• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特39条先願  C21D
管理番号 1363183
異議申立番号 異議2020-700087  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-02-18 
確定日 2020-06-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第6564963号発明「超高強度被覆または非被覆鋼板を製造する方法および得られる鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6564963号の請求項1ないし19に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6564963号の請求項1?19に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2015年(平成27年)7月3日(2014年(平成26年)7月3日 パリ条約による優先権主張 外国庁受理 国際事務局)を国際出願日とする出願(特願2016-575869号)の一部を、2019年(令和1年)5月17日に新たな特許出願(特願2019-93514号)としたものであって、令和1年8月2日に特許権の設定登録がなされ、同年8月21日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、令和2年2月18日に特許異議申立人 前田洋志(以下、「申立人」という。)により全請求項について特許異議申立がなされたものである。

第2 本件発明
特許第6564963号の請求項1?19の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明19」という。総称して「本件発明」という。)は、それぞれその特許請求の範囲の請求項1?19に記載されたとおりの事項により特定される以下のとおりのものである。
【請求項1】
少なくとも1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも16%の全伸びTEを有する被覆鋼板を製造する方法であって、以下の連続工程:
- 重量% で、
0.34%≦C≦0.40%
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.35%<Cr≦0.45%
0.07%≦Mo≦0.20%
0.01%≦Al≦0.08%および
0%≦Nb≦0.05%
を含有する化学組成を有し、
残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた冷間圧延鋼板を、鋼のAc3変態点を超える焼鈍温度ATにおいて焼鈍する工程、
- 鋼のMs変態点未満であり、且つ200℃と230℃の間である焼入れ温度QTまで、焼鈍された鋼板を冷却することにより焼入れする工程、および
- 焼入れされた鋼板を350℃ と450℃の間の分配温度PTにおいて再加熱し、焼入れされた鋼板をこの温度において25秒と55秒の間の分配時間Ptの間維持することにより、分配処理する工程、
- 分配後、被覆鋼板を得るために、鋼板を亜鉛めっきする工程、次に、鋼板を室温まで冷却する工程
を含む、方法。
【請求項2】
焼入れ中に、マルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を有する焼入れされた鋼板を得るために、冷却直後のフェライト形成を避けるのに十分速い冷却速度で、焼鈍された鋼板が焼入れ温度まで冷却されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
焼鈍温度ATが870℃と930℃の間であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
鋼の化学組成が、0.34%≦C≦0.37%であるような組成であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
少なくとも1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも16%の全伸びTEを有する鋼板を製造する方法であって、以下の連続工程:
- 重量% で、
0.34%≦C≦0.40%
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.46%<Cr≦0.7%
0%≦Mo≦0.3%
0.01%≦Al≦0.08%および
0.03%≦Nb≦0.05%
を含有する化学組成を有し、
残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた冷間圧延鋼板を、鋼のAc3変態点を超える焼鈍温度ATにおいて焼鈍する工程、
- 鋼のMs変態点未満であり、且つ150℃と250℃の間に含まれる焼入れ温度QTまで、焼鈍された鋼板を冷却することにより焼入れする工程、および
- 焼入れされた鋼板を350℃と450℃の間の分配温度PTにおいて再加熱し、焼入れされた鋼板をこの温度において15秒と250秒の間の分配時間Ptの間維持することにより、分配処理する工程、
を含む、方法。
【請求項6】
マルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を有する焼入れされた鋼板を得るために、焼入れ中、焼鈍された鋼板を、冷却直後のフェライト形成を避けるのに十分速い冷却速度で、焼入れ温度にまで冷却することを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
焼鈍温度ATが、870℃と930℃の間である、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
鋼の化学組成が0%≦Mo≦0.005%であるような組成であることを特徴とする、請求項5から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
分配した後に、被覆鋼板を得るために、鋼板が被覆され、次に室温まで冷却されることを特徴とする、請求項5から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
被覆工程が亜鉛めっき工程であることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
焼入れ温度が200℃と230℃の間であり、且つ分配時間Ptが50秒と250秒の間であることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
被覆工程が、470℃と520℃の間である合金化温度GAでの合金化溶融亜鉛めっき工程であり、鋼板が合金化温度GAにおいて5秒と15秒の間に含まれる時間維持されることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
合金化温度GAが、480℃と500℃の間に含まれる、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
焼入れ温度が200℃と230℃の間であり、且つ分配時間Ptが40秒と120秒の間であることを特徴とする、請求項12に記載の方法。
【請求項15】
重量% で:
0.34%≦C≦0.40%
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.35%<Cr≦0.45%
0.07%≦Mo≦0.20%
0.01%≦Al≦0.08% および
0%<Nb≦0.05%
を含有する化学組成を有し、
残部がFeおよび不可避不純物である鋼でできた被覆鋼板であって、被覆鋼板が、少なくとも60%のマルテンサイトおよび12%と15%の間の残留オーステナイトを含む組織を有し、被覆鋼板が、亜鉛めっきされたものであり、被覆鋼板が、引張強度少なくとも1510MPa、且つ全伸び少なくとも20%を有する、被覆鋼板。
【請求項16】
重量% で:
0.34%≦C≦0.40%
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.46%<Cr≦0.7%
0%≦Mo≦0.3%
0.01%≦Al≦0.08%および
0.03%≦Nb≦0.05%
を含有する化学組成を有し、
残部がFeおよび不可避不純物である鋼でできた被覆鋼板または非被覆鋼板であって、前記鋼板が少なくとも60%のマルテンサイトおよび12%と15%の間の残留オーステナイトを含む組織を有し、前記鋼板が、引張強度少なくとも1470MPa 、且つ全伸び少なくとも16%を有する、被覆鋼板または非被覆鋼板。
【請求項17】
鋼の化学組成が、0%≦Mo≦0.005%であるような組成であることを特徴とする、請求項16に記載の鋼板。
【請求項18】
鋼板の少なくとも1つの面が亜鉛めっきされていることを特徴とする、請求項17に記載の鋼板。
【請求項19】
鋼板の少なくとも1つの面が合金化溶融亜鉛めっきされていることを特徴とする、請求項17に記載の鋼板。

第3 特許異議申立理由の概要
申立人は、以下の理由により、本件発明1?19に係る特許を取り消すべきである旨を主張する。

<申立理由1>
本件発明1?4は、本件特許に係る優先日と同日に出願された下記の甲第1号証に係る出願(以下、「甲1出願」という。)の請求項3に記載された発明(以下、「甲1発明」という。)と同一である。
そして、甲1出願は特許されており、協議をすることができない。
したがって、本件発明1?4は特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許は、同項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

甲第1号証:特許第6343688号公報

<申立理由2>
本件発明1?4及び15は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

<申立理由3>
本件発明5?14及び16?19は、発明が明確でないので、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

第4 当審の判断
1.申立理由1について
申立理由1は、特許法第39条第2項の適用が問題となるところ、その判断には、審査基準 第II部第4章「特許法第39条」「3.請求項に係る発明が同一か否かの判断手法」「3.4 同日に出願された二つの出願の各々の請求項に係る発明どうしが同一か否かの判断手法」が適用されるから、本件発明と甲1発明とは双方向から見て同一といえることが必要である。

(1)甲1発明
甲第1号証の請求項3には以下の発明(甲1発明)が記載されている。
「【請求項3】
少なくとも1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも19%の全伸びTEを有する冷間圧延鋼板を製造する方法であって、以下の連続工程:
- 重量% で、
0.34%≦C≦0.37%
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.35%<Cr≦0.45%
0.07%<Mo≦0.20%
0.01%≦Al≦0.08%
を含有する化学組成を有し、
残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた冷間圧延鋼板を、鋼のAc3変態点を超える焼鈍温度A T において焼鈍する工程、
- 鋼のMs変態点未満であり、且つ200℃ 230℃の間である焼入れ温度QTまで、焼鈍された鋼板を冷却することにより焼入れする工程、および
- 焼入れされた鋼板を350℃と450℃ の間の分配温度PTにおいて再加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて25秒と55秒の間の分配時間Ptの間維持することにより、分配処理する工程、
- 分配後、被覆鋼板を得るために、鋼板を亜鉛めっきし、次に室温まで冷却する工程
を含む、方法。」

(2)本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1はNbの含有量が0%(Nbを含有しない)を含むので、その場合に、本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、
「少なくとも1470MPaの引張強度TSを有する被覆鋼板を製造する方法であって、以下の連続工程:
- 重量% で、
1.50%≦Mn≦2.30%
1.50≦Si≦2.40%
0.35%<Cr≦0.45%
0.07%≦Mo≦0.20%
0.01%≦Al≦0.08%および
0%≦Nb≦0.05%
を含有する化学組成を有し、
残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた冷間圧延鋼板を、鋼のAc3変態点を超える焼鈍温度ATにおいて焼鈍する工程、
- 鋼のMs変態点未満であり、且つ200℃と230℃の間である焼入れ温度QTまで、焼鈍された鋼板を冷却することにより焼入れする工程、および
- 焼入れされた鋼板を350℃ と450℃の間の分配温度PTにおいて再加熱し、焼入れされた鋼板をこの温度において25秒と55秒の間の分配時間Ptの間維持することにより、分配処理する工程、
- 分配後、被覆鋼板を得るために、鋼板を亜鉛めっきする工程、次に、鋼板を室温まで冷却する工程
を含む、方法。」の点で一致し、一応次の点で相違する。

(相違点1)製造される「被覆鋼板」の「全伸びTE」について、本件発明1では「少なくとも16%」であるのに対して、甲1発明では「少なくとも19%」である点。
(相違点2)製造される「被覆鋼板」の炭素含有量について、本件発明1では「0.34%≦C≦0.40%」であるのに対して、甲1発明では「0.34%≦C≦0.37%」である点。

(3)相違点の検討
事案に鑑み、相違点1について検討する。
相違点1に関して、本件発明1の「少なくとも16%の全伸びTE」と、甲1発明の「少なくとも19%の全伸びTE」とは、甲1発明からみて、本件発明1は、「少なくとも19%の全伸びTE」を含む点で、甲1発明に相当するが、本件発明1からみて、甲1発明は、「少なくとも16%以上、かつ、19%未満の全伸びTE」の点で、本件発明1と相違し、両発明は、双方向から見て同一とはいえない。
そこで、甲1発明が実質的に「少なくとも16%以上、かつ、19%未満の全伸びTE」を有するかについて検討するに、甲1の記載を見ると、甲1発明の全ての実施例(【表1】「参照鋼」の「S80」、【表2】「例8」「例9」、【表3】「例27」「例28」)で、「全伸びTE」は「19%」を超えており、また、甲1の他の記載を見ても、甲1発明の「全伸び」が「少なくとも16%以上、かつ、19%未満」となり得ることについて記載も示唆も見いだせず、またそのような技術常識が存在するものとも認められない。
すなわち、甲1発明において、「全伸び」が「少なくとも16%以上、かつ、19%未満」となることについて当業者が認識し得るものとはいえない。
すると、上記相違点1は、周知技術の付加、削除、転換等にすぎないとまでいうことはできないから、実質的な相違点といえる。
したがって、両発明は、双方向から見て同一ということはできないから、本件発明1は甲1発明と同一ではない。

(4)申立理由1についての結論
以上から、相違点2について言及するまでもなく、本件発明1と甲1発明とは同一ではなく、特許法第39条第2項に該当しないから、同発明に係る特許を取り消すことはできない。
本件発明2?4についても、それらは直接又は間接的に本件発明1を引用するから、本件発明1と同様に、甲1発明と同一ではなく、特許法第39条第2項に該当しないから、同発明に係る特許を取り消すことはできない。
それゆえ、申立理由1は採用できない。

2.申立理由2について
(1)申立理由の概要
本件発明1は「0%≦Nb≦0.05%」、本件発明15は「0%<Nb≦0.05%」を規定するが、実施例において所期の効果を得られることが実証確認されているNb量は「0.039%」(【表4】(【0078】))のみにすぎず、当該量以外の上記範囲のNb量において所期の効果を得られるかは明らかではない。
したがって、当該量を超えて「0%≦Nb≦0.05%」にまで本件特許の明細書に記載された内容を拡張ないし一般化できるものではないので、本件発明1及び15は発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。
本件発明1を引用する本件発明2?4についても同様である。

(2)当審の判断
ア まず、本件発明の解決すべき課題について検討する。
本件特許の明細書には、次の記載がある。「・・・」は記載の省略を意味する。
「【0004】
地球環境保護の観点から自動車の燃料効率を改善するために自動車部品の重量を削減するため、鋼板に改善された強度-延性のバランスを持たせることが望ましい。しかしこうした鋼板は良好な成形性も有する必要がある。
【0005】
この点において、改善された機械的特性および良好な成形性を有し、いわゆる焼入れおよび分配を使用した鋼でできた鋼板を製造することが提案された。約1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも19%の全伸びを有する、被覆または非被覆(裸) 鋼板が目標とされる。鋼板が少なくとも被覆または亜鉛めっきされない場合、これらの特性が目標とされる。
【0006】
鋼板が合金化溶融亜鉛めっきされる場合、少なくとも1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも15%、好ましくは少なくとも16%の全伸びが目標とされる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の目的は、こうした鋼板およびこれを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的のために本発明は、少なくとも1470MPaの引張強度TS、および少なくとも16%の全伸びTEを有する冷間圧延鋼板を製造する方法・・・に関する。
・・・
【0025】
本発明はまた・・・引張強度が少なくとも1470MPaであり、且つ全伸びが少なくとも16%である、被覆または非被覆鋼板に関する。」

イ 上記本件特許明細書の記載から、本件発明の解決すべき課題は、強度-延性のバランスのとれた改善された機械的特性および良好な成形性を有するように、引張強度TSと全伸びTEに優れる「非被覆(裸) 鋼板」、「被覆鋼板」、「合金化溶融亜鉛めっき」された鋼板、を得ることであるといえる。

ウ ここで、【0005】【0006】には、次のA)B)の点が本件発明の達成すべき課題のようにみてとれる記載がある。
A)「被覆鋼板」又は「非被覆(裸) 鋼板」の場合に「約1470MPaの引張強度TS」と「少なくとも19%の全伸びTE」を達成すること。
B)「合金化溶融亜鉛めっき」鋼板の場合に「少なくとも1470MPaの引張強度TS」と「少なくとも15%、好ましくは少なくとも16%の全伸び」を達成すること。
しかし、上記A)B)の点を本件発明の達成すべき課題であると見た場合、「課題を解決するための手段」として記載される上記【0008】や【0025】と、少なくとも上記A)とは、全伸びの数値に齟齬があり、矛盾を生じること、また、課題を理由なくより厳しい条件を満たすものとして狭く解釈すれば、当業者がその課題を解決できると認識できる範囲の発明を不当に狭く解することになることも勘案すれば、上記A)B)共に本件発明の達成すべき課題とまで見ることは妥当でなく、それらは引張強度と全伸びの概略の目標値にすぎず、本件発明の課題は上記イのように解するのが相当である。

エ 次に本件特許の明細書の記載について検討する。
本件特許の明細書【0042】に「所望の微細構造および製品の特性の最適な組み合わせを得るために、0から0.05%のNbおよび/または0から0.1%のTiのようなマイクロ合金元素の添加を利用することができる。」と記載されており、「Nb」単独でも、「Nb」の「0から0.05%」の添加により「所望の微細構造および製品の特性の最適な組み合わせを得る」ことができるものであるので、これは、「Nb」の「0から0.05%」の添加により、「非被覆(裸) 鋼板」、「被覆鋼板」、「合金化溶融亜鉛めっき」された鋼板のいずれであっても、上記イの課題を解決できることを示唆しているといえる。

オ また、Nbの含有量が「0%」である(含有しない)鋼(【表1】(【0072】)「S80」本件発明1、15の成分組成に相当)の熱処理後の被覆鋼板(【表3】(【0074】)において、「例27」は「引張強度1543MPa」「全伸び20.3%」、「例28」は「引張強度1534MPa」「全伸び21.6%」であり、上記A)の目標値も達成できており、本件発明の課題を解決するものといえる。

カ 続いて、Nbの含有量が「0.039%」である鋼(【表4】(【0078】)本件発明5、16の成分組成に相当)の熱処理後の被覆鋼板(亜鉛めっき)(【0080】、【表5】(【0082】))において、「例35」は「引張強度1606MPa」「全伸び19.8%」、「例36」は「引張強度1594MPa」「全伸び20.9%」、「例37」は「引張強度1606MPa」「全伸び19.2%」であり、上記A)の目標値も達成できており、本件発明の課題を解決するものといえる。

キ さらに、Nbの含有量が「0.039%」である鋼(【表4】(【0078】)本件発明5、16の成分組成に相当)の熱処理後の合金化溶融亜鉛めっき鋼板(【0084】、【表6】(【0086】))において、(例41)は「引張強度1548MPa」「全伸び16.5%」、(例42)は「引張強度1561MPa」「全伸び16.5%」、(例44)は「引張強度1603MPa」「全伸び17.9%」であり、上記B)の目標も達成できており、本件発明の課題を解決するものといえる。

ク そこで、本件発明1、15の記載を見るに、本件発明1は「少なくとも1470MPaの引張強度TSおよび少なくとも16%の全伸びTEを有する被覆鋼板を製造する方法であって・・・0%≦Nb≦0.05%を含有する化学組成を有し・・・」、本件発明15は「・・・0%<Nb≦0.05%を含有する化学組成を有し・・・引張強度が1510MPa、且つ全伸び少なくとも20%を有する、被覆鋼板。」であるから、本件発明1は上記課題を解決するために「0%≦Nb≦0.05%」を特定事項とするものであり、本件発明15は上記課題を解決するために「0%<Nb≦0.05%」を特定事項とするものである。

ケ ここで、本件発明1、15の特定事項について検討する。
上記エ?クの検討から、本件発明1,15において、「Nb」の含有量が「0?0.039%」の範囲では、上記課題を解決するに十分な引張強度と全伸びを得ることができるものといえ、「0.039超0.05%以下」の範囲でも、「0?0.039%」の範囲と同様に「所望の微細構造および製品の特性の最適な組み合わせを得る」ことができることを勘案すれば、当業者であれば、上記課題を解決するに十分な引張強度と全伸びを得ることができると認識できるものといえる。
以上から、本件発明1で「0%≦Nb≦0.05%」、本件発明15で「0%<Nb≦0.05%」を規定することは、サポート要件を満たすものといえる。
本件発明1を引用する本件発明2?4についても同様である。

コ それゆえ、申立理由2は採用できない。

3.申立理由3について
(1)申立理由の概要
「Mo」の含有量について、本件発明5は「・・・0%≦Mo≦0.3%・・・を含有する化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼」を特定し、本件発明8は本件発明5を引用した上で「0%≦Mo≦0.005%」と特定する。
これらの記載から見て、「Mo」は「残部(Feおよび不可避不純物)」とは明確に区別されたものということができる。
他方で、本件特許の明細書には「別の方法として、鋼板が特に合金化溶融亜鉛めっきにより被覆される場合、モリブデン含量は好ましくは0 .005%未満であり、クロム含量は好ましくは0.46%から0.7%である。0 .005%未満のモリブデン含量は、不純物または残部としてのみモリブデンが存在することに対応する。」(【0039】)と記載され、「0.005%未満のモリブデン」は「不純物または残部」として定義されている。
すると、本件発明5、8において「0.005%未満のモリブデン」は「不純物または残部」であると解するのか、そのまま「Mo」と解するのか、不明である。
したがって、本件発明1、8は明確でなく、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。
本件発明5を引用する本件発明6、7、9?14、本件発明5と同じ組成の鋼を特定する本件発明16及びこれを引用する本件発明17?19についても同様である。

(2)当審の判断
ア まず、本件発明5は「・・・0%≦Mo≦0.3%・・・を含有する化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼」と特定され、本件発明8は「0%≦Mo≦0.005%」と特定されているから、「Mo」の含有量は明記されており、「Mo」が「必須成分」であれ「不純物または残部」であれ、「Mo」の含有量について、当該特定範囲のものであることに何ら変わりはなく、不明確とはいえない。

イ 次に、本件特許の明細書には、「したがって、鋼板が特に合金化溶融亜鉛めっきにより被覆される場合、組成は、0.03%と0.05%の間の量のNb、および0.46%と0.7%の間の量のCr を含有することができ、Moの添加はない。」(【0044】)と記載されているから、上記「0 .005%未満のモリブデン含量は、不純物または残部としてのみモリブデンが存在することに対応する。」(【0039】)との記載は、「0 .005%未満のモリブデン含量」の場合に「Mo」を当該含量とするために別途「添加」するというものではなく、鋼の製造工程において不可避的に含まれるものであることを技術的に意味するといえる。

ウ すなわち、本件発明5、8において、「Mo」含量について、「0%≦Mo≦0.3%」のうち、「0 .005%未満」であれば、それは不可避的に含まれるものであり、「0 .005%」以上であれば、添加されたものであることを意味するにすぎず、「Mo」の含量自体は本件発明5、8に特定されるとおりである。

エ したがって、「Mo」の含有量について、第三者の予測可能性を害するほどに不明瞭であるとまではいうことはできないから、本件発明5、8は明確である。
本件発明5を引用する本件発明6、7、9?14、本件発明5と同じ組成の鋼を特定する本件発明16及びこれを引用する本件発明17?19についても同様である。

オ それゆえ、申立理由3は採用できない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?19に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?19に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-06-01 
出願番号 特願2019-93514(P2019-93514)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C21D)
P 1 651・ 4- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 中澤 登
井上 猛
登録日 2019-08-02 
登録番号 特許第6564963号(P6564963)
権利者 アルセロールミタル
発明の名称 超高強度被覆または非被覆鋼板を製造する方法および得られる鋼板  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ