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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
管理番号 1362352
異議申立番号 異議2019-700789  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-06-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-03 
確定日 2020-04-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6494554号発明「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6494554号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第6494554号の請求項1,3,4に係る特許を維持する。 特許第6494554号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6494554号の請求項1?4に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2016-67691)は,平成28年 3月30日に出願され,平成31年 3月15日にその特許権の設定の登録がされ,同年 4月 3日に特許掲載公報が発行された。その後,本件特許について,令和 1年10月 3日に特許異議申立人アクシス国際特許業務法人(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ,同年12月2日付けで取消理由が通知され,令和 2年 1月28日に意見書の提出及び訂正請求がされたものである。なお,上記意見書及び訂正請求に対し,申立人から意見書は提出されなかった。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に,「付着水分と水和水分との関係を示すグラフにおいて、付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内にある焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」
と記載されているのを,「付着水分と水和水分との関係を示すグラフにおいて、付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内にあり、CAAが60?90秒であり、ホウ素含有量が0.061?0.077質量%であり、塩素含有量が0.018?0.026質量%である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」
と訂正する(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2?4も同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項2の記載を削除する。

(3)訂正事項3
訂正前の請求項3に,「請求項1又は2に記載の」と記載されているのを,「請求項1に記載の」と訂正する(請求項3の記載を引用する請求項4も同様に訂正する。)。

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,及び,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
この訂正は,請求項1において,CAA,ホウ素含有量及び塩素含有量を具体的に特定し,更に限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また,段落【0077】には「なお、実施例1?7及び比較例1?5の酸化マグネシウムのCAAを測定したところ、すべて60?90秒の範囲だった。」との記載があり,段落【0078】の表1には,実施例のホウ素含有量として「0.061質量%」と「0.077質量%」の間にあるものが記載され,また,塩素含有量として「0.018質量%」と「0.026質量%」の間にあるものが記載されている。
よって,この訂正は,願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項の範囲内であり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものに該当しない。

(2)訂正事項2について
この訂正は,請求項2の記載を削除するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,また,願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項の範囲内であり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものに該当しない。

(3)訂正事項3について
この訂正は,引用請求項のうち請求項2を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,また,願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項の範囲内であり,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものに該当しない。

3 一群の請求項について
訂正前の請求項2?4は,訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しており,訂正事項1により連動して訂正されるものであるから,請求項1?4は一群の請求項である。

4 独立特許要件について
本件においては,請求項1?4全てに対して特許異議の申立てがされているので,訂正後の請求項1?4に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるかどうかを確認する必要はない。

5 訂正の適否についてのまとめ
以上のとおり,特許請求の範囲についての訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とし,同条第4項に規定する一群の請求項であり,かつ,同条第9項で準用する第126条第5項,第6項の規定に適合するものである。
よって,訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で検討したとおり,特許請求の範囲についての訂正は適法なものである。そして,訂正後の本件特許に係る発明は,訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,各々「本件発明1」?「本件発明4」といい,まとめて「本件発明」という。)。

「【請求項1】
付着水分と水和水分との関係を示すグラフにおいて、付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内にあり、CAAが60?90秒であり、ホウ素含有量が0.061?0.077質量%であり、塩素含有量が0.018?0.026質量%である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
a:付着水分:0.25質量%、水和水分0.1質量%
b:付着水分:0.60質量%、水和水分0.1質量%
c:付着水分:0.40質量%、水和水分6.0質量%
d:付着水分:0.20質量%、水和水分6.0質量%
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項4】
鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成する工程と、 請求項3に記載の焼鈍分離剤を二酸化ケイ素被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程とを含む、方向性電磁鋼板の製造方法。」

第4 異議理由の概要
1 申立人は,次の理由により,本件特許は取り消されるべきである旨の申立てをしている。

(1)申立理由1(新規性)
訂正前の請求項1?4に係る発明は,下記の甲第1号証?甲第3号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないから,その特許は取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性)
訂正前の請求項1?4に係る発明は,下記の甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基いて,その出願前その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その特許は取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件)
訂正前の請求項1?4に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものでないから,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対して特許されたものであるから,その特許は取り消されるべきものである。

(提示文献)
甲第1号証:特許第3536775号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:国際公開第2013/51270号(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特許第5418844号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特公平4-59370号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特開昭56-81631号公報(以下「甲5」という。)

2 当審は,上記1(3)申立理由3(サポート要件)を採用し,次の取消理由を通知した。
発明の詳細な説明には,フォルステライト被膜の生成に際し,「付着水分」及び「水和水分」のそれぞれが,他の条件との依存関係も含め,どのように機能することで,発明が解決しようとする課題(段落【0018】,以下「本件課題」という。)を解決することができるのかという作用機序に関する記載はされていない。
また,実施例を見ても,「付着水分」及び「水和水分」が本件発明1で特定される範囲内にあれば,CAA,ホウ素(B)含有量及び塩素(Cl)含有量に依存することなく本件課題が解決できることを裏付ける実験結果までは記載されていない。
したがって,本件課題が解決できるといえるためには,「付着水分」及び「水和水分」が本件発明1で特定される範囲内にあることに加えて,「CAA」,「ホウ素(B)含有量」及び「塩素(Cl)含有量」が,それぞれ,実施例に記載された範囲内にあることを特定する必要があると認められる。
よって,訂正前の請求項1?4に係る発明には,発明の詳細な説明に記載された本件課題を解決するための手段が反映されているとはいえず,当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲を超えることとなる。
したがって,訂正前の請求項1?4に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものでない。

第5 当審の判断
当審は,上記第4に示した理由はいずれも,訂正後の本件特許を取り消す理由として採用できないものと判断する。
事案に鑑み,まず,取消理由として通知した申立理由3(サポート要件)について検討し,次いで,取消理由として通知しなかった申立理由1(新規性)及び同2(進歩性)について検討する。

1 申立理由3(サポート要件)について
(1)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は,上記第3のとおりであり,訂正後の請求項1は,「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」の「付着水分と水和水分との関係」を所定の範囲内に特定するほか,「CAA」,「ホウ素(B)含有量」及び「塩素(Cl)含有量」を所定の範囲内に特定するというものである。引用により上記特定事項を全て備える訂正後の請求項3,4も同様である。なお,請求項2は訂正により削除された。

(2)発明の詳細な説明の記載
これに対し,発明の詳細な説明の記載は,次のとおりである。
ア 発明が解決しようとする課題は,「磁気特性及び絶縁特性に優れた方向性電磁鋼板を得るための焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供することを」であり,「具体的には、鋼板の表面に、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを提供すること」である(段落【0018】)。

イ そして,「酸化マグネシウムの付着水分と水和水分を制御することにより、反応時における酸化マグネシウム中の持込水分を厳密に制御することができることを見出した」(段落【0019】)との知見に基いて,「付着水分」(【0030】)及び「水和水分」(【0031】)を請求項1で特定される範囲内に制御すれば,「従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムでは得られなかった高いフォルステライト被膜形成能を、高い信頼性で達成することができる。ここで、高いフォルステライト被膜形成能は、方向性電磁鋼板の製造における(A)フォルステライト被膜生成率の高さ、(B)被膜の外観の良好さ、(C)被膜の密着性の高さ及び(D)未反応酸化マグネシウムの酸除去性の良好さにより示される」(【0036】)こと,すなわち,上記アの課題が解決できることが示されている。

ウ 更に,実施例の記載(段落【0055】?【0080】)によれば,「付着水分」及び「水和水分」が請求項1で特定される範囲内にあること,CAAについては,「60?90秒の範囲」(【0077】)であること,ホウ素(B)含有量については,「最終的に得られる酸化マグネシウム中のホウ素含有量(B)が0.07質量%になるように」調製し,0.061?0.077質量%(表1)であること,かつ,塩素(Cl)含有量については,0.018?0.026質量%(表1)であることにより,上記アの課題が解決できることが示されている。

(3)検討
以上より,発明の詳細な説明には,訂正後の請求項1が特定する,「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」の「付着水分と水和水分との関係」に加えて,「CAA」,「ホウ素(B)含有量」及び「塩素(Cl)含有量」を所定の範囲内としたものが,「鋼板の表面に、フォルステライト被膜生成率、被膜の外観、被膜の密着性、及び未反応酸化マグネシウムの酸除去性に優れたフォルステライト被膜を形成することができる」こと,すなわち,上記(2)アの課題が解決できることが示されている(引用により上記特定を全て備える訂正後の請求項3,4も同様である。なお,請求項2の記載は訂正により削除された。)といえるから,申立理由3は解消した。

2 申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)について
(1)甲1を主とする場合
ア 甲1の記載(請求項1,段落【0032】)によれば,甲1には,次の発明が記載されているといえる。
「クエン酸活性度が40%CAAで30?120s、BET法による比表面積が8?50m^(2)/gおよび強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%、B含有量:0.02?0.2mass%、Cl含有量:0.002 ?0.1mass%、かつ、母塩の形骸が残存する粒子を含む粉体であって、該粉体は、粒度0.2?0.8μmの含有率が20?90mass%および粒度2.5?5μmの含有率が7?40mass%で、かつ粒度0.2?0.8μmの含有率と粒度2.5 ?5μmの含有率との合計が50mass%以上である、方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア」(以下「甲1発明」という。)

イ 本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「方向性電磁鋼の焼鈍分離剤用マグネシア」は,本件発明1の「焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」に相当する。
そして,甲1発明が「強熱減量による水和量」を特定している点は,本件発明1が「付着水分と水和水分との関係」を特定している点と,酸化マグネシウムの水分を特定している限りにおいて一致する。
更に,甲1発明が「クエン酸活性度」,「B含有量」及び「Cl含有量」を特定している点は,本件発明1が「CAA」,「ホウ素含有量」及び「塩素含有量」を特定している点と,各々の数値範囲を特定している限りにおいて一致する。
よって,本件発明1と甲1発明とは,「水分、CAA、ホウ素含有量、塩素含有量が特定されたものである焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点で一致し,次の点で相違している。

(相違点1)
酸化マグネシウムの水分の特定が,本件発明1は「付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内」すなわち「
a:付着水分:0.25質量%、水和水分0.1質量%
b:付着水分:0.60質量%、水和水分0.1質量%
c:付着水分:0.40質量%、水和水分6.0質量%
d:付着水分:0.20質量%、水和水分6.0質量%」であるのに対し,甲1発明は「強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%」である点。

(相違点2)
CAA,ホウ素含有量及び塩素含有量の特定が,本件発明1は「CAAが60?90秒」,「ホウ素含有量が0.061?0.077質量%」,及び「塩素含有量が0.018?0.026質量%」であるのに対し,甲1発明は「クエン酸活性度が40%CAAで30?120s」,「B含有量:0.02?0.2mass%」及び「Cl含有量:0.002?0.1mass%」である点。

ウ 事案に鑑み,相違点1について検討する。
(ア)本件発明における「付着水分」とは「酸化マグネシウム粒子に物理的に付着している水分」であり(段落【0030】),また,「水和水分」とは「酸化マグネシウムの表面の一部が水和反応を起こし水酸化マグネシウムとなるのに使用された水分」であり「強熱減量から付着水分を減じることにより算出することができる」ものであって(段落【0031】),本件発明では,酸化マグネシウム粒子の付着水分及び水和水分を制御することにより,従来の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムでは得られなかった高いフォルステライト被膜形成能を,高い信頼性で達成することができるというものである(段落【0036】)。
一方,甲1発明における「強熱減量による水和量」は,上記「付着水分」及び「水和水分」の合計に対応するものであり,「付着水分」及び「水和水分」各々とは異なるものである。そして,甲1には,上記「付着水分」及び「水和水分」の合計を特定することは記載されているが,当該合計における「付着水分」及び「水和水分」の割合については,何ら記載も示唆もされていない。
そうすると,相違点1は実質的な相違点であるから,本件発明1は,甲1発明であるということはできない。

(イ)次に,相違点に係る本件発明1の特定事項の容易想到性について検討する。
まず,甲2の「強熱減量による水和量」,甲3の「Ig-loss」はいずれも,甲1発明における「強熱減量による水和量」と同じであって,本件発明1における「付着水分」及び「水和水分」の割合については,何ら記載も示唆もされていない。
また,甲4には,MgOの粒子最表層に,水和層を気体雰囲気中でMgO重量の0.3?1.8%形成することが記載されており(請求項1),ここでの「水和層」は,本件発明1の「水和水分」に対応する。しかしながら,甲4は,原料の水酸化マグネシウム等のMg化合物を比較的高温で焼成して得た低活性MgOのごく最表面層のみを強制的に所定量の水和層を形成して活性化するものであって(第2頁3欄29行?4欄9行),水和水分を極力減らすものであり,MgO粒子における「水和水分」及び「付着水分」の割合については,何ら記載も示唆もされていない。
なお,申立人は甲5に基づく主張をしていないが,念のため検討するに,甲5には,含水率を10%以下とした焼鈍分離剤に関して,MgO単味またはMgOを主成分とする焼鈍分離剤にはフリー水分と結晶水の形で水分が含まれ,これを含水率(マグネシアの重量に対するフリー水分重量と結晶水重量の和の重量比率)であらわすと通常10%多い場合は20%を越えるものがある旨が記載されるのみであり(特許請求の範囲,第1頁右欄),含水率10%以下の内訳は何ら示されておらず,本件発明1における「付着水分」及び「水和水分」の割合については,何ら記載も示唆もされていない。

(ウ)そうすると,以上のことから,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

エ 本件発明3は本件発明1を引用して焼鈍分離剤を,また,本件発明4は本件発明3を引用して方向性電磁鋼板の製造方法を,各々特定するものであるから,甲1発明との対比で,少なくとも,上記イに示した相違点1,2において相違している。
そして,上記ウに示したのと同様の理由により,本件発明3,4はいずれも,甲1発明であるということはできず,また,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。
なお,請求項2の記載は訂正により削除されたから,本件発明2はその検討を要しない。

(2)甲2を主とする場合
ア 甲2の記載(請求項1)において,「方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤」の「主体」である「マグネシア」に着目すれば,甲2には,次の発明が記載されているといえる。
「Cl:0.01?0.05mass%、B:0.05?0.15mass%、CaO:0.1?2mass%およびP_(2)O_(3):0.03?1.0mass%を含み、クエン酸活性度が40%CAAで30?120秒、BET法による比表面積が8?50m^(2)/g、強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%および、粒径45μm以上の粒子の含有量が0.1mass%以下である、マグネシア」
(以下「甲2発明」という。)

イ 本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「方向性電磁鋼板用焼鈍分離剤」の主体である「マグネシア」は,本件発明1の「焼鈍分離剤」の「酸化マグネシウム」に相当する。
そして,甲2発明が「強熱減量による水和量」を特定している点は,本件発明1が「付着水分と水和水分との関係」を特定している点と,酸化マグネシウムの水分を特定している限りにおいて一致する。
更に,甲2発明が「クエン酸活性度」,「B」及び「Cl」を特定している点は,本件発明1が「CAA」,「ホウ素含有量」及び「塩素含有量」を特定している点と,各々の数値範囲を特定している限りにおいて一致する。
よって,本件発明1と甲2発明とは,「水分、CAA、ホウ素含有量、塩素含有量が特定されたものである焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点で一致し,次の点で相違している。

(相違点3)
酸化マグネシウムの水分の特定が,本件発明1は「付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内」すなわち「
a:付着水分:0.25質量%、水和水分0.1質量%
b:付着水分:0.60質量%、水和水分0.1質量%
c:付着水分:0.40質量%、水和水分6.0質量%
d:付着水分:0.20質量%、水和水分6.0質量%」であるのに対し,甲2発明は「強熱減量による水和量が0.5?5.2mass%」である点。

(相違点4)
CAA,ホウ素含有量及び塩素含有量の特定が,本件発明1は「CAAが60?90秒」,「ホウ素含有量が0.061?0.077質量%」,及び「塩素含有量が0.018?0.026質量%」であるのに対し,甲2発明は「クエン酸活性度が40%CAAで30?120秒」,「B:0.05?0.15mass%」及び「Cl:0.01?0.05mass%」である点。

ウ 事案に鑑み,相違点3についてみると,これは,上記(1)イの相違点1と差異がない。そして,上記(1)ウに示したのと同様の理由により,本件発明1は,甲2発明であるということはできず,また,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

エ 本件発明3は本件発明1を引用して焼鈍分離剤を,また,本件発明4は本件発明3を引用して方向性電磁鋼板の製造方法を,各々特定するものであるから,甲2発明との対比で,少なくとも,上記イに示した相違点3,4において相違している。
そして,上記ウに示したのと同様の理由により,本件発明3,4はいずれも,甲2発明であるということはできず,また,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。
なお,請求項2の記載は訂正により削除されたから,本件発明2はその検討を要しない。

(3)甲3を主とする場合
ア 甲3の記載(請求項1)において,「方向性電磁鋼板」の製造に用いる「焼鈍分離剤」に着目すれば,甲3には,次の発明が記載されているといえる。
「苦汁及び海水の何れか一方または双方を原料して得られた水酸化マグネシウムを最終段階で直火式ロータリーキルンにより焼成して得られたMgOの1種又は2種以上の混合物からなり、かつ、粒径1μm以下が15?30重量%、粒径10μm以上が2重量%以上である粒径分布を有し、さらに、CAA40%値が100秒以上、比表面積が5?30m^(2)/g、Ig-lossが0.7?2.0重量%である、方向性電磁鋼板の製造に用いる焼鈍分離剤」(以下「甲3発明」という。)

イ 本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「方向性電磁鋼板の製造に用いる焼鈍分離剤」である「MgOの1種又は2種以上の混合物」は,本件発明1の「焼鈍分離剤」の「酸化マグネシウム」に相当する。
そして,甲3発明が「Ig-loss」を特定している点は,本件発明1が「付着水分と水和水分との関係」を特定している点と,酸化マグネシウムの水分を特定している限りにおいて一致する。
更に,甲3発明が「CAA40%値」を特定している点は,本件発明1が「CAA」を特定している点と,その数値範囲を特定している限りにおいて一致する。
よって,本件発明1と甲3発明とは,「水分、CAAが特定されたものである焼鈍分離剤用酸化マグネシウム」である点で一致し,次の点で相違している。

(相違点5)
酸化マグネシウムの水分の特定が,本件発明1は「付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内」すなわち「
a:付着水分:0.25質量%、水和水分0.1質量%
b:付着水分:0.60質量%、水和水分0.1質量%
c:付着水分:0.40質量%、水和水分6.0質量%
d:付着水分:0.20質量%、水和水分6.0質量%」であるのに対し,甲3発明は「Ig-lossが0.7?2.0重量%」である点。

(相違点6)
CAA,ホウ素含有量及び塩素含有量の特定が,本件発明1は「CAAが60?90秒」,「ホウ素含有量が0.061?0.077質量%」,及び「塩素含有量が0.018?0.026質量%」であるのに対し,甲3発明は「CAA40%値が100秒以上」であり,ホウ素含有量及び塩素含有量は不明である点。

ウ 事案に鑑み,相違点5についてみると,これは,上記(1)イの相違点1と差異がない。そして,上記(1)ウに示したのと同様の理由により,本件発明1は,甲3発明であるということはできず,また,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。

エ 本件発明3は本件発明1を引用して焼鈍分離剤を,また,本件発明4は本件発明3を引用して方向性電磁鋼板の製造方法を,各々特定するものであるから,甲3発明との対比で,少なくとも,上記イに示した相違点5,6において相違している。
そして,上記ウに示したのと同様の理由により,本件発明3,4はいずれも,甲2発明であるということはできず,また,甲1?甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということもできない。
なお,請求項2の記載は訂正により削除されたから,本件発明2はその検討を要しない。

第6 むすび
以上のとおりであるから,当審が通知した理由,及び,特許異議申立書に記載した理由によっては,請求項1,3,4に係る特許を取り消すことはできない。また,他に請求項1,3,4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また,請求項2に係る特許は,訂正により削除されたから,請求項2に係る特許異議の申立ては,その対象が存在しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
付着水分と水和水分との関係を示すグラフにおいて、付着水分及び水和水分が、下記a?d点を頂点とする四角形の範囲内にあり、CAAが60?90秒であり、ホウ素含有量が0.061?0.077質量%であり、塩素含有量が0.018?0.026質量%である焼鈍分離剤用酸化マグネシウム。
a:付着水分:0.25質量%、水和水分0.1質量%
b:付着水分:0.60質量%、水和水分0.1質量%
c:付着水分:0.40質量%、水和水分6.0質量%
d:付着水分:0.20質量%、水和水分6.0質量%
【請求項2】(削除)
【請求項3】
請求項1に記載の焼鈍分離剤用酸化マグネシウムを含む焼鈍分離剤。
【請求項4】
鋼板表面に二酸化ケイ素被膜を形成する工程と、
請求項3に記載の焼鈍分離剤を二酸化ケイ素被膜の表面に塗布し、焼鈍することにより、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成する工程と
を含む、方向性電磁鋼板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-03-27 
出願番号 特願2016-67691(P2016-67691)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C21D)
P 1 651・ 121- YAA (C21D)
P 1 651・ 113- YAA (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 北村 龍平
平塚 政宏
登録日 2019-03-15 
登録番号 特許第6494554号(P6494554)
権利者 タテホ化学工業株式会社
発明の名称 焼鈍分離剤用酸化マグネシウム及び方向性電磁鋼板  
代理人 特許業務法人 津国  
代理人 特許業務法人津国  

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