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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1365555
審判番号 不服2019-2958  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-04 
確定日 2020-08-17 
事件の表示 特願2017- 5343「突然変異アセトヒドロキシ酸合成酵素タンパク質のラージサブユニットをコードする突然変異ポリヌクレオチドを有し、除草剤耐性が増大したソルガム植物」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 7月 6日出願公開、特開2017-118878〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年1月16日の出願であって、平成24年4月5日を国際出願日とする特願2015-503768号の一部を特許法第44条第1項の規定に基づいて分割出願したものであり、平成30年1月5日付け拒絶理由通知に対して、平成30年7月11日に意見書および手続補正書が提出され、平成30年10月26日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成31年3月4日に拒絶査定不服審判の請求がなされる同時に手続補正がなされたものである。


第2 平成31年3月4日付け手続補正についての補正却下の決定
[結論]
平成31年3月4日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、平成30年7月11日付け補正書により補正された特許請求の範囲の請求項11に、
(補正前)「【請求項11】
ソルガムAHASタンパク質のラージサブユニットの位置93にアラニンからトレオニンへの置換を有するポリペプチドをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドをゲノム中に含むソルガム種子。」とあったものを、本件補正による補正後の請求項10において、
(補正後)「【請求項10】
ソルガムAHASタンパク質のラージサブユニットの位置93にアラニンからトレオニンへの単一の置換を有するポリペプチドをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドをゲノム中に含むソルガム種子。」とする補正事項を含むものである。(下線は補正された事項である。)

2.目的要件について
上記補正事項によって、補正前の請求項11に記載されていた「置換」について、補正後の請求項10では「単一の置換」に補正された。
上記の補正後の請求項10に関する補正は、補正前の請求項11に係る発明を限定しており、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。

そこで、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項10に記載された事項により特定される発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3.独立特許要件について
(1)引用文献、引用発明
ア.引用文献1
平成30年10月26日付け拒絶査定(以下、「原査定」という。)で引用文献1として示された特表2010-523123号公報には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審が付したものである。以下も同様である。
(ア-1)「【請求項1】
次のポリペプチドからなる群より選択されるアセトヒドロキシ酸合成酵素大サブユニット(AHAS)二重変異体ポリペプチドをコードする、単離されたポリヌクレオチド:
a)配列番号1の122位もしくは配列番号2の90位に対応する位置においてバリン、トレオニン、グルタミン、システインまたはメチオニンおよび配列番号1の653位もしくは配列番号2の621位に対応する位置においてフェニルアラニン、アスパラギン、トレオニン、グリシン、バリンまたはトリプトファンを有するポリペプチド;
・・・・
【請求項5】
請求項1に記載の単離されたポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
・・・・
【請求項7】
請求項5に記載の発現ベクターを含むトランスジェニック植物。
・・・・
【請求項10】
植物がシロイヌナズナ、トウモロコシ、コムギ、ライムギ、オートムギ、ライコムギ、イネ、オオムギ、モロコシ、雑穀、サトウキビ、ダイズ、サトウダイコン、ピーナッツ、ワタ、アブラナ、キャノーラ、アブラナ属、トロアオイ、コショウ、ヒマワリ、マリーゴールド、ナス科植物、ジャガイモ、タバコ、ナス、トマト、ソラマメ属、エンドウマメ、アルファルファ、コーヒー、カカオ、チャ、ヤナギ属、オイルパーム、ココナッツ、多年生イネ科植物および飼料植物からなる群より選択される、請求項7に記載のトランスジェニック植物。
【請求項11】
種子が前記単離されたポリヌクレオチドを含む、請求項7に記載のトランスジェニック植物により作製された植物種子。
・・・・
【請求項36】
作物植物の周辺の雑草を防除する方法であって、
i)請求項11、18、29、および35のいずれか1項の種子;または請求項7?10、14?17、19、25?28、および31?34のいずれか1項の植物により作製された種子を圃場に植え付けるステップ;および
ii)イミダゾリノン系除草剤、スルホニルウレア系除草剤、またはそれらの混合物の有効量を、圃場の雑草および作物植物に施用して雑草を防除するステップを含んでなる前記方法。」(特許請求の範囲)

(ア-2) 「【0011】
除草剤に対する耐性または抵抗性を与える、いくつものAHAS大サブユニットにおける単一突然変異が公知である(Dugglebyら (2000) Journal of Biochem and Mol. Bio. 33:1-36; Janderら (2003) Plant Physiology 131:139-146)。例えば、シロイヌナズナAHASLの122位におけるアラニンのバリンへの置換(またはオオモミ(キク科植物)AHASLの対応する100位におけるアラニンのトレオニンへの置換)はイミダゾリノンおよびスルホニルウレアに対する耐性を与える。」

(ア-3)「【0028】
・・・・
【図3ー1】シロイヌナズナ(Arabidopsis)AHAS大サブユニットタンパク質(AtAHASL、配列番号1)と本発明の二重および三重突然変異を行うことができる次の多数の種のAHAS大サブユニットタンパク質との対応位置のアラインメントであり、配列番号1の置換位置に対応する置換位置を示す:Amaranthus sp.(AsAHASL 配列番号9)、Brassica napus(BnAHASL1A 配列番号3、BnAHASL1C 配列番号10、BnAHASL2A 配列番号11)、Camelina microcarpa(CmAHASL1 配列番号12、CmAHASL2 配列番号13)、Solanum tuberosum(StAHASL1 配列番号16、StAHASL2 配列番号17)、Oryza sativa(OsAHASL 配列番号4)、Lolium multiflorum(LmAHASL 配列番号20)、Solanum ptychanthum(SpAHASL 配列番号14)、Sorghum bicolor(SbAHASL 配列番号15)、Glycine max(GmAHASL 配列番号18)、Helianthus annuus(HaAHASL1 配列番号5、HaAHASL2 配列番号6、HaAHASL3 配列番号7)、Triticum aestivum(TaAHASL1A 配列番号21、TaAHASL1B 配列番号22、TaAHASL1D 配列番号23)、Xanthium sp.(XsAHASL 配列番号19)、Zea mays(ZmAHASL1 配列番号8、ZmAHASL2 配列番号2)、Gossypium hirsutum(GhAHASA5 配列番号24、GhAHASA19 配列番号25)、およびE.coli(ilvB 配列番号26、ilvG 配列番号27、ilvI 配列番号28)。」

(ア-4)「【0051】
特に、本発明は少なくとも2つの突然変異を含むAHASL変異体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを用いて、除草剤耐性のある植物を作製することを記載する。この計画を、本明細書においては、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のArabidopsis AHASL変異体およびトウモロコシ(corn)のmaize AHASL2変異体を用いて実証したが、この応用はこれらの遺伝子にまたはこれらの植物に限定されるものでない。好ましい実施形態において、除草剤はイミダゾリノンおよび/またはスルホニルウレアである。他の好ましい実施形態において、除草剤耐性は野生型植物および公知のAHAS変異体と比較して改善および/または増強される。
【0052】
本発明はまた、少なくとも2つの突然変異を含むAHASL変異体をコードする核酸を含有し、植物における該核酸の発現が野生型または公知のAHAS変異体型植物と比較して、除草剤耐性をもたらすトランスジェニック作物植物を作製する方法であって、(a)植物細胞中に、少なくとも2つの突然変異をもつAHASL変異体をコードする核酸を含む発現ベクターを導入するステップ、および(b)該植物細胞から除草剤耐性をもつトランスジェニック植物を作製するステップを含んでなる前記方法を提供する。植物細胞としては、限定されるものでないが、プロトプラスト、配偶子産生細胞、および再生して全植物になる細胞が挙げられる。本明細書で使用する用語「トランスジェニック」は、少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドの全てまたは部分を含有する任意の植物、植物細胞、カルス、植物組織、または植物部分を意味する。多くの場合、組換えポリヌクレオチドの全てまたは部分を染色体または安定な染色体外エレメント中に安定して組込んで、連続世代に継代されるようにする。」

(ア-5)「【0055】
本発明はさらに、AHASL二重変異体ポリペプチドをコードする1つのポリヌクレオチド、またはAHASL単一変異体ポリペプチドをコードする2つのポリヌクレオチドを含む、非トランスジェニックおよびトランスジェニック除草剤耐性植物を提供する。それから作製される非トランスジェニック植物は、第1の植物を第2の植物と他家受粉し、花粉受容植物(第1のまたは第2の植物のいずれであってもよい)がこの他家受粉から種子を生じるようにすることにより、作製することができる。作製されるその種子および子孫植物は、1つの単一対立遺伝子または2つの対立遺伝子上に交雑した二重突然変異を有しうる。花粉受容植物は第1または第2の植物のいずれであってもよい。第1の植物は第1のAHASL単一変異体ポリペプチドをコードする第1のポリヌクレオチドを含む。第2の植物は第2のAHASL単一変異体ポリペプチドをコードする第2のポリヌクレオチドを含む。第1と第2のAHASL単一変異体ポリペプチドは、野生型AHASLポリペプチドと比較して、異なる単一のアミノ酸置換を含む。それから生じる種子または子孫植物はAHASL二重変異体ポリペプチドをコードする1つのポリヌクレオチドまたは2つのAHASL単一変異体ポリペプチドをコードする2つのポリヌクレオチドを含むので、選択することができる。選択された子孫植物は、AHAS阻害性除草剤、例えばイミダゾリノン系除草剤またはスルホニルウレア系除草剤に対して、単一植物中の2つのAHASL単一変異体ポリペプチドの組合わせから予想されるより、意外に高いレベルの耐性を提示する。その子孫植物は、除草剤耐性に関して相乗作用を提示し、それにより、親植物由来の第1のおよび第2の突然変異を含む子孫植物の除草剤耐性のレベルは、第1のポリヌクレオチドの2コピーまたは第2のポリヌクレオチドの2コピーを含む植物の除草剤耐性より高い。
・・・・
【0058】
AHASLポリヌクレオチドの二重突然変異を含むものである非トランスジェニック植物は、上記の他家受粉でない他の方法、例えば、限定されるものでないが、Kochevenkoら(PlantPhys.132:174-184,2003)に記載の標的化in vivo変異原性などにより作製することができる。二重突然変異は植物ゲノムの単一対立遺伝子、または2つの対立遺伝子に局在化させることができる。」

(ア-6)「【0171】
ベクターAP1(図5)は植物形質転換ベクターであり、単一S653N突然変異を伴うAtAHASL遺伝子(配列番号34)を含む。配列番号34に示したDNA断片をAP1中に逆相補配向でクローニングした。ベクターAP2?AP7は、AP1とAEプラスミドから標準のクローニング手順を用いて作製し、表1に示した突然変異だけが異なる。クローニングの便宜のために、AP2?AP5と比較して異なる断片を用いてAP6とAP7を作製した。従って、AP6とAP7はAP1?AP5より47塩基対だけ短い。この相異はプラスミド骨格にあるのであって、Arabidopsisthalianaゲノム断片には存在しない。」

(ア-7)「【0187】
(実施例5)
植物形質転換
APベクターをシロイヌナズナ(A. thaliana)生態型Col-2中に形質転換した。T1種子を、100nM Persuit(登録商標)を選択剤として用いてプレート上で形質転換について選択した。ほぼ20の独立した形質転換事象(系統)から得たT2種子を、増加するPersuit濃度のMS寒天上にプレーティングし、AP1と比較して耐性増加のスコアを求めた。可視検査により実生の無阻害生長を有するPursuit(登録商標)の最高濃度の比較により、ベクターのスコアを求めた。シロイヌナズナ形質転換実験の結果を表1に示した。
・・・・
【0189】
ZP構築物をトウモロコシ未成熟胚中にアグロバクテリウムが介在する形質転換を経由して導入した。形質転換された細胞を、0.75μM Pursuit(登録商標)を補充した選択培地で3?4週間選択した。トランスジェニック小植物を、0.75μM Pursuit(登録商標)を補充した植物再生培地で再生した。トランスジェニック小植物は、0.5μM Pursuit(登録商標)の存在のもとで根付いた。トランスジェニック植物をトランスジーンの存在についてTaqMan分析にかけた後に、鉢植え混合物に移植し、温室で成熟まで生長させた。トウモロコシ形質転換実験の結果を表2に示した。ZP構築物で形質転換したトウモロコシ植物に様々な施用率のイマザモックスを、いくつかの野外立地においておよび温室内でスプレーした。ZP構築物の全植物試験データの相対評価を表2に総括した。

(ア-8)「表1




(ア-9)「表2





イ.引用文献2
原査定で引用文献2として示された特表2010-523103号公報には、以下の事項が記載されている。
(イ-1)「【請求項1】
除草剤抵抗性のAHASLポリペプチドをコードするアセトヒドロキシ酸シンターゼ大サブユニット(AHASL)ポリヌクレオチドの少なくとも1つのコピーをそのゲノム中に含むアブラナ属植物であって、前記AHASLポリペプチドは、
a)配列番号1の位置653または配列番号2の位置638または配列番号3の位置635に対応する位置にアスパラギンを有するポリペプチド、
b)配列番号1の位置122または配列番号4の位置107または配列番号5の位置104に対応する位置にトレオニンを有するポリペプチド、および
c)配列番号1の位置574または配列番号6の位置557に対応する位置にロイシンを有するポリペプチド
からなる群から選択されるアブラナ属植物。」(特許請求の範囲)

(イ-2)「【図面の簡単な説明】
【0019】
・・・・
【図2】シロイヌナズナからの野生型AHASL遺伝子(AtAHASL、配列番号1)、・・・」

ウ.引用文献3
原査定で引用文献3として示された特表2009-504137号公報には、以下の事項が記載されている。
(ウ-1)「【請求項1】
ゲノム中に少なくとも一種のアセトヒドロキシ酸シンターゼ大サブユニット(AHASL)ポリヌクレオチドを少なくとも一コピー有するヒマワリ植物であって、前記AHASLポリヌクレオチドが、位置107又はそれに相当する位置にトレオニンを有する除草剤耐性AHASLタンパク質をコードし、前記植物の少なくとも一種の除草剤に対する耐性が、野生型ヒマワリ植物と比較して増加していることを特徴とするヒマワリ植物。」(特許請求の範囲)

(ウ-2)「【0184】
S4897、BTK47、及びオオオナモミsp.のAHASL1核酸配列から予想されるアミノ酸配列のアラインメントを図2に示す。BTK47のAHASL1アミノ酸配列と較べると、S4897のAHASL1アミノ酸配列では、アミノ酸位置7(配列番号2)でアラニンからトレオニンへの置換が起こっている。配列番号2のこのアミノ酸位置は、ジェンバンク登録番号AY541451(配列番号4)のヒマワリAHASL1核酸配列でコードされた完全長アミノ酸配列のアミノ酸位置107に相当し、ジェンバンク登録番号X51514のシロイヌナズナAHASL核酸配列でコードされる完全長アミノ酸配列のアミノ酸位置122に相当する。」

エ.引用発明
引用文献1は植物の除草剤に対する耐性を向上させることに関する文献であり、上記ア.(ア-1)のとおり、引用文献1の特許請求の範囲には、請求項11に記載されるトランスジェニック植物の種子に関して、請求項10に列挙されるような各種の植物からのトランスジェニック植物におけるAHASLの変異について、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置および653位に対応する位置の2つの位置での特定のアミノ酸置換など、請求項1に列挙される変異が記載されていると認められる。
そして、上記(ア-6)?(ア-9)のとおり、引用文献1には、形質転換ベクターAP2(A122TおよびS653N)を用いてシロイヌナズナを形質転換したこと(表1)、形質転換ベクターZP2(A90TおよびS621N)を用いてトウモロコシを形質転換したこと(表2)が記載されているから、引用文献1には、シロイヌナズナのAHASLの122位のアラニンをトレオニン、653位のセリンをアスパラギンに置換した、シロイヌナズナのAHASL二重変異体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをゲノム中に含むトランスジェニックシロイヌナズナ植物や、トウモロコシAHASLの90位(引用文献1の図8(摘記せず)のAtAHASLおよびZmAHASL2の欄の記載から、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置であることが分かる。)のアラニンをトレオニン、およびトウモロコシAHASLの621位(同じく、図8よりシロイヌナズナAHASLの653位に対応する位置であることが分かる。)のセリンをアスパラギンに置換した、トウモロコシのAHASL二重変異体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをゲノム中に含むトランスジェニックトウモロコシ植物などが作出されたことが記載されていると認められる。表1、表2には、これらのトランスジェニック植物が向上したイミダゾリノン除草剤耐性を有していることも記載されている。
また、引用文献1の図3(摘記せず)には、AHASLのアミノ酸配列について、シロイヌナズナ(Arabidopsis 配列番号1)と各種の植物とのアライメントが示されており、各種の植物の一つとしてソルガム(Sorghum Bicolor 配列番号15)も記載されており、この図3から、広範な植物種において、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置のアラニン、653位に対応する位置のセリンが、それぞれ保存されていることが見て取れる。

そうすると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置にアラニンからトレオニン、および653位に対応する位置にセリンからアスパラギンという、2つアミノ酸置換の変異を有する植物AHASLをコードするポリヌクレオチドを含む、トランスジェニック植物の種子。」

(2)対比
補正後の請求項10に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)と引用発明を対比する。
引用文献1の図3(特に図3-2)によれば、シロイヌナズナのAHASLの122位は、ソルガム(Sorghum Bicolor)のAHASL(配列番号15)の93位に対応する位置であるから、本願補正発明の「ソルガム種子」が含む「ソルガムAHASタンパク質のラージサブユニットの位置93にアラニンからトレオニンへの単一の置換」と、引用発明の「トランスジェニック植物の種子」が含む「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置にアラニンからトレオニン、・・・アミノ酸置換の変異」とは、「植物AHASタンパク質のラージサブユニット」において「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置にアラニンからトレオニンへのアミノ酸置換」を有する点で共通するすると認められる。

したがって、両者は、
「植物AHASタンパク質のラージサブユニットにおいて、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置にアラニンからトレオニンへのアミノ酸置換を有するポリペプチドをコードする、少なくとも1つのポリヌクレオチドを含む植物種子。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)
植物の種類について、本願補正発明では「ソルガム」が特定されているのに対して、引用発明では特定されていない点。
(相違点2)
植物AHASタンパク質のラージサブユニット(AHASL)のアミノ酸置換について、本願補正発明では「ソルガムAHASタンパク質のラージサブユニットの位置93にアラニンからトレオニンへの単一の置換を有するポリペプチドをコードする少なくとも1つのポリヌクレオチドをゲノム中に含む」と、ソルガムAHASLは位置93(シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置)における単一の変異しか有さないことが特定されているのに対して、引用発明では、植物AHASLはシロイヌナズナAHASLの653位に対応する位置にセリンからアスパラギンへの変異という、2つめの変異も有する点。
(相違点3)
アミノ酸置換を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドについて、本願補正発明ではこれをゲノム中に含むことが特定されているのに対して、引用発明では特定されていない点。

(3)判断
(相違点1)および(相違点2)について
上記(1)ア.(ア-2)のとおり、引用文献1には、オナモミ(キク科植物)(当審注:「オオモミ」は「オナモミ」の誤記と認める。)のAHASL(AHASのラージサブユニット)の100位(シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置)におけるアラニンからトレオニンへの置換という単一の変異が、イミダゾリノンおよびスルホニルウレアに対する耐性を与えることが記載されており、また、上記(ア-9)のとおり、引用文献1の表2には、AHASLにおいてA90T変異(シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置の変異)という単一の変異を有するトウモロコシ/ZP7ベクター変異体の耐性が、A90TとS621Nという2つの変異を有するトウモロコシ/ZP2ベクター変異体の耐性と同じく[+++]であることが記載されており、さらに、「本明細書においては、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のArabidopsis AHASL変異体およびトウモロコシ(corn)のmaize AHASL2変異体を用いて実証したが、この応用はこれらの遺伝子にまたはこれらの植物に限定されるものでない」(上記(ア-4))と記載されている。加えて、引用文献2、3にも、アブラナ属植物やヒマワリにおいて、AHASLのシロイヌナズナの122位に対応する位置にアラニンからトレオニンへの置換を有する植物は、除草剤耐性であることが記載されている。
したがって、引用文献1?3の記載から、各種の植物のAHASLにおいて、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換という単一の変異を導入することにより、各種の植物の除草剤耐性が向上することが理解される。
そして、植物の遺伝子改変において、遺伝子への複数の変異の導入よりも単一の変異の導入の方が簡便であることは明らかであり、「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換」の場合、単一の変異だけでも除草剤耐性が向上することから、複数の変異を有する植物だけでなく、単一の変異を有する植物も作出しようとすることは、当業者が容易に想到することである。
そうすると、引用発明のトランスジェニック植物について、2つめの変異も有する植物に代えて、「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置」の単一の変異のみを有する植物を特定することは、当業者が容易になし得ることであり、また、引用文献1の上記(ア-1)、(ア-3)の記載(モロコシはソルガムの別名である)から、植物の種類としてソルガム(Sorghum bicolor)を特定することも当業者が適宜なし得ることである。
したがって、引用発明における、シロイヌナズナAHASLの653位に対応する位置には変異を有さず、122位に対応する位置に変異を有するトランスジェニックソルガム(Sorghum bicolor)、すなわち、ソルガムAHASLの93位に単一の変異のみを有するAHASL変異体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むソルガムを特定することは、当業者が容易になし得ることである。
よって、上記相違点1、相違点2は当業者が容易になし得ることである。

(相違点3)について
引用文献1には、「本明細書で使用する用語「トランスジェニック」は、少なくとも1つの組換えポリヌクレオチドの全てまたは部分を含有する任意の植物、植物細胞、カルス、植物組織、または植物部分を意味する。多くの場合、組換えポリヌクレオチドの全てまたは部分を染色体または安定な染色体外エレメント中に安定して組込んで、連続世代に継代されるようにする。」(上記(ア-4))と記載されており、引用発明の「トランスジェニック植物」とは、表1、表2に示されるようなベクターで形質転換されたものだけでなく、組換えポリヌクレオチドを染色体に組み込んだもの、すなわちアミノ酸置換を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをゲノム中に含むものも包含すると認められる。
したがって、相違点3は実質的な相違点とはいえない。
また、アミノ酸置換を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをゲノム中に含むことで、アミノ酸置換により生じた優れた形質が種子のような後の世代の植物にも引き継がれることは明らかであるから、該ポリヌクレオチドをゲノム中に含むことを特定することは、当業者が容易になし得ることである。

そして、本願補正発明において、植物の種類をソルガムに特定し、AHASLの変異について93位にアラニンからトレオニンへの単一置換を特定したことによって、引用文献1?3の記載から予測できない効果が奏されたとも認められない。

以上のとおり、本願補正発明は引用文献1?3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は審判請求書において、概ね以下の点を主張している。
[主張A]
作物が異なれば、変異を与えることにより変化する機能も異なることが本願出願時当時の技術常識である。引用文献1には、オナモミ(キク科植物)のAHASLの100位(シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置)におけるアラニンからトレオニンへの置換という単一の変異が、イミダゾリノン及びスルホニルウレアに対する耐性を与えることが記載されているが、一方、本発明による「ソルガムAHASタンパク質のラージサブユニットの位置93にアラニンからトレオニンへの単一の置換」は、イミダゾリノンのみに耐性を示し、スルホニルウレアに対する耐性を与えるものではない。このことについては、参考文献2の実験データに実証されている。
したがって、シロイヌナズナにおけるA122Tの効果が、ソルガム植物においても対応する位置におけるアラニンからトレオニンへの置換により得られるか否かは予測ができない。

[主張B]
引用文献1に記載のトランスジェニック植物はソルガム植物ではなく、二重もしくは三重変異体である。
引用文献1には、A90T置換を含む二重もしくは三重変異体であるコンストラクト6、7が、単一のA90T置換を有する変異体である、コンストラクト3より高い除草剤耐性を備えていることも開示されおり、この結果は当業者に対し、単一のA90T置換よりもむしろ、二重もしくは三重変異体を選択させる動機づけを与える。

[主張C]
参考資料1のTable 3の結果から、サンプル番号5で示す本願発明に係るソルガム植物は、従来技術に係るソルガム植物よりも2Xイミダゾリノンに対して高い耐性を示したこと、また、単一変異であるA122T置換を有する他の植物と比較しても、2Xイミダゾリノンに対して高い耐性を示したことが分かる。

[主張A]について
引用文献1?3には、シロイヌナズナのAHASLのA122T置換に対応する単一の置換が、シロイヌナズナを始めとするアブラナ科植物だけでなくトウモロコシ、ヒマワリ、オナモミにおいてもイミダゾリノン除草剤に対する耐性を増大させることが示されていると認められる。そのうえ、引用文献1の表3のとおり、ソルガムを含む多くの植物種において、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置はアラニンに保存されていることから、この位置のトレオニンへの変異が共通した表現型(機能)に結びつくと考えるのが自然であって、ソルガムにおいても該置換によってイミダゾリノン除草剤に対する耐性が野生型よりも増大することを当業者は期待するといえる。
上記のような当業者の期待があることから、該置換を有するソルガムがイミダゾリノン除草剤に対して耐性を有することは、引用文献1?3の記載から当業者が予期することある。確かに植物の種類によって、イミダゾリノン除草剤に対する耐性増大効果が全く同じにはならないかもしれないが、該置換を有さない野生型より耐性が増大する点において同様の効果が期待できるといえる。
また、本願明細書の段落【0015】には「本発明のソルガム植物は、野生型ソルガム植物と比較して、除草剤、例えば、AHAS酵素を標的とする除草剤、特に、イミダゾリノンおよびスルホニルウレアに対する改善された耐性を示す。」と記載されている一方、ソルガムAHASの93位におけるアラニンのトレオニンへの単一の置換がイミダゾリノンに対してのみ耐性を与え、スルホニルウレアに対する耐性を与えないことは記載されていない。
そうすると、ソルガムAHASLにA93T置換を有するソルガムが、スルホニルウレアには耐性を示さず、イミダゾリノンに耐性を示すという参考文献2の実証データは、本願明細書の記載から当業者が把握あるいは予測できる範囲を逸脱するものであって、本願の請求項1、2に係る発明の効果として参酌できない。
また、参考文献2の実証データは[IMI-sorgum(S-M1)]と称される特定の株についてのものであるから、該データを本願発明全体において奏される効果であるともいえない。

[主張B]について
上記(3)で述べたとおり、引用文献1?3の記載から、シロイヌナズナやトウモロコシに限らず、各種の植物のAHASLに「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換」という単一の変異を導入することにより、各種の植物の除草剤耐性を向上できることが理解できる。そして、植物の遺伝子改変において、遺伝子への複数の変異の導入よりも単一の変異の導入の方が簡便であることは明らかであるから、ソルガム植物において「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換」の単一の変異を有する植物を作出することは、当業者が容易に想到することである。
審判請求人は、引用文献1にA90T置換を含む二重もしくは三重変異体であるコンストラクト6、7が、単一のA90T置換を有する変異体であるコンストラクト3より高い除草剤耐性を備えていることが開示されていると主張しており、この主張は引用文献1の(実施例7)の表5についていうものと認められる。
しかし、表5には「シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換」の単一の変異を有するトウモロコシ植物が除草剤耐性を有することが示されており、上記(3)で述べたとおり、植物の遺伝子改変において、遺伝子への複数の変異の導入よりも単一の変異の導入の方が簡便であるから、二重、三重の変異だけでなく、単一の変異を有する植物を作出することも当業者が容易に想到することである。

[主張C]について
参考資料1において従来技術とされているソルガム植物は、V560I+W574L置換を有するものであって(表1のS No.2)、A122Tを含む二重置換を有するものではないから、Table 3の結果は引用発明に対して本願発明が優れていることを示すものとは認められない。
したがって、参考資料1の記載をみても、本願発明が格別の効果を奏するとはいえない。
また、参考資料1の実験の結果では、A122T置換変異について、ソルガム(S-M1)だけでなく、ヒマワリ(H-M1)、コメ(O-M)、トウモロコシ(Z-M)についても除草剤耐性となっており、このような結果は、上記(3)において「引用文献1?3の記載から、各種の植物のAHASLにおいて、シロイヌナズナAHASLの122位に対応する位置へアラニンからトレオニンへの置換という単一の変異を導入することにより、各種の植物の除草剤耐性が向上することが理解される。」としたことと矛盾するものではない。

4.小括
以上のとおり、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項10に記載された発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?13に係る発明は、平成30年7月11日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?13に記載の事項により特定される発明であり、そのうち本願の請求項11に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2に補正前のものとして記載した請求項11に特定されるとおりものである。
そして、本願補正発明は、本願発明における「置換」を「単一の置換」に限定するものである。

2.原査定の理由
原査定の理由は、この出願の請求項1?13に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1?3に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。
(引用文献)
1.特表2010-523123号公報
2.特表2010-523103号公報
3.特表2009-504137号公報


3.上記第2 のとおり、本願補正発明は引用文献1?3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるところ、上記1.のとおり、本願補正発明は本願発明を限定した発明であるから、本願補正発明を含む本願発明は本願補正発明と同様の理由から引用文献1?3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


第4 むすび
以上のとおり、この出願の請求項11に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、この出願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-03-19 
結審通知日 2020-03-24 
審決日 2020-04-07 
出願番号 特願2017-5343(P2017-5343)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小金井 悟  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 小暮 道明
中島 庸子
発明の名称 突然変異アセトヒドロキシ酸合成酵素タンパク質のラージサブユニットをコードする突然変異ポリヌクレオチドを有し、除草剤耐性が増大したソルガム植物  
代理人 奥山 尚一  
代理人 森本 聡二  
代理人 松島 鉄男  
代理人 中村 綾子  
代理人 有原 幸一  

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