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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  A23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A23C
管理番号 1359576
異議申立番号 異議2019-700464  
総通号数 243 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-03-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-06-07 
確定日 2020-01-14 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6438388号発明「飲食品用乳化組成物、飲食品用乳化組成物の製造方法、飲食品及び乳飲料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6438388号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第6438388号の請求項1-9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6438388号の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、2014年3月20日(優先権主張 2013年3月21日 日本国)を国際出願日とする出願であって、平成30年11月22日に特許権の設定登録がされ、同年12月12日にその特許公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は次のとおりである。

令和元年 6月 7日 :特許異議申立人 田中 眞喜子による
特許異議の申立て
令和元年 7月31日付け:取消理由通知書
令和元年10月 4日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和元年11月20日 :特許異議申立人 田中 眞喜子による
意見書の提出


第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
本件訂正請求による訂正事項1の内容は、請求項1にある
「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が73重量%以上である」を、
「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である」に
訂正する(訂正事項1)(下線は、当審にて追加した。以下同様。)というものである。請求項2?9についても同様である。


2.訂正目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否

ア.請求項1に係る「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が73重量%以上である」を、「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である」に変更する訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ.また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、MFFB%については、段落【0016】に、「本発明では、乳成分として、MFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が73重量%以上のものを使用する。
MFFB%(Percentagemoistureonafat-ferrbasis)は、本来はFAO、WHOチーズ一般国際規格1978に定めるチーズの硬度を表す値である。乳製品のMFFB%は、73重量%以上であればよく、74重量%以上が好ましく、76重量%以上がより好ましく、また、97重量%以下が好ましく、95重量%以下がより好ましく、92重量%以下であることがさらに好ましい。この範囲であることにより、飲食品における風味が良好となる。」と記載され、

また段落【0024】に、「また、本発明で用いるフレッシュチーズのMFFB%は、通常70重量%以上が好ましく、73重量%以上がより好ましく、74重量%以上がさらに好ましく、76重量%以上が最も好ましい。MFFB%が上記下限以上であれば、飲食品の風味への影響が少ないため好適である。一方、MFFB%の上限は通常97重量%であり、この上限を上回ると、フレッシュチーズ自体の製造が困難であったり、コストが高くなる傾向にある。」と記載されている。

したがって、乳製品(乳成分)としてMFFB%を76重量%以上とすることが記載されているから、「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である」とする訂正事項1は、願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内においてしたものである。

ウ.さらに、上記ア、イのとおり、訂正事項1は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内においてしたものであるから、「前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である」とする訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。


3.一群の請求項について
訂正事項1に係る訂正前の請求項1?9について、請求項2は、請求項1を、請求項3は、請求項1又は2を、請求項4は、請求項1?3を、請求項5は請求項1?4を、請求項6は、請求項1?5を、請求項7は請求項5を、請求項8は請求項7を、請求項9は請求項5を、それぞれ引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正事項1は、一群の請求項〔1-9〕に対して請求されたものである。


4.小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2頁ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。


第3 訂正後の本件発明

本件訂正請求により訂正された請求項1?9に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項1?9に係る発明をそれぞれ、「本件特許発明1」?「本件特許発明9」といい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)

「【請求項1】
全固形分が55重量%以上68重量%以下の乳製品と乳化剤とを含有する飲食品用乳化組成物であって、
前記乳化剤が脂肪酸エステル類であり、
前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である、
飲食品用乳化組成物。
【請求項2】
前記乳製品は、FDB%((乳脂肪分量)/(全重量-水分量)の百分率)が、74重量%以上である、請求項1に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項3】
前記乳製品が、チーズ、乳、全脂乳、濃縮乳、全脂粉乳、クリーム、バター、バターオイル、バターミルク、バターミルクパウダー、バターセーラム、脱脂乳、脱脂濃縮乳、脱脂粉乳、乳タンパク、パーミエイト、乳糖、及び乳清ミネラルから選ばれる1種以上の乳製品である、請求項1または2に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項4】
前記脂肪酸エステル類を2種以上含む、請求項1?3のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項5】
乳飲料用である、請求項1?4のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物を含む飲食品。
【請求項7】
請求項5に記載の飲食品用乳化組成物を含む乳飲料。
【請求項8】
乳固形分が5.0重量%以上である、請求項7に記載の乳飲料。
【請求項9】
請求項5に記載の飲食品用乳化組成物と飲料のベースとなる液体とを混合して製造される、乳飲料の製造方法。」


第4 取消理由通知に記載した取消理由について

1.取消理由の概要
訂正前の請求項1?9に係る特許に対して、当審が令和1年7月31日付けで通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。

ア.取消理由1(新規性)
請求項1?3、5?8に係る発明は、本件特許出願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された以下の刊行物1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

イ.取消理由2(進歩性)
請求項1?9に係る発明は、本件特許出願の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された以下の刊行物1に記載された発明に基いて、本件特許出願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

刊行物1:特開平10-179026号公報(特許異議申立人 田中 眞喜子が提示した甲第1号証)

なお、上記取消理由は、特許異議申立人が主張する申立理由でもある。


2.刊行物1の記載
当審の取消理由に引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である上記刊行物1には、以下の記載がある。

(1a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 非熟成の冷凍変性させたナチュラルチーズを、水に溶解、乳化し、その後、脂肪球をクラスタリングさせ、二次粒子の体積比率が、全脂肪球の5?90%になるように二次粒子を形成せしめることを特徴とする、O/W乳化組成物の製造方法。
【請求項2】 上記ナチュラルチーズが、乳脂肪分50重量%以上及び蛋白質含量4.0重量%以上の非熟成の高脂肪ナチュラルチーズを冷凍変性させたものであることを特徴とする請求項1記載のO/W乳化組成物の製造方法。
【請求項3】 上記脂肪球をクラスタリングさせる際に、カルシウムを含有する食品素材及び/ 又は食品添加物を添加することを特徴とする請求項1又は2記載のO/W乳化組成物の製造方法。
【請求項4】 上記脂肪球をクラスタリングさせる際に、1段圧力と2段圧力との比率が、2段圧力/1段圧力=0.2?0.9となるように、2段式高圧バルブホモジナイザーで均質化することを特徴とする請求項1又は2記載のO/W乳化組成物の製造方法。
【請求項5】 上記ナチュラルチーズを水に溶解する際に、該ナチュラルチーズに対して、無水物換算で、0.05?4.0重量%の有機酸塩類、リン酸塩類及び無機塩類からなる群より選ばれた1種又は2種以上の塩類を添加することを特徴とする請求項1又は2記載のO/W乳化組成物の製造方法。
【請求項6】 上記ナチュラルチーズを水に溶解する際に、該ナチュラルチーズを物理的に破砕することを特徴とする請求項1又は2記載のO/W乳化組成物の製造方法。
【請求項7】 請求項1?6の何れかに記載のO/W乳化組成物の製造方法によって製造されたことを特徴とするO/W乳化組成物。
【請求項8】 上記ナチュラルチーズを水に溶解、乳化して予備乳化物を形成し、該予備乳化物に、均質化処理、並びに殺菌及び/又は滅菌処理を行って得られたことを特徴とする請求項7記載のO/W乳化組成物。
【請求項9】 上記ナチュラルチーズ及び乳化剤を含む水相、及び油相を形成し、該水相と該油相とを混合、乳化して得られたことを特徴とする請求項7又は8記載のO/W乳化組成物。」

(1b)「【0003】従って、本発明の目的は、深いこく味を有し、加熱殺菌によっても、こく味が劣化や低下することのないO/W乳化組成物を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者等は、鋭意研究した結果、非熟成のナチュラルチーズを冷凍変性させたものを用い、これを水に溶解、乳化し、その後、脂肪球をクラスタリングさせ、二次粒子の体積比率が、特定範囲の比率になるように二次粒子を形成せしめることにより、上記目的を達成し得ることを知見した。」

(1c)「【0007】上記の非熟成のナチュラルチーズとして好ましいものは、乳脂肪分50重量%以上及び蛋白質含量4.0重量%以上の非熟成の高脂肪ナチュラルチーズである。また、このような高脂肪ナチュラルチーズは、通常、水分が40重量%以下の低水分品である。」

(1d)「【0009】ここで、上記の非熟成のナチュラルチーズの具体的な製造方法の一例を、下記≪製造例≫に示す。
≪製造例≫脂肪分3.6重量%、無脂乳固形分8.3重量%の原料生乳をクラリファイヤーにて清浄化後、HIST熱交換殺菌機にて、74?76℃の温度で15秒間殺菌し、55℃に冷却後、続けて遠心分離機で乳脂肪分30重量%のクリームと脱脂乳とに分離する。分離されたクリームは、プレート殺菌機にて再度100℃で3秒間殺菌し、55℃で真空脱気処理後、限外ろ過濃縮装置を用いて乳脂肪分70重量%まで濃縮する。一方、脱脂乳は、超ろ過濃縮装置を用いて、無脂乳固形分13.6重量%まで濃縮する。限外ろ過により濃縮されたクリームと、超ろ過により濃縮された脱脂乳とを、クリーム/脱脂乳=80/20(重量比)の割合で混合し、この混合物を掻き取り式熱交換機を用いて、115℃で2秒間殺菌し、30℃まで冷却する。次に、チーズバット内で、この混合物を22℃において、各種乳酸連鎖菌や各種乳酸かん菌等の培養液からなる1.0重量%のスターター、又は濃縮物100kgに対して0.6gのレンネットを、各々単独で又は双方組み合わせて接種し、均一に混合後、12?16時間静置し凝固させる。凝固物をチーズパット内で攪拌して破砕後、クリーマーで組織を均一なクリーム状とし、75℃に加熱し、圧力175kg/cm^(2)で均質化し、熱い間に充填包装後0?5℃の冷蔵保管庫で一晩保管して、非熟成のナチュラルチーズを得る。
【0010】上記≪製造例≫で得られた非熟成のナチュラルチーズは、乳脂肪分55.8重量%、水分33.3重量%、蛋白質8.0重量%、無脂乳固形分10.9重量%の組成からなり、高脂肪、低水分の組成を有し、生鮮な乳風味を有したものである。
【0011】本発明に使用される上記冷凍ナチュラルチーズは、上述のようにして得られた非熟成のナチュラルチーズを、例えば冷凍庫内で冷凍保存する等により、該チーズの凍結温度(凍結点)以下の温度で冷凍変性させたものである。該チーズの凍結温度は、該チーズの水分含量により異なり、該水分含有量が40重量%程度のものは概ね-7.0?-10.0℃であり、30重量%程度のものは概ね-16.0?-18.0℃である。
【0012】本発明においては、上記の非熟成のナチュラルチーズの冷凍変性により、該チーズ中の蛋白質は、水和していた水の一部又は大部分を失い脱水され、その結果、分子内架橋結合が切断されて高次構造が変化し、ポリペプチド鎖の疎水性官能基が分子表面に露出して遊離状態になる為、解凍後に分子間架橋結合を生成しやすい状態にあると考えられる。これにより、得られるO/W乳化組成物における脂肪球がクラスタリングを起こすものと考えられる。」

(1e)「【0022】本発明においては、上記の脂肪球のクラスタリングを加速する一手段として、下記のカルシウムを含有する食品素材及び/又は食品添加物を添加する方法が好ましく用いられる。この方法を用いることにより、得られるO/W乳化組成物のカルシウムイオン濃度が上昇し、これにより、脂肪球がクラスタリングを起こし、二次粒子の形成速度を制御することができる。」

(1f)「【0025】このようなカルシウムを含有する食品素材の例としては、例えば、牛乳、クリーム、脱脂乳、脱脂粉乳、ホエイパウダー、バターミルクパウダー等の乳製品や、生乳から分離した乳清ミネラル、ミルクカルシウム等が例示される。また、上記のカルシウムを含有する食品添加物の例としては、例えば、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、クエン酸カルシウム、乳酸カルシウム等が例示される。」

(1g)「【0034】本発明の製造方法により得られたO/W乳化組成物は、長期間保存しても風味の劣化が生じにくい、乳飲料並びに、パン、洋菓子素材用の乳等を主要原料とする食品等に広く用いることができる。」

(1h)「【0036】≪実施例1≫ 73.42重量%の温水(60℃)に、トリポリリン酸Naを0.05重量%(対冷凍ナチュラルチーズ0.25重量%)を溶解後、乳化剤としてショ糖脂肪酸エステル(HLB16)を0.03重量%を均一に分散して分散液とした。次に、前記《製造例》に従って製造した非熟成のナチュラルチーズを用い、これを-18℃にて60日間冷凍保存品して冷凍変性させた、乳脂肪分55.8%、無脂乳固形分10.9%の冷凍ナチュラルチーズ20.0重量%を上記分散液に投入し、60℃まで加温した後、30分間混合攪拌して該冷凍ナチュラルチーズを溶解、乳化した。その後、更に、6.50重量%の砂糖を溶解後、予備乳化物を得た。次に、この予備乳化物を60℃の温度で、20kgf/cm^(2)の圧力で予備均質化し、直ちに130℃にて3秒間のUHT処理を行い、60℃の温度で1段100-2段90kgf/cm^(2)の圧力(2段/1段比0.90)で再度均質化し、10℃に冷却後、無菌充填機にて充填し、5℃の冷蔵庫中で24時間エージングして、O/W乳化組成物を得た。得られたO/W乳化組成物は、二次粒子の体積比率が全脂肪球の58.4%、粘度が20cps/5.0℃、乳脂肪分11.2重量%、無脂乳固形分2.2重量%の乳飲料であり、乳風味は、牛乳に酷似した、良好で深いこく味を有していた。(下記〔表1〕参照)
・・・
【0041】
【表1】



(1i)「【0045】≪実施例5≫ 43.3重量%の温水(60℃)に、ヘキサメタリン酸Naを0.40重量%(対冷凍ナチュラルチーズ1.14重量%)を溶解後、乳化剤としてショ糖脂肪酸エステル(HLB11)0.20重量%及びポリグリセリンモノステアレート(HLB13.4)0.10重量%を均一に分散して分散液とした。次に、実施例1で用いたものと同一の乳脂肪分55.8重量%、無脂乳固形分10.9重量%の冷凍ナチュラルチーズ(-18℃にて60日間冷凍保存品)35.0重量%を上記分散液に投入し、60℃まで加温し、10分間混合攪拌した後、大平洋機工(株)製スパイラルピンミキサー(SPM-15W型)を用いて、60℃にて30分間循環粉砕溶解した。その後、更に、21.0重量%の脱塩ホエイパウダーを溶解して、予備乳化物を得た。次に、この予備乳化物を60℃の温度で20kgf/cm^(2)の圧力で予備均質化し、直ちに130℃にて3秒間のUHT処理を行い、60℃の温度で、1段150-2段120kgf/cm^(2)の圧力(2段/1段比=0.80)で再度均質化し、10℃に冷却後、無菌充填機にて充填し、5℃の冷蔵庫中で24時間エージングして、O/W乳化組成物を得た。得られたO/W乳化組成物は、二次粒子の体積比率が全脂肪球の55.6%、粘度が170cps/5.0℃、乳脂肪分19.5重量%、無脂乳固形分24.8重量%の合成濃縮乳状組成物で、3倍濃縮乳と同等の組成を持ち、還元した後の乳風味は、牛乳に酷似した、良好で深いこく味を有しており、飲料として、また、調理、製菓、製パン用に牛乳代替品として使用し得るものであった。(下記〔表3〕参照)
・・・
【0050】
【表3】



(1j)「【0054】≪実施例9≫ 上昇融点36℃のナタネ硬化油30.7重量%、パーム核油11.0重量%を溶融混合し、これにソルビタンモノステアレート0.2重量%を溶解し、60℃まで加温して、油相を調製した。これとは別に、43.4重量%の温水(60℃)に、ヘキサメタリン酸Na0.10重量%及びリン酸三Na0.20重量%を溶解後、ショ糖脂肪酸エステル(HLB11)0.30重量%及びポリグリセリンモノオレート(HLB13)0.20重量%を均一に分散して分散液とした。その後、実施例1で用いたものと同一の乳脂肪分55.8重量%、無脂乳固形分10.9重量%の冷凍ナチュラルチーズ(-18℃にて60日間冷凍保存品)0.0重量%を上記分散液に投入し、60℃まで加温し、10分間混合攪拌した後、大平洋機工(株)製スパイラルピンミキサー(SPM-15W型) を用いて、60℃にて30分間循環、粉砕溶解した。次いで、3.9重量%の脱脂粉乳を溶解後、混合攪拌して、水相を調製した。上記水相と、上記油相とを、30分間混合攪拌して予備乳化物を得た。次に、この予備乳化物を60℃の温度で50kgf/cm^(2)の圧力で予備均質化し、直ちに130℃にて3秒間のUHT処理を行い、60℃の温度で1段100-2段80kgf/cm^(2)の圧力(2段/1段比=0.80)で再度均質化し、10℃に冷却後、無菌充填機にて充填し、5℃の冷蔵庫中で24時間エージングして、O/W乳化組成物を得た。得られたO/W乳化組成物は、二次粒子の体積比率が全脂肪球の54.1%、粘度が60cps/5.0℃で、乳脂肪分3.3重量%、無脂乳固形分4.9重量%の気泡性乳化脂(いわゆるホイップクリーム)であった。このO/W乳化組成物100重量部に、砂糖10重量部を添加して、縦型ミキサーにてホイップさせたところ、オーバーラン115%で、キメ、保形性(15℃、24時間後)とも良好であった。また、このO/W乳化組成物(気泡性乳化脂)は、生乳様の深く、濃厚なこく味を有していた。(下記〔表5〕参照)
・・・



(1k)「【0063】
【発明の効果】本発明の製造方法によれば、深いこく味を有し、加熱殺菌によっても、こく味が劣化や低下することのないO/W乳化組成物を得ることができる。」


3.刊行物1に記載された発明
刊行物1には、実施例1として、温水73.42重量%にトリポリリン酸Na0.05重量%を溶解後、乳化剤としてのショ糖脂肪酸エステル(HLB16)0.03重量%を均一に分散して得られた分散液に対して、所定の製造方法で得られた、乳脂肪分55.8重量%、水分33.3重量%、蛋白質8.0%、無脂乳固形分10.9重量%の組成を有する非熟成のナチュラルチーズ(摘記(1b)の段落【0009】、【0010】)を-18℃にて60日間冷凍保存して冷凍変性させたものを、投入して溶解、乳化した後、予備均質化、UHT処理、再均質化及びエージングを経て、二次粒子の体積比率が全脂肪球の58.4%のO/W乳化組成物を得ることが記載されている(摘記(1h)の段落【0036】)。

したがって、刊行物1には実施例に係る発明として、「乳脂肪分55.8重量%、水分33.3重量%、蛋白質8.0%、無脂乳固形分10.9重量%の組成を有する非熟成のナチュラルチーズを-18℃にて60日間冷凍保存して冷凍変性させたものを、温水73.42重量%にトリポリリン酸Na0.05重量%を溶解後、乳化剤としてのショ糖脂肪酸エステル(HLB16)0.03重量%を均一に分散して得られた分散液に対して添加する工程を経て得られた二次粒子の体積比率が全脂肪球の58.4%のO/W乳化組成物」(以下、「引用発明1」という。)が記載されている。


4.当審の判断
(1)対比・判断
ア.本件特許発明1について
(ア)対比
本件特許発明1と引用発明1とを対比する。
引用発明1の、「非熟成のナチュラルチーズを」「冷凍変性させたもの」は、本件特許発明1の「乳製品」に該当する。また、引用発明1の「乳化剤としてのショ糖脂肪酸エステル(HLB16)」は、本件特許発明1の「乳化剤が脂肪酸エステル類」であることに該当する。また、引用発明1の、「O/W乳化組成物」は、本件特許発明1の「乳化組成物」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と引用発明1とは、「乳製品と乳化剤とを含有する乳化組成物」である点において一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
乳製品について、本件特許発明1では、「全固形分が55重量%以上68重量%以下」であるとされているのに対して、引用発明1では、冷凍変性させたナチュラルチーズの全固形分について明らかではない点

<相違点2>
乳化組成物の用途について、本件特許発明1では、「飲食品用」であるとされているのに対して、引用発明1では、用途について明確に特定されていない点

<相違点3>
乳製品について、本件特許発明1では、「MFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である」とされているのに対して、引用発明1では、MFFB%について明らかではない点

(イ)判断
a.相違点3について
(a)引用発明1の「乳脂肪分55.8重量%、水分33.3重量%、蛋白質8.0%、無脂乳固形分10.9重量%の組成を有する非熟成のナチュラルチーズを-18℃にて60日間冷凍保存して冷凍変性させたもの」について、冷凍変性前の乳脂肪分、水分量から計算すると、冷凍前のMFFB(%)は75.3%であり、本件特許発明1に規定される範囲を外れた値となっている。

(b)加えて、冷凍変性処理前後における非熟成ナチュラルチーズの水分量の変化について、摘記(1d)の段落【0012】には、冷凍変性によって、チーズ中の蛋白質の水和水の一部又は大部分が脱水され、高次構造が変化し、ポリペプチド鎖の疎水性官能基が分子表面に露出し、分子間架橋結合を生成しやすい状態になるため脂肪球がクラスタリングを起こすと考えられる旨記載されていているところ、当該記載に基づけば、水和水の一部又は大部分が脱水された場合には、水分量が冷凍変性前よりも低くなるといえるから、冷凍変性後の非熟成のナチュラルチーズのMFFB(%)は、75.3%よりも低くなっていると考えられる。

(c)本件特許発明1(あるいは本件特許発明)は、本件特許明細書の段落【0001】や【0007】の記載から、特定の乳製品と乳化剤とを組み合わせることにより、フレッシュチーズなどの乳製品を用いて製造しても、乳化安定性が良好でありながら、優れた風香味を有しており、長期間保存しても当該効果が持続可能な飲食品を提供するとされ、特定の乳製品が有すべき特性としてMFFB(%)が76%以上であるとされている。そして、MFFB%の値を大きくするには、水分量の多い乳製品を用いる必要があるといえる。

(d)これに対して引用発明1は、摘記(1b)及び(1k)からすると、非熟成のナチュラルチーズを冷凍変性させたものを水に溶解、乳化し、その後、脂肪球をクラスタリングさせ、二次粒子の体積比率が、特定範囲の比率になるように二次粒子を形成せしめることにより、深いこく味を有し、加熱殺菌によっても、こく味が劣化や低下することのないO/W乳化組成物を得るという、本件特許発明とは異なった技術思想に基づくものである。そして非熟成のナチュラルチーズを冷凍変性させ、脱水することによって、脂肪球がクラスタリングしやすくなるとされているから、引用発明1ではナチュラルチーズ中の水分を低減させることが好ましいといえる。

(e)したがって、本件特許発明1と引用発明1は、水分量の調整の方向性が逆となっているから、引用発明1において、水分量を増加させることを阻害する要因が存在するものといえる。

(f)さらに刊行物1には、用いられる非熟成のナチュラルチーズについての一般的記載として、摘記(1c)に、本件特許発明に好ましく用いられる高脂肪ナチュラルチーズは、通常水分が40重量%以下の低水分品であるとの記載が存在するものの、当該記載は、冷凍変性前の非熟成ナチュラルチーズに関するものであり、冷凍変性処理後のナチュラルチーズの水分量は減少しているものと認められるし、そもそも本件特許発明1(あるいは本件特許発明)のように、76%以上のMFFB%を有する特定の乳製品を用いることによって、乳化安定性が良好でありながら、優れた風香味を有しており、長期間保存しても当該効果が持続可能な飲食品を提供することができることは、刊行物1には何ら記載も示唆もされていないし、そのことが本件特許出願前に当業者に周知の技術的事項であったともいえない。

(g)以上のことから、引用発明1に対して相違点3に係る技術的事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たものではない。

b.小括
引用発明1に対して相違点3に係る技術的事項を採用することが、当業者が容易に想到し得たものではない以上、その余の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、刊行物1に記載された発明ではなく、また刊行物1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。


イ.本件特許発明2?9について
本件特許発明2?9はいずれも、本件特許発明1の全ての発明特定事項を含むものであるところ、上記ア.で述べたとおり、本件特許発明1が、刊行物1記載に記載された発明ではなく、また刊行物1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない以上、本件特許発明2?9も、刊行物1に記載された発明ではなく、また刊行物1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない


ウ.特許異議申立人の意見について

(ア)特許異議申立人は、令和元年11月20日に提出された意見書において、新規性について、特許権者の主張する差違は、微差であり、この程度の水分量の増加は製造上の誤差範囲であるから、刊行物1には、MFFB%が76重量%以上の非熟成ナチュラルチーズについても実質的に開示されていると主張している。

しかしながら、上記ア.(イ)a.(b)で述べたとおり、引用発明1の非熟成ナチュラルチーズは、冷凍変性処理を経ることによって、脱水されているものであるから、乳化組成物を得るために用いられている冷凍変性された非熟成のナチュラルチーズのMFFB%は、75.6重量%より低くなっていることが明らかであるから、異議申立人の上記主張は受け入れられない。

(イ)また異議申立人は同意見書において、進歩性について、引用発明1は、その製造例に限定されるものではなく、水分量を変更することも適宜なし得たことであると主張する。
しかしながら、上記ア.(イ)a.の(b)?(e)で述べたとおり、引用発明1において用いられている非熟成のナチュラルチーズは、冷凍変性によって脱水され、その水分量が75.6重量%より低くなっていることが明らかであるうえに、引用発明1の背後にある技術思想は、冷凍変性により非熟成のナチュラルチーズ中の水分量を低減することによって脂肪球のクラスタリングを引き起こすことにあるから、非熟成のナチュラルチーズ中の水分量を低減させる方向に変更することはあったとしても、水分量を増加させる方向の変更を加えることについては阻害する要因が存在するものといえる。
したがって、異議申立人の上記主張は受け入れられない。

(ウ)さらに異議申立人は同意見書において、実施例1-9(MFFB%が85重量%)、1-10(MFFB%が80重量%)、1-13(MFFB%が80重量%)及びこれに対応する実施例2-9、2-10,2-13の風味スコアは、MFFB%が73重量%である実施例1-2及びこれに対応する実施例2-2の風味スコアよりも低く、総合評価スコアにおいても、いずれも劣っていた旨の結果が示されているから、本件特許発明の効果が格別顕著なものであるともいえない旨主張する。
しかしながら、上記ア.(イ)で本件特許発明1について、また上記イ.で本件特許発明2?9について述べたとおり、引用発明1において、MFFB%を76重量%以上にすることは当業者が容易に想到し得たものではない以上、本件特許発明の効果について検討するまでもなく、その進歩性を否定することはできない。
したがって、異議申立人の上記主張は受け入れられない。


第5 むすび

以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。

また、他に本件請求項1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全固形分が55重量%以上68重量%以下の乳製品と乳化剤とを含有する飲食品用乳化組成物であって、
前記乳化剤が脂肪酸エステル類であり、
前記乳製品はMFFB%((水分量)/(全重量-乳脂肪分量)の百分率)が76重量%以上である、
飲食品用乳化組成物。
【請求項2】
前記乳製品は、FDB%((乳脂肪分量)/(全重量-水分量)の百分率)が、74重量%以上である、請求項1に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項3】
前記乳製品が、チーズ、乳、全脂乳、濃縮乳、全脂粉乳、クリーム、バター、バターオイル、バターミルク、バターミルクパウダー、バターセーラム、脱脂乳、脱脂濃縮乳、脱脂粉乳、乳タンパク、パーミエイト、乳糖、及び乳清ミネラルから選ばれる1種以上の乳製品である、請求項1または2に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項4】
前記脂肪酸エステル類を2種以上含む、請求項1?3のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項5】
乳飲料用である、請求項1?4のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項に記載の飲食品用乳化組成物を含む飲食品。
【請求項7】
請求項5に記載の飲食品用乳化組成物を含む乳飲料。
【請求項8】
乳固形分が5.0重量%以上である、請求項7に記載の乳飲料。
【請求項9】
請求項5に記載の飲食品用乳化組成物と飲料のベースとなる液体とを混合して製造される、乳飲料の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-12-25 
出願番号 特願2015-506865(P2015-506865)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A23C)
P 1 651・ 113- YAA (A23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉森 晃松岡 徹  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 中島 芳人
冨永 保
登録日 2018-11-22 
登録番号 特許第6438388号(P6438388)
権利者 三菱ケミカルフーズ株式会社
発明の名称 飲食品用乳化組成物、飲食品用乳化組成物の製造方法、飲食品及び乳飲料  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  

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