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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  G05B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G05B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G05B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G05B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G05B
管理番号 1360491
異議申立番号 異議2019-700568  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-04-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-07-22 
確定日 2020-02-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6457432号発明「揺動切削を行う工作機械のサーボ制御装置、制御方法及びコンピュータプログラム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6457432号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕、8、9について訂正することを認める。 特許第6457432号の請求項1?9に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第6457432号の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成28年5月16日に出願され、平成30年12月28日にその特許権の設定登録がされ、平成31年1月23日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対して1件の特許異議の申立てがあり、次のとおりに手続が行われた。
令和1年 7月22日 :特許異議申立人 永井 道雄(以下、「特許異議申立人」という。)による請求項1?9に係る特許に対する特許異議の申立て
同年 9月18日付け:取消理由通知書
同年11月19日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和2年 1月10日 :特許異議申立人による意見書の提出

2.訂正の適否についての判断
(1)訂正の内容
令和1年11月19日の訂正請求による訂正事項は、以下のとおりである。
ア.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「計算した前記揺動振幅に基づいた指令経路を記憶する位置指令記憶部と、」及び「前記位置指令記憶部は、少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶し、」とあるのを、
前者の記載を「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する位置指令記憶部と、」に訂正し、後者の記載を削除する。

訂正前の請求項1?7は、請求項2?7が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を直接又は間接的に引用する関係にあるから一群の請求項であるところ、本件訂正の訂正事項1は、一群の請求項1?7について請求されたものである。

イ.訂正事項2
特許請求の範囲の請求項8に
「計算した前記揺動振幅に基づいた指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶ステップと、」及び「前記位置指令記憶ステップでは、少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶し、」とあるのを、
前者の記載を「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶ステップと、」に訂正し、後者の記載を削除する。

ウ.訂正事項3
特許請求の範囲の請求項9に
「計算した前記揺動振幅に基づいた指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶手順と、」及び「前記位置指令記憶手順では、少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶し、」とあるのを、
前者の記載を「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶手順と、」に訂正し、後者の記載を削除する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア.訂正事項1について
訂正事項1の「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する位置指令記憶部と、」に変更する訂正は、位置指令記憶部について、指令経路の記載を1箇所にまとめると共に「揺動方向において」という記載を付加することでどの方向の指令経路を記憶するかを明確にする訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
次に、願書に添付した明細書の段落【0030】、【0031】、【0042】、図3の記載から、後退量に対応する揺動振幅よりも揺動方向に長い過去の指令経路を記憶して、その指令経路に沿うように後退動作を行うことがわかる。したがって、「揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する」という事項は、明細書の記載から自明な事項であり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないものと認められる。

イ.訂正事項2について
訂正事項2の「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶ステップと、」に変更する訂正は、位置指令記憶部について、指令経路の記載を1箇所にまとめると共に「揺動方向において」という記載を付加することでどの方向の指令経路を記憶するかを明確にする訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
次に、願書に添付した明細書の段落【0030】、【0031】、【0042】、図3の記載から、後退量に対応する揺動振幅よりも揺動方向に長い過去の指令経路を記憶して、その指令経路に沿うように後退動作を行うことがわかる。したがって、「揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する」という事項は、明細書の記載から自明な事項であり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないものと認められる。

ウ.訂正事項3について
訂正事項3の「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶手順と、」に変更する訂正は、位置指令記憶部について、指令経路の記載を1箇所にまとめると共に「揺動方向において」という記載を付加することでどの方向の指令経路を記憶するかを明確にする訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
次に、願書に添付した明細書の段落【0030】、【0031】、【0042】、図3の記載から、後退量に対応する揺動振幅よりも揺動方向に長い過去の指令経路を記憶して、その指令経路に沿うように後退動作を行うことがわかる。したがって、「揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する」という事項は、明細書の記載から自明な事項であり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないものと認められる。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕、8、9について訂正することを認める。

3.訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正後の請求項1ないし9に係る発明(以下「本件発明1ないし9」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置であって、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得部と、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得部と、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、に基づいて揺動振幅を計算する揺動振幅計算部と、
取得した前記回転速度に基づいて、揺動周波数を計算する揺動周波数計算部と、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、に基づいて、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算部と、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する位置指令記憶部と、
記憶した前記指令経路に基づいて、前記揺動指令を補正する揺動指令補正部と、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動部と、
を備え、
前記揺動指令補正部は,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正する制御装置。
【請求項2】
前記揺動振幅計算部は、取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度とに基づいて前記切削工具または前記ワークの1回転当たりの移動量を求め、求めた移動量を第1の定数倍することにより前記揺動振幅を計算する請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記揺動周波数計算部は、取得した前記回転速度を第2の定数倍することにより前記揺動周波数を計算する請求項1または2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記第1の定数は、外部の上位装置が提供し、提供された前記第1の定数を使用する請求項2記載の制御装置。
【請求項5】
前記第2の定数は、外部の上位装置が提供し、提供された前記第2の定数を使用する請求項3記載の制御装置。
【請求項6】
前記揺動指令計算部は、上位の制御装置からの信号に基づき、前記揺動指令の計算を開始、または中断、または終了する請求項1から5のいずれか1項に記載の制御装置。
【請求項7】
前記揺動指令補正部は、上位の制御装置からの信号に基づき、前記揺動指令の補正を開始、または中断、または終了する請求項1から6のいずれか1項に記載の制御装置。
【請求項8】
複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御方法であって、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得ステップと、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得ステップと、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、から揺動振幅を計算する揺動振幅計算ステップと、
取得した前記回転速度から、揺動周波数を計算する揺動周波数計算ステップと、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、から、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算ステップと、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶ステップと、
記憶した前記指令経路に基づき、前記揺動指令を補正する揺動指令補正ステップと、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動ステップと、
を含み、
前記揺動指令補正ステップでは,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正する制御方法。
【請求項9】
コンピュータを、複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置として動作させるコンピュータプログラムであって、前記コンピュータに、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得手順と、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得手順と、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、から揺動振幅を計算する揺動振幅計算手順と、
取得した前記回転速度から、揺動周波数を計算する揺動周波数計算手順と、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、から、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算手順と、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶手順と、
記憶した前記指令経路に基づき、前記揺動指令を補正する揺動指令補正手順と、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動手順と、
を実行させ、
前記揺動指令補正手順では,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正するコンピュータプログラム。」

4.取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし9に係る特許に対して、当審が令和1年9月18日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)請求項1ないし9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)請求項1ないし9に係る発明は、明確でなく、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

5.当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
ア.特許法第36条第6項第1号について
令和1年11月19日の訂正請求により、本件発明1の位置指令記憶部が記憶する指令経路について、「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路」と訂正され、位置指令記憶部がどの方向の指令経路を記憶するかが特定された。そして、揺動方向において揺動振幅よりも長い指令経路を記憶することにより、記憶した指令経路に沿った工具の揺動が可能となることから、本件特許明細書の段落【0008】に記載された「指令経路に沿った揺動動作を工作装置に実行させることが可能な工作装置の制御装置を提供すること」という課題を解決し得ることとなると認められる。
本件発明8及び9についても同様である。

したがって、本件発明1、8、9及び本件発明1を直接・間接に引用する本件発明2ないし7は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、特許法第36条第6項第1号の要件を満たす。

イ.特許法第36条第6項第2号について
令和1年11月19日の訂正請求により、本件発明1の位置指令記憶部が記憶する指令経路について、「計算した前揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路」であることが明確になり、位置指令記憶部がどの方向の指令経路を記憶するかが特定されたため、本件発明1は不明確ではなくなった。
本件発明8及び9についても同様である。

したがって、本件発明1、8、9及び本件発明1を直接・間接に引用する本件発明2ないし7は、不明確とはいえないから、特許法第36条第6項第2号の要件を満たす。

ウ.特許異議申立人の意見について
(ア)特許異議申立人は、サポート要件に関し、令和2年1月10日付け意見書(以下、「意見書」という。)において、本件発明の「移動位置を指定するのは位置指令であって、揺動指令ではないと理解できる。つまり、揺動指令は単なる揺動振幅成分の指令であり、ワークに対する工具の移動位置(指令経路)の指定は位置指令である。したがって、揺動振幅は揺動指令によって制御され、指令経路に沿った移動位置は位置指令によって制御されることになるから、特許権者の主張するような指令経路から外れない揺動動作を、位置指令とは異なる揺動指令によってどのように実現するかについては本件特許明細書に開示はなく、当業者も理解できない。」(第4頁第20?27行)旨主張するとともに、
「仮に、特許権者が本件意見書で主張するように揺動動作が所定の後退量と所定の前進量との差の進行量だけ移動する動作を繰り返した場合、揺動指令に揺動振幅と進行量(移動位置)の両方の成分を含むことになる。そうすると、揺動指令による移動量(進行量)が、位置指令による移動量に加算されて指令経路を構成することになる。このとき、指令経路をどのようにして記憶するかは、段落[0042]に記載の通り、「位置指令を複数個記憶し、それによって、いわば、「指令経路」を記憶する」ことしか本件特許明細書には記載がないから、揺動動作によって移動する進行量を記憶する方法の記載がない。すなわち、正確な指令経路をどのように記憶するかについて当業者は理解できない。なお、正確な指令経路を記憶するためには、位置指令による移動量に加えて揺動指令による進行量を含めた経路を記憶しないといけないことになる。」(第5頁第5?15行)旨主張し、
「以上述べた通り、揺動指令と移動位置との関係が上記dで述べた関係であっても、上記eで述べた関係であっても、揺動方向において揺動振幅より長い指令経路を記憶したからといって、揺動指令を補正することによって指令経路に沿った揺動動作をどのように実現するかについて本件特許明細書に開示はなく、当業者も理解できない。」(第5頁第17?21行)旨主張している。

上記請求人の主張について検討する。
本件特許明細書の段落【0042】には、「位置指令記憶部103は、揺動指令計算部102が求めた振幅と、位置指令とに基づいて、位置指令を記憶する。ここで、位置指令記憶部103は、少なくとも、揺動振幅より長い経路に渡って、前記位置指令を記憶する。これによって、位置指令記憶部103は、位置指令を複数個記憶し、それによって、いわば『指令経路』を記憶することになる。」と記載され、段落【0045】には、「切削工具が、左側の指令経路Fから、右側の指令経路Fに順次移動していき、回転するワークの表面を徐々に加工していく。」と記載され、段落【0046】には、「指令経路Fに、既存の制御装置において利用される揺動指令Gが加わることによって、切削工具は、工具経路Hの上を辿ることになる(図3参照)。この揺動指令Gは、指令経路を考慮せず、その時点の位置指令に基づき計算した揺動指令Gであり、図1A、図1Bで説明したように、例えば加工方向Bに沿った揺動指令である。これに対して、本実施形態においては、記憶されている指令経路を考慮して揺動を補正することによって、過去の指令経路の上に沿うように揺動指令を補正することができる。」と記載されている。
これらの記載から、切削工具が左側の指令経路Fから右側の指令経路Fに順次移動して、回転するワークの表面を徐々に加工する際に、位置指令に基づき計算した揺動指令Gを、揺動振幅より長い経路に渡って記憶した指令経路を考慮して揺動を補正することで、過去の指令経路の上に沿うように揺動指令を補正して工具経路Hを定めていることが分かる。
したがって、指令経路を揺動振幅より長い経路に渡って記憶しておくことで過去の指令経路の上に沿うように揺動指令を補正することができ、指令経路から外れない揺動動作を実現可能であると考えられるから、上記特許異議申立人の主張は採用できない。
なお、上記段落【0042】及び【0045】の記載及び本件特許明細書の第3図に左下から右上に向かう直線状の「F:指令経路」という記載から、指令経路とは揺動指令による進行量を含まない経路であると解するのが妥当であり、特許異議申立人のいう揺動指令を加えた経路は工具経路と解される。そして、指令経路を記憶すれば指令経路から外れない揺動動作が可能であるのは上記のとおりである。したがって、特許異議申立人の上記「揺動指令による進行量を含めた経路を記憶しないといけないことになる」という主張は、特許異議申立人独自の見解による主張であるため、採用できない。

(イ)特許異議申立人は、サポート要件に関し、意見書において、「揺動方向と指令経路の関係が図3以外の関係にある場合に、どのようにして発明の課題が解決できるのか開示がない。」(第5頁第27?28行)旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0046】に「本実施形態において、記憶されている指令経路を考慮して揺動を補正することによって、過去に指令経路の上に沿うように揺動指令を補正することができる。図3においては、この補正後の揺動指令Jが示されている。」との記載から、揺動方向は、過去の指令経路の上に沿うような方向であれば良いことが理解できるから(上記(ア)も参照)、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(ウ)特許異議申立人は、サポート要件に関し、意見書において、「なぜ指令経路に沿った揺動動作を確実に実行できるようになるのか不明である。」(第6頁第11?12行)、「指令経路に沿った揺動動作にどのようにして補正するか開示されておらず、当業者にも理解できない。」(第6頁第18?19行)、「したがって、本件訂正発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものではなく、依然としてサポート要件違反の取消理由を解消できていない。」(第6頁第20?22行)旨主張している。
しかしながら、上記(ア)で検討したように、本件特許明細書の段落【0042】、【0045】及び【0046】等の記載から、位置指令に基づき計算した揺動指令Gを、揺動振幅より長い経路に渡って記憶した指令経路を考慮して揺動を補正することで、過去の指令経路の上に沿うように揺動指令を補正し、本件特許明細書の段落【0008】の「指令経路に沿った揺動動作を工作装置に実行させることが可能な工作装置の制御装置を提供すること」という課題を解決可能であることが理解できるから、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(エ)特許異議申立人は、明確性要件に関し、意見書において、「どの部分の経路を記憶すれば発明の課題を解決できるのかも明確ではない。」(第7頁第1?2行)旨主張している。
しかしながら、本件発明1には、「揺動方向において、少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する」と記載されているところ、指令経路は、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているように位置指令を複数個記憶したものであるから、この指令経路を揺動方向において少なくとも揺動振幅より長い指令経路分記憶することで指令経路に沿った揺動動作を確実に実行するという課題を解決していることがわかるから、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(オ)特許異議申立人は、明確性要件に関し、意見書において、「揺動方向として図3に開示されている指令経路とは略垂直の方向に揺動動作を行う場合以外の方向も含むものとなっているため揺動方向が不明確である。」(第7頁第22?24行)旨主張している。
しかしながら、上記(イ)で検討したように、揺動方向は、過去の指令経路の上に沿うような方向であれば良いことがわかるから、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(カ)特許異議申立人は、訂正に関し、意見書において、「本件訂正発明1はサポート要件違反及び明確性要件違反の取消理由を解消できていないので、訂正事項1によって記載を明瞭化できているとは言えない。」(第8頁下から1行?第9頁第2行)旨主張している。
しかしながら、上記ア.及びイ.で検討したように、本件訂正によりサポート要件違反及び明確性要件違反の取消理由を解消し、特許異議申立人がその他主張する点も上記(ア)?(オ)のとおり理由がないから、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(キ)特許異議申立人は、訂正に関し、意見書において、「『前進量』及び『後退量』との記載から『指令経路』に対して前進及び後退動作をさせるという意味であることなど当業者は認識できない。そのような揺動動作について図面にも明示されているものではないから尚更である。」(意見書第9頁第16?17行)旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の第3図には、「J:補正後の揺動指令」として、指令経路を始点として、右下から左上に向かう矢印が開示されているから、揺動動作は図面に明示されていると解される。したがって、上記特許異議申立人の主張は採用できない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
ア.特許法第29条第1項第3号について
(ア)引用文献の記載
特許異議申立書に添付された甲第1号証(国際公開第2016/031897号)には、図面とともに、以下の事項が記載されている。(なお、下線部は理解の便のため当審で付与した。)

a.「[0001] 本発明は、切削加工時の切屑を順次分断しながらワークの加工を行う工作機械及びこの工作機械の制御装置に関する。」

b.「[0003] この工作機械は、前記ワークの加工の際、前記反復的移動としての往復振動における往動時の切削加工部分と復動時の切削加工部分とが重複するため、切削工具は、復動時に、往動時切削済みの部分では、切削する部分が存在しないため、実際の切削を行うことなく移動のみを行う空振り動作となる。これにより切削加工時にワークから生じる切屑を、前記空振り動作によって順次分断しながら、ワークの加工を円滑に行うことができる。」

c.「[0008] 本請求項1に係る発明は、ワークを保持するワーク保持手段と、前記ワークを切削加工する切削工具を保持する刃物台と、前記ワーク保持手段と前記刃物台との相対移動によってワークに対して切削工具を所定の加工送り方向に送り動作させる送り手段と、互いに異なる第1速度と第2速度での前記加工送り方向に沿った前記相対移動を繰り返して前記ワーク保持手段と刃物台とを相対的に反復的移動させる反復的移動手段と、前記ワークと切削工具とを相対的に回転させる回転手段とを備え、前記ワークと前記切削工具との相対回転と、前記ワークに対する前記切削工具の前記反復的移動を伴う送り動作とによって、前記ワークの加工を実行する工作機械であって、前記反復的移動手段を、前記ワークと前記切削工具との相対的な複数回転に対して前記切削工具が1回反復的移動し、1反復的移動の前記第1速度での相対移動時の前記相対回転の回転角度に対して前記第2速度での相対移動時の前記相対回転の回転角度が小さくなるように反復的移動させる構成としたことにより、前述した課題を解決するものである。」

d.「[0017] 図1は、本発明の実施例の制御装置Cを備えた工作機械100の概略を示す図である。
工作機械100は、主軸110と、切削工具台130Aとを備えている。
主軸110の先端にはチャック120が設けられている。
チャック120を介して主軸110にワークWが保持され、主軸110は、ワークを保持するワーク保持手段として構成されている。
主軸110は、図示しない主軸モータの動力によって回転駆動されるように主軸台110Aに支持されている。
前記主軸モータとして主軸台110A内において、主軸台110Aと主軸110との間に形成される従来公知のビルトインモータ等が考えられる。」

e.「[0021] 切削工具台130Aには、ワークWを旋削加工するバイト等の切削工具130が装着されている。
切削工具台130Aは、切削工具130を保持する刃物台を構成している。
切削工具台130Aは、工作機械100のベッド側に、X軸方向送り機構150及び図示しないY軸方向送り機構によって、前記Z軸方向に直交するX軸方向と、前記Z軸方向及びX軸方向に直交するY軸方向とに移動自在に設けられている。
X軸方向送り機構150とY軸方向送り機構とによって、切削工具台130Aを主軸110に対して前記X軸方向及びY軸方向に移動させる刃物台移動機構が構成されている。」

f.「[0026]前記刃物台移動機構(X軸方向送り機構150とY軸方向送り機構)と前記主軸移動機構(Z軸方向送り機構160)とが協動し、X軸方向送り機構150とY軸方向送り機構によるX軸方向とY軸方向への切削工具台130Aの移動と、Z軸方向送り機構160による主軸台110A(主軸110)のZ軸方向への移動によって、切削工具台130Aに装着されている切削工具130は、ワークWに対して相対的に任意の加工送り方向に送られる。」

g.「[0030] なお、本実施形態においては、X軸方向送り機構150、Y軸方向送り機構、Z軸方向送り機構160は、リニアサーボモータによって駆動されるように構成されているが、従来公知のボールネジとサーボモータとによる駆動等とすることもできる。
[0031] 本実施形態においては、ワークWと切削工具130とを相対的に回転させる回転手段が、前記ビルトインモータ等の前記主軸モータによって構成され、ワークWと切削工具130との相対回転は、主軸110の回転駆動によって行われる。
本実施例では、切削工具130に対してワークWを回転させる構成としたが、ワークWに対して切削工具130を回転させる構成としてもよい。
この場合、切削工具130としてドリル等の回転工具が考えられる。
主軸110の回転、Z軸方向送り機構160、X軸方向送り機構150、Y軸方向送り機構は、制御装置Cが有する制御部C1によって駆動制御される。
制御部C1は、各送り機構を反復的移動手段として、各々対応する移動方向に沿って第1速度での相対移動およびこの第1速度での相対移動と異なり第1速度より遅い第2速度での相対移動を繰り返して主軸110と切削工具130とを相対的に反復的移動の一例として往復振動させながら、主軸台110A又は切削工具台130Aを各々の方向に移動させるように制御するように予め設定されている。
[0032] 各送り機構は、制御部C1の制御により、図3に示すように、主軸110又は切削工具台130Aを、1回の往復振動において、第1速度での相対移動として所定の前進量だけ前進(往動)移動してから第1速度での相対移動時と方向が逆向きで第2速度での相対移動として所定の後退量だけ後退(復動)移動し、その差の進行量だけ各移動方向に移動させ、協動してワークWに対して前記切削工具130を前記加工送り方向に送る。
[0033] 工作機械100は、Z軸方向送り機構160、X軸方向送り機構150、Y軸方向送り機構により、図4Aに示すように、切削工具130が前記加工送り方向に沿って1往復振動したときの前記進行量の、主軸1回転分当たりの量、すなわち、主軸位相0度から360度まで変化したとき当たりの量を送り量として、加工送り方向に送られることによって、ワークWの加工を行う。
本実施例の制御部C1は、1振動の往動時の主軸110の回転角度に対して復動時の主軸110の回転角度が小さくなるように、前記送り手段を制御する。
[0034] ワークWが回転した状態で、主軸台110A(主軸110)又は切削工具台130A(切削工具130)が、図4Aに示す往復振動波形で往復振動しながら移動し、切削工具130によって、ワークWを所定の形状に外形切削加工する場合、ワークWは、図4Bに示すように、1回転毎にa、bの軌跡に沿って切削される。
図4Aに示されるように、ワークWの1回転当たりの主軸台110A(主軸110)又は切削工具台130Aの振動数Nが、0.5回(振動数N=0.5)を例に説明する。
[0035] 図4Aに示すように、主軸110(ワークW)の2回転に対して切削工具130が1回往復振動する関係で、ワークWの加工を実行するように、制御部C1が前記送り手段の制御を行う。
本実施例では、制御部C1は、1振動の往動時の主軸110の回転角度に対して復動時の主軸110の回転角度が小さくなるように、切削工具130が、主軸110の1回転目から2回転目の途中まで540度の回転角度分往動し、前記2回転目で往動から復動へ切り替わり、主軸110の180度の回転角度分復動し、該2回転目の終了時点で、往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが接して重複するように、制御を行う。
[0036] 往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが接することによって、1振動において切削工具130の往動時の切削加工部分に、復動時の切削加工部分が理論上「点」として含まれ、復動中に切削工具130がワークWから離れる空振り動作が「点」で生じることにより、切削加工時にワークWから生じる切屑は、前記空振り動作(往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが接する点)によって順次分断される。
工作機械100は、切削工具130の切削送り方向に沿った往復振動によって切屑を分断しながら、ワークWの外形切削加工を円滑に行うことができる。
[0037] 図4A、図4Bに示す往復振動波形のように、主軸1回転目の移動軌跡aと2回転目の移動軌跡bとの交差点CTで往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが接し、前記空振り動作が「点」で生じ、切屑が分断されて切粉が発生する。
[0038] 図4A、図4Bに示す往復振動の振幅の設定について説明すると、先ず、ワークWに対する切削工具130の予め設定された前記送り量によって、主軸1回転目のときの切削工具130の移動軌跡aの始点と、前記複数回転のうちの最後の1回転(この例では主軸2回転目)のときの切削工具130の移動軌跡bの終点とが決まる。
次に、主軸110の複数回転に対して切削工具130が1回振動するこの複数回転のうちの最後の1回転(この例では主軸2回転目)の180度の位置で往動から復動に切り替える場合に、切削工具130の往動時速度と復動時速度との方向が互いに逆向きで絶対値が同じ速度となるように、言い換えると、移動軌跡bの往動時と復動時の軌跡が二等辺三角形の左右の斜辺を形成するように加工送り方向における1往復振動の復動時の移動量である振幅量が計算されて設定される。
振幅量が計算されると、切削工具130の移動軌跡aと切削工具130の移動軌跡bとが決まる。
[0039] 図4A、図4Bは、主軸110の回転制御等の基準として予め定められている主軸原点(主軸110の0度の位置)を基準角度位置とし、前記主軸原点から切削工具130が切削加工を開始する例を示している。
切削工具130は、主軸原点(0度)から往復振動を開始し、主軸110が主軸原点から1回転する期間に亘って往動した後、次の主軸原点から1回転する間に往動から復動に切り替わり、この1回転の終了時点、つまり主軸110が次に主軸原点に到達した時点で、復動時の切削加工部分が、往動時の切削加工部分に到達して接して1振動が完了し、主軸原点から次の往復振動を開始する。
その結果、切削工具130が、空振り動作の発生時点から必要以上に復動が継続する状態が抑制され、加工効率を向上させることができる。」

h.「[0041] なお図4A、図4Bに示されるように、基準角度位置で往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが接して重複する場合、実際の切削加工においては、往動時の切削加工部分と、復動時の切削加工部分とが十分に接しないケースが発生し得る。
そこで、図4C、図4Dに示されるように、主軸110が基準角度位置に到達する前の予め定められた回転角度位置に交差点CTが位置するように、所定の重複タイミング調整角度を設定して切削工具130を往復振動させることもできる。
例えば、図4Cに示されるように、振幅量を変更する他、図4Dに示すように、1往復振動の振幅量を変えずに、往動から復動に切り替わるときの主軸位相を、主軸2回転目の範囲内で小さくする(図4Dにおいて左へずらす)ことで、所定の重複タイミング調整角度が設定される。」

i.「[0043] 1往復振動の振幅量を変えずに、往動から復動に切り替わるときの主軸位相の変更は、1往復振動の主軸回転量と復動時の主軸回転量との比率の変更として、図4Aのように振幅量を設定し、主軸110の複数回転に対して切削工具130が1回振動するこの複数回転のうちの最後の1回転(この例では主軸2回転目)の0度?180度の位置で往動から復動に切り替える場合、振幅量を変化させずに、復動時の主軸回転量を0.5?1.0(180度?360度)の範囲で変更することができる。
つまり復動時の主軸回転量を大きくするにしたがって、切削工具130の移動軌跡bの頂点が図4Dにおける左側へ移動して、復動時の切削加工部分と、往動時の切削加工部分とを重複させることができる。
このとき、切削工具130の移動軌跡bの終点の位置はそのままで、切削工具130の移動軌跡aの傾きが大きくなり、切削工具130の移動軌跡bの頂点より右側(復動軌跡)の傾きが小さくなるため、移動軌跡bの前記頂点と終点との間に交差点CTが位置することとなる。
なお上記切削工具130をワークWに対して、前記加工送り方向に沿って相対的に往復振動しながら加工送り方向に送る振動切削加工の開始を、加工プログラムにおいてG△△△ P2の命令で指令するように制御部C1を構成する場合、G△△△ P2の命令に続くEの値(引数E)で、制御部C1に対して設定される振動数の値を1往復振動時の主軸110の回転数によって設定することができ、さらにRの値(引数R)で制御部C1に対して設定される復動時の主軸回転量の値を各々指定させることができる。」

j.「[0045] 本実施例では、振動数Nは、主軸110(ワークW)の1回転で1回より少ない振動(0<振動数N<1.0)を行うように設定される。
工作機械100において、制御部C1による動作指令は、所定の指令周期で行われる。
主軸台110A(主軸110)又は切削工具台130A(切削工具130)の往復振動は、前記指令周期に基づく所定の周波数で動作が可能となる。
前記指令周期は前記基準周期に基づいて定まり、一般的には前記基準周期の整数倍となる。
前記指令周期の値に応じた周波数で往復振動を実行させることが可能となる。
[0046] 主軸台110A(主軸110)又は切削工具台130A(切削工具130)の往復振動の周波数(振動周波数)f(Hz)は、上記周波数から選択される値に定まる。
主軸台110A(主軸110)又は切削工具台130A(切削工具130)を往復振動させる場合、主軸110の回転数をS(r/min)とすると、振動数Nは、N=f×60/Sと定まる。
回転数Sと振動数Nとは、振動周波数fを定数として反比例する。
主軸110は、振動周波数fを高くとるほど、また、振動数Nを小さくするほど高速回転することができ、振動数N<1.0とする場合に、制御装置Cによる往復振動の制御によって切削効率を低下させることなく主軸110を高速回転させることが可能となる。
[0047] このようにして得られた本発明の実施例である工作機械100及びこの工作機械100の制御装置Cは、前記反復的移動手段を、主軸110の複数回転に対して切削工具130が1回振動し、1振動の往動時の主軸110の回転角度に対して復動時の主軸110の回転角度が小さくなるように振動させる構成としたことにより、主軸110の複数回転に対して切削工具が1回振動するような往復振動でワークWの加工を行う場合に、加工効率の低下を抑制することができる。
さらに、前記復動による切削加工部分と、前記往動による切削加工部分とが交差する主軸110の回転角度位置に基づき基準角度位置を設定し、前記反復的移動手段を、前記基準角度位置から所定回数の主軸110の回転に亘る往動後、前記基準角度位置から1回転で、往動から復動に切り替えるとともに、前記復動による切削加工部分を、前記往動による切削加工部分に到達させて1振動を完了させる構成としたことにより、切削中の無駄を最小として加工効率をより向上させることができる。」

k.


l.

m.



n.上記g.段落[0038]及び図4Aの記載から、主軸110が2回転する間に、切削工具130は1回振動していることがわかる。

o.引用発明
上記a.ないしn.から、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明)という。)が記載されていると認められる。

「X軸方向送り機構150、Y軸方向送り機構、及びZ軸方向送り機構160を備え、X軸方向送り機構150とY軸方向送り機構とZ軸方向送り機構160とが協動して、ワークWを切削加工する工作機械を制御する制御装置であって、
切削工具130がサーボモータによって駆動され、前記加工送り方向に沿って1往復振動したときの前記進行量の、主軸1回転分当たりの量、すなわち、主軸位相0度から360度まで変化したとき当たりの量を送り量として、加工送り方向に送られることによって、ワークWの加工を行い、
主軸110は、主軸モータの動力によって回転駆動され、
ワークWに対する切削工具130の予め設定された前記送り量によって、主軸1回転目のときの切削工具130の移動軌跡aの始点と、2回転のうちの最後の2回転目のときの切削工具130の移動軌跡bの終点とを決め、移動軌跡bの往動時と復動時の軌跡が二等辺三角形の左右の斜辺を形成するように加工送り方向における1往復振動の復動時の移動量である振幅量が計算され、
制御部C1に対して設定される振動数の値を1往復振動時の主軸110の回転数によって設定することができ、
切削工具130は、主軸原点(0度)から往復振動を開始し、主軸110が主軸原点から1回転する期間に亘って往動した後、次の主軸原点から1回転する間に往動から復動に切り替わり、この1回転の終了時点で、復動時の切削加工部分が、往動時の切削加工部分に到達して接して1振動が完了することで、切削加工時の切屑を順次分断することができる制御装置。」

(イ)対比、判断
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「X軸方向送り機構150、Y軸方向送り機構、及びZ軸方向送り機構160を備え、X軸方向送り機構150とY軸方向送り機構とZ軸方向送り機構160とが協動して、ワークWを切削加工する工作機械を制御する制御装置」は、本件発明1の「複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置」に相当する。
甲1発明の「切削工具130がサーボモータによって駆動され、前記加工送り方向に沿って1往復振動したときの前記進行量の、主軸1回転分当たりの量、すなわち、主軸位相0度から360度まで変化したとき当たりの量を送り量として、加工送り方向に送られることによって、ワークWの加工」を「制御装置」が行うことは、実質的に切削工具130を駆動するサーボモータに位置指令を送ることとなるから、本件発明1の「切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令を取得する」ことに相当する。
甲1発明の「主軸110は、主軸モータの動力によって回転駆動され」ることは、主軸110の回転速度がどの程度かが分かるから、本件発明1の「回転する前記ワークの回転速度、を取得する」ことに相当する。
甲1発明の「ワークWに対する切削工具130の予め設定された前記送り量によって、主軸1回転目のときの切削工具130の移動軌跡aの始点と、2回転のうちの最後の2回転目のときの切削工具130の移動軌跡bの終点とを決め、移動軌跡bの往動時と復動時の軌跡が二等辺三角形の左右の斜辺を形成するように加工送り方向における1往復振動の復動時の移動量である振幅量が計算され」ることは、予め設定された送り量と回転速度から振幅量が計算されているから、本件発明1の「取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、に基づいて揺動振幅を計算する」ことに相当する。
甲1発明の「制御部C1に対して設定される振動数の値を1往復振動時の主軸110の回転数によって設定すること」は、本件発明1の「取得した前記回転速度に基づいて、揺動周波数を計算する」ことに相当する。
甲1発明の「切削工具130は、主軸原点(0度)から往復振動を開始し、主軸110が主軸原点から1回転する期間に亘って往動した後、次の主軸原点から1回転する間に往動から復動に切り替わり、この1回転の終了時点で、復動時の切削加工部分が、往動時の切削加工部分に到達して接して1振動が完了することで、切削加工時の切屑を順次分断すること」ことは、ワークが2回転する間に、切削工具130を1振動させるという指令を出すことで切屑を分断しているから、本件発明1の「計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、に基づいて、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する」ことに相当する。
また、甲1発明の「制御装置」は、上記の相当関係から、本件発明1の「位置指令取得部」、「回転速度取得部」、「揺動振幅計算部」、「揺動周波数計算部」、「揺動指令計算部」のそれぞれの機能を有していることがわかる。

したがって、本件発明1と甲1発明とは以下の一致点及び相違点を有する。

(一致点)
「複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置であって、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得部と、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得部と、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、に基づいて揺動振幅を計算する揺動振幅計算部と、
取得した前記回転速度に基づいて、揺動周波数を計算する揺動周波数計算部と、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、に基づいて、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算部と、
を備える制御装置。」

(相違点)
本件発明1では、「計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する位置指令記憶部と、記憶した前記指令経路に基づいて、前記揺動指令を補正する揺動指令補正部と、取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動部と、を備え、前記揺動指令補正部は,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正する」のに対し、甲1発明の制御装置は、本件発明1のような位置指令記憶部、揺動指令補正部を有していない点。

上記のとおり、本件発明1と甲1発明とは上記相違点を有するから、本件発明1は特許法第29条第1項第3号及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

本件発明2及び3は、本件発明1を直接又は間接的に引用しているから、上記と同様の理由により、第29条第1項第3号及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

本件発明8及び9は、それぞれ、本件発明1の制御装置を、制御方法、コンピュータプログラムに変更した発明であり、本件発明1と甲1発明とを対比した場合と同様の一致点及び相違点を有するから、上記と同様の理由により、第29条第1項第3号及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

イ.特許法第29条第2項について
上記ア.で検討したように、本件発明1と甲1発明とは、上記の相違点を有する。そして、甲第2ないし8号証には上記相違点に係る構成は記載されておらず、上記相違点に係る構成が技術常識や設計事項とも言えないから、本件発明1は特許法第29条第2項及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

本件発明2ないし7は、本件発明1を直接又は間接的に引用しているから、上記と同様の理由により、第29条第2項及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

本件発明8及び9は、それぞれ、本件発明1の制御装置を、制御方法、コンピュータプログラムに変更した発明であり、上記と同様の理由により、第29条第2項及び同法第113条第2号により取り消されるべきものであるという特許異議申立人の主張は採用できない。

ウ.特許法第36条第4項第1号について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1に記載の「前記位置指令記憶部は、少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶し、前記揺動指令補正部は,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正」することで、本件特許明細書の段落【0008】に記載された課題を解決し得るような具体的な条件を決定することができないから、特許を受けようとする発明が実施不可能である旨を主張する。
しかしながら、令和1年11月19日付けの訂正請求により、本件発明1は「計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する」ものとなったから、揺動方向において揺動振幅より長い指令経路を記憶することで、揺動させる際に、過去の指令経路に沿った揺動動作が可能となり、相対的な移動速度や、補間方式、振動条件等の具体的な条件にかかわらず、本件特許明細書の段落【0008】に記載された「指令経路に沿った揺動動作を工作装置に実行させることが可能な工作装置の制御装置を提供すること」が可能であると認識できる。
本件発明8及び9についても同様である。
したがって、本件発明1、8、9及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし7は実施可能であり、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第4項第1号の要件を満たすから、上記特許異議申立人の主張は、採用することができない。

6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置であって、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得部と、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得部と、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、に基づいて揺動振幅を計算する揺動振幅計算部と、
取得した前記回転速度に基づいて、揺動周波数を計算する揺動周波数計算部と、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、に基づいて、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算部と、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を記憶する位置指令記憶部と、
記憶した前記指令経路に基づいて、前記揺動指令を補正する揺動指令補正部と、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動部と、
を備え、
前記揺動指令補正部は,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正する制御装置。
【請求項2】
前記揺動振幅計算部は、取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度とに基づいて前記切削工具または前記ワークの1回転当たりの移動量を求め、求めた移動量を第1の定数倍することにより前記揺動振幅を計算する請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記揺動周波数計算部は、取得した前記回転速度を第2の定数倍することにより前記揺動周波数を計算する請求項1または2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記第1の定数は、外部の上位装置が提供し、提供された前記第1の定数を使用する請求項2記載の制御装置。
【請求項5】
前記第2の定数は、外部の上位装置が提供し、提供された前記第2の定数を使用する請求項3記載の制御装置。
【請求項6】
前記揺動指令計算部は、上位の制御装置からの信号に基づき、前記揺動指令の計算を開始、または中断、または終了する請求項1から5のいずれか1項に記載の制御装置。
【請求項7】
前記揺動指令補正部は、上位の制御装置からの信号に基づき、前記揺動指令の補正を開始、または中断、または終了する請求項1から6のいずれか1項に記載の制御装置。
【請求項8】
複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御方法であって、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得ステップと、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得ステップと、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、から揺動振幅を計算する揺動振幅計算ステップと、
取得した前記回転速度から、揺動周波数を計算する揺動周波数計算ステップと、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、から、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算ステップと、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶ステップと、
記憶した前記指令経路に基づき、前記揺動指令を補正する揺動指令補正ステップと、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動ステップと、
を含み、
前記揺動指令補正ステップでは,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正する制御方法。
【請求項9】
コンピュータを、複数の制御軸を備え、前記制御軸を協調動作させて加工対象であるワークを切削加工する工作機械を制御する制御装置として動作させるコンピュータプログラムであって、前記コンピュータに、
切削工具を駆動するサーボモータに対する位置指令または前記ワークを駆動するサーボモータに対する位置指令、を取得する位置指令取得手順と、
回転する前記切削工具または回転する前記ワークの回転速度、を取得する回転速度取得手順と、
取得した前記位置指令と、取得した前記回転速度と、から揺動振幅を計算する揺動振幅計算手順と、
取得した前記回転速度から、揺動周波数を計算する揺動周波数計算手順と、
計算した前記揺動振幅と、計算した前記揺動周波数と、から、切削の際に発生した切屑を細断するために、前記切削工具が進行する加工経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるための揺動指令を計算する揺動指令計算手順と、
計算した前記揺動振幅に基づいて、揺動方向において少なくとも前記揺動振幅より長い指令経路を所定の位置指令記憶部に記憶する位置指令記憶手順と、
記憶した前記指令経路に基づき、前記揺動指令を補正する揺動指令補正手順と、
取得した前記位置指令と、補正された前記揺動指令と、に基づいて前記サーボモータを駆動するための駆動信号を求め、前記駆動信号を出力する駆動手順と、
を実行させ、
前記揺動指令補正手順では,前記記憶した指令経路に沿って、前記切削工具と前記ワークとを相対的に揺動させるように、前記揺動指令を補正するコンピュータプログラム。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-01-29 
出願番号 特願2016-97892(P2016-97892)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (G05B)
P 1 651・ 537- YAA (G05B)
P 1 651・ 853- YAA (G05B)
P 1 651・ 536- YAA (G05B)
P 1 651・ 113- YAA (G05B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 臼井 卓巳  
特許庁審判長 見目 省二
特許庁審判官 小川 悟史
栗田 雅弘
登録日 2018-12-28 
登録番号 特許第6457432号(P6457432)
権利者 ファナック株式会社
発明の名称 揺動切削を行う工作機械のサーボ制御装置、制御方法及びコンピュータプログラム  
代理人 芝 哲央  
代理人 星野 寛明  
代理人 星野 寛明  
代理人 芝 哲央  
代理人 正林 真之  
代理人 正林 真之  

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