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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01B
管理番号 1366060
異議申立番号 異議2019-700097  
総通号数 250 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-10-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-02-08 
確定日 2020-06-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6369652号発明「多芯ケーブル用コア電線及び多芯ケーブル」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6369652号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔4-6、10-12〕について訂正することを認める。 特許第6369652号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。 同請求項10ないし12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6369652号の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、平成27年9月30日を国際出願日とする特願2017-519330号の一部を新たな特許出願とした特願2018-9914号の一部を、さらに新たな特許出願として平成30年5月16日に出願されたものであって、平成30年7月20日付けでその特許権の設定登録がされ、同年8月8日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成31年2月8日 :特許異議申立人小林敏樹(以下、「申立人」という。)による請求項1?9に係る特許に対する特許異議の申立て
令和1年 5月22日付け :取消理由通知書
令和1年 7月24日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求
令和1年 9月5日 :申立人による意見書の提出
令和1年10月31日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和1年12月25日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求
令和2年 2月17日 :申立人による意見書の提出

なお、先にした令和1年7月24日付けの訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正請求による訂正の適否についての判断
1 本件訂正請求の内容
本件訂正請求は、その請求の趣旨を「特許第6369652号の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項4?6及び10?12について訂正することを求める。」とするものであり、その内容はつぎのとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1、請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル用コア電線。」とあるうち、請求項1を引用するものについて、独立形式に改めるとともに、請求項4が引用する請求項1の「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率」を「5%以上」から「10%以上」に訂正して、
「複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線であって、
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が10%以上であり、
上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下であり、
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である、多芯ケーブル用コア電線。」とし、新たに請求項10とする。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1、請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル用コア電線。」とあるうち、請求項1を引用するものについては除外し、「請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル用コア電線。」に訂正する。
請求項4を引用する請求項5、6についても同様に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5のうち、請求項1を引用する請求項4を引用するものについて、「上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が96本以上2450本以下である請求項10に記載の多芯ケーブル用コア電線。」と記載し、新たに請求項11とする。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6のうち、請求項1を引用する請求項4を引用するもの、または、請求項1を引用する請求項4を引用する請求項5を引用するものについて、「上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項10又は請求項11に記載の多芯ケーブル用コア電線。」と記載し、新たに請求項12とする。

(5)一群の請求項について
本件訂正請求による訂正前の特許請求の範囲の請求項4ないし6は、一群の請求項を構成するものであるから、それに対応する訂正後の請求項4ないし6及び10ないし12は、一群の請求項を構成するものである。

2 本件訂正請求による訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
ア 目的について
訂正事項1のうち、訂正前の請求項4が訂正前の請求項1、請求項2又は請求項3を引用する記載であったところ、請求項1を引用するものについて、請求項の引用関係を解消し、独立形式の請求項へ改める訂正は、特許法120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。
また、「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率」を「5%以上」から「10%以上」へと限定する訂正は、特許法120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張又は変更について
本件特許明細書の段落【0077】ないし【0086】には、素線間の空隙領域の占有面積率を10%以上とした「No.4」?「No.7」の試験結果が記載されているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
また、訂正事項1は上述のとおり、訂正前の請求項1に係る発明における、素線間の空隙領域の占有面積率を限定することによって、特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2について
ア 目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項4が請求項1、2又は3を引用する記載であったところ、請求項1を引用しないものとする訂正であって、引用請求項数を削減するものであるから、特許法120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張又は変更について
訂正事項2は、引用請求項数を削減することを除き、何ら実質的な内容の変更を伴うものでないから、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3、4について
ア 目的について
訂正事項3、4は、訂正事項1によって訂正前の請求項1を引用する請求項4を独立形式の請求項10に改めたことに伴い、訂正前の請求項4を直接的又は間接的に引用する請求項5、6を、請求項10を直接的又は間接的に引用する請求項11、12に訂正したものであり、請求項10は、「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率」を「5%以上」から「10%以上」に限定することを含むから、訂正事項3、4は、特許法120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

新規事項の追加、特許請求の範囲の拡張又は変更について
本件特許明細書の段落【0077】ないし【0086】には、素線間の空隙領域の占有面積率を10%以上とした「No.4」?「No.7」の試験結果が記載されているから、訂正事項3、4は、新規事項の追加に該当せず、また、訂正前の請求項1に係る発明における、素線間の空隙領域の占有面積率を限定することによって、特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(4)独立特許要件について
訂正事項1ないし4については、「特許請求の範囲の減縮」を目的として含むものであるが、本件においては、訂正前の請求項1ないし9の全請求項について特許異議の申立てがなされているので、訂正前の請求項4ないし6に係る訂正事項1ないし4に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[4-6、10-12]について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明12」という。また、全ての請求項をまとめて「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線であって、
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、
上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下である、多芯ケーブル用コア電線。
【請求項2】
上記絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である、請求項1に記載の多芯ケーブルコア電線。
【請求項3】
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が20%以下である請求項1又は2に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項4】
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項5】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が96本以上2450本以下である請求項1から4のいずれか1項に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項6】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項7】
複数のコア電線を撚り合わせた芯線と、この芯線の周囲に配設されるシース層とを備える多芯ケーブルであって、
上記複数のコア電線の少なくとも1本が請求項1に記載のものである多芯ケーブル。
【請求項8】
上記複数のコア電線の少なくとも1本が複数のコア電線を撚り合せたものである請求項7に記載の多芯ケーブル。
【請求項9】
車両のABS及び/又は電動パーキングブレーキに接続される請求項7又は請求項8に記載の多芯ケーブル。
【請求項10】
複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線であって、
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が10%以上であり、
上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下であり、
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である、多芯ケーブル用コア電線。
【請求項11】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が96本以上2450本以下である請求項10に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項12】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項10又は請求項11に記載の多芯ケーブル用コア電線。」

第4 当審の判断
1 取消理由(決定の予告)の概要
当審が令和1年10月31日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
本件発明1ないし3、5ないし9に係る特許は、引用文献1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

<引用文献等一覧>
引用文献1:特開2014-220043号公報(甲第1号証)
引用文献2:“各種ポリエチレン資料の温度分散”、[ONLINE]、2011年1月、アイティー計測制御株式会社、[平成31年2月8日検索]、インターネット、(URL:http://www.itkdva.jp/pdf/DataSheet.pdf)、写し(甲第2号証)
引用文献3:“プラスチック材料の性能一覧表”、[ONLINE]、FA Ubon(もの造りサポーティングサイト)、[平成31年2月1日検索]、インターネット、(URL:http//fa-ubon.jp/tech/005_performace_pm.html)、写し(甲第3号証)
引用文献4:桜内雄二郎、「プラスチックポケットブック」、工業調査会、1987年3月2日、p.26,41?42、写し(甲第4号証)
引用文献5:“プラスチック物性一覧表”、[ONLINE]、華陽物産株式会社、[平成31年2月8日検索]、インターネット、(URL:http//www.kayo-corp.co.jp/common/pdf/pla_propertylist01.pdf)、写し(甲第5号証)
引用文献6:特開2013-189493号公報
引用文献7:特開2014-234503号公報

引用文献1?5は、それぞれ、平成31年2月8日付けの申立人による特許異議申立書の甲第1?5号証である。
なお、令和1年7月24日付け訂正請求による訂正請求特許の範囲において、取消理由のない請求項4は、本件発明10に対応している。

2 取消理由(特許法第29条第1項第3号違反)についての当審の判断
(1)引用文献の記載事項
(1-1)引用文献1
取消理由通知において引用した引用文献1(甲第1号証)には、「電気絶縁ケーブル」について、図面とともに以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。
ア.「【請求項1】
導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線と、
前記コア電線を覆うように形成された第1の被覆層と、
前記第1の被覆層を覆うように形成された第2の被覆層と、
前記コア電線と前記第1の被覆層との間に、前記コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材と、
を備え、
前記第2の被覆層は、難燃性のポリウレタン系樹脂で形成され、
各々の前記導体の断面積は、0.18?3.0mm^(2)の範囲に含まれる、電気絶縁ケーブル。」

イ.「【0009】
<本発明の実施形態の概要>
最初に本発明の実施形態の概要を説明する。
(1)電気絶縁ケーブルは、導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線と、
前記コア電線を覆うように形成された第1の被覆層と、
前記第1の被覆層を覆うように形成された第2の被覆層と、
前記コア電線と前記第1の被覆層との間に、前記コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材と、
を備え、
前記第2の被覆層は、難燃性のポリウレタン系樹脂で形成され、
各々の前記導体の断面積は、0.18?3.0mm^(2)の範囲に含まれるものである。」

ウ.「【0020】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る電気絶縁ケーブル10の構成を示す断面図である。電気絶縁ケーブル10は、例えば、車両に搭載された電動パーキングブレーキ(Electro Mechanical Parking Brake:EPB)に用いられるものであり、ブレーキキャリパーを駆動するモータに電気信号を送信するためのケーブルとして用いることができる。」

エ.「【0022】
コア電線1は、互いに略同一の直径をそれぞれ有する2本の第1のコア材4(コア材の一例)が互いに撚り合されて形成される。2本の第1のコア材4の各々は、導体5と導体5の外周を覆うように形成された絶縁層6とから構成されている。
【0023】
導体5は、例えば、銅合金からなる銅合金線であり、外径0.08mm(当審注:「0.08m」は「0.08mm」の誤記である。)の素線を複数本撚り合されて形成された撚線である。導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度である。このように構成された導体5の断面積(複数本の素線の合計断面積)は、1.5?3.0mm^(2)の範囲、好ましくは、1.8?2.5mm^(2)の範囲に含まれるように設定される。また、導体5の外径は、1.5?3.0mmの範囲、好ましくは、2.0?2.6mmの範囲に含まれるように設定される。なお、導体5を構成する材料としては、銅合金線に限られず、錫めっき軟銅線や軟銅線等のような所定の導電性と柔軟性を有する材料であればよい。
【0024】
絶縁層6は、難燃性のポリオレフィン系樹脂で形成され、例えば、難燃剤が配合されることで難燃性が付与された難燃性の架橋ポリエチレンで形成される。絶縁層6の厚さは、0.2?0.8mmの範囲、好ましくは、0.3?0.7mmの範囲に含まれるように設定される。絶縁層6の外径は、2.5?4.0mmの範囲、好ましくは、2.8?3.8mmの範囲に含まれるように設定されている。なお、絶縁層6を構成する材料としては、難燃性のポリオレフィン系樹脂に限られず、架橋フッ素系樹脂等の他の材料で形成しても良い。」

オ.「【0027】
内部シース7は、テープ付きコア電線100を覆うように、その外周に押出被覆されて形成されたものである。内部シース7を構成する材料としては、柔軟性に優れたものが好ましい。例えば、ポリエチレンやエチレン酢酸ビニル共重合体(EVA)等のポリオレフィン系樹脂、ポリウレタンエラストマー、ポリエステルエラストマー、またはこれらの少なくとも2種を混合して形成される化合物であれば良く、例えば、架橋ポリエチレンで形成される。内部シース7の厚さは、0.3?0.9mmの範囲、好ましくは、0.45?0.80mmの範囲に含まれるように設定される。内部シース7の外径は、6.0?10.0mmの範囲、好ましくは、7.3?9.3mmの範囲に含まれるように設定される。」

カ.「【0030】
2つのコア材サプライリール12の各々には、第1のコア材4が巻き付けられており、2本の第1コア材4が撚り合せ部13に供給される。撚り合せ部13では、供給されてきた2本の第1コア材4が互いに撚り合わされてコア電線1が形成される。このコア電線1は紙テープ巻付部15に送られる。」

キ.「【0036】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態について図3を参照して説明する。なお、第1の実施形態と同一構成の部分には同一符号を付すことで説明を省略する。図3は、第2の実施形態に係る電気絶縁ケーブル30の断面を示している。本例の電気絶縁ケーブル30は、電動パーキングブレーキの電気信号を送信する用途に加えて、アンチロックブレーキシステム(Antilock Brake System:ABS)の動作を制御する電気信号を送信するのに用いることができる。」

ク.「【0046】
(実施例1)
試験用の電気絶縁ケーブル(EPB用)として、各部が次の構成を有するケーブルを作成した。第1のコア材を構成する導体の材料を銅合金線(外径0.08mm(当審注:「0.08m」は「0.08mm」の誤記である。)の素線を52本撚り合されて形成された撚線7本を撚り合わせた撚撚線)とし、その断面積(素線の合計断面積)を1.8mm^(2)とし、外径を2.0mmに設定した。また、導体の周囲に形成される絶縁層の材料を難燃性の架橋ポリエチレンとし、その厚さを0.4mmとし、その外径を2.8mmに設定した。また、コア電線を構成するコア材(第1のコア材)の本数を2本とし、撚合径(撚り合せた状態での外径)を5.6mmに設定した。また、テープ部材の構成としては、厚さが0.03mmの紙テープを用い、紙巻き径を5.7mmに設定した。また、内部シースを構成する材料を架橋ポリエチレンとし、その厚さを0.8mmとし、その外径を7.3mmに設定した。また、外部シースを構成する材料を難燃性の架橋ポリウレタンとし、その厚さを0.5mmとし、その外径を8.3mmに設定した。」

したがって、上記記載事項及び図面を総合勘案すると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線を備えた電気絶縁ケーブルにおいて、
導体5は、外径0.08mmの素線を複数本撚り合されて形成された撚線であり、導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度であり、このように構成された導体5の断面積(複数本の素線の合計断面積)は、1.5?3.0mm^(2)の範囲、好ましくは、1.8?2.5mm^(2)の範囲に含まれるように設定され、
絶縁層6は、難燃性のポリオレフィン系樹脂で形成され、例えば、難燃剤が配合されることで難燃性が付与された難燃性の架橋ポリエチレンで形成され、なお、絶縁層6を構成する材料としては、難燃性のポリオレフィン系樹脂に限られず、架橋フッ素系樹脂等の他の材料で形成しても良い、電気絶縁ケーブル。」

(1-2)引用文献2ないし7
(1-2-1)引用文献2(甲第2号証)には、以下の各記載がある。
ケ.「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-1 各種ポリエチレン試料の温度分散」には、左上段に「LDPEフィルム(SG0.922、MI0.6)厚さ75μ」、右上段に「LLDPEフィルム(FCS40)厚さ40μ」、左中段に「HDPEフィルム 厚さ12μ」、右中断に「3種類のPEフィルム(10Hz測定)の比較」、左下段に「HDPEシート 厚さ1mm」、右下段に「超高分子量PEシート 厚さ0.5mm」のグラフがそれぞれ記載されている。
各試料の-35℃のときの貯蔵弾性率Erをグラフからそれぞれ読むと、おおよそ
LDPEフィルム 9.1 [logE(Pa)]
LLDPEフィルム 9.05 [logE(Pa)]
HDPEフィルム及びHDPEシート 9.2 [logE(Pa)]
である。(第1頁目)

コ.「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-3 各種結晶性高分子材料の温度分散、耐熱性のある2種、PEEKならびにPTFE」には、中段に「PTFE」の2つのグラフが記載されている。
-35℃のときのPTFEの貯蔵弾性率Erの値をグラフから読むと、おおよそ9.08[logE(Pa)]である。(第3頁目)

サ.「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-5 各種非晶性高分子材料の温度分散、PVC、PMMA、PC」には、上段に「PVC(標準)」の2つのグラフが記載されている。
-35℃のときのPVCの貯蔵弾性率Erの値をグラフから読むと、おおよそ9.3[logE(Pa)]である。(第5頁目)

(1-2-2)引用文献3(甲第3号証)には、以下の各記載がある。
シ.「プラスチック材料の性能一覧表(1)」には、「連続使用温度(℃)」、「脆化温度(℃)」及び「熱膨張率(1/K)」について、「ポリ塩化ビニル(軟質)」「通称」「PVC」の値がそれぞれ「60」、「?-40」及び「0.7?2.5×10^(-4)」であり、「ポリエチレン(低密度)」「通称」「LDPE」の値がそれぞれ「75」、「<-70」及び「1.6?1.8×10^(-4)」であり、「架橋ポリエチレン」「通称」「XLPE」の値がそれぞれ「90」、「<-70」及び「1.6?1.8×10^(-4)」であることが記載されている。(1/2頁)

ス.「プラスチック材料の性能一覧表(2)」には、「連続使用温度(℃)」、「脆化温度(℃)」及び「熱膨張率(1/K)」について、「ふっ素樹脂」「通称」「PTFE」の値がそれぞれ「260」、「<-70」及び「10×10^(-5)」であり、「ふっ素樹脂」「通称」「PCTFE」の値がそれぞれ「180」、「<-70」及び「4.5?7.0×10^(-5)」であることが記載されている。(1/2頁下方?2/2頁上方)

(1-2-3)引用文献4(甲第4号証)には、以下の各記載がある。
セ.「表5 プラスチック特性表」には、「試験項目」の「19 熱膨張係数」について、「試験方法」が「ASTM D 696」、「単位」が「10^(-5)/℃」であって、「ふっ素樹脂」の「ポリ三ふっ化塩化エチレン」、「ポリ四ふっ化エチレン」、「ポリふっ化エチレンプロピレン」及び「ポリふっ化ビニリデン」のそれぞれの「19 熱膨張係数」の値が、「4.5-7.0」、「10」、「8.3-10.5」及び「12」であることが記載されている。(26頁、41?42頁)

(1-2-4)引用文献5(甲第5号証)には、以下の各記載がある。
ソ.「プラスチック物性一覧表(熱可塑性)」には、「試験項目(ASTM)」の「熱膨張係数10^(-5)/℃」について、「ビニル系」の「ポリ塩化ビニル」「PVC軟質」の値が「7?25」であり、「フッ素系」の「四フッ化エチレン」「PTFE」の値が「10」であることが記載されている。(1/2頁)

(1-2-5)引用文献6には、以下の各記載がある。なお、下線は当審で付したものである。
タ.「【0051】
本実施形態に係る離型フィルムは、架橋前の熱可塑性樹脂の融点Tmより20℃高い温度において、熱可塑性樹脂の融点Tmのときに比べ、50%以上の貯蔵弾性率を保つ。これは、離型フィルムを構成する樹脂が、融点以上の温度域で溶融し流動していないということをしめす。融点は貯蔵弾性率を測定されるときにも算出されるが、融点以上の温度域において、樹脂の分子鎖はズリ抜けるため、貯蔵弾性率は極端に低下する。このことは分子鎖が固定されないので、溶融して樹脂流れを生じ、安定した膜状態を保てないということを意味する。一方、架橋処理はこの分子鎖間を結合させることであり、架橋処理により、溶融温度域でも分子鎖がずれ抜けないようになる。そのため、溶融温度域においても安定した膜状態を保つことができる。すなわち、融点より20℃高い温度における貯蔵弾性率が、融点における貯蔵弾性率に比べて50%以上を保っているということは、融点を超えた溶融温度域でも分子鎖がずれ抜けない、いわゆる架橋状態になっていることを示す。融点より20℃高い温度における貯蔵弾性率は、融点における貯蔵弾性率に対して、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上である。」

(1-2-6)引用文献7には、以下の各記載がある。なお、下線は当審で付したものである。
チ.「【0044】
準備した混合物には電離性放射線が照射されて、架橋剤によって樹脂成分に架橋構造が形成された熱可塑性樹脂組成物が得られる。樹脂成分中に架橋構造が形成されていることは、示差走査熱量測定、動的粘弾性解析等により確認することができる。
例えば、示差走査熱量測定を用いて樹脂成分の結晶化度の変化を測定することで架橋構造の形成を確認することができる。具体的には、電離性放射線の照射後に樹脂成分の結晶化度を前後することで架橋構造が形成されたことを確認することができる。電離性放射線を照射する前後における結晶化度の減少度は、5%以上であることが好ましく、10?30%であることがより好ましい。なお、結晶化度の減少率は、電離性放射線照射前の結晶化度から電離性放射線照射後の結晶化度を差し引いた値を電離性放射線照射前の結晶化度で除することで算出される。
また例えば、動的粘弾性解析を用いて温度に対する貯蔵弾性率の変化を測定することで架橋構造の形成を確認することができる。一般には温度上昇に伴って貯蔵弾性率が低下していくが、架橋構造が形成されていると、樹脂成分(好ましくはPA)の融点付近で温度上昇に伴う貯蔵弾性率の低下が抑制され、一定値をとるようになる。」

(2)対比・判断
ア.本件発明1について
本件発明1と引用発明とを対比する。
(ア)引用発明の「導体5」は、「外径0.08mmの素線を複数本撚り合されて形成された撚線」であるから、本件発明1の「複数の素線を撚り合わせた導体」に相当する。
ただし、複数の素線を撚り合わせた導体について、本件発明1は「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない。
(イ)引用発明の「導体を覆うように形成された絶縁層」は、本件発明1の「この導体の外周を被覆する絶縁層」に相当する。
ただし、絶縁層について、本件発明1は「上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない。
(ウ)引用発明の「電気絶縁ケーブル」は「コア材が複数本撚り合されて形成され」ているから、多芯ケーブルであり、導体と絶縁層とを含む「コア材」は、本件発明1の「多芯ケーブル用コア電線」に相当する。

よって、本件発明1と引用発明とは、
「複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線」
である点で一致し、次の点で一応相違する。

<相違点1>
本件発明1は「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない点。

<相違点2>
本件発明1は「上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない点。

上記相違点について検討する。

<相違点1>について
引用発明は「導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度」としている。
引用発明における複数の素線間の空隙領域の占有面接率について検討すると、素線間の空隙領域の面積は、各素線の断面を円で考えると、それぞれの円が接している状態で、最小値となる。
ただし、空隙領域を、素線が変形する程に圧縮等して、埋める処理が行われている場合を除く。

また、1つの円の周りには、6つの円が接することができるから、1本の素線の周りには、6本の素線が接することができる。
引用発明の導体5は、図1及び図3を参照すると、断面が円形であるから、中心の1本の外側を6本が囲み(1周目)、その外側を12本(2周目)、さらにその外側を18本(3周目)、・・・、6N本(N周目)と囲んでいくことで、導体5の断面を円形となるように形成することができる。
その際の素線の総本数は、7本(1周目)、19本(2周目)、37本(3周目)、・・・、3N×(N+1)+1(N周目)で計算することができる。
また、空隙の総数は、6(1周目)、6+(6+12)(2周目)、6+(6+12)+(12+18)(3周目)、・・・・、6×N^(2)(N周目)で計算することができる。

なお、素線の半径をRとすると、素線の断面積は、
πR^(2)
であり、互いに接する3つの円(素線の断面積)によって形成される空隙領域の面積は、
(√3-π/2)R^(2)
で計算することができる。

ここで、引用発明の「導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度」の範囲内で例を考えると、11周目を囲んだ時点では、素線の総本数397本、空隙の総数726となり、素線間の空隙領域の占有面積率は、下記計算式より、最小値が8.58%と計算することができる。

(√3-π/2)R^(2)×726/{πR^(2)×397+(√3-π/2)R^(2)×726}
= 0.085811

また、同じ計算方法により、11周目前後について、素線間の空隙領域の占有面積率の最小値を確認すると、10周目を囲んだ時点で総本数が331本、空隙の総数600の場合には、8.51%、12周目を囲んだ時点で総本数が469本、空隙の総数864の場合には、8.64%、13周目を囲んだ時点で総本数が547本、空隙の総数1014の場合には、8.69%となり、いずれも5%以上である。

してみると、上記計算方法によって算出された素線間の空隙領域の占有面積率は、空隙領域を埋める処理が行われない場合には最小値であるところ、引用文献1にそのような空隙領域を埋める処理の記載がなく、また当該処理が当然に行われているとまでは明確に言えないことを勘案すると、引用発明の360?610本程度の素線から形成される導体は、導体の横断面における複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上あると考えるのが自然である。よって、上記相違点1に係る本件発明1の構成は、実質的な相違とはならない。

<相違点2>について
引用発明の「前記導体を覆うように形成された絶縁層」は、「難燃剤が配合されることで難燃性が付与された難燃性の架橋ポリエチレンで形成」されても、「難燃性のポリオレフィン系樹脂に限られず、架橋フッ素系樹脂等の他の材料で形成」してもよいものである。
導体を被覆する絶縁体として、例えば架橋ポリエチレン、四フッ化エチレン(PTFE)、塩化ビニル(PVC)等が知られており、これらの素材に関して、引用文献2には、各種ポリエチレン(LDPE、LLDPE、HDPE)、四フッ化エチレン(PTFE)、塩化ビニル(PVC)等の動的粘弾性測定データが記載されている。

・架橋ポリエチレンについて
引用文献2の第1頁目には、「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-1 各種ポリエチレン試料の温度分散」が記載されている。
各試料の-35℃のときの貯蔵弾性率Erをグラフからそれぞれ読むと、おおよそ
LDPEフィルム 9.1 [logE(Pa)]
LLDPEフィルム 9.05 [logE(Pa)]
HDPEフィルム及びHDPEシート 9.2 [logE(Pa)]
であり、Erの値を計算すると、
LDPEフィルム Er = 10^^(9.1) = 1259[MPa]
LLDPEフィルム Er = 10^^(9.05) = 1122[MPa]
HDPEフィルム及びHDPEシート Er = 10^^(9.2) = 1585[MPa]
となる。
ただし、これらの試料は、いずれも耐熱性向上のための架橋が行われておらず、未架橋である。

一方、引用文献6の【0051】、引用文献7の【0044】に記載があるように、熱可塑性樹脂の貯蔵弾性率は、架橋により、融点付近での貯蔵弾性率の低下が抑制されることが知られており、融点より低いガラス領域から転移領域にかけては、架橋が進行すると、貯蔵弾性率の低下がゆるやかになることが明白である。そうすると、引用文献2の第1頁目に記載された各種ポリエチレンを架橋させると、ガラス領域から転移領域にかけての貯蔵弾性率Erの低下はゆるやかになるから、上記計算した-35℃のときの貯蔵弾性率Erが1122?1585[MPa]であるLDPE、LLDPE、HDPEは、架橋させた後においても、上記相違点2に係る「-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」の範囲内となる蓋然性が高い。

・四フッ化エチレン(PTFE)について
引用文献2の第3頁目には「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-3 各種結晶性高分子材料の温度分散、耐熱性のある2種、PEEKならびにPTFE」が記載されている。
-35℃のときのPTFEの貯蔵弾性率Erの値をグラフから読むと、おおよそ9.08[logE(Pa)]であるから、
Er = 10^^(9.08) = 1202[MPa]
となる。したがって、引用文献1の絶縁層6の素材に四フッ化エチレン(PTFE)を選択する場合には、上記相違点2に係る「上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」の範囲内となる。

・塩化ビニル(PVC)について
引用文献2の第5頁目には「アイティー計測制御株式会社 DVA-200シリーズによる動的粘弾性測定データ報告 2011-5 各種非晶性高分子材料の温度分散、PVC、PMMA、PC」が記載されている。
-35℃のときのPVCの貯蔵弾性率Erの値をグラフから読むと、おおよそ9.3[logE(Pa)]であるから、
Er = 10^^(9.3) = 1995[MPa]
となる。したがって、引用文献1の絶縁層6の素材に塩化ビニル(PVC)を選択する場合には、上記相違点2に係る「上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」の範囲内となる。

したがって、本件発明1の発明特定事項と引用発明との間に差異はなく、本件発明1は引用文献1に記載された発明である。

イ.本件発明2について
上記請求項1の<相違点2>で検討した絶縁体(架橋ポリエチレン、四フッ化エチレン(PTFE)、塩化ビニル(PVC))に関して、引用文献3ないし5には、下記の記載がある。

引用文献3の「プラスチック材料の性能一覧表」を参照すると、架橋ポリエチレンXLPEの熱膨張率は「1.6?1.8×10^(-4)(1/K)」であることが記載されている。
一般に固体に対しては線膨張係数を熱膨張係数(率)として表記することが多いから、架橋ポリエチレンの熱膨張率は、本件発明2に係る線膨張係数の数値範囲に含まれるものと解される。
また、引用文献3の上記表には、「連続使用温度(℃)」が「90」、「脆化温度(℃)」が「<-70」との記載があり、90℃から-70℃の範囲においては、熱膨張率が表に記載された1.6?1.8×10^(-4)(1/K)であると解されるから、本件発明2に係る「25℃から-35℃」という条件も満たす。
してみると、引用発明において、架橋ポリエチレンで形成された絶縁層は、25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下であることが明白といえる。

同様に四フッ化エチレン(PTFE)について、引用文献3には、ふっ素樹脂PTFEの熱膨張率は「10×10^(-5)(1/K)」であることが、引用文献4には、ポリ四ふっ化エチレンの熱膨張係数は「10(10^(-5)/℃)」であることが、引用文献5には、四フッ化エチレンPTFEの熱膨張係数は「10(10^(-5)/℃)」であることがそれぞれ記載されている。
また、塩化ビニル(PVC)について、引用文献3には、ポリ塩化ビニル(軟質)PVCの熱膨張率は「0.7?2.5×10^(-4)(1/K)」であることが、引用文献5には、ポリ塩化ビニルPVC軟質の熱膨張係数は「7?25(10^(-5)/℃)」であることがそれぞれ記載されている。
これらは全て、本件発明2に係る「1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下」の範囲内である。

したがって、本件発明2は、引用文献1に記載された発明である。

ウ.本件発明3について
引用発明の導体5は、素線を複数本撚り合されて形成されている。上記<相違点1>の検討において計算した素線間の空隙領域の占有面積率の最小値である8%強が、当業者であれば通常2倍、3倍と大幅に増加することはないと解するのが自然であり、20%以下である蓋然性が高い。
仮に、引用文献1の【0046】に記載された「素線を52本撚り合されて形成された撚線7本を撚り合わせた撚撚線」の場合であっても、上記「ア.」において検討した計算方法によると、撚線7本を撚り合わせたときの撚線間の空隙領域の占有面積の最小値は4.21%である。そうすると残りの95.79%を構成する7本の撚線(素線52本)は、素線間の空隙領域の占有面積の最小値が7.3%程度であるから、全体としては11.2%(100%-95.79%×(100%-7.3%))となり、20%を超えることはない。
したがって、本件発明3は、引用文献1に記載された発明である。

エ.本件発明4について
引用発明は、導体5の断面積(複数本の素線の合計断面積)が1.5?3.0mm^(2)の範囲、好ましくは、1.8?2.5mm^(2)の範囲に含まれるように設定されている。
したがって、本件発明4は、引用文献1に記載された発明である。

オ.本件発明5について
引用発明は、外径0.08mm、すなわち80μmの素線を用いており、導体5を構成する素線の本数も360?610本程度である。
したがって、本件発明5は、引用文献1に記載された発明である。

カ.本件発明6について
引用発明は、「導体5は」「素線を複数本撚り合されて形成された撚線であり、導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度」であるところ、具体的には、引用文献1の【0046】に「素線を52本撚り合されて形成された撚線7本を撚り合わせた撚撚線」を用いることが記載されている。
したがって、本件発明6は、引用文献1に記載された発明である。

キ.本件発明7について
引用発明の「コア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線」は、本件発明7の「複数のコア電線を撚り合わせた芯線」に相当する。
また、絶縁材料が被覆された複数の電線をシースで被覆することは普通に行われているところ、引用発明のコア電線の具体的な被覆に関して、引用文献1の【0027】及び図1には、コア電線100を覆うように形成された内部シース7が記載されている。
したがって、本件発明7は、引用文献1に記載された発明である。

ク.本件発明8について
引用発明は「コア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線」を備えているところ、コア材の具体的な構成に関して、引用文献1の図3及び【0042】を参照すると、コア材32を2本撚り合わせて形成されるサブユニット31が記載されている。
したがって、本件発明8は、引用文献1に記載された発明である。

ケ.本件発明9について
引用発明の「電気絶縁ケーブル」は絶縁性や難燃性を有するものであるところ、その具体的な用途として、引用文献1の【0020】には、図1の電気絶縁ケーブルを、車両に搭載された電動パーキングブレーキに用いることが記載されており、【0036】には、図3の電気絶縁ケーブルを、電動パーキングブレーキの電気信号を送信する用途に加えて、アンチロックブレーキシステムの動作を制御する電気信号を送信するのに用いることが記載されている。
したがって、本件発明9は、引用文献1に記載された発明である。

コ.特許権者の意見書における主張について
特許権者は、令和1年7月24日付け提出の意見書において、上記相違点1の検討において仮定した状態(各素線の断面を円で考えると、それぞれの円が接している状態)に関して、「乙第1号証から乙第5号証に代表されるような技術常識によれば、引用文献1の実施例では、導体を構成する素線間の空隙を埋める処理が当然に行われているものと認められます。」(下線は当審にて付与)と主張している。
しかしながら、異議申立人が令和1年9月5日付け提出の意見書で証拠としてあげた参考資料2(特開2002-100241号公報)の【0001】-【0003】には、自動車等の電気的配線に用いられる電線に関して、「圧縮導体51の周囲に被覆部53を押出被覆した電線50(CAVUS等)」及び「非圧縮導体を用いた電線(AVS,AVSS等)」の双方が記載されており、参考資料1(「ワイヤーハーネスの中心となる自動車用電線」、住友電装株式会社、2019年8月26日検索、インターネット<http://prd.sws.co.jp/cables/jp/>、写し)も示すように、車載ケーブルに用いられる電線では、圧縮導体を用いるもの(例えば上記参考資料2にも記載の「CAVUS」)は一部の規格に限られている。さらに、参考資料6(特開平8-249926号公報)には、可撓撚線導体において、素線の撚りあわせを緩くし、素線間の接触圧力を下げ、素線間の摩擦を軽減することが記載されていることからも(【要約】等参照)、当該技術分野において、導体を構成する素線間の空隙を埋める処理が当然に行われているとは認められない。
また、引用文献1の実施例1(上記「(1)」「(1-1)」「ク.」の【0046】)には「第1のコア材を構成する導体の材料を銅合金線(外径0.08mmの素線を52本撚り合されて形成された撚線7本を撚り合わせた撚撚線)とし、その断面積(素線の合計断面積)を1.8mm^(2)とし、外径を2.0mmに設定」することが記載されている。当該銅合金線の各撚線について、上記<相違点1>における検討と同様に、各素線の断面を円とし、それぞれの円が接した状態を仮定して当てはめてみると、
「外径0.08mmの素線を52本撚り合されて形成された撚線」1本の外径をdとすると、外径dは、中心の1本の周りを3周目まで囲んだ素線37本のときの外径0.56mm(0.08mm×7)と、4周目まで囲んだ素線61本のときの外径0.72mm(0.08mm×9)の間の範囲、
0.56mm ≦ d ≦ 0.72mm
と考えることができる。
撚撚線の外径Dは、この外径dの撚線を7本撚り合わせたものであるから、中心の1本の撚線の周りを6本の撚線が接して囲む状態とすると、D=3dより、
1.68mm ≦ D ≦ 2.16mm
と計算できる。
そうすると、引用文献1の上記実施例1の撚撚線の「外径を2.0mmに設定」するというのは、このDの範囲にあり、上記仮定した状態付近で形成された撚線7本について、中心の1本の撚線の周りを6本の撚線が接して囲むような状態に形成したとも推定できるから、撚撚線の横断面における素線間の空隙領域の占有面積率が5%未満となる程度まで、導体を構成する素線間の空隙を埋める処理が当然に行われているとは認められない。

さらに、特許権者は、令和1年12月25日付け提出の意見書において、引用発明における導体が「空隙領域を素線が変形する程度に圧縮等して埋める処理が行われた」導体でなくとも空隙領域の占有面積率が「5%」に満たないものであるとし、本件発明や引用発明の属する技術分野では、機器に搭載される際に許容可能な最大の外径が予め決まっており、この外径に適合するように理想配置した状態を「設定値」とするのに対して、実際には最終製品の外径は特定の設定値以下の範囲になるように製造条件を調整して製造されるため、「実測値」は「設定値」よりも小さい値となり、このような外径の「実測値」が「設定値」より小さいコア電線は、製造過程において、撚線を製造する際の外力(複数の素線がバラバラにほどけないようにするためにダイスにより加わる)、撚撚線を製造する際の外力(複数の撚線がバラバラにほどけないようにするために加わる)、及び絶縁層を形成する際の外力(押出被覆の際に加わる)等が必然的に加わることによって製造される旨を主張するとともに、乙第6号証を添付して、引用文献1に記載の導体の空隙領域の占有面積率は「4.4%」程度であり、「5%」以上ではない旨(下線は当審にて付与)を主張している。
ここで、上記乙第6号証は、引用文献1の発明者全員による宣誓書であるところ、引用文献1の明細書にはない下記事項が記載されている。
「1.特開2014-220043号公報に開示する発明の属する技術分野では、導体の外径をできる限り小さくするために、素線間に存在する空隙領域を埋めることが出願時の技術常識でした。
2.特開2014-220043号公報に開示する発明の導体の形状は上記1の技術常識に則り、素線間に存在する空隙領域を埋めており、別紙1に示す導体と同様の形状でした。」
また、乙第6号証の別紙1には、導体横断面の写真画像を二値化した図面が添付されており、当該画像の下方には「導体の横断面における複数の素線の空隙領域の占有面積率:4.4%」と記載されている。
しかしながら、この実測値は、製造過程において必然的に加わる上記3つの外力(撚線を製造する際の外力、撚撚線を製造する際の外力、及び絶縁層を形成する際の外力)等の製造条件を調整することによって、適宜変更できることが明白であるところ、複数の素線がバラバラにほどけないようにするために加えられる程度の外力と、導体の各素線が円と円とが1点で接する理論的な状態よりも密に接する、すなわち素線が塑性変形するほどの外力とでは製造上の条件が同じとはいえないから、引用文献1に具体的な製造条件の調整について記載がない以上、引用文献1において実測値「5.0%」未満のものが当然に製造されているとは認められない。
よって、上記特許権者の主張は採用できない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明1ないし9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

3 取消理由通知(決定の予告)等において採用しなかった特許異議申立理由等について
本件発明10ないし12は、本件訂正前の請求項1及び請求項4ないし6の内容を含み、申立人による下記(1)?(4)の異議申立ての対象である。
(1)特許法第29条第1項第3号(新規性)、第29条第2項(進歩性)について
申立人は、特許異議申立書において、本件発明は甲第1号証記載の発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、また甲第1号証記載の発明から容易想到であるから、特許法第29条第2項に該当する旨主張している。

本件発明10と引用発明とを対比すると、次の点で相違する。
<相違点a>
本件発明10は「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が10%以上」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない点。

<相違点b>
本件発明10は「上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下」であるのに対し、引用発明にはその旨の特定はされていない点。

ここで、申立人は、令和1年9月5日付け提出の意見書において、「参考資料4(特開2014-137876号公報)、参考資料5(再表WO2014/208544号公報)及び参考資料6(特開平8-249926号公報)には撚線の素線間に空隙を形成することで電線の耐屈曲性(あるいは可撓性)を向上させることが記載されており、複数の素線間の空隙領域の占有面積率を仮定条件である『8%程度』より大きくすることで絶縁電線の耐屈曲性が向上することは周知技術である。すなわち、絶縁電線の耐屈曲性を向上させるために複数の素線間の空隙領域の占有面積率を大きくすることは周知慣用技術である。したがって、訂正後の請求項4と引用文献1には実質的な相違はなく、また、参考資料4?6に記載の通り、撚線の素線間に空隙を形成することで電線の耐屈曲性を向上させることは周知技術であるから、当業者であれば、引用文献1において占有面積率を10%以上とすることは容易になし得ることである。さらに、占有面積率が8.5%程度の場合と、10%とした場合の効果の差も僅少であり、占有面積率を10%以上とすることは単なる設計事項に過ぎない。よって、当業者であれば、参考資料4?6を参照して、引用文献1における占有面積率を10%以上とすることは容易になし得ることである。」と主張している。
そこで、上記<相違点a>について検討すると、引用文献1には、素線間の空隙を埋めたり、空隙を大きくする処理について記載がなく、申立人があげる参考文献4ないし6にも、空隙領域の占有面積率を10%以上とする構成は記載がないため、当該10%以上とする構成が引用発明に存在するかどうかは証拠がない。
また、本件発明10は、低温での耐屈曲性の改善を課題とし(本件特許明細書【0005】-【0006】参照)、本件特許明細書の【0085】の【表1】には、-30℃の温度で行われた耐屈曲試験の結果が記載されている。引用発明や参考文献4ないし6には、そのような低温での耐屈曲性の改善に関する技術思想はなく、空隙領域の占有面積率を10%以上とすることが、容易になし得るとは言えない。よって、申立人の主張を採用することはできない。
したがって、本件発明10は上記相違点bについて検討するまでもなく、引用文献1に記載された発明ではない。また、参考資料4ないし6に記載される周知技術を参酌しても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、本件発明11及び12は、本件発明10の構成を備え、更に限定した構成を付加されたものであるから、本件発明10と同様に当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)特許法第36条第4項第1号について
申立人は、特許異議申立書において、本件特許明細書では段落[0034]に「『線膨張係数』とは、JIS-K7244-4(1999)に記載の動的機械特性の試験方法に準拠して測定される線膨張率」との記載があるが、一般的に線膨張係数(熱膨張係数)の測定はJIS-K7197(1991)やASTM D 696が用いられるから、JIS-K7244-4(1999)に記載の動的機械特性の試験方法に準拠して測定した線膨張係数がいかなるものであるのかが当業者であっても不明であり、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは言えず、また、本件発明2は発明の詳細な説明に記載された発明ではない旨主張している。
しかしながら、JIS-K7244-4(1999)には、粘弾性の測定の際に「La クランプ間の試験片の長さ(m)」や「l 長さの補正項(m)」等を測定することが記載されており、これらの測定結果より線膨張係数を計算することに困難性はなく、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえ、特許法第36条第4項第1号の要件を満たすから、上記申立人の主張を採用することはできない。

(3)特許法第36条第6項第1号について
(3-1)申立人は、特許異議申立書において、本件特許明細書では絶縁層の材料として「エチレンとカルボニル基を有するαオレフィンとの共重合体」を主成分とする樹脂のみが例示されているが(段落[0031])、本件発明では、絶縁層について「絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下である」とのみ規定しており、樹脂以外のものも含みうるし、また樹脂に限定したとしても非常に広範な物質を含みうるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである旨主張している。
また、申立人は、本件特許明細書の実施例では、絶縁層の材料として1つの材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)のみが用いられており、その-35℃での弾性率Eについては記載がなく、本件発明に記載された「絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下である」の範囲まで発明の内容を拡張ないし一般化できるものではない旨主張している。
しかしながら、絶縁層の材料に関しては、上記「2」「(2)」「ア.」で<相違点2>について検討したとおり、主な材料に係る弾性率は周知であり、または測定によって容易に知ることができる事項であり、その上で、発明の詳細な説明には「主成分樹脂としては、例えばEVA、EEA、エチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)、エチレン-ブチルアクリレート共重合体(EBA)等の樹脂が挙げられ」ること(段落[0033])、及び実施例として市販品の材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)を用いること([0079])が記載されており、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
また、耐熱性、安全性、規格等の観点から、ケーブルの絶縁層に使用できる主な材料は当業者に明らかであり、本件明細書の例示が一部の樹脂のみであったとしても、本件発明は、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものである。

(3-2)申立人は、特許異議申立書において、本件発明2では、絶縁層について「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である」とのみ規定しており、樹脂以外のものも含みうるし、また樹脂に限定したとしても非常に広範な物質を含みうるから、本件発明2は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである旨主張している。
また、申立人は、本件特許明細書の実施例では、絶縁層の材料として1つの材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)のみが用いられており、その線膨張係数Cについては記載がなく、本件発明2に記載された「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である」の範囲まで発明の内容を拡張ないし一般化できるものではない旨主張している。
しかしながら、絶縁層の材料に関しては、上記「2」「(2)」「イ.」で本件発明2について検討したとおり、主な材料に係る線膨張係数は周知であり、その上で、発明の詳細な説明には「主成分樹脂としては、例えばEVA、EEA、エチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)、エチレン-ブチルアクリレート共重合体(EBA)等の樹脂が挙げられ」ること(段落[0033])、実施例として市販品の材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)を用いること([0079])を記載しており、本件発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
また、耐熱性、安全性、規格等の観点から、ケーブルの絶縁層に使用できる主な材料は当業者に明らかであり、本件明細書の例示が一部の樹脂のみであったとしても、本件発明2は、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものである。

(3-3)申立人は、特許異議申立書において、本件特許は「本発明の一態様に係る多芯ケーブル用コア電線及び多芯ケーブルは、低温での耐屈曲性に優れる。」という作用・効果を奏するとされているものであるが、本件発明では、「多芯ケーブル用コア電線」の一部を構成する「コア電線」を「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」と「絶縁層の-35℃での弾性率E」のみで特定しており、これらの要件を満たす全ての「多芯ケーブル用コア電線」が上記作用・効果を奏するとは到底考えられず、例えば上記要件以外にも、コア電線の絶縁層の厚さ、コア電線のうち導体の占める断面割合、他のコア電線、多芯ケーブルのシース層の材料・特性、シース層の厚さ、多芯ケーブルのうちのコア電線の占める断面割合等が、低温の耐屈曲性に強く影響すると考えられるから、本件発明は、低温での耐屈曲性に優れる多芯ケーブル用コア電線として明細書に記載されたもの以外を含みうるため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の【0085】の【表1】を参照すると、「導体」の「空隙領域の占有面積率」を大きくすると、「多芯ケーブル」の「屈曲回数」の値が大きくなるから、「空隙領域の占有面積率」と「屈曲回数」との間に相関関係があることは明らかである。また【0036】に記載があるように、絶縁層の「弾性率」は強度等の機械的特性や低温での変形し難さに関係する。そうすると、本件発明は、「屈曲回数」と相関関係のある「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」による特定に加えて、さらに、絶縁層の強度等の機械的特性や低温での変形し難さに関係する「弾性率」によって「多芯ケーブル用コア電線」を特定するものであるから、本件発明は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものである。

以上のとおり、本件発明1ないし12は、特許法第36条第6項第1号の規定する要件を満たすから、上記申立人の主張を採用することはできない。

(4)特許法第36条第6項第2号について
(4-1)申立人は、特許異議申立書において、本件発明は「多芯ケーブル用コア電線」を実質的に「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」と「絶縁層の-35℃での弾性率E」のみで特定しているが、その技術的関連が当業者であっても理解できず、かつ当該構成要件によりどのようにして本件発明の課題である低温での耐屈曲性に優れる(屈曲時の破断が生じにくい)「多芯ケーブル用コア電線」を実現するのかが当業者であっても理解することができない旨主張している。
また、申立人は、本件特許明細書の実施例では、絶縁層の材料として1つの材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)のみが用いられ、「絶縁層の-35℃での弾性率E」が一定であり、臨界的意義に関する記載が十分でなく、実施例によって証明されてもおらず、「絶縁層の-35℃での弾性率E」の技術的意義を当業者が理解できるように記載されていない旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の【0085】の【表1】より、コア電線の「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」と「屈曲回数」との間には相関関係があり、また【0036】に記載があるように、絶縁層の「弾性率」は強度等の機械的特性や低温での変形し難さに関係するから、「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」及び「-35℃での弾性率E」は、ともに本件発明の課題である低温での耐屈曲性に関係し、技術的関連は明確である。
また、絶縁層の材料に関しては、本件発明が低温での耐屈曲性を課題としていること、及び上記「2」「(2)」「ア.」で<相違点2>について検討したとおり、主な材料に関する弾性率は周知であり、それらの弾性率が本件発明の「-35℃での弾性率E」の数値範囲内にあることを鑑みると、「絶縁層の-35℃での弾性率E」の技術的意義は明確である。

(4-2)申立人は、特許異議申立書において、本件発明は「絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下である」とのみ規定して、絶縁層についてその特性により物を特定しているが、当該要件は、非常に広範な物質を含みうるため、発明が不明確となっている旨主張している。
しかしながら、耐熱性、安全性、規格等の観点から、ケーブルの絶縁層に使用できる主な材料は当業者に明らかであり、その上で本件発明は絶縁層についてその特性により物を特定しているから、発明の範囲は明確である。

(4-3)申立人は、特許異議申立書において、本件発明2は「多芯ケーブル用コア電線」を「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」と「絶縁層の-35℃での弾性率E」とに加えて「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数C」で特定しているが、その技術的関連が当業者であっても理解できず、かつ当該構成要件によりどのようにして本件発明の課題である低温での耐屈曲性に優れる(屈曲時の破断が生じにくい)「多芯ケーブル用コア電線」を実現するのかが当業者であっても理解することができない旨主張している。
また、申立人は、本件特許明細書の実施例では、絶縁層の材料として1つの材料(株式会社NUC製の「DPDJ-6182」)のみが用いられ、「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数C」が一定であり、臨界的意義に関する記載が十分でなく、「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数C」の技術的意義を当業者が理解できるように記載されていない旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の【0085】の【表1】より、コア電線の「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」と「屈曲回数」との間には相関関係があり、また【0035】-【0036】に記載があるように、絶縁層の「弾性率」及び「線膨張係数」は何れも強度等の機械的特性や低温での変形し難さに関係するから、「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」、「絶縁層の-35℃での弾性率E」及び「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数C」は、ともに本件発明の課題である低温での耐屈曲性に関係し、技術的関連は明確である。
また、絶縁層の材料に関しては、本件発明が低温での耐屈曲性を課題としていること、及び上記「2」「(2)」「イ.」で本件発明2について検討したとおり、主な材料に関する線膨張係数は周知であり、それらの線膨張係数が本件発明の「25℃から-35℃までの線膨張係数C」の数値範囲内にあることを鑑みると、「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数C」の技術的意義は明確である。

(4-4)申立人は、特許異議申立書において、本件発明2は「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である」とのみ規定して、絶縁層についてその特性により物を特定しているが、当該要件は、非常に広範な物質を含みうるため、発明が不明確となっている旨主張している。
しかしながら、耐熱性、安全性、規格等の観点から、ケーブルの絶縁層に使用できる主な材料は当業者に明らかであり、その上で本件発明2は絶縁層についてその特性により物を特定しているから、発明の範囲は明確である。

(4-5)申立人は、特許異議申立書において、本件発明2の「絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である」との要件は、絶縁層を構成する材料の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが常に「1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下」であるのか、上記温度範囲内の少なくとも1点の温度において「1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下」であればよいのかが不明であり、本件発明2の範囲が不明確である旨主張している。
しかしながら、「線膨張係数」は、発明の詳細な説明の【0034】に「粘弾性測定装置を用いて、引張モード、-100℃から200℃の温度範囲で、昇温速度5℃/分、周波数10Hz、歪0.05%の条件で、温度変化に対する薄板の寸法変化から算出される値である。」と記載があるように、特定の温度範囲で算出される値であるから、本件発明2の「線膨張係数」は、25℃から-35℃において、「1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下」の値であることは明確である。

以上のとおり、本件発明1ないし12は、特許法第36条第6項第2号の規定する要件を満たすから、上記申立人の主張を採用することはできない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1ないし9に係る特許は、引用文献1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明10ないし12に係る特許は、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。さらに、他に本件発明10ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線であって、
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、
上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下である、多芯ケーブル用コア電線。
【請求項2】
上記絶縁層の25℃から-35℃までの線膨張係数Cが1×10^(-5)K^(-1)以上2.5×10^(-4)K^(-1)以下である、請求項1に記載の多芯ケーブルコア電線。
【請求項3】
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が20%以下である請求項1又は請求項2に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項4】
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項5】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が96本以上2450本以下である請求項1から4のいずれか1項に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項6】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項7】
複数のコア電線を撚り合わせた芯線と、この芯線の周囲に配設されるシース層とを備える多芯ケーブルであって、
上記複数のコア電線の少なくとも1本が請求項1に記載のものである多芯ケーブル。
【請求項8】
上記複数のコア電線の少なくとも1本が複数のコア電線を撚り合せたものである請求項7に記載の多芯ケーブル。
【請求項9】
車両のABS及び/又は電動パーキングブレーキに接続される請求項7又は請求項8に記載の多芯ケーブル。
【請求項10】
複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える多芯ケーブル用コア電線であって、
上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が10%以上であり、
上記絶縁層の-35℃での弾性率Eが1000MPa以上3500MPa以下であり、
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である、多芯ケーブル用コア電線。
【請求項11】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が96本以上2450本以下である請求項10に記載の多芯ケーブル用コア電線。
【請求項12】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項10又は請求項11に記載の多芯ケーブル用コア電線。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-05-07 
出願番号 特願2018-94639(P2018-94639)
審決分類 P 1 651・ 536- ZDA (H01B)
P 1 651・ 537- ZDA (H01B)
P 1 651・ 113- ZDA (H01B)
P 1 651・ 121- ZDA (H01B)
最終処分 一部取消  
前審関与審査官 北嶋 賢二  
特許庁審判長 酒井 朋広
特許庁審判官 五十嵐 努
須原 宏光
登録日 2018-07-20 
登録番号 特許第6369652号(P6369652)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 多芯ケーブル用コア電線及び多芯ケーブル  
代理人 天野 一規  
代理人 天野 一規  

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