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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1362376
異議申立番号 異議2019-700844  
総通号数 246 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-06-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-24 
確定日 2020-05-20 
異議申立件数
事件の表示 特許第6506897号発明「磁気ディスク用アルミニウム合金板及びその製造方法、ならびに、当該磁気ディスク用アルミニウム合金板を用いた磁気ディスク」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6506897号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6506897号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成30年10月15日に出願され、平成31年4月5日にその特許権の設定登録がされ、平成31年4月24日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、令和1年10月24日に特許異議申立人伊藤裕美により特許異議の申立てがされ、当審は、令和2年1月31日に取消理由を通知した。それに対し、特許権者は、令和2年3月30日に意見書を提出した。

2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし5に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明5」という。)は、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(なお、下記のアないしシの項目は、当審が付したものであり、特許異議申立書の「3(4)(4-1)」と同様である。以下、「構成ア」ないし「構成シ」という。)

「【請求項1】
ア Fe:0.10?3.00mass%、Cu:0.003?1.000mass%、Zn:0.005?1.000mass%を含有し、含有量の合計が0.005?0.500mass%のTi、B及びVからなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、
イ 板厚中心面から板の表面までの領域を領域(A)とし、板厚中心面から板の裏面までの領域を領域(B)とし、領域(A)と(B)における第二相粒子の面積率(%)の差を、領域(A)と(B)の第二相粒子の面積率(%)の平均値で除したものが0.50以下であり、
ウ 15?50μmの円相当直径を有するTi系化合物粒子の分布密度が5個/mm^(2)以下であることを特徴とする
エ 磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項2】
オ 前記アルミニウム合金が、Mn:0.1?3.0mass%、Si:0.1?5.0mass%、Ni:0.1?8.0mass%、Mg:0.1?6.0mass%、Cr:0.01?1.00mass%及びZr:0.01?1.00mass%からなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有する、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板。
【請求項3】
カ 請求項1又は2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金板からなるアルミニウム合金基板の表面に、無電解Ni-Pめっき処理層とその上の磁性体層が設けられていることを特徴とする磁気ディスク。
【請求項4】
キ 請求項1又は2に記載される磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法であって、
ク 前記アルミニウム合金を用いて溶湯を溶製する溶湯溶製工程と、溶製した溶湯から半連続鋳造法によって鋳塊を鋳造する半連続鋳造工程と、鋳塊を熱間圧延する熱間圧延工程と、熱間圧延板を冷間圧延する冷間圧延工程とを含み、
ケ 前記溶湯溶製工程において溶湯に微細化剤を添加してから1?60分以内に半連続鋳造工程を開始することを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項5】
コ 請求項1又は2に記載される磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法であって、
サ 前記アルミニウム合金を用いて溶湯を溶製する溶湯溶製工程と、溶製した溶湯から連続鋳造法によって鋳造板を鋳造する連続鋳造工程と、連続鋳造した鋳造板を冷間圧延する冷間圧延工程とを含み、
シ 前記溶湯溶製工程において溶湯に微細化剤を添加してから1?60分以内に連続鋳造工程を開始することを特徴とする磁気ディスク用アルミニウム合金板の製造方法。」

3 取消理由の概要
当審において、本件特許に対して通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)本件特許の発明の詳細な説明には、構成ウを備える本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作製するために、「溶湯に微細化剤を添加してから60分以内に鋳造を開始する」(段落0054)という条件が必要であり、また、当該微細化剤として添加するTi、B、Vについて、「Ti、B及びVの含有量の合計は、0.005?0.500%の範囲とする」(段落0037)という条件が好ましいと記載されている。
(2)ここで、甲第2号証?甲第5号証によれば、アルミニウム合金の製造において、Ti系化合物の量や凝集状態は、微細化剤として添加するTi等元素の含有量(以下、「条件1」という。)、及び、溶湯処理工程の諸条件(撹拌時間、保持温度、ろ過)(以下、「条件2」という。)に関連するといえる。
(3)しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明には、上記(1)の条件以外に、どのような条件が必要であるのかについて、記載されていないことから、本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作成するために、当業者は条件1及び2に関して過度な試行錯誤が必要となる。
(4)したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件特許発明1ないし5を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。よって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

4 各甲号証の記載
(1)甲第2号証
甲第2号証(特開2012-72487号公報)には、以下の記載がある。
ア「【0024】
Ti: Tiは、粗面化性に大きな影響を及ぼし、また、アルミニウム合金鋳塊の組織状態にも大きな影響を及ぼす元素である。Ti含有量が0.005%未満では、粗面化処理後のピットが不均一になり、また、鋳塊の結晶粒が微細化されずに粗大結晶粒組織になるため、マクロ組織に圧延方向に沿う帯状の筋が発生して、粗面化処理後にも帯状の筋が残存してしまう。一方、Ti含有量が0.05%を超えると、前述の効果が飽和するばかりでなく、粗大なAl-Ti系化合物が形成されてその化合物が圧延板に筋状に分布する。その結果、陽極酸化皮膜に欠陥が生じ、感光層の欠陥となって印刷汚れが発生する。そのためTi含有量は、0.005?0.05%の範囲内とする。好ましいTi含有量は、0.005?0.03%の範囲内である。
【0025】
B、Cのうちから選択される1種以上の含有量: 結晶粒組織を微細化するために、微量のB及び/又はCをTiと組合せて添加する。B及びCから選択される1種以上の含有量が0.0001%未満では、結晶粒微細化の効果が得られず、粗面化処理後のピットが不均一となる。一方、前記含有量が0.0020%を超えると結晶粒微細化効果が飽和するばかりでなく、Ti-B系化合物やTi-C系化合物に溶湯中の炭化アルミニウムが凝集し易くなり、溶湯からの炭化アルミニウム量の減少が不十分となる。また、Ti-B系化合物やTi-C系化合物が存在している箇所に炭化アルミニウムも晶出し易いため、インク汚れや長期間保管後の局所的な感光層の欠陥が生じ易くなる。また、Ti-B系化合物やTi-C系化合物の粗大凝集物による表面欠陥も生じ易くなる。そのためB及びCから選択される1種以上の含有量は、0.0001?0.0020%の範囲内とする。この含有量の好ましい範囲は、0.0003?0.0012%である。」

イ「【0032】
C.粗面化処理後におけるアルミニウム合金板表面に存在する凝集物の分布 炭化アルミニウムはアルミニウム溶湯との濡れ性が非常に低いため、炉壁、炉床、酸化アルミニウムを主成分とするドロス等の固体と溶湯との固液界面、脱水素ガスのために溶湯中に吹き込まれる気体と溶湯との気液界面に存在し易い性質を有している。炭化アルミニウムが単体でアルミニウム溶湯中に存在する場合には、炭化アルミニウムはアルミニウム溶湯から排出され、溶湯中の炭化アルミニウム量は減少する。しかしながら、Ti-B系化合物及びTi-C系化合物の1種以上が溶湯中に存在すると、炭化アルミニウムはこれら化合物と共に凝集物を形成する。このような凝集物には、炭化アルミニウムとTi-B系化合物から構成される凝集物、炭化アルミニウムとTi-C系化合物から構成される凝集物、炭化アルミニウムとTi-B系化合物とTi-C系化合物から構成される凝集物の三種類が含まれる。このような凝集物は、アルミニウム溶湯との濡れ性が高く、溶湯から排出され難い。また、アルミニウム溶湯中に過飽和状態で溶解する炭素は、溶湯温度の低下により炭化アルミニウムとして晶出する。このように、Ti-B系化合物やTi-C系化合物が溶湯中に存在すると、これらの化合物を起点として炭化アルミニウムが晶出し易くなる。
【0033】
このようにして生成する炭化アルミニウムと前記化合物との凝集物は粗大であり、陽極酸化膜の欠陥部となって耐インク汚れ性の低下や表面欠陥を招く。従って、溶湯中の炭化アルミニウム濃度の制御だけでなく、Ti含有量、B含有量及びC含有量の制御も必要であるが、アルミニウム合金板表面における炭化アルミニウムと前記化合物の凝集物の分布状態を制御することが重要である。
【0034】
Ti-B系化合物及びTi-C系化合物から選択される1種以上の化合物と炭化アルミニウムから構成される凝集物の分布は、(1)アルミニウム合金板表面における上記凝集物が占める任意の半径5μmの円の面積に対する面積占有率と、(2)アルミニウム合金板表面における任意の50cm2の面積内に存在する該凝集物の個数によって規定する。前記面積占有率が10%未満の場合には、インク汚れや長期間保管後の感光層欠陥の発生の問題はない。一方、前記面積占有率が10%以上の場合には、50cm^(2)の面積内に存在する凝集物の個数が2個以下であれば、インク汚れや長期間保管後の感光層欠陥の発生の問題はない。一方、50cm^(2)の面積内に存在する凝集物の個数が3個以上の場合には、インク汚れ、長期間保管後の感光層欠陥が発生する。従って、凝集物の分布は、前記面積占有率を10%未満とするか、或いは、前記面積占有率が10%以上の場合には、50cm^(2)の面積内に存在する凝集物の個数を2個以下、すなわち、2個又は1個とする。ここで、面積占有率は、凝集物が占める面積を半径5μmの円の面積で割ったものとした。凝集物の面積占有率及びその存在個数は、電子プローブ微小部分分析装置(日本電子株式会社製JXA?8200)によるアルミニウム合金板の表面観察や定性分析により行われる。ここで問題としている凝集物のサイズは、円相当径で半径5μm以下である。半径が5μmより大きくなると、凝集物の面積が大き過ぎるために本発明では問題の対象としないが、インク汚れ、長期間保管後の感光層欠陥がほぼ確実に発生する。
【0035】
次に、本発明に係る平版印刷版用アルニウム合金板の製造方法について述べる。D.アルニウム合金板の製造方法 本発明に係る平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法は、基本的には、溶解、処理、鋳造、均質化処理、熱間圧延、焼鈍、冷間圧延、表面処理の各段階からなる。炭化アルミニウム、Ti-B系化合物及びTi-C系化合物の量や凝集状態は、特にアルミニウム地金の溶解段階とその後の処理段階で決まるため、本発明では溶解及び処理の段階が重要である。」

ウ「【0045】
結晶粒微細化材の添加と攪拌工程: 鋳塊組織の結晶粒を微細化するために、結晶粒微細化材として、塊状又は線状のTi系アルミニウム合金、Ti-B系アルミニウム合金、Ti-C系アルミニウム合金などが添加される。前述のように、添加量は、B及びCから選択される1種以上の含有量として、0.0001?0.0020%の範囲内である。Ti-B系アルミニウム合金及びTi-C系アルミニウム合金は、Ti系アルミニウム合金と比べて結晶粒微細化効果が大きいが、これらのアルミニウム合金に含まれるTi-B系化合物やTi-C系化合物の凝集物に起因する表面欠陥が生じ易い欠点を有する。
【0046】
本発明では、結晶粒微細化材の添加量、換言すると、B量、C量を制御し、かつ、凝集させないような溶湯処理を行うことで、Ti-B系化合物やTi-C系化合物の凝集を防止する。具体的には、結晶粒微細化材を溶湯に添加して撹拌する時間を10分以内とすることで、撹拌による凝集を防止するものである。ここで、撹拌としては、上記機械的又は電磁的な撹拌、脱水素ガスのためのバブリング、インライン脱ガス処理が挙げられる。結晶粒微細化材が添加されたアルミニウム溶湯が10分を超えて撹拌されると、Ti-B系化合物やTi-C系化合物の凝集が生じ、線状欠陥が発生し易い。また、Ti-B系合物やTi-C系化合物はアルミニウム溶湯中において固体として存在するため、この固液界面に炭化アルミニウムが吸着されて、アルミニウム溶湯からの分離が困難となる。この炭化アルミニウムとTi-B系化合物との凝集物、ならびに、炭化アルミニウムとTi-C系化合物との凝集物により、インク汚れや長期間保管後における感光層欠陥が生じ易くなる。なお、好ましい撹拌する時間は、5分以内である。」

(2)甲第3号証
甲第3号証(馬場義雄,浜田淳司,“純アルミニウムの鋳造組織の微細化におよぼすTiB_(2)およびTiAl_(3)粒子の影響”,SUMITOMO LIGHT METAL TECHNICAL REPORTS,住友軽金属工業株式会社,1974年7月,Vol.15,No.3,pp.1-7)には、以下の記載がある。
ア「



イ「



ウ「



エ「



(3)甲第4号証
甲第4号証(“入門 アルミニウム製品の生産技術?上工程から下工程まで?”,一般社団法人軽金属学会,2017年5月20日,pp.6-15)には、以下の記載がある。
ア「



イ「



ウ「



(4)甲第5号証
甲第5号証(国際公開第2011/043150号)には、以下の記載がある。
ア「[0002] アルミニウムは、例えば、アルミニウム溶湯を鋳造してインゴットを作製し、これを圧延して薄板などに形成される。アルミニウム溶湯中に非金属介在物が混入していると圧延の際に表面欠陥などが生じることがある。
そこで、これらを除去するためにフィルターを用いて、アルミニウム溶湯をろ過している。」

イ「[0008] 従来では、高純度のアルミニウムを製造するため、フィルターのろ過性能を向上させ、アルミニウム溶湯中の介在物をできるだけ除去することが行われていた。
しかし、アルミニウム溶湯中には結晶粒を微細化するためにTiB_(2)などの結晶粒微細化剤を混入させる。ろ過性能が優れすぎていると、結晶粒微細化剤も除去されてしまい、そのような溶湯から鋳造したアルミニウムは、結晶粒が粗大化してしまい、鋳塊割れなどの欠陥が発生してしまうという問題が生じていた。
[0009] そこで、本発明の目的は、TiB_(2)などの結晶粒微細化剤は適量通過させることができ、他の介在物は除去することができるアルミニウム溶湯用ろ過フィルターを提供することにある。」

(5)甲第9号証
甲第9号証(特許第6389577号公報)には、以下の記載がある。
ア「【0014】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、めっき性とディスクのフラッタリング特性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板、ならびに、これを用いた磁気ディスクを提供することを目的とする。」

イ「【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、基板のめっき性及びフラッタリング特性と基板の素材との関係に着目し、これら特性と基板(磁気ディスク材料)の特性との関係について鋭意調査研究した。この結果、Fe、Cu及びZn含有量とAI-Fe系金属間化合物のサイズ分布がめっき性とフラッタリング特性に大きな影響を与えることを見出した。この結果、本発明者らは、Fe含有量が0.4?3.0mass%(以下、「%」と略記する)、Cu含有量が0.005?1.000%、Zn含有量が0.005?1.000%の範囲で、10μm以上16μm未満の最長径を有するAI-Fe系金属間化合物の分布密度Aと10μm以上の最長径を有するAI-Fe系金属間化合物の分布密度Bの割合(A/B)が0.70以上で、40μm以上の最長径を有するAI-Fe系金属間化合物が1個/mm^(2)以下の分布密度で分散する磁気ディスク用アルミニウム合金基板において、めっき性とフラッタリング特性が向上することを見出した。これらの知見に基づいて、本発明者らは本発明を完成するに至ったものである。」

ウ「【0037】
Ti、B、VTi、B及びVは、鋳造時の凝固過程において、第二相粒子(TiB_(2)などのホウ化物、或いは、Al_(3)TiやTi-V-B粒子等)を形成し、これらが結晶粒核となるため、結晶粒を微細化することが可能となる。その結果、めっき性が改善する。また、結晶粒が微細化することで、第二相粒子のサイズの不均一性を小さくし、アルミニウム合金基板中の強度とフラッタリング特性のバラツキを低減させる効果を発揮する。但し、Ti、B及びVの含有量の合計が0.005%未満では、上記の効果が得られない。一方、Ti、B及びVの含有量の合計が0.500%を超えてもその効果は飽和し、それ以上の顕著な改善効果が得られない。そのため、Ti、B及びVを添加する場合のTi、B及びVの含有量の合計は、0.005?0.500%の範囲とするのが好ましく、0.005?0.100%の範囲とするのがより好ましい。なお、合計量とは、Ti、B及びVのいずれか1種のみを含有する場合にはこの1種の量であり、いずれか2種を含有する場合にはこれら2種の合計量であり、3種全てを含有する場合にはこれら3種の合計量である。」

(6)甲第10号証
甲第10号証(特開2009-6386号公報)には、以下の記載がある。
ア「【0003】
連続鋳造を実施する際、アルミニウム溶湯には、チタンおよびホウ素を含むアルミニウム合金が添加される。アルミニウム溶湯中に添加溶融されたチタンおよびホウ素を含むアルミニウム合金から生じたTiB_(2)粒子が鋳造時の結晶組織微細化材として作用する。TiB_(2)粒子は、単独では1?2μm、厚さ0.1?0.5μmの薄板状の粒子であるが、この粒子は集合体を形成しやすく、粒径100μm以上の集合体(以下、本明細書において、「TiB_(2)粗大粒子」という。)が鋳造板に混入すると、該鋳造板に圧延や焼純、あるいはそのいずれかを行って薄板に仕上げたとき、薄板の表面に断続的に黒い筋状の故障が発生することがあり、この黒い筋状の故障のことを黒筋故障という。」

イ「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、長時間鋳造を行っても(長尺鋳造、例えば、50トン以上の鋳造を行っても)、黒筋故障の発生を防止することができる平版印刷板用アルミニウム合金板の製造方法、および該平版印刷板用支持体用アルミニウム合金板の製造装置を提供することを目的とする。」

ウ「【0027】
本発明の平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法では、第2の溶湯流路5における溶湯100の通過時間t(sec)を、溶湯100の平均流速V(m/sec)、第2の溶湯流路5の溶湯深さD(m)、溶湯100の密度および粘性係数、TiB_(2)粗大粒子の密度および粒径に応じて計算される実験式によって設定される時間以上にすることで、濾過手段4をすり抜けた粒径100μm以上のTiB_(2)粗大粒子を第2の溶湯流路5の底に沈降させ、該TiB_(2)粗大粒子が、下流、図1では、液面制御手段6に到達することを防止する。 具体的には、第2の溶湯流路5における溶湯100の通過時間t(sec)が、下記式(1)を満たすようにする。 t(sec)≧270×1.2×D ・・・(1) 式(1)中、Dは第2の溶湯流路5の溶湯深さ(m)である。
(中略)
【0032】
したがって、溶湯100が第2の溶湯流路5を通過する時間tを、上記式(1)を満たすようにすることで、粒径100μm以上のTiB_(2)粗大粒子を第2の溶湯流路5の底に沈降させ、該TiB_(2)粗大粒子が液面制御手段6に到達するのを防止できる。この考え方によれば、tの値が大きければ大きいほど、第2の溶湯流路5の底にTiB_(2)粗大粒子が沈降するので好ましいことになるが、実際にはtの値を過度に大きくすると、第2の溶湯流路5を通過する途中で溶湯100の温度が低下し、溶湯100の一部が凝固を始める懸念がある。この点からtは150秒以内が望ましく、より望ましくは120秒以内、更に望ましくは90秒以内とする。ここで、溶湯100が第2の溶湯流路5を通過する時間tの制御は、第2の溶湯流路5の溶湯深さDを変える方法、鋳造速度を変えることで、アルミニウム溶湯100の流速を変える方法、および次に説明する第2の溶湯流路5の長さLを変える方法のいずれか、またはこれらの組み合わせを使用することで可能となる。なお、第2の溶湯流路5の溶湯深さDは、どのような値でも良いわけではなく、溶湯100の温度安定性の面からD=0.05?0.4mであることが望ましく、より望ましくはD=0.10?0.30m、更に望ましくはD=0.10?0.25mとする。」

5 意見書の概要
(1)特許権者が提出した意見書の概要は次のとおりである(下線は特許権者が付与したものである。)。
ア 条件1
「i)取消理由通知書、第17頁第8?11行において、『後者の条件は、「Ti、B及びVの含有量の合計」を特定するのみであるから、構成ウを備える本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作製するために、上記(4)のア及びイのそれぞれをどのようにすべきかについては、本件特許の発明の詳細な説明において説明されていない。』と指摘されております。
ii)しかしながら、Ti、B及びVの含有量の合計を特定するのみと云っても、各元素の上限値は0.500%でありこれを超えることはありません。更に、本件特許明細書【0037】には、これら3元素の含有量を規定する理由が示され、実施例の表1?3には当該理由に基づき発明例及び比較例となる複数の例が示されております。
iii)してみると、当業者がTi、B及びVの含有量を決定する際において、明細書【0037】の記載、ならびに、実施例の例示に基づけば、過度な試行錯誤が要求されることはありません。」

イ 条件2
(ア)撹拌時間
「ii)“(4)ウの「撹拌時間」”について検討します。これは、取消理由通知書、第16頁第3?9行の記載によれば、甲第2号証、【0045】、【0046】の記載からTi系化合物の凝集状態を説明するものです。具体的には、表面欠陥を引き起こすTi-B系化合物の凝集物の形成を防止するために、Ti-B系アルミニウム合金を溶湯に添加して攪拌する時間を10分以内とするものです。これは、Ti-B系化合物の凝集物に炭化アルミニウムが吸着された“Ti-B系化合物と炭化アルミニウムの凝集物”が、感光層欠陥を生じさせることを防止するためです。また、このような凝集物のサイズは、円相当半径が5μm以下、すなわち円相当直径ではl0μm以下のものを対象としております(甲第2号証、【0034】)。
iii)まず、本件許発明1で対象とするのはTi系化合物粒子であって、甲第2号証に記の“Ti-B系化合物と炭化アルミニウムの凝集物”ではありません。更に、本件特許発明1で対象とするTi系化合物粒子のサイズは円相当直径で15?50μmであり、甲第2号証に記載の凝集物のような(円相当直径で10μm以下)小さいものは対象としておりません。」

(イ)保持温度
「iv)甲第3号証は、微細化剤であるTiB_(2)粒子が鋳造組織の結晶粒径に及ぼす保持温度の影響を調べているのであって、Ti系化合物の結晶粒径に及ぼす影響を調べているのではありません。Fig.5は、99.99%の純Alに約1μm、4μm、8μm、13μmの0.1%TiB_(2)を添加した際における、純A1の鋳造組織の結晶粒径と電気伝導度の保持条件(温度と時間)を変えた関係を示すものです。まず、TiB_(2)のサイズは15μm末満であり、本件特許発明1で規定する15?50μmのような大きいものではありません。更に、縦軸の結晶粒径は純Alの鋳造組織の結晶粒径でありTiB_(2)の結晶粒径ではありませんし、純Alとこれに添加したTiB_(2)とからなるAl合金の鋳造組織の結晶粒径であるとしても、これまたTiB_(2)の結晶粒径ではないことは明らかです。」

(ウ)ろ過
「ii)ここで、本件特許発明では、本件特許の発明の詳細な説明では実施例も含めて、フィルタろ過や脱ガス等について何ら言及していないことからも明らかなように、溶湯の溶製後にフィルタろ過及び脱ガスを行うことなくDC鋳造又はCC鋳造の実施が可能です。」

6 当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由(特許法第36条第4項第1号)について
ア 条件1
発明の詳細な説明の表1?3(【0070】?【0072】)には、実施例に用いる合金における、微細化剤として添加するTi、B、Vそれぞれの含有量が記載されているから、これらの記載に基づいて、当業者がTi、B及びVの含有量を決定することが可能である。
したがって、本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作成するために、微細化剤として添加するTi等元素の含有量に関して過度な試行錯誤が必要となるとはいえない。

イ 条件2
(ア)撹拌時間
甲第2号証において溶湯を撹拌することで凝集を防止するのは、10μm以下の円相当直径を有するTi-B系化合物と炭化アルミニウムの凝集物であって(上記4(1)イ参照)、本件特許発明1の「15?50μmの円相当直径を有するTi系化合物粒子」とは対象やそのサイズが異なる。
したがって、甲第2号証において、結晶粒微細化材を溶湯に添加して撹拌する時間に、10μm以下の円相当直径を有するTi-B系化合物と炭化アルミニウムの凝集物の凝集状態が関連する(上記4(1)ウ)としても、必ずしも、本件特許発明1の「15?50μmの円相当直径を有するTi系化合物粒子」の量や凝集状態が撹拌時間に関連するとはいえない。
よって、本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作成するために、撹拌時間に関して過度な試行錯誤が必要となるとはいえない。

(イ)保持温度
甲第3号証は、上記4(3)によれば、溶湯の保持温度がアルミニウム合金の鋳造組織の結晶粒径に与える影響に関するものであって、本件特許発明1のような微細化剤であるTi系化合物粒子の結晶粒径に与える影響に関するものではない。
したがって、甲第3号証により、アルミニウム合金の鋳造組織の結晶粒径が、微細化剤添加後の溶湯の保持温度と関連するといえたとしても、本件特許発明1の「15?50μmの円相当直径を有するTi系化合物粒子」の量や凝集状態に溶湯の保持温度が関連するとはいえない。
よって、本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作成するために、保持温度に関して過度な試行錯誤が必要となるとはいえない。

(ウ)ろ過
本件特許の発明の詳細な説明には、フィルタろ過等について何ら言及されていないから、本件特許発明1のアルミニウム合金板の鋳造において、フィルタろ過等は不要である。
したがって、本件特許発明1の磁気ディスク用アルミニウム合金板を作成するために、フィルタろ過に関して過度な試行錯誤が必要となるとはいえない。

ウ まとめ
上記ア及びイから、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2ないし5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものといえる。よって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
ア サポート要件(特許法第36条第6項第1号)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、本件特許発明1ないし5は、縦型連続鋳造及び横型連続鋳造のいずれで製造されたものであるのか特定しない記載になっており、鋳塊の厚さ方向の重力偏析という課題がそもそも発生し得ない縦型連続鋳造に関する発明も含むため、発明の詳細な説明にサポートされていない旨主張している。
特許異議申立人の上記主張について検討する。
本件特許発明1ないし5の課題は、「高強度でディスクのフラッタリング特性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金板」を作成することであり(【0013】)、その課題を解決するための手段は、本件特許発明1に構成アないしウとして含まれており、これらの構成は発明の詳細な説明(【0024】、【0053】、【0054】)によってサポートされている。また、当該課題は、構成アないしウによって解決されるため、当該課題解決のために縦型連続鋳造と横型連続鋳造のいずれで製造されたかを特定する必要は認められない。
したがって、本件特許の請求項1ないし5に係る発明は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たすものである。

新規性(特許法第29条第1項第3号)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、本件特許発明1ないし3は、甲第9号証に記載された発明と同一であることから、特許法第29条第1項3号の規定により特許を受けることができない旨主張している。
特許異議申立人の上記主張について検討する。
甲第9号証(上記4(5)アないしウ)には、以下の発明が記載されている。
「Fe:0.4?3.0mass%、Cu:0.005?1.000mass%、Zn:0.005?1.000mass%を含有し、含有量の合計が0.005?0.500mass%のTi、B及びVからなる群から選択される1種又は2種以上を更に含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなる
磁気ディスク用アルミニウム合金板。」

したがって、本件特許発明1と甲第9号証に記載の発明は、構成ア及びエを備えている点で一致するものの、以下の点で相違する。
(相違点1)
本件特許発明1は「板厚中心面から板の表面までの領域を領域(A)とし、板厚中心面から板の裏面までの領域を領域(B)とし、領域(A)と(B)における第二相粒子の面積率(%)の差を、領域(A)と(B)の第二相粒子の面積率(%)の平均値で除したものが0.50以下であ」る構成(構成イ)を備えているのに対して、甲第9号証に記載の発明は構成イを備えていない点。
(相違点2)
本件特許発明1は「15?50μmの円相当直径を有するTi系化合物粒子の分布密度が5個/mm^(2)以下である」構成(構成ウ)を備えているのに対して、甲第9号証に記載の発明は構成ウを備えていない点。

よって、本件特許発明1は、甲第9号証に記載された発明と同一ではない。
本件特許発明1に構成要素を追加して記載される本件特許発明2ないし3についても同様である。
なお、上記相違点1に関連し、特許異議申立人は特許異議申立書において、磁気ディスク用アルミニウム合金基板はDC法によって鋳造されていることから、板厚方向中心から板の表面までの両領域の金属組織に違いは生じ得ない旨主張しており、仮に当該主張が正しいとすれば、上記相違点1は解消することとなるが、その場合であっても相違点2は依然として存在しており、本件特許発明1と甲第9号証記載の発明は同一でない。

進歩性(特許法第29条第2項)について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、本件特許発明1ないし5は、甲第9号証及び甲第10号証に基づいて容易に発明をすることができることから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨主張している。
特許異議申立人の上記主張について検討する。
上記イで検討したとおり、本件特許発明1と甲第9号証記載の発明は相違点1及び2において相違する。
ここで、甲第10号証(上記4(6)ウ)には、溶湯流路におけるTi系粗大粒子の沈降や溶湯の凝固を制御するために、溶湯が溶湯流路を通過する時間を所定範囲内にする技術思想が開示されている。
そして、甲第9号証記載の発明に、甲第10号証記載の技術思想を適用した場合、甲9号証記載の発明において鋳造開始までの時間を所定範囲内に収める構成になり得るものの、本件特許発明1の構成イや構成ウに想到することはできず、相違点1及び2を解消することはできない。
なお、特許異議申立人は特許異議申立書において、本件特許発明1の構成イとウは溶湯に微細化剤を添加してから1?60分以内に鋳造を開始することによって達成できることから、甲第9号証記載の発明に甲第10号証の技術思想を適用して鋳造開始までの時間を所定範囲内に収めることで、構成イや構成ウに想到することは容易であると主張している。この点について、本件特許では、【表4】?【表6】(【0074】?【0076】)に示すように鋳造開始までの時間を様々に変えて、【表7】?【表9】(【0084】?【0086】)に示すように構成イや構成ウに係る効果を測定し、その結果として、溶湯に微細化剤を添加してから鋳造開始までの時間を1分?60分にすることを見いだしている(【0052】?【0053】)。したがって、甲第9号証記載の発明に、鋳造開始までの時間を所定範囲内に収めるという甲第10号証の技術思想をただ適用するだけでは、本件特許発明に想到することはできない。
したがって、本件特許発明1は、甲第9号証及び甲第10号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
本件特許発明1に構成要素を追加して記載される本件特許発明2ないし5についても同様である。

7 むすび
したがって、請求項1ないし5に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-05-07 
出願番号 特願2018-194477(P2018-194477)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中野 和彦  
特許庁審判長 千葉 輝久
特許庁審判官 須田 勝巳
曽我 亮司
登録日 2019-04-05 
登録番号 特許第6506897号(P6506897)
権利者 古河電気工業株式会社 株式会社UACJ
発明の名称 磁気ディスク用アルミニウム合金板及びその製造方法、ならびに、当該磁気ディスク用アルミニウム合金板を用いた磁気ディスク  
代理人 湯本 恵視  
代理人 湯本 恵視  

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