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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B24C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B24C
審判 全部申し立て 2項進歩性  B24C
審判 全部申し立て 発明同一  B24C
管理番号 1364879
異議申立番号 異議2019-700314  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-22 
確定日 2020-06-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6416151号発明「処理器具及びその表面処理方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6416151号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,6について訂正することを認める。 特許第6416151号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6416151号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は,平成28年5月23日に出願され,平成30年10月12日にその特許権の設定登録がされ,同年同月31日に特許掲載公報が発行され,その特許について,平成31年4月22日に特許異議申立人・株式会社不二機販(以下「不二機販申立人」という。)により,同年同月23日に特許異議申立人・寺田卓司(以下「寺田申立人」という。)により,それぞれ特許異議の申立てがされた。
その後の主な手続きの経緯は,以下のとおりである。

令和元年 7月 4日付け 取消理由通知
同 年 同月26日 特許権者と当審との面接
同 年 8月21日 特許権者と当審とのファクシミリによる応対
同 年 9月 3日 訂正請求書及び意見書の提出
同 年10月18日 寺田申立人による意見書の提出
同 年11月21日 特許権者に対する審尋
令和2年 1月18日 特許権者による回答書の提出

なお,当審は,不二機販申立人に対して,期間を指定し,意見書を提出する機会を与えたが,指定された期間内に意見書は提出されなかった。


第2 訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は,以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「WPC処理により」と記載されているのを,「微粒子ピーニング処理により」と訂正する(請求項1を引用する請求項2ないし5も同様に訂正する)。
訂正前の請求項〔1-5〕について,請求項2ないし5は,それぞれ請求項1を直接又は間接に引用しているものであって,訂正事項1によって請求項1の記載が訂正されることに連動して訂正されるものであるから,訂正事項1に係る訂正は,特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項〔1-5〕に対して請求されたものである。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6に「WPC処理により」と記載されているのを,「微粒子ピーニング処理により」と訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の段落【0009】,【0014】及び【0016】に,それぞれ「WPC処理」と記載されているのを,「微粒子ピーニング処理」と訂正する。
訂正事項3に係る明細書の訂正のうち,段落【0009】の訂正は,一群の請求項〔1-5〕について請求されたものである。また,段落【0014】の訂正は,請求項6について請求されたものである。さらに,段落【0016】の訂正は,一群の請求項〔1-5〕及び請求項6について請求されたものである。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0018】に「WPC処理」と記載されているのを,「WPC処理(登録商標)(以下,同様である。)」と訂正する。
訂正事項4に係る明細書の訂正は,一群の請求項〔1-5〕及び請求項6について請求されたものである。

2.訂正の目的の適否
(1)訂正事項1
訂正事項1は,特許請求の範囲の請求項1に「WPC処理により」と記載されているところ,「WPC処理」という用語が,登録商標(登録第3081805号)であって,当該登録商標を用いないように,「微粒子ピーニング処理により」と訂正するものであるから,その訂正の目的は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,訂正後の請求項2ないし5は,訂正後の請求項1に記載された「微粒子ピーニング処理により」との記載を引用するものであるから,訂正後の請求項2ないし5に係る訂正の目的も,明瞭でない記載の釈明に該当する。

(2)訂正事項2
訂正事項2は,特許請求の範囲の請求項6に「WPC処理により」と記載されているところ,上記(1)と同様に,登録商標を用いないように,「微粒子ピーニング処理により」と訂正するものであるから,その訂正の目的は,明瞭でない記載の釈明に該当する。

(3)訂正事項3
訂正事項3は,明細書の段落【0009】,【0014】及び【0016】に,それぞれ「WPC処理」と記載されているのを,訂正事項1及び2に係る訂正と整合するように,「微粒子ピーニング処理により」と訂正するものであるから,その訂正の目的は,明瞭でない記載の釈明に該当する。

(4)訂正事項4
訂正事項4は,明細書の段落【0018】に「WPC処理」と記載されているところ,当該段落【0018】以降に記載された「WPC処理」が,いずれも登録商標であることを明らかにするために,「WPC処理(登録商標)(以下,同様である。)」と訂正するものであるから,その訂正の目的は,明瞭でない記載の釈明に該当する。

3.新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には,
「【0019】
ここで,WPC(Wide Peening and Cleaning)処理とは,『微粒子ピーニング』,『精密ショットピーニング』,『FPB(Fine Particle Bombarding)』などと称される表面処理で,金属製品の表面に,目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。」
と記載されている。
したがって,訂正事項1に係る「微粒子ピーニング処理」の訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであることは明らかである。
また,当該段落【0019】の記載に接した当業者は,「WPC処理」と「微粒子ピーニング処理」とは,同じ表面改質処理を意味する用語であることを理解できるから,訂正事項1に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2及び3
上記(1)と同様の理由で,訂正事項2及び3に係る訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項4
訂正事項4に係る「WPC処理」という用語が登録商標であることは,当業者にとって自明な事項であるから,訂正事項4に係る訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。


4.訂正についての寺田申立人の意見について
(1)寺田申立人の意見の概要
寺田申立人は,令和元年10月18日に提出された意見書において,本件訂正について,おおむね以下のように説明している。

ア.本件訂正が実質上特許請求の範囲を拡張・変更すること
(ア)「微粒子ピーニング処理」は「WPC処理」等の商標を含む一般名称であるから,「微粒子ピーニング処理」は「WPC処理」以外の処理(例えば他の商標,サービス名であって,登録の有無を問わない。)を含むことになる。そうすると,「WPC処理」から,「WPC処理」以外を含む一般名称である,「微粒子ピーニング処理」に訂正することは,特許請求の範囲の拡張にあたり認められない。
したがって,訂正事項1ないし3は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当する。
(イ)「微粒子ピーニング処理」は「WPC処理」を含む上位概念と捉えられるから,「WPC処理」を「微粒子ピーニング処理」に訂正することで,WPC処理以外の処理,例えばFPB(Fine Particle Bombarding),MD処理,FPP処理,微粒子ボンバーディング,PIP処理も含むことになったのであるから,このような訂正による拡張は上記(ア)と同様の理由で認められない。
(ウ)「WPC処理」は特許権者の有する登録商標第3081805号であるところ,その指定役務は40類の「ブラスト加工,ショットピーニング」とされている。しかし,「ブラスト加工」も「ショットピーニング」も,「微粒子ピーニング処理」とは異なるものである。
商標「WPC処理」である「ブラスト加工,ショットピーニング」を,訂正により,これらとは異なる処理である「微粒子ピーニング処理」に訂正することは,特許請求の範囲の変更又は拡大にあたり,認められない。

イ.本件訂正が新規事項を含むものであること
訂正事項1に係る訂正の根拠とする【0019】では,「ここで,WPC(Wide Peening and Cleaning)処理とは,『微粒子ピーニング』,『精密ショットピーニング』,『FPB(Fine Particle Bombarding)』などと称される表面処理で,金属製品の表面に,目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。」とあり,WPC処理が微粒子ピーニングと称される表面処理であることが説明されるのみで,WPC処理が「微粒子ピーニング処理」であるとは述べていないから,訂正事項1ないし3は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正でない。

(2)寺田申立人の意見に対して
ア.特許請求の範囲を拡張・変更する旨の主張について
(ア)本件特許に係る出願の願書に添付した明細書の段落【0019】には,上記3.(1)に示すとおりの記載があるところ,当該記載に接した当業者は,「WPC処理」,「微粒子ピーニング」,「精密ショットピーニング」及び「FPB」(微粒子ボンバーディング)のいずれの用語についても,「金属製品の表面に,目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理」を意味する用語として,同じ意味であると理解するというほかない。
また,「微粒子ピーニング処理」という用語が,「MD処理」,「FPP処理」又は「PIP処理」を含む意味であるなどと説明するが,上記のとおり,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書の記載に接した当業者は,「微粒子ピーニング処理」と「WPC処理」が同じ意味であると理解するのであり,寺田申立人の説明は,当該理解を左右するものではない。
したがって,「微粒子ピーニング処理」が「WPC処理」以外の処理を含むから,訂正事項1ないし3が実質上特許請求の範囲を拡張・変更する訂正に該当する旨の意見(上記(1)ア.(ア)及び(イ)の意見)は採用できない。
(イ)「WPC処理」という登録商標(登録商標第3081805号)が,40類の「ブラスト加工,ショットピーニング」を指定役務としているとしても,商標法上の区分として「WPC処理」という登録商標が「ブラスト加工,ショットピーニング」という区分に含まれると解されるにとどまり,特許法上の技術的思想として,「WPC処理」が「ブラスト加工,ショットピーニング」に含まれることを意味するわけではないから,寺田申立人の上記(1)ア.(ウ)の意見は採用できない。

イ.新規事項を含む旨の意見について
当業者は,願書に添付した明細書の段落【0019】の記載について,WPC処理が微粒子ピーニングと称される表面処理であることを説明していると理解し,WPC処理が「微粒子ピーニング処理」と同じ意味であると理解するというほかないから,寺田申立人の上記(1)イ.の意見は採用できない。

5.小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条9項において準用する同法126条5及び6項の規定に適合する。
したがって,明細書及び特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,6について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし6に係る発明(以下,各請求項に係る発明を「本件発明1」などという。)は,訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具であって,
少なくとも被処理物と接触する領域に,微粒子ピーニング処理により,
球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したことを特徴とする処理器具。

【請求項2】
前記処理器具が,被処理物を収容するホッパーであることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。

【請求項3】
前記処理器具が,被処理物を滑落させるシュートであることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。

【請求項4】
前記処理器具が,フライパン或いは鍋であることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。

【請求項5】
前記被処理物が,食品或いは薬品であることを特徴とする請求項1?請求項4の何れか1つに記載の処理器具。

【請求項6】
粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具の表面処理方法であって,
少なくとも被処理物と接触する領域に,微粒子ピーニング処理により,
球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成することを特徴とする処理器具の表面処理方法。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし6に係る特許に対して,当審が令和元年7月4日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は,次のとおりである。

(1)特許法36条6項2号(明確性)の取消理由
請求項1ないし6に係る記載は,以下のア.ないしカ.のとおり,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないから,請求項1ないし6に係る特許は,当該要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

ア.訂正前の請求項1は「処理器具」という物の発明であるが,「WPC処理により」との記載が製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載に該当するから,請求項1に係る発明は明確でない。

イ.訂正前の請求項2ないし5は請求項1を引用するから,上記ア.と同様の理由で,請求項2ないし5に係る発明は明確でない。

ウ.訂正前の請求項1の「WPC処理」は登録商標名であるが,商標は一定の限られた商品や役務にだけ使用されるとは限らないから,「WPC処理」という記載の具体的な内容が不明であり,請求項1に係る発明は明確でない。

エ.訂正前の請求項2ないし5は請求項1を引用しており,訂正前の請求項6には「WPC処理」との記載があるから,上記ウ,と同様の理由で請求項2ないし6に係る発明は明確でない。

オ.訂正前の請求項1に「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」と記載されているが,入口径や深さに関する数値範囲は,複数形成された凹部の全てが,当該数値範囲を満たすという意味なのか,複数形成された凹部の平均値が,当該数値範囲を満たすという意味なのか,明確でないから,請求項1に係る発明は明確でない。

カ.訂正前の請求項2ないし5は請求項1を引用しており,訂正前の請求項6には「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」との記載があるから,上記オ,と同様の理由で請求項2ないし6に係る発明は明確でない。

(2)特許法36条4項1号(実施可能要件)の取消理由
発明の詳細な説明には,微少凹部の入口径や深さについての数値範囲が記載されているが,それらの記載は,複数形成された凹部の全てが,当該数値範囲を満たすという意味なのか,複数形成された凹部の平均値が,当該数値範囲を満たすという意味なのか,明確でないから,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしておらず,請求項1ないし6に係る特許は,当該要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。

2.取消理由についての当審の判断
(1)特許法36条6項2号(明確性)の取消理由について
ア.「微粒子ピーニング処理により」という記載の明確性
(ア)本件発明1は,「処理器具」という物の発明であり,「微粒子ピーニング処理により」との記載は,製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載に該当するものの,以下に説示するとおり,本件特許に係る出願時において,「処理器具」という物の発明をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情(以下「物の発明を直接特定できない事情」という。)が存在するといえるから,本件発明1の記載は明確である。
(イ)特許権者が令和元年9月3日に提出した意見書及び令和2年1月18日に提出した回答書を参酌すると,微粒子ピーニング処理について,以下の点を理解できる。
・微粒子ピーニング処理は,金属製品の表面に,微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理であるが,微粒子が衝突することにより,金属製品の表面に塑性変形が生じ,凹部が形成されると同時に,その凹部の周辺部が隆起して凸部が形成される点。
・微粒子の径,衝突の際の速度,入射角度及び衝突エネルギには分布(ばらつき)があるため,凹部の位置や形状が不規則となる点。
・微粒子が衝突したことにより生じた凹部や凸部に,さらに別の粒子が衝突することもあるため,凹部や凸部の形状が不規則となる点。
(ウ)上記(イ)のとおり,微粒子ピーニング処理後の金属製品の表面には,塑性加工により生じる凹部や凸部という構造が存在するといえるが,凹部や凸部の位置や形状は,不規則なものであり,全ての凹部や凸部について,その位置や形状を具体的に特定することができないから,「処理器具」という物の発明を直接特的できない事情が存在するといわざるを得ない。
(エ)したがって,本件発明1の「微粒子ピーニング処理により」との記載は,製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載に該当するものの,本件特許に係る出願時において,「処理器具」という物の発明を直接特定できない事情が存在するといえるから,本件発明1の記載は明確である。
(オ)そして,本件発明1を引用する本件発明2ないし5の記載は,上記(ア)ないし(エ)に説示する理由と同じ理由により明確である。
したがって,本件発明1ないし5の「微粒子ピーニング処理により」という記載はいずれも明確であり,上記1.(1)ア.及びイ.に係る取消理由により,本件発明1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。

イ.「WPC処理」という登録商標名の明確性
本件発明1ないし6には「WPC処理」という記載が存在しないから,上記1.(1)ウ.及びエ.に係る取消理由により,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

ウ.微少凹部の入口径及び深さの数値範囲の明確性
本件発明1には「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したこと」との記載があるから,「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」が「複数形成されていること」は明らかである。
また,本件発明1には,入口径や深さの数値範囲が,微少凹部の平均値であることを意味する記載や,微少凹部の全てが,入口径や深さの数値範囲を満たすことを意味する記載はない。
そして,上記ア.(イ)に説示するとおり,微粒子ピーニングにより生じる凹部の形状は不規則なものであることを考慮すると,本件発明1及び6における「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成すること」という記載は,微粒子ピーニング処理により,最終的に形成される凹部について,その入口径がφ10?φ30μmであり,かつ,深さが0.5?3μmであることを満たすものが複数存在していることを意味すると解するほかない。
したがって,本件発明1及び6における「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」という記載は明確であり,本件発明1を引用する本件発明2ないし5の記載も明確であるから,上記1.(1)オ.及びカ.に係る取消理由により,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

(2)特許法36条4項1号(実施可能要件)の取消理由について
ア.本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成」(【0009】及び【0014】)
「入口径φ5?φ100μm程度(好ましくは,φ10?30μm程度),深さで0.5?3μm(好ましくは,1?2μm程度)とする」(【0027】)
「直径φ5?φ100μm程度(好ましくは,φ10?30μm程度),深さで0.5?3μm(好ましくは,1?2μm程度)の無数の微小ディンプル(球面状に陥没した無数の微小凹部)」(【0032】及び【0040】)

イ.上記(1)ア.(イ)に説示するとおり,微粒子ピーニングにより生じる凹部の形状は不規則なものであることを考慮すると,上記ア,に示す入口径や深さに関する数値は,いずれも,微粒子ピーニング処理により,最終的に形成される凹部について,その入口径や深さが上記ア.の数値範囲を満たすものが複数存在することを意味すると理解できるから,本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1ないし6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

ウ.したがって,上記1.(2)に係る取消理由により,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

3.寺田申立人の意見について
(1)寺田申立人の意見の概要
ア.「不可能・非実際的事情」の誤り
特許権者のいう「無数に不規則に形成される凹部の周囲に隆起を伴う凸部が形成され,この形成された凹凸が更に別のメディアにより不規則に叩かれる」加工技術は,微粒子ピーニング処理以外にも,例えばショットピーニング,サンドブラスト等のブラスト加工,超音波衝撃処理(UIT)等,多数存在し,このような「微粒子を用いて凹凸を形成する既存の加工」であるショットピーニング,ブラスト等と微粒子ピーニング処理とを比較すれば,微粒子ピーニング処理のみが特別な加工方法であるということにはならない。
微粒子ピーニング処理以外に,例えばサンドブラストやショットピーニングで,本件発明1と同様の「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成」すれば,本件発明1と同様の作用効果が得られる。

イ.「不可能・非実際的事情」の不存在
特許権者は,「凹部の形成と同時に,その凹部の周辺部が隆起して盛り上がり(凸部)ができる(所謂クレーター状の凹部が形成される)。このような形状形成は,微粒子ピーニング処理(塑性加工)固有のものである」と主張するが,「微粒子ピーニング処理に固有の構造」が存在するのであれば,このような固有の構造を直接,請求項において規定すれば足りるから,物の発明を「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情」(以下「不可能・非実際的事情」という。)が存在しない。
また,特許権者は,微粒子ピーニング処理について「・・・不規則な微小ディンプルがオーバーラップして多数形成される」と説明する一方で,レーザ加工について「・・・規則的な微小凹部をオーバーラップせずに多数形成する」処理と説明しているが,このような「不規則な微小ディンプルをオーバーラップして多数形成する」か,「規則的な微小凹部をオーバーラップせずに多数形成する」かで両者を区別できるのであれば,微粒子ピーニング処理で得られた構造を,直接特定することが可能であるといえ,「不可能・非実際的事情」が存在しない。

ウ.本件発明1の微粒子ピーニング処理が不明確
本件発明1の微粒子ピーニング処理がどのような処理を意味するのか,明確でない。
微粒子ピーニング処理の定義について,明細書では上記第2の3.(1)に示す段落【0019】の記載があり,WPC処理と微粒子ピーニングが同義であるように説明しているが,登録商標のWPC処理は,指定役務を「ブラスト加工,ショットピーニング」として,事実上,WPC処理の意味を「ブラスト加工及びショットピーニング」に規定しているから,WPC処理=ブラスト加工及びショットピーニング=微粒子ピーニング処理となる。
しかし,このようなブラスト加工やショットピーニングは,当業者間においてはWPC処理(微粒子ピーニング処理)とは区別されているから,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」が,どのような処理を対象としているのかが,明らかでない。

エ.数値範囲が不明確
(ア)本件発明1ないし6の入口径や深さに関する数値範囲は,
A.全ての微小凹部が指定された範囲内であれば技術的範囲に属する。
と読むのか,又は
B.微小凹部の平均値が,指定された範囲内であれば技術的範囲に属する。
と読むのか,あるいは別の意味であるのか,全く判断できず,このような不明瞭な記載を含む訂正発明1の外縁が不明瞭であることは明白である。
(イ)特許権者は,「微小凹凸が不規則であるから,A.,B.のいずれとも言えない」と主張しているようであるが,当該主張は,本件発明1が明確でないことを自認しているに等しいし,不規則だから明確に規定できないというのは,発明として権利範囲の外縁を規定できないことを認めている。
(ウ)特許権者は,「ランダム性(不規則性)があるがゆえに特有の作用効果(粉体等の付着抑制効果)を奏することができる」と主張するが,ランダム性に関する特徴を請求項において具体的に規定すべきである。
また,多数の微小凹凸の内,「当該数値範囲を満たす複数の微小凹部」がどの程度存在していれば,本件発明1の作用効果を奏するのか,比率や配置等を明らかにする必要があるし,「ランダム性(不規則性)があるがゆえに特有の作用効果(粉体等の付着抑制効果)を奏することができる」というのであれば,「微粒子ピーニング処理」でなくとも,同様に微小凹部をランダムに形成できる他の加工方法(例えばブラスト処理)でも同様の作用効果を適用できることになるから,特許権者の主張は失当である。

オ.実施可能要件違反
特許権者は,本件発明1が粉体等の付着抑制の作用効果を奏すると主張するが,本件特許明細書では,対象となる粉体等の被処理物について,何ら規定していない。
しかし,金属製の処理器具への付着の抑制効果を発揮する前提として,付着が発生していることが必要であり,処理器具への付着が発生しない被処理物に対しては,そもそも付着が発生していない以上,付着の抑制効果を発揮することはできないことになる。
例えば,粒状物として直径1cmの「あずき豆」のような大きな粒を想定した場合,本件発明1で示すような表面処理の有無に拘わらず,処理器具に付着しないことは明白であるが,粒状物の粒径に関する規定が何らなされていない。
このように,本件発明1で「被処理物が付着し難い」という作用効果を発揮するには,被処理物の粒径がある程度小さくなければならないところ,そのような限定のない本件訂正発明1は,本件特許発明の作用効果を奏さない範囲まで包含しており,特許法36条4項1号違反に該当する。

(2)寺田申立人の意見に対して
ア.「不可能・非実際的事情」の誤りに係る意見に対して
寺田申立人が説明するとおり,仮に,微粒子ピーニング処理以外に,例えばショットピーニングで,本件発明1と同様の数値範囲の入口径や深さの凹部を複数形成することで,本件発明1と同様の作用効果が得られるとしても,微粒子ピーニング処理によって生じる凹部や凸部の位置や形状が不規則であり,「処理器具」という物の発明を直接特定できない事情が存在することには,何らの影響も与えないから,寺田申立人の当該意見は,当審の上記2.(1)ア.の判断を左右するものではない。

イ.「不可能・非実際的事情」の不存在に係る意見に対して
寺田申立人は,「微粒子ピーニング処理に固有の構造」が存在するのであれば,このような固有の構造を直接,請求項において規定すれば足りるなどと説明しているが,上記2.(1)ア.で説示するとおり,微粒子ピーニング処理によって生じる構造として,塑性加工による凹部や凸部が存在するが,凹部や凸部の位置や形状は,不規則なものであり,全ての凹部や凸部について,その位置や形状を具体的に特定することができない以上,「処理器具」という物の発明を直接特定できない事情が存在するといえるから,寺田申立人の当該意見は採用できない。

ウ.微粒子ピーニング処理が不明確との意見に対して
寺田申立人は,登録商標のWPC処理の指定役務が「ブラスト加工,ショットピーニング」であることを根拠に,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」がどのような処理であるのか明確でないなどと説明しているが,上記第2の4.(2)ア.(イ)に説示するとおり,商標法上の区分として「WPC処理」という登録商標が「ブラスト加工,ショットピーニング」という区分に含まれるとしても,特許法上の技術的思想として,「WPC処理」が「ブラスト加工,ショットピーニング」に含まれることを意味することにはならないから,寺田申立人の当該意見は採用できない。

エ.数値範囲が不明確との意見に対して
寺田申立人は,本件発明1ないし6の入口径や深さに関する数値範囲が,全ての微小凹部についての特定なのか,微小凹部の平均値についての特定なのか,又は別の意味での特定なのか,全く判断できないなどと説明しているが,上記2.(1)ウ.で説示するとおり,本件発明1の記載や,微粒子ピーニングにより生じる凹部の形状は不規則なものであることを考慮すると,本件発明1及び6における数値範囲は,当該数値範囲を満たす凹部が複数存在していることを意味すると解するほかなく,本件発明1及び6における数値範囲は明確である。
また,寺田申立人は,ランダム性に関する特徴を請求項において具体的に規定すべきであるなどと説明しているが,本件発明1ないし6の入口径や深さに関する数値範囲が明確である以上,寺田申立人の意見は採用できない。

オ.実施可能要件違反との意見に対して
寺田申立人は,本件発明1で「被処理物が付着し難い」という作用効果を発揮するには,被処理物の粒径を小さく限定する必要があるが,そのような限定のない本件発明1は,作用効果を奏さない範囲まで包含しており,特許法36条4項1号違反に該当するなどと説明しているが,本件特許の明細書の記載に接した当業者は,本件発明1の被処理物として,全く付着が生じないものが含まれるとは理解しないから,寺田申立人の当該意見は採用できない。

4.小活
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。


第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.特許異議申立人及び特許権者が提出した証拠
(1)不二機販申立人が提出した証拠
不二機販申立人は,特許異議申立書と共に,以下の証拠を提出した。
甲第 1号証:特許第3639173号公報
甲第 2号証:特開2005-102634号公報
甲第 3号証:特開2003-79515号公報
甲第 4号証:特許第4064438号公報
甲第 5号証:特許第4290942号公報
甲第 6号証:特開2001-315704号公報
甲第 7号証:特許第4590308号公報
甲第 8号証:特開2013-119814号公報
甲第 9号証:特許第3806720号公報
甲第10号証:特開2007-160156号公報
甲第11号証:株式会社不二WPCのホームページ
(https://www.fujiwpc.co.jp/industry-service/
about-wpc.html)
(以下,不二機販申立人が提出した甲第1ないし11号証を「甲1」ないし「甲11」という。)

(2)寺田申立人が提出した証拠
寺田申立人は,特許異議申立書及び令和元年10月18日に提出した意見書と共に,以下の証拠を提出した。
甲第1号証:特開2016-188418号公報
甲第2号証:「WPC処理とハードショットピーニングの違い」
(http://www.fujikihan.co.jp/wpc_difference)
甲第3号証:「WPC処理とは」
(https://www.ne-jp.com/wpc/page/1towa/index.html)
甲第4号証:後藤邦彰,「粒子分散技術と粉体の付着性に関する一考察」
,粉砕,No.59(2016),51ないし59ページ
(以下,寺田申立人が提出した甲第1号証を「先願明細書」といい,甲第2ないし4号証を「引用例2」ないし「引用例4」という。)

(3)特許権者が提出した証拠
特許権者は,令和元年9月3日に提出した意見書及び令和2年1月18日に提出した回答書と共に,以下の証拠を提出した。
乙第1号証:令和元年7月26日の面接の際の説明資料1
乙第2号証:令和元年7月26日の面接の際の説明資料2
乙第3号証:微粒子ピーニング処理表面の断面曲線に関する資料
乙第4号証:日本規格協会グループ,「JIS Z 0310
:2016 素地調整用ブラスト処理方法通則」,
2016年3月22日発行,4ページ
乙第5号証:日本規格協会グループ,「JIS B 2711
:2013 ばねのショットピーニング」,
2013年10月21日発行,2ページ
乙第6号証:(社)表面技術協会編,「表面技術便覧」,
1998年2月27日初版発行,日刊工業新聞社,
170ないし172及び948ないし949ページ
乙第7号証:小茂鳥潤,ほか2名,「微粒子ピーニングによる
加工熱処理と金属間化合物層の創成」,表面技術,
67巻1号,2016年,8ないし11ページ
乙第8号証:熊谷正夫,「WPC処理によるトライボ特性の向上」,
潤滑経済 ’11 12月号,10ないし13ページ
(以下,特許権者が提出した乙第1ないし8号証を「乙1」ないし「乙8」という。)

2.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要
(1)不二機販申立人の申立理由の概要
ア.本件発明1に対して甲1を主引用例とする進歩性の理由
(ア)本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。(以下「甲1に基づく進歩性の理由」という。)
(イ)本件発明1は,甲1に記載された発明に,甲8に記載された発明を適用することで,当業者が容易に発明できたものである。(以下「甲1及び8に基づく進歩性の理由」という。)
(ウ)本件発明1は,甲1に記載された発明に,甲4又は7に記載された発明を適用することで,当業者が容易に発明できたものである。(以下「甲1,4及び7に基づく進歩性の理由」という。)
(エ)本件発明1は,甲1に記載された発明に,甲1ないし8に記載された発明を適用することで,当業者が容易に発明できたものである。(以下「甲1ないし8に基づく進歩性の理由」といい,上記(ア)ないし(エ)の理由をまとめて,「本件発明1に対して甲1を主引用例とする進歩性の理由」という。)

イ.本件発明1に対して甲2ないし6を主引用例とする進歩性の理由
本件発明1は,甲2ないし6に記載された発明に,甲7又は8に記載された発明を適用することで,当業者が容易に発明できたものである。(以下「甲2ないし8に基づく進歩性の理由」という。)

ウ.本件発明2ないし6に対する進歩性の理由
本件発明2ないし6は,甲1ないし8に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。(以下「本件発明2ないし6に対する進歩性の理由」という。)

(2)寺田申立人の申立理由の概要
ア.本件発明1ないし6に対する拡大先願の理由
本件発明1ないし6は,先願明細書に記載された発明と同一である。(以下「本件発明1ないし6に対する拡大先願の理由」という。)

イ.明確性要件の理由
本件発明1の「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物」及び「金属製の処理器具」が具体的にどのようなものか明確でないから,本件発明1ないし6は明確でない。(以下「明確性要件の理由」という。)

ウ.実施可能要件の理由
(ア)「WPC処理」が具体的にどのような処理であり,どのように設定すれば「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したこと」ができるのか,当業者が理解できず,本件発明1ないし6を当業者が実施できない。(以下「WPC処理の実施可能要件の理由」という。)
(イ)「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したこと」ができるとしても,「被処理物が付着し難い」処理器具となっているのか確認する方法が不明である。(以下「付着の確認の実施可能要件の理由」といい,上記(ア)の理由とまとめて,「実施可能要件の理由」という。)

エ.サポート要件の理由
「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成」された処理器具やその表面処理方法が当業者に理解できない以上,本件発明1ないし6は,「被処理物が付着する」という課題を解決できると当業者が認識できるものではない。(以下「サポート要件の理由」という。)

3.不二機販申立人の申立理由の検討
(1)甲1の記載事項及び甲1発明
ア.甲1の記載事項
甲1には,以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は炊飯器用内釜に関するものである。」
「【0016】
実施の形態3.
図10はこの発明の実施の形態3の内釜容器を示す要部拡大断面図である。この実施の形態3では,図10に示すように,金属製内釜容器11の内側表面にまず多数の凸部18を一次加工し,これら凸部を含む内釜容器の内側表面全体にさらに微細な凹凸部19を二次加工している。これら微細な凹凸部19は30μ程度のきわめて微細なもので,内釜容器11の内側表面全体にいわゆる粗面を形成している。
【0017】
この実施の形態3によれば,内釜容器11内の飯粒は各凸部18,さらにはそれら表面に形成された微細な凹凸部19と接触することになり,両者の接触面積がさらに小さくなるから,飯粒は内釜容器11の内側表面に付着してしまことを防止できる。
【0018】
なお,これら微細な凹凸部19は,内側表面に凸部18を形成した内釜容器11に形成しているが,実施の形態2のような内側表面に凹部15を有する内釜容器11に実施できることはもちろんである。また,内側表面に凹凸部等の加工が一切されていない従来の内釜容器に微細な凹凸部19を直接形成するようにしてもよく,この場合は飯粒が微細な凹凸部と接触するから,内釜容器11の内側表面との接触面積が当然に小さくなり,内側表面への飯粒の付着するのを防止できる。そして,これら微細な凹凸部19は内釜容器の加工前に金属素材の表面にプレス加工,打ち出し,圧延加工等の方法により形成される他,内釜容器の加工後においてはショットブラスト,化学エッチング等の方法により形成される。」

イ.甲1発明
甲1の記載事項を整理すると,甲1には次の発明が記載されているということができる。
「飯粒と接触する金属製内釜容器11であって,
飯粒と接触する領域に,ショットブラストにより,
微細な凹凸部19であって,30μ程度のきわめて微細な凹凸部19を複数形成した金属製内釜容器11。」(以下「甲1発明」という。)

(2)甲3の記載事項及び甲3記載の技術的事項
ア.甲3の記載事項
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は電磁誘導炊飯器に用いられる電磁誘導用の炊飯器鍋およびその製造方法に関するものである。」
「【0012】
【課題を解決するための手段】本発明の電磁誘導用の鍋は,ステンレス層が内面を形成しており,この内面が電解研磨されたものであるか,あるいは表面粗さRzが4.5μm程度の粗さ度合に形成されたものであることを特徴とするものである。
【0013】このように,電解研磨されるか,表面粗さRzが4.5μm未満とされた鍋の内面は微視的な凹凸が小さく滑らかで平滑度が高く,それよりも凹凸が大きく激しいフッ素コーティング層の場合に比し離型性に優れ,ご飯は勿論,微細な汚れも付着しにくく,また付着しても水洗により簡単に洗い落とせて長期に清潔に保てる。」
「【0026】前記各場合の電磁誘導用の鍋を製造するのに,その内面を所定の表面粗さRzとするための表面処理工程は,種々の方法で行うことができる。例えば,砥粒を用いた機械研磨を行いながら,電解研磨を行う複合方法,砥粒を用いた機械研磨の後に電解研磨を行う二段階研磨方法,機械研磨を超精密に行って鏡面仕上げを行う機械研磨方法がある。・・・(後略)」

イ.甲3記載の技術的事項
甲3の記載事項を整理すると,甲3には次の技術的事項が記載されているということができる。
「電磁誘導炊飯器に用いられる電磁誘導用の炊飯器鍋に関して,内面を,砥粒を用いた機械研磨により,表面粗さRzが4.5μm程度の粗さ度合に形成すること。」(以下「甲3記載の技術的事項」という。)

(3)甲4の記載事項及び甲4記載の技術的事項
ア.甲4の記載事項
甲4には,以下の事項が記載されている。
「【0001】
この発明は,鋼製部材の表面における粉体の付着防止を図った粉体取扱装置に関する。」
「【0008】
この発明は,このような事情に鑑み,粉体が接触する鋼材表面に所定の凹凸を設けることにより,鋼材表面から粉体が剥離・滑落する性能を高めて鋼材表面への粉体の付着を防止することができるようにした粉体取扱装置を提供することを目的とする。」
「【0012】
また、この発明では、所定の凹凸を形成するのに研磨材を用いて鋼材表面(Sf)自体を加工処理するようにしているので、粉体取扱装置の鋼材表面に研磨処理により簡単かつ容易に所望の凹凸形状を得ることができる〔請求項3,6〕。さらに、この発明により所定の凹凸が表面に形成された鋼製部材は、種々の粉体取扱装置に適用することができ、特に、ホッパーシュートの粉体通流路内壁〔請求項4,7〕や、除鉄装置の異物吸着用棒磁石の外装材〔請求項5,8〕に好適に適用することができる。」

また,図6は,鋼材表面の凹凸形状例を表わす図であり,凹部の入口の幅が約20μm程度であることが示されている。

イ.甲4記載の技術的事項
甲4の記載事項を整理すると,甲4には次の技術的事項が記載されているということができる。
「鋼製部材の表面における粉体の付着防止を図った粉体取扱装置に関して,鋼材表面に研磨材を用いた研磨処理により凹凸を設け,凹部の入口の幅を約20μm程度とすること。」(以下「甲4記載の技術的事項」という。)


(4)甲7の記載事項及び甲7記載の技術的事項
ア.甲7の記載事項
甲7には,以下の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は,電子写真法,静電記録法,静電印刷法に用いられる画像形成方法に関する。」
「【0035】
(3)前記ディンプル形状の凹部の中で最長径が1?50μmの範囲にあってかつ深さが0.1?2.5μmの範囲にあるディンプル形状の凹部の個数が,前記円筒状電子写真感光体の最表面層の表面の10000μm^(2)あたり5?50個である(1)又は(2)に記載の画像形成方法。」
「【0059】
ただし,本発明で求めているような表面形状を得るには何等かの機械的粗面化法を用いることが有効である。数ある機械的粗面化法の中でも,上記ディンプル形状を形成する方法として,乾式のブラスト法と湿式のホーニング法が好ましい。更に,乾式のブラスト法を用いることが湿度条件に敏感な電子写真感光体を水等の溶媒に接触させることなく粗面化できるためより好ましい。」

イ.甲7記載の技術的事項
甲7の記載事項を整理すると,甲7には次の技術的事項が記載されているということができる。
「電子写真法,静電記録法,静電印刷法に用いられる画像形成方法に関して,円筒状電子写真感光体の最表面層の表面に,乾式のブラスト法により,最長径が1?50μmの範囲にあってかつ深さが0.1?2.5μmの範囲にあるディンプル形状の凹部を形成すること。」(以下「甲7記載の技術的事項」という。)


(5)甲8の記載事項及び甲8記載の技術的事項
ア.甲8の記載事項
甲8には,以下の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は,内燃機関等のシリンダに摺動自在に嵌挿されるピストンのスカートに関する。また,該ピストンのスカート等の摺動部に適した摺動部材に関する。」
「【0039】
実施例2では,実施例1のピストン100に対して,図4,図5に示すように,ピストンスカート部130の外周面に微小ディンプル140を形成するようにした。
図4では,隆起部132に形成した2つの微小溝132A,132Bの付近にのみ微小ディンプル140が形成されている様子を示しているが,これに限らず,条痕(溝)131の底部などにも微小ディンプル140を形成することができる。
【0040】
微小ディンプル140は,例えば,WPC処理により形成することができる。
WPC処理とは,「微粒子ピーニング」,「精密ショットピーニング」,「FPB(Fine Particle Bombarding)」などと称される表面処理で,金属製品の表面に,目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。かかるWPC処理においては,処理対象物の最表面で急熱・急冷が繰り返される一方で,材料表面の局所領域に多方向・多段・非同期の強加工が導入されることにより,微細で靭性に富む緻密な組織が形成され,高硬度化して表面を強化すると同時に,表面性状を微小ディンプルへ変化させることによって摩擦摩耗特性を向上させることができる。
【0041】
このため,この実施例2のように,ピストンスカート部130の外周面にWPC処理を施した場合には,上述した実施例1により奏せられる各種の作用効果を一層高いレベルで奏することができることに加え,WPC処理により形成される微小ディンプル140を,隆起部132に形成した2つの微小溝132A,132Bに形成することができるため,ピストンスカート部130の外周面とシリンダ内周面との間の摺動部付近に多数の微小油溜まりを形成することができるので,以って一層の初期馴染み性,耐摩耗性,耐スカッフ性等の改善を図ることができる。」
「【0044】
なお,微小ディンプル140のサイズとしては,径がφ数μm?φ100μm程度(好ましくは,φ30μm程度),深さで1?1.5μm程度とすることができる。」

イ.甲8記載の技術的事項
甲8の記載事項を整理すると,甲8には次の技術的事項が記載されているということができる。
「内燃機関等のシリンダに摺動自在に嵌挿されるピストンのスカートに関して,ピストンスカート部130の外周面に,WPC処理により,径がφ数μm?φ100μm程度(好ましくは,φ30μm程度),深さで1?1.5μm程度とする微小ディンプル140を形成すること。」

(6)乙4の記載事項
乙4の4ページには,以下の記載がある。
「3.3
ブラスト処理(abrasive blast-cleaning)
処理する鋼材表面に研削材を大きな運動エネルギーを与えて衝突させ,鋼材表面を細かく切削及び打撃することによって,鋼材表面の酸化物又は付着物を除去して鋼材表面を清浄化及び粗面化する方法。」

(7)乙5の記載事項
乙5の2ページには,以下の記載がある。
「3.1
ショットピーニング(shot peening)
ばねの表面層に球形に近い硬質粒子を高速度で打ち当てることによって,疲労強度及び耐応力腐食割れ性の向上を図る冷間加工法。表面に圧縮残留応力を与え,その表面を加工硬化させる。」

(8)本件発明1に対して甲1を主引用例とする進歩性
ア.本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明を対比すると,甲1発明の「飯粒」が本件発明1の「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物」に相当することは明らかであり,同様に,「金属製内釜容器11」が「金属製の処理器具」に相当する。
また,甲1発明の「ショットブラスト」と,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」は,「衝突による表面処理」という点で共通する。
そして,甲1発明の「微細な凹凸部19であって,30μ程度のきわめて微細な凹凸部19」と,本件発明1の「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」は,「陥没した凹部であって,入口の幅が30μmである微小凹部」という点で共通する。
したがって,本件発明1と甲1発明は,以下の点で一致及び相違する。

<一致点A>
「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具であって,
少なくとも被処理物と接触する領域に,衝突による表面処理により,
陥没した凹部であって,入口の幅が30μmである微小凹部を複数形成した処理器具。」

<相違点1>
衝突による表面処理が,本件発明1は「微粒子ピーニング処理」であるのに対して,甲1発明は「ショットブラスト」である点。

<相違点2>
複数の微少凹部が,本件発明1は「球面状」であって,「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μm」であるのに対して,甲1発明は球面状であるか不明であり,「30μ程度」である点。

イ.甲1に基づく進歩性の理由について
(ア)相違点1について検討すると,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」という記載は,上記第4の2.(1)ア.(エ)で説示するとおり,製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載に該当するが,本件発明1は「処理器具」という物の発明であるから,当該記載は,「微粒子ピーニング処理」の結果として得られる「処理器具」を特定する記載であると解される。そして,微粒子ピーニング処理後の処理器具には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在し,凹部や凸部の位置や形状は不規則であることが認められる。
(イ)これに対して,甲1発明のショットブラストは,いわゆるブラスト処理(上記(6)の乙4)に相当するものであり,被加工物の表面を切削及び打撃することで表面の酸化物又は付着物を除去するものであるから,塑性加工を行う微粒子ピーニング処理とは異なるものである。そのため,甲1発明のショットブラスト処理後の被加工物には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在するとはいえない。
また,甲1には,ショットブラスト処理に替えて,微粒子ピーニング処理のような塑性加工処理を行うことについて,記載や示唆はないし,甲1発明に微粒子ピーニング処理を適用する動機もないから,相違点1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(ウ)したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえないから,不二機販申立人による甲1に基づく進歩性の理由(上記2.(1)ア.(ア)の特許異議申立理由)によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。

ウ.甲1及び8に基づく進歩性の理由について
(ア)相違点1を検討するため,甲8記載の技術的事項(上記(5)イ.)を参照すると,「WPC処理」,すなわち本件発明1の微粒子ピーニング処理に相当する処理について開示されているが,その処理の対象は,内燃機関等のシリンダに摺動自在に嵌挿されるピストンのスカート部である。
(イ)これに対して,甲1発明のショットブラストの対象は,金属製内釜容器であり,甲8記載の技術的事項のピストンのスカート部とは,技術分野が全く異なるから,甲1発明及び甲8記載の技術的事項に接した当業者が,甲1発明のショットブラストに替えて,甲8記載の技術的事項のWPC処理を適用する動機があるとはいえない。
したがって,相違点1は,甲1発明及び甲8記載の技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(ウ)また,相違点2についても一応検討すると,甲8記載の技術的事項は,「径がφ数μm?φ100μm程度(好ましくは,φ30μm程度),深さで1?1.5μm程度とする微小ディンプル140」の開示があり,本件発明1の微少凹部と同様の凹部が示されているが,当該凹部は,微小油溜まりを形成するためのものである(上記(5)ア.の【0041】)。
(エ)これに対して,甲1発明の凹凸部19は,飯粒との接触面積を小さくするためのもの(上記(1)ア.の【0017】)であり,甲1発明の凹凸部19と,甲8記載の技術的事項の微小ディンプル140は,機能や用途が全く異なるから,甲1発明及び甲8記載の技術的事項に接した当業者が,甲1発明の凹凸部19について,甲8記載の技術的事項を適用する動機があるとはいえない。
したがって,相違点2は,甲1発明及び甲8記載の技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(オ)以上のとおりであるから,不二機販申立人による甲1及び8に基づく進歩性の理由(上記2.(1)ア.(イ)の特許異議申立理由)によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。

エ.甲1,4及び7に基づく進歩性の理由について
(ア)相違点1を検討するため,甲4記載の技術的事項を参照すると,甲4記載の技術的事項は,研磨材を用いた研磨処理により凹凸を形成することであるが,当該研磨処理は塑性加工を行う微粒子ピーニング処理とは異なるものである。
また,甲7記載の技術的事項は,ディンプル形状の凹部を,乾式のブラスト法により形成することが開示されているが,当該ブラスト法は,いわゆるブラスト処理(上記(6)の乙4)に相当するものであり,塑性加工を行う微粒子ピーニング処理とは異なるものである。
そのため,甲4記載の技術的事項の研磨処理後の被加工物や,甲7記載の技術的事項の乾式のブラスト法の処理後の被加工物には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在するとはいえないから,相違点1は,甲1発明並びに甲4及び7に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(イ)したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明並びに甲4及び7に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえないから,不二機販申立人による甲1,4及び7に基づく進歩性の理由(上記2.(1)ア.(ウ)の特許異議申立理由)によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。

オ.甲1ないし8に基づく進歩性の理由
(ア)相違点1が,甲1発明並びに甲4,7及び8に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえないことは,上記イ.ないしエ.に説示するとおりである。
(イ)甲3記載の技術的事項を参照すると,電磁誘導用の炊飯器鍋の内面を,砥粒を用いた機械研磨により,表面粗さRzが4.5μm程度の粗さ度合に形成することが示されているが,当該機械研磨が塑性加工でないことは明らかであって,当該機械研磨後の被加工物には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在するとはいえない。
(ウ)また,他の甲2,5,6には,微粒子ピーニング処理により凹部を形成することについて,記載や示唆はないから,相違点1は,甲1発明及び甲2ないし8に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえない。
(エ)したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明及び甲2ないし8に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえないから,不二機販申立人による甲1ないし8に基づく進歩性の理由(上記2.(1)ア.(エ)の特許異議申立理由)によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。

(9)甲2ないし8に基づく進歩性の理由
ア.甲2ないし6について
甲2ないし6を参照すると,甲2は「米飯成形機の構成部品における米飯付着防止機構」に係る文献であり,甲3は「電磁誘導用の炊飯器鍋およびその製造方法」に係る文献であり,甲4は「粉体取扱装置用鋼製部材及び粉体取扱装置」に係る文献であり,甲5は「収容マス及び錠剤分割装置」に係る文献であり,甲6は「散薬包装装置の散薬接触部材およびその製造方法」に係る文献である。

イ.「微粒子ピーニング処理」の容易想到性について
本件発明1の「微粒子ピーニング処理」に相当する処理は,甲8記載の技術的事項のみに開示されているところ,甲2ないし6の技術分野と,甲8記載の技術的事項の技術分野は全く異なるから,当業者が,甲2ないし6に記載された発明に甲8記載の技術的事項を適用する動機がない。

ウ.小活
したがって,本件発明1は,甲2ないし8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとはいえないから,不二機販申立人による甲2ないし8に基づく進歩性の理由(上記2.(1)イ.の特許異議申立理由)によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできない。

(10)本件発明2ないし6に対する進歩性の理由
ア.本件発明2ないし5について
本件発明2ないし5は,いずれも本件発明1を直接又は間接に引用するものであり,本件発明1の発明特定事項を全て含んでいるところ,上記(8)及び(9)に説示するとおり,不二機販申立人による特許異議申立理由によって,本件発明1に係る特許を取り消すことはできないから,本件発明2ないし5に係る特許を取り消すことはできない。

イ.本件発明6について
本件発明6は,本件発明1と同様に,「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具」に対して,「微粒子ピーニング処理」を行うという発明特定事項を含んでおり,上記(8)及び(9)に説示するとおり,当該事項は,不二機販申立人による特許異議申立理由によっては,当業者が容易に想到できたものとはいえないから,不二機販申立人による特許異議申立理由によって,本件発明6に係る特許を取り消すことはできない。

4.寺田申立人の申立理由の検討
(1)先願明細書の記載事項及び先願発明
ア.先願明細書の記載事項
先願明細書(特開2016-188418号公報)には,以下の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は,粉粒体接触部材およびその製造方法に関し,さらに詳しくは,たとえば食品生産設備などにおいて,粉粒体からなる食品の搬送,計量,または包装等の設備などにおいて,粉粒体が接触する部分に用いられる部材と,およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
粉粒体を搬送するための搬送装置や,所定の容積や重量に計量して分配するための計量分配装置,または袋や容器に充填するための充填装置など,粉粒体としてたとえば調味料などの食品を取り扱う食品生産設備においては,粉粒体が接触する部材に付着することに起因して滞留したり,計量した通りの粉粒体を分配できず,充填量にばらつきが生じることとなる。」
「【0019】
この実施の形態で取り扱う粉粒体Sとして,例えば調味料などの食品を挙げることができる。また,このような食品からなる粉粒体Sを取り扱う際に接触することとなる接触部材1として,この実施の形態ではステンレス鋼が用いられる。図1に示した実施例の場合,粉粒体単体または凝集した粉粒体(これらの総称して,単に粉粒体という)Sの大きさ(粒度)は,20μm?250μmの範囲で分布している。すなわち,粉粒体Sの最小の大きさは20μmである。そして,粉粒体Sとして,たとえば後述するSaの粒子径の累積比率の中央値(後述する)が308μmである場合に,中央値の20%の大きさは,61.6μmとなる。そのため,本実施の形態における粉粒体接触部材1では,粉粒体Sが接触する表面に複数形成される凹部2のピッチPを,基本的に図3に示すように中央値の20%以下の大きさである60μm?12μmに設定している。また,形成する凹部2の開口部の大きさを粉粒体Sの最小の大きさ以下である10μm(NO.1?5)と20μm(NO.6?10)との2種類の開口部の大きさに設定している。さらに,図3に拡大図として電子顕微鏡写真で示したように,凹部2は,互いに隣接する列と列方向に半ピッチずれるように配設されている。そして,本発明においては,粉粒体接触部材1に形成される凹部2は,レーザ加工により個々に独立して形成されており,図4に従来技術として示したように研磨材を用いたバフ研磨やF研磨の場合に形成される細溝状の凹凸とは異なっている。
【0020】
なお,本発明の粉粒体接触部材1は,レーザ加工により表面に凹部2が形成されたものに限定されることはなく,形成する凹部2の開口部の大きさLやピッチPなどに応じて,例えばエッチングや切削加工により表面に個々に独立した凹部が形成されたものを含むことができる。ただし,レーザ加工を用いる場合には,エッチングや切削加工と比較して精度よく微細な凹部2を容易に形成することができる。」
「【0024】
また,図9に示されたアスペクト比は,凹部2の開口部の対向する位置における長さLと,凹部2の表面から底までの深さの比をいう。凹部の開口部の対向する位置における長さとは,開口部の形状が円形の場合には径であり,開口部の形状が矩形の場合には幅となる。凹部2の深さが,開口部の大きさの値よりも深くなると,アスペクト比が1を超え,開口部の大きさの値よりも浅くなると,アスペクト比が1を下回ることとなる。」

イ.先願発明
先願明細書の記載事項を整理すると,先願明細書には次の発明が記載されているということができる。
「粉粒体Sとしてたとえば調味料などの食品と接触するステンレス鋼の接触部材1であって,
粉粒体Sが接触する表面に,レーザ加工,エッチングや切削加工により,
開口部の大きさが10μm又は20μmである凹部2を複数形成したステンレス鋼の接触部材1。」

(2)本件発明1ないし6に対する拡大先願の理由
ア.本件発明1と先願発明の対比
本件発明1と先願発明を対比すると,先願発明の「粉粒体Sとしてたとえば調味料などの食品」が本件発明1の「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物」に相当することは明らかであり,以下同様に,「ステンレス鋼の接触部材1」が「金属製の処理器具」に相当し,「粉粒体Sが接触する表面」が「少なくとも被処理物と接触する領域」に相当する。
また,先願発明の「レーザ加工,エッチングや切削加工」と,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」は,「表面加工処理」という点で共通する。
そして,先願発明の「開口部の大きさが10μm又は20μmである凹部2」と,本件発明1の「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部」は,「陥没した凹部であって,入口の幅が10?30μmである微小凹部」という点で共通する。
したがって,本件発明1と先願発明は,以下の点で一致及び相違する。

<一致点B>
「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具であって,
少なくとも被処理物と接触する領域に,表面加工処理により,
陥没した凹部であって,入口の幅が10?30μmである微小凹部を複数形成した処理器具。」

<相違点3>
表面加工処理が,本件発明1は「微粒子ピーニング処理」であるのに対して,先願発明は「レーザ加工,エッチングや切削加工」である点。

<相違点4>
複数の微少凹部が,本件発明1は「球面状」であって,「入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μm」であるのに対して,先願発明は球面状であるか不明であり,「開口部の大きさが10μm又は20μm」である点。

イ.相違点の検討
(ア)相違点1について検討すると,上記3.(8)イ.(ア)で説示したとおり,本件発明1の「微粒子ピーニング処理」という記載は,「微粒子ピーニング処理」の結果として得られる「処理器具」を特定するものであり,微粒子ピーニング処理後の処理器具には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在し,凹部や凸部の位置や形状は不規則であることが認められる。
(イ)これに対して,先願発明のレーザ加工,エッチング又は切削加工は,いずれも表面除去加工であって塑性加工でないことが明らかであり,それらの加工後の被加工物には,塑性加工により生じる凹部や凸部の構造が存在するとはいえない。
また,先願明細書には,微粒子ピーニング処理のような塑性加工処理を行うことについて,記載や示唆はない。
(ウ)したがって,本件発明1は,先願明細書に記載された発明と同一であるということができない。

ウ.本件発明2ないし5について
本件発明2ないし5は,いずれも本件発明1を直接又は間接に引用するものであり,本件発明1の発明特定事項を全て含んでいるところ,上記イ.に説示するとおり,本件発明1は,先願明細書に記載された発明と同一であるということができないから,本件発明2ないし5は,先願明細書に記載された発明と同一であるということができない。

エ.本件発明6について
本件発明6は,本件発明1と同様に,「微粒子ピーニング処理」という発明特定事項を含んでおり,上記イ.に説示するとおり,当該事項が先願明細書に記載されているとはいえないから,本件発明6は,先願明細書に記載された発明と同一であるということができない。

オ.小活
以上のとおりであるから,寺田申立人による本件発明1ないし6に対する拡大先願の理由(上記2.(2)ア.の特許異議申立理由)によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

(3)明確性要件の理由
一般に,「粉」は「砕けてこまかくなったもの。すりつぶしてこまかくしたもの。」(広辞苑第六版)を意味するから,「粉状」は,砕けてこまかくなった状態や,すりつぶしてこまかくした状態を意味するといえる。
また,「粒」は「まるくて小さいもの。」(広辞苑第六版)を意味するから,「粒状」は,まるくて小さい状態を意味するといえる。
また,「ペースト」は,「材料をすりつぶし,柔らかく滑らかな状態に仕上げた食品。」を意味するから,「ペースト状」は,材料をすりつぶし,柔らかく滑らかな状態を意味するといえる。
さらに「被処理物」が,何らかの処理や加工が行われる物質を意味することは明らかである。
したがって,本件発明1及び6の「粉状,粒状或いはペースト状の物質である被処理物」の意味は明確である。
そして,「金属製の処理器具」について,本件発明1及び6には,「被処理物と接触する金属製の処理器具」と記載されているから,被処理物と接触する器具であり,金属製であることを意味することは明らかである。
したがって,本件発明1及び6の「金属製の処理器具」の意味は明確である。
以上から,寺田申立人による明確性要件の理由(上記2.(2)イ.の特許異議申立理由)によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

(4)実施可能要件の理由
ア.WPC処理の実施可能要件の理由
(ア)本件発明1ないし6に「微粒子ピーニング処理」が記載されているところ,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書の段落【0019】の記載を参照すれば,「微粒子ピーニング処理」と「WPC処理」は,「金属製品の表面に,目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理」を意味する用語として,同じ意味であると理解できる。
(イ)そして,WPC処理について,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書の段落【0028】ないし【0032】には,以下のとおり記載されている。
「【0028】
なお,WPC処理としては,例えば,特許第5341971号に記載されている金属製品の熱処理方法(WPC処理)を適用することができる。
具体的には,下記のような噴射装置からショット(微小粒径サイズの小さい玉)を噴射してWPC処理対象に衝突させることにより行う。
【0029】
〔噴射装置〕
本発明に係るWPC処理は,既知のブラスト装置によりショットを噴射して金属製品の表面に衝突させる。
【0030】
例えば,空気式のブラスト装置としては各種の型式のものを使用することができるが,例えばショットの投入されたタンク内に圧縮空気を供給し,該圧縮空気により搬送されたショットを別途与えられた圧縮空気の空気流に乗せてブラストガンより噴射する直圧式のブラスト装置,タンクから落下したショットを圧縮空気に乗せて噴射する重力式のブラスト装置,圧縮空気の噴射により生じた負圧によりショットを吸引して圧縮空気と共に噴射するサクション式のブラスト装置等の各種のブラスト装置を使用することができる。
【0031】
〔ショット〕
本発明において使用されるショットは,WPC処理対象の金属製品に対し同等以上の硬度を有し,JIS研磨材粒度が♯100?♯800(平均粒径:149μm?200μm)の範囲で目的に応じて近似粒度3種以上を混合したビーズ(アルミナシリカビーズ,ハイスビーズなど)を使用する。近似粒度とは,上記範囲内の粒度を言う。
【0032】
上記のような噴射装置により,ショット(群)を圧縮空気と混合し,噴射圧力0.3?0.6MPa,噴射速度100?200m/秒,噴射距離100mm?250mmで,0.1?1秒の間欠噴射をする。すなわち,0,1?1秒の噴射を,好ましくは,0.5秒?5秒の間隔をおいて反復噴射して,WPC処理対象(加工用器具,処理器具)の表面に,直径φ5?φ100μm程度(好ましくは,φ10?30μm程度),深さで0.5?3μm(好ましくは,1?2μm程度)の無数の微小ディンプル(球面状に陥没した無数の微小凹部)を形成する。」
(ウ)上記に示すとおり,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には,WPC処理について,微粒子として,JIS研磨材粒度が♯100?♯800(平均粒径:149μm?200μm)の範囲でアルミナシリカビーズ,ハイスビーズを用いること,圧縮性の気体として,圧縮空気を噴射圧力0.3?0.6MPa,噴射速度100?200m/秒,噴射距離100mm?250mmで,0.1?1秒の間欠噴射をすること,などが明確に記載されているから,WPC処理について,当業者が実施できる程度に記載されている。
(エ)したがって,寺田申立人によるWPC処理の実施可能要件の理由(上記2.(2)ウ.(ア)の特許異議申立理由)によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

イ.付着の確認の実施可能要件の理由
(ア)本件発明1及び6の「微粒子ピーニング処理」により,処理器具には,微少な凹部や凸部が形成される(上記第4の2(1)ア.(イ))が,当該微少な凹部や凸部により,被処理物が付着し難くなることについて,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には,以下のとおり記載されている。
「【0023】
すなわち,WPC処理により加工用器具(処理器具)の表面に微小ディンプルを形成すると,粉状,粒状或いはペースト状等の被加工物(被処理物)は,加工用器具(処理器具)の表面に形成された凸部とまず接触し凹部は被加工物から離れるような状態となるため,全体としての接触面積が減るため付着力が小さくなり,以って被加工物(被処理物)は加工器具(処理器具)の表面に付着し難くなるといった作用効果(特性)があるという知見を得た。」
(イ)上記の記載に接した当業者は,微粒子ピーニング処理で形成された微少な凹部や凸部により,被処理物と処理器具の接触面積が減少することで,被処理物が処理器具の表面に付着し難くなるという機序(仕組み)を理解できる。
そして,当該機序は,被処理物と処理器具の接触面積が減少することにより生じるのであるから,微少な凹部や凸部がなく,被処理物との接触面積が大きい処理器具と比較すれば,微少な凹部や凸部が形成された処理器具について,被加工物が付着し難くなるという作用効果が得られることは明らかである。
(ウ)したがって,寺田申立人による付着の確認の実施可能要件の理由(上記2.(2)ウ.(イ)の特許異議申立理由)によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。

(5)サポート要件の理由
上記(4)ア.に説示するとおり,本件特許に係る出願の願書に添付した明細書には,WPC処理(微粒子ピーニング処理)について,当業者が実施できる程度に記載されており,当該WPC処理により,「球面状に陥没した凹部であって,入口径がφ10?φ30μm,深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成」することが記載されている。さらに,上記(4)イ.に説示するとおり,当業者は,WPC処理で形成された微少な凹部や凸部によって,被加工物が付着し難くなるという作用効果が得られ,本件発明の課題が解決されると認識するから,寺田申立人によるサポート要件の理由(上記2.(2)エ.の特許異議申立理由)によって,本件発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。


第6 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
処理器具及びその表面処理方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品等の被処理物の加工等の各種の処理に供せられる処理器具に関し、より詳しくは食品加工や食品生産ライン等において被処理物に接触して利用される金属製の処理器具に関する。
【背景技術】
【0002】
粉状、粒状或いはペースト状の薬品、食品、インスタントコーヒーなどの嗜好品などの加工(生産)ラインなどにおいては、例えば、粉状、粒状或いはペースト状の物質(薬、食材など。以下、被加工物、被処理物とも称する)をホッパーに貯留しておいて、粉状或いは粒状の物質をホッパーから取り出して秤量(所定量に調量)しつつ下流工程にて他の物質と混合したり、或いは袋詰めしたりするなどの各種の処理が行われている。
【0003】
しかしながら、被加工物によっては相互に或いは接触している部分(ホッパー内壁など)に付着し易いものがあり、このような付着し易い被加工物の場合、例えば、ホッパー内にて貯留されている被加工物の内側が空洞となる現象(いわゆるアーチング現象)が生じるなどして、ホッパー内下方にあるスクリュウコンベア等へ被加工物が供給されなくなり、下流工程への被加工物の供給搬送に支障を来たすといった問題があった。
【0004】
このようなことから、従来は、ホッパー内に撹拌手段を設ける必要があったり、ホッパー内壁に被加工物が付着してアーチ状に成長してしまわないように、ホッパー内壁面にテフロン(登録商標)コーティング等を施して被加工物が付着し難くするようなことなどが行われてきた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平06-273318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、ホッパー内に撹拌手段を設ける場合には設備が高度化・複雑化してコストが増大すると共に振動騒音等の問題があると共に、軸受など部品要素が増えることから異物が被加工物(被処理物)に混入するおそれが高まるといった実情がある。
【0007】
また、特許文献1に記載されているように、ホッパーの内壁等にテフロンコーティングを施す場合には、ホッパーの母材である金属材料の表面に、母材とは異なる物質を成膜することになるため、なんらかの衝撃や劣化等によって、コーティング層が母材から剥離してしまって被加工物に混入してしまうことが懸念され、このような剥離等の心配のない技術が求められているといった実情がある。
【0008】
本発明は、かかる実情に鑑みなされたもので、比較的簡単かつ低コストな構成でありながら、剥離等による異物の混入のおそれがなく、被処理物が付着し難い処理器具及びその表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このため、本発明に係る処理器具は、
粉状、粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具であって、
少なくとも被処理物と接触する領域に、微粒子ピーニング処理により、
球面状に陥没した凹部であって、入口径がφ10?φ30μm、深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したことを特徴とする。
【0011】
本発明において、前記処理器具が、被処理物を収容するホッパーであることを特徴とすることができる。
【0012】
本発明において、前記処理器具が、被処理物を滑落させるシュートであることを特徴とすることができる。
【0013】
本発明において、前記処理器具が、フライパン或いは鍋であることを特徴とすることができる。
【0014】
本発明において、前記被処理物が、食品或いは薬品であることを特徴とすることができる。
本発明に係る処理器具の表面処理方法は、
粉状、粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具の表面処理方法であって、
少なくとも被処理物と接触する領域に、微粒子ピーニング処理により、
球面状に陥没した凹部であって、入口径がφ10?φ30μm、深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、比較的簡単かつ低コストな構成でありながら、剥離等による異物の混入のおそれがなく、被処理物が付着し難い処理器具及びその表面処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例1に係る処理器具(被処理物を上方開口から搬入して一時的に収容しつつ下方開口から搬出するホッパー)の一例の全体構成を示す断面図である。
【図2】微粒子ピーニング処理により金属製品に形成される複数の微小ディンプル(微小凹部)の一例を概略的に示す斜視図である。
【図3】本発明の実施例2に係る処理器具(シュート)の一例の全体構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
本実施の形態の実施例1に係る加工器具(処理器具)(処理:加工以外の搬送、収容、滑落等を含む概念)の一例としては、図1に示すように、例えば、粉状、粒状或いはペースト状の物質(被加工物、被処理物)を収容する容器であるホッパー1の収容部10の内周面11に、テフロンコーティング等に代えて、WPC処理(登録商標)(以下、同様である。)を行い微小ディンプル(球面状に陥没した無数の微小凹部、微小凹凸)を形成する(図2参照)。なお、ホッパー1は、被加工物(被処理物)を上方開口から搬入して一時的に貯留しつつ下方開口から搬出する器具(処理・器具)である。
【0019】
ここで、WPC(Wide Peening and Cleaning)処理とは、「微粒子ピーニング」、「精密ショットピーニング」、「FPB(Fine Particle Bombarding)」などと称される表面処理で、金属製品の表面に、目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。
【0020】
WPC処理においては、WPC処理対象物の最表面で急熱・急冷が繰り返される一方で、材料表面の局所領域に多方向・多段・非同期の強加工が導入されることにより、微細で靭性に富む緻密な組織が形成され、高硬度化して表面を強化すると同時に、表面性状を微小ディンプルへ変化させることによって摩擦摩耗特性を向上させることができる、という作用効果が従来より知られている。
【0021】
また、例えば、摺動部(カム、カムフォロワ-、歯車の歯面、内燃機関のピストンスカート部の外周面など)にWPC処理を施すことで、このWPC処理により形成される微小ディンプルが多数の微小油溜まりとしての機能を奏することができるので、初期馴染み性、耐摩耗性、耐スカッフ性等の改善を図ることができる、といった作用効果が従来より知られている。
【0022】
これに対して、今般、本発明者等は、種々の実験研究・試行を通じて、WPC処理により金属表面に微小ディンプルを形成すると、上述したような従来知られていたWPC処理による奏せられる作用効果とは異質で顕著な作用効果があるという知見を得た。
【0023】
すなわち、WPC処理により加工用器具(処理器具)の表面に微小ディンプルを形成すると、粉状、粒状或いはペースト状等の被加工物(被処理物)は、加工用器具(処理器具)の表面に形成された凸部とまず接触し凹部は被加工物から離れるような状態となるため、全体としての接触面積が減るため付着力が小さくなり、以って被加工物(被処理物)は加工器具(処理器具)の表面に付着し難くなるといった作用効果(特性)があるという知見を得た。
【0024】
また、被加工物(被処理物)が加工用器具(処理器具)の表面に付着したとしても、被加工物(被処理物)同士が付着しあって内側へ向かって成長(長さ方向への成長)及び横方向へ成長(太さ方向への成長)しようとしても、凸部の周囲には凹部があるため、加工用器具(処理器具)の表面の横方向への成長(太さ方向への成長)が難しくなると同時に、それゆえに、被加工物(被処理物)が付着して長さ方向に成長しようとしても重量を支え切れなくなって脱落することとなって付着物の成長を抑制することができる、といった作用効果(特性)、延いては、アーチ状に成長して内側が空洞となるといった現象(いわゆるアーチング現象)が発生し難くなる、といった作用効果(特性)があるという知見を得た。
【0025】
本発明者等は、かかる知見に基づいて、被加工物(被処理物)が接触する加工用器具(処理器具)の表面に微小ディンプル(微小凹部、微小凹凸)を形成することで、被加工物(被処理物)が付着し難くして、従来におけるテフロンコーティング層等の脱落による異物混入等の問題を回避しながら、加工ライン或いは生産ラインの他、家庭用調理等における被加工物(被処理物)の加工用器具(処理器具)への付着の問題を解消できるようにした。
【0026】
このため、実施例1では、図1に示すような金属製ホッパー1の被加工物(被処理物)が接触する収容部10の内周面11に、WPC処理により、微小ディンプル(微小凹部)を多数形成した(図2参照)。
【0027】
なお、実施例1において、図2に示す微小ディンプル(微小凹部)100のサイズとしては、入口径φ5?φ100μm程度(好ましくは、φ10?30μm程度)、深さで0.5?3μm(好ましくは、1?2μm程度)とすることができる。
【0028】
なお、WPC処理としては、例えば、特許第5341971号に記載されている金属製品の熱処理方法(WPC処理)を適用することができる。
具体的には、下記のような噴射装置からショット(微小粒径サイズの小さい玉)を噴射してWPC処理対象に衝突させることにより行う。
【0029】
〔噴射装置〕
本発明に係るWPC処理は、既知のブラスト装置によりショットを噴射して金属製品の表面に衝突させる。
【0030】
例えば、空気式のブラスト装置としては各種の型式のものを使用することができるが,例えばショットの投入されたタンク内に圧縮空気を供給し,該圧縮空気により搬送されたショットを別途与えられた圧縮空気の空気流に乗せてブラストガンより噴射する直圧式のブラスト装置,タンクから落下したショットを圧縮空気に乗せて噴射する重力式のブラスト装置,圧縮空気の噴射により生じた負圧によりショットを吸引して圧縮空気と共に噴射するサクション式のブラスト装置等の各種のブラスト装置を使用することができる。
【0031】
〔ショット〕
本発明において使用されるショットは、WPC処理対象の金属製品に対し同等以上の硬度を有し、JIS研磨材粒度が♯100?♯800(平均粒径:149μm?200μm)の範囲で目的に応じて近似粒度3種以上を混合したビーズ(アルミナシリカビーズ、ハイスビーズなど)を使用する。近似粒度とは,上記範囲内の粒度を言う。
【0032】
上記のような噴射装置により、ショット(群)を圧縮空気と混合し、噴射圧力0.3?0.6MPa、噴射速度100?200m/秒、噴射距離100mm?250mmで、0.1?1秒の間欠噴射をする。すなわち、0、1?1秒の噴射を、好ましくは、0.5秒?5秒の間隔をおいて反復噴射して、WPC処理対象(加工用器具、処理器具)の表面に、直径φ5?φ100μm程度(好ましくは、φ10?30μm程度)、深さで0.5?3μm(好ましくは、1?2μm程度)の無数の微小ディンプル(球面状に陥没した無数の微小凹部)を形成する。
【0033】
このようなWPC処理により、食品等の加工或いは生産ラインにおいて被加工物(被処理物)を貯留するホッパー1の内周面11(被加工物(被処理物)と接触する領域)に微小ディンプルを形成することで、ホッパー1の内周面に被加工物(被処理物)が付着することを抑制することができる。
【0034】
従って、従来のようにホッパー1の内周面11に被加工物(被処理物)が付着してしまうことで、下流工程への被加工物の供給不良等の発生を抑制することができる。また、従来のようなテフロンコーティングのようなコーティング層がないため、剥離等による異物混入などの発生のおそれを回避することができる。
【0035】
なお、ホッパー1に限らず、例えばホッパー1の下部に設置されて被加工物を下流工程へと搬送するスクリュウコンベアのスクリュウ表面(被加工物と接触する領域)にWPC処理により微小凹部(微小凹凸)を形成することで、被加工物が付着することを抑制することができ、下流工程への搬送不良等を抑制することができる。
【0036】
また、例えば、図3に示すように、スクリュウコンベア等により搬送された被加工物を計量装置等へ滑落させるためのシュート20(滑り台状の要素)などの表面(被加工物と接触する領域)21にWPC処理により微小凹部(微小凹凸)を形成することで、被加工物が付着することを抑制することができる。
【0037】
すなわち、実施例1によれば、食品等の加工或いは生産ラインにおいて被加工物(被処理物)と接触する加工用器具(処理器具)の表面(被加工物(被処理物)と接触する領域)に微小ディンプルを形成することで、テフロンコーティング層等の剥離等による異物混入などの発生のおそれを回避しながら、被加工物(被処理物)が加工器具に付着することを抑制することができ、下流工程への被加工物(被処理物)の供給不良等の発生を抑制することができ、生産能率の向上に貢献することができる。
【0038】
なお、ホッパー等の生産ライン用加工用器具(処理器具)は、鉄、アルミ、チタン等の金属製(合金製)とすることができ、鉄の場合には、スチール(SS400など)のほか、ステンレス製とすることができ、特に非磁性のオーステナイト系のステンレス(SUS303、304、316など)とすることができる。
【実施例2】
【0039】
実施例1では、食品等の加工或いは生産ラインに利用されている加工用器具(処理器具)を対象としたが、実施例2では、家庭用の加工用器具(処理器具、調理器具)に適用した場合の一例を示す。
【0040】
実施例2では、例えば、鍋やフライパン(アルミ、鉄、ステンレス、チタン製など)の調理面(内周面)に、WPC処理により、直径φ5?φ100μm程度(好ましくは、φ10?30μm程度)、深さで0.5?3μm(好ましくは、1?2μm程度)の無数の微小ディンプル(球面状に陥没した無数の微小凹部)を形成する。WPC処理方法としては、実施例1と同様とすることができる。
【0041】
実施例2によれば、テフロンコーティング層等の剥離等による異物混入などの発生を回避しながら、鍋やフライパン等に食品等が付着することが抑制することができ、以って焦げ付きなどを抑制することができ、延いては洗いが楽になると共に鍋やフライパン等を清潔に保つことができる。
【0042】
上述した本実施の形態では、実施例1にて本発明に係る処理器具としてホッパー、スクリュウコンベア、シュートを例示し、実施例2にて本発明に係る処理器具としてフライパン、鍋等を例示して説明したが、本発明に係る処理器具はこれらに限定されるものではなく、計量カップ、シャッター、搬送コンベア、運搬用コンテナ、運搬用バケット等の他、加工、搬送、滑落、調理、計量等の各種の処理を行う際に、被処理物が処理器具に付着することが好ましくないとされるすべての処理器具に適用できるものである。
【0043】
本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【符号の説明】
【0044】
1 ホッパー
10 収容部
11 内周面(被処理物と接触する領域)
20 シュート
21 表面(被処理物と接触する領域)
100 微小ディンプル(球面状に陥没した凹部)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉状、粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具であって、
少なくとも被処理物と接触する領域に、微粒子ピーニング処理により、
球面状に陥没した凹部であって、入口径がφ10?φ30μm、深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成したことを特徴とする処理器具。
【請求項2】
前記処理器具が、被処理物を収容するホッパーであることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。
【請求項3】
前記処理器具が、被処理物を滑落させるシュートであることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。
【請求項4】
前記処理器具が、フライパン或いは鍋であることを特徴とする請求項1に記載の処理器具。
【請求項5】
前記被処理物が、食品或いは薬品であることを特徴とする請求項1?請求項4の何れか1つに記載の処理器具。
【請求項6】
粉状、粒状或いはペースト状の物質である被処理物と接触する金属製の処理器具の表面処理方法であって、
少なくとも被処理物と接触する領域に、微粒子ピーニング処理により、
球面状に陥没した凹部であって、入口径がφ10?φ30μm、深さが0.5?3μmである微小凹部を複数形成することを特徴とする処理器具の表面処理方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-06-11 
出願番号 特願2016-102187(P2016-102187)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (B24C)
P 1 651・ 161- YAA (B24C)
P 1 651・ 121- YAA (B24C)
P 1 651・ 537- YAA (B24C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 須中 栄治  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 青木 良憲
刈間 宏信
登録日 2018-10-12 
登録番号 特許第6416151号(P6416151)
権利者 株式会社フリクション 株式会社不二WPC
発明の名称 処理器具及びその表面処理方法  
代理人 提中 清彦  
代理人 提中 清彦  
代理人 提中 清彦  

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