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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F02M
管理番号 1362015
審判番号 不服2019-6713  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-05-23 
確定日 2020-04-30 
事件の表示 特願2015-16304「高圧燃料供給ポンプ」拒絶査定不服審判事件〔平成28年8月8日出願公開、特開2016-142143〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年1月30日の出願であって、その手続は以下のとおりである。

平成30年7月3日(発送日) :拒絶理由通知書
平成30年8月31日 :意見書、手続補正書の提出
平成31年2月26日(発送日):拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和元年5月23日 :審判請求書、手続補正書の提出

第2 令和元年5月23日の手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
令和元年5月23日の手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1についてみると、本件補正により補正される前の(すなわち、平成30年8月31日の手続補正書による)下記(1)の記載を、本件補正により下記(2)の記載に補正するものである(下線は補正箇所を示す。)。

(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1

「【請求項1】
磁気吸引力によって移動する可動部を有する電磁弁を備えた高圧燃料供給ポンプにおいて、前記可動部はアンカー部と、前記アンカー部に挿通されたロッドからなり、
前記アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記磁路形成部より硬度が高く、前記ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され、
前記ガイド部は、硬度を高める高硬度化処理が施された硬化部として構成され、前記磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され、
前記非硬化部は、前記硬化部よりも前記電磁弁の電磁コイルの近くに位置することを特徴とする高圧燃料供給ポンプ。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1

「【請求項1】
磁気吸引力によって移動する可動部を有する電磁弁を備えた高圧燃料供給ポンプにおいて、前記可動部はアンカー部と、前記アンカー部に挿通されたロッドからなり、
前記アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記磁路形成部より硬度が高く、前記ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され、
前記ガイド部は、硬度を高める高硬度化処理が施された硬化部として構成され、前記磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され、
前記非硬化部は、前記硬化部よりも前記電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、前記可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有することを特徴とする高圧燃料供給ポンプ。」

2 本件補正の適否
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明における「非硬化部」という発明特定事項について、「可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する」と限定することにより特許請求の範囲を減縮するものである。
したがって、特許請求の範囲の請求項1についての本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項を限定するものであって、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。

3 独立特許要件
(1)本件補正発明
本件補正発明は、上記1(2)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献の記載事項
ア 引用文献1
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2014-134208号公報(以下「引用文献1」という。)には、「電磁吸入弁を備えた高圧燃料供給ポンプ」に関して、図面(特に図4及び5を参照。)とともに次の記載がある(なお、下線部は当審が付与したものである。以下同様。)。

(ア) 「【請求項10】
請求項9に記載の高圧燃料供給ポンプにおいて、
前記アンカー部の摺動穴に前記ロッド部が挿入されて互いに摺動可能に保持されていることを特徴とする高圧燃料供給ポンプ。」

(イ) 「【0001】
本発明は、内燃機関の燃料噴射弁に高圧燃料を圧送する高圧燃料供給ポンプに関し、特に吐出される燃料の量を調節する電磁吸入弁を備えた高圧燃料供給ポンプに関する。」

(ウ) 「【0032】
図4は電磁吸入弁30の拡大図で、電磁コイル52に通電されていない無通電の状態である。
【0033】
図5は電磁吸入弁30の拡大図で、電磁コイル52に通電されている通電の状態である。
【0034】
可動部31は、ロッド31a,アンカー31bの2部分からなる。ロッド31aとアンカー31bは別体型であり、ロッド31aとアンカー31bの間には微小なクリアランスを設けている。ロッド31aは後述する弁シート32の摺動部32dにも摺動可能に保持されているので、アンカー31bの運動は、ロッド31aによって開弁運動・閉弁運動の方向のみに制限され、摺動可能に保持されている。」

(エ) 「【0039】
電磁コイル52に通電すると図4のように電磁コイル52の周囲に発生した磁場によって磁束が発生し、アンカー31bとコア33の間には磁気吸引力が発生する。本実施例では磁気回路を構成する部材は、図4に示すようにアンカー31b,コア33,ヨーク51とし、これらの材質は全て磁性材料とした。磁気吸引力を大きくするためにはアンカー31bとコア33の磁気吸引面Sを通過する磁束を大きくすれば良い。そのためには第一コア部33aと第二コア部33dの間に磁気オリフィス部33bを設けた。磁気オリフィス部33bでは、肉厚を強度的に許す限り薄くする一方、コア33のその他の部分では十分な肉厚を確保している。また、磁気オリフィス部33bはコア33とアンカー31bとが接触する部分の近傍に設けた。これにより、コア33の磁気絞り部33bを通過する磁束を小さくできるので、大部分の磁束がアンカー31bを通過し、それによりコア33とアンカー31bの間に発生する磁気吸引力の低下を許容範囲内にしている。」

(オ) 上記(エ)の記載事項並びに図4及び5の図示内容からみて、アンカー31bの外周側に形成され、磁気回路を構成する部分があることがわかる。

(カ) 上記(ウ)の記載事項並びに図4及び5の記載からみて、アンカー31bの内周側に形成され、ロッド31aとの摺動面をガイドする部分があることがわかる。

(キ) 上記(オ)及び(カ)の認定事項並びに図4及び5の図示内容からみて、磁気回路を構成する部分は、ガイドする部分よりも電磁吸入弁30の電磁コイル52の近くに位置することがわかる。

(ク) 上記(エ)の記載事項及び図4の図示内容からみて、コア33の磁気吸引面Sに対向するアンカー31bの磁気吸引面Sがあることがわかる。

上記(ア)ないし(ク)の記載事項及び図示内容を総合し、本件補正発明の記載ぶりに則って整理すると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

[引用発明]
「磁気吸引力によって移動する可動部31を有する電磁吸入弁30を備えた高圧燃料供給ポンプにおいて、前記可動部31はアンカー31bと、前記アンカー31bに挿入されたロッド31aからなり、
前記アンカー31bが、アンカー31bの外周側に形成され、磁気回路を構成する部分と、アンカー31bの内周側に形成され、前記ロッド31aとの摺動面をガイドする部分とで構成され、
前記磁気回路を構成する部分は、前記ガイドする部分よりも前記電磁吸入弁30の電磁コイル52の近くに位置し、可動部31を磁気吸引するコア33の磁気吸引面Sに対向するアンカー31bの磁気吸引面Sを有する高圧燃料供給ポンプ。」

イ 引用文献2
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2013-2332号公報(以下「引用文献2」という。)には、「高圧ポンプおよびその制御方法」に関して、図面(特に図3を参照。)とともに次の記載がある。

(ア) 「【0024】
高圧ポンプ10の構成を説明する。
図2に示すように、高圧ポンプ10は、ポンプボディ11、プランジャ13、ダンパ室201、吸入弁部30、電磁駆動部70及び吐出弁部90などを備えている。
ポンプボディ11およびプランジャ13について説明する。
ポンプボディ11には、円筒状のシリンダ14が設けられている。シリンダ14には、プランジャ13が軸方向に往復移動可能に収容されている。シリンダ14の深部には、プランジャ13の往復移動により容積が可変する加圧室121が形成されている。プランジャ13の加圧室121と反対側の端部17は、スプリング座18と結合している。スプリング座18とオイルシールホルダ25との間には、スプリング19が設けられている。このスプリング19の弾性力により、スプリング座18はカムシャフト7の方向へ付勢される。これにより、プランジャ13は、タペット9を介してカムシャフト7のカムと接することで軸方向に往復移動する。」

(イ) 「【0034】
固定コア72、可動コア40、ニードル50、第1顎部61および第2顎部62には、めっき処理がされている。めっき処理は、具体的に、クロムめっき、又はDLCである。これにより、第1顎部61と可動コア40との当接箇所、固定コア72と可動コア40との当接箇所、および第1顎部61と可動コア40との当接箇所の耐摩耗性が向上する。また、めっき処理により表面粗さが非常に小さくなるので、可動コア40の軸孔42の内壁とニードル50との摺動が良好になる。」

上記(ア)及び(イ)の記載事項及び図示内容を総合すると、引用文献2には、次の事項(以下「引用文献2記載事項」という。)が記載されている。

[引用文献2記載事項]
「高圧ポンプの電磁駆動部70において、可動コア40には、クロムめっき、又はDLCのめっき処理が施され、それにより可動コア40の軸孔42の内壁とニードル50との摺動が良好になること。」

ウ 引用文献3
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2009-216081号公報(以下「引用文献3」という。)には、「燃料噴射弁」に関して、図面(特に図4を参照。)とともに次の記載がある。

(ア) 「【0007】
しかしながら、可動コアと弁部材とを二体構造とした場合には、可動コアの貫通孔内を弁部材が摺動することにより、貫通孔の内周面において磨耗が生じる。特に、可動コアは、燃料噴射弁の磁気特性を確保するために磁性材料により構成しなければならず、硬い材料を用いることができないため、摩耗が生じ易い。
また、可動コアの貫通孔の内周面と弁部材との間は、燃料噴射弁の性能確保のために数十μm以下と非常に狭いクリアランスに設定されることが多い。そのため、可動コアの摩耗によってクリアランスが変化すると、燃料噴射弁の性能を維持できなくなる。
【0008】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたものであり、可動コアの摩耗を抑制することができ、耐久性・信頼性に優れた燃料噴射弁を提供しようとするものである。」

(イ) 「【0049】
次に、本例のインジェクタ1における作用効果について説明する。
本例のインジェクタ1では、可動コア22とニードル40とは、別部品として構成されており、ニードル40は、可動コア22の内周部に軸方向に形成された貫通孔23において摺動可能に貫通配置されている。すなわち、可動コア22とニードル40とは、別体で設けられた二体構造を有しており、互いに固定されておらず、軸方向に相対移動可能に構成されている。
そして、ニードル40が摺動する面となる可動コア22の貫通孔23の内周面231には、表面硬化層61が設けられている。
【0050】
そのため、ニードル40が可動コア22の貫通孔23内を摺動しても、貫通穴23の内周面231に設けられた表面硬化層61によって可動コア22の磨耗を抑制することができ、耐久性向上を図ることができる。また、可動コア22の摩耗を抑制することにより、可動コア22とニードル40との間のクリアランスの変化を抑制することができる。よって、インジェクタ1における噴射量特性等の性能を維持することができ、信頼性向上を図ることができる。
【0051】
また、本例では、表面硬化層61は、可動コア22を構成する磁性材料(電磁ステンレス鋼)よりも硬い材料よりなる硬質クロムめっき膜である。また、表面硬化層61のビッカース硬度はHv800であり、膜厚は1?15μmである。そのため、表面硬化層61によって可動コア22の磨耗を充分に抑制することができる。
【0052】
このように、本例によれば、可動コアの摩耗を抑制することができ、耐久性・信頼性に優れたインジェクタ(燃料噴射弁)を提供することができる。」

(ウ) 「【0053】
(実施例2)
本例は、図3、図4に示すごとく、表面硬化層61の構成を変更した例である。
図3の例では、表面硬化層61は、可動コア22の表面を浸炭処理することによって形成されたものである。表面硬化層61は、可動コア22の貫通孔23の内周面231を含む表面全体に対して浸炭処理を施すことによって表面硬度を向上させて形成されている。なお、浸炭処理に代えて窒化処理を用いることもできる。
その他は、実施例1と同様の構成である。
【0054】
また、図4の例では、表面硬化層61は、可動コア22を構成する磁性材料(電磁ステンレス鋼)よりも硬い材料よりなる筒状の部材で構成されており、可動コア22の貫通孔23の内周面231に圧入されている。表面硬化層61を構成する筒状の部材としては、SUS440Cを用いている。
その他は、実施例1と同様の構成である。
【0055】
図3、図4のいずれの例においても、表面硬化層61によって可動コア22の磨耗を充分に抑制することができ、インジェクタ1の耐久性及び信頼性を向上させることができる。
その他は、実施例1と同様の作用効果を有する。」

上記(ア)ないし(ウ)の記載事項及び図示内容を総合すると、引用文献3には、次の事項(以下「引用文献3記載事項」という。)が記載されている。

[引用文献3記載事項]
「燃料噴射弁において、可動コア22と、前記可動コア22に挿通されたニードル40からなり、可動コア22の貫通孔23の内周面231に表面硬化層61が圧入されており、それにより可動コア22の摩耗を抑制できること。」

(3)対比・判断
本件補正発明と引用発明とを対比すると、後者の「可動部31」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、前者の「可動部」に相当し、以下同様に、「電磁吸入弁30」は「電磁弁」に、「アンカー31b」は「アンカー部」に、「挿入」は「挿通」に、「ロッド31a」は「ロッド」に、「磁気回路を構成する部分」は「磁路を形成する磁路形成部」に、「ガイドする部分」は「ガイド部」に、「電磁コイル52」は「電磁コイル」に、それぞれ相当する。
また、後者の「コア33」は前者の「固定コア」に相当するから、後者の「コア33の磁気吸引面S」は前者の「固定コアの磁気吸引面」に相当し、「コア33の磁気吸引面Sに対向するアンカー31bの磁気吸引面S」は「固定コアの磁気吸引面に対向する対向面」に相当する。
後者の「アンカー31bが、アンカー31bの外周側に形成され、磁気回路を構成する部分と、アンカー31bの内周側に形成され、ロッド31aとの摺動面をガイドする部分とで構成され」と前者の「アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記磁路形成部より硬度が高く、ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され」とは、「アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され」という限りで一致する。
前者における「磁路形成部」は「非硬化部」として構成され、同様に「ガイド部」は「硬化部」として構成されるものであること、及び、上述の相当関係を踏まえると、後者の「磁気回路を構成する部分は、ガイドする部分よりも電磁吸入弁30の電磁コイル52の近くに位置し、可動部31を磁気吸引するコア33の磁気吸引面Sに対向するアンカー31bの磁気吸引面Sを有する」ことと前者の「非硬化部は、硬化部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する」こととは、「磁路形成部は、ガイド部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する」という限りで一致する。

そうすると、本件補正発明と引用発明とは、次の一致点、相違点がある。

[一致点]
「磁気吸引力によって移動する可動部を有する電磁弁を備えた高圧燃料供給ポンプにおいて、前記可動部はアンカー部と、前記アンカー部に挿通されたロッドからなり、
前記アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され、
前記磁路形成部は、前記ガイド部よりも前記電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、前記可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する高圧燃料供給ポンプ。」

[相違点1]
アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成される点について、本件補正発明においては、磁路形成部が、「前記高硬度化処理が施されていない非硬化部」として構成され、ガイド部は、「磁路形成部より硬度が高く」、「硬度を高める高硬度化処理が施された硬化部」として構成されるのに対して、引用発明は、かかる構成を有しているか不明な点。

[相違点2]
磁路形成部は、ガイド部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する点について、本件補正発明は、「非硬化部」は、「硬化部」よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有するのに対して、引用発明は、磁気回路を構成する部分は、ガイドする部分よりも電磁吸入弁の電磁コイル52の近くに位置し、可動部31を磁気吸引するコア33の磁気吸引面Sに対向するアンカー31bの磁気吸引面Sを有する点。

上記相違点1について検討する。
引用文献3記載事項は、「燃料噴射弁において、可動コア22と、前記可動コア22に挿通されたニードル40からなり、可動コア22の貫通孔23の内周面231に表面硬化層61が圧入されており、それにより可動コア22の摩耗を抑制できること。」である。
本件補正発明と引用文献3記載事項とを対比すると、後者の「可動コア22」は前者の「アンカー部」に相当し、同様に「ニードル40」は「ロッド」に相当するから、後者の「可動コア22の貫通孔23の内周面231」は前者の「アンカー部内周側」及び「アンカー部内周側に形成されたロッドとの摺動面をガイドするガイド部」に相当する。
また、後者の「可動コア22」における「貫通孔23の内周面231」よりも外周側が、磁気回路を形成することは技術常識であるから、後者の「可動コア22」における「貫通孔23の内周面231」よりも外周側は、前者の「磁路を形成する磁路形成部」に相当する事項を含むといえる。
そして、後者の「表面硬化層61」は前者の「高硬度化処理が施された硬化部」に相当するから、上述の相当関係も踏まえると、後者の「可動コア22と、前記可動コア22に挿通されたニードル40からなり、可動コア22の貫通孔23の内周面231に表面硬化層61が圧入されており、それにより可動コア22の摩耗を抑制できること」は前者の「アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記磁路形成部より硬度が高く、ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され」及び「ガイド部は、硬度を高める高硬度化処理が施された硬化部として構成され、磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され」に相当する事項を含むといえる。
後者の「燃料噴射弁」と前者の「高圧燃料供給ポンプ」とは、「燃料供給装置」という限りで一致する。

したがって、引用文献3記載事項を、本件補正発明の用語を用いて整理すると、「燃料供給装置において、アンカー部が、アンカー部外周側に形成され、磁路を形成する磁路形成部と、アンカー部内周側に形成され、前記磁路形成部より硬度が高く、ロッドとの摺動面をガイドするガイド部とで構成され、前記ガイド部は、硬度を高める高硬度化処理が施された硬化部として構成され、前記磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成されること。」といえる。

ここで、引用文献2記載事項からみて、電磁弁を備えた高圧燃料供給ポンプにおいて、アンカー部に高硬度化処理が施され、それによりアンカー部とロッドとの摺動性が向上することは、本願出願前において当業者に知られた事項であるといえる。
そうすると、「アンカー部に高硬度化処理を施して、ロッドとの摺動部分の耐摩耗性を向上させる」という課題もまた、当業者が認識し得たことである。
そして、引用発明と引用文献3記載事項とは、燃料供給装置に関する技術である点で共通し、引用発明におけるアンカー31bと引用文献3記載事項における可動コア22とは、電磁駆動部における可動部という機能作用が共通する構成である。
したがって、引用発明において、引用文献2記載事項から認識できた公知の課題を踏まえ、引用文献3記載事項を適用することにより、相違点1に係る本件補正発明の特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

上記相違点2について検討する。
引用発明における磁路形成部は、ガイド部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置するのであるから、上記相違点1についての検討のとおり、引用発明において引用文献3記載事項を適用したものが、「非硬化部は、硬化部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する」ものとなることは、当業者にとって自明である。
したがって、引用発明において、引用文献2記載事項から認識できた公知の課題を踏まえ、引用文献3記載事項を適用することにより、相違点2に係る本件補正発明の特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(4) 効果について
本件補正発明は、全体としてみても、引用発明、引用文献2記載事項及び引用文献3記載事項から予測し得ない格別な効果を奏するものではない。

(5)請求人の主張について
審判請求人は、令和元年5月23日の審判請求書において、次のように主張する。

「引用文献3(図4)には、可動コア22の貫通孔23の内周面231に磁性材料(電磁ステンレス鋼)よりも硬い材料よりなる筒状の部材が圧入されることで、可動コア22の一部に表面硬化層61が設けられることが記載されています。しかし、引用文献3(図4)に記載の筒状の部材は、貫通孔23の内周面231以外にコイル51に近い側の可動コア22の上面側、つまりステータ22の磁気吸引面に対向する対向面側にも延びている形状となっており、磁気特性の悪化を招く虞があります。
これに対し、本願発明は『前記磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され、前記非硬化部は、前記硬化部よりも前記電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、前記可動部を磁気吸引する固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有するる』との構成を備え、これによれば、電磁コイルに近い側かつ磁気吸引面側を非硬化部とすることで磁気特性の悪化を抑制することができます。このような本願発明の構成は引用文献3には開示されておらず、本願発明の効果を奏するものでもありません。
また、何れの引用文献にも高硬度化処理における磁気特性の悪化を課題とする記載は無く、本願発明の『前記磁路形成部は、前記高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され、前記非硬化部は、前記硬化部よりも前記電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、前記固定コアの吸引面に対向する対向面を有する』との構成を開示しない各引用文献を組み合わせたとしても本願発明を容易に想到することはできないものと思料します。」

しかしながら、引用文献3の図4を参酌すると、表面硬化層61は、可動コア22の上面全てに延在しておらず、可動コア22の上面の大部分は、表面硬化層61の存在しない非硬化部の磁路形成部である。また、電磁弁の駆動部において、磁気特性の悪化を避けることは、例示するまでもなく自明の事項であることを踏まえると、引用文献3記載事項が磁気特性の悪化を招く構成であるということはできない(なお、引用文献3の図5も参酌すると、図4の例における可動コア22の上面への表面硬化層61の延在部分は、ニードル400との当接部分に対応して設けられているものであり、ステータ21との磁気特性に影響を及ぼすものとはいえない。)。
また、本願の請求項1においては、硬化部が固定コアの磁気吸引面に対向しているか否かは特定されていないから、硬化部が固定コアの磁気吸引面に対向する対向面を有する態様も含むものである。このような場合、磁気特性の悪化を避けることができるとは必ずしもいえないから、請求人の主張は請求項の記載に基づくものではない。
そして、上記相違点2について検討したとおり、引用発明における磁路形成部は、ガイド部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置するのであるから、引用発明において引用文献3記載事項を適用したものが、「磁路形成部は、高硬度化処理が施されていない非硬化部として構成され、非硬化部は、硬化部よりも電磁弁の電磁コイルの近くに位置し、固定コアの吸引面に対向する対向面を有する」ものとなることは、当業者にとって自明である。
したがって、請求人の主張を採用することはできない。

(6) まとめ
上記(1)ないし(5)により、本件補正発明は、引用発明、引用文献2記載事項及び引用文献3記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
したがって、本件補正発明は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成30年8月31日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、上記第2[理由]1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願の請求項1に係る発明は、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1ないし3に記載された事項に基いて、その出願前にその発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2014-134208号公報
引用文献2:特開2013-2332号公報
引用文献3:特開2009-216081号公報

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された、引用文献1ないし引用文献3並びにその記載事項は、上記第2の[理由]3(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本件補正発明は、上記第2の[理由]2で検討したとおり、本願発明に発明特定事項を付加して限定したものであるから、本願発明は、本件補正発明の発明特定事項の一部を削除したものに相当する。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が、上記第2の[理由]3(3)ないし(5)に記載したとおり、引用発明、引用文献2記載事項及び引用文献3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、実質的に同様の理由により、引用発明、引用文献2記載事項及び引用文献3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 まとめ
したがって、本願発明は、引用発明、引用文献2記載事項及び引用文献3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-02-26 
結審通知日 2020-03-03 
審決日 2020-03-16 
出願番号 特願2015-16304(P2015-16304)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F02M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松永 謙一  
特許庁審判長 北村 英隆
特許庁審判官 渋谷 善弘
齊藤 公志郎
発明の名称 高圧燃料供給ポンプ  
代理人 戸田 裕二  

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