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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
管理番号 1363180
異議申立番号 異議2020-700063  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-02-05 
確定日 2020-06-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6557476号発明「アルミニウム合金フィン材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6557476号の請求項1?3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6557476号(請求項の数3。以下,「本件特許」という。)は,平成27年2月10日を出願日とする特許出願(特願2015-24545号)に係るものであって,令和1年7月19日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和1年8月7日である。)。
その後,令和2年2月5日に,本件特許の請求項1?3に係る特許に対して,特許異議申立人である三田翔(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?3に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,固相線温度が615℃以上で,ろう付後の引張強さが135MPa以上,ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲にあり,さらに,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。
【請求項2】
前記組成成分として,さらに質量%で,Cu:0.03?0.10%を含有することを特徴とする請求項1記載のアルミニウム合金フィン材。
【請求項3】
ろう付後に母相中に分布する第二相粒子のうち,円相当径が0.5μm以上のAl-Mn-Fe-Si化合物中のMn,Fe,Siの含有量の平均が,前記化合物中の原子%でFe/(Mn+Si)<0.25の関係を満足することを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウム合金フィン材。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1?3に係る特許は,下記1?3のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記4の甲第1号証?甲第8号証(以下,単に「甲1」等という。)である。

1 申立理由1(新規性)
本件発明1は,甲1?3のいずれかに記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。
本件発明2は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項2に係る特許は,同法113条2号に該当する。

2 申立理由2(進歩性)
本件発明1は,甲1?5のいずれかに記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1に係る特許は,同法113条2号に該当する。
本件発明2は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項2に係る特許は,同法113条2号に該当する。
本件発明3は,甲1?5のいずれかに記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項3に係る特許は,同法113条2号に該当する。

3 申立理由3(実施可能要件)
本件発明1?3については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?3に係る特許は,同法113条4号に該当する。

4 証拠方法
・甲1 特開2002-155332号公報
・甲2 特開平7-18358号公報
・甲3 特開2008-190027号公報
・甲4 特開2008-6480号公報
・甲5 特開2000-202681号公報
・甲6 特開平6-272069号公報
・甲7 「アルミニウムの組織と性質」,軽金属学会,1991年11月30日,217?230頁
・甲8 特開2012-126950号公報

第4 当審の判断
以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)
(1)各証拠に記載された発明
ア 甲1
甲1の記載(請求項1,3,【0007】,【0022】,【0024】?【0035】,【0043】表1,表2)によれば,特に,表1の合金No.6を用いた表2のフィン材No.7(【0026】?【0034】)に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Mn:1.6質量%,Si:0.8質量%,Fe:0.2質量%,Zn:1.5質量%,Zr:0.15質量%を含有し,MnとSiとの含有比(Mn質量%/Si質量%)を2.0とし,残部Alと不可避的不純物からなり,マトリックスが繊維組織であり,ろう付け前の引張強さが201MPaであり,ろう付け後の引張強さが149MPaである,熱交換器用アルミニウム合金フィン材であって,
フィン材を所定幅の帯状に切断した後,コルゲート成形し,JISA3003合金を芯材とし,JISA4045合金を皮材(ろう材,クラッド率10%)とする厚さ0.25mmのチューブ材とを組み付けて,濃度3%のフッ化物系フラックスを塗布した後,窒素ガス雰囲気中600℃で3分間加熱して,ろう付けを行うことにより作製した熱交換器のミニコアについて,フィン材とチューブ材との接合部のフィン接合率(%)が95%であり,フィンの座屈がなく,ろう付け性に優れており,
上記熱交換器のミニコアについて,CASS試験をJISH8681に基づいて1か月間実施した後であっても,チューブ材に貫通孔が発生しておらず,フィン材の犠牲陽極効果が優れている,
熱交換器用アルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲1発明」という。)

イ 甲2
甲2の記載(請求項2,4,【0008】,【0014】,【0016】?【0021】,【0027】,表1,表2)によれば,特に,試験材No.8及びNo.15(【0016】?【0021】)に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Mn1.8質量%,Si0.7質量%,Fe0.3質量%,Zn1.2質量%,Zr0.25質量%を含有し,不純物としてのMgを0.005質量%に制限し,残部Alと不可避的不純物からなる熱交換器用高強度アルミニウム合金フィン材であって,
フィン材について,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,ろう付け条件と同様,窒素ガス雰囲気中で600℃で3分間の加熱を行い,加熱後の試験材について行った引張試験による,ろう付け後に相当する引張強度が145MPaであり,
上記加熱後の試験材について,pH3に調整した3%NaCl水溶液中に8時間浸漬した後,測定した自然電極電位が-810mVvsSCEであり,
フィン材にコルゲート加工を施し,3003合金を心材とし4045合金を皮材(ろう材)とする厚さ0.6mmのプレート材の上に載置して,フッ化物系フラックスろう付けを行い,ろう付け前後におけるフィン山高さの変化率が2.5%以下であり,耐高温座屈性に優れている,
熱交換器用高強度アルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲2発明1」という。)

「Mn1.8質量%,Si0.7質量%,Fe0.3質量%,Zn1.2質量%,Cu0.10質量%,Zr0.20質量%を含有し,不純物としてのMgを0.005質量%に制限し,残部Alと不可避的不純物からなる熱交換器用高強度アルミニウム合金フィン材であって,
フィン材について,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,ろう付け条件と同様,窒素ガス雰囲気中で600℃で3分間の加熱を行い,加熱後の試験材について行った引張試験による,ろう付け後に相当する引張強度が155MPaであり,
上記加熱後の試験材について,pH3に調整した3%NaCl水溶液中に8時間浸漬した後,測定した自然電極電位が-800mVvsSCEであり,
フィン材にコルゲート加工を施し,3003合金を心材とし4045合金を皮材(ろう材)とする厚さ0.6mmのプレート材の上に載置して,フッ化物系フラックスろう付けを行い,ろう付け前後におけるフィン山高さの変化率が2.5%以下であり,耐高温座屈性に優れている,
熱交換器用高強度アルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲2発明2」という。)

ウ 甲3
甲3の記載(請求項1?3,【0001】,【0013】,【0014】,【0028】,【0029】,表1)によれば,特に,実施例1の材料A1に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Si0.8?0.9重量%,Fe0.2重量%,Mn1.6重量%,Zr0.11?0.12重量%,Zn1.5?1.6重量%,及び他の元素がそれぞれ0.05重量%未満の組成を有し,残部アルミニウムである,材料A1のインゴットを,550℃未満でDC鋳造の予備加熱をし,冷間圧延前に,合計熱間圧下率99%で熱間圧延し,最終規格まで直接冷間圧延し,一部の材料を調質Oにまで完全に軟らかくアニールし,一部は調質H24まで回復アニールし,一部はアニールを全くせず調質H18にした,熱交換器に使用されるフィン材であって,
全試料を熱処理にさらし,600℃でろう付けの模擬試験をし,
ろう付け後の機械的性質であるR_(m)が,調質Oでは150MPa,調質H24では150MPa,調質H18では143MPaであり,
幅15mmの試料を,圧延方向と交差して切り,圧延方向に沿って少なくとも90mm切り取り,4試料を器具に載せ,片持ばりの長さを60mm,片持ばりの自由端を,測定台の表面を越えて54mmとし,器具を炉に入れ,20℃->400℃/25分+400℃/5分+400℃->600℃/13分+600℃/10分のサイクルに従って温度を上げ,最後に600℃で浸漬した後,直ちに試料を取り外して測定した垂れ距離が,調質Oでは14mm,調質H24では32mm,調質H18では41mmである,
熱交換器に使用されるフィン材。」(以下,「甲3発明」という。)

エ 甲4
甲4の記載(請求項1?5,【0013】,【0020】,【0041】,【0050】,【0051】,【0058】,【0061】,【0065】?【0077】,表1?6)によれば,特に,表1の芯12と表2のろう1を用いた,表3,4の実施例No.L(【0058】,【0061】,【0065】?【0069】)に着目すると,甲4には,以下の発明が記載されていると認められる。

「芯材の両面にろう材がクラッドされた熱交換器用ブレージングフィン材であって,
前記芯材が,1.65質量%のマンガン,0.82質量%のシリコン,0.18質量%の鉄,1.5質量%の亜鉛,0.16質量%のジルコニウムを含有するアルミニウム合金であり,
前記ろう材が,8.9質量%のシリコンと,0.021質量%のストロンチウムとを含有するアルミニウム合金であり,
該ろう材中のシリコン粒子の平均円相当径が1.8μmであり,
該熱交換器用ブレージングフィン材の板厚が0.06mmである,
熱交換器用ブレージングフィン材であって,
ろう付け加熱後のフィン材の表面を研磨して,ろう材層を除去し,電解エッチングを行い,偏光顕微鏡でASTMカードを用いて測定したアルミニウム結晶粒径が350μmであり,
ろう付け加熱後のフィン材の引張強度が163MPaであり,
該ブレージングフィン材をコルゲート成形加工し,表面に亜鉛処理を施した純アルミニウムの多孔偏平管(50段)からなるチューブ(作動流体通路材)に組付けて,予め嵌合部を設けたヘッダタンクおよびサイドプレートと組合わせ,フッ化物系のフラックスを吹き付けた後,450℃以上の温度域で加熱される時間が8分となるろう付け条件で,600℃(到達温度)に加熱して不活性雰囲気ろう付けを行うことにより得られた供試コアについて,SWAAT腐食試験(ASTM G85-85)を4週間行った後,チューブ表面を実体顕微鏡で観察し焦点深度法により測定した腐食部の腐食深さが0.03mmである,
熱交換器用ブレージングフィン材。」(以下,「甲4発明」という。)

オ 甲5
甲5の記載(請求項1,2,【0008】,【0029】?【0039】,【0054】,表1?4)によれば,特に,表1の心材No.7と表2のろう材No.Fを用いた,表3,4のフィン材No.17(【0030】?【0039】)に着目すると,甲5には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Mn:1.6質量%,Si:0.8質量%,Fe:0.3質量%,Zn:1.5質量%,Zr:0.15質量%を含有し,不純物としてのMgを0.01質量%に規制し,残部Alと不可避的不純物からなるアルミニウム合金を心材とし,
Si:10質量%,Fe:0.3質量%,Bi:0.30質量%を含有し,Mg:0.02質量%に規制し,Ca:0.002質量%に規制し,残部Alと不可避的不純物からなるアルミニウム合金ろう材を皮材として構成された,ろう付け性に優れた熱交換器用アルミニウム合金フィン材であって,
フィン材について,フッ化物系フラックスを使用するろう付けにおけるろう付け条件と同様,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,窒素ガス雰囲気中で600℃で5分間の加熱を行い,加熱後の試験材について行った引張試験による,ろう付け後に相当する引張強さが155MPaであり,
上記ろう付け加熱処理後のフィン材を,pH3に調整した3%NaCl水溶液中に8時間浸漬した後,測定した自然電極電位が-830mVvsSCEであり,
フィン材にコルゲート加工を施し,コルゲートフィン材とJISA1050の押出扁平多穴管(外周肉厚0.4 mm)とを組み付けて,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,窒素ガス雰囲気中で600℃で5分間の加熱を行うろう付けにより作成したミニコア(熱交換器コアのミニチュアモデル)について,ろう付け前後におけるフィン山高さの変化率が5%以下であり,耐高温座屈性に優れている,
熱交換器用アルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲5発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲1発明との対比
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
本件発明1の組成と,甲1発明の組成とは,いずれも,Zr,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲1発明における「ろう付け後の引張強さが149MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが135MPa以上」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲1発明とは,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが135MPa以上であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1
本件発明1では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」であるのに対して,甲1発明では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点1の検討
a まず,相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲1には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
本件発明1に係るフィン材は,請求項1に記載される所定の組成を有するアルミニウム合金のうち,「固相線温度が615℃以上」となる組成のものに限定されたものと解されるから,請求項1に記載される組成を有するアルミニウム合金であれば,その「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるとはいえない。
そうすると,甲1発明の組成は,上記のとおり,本件発明1の組成と一致するものであるが,そのことのみでは,甲1発明に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(b)甲1には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲1発明に係るフィン材は,上記のとおり,「CASS試験をJISH8681に基づいて1か月間実施した後であっても,チューブ材に貫通孔が発生しておらず,フィン材の犠牲陽極効果が優れている」ものであり,電位が一定程度は「卑」であるとはいえるものの,そうであるからといって,甲1発明に係るフィン材の「ろう付後の孔食電位」が,必ず「-900?-780mVの範囲」であるかどうかは不明である。
(c)甲1には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0021】)によれば,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「200μm?1000μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲1発明に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後の引張強さが149MPa」であり,ろう付け後,「フィンの座屈がなく,ろう付け性に優れて」いるものであるが,そうであるからといって,甲1発明に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「200μm?1000μmの範囲」であるかどうかは不明である。
(d)申立人は,甲1の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」及び「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
以下,検討する。
本件明細書には,本件発明1に係るフィン材の製造方法について,「本発明の組成成分に調整した鋳塊は,常法により製造することができる。鋳造時の鋳造速度は,0.2?10℃/sとするのが望ましい。・・・上記鋳塊を好適には350?480℃×2?15時間の条件で均質化することが望ましい。」(【0026】),「前記素材は,常法により熱間加工,冷間加工を行うことができる。その条件は常法により行うことが可能である。」(【0027】)と記載されている。また,本件明細書の実施例においては,表1に示す組成(残部Al+不可避不純物)を有するアルミニウム合金を,半連続鋳造法により,鋳造速度0.6?2.5℃/秒で溶解,鋳造し,得られた鋳塊に対し,表2に示す条件(400?520℃×5?10時間)にて均質化処理を行い,その後,熱間圧延を行い,75%以上で冷間圧延を行った後,350℃にて中間焼鈍を行い,その後圧延率40%の最終圧延を行うことが記載されている(【0030】,表1,表2)。
一方,甲1には,甲1発明に係るフィン材の製造方法について,「連続鋳造により,表1に示す組成(合金No.1?12に示す組成)を有するアルミニウム合金を造塊し,常法に従って均質化処理した後,熱間圧延し,ついで冷間圧延(加工度88?96%)した後,中間焼鈍(温度200?400℃)及び仕上げ冷間圧延(加工度13?70%)を経て厚み0.07mmのアルミ合金フィン材を製造した。」(【0024】,表1)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
以上によれば,甲1発明に係るフィン材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
この点,申立人は,鋳造速度を0.6?2.5℃/秒とすること,均質化処理温度を400?520℃とすること,中間焼鈍前に75%以上で冷間圧延を行い,中間焼鈍後に圧延率40%の最終圧延を行うことは,一般的に用いられる条件であるとも述べるが,そのように認めるに足りる証拠はない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
(e)以上によれば,相違点1は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点1の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲1には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
また,甲6には,水溶液に浸漬した金属材料の自然電位と孔食電位との関係について記載され,甲7には,Al-Mn-Siの3元系状態図について記載され,甲8には,熱交換器用アルミニウム合金フィン材に含まれるAl-(Mn,Fe)-Si系化合物について記載されるものの,フィン材の固相線温度を615℃以上とすること,フィン材のろう付後の孔食電位を-900?-780mVの範囲とすること,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径を200μm?1000μmの範囲とすることについては,何ら記載されていないから,甲6?8は,いずれも,甲1発明において,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径をそれぞれ上記のように特定することを動機付けるものではない。
そうすると,甲1発明において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲2発明1との対比
(ア)対比
本件発明1と甲2発明1とを対比する。
甲2発明1における「Mg」は「不純物」であり,本件発明1における「不可避不純物」に相当するから,本件発明1の組成と,甲2発明1の組成とは,いずれも,Zr,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲2発明1における「フィン材について,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,ろう付け条件と同様,窒素ガス雰囲気中で600℃で3分間の加熱を行い,加熱後の試験材について行った引張試験による,ろう付け後に相当する引張強度が145MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが135MPa以上」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲2発明1とは,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが135MPa以上であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2
本件発明1では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」であるのに対して,甲2発明1では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点2の検討
a まず,相違点2が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲2には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲2発明1の組成は,上記のとおり,本件発明1の組成と一致するものであるが,上記ア(イ)a(a)で述べたのと同様の理由により,甲2発明1に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(b)甲2には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲2発明1に係るフィン材は,上記のとおり,「上記加熱後の試験材について,pH3に調整した3%NaCl水溶液中に8時間浸漬した後,測定した自然電極電位が-810mVvsSCE」であるものの,「ろう付後の孔食電位」が,「-900?-780mVの範囲」であるかどうかは不明である。
この点,申立人は,自然電位は,孔食が発生する環境下では,孔食電位とほぼ同じ値である(甲6)と主張するが,孔食電位が実際にどの程度の値であるかは不明である。
(c)甲2には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0021】)によれば,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「200μm?1000μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲2発明1に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後に相当する引張強度が145MPa」であり,「ろう付け前後におけるフィン山高さの変化率2.5%以下であり,耐高温座屈性に優れている」ものであるが,そうであるからといって,甲2発明1に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「200μm?1000μmの範囲」であるかどうかは不明である。
(d)申立人は,甲2の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲2には,甲2発明1に係るフィン材の製造方法について,「表1に示す組成のアルミニウム合金鋳塊を常法に従って均質化処理,熱間圧延,冷間圧延,中間焼鈍,仕上げ冷間圧延し,0.07mm厚さのフィン材とした。なお,中間焼鈍温度は300℃とした。」(【0016】,表1)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記ア(イ)a(d)で述べたのと同様の理由により,甲2発明1に係るフィン材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
(e)以上によれば,相違点2は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点2の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲2には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
また,甲6?8については,上記ア(イ)bで述べたとおりである。
そうすると,甲2発明1において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,本件発明1は,甲2に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 甲3発明との対比
(ア)対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明における「重量%」は,本件発明1における「質量%」に相当するから,本件発明1の組成と,甲3発明の組成とは,いずれも,Zr,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲3発明における「ろう付け後の機械的性質であるR_(m)」は,ろう付け後の引張強度と解されるから,「ろう付け後の機械的性質であるR_(m)が,調質Oでは150MPa,調質H24では150MPa,調質H18では143MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが135MPa以上」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲3発明とは,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが135MPa以上であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3
本件発明1では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」であるのに対して,甲3発明では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点3の検討
a まず,相違点3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲3には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲3発明の組成は,上記のとおり,本件発明1の組成と一致するものであるが,上記ア(イ)a(a)で述べたのと同様の理由により,甲3発明に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(b)甲3には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。甲3発明に係るフィン材の「ろう付後の孔食電位」が,「-900?-780mVの範囲」であるかどうかは不明である。
(c)甲3には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0021】)によれば,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「200μm?1000μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲3発明に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後の機械的性質であるR_(m)が,調質Oでは150MPa,調質H24では150MPa,調質H18では143MPa」であり,「垂れ距離が,調質Oでは14mm,調質H24では32mm,調質H18では41mm」であり,耐垂れ性に優れていると解されるが,そうであるからといって,甲3発明に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「200μm?1000μmの範囲」であるかどうかは不明である。
(d)申立人は,甲3の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲3発明に係るフィン材は,上記のとおり,「材料A1のインゴットを,550℃未満でDC鋳造の予備加熱をし,冷間圧延前に,合計熱間圧下率99%で熱間圧延し,最終規格まで直接冷間圧延し,一部の材料を調質Oにまで完全に軟らかくアニールし,一部は調質H24まで回復アニールし,一部はアニールを全くせず調質H18にした」ものであるが,少なくとも,鋳造速度については,その具体的な条件は不明であり,また,DC鋳造の予備加熱(均質化処理に相当)についても,550℃未満といっても,本件明細書に記載されているような,350?480℃×2?15時間の条件や,400?520℃×5?10時間の条件が採用されているかどうかは不明である。
そうすると,上記ア(イ)a(d)で述べたのと同様の理由により,甲3発明に係るフィン材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。(e)以上によれば,相違点3は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点3の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲3には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
また,甲6?8については,上記ア(イ)bで述べたとおりである。
そうすると,甲3発明において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,本件発明1は,甲3に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 甲4発明との対比
(ア)対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。
本件発明1のフィン材は,単一の組成を有するアルミニウム合金からなるものであるのに対して,甲4発明のブレージングフィン材は,所定の組成を有するアルミニウム合金からなる芯材の両面に,芯材とは異なる組成を有するアルミニウム合金からなるろう材がクラッドされたものである点で異なるものの,甲4発明のブレージングフィン材における芯材は,ろう付け後は,熱交換器におけるフィンとなるものであるから,それ自体がフィンとなる本件発明1のフィン材に対応するものといえる。
そして,本件発明1のフィン材の組成と,甲4発明のブレージングフィン材における芯材の組成とは,いずれも,Zr,Mn,Si,Fe,Znを含有するアルミニウム合金である点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
また,本件発明1のフィン材と,甲4発明のブレージングフィン材は,いずれも,上記アルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料である点で共通するといえる。
甲4発明における「ろう付け加熱後のフィン材の引張強度が163MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが135MPa以上」に相当する。
甲4発明における「ろう付け加熱後のフィン材の表面を研磨して,ろう材層を除去し,電解エッチングを行い,偏光顕微鏡でASTMカードを用いて測定したアルミニウム結晶粒径が350μmであ」ることは,上記「表面」が圧延面であることが明らかであるから,本件発明1における「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にある」ことに相当する。
以上によれば,本件発明1と甲4発明とは,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有するアルミニウム合金であり,ろう付後の引張強さが135MPa以上,さらに,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にあるアルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点4-1
本件発明1では,フィン材の「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」であるのに対して,甲4発明では,ブレージングフィン材における芯材の固相線温度,ろう付後の孔食電位が,いずれも不明である点。
・相違点4-2
上記の「アルミニウム合金」が,本件発明1では,「残部がAlと不可避不純物からなる組成を有」するのに対して,甲4発明では,残部が不明である点。
・相違点4-3
上記の「アルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料」が,本件発明1では,当該アルミニウム合金からなり,ろう付け後はそれ自体がフィンとなる「アルミニウム合金フィン材」であるのに対して,甲4発明では,当該アルミニウム合金からなり,ろう付け後はフィンとなる「芯材」の「両面に」,芯材とは異なる組成を有するアルミニウム合金からなる「ろう材がクラッドされた熱交換器用ブレージングフィン材」である点。

(イ)相違点4-1の検討
a まず,相違点4-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲4には,ブレージングフィン材における芯材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲4発明のブレージングフィン材における芯材の組成は,残部が不明であり(相違点4-2),本件発明1のフィン材の組成と一致するとはいえないが,仮に「残部がAlと不可避不純物からなる」とすれば,本件発明1のフィン材の組成と一致するといえる。
しかしながら,上記ア(イ)a(a)で述べたのと同様の理由により,甲4発明のブレージングフィン材における芯材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(b)甲4には,ブレージングフィン材における芯材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲4発明のブレージングフィン材は,上記のとおり,「SWAAT腐食試験(ASTM G85-85)を4週間行った後,チューブ表面を実体顕微鏡で観察し測定した腐食部の腐食深さが0.03mm」であるから,犠牲陽極効果に優れており,電位が一定程度卑であるとはいえるものの,「ろう付後の孔食電位」が,「-900?-780mVの範囲」であるかどうかは不明である。
(c)申立人は,甲4の実施例に記載のろう付け処理後のブレージングフィン材における芯材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
上記のとおり,甲4発明のブレージングフィン材における芯材の組成は,残部が不明であり,本件発明1のフィン材の組成と一致するとはいえないが,仮に「残部がAlと不可避不純物からなる」とすれば,本件発明1のフィン材の組成と一致するといえる。
しかしながら,甲4には,甲4発明に係るブレージングフィン材の製造方法について,「連続鋳造によって表1に示す組成の芯材用の合金鋳塊及び表2に示す組成のろう材用の合金鋳塊を鋳造し,芯材用の合金鋳塊については均質化処理を行った。ろう材用の合金鋳塊については,熱間圧延を施して所定の厚さとし,これを芯材用の合金鋳塊の両面に合わせて熱間圧延し,芯材の両面にろう材がクラッドされているクラッド素材を得た。その後,冷間圧延,中間焼鈍,冷間圧延を行い,厚さ0.06mmのブレージングフィン材(実施例No.A?T,比較例No.a?p)を得た。クラッド率は10%とした。」(【0058】,表1,表2)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記ア(イ)a(d)で述べたのと同様の理由により,甲4発明のブレージングフィン材における芯材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
(d)以上によれば,相違点4-1は実質的な相違点である。

b 次に,相違点4-1の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲4には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
また,甲6?8については,上記ア(イ)bで述べたとおりである。
そうすると,甲4発明において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点4-2,4-3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲4に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

オ 甲5発明との対比
(ア)対比
本件発明1と甲5発明とを対比する。
本件発明1のフィン材は,単一の組成を有するアルミニウム合金からなるものであるのに対して,甲5発明のフィン材は,所定の組成を有するアルミニウム合金を心材とし,心材とは異なる組成を有するアルミニウム合金ろう材を皮材として構成されたものである点で異なるものの,上記エ(ア)で述べたのと同様の理由により,甲5発明のフィン材における心材は,本件発明1のフィン材に対応するものといえる。
そして,甲5発明のフィン材における心材に含まれる「Mg」は「不純物」であり,本件発明1における「不可避不純物」に相当するから,本件発明1のフィン材の組成と,甲5発明のフィン材における心材の組成とは,いずれも,Zr,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金である点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
また,本件発明1のフィン材と,甲5発明のフィン材は,いずれも,上記アルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料である点で共通するといえる。
甲5発明における「フィン材について,フッ化物系フラックスを使用するろう付けにおけるろう付け条件と同様,フッ化物系フラックス(濃度1%)を塗布した後,窒素ガス雰囲気中で600℃で5分間の加熱を行い,加熱後の試験材について行った引張試験による,ろう付け後に相当する引張強さが155MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが135MPa以上」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲5発明とは,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが135MPa以上であるアルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点5-1
本件発明1では,フィン材の「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」であるのに対して,甲5発明では,フィン材における心材の固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。
・相違点5-2
上記の「アルミニウム合金を含む,フィンを形成するための材料」が,本件発明1では,当該アルミニウム合金からなり,ろう付け後はそれ自体がフィンとなる「アルミニウム合金フィン材」であるのに対して,甲5発明では,当該アルミニウム合金を,ろう付け後はフィンとなる「心材」とし,心材とは異なる組成を有するアルミニウム合金「ろう材を皮材として構成された熱交換器用アルミニウム合金フィン材」である点。

(イ)相違点5-1の検討
a まず,相違点5-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲5には,フィン材における心材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲5発明のフィン材における心材の組成は,上記のとおり,本件発明1のフィン材の組成と一致するものであるが,上記ア(イ)a(a)で述べたのと同様の理由により,甲5発明のフィン材における心材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(b)甲5には,フィン材における心材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲5発明のフィン材は,上記のとおり,「上記ろう付け加熱処理後のフィン材を,pH3に調整した3%NaCl水溶液中に8時間浸漬した後,測定した自然電極電位が-830mVvsSCE」であるものの,「ろう付後の孔食電位」が,「-900?-780mVの範囲」であるかどうかは不明である。
(c)甲5には,フィン材における心材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0021】)によれば,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「200μm?1000μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲5発明のフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後に相当する引張強さが155MPa」であり,「ろう付け前後におけるフィン山高さの変化率が5%以下であり,耐高温座屈性に優れている」ものであるが,そうであるからといって,甲5発明のフィン材における心材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「200μm?1000μmの範囲」であるかどうかは不明である。
(d)申立人は,甲5の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材における心材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲5には,甲5発明に係るフィン材の製造方法について,「表1に示す組成の心材用アルミニウム合金を溶解,連続鋳造し,均質化処理後の鋳塊を厚さ24mmに面削して心材素材とした。一方,表2に示す組成のろう材合金を同様に鋳造,面削し,熱間圧延を行い,厚さ3.0mmの皮材とした。この皮材を心材の両面に重ね合わせ,熱間圧延を行って厚さ3mmのクラッド材を得た。その後,冷間圧延,中間焼鈍および仕上げ冷間圧延を行って厚さ0.12mmのクラッドフィン材(調質:H14)とした。」(【0030】,表1,表2)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記ア(イ)a(d)で述べたのと同様の理由により,甲5発明のフィン材における心材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
(e)以上によれば,相違点5-1は実質的な相違点である。

b 次に,相違点5-1の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲5には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
また,甲6?8については,上記ア(イ)bで述べたとおりである。
そうすると,甲5発明において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点5-2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲5に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲5に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

カ 小活
以上のとおり,本件発明1は,甲1?3のいずれかに記載された発明であるとはいえず,また,甲1?5のいずれかに記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲2発明2とを対比すると,上記(2)イ(ア)と同様,両者は,
「質量%で,Zr:0.05?0.25%,Mn:1.3?1.8%,Si:0.7?1.3%,Fe:0.10?0.35%,Zn:1.2?3.0%を含有し,前記組成成分として,さらに質量%で,Cu:0.03?0.10%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが135MPa以上であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2’
本件発明2では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」であるのに対して,甲2発明2では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

イ 相違点2’の検討
(ア)相違点2’は,上記(2)イ(イ)で検討した相違点2と同様のものであるから,上記(2)イ(イ)aで述べたのと同様の理由により,相違点2’は実質的な相違点である。
したがって,本件発明2は,甲2に記載された発明であるとはいえない。
(イ)また,上記(2)イ(イ)bで述べたのと同様の理由により,甲2発明2において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲」と特定することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,本件発明2は,甲2に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明2は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明3について
本件発明3は,本件発明1又は2に引用するものであるが,上記(2),(3)で述べたとおり,本件発明1が,甲1?5のいずれかに記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,また,本件発明2が,甲2に記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明3についても同様に,甲1?5のいずれかに記載された発明及び甲6?8に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)まとめ
したがって,申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由3(実施可能要件)
(1)申立人は,本件発明1は,「ろう付後の引張強さが135MPa以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にある」との構成要件を採用するが,本件明細書には,どのようにすれば,アルミニウム合金フィン材のろう付後の引張強さ,孔食電位及び圧延面の平均結晶粒径を,本件発明1に規定の範囲に調節することができるかが記載されていないから,当業者が,本件発明1?3を実施することは容易ではないと主張する。
以下,検討する。

(2)ア 本件明細書には,フィン材の組成成分(【0012】?【0017】),固相線温度(【0018】),ろう付後の引張強さ(【0019】),ろう付後の孔食電位(【0020】),ろう付後の圧延面の平均結晶粒径(【0021】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
イ また,本件明細書には,フィン材の製造方法(【0023】,【0026】,【0027】)について,具体的な説明がなされており,これらの記載によれば,
(ア)本件発明1又は2の組成成分に調整した鋳塊は,常法により製造することができ,鋳造時の鋳造速度は,0.2?10℃/sとするのが望ましいこと,
(イ)上記鋳塊を好適には350?480℃×2?15時間の条件で均質化することが望ましく,これにより,円相当径0.05?0.4μmの範囲にある第二相粒子が20?80個/μm^(2)で分散した素材が得られること,
(ウ)ろう付前の素材の状態で,上記(イ)の第二相粒子を適量分散することで,ろう付熱処理後の結晶粒が大きくなり,耐ろう浸食性が増すため,ろう付けに際し座屈が生じにくくなること,
が理解できる。
ウ そして,本件明細書には,実施例における「発明例」(表1,表2)として,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが135MPa以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にある」との各条件を満たすフィン材を製造したことが記載されており,具体的には,本件発明1又は2の条件を満たす表1に示す組成(残部Al+不可避不純物)を有するアルミニウム合金を,半連続鋳造法により,鋳造速度0.6?2.5℃/秒で溶解,鋳造し,得られた鋳塊に対し,表2に示す条件(400?520℃×5?10時間)にて均質化処理を行い,その後,熱間圧延を行い,75%以上で冷間圧延を行った後,350℃にて中間焼鈍を行い,その後圧延率40%の最終圧延を行ったことが記載されている(【0030】,表1,表2)。
また,上記「発明例」以外のフィン材についても,当業者であれば,本件明細書の記載に基づき,本件発明1又は2の条件を満たす組成を有するアルミニウム合金を用いて,上記の製造方法により製造することができる。
エ 以上によれば,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが135MPa以上」,「ろう付後の孔食電位が-900?-780mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が200μm?1000μmの範囲にある」との各条件を満たす,本件発明1?3に係るフィン材を製造することができるといえる。

(3)よって,申立人の主張は,採用することができない。
したがって,申立理由3(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-06-01 
出願番号 特願2015-24545(P2015-24545)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 粟野 正明
井上 猛
登録日 2019-07-19 
登録番号 特許第6557476号(P6557476)
権利者 三菱アルミニウム株式会社
発明の名称 アルミニウム合金フィン材  
代理人 横井 幸喜  

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