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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1364967
異議申立番号 異議2020-700227  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-02 
確定日 2020-08-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第6585427号発明「繊維強化樹脂成形用基材及びそれを用いた繊維強化樹脂成形体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6585427号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等

特許第6585427号(請求項の数は6。以下「本件特許」という。)は、平成27年8月28日にされた特許出願に係るものであって、令和1年9月13日にその特許権の設定登録がされた(特許掲載公報発行日 同年10月2日)。
その後、令和2年4月2日に特許異議申立人 木村康紀(以下、単に「異議申立人」という。)より本件特許の請求項1?6に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明

本件特許の請求項1?6に係る発明は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項の番号に応じて各発明を「本件発明1」などという。)。

「【請求項1】
複合繊維糸で構成された繊維強化樹脂成形用基材であって、
前記複合繊維糸は、第一成分と第二成分を含み、複合繊維糸の断面からみて、複合繊維糸の表面の一部又は全部には第二成分が配置されており、
前記第一成分は、ポリプロピレンであり、前記第二成分はポリエチレンであり、前記第一成分の融点は前記第二成分の融点より高く、
前記第一成分は繊維強化樹脂における強化繊維となり、前記第二成分は繊維強化樹脂におけるマトリックス樹脂となり、
前記第二成分には難燃剤が複合繊維糸の全体質量に対して5?30質量%含まれており、
前記第一成分には難燃剤が含まれていないことを特徴とする繊維強化樹脂成形用基材。
【請求項2】
前記難燃剤は、臭素系難燃剤である請求項1に記載の繊維強化樹脂成形用基材。
【請求項3】
前記難燃剤は、融点が230℃以下である難燃剤を少なくとも一種含む請求項1又は2に記載の繊維強化樹脂成形用基材。
【請求項4】
前記複合繊維糸の断面は、第一成分が島成分であり、第二成分が海成分である海島構造になっている請求項1?3のいずれか1項に記載の繊維強化樹脂成形用基材。
【請求項5】
前記複合繊維糸が少なくとも一方向に配列されている請求項1?4のいずれか1項に記載の繊維強化樹脂成形用基材。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか1項に記載の繊維強化樹脂成形用基材を所定の形状に成形した繊維強化樹脂成形体。」

第3 異議申立人の主張に係る申立理由の概要

異議申立人の主張は、概略、次のとおりである。

1 本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明である。すなわち、本件発明1?6は、甲第1号証に記載された発明を主たる引用発明とし、引用発明及び甲第2号証に記載の技術事項及び従来周知の技術事項(例えば甲第3号証及び甲第4号証に記載の技術)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1?6に係る発明についての特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。(以下「申立理由」という。)。

2 また、証拠方法として書証を申出、以下の文書(甲第1号証ないし甲第4号証)を提出する。

・甲第1号証: 国際公開第2011/099611号
・甲第2号証: 特開昭55-137220号公報
・甲第3号証: 特開昭58-156019号公報
・甲第4号証: 特開2012-25792号公報
以下、各甲号証について、甲1のようにいう。

第4 当合議体の判断

当合議体は、以下述べるように、申立理由には理由はないと判断する。

1 甲1ないし4の記載事項及び甲1に記載された発明

(1)甲1の記載事項
甲1には、以下の記載がある。下線については当審において付与した。
「請求の範囲
[請求項1] 熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマー成分と熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマー成分を含む複合繊維糸で構成される繊維強化樹脂用シートであり、
前記低融点ポリマー成分と前記高融点ポリマー成分は同種のポリマーであり、
繊維強化樹脂成形体としたとき、前記低融点ポリマー成分はマトリックス樹脂となり、前記高融点ポリマー成分は強化繊維となり、
少なくとも一方向に1層又は多層配列されていることを特徴とする繊維強化樹脂用シート。
・・・
[請求項6] 前記複合繊維の高融点ポリマー成分はポリプロピレンであり、前記低融点ポリマー成分はポリエチレンである請求項1?5のいずれか1項に記載の繊維強化樹脂用シート。」
「[0001] 本発明は、熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマー成分と熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマー成分を含む複合繊維糸で構成される繊維強化樹脂用シート及びこれを用いた繊維強化樹脂成形体に関する。」
「[0013] 本発明の繊維強化樹脂用シートは、熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマー成分と熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマー成分を含む複合繊維で構成される。ここで複合(コンジュゲート)繊維とは、例えば複数のポリマー成分を個別に紡糸口金まで導き、紡糸口金で一体化して押し出し、延伸して繊維としたものをいう。複合繊維の構造としては、例えば芯鞘構造、海島構造、サイドバイサイド構造などがあり、いかなる構造であっても良い。複合繊維はフィラメントヤーンでも良いし、高融点ポリマー成分からなる繊維と低融点成分からなる繊維を紡績した糸のようなものであっても良い。」
「[0015] 繊維強化樹脂成形体としたとき、前記低融点ポリマー成分はマトリックス樹脂となり、前記高融点ポリマー成分は強化繊維となるポリマーから選択する。・・・」
「[0019] 前記複合繊維の低融点ポリマー成分及び高融点ポリマー成分は、ともにポリオレフィン及びオレフィン共重合体から選ばれる少なくとも一つであることが好ましい。オレフィン系ポリマーは軽量で強度も高く、耐久性も良好であり、不要品のリサイクルも廃棄も容易である。一例として、高融点ポリマー成分はポリプロピレンであり、低融点ポリマー成分はポリエチレンであることが好ましい。・・・」
「[0021] 本発明で使用するステッチ糸は、ポリプロピレン糸、ポリエチレン糸、ポリエステル糸等が使用可能であるが、低融点ポリマー成分と高融点ポリマー成分と同種のポリマーからなる繊維で構成されることが好ましい。例えば、高融点ポリマー成分はポリプロピレンであり、低融点ポリマー成分はポリエチレンである場合、ステッチ糸はポリプロピレン糸又は芯成分がポリプロピレンで鞘成分がポリエチレンの複合糸を使用するのが好ましい。・・・
[0022] 前記繊維強化樹脂用シートは加熱加圧成形(以下、前処理ともいう。)するのが好ましい。加熱加圧成形し、低融点ポリマーを軟化又は溶融させて扁平化することにより、切断したときに切断部がばらけず、一体性が良好になる利点がある。加えて、高融点ポリマー成分が密度高く配列され、強度も向上する。
[0023] 本発明の繊維強化樹脂成形体は、前記繊維強化樹脂用シートを、低融点ポリマー成分の融点以上高融点ポリマー成分の融点未満の温度に加熱して圧縮成形することにより得ることができる。・・・」
「[0026] 以下図面を用いて説明する。図1A?Cは本発明で使用する複合繊維の一例の断面図である。図1Aにおいては、複合繊維10は、芯成分11である熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマーと、その周りの鞘成分12である熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマーで構成されている。図1Bにおいては、複合繊維13は、複数本の島成分14である熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマーと、その周りの海成分15である熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマーで構成されている。図1Cにおいては、複合繊維16は、多数本の島成分17である熱可塑性合成樹脂の高融点ポリマーと、その周りの海成分18である熱可塑性合成樹脂の低融点ポリマーで構成されている。
[0027] 図2は本発明の一実施例におけるすだれ状シート20の斜視図である。すだれ状シート20は、一方向に配列された複合繊維21と、複合繊維21を連結するステッチ糸22で構成されている。複合繊維21は一方向に配列されているので、織物や編み物に比較して、繊維の配列方向の強度は高い。すだれ状シート20は、1層で使用しても良いし、多層で使用しても良い。多層で使用する場合は、複合繊維21の方向を多方向に配列させ、強度のバランスをとるのが好ましい。
[0028] 図3は本発明の一実施例における多軸挿入たて編み物の概念斜視図である。複数の方向に各々配列された複合繊維糸1a?1fにより各々のシートが構成され、それらは編針6に掛けられたステッチ糸7,8によって厚さ方向にステッチング(結束)され、一体化されている。・・・」










(2) 甲1に記載された発明
甲1の上記(1)の記載からみて、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「複合繊維糸で構成された繊維強化樹脂用シートであって、
前記複合繊維糸は、高融点ポリマー成分と低融点ポリマー成分を含み、高融点ポリマー成分はポリプロピレンであって、低融点ポリマー成分はポリエチレンであり、
複合繊維糸の構造は、鞘成分が低融点ポリマーである鞘芯構造、海成分が低融点ポリマーである海島構造又はサイドバイサイド構造であり、
前記高融点ポリマー成分は繊維強化樹脂成形体としたとき強化繊維となり、前記低融点ポリマー成分は繊維強化樹脂成形体としたときマトリックス樹脂となるものである、
繊維強化樹脂成形用シート。」

(3) 甲2の記載事項
甲2には、以下の記載がある。
「(1)繊維形成性ポリオレフイン系重合体を高融点成分とし、融点が高融点成分のそれより10℃以上低く難燃剤を0.5?5%(重量)含有したポリオレフイン系重合体を低融点成分として、該両成分を複合構造に配したことを特徴とするポリオレフイン系難燃性複合繊維。
(2)複合比(高融点成分:低融点成分)が5:5?3:7であり、かつ低融点成分の繊維断面円周率が50%以上である特許請求の範囲第(1)項に記載の難燃性複合繊維。
(3)低融点成分がポリエチレンである特許請求の範囲第(1)項または第(2)項に記載の難燃性複合繊維。
・・・
(5)高融点成分がポリプロピレンである特許請求の範囲第(1)項または第(2)項に記載の難燃性複合繊維。」(特許請求の範囲(1)?(3)、(5))
「本発明は難燃性の優れた複合繊維及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、ポリオレフイン系重合体よりなる複合繊維において、低融点成分にのみ難燃剤を含有せしめた、ポリオレフイン系複合繊維及びその製造方法に関するものである。」(2頁左上欄9?14行)
「ポリオレフイン系複合繊維は、優れた熱接着性や物理的・化学的性質を有し、さらに軽量、安価であるため不織布用繊維材料として、多岐な分野に使用される。例えば薄物では基布、衛材、ナプキン、紙オシメ、厚物ではキルト、種々のフエルト類、フイルター、繊維成形体、土木資材、等の素材として好適である。」(2頁左上欄15行?右上欄6行)
「本発明の複合繊維についても種々な用途はあるが、特に、低融点成分の繊維断面円周率を50%以上となるように、並列型または鞘芯型の複合構造とらしめて、低融点成分による熱融着性を持たせることが好ましい。」(2頁右下欄15行?3頁左上欄4行)
「本発明に於いて使用する難燃剤は公知のものでよく、これらにはリン系、アンモニウム塩系、ハロゲン系化合物等がある。このうち有機ハロゲン系の化合物が好ましく、具体的にはパークロロペンタシクロドデカン、エチレンジアミンジハイドロブロマイド、ペンタブロモモノクロルシクロヘキサン、ペンタブロモトルエン、ヘキサブロモベンゼン、2,2ビス[4-(2,3ジブロモプロポキシ)-3,5ジブロモフエニール]プロパン、トリス(2,3ジブロモプロピル)ホスヘート等が示される。又それらの難燃剤とSb_(2)O_(3)とを1.5:1?3:1の割合で混合使用することも好適である。難燃剤の含量が低融点成分の0.5%よりも少ないと好ましい難燃性は得られず、5%よりも多いと可紡性が不良となり、製品の品質を損うので好ましくない。」(3頁右上欄1行?左下欄1行)
「本発明の難燃性複合繊維は、難燃剤を低融点成分にのみ含有せしめたことにより、糸全体に難燃剤を含有させる場合に比較して、同量の難燃剤を用いた場合はより高い難燃性を有し、また同程度の難燃性を持たせる場合は高価な難燃剤の使用量を少なくすることが出来る。」(3頁左下欄8行?13行)

(4) 甲3の記載事項
甲3には、以下の記載がある。
「(1)繊維形成性ポリオレフイン系重合体を高融点成分とし、融点が該高融点成分のそれより10℃以上低いポリオレフイン系重合体を低融点成分とする複合繊維の各成分に難燃剤を含有せしめた難燃性複合繊維において、各成分にはそれぞれその融点より100℃以上高い分解温度を有し、かつ、粒径が62μ以下である難燃剤を3?15重量%含有せしめ、かつ、複合繊維全体としては上記難燃剤をその合量で5?10重量%含有せしめたことを特徴とする難燃性複合繊維。
(2)高融点成分がポリプロピレンまたはプロピレンを主成分とするコポリマーであり、低融点成分がポリエチレン、またはエチレンを主成分とするコポリマーであり、両成分に分解温度が270℃以上である難燃剤を用いたものである特許請求の範囲第(1)項記載の難燃性複合繊維。」(特許請求の範囲の(1)及び(2))
「本発明は難燃性の優れた複合繊維及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、融点に差のある2種のポリオレフイン糸重合体よりなる複合繊維において、同一種または異種の難燃剤を高低両融点成分に別々に含有せしめた、ポリオレフイン系複合繊維及びその製造方法に関するものである。」(2頁左上欄4?10行)
「本発明者等はかかる問題について種々研究の結果、複合繊維の各成分にそれぞれその融点よりも100℃以上高い分解温度を有し、かつ、粒度が62ミクロン以下であるような難燃剤を含有せしめるときは、低融点成分にも比較的多量の難燃剤を配合させた難燃性及び熱接着性に優れた細デニールの複合繊維を可紡性良く製造し得ることを知り本発明を完成した。
本発明の目的は難燃性の高いポリオレフイン糸複合繊維及びその製造方法を提供するにある。
本発明の一つは、繊維形成性ポリオレフイン系重合体を高融点成分とし、融点が該高融点成分のそれより10℃以上低いポリオレフイン系重合体を低融点成分とする複合繊維の各成分に難燃剤を含有せしめた難燃性複合繊維において、各成分にはそれぞれその成分の融点より100℃以上高い分解温度を有し、かつ、粒径が62μ以下である難燃剤を3?15重量%含有せしめ、かつ、複合繊維全体としては上記難燃剤をその合量で5?10重量%含有せしめたことを特徴とする難燃性複合繊維である。」(2頁右上欄14行?左下欄14行)
「本発明で使用する難燃剤としては公知のものを適宜選択して使用することができる。中でも有機ハロゲン系化合物が好ましく、具体的にはデカブロムジフエニルオキサイド(分解温度350℃、以下括孤内は分解温度を示す。)、パークロロペンタシクロドデカン(650℃)、エチレンジアミンジハイドロブロマイド(355℃)、ヘキサブロモベンゼン(340℃)、2,2ビス(4-(2,3ジブロモプロポキシ)-3,5ジブロモフエニル〕プロパン(270℃)、トリス(2,3ジブロモプロピル)フオスフエート(260℃)、ビス〔3,5-ジブロム-4-ジブロモプロピルオキシフエニル〕スルホン(280℃)等が好ましく示される。これらの難燃剤はSb_(2)O_(3)と1.5:1?3:lの割合(Sb_(2)O_(3)が1)で混合使用することも好適である。」(3頁左上欄15行?右上欄11行)

(5) 甲4の記載事項
甲4には以下の記載がある。
「【請求項1】
オレフィン系樹脂と、前記オレフィン系樹脂の分解温度に対し-20?+50℃の範囲の分解温度を有する臭素系難燃剤と、難燃助剤とを含み、
前記オレフィン系樹脂100質量部に対して、前記臭素系難燃剤は4.5?12質量部、難燃助剤は1?12質量部それぞれ含まれる、
難燃性オレフィン系樹脂組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

(6) 本件発明1と甲1発明との対比・判断
本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「繊維強化樹脂用シート」は、本件発明1における「繊維強化樹脂成形用基材」に相当する。また、甲1発明の「高融点ポリマー成分」及び「低融点ポリマー成分」は、それぞれ、本件発明1における「第一成分」及び「第二成分」に相当し、甲1発明のそれぞれは、本件発明1と同じ「ポリプロピレン」と「ポリエチレン」であるから、甲1発明においても、「前記第一成分の融点は前記第2成分の融点より高く」との構成を有している。
さらに、甲1発明の「鞘成分が低融点ポリマーである鞘芯構造、海成分が低融点ポリマーである海島構造又はサイドバイサイド構造であり」との複合繊維糸の構造は、本件発明1における「複合繊維糸の断面からみて、複合繊維糸の表面の一部又は全部には第二成分が配置されて」いる構造といえる。
そして、甲1発明の「前記高融点ポリマー成分は繊維強化樹脂成形体としたとき強化繊維となり、前記低融点ポリマー成分は繊維強化樹脂成形体としたときマトリックス樹脂とな」るのであるから、このような構成は、本件発明1における「前記第一成分は繊維強化樹脂における強化繊維となり、前記第二成分は繊維強化樹脂におけるマトリックス樹脂とな」るとの構成を満たす。
そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりであると認める。

・ 一致点

複合繊維糸で構成された繊維強化樹脂成形用基材であって、
前記複合繊維糸は、第一成分と第二成分を含み、複合繊維糸の断面からみて、複合繊維糸の表面の一部又は全部には第二成分が配置されており、
前記第一成分は、ポリプロピレンであり、前記第二成分はポリエチレンであり、前記第一成分の融点は前記第二成分の融点より高く、
前記第一成分は繊維強化樹脂における強化繊維となり、前記第二成分は繊維強化樹脂におけるマトリックス樹脂となり、
繊維強化樹脂成形用基材。

・ 相違点

本件発明1は、「前記第二成分には難燃剤が複合繊維糸の全体質量に対して5?30質量%含まれており、前記第一成分には難燃剤が含まれていない」と特定するのに対し、甲1発明は、そのような特定がない点。

以下、相違点について検討する。
甲2には、繊維成形体(本件発明1の「繊維強化樹脂成形用基材」)の素材として利用される複合繊維(本件発明1の「複合繊維糸」)において、難燃剤を効率よく使用した極めて難燃性の良いポリオレフイン系複合繊維として、低融点成分(本件発明1の「第二成分」)にのみ難燃剤を0.5?5重量%(高融点成分:低融点成分の比が5:5?3:7)配合した複合繊維が記載されており(特許請求の範囲)、さらに、難燃剤含量が低融点成分の0.5%よりも少ないと好ましい難燃性が得られず、5%よりも多いと可紡性が不良となり、製品の品質を損なうので好ましくないこと(3頁右上欄13?左下欄1行)、複合繊維に難燃剤を配合するときに、低融点成分にのみ含有せしめたことにより、糸全体に難燃剤を含有させる場合に比較して、より高い難燃性を有すること(3頁左下欄8?11行)が記載されている。
そして、甲1発明の複合繊維糸において、難燃性を向上させるために、甲2に記載の技術を適用しようとしても、甲2においては、低融点成分に配合する難燃剤の配合量は、甲2の記載(例えば、特許請求の範囲、3頁右上欄から左下欄)に基づき換算すると複合繊維糸の全体質量に対して0.25?3.5質量%となり、本件発明1の範囲(5?30質量%)は取り得ない。
また、本件発明1は、上記相違点に係る構成を有することで、繊維強化樹脂成形用基材の難燃性と引張弾性率がともに向上するとの効果を奏するものであるところ(本件明細書の段落【0008】、【0033】?【0047】)、甲1及びその他の証拠からは、当該効果は当業者が予測し得るものということはできない。
してみれば、相違点に係る構成は、当業者といえども容易になし得たものということはできない。

<異議申立人の主張>
異議申立人は、特許異議申立書において、上記相違点に関して、要旨、以下のように主張している。
甲第2号証には、「第二成分に含まれる難燃剤の量を複合繊維糸の全体質量に対して5?30質量%にする」点は記載されていないが、第二成分に配合する難燃剤の量をどの程度にするかは、当業者が適宜なし得る設計事項に過ぎず、また、甲第3号証及び甲第4号証に記載されているように、甲1発明(決定注:「本件発明1」の誤記)の構成Eで特定している難燃剤の量(5?30質量%)は、ポリオレフィン系複合繊維やポリオレフィン系樹脂組成物において従来周知の範囲であり、臨界的意義も認められない。
そして、甲1発明と、甲第2号証に記載の技術は、いずれもポリオレフィン系複合繊維に関するものであり、更に、甲第3号証及び甲第4号証も、オレフィン系樹脂の難燃化に関するものであるから、これらを組み合わせる動機付けがある。
従って、甲1発明における複合繊維を難燃化しようとしたときに、甲第2号証に記載の第二成分にのみ難燃剤を含有させた複合繊維の構成を採用し、第二成分に含まれる難燃剤の量を、従来周知の範囲である複合繊維糸の全体質量に対して5?30質量%にすることは、当業者であれば容易に想到できる。

<異議申立人の主張の検討>
甲2には、第二成分に配合する難燃剤の量について、「0.5%より少ないと好ましい難燃性は得られず、5%よりも多いと可紡性が不良となり、製品の品質を損なうので好ましくない」(3頁右上欄から左下欄1行)との記載があり(複合繊維糸の全体質量に対する量に換算すれば、0.25?3.5質量%)、難燃剤の量をこの範囲よりも多くしても少なくしても好ましくない旨言及されていることからすると、第二成分に配合する難燃剤の量をどの程度にするかは、当業者が適宜なし得る設計事項に過ぎないということはできない。
また、甲3は、本件発明1の複合繊維糸と同様な複合繊維糸に関するものであるが、高低両融点成分に難燃剤を共に配合することで、甲3の課題である「難燃性の高いポリオレフィン繊維を得ること」を解決するものであるから、甲2の低融点成分のみに難燃剤を配合する難燃剤の配合量について参考にすることはできないし、甲4は、難燃性テープに係わる樹脂組成物に関するものであって、甲1の複合繊維糸とは異なるものである。
よって、異議申立人の主張は採用できない。

(7) 本件発明2ないし6と甲1発明との対比、判断
本件発明2ないし6は本件発明1を引用するものであって、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明2ないし6と甲1発明とを対比すると、両者は、少なくとも上記(6)で認定した相違点を有する。
そして、上記相違点は、上記(6)で検討のとおり、当業者が容易に想到し得たものでないから、本件発明2ないし6についても、甲1に記載された発明から想到容易であるとはいえない。

(8) まとめ
よって、本件発明1ないし6は、甲1に記載された発明から想到容易であって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとする異議申立人の主張に係る申立理由は、理由がない。

第5 むすび

したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2020-07-31 
出願番号 特願2015-168679(P2015-168679)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 赤澤 高之  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 神田 和輝
大島 祥吾
登録日 2019-09-13 
登録番号 特許第6585427号(P6585427)
権利者 倉敷紡績株式会社
発明の名称 繊維強化樹脂成形用基材及びそれを用いた繊維強化樹脂成形体  
代理人 特許業務法人池内アンドパートナーズ  

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