重量%を越え、かつ炭酸リチウムの含有量が0.20重量%を超えた場合、高温充放電時のアルカリによる電解液の分解が促進され、ガス発生が激しくなる。」とも記載され、当該記載から、「水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下」でなければ、ガス発生量が激しくなり、上記課題を解決し得ないことが認められる。
エ また、段落【0139】の【表3】を参照すると、実施例1?33のいずれにおいても、余剰リチウムは、「水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下」の範囲であり、これらにおいては、サイクル特性が良好でありガス発生量の減少したことが示されているが、段落【0140】の【表4】の各比較例を参照すると、当該構成を備えないものについては、サイクル特性の改善やガス発生量の減少の効果が認められない。そして、余剰リチウムが「水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下」の範囲外で、どの程度余剰リチウムが多いものまでが、サイクル特性の改善やガス発生量の減少の効果を奏し得るかを示す実施例は存在しない。
オ よって、上記課題を解決するためには、「水酸化リチウムの含有量は0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量は0.20重量%以下」であることが必要と認められる。

(5)小括
したがって、(1)?(4)より、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲は、以下のア?エの全ての事項を含む範囲である。
ア 「組成式がLi_(x)(Ni_(1-y-w-z-v)Co_(y)Mn_(w)Ma_(z)Mb_(v))O_(2)(0.9≦x≦1.1、0.05≦y≦0.25、0≦w≦0.25、0<z≦0.15、0≦v≦0.03、Maは両性金属であって、Al、Zn、Snから選ばれる少なくとも1種の金属であり、且つMbはBi、Sb、Zr、B、Mgから選ばれる少なくとも1種の金属)であるLi-Ni複合酸化物粒子粉末」であるとの事項
イ 「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」との事項
ウ 「BET比表面積が0.05?0.8m^(2)/gである」との事項
エ 「水酸化リチウムの含有量が0.25重量%以下であり、且つ炭酸リチウムの含有量が0.20重量%以下である」との事項


4 本願発明1?5と発明の詳細な説明に記載された発明との対比
(1)本願発明1?5は、いずれも3(5)ア?エに示す事項を全て備えるものである。

(2)そうすると、本願発明1?5は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものである。


5 原査定の理由について

(1)理由Aについて
3(2)に記載のように、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高」いことで、「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層」が存在するものであれば、上記課題を解決できるといえ、Li-Ni複合酸化物粒子粉末の合成時に両性金属を固溶させたものであることを特定しなければ上記課題を解決し得ないとはいえないから、理由Aによっては、本願発明1?5が上記課題を解決することができないものであるとはいえない。

(2)理由Bについて
ア 本願発明1?5においては、最表面における両性金属の濃度は、組成式におけるNiの含有量と「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6」であることとにより特定されており、3(2)に記載のように、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高」いことにより「粒子の最表面に両性金属濃度の高い層」が存在すれば、当該層が「再析出」によるものであるか否か、「粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させ」ているか否か、及び、粒子内部の両性金属の濃度によらず、上記課題を解決できるといえる。
イ また、段落【0051】の「すなわち、水洗処理においてLi-Ni複合酸化物粒子粉末を水に分散させることで溶出する両性金属を、pH制御によって粒子表面に再析出させることで、粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させることが出来る。したがって、本発明における、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)及び粒子の最表面における両性金属の濃度と粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度との関係を満足させるには、例えばスラリーのpHを制御することによって行うことが出来る。」との記載における「したがって」で接続された両文の関係から、「本発明における、粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)及び粒子の最表面における両性金属の濃度と粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度との関係を満足させる」ものは、「粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させ」たものといえる。
したがって、本願発明1?5は、「粒子内の両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を薄く均一に存在させ」たものである。
ウ そうすると、アまたはイの理由により、理由Bによっては、本願発明1?5が上記課題を解決することができないものであるとはいえない。

(3)理由Cについて
ア 段落【0142】の「両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を存在させることで結晶構造が安定する。」との記載からみて、「両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を存在させ」ることにより、結晶性を高くし得ることが認められる。
イ そして、本願発明1?5は、「粒子の最表面における両性金属の濃度とNiの濃度との原子比(Ma/Ni)が2?6であり、且つ粒子の最表面における両性金属の濃度は粒子の最表面から中心方向に向かって50nmの位置における両性金属の濃度よりも高い」ものであって、「両性金属含有量を維持しつつ、粒子表面に両性金属濃度の高い層を存在させ」たものであるから、結晶性が高いものと認められる。
ウ また、段落【0070】?【0072】の記載からみて、必ずしも段落【0072】に記載のように結晶性が高くなくとも、段落【0070】に記載の水酸化リチウムと炭酸リチウムの含量の要件を満たし、段落【0071】に記載のように粒子表面に両性金属濃度の高い層を備えれば、高温充電時のガス発生量が少なく、サイクル特性が改善し、上記課題を解決し得ることが認められるから、結晶性の高さは、上記課題を解決するための必須の要件とまではいえない。
エ したがって、イまたはウに記載の理由により、理由Cによっては、本願発明1?5が上記課題を解決することができないものであるとはいえない。


第6 むすび

以上のとおり、本願発明1?5は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではないから、本願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2020-02-04 
出願番号 特願2016-166876(P2016-166876)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (H01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 青木 千歌子  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 北村 龍平
粟野 正明
発明の名称 Li-Ni複合酸化物粒子粉末及びその製造方法、並びに非水電解質二次電池  
代理人 岡田 数彦  

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