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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20189244 審決 特許
異議2021700519 審決 特許
異議2017700219 審決 特許
異議2019700446 審決 特許
不服201913877 審決 特許

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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12N
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
管理番号 1360498
異議申立番号 異議2019-700917  
総通号数 244 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-04-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-18 
確定日 2020-03-02 
異議申立件数
事件の表示 特許第6531335号発明「血管内皮細胞の誘導方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6531335号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6531335号の請求項1?10に係る特許についての出願は、平成28年7月14日に特許出願され(優先権主張 平成27年7月17日)、令和元年5月31日にその特許権の設定登録がされ、同年6月19日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和元年11月18日に特許異議申立人石井敬子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。


第2 本件発明
特許第6531335号の請求項1?10に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明2」等という。また、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。)、請求項1は次のとおりのものである。

「【請求項1】
次の(i)から(iii)の工程を含む多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造する方法であって、
(i)多能性幹細胞を、第一のマトリックスでコーティングされた培養器材上にて、BMPを含む培養液中で培養し、中胚葉前駆細胞を製造する工程、
(ii)(i)で得られた中胚葉前駆細胞を単細胞に解離させる工程、および
(iii)(ii)で得られた細胞を、ラミニン-411またはその断片、ラミニン-511またはその断片、Matrigel、IV型コラーゲン、およびフィブロネクチンから成る群より選択される第二のマトリックスでコーティングされた培養器上にて、VEGFを含む培養液中で培養する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記(iii)の第二のマトリックスが、ラミニン-411の断片である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ラミニン-411の断片が、ラミニン-411 E8である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記(i)の第一のマトリックスが、Matrigelまたはラミニン-511もしくはその断片である、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ラミニン-511の断片が、ラミニン-511 E8である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記BMPが、BMP4である、請求項1?5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記(i)の培養液が、さらにGSK3β阻害剤およびVEGFを含む、請求項1?6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記GSK3β阻害剤が、CHIR99021である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記工程(i)が2日間または3日間行われる、請求項1?8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記工程(iii)が4日間行われる、請求項1?9のいずれか一項に記載の方法。」


第3 申立理由の概要及び証拠
異議申立人が申し立てた理由の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1 申立理由の概要
(1)申立理由1(特許法第29条第1項第3号)
本件特許発明1、4及び6は、甲第1号証記載の発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであり、同法第113条第2号の規定に基づき取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(特許法第29条第2項)
本件特許発明2?5、7?10は、甲第1?4号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定に基づき取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(特許法第36条第4項第1号)
特許第6531335号の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?10を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、本件特許発明1?10は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定に基づき取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(特許法第36条第6項第1号)
本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を、本件特許発明1?10の範囲まで拡張ないし一般化することができないから、本件特許発明1?10は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定に基づき取り消されるべきものである。

2 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2014/192925号
甲第2号証:特開2015-129110号公報
甲第3号証:国際公開第2014/103534号
甲第4号証:Sturgeon C. et al., Nat. Biotechnol., 2014, vol.32.p.554-561 及び Online Methods


第4 証拠の記載事項(下線は当審にて付した。)
1 甲第1号証(以下、「甲1」という。)の記載事項
甲1は、発明の名称を「効率的な内皮細胞の誘導方法」とする国際出願の国際公開であり、以下の記載がある。

(1)「[0005] 本発明の目的は、効率的な内皮細胞の製造方法を提供することにある。より具体的には、多能性幹細胞から内皮細胞への分化誘導工程において、特定の培養条件を用いること、あるいは新たな工程を付加することにより、内皮細胞を効率よく製造する方法を提供することにある。
[0006] 本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、cAMPやVEGF等を特定の濃度で特定の時期に投与した場合に、効率的かつ高収量で内皮細胞を分化誘導し得ることを初めて見出した。また、本発明者らは、多能性幹細胞から内皮細胞への分化誘導工程の途中段階において特定の細胞を純化する工程を含むことにより、効率的かつ高収量で内皮細胞を分化誘導し得ることを初めて見出した。本発明はそのような知見を基にして完成されたものである。」

(2)「[0044] まず、工程a)について説明する。
工程a)では多能性幹細胞に対して分化刺激を与えて多能性幹細胞から内皮細胞前駆細胞を20%以上含む細胞集団を形成させる。ここで、内皮細胞前駆細胞の割合は全細胞数の20%以上であれば特に上限はないが、通常は約20?40%である。
[0045] 「内皮細胞前駆細胞」は、中胚葉を構成しうる細胞群であり、発生の過程で体腔およびそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓・血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管や脾臓、腎臓および尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)をつくる能力を有する細胞群が挙げられる。例えば、T(Brachyuryと同義)、VEGF receptor-2(KDR)(Hypertension. 2002 Jun;39(6):1095-100.)、FOXF1、FLK1、BMP4、MOX1およびSDF1のようなマーカーの発現により内皮細胞前駆細胞の存在が確認できる。好ましくは、内皮細胞前駆細胞はKDRを発現する細胞である。
KDR等のマーカーの発現は、例えば、マーカーを特異的に認識する抗体を用いて確認することができる。しかしながら、本発明の方法においては、工程b)の開始前に一定以上の内皮細胞前駆細胞が存在していればよく、マーカーの発現量を確認するステップは不要である。
[0046] 多能性幹細胞に分化刺激を与える方法としては特に限定はされないが、内皮細胞への分化誘導因子を添加する方法があげられ、そのような因子としては、例えば、Activin A、BMP、bFGF、Wnt(特にWnt3a)などのタンパク質やWnt活性化剤(CHIRとかBioなど)などが例示される。
一方、Embrioid body (胚様体)を形成させることにより、外因性の因子を加えなくても内皮細胞前駆細胞に分化しうるため、必ずしも外因性の分化誘導因子を添加する必要はなく、多能性幹細胞を上記のような浮遊培養に供することで分化刺激を与える態様も工程a)には含まれる。
[0047] 多能性幹細胞から内皮前駆細胞への分化誘導方法としてより具体的には、例えば、以下の工程(i)および(ii)を含む方法が例示される。
(i) 多能性幹細胞をActivin Aを含む培地中で培養する工程、
(ii)工程(i )で得られた細胞をBMPおよびbFGFを含む培地中で培養する工程」

(3)「[0067]実施例6:効率的な内皮細胞への分化誘導法
実施例2?5において明らかとなった、それぞれのパラメータの最適な条件を組み合わせて内皮細胞への分化誘導実験を行った。
すなわち、分化誘導プロトコールは下記のとおりである。
継代培養したヒトiPS細胞を、Versene (Invitrogen)を用いて37℃で3-5分間インキュベートすることにより、ヒトiPS細胞を培養皿から剥離した。Verseneを吸引した後、MEF-CMにてピペッティングし、single cellにて回収した後、遠心分離して細胞数をカウントした。マトリゲルでコーティングした培養皿上に6,000 ?9,000 細胞/cm^(2)の密度で4 ng/mL bFGF添加MEF-CMを培地として播種した。3日間の培養の後、マトリゲルでコーティング (1/60希釈)添加MEF-CMに培地を換えてさらに1日間培養し、マトリゲルで細胞上層を覆った(マトリゲルサンドイッチ)。
得られたマトリゲル被覆細胞を用いて、下記の手順により内皮細胞へ分化誘導させた。
(d0-d1)培地を、125ng/mL Activin A (ActA; R&D Systems)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)に交換し、18時間培養した。
(d1-d4)洗浄後、培地を、10 ng/mL human Bone morphogenetic protein 4 (BMP4; R&D)、10 ng/mL hbFGF、Matrigel (1/60希釈)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)に交換し、3日間培養した。
(d4-d7)洗浄後、培地を、1.0mM 8-bromo cAMP(cAMP)、100ng/ml 血管内皮細胞成長因子(VEGF; WAKO)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)に交換し、3日間培養した。
(d7-d9)さらに洗浄後、培地を、100ng/ml 血管内皮細胞成長因子(VEGF; WAKO)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)に交換し、2日間培養した。
その後、分化誘導の9日目(D9)に、フローサイトメトリーにより、血管内皮カドヘリン陽性細胞(VECad陽性細胞)を内皮細胞として回収し、細胞数を測定した。
その結果、VECad陽性細胞数/全細胞数(%)は、56.2±12.5%であり、VECad陽性細胞数は、1.66±0.70×10^(5)であった。」

(4)「[0068]実施例7:直接的純化法と間接的純化法との比較
次に、内皮細胞を誘導するに当たり、内皮細胞前駆細胞を純化したのちに培養することの効果を調べた。
すなわち、内皮細胞への分化誘導法において、工程(6)終了後の9日目(d9)において内皮細胞を直接純化する方法(以下、直接的純化法ともいう)と、工程(5)の途中の6日目(d6)にVEGF receptor-2(KDR)陽性細胞を純化する工程を入れた場合(以下、間接的純化法ともいう)とで、回収内皮細胞の収量と純度を比較するために、下記の実験を行った。
まず、直接的純化法によるサンプルを得るために、実施例1の内皮細胞分化誘導法に基づいて9日目(d9)まで培養し、蛍光活性化セルソーター(FACS) にて、VECad、CD31二重陽性細胞を純化し回収した。総細胞数を計測し、フローサイトメトリーにてVEcad、CD31二重陽性細胞の割合を測定することで回収内皮細胞の収量と純度を測定した。
一方、間接的純化法によるサンプルを得るために、実施例6の内皮細胞分化誘導法に基づいて6日目(d6)まで培養し、KDR陽性細胞を純化し回収した。回収されたKDR陽性細胞は、マトリゲルでコーティングした培養皿上に10,000 細胞/cm^(2)の密度で1.0mM cAMP、100ng/ml VEGF、10 μmol/L Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤 (Y-27632; CalBiochem)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)と共に播種された。その後2日間(d7-d9)、100ng/ml 血管内皮細胞成長因子(VEGF; WAKO)およびB27 supplementを補充したRPMI培地(インスリン不含)にて培養し、分化9日目に回収した。直接的純化法と同様に回収内皮細胞(VECad、CD31二重陽性細胞)の収量と純度を測定した。
その結果、工程(5)の途中の6日目(d6)にVEGF receptor-2(KDR)陽性細胞を純化して培養を継続した場合、9日目(d9)に内皮細胞を直接純化するよりも、有意に高い収量を示すことが見出された(図8aおよび表2)。」

(5)「[0069]実施例8:間接的純化法における純化のタイミングの評価
実施例6の方法において、KDR陽性細胞の純化ステップをそれぞれd4、d5、d6に行い、d9まで培養を継続した。・・・
表3および図9に、純化のタイミングと、純化直前のKDR陽性率およびd9における内皮細胞の割合を示した。その結果、d4でKDR陽性細胞が20%ほど出現してきた段階で、VEGF, cAMPにより刺激し、1?2日後、KDR陽性細胞が50?90%程度になったところで純化し、内皮細胞へ誘導する方法が特に効率よく内皮細胞を製造できることが分かった。
[表3]



2 甲第2号証(以下、「甲2」という。)の記載事項
甲2は、発明の名称を「FGFR3病の予防および治療剤ならびにそのスクリーニング方法」とする特許出願の公開特許公報であり、細胞培養の際に用いる細胞外マトリクスに関して、以下の事項が記載されている。

(1)「【0019】
培養法の例としては、例えば、37℃、5%CO_(2)存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培地中で体細胞と核初期化物質 (DNAまたはタンパク質) を接触させ約4?7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞 (例えばマイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上にまきなおし、体細胞と核初期化物質の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30?約45日またはそれ以上ののちにES細胞様コロニーを生じさせることができる。また、iPS細胞の誘導効率を高めるために、5-10%と低い酸素濃度の条件下で培養してもよい。このときフィーダー細胞の代わりに細胞外マトリックスを用いてもよく、当該細胞外マトリックスとして、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン(例えば、ラミニン111、411または511、またはその断片)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの断片、またはこれらの組み合わせが例示される。」

(2)「【0028】
軟骨細胞への分化誘導には、例えば、下記のプロトコールにしたがって行われ(Oldershaw, R.A. et al. Nat.Biotechnol. 28, 1187-1194 (2010))、このとき、任意の分化誘導因子が用いられる。本発明において使用される分化誘導因子は、例えば、Wnt3A、Activin、FGF2、BMP4、Follistatin、GDF5およびNT4などが挙げられるが、これらに限定されない。これらの因子は、軟骨細胞への分化培養工程の任意の段階において、任意の組み合わせで添加することができ、好ましくは、(1)iPS細胞をWnt3A、ActivinおよびFGF2を添加した基礎培地で培養する工程、(2)(1)で得られた細胞をFGF2、BMP4、FollistatinおよびNT4を添加した基礎培地で培養する工程、ならびに(3)(2)で得られた細胞をFGF2、BMP4、GDF5およびNT4を添加した基礎培地で培養する工程を含む方法が例示される。工程を通して、細胞は、培養容器へ接着した状態で培養してもよく、培養液に浮遊した状態で培養しても良い。当該接着培養においては、例えば、マトリゲル(BD)、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、またはエンタクチン、およびこれらの組み合わせを用いてコーティング処理された培養容器を使用できる。」

3 甲第3号証(以下、「甲3」という。)の記載事項
甲3は、発明の名称を「コラーゲン結合性分子を付加した改変ラミニンおよびその利用」とする国際出願の国際公開であり、改変に用いるラミニンに関して、以下の記載がある。

「[0015] 本発明の改変ラミニンを構成するラミニンフラグメントは、α鎖、β鎖およびγ鎖からなるヘテロ3量体を形成しているものであればよく、分子量等は特に限定されない。インテグリン結合活性の強さ、組換えタンパク質としての発現効率(全長ラミニンと比較して、組換えタンパク質として高収量で製造できること)の観点から、ラミニンのE8フラグメントが好ましい。」

4 甲第4号証(以下、「甲4」という。)の記載事項
甲4は、表題を「Wntシグナリングは、ヒト多能性幹細胞からの一次及び二次造血の態様を制御する」とする刊行物であり、CHIRに関して、以下の事項が記載されている。なお、英文であるから当審による訳文を記載する。

「Wntリポーター標的遺伝子AXIN2のqRT-PCR解析により、CHIR処理後の発現の強力な亢進と、IWP2処理後の抑制が明らかとなった(図3G)。このことは、これらの低分子が、標準的なWnt活性を制御していることを示す。」(第558頁右欄第14行?第17行)


第5 当審の判断
1 特許法第29条第1項第3号について
(1)引用発明
ア 甲1の実施例6(上記第4 1(3))に記載された内皮細胞への分化誘導方法は、以下のように整理できる。

「(ア)ヒトiPS細胞を、マトリゲルでコーティングした培養皿上に播種し、
(イ)3日間の培養の後、マトリゲル添加培地に培地を換えて、さらに1日間培養することで、マトリゲルで細胞上層を覆い、
(ウ)(d0-d1)培地をアクチビンAとB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、マトリゲル被覆細胞を18時間培養し、
(エ)(d1-d4)培地を、BMP4、hbFGF、マトリゲルおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養し、
(オ)(d4-d7)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養し、
(カ)(d7-d9)培地を、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、
(キ)分化誘導の9日目(D9)に、フローサイトメトリーにより、血管内皮カドヘリン陽性細胞を回収する。」

イ 甲1[0047]段落(上記第4 1(2))の記載からみて、多能性幹細胞は、アクチビンA含有培地で培養し、さらに、BMPとbFGFを含有する培地で培養することで、内皮細胞前駆細胞に分化するといえるから、甲1の実施例6において、「(ウ)(d0-d1)培地をアクチビンAとB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、マトリゲル被覆細胞を18時間培養し」、「(エ)(d1-d4)培地を、BMP4、hbFGF、マトリゲルおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養」することで、ヒトiPS細胞は、内皮細胞前駆細胞に分化していると認められる。

ウ 甲1の実施例7(上記第4 1(4))においては、間接的純化法によるサンプルを得るために、実施例6の内皮細胞分化誘導法に基づいて6日目(d6)まで培養し、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収し、マトリゲルでコーティングした培養皿上にcAMP、VEGF、Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤およびB27 supplementを補充したRPMI培地と共に播種し、その後2日間(d7-d9)、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地にて培養し、分化9日目に回収している。
すなわち、実施例7においては、上記アに示した実施例6の
「(オ)(d4-d7)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養し、」
との工程を、
「(オ-1)(d4-d6)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、
(オ-2)(d6-d7)内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収し、マトリゲルでコーティングした培養皿上にcAMP、VEGF、Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤およびB27 supplementを補充したRPMI培地と共に播種し、」
との工程に変更したものである。

エ また、甲1の実施例7には、間接的純化法において、分化6日目に「内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収」する際の具体的な純化方法は明示されていないが、分化9日目に、「直接的純化法と同様に回収内皮細胞(VECad、CD31二重陽性細胞)の収量と純度を測定した」(下線は当審にて付した。)と記載されている。
そして、甲1の実施例7には、直接的純化法において、「9日目(d9)まで培養し、蛍光活性化セルソーター(FACS) にて、VECad、CD31二重陽性細胞を純化し回収した」と記載されている。
さらに、甲1の実施例7においては、直接的純化法と間接的純化法において、KDR陽性細胞の収量の比較を行っている。
これらを踏まえると、間接的純化法における分化6日目の純化・回収方法は、直接的純化法や間接的純化法における分化9日目の純化・回収方法と同じ手法であると理解するのが自然であるから、間接的純化方法の分化6日目においても「蛍光活性化セルソーター」にて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞の純化・回収が行われているものと認められる。

オ 上記ア?エを踏まえると甲1には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ヒトiPS細胞から血管内皮カドヘリン陽性細胞を製造する方法であって、
(ア)ヒトiPS細胞を、マトリゲルでコーティングした培養皿上に播種し、
(イ)3日間の培養の後、マトリゲル添加培地に培地を換えて、さらに1日間培養することで、マトリゲルで細胞上層を覆い、
(ウ)(d0-d1)培地をアクチビンAとB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、マトリゲル被覆細胞を18時間培養し、
(エ)(d1-d4)培地を、BMP4、hbFGF、マトリゲルおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養することで、内皮細胞前駆細胞を製造し、
(オ-1)(d4-d6)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、
(オ-2)(d6-d7)蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収し、マトリゲルでコーティングした培養皿上にcAMP、VEGF、Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤およびB27 supplementを補充したRPMI培地と共に播種し、
(カ)(d7-d9)培地を、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、
(キ)分化誘導の9日目(D9)に、フローサイトメトリーにより、血管内皮カドヘリン陽性細胞を回収する方法。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1の「多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造する方法」について
引用発明の「ヒトiPS細胞」と「血管内皮カドヘリン陽性細胞」は、それぞれ本件特許発明1の「多能性幹細胞」と「血管内皮細胞」に相当する。
よって、引用発明の「ヒトiPS細胞から血管内皮カドヘリン陽性細胞を製造する方法」は、本件特許発明1の「多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造する方法」に相当する。

イ 本件特許発明1の「(i)多能性幹細胞を、第一のマトリックスでコーティングされた培養器材上にて、BMPを含む培養液中で培養し、中胚葉前駆細胞を製造する工程」について
引用発明の「マトリゲル」、「培養皿」、「BMP4」は、それぞれ本件特許発明1の「第一のマトリックス」、「培養器材」、「BMP」に相当する。
また、本件特許明細書【0037】段落の記載からみて、本件特許発明1の「中胚葉前駆細胞」は、中胚葉細胞と区別されず、発生の過程で体腔およびそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格等をつくる能力を有した細胞から構成される胚葉を包含し、T(Brachyuryと同義)、KDR等から成るマーカー遺伝子から選択される少なくとも一つのマーカー遺伝子が発現する細胞と認められる。
他方、甲1[0045]段落(上記第4 1(2))の記載からみて、引用発明の「内皮細胞前駆細胞」は、中胚葉を構成しうる細胞群であり、発生の過程で体腔およびそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格等をつくる能力を有する細胞群であり、例えば、T(Brachyuryと同義)、KDR等のようなマーカーの発現により存在が確認できる細胞であると認められる。
したがって、引用発明の「内皮細胞前駆細胞」と、本件特許発明1の「中胚葉前駆細胞」は、いずれも中胚葉細胞、すなわち発生の過程で体腔およびそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格等をつくる能力を有した細胞から構成される胚葉であり、T(Brachyuryと同義)、KDR等から成るマーカー遺伝子を発現するものであるから、引用発明の「内皮細胞前駆細胞」は、本件特許発明1の「中胚葉前駆細胞」に相当する。
よって、引用発明の
「(ア)ヒトiPS細胞を、マトリゲルでコーティングした培養皿上に播種し、
(イ)3日間の培養の後、マトリゲル添加培地に培地を換えて、さらに1日間培養することで、マトリゲルで細胞上層を覆い、
(ウ)(d0-d1)培地をアクチビンAとB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、マトリゲル被覆細胞を18時間培養し、
(エ)(d1-d4)培地を、BMP4、hbFGF、マトリゲルおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、3日間培養することで、内皮細胞前駆細胞を製造」する工程は、
本件特許発明1の「(i)多能性幹細胞を、第一のマトリックスでコーティングされた培養器材上にて、BMPを含む培養液中で培養し、中胚葉前駆細胞を製造する工程」に相当する。

ウ 本件特許発明1の「(ii)(i)で得られた中胚葉前駆細胞を単細胞に解離させる工程」について
引用発明においては、「(オ-1)(d4-d6)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、(オ-2)(d6-d7)蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収」しているところ、セルソーターにて純化・回収する際に、細胞が単細胞に解離していることは本件優先日前の技術常識であるから、引用発明の「蛍光活性化セルソーターにて、・・・純化し回収」する工程は、本件特許発明1の「単細胞に解離させる工程」に相当する。
ここで、本件特許発明1の単細胞への解離に付される「(i)で得られた中胚葉前駆細胞」とは、すなわち「(i)多能性幹細胞を、第一のマトリックスでコーティングされた培養器材上にて、BMPを含む培養液中で培養し、中胚葉前駆細胞を製造する工程」により得られた中胚葉前駆細胞であるところ、本件特許明細書の実施例1【0077】段落には、BMPによる「分化誘導3日目においてKDR陽性中胚葉前駆細胞は80%以上出現するものの(図4)・・・。」と記載されていることから、本件特許発明1の単細胞への解離に付される「(i)で得られた中胚葉前駆細胞」とは、中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した細胞集団であるものと認められる。
他方、引用発明の単細胞への解離に付される細胞は、(ア)?(エ)の工程で得られた内皮細胞前駆細胞を、「(オ-1)(d4-d6)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養」することによって得られた細胞、すなわち実施例6の方法で分化6日目まで培養した培養細胞であるところ、上記1(5)の表3には、当該培養細胞は、分化6日目の純化直前において、KDR陽性細胞、すなわち内皮細胞前駆細胞の割合が90%程度であることが示されている。したがって、引用発明の単細胞への解離に付される細胞も、内皮細胞前駆細胞と他の細胞が混在した細胞集団であると認められる。
よって、引用発明の単細胞への解離に付される細胞と本件特許発明1の単細胞への解離に付される細胞とは、いずれも中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した細胞集団であり、両者は区別できない。
よって、引用発明の
「(オ-1)(d4-d6)培地を、cAMP、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し、
(オ-2)(d6-d7)蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収」する工程は、
本件特許発明1の「(ii)(i)で得られた中胚葉前駆細胞を単細胞に解離させる工程」に相当する。

エ 本件特許発明1の「(iii)(ii)で得られた細胞を、ラミニン-411またはその断片、ラミニン-511またはその断片、Matrigel、IV型コラーゲン、およびフィブロネクチンから成る群より選択される第二のマトリックスでコーティングされた培養器上にて、VEGFを含む培養液中で培養する工程」について
引用発明においては、「(オ-2)(d6-d7)蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収し、マトリゲルでコーティングした培養皿上にcAMP、VEGF、Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤およびB27 supplementを補充したRPMI培地と共に播種し、(カ)(d7-d9)培地を、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養し」ている。すなわち、引用発明は、「マトリゲルでコーティングした培養皿上」にて、「VEGF」を補充したRPMI培地にて培養しているのであるから、引用発明の「(オ-2)(d6-d7)・・・マトリゲルでコーティングした培養皿上にcAMP、VEGF、Rho結合タンパク質キナーゼ阻害剤およびB27 supplementを補充したRPMI培地と共に播種し、(カ)(d7-d9)培地を、VEGFおよびB27 supplementを補充したRPMI培地に交換して、2日間培養」する工程は、本件特許発明1の「・・・Matrigel・・・から成る群より選択される第二のマトリックスでコーティングされた培養器上にて、VEGFを含む培養液中で培養する工程」に相当する。
ここで、本件特許発明1の培養対象である「(ii)で得られた細胞」とは、上記ウを踏まえると、中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した細胞集団を、単細胞に解離させることにより得られる細胞である。そして、本件特許明細書【0051】段落には、「解離させる方法」としては、具体的には「力学的に解離する方法」や「プロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する解離溶液を用いた解離方法等が挙げられているところ、こうした解離方法においては、細胞集団は実質的に単細胞に解離するものの、特定の細胞の純化は生じない。よって、本件特許発明1の培養対象である「(ii)で得られた細胞」とは、中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した純化されていない細胞集団であると認められる。
他方、引用発明の培養対象である「(d6-d7)蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収し」た細胞は、上記ウのとおり「単細胞に解離」していると認められるものの、単に「単細胞に解離」されたものではなく、内皮細胞前駆細胞として純化されたKDR陽性細胞である。
よって、本件特許発明1と引用発明は「・・・Matrigel・・・から成る群より選択される第二のマトリックスでコーティングされた培養器上にて、VEGFを含む培養液中で培養する工程」で一致するものの、培養対象である細胞が、本件特許発明1は、「(ii)で得られた細胞」であるのに対して、引用発明は、「蛍光活性化セルソーターにて」「内皮細胞前駆細胞として純化し回収」された「KDR陽性細胞」であるところ、前者は中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した純化されていない細胞集団であるのに対して、後者は内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞が純化されたものである点で、両者は相違する。

オ 上記ア?エを踏まえると、本件特許発明1と引用発明の一致点と相違点は以下のとおりである。

<一致点>
「次の(i)から(iii)の工程を含む多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造する方法であって、
(i)多能性幹細胞を、第一のマトリックスでコーティングされた培養器材上にて、BMPを含む培養液中で培養し、中胚葉前駆細胞を製造する工程、
(ii)(i)で得られた中胚葉前駆細胞を単細胞に解離させる工程、および
(iii)ラミニン-411またはその断片、ラミニン-511またはその断片、Matrigel、IV型コラーゲン、およびフィブロネクチンから成る群より選択される第二のマトリックスでコーティングされた培養器上にて、VEGFを含む培養液中で培養する工程
を含む方法。」

<相違点>
VEGFを含む培養液中で培養される細胞が、本件特許発明1は、「(ii)で得られた細胞」であるのに対して、引用発明は、「蛍光活性化セルソーターにて」「内皮細胞前駆細胞として純化し回収」された「KDR陽性細胞」であるところ、前者は中胚葉前駆細胞と他の細胞が混在した純化されていない細胞集団であるのに対して、後者は内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞が純化されたものである点で、両者は相違する。

(3)小括
よって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号該当し特許を受けることができないものとはいえない。
また、同様の理由により、本件特許発明1をさらに限定する本件特許発明2?10についても、甲1に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号該当し特許を受けることができないものとはいえない。

2 特許法第29条第2項について
(1)判断
上記1(2)に記載した相違点について検討する。
上記第4 1(1)のとおり、甲1には、「本発明者らは、多能性幹細胞から内皮細胞への分化誘導工程の途中段階において特定の細胞を純化する工程を含むことにより、効率的かつ高収量で内皮細胞を分化誘導し得ることを初めて見出した」と記載されていることを踏まえると、引用発明において「蛍光活性化セルソーターにて、内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化し回収」する目的は、「効率的かつ高収量で内皮細胞を分化誘導」するところにあると認められる。
すなわち、引用発明において「内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化」しなければ、内皮細胞の分化誘導の効率が低下し収量が減少することが予想されるのであるから、引用発明において、「内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化」することなく、単に「単細胞に解離」することのみを行うことは、甲1において動機づけられているとはいえず、甲1の記載に基づいて当業者が容易に想到できたものであるとはいえない。
また、甲2?甲4の記載事項は、上記第4 2?4のとおりであるところ、いずれにおいても、引用発明において必須とされている「内皮細胞前駆細胞としてKDR陽性細胞を純化」するという工程を行うことなく、単に「単細胞に解離」することのみを行うことは記載も示唆もされていない。
これに対して、本件特許明細書【0077】段落や図5に記載されているように、本件特許発明1は、3日目までに形成されていた細胞間相互作用を消去する目的で単細胞に解離することで、CD34^(+)/VE-cadherin^(+)細胞、すなわち血管内皮細胞の純度の上昇が認められるという格別な効果を奏するものである。

(2)小括
よって、本件特許発明1は、甲1?甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。
また、同様の理由により、本件特許発明1をさらに限定する本件特許発明2?10についても、甲1?甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

3 特許法第36条第4項第1号について
(1)異議申立人の主張
ア 請求項1、4及びこれらを引用する請求項
本件特許明細書の発明の詳細な説明において、工程(i)の「第一のマトリックス」としてマトリゲルを用いた実験系しか組まれていない。その一方、例えば、請求項4に記載される「ラミニン-511もしくはその断片」など、「第一のマトリックス」として記載されるマトリゲル以外のマトリックスを、マトリゲルの代わりに使用することについて、本件特許明細書においてデータを提示して説明されているわけでもなく、あるいは論理的にそのような使用が可能であることが説明されているわけでもなく、さらにそのような使用が周知なものでもない。

イ 請求項1、2及びこれらを引用する請求項
工程(iii)の「第二のマトリックス」としてマトリゲルを用いた実験系では、「Matrigel上では、細胞の発現の不均一性(heterogeneity)が改善しなかった」とネガティブなデータが得られたことが示されている(【0086】段落)。
さらに、マトリゲル、LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスで請求項1や2に記載されたもの(すなわちLM411E8以外のLM411の断片、LM511の断片、IV型コラーゲン、フィブロネクチン)については、実施例1においては検討されておらず、それらのマトリックスをLM411やLM411E8の代わりに使用することについて、本件特許明細書においてデータを提示して説明されているわけでもなく、あるいは論理的にそのような使用が可能であることが説明されているわけでもなく、さらにそのような使用が周知なものでもない。

ウ 請求項7及びこれを引用する請求項
本件特許明細書の発明の詳細な説明においては、「GSK3β阻害剤」について、「CHIR99021」を用いた実験系しか組まれておらず、その一方、その他の「GSK3β阻害剤」を、CHIR99021の代わりに使用することについて、本件特許明細書においてデータを提示して説明されているわけでもなく、あるいは論理的にそのような使用が可能であることが説明されているわけでもなく、さらにそのような使用が周知なものでもない。

(2)判断
ア 上記主張アについて
異議申立人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、工程(i)の「第一のマトリックス」としてマトリゲルを用いた実験系しか組まれていない旨指摘しているが、本件明細書【0087】段落?【0088】段落(実施例2)に、「そこで、多能性幹細胞をLM511E8 fragmentでコーティングしたプレートに5 colonies/cm^(2)の密度で播種し、mTeSR1で培養した。コロニーの直径が750μmになるまで増殖させた後、4 μM CHIR99021(Wako), 80 ng/mL BMP4, 80 ng/mL VEGFを含むEssential 8 (Life Technologies)培地に交換することで、分化誘導を開始した(図15)・・・以上のように、改良した初期分化の条件で誘導した中胚葉前駆細胞も、第二のマトリックスとしてLM411E8を使用した培養系に適合し、高純度に血管内皮細胞を誘導でき (図16左図)、1つの多能性幹細胞から10個以上の血管内皮細胞を誘導できることが示された(図16右図)」(下線は当審にて付した。)と記載されているとおり、実施例2においては、「第一のマトリックス」としてLM511E8を用いて血管内皮細胞を誘導しており、「マトリゲルを用いた実験系しか組まれていない」との異議申立人の指摘は、まず妥当ではない。
そもそも、本件特許明細書【0042】段落には、「本工程(i)で用いる第一のマトリックスは、Matrigel、タイプIVコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン-411(α4鎖、β1鎖、γ1鎖からなるラミニン)またその断片、ラミニン-511(α5鎖、β1鎖、γ1鎖からなるラミニン)またはその断片であり、より好ましくは、Matrigelもしくはラミニン-511またはその断片であり、さらに好ましくは、ラミニン-511のE8フラグメント(ラミニン-511E8 (LM511E8);Ido et al. J. Biol. Chem. 282, 11144-11154, 2007)である」と記載されており、マトリゲルとLM511E8以外にも、工程(i)の「第一のマトリックス」として用いることができるものが具体的に挙げられて説明されているから、当業者は、当該発明の詳細な説明の記載や実施例の記載に基づき、本件特許発明を実施することができたと認められる。
加えて、例えば、甲2(【0038】段落?【0042】段落)にも記載されているとおり、iPS細胞を接着培養により中胚葉に分化する際に、コラーゲンやフィブロネクチンを用いることができることは、本件特許の出願時の技術常識であった。
よって、本件特許発明において、工程(i)の「第一のマトリックス」として、マトリゲル以外のマトリックスを用いて多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造することは、本件特許明細書の発明の詳細な説明、及び、本件特許の出願時の技術常識に基づいて当業者が実施できると認められるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。

イ 上記主張イについて
異議申立人は、工程(iii)の「第二のマトリックス」としてマトリゲルを用いた実験系では「Matrigel上では、細胞の発現の不均一性(heterogeneity)が改善しなかった」とネガティブなデータが得られたと指摘しているが、例えば、本件特許明細書【0077】段落に、「そこで、3日目までに形成されていた細胞間相互作用を消去する目的で、BMP/Matrigelで培養後、VEGFで刺激する直前に、TrypLE Express(Life Technologies)によって37℃で20分間処理することで細胞を解離させ、single cellを再度平面培養(VEGF/Matrigel)によって分化させた。その結果、single cellにまで解離した群(passage群)において、CD34^(+)/VE-cadherin^(+)細胞の純度の上昇が認められた(図5)」(下線は当審にて付した。)と記載されているように、本件特許明細書には「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、血管内皮細胞を製造できることがデータとともに示されている。したがって、異議申立人の指摘のとおり本件特許明細書に「Matrigel上では、細胞の発現の不均一性(heterogeneity)が改善しなかった」との記載があったとしても、当該記載をもって、当業者が、「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、血管内皮細胞を製造することができなかったと認めることはできない。
また、本件特許明細書【0052】段落には、工程(iii)の「第二のマトリックス」に関して、「接着培養は、前記工程(i)に記載のマトリックスを用いて行うことができるが、本工程(iii)等で用いる好ましいマトリックスは、Matrigel、タイプIVコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン-411またはその断片、ラミニン-511またはその断片であり、好ましくは、ラミニン-411の断片である。ラミニン-411の断片とは、インテグリンα6β1への結合活性を有する断片であり、より好ましくはラミニン-411のE8フラグメント(ラミニン-411 E8:LM411E8)である。なお、ラミニンにはその変異体が含まれ得るが、ラミニン-411 E8のγ鎖のC末端から3番目のグルタミン酸をグルタミンに置換することによりインテグリンα6β1への結合活性を消失した変異体(ラミニン-411 E8(EQ))は、含まない」と記載されており、LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスで請求項1や2に記載されたものについて、具体的に挙げられて説明されてされており、マトリゲルとLM511E8以外にも、工程(i)の「第一のマトリックス」として用いることができるものが具体的に挙げられて説明されているから、当業者は、当該発明の詳細な説明の記載や実施例の記載に基づき、本件特許発明を実施することができたと認められる。
加えて、例えば、甲2(【0038】段落?【0042】段落)にも記載されているとおり、iPS細胞を接着培養により中胚葉に分化する際に、コラーゲンやフィブロネクチン、ラミニン断片を用いることができることは、本件特許の出願時の技術常識であった。
よって、本件特許発明において、工程(iii)の「第二のマトリックス」として、LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスを用いて多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造することは、本件特許明細書の発明の詳細な説明、及び、本件特許の出願時の技術常識に基づいて当業者が実施できると認められるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。

ウ 上記主張ウについて
本件特許明細書【0045】段落には、「本工程(i)で用いる培養液は、BMPに加えて、さらにGSK3β阻害剤およびVEGFを含むことが好ましい」と記載され、さらに【0046】段落には、「本発明において、GSK3β阻害剤とは、GSK-3βタンパク質のキナーゼ活性(例えば、βカテニンに対するリン酸化能)を阻害する物質として定義され、既に多数のものが知られているが、例えば、インジルビン誘導体であるBIO(別名、GSK-3β阻害剤IX;6-ブロモインジルビン3'-オキシム)、マレイミド誘導体であるSB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、フェニルαブロモメチルケトン化合物であるGSK-3β阻害剤VII(4-ジブロモアセトフェノン)、細胞膜透過型のリン酸化ペプチドであるL803-mts(別名、GSK-3βペプチド阻害剤;Myr-N-GKEAPPAPPQpSP-NH_(2)(配列番号1))および高い選択性を有するCHIR99021(6-[2-[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(4-methyl-1H-imidazol-2-yl)pyrimidin-2-ylamino]ethylamino]pyridine-3-carbonitrile)が挙げられる。これらの化合物は、例えばCalbiochem社やBiomol社等から市販されており容易に利用することが可能であるが、他の入手先から入手してもよく、あるいはまた自ら作製してもよい。本発明で使用されるGSK-3β阻害剤は、好ましくは、CHIR99021であり得る」と記載されている。
また、本件特許明細書【0087】段落には、「Wnt シグナルの増強による中胚葉前駆細胞の分化効率の改善」との項目名で、「Wnt/β-cateninシグナルを活性化することで中胚葉分化誘導効率が上昇することが知られており・・・、強力なGSK3β阻害剤であるCHIR99021が血球や内皮の分化誘導に用いられている」と記載されている。
上記【0087】段落によれば、「Wnt/β-cateninシグナルを活性化することで中胚葉分化誘導効率が上昇する」のであるから、工程(i)で用いる「GSK3β阻害剤」は、「CHIR99021」に限られないものと認められる。
そして、上記【0046】段落には、CHIR99021以外にも、種々のGSK3β阻害剤が具体的に挙げられている。
よって、本件特許発明において、「CHIR99021」以外の「GSK3β阻害剤」を用いて、多能性幹細胞から血管内皮細胞を製造することは、本件特許明細書の発明の詳細な説明、及び、本件特許の出願時の技術常識に基づいて当業者が実施できると認められるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている。

(3)小括
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明1?10を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないものとはいえないから、本件特許発明1?10は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

4 特許法第36条第6項第1号について
(1)異議申立人の主張
ア 請求項1、2及びこれらを引用する請求項について
工程(iii)の「第二のマトリックス」としてマトリゲルを用いた実験系では「Matrigel上では、細胞の発現の不均一性(heterogeneity)が改善しなかった」とネガティブなデータが得られたことが示されている(【0086】段落)。
したがって、出願人自身が発明の効果が得られていないことを自認している請求項に係る発明の部分について、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。

イ 請求項1、2及びこれらを引用する請求項について
LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスで請求項1に記載されたものについて、実施例1において、工程(iii)の「第二のマトリックス」として有効であるか、データを提示して説明されているわけでもなく、あるいは論理的にそのような使用が可能であることが説明されているわけでもない。
したがって、出願人自身が発明として効果を確認しておらず、論理的にも説明できない請求項に係る発明の部分(すなわち、LM411E8以外のLM411の断片、LM511の断片、IV型コラーゲン、フィブロネクチン)について、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化することはできない。

(2)判断
ア 上記主張アについて
本件特許明細書【0008】段落に、「本発明の目的は、多能性幹細胞から効率よく血管内皮細胞を製造することである。したがって、本発明の課題は、ヒト多能性幹細胞、特にヒト人工多能性幹細胞を血管内皮細胞へ効率よく分化誘導する方法を提供することである」と記載されていることから、本件特許発明の課題は、「ヒト多能性幹細胞、特にヒト人工多能性幹細胞を血管内皮細胞へ効率よく分化誘導する方法を提供すること」と認められる。
そして、本件特許明細書【0077】(実施例1)段落に、「そこで、3日目までに形成されていた細胞間相互作用を消去する目的で、BMP/Matrigelで培養後、VEGFで刺激する直前に、TrypLE Express(Life Technologies)によって37℃で20分間処理することで細胞を解離させ、single cellを再度平面培養(VEGF/Matrigel)によって分化させた。その結果、single cellにまで解離した群(passage群)において、CD34^(+)/VE-cadherin^(+)細胞の純度の上昇が認められた(図5)」(下線は当審にて付した。)と記載されているように、本件特許明細書には「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、血管内皮細胞の純度の上昇が認められたことがデータとともに示されている。
ここで、「血管内皮細胞の純度の上昇」とは、血管内皮細胞への効率よい分化誘導を示すと認められるから、本件特許発明において、「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、「ヒト人工多能性幹細胞を血管内皮細胞へ効率よく分化誘導する方法を提供すること」という課題を解決することができるといえる。
そして、異議申立人の指摘のとおり本件特許明細書に「Matrigel上では、細胞の発現の不均一性(heterogeneity)が改善しなかった」との記載があったとしても、上述のとおり、本件特許明細書には「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、血管内皮細胞の純度の上昇が認められたことがデータとともに示されている以上、本件特許発明において、「第二のマトリックス」として「マトリゲル」を用いることで、「ヒト人工多能性幹細胞を血管内皮細胞へ効率よく分化誘導する方法を提供すること」という課題を解決することができないと認めることはできない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を、本件特許発明の範囲まで拡張ないし一般化することができないとはいえない。

イ 上記主張イについて
本件特許明細書【0052】段落には、工程(iii)の「第二のマトリックス」に関して、「接着培養は、前記工程(i)に記載のマトリックスを用いて行うことができるが、本工程(iii)等で用いる好ましいマトリックスは、Matrigel、タイプIVコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン-411またはその断片、ラミニン-511またはその断片であり、好ましくは、ラミニン-411の断片である。ラミニン-411の断片とは、インテグリンα6β1への結合活性を有する断片であり、より好ましくはラミニン-411のE8フラグメント(ラミニン-411 E8:LM411E8)である。なお、ラミニンにはその変異体が含まれ得るが、ラミニン-411 E8のγ鎖のC末端から3番目のグルタミン酸をグルタミンに置換することによりインテグリンα6β1への結合活性を消失した変異体(ラミニン-411 E8(EQ))は、含まない」と記載されており、LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスで請求項1や2に記載されたものについて、具体的に挙げられて説明されている。
加えて、例えば、甲2(【0038】段落?【0042】段落)にも記載されているとおり、iPS細胞を接着培養により中胚葉に分化する際に、コラーゲンやフィブロネクチン、ラミニン断片を用いることができることは、本件特許の出願時の技術常識であった。
よって、本件特許発明において、工程(iii)の「第二のマトリックス」として、LM411、LM411E8、LM511以外のマトリックスを用いて多能性幹細胞から血管内皮細胞を効率的に誘導できることは、本件特許明細書の発明の詳細な説明、及び、本件特許の出願時の技術常識から当業者が理解できると認められるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を、本件特許発明の範囲まで拡張ないし一般化することができないとはいえない。

(3)小括
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を、本件特許発明1?10の範囲まで拡張ないし一般化することができないとはいえないから、本件特許発明1?10は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-02-17 
出願番号 特願2017-529866(P2017-529866)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C12N)
P 1 651・ 121- Y (C12N)
P 1 651・ 536- Y (C12N)
P 1 651・ 537- Y (C12N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山本 匡子  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 小暮 道明
山中 隆幸
登録日 2019-05-31 
登録番号 特許第6531335号(P6531335)
権利者 国立大学法人京都大学 国立大学法人大阪大学
発明の名称 血管内皮細胞の誘導方法  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 丹羽 武司  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 丹羽 武司  

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