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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B41M
管理番号 1361448
異議申立番号 異議2019-700128  
総通号数 245 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-05-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-15 
確定日 2020-02-21 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6372674号発明「前処理液、及び前記前処理液を含むインキセット」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6372674号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。 特許第6372674号の請求項1、2、4、5に係る特許を維持する。 特許第6372674号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 特許第6372674号の請求項1?5に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願(特願2017-195338号)は、平成29年2月1日を出願日とする特願2017-17144号の一部を平成29年10月5日に新たな特許出願としたものであって、平成30年7月27日にその特許権の設定登録がされ、平成30年8月15日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成31年 2月15日 :特許異議申立人藤江桂子による請求項1? 5に係る特許に対する特許異議の申立て
平成31年 4月23日付け:取消理由通知書
令和 元年 6月26日 :特許権者による意見書及び訂正請求書
令和 元年 8月 2日 :特許異議申立人による意見書の提出
令和 元年10月 2日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和 元年12月 2日 :特許権者による意見書及び訂正請求書(こ の訂正請求書による訂正の請求を、以下、 「本件訂正請求」という。)の提出
令和 2年 1月 9日: 特許異議申立人による意見書の提出
なお、令和元年6月26日になされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正請求について
1 請求の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、「特許第6372674号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正を求める」というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、次のとおりである(下線は、当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。)。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)」とあるのを、「ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合、及びカルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2、4、5も同様に訂正する)。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に、「請求項1?3いずれかに記載のフィルム基材用前処理液。」と記載されているのを、「請求項1または2に記載のフィルム基材用前処理液。」に訂正する。

(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に、「請求項1?4いずれか記載のフィルム基材用前処理液と、」と記載されているのを、「請求項1、2または4いずれか記載のフィルム基材用前処理液と、」に訂正する。

(5) 一群の請求項について
本件訂正請求は、一群の請求項である請求項〔1?5〕に対して請求されたものである。

3 訂正について
(1) 訂正事項1
訂正事項1による訂正は、請求項1に係る発明から、「ポリオレフィン樹脂粒子(A)」が「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合」を(さらに)除く訂正である。請求項2、4、5についても同様のことがいえる。
したがって、訂正事項1による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、この訂正は、請求項1に係る発明から、一部の態様の発明を除く訂正にとどまり、請求項1に係る発明をなす構成要件に、追加又は削除等の変更を加えるものではない。請求項2、4、5に係る発明についても同様のことがいえる。
そうしてみると、訂正事項1による訂正は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)によって、明細書、特許請求の範囲及び図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正である。
加えて、この訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことは明らかである。

(2) 訂正事項2
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものである。
訂正事項2による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、訂正事項2による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3) 訂正事項3
訂正事項3は、請求項4が、訂正事項2による訂正により削除された請求項3を引用しているという不明瞭な状態を解消させる訂正である。
訂正事項3による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。また、訂正事項3による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4) 訂正事項4
訂正事項4は、請求項5が、訂正事項2による訂正により削除された請求項3を引用しているという不明瞭な状態を解消させる訂正である。
訂正事項4による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。また、訂正事項4による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5) 令和2年1月9日提出の意見書における特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、令和2年1月9日提出の意見書の4頁「(3-3)申立人の意見」「(3-3-1)訂正要件について」において(当合議体注:以下においては、「○囲みの数字」を「〔1〕」で置き換えて表記している。)、[A]「訂正後の訂正発明1は、特許・実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4)に記載されている請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみをその請求項に記載した事項から除外する『除くクレーム』に該当するものである。」、[B]「ここで、特許・実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4)には、〔1〕請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正、〔2〕請求項に係る発明が、『ヒト』を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許自由に該当する場合において、『ヒト』のみを除く補正である場合の〔1〕、〔2〕に限り当業者によって明細書等の記載がなくとも、新規事項を追加するものではないものとして例外的に認められるものである。」、[C]「本件では、平成31年4月23日(起案日)付けの取消理由通知書における進歩性欠如の取消理由に対して、特許権者によってケミパールSに相当すると主張されているカルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除くものであり、特許法第29条第1項第3号第29条の2又は第39条のいずれにも該当するものではない。よってこの〔1〕の場合には当てはまらない。」、「また、『ヒト』のみを除く補正であるものではないため上記〔2〕の場合にも当てはまらない。」、[D]「よって、特許権者によって行われた本訂正は、特許・実用新案審査基準第IV部第2章3.3.1(4)に例示されているクレームのいずれにも該当するものではない。また、除くクレームは極めて例外的な規定であり、このような例外的な規定について広く解釈して、例えば当該審査基準に記載されていない特許法第29条第2項に該当するものまで『除くクレーム』として認めることは、出願間の取扱いの公平性を確保し、先願主義の原則の観点から規定されている新規事項を追加する補正が禁止されている趣旨に反するものであることは明らかである。」、[E]「以上より、当該訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるとはいえず、準用する特許法第126条5項の規定に違反するものである。」旨主張している。
しかしながら、訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであるか否かの判断は、訂正が、当業者によって、明細書、特許請求の範囲及び図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるか否かに基づいて判断される。そして、この点は、「除くクレーム」についても同様であり、訂正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、発明の一部の態様を除外する「除くクレーム」は、訂正が、新たな技術的事項を導入するものでない場合は、許される。
(当合議体注:なお、この点は、特許・実用新案審査基準においても同じであり、第IV部第2章3.3.1(4)には、「補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する『除くクレーム』は、除外した後の『除くクレーム』が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。」と記載されている。特許異議申立人が指摘する上記〔1〕、〔2〕のケースは、例示にすぎない。)
そして、訂正事項1による訂正が、当業者によって、明細書、特許請求の範囲及び図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないことは、上記(1)において述べたとおりである。
したがって、特許異議申立人の上記の主張を採用することはできない。

4 小括
上記のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記「第2」で述べたとおり、本件訂正請求による訂正は認められることとなった。そうしてみると、本件特許の請求項1、2、4、5に係る発明(以下、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」等といい、総称して「本件特許発明」という。)は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1、2、4、5に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。
「【請求項1】
水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液であって、
前記前処理液が、ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合、及びカルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)と、凝集剤(B)と、水と、プロトン性有機溶媒を含み、
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)が、軟化温度が50?90℃であり、
前記凝集剤(B)が、25℃における溶解度が5?55g/100gH_(2)Oである金属塩を含有する、フィルム基材用前処理液。」
「【請求項2】
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)の50%粒子径(D50)が、10?500nmである、請求項1記載のフィルム基材用前処理液。」
「【請求項4】
表面張力が、20?40mN/mである、請求項1または2に記載のフィルム基材用前処理液。」
「【請求項5】
請求項1、2または4いずれか記載のフィルム基材用前処理液と、顔料、顔料分散樹脂、水溶性有機溶剤、及び、水を含む水性顔料インクジェットインキとからなるインキセットであって、
前記顔料分散樹脂の酸価が、30?375mgKOH/gであることを特徴とするインキセット。」

第4 取消しの理由の概要
令和元年6月26日付けでした訂正後の請求項1、2、4、5に係る特許に対して、令和元年10月2日付けの取消理由通知書(決定の予告)において特許権者に通知した取消しの理由の要旨は、次のとおりである。
理由1(進歩性)
請求項1、2、4、5に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物である下記の引用例に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用例に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、2、4、5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(引用例等一覧)
引用例1:特開2003-326829号公報(甲第1号証)
引用例2:「ケミパール^((R)) ポリオレフィン水性ディスパージョン」(当合議体注:登録商標であることを示す「○囲みのR」を「(R)」で置き換えて表記している。以下、同様。),[online],[平成31年4月16日検索],インターネット,<https://jp.mitsuichemicals.com/jp/service/packaging/coatings/chemipearl/index.htm>(甲第2号証に対応するもの)
引用例3:「ケミパール^((R))の銘柄および物性(Aタイプ、Mタイプ、Sタイプ、Vタイプ)」(PDFカタログ),[online],[平成31年4月16日検索],インターネット,<https://jp.mitsuichemcals.com/sites/default/files/media/document/2018/p1712051500_pict_spec002.pdf>(甲第2号証に対応するもの)
引用例4:特開2015-168796号公報(甲第3号証)
引用例5:特開2015-186879号公報(甲第5号証)
引用例6:国際公開第2009/110263号(甲第6号証として提出された再公表特許第WO2009/110263号に対応するもの)

理由2(明確性)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

第5 当審の判断
1 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消しの理由1(進歩性)について
(1) 引用例の記載及び引用発明
ア 引用例1
取消理由通知において引用した、本件特許の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である引用例1(特開2003-326829号公報)には以下の事項が記載されている。
(ア) 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 記録媒体の被記録面に、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液を塗布する前処理工程と、該前処理工程で該水性処理液が塗布された該被記録面に、顔料インクを打ち込んで記録を行うインクジェット記録工程と、該インクジェット記録工程で記録が行われた該被記録面に、該水性処理液を塗布した後、該記録媒体を加熱乾燥して、該被記録面上に皮膜を形成する皮膜形成工程とを備えることを特徴とするインクジェット記録方法。
・・・略・・・
【請求項3】 上記凝集剤が、塩化マグネシウム、硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、臭化マグネシウム、硝酸カルシウム、酢酸カルシウム、塩化アルミニウム及び硝酸アルミニウムからなる群から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項2記載のインクジェット記録方法。
【請求項4】 上記樹脂粒子が、エチレン、プロピレン、スチレン、スルホン化イソプレン、アクリル酸及びメタクリル酸並びにこれらの誘導体からなる群から選ばれる1種又は2種以上をモノマーとする重合体からなることを特徴とする請求項2又は3記載のインクジェット記録方法。
【請求項5】 上記樹脂粒子の平均粒子径が10?200nmであることを特徴とする請求項2?4の何れかに記載のインクジェット記録方法。
【請求項6】 上記水性処理液の塗布が、ジェットノズルを用いたインクジェット方式により行われることを特徴とする請求項1?5の何れかに記載のインクジェット記録方法。」

(イ) 「【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、顔料インクと、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液とを用い、画像濃度が高く高品位で、耐擦性にも優れた画像を提供し得るインクジェット記録方法に関する。
【0002】
【従来の技術】インクジェット方式は、微小なノズルから画像データに応じてインクの液滴を吐出させ、記録媒体の被記録面に付着させて印字を行う記録方式である。インクジェット記録用のインクとしては、染料や顔料等の着色剤を水やアルコール等を含む水性媒体中に溶解又は分散させたものが一般的であり、染料インクと顔料インクとに大別される。これまで、色再現性や吐出安定性等に優れる染料インクが多用されてきたが、インクジェット記録技術のデジタル写真サービスや商業印刷等への用途拡大により、記録画像の長期保存性が重要視されるようになってきており、染料インクに比して耐水性や耐光性等に優れる顔料インクが使用されるようになってきている。
【0003】ところで、インクジェット記録用インクの画質面での技術的課題として、特に、普通紙(非塗工紙)や、インクジェット適性のない一般の印刷用コート紙、アート紙等に記録を行った場合に、インクがこれらの内部に浸透してしまい十分な画像濃度が得られない;記録媒体表面の填料やサイズ剤等の不均一な分布に起因すると考えられる画像濃度の不均一(いわゆる印刷ムラ)が生じる;カラー画像において、異色の境界部分で色が滲んだり、不均一に混ざり合ったりする(いわゆるカラーブリード)等が挙げられる。
【0004】上記の技術的課題を解決する方法として、特開平5-202328号公報には、多価金属塩溶液を記録媒体の被記録面に適用した後に、少なくとも1つのカルボキシル基を有する染料を含むインク組成物を適用する方法が開示されている。この方法は、多価金属イオンと染料から不溶性複合体が形成され、この複合体の存在により、耐水性があり且つカラーブリードのない高品位の画像を得ることができるとされている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】上記のような2液(多価金属塩溶液とインク)を用いるインクジェット記録方法を顔料インクに適用した場合、画像濃度が高く、印刷ムラやカラーブリードのない画像を得ることはできるものの、被記録面に付着した顔料が剥がれ落ち易く、指で画像を擦ると顔料が脱落して被記録面を汚すなど、記録画像の耐擦性に劣るという問題があった。耐擦性については、インク中にバインダーとして樹脂成分を含有させることにより、その改善を図る方法が知られているが、この方法は、実用上十分な耐擦性を付与し得る量の樹脂成分を含有させると、分散安定性や保存安定性等の低下を招くおそれがあり、微小なノズルの開口からインクの液滴を吐出させるインクジェット記録方法には適用し難いものであった。
【0006】従って、本発明の目的は、耐水性及び耐光性などの顔料インクの特長を活かし、さらに、印刷ムラやカラーブリードを防止し、画像濃度が高く、耐擦性にも優れた高品位の画像を提供し得るインクジェット記録方法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、記録媒体の被記録面に、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液を塗布する前処理工程と、該前処理工程で該水性処理液が塗布された該被記録面に、顔料インクを打ち込んで記録を行うインクジェット記録工程と、該インクジェット記録工程で記録が行われた該被記録面に、該水性処理液を塗布した後、該記録媒体を加熱乾燥して、該被記録面上に皮膜を形成する皮膜形成工程とを備えることを特徴とするインクジェット記録方法を提供することにより上記目的を達成したものである。
【0008】上記方法によれば、インクジェット記録工程に先立つ前処理工程で、顔料インク凝集能を有する水性処理液を塗布するので、記録媒体の被記録面上に打ち込まれた顔料インクは、速やかに凝集して凝集物を形成し、その結果、カラーブリードや印刷ムラが無く、高い画像濃度で鮮明な高画質画像が得られる。また、この水性処理液は皮膜形成能も有しており、インクジェット記録工程後にも、該水性処理液を塗布し、加熱乾燥して、被記録面上に皮膜を形成させることにより、記録画像の耐擦性が大幅に改善される。」

(ウ) 「【0009】
【発明の実施の形態】以下、本発明のインクジェット記録方法について、各工程順に説明する。
【0010】(前処理工程)前処理工程では、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液を使用する。以下、この水性処理液について説明する。
【0011】上記水性処理液は、インクジェット記録用の水性顔料インクを凝集させる性質(顔料インク凝集能)を有する凝集剤を必須成分として含有する。凝集剤としては、水に可溶な金属塩で、後述する樹脂粒子の分散状態を阻害しないものが好ましい。金属塩は、金属イオンと、これに結合する陰イオンとから構成される。
【0012】上記金属イオンとしては、例えば、K^(+)、・・・略・・・、Mg^(2+)、・・・略・・・等が挙げられる。また、上記陰イオンとしては、Cl^(-)、・・・略・・・等が挙げられる。
・・・略・・・
【0014】上記金属塩として特に好ましいものとしては、塩化マグネシウム、硝酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、臭化マグネシウム、硝酸カルシウム、酢酸カルシウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムが挙げられ、これらの群から選ばれる1種又は2種以上を好ましく用いることができる。
【0015】また、本発明の水性処理液は、上記金属塩に加えて、樹脂粒子も必須成分として含有する。樹脂粒子は、水性処理液に皮膜形成能を付与するもので、記録画像の耐擦性の向上に大きく寄与する。
【0016】上記樹脂粒子としては、塗被面上に一定の表面強度を有する透明な樹脂皮膜を形成し得るものが好ましく、エチレン、プロピレン、スチレン、スルホン化イソプレン、アクリル酸及びメタクリル酸並びにこれらの誘導体からなる群から選ばれる1種又は2種以上をモノマーとする重合体から構成されるものが好ましい。アクリル酸及びメタクリル酸の誘導体としては、アクリル酸エステル(アクリル酸メチル、アクリル酸エチル等)、アクリルアミド、アクリロニトリル、メタクリル酸エステル等が挙げられる。
【0017】また、上記樹脂粒子の平均粒子径は、安定吐出性等の観点から、好ましくは10?200nm、更に好ましくは50?100nmである。
【0018】尚、上記樹脂粒子としては、水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態のものを使用することができる。このような樹脂エマルジョンとしては、例えば、ダイナフローK201(JSR製)、アクアキュアー513(BYK製)、ケミパール(三井化学製)等の市販の樹脂エマルジョンが好ましく用いられる。
【0019】本発明の水性処理液は、上記凝集剤を、好ましくは2?30重量%、更に好ましくは4?10重量%含有し、上記樹脂粒子を、好ましくは0.1?20重量%、更に好ましくは1?10重量%含有する。これら必須成分の含有量をこのような範囲にすることにより、顔料インクの凝集効果、皮膜形成効果及びジェットノズルからの吐出安定性のバランスにより優れた水性処理液を得ることができる。
【0020】本発明の水性処理液には、上記の凝集剤及び樹脂粒子以外に、必要に応じ、下記の如き各種添加剤の1種又は2種以上を含有させることができる。
【0021】本発明の水性処理液には、吐出安定性の確保のため、湿潤剤を含有させることが好ましい。湿潤剤としては、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,2-ヘキサンジオール、1,5-ペンタンジオール1,6-ヘキサンジオール、1,2,6-ヘキサントリオール、チオグリコール、ヘキシレングリコール等の多価アルコール類;2-ピロリドン、N-メチル-2-ピロリドン、ε-カプロラクタム等のラクタム類;尿素、チオ尿素、エチレン尿素、1,3-ジメチルイミダゾリジノン類等の尿素類;マルチトール、ソルビトール、グルコノラクトン、マルトース等の糖類等が挙げられる。
【0022】上記湿潤剤の含有量は、上記水性処理液中、好ましくは1.5?30重量%、更に好ましくは5?20重量%である。
【0023】また、本発明の水性処理液には、記録媒体への浸透性及び吐出安定性の向上の観点から、浸透剤を含有させることが好ましい。浸透剤としては、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、iso-プロピルアルコール、n-ブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、iso-ブタノール、n-ペンタノール等の低級アルキルアルコール類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル等の多価アルコールのアルキルエーテル類等が挙げられる。
【0024】上記浸透剤の含有量は、上記水性処理液中、好ましくは1.5?30重量%、更に好ましくは5?20重量%である。
【0025】また、同様の観点から、上記水性処理液には、界面活性剤を含有させることが好ましい。
・・・略・・・
【0027】上記水性処理液には、その他の添加剤として、紫外線吸収剤、光安定剤、消光剤、酸化防止剤、耐水化剤、防黴剤、防腐剤、増粘剤、流動性改良剤、pH調整剤、消泡剤、抑泡剤、レベリング剤、帯電防止剤等を含有させることができる。
【0028】上記水性処理液は、水に、上記の凝集剤及び樹脂粒子の他、必要に応じ、湿潤剤、浸透剤、界面活性剤その他の各種添加剤を適宜添加することにより、調製することができる。水としては、イオン交換水、限外濾過水、逆浸透水、蒸留水等の純水又は超純水を用いることが好ましい。また、紫外線照射又は過酸化水素添加等により滅菌処理された水は、カビやバクテリアの発生を防止して長期保存を可能とする点で好ましい。
【0029】上記水性処理液は、ジェットノズルからの吐出信頼性、皮膜形成の促進、皮膜の表面強度等の観点から、下記物性値が、それぞれ下記範囲にあることが好ましい。
・液温20℃における粘度;2?5mPa・s
・表面張力;15?40mN/m
・pH;7?9.5
上記各物性値の調整は、各成分の含有量の調整や、樹脂成分の適当な選択により、行うことができる。
・・・略・・・
【0032】(インクジェット記録工程)インクジェット記録工程は、前処理工程で水性処理液が塗布された記録媒体の被記録面に、顔料インクを打ち込んで記録を行う工程であり、公知のインクジェット方式の記録装置(インクジェットプリンタ)を用いて行うことができる。
・・・略・・・
【0033】インクジェット記録工程で用いる顔料インクとしては、インクジェット記録で使用できるものであればよく、特に制限されない。インクジェット記録用の顔料インクは、水に、着色剤として顔料を含有させたものが一般的であり、通常、保湿や浸透調整等のため、更に各種有機溶剤や界面活性剤等が含有されている。カラー画像を形成する場合は、イエロー、マゼンタ及びシアンの減法混色の3原色のインク、あるいはこれにブラックその他の色のインクを加えた4色以上のインクを用いる。
【0034】(皮膜形成工程)皮膜形成工程は、インクジェット記録工程で記録が行われた記録媒体の被記録面に、前処理工程で使用した水性処理液を塗布した後、該記録媒体を加熱乾燥して、該被記録面上に皮膜を形成する工程である。
・・・略・・・
【0038】加熱温度や加熱時間(ラインスピード)等の加熱条件は、皮膜形成を効率良く行えるよう、樹脂粒子の種類などを考慮して適宜設定することが好ましいが、過度の加熱は、いわゆるブリスター(火ぶくれ)の発生を招くため好ましくない。このような観点から、紙面温度(記録媒体の被記録面の温度)が100℃以下となるように、加熱温度や加熱時間等を調整することが好ましい。
【0039】本発明のインクジェット記録方法は、例えば、次のようにして実施することができる。
【0040】図1は、本実施形態のインクジェット記録方法の実施に使用するインクジェットプリンタの要部の斜視図である。図1に示すプリンタ10は、紙送りモータ11で駆動されるプラテンローラ12により記録媒体Mを矢標A方向に搬送し、キャリッジ13上に搭載された記録ヘッド20が、記録媒体Mの被記録面に、インクタンク30から供給される各色顔料インク及び水性処理液をそれぞれ吐出した後、これを搬出するようになしてある。キャリッジ13は、キャリッジベルト14を介してキャリッジモータ15に連結されており、ガイドレール16上を摺動して、矢標A方向と直交する矢標B1又はB2方向に往復走査するようになっている。また、プリンタ10内における図示しない排紙口の近傍には、記録媒体Mの被記録面に対し熱風を送風することが可能な熱風乾燥装置(図示せず)が設けられており、排紙前に記録媒体Mを加熱乾燥できるようになっている。
【0041】図2は、記録ヘッド20のノズル開口面20aの概略正面図である。図2中、21及び26は水性処理液を吐出するノズル列であり、22,23,24,25は、それぞれ、イエロー(Y)、マゼンタ(M)、シアン(C)、ブラック(K)の顔料インクを吐出するノズル列である。このように、主走査方向の両端のノズル列を水性処理液用とすることで双方向(B1及びB2)印字が可能となり、印字高速性が上がる。
【0042】このような構成の記録ヘッド20は、矢標B1方向に走査される場合は、記録媒体Mの被記録面に対し、先ず、ノズル列21より水性処理液をベタ打ちして帯状の処理液付着領域を形成していき(前処理工程)、続いて、該処理液付着領域に対して、受信した画像データに基づき、ノズル列22,23,24,25よりY、M、C、Kの各色顔料インクを順次打ち込んでインクジェット記録を行い(インクジェット記録工程)、続いて、記録が行われた被記録面に対して、ノズル列26より水性処理液をベタ打ちして、前処理工程で形成された処理液付着領域と同じ幅の処理液付着領域を形成していく(皮膜形成工程)。記録ヘッド20は、記録領域の矢標B1方向の終端に到達し、記録媒体Mが処理液付着領域の幅に略等しい送り量でプラテンローラ12により矢標A方向に搬送された後、矢標B2方向に走査される。この場合、先ず、ノズル列26より水性処理液をベタ打ちして帯状の処理液付着領域を形成していき(前処理工程)、続いて、該処理液付着領域に対して、ノズル列25,24,23,22よりK、C、M、Yの各色顔料インクを順次打ち込んでインクジェット記録を行い(インクジェット記録工程)、続いて、記録が行われた被記録面に対して、ノズル列21より水性処理液をベタ打ちして、処理液付着領域を形成していく(皮膜形成工程)。
【0043】一方、記録媒体Mのうち、水性処理液、顔料インク、水性処理液が順次打ち込まれた部分は、図示しない排紙口の近傍にて、図示しない熱風乾燥装置により加熱乾燥されてから(皮膜形成工程)、排出される。このような記録ヘッド20の双方向(B1及びB2方向)走査、紙送り動作及び加熱乾燥処理が繰り返されることにより、被記録面に皮膜が形成された記録物が製造される。
【0044】尚、本発明のインクジェット記録方法は、記録媒体の被記録面に、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液を塗布する前処理工程と、該前処理工程で該水性処理液が塗布された該被記録面に、顔料インクを打ち込んで記録を行うインクジェット記録工程と、該インクジェット記録工程で記録が行われた該被記録面に、該水性処理液を塗布した後、該記録媒体を加熱乾燥して、該被記録面上に皮膜を形成する皮膜形成工程とを備えていればよく、使用する顔料インクの種類や数、インクジェットプリンタの具体的構成、水性処理液の塗布方法、塗布(打ち込み)パターン等は、上記実施形態に制限されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0045】また、本発明で使用する記録媒体としては、普通紙などの非塗工紙;インクジェット記録用紙、インクジェット適性のない一般の印刷用コート紙やアート紙などの塗工紙の何れでもよく、特に制限されない。インクジェット記録用紙は、特に、高画質の画像が要求される場合に使用されるもので、一般に、紙やフィルム等の基材上に、多孔性無機粒子を主成分とするインク受容層を設けた構成となっている。多孔性無機粒子としては、多孔性非晶質シリカ、多孔性炭酸マグネシウム、多孔性アルミナ等が好ましく用いられ、その含有量は、インク受容層の乾燥重量に対して、40?90重量%程度である。インク受容層には、通常、必要な塗膜強度の確保のため、ポリビニルアルコール等のバインダー樹脂も含有される。インクジェット記録用紙は、インク受容層の質感、風合いなど(表面性)により、マット調、光沢調などに分類されるが、本発明では何れのインクジェット記録用紙でも問題なく使用できる。」

(エ) 「【0046】
【実施例】以下に、本発明の実施例及び本発明の効果を示す試験例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、斯かる実施例により何等制限されるものではない。
【0047】下記組成の水性処理液1?4を調製した。
【0048】
(水性処理液1の組成)
・塩化マグネシウム六水塩(MgCl_(2)・6H_(2)O) 8重量%
・ポリエチレン樹脂エマルジョン
「アクアキュアー513」BYK製 (樹脂成分として)2.5重量%
・グリセリン 15重量%
・トリエチレングリコールモノブチルエーテル 5重量%
・純水 バランス
計100重量%
・・・略・・・
【0052】〔実施例1〕記録媒体(「OKトップコートN」王子製紙製)の被記録面の全面に対して、インクジェットプリンタ(「EM930C」セイコーエプソン製)のシアンインクと上記水性処理液1とを入れ替えたものを用いて、シアン100%となるベタパターンで水性処理液1を打ち込んだ(前処理工程)。水性処理液1の塗布量は、固形分換算で1.1g/m^(2)であった。次いで、水性処理液1が打ち込まれた上記被記録面に対し、6色顔料インクジェットプリンタ(「MC2000」セイコーエプソン製)を用いて、各色の100%カラーパッチを印刷した(インクジェット記録工程)。次いで、上記各カラーパッチ印刷部分に対して、前処理工程で用いたEM930Cを用いて、シアン100%となるベタパターンで水性処理液1を打ち込んだ後(このときの水性処理液1の塗布量は固形分換算で1.1g/m^(2))、ドライヤー(熱風)を用いて加熱温度150℃(紙面温度80℃)で記録媒体を加熱乾燥した(皮膜形成工程)。このようにして得られたインクジェット記録物を、実施例1のサンプルとした。
【0053】〔実施例2〕実施例1において、水性処理液1に代えて、水性処理液2を用いた以外は実施例1と同様にしてインクジェット記録物を製造し、これを実施例2のサンプルとした。
・・・略・・・
【0061】実施例1?2及び比較例1?7の上記各サンプルについて、発色性、カラーブリード及び耐擦性を下記方法で評価した。また、水性処理液1?4(実施例1?2及び比較例2?5)及び樹脂入インク(比較例6?7)について、下記の要領で吐出安定性を評価した。以上の結果を下記表1に示す。
【0062】〔発色性の評価試験〕各サンプルのCMYBkの各カラーパッチについて、グレタグマクベス社製のスペクトロリーノSPM-50を用い、視野角2°(当合議体注:「2。」は「2°」の誤記である。以下、同様な誤記を修正している。)、光源D50、フィルター無しの条件で反射光学濃度(OD値)を測定し、下記評価基準により評価した。
(評価基準)
A:CMYBkの4色のOD値の合計が7.5を超える。発色性良好。
B:4色のOD値の合計が7.5?6.0。実用上問題なし。
C:4色のOD値の合計が6.0未満(平均でOD値1.5未満)。実用に堪えない。
【0063】〔カラーブリードの評価試験〕各サンプルについて、イエロー領域とブラック領域とが隣接する部分(画質低下が最も判別し易い領域)をそれぞれ目視により観察し、それらの色境界での不均一な色混じりの程度を下記評価基準により評価した。
(評価基準)
A:色混じりの無い、良好な画像が得られた。
B:色混じりが僅かに生じた。実用上問題なし。
C:色の境界がはっきりしない程、色混じりが起こった。実用に堪えない。
【0064】〔耐擦性の評価試験〕各サンプルの被記録面上に、消しゴム(幅20mm)を傾斜度60°で固定し、1kgの荷重をかけた状態で10往復擦った後の該被記録面の状態を目視で観察し、下記評価基準により評価した。
(評価基準)
A:被記録面にキズ、ハガレがない。耐擦性良好。
B:被記録面にキズが入るが、実用上問題なし。
C:被記録面にハガレが発生する。実用に堪えない。
【0065】〔水性処理液及び樹脂入インクの吐出安定性の評価試験〕上記各液を、インクジェットプリンタ(「PM800C」セイコーエプソン製)に充填した。このプリンタを、通常通り稼働させて各液が安定して吐出されることを確認した後、記録ヘッドをホ-ムポジションから外した状態にし、温度50℃、相対湿度40%の環境下にて4週間放置した。その後、このプリンタを通常の室内環境下に移し、プリンタの本体温度が室温に下がるまで待ってから本体電源を入れ、記録媒体に対して各液をベタ打ちして、その吐出状態を目視で観察した。また、吐出が不安定になった場合は、所定のクリーニング動作を行い、各液が安定して吐出されるまでに要したクリーニング動作回数を数えた。これらを総合して、下記評価基準により評価した。
(評価基準)
A:目詰まりを起こすことなく、安定して吐出された。吐出安定性良好。
B:目詰まりを起こし、復帰に2回以内のクリーニング動作を要する。実用上問題なし。
C:目詰まりがひどく、復帰に2回以上のクリーニング動作を要する。実用に堪えない。
【0066】
【表1】

【0067】
【発明の効果】本発明によれば、印刷ムラやカラーブリードを防止し、画像濃度が高く、耐擦性にも優れた高品位の画像を実現することができる。また、この画像は、耐水性や耐光性等に優れた顔料インクにより形成されているので、染料インクにより画像が形成された記録物に比べて、長期保存性にも優れている。また、上記水性処理液は吐出安定性に優れているため、インクジェットノズルの目詰まりなどを起こすおそれがなく、簡易な工程で比較的安価に高品位の記録物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のインクジェット記録方法の一実施形態に使用するインクジェットプリンタの要部の斜視図である。
【図2】図1に示すインクジェットプリンタにおける記録ヘッドのノズル開口面の概略正面図である。
【符号の説明】
10 インクジェットプリンタ
11 紙送りモータ
12 プラテンローラ
13 キャリッジ
14 キャリッジベルト
15 キャリッジモータ
16 ガイドロール
20 記録ヘッド
20a ノズル開口面
21?26 ノズル
30 インクタンク
M 記録媒体」

(オ) 「【図1】


(カ) 「【図2】



イ 引用発明1
上記ア(エ)より、引用例1には、「水性処理液1」の発明として、以下の発明が記載されているものと認められる(以下、「引用発明1という。」)。
「下記の組成の水性処理液1。
(水性処理液1の組成)
・塩化マグネシウム六水塩(MgCl_(2)・6H_(2)O) 8重量%
・ポリエチレン樹脂エマルジョン
「アクアキュアー513」BYK製 (樹脂成分として)2.5重量%・グリセリン 15重量%
・トリエチレングリコールモノブチルエーテル 5重量%
・純水 バランス
計100重量%」

ウ 引用発明2
(ア) 上記ア(ウ)の引用例1の段落【0009】?【0028】の発明の実施の形態の「水性処理液」の一般記載から、「樹脂粒子の平均粒子径」を「10?200nm」とし、「樹脂粒子」として、「水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態の」「ケミパール(三井化学製)」を用いた、「水に」、「凝集剤及び樹脂粒子」、「湿潤剤、浸透剤、界面活性剤」を「添加することにより」「調製」された「顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液」の発明として、以下のものが記載されているものと認められる(以下、「引用発明2」という。)。

「水に、インクジェット記録用の水性顔料インクを凝集させる性質(顔料インク凝集能)を有する凝集剤、塗被面上に一定の表面強度を有する透明な樹脂皮膜を形成し得る樹脂粒子、吐出安定性の確保のための湿潤剤、記録媒体への浸透性及び吐出安定性の向上のための浸透剤、界面活性剤を添加することにより調製された、顔料インク凝集能及び皮膜形成能を有する水性処理液であって、
上記凝集剤は、水に可溶な、塩化マグネシウム等の金属塩であり、
上記樹脂粒子の平均粒子径は、10?200nmであり、樹脂粒子として、水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態のケミパール(三井化学製)を用い、
上記湿潤剤は、グリセリン等の多価アルコール類、ラクタム類、尿素類、糖類であり、
上記浸透剤は、低級アルキルアルコール類、トリエチレングリコールモノブチルエーテル等の多価アルコールのアルキルエーテル類である、
水性処理液。」

(2) 引用発明1を主引用発明とした場合の判断
ア 本件特許発明1について
(ア) 対比
本件特許発明1と引用発明1とを対比する。
a 引用発明1の「水性処理液1」は「組成」として、「塩化マグネシウム六水塩(MgCl_(2)・6H_(2)O)」を「8重量%」、「ポリエチレン樹脂エマルジョン」として、「アクアキュアー513」(「BYK製」)を「(樹脂成分として)2.5重量%」、「グリセリン」を「15重量%」、「トリエチレングリコールモノブチルエーテル」を「5重量%」、「純水」を「バランス」量含み、「計100重量%」としたものである。

b 上記aより、引用発明1の「水性処理液1」は、「ポリエチレン樹脂」の「エマルジョン」である「アクアキュアー513」(「BYK製」)を含んでいる。
「ポリエチレン樹脂」の「エマルジョン」である「アクアキュアー513」(「BYK製」)は、「ポリエチレン樹脂」からなる粒子を含んでいることは技術的に明らかなことである。
また、「ポリエチレン(樹脂)」が「ポリオレフィン(樹脂)」に属することは、技術常識である。
そして、「アクアキュアー513」(「BYK製」)は「酸化高密度ポリエチレンワックス」(「Oxidized High Density Polyethylene wax」)のエマルジョンであるから、そのポリエチレン樹脂は、「塩素化ポリオレフィン樹脂」に該当しない(合議体注:この点は、本件特許明細の段落【0170】の「・AQUACER513・・・略・・・[ビックケミー社製非塩素化ポリエチレンワックス・・・略・・・D50:110nm]」との記載からも確認できることである。)。
そうすると、引用発明1の「ポリエチレン樹脂」からなる粒子は、本件特許発明1の「ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合」「を除く)」に相当する。
また、引用発明1の「水性処理液1」は、本件特許発明1の「フィルム基材用前処理液」における、「ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合」「を除く)」「を含み」との要件を具備する。

c 上記aより、引用発明1の「水性処理液1」は、「塩化マグネシウム」(「MgCl_(2)」)を含んでいる。
引用発明1の「塩化マグネシウム」(「MgCl_(2)」)は、技術的にみて、本件特許発明1の「凝集剤」に相当する(引用例1の段落【0011】、【0012】、【0014】の記載からも確認できることである。)。
また、「塩化マグネシウム」(「MgCl_(2)」)が、水に可溶な金属塩であることは、技術常識である。
そうしてみると、引用発明1の「水性処理液1」は、金属塩を含有するということができる。
したがって、引用発明1の「水性処理液1」は、本件特許発明の「フィルム基材用前処理液」における、「凝集剤(B)」「を含み」との要件を具備する。
また、引用発明1の「水性処理液1」と、本件特許発明1の「フィルム基材用前処理液」は、「前記凝集剤(B)が」、「金属塩を含有する」点で共通している。

d 上記aより、引用発明1の「水性処理液1」は、「純水」を含んでいる。
引用発明1の「純水」は、本件特許発明1の「水」に相当し、引用発明1の「水性処理液1」は、本件特許発明1の「フィルム基材用前処理液」における、「水」「を含み」との要件を具備する。

e 上記aより、引用発明1の「水性処理液1」は、「トリエチレングリコールモノブチルエーテル」を含んでいる。
「トリエチレングリコールモノブチルエーテル」がプロトン性の有機溶媒であることは、技術常識である。
そうしてみると、引用発明1の「トリエチレングリコールモノブチルエーテル」は、本件特許発明1の「プロトン性有機溶媒」に相当し、引用発明1の「水性処理液1」は、本件特許発明1の「フィルム基材用前処理液」における、「プロトン性有機溶媒」「を含み」との要件を具備する。

f 上記a?eを勘案すると、引用発明1の「水性処理液1」は、本件特許発明1の「処理液」に相当する。
また、上記a?dより、引用発明1の「水性処理液1」と、本件特許発明1の「フィルム基材用前処理液」は、「処理液が」、「ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合」「を除く)」「と、凝集剤」「と、水と、プロトン性有機溶媒を含」んでいる点で共通する。

g 以上の対比結果を踏まえると、本件特許発明1と引用発明1とは、
「処理液であって、
前記処理液が、ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)と、凝集剤(B)と、水と、プロトン性有機溶媒を含み、
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)
凝集剤(B)が、金属塩を含有する、処理液。」である点で一致し、以下の相違点で相違する、又は、一応、相違する。

(相違点1-1)
本件特許発明1は、「水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液」であるのに対して、
引用発明1は、「水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液」であるのか、一応、判らない点。

(相違点1-2)
「ポリオレフィン樹脂粒子(A)」が、
本件特許発明1は、「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く」ものであり、「軟化温度が50?90℃であ」るのに対して、
引用発明1は、そのような構成となっているかどうか不明である点。

(相違点1-3)
「金属塩」が、
本件特許発明1は、「25℃における溶解度が5?55g/100gH_(2)O」であるのに対して、
引用発明1(塩化マグネシウム六水塩)は、55g/100gH_(2)O程度である点。

(イ) 判断
事案に鑑み、まず(相違点1-2)について検討する。
a 引用発明1の「水性処理液」に含まれる「ポリエチレン樹脂」の「エマルジョン」である「アクアキュアー513」(「BYK製」)の軟化温度について検討する。
本件特許発明1における「軟化温度」は、本件特許明細書の【0036】に記載の「融点測定器」を用いた目視評価による測定方法によるものであるところ、本件特許明細書の【0170】によれば、「アクアキュアー513」(「BYK製」)の「軟化温度」は、125℃であることが示されている。
そうすると、本件特許発明1における「軟化温度」の誤差範囲を考慮したとしても、引用発明1の「アクアキュアー513」(「BYK製」に含まれる「ポリエチレン樹脂」の本件特許発明1でいうところの「軟化温度」が「50?90℃」との要件を満たすものであるということができない。
そうすると、相違点1-2は実質的な相違点を構成する。

b 引用発明1の「ポリエチレン樹脂エマルジョン」に関連して、引用例1の【0015】?【0019】には、次のとおり記載されている。
「【0015】また、本発明の水性処理液は、上記金属塩に加えて、樹脂粒子も必須成分として含有する。樹脂粒子は、水性処理液に皮膜形成能を付与するもので、記録画像の耐擦性の向上に大きく寄与する。」
「【0016】上記樹脂粒子としては、塗被面上に一定の表面強度を有する透明な樹脂皮膜を形成し得るものが好ましく、エチレン、プロピレン、スチレン、スルホン化イソプレン、アクリル酸及びメタクリル酸並びにこれらの誘導体からなる群から選ばれる1種又は2種以上をモノマーとする重合体から構成されるものが好ましい。アクリル酸及びメタクリル酸の誘導体としては、アクリル酸エステル(アクリル酸メチル、アクリル酸エチル等)、アクリルアミド、アクリロニトリル、メタクリル酸エステル等が挙げられる。」
「【0017】また、上記樹脂粒子の平均粒子径は、安定吐出性等の観点から、好ましくは10?200nm、更に好ましくは50?100nmである。」
「【0018】尚、上記樹脂粒子としては、水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態のものを使用することができる。このような樹脂エマルジョンとしては、例えば、ダイナフローK201(JSR製)、アクアキュアー513(BYK製)、ケミパール(三井化学製)等の市販の樹脂エマルジョンが好ましく用いられる。」
「【0019】本発明の水性処理液は、上記凝集剤を、好ましくは2?30重量%、更に好ましくは4?10重量%含有し、上記樹脂粒子を、好ましくは0.1?20重量%、更に好ましくは1?10重量%含有する。これら必須成分の含有量をこのような範囲にすることにより、顔料インクの凝集効果、皮膜形成効果及びジェットノズルからの吐出安定性のバランスにより優れた水性処理液を得ることができる。 」
そうしてみると、引用例1には、「水性処理液」に含まれる「樹脂粒子」については、「皮膜形成機能」、「皮膜」の「表面強度」(「耐擦性」)を付与するものであることや、「吐出安定性」に関連して、「平均粒子径」や「含有量」については記載があると認められる。しかしながら、引用例1には、「樹脂粒子」に求められる特性として、「樹脂粒子」の「軟化点」があることや、「成膜性」(本件特許の明細書の【0031】)や「密着性」(同【0036】)を考慮して「樹脂粒子」の「軟化点」を特定の範囲とするといった技術思想は記載も示唆もされていない。また、このような事項が本件出願前の当業者における周知技術や技術常識であったと認めることもできない。
そうすると、引用発明1において、「ポリオレフィン樹脂粒子」の「軟化温度」を「50?90℃」とする動機付けがない。
念のため、引用発明1(「水性処理液1」)に「皮膜形成機能」や「表面強度」(耐擦性)を付与するとの観点から、一般論として「ポリエチレン樹脂」粒子の「融点」、「軟化温度」あるいは「最低造膜温度」(樹脂エマルジョン粒子を水に分散させて得られた樹脂エマルジョンをアルミニウム板に薄く塗布し、温度を上げて(乾燥させて)いったときに連続な膜が形成される最低温度(特開2002-347338号公報の【0097】、特開2012-251047号公報の【0227】等))などの特性が関係することまでは当業者が把握できると仮定して検討しても、結論は変わらない。すなわち、引用発明1は、「樹脂粒子」だけでなく他の組成も含む組成物であって、かつ、「皮膜」及び「インクジェット記録物」の形成が「水性処理液1」(引用発明1)、「顔料インク」及び「水性処理液1」(引用発明1)をこの順で塗布して、「加熱温度150℃(紙面温度80℃)」の加熱乾燥で行われることを前提・特徴とするものである(【0007】、【0008】、【0052】等)。そして、このような前提・特徴の引用発明1において、「皮膜形成機能」、「皮膜」の「表面強度」及び「吐出安定性」に関し優れたものが求められる「水性処理液1」に含まれる「ポリオレフィン樹脂」粒子について、特に「軟化温度」に着目すること、さらに、「ポリオレフィン樹脂」粒子の「軟化温度」を「50?90℃」とすることが、当業者にとって自明のこととも認められない。
また、特許異議申立人が提出した、甲第3号証(引用例4)、甲第4号証(特開2005-74655号公報)、甲第5号証(引用例5)、甲第6号証(再公表特許第WO2009/110263号(引用例6が対応する))のいずれにも、上記相違点1-2に係る本件特許発明1の構成は記載も示唆もされていない。

c なお、引用例1の【0018】には、「樹脂粒子」として、「ケミパール(三井化学製)」が例示されているところ、「ケミパール(三井化学製)」の中には、「軟化温度」が「50?90℃」の範囲内にあり、吐出安定性の観点(引用例1の【0017】)からみても問題のない粒径の製品(「Sシリーズ」の型番「S100」、「S111」、「S120」、「S650」等)もある(引用文献2及び引用文献3)。
しかしながら、「ケミパール」の「Sシリーズ」は、本件特許発明1において「除く」とされている、「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子」に該当する(令和元年12月2日付け意見書において特許権者が提出した乙第2号証(「Mitsui Chemicals」「コーティング・機能材事業部」「工業材料グループ」、「真球状ポリオレフィン水分散体」「ケミパール^(TM)」の10頁等の記載等参照。)。
そうしてみると、仮に、引用発明1の「ポリエチレン樹脂エマルジョン」を上記「ケミパール(三井化学製)」の「S100」等に置き換えたとしても、本件特許発明1の構成に到らない。

d 特許異議申立人は、令和2年1月9日提出の意見書の「(3-3)申立人の意見」「(3-3-3)進歩性について」(同意見書6?7頁)において、上記(相違点1-2)について、[A]「引用例1の【0018】には、『尚、上記樹脂粒子としては、水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態のものを使用することができる。このような樹脂エマルジョンとしては、例えば、ダイナフローK201(JSR製)、アクアキュアー513(BYK製)、ケミパール(三井化学製)等の市販の樹脂エマルジョンが好ましく用いられる。』が記載されており(下線は申立人)、ケミパールSに限定されて記載されているわけではない。」、[B]「特許権者が提出した技術文献によると、ケミパールSにはカルボキシル基が主鎖に導入されていることが確かに記載されているが、ケミパールには、ケミパールS以外にもAタイプ、Mタイプのケミパールも存在する。」、[C]「Aタイプ、Mタイプのケミパールは、いずれも引用例1の段落【0016】に記載されているようなエチレンをモノマーとする重合体から構成されるものであり、引用例1の段落【0018】に記載されているような水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン状態のものである。」、[D]「そして、特許権者はAタイプ、Mタイプのケミパールがカルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂であることは何ら立証していない。」、[E]「さらに、平成31年2月15日付け特許異議申立書でも述べた通り引用例3には、Aタイプ、Mタイプ、Sタイプのケミパールシリーズが記載されている。(表省略)上の表より、ケミパールシリーズは、ビカット軟化点が<40℃から75℃の各種グレードが存在し、そのケミパールシリーズの中でもAタイプ、Mタイプ、Sタイプについては、軟化温度(ピカット軟化点)が50?90℃の範囲と重複する。」、[F]「特許権者の訂正によって訂正発明1におけるポリオレフィン樹脂粒子(A)からケミパールSが除かれることが認められるとしても仮定した場合であっても、少なくとも軟化温度(ピカット軟化点)の範囲が重複するAタイプ、Mタイプのケミパールに置き換えることは容易であり、格段の困難性を有するとはいえない。」、[G]「以上のことに鑑みると、カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂を除外したとしても引用例1の段落【0018】にケミパールを使用できると示唆がある以上、依然として進歩性を欠如することは明らかである。」旨主張している。
しかしながら、引用例1における発明が解決しようとする課題(【0005】、【0006】)、課題を解決するための手段やその作用(【0007】、【0008】)、発明の効果(【0067】)、発明の実施の形態(【0011】、【0014】?【0019】、【0023】、【0029】)、実施例1(【0066】【表1】)等の記載からみて、引用発明1の「水性処理液1」は、インク凝集能、皮膜形成機能を有し、発色性・カラーブリード、耐擦性(表面強度)に優れ、かつ、吐出安定性に優れたものと理解される。また、引用発明1において、【0018】の記載・示唆に基づき、水性媒体中に樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態の樹脂粒子として、「アクアキュアー513(BYK製)」に置き換えて、「ケミパール(三井化学製)」を採用しようとする当業者は、皮膜形成能、耐擦性(表面強度)に加え「吐出安定性」についても当然考慮する(「微小なノズルの開口からインクの液滴を吐出させる」インクジェット記録方式において、その前提として「吐出安定性」(目詰まりがないこと)が求められることは当然である。)。そうすると、当業者は、引用例1の【0018】だけでなく【0017】の「吐出安定性」から樹脂粒子の平均粒子径としては10?200nmが好ましいとの記載・示唆も参考にする。
してみると、引用発明1において、水性媒体中に該樹脂粒子を分散させた樹脂エマルジョン形態の「ケミパール」として、「Aタイプ」、「Mタイプ」を採用することは、当業者が容易になし得たことであるということはできない。
なぜならば、引用例3(甲第2号証に対応する)から、「ケミパール」「Aタイプ」の型番「A100」、「A400」、及び「Mタイプ」の型番「M200」の「コールカウンター法」により測定された「粒径」は、それぞれ「4μm」、「4μm」及び「6μm」であると把握できる。引用発明1の「アクアキュアー513」に含まれるポリエチレン樹脂粒子の平均粒子径(150nm程度)を基準にし、仮に、型番が「A100」(粒径「4μm」)を採用した場合を考えると、約27倍(4000/150=26.7・・・)の粒子径の樹脂粒子(約700倍の断面積の樹脂粒子、あるいは約19000倍の体積の樹脂粒子)が微小なノズルを通過することになる(粒子径の分散を考慮すると、更に大きな粒径の樹脂粒子がインクジェットノズルを通過することが想定される。)。吐出安定性、ノズルの目詰まりを考慮する当業者であれば、「4μm」、あるいは「6μm」のような極端に大きい粒径の「Aタイプ」、「Mタイプ」の「ケミパール」を採用しようとは考えない。
してみると、上記の特許異議申立人の主張を採用することはできない。

e 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用発明1及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(ウ) 小括
本件特許発明1は、当業者が引用発明1及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

イ 本件特許発明2、4、5について
本件特許の特許請求の範囲の請求項2、4、5は、いずれも、請求項1の記載を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明2、4、5は、本件特許発明1の構成を全て具備し、これに限定を加えたものである。そうしてみると、本件特許発明2、4、5も、当業者が引用発明1及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3) 引用発明2を主引用発明とした場合の判断
ア 本件特許発明1について
(ア) 一致点及び相違点
本件特許発明1と引用発明2とは、
「処理液であって、
前記処理液が、ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)と、凝集剤(B)と、水と、プロトン性有機溶媒を含み、
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)が、軟化温度が50?90℃であり
凝集剤(B)が、金属塩を含有する、処理液。」である点で一致し、以下の相違点で相違する、又は、一応、相違する。

(相違点1-1’)
本件特許発明1は、「水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液」であるのに対して、
引用発明2は、「水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液」であるのか、一応、判らない点。

(相違点1-2’)
「ポリオレフィン樹脂粒子(A)」が、
本件特許発明1は、「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く」ものであるのに対して、
引用発明2は、「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子」である点。

(相違点1-3’)
「金属塩」が、
本件特許発明1は、「25℃における溶解度が5?55g/100gH_(2)Oである」のに対して、
引用発明2は、そのような構成となっているか判らない(「塩化マグネシウム等の金属塩である」)点。

(イ) 判断
事案に鑑み、まず相違点1-2’について検討する。
a 相違点1-2’についての判断は、相違点1-2についてした上記(2)ア(イ)(特にd)の判断と同様である。
すなわち、「ケミパール(三井化学製)」の「Aタイプ」、「Mタイプ」軟化温度が「50?90℃」であるとしても、インクジェット記録時の吐出安定性、ノズルの目詰まりを考慮する当業者は、引用発明2において、好ましい「10?200nm」の粒子径に比較して、粒子径が大きい「Aタイプ」、「Mタイプ」を採用することは考えない。
そうすると、引用発明2において、上記相違点1-2’に係る本件特許発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことということはできない。

b してみると、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、当業者が引用発明2及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

(ウ) 小括
本件特許発明1は、当業者が引用発明2及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

イ 本件特許発明2、4、5について
本件特許発明2、4、5は、いずれも、本件特許発明1の構成を全て具備し、これに限定を加えたものである。そうすると、本件特許発明2、4、5も、当業者が引用発明2及び引用例2?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるということはできない。

2 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消し理由2(明確性)について
(1) 本件訂正請求による訂正により訂正された、特許請求の範囲の請求項1には、「前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)が、軟化温度が50?90℃であり、」と記載されている。また、当該「軟化温度」について、本件特許の明細書の段落【0036】には、「軟化温度は、融点測定器を用いた目視評価により測定することができる。」、「例えば、アズワン社製融点測定器「ATM-01」を用い、あらかじめ成膜させたポリオレフィン樹脂粒子(A)のサンプル約0.1gを熱板上に乗せ、室温から温度を少しずつ上昇させたとき、前記サンプルが溶解した温度を軟化温度とする。」と記載されている。
そうしてみると、本件特許発明における「軟化温度」は、例えば、アズワン社製融点測定器「ATM-01」を用いて、あらかじめ成膜させたポリオレフィン樹脂粒子(A)のサンプル約0.1gを熱板上に乗せ、室温から温度を少しずつ上昇させたとき、サンプルが溶解したと目視で評価されたときの温度を意味すると認められる。

(2) ここで、融点測定器「ATM-01」に関し、融点測定機「ATM-01」(アズワン株式会社製)のカタログ(「1-5804-01 融点測定機 ATM-01」、[online]、アズワン株式会社、[令和元年9月25日検索]、インターネット<URL:https://axel.as-1.co.jp/asone/d/1-5804-01/>)(甲第7号証に対応するもの)によれば、融点測定機「ATM-01」の「特徴」は、「化合物/樹脂/ワックス等の溶融点・軟化点が容易に測定できます。」、「温度表示はデジタルで見やすくなっています。」であり、「仕様」は、「温度表示:デジタル表示(1℃単位)」であることが確認できる。
また、融点測定機「ATM」シリーズについての「よくある質問(FAQ)」の「[1-5804-01]JIS規格に準拠した測定装置でしょうか?」(「[1-5804-01]JIS規格に準拠した測定装置でしょうか?」、[online]、アズワン株式会社、[令和元年9月25日検索]、インターネット<URL:https://faq.as-1.co.jp/faq/show/5539?site_domain=default>)(甲第7号証に対応するもの)には、「ATM-01」について、「本商品は、カバーグラスの上から、化合物の溶融状態を目視観察で融点を簡便に測定する測定器です。」、「融点の場合は、溶融状態で判断しやすいですが、軟化点の場合は徐々に柔らかくなるので、目視での判断は測定誤差が大きいと判断します。」、「また、軟化点測定の使用例はございません。」、「さらにJISやASTMの軟化点測定にも準拠しておりません。」と記載されている。
さらに、融点測定機「ATM」シリーズについての「よくある質問(FAQ)」の「[1-5804-01]温度表示精度を教えて下さい」(「[1-5804-01]温度表示精度を教えて下さい」、[online]、アズワン株式会社、[令和元年9月25日検索]、インターネット<URL:https://faq.as-1.co.jp/faq/show/5538?back=front%2Fcategory%3Ashow&category_id=6592&page=1&site_domain=default&sort=sort_access&sort_order=desc>)には、「ATM-01」について、「温度表示精度は約±3℃になります。」とも記載されている。

(3) 上記(1)と(2)より、本件特許の明細書の【0036】に記載された、目視評価による軟化温度の測定方法では、測定誤差が大きいことが理解できる。また、上記(2)によれば、融点測定機「ATM-01」の温度表示精度は、その温度表示が1℃単位のデジタル表示であるとしても、約±3℃の誤差が含まれ得ることも理解できる。

(4) 以上のとおり、本件特許発明の「軟化温度」については、本件特許の明細書の【0036】に、その測定方法が明確に記載されているから、当業者ならば、本件特許発明の「軟化温度」が有する誤差範囲についても明確に理解することができる。
したがって、本件特許発明は、明確である。

(5) 特許異議申立人は、令和2年1月9日付けの意見書において、[A]「本件明細書の段落[0036]には、『軟化温度は50?100℃のものを用いることが好ましく、60?90℃のものを用いることがより好ましく、65?85℃のものを用いることが特に好ましい。』が記載されている。つまり、本件明細書の段落[0036]に1の位が0の場合のみならず、1の位が0でない数値範囲も好ましい範囲として記載がされており、本件明細書の段落[0036]の記載に接した当業者であればこの軟化温度の有効数字は、むしろ2桁と考えることが自然である。」、[B]「アズワン社製融点測定機「ATM-01」にて測定される軟化温度の有効数字が2桁である以上、訂正発明1の軟化温度の有効数字も同様に2桁と解釈するべきである。」、[C]「以上のことに鑑みると,少なくとも本件特許においては、1の位が0の場合で有っても2桁の整数で表記されていれば、有効数字は2桁であると解釈すべきものであって、1の位が0の場合には有効数字が1桁であると解釈すべき根拠が見いだせるものでない。」、[E]「温度表示精度は約±3℃の誤差が生じ得ることや、低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、及びポリプロピレンではピカット軟化温度の標準偏差が5℃を超えるものであり測定するポリオレフィン樹脂によっては温度表示精度が5℃を超え得るものであることに鑑みると、『ポリオレフィン樹脂粒子(A)が、軟化温度が50?90℃であり、』との構成要件は依然として明確であるとはいえないものである。」旨主張している。
確かに、本件特許の請求項1及び明細書には、「軟化温度」が、有効数字2桁と理解される表記で記載されている。しかしながら、上記(1)?(4)で述べたとおりであるから、当業者ならば、本件特許発明の「軟化温度」の有効数字が2桁であると理解することはできない。
したがって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。

(6) 以上のとおりであるから、取消しの理由2(明確性)によっては、本件特許を取り消すことはできない。

第6 平成31年4月23日付け取消理由通知書において特許権者に通知した取消しの理由2(明確性)について
平成31年4月23日付けで特許権者に通知した取消理由「理由2(明確性)」において指摘した、請求項3の記載が不備な点については、本件訂正請求による訂正により、対象となっていた請求項3が削除されたため、当該取消理由は解消した。

第7 取消理由通知(決定の予告)において取り上げなかった特許異議申立理由について
1 特許異議申立人は、特許異議申立書において、(理由2)として、本件特許の請求項1?5に係る発明は、甲第4号証(特開2005-74655号公報)(主引用例)、甲第1号証(引用例1)、甲第2号証(引用例2、3に対応)、甲第5号証(引用例5)、甲第6号証(再公表特許第WO2009/110263号(引用例6が対応する))に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるため、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであると主張している。

2 特許異議申立書の(理由2)について
(1) 甲第4号証(特開2005-74655号公報)の記載から把握される発明
甲第4号証(特開2005-74655号公報)の特許請求の範囲、【0001】(【技術分野】)、【0005】、【0006】(【発明が解決しとうとする課題】)【0007】?【0010】(【課題を解決するための手段】)、【0011】(【発明の効果】)、【0013】、【0014】(「凝集剤」について)、【0020】?【0022】(「ポリオレフィン系樹脂粒子」について)、【0023】?【0025】(「溶剤」について)、【0031】(「水性顔料インク」について)、【0038】、【0042】、【0053】?【0060】(特に、【0055】の実施例3)、【0071】【表1】等から理解される、請求項1に記載された発明を具体化した〔実施例3〕の「反応液」の発明として、以下の発明が記載されているものと認められる(以下、「引用発明3」という。)。

「少なくとも色材として顔料を含有する水性インクと併用されるインクジェット記録用反応液であって、
下記成分を混合し常温で30分攪拌した後、5μmのメンブランフィルターで濾過することにより調製された反応液。
(反応液組成)
・硫酸マグネシウム 10重量%
・ヒドロキシエチルセルロース(2%水溶液) 4重量%
・ポリオレフィン系樹脂粒子 3重量%
(ビックケミージャパン製、AQUACER513、MFT125℃)
・グリセリン 18重量%
・トリエチレングリコールモノブチルエーテル 3重量%
・トリエタノールアミン(pH調整剤) 0.1重量%
・オレフィン系界面活性剤 0.01重量%
(日信化学製、サーフィノール485)
・純水 バランス
計100重量%」

(2) 本件特許発明1について
ア 相違点
本件特許発明1と引用発明3とを対比すると、両者は、次の相違点において少なくとも相違する。

(相違点1-3)
「ポリオレフィン樹脂粒子」が、
本件特許発明1は、「カルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く」ものであり、「軟化温度が50?90℃であ」るのに対して、
引用発明3は、そのような構成となっているかどうか不明である点。

イ 判断
上記相違点1-3について検討する。
(ア) 引用発明3の「ポリオレフィン系樹脂粒子」は「AQUACER513」(「ビックケミージャパン製」)であり、その「MFT」(「最低造膜温度」)は「125℃」である。ここで、「MFT」(「最低造膜温度」)は、「軟化温度」とは定義が異なる。

(イ) 引用発明3の「ポリオレフィン系樹脂粒子」に関連して、甲第4号証の【0020】には、次の記載がある。
「【0020】 本発明の反応液には、上記のインク凝集剤及びヒドロキシアルキルセルロースの他に、さらに、ポリオレフィン系樹脂粒子を含有させることが好ましい。これにより、記録画像の耐擦性をより一層高めることができる。ポリオレフィン系樹脂粒子としては、例えば、ビックケミージャパン製のAQUACERシリーズやCERAFLOURシリーズ等のワックスエマルジョンが挙げられる。これらのなかでも、最低造膜温度(MFT)が、反応液やインク付与後の記録媒体の強制乾燥時の乾燥温度(紙面温度)を超えるものが好ましく、具体的には、記録媒体の種類にもよるが、90?130℃の範囲にあるものが好ましい。このようなワックスエマルジョンとしては、例えばAQUACER531、AQUACER513等のノニオン系ワックスエマルジョンが挙げられる。」
そうしてみると、「インクジェット記録用反応液」に含まれる「ポリオレフィン系樹脂粒子」については、耐擦性の高めるためのものであること、「ポリオレフィン系樹脂粒子」の最低造膜温度(MFT)は、反応液やインク付与後の記録媒体の強制乾燥時の乾燥温度(紙面温度)を超えるものが好ましく、90?130℃の範囲にあるものが好ましいことについては記載があると認められる。
しかしながら、甲第4号証には、「インクジェット記録用反応液」の耐擦性の向上との関係において、ポリオレフィン系樹脂粒子の「軟化温度」にも着目することや、「成膜性」(本件特許の明細書の【0031】)や「密着性」(同【0036】)を考慮して「ポリオレフィン系樹脂粒子」の「軟化点」を特定の範囲とするといった技術思想は記載も示唆もされていない。また、このような事項が本件出願前の当業者における周知技術や技術常識であったと認めることもできない。
そうすると、引用発明3において、「ポリオレフィン樹脂粒子」の「軟化温度」を「50?90℃」とする動機付けがない。
また、引用発明3の「インクジェット記録用反応液」においては、「ポリオレフィン系樹脂粒子」は、その「最低造膜温度(MFT)が、反応液やインク付与後の記録媒体の強制乾燥時の乾燥温度(紙面温度)を超えるものが好ましく、具体的には「90?130℃」の範囲(引用発明3はMTF「125℃」)にあるものが好ましいところ、このような前提・特徴の引用発明3の「インクジェット記録用反応液」において、耐擦性の向上のために含有される「ポリオレフィン系樹脂粒子」の「軟化温度」にも着目して、その軟化温度を「50?90℃」とすることが、当業者にとって自明のこととも認められない。
念のため、当業者が、「ポリオレフィン系樹脂粒子」として、引用例1の【0018】に例示される「ケミパール(三井化学製)」のうち、「軟化温度」が「50?90℃」の範囲内にあり、吐出安定性の観点(甲第4号証の【0021】、引用例1の【0017】)からみても問題のない粒径の製品である「Sシリーズ」の「S100」等のエマルジョン(引用文献2及び引用文献3)に着目できたと仮定する。
しかしながら、仮に、引用発明3における「ポリオレフィン系樹脂粒子」として、「S100」等を採用したとしても、本件特許発明1の構成に到らないことは、上記「第5」1(2)ア(イ)において述べたとおりである。
また、吐出安定性、ノズルの目詰まりを考慮する当業者が、引用発明3において、粒子径が大きい「ケミパール」の「Aタイプ」、「Mタイプ」(引用文献2及び引用文献3)の「ケミパール」を採用しようとは考えないことも既に述べたとおりである。
また、特許異議申立人が提出した、甲第1号証(引用例1)、甲第3号証(引用例4)、甲第5号証(引用例5)、甲第6号証(再公表特許第WO2009/110263号(引用例6が対応する))のいずれにも、上記相違点1-3に係る本件特許発明1の構成は記載も示唆もされていない。

(ウ) してみると、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、引用発明3及び引用例1?6に記載された技術に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

ウ 小括
本件特許発明1は、当業者が引用発明3及び引用例1?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。

(3) 本件特許発明2、4、5について
本件特許発明2、4、5は、いずれも、本件特許発明1の構成を全て具備し、これに限定を加えたものである。そうすると、本件特許発明2、4、5も、当業者が引用発明3及び引用例1?6に記載された技術に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるということはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1、2、4、5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、請求項1、2、4、5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項3は、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項3に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する特許法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性顔料インクジェットインキ印刷用のフィルム基材用前処理液であって、
前記前処理液が、ポリオレフィン樹脂粒子(A)(塩素化ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合、及びカルボキシル基を直接主鎖に導入した変性ポリオレフィン樹脂粒子を含む場合を除く)と、凝集剤(B)と、水と、プロトン性有機溶媒を含み、
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)が、軟化温度が50?90℃であり、
前記凝集剤(B)が、25℃における溶解度が5?55g/100gH_(2)Oである金属塩を含有する、フィルム基材用前処理液。
【請求項2】
前記ポリオレフィン樹脂粒子(A)の50%粒子径(D50)が、10?500nmである、請求項1記載のフィルム基材用前処理液。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
表面張力が、20?40mN/mである、請求項1または2に記載のフィルム基材用前処理液。
【請求項5】
請求項1、2または4いずれか記載のフィルム基材用前処理液と、顔料、顔料分散樹脂、水溶性有機溶剤、及び、水を含む水性顔料インクジェットインキとからなるインキセットであって、
前記顔料分散樹脂の酸価が、30?375mgKOH/gであることを特徴とするインキセット。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-02-13 
出願番号 特願2017-195338(P2017-195338)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B41M)
P 1 651・ 121- YAA (B41M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 野田 定文  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 河原 正
宮澤 浩
登録日 2018-07-27 
登録番号 特許第6372674号(P6372674)
権利者 東洋インキ株式会社 東洋インキSCホールディングス株式会社
発明の名称 前処理液、及び前記前処理液を含むインキセット  
代理人 三好 秀和  
代理人 三好 秀和  
代理人 三好 秀和  

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