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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 G01B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G01B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01B
管理番号 1362142
審判番号 不服2019-2309  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-02-20 
確定日 2020-05-07 
事件の表示 特願2015-94725号「光学素子の表面の偏心及び傾きを測定するための方法及び装置」拒絶査定不服審判事件〔平成27年12月10日出願公開、特開2015-222252号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)5月7日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2014年5月8日 ドイツ連邦共和国)を出願日とする外国語書面出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成27年7月3日:翻訳文提出
平成30年2月19日付け:拒絶理由通知書
平成30年5月30日:意見書、手続補正書提出
平成30年10月19日付け:拒絶査定(以下、「原査定」という。)
(査定の謄本の送達日:平成30年10月24日)
平成31年2月20日:審判請求書提出


第2 本願発明
本願の請求項1?11に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」?「本願発明11」といい、これらを総称して「本願発明」という。)は、平成30年5月30日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
光学素子(1)の表面の偏心(D)及び傾き(V)を測定するための方法であって、
-前記光学素子(1)の表面の少なくともすべての光学的に使用される表面部分及びフレームに当たる表面部分(1.1から1.5)、及び、光学素子(1)の参照面が、その全面にわたって採録され、共通の座標系で互いに参照され、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の各々の表面形状偏差が、前記光学素子(1)のために保存された、各々の意図された表面に対して算定され、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の各々の位置が、前記共通の座標系で、前記表面形状偏差の各々から確定され、
-少なくとも一つの傾き(V)及び少なくとも一つの偏心(D)が、座標系における前記各表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状に応じた位置から、算定される、方法。
【請求項2】
-採録のために、前記光学素子(1)の前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の上に、少なくとも一つの規定のパターンが投影され、
-前記表面部分(1.1から1.5)、参照面及び前記少なくとも一つの投影されたパターンが光学的に採録され、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状が、前記少なくとも一つの規定のパターンの、前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状から生じる意図されたパターンからの偏差に基づいて算定される、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記すべての表面部分(1.1から1.5)及び参照面の採録が、同時に実行される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
-少なくとも一つの距離測定センサが、前記光学素子(1)の前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面を採録するように、前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面にわたる移動軸に沿って直線的に動かされ、対応する表面部分(1.1から1.5)又は参照面と距離測定センサとの間の距離が決定され、
-前記対応する表面部分(1.1から1.5)と参照面のらせん状の全面スキャンが実行されるように、前記光学素子(1)が、前記距離測定センサの前記移動軸に実質的に垂直に延在する回転軸の周りを同時に回転する、
請求項1?3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記少なくとも一つの距離測定センサは、各測定ポイントで、当該センサの光軸がそれぞれ測定される参照面と表面部分(1.1から1.5)に垂直に延在するように配置されている、
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
光学素子(1)の表面の偏心(D)と傾き(V)を測定するための装置(2)であって、
-前記光学素子(1)の表面の少なくともすべての光学的に用いられまたフレームに当たる表面部分(1.1から1.5)、及び、前記光学素子(1)の参照面を採録するための少なくとも一つの測定ユニット(2.1、2.2)、
-前記採録された表面部分(1.1から1.5)及び参照面をそれぞれ関連の意図された表面と比較するための、また、光学素子(1)のために保存された意図された表面に対する前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の表面形状偏差を算定するための、共通の座標系において前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面を参照するための少なくとも一つの評価ユニット(2.3)を含み、
-共通の座標系における前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の位置が、各表面形状偏差から各々算出可能であり、
-少なくとも一つの傾き(V)及び少なくとも一つの偏心(D)が、共通の座標系における各表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状に応じた位置から算出可能である、装置。
【請求項7】
-少なくとも一つの規定のパターンを前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面上に投影するための、少なくとも一つの投影ユニット(2.1.3、2.2.3)、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面、及び少なくとも一つのパターンを採録するための少なくとも一つの光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状から生じる意図されたパターンからの、少なくとも一つの規定のパターンの偏差から、前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状を算定するための評価ユニット(2.3)、
を特徴とする、請求項6に記載の装置(2)。
【請求項8】
-前記光学素子(1)を受けるための収容ユニット(2.5)が備えられ、
-2つの測定ユニット(2.1、2.2)が備えられ、各々が、前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面上に少なくとも一つの規定のパターンを投影するための少なくとも一つの投影ユニット(2.1.3、2.2.3)を含み、また、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面、及び、少なくとも一つのパターンを採録するための少なくとも2つの光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)、
-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状から生じる意図されたパターンからの、少なくとも一つの規定されたパターンの偏差から、表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状を算定するために備えられた評価ユニット(2.3)を含み、
-前記投影ユニット(2.1.3、2.2.3)の一つは、前記収容ユニット(2.5)の上に配置されており、前記投影ユニット(2.1.3、2.2.3)の一つは、前記収容ユニット(2.5)の下に配置されており、
-前記光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)の少なくとも一つは収容ユニット(2.5)の上に設置されており、前記光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)の少なくとも一つは収容ユニット(2.5)の下に設置されており、
-前記光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)は、前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面が同時に光学的に採録可能なようにされている、
請求項6又は7に記載の装置。
【請求項9】
-前記少なくとも一つの光学レジストレーションユニット(2.1.1、2.1.2、2.2.1、2.2.2)がステレオカメラであり、
-前記評価ユニット(2.3)が前記ステレオカメラによって採録された画像データの立体的な評価のために備えられている、
請求項7又は8に記載の装置(2)。
【請求項10】
-前記測定ユニット(2.1、2.2)は、前記光学素子(1)の前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面を採録するための少なくとも一つの距離測定センサを含み、
-当該距離測定センサは、移動軸に沿って前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面にわたって直線的に移動可能であり、また、対応する表面部分(1.1から1.5)又は参照面と前記距離測定センサの間の距離を定めるために備えられている、
請求項6?9のいずれか1項に記載の装置(2)。
【請求項11】
前記距離測定センサが、光波干渉計である、
請求項10に記載の装置(2)。」


第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶理由の概要は次のとおりである。

理由1.(明確性)
本願の請求項1及び6には、「光学素子(1)の参照面」との記載があるが、この「参照面」について、どういった面であるのかを規定する記載はなく、「参照面」という表現のみでは、具体的にどういった面であるのか(何の「参照」であるのか、光学素子(1)そのものに設けられている面であるのか、それ以外のものに設けられている面であるのか、等)を、発明の詳細な説明を参酌しても把握することができず、不明確である。
したがって、本願発明は明確であるとはいえないから、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

理由2.(新規性)
本願発明1、4?6、8、10?11は、下記の引用文献1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

理由3.(進歩性)
本願発明1、4?6、8、10?11は、下記の引用文献1に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

本願発明2?3、7、9は、下記の引用文献1及び2に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1:特開平11-051624号公報
引用文献2:特開2009-244226号公報


第4 理由1についての当審の判断
1 請求項1の記載について
(1)本願発明1の構成
本願発明1は、「光学素子(1)の表面の偏心(D)及び傾き(V)を測定するための方法」の発明であって、その構成は、以下のA?Dに分説される。下線は当審が付した。

A 「-前記光学素子(1)の表面の少なくともすべての光学的に使用される表面部分及びフレームに当たる表面部分(1.1から1.5)、及び、光学素子(1)の参照面が、その全面にわたって採録され、共通の座標系で互いに参照され、」

B 「-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の各々の表面形状偏差が、前記光学素子(1)のために保存された、各々の意図された表面に対して算定され、」

C 「-前記表面部分(1.1から1.5)及び参照面の各々の位置が、前記共通の座標系で、前記表面形状偏差の各々から確定され、」

D 「-少なくとも一つの傾き(V)及び少なくとも一つの偏心(D)が、座標系における前記各表面部分(1.1から1.5)及び参照面の形状に応じた位置から、算定される、」


(2)「光学素子(1)の参照面」について
本願発明1の上記構成A?Dにおいては、「光学素子(1)の参照面」及び「参照面」(以下では、これらを総称して単に「参照面」ともいう。)という発明特定事項があるところ、請求項1には、「参照面」が何処を指すのかについて、明記されていない。そこで、本願発明1の「参照面」が何処を指すものであるかを特定するため、本願の明細書及び図面の記載も参照しながら、以下検討する。

ア 上記構成Aの「前記光学素子(1)の表面の少なくともすべての光学的に使用される表面部分及びフレームに当たる表面部分(1.1から1.5)、及び、光学素子(1)の参照面」について、かかる記載を文字どおり解釈すれば、「光学素子(1)」は、「少なくともすべての光学的に使用される表面部分及びフレームに当たる表面部分(1.1から1.5)」(以下、単に「表面部分(1.1から1.5)」という。)と「参照面」を有していると理解できる。
念のため、本願の願書に添付した外国語書面の記載を確認すると、その「PATENT CLAIMS」の「1.」には、「at least all optically used and frame-relevant partial surface (1.1 to 1.5) of a surface of the optical element (1) and reference faces of the optical element (1)」と記載されており、また、本願の優先権証明書の記載も確認すると、その「PATENTSPUECHE」の「1.」には、「zumindest alle optisch genutzten und fassungsrelevanten Teiloberflaechen (1.1 bis 1.5) einer Oberflaeche des optischen Elements (1) und Referenzflaechen des optischen Elements (1)」と記載されているから、構成Aの上記記載に日本語の誤訳が含まれているとは認めらず、特に、「of the optical element (1)」や「des optischen Elements (1)」という外国語原文の記載は、光学素子(1)が有する、あるいは、光学素子(1)に属するということを意味するから、上記のような理解は、上記外国語原文に照らしても妥当なものであるといえる。

イ 上記アで述べた理解の下、まず、「表面部分(1.1から1.5)」が「光学素子(1)」のどの部分を指すものであるかについて、本願の明細書及び図面の記載を参照してみると、段落【0032】には、「図1は光学素子1を示しており、光学素子1は光学レンズであり、球面である光学的に使用される第一の表面部分1.1、非球面である光学的に使用される第二の表面部分1.2、及び、3つの枠相当表面部分1.3?1.5がある。ここで、光学素子1の枠相当表面部分1.3?1.5は、光学素子1の後の使用の間、枠の中に設置されるために設けられる光学素子1の表面部分1.3から1.5を意味すると理解される。」と記載されており、【図1】の図示内容を参照すると、光学素子1は、第一の表面部分1.1、第二の表面部分1.2、枠相当表面部分1.3、1.4及び1.5によって、その表面のすべてが規定されていると解されるから、「表面部分(1.1から1.5)」は、「光学素子(1)」の表面全面を指すものと解される。

ウ 次に、「参照面」が「光学素子(1)」のどの部分を指すものであるかについて、本願の明細書及び図面の記載を参照してみると、段落【0038】、【0040】、【0041】、【0044】及び【0045】には、「参照面」が「不図示」である旨記載されているから、本願の図面【図1】?【図4】の図示内容のみから「参照面」の位置を特定することはできない。

「【図1】



「【図2】



「【図3】



「【図4】



エ そこで、「参照面」に関する明細書の他の記載について着目すると、段落【0040】には、「方法の第一の実施態様に従って、表面部分1.1から1.5及び参照面(不図示)が、例えば“LUPHOScan‐ Fast non-contact 3D topology measurement of spheres, aspheres, flats and freeform; Luphos GmbH, Weberstrase 21, 55130 Mainz, Germany; 05/2013”に記述された公知の方法を用いて、及び/又は、ここに記述される装置を用いて、採録される。ここで特に、対応する表面のらせん状の全面スキャンが、その三次元画像が採録されるように実行される。これを実現するために、光学素子1の表面部分1.1から1.5及び参照面を採録するために、少なくとも一つの距離測定センサが、光学素子1の表面部分1.1から1.5及び参照面にわたって移動軸沿いに直線的に動かされる(より詳しいことは開示されない)。また、対応する表面部分1.1から1.5又は参照面と距離測定センサとの間の距離が算定される。同時に、光学素子が、対応する表面部分1.1から1.5と参照面のらせん状の全面スキャンが実行されるような方法で、距離測定センサの移動軸と実質的に垂直に延在する回転軸の周りを回転する。」と記載されているから、「参照面」は、「表面部分(1.1から1.5)」と同様に測定対象となるものであって、「光学素子(1)」に仮想的に設定された面ではなく、「光学素子(1)」に現実に存在する面であると認められる。
そして、同段落には、「このプロセスにおいて、距離測定センサは、各測定ポイントにおいて、その光学軸が測定される参照面と表面部分1.5に垂直に延在するように配置される。実施例の場合には、距離測定センサは光波干渉計である。」と記載されているから、「参照面」と「表面部分1.5」は、「距離測定センサ」の「光学軸」に対して「垂直」、すなわち、「参照面」と「表面部分1.5」とは平行な面であることが読み取れる。

オ そうすると、「参照面」は、「光学素子(1)」に現実に存在する面であって、「表面部分1.5」と平行な面であるということになるところ、【図1】の図示内容を参照すると、「表面部分1.3」と「表面部分1.5」は光学素子1に現存する面であって、両者は平行であるように見えるから、本願発明1の「参照面」とは、「表面部分1.3」を指すようにも思える。この点につき、請求人も、平成30年5月30日提出の意見書において、「参照面の具体的な構成は例えば表面部分1.3として図1に図示されています。」と主張している。

カ しかしながら、本願発明1の「参照面」が「表面部分1.3」を指すと解することは、以下(ア)?(ウ)で述べるように記載上の不整合あるいは矛盾を生じることになり、かかる解釈を正当化することはできない。

(ア)まず、「参照面」が「表面部分1.3」を指すのであれば、それは【図1】において「1.3」として明示されているのであるから、明細書において、参照面は、例えば、表面部分1.3である旨を記載して当然であるところ、上記ウで述べたように、明細書では、「参照面」が「不図示」であるとしており、「参照面」の説明として整合しない。

(イ)また、上記構成Aでは、「表面部分(1.1から1.5)、及び、光学素子(1)の参照面」とあり、構成B?Dにおいても、「表面部分(1.1から1.5)及び参照面」とあることから、上記構成A?Dのすべてにおいて、「参照面」は「表面部分(1.1から1.5)」とは別の構成要素として扱われている。そうすると、「参照面」は、「光学素子(1)」が有するものではあるが、「表面部分(1.1から1.5)」に属するものではなく、「表面部分(1.1から1.5)」と「参照面」とは、別々の部分であると解するのが自然である。
他方、「参照面」が「表面部分1.3」を指すという解釈は、「参照面」は「表面部分(1.1から1.5)」とは別の構成要素でなくてもよいことを前提とするものであり、このような前提は、上述したことと相容れない。

(ウ)この点に関し、明細書の記載を参照すると、段落【0050】には、「図4は、光学素子1の表面部分1.1から1.3と参照面の少なくとも一つの偏心Dと少なくとも一つの傾きVとを測定するための本発明の装置2の実施可能性のある例を示している。ここで、光学素子1は、光学的に使用される2つの表面部分1.1,1.2と一つの枠相当表面部分1.3とに、大幅に簡略化されている。しかしながら、装置2は、光学的に使用されまた枠に相当する表面部分1.1から1.5及び参照面の数や配置に関わらない、あらゆる光学素子1の偏心Dと傾きVを測定するために、具体化されている。」と記載されており、光学素子1を「光学的に使用される2つの表面部分1.1,1.2と一つの枠相当表面部分1.3とに、大幅に簡略化」した場合であっても、「表面部分1.3」と「参照面」とは別々に論じられているから、「参照面」が「表面部分1.3」を指すという解釈には無理があることは明らかである。

キ 以上検討したことを総合すると、結局のところ、本願発明1の「参照面」が「光学素子(1)」の何処を指すものであるかについて、本願の明細書及び図面の記載を参酌しても特定することはできない。


(3)本願発明1の明確性について

ア 本願発明1の上記構成A?Dでは、そのすべてにおいて、「参照面」は「表面部分(1.1から1.5)」と並んで同等に扱われており、「表面部分(1.1から1.5)」について、その「形状」、「表面形状偏差」及び「位置」が規定されるのと同様に、「参照面」についても、その「形状」、「表面形状偏差」及び「位置」が規定されているから、「光学素子(1)の表面の偏心(D)及び傾き(V)を測定するため」には、「表面部分(1.1から1.5)」について得られた情報だけでは足らず、「参照面」について得られた情報も利用しなければならないことが、上記構成A?Dから読み取れる。
しかしながら、上述のとおり、本願発明1の「参照面」が「光学素子(1)」の何処を指すものであるかについて、本願の明細書及び図面の記載を参酌しても特定することはできないから、「光学素子(1)の表面の偏心(D)及び傾き(V)を測定する」にあたって、どの面を「参照面」としたらよいのか当業者であっても見当をつけることすらできない。また、本願発明1の「参照面」が「光学素子(1)」の何処を指すか特定できない以上、本願発明1の範囲も特定できず、したがって、実在するある具体的な測定方法が、本願発明1の範囲に入るか否かについても、当業者が判断できるとはいえない。

イ また、上記(2)イで述べたとおり、「表面部分(1.1から1.5)」は「光学素子(1)」の表面全面を指すものと解されるところ、「参照面」が「光学素子(1)」に現実に存在する面であるとすると、「参照面」は表面部分1.1、1.2、1.3、1.4及び1.5のうちのいずれかに属すると解さざるを得ない。
そこで、本願の明細書及び図面には、積極的な根拠となる記載は見いだせないものの、本願発明1は、これらの表面部分1.1?1.5のいずれかを任意に選んで「参照面」としたものであると善解した場合について検討してみるに、上記アにおいて述べたとおり、上記構成A?Dでは「表面部分(1.1から1.5)」と「参照面」とは並んで同等に扱われているから、表面部分1.1?1.5のいずれかを任意に選んでそれを「参照面」と位置づけることの意義は不明である。

ウ さらに、「参照面」が「光学素子(1)」に現実に存在する面であるという前提からも離れて、例えば、「光学素子(1)」に設定された仮想的な面であるとか、そもそも「光学素子(1)」が有する面ではなく、「光学素子(1)」にとって参照可能な面であればどこでもよいと解した場合には、なおさら「参照面」がどのように設定されるべきかを適切に開示すべきであるが、これまで確認したようにかかる開示は明細書及び図面を参照しても存在しないのであるから、そのような解釈をした場合でも不明確性が残ることに変わりはない。

エ 以上のとおりであるから、「参照面」が何処を指すものであるかについて、明細書及び図面を参照しながら、どのように検討してみたところで、本願発明1の明確性の欠如は免れない。


2 請求項6の記載について
本願発明6は、「光学素子(1)の表面の偏心(D)と傾き(V)を測定するための装置」の発明であって、本願発明1と同様に、その構成に「参照面」という発明特定事項があるところ、請求項6には、「参照面」が何処を指すのかについて明記されていないから、上記1において検討した内容が同様に当てはまる。
したがって、本願発明6は明確であるとはいえない。

3 請求人の主張について
(1)審判請求書における主張
請求人は、審判請求書において、
「(1)明確性(特許法第36条第6項第2号)について
拒絶理由において、請求項1、6に記載された「参照面」が不明確であると指摘されています。
この点、光学の技術分野における当業者には「参照面」という文言は、例えば次の資料に示されるとおり明確であると思料します。例えば、工業規格ISO 10110-19「光学素子及びシステム用の製図手法-第19部:表面及び構成部品の一般的な記載」(原文は英語)において、Referencing、つまり参照面(本願の明細書原文では“reference face”)について記述があります。詳細は次のとおりです。
『4 参照(Referencing)
4.1 一般
一般表面は、例えばISO 5459でいう焦点公差を定義するために、プロセスチェーンで用いられる座標系と関連付けられる。一般表面は、図1に示されるように、3つの本質的な座標系を有しうる。
-数学的な記述の原点;
-参照軸と表面との交点における参照座標系;
-構成部品参照点。
注記 数学的な表面の記述の原点が、用いられる表面領域の外にあるならば、2つの別の参照軸を使用することも有用でありえる;製造のための1つの参照軸(例えば高速ツールサーボ加工軸)と、測定のための1つの参照座標系である。両方の座標系が幾何学的意味を持つが、それらは物理的ではなく、それゆえ構成部品参照点によって参照されるのに有用である。参照(Referencing)は、プロセスマシーンおよび測定装置の座標系とハイレベルアッセンブリとの両方に、一般表面の明確な参照を確立する。(ISO 10110-19:2015, page 2より翻訳して引用、下線は出願人による)』
このように、参照表面(参照面も同じ)が、製造の間も(すなわち、プロセスマシーンの座標系のこと)、組み立てられた状態でも(すなわち、ハイレベルアッセンブリのこと)、(測定のために)アクセス可能であることは、当業者には明確です。
また、“参照(表)面”という用語は、光学の技術分野における出版物(出願人とまったく関係ない著者によるものです)と完全に同じです。例えば、アリゾナ大学Jim Burge教授の教育用資料「Mounting of Optical Components, Mounting of lenses(光学部品のマウント、レンズのマウント)」においても言及されています。


(https://wp.optics.arizona.edu/optomech/wp-content/uploads/sites/53/2016/08/26-Mounting-of-lenses-1.pdfより引用)
上述のとおり、参照面とは、発明の属する技術分野において一般的な用語であり、その意味は明確であると思料します。」
と主張をしている(下線は当審が付した。以下同様。)。
しかしながら、請求人の主張するように「参照面」という用語が本願発明の属する技術分野において一般的に用いられている用語であるとしても、そのことと、本願発明の「参照面」が具体的に何処を指すのかということとは、別の問題であり、また、一般的な用語であるからこそ、本願発明では「参照面」が何処を指すのかを適切に開示しなければ、明確性が欠けることになるのである。
さらに、請求人の提示した上記教育用資料によれば、「REFERENCE SURFACE 参照表面」として矢印にて指示されている箇所は、光学部品(レンズ)のマウント部の底面であると読み取れるが、上記1(2)アにおいて述べたように、本願発明の「参照面」は、「光学素子(1)」が有するものであると理解されるから、光学部品(レンズ)のマウント部の底面が参照表面である旨主張しても、本願発明の「参照面」が何処であるかを明らかにしたことにはならない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

(2)意見書における主張
請求人は、平成30年5月30日提出の意見書において、
「(4)「参照面」について
一般的な技術的意味において、参照面とは、光学素子がフレームに取り付けられた時、及び、取り付けられていない時の両方において、測定のためにアクセス可能である面です。参照面の具体的な構成は例えば表面部分1.3として図1に図示されています。光学的に使用される面及びフレームに当たる面が参照面として1つの共通の座標系に関して決定されると、参照面がリンクとなって、フレームに取り付けられていない位置で実行された測定値を、フレームに取り付けられた光学素子において参照することができます。この方法によれば、光学素子がフレームに取り付けられていない状態で、光学素子をより簡単に測定できるという利点があります。
本発明における「参照面」の技術的意味は、段落【0015】の、すべての表面部分及び参照面を採録することが同時に行われるとの開示、段落【0016】の、表面部分と参照面が全面スキャンされるとの記載によってサポートされています。これらの記載から、参照面は、光学素子がフレームに取り付けられていない(マウントされていない)位置においてアクセス可能でなければならないことが理解されます。また、さらなるサポートとして、段落【0018】?【0020】には、参照面に関する測定も含むすべての測定が、1つのワーキングステップで実行されることが開示され、段落【0022】?【0023】からは、表面部分と参照面が同時に光学的に採録されるように、装置が設計されていることが理解されます。
一方で、確かに、参照面は光学素子がフレームに取り付けられた時にもアクセス可能であることは、明示されていません。しかしながら、本願発明は光学素子の偏心及び傾きを測定する発明であり、当業者には、参照面の目的は、フレームに取り付けられた状態と取り付けられていない状態との間のリファレンスを作ることであることは明確であると思料します。この目的のために、参照面は、フレームに取り付けられた位置においてもアクセス可能でなければならないことは、当業者には自明であると思料します。表面部分1.3は技術的にこれらの要件を満たすものです。」と主張をしている。
しかしながら、上記1(2)カにおいて述べたとおり、「参照面」が「表面部分1.3」を指すと解することはできない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。


第5 むすび
以上のとおり、本願発明は明確であるとはいえないから、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、他の理由について検討するまでもなく拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-11-29 
結審通知日 2019-12-04 
審決日 2019-12-19 
出願番号 特願2015-94725(P2015-94725)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01B)
P 1 8・ 113- Z (G01B)
P 1 8・ 537- Z (G01B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 河内 悠池田 剛志  
特許庁審判長 小林 紀史
特許庁審判官 濱野 隆
梶田 真也
発明の名称 光学素子の表面の偏心及び傾きを測定するための方法及び装置  
代理人 特許業務法人みのり特許事務所  

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