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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02B
管理番号 1363398
審判番号 不服2019-493  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-01-16 
確定日 2020-06-18 
事件の表示 特願2014-525243「液晶表示装置,偏光板及び偏光子保護フィルム」拒絶査定不服審判事件〔平成26年11月20日国際公開,WO2014/185322〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2014-525243号(以下「本件出願」という。)は,2014年(平成26年)5月8日(先の出願に基づく優先権主張 平成25年5月14日)を国際出願日とする出願であって,その手続等の経緯は,以下のとおりである。
平成30年 2月16日付け:拒絶理由通知書
平成30年 6月27日付け:意見書
平成30年 6月27日付け:手続補正書
平成30年10月 4日付け:拒絶査定
平成31年 1月16日付け:審判請求書
平成31年 1月16日付け:手続補正書
令和元年 12月23日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 3月 6日付け:意見書
令和 2年 3月 6日付け:手続補正書

2 当合議体の拒絶の理由
令和元年12月23日付け拒絶理由通知書において通知した拒絶の理由(以下「当合議体の拒絶の理由」という。)は,[A]本件出願の請求項1?請求項3に係る発明は,先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(引用文献1に記載された発明)であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,[B]本件出願の請求項1?請求項3に係る発明は,先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(引用文献1に記載された発明)に基づいて,先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用文献1:国際公開第2011/162198号

3 本願発明
本件出願の請求項1?請求項3に係る発明は,令和2年3月6日付け手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?請求項3に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ,その請求項1に係る発明は,次のものである(以下「本願発明」という。)。
「リタデーションが4000?30000nmであり,
Nz係数が1.7以下であり,
面配向度が0.13以下であり,
フィルム流れ方向に対し45度方向の熱収縮率とフィルム流れ方向に対し-45度方向の熱収縮率の差の絶対値が0.4%以下である
ことを特徴とする,一軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムからなるロール状の偏光子保護フィルム(ただし,配向軸方向(ここで,配向軸方向は二枚の偏光板を用いて求められる)の屈折率が1.678であり,前記配向軸方向と直交する方向の屈折率が1.580であり,厚さ方向の屈折率が1.525であり,厚みが75μmであり,リタデーションが7350nmであり,厚さ方向のリタデーション(Rth)が7800nmであるポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルムを除く)。」

第2 当合議体の判断
1 引用文献の記載及び引用発明
(1) 引用文献1の記載
先の出願前に日本国内又は外国において,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載された国際公開第2011/162198号(以下「引用文献1」という。)は,当合議体の拒絶の理由において引用されたものであるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「技術分野
[0001] 本発明は,液晶表示装置,偏光板および偏光子保護フィルムに関する。詳しくは,視認性が良好で,薄型化に適した液晶表示装置,偏光板および偏光子保護フィルムに関する。」

イ 「発明が解決しようとする課題
[0005] ポリエステルフィルムは,TACフィルムに比べ耐久性に優れるが,TACフィルムと異なり複屈折性を有するため,これを偏光子保護フィルムとして用いた場合,光学的歪みにより画質が低下するという問題があった。すなわち,複屈折性を有するポリエステルフィルムは所定の光学異方性(リタデーション)を有することから,偏光子保護フィルムとして用いた場合,斜め方向から観察すると虹状の色斑が生じ,画質が低下する。
…(省略)…
[0006] 本発明は,かかる課題を解決すべくなされたものであり,その目的は,液晶表示装置の薄型化に対応可能(即ち,十分な機械的強度を有する)であり,且つ虹状の色斑による視認性の悪化が発生しない,液晶表示装置および偏光子保護フィルムを提供することである。」

ウ 「課題を解決するための手段
[0007]
…(省略)…
[0008] 本発明者らは,上記課題を達成するために鋭意検討した結果,特定のバックライト光源と特定のリタデーションを有するポリエステルフィルムとを組み合せて用いることにより,上記問題を解決できることを見出し,本発明の完成に至った。
[0009] 即ち,本発明は,以下の(1A)?(8A)及び(1B)?(9B)に係る発明である。
…(省略)…
(5A)白色発光ダイオードをバックライト光源とする液晶表示装置に用いられる偏光板の偏光子保護フィルムであって,3000?30000nmのリタデーションを有するポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルム。
(6A)前記ポリエステルフィルムのリタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)が0.200以上である前記偏光子保護フィルム。
…(省略)…
発明の効果
[0010] 本発明の液晶表示装置,偏光板および偏光子保護フィルムは,いずれの観察角度においても透過光のスペクトルは光源に近似したスペクトルを得ることが可能となり,虹状の色斑が無い良好な視認性を確保することができる。」

エ 「発明を実施するための形態
[0011]
…(省略)…
[0016] 偏光板は,PVAなどにヨウ素を染着させた偏光子を2枚の偏光子保護フィルムで貼り合せた構成を有するが,本発明では,偏光板を構成する偏光子保護フィルムの少なくともひとつとして,特定範囲のリタデーションを有するポリエステルフィルムを偏光子保護フィルムとして用いることを特徴とする。
…(省略)…
[0019] …(省略)…白色発光ダイオードでは,可視光領域において連続的で幅広い発光スペクトルを有する。そのため,複屈折体を透過した透過光による干渉色スペクトルの包絡線形状に着目すると,ポリエステルフィルムのレタデーションを制御することで,光源の発光スペクトルと相似なスペクトルを得ることが可能となる。
…(省略)…
[0021] 上記効果を奏するために,偏光子保護フィルムに用いられるポリエステルフィルムは,3000?30000nmのリタデーションを有することが好ましい。…(省略)…好ましいリタデーションの下限値は4500nm,次に好ましい下限値は5000nm,より好ましい下限値は6000nm,更に好ましい下限値は8000nm,より更に好ましい下限値は10000nmである。
…(省略)…
[0038] 本発明の保護フィルムであるポリエステルフィルムは,一般的なポリエステルフィルムの製造方法に従って製造することができる。
…(省略)…
[0043] 本発明のポリエステルフィルムのリタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)は,好ましくは0.200以上,より好ましくは0.500以上,さらに好ましくは0.600以上である。上記リタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)が大きいほど,複屈折の作用は等方性を増し,観察角度による虹状の色斑の発生が生じ難くなる。
…(省略)…
[0045] 本発明のポリエステルフィルムの製膜条件を具体的に説明すると,縦延伸温度,横延伸温度は80?130℃が好ましく,特に好ましくは90?120℃である。縦延伸倍率は1.0?3.5倍が好ましく,特に好ましくは1.0倍?3.0倍である。また,横延伸倍率は2.5?6.0倍が好ましく,特に好ましくは3.0?5.5倍である。
…(省略)…
[0049] 本発明のポリエステルフィルムの厚みは任意であるが,15?300μmの範囲が好ましく,より好ましくは15?200μmの範囲である。…(省略)…特に好ましい厚みの下限は25μmである。…(省略)…特に好ましい厚みの上限は一般的なTACフィルムと同等程度の100μmである。上記厚み範囲においてもリタデーションを本発明の範囲に制御するために,フィルム基材として用いるポリエステルはポリエチレンタレフタレートが好適である。
…(省略)…
実施例
[0053]
…(省略)…
[0054](1)リタデーション(Re)
リタデーションとは,フィルム上の直交する二軸の屈折率の異方性(△Nxy=|Nx-Ny|)とフィルム厚みd(nm)との積(△Nxy×d)で定義されるパラメーターであり,光学的等方性,異方性を示す尺度である。
…(省略)…
[0055](2)厚さ方向リタデーション(Rth)
厚さ方向リタデーションとは,フィルム厚さ方向断面から見たときの2つの複屈折△Nxz(=|Nx-Nz|),△Nyz(=|Ny-Nz|)にそれぞれフィルム厚さdを掛けて得られるリタデーションの平均を示すパラメーターである。
…(省略)…
[0064](実施例1)
基材フィルム中間層用原料として粒子を含有しないPET(A)樹脂ペレット90質量部と紫外線吸収剤を含有したPET(B)樹脂ペレット10質量部を135℃で6時間減圧乾燥(1Torr)した後,押出機2(中間層II層用)に供給し,また,PET(A)を常法により乾燥して押出機1(外層I層および外層III用)にそれぞれ供給し,285℃で溶解した。この2種のポリマーを,それぞれステンレス焼結体の濾材(公称濾過精度10μm粒子95%カット)で濾過し,2種3層合流ブロックにて,積層し,口金よりシート状にして押し出した後,静電印加キャスト法を用いて表面温度30℃のキャスティングドラムに巻きつけて冷却固化し,未延伸フィルムを作った。この時,I層,II層,III層の厚さの比は10:80:10となるように各押し出し機の吐出量を調整した。
[0065] 次いで,リバースロール法によりこの未延伸PETフィルムの両面に乾燥後の塗布量が0.08g/m^(2)になるように,上記接着性改質塗布液を塗布した後,80℃で20秒間乾燥した。
[0066] この塗布層を形成した未延伸フィルムをテンター延伸機に導き,フィルムの端部をクリップで把持しながら,温度125℃の熱風ゾーンに導き,幅方向に4.0倍に延伸した。次に,幅方向に延伸された幅を保ったまま,温度225℃,30秒間で処理し,さらに幅方向に3%の緩和処理を行い,フィルム厚み約50μmの一軸配向PETフィルムを得た。
[0067](実施例2)
未延伸フィルムの厚みを変更することにより,厚み約100μmとすること以外は実施例1と同様にして一軸配向PETフィルムを得た。
[0068](実施例3)
実施例1と同様の方法により作製された未延伸フィルムを,加熱されたロール群及び赤外線ヒーターを用いて105℃に加熱し,その後周速差のあるロール群で走行方向に1.5倍延伸した後,実施例1と同様の方法で幅方向に4.0倍延伸して,フィルム厚み約50μmの二軸配向PETフィルムを得た。
…(省略)…
[0072](実施例7)
実施例3と同様の方法で,走行方向に4.0倍,幅方向に1.0倍延伸して,フィルム厚み約100μmの一軸配向PETフィルムを得た。
…(省略)…
[0074](実施例9)
実施例1と同様の方法で,走行方向に1.0倍,幅方向に3.5倍延伸して,フィルム厚み約75μmの一軸配向PETフィルムを得た。
…(省略)…
[0079] 実施例1?10及び比較例1?3のポリエステルフィルムについて虹斑観察及び引裂き強度を測定した結果を以下の表1に示す。
[表1](当合議体注:表が横長であるため,行見出しを複写した上で,左右2分割して示す。)




表1に示されるように,実施例1?10のフィルムを用いて虹斑観察を行ったところ,正面方向から観察した場合は,いずれのフィルムでも虹斑は観察されなかった。実施例3?5及び8のフィルムについては,斜めから観察した場合に部分的に虹斑が観察される場合があったが,実施例1,2,6,7,9及び10のフィルムについては,斜めから観察した場合も虹斑は全く観られなかった。
…(省略)…
産業上の利用可能性
[0081] 本発明の液晶表示装置,偏光板および偏光子保護フィルムを用いることで,虹状の色斑により視認性を低下させること無く,LCDの薄型化,低コスト化に寄与することが可能となり,産業上の利用可能性は極めて高い。」

(2) 引用発明
ア 引用発明1
引用文献1の[0064]?[0066]には,実施例1の「一軸配向PETフィルム」が記載されているところ,この「一軸配向PETフィルム」は「視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム」でもある。
そうしてみると,引用文献1には,次の発明が記載されている(以下「引用発明1」という。)。なお,リタデーション等の光学特性は,[0079]に記載された[表1]から読み取った値である。また,「未延伸フィルム」と「未延伸PETフィルム」は,「未延伸PETフィルム」に用語を統一して記載した。
「 2種のポリマーを2種3層合流ブロックにて積層し,口金よりシート状にして押し出した後,静電印加キャスト法を用いてキャスティングドラムに巻きつけて冷却固化し,未延伸PETフィルムを作り,
次いで,リバースロール法により未延伸PETフィルムの両面に接着性改質塗布液を塗布した後,80℃で20秒間乾燥し,
この塗布層を形成した未延伸PETフィルムをテンター延伸機に導き,フィルムの端部をクリップで把持しながら,温度125℃の熱風ゾーンに導き,幅方向に4.0倍に延伸し,次に,幅方向に延伸された幅を保ったまま,温度225℃,30秒間で処理し,さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得た,フィルム厚み約50μmの一軸配向PETフィルムからなり,
直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.593,Ny=1.697,及びNz=1.513,
リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=5177nm及びRth=6602nmである,
視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム。」

イ 引用発明2
同様に,引用文献1の[0067]には,実施例2の「一軸配向PETフィルム」として,次の発明も記載されている(以下「引用発明2」という。)。
「 未延伸PETフィルムの厚みを変更することにより,厚み約100μmとすること以外は引用発明1と同様にして得た,一軸配向PETフィルムからなり,
直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.594,Ny=1.696,及びNz=1.513,
リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=10200nm及びRth=13233nmである,
視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム。」

ウ 引用発明3
同様に,引用文献1の[0068]には,実施例3の「二軸配向PETフィルム」として,次の発明も記載されている(以下「引用発明3」という。)。
「 引用発明1と同様の方法により作製された未延伸PETフィルムを,加熱されたロール群及び赤外線ヒーターを用いて105℃に加熱し,その後周速差のあるロール群で走行方向に1.5倍延伸した後,引用発明1と同様の方法で幅方向に4.0倍延伸して得た,フィルム厚み約50μmの二軸配向PETフィルムであって,
直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.608,Ny=1.686,及びNz=1.508,
リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=3915nm及びRth=6965nmである,
視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム。」

エ 引用発明7
同様に,引用文献1の[0072]には,実施例7の「一軸配向PETフィルム」として,次の発明も記載されている(以下「引用発明7」という。)。
「 引用発明3と同様の方法で,走行方向に4.0倍,幅方向に1.0倍延伸して得た,フィルム厚み約100μmの一軸配向PETフィルムからなり,
直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.735,Ny=1.570,及びNz=1.520,
リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=16500nm及びRth=13250nmである,
視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム。」

オ 引用発明9
同様に,引用文献1の[0074]には,実施例9の「一軸配向PETフィルム」として,次の発明も記載されている(以下「引用発明9」という。)。
「 引用発明1と同様の方法で,走行方向に1.0倍,幅方向に3.5倍延伸して得た,フィルム厚み約75μmの一軸配向PETフィルムからなり,
直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.580,Ny=1.678,及びNz=1.525,
リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=7350nm及びRth=7800nmである,
視認性が良好で,薄型化に適した偏光子保護フィルム。」

2 対比及び判断
(1) 対比
本願発明と引用発明9を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 偏光子保護フィルム
引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,「引用発明1と同様の方法で,走行方向に1.0倍,幅方向に3.5倍延伸して得た,フィルム厚み約75μmの一軸配向PETフィルム」からなる。ここで,引用発明1の「偏光子保護フィルム」は,「2種のポリマーを2種3層合流ブロックにて積層し,口金よりシート状にして押し出した後,静電印加キャスト法を用いてキャスティングドラムに巻きつけて冷却固化し,未延伸PETフィルムを作り」,「次いで,リバースロール法により未延伸PETフィルムの両面に接着性改質塗布液を塗布した後,80℃で20秒間乾燥し」,「この塗布層を形成した未延伸PETフィルムをテンター延伸機に導き,フィルムの端部をクリップで把持しながら,温度125℃の熱風ゾーンに導き,幅方向に4.0倍に延伸し,次に,幅方向に延伸された幅を保ったまま,温度225℃,30秒間で処理し,さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得た,フィルム厚み約50μmの一軸配向PETフィルム」からなる。
上記の材料及び延伸倍率からみて,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,一軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムからなるものである。また,上記の製造装置からみて,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,ロール状のものと解するのが自然である。
そうしてみると,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,本願発明の,「一軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムからなるロール状の」とされる,「偏光子保護フィルム」に相当する。

イ リタデーション
引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,「リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=7350nm及びRth=7800nmである」。
上記の「リタデーション(Re)」の値からみて,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,本願発明の「偏光子保護フィルム」における,「リタデーションが4000?30000nmであり」という要件を満たす。

ウ Nz係数
引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,「直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.580,Ny=1.678,及びNz=1.525」である。
そうしてみると,引用発明9の「偏光子保護フィルム」のNz係数は,|Ny-Nz|/|Ny-Nx|=1.6と計算される。
したがって,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,本願発明の「偏光子保護フィルム」における,「Nz係数が1.7以下であり」という要件を満たす。

エ 面配向度
引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,「直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.580,Ny=1.678,及びNz=1.525」である。
そうしてみると,引用発明9の「偏光子保護フィルム」の面配向度は,(Nx+Ny)/2-Nz=0.10と計算される。
したがって,引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,本願発明の「偏光子保護フィルム」における,「面配向度が0.13以下であり」という要件を満たす。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明と引用発明9は,次の構成で一致する。
「リタデーションが4000?30000nmであり,
Nz係数が1.7以下であり,
面配向度が0.13以下である,
一軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムからなるロール状の偏光子保護フィルム。」

イ 相違点
本願発明と引用発明9は,以下の点で相違する。
(相違点1)
「偏光子保護フィルム」が,本願発明は,「フィルム流れ方向に対し45度方向の熱収縮率とフィルム流れ方向に対し-45度方向の熱収縮率の差の絶対値が0.4%以下である」のに対して,引用発明9は,一応,これが明らかではない点。

(相違点2)
「偏光子保護フィルム」が,本願発明は,「ただし,配向軸方向(ここで,配向軸方向は二枚の偏光板を用いて求められる)の屈折率が1.678であり,前記配向軸方向と直交する方向の屈折率が1.580であり,厚さ方向の屈折率が1.525であり,厚みが75μmであり,リタデーションが7350nmであり,厚さ方向のリタデーション(Rth)が7800nmであるポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルムを除く」のに対して,引用発明9は,「フィルム厚み約75μm」,「直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)が,それぞれ,Nx=1.580,Ny=1.678,及びNz=1.525」,「リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)が,それぞれ,Re=7350nm及びRth=7800nm」である点。

(3) 判断
ア 相違点1について
引用発明9の「偏光子保護フィルム」は,その製造工程からみて,少なくとも,TD方向の中間領域から取り出されたものに関しては,「フィルム流れ方向に対し45度方向の熱収縮率とフィルム流れ方向に対し-45度方向の熱収縮率の差の絶対値が0.4%以下である」と認められる。
したがって,相違点1は,相違点ではない。

さらにすすんで検討すると,引用発明の「偏光子保護フィルム」は,延伸後に,「幅方向に延伸された幅を保ったまま,温度225℃,30秒間で処理し,さらに幅方向に3%の緩和処理を行って得た」ものである。ここで,引用文献1には,このような後処理が行われた理由は明示されていないところであるが,技術常識に鑑みると,上記の後処理が,フィルムの特性の安定化のために行われたことは,明らかである。
(当合議体注:この点に関しては,例えば,特開2006-10812号公報(以下「周知例1」という。)の【0043】及び【0044】等,特開2011-8170号公報(以下「周知例2」という。)の【0089】等,特開2007-10883号公報の【0011】?【0012】及び【0046】?【0048】等を参照されたい。)
そうしてみると,引用発明の「偏光子保護フィルム」においても,「フィルム流れ方向に対し45度方向の熱収縮率とフィルム流れ方向に対し-45度方向の熱収縮率の差の絶対値が0.4%以下」となっている蓋然性が極めて高いと認められる。
したがって,相違点1は,相違点ではない。

あるいは,引用発明の「偏光子保護フィルム」は,液晶ディスプレイ等に用いられるものであるから,その光学特性の安定性はもちろん,寸法等の安定性も求められる物であることは明らかである。
そうしてみると,引用発明の「偏光子保護フィルム」に対して,熱処理,弛緩処理,さらには,周知例1の【0044】や周知例3の【0048】に記載されているような周知のオフライン熱処理等を施すことや,クリップで把持されていた箇所を含む両端部近傍を切り捨てることにより,「フィルム流れ方向に対し45度方向の熱収縮率とフィルム流れ方向に対し-45度方向の熱収縮率の差の絶対値が0.4%以下である」「偏光子保護フィルム」を得ることは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。

イ 相違点2について
引用文献1には,引用発明2として,「未延伸PETフィルムの厚みを変更することにより,厚み約100μmとすること以外は引用発明1と同様にして得た」,「偏光子保護フィルム」が記載されている。
そして,引用発明1と引用発明2の比較から明らかなとおり,未延伸PETフィルムの厚みを変更する以外は同様にして得られる「偏光子保護フィルム」の「直交する二軸の屈折率(Nx,Ny),及び厚さ方向の屈折率(Nz)」は,ほぼ同じものとなり,また,「リタデーション(Re)及び厚さ方向リタデーション(Rth)」は,厚みに比例したものとなる(技術常識に照らしてみても,明らかな事項である。)。
(当合議体注:引用発明1は,「Nx=1.593,Ny=1.697,及びNz=1.513」,引用発明2は,「Nx=1.594,Ny=1.696,及びNz=1.513」である。また,厚みは,「約100μm÷約50μm=約2倍」であるところ,「リタデーション(Re)」及び「厚さ方向リタデーション(Rth)」も,それぞれ,「10200nm÷5177nm=約1.97倍」及び「13233nm÷6602nm=約2.00倍」である。)

引用発明9において,未延伸PETフィルムの厚みを変更することにより,「Nx=1.580,Ny=1.678,及びNz=1.525」の値をほぼ同じに保ったまま,例えば,フィルム厚み=約83μm,Re=8085nm程度,Rth=8580nm程度の「偏光子保護フィルム」を得ることは,単なる設計変更にすぎない。
(当合議体注:上記の設計変更(未延伸PETフィルムの厚みを約1.1倍に変更すること)は,引用文献1の[0049]及び[0021]の記載を考慮すると,フィルム厚みを,特に好ましい厚みの上限である100μmを超えず,リタデーションを,さらに好ましい下限値(8000nm)以上まで高めるものである。)
また,このようにしてなるものは,相違点2に係る本願発明の構成を具備するとともに,新たな相違点はもたらされない(リタデーション,Nz係数及び面配向度は,引き続き本願発明の要件を満たす)ものである。

あるいは,未延伸PETフィルムの厚みを変更するのではなく,引用発明9において,幅方向延伸倍率を,少しだけ高めたり低めたりして,その性能変化を探ることは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項と認められる。
このようにしてなるものも,相違点2に係る本願発明の構成を具備するとともに,新たな相違点はもたらされない。

ウ 小括
本願発明は,引用発明9に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4) 引用発明7について
事案に鑑みて,引用発明9に替えて,引用発明7を引用発明とした場合についても検討する。
本願発明と引用発明7を対比すると,両者は,前記の相違点1のみで相違することとなる。
(当合議体注:引用発明7の面配向度は,(Nx+Ny)/2-Nz=0.1325と計算されるから,本願発明と有効数字を揃えて対比すると,引用発明7の「偏光子保護フィルム」は,本願発明の「偏光子保護フィルム」における,「面配向度が0.13以下であり」という要件を満たす。)
そして,前記相違点1についての判断は,前記(3)アで述べたとおりである。
したがって,本願発明は,引用発明7と同一である。あるいは,本願発明は,引用発明7に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5) 本願発明の効果について
本願発明の効果に関して,本件出願の明細書の【0011】には,「本発明によれば,2枚の偏光板をクロスニコル環境下に配置した場合に,僅かな光の漏れの発生が抑制され,優れた視認性を有する液晶表示装置を得るのに好適なポリエステルフィルムからなる偏光子保護フィルム…を提供することができる。」と記載されている。
しかしながら,このような効果は,引用発明9及び引用発明7が奏する効果である。

(6) 審判請求人の主張について
審判請求人は,令和2年3月6日付け意見書の「3.」において,「引用文献1の実施例9以外の全ての実施例の面配向度が0.13を超えるため,実施例9の面配向度の一点のみを以って,面配向度を0.13以下にする発想には至らないはずです。また,引用文献1の各実施例の面配向度の計算値を比較してみても,その技術的意義を読み取ることはできないため,0.13以下の面配向度を選択する動機はありません。」と主張する。
しかしながら,引用文献1の[0079]には,「実施例3?5及び8のフィルムについては,斜めから観察した場合に部分的に虹斑が観察される場合があったが,実施例1,2,6,7,9及び10のフィルムについては,斜めから観察した場合も虹斑は全く観られなかった。」と記載されている。そして,「実施例3?5及び8のフィルム」の面配向度の計算値を,「実施例1,2,6,7,9及び10のフィルム」の面配向度の計算値と比較してみると,面配向度が小さい方が斜めから観察した場合も虹斑は全く観られないという結果となる。
(当合議体注:実施例3?5及び8のフィルムの面配向度は,それぞれ,0.139,0.147,0.166及び0.152,実施例1,2,6,7,9及び10の面配向度は,それぞれ,0.132,0.132,0.132,0.133,0.104及び0.132である。)

審判請求人は,意見書の「3.」において,「引用文献1には,そもそも面配向度について一切記載されておらず,実施例以外に,nx,ny,及びnzの各値について記載された箇所はなく,面配向度を示唆する記載はありません。したがって,0.13以下の面配向度を選択することは,当業者であっても引用文献1から容易に想到し得ないことです。」と主張する。
確かに,引用文献1には,面配向度に関する記載がなく,したがって,面配向度を指標として偏光子保護フィルムを設計するという思想は見当たらない。
しかしながら,本願発明は,面配向度に基づいて偏光子保護フィルムを設計する方法の発明ではなく,偏光子保護フィルムという物の発明である。
また,引用文献1の[0043]には,「リタデーションと厚さ方向リタデーションの比(Re/Rth)が大きいほど,複屈折の作用は等方性を増し,観察角度による虹状の色斑の発生が生じ難くなる。」と記載されている。そして,所定のリタデーション及びフィルム厚を前提としてRe/Rthを大きくする当業者ならば,フィルム厚当たりのRth,すなわち「面配向度」を小さくするといえる。
設計に対する考え方は異なるかもしれないが,本願発明の「偏光子保護フィルム」と同程度の面配向度を有するものを得ることは,引用文献1の記載から理解可能な事項である。

以上のとおりであるから,審判請求人の主張は,採用できない。

第3 まとめ
本願発明は,引用文献1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。また,本願発明は,引用文献1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2020-03-26 
結審通知日 2020-03-31 
審決日 2020-04-28 
出願番号 特願2014-525243(P2014-525243)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉川 陽吾  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 樋口 信宏
宮澤 浩
発明の名称 液晶表示装置、偏光板及び偏光子保護フィルム  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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