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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B21B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B21B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B21B
管理番号 1359570
異議申立番号 異議2019-700348  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-25 
確定日 2019-12-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6415899号発明「圧延用複合ロールの外層材の製造方法及び圧延用複合ロールの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6415899号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6415899号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6415899号の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成26年8月25日に特許出願され、平成30年10月12日付けでその特許権の設定登録がされ、平成30年10月31日に特許掲載公報が発行された。その後の、本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成31年 4月25日 :特許異議申立人岡林茂(以下、「異議申立 人」という。)による請求項1ないし5に係 る特許に対する特許異議の申立て
令和元年 7月10日付け:取消理由通知
令和元年 8月23日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和元年10月 7日 :異議申立人による意見書の提出

第2.訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。
請求項1に、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/hである焼入処理工程」と記載されているのを、
「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下である焼入処理工程」と訂正する(下線部は訂正箇所を示す。以下、「訂正事項」という。)。
本件訂正請求は、訂正前に引用関係を有する請求項1ないし5に対して請求されたものであるから、本件訂正請求は、一群の請求項〔1-5〕について請求されている。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項は、請求項1に係る発明の「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度」について、「1000℃/h以上3200℃/h以下」という冷却速度の上限値が3200℃であることを明瞭にするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。
また、訂正事項は、明細書の段落【0050】に「そして、さらに、焼入れ時の冷却速度をオーステナイト化温度から700℃までの冷却速度を1000℃/h、以上3200℃/h以下に調整し」と記載されていることから、明細書、特許請求の範囲及び図面に記載された事項の範囲内のものと認められ、新規事項の追加に該当しない。
さらに、訂正事項は、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

よって、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。

第3.訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
圧延用複合ロールの外層材の製造方法であって、
質量%にて、V:5.5%以上10.0%以下を含むハイス系鋳鉄材からなる合金溶湯を、凝固速度を10mm/min以上で遠心力鋳造する鋳込み工程と、
オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下である焼入処理工程と、を含み、
引張り強さが1100MPa以上である、
ことを特徴とする圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項2】
前記外層材は、質量%にて、さらに、C:1.8%以上2.5%以下、Si:0%を越えて1.0%以下、Mn:0%を越えて1.0%以下、Ni:0%を越えて0.5%以下、Cr:3.0%以上8.0%以下、Mo:2.0%以上10.0%以下、W:0%を越えて10%以下、残部Fe及び不可避的不純物を含んでいる、
請求項1に記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項3】
前記外層材は、質量%にて、Nb:0.01%以上1.0%以下及び/又はTi:0.01%以上1.0%以下をさらに含有し、Nb及び/又はTiとVとの合計が5.5%以上10%以下である、
請求項1又は請求項2に記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項4】
前記外層材は、質量%にて、B:0%を越えて0.05%以下を含有する、
請求項1乃至請求項3の何れかに記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の製造方法によって製造された外層材を外層とし、該外層材の内側に内層又は中間層と内層を具える、
圧延用複合ロールの製造方法。」

第4.取消理由通知に記載した取消理由について
1.取消理由通知の概要
訂正前の請求項1ないし5に係る特許に対して、当審が令和元年7月10日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨(特許法第36条第6項第2号)は、次のとおりである。
(1)本件発明1は、「凝固速度を10mm/min以上で遠心力鋳造する」と特定されているが、「凝固速度」に関して、本件特許明細書の段落【0015】に「凝固時に主としてMC型炭化物を構成するが、凝固速度を10mm/min以上」、及び同段落【0043】に「表1中、凝固速度とは、遠心力鋳造時の合金溶湯の冷却速度である。」と記載されているものの、本件特許明細書には凝固速度の定義に関する具体的な説明がなく「凝固速度」とはいかなるものであるか明確でない(以下、「理由1」という。)。

(2)本件発明1は、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/hである焼入処理工程」と特定されているが、「冷却速度」に関して、本件特許明細書の段落【0045】に「得られた圧延用複合ロールの胴部余長部から外層部の供試材を切り出し、ロール本体に実施する熱処理と同等のオーステナイト化熱処理及び、焼入れ、焼戻し熱処理を施した。表1中、外層冷却速度とは、焼入れ時の外層のオーステナイト化温度から700℃までの冷却速度である。なお、このとき、外層の廃棄径付近の冷却速度は400℃/h?700℃/hと推定される。」と記載されているに留まり、冷却速度とはどの部分の冷却速度を意味するかが明確でない(以下、「理由2」という。)。

(3)本件発明1は、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/hである焼入処理工程」と特定されているが、「冷却速度」の数値範囲に関して、「1000℃/h以上3200℃/hである」と記載され、「3200℃/h」が、上限値を示すものであるかどうか明確でない(以下、「理由3」という。)。

(4)本件発明2ないし5は、請求項1を引用する形式で記載されているから、上記(1)ないし(3)と同様の理由で明確でない(以下、「理由4」という。)。

(5)以上のとおり、本件特許の請求項1ないし5についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

2.当審の判断
(1)上記理由1について
「凝固速度」は、単位(mm/min)からも分かるとおり、厚さ(mm)を時間(min)で除したものであり、鋳込まれる外層材の厚さと、凝固に要する時間から算出されることは明らかである。
そして、鋳込み工程は遠心力鋳造により行われており、溶湯は、金型に接する外周から内周に向けて法線方向に凝固が進行し、外層材の凝固は、凝固の最も進行の遅い内周側が凝固温度に達することで完了するから、「凝固速度」とは、所定厚さ(W(mm))の外層材を遠心鋳造により鋳込む際に、合金溶湯を金型に投入してから、外層材の内周が凝固するまでの時間(t(min))を測定したときにW/t(mm/min)として定義されると解される。
また、特許権者が、令和元年8月23日提出の意見書に添付した乙第1号証(特開2014-37557号公報)及び乙第2号証(特開平5-169217号公報)にも、凝固速度の単位に「mm/min」を用いた例が記載されていることからも、単位を「mm/min」とした「凝固速度」は当業者に知られているといい得る。
したがって、本件発明1における「凝固速度」について、その定義は明確である。

(2)上記理由2について
焼入れ処理は、外層表面の耐摩耗性等を向上させるために行われるものであることは明らかである。
また、段落【0037】に「望ましくは、圧延用複合ロールには、焼入処理を施す。このとき、外層材の焼入れ時の冷却速度は、オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度を1000℃/h以上、3200℃/h以下に調整する。」と記載され、段落【0045】に「外層冷却速度とは、焼入れ時の外層のオーステナイト化温度から700℃までの冷却速度である。なお、このとき、外層の廃棄径付近の冷却速度は400℃/h?700℃/hと推定される。」と記載され、さらに、段落【0036】に「鋳造された外層材には、内層又は中間層と内層を鋳込んだり、焼き嵌め等することで圧延用複合ロールが作製される。」と記載されていることから、外層材の冷却速度とは、内層又は中間層と接しない側の部分で、廃棄径よりも外側の部分、すなわち、外層の表面側の冷却速度を意味すると解される。
したがって、本件発明1における「冷却速度」が、外層のどの部分の冷却速度であるか明確である。

(3)上記理由3について
本件訂正請求により、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度」について、「1000℃/h以上3200℃/h以下」という訂正がなされたため、冷却速度の上限値が3200℃であることが明確となった。
したがって、上記理由3は解消した。

(4)上記理由4について
本件発明2ないし5は、本件発明1を引用するものであるが、上記(1)ないし(3)に示したとおり、本件発明1は明確であるから、本件発明1を引用する本件発明2ないし5も明確である。

(5)異議申立人の主張
異議申立人は、令和元年10月7日提出の意見書に甲第11号証(特開2009-166083号公報)を添付するとともに、同意見書4ページ8ないし15行で、複合ロールの外層材のどの部分までが本件発明1で規定する引張り強さが1100MPa以上であるか不明確である旨を主張している。
当該主張は、訂正の請求に付随して生じた事項についてのものではないが、事案に鑑み一応検討すると、本件発明1の発明特定事項は、ロールの外層材に引張り強さが1100MPa以上である部分が含まれていることを意味するものであって、外層材の特定の場所の引張り強さを意味するものではなく、この記載自体が不明確なものであるともいえない。
したがって、異議申立人の当該主張を採用することはできない。

(6)まとめ
以上のとおりであるから、請求項1ないし5に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

第5.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.特許法第29条第2項
(1)申立理由の概要
異議申立人は、証拠として、下記の甲第1ないし10号証を提出して、請求項1ないし5に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、請求項1ないし5に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
甲第1号証:特開平10-8212号公報
甲第2号証:特開平5-320747号公報
甲第3号証:特開平6-330235号公報
甲第4号証:淀川製鋼所ホームページ、[2018年10月10日検索]、インターネット<URL:http://www.yodoko.co.jp/product/roll/steel, html>
甲第5号証:特開2009-221573号公報
甲第6号証:野田俊、鋳物用銑鉄と鋼スクラップの動向及び高純度銑の鋳物品質への影響、鋳造工学、日本鋳造工学会、第79巻(2007)第8号、430ないし434ページ
甲第7号証:東京製鐵株式会社、平成25年度鉄スクラップの高度利用化調査業務報告書、平成26年3月
甲第8号証:秋吉孝則、原材料の規格と分析法、ぶんせき、日本分析化学会、2007 11、569ないし570ページ
甲第9号証:坂本敏正 外4名、鋳物用銑鉄中の微量不純物元素の役割について、鋳物、日本鋳物協会、第53巻 第8号、466ないし471ページ
甲第10号証:岩波理化学辞典 第5版、岩波書店、1388ないし1389ページ

(2)甲第1号証の記載
ア.記載事項(下線は当審で付した。以下、同じ。)
(ア)「【請求項1】
少なくともロールの外殻層が、重量%でC:1.5?3%、Cr:0.5?5%、Mo:0.5?8%、V:1?8%、W:1超?8%、Nb:0.1?5%およびB:0.01?1%を含有する高炭素高速度鋼からなり、その組織中に粒径が15μm以下で、各粒の長径と短径の比が2以下であるMC型炭化物が面積率で5?20%の範囲で存在することを特徴とする熱間圧延用ロール。」

(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、鋼材の熱間圧延に用いられる熱間圧延用ロールに係わり、さらに詳しくは低摩擦性を有し、かつ圧延ロールに起因する鋼材表面におけるスケール疵の発生を抑制することのできる熱間圧延用ロールに関する。」

(ウ)「【0019】V:1?8%
Vは、Cと結合してMC型炭化物を形成して、耐摩耗性、耐事故性改善に役立つ。しかし、1%未満では、耐摩耗性改善効果が少なく、一方8%を超えると炭化物量が増加し、耐熱亀裂性を低下させる。したがって、V含有量は1?8%とした。好ましくは、2?6.5%である。

(エ)「【0035】次に、炭化物の量および大きさは化学成分によりほぼ決まるが、鋳込み後の凝固速度も若干影響を及ぼす。炭化物は、凝固速度が遅いと粗大化し、逆に凝固速度が速くなると微細化する傾向にある。凝固開始から終了までおよそ300?600秒程度の範囲で調整することにより炭化物の生成量等の制御ができる。」

(オ)「【0037】本発明の熱間圧延用ロールは、複合型ロールにする場合は遠心力鋳造法、鋳掛け法などにより製造でき、また一体ロールは静置鋳造法、鍛造法などによって製造することができる。」

(カ)「【0039】
【実施例】表1に示す化学組成の高炭素系高速度鋼を外殻層とし、ダクタイル鋳鉄を内層とした胴部直径750mm、胴長1800mm、全長3800mmの複合ロールを遠心力鋳造法により製造した。外層材の厚さは全て100mmとした。」

(キ)「【0041】
【表1】のNo.1のVの化学組成が6.0重量%、No.4のVの化学組成が5.6重量%、No.8のVの化学組成が6.4重量%、No.9のVの化学組成が5.9重量%であること。」

(ク)「【0042】また、鋳造したロールについて組織調整、残留応力除去および硬度調整のための熱処理を下記の条件で行った。
【0043】焼入れ:1000?1100℃
焼戻し:500?550℃
このようにして得られた各ロールの表層部の一部を切り出し、電解法によりMC型炭化物を抽出して各々の粒の長径と短径の比を光学顕微鏡を用いて測定した。また、切り出した試片のロール表面を研磨して画像処理によりMC型炭化物の面積率を求めた。これらの結果を表2に示す。」

イ.認定事項
(ケ)摘記事項(イ)の「本発明は、鋼材の熱間圧延に用いられる熱間圧延用ロールに係わり」との記載、摘記事項(カ)の「表1に示す化学組成の高炭素系高速度鋼を外殻層とし、ダクタイル鋳鉄を内層とした胴部直径750mm、胴長1800mm、全長3800mmの複合ロールを遠心力鋳造法により製造した。外層材の厚さは全て100mmとした。」との記載、及び、摘記事項(キ)の「Vの化学組成が5.6重量%」並びに「Vの化学組成が6.4重量%」との記載によれば、熱間圧延用の複合ロールの外殻層を構成する外層材は、Vを5.6重量%以上6.4重量%以下含む高炭素系高速度鋼からなることが理解できる。

(コ)摘記事項(エ)の「炭化物は、凝固速度が遅いと粗大化し、逆に凝固速度が速くなると微細化する傾向にある。凝固開始から終了までおよそ300?600秒程度の範囲で調整することにより炭化物の生成量等の制御ができる。」との記載、及び摘記事項(カ)の「複合ロールを遠心力鋳造法により製造した。外層材の厚さは全て100mmとした。」との記載によれば、遠心力鋳造法により製造される複合ロールの100mmの外層材は、300?600秒で凝固すること、すなわち、複合ロールの外層材が、10mm/min以上20mm/min以下の凝固速度で遠心力鋳造されることが理解できる。

(サ)摘記事項(ク)の「鋳造したロールについて組織調整、残留応力除去および硬度調整のための熱処理を下記の条件で行った。」及び「焼入れ」との記載によれば、鋳造したロールを焼入処理されることが理解できる。

ウ.甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の摘記事項(ア)ないし(ク)、認定事項(ケ)ないし(サ)、及び技術常識を勘案すると、甲第1号証には以下の発明が記載されていると認められる。
「熱間圧延用の複合ロールの外殻層を構成する外層材の製造方法であって、
Vを5.6重量%以上6.4重量%以下含む高炭素系高速度鋼からなる合金溶湯を、凝固速度を10mm/min以上20mm/min以下で遠心力鋳造する鋳込み工程と、
焼入処理工程と、を含む
熱間圧延用の複合ロールの外殻層を構成する外層材の製造方法。」(以下「甲第1号証に記載された発明」という。)

(3)本件発明1について
ア.対比
本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、本件発明1と甲第1号証に記載された発明は、以下の点で一致し、かつ相違する。

<一致点>
「圧延用複合ロールの外層材の製造方法であって、
質量%にて、V:5.6%以上6.4%以下を含むハイス系鋳鉄材からなる合金溶湯を、凝固速度を10mm/min以上で遠心力鋳造する鋳込み工程と、
オーステナイト化温度から冷却する焼入処理工程と、を含む、
圧延用複合ロールの外層材の製造方法。」

<相違点>
本件発明1は、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下である焼入処理工程」を含み、「圧延用複合ロールの外層材」の「引張り強さが1100MPa以上である」のに対し、甲第1号証に記載された発明は、オーステナイト化温度から冷却される焼入れ処理工程」を有するものの、オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下であるかどうかが明らかでなく、引張り強さか明らかでない点。

イ.当審の判断
(ア)甲第1号証に記載された発明に甲第2号証に記載された事項を適用する場合について
甲第2号証には、「(3)外表面急加熱:加熱速度600℃以上 において800℃/Hr 最高温度1180℃(4)冷却:冷却速度600℃まで1000℃/Hr」(【0019】なお、(3)は丸付き数字を代替表記したものである。以下、同じ。)と記載されているものの、冷却工程の後に「(5)焼きもどし:550℃×10Hr×3回」(【0019】)という工程を伴うものである。
したがって、甲第1号証に記載された発明に、ロールの熱処理として甲第2号証に記載された事項における「(3)外表面急加熱」の工程と「(4)冷却」の工程のみを適用することができたとしても、「圧延用複合ロールの外層材」の「引張り強さが1100MPa以上」になるかどうかは不明である。
よって、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証に記載された事項を適用できたとしても、相違点に係る本件発明1の発明特定事項を想到することにはならないから、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。

(イ)甲第1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された事項を適用する場合について
甲第3号証には、「(3)次に、各試料を1100℃に加熱し、600℃/Hの冷却速度で焼入れ後、550℃で焼戻し後、硬度を測定した。」(【0016】)と記載されているように、そもそも冷却速度が1000℃/h以上3200℃/h以下である本件発明1とは異なるものである。
したがって、甲第1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された事項を適用することができたとしても、「オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下である焼入処理工程」を含むものとはならない。
よって、甲第1号証に記載された発明に甲第3号証に記載された事項を適用できたとしても、相違点に係る本件発明1の発明特定事項を想到することにはならないから、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。

(ウ)また、甲第4ないし10号証を参照しても、相違点に係る発明特定事項について記載も示唆もない。

(エ)まとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2ないし10号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。

ウ.異議申立人の主張
異議申立人は、相違点に係る発明特定事項は、甲第2または3号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に想到できた旨を主張しているが、上記イ.に説示するとおりであるから、当該主張は採用できない。

(4)本件発明2ないし5について
本件発明2ないし5は、本件発明1を直接的に引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに構成を限定するものであるから、本件発明1と同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2ないし10号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものではない。

2.特許法第36条第6項第1号
(1)異議申立人は、特許異議申立書29ページ2ないし13行において、本件明細書では、凝固速度の定義が不明瞭であって、引張り強さの高い圧延用複合ロールの外層材を製造する方法について、発明の詳細な説明の記載が不足している旨を主張している。
しかしながら、上記第4.2.(1)に説示するとおり、凝固速度の定義は明確であり、本件発明の詳細な説明の記載が不足しているとも解されないから、異議申立人の主張は理由はない。

(2)異議申立人は、令和元年10月7日提出の意見書6ページ2ないし9行で、複合ロールの外層材全体の引張り強さを規定する本件発明1は、本件特許明細書に開示されていない発明である旨を主張している。
しかしながら、上記第4.2.(5)に説示するとおり、本件発明1の「引張り強さが1100MPa以上である」という特定事項は、ロールの外層材に引張り強さが1100MPa以上である部分が含まれていることを意味するものであって、外層材全体の強さを規定するものでないから、異議申立人の主張は理由はない。

3. 特許法第36条第4項第1号
(1)異議申立人は、特許異議申立書30ページ1ないし10行において、本件明細書では、凝固速度は外層のどの部位における速度であるのか何ら記載されておらず、凝固速度の技術的意味が不明であるため、発明の詳細な説明を考慮しても、引張り強さの高い圧延用複合ロールの外層材を製造することができない旨を主張している。
しかしながら、上記第4.2.(1)に説示するとおり、凝固速度の定義は明確であり、その測定方法も通常のものであると解されるから、本件特許明細書の記載から本件圧延用複合ロールの外層材を製造することができないとまではいえない。
よって、異議申立人の主張は理由はない。

第6.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延用複合ロールの外層材の製造方法であって、
質量%にて、V:5.5%以上10.0%以下を含むハイス系鋳鉄材からなる合金溶湯を、凝固速度を10mm/min以上で遠心力鋳造する鋳込み工程と、
オーステナイト化温度から700℃までの冷却速度が、1000℃/h以上3200℃/h以下である焼入処理工程と、を含み、
引張り強さが1100MPa以上である、
ことを特徴とする圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項2】
前記外層材は、質量%にて、さらに、C:1.8%以上2.5%以下、Si:0%を越えて1.0%以下、Mn:0%を越えて1.0%以下、Ni:0%を越えて0.5%以下、Cr:3.0%以上8.0%以下、Mo:2.0%以上10.0%以下、W:0%を越えて10%以下、残部Fe及び不可避的不純物を含んでいる、
請求項1に記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項3】
前記外層材は、質量%にて、Nb:0.01%以上1.0%以下及び/又はTi:0.01%以上1.0%以下をさらに含有し、Nb及び/又はTiとVとの合計が5.5%以上10%以下である、
請求項1又は請求項2に記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項4】
前記外層材は、質量%にて、B:0%を越えて0.05%以下を含有する、
請求項1乃至請求項3の何れかに記載の圧延用複合ロールの外層材の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れかに記載の製造方法によって製造された外層材を外層とし、該外層材の内側に内層又は中間層と内層を具える、
圧延用複合ロールの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-12-12 
出願番号 特願2014-170138(P2014-170138)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B21B)
P 1 651・ 536- YAA (B21B)
P 1 651・ 121- YAA (B21B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 酒井 英夫  
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 中川 隆司
栗田 雅弘
登録日 2018-10-12 
登録番号 特許第6415899号(P6415899)
権利者 株式会社クボタ
発明の名称 圧延用複合ロールの外層材の製造方法及び圧延用複合ロールの製造方法  
代理人 特許業務法人丸山国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 丸山国際特許事務所  

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