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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A01C
管理番号 1364930
異議申立番号 異議2020-700208  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-03-25 
確定日 2020-07-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6588059号発明「稲種子被覆剤の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6588059号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6588059号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成29年8月16日に出願され、令和1年9月20日にその特許権の設定登録がされ、令和1年10月9日に特許掲載公報が発行された。その後、令和2年3月25日に特許異議申立人 安藤 宏(以下「申立人」という。)より、請求項1ないし3に係る特許に対して特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件発明
特許第6588059号の請求項1ないし3の特許に係る発明(以下、「本件発明1」などといい、本件発明1ないし3をまとめて「本件発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

1 本件発明1
「【請求項1】
白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤の製造方法であって、
白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とし、磁力選別、粉砕、篩分を行うことによって前記稲種子被覆剤を製造する稲種子被覆剤の製造方法。」

2 本件発明2
「【請求項2】
前記鉄粉は、高炉水砕メタルを原料とする請求項1に記載の稲種子被覆剤の製造方法。」

3 本件発明3
「【請求項3】
前記鉄粉に含まれる炭素成分は全体の2.6%以上である請求項1または2に記載の稲種子被覆剤の製造方法。」


第3 申立理由の概要
申立人が申立書において主張する申立理由の要旨は、次のとおりである。

1(委任省令違反)
本件発明1ないし3は、稲種子被覆剤の製造方法に係る発明であって、 「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を原料として使用することを発明特定事項としている。
しかし、本件特許明細書には、実施例2の種子被覆剤を金属顕微鏡で観察した際に白銑金属組織が観察されたことが記載されているのみで、他の実施例、すなわち実施例1および3?7については、白銑金属組織の有無が記載されていない(段落[0017]?[0018]、図2)。
また、比較例1についても、「層状パーライトが主体であり、還元鉄粉が用いられているものと考えられる」と記載されているのみであり、白銑金属組織の有無は記載されていない。なお、層状パーライトが「主体」であるということのみでは、層状パーライト以外の残部に白銑金属組織が存在するか否かを一義的に判断することはできず、また、図3の写真からも白銑金属組織が全く存在しないことは確認できないから、比較例1の鉄粉における白銑金属組織の有無は不明であるといえる。
上記の通り、実施例、比較例のそれぞれにおける白銑金属組織の有無が明らかではない。
したがって「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を用いることの技術的意義が不明であり、本件特許明細書には当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているとはいえない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1ないし3について、特許法第36条第4項第1号で委任する経済産業省令で定めるところにより記載されておらず、本件発明1ないし3についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである(申立書第2頁第1行?第5行、第3頁第8行?第26行、第6頁第15行?第18行)。

2(実施可能要件違反)
(1)「高炉水砕メタル」について
本件発明1及び3は、稲種子被覆剤の製造方法に係る発明であって、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を原料として使用することを発明特定事項としている。
そして、本件発明1及び3においては、前記鉄粉をどのように製造するかについては特定されていない。
これに対して、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、高炉から生成する溶融スラグを多量の水によって急冷した砂状の高炉水砕スラグから選別した、いわゆる「高炉水砕メタル」を前記鉄粉として使用することが記載されているのみであり、実施例として表1に記載されている稲種子被覆剤もすべて高炉水砕メタルを用いたものである。そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記以外の方法で 「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を製造する方法については何ら記載されていない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、 「高炉水砕メタル」を前記鉄粉として使用する以外の実施の形態については、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1及び3について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、本件発明1及び3についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである(申立書第2頁第6行?第10行、第4頁第1行?第19行、第6頁第15行?第18行)。

(2)「炭素成分」について
本件発明1及び2は、稲種子被覆剤の製造方法に係る発明であって、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を原料として使用することを発明特定事項としている。
そして、本件発明1及び2においては、前記鉄粉に含まれる炭素成分の量については特定されていない。
しかし、一般的に知られているように、鉄粉などの金属組織は、その成分組成、特に合金元素の含有量の影響を強く受ける。
これに対して、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、炭素量が2.6%以上である鉄粉を用いた実施例が記載されているのみであり、炭素量が2.6%未満である場合に、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を製造する方法については何ら記載されていない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、炭素量が2.6%以上である鉄粉を使用する場合以外の実施の形態については、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1及び2について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、本件発明1及び2についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである(申立書第2頁第6行?第10行、第4頁第20行?第5頁第9行、第6頁第15行?第18行)。

3(サポート要件違反)
(1)「高炉水砕メタル」について
本件特許明細書の段落[0005]などに記載されているように、本件特許発明は、稲種子被覆剤を使用した際の酸化反応による発熱を抑制することを課題としている。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、高炉から生成する溶融スラグを多量の水によって急冷した砂状の高炉水砕スラグから選別した、いわゆる「高炉水砕メタル」を前記鉄粉として使用することにより、上記課題が解決できることが記載されている。実際、実施例として表1に記載されている稲種子被覆剤もすべて高炉水砕メタルを用いたものである。
これに対して、本件発明1及び3は、稲種子被覆剤の製造方法に係る発明であって、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を原料として使用することを発明特定事項としているのみであり、「高炉水砕メタル」を使用することは限定されていない。
したがって、本件発明1及び3は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
よって、本件発明1及び3についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである(申立書第2頁第11行?第14行、第5頁第11行?最終行、第6頁第19行?第21行)。

(2)「炭素成分」について
本件特許明細書の段落[0005]などに記載されているように、本件特許発明は、稲種子被覆剤を使用した際の酸化反応による発熱を抑制することを課題としている。
そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、炭素量が2.6%以上である鉄粉を用いた場合に、上記課題が解決できることが記載されている。
これに対して、本件発明1及び2では、炭素成分の量が特定されていない。鉄粉などの合金の組織や特性が、その成分組成、特に合金元素の含有量の影靱を強く受けることを考慮すれば、本件発明1及び2は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている。
したがって、本件発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
よって、本件発明1及び2についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その発明に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである(申立書第2頁第11行?第14行、第6頁第1行?第13行、第6頁第19行?第21行)。


第4 本件明細書の記載
本件明細書には、以下の記載がある(下線は、当審が付した。)。

1 技術分野、背景技術、及び発明が解決しようとする課題
「【技術分野】
【0001】
本発明は、稲種子被覆に好適な稲種子被覆剤、具体的には、従来の鉄粉系被覆剤に比べて発熱反応による発熱が抑制されることで多層養生が可能で、かつ安価で製造可能な稲種子被覆剤に関する。
【背景技術】
【0002】
農業従事者の高齢化、農産物流通のグローバル化に伴い、農作業の省力化や農産物生産コストの低減が解決すべき課題となっている。これらの課題を解決するために、例えば、水稲栽培においては、育苗と移植の手間を省くことを目的として、稲種子を圃場に直接播く直播法が普及しつつある。その中でも、稲種子の比重を高めるために、鉄粉を被覆した稲種子を用いる手法は、水田における稲種子の浮遊や流出を防止し、かつ鳥害を防止するというメリットがあることで注目されている。
稲種子を鉄粉で被覆するには、稲種子表面に鉄粉を付着、固定化させる必要がある。そこで、稲種子表面に鉄粉を付着、固化させる技術としては、特許文献1に記載の技術が提案されている。
特許文献1には、鉄粉と結合材と添加剤を含む稲種子被覆剤を用いる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-23082号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の稲種子被覆剤は、主原料として還元鉄粉を微粉砕したものが使用されていた。特許文献1に記載の稲種子被覆剤も同様である。しかしながら、還元鉄粉では、被覆後、酸化発熱反応により急激に高温となり、被覆稲種子が死滅する危険性があった。そのため、稲種子は熱がこもらないように、1、2層に薄く拡げて養生する必要がある。つまり、従来の稲種子被覆剤を用いる場合、広大な養生面積を必要としていた。
また、還元鉄粉は高価であることから、従来の稲種子被覆剤は高価であり、一般農家での普及が進んでいない。
【0005】
そこで、発明者は鋭意研究の結果、稲種子被覆剤の原材料に着目した。そして、白銑金属組織を一部または全部に形成することで、酸化発熱反応の反応速度が抑制され、その結果、発熱が抑制され、これらの問題を解決することができることを知見し、本発明を完成させた。
本発明は、従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制されることで多層養生が可能で、かつ安価で製造可能な稲種子被覆剤を提供することを目的とする。」

2 課題を解決するための手段、及び発明の効果
「【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤の製造方法であって、白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とし、磁力選別、粉砕、篩分を行うことによって前記稲種子被覆剤を製造する稲種子被覆剤の製造方法である。
【0007】
白銑金属とは、炭素がセメンタイトの板状結晶となっていて、破面が白色をしている銑鉄をいう。ここで、白銑金属組織が一部又は全部に形成されているとは、鉄粉を構成する粒子が白銑金属で構成されていてもよく、一定領域を白銑金属が組織として占めており、残りの領域は他の金属組織等が存在してもよいことをいう。
稲種子と稲種子被覆剤との結合(付着、固定化)は、稲種子被覆剤に含まれている鉄成分の酸化反応の進行により発現するが、鉄の酸化反応により発熱する。白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。
稲種子被覆剤の粒径は細かい鉄粉であれば稲種子と稲種子被覆剤との結合強度は高まる。このため、稲種子被覆剤の粒径は、125μm以下が好ましく、63μm以下であればなおよい。
【0008】
請求項1に記載の発明によれば、白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とすることで、磁力選別、粉砕、篩分という物理的工程のみを経て、稲種子被覆剤を製造することができる。このため、酸化反応による発熱が抑制された稲種子被覆剤を安価に製造することが可能である。
また、化学的処理を行わないことから、環境負荷の低減につながる。
【0009】
請求項2に記載の発明は、前記鉄粉は、高炉水砕メタルを原料とする請求項1に記載の稲種子被覆剤の製造方法である。
請求項3に記載の発明は、前記鉄粉に含まれる炭素成分は全体の2.6%以上である請求項1または2に記載の稲種子被覆剤の製造方法である。
【0010】
稲種子被覆剤の原料として高炉水砕メタルを原料とすることで、従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制された稲種子被覆剤を安価に製造することができる。稲種子は40℃を超えると死滅する危険性が増大するため、養生時は40℃を越えないように注意しなければならない。このとき、鉄粉に含まれる炭素成分が、全体の2.6%以上であれば、酸化反応による発熱が抑制され、室温(24.0℃)下における20mmの積層(約10層)での養生であっても、最高発熱温度が40℃に達しない。このため、多層養生であっても稲種子の死滅が著しく抑制される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。
特に請求項2、請求項3に記載の発明によれば、稲種子被覆剤の原料として高炉水砕メタルを原料とすることで、従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制された稲種子被覆剤を安価に製造することができる。このとき、鉄粉に含まれる炭素成分が、全体の2.6%以上であれば、酸化反応による発熱が抑制され、室温(24.0℃)下における20mmの積層(約10層)での養生であっても、最高発熱温度が40℃に達しない。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が著しく抑制される。
さらに、請求項4に記載の発明によれば、白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とすることで、磁力選別、粉砕、篩分という物理的工程のみを経て、稲種子被覆剤を製造することができる。このため、酸化反応による発熱が抑制された稲種子被覆剤を安価に製造することが可能である。
また、化学的処理を行わないことから、環境負荷の低減につながる。」

3 発明を実施するための形態
「【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る稲種子被覆剤は、稲種子表面を被覆するのに用いるものであり、鉄粉を含む稲種子被覆剤である。
【0014】
図1に示すように、高炉から生成する溶融スラグを多量の水により急冷した、砂状の高炉水砕スラグを磁力選別し、磁力選別によって得られる磁着物を高炉水砕メタルとして、稲種子被覆剤の原料とした。また、この磁力選別によって得られる非磁着物はセメント会社等において、セメント原料として用いられる。高炉セメント製造工程においてセメント原料は粉砕され、その後磁力選別されるが、その際に得られた磁着物成分も高炉水砕メタル(原料)として用いることも可能である。
【0015】
このようにして得られた高炉水砕メタルを磁力選別し、その磁着物をさらに粉砕し篩分を行い、粒度調整を行うことによって、稲種子被覆剤を得た。
粉砕機は、川崎重工業株式会社製の振動ミルを用いた。篩分機は、株式会社飯田製作所製のIIDA SIEVE SHAKERを用いた。篩分けは、標準篩目開で、180μm、125μm、63μm、45μmの4種類を用いた。
【0016】
このようにして得られた稲種子被覆剤について、金属鉄量(M.Fe)、炭素量、粒径を測定した。その測定結果を表1に示す。なお、金属鉄量はJIS M8213(酸可溶性第一鉄定量方法)に規定の金属鉄定量方法に基づき測定を行った。炭素量は、JIS G1211(全炭素定量方法)に規定の燃焼-ガス定量方法に基づき測定を行った。粒径は、JIS Z8815(ふるい分け試験方法通則)に基づき測定を行った。
また、比較例1として、稲種子被覆還元鉄粉「粉美人」(登録商標)を用いた。
【0017】
【表1】


【0018】
また、得られた稲種子被覆剤(実施例2)と従来の稲種子被覆剤(比較例1)との断面金属組織を金属顕微鏡を用いて観察した。観察して得られた写真を図2、図3に示す。図2に示すように、実施例2に係る稲種子被覆剤は、セメンタイトとオーステナイトより変化したパーライトが存在し、白銑であることが明らかである。一方、図3に示すように、比較例1では、層状パーライトが主体であり、還元鉄粉が用いられているものと考えられる。
【0019】
次に、これらの稲種子被覆剤を用いて、稲種子をコーティングし、発熱試験、コーティング強度試験、真比重の測定を行った。
コーティングは乾燥した稲種子を15?20℃で3?4日、水に浸漬し、コーティング直前に水中から取り出し、脱水した。コーティングでは、乾燥種子20kgに対し、稲種子被覆剤を10kg、焼石膏1kgの割合でコーティングした。その際、稲種子被覆剤と酸化促進剤となる焼石膏は、あらかじめ混合し、散水しながらコーティングマシン(パンペレタイザ、日本磁力選鉱株式会社製、直径500mm)上で揺動している種子に振りかけながら行なった。このようにして、稲種子表面に稲種子被覆剤が付着することでコーティング層が形成される。コーティングの最後に、仕上げ用に焼石膏を添加混合し、仕上げコーティングを行なった。
コーティング後の稲種子は、水分の乾燥と稲種子被覆剤に含まれる鉄成分を酸化させて表面に強固な錆びの層を形成するために、養生した。養生は、コーティング後の稲種子を厚さ20mmに積層し、室温25℃前後、湿度30%前後の室内にて行った。
発熱試験は、養生時における温度(最高発熱温度)を測定した。コーティング強度試験は、100gのコーティング後の稲種子を1mの高さから鉄板上へ5回落下させた後、目開き2mmの篩いを用いて篩分し、篩上の残存率(wt.%)をコーティング強度として評価した。発熱試験、コーティング強度試験、真比重測定の結果を表2に示す。
【0020】
【表2】

【0021】
このように、本発明に係る稲種子被覆剤は、比較例1(54.8℃)と比べて、最高発熱温度が40℃以下と低い温度を示している。稲種子は40℃を超えると死滅する危険性が増大するため、養生時は40℃を越えないように注意しなければならない。本発明に係る稲種子被覆剤は、室温(24.0℃)下における20mmの積層(約10層)での養生であっても、最高発熱温度が40℃に達しなかったため、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れているといえる。」


第5 判断
1 委任省令違反について
申立人は申立書において、本件明細書の発明の詳細な説明においては、実施例、比較例のそれぞれにおける白銑金属組織の有無が明らかではないから、発明の詳細な説明には、本件発明1ないし3が有する「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を用いる構成について、その技術的意義を理解することができる説明がされていない旨を申し立てている。そして申立人は、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1ないし3について、特許法第36条第4項第1号で委任する経済産業省令で定めるところにより記載されていない旨を申し立てている。

当該申立理由について判断する。
本件明細書には、上記第4に摘記した記載がある。
そのうち、上記第4の1に摘記した段落【0005】には、「白銑金属組織を一部または全部に形成することで、酸化発熱反応の反応速度が抑制され、その結果、発熱が抑制」されることが説明され、また、「従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制されることで多層養生が可能」となることが説明されている。
また、上記第4の2に摘記した段落【0007】には、「白銑金属とは、炭素がセメンタイトの板状結晶となっていて、破面が白色をしている銑鉄」であることが説明されたうえで、「白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。」と説明されている。
そのうえで、上記第4の3に摘記した段落【0017】の【表1】には、篩分けにおいて4種類の標準篩目開を用いることで最大粒径及びd80を相互に異ならせるとともに、炭素量を比較例1より多くした実施例1?4、最大粒径及びd80を比較例1と同じ値としたが炭素量を比較例1より多くした実施例5?7、及び比較例1が示され、また段落【0020】の【表2】には、実施例1?7では比較例1より発熱温度と室温との差が小さくなったことが示されている。
これらの発明の詳細な説明の記載からすれば、本件発明1ないし3が有する「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を用いる構成の技術的意義は、炭素がセメンタイトの板状結晶となっている白銑金属が形成されている鉄粉を用いることで、従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応の反応速度が緩やかとなり、発熱も緩やかであることであると、理解することができる。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明が、実施例1?7と比較例1とにおける白銑金属組織の有無に関して、実施例2と比較例1との顕微鏡写真(それぞれ、図2と図3)を示すことにより、各実施例及び比較例の全てについて個別に白銑金属組織の有無を示すことを省略していることによって、本件発明1?3が有する「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を用いる構成の技術的意義に関して、上述した理解と矛盾が生じるといった事情はない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?3が有する「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を用いる構成について、技術的意義を理解できる程度の説明を記載しており、申立人が申し立てる点で特許法第36条第4項第1号で委任する経済産業省令で定めるところにより記載されていないものではない。

2 実施可能要件違反について
(1)「高炉水砕メタル」について
申立人は申立書において、本件明細書の発明の詳細な説明においては、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」をどのように製造するかについては、実施例として記載された「高炉水砕メタル」を用いる以外の説明がないから、発明の詳細な説明は、「高炉水砕メタル」を用いることを特定しない本件発明1及び3について、発明の実施ができる程度の明確かつ十分な説明を記載したものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない旨を申し立てている。

当該申立理由について判断する。
本件発明1は、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」とする、「稲種子被覆剤の製造方法」であり、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」自体の製造方法ではない。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記第4の2に摘記した段落【0008】に、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とすることで、磁力選別、粉砕、篩分という物理的工程のみを経て、稲種子被覆剤を製造することができる。」ことが説明されている。また、上記第4の3に摘記した段落【0015】には、「高炉水砕メタルを磁力選別し、その磁着物をさらに粉砕し篩分を行い、粒度調整を行うことによって、稲種子被覆剤を得た」例が説明されており、「原料」として用いる「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」についても、入手及び/又は製造の方法が少なくとも1つ例示されているということができる。
これらの記載からすれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用いる「稲種子被覆剤の製造方法」が、「原料」の入手及び/又は製造方法も含めて、実施可能な程度に説明されている。そして、例示される「高炉水砕メタル」でなくとも、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」が「原料」として入手されれば、当該「原料」を用いて、本件発明1の「稲種子被覆剤の製造方法」が実施可能であることは明らかである。
これに反して、本件発明1の「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」とする「稲種子被覆剤の製造方法」に関して、使用する原料についても、公知の入手法を例示するのみでは足りず、原料の製造方法まで全て発明の詳細な説明に記載し尽くさなければ、実施できないという事情は、本件明細書を参照しても見いだすことができない。
本件発明3についても、その点は同様である。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1及び3が「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用いる製造方法である点について、実施可能な程度の説明を記載しており、申立人が申し立てる点で特許法第36条第4項第1号の規定に違反するものではない。

(2)「炭素成分」について
申立人は申立書において、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、炭素量が2.6%以上である鉄粉を用いた実施例が記載されているのみであり、炭素量が2.6%未満である場合に、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を製造する方法については何ら記載されていないから、発明の詳細な説明は、「炭素成分」が「2.6%以上」であることを特定しない本件発明1及び2について、発明の実施ができる程度の明確かつ十分な説明を記載したものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない旨を申し立てている。

当該申立理由について判断する。
本件発明1は、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」とする、「稲種子被覆剤の製造方法」であり、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」自体の製造方法ではない。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記第4の2に摘記した段落【0008】に、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を原料とすることで、磁力選別、粉砕、篩分という物理的工程のみを経て、稲種子被覆剤を製造することができる。」ことが説明されている。また、上記第4の2に摘記した段落【0007】には、「白銑金属とは、炭素がセメンタイトの板状結晶となっていて、破面が白色をしている銑鉄」であることが説明されているから、本件発明1において「原料」とされる「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」自体も、炭素を含有するものであることが理解できる。
そうであれば、発明の詳細な説明における実施例1?7における炭素成分が2.6%以上であるからといって、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」とする本件発明1の製造方法が、原料を用いて製造を行う製造部分について、炭素成分の含有量を実施例1?7と同様の範囲としなければ、実施できないという事情はない。
本件発明2についても、その点は同様である。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1及び2が「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用いる製造方法である点について、実施可能な程度の説明を記載しており、申立人が申し立てる点で特許法第36条第4項第1号の規定に違反するものではない。

3 サポート要件違反について
(1)「高炉水砕メタル」について
申立人は申立書において、本件明細書に記載される課題は、稲種子被覆剤を使用した際の酸化反応による発熱を抑制することであるところ、発明の詳細な説明には、「高炉水砕メタル」を用いることで当該課題が解決できることが記載され、実施例も全て高炉水砕メタルを用いたものであるから、「高炉水砕メタル」を用いることを特定しない本件発明1及び3は、発明の詳細な説明の記載から課題が解決できると当業者が認識できる範囲を超えており、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない旨を申し立てている。

当該申立理由について判断する。
上記第4の1に摘記した本件明細書の段落【0005】には、「白銑金属組織を一部または全部に形成することで、酸化発熱反応の反応速度が抑制され、その結果、発熱が抑制」されることが説明され、また、「従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制されることで多層養生が可能」となることが説明されている。
また、上記第4の2に摘記した段落【0007】には、「白銑金属とは、炭素がセメンタイトの板状結晶となっていて、破面が白色をしている銑鉄」であることが説明されたうえで、「白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。」と説明されている。
これらの記載からすれば、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用いて、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤」を製造する本件発明1の製造方法をとれば、製造された「稲種子被覆剤」に含まれる「鉄粉」において「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている」構成に依拠して、本件明細書の段落【0005】に記載される課題は解決できると、当業者は認識することができる。そして、「原料」として用いる「鉄粉」が「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている」ものであるだけでなく、さらに高炉水砕メタルを用いたものに限定されなければ、「白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。」という、段落【0007】に記載される効果を生じないと考えるべき事情はない。
本件発明3についても、その点は同様である。
したがって、本件発明1及び3は、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用い、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤」を製造する方法である構成により、本件明細書に記載される課題を解決することができると認識できるものであり、申立人が申し立てる点で特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものではない。

(2)「炭素成分」について
申立人は申立書において、本件明細書に記載される課題は、稲種子被覆剤を使用した際の酸化反応による発熱を抑制することであるところ、発明の詳細な説明には、炭素量が2.6%以上である鉄粉を用いることで当該課題が解決できることが記載されているから、「炭素成分」が「2.6%以上」であることを特定しない本件発明1及び2は、発明の詳細な説明の記載から課題が解決できると当業者が認識できる範囲を超えており、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない旨を申し立てている。

当該申立理由について判断する。
上記第4の1に摘記した本件明細書の段落【0005】には、「白銑金属組織を一部または全部に形成することで、酸化発熱反応の反応速度が抑制され、その結果、発熱が抑制」されることが説明され、また、「従来の鉄粉系被覆剤に比べて酸化反応による発熱が抑制されることで多層養生が可能」となることが説明されている。
また、上記第4の2に摘記した段落【0007】には、「白銑金属とは、炭素がセメンタイトの板状結晶となっていて、破面が白色をしている銑鉄」であることが説明されたうえで、「白銑金属組織を持つ粉末は、酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。」と説明されている。
これらの記載からすれば、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用いて、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤」を製造する本件発明1の製造方法をとれば、製造された「稲種子被覆材」は、「白銑金属組織」に依拠してセメンタイトの板状結晶となっている炭素を含むと理解できるとともに、当該「白銑金属組織」に依拠して、段落【0007】に記載される「酸化反応の反応速度が緩やかであるため、発熱も緩やかである。このため、多層養生であっても、稲種子の死滅が抑制され、稲種子被覆剤として優れている。」という効果も、奏するものと認識できる。そして、本件明細書のその余の記載を検討しても、鉄粉に含まれる炭素の含有量を2.6%以上と限定しない限り、鉄粉が「白銑金属組織」を含んでいても、「白銑金属組織」に依拠した上述の効果が全く生じないと考えるべき事情はない。
本件発明2についても、その点は同様である。
したがって、本件発明1及び2は、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉」を「原料」として用い、「白銑金属組織が一部又は全部に形成されている鉄粉を含む稲種子被覆剤」を製造する方法である構成により、本件明細書に記載される課題を解決することができると認識できるものであり、申立人が申し立てる点で特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものではない。


第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-07-13 
出願番号 特願2017-156989(P2017-156989)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (A01C)
P 1 651・ 537- Y (A01C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田辺 義拓  
特許庁審判長 住田 秀弘
特許庁審判官 有家 秀郎
秋田 将行
登録日 2019-09-20 
登録番号 特許第6588059号(P6588059)
権利者 日本磁力選鉱株式会社
発明の名称 稲種子被覆剤の製造方法  
代理人 下田 正寛  
代理人 安倍 逸郎  

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