• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1364752
審判番号 不服2019-3065  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-05 
確定日 2020-07-29 
事件の表示 特願2016-505820「選択的オートファジー経路の不活性化成分を含む糸状真菌細胞及びその使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年10月 9日国際公開、WO2014/161936、平成28年 6月30日国内公表、特表2016-518829〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成26年4月3日(パリ条約による優先権主張 2013年4月3日 米国)を国際出願日とする特許出願であって、その手続の経緯は概ね以下のとおりである。

平成28年 8月31日 :手続補正書の提出
平成30年 1月23日付け:拒絶理由通知書
平成30年 5月 1日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年10月24日付け:拒絶査定
平成31年 3月 5日 :審判請求書、手続補正書の提出(以下、この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)


第2 本件補正について
1 本件補正の内容
(1)平成30年5月1日提出の手続補正書により補正された(以下「本件補正前」という。)特許請求の範囲の請求項1?15は、以下のとおりである。

「 【請求項1】
アスペルギルス(Aspergillus)属の細胞のatg11活性の完全又は部分的不活性化を含むアスペルギルス属の細胞であって、目的の異種酵素をコードするヌクレオチドの配列、及びアスペルギルス属の細胞における前記異種酵素を生産するのに適した遺伝的要素とを含む発現ベクターを含む、前記細胞。
【請求項2】
前記目的の異種酵素が、ペプチダーゼ、アミラーゼ、カルボヒドラーゼ、プルラナーゼ、カタラーゼ、セルラーゼ、キチナーゼ、クチナーゼ、シクロデキストリングリコシルトランスフェラーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ、エステラーゼ、エンドグルコシダーゼ、α-ガラクトシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、α-グルコシダーゼ、β-グルコシダーゼ、インベルターゼ、ラッカーゼ、リパーゼ、ホスホリパーゼ、マンノシダーゼ、ムタナーゼ、オキシダーゼ、ペクチン分解酵素、ペルオキシダーゼ、フィターゼ、ポリフェノールオキシダーゼ、リボヌクレアーゼ、トランスグルタミナーゼ、及びキシラナーゼからなる群から選択される、請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
前記アミラーゼが、α?アミラーゼ又はグルコアミラーゼである、請求項2に記載の細胞。
【請求項4】
前記ペプチダーゼが、カルボキシペプチダーゼ、アミノペプチダーゼ、及びプロテアーゼからなる群から選ばれるペプチダーゼである、請求項2に記載の細胞。
【請求項5】
前記目的の異種酵素が、グルコアミラーゼである、請求項1に記載の細胞。
【請求項6】
前記目的の異種酵素が、アミラーゼである、請求項1に記載の細胞。
【請求項7】
前記アスペルギルス属の細胞が、以下:アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・フォエティダス(Aspergillus foetidus)、アスペルギルス・ジャポニカス(Aspergillus japonicus)、アスペルギルス・ニデュランス(Aspergillus nidulans)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、及びアスペルギルス・オリザエ(Aspergillus oryzae)の細胞から選択される、請求項1?6のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項8】
前記アスペルギルス属の細胞が、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)又はアスペルギルス・オリザエ(Aspergillus oryzae)の細胞である、請求項1?7のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項9】
前記atg11遺伝子の上流又は下流調節配列の欠失又は破壊を含む、請求項1?8のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項10】
前記atg11遺伝子の欠失又は破壊を含む、請求項1?9のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項11】
前記atg11遺伝子の欠失を含む、請求項1?10のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項12】
前記細胞が、アスペルギルス属の宿主細胞のhac1 UPR調節タンパク質の存在を増大させるような改変を含む、請求項1?11のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項13】
前記細胞が、アスペルギルス属の宿主細胞のire1 UPR調節タンパク質の存在を増大させるような改変を含む、請求項1?12のいずれか一項に記載の細胞。
【請求項14】
目的の異種ポリペプチドを生産する方法であって、目的の異種ポリペプチドの発現を誘導するのに好都合な条件下で、請求項1?13のいずれか一項に記載の細胞を培養するステップを含む方法。
【請求項15】
宿主細胞培地から前記目的のポリペプチドを回収するステップをさらに含む、請求項14に記載の方法。」

(2)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件補正発明」という。)は、以下のとおりである。

「 【請求項1】
アスペルギルス(Aspergillus)属の細胞のatg11活性の完全又は部分的不活性化を含むアスペルギルス属の細胞であって、目的の異種酵素をコードするヌクレオチドの配列、及びアスペルギルス属の細胞における前記異種酵素を生産するのに適した遺伝的要素とを含む発現ベクターを含む、前記細胞。」

2 補正の適否について
本件補正は、本件補正前の請求項2?15を削除したものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号に掲げる、同法第36条第5項に規定する請求項の削除を目的とする補正である。
したがって、本件補正は適法になされたものである。


第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由のうち、理由2(1)として示された理由は、本願の請求項1?11、14、15に係る発明は、本願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献2に記載された発明に基づいて、または、引用文献2に記載された発明及び引用文献4、5の記載から把握される本願優先日当時の周知技術に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

<引用文献等一覧>
2.特開2012-179011号公報
4.Mol. Biol. Cell, 2005, Vol.16, pp.1593-1605
5.J. Cell Sci., 2005, Vol.118, pp. 7-18


第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献2の記載
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献2には、以下の事項が記載されている(下線は、当審において付した)。

(1)「【請求項1】
目的タンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株。
・・・
【請求項5】
Aspergillus属糸状菌又はTrichoderma属糸状菌であることを特徴とする請求項1記載の糸状菌変異株。」

(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、アスペルギルスオリゼ等の麹菌を含む糸状菌に適用できる技術であって、外来遺伝子の発現量を大幅に向上させる技術が十分に確立されているわけではない。糸状菌に導入された外来遺伝子の発現量を更に向上させる技術が望まれており、これらの技術の蓄積により、糸状菌を宿主として利用したタンパク質の製造方法がより高効率なものとして実用化されるものと考えられる。
【0007】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、所望の目的タンパク質をコードする遺伝子を高発現できる糸状菌変異株及びこれを用いたタンパク質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、オートファジーに関連する遺伝子の機能を低減することで、外来遺伝子の発現量を大幅に向上させることができ、当該外来遺伝子によりコードされる外来タンパク質の生産性を大幅に向上できることを見いだし本発明を完成するに至った。」

(3)「【0015】
このような一連のオートファジー機構は、各種生物に保存されており、オートファゴソームを形成する段階、分解コンパートメント内部でオートファジックボディを崩壊する段階に大別され、段階に関与する各種遺伝子がオートファジー関連遺伝子として単離・同定されている。オートファジー関連遺伝子の種類とその機能について下記表1に纏める。・・・
【0016】
【表1】

【0017】
本発明に係る糸状菌変異体は、上述したオートファジー関連遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子以外の遺伝子の機能を低減させる。液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子とは、上述のように、オートファジックボディの崩壊に関わるリパーゼ様タンパク質をコードするATG15遺伝子及びオートファジックボディの崩壊に関わる液胞膜タンパク質をコードするATG22遺伝子である。したがって、本発明において、機能を低減させる遺伝子とは、例えば表1に列挙したオートファジー関連遺伝子のうちATG15遺伝子及びATG22遺伝子以外の遺伝子である。
【0018】
特に、本発明に係る糸状菌変異体において、機能を低減させる遺伝子としては、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子であることが好ましい。オートファゴソームの形成には、Atg1タンパク質キナーゼ複合体及びPtdIns3-キナーゼ複合体が関与し、ユビキチン様タンパク質であるAtg8及びAtg12のユビキチン様結合反応系が関与する。したがって、オートファゴソームの形成に必須な因子とは、(a)Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するタンパク質、(b)Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質、及び(c)PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質を挙げることができる。
【0019】
上述した表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子について丸印を付けている。すなわち、上述した表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子は、ATG1?10遺伝子、ATG12?14遺伝子、ATG16?18遺伝子、ATG29遺伝子及びATG31遺伝子である。より具体的に、Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するタンパク質は、図1に示すように、Atg1タンパク質、Atg13タンパク質、Atg17タンパク質、Atg29タンパク質及びAtg31タンパク質である。Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質は、Atg3タンパク質、Atg4タンパク質、Atg5タンパク質、Atg7タンパク質、Atg8タンパク質、Atg10タンパク質、Atg12タンパク質及びAtg16タンパク質である。PtdIns 3-キナーゼ複合体を構成するタンパク質は、図2に示すように、Atg6タンパク質及びAtg14タンパク質である。
【0020】
したがって、本発明に係る糸状菌変異体は、これらオートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子のうち少なくとも1以上の遺伝子の機能が低減していることが好ましい。なかでも、Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するAtg1タンパク質をコードするATG1遺伝子;Atg1タンパク質キナーゼ複合体を構成するAtg13タンパク質をコードするATG13遺伝子;ユビキチン様タンパク質Atg8が関与するユビキチン様結合反応系に関与するAtg8タンパク質をコードするATG8遺伝子;及びユビキチン様タンパク質Atg8が関与するユビキチン様結合反応系に関与するAtg4タンパク質をコードするATG4遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の機能を低減させることが好ましい。」

(4)「【0033】
ところで、本発明に係る糸状菌変異株は、外来遺伝子を発現可能に導入したものである。ここで外来遺伝子とは、糸状菌変異株の元となる糸状菌以外の生物に由来する遺伝子を意味する。例えば、本発明に係る糸状菌変異株をAspergillus oryzaeから作製した場合、外来遺伝子とは、Aspergillusoryzae以外の生物に存在する遺伝子を意味する。したがって、本発明に係る糸状菌変異株をAspergillus oryzaeから作製した場合であれば、Aspergillusoryzae以外の他のAspergillus属糸状菌由来の遺伝子であっても外来遺伝子に含まれる。
・・・
【0035】
ここで、生産対象のタンパク質としては、何ら限定されず、如何なる分子量、如何なる生物種由来、如何なる等電点、如何なるアミノ酸配列のタンパク質であっても良い。すなわち外来遺伝子としては、例えば、アルカリプロテアーゼ遺伝子、α-アミラーゼ遺伝子、アスコルビン酸オキシダーゼ遺伝子、アスパルチックプロテアーゼ遺伝子、セロビオヒドロラーゼ遺伝子、セルラーゼ遺伝子、クチナーゼ遺伝子、エンドグルカナーゼ遺伝子、グルコアミラーゼ、β-グルコシダーゼ遺伝子、グリオキサールオキシダーゼ遺伝子、ラッカーゼ遺伝子、リグニンオキシダーゼ遺伝子、リグニンペルオキシダーゼ遺伝子、リパーゼ遺伝子、マンガンペルオキシダーゼ遺伝子、1,2-α-マンノシダーゼ遺伝子、ヌクレアーゼ遺伝子、ペクチンリアーゼ遺伝子、ペクチンメチルエステラーゼ遺伝子、酸性ホスファターゼ遺伝子、ポリガラクチュロナーゼ遺伝子、キシラナーゼ遺伝子、β-キシロシダーゼ遺伝子等を挙げることができる。特に、生産対象のタンパク質としては、リゾチーム、キモシン、レクチン、インターロイキン、ラクトフェリン、味覚修飾タンパク質であるミラクリン、抗Fas抗体などの抗体医薬、ダニアレルゲン、花粉アレルゲン、木質バイオマス分解のためのセルロース分解酵素、サイトカイン等が高等生物由来の遺伝子によりコードされるタンパク質として例示できる。
【0036】
上述した外来遺伝子は、一般的に利用されている発現ベクターの形で糸状菌に導入することができる。ベクターは典型的には、選択可能マーカー遺伝子、クローニング部位及び制御領域(プロモーター及びターミネーター)を有している。このベクターは、本技術分野においてよく知られており商業的に入手可能である。
【0037】
ベクターに含まれるプロモーターは、糸状菌において機能しうるならば、構成的発現プロモーター及び誘導型プロモーターのいずれでも良い。プロモーターが機能しうるとは、宿主糸状菌内において下流遺伝子の転写が可能であることを意味する。プロモーターとしては、例えば、Aspergillus niger等のAspergillus属糸状菌由来のグルコアミラーゼ、アルファ-アミラーゼ、又はアルファ-グルコシダーゼをコードしている遺伝子のプロモーターを挙げることができる。・・・」

(5)「【0043】
〔実施例1〕
本実施例では、A. oryzaeにおけるATG遺伝子(以下Aoatg遺伝子)を破壊した変異株を作製し、外来遺伝子として導入したウシ由来キモシン遺伝子の発現量の変化を測定した。具体的に、変異株としては、Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株と、Aoatg4遺伝子条件発現抑制株を作製した。
・・・
【0058】
サザンブロット解析は、上掲のNemoto et al (2009)に記載された方法に準じた。上述のようにして得られた、コントロール株にウシキモシン遺伝子を導入した株をSKu70-AA-AKC1株と称する。Aoatg1遺伝子破壊株、Aoatg4遺伝子破壊株、Aoatg8遺伝子破壊株、Aoatg13遺伝子破壊株及びAoatg15遺伝子破壊株にウシキモシン遺伝子を導入した株を、それぞれSKu70-ΔAoatg1-AKC2株、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株及びSKu70-ΔAoatg15-AKC2株と称する。
・・・
【0062】
結果
SKu70-AA-AKC1株、SKu70-ΔAoatg1-AKC2株、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株及びSKu70-ΔAoatg15-AKC2株についてCHY活性を測定した結果を図9に示す。図9に示すように、異種タンパク質の生産量は培養4日目に最大値を示した。培養4日目における各Aoatg遺伝子破壊株の最大生産量はSKu70-ΔAoatg1-AKC2株が59.1mg/L、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株が80.3mg/L、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株が64.4mg/L、SKu70-ΔAoatg13-AKC1株が37.2mg/Lであった。一方、コントロール株であるSKu70-AA-AKC1株では最大生産量が26mg/Lであった。また、SKu70-ΔAoatg15-AKC2株では最大生産量が24.1mg/Lであった。
【0063】
SKu70-ΔAoatg15-AKC2株の結果から、オートファジー関連遺伝子のなかでも、オートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子の機能を低減させても、異種タンパク質の生産性はコントロール株と比較して有意に向上しないことが判る。これに対して、オートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子以外のオートファジー関連遺伝子の機能を低減させた場合には、異種タンパク質の生産性がコントロール株と比較して有意に向上していることが判った。
【0064】
特に、SKu70-ΔAoatg4-AKC1株の最大生産量はコントロール株に比べ、約3倍高いことが明らかになった。また、SKu70-ΔAoatg8-AKC1株の最大生産量も他の破壊株と比較して、異種タンパク質の生産性が非常に高いことが判る。この結果から、オートファジー関連遺伝子としては、Atg8又はAtg12が関与するユビキチン様結合反応系に関与するタンパク質をコードする遺伝子の機能を低減させることが好ましいことが判った。」

(6)「【図9】



2 引用発明
上記1(1)のとおり、引用文献2の請求項1には、「目的タンパク質をコードする外来遺伝子を発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた糸状菌変異株」と記載されているところ、請求項5には、当該「糸状菌変異株」として、「Aspergillus属糸状菌」が記載されている。
また、上記1(4)のとおり、引用文献2の【0033】段落には、上記請求抗1に記載の「外来遺伝子」に関して、「ここで外来遺伝子とは、糸状菌変異株の元となる糸状菌以外の生物に由来する遺伝子を意味する」と記載されている。
さらに、上記1(4)のとおり、引用文献2の【0035】には、上記請求項1に記載の「外来遺伝子」として、「アルカリプロテアーゼ遺伝子、α-アミラーゼ遺伝子」等が挙げられている。
加えて、上記1(4)のとおり、引用文献2の【0036】段落?【0037】段落には、上記請求項1に記載の「外来遺伝子」を、アスペルギルス属の糸状菌において下流遺伝子の転写を可能とするプロモーターを含む発現ベクターの形で糸状菌に導入することが記載されている。
よって、上記1(1)、(4)から、引用文献2には、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「アルカリプロテアーゼ遺伝子、α-アミラーゼ遺伝子等の目的タンパク質をコードする外来遺伝子を、アスペルギルス属の糸状菌において下流遺伝子の転写を可能とするプロモーターを含む発現ベクターの形で発現可能に導入し、且つ、オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させたアスペルギルス属の糸状菌変異株であって、前記外来遺伝子が、前記糸状菌変異株の元となる糸状菌以外の生物に由来する、アスペルギルス属の糸状菌変異株」


第5 対比
アルカリプロテアーゼ、アミラーゼは酵素であるから、引用発明の「糸状菌変異株の元となる糸状菌以外の生物に由来する」「アルカリプロテアーゼ遺伝子、α-アミラーゼ遺伝子等の目的タンパク質をコードする外来遺伝子」は、本件補正発明の「目的の異種酵素をコードするヌクレオチドの配列」に相当する。
また、引用発明の「下流遺伝子の転写を可能とするプロモーター」は、下流遺伝子がコードするタンパク質を生産するのに適した遺伝的要素といえるから、引用発明の「アスペルギルス属の糸状菌において下流遺伝子の転写を可能とするプロモーターを含む発現ベクター」は、本件補正発明の「アスペルギルス属の細胞における前記異種酵素を生産するのに適した遺伝的要素とを含む発現ベクター」に相当する。
したがって、本件補正発明と引用発明は「アスペルギルス属の細胞であって、目的の異種酵素をコードするヌクレオチドの配列、及びアスペルギルス属の細胞における前記異種酵素を生産するのに適した遺伝的要素とを含む発現ベクターを含む、前記細胞」である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点)
本件補正発明は「アスペルギルス(Aspergillus)属の細胞のatg11活性の完全又は部分的不活性化を含む」のに対して、引用発明は「オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させ」ている点。


第6 判断
1 相違点について
上記第4 1(3)のとおり、引用文献2の【表1】には、オートファジー関連遺伝子として、本件補正発明の「atg11」を含めた31種の遺伝子が記載されている。
そして、上記第4 1(3)のとおり、引用文献2の【0017】段落には、ATG15遺伝子とATG22遺伝子が、液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子であることが記載された上で、「本発明において、機能を低減させる遺伝子とは、例えば表1に列挙したオートファジー関連遺伝子のうちATG15遺伝子及びATG22遺伝子以外の遺伝子である」と記載されている。
してみれば、引用発明において、機能を低減させる「オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子」として、引用文献2の【表1】に記載されたオートファジー関連遺伝子のうちATG15遺伝子及びATG22遺伝子以外のいずれかの遺伝子を採用することは当業者が容易に想到することであり、その際に、「atg11」を選択することに格別の困難性があるとは認められない。

2 効果について
本願発明の詳細な説明の実施例3の表2には、atg11遺伝子を破壊したアスペルギルス(huda1493-3)において、親株と比較して1.3倍のAGU活性が得られたことが記載されている。
しかしながら、上記第4 1(2)のとおり、引用文献2の【0008】段落には、アスペルギルスにおいて、オートファジーに関連する遺伝子の機能を低減することで、外来遺伝子の発現量を大幅に向上させることができたことが記載されており、加えて、上記第4 1(5)、(6)のとおり、引用文献2には、例えば、atg4遺伝子を破壊したアスペルギルス(SKu70-ΔAoatg4-AKC1株)の最大生産量はコントロール株に比べ、約3倍高いことが記載されているのであるから、本願発明の詳細な説明の実施例3で示された効果が、引用文献2の記載からみて格別なものであるとは認められない。

3 審判請求人の主張について
審判請求人は、平成30年5月1日に提出した意見書において、以下のとおり主張する。

「引用文献2は、所定の遺伝子の機能を低減させることを目的とし、機能を低減させる遺伝子として、オートファジー関連遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子以外の遺伝子である旨記載されています(段落0013)。
そして、表1に31種ものATG遺伝子を列挙していますが、このうち、オートファジックボディの崩壊に関わる遺伝子として、ATG15とATG22遺伝子を挙げていることから、残りの29種もの遺伝子に言及しているにすぎません。
そして段落0019において、「表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子について丸印をつけている。すなわち、上述した表1において、オートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子は、ATG1-10遺伝子、ATG12-14遺伝子、ATG16-18遺伝子、ATG29遺伝子及びATG31遺伝子である」と記載されているようにATG11は、オートファゴソームの形成に必須な因子ではないことが示されています。
段落0020において、「これらオートファゴソームの形成に必須な因子をコードするオートファジー関連遺伝子のうち少なくとも1以上の遺伝子の機能が低減していることが好ましい」と記載されており、実際に実施例では、Atg1、Atg8、Atg13、Atg4に着目しているにすぎません。
そうすると、引用文献2を参照した当業者であれば、29種もの遺伝子のうち、ATG11遺伝子に着目することはしませんし、むしろオートファゴソームの形成に必須ではないことから、そのような遺伝子を使用することはせず、引用文献2の開示はむしろ、ATG11遺伝子の破壊株を作成することについて阻害要因になると考えます。
そうすると、引用文献2の開示にもついても本発明に想到することはできず、進歩性を否定されることはないと考えます。」

審判請求人の指摘するように、上記第4 1(3)のとおり、引用文献2の【0018】段落?【0020】段落には、【表1】において丸印が付けられたオートファゴソームの形成に必須な因子をコードする遺伝子の機能を低減させることが好ましい旨が記載されているところ、atg11遺伝子には丸印が付けられていない。
しかしながら、引用発明は「オートファジーに関連する遺伝子のうち液胞内においてオートファジックボディの崩壊に関与する遺伝子を除く遺伝子の機能を低減させた」アスペルギルス属の糸状菌変異株であるところ、上記第4 1(3)のとおり、引用文献2の【0017】段落には、「本発明において、機能を低減させる遺伝子とは、例えば表1に列挙したオートファジー関連遺伝子のうちATG15遺伝子及びATG22遺伝子以外の遺伝子である」と記載されている以上、引用文献2の記載に基づいて、引用発明において機能を低減させる遺伝子として「atg11」を選択することに格別の困難性があるとは認められないとした上記1の判断に変わるところはない。

4 小括
よって、本件補正発明は引用文献2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


第7 むすび
以上のとおり、本件補正発明は、引用文献2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-03-02 
結審通知日 2020-03-03 
審決日 2020-03-17 
出願番号 特願2016-505820(P2016-505820)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 崇之  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 山中 隆幸
高堀 栄二
発明の名称 選択的オートファジー経路の不活性化成分を含む糸状真菌細胞及びその使用方法  
代理人 南山 知広  
代理人 青木 篤  
代理人 胡田 尚則  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 三橋 真二  
代理人 鶴田 準一  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ