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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C22C |
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管理番号 | 1362377 |
異議申立番号 | 異議2020-700069 |
総通号数 | 246 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-06-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-02-07 |
確定日 | 2020-05-18 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6555435号発明「クラッド鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6555435号の請求項1?6に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6555435号(請求項の数6。以下,「本件特許」という。)は,2018年(平成30年)3月27日(優先権主張:平成29年3月29日,平成29年8月31日)を国際出願日とする特許出願(特願2018-565429号)に係るものであって,令和1年7月19日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和1年8月7日である。)。 その後,令和2年2月7日に,本件特許の請求項1?6に係る特許に対して,特許異議申立人である岩谷幸祐(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?6に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 母材鋼板の片面に,耐食性合金からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板であって, 上記母材鋼板が,質量%で, C:0.020?0.100%, Si:0.05?0.50%, Mn:0.75?1.80%, P:0.015%以下, S:0.0030%以下, Al:0.010?0.070%, Nb:0.005?0.080%, Ti:0.005?0.030%および N:0.0010?0.0060% を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し, また,上記母材鋼板が, 上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置において,面積率で94%以上のベイナイトと6%以下の島状マルテンサイトとを有し,上記ベイナイトの平均結晶粒径が25μm以下である,鋼組織を有し, さらに,上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上であり, 引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上である,クラッド鋼板。 ここで,延性破面率DWTTSA_(-30℃)は,API-5Lに準拠するDWTT試験(試験温度:-30℃)により求めたものである。 【請求項2】 前記母材鋼板の成分組成が,さらに質量%で, Cu:0.50%以下, Cr:0.50%以下, Mo:0.50%以下, V:0.100%以下, Ni:0.50%以下および Ca:0.0040%以下 のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する,請求項1に記載のクラッド鋼板。 【請求項3】 前記耐食性合金が,Ni基合金またはオーステナイト系ステンレス鋼である,請求項1または2に記載のクラッド鋼板。 【請求項4】 請求項1または2に記載の母材鋼板の成分組成を有する母材鋼板の素材と,耐食性合金からなる合せ材の素材とを積層してなるスラブを,表面温度で1050℃?1200℃の温度域に加熱したのち, 該スラブに,表面温度950℃以上の温度域での圧下比:2.0以上となる第1の圧延を施したのち,表面温度900℃以下の温度域での累積圧下率:50%以上,圧延終了温度:表面温度で800℃以上とする第2の圧延を施して,母材鋼板と合せ材からなる圧延板とし, ついで,該圧延板に,冷却開始温度:表面温度でAr_(3)温度以上,平均冷却速度:5℃/s以上,冷却停止温度:上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で500℃以下の加速冷却を施し, さらに,上記圧延板に,上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で350?600℃の温度域で焼戻しを施す,クラッド鋼板の製造方法であり, 上記母材鋼板が, 上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置において,面積率で94%以上のベイナイトと6%以下の島状マルテンサイトとを有し,上記ベイナイトの平均結晶粒径が25μm以下である,鋼組織を有し, さらに,上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上であり, 引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上である,クラッド鋼板の製造方法。 ここで,加速冷却における平均冷却速度は,母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置における冷却開始温度と冷却終了温度との差を,冷却時間で除することにより求めたものであり, 延性破面率DWTTSA_(-30℃)は,API-5Lに準拠するDWTT試験(試験温度:-30℃)により求めたものである。 【請求項5】 請求項1または2に記載の母材鋼板の成分組成を有する母材鋼板の素材と,オーステナイト系ステンレス鋼からなる合せ材の素材またはAlloy825のNi基合金からなる合せ材の素材とを積層してなるスラブを,表面温度で1050℃?1200℃の温度域に加熱したのち, 該スラブに,表面温度950℃以上の温度域での圧下比:1.5以上となる第1の圧延を施したのち,表面温度900℃以下の温度域での累積圧下率:50%以上,圧延終了温度:表面温度で750℃以上とする第2の圧延を施して,母材鋼板と合せ材からなる圧延板とし, ついで,該圧延板に,冷却開始温度:表面温度でAr_(3)温度以上,平均冷却速度:5℃/s以上,冷却停止温度:上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で500℃以下の加速冷却を施し, さらに,上記圧延板に,上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で350?600℃の温度域で焼戻しを施す,クラッド鋼板の製造方法であり, 上記母材鋼板が, 上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置において,面積率で94%以上のベイナイトと6%以下の島状マルテンサイトとを有し,上記ベイナイトの平均結晶粒径が25μm以下である,鋼組織を有し, さらに,上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上であり, 引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上である,クラッド鋼板の製造方法。 ここで,加速冷却における平均冷却速度は,母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置における冷却開始温度と冷却終了温度との差を,冷却時間で除することにより求めたものであり, 延性破面率DWTTSA_(-30℃)は,API-5Lに準拠するDWTT試験(試験温度:-30℃)により求めたものである。 【請求項6】 前記スラブが,母材鋼板の素材/合せ材の素材/合せ材の素材/母材鋼板の素材の順に積層されている,請求項4または5に記載のクラッド鋼板の製造方法。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 本件特許の請求項1?6に係る特許は,下記1?3のとおり,特許法113条4号に該当する。 1 申立理由1(実施可能要件) 本件発明1?6については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。 2 申立理由2(サポート要件) 本件発明1?6については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。 3 申立理由3(明確性要件) 本件発明1?6については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?6に係る特許は,同法113条4号に該当する。 第4 当審の判断 以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。 1 申立理由3(明確性要件) 本件発明1?6は,合せ材について,「耐食性合金からなる」と規定するものであるところ,申立人は,本件明細書には,「耐食性合金」として,Ni基合金やオーステナイト系ステンレス鋼が記載され,実施例では,Ni基合金(Alloy625),Ni基合金(Alloy825),オーステナイト系ステンレス鋼が使用されるのみであり,本件明細書には,Ni基合金やオーステナイト系ステンレス鋼以外のいかなる合金であれば,「耐食性合金」といえるのか明確にされていないから,本件発明1?6は不明確であると主張する。 しかしながら,「耐食性合金」は,その文言どおり,耐食性を有する合金を意味することは明らかであるから,本件発明1?6は明確である。そして,そのことは,本件明細書に「耐食性合金」として具体的に記載されているものが,Ni基合金やオーステナイト系ステンレス鋼のみであるとしても,変わるものではない。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 したがって,申立理由3(明確性要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由1(実施可能要件) 物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから,物の発明について,発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには,発明の詳細な説明には,当業者がその物を製造することができ,かつ,その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。 また,物を生産する方法の発明における発明の実施とは,その物を生産する方法の使用をする行為のほか,その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから,物を生産する方法の発明について,発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには,発明の詳細な説明には,当業者がその物を生産する方法を使用することができ,かつ,その方法により生産した物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。 以下,検討する。 (1)本件発明1?3について 本件発明1?3は,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板の片面に,耐食性合金からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板であって,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であり,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板に関するものである。 本件明細書には,母材鋼板の成分組成(【0021】?【0036】),母材鋼板の鋼組織(【0037】?【0042】),合せ材の種類(【0044】?【0079】),母材鋼板と合せ材との接合界面せん断強度(【0043】),引張り強さ及び延性破面率(【0093】)の各事項について,具体的な説明がなされている。 また,本件明細書には,クラッド鋼板の製造方法(【0080】?【0091】), クラッド鋼板の用途(【0019】)について,具体的な説明がなされている。 そして,本件明細書には,実施例1?3における発明例(表1?12)として,本件発明1?3の条件を満たす特定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板の片面に,特定の耐食性合金(Ni基合金(Alloy625),Ni基合金(Alloy825),オーステナイト系ステンレス鋼)からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板であって,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であり,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板を製造したことが記載されている。 また,発明例以外のクラッド鋼板についても,当業者であれば,本件明細書の記載に基づき,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板並びに耐食性合金を用いて,上記の製造方法により製造することができ,得られたクラッド鋼板を上記の用途に使用することができる。 以上によれば,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明1?3に係るクラッド鋼板を製造し,使用することができるといえる。 以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1?3について,実施可能要件を満たすものである。 (2)本件発明4?6について 本件発明4?6に係るクラッド鋼板の製造方法により製造されるのは,本件発明1?3に係るクラッド鋼板であるが,これらのクラッド鋼板について,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,製造し,使用することができることは,上記(1)で述べたとおりである。 そうすると,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明4?6に係るクラッド鋼板の製造方法を使用することができ,その製造方法により製造したクラッド鋼板を使用することができるといえるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明4?6について,実施可能要件を満たすものである。 (3)申立人の主張について 申立人は,本件発明1は,合せ材について,「耐食性合金からなる合せ材」と規定するのみであるところ,本件明細書には,Ni基合金及びオーステナイト系ステンレス鋼以外の「耐食性合金からなる合せ材」を用いる場合において,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度」を「300MPa以上」とするために,どのような条件を満たすべきか記載されていないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が過度の試行錯誤を要することなく,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であるクラッド鋼板を生産し,かつ,使用することができる程度に明確かつ十分に記載していないと主張する。 また,申立人は,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」である本件発明1のクラッド鋼板を製造するためには,少なくとも,母材鋼板及び合せ材の適切な板厚や,合せ材の適切な材質を選定しなければならないところ,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が過度の試行錯誤を要することなく,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板を生産し,かつ,使用することができる程度に明確かつ十分に記載していないと主張する。 しかしながら,上記(1),(2)で述べたことも踏まえると,当業者であれば,本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて,「耐食性合金からなる合せ材」として,所定の耐食性及び機械的特性等を有する耐食性合金を適宜選択するとともに,母材鋼板及び合せ材の適切な板厚を設定することにより,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であり,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板を製造することができ,得られたクラッド鋼板を使用することができるといえる。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 (4)まとめ したがって,申立理由1(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由2(サポート要件) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知的財産高等裁判所,平成17年(行ケ)第10042号,同年11月11日特別部判決)。以下,検討する。 (1)本件発明1?3について ア 本件発明1?3は,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板の片面に,耐食性合金からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板であって,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であり,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板に関するものである。 本件明細書の記載(【0002】?【0011】)によれば,本件発明1?3の課題は,引張強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板を提供することであると認められる。 イ 本件明細書の記載(【0012】?【0019】,【0021】?【0045】)によれば,本件発明1?3の課題は,母材鋼板の片面に,耐食性合金からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板において,以下の(ア)?(ウ)の各要件を備えることによって,解決できるとされている。 (ア)「上記母材鋼板が,質量%で,C:0.020?0.100%,Si:0.05?0.50%,Mn:0.75?1.80%,P:0.015%以下,S:0.0030%以下,Al:0.010?0.070%,Nb:0.005?0.080%,Ti:0.005?0.030%およびN:0.0010?0.0060%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有し,」(以下,「母材鋼板の成分組成要件」という。) (イ)「上記母材鋼板が,上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置において,面積率で94%以上のベイナイトと6%以下の島状マルテンサイトとを有し,上記ベイナイトの平均結晶粒径が25μm以下である,鋼組織を有し,」(以下,「母材鋼板の鋼組織要件」という。) (ウ)「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上であり,引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上である」(以下,「特性要件」という。) ウ そして,本件明細書には,母材鋼板の片面に,耐食性合金からなる合せ材が接合されているクラッド鋼板に関する各種の発明例及び比較例が記載されているところ(【0092】?【0126】,表1?12),上記発明例は,上記の母材鋼板の成分組成要件及び母材鋼板の鋼組織要件を備えるとともに,上記の特性要件を備えるものである。 すなわち,上記発明例では,引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板が得られていることが示されている。 そうすると,当業者であれば,上記実施例以外の場合であっても,上記の母材鋼板の成分組成要件,母材鋼板の鋼組織要件及び特性要件を備えるクラッド鋼板であれば,実施例の場合と同様に,引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板が得られることが理解できるといえる。 エ 以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,上記の母材鋼板の成分組成要件,母材鋼板の鋼組織要件及び特性要件を備える本件発明1?3は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1?3の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 以上のとおりであるから,本件発明1?3については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (2)本件発明4?6について ア 本件発明4?6は,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板と耐食性合金からなる合せ材を備えたクラッド鋼板の製造方法であって,「上記母材鋼板と上記合せ材との接合界面せん断強度が300MPa以上」であり,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるクラッド鋼板の製造方法に関するものである。 本件明細書の記載(【0002】?【0011】)によれば,本件発明4?6の課題は,引張強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板の製造方法を提供することであると認められる。 イ 本件明細書の記載(【0012】?【0019】,【0021】?【0045】,【0080】?【0091】)によれば,本件発明4?6の課題は,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板と耐食性合金からなる合せ材を備えたクラッド鋼板の製造方法において,上記(1)イ(ア)?(ウ)の母材鋼板の成分組成要件,母材鋼板の鋼組織要件及び特性要件のほか,以下の(エ)又は(オ)の各要件を備えることによって,解決できるとされている。 (エ)「母材鋼板の素材と,耐食性合金からなる合せ材の素材とを積層してなるスラブを,表面温度で1050℃?1200℃の温度域に加熱したのち, 該スラブに,表面温度950℃以上の温度域での圧下比:2.0以上となる第1の圧延を施したのち,表面温度900℃以下の温度域での累積圧下率:50%以上,圧延終了温度:表面温度で800℃以上とする第2の圧延を施して,母材鋼板と合せ材からなる圧延板とし, ついで,該圧延板に,冷却開始温度:表面温度でAr_(3)温度以上,平均冷却速度:5℃/s以上,冷却停止温度:上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で500℃以下の加速冷却を施し, さらに,上記圧延板に,上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で350?600℃の温度域で焼戻しを施す,」(以下,「製造条件要件1」という。) (オ)「母材鋼板の素材と,オーステナイト系ステンレス鋼からなる合せ材の素材またはAlloy825のNi基合金からなる合せ材の素材とを積層してなるスラブを,表面温度で1050℃?1200℃の温度域に加熱したのち, 該スラブに,表面温度950℃以上の温度域での圧下比:1.5以上となる第1の圧延を施したのち,表面温度900℃以下の温度域での累積圧下率:50%以上,圧延終了温度:表面温度で750℃以上とする第2の圧延を施して,母材鋼板と合せ材からなる圧延板とし, ついで,該圧延板に,冷却開始温度:表面温度でAr_(3)温度以上,平均冷却速度:5℃/s以上,冷却停止温度:上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で500℃以下の加速冷却を施し, さらに,上記圧延板に,上記母材鋼板の板厚方向の板厚1/2位置の温度で350?600℃の温度域で焼戻しを施す,」(以下,「製造条件要件2」という。) ウ そして,本件明細書には,所定の成分組成及び鋼組織を有する母材鋼板と耐食性合金からなる合せ材を備えたクラッド鋼板の製造方法に関する各種の発明例及び比較例が記載されているところ(【0092】?【0126】,表1?12),上記発明例は,上記の製造条件要件1又は2,母材鋼板の成分組成要件及び母材鋼板の鋼組織要件を備えるとともに,上記の特性要件を備えるものである。 すなわち,上記発明例では,引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板が得られていることが示されている。 そうすると,当業者であれば,上記実施例以外の場合であっても,上記の製造条件要件1又は2,母材鋼板の成分組成要件,母材鋼板の鋼組織要件及び特性要件を備えるクラッド鋼板の製造方法であれば,実施例の場合と同様に,引張り強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板が得られることが理解できるといえる。 エ 以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,上記の製造条件要件1又は2,母材鋼板の成分組成要件,母材鋼板の鋼組織要件及び特性要件を備える本件発明4?6は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明4?6の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 以上のとおりであるから,本件発明4?6については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (3)申立人の主張について 申立人は,本件発明1は,合せ材について,「耐食性合金からなる合せ材」と規定するのみであるところ,本件明細書には,「耐食性合金」として,Ni基合金やオーステナイト系ステンレス鋼が記載され,実施例では,Ni基合金(Alloy625),Ni基合金(Alloy825),オーステナイト系ステンレス鋼が使用されるのみであり,また,「耐食性合金からなる合せ材」の化学組成は,「接合界面せん断強度」,「引張り強さ」,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)」に影響を与えるから,本件明細書に具体的に挙げられたNi基合金(Alloy625),Ni基合金(Alloy825),オーステナイト系ステンレス鋼以外の「耐食性合金からなる合せ材」を含む本件発明1?6は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであると主張する。 また,申立人は,本件明細書には,実施例として,「板厚30mmのクラッド鋼板(母材鋼板の板厚:27mm,合せ材の板厚:3mm)」という限られた条件における結果しか示されていないが,各板厚は,「引張り強さ」,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)」に影響を与えるから,本件明細書に具体的に挙げられた「板厚30mmのクラッド鋼板(母材鋼板の板厚:27mm,合せ材の板厚:3mm)」以外の板厚を含む本件発明1?6は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであると主張する。 しかしながら,上記(1),(2)で述べたとおり,本件発明1?6の課題は,引張強さが535MPa以上であり,延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上であるクラッド鋼板及びその製造方法を提供することであるところ,本件発明1?6は,いずれも,上記(1)イ(ウ)の特性要件を備えるもの,すなわち,少なくとも,「引張り強さが535MPa以上」であり,「延性破面率DWTTSA_(-30℃)が85%以上」であるとの要件を備えるものであるから,このような本件発明1?6が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1?6の課題を解決できると認識できる範囲のものであることは,明らかである。 よって,申立人の主張は,採用することができない。 (4)まとめ したがって,申立理由2(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-04-27 |
出願番号 | 特願2018-565429(P2018-565429) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 川村 裕二 |
特許庁審判長 |
亀ヶ谷 明久 |
特許庁審判官 |
北村 龍平 井上 猛 |
登録日 | 2019-07-19 |
登録番号 | 特許第6555435号(P6555435) |
権利者 | JFEスチール株式会社 |
発明の名称 | クラッド鋼板およびその製造方法 |
代理人 | 川原 敬祐 |
代理人 | 杉村 憲司 |
代理人 | 杉村 光嗣 |