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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B43K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B43K
管理番号 1366970
異議申立番号 異議2019-700962  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-28 
確定日 2020-09-04 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6523044号発明「ボールペン」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6523044号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1及び2]について訂正することを認める。 特許第6523044号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等
特許第6523044号((以下,「本件特許」という。)の請求項1及び2に係る特許についての出願は,平成27年5月28日を出願日とする特願2015-109204号であって,令和1年5月10日に,その特許権の設定登録がされ,特許掲載公報が同月29日に発行され,その後,その全請求項に係る特許に対し,特許異議申立人村山玉恵(以下,「異議申立人」という。)により同年11月28日に特許異議の申立てがされた。
さらにその後,当審において,令和2年2月26日付けで取消理由が通知され,これに対して,特許権者から,同年5月1日付けで訂正の請求(以下,「本件訂正請求」という。)がなされるとともに,意見書(以下,「特許権者意見書」という。)の提出がなされ,これに対して,異議申立人から,同年7月22日に意見書(以下,「異議申立人意見書」という。)の提出がなされたものである。

第2 本件訂正請求について
1 本件訂正請求の内容について
本件訂正請求は,訂正請求書の記載によれば,その請求の趣旨を「特許第6523044号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1及び2について訂正することを求める。」とするものであり,訂正の内容はつぎのとおりのものである。
(1)訂正事項
本件訂正請求による訂正は,本件訂正による訂正前(以下,単に「訂正前」という)の特許請求の範囲の請求項1における「チップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面にボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し,前記筆記ボールの後方に,前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたボールペンであって,
前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え,前記先細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ,前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたことを特徴とするボールペン。」との記載を,
「金属製筒体よりなるチップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面に,内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成されるボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し,前記筆記ボールの後方に,前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたボールペンであって,
前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え,前記先細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ,前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記先細状部の前端部は,前記ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され,前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し,前記中間ボールはインキ流通孔の中心部の内径より小さく設定され,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたことを特徴とするボールペン。」に訂正するものである。
なお,請求項1を引用する請求項2も同様に訂正する。
(2)上記訂正事項は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明において特定されている「チップ本体」が,「金属製筒体よりなる」ものに限定するとともに,チップ本体の前縁端部の後方のチップ本体の前端近傍内面に設けられる「ボール受け座」を「内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され」た「内方突起により形成され」ているものに限定する訂正事項(以下,「訂正事項1」という。)と,特許請求の範囲の請求項1に係る発明において「先細状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」ることを新たに特定する訂正事項(以下,「訂正事項2」という。),特許請求の範囲の請求項1に係る発明において,「ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔」が設けられ,「インキ流通孔内」に「中間ボール」が「配置されている」こと及び「中間ボール」が「インキ流通孔の中心部の内径より小さく設定されている」ことを,新たに特定する訂正事項(以下,「訂正事項3」という。)が含まれているものである。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,「チップ本体」が「金属製筒体よりなる」ものであり,当該チップ本体の「前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面」に設けられた「ボール受け座」が「内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成される」ものに限定するものであって,当該訂正事項1による訂正により,訂正前の請求項1に係る発明を実質的に拡張又は変更するものでないことも明らかであるから,当該訂正事項1は,特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,同条第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
そして,本件特許に係る願書に添付した明細書(以下,当該明細書を「本件特許明細書」といい,同じく願書に添付した特許請求の範囲又は図面を,それぞれ「本件特許請求の範囲」,「本件特許図面」といい,これらを総称して,「本件特許明細書等」という。)には,「【0017】・・・前記チップ本体3は, 円筒状の金属製筒体よりなる。・・・前記チップ本体3の前端近傍内面には,内方への押圧変形により,複数(例えば,4個)の内方突起が周方向に等間隔に形成される。前記内方突起によりボール受け座32が形成される。」と記載されているから,訂正事項1は,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内でするものであるから,同項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は,請求項1に係る発明の「先細状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」ることを新たに特定するものであって,訂正前の請求項1に係る発明において特定されていた「先細状部の前端部」と「ボール受け座」との配置の関係を限定するもののであるから,訂正前の請求項1に係る発明を実質的に拡張又は変更するものでないことも明らかである。
そして,本件特許明細書には,「【0023】前記先細状部61の前端部は,前記ボール受け座32を構成する各々の内方突起の径方向内方(内方突起の後面の径方向内方)に位置される。 それにより,前記各々の内方突起の後面と先細状部61の前端部外面との間の隙間を小さくでき,筆記時(筆記ボール4の回転時)及び落下衝撃時,中間ボール5が先細状部61の環状の前端から脱落することを一層回避できる。」と記載されているから,訂正事項2は,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内でするものである。
してみると,訂正事項2は,特許法第120条の5第2項だし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(3)訂正事項3について
訂正事項3は,請求項1に係る発明において,「ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔」が設けられ,「インキ流通孔内」に「中間ボール」が「配置されている」こと「中間ボール」が「インキ流通孔の中心部の内径より小さく設定されている」ことを新たに特定するものであって,訂正前の請求項1に係る発明について特定されていた「ボール受け座」を「中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔」を備えるものに限定するとともに,訂正前の請求項1に係る発明について特定されていた「中間ボール」を当該「インキ流通孔内に配置されている」ものに限定し,さらに「インク流通孔の中心部の内径より小さく設定」されているものに限定するものであるから,訂正前の請求項1に係る発明を実質的に拡張又は変更するものでないことも明らかである。
そして,本件特許明細書には,「【0024】前記中間ボール5が前記インキ流通孔33の中心部内に配置される。 前記先細状部61の前端内面で前記中間ボール5の後面が抱持される。」
,「【0027】本実施の形態のボールペン1は,前記スプリング6が,複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成された先細状部61を備え,先細状部61の前端の内径を前記中間ボール5の外径より小さく形成し,前記ボール受け座32の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔33を設け,前記インキ流通孔33内に前記中間ボール5を配置し,前記中間ボール5の後面を前記先細状部61の前端内30面で回転可能に抱持し,前記中間ボール5の前面と前記筆記ボール4の後面とを当接させたことにより,中間ボール5とスプリング6の前端部との安定した接触状態が得られ,中間ボール5を介して確実に筆記ボール4の中心部を前方に付勢でき,その結果,非筆記時の前端縁部31と筆記ボール4との確実なシール性が得られるとともに,筆記時の筆記ボール4の円滑な回転が得られる。また,先細状部61により,チップ本体3内のボール受け座32近傍における円滑なインキ流通が可能となる。尚,先細状部61は,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される形状を有する。」と記載されているから,訂正事項3は,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内でするものである。
してみると,訂正事項3は,特許法第120条の5第2項だし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(4)請求項2に係る訂正事項について
請求項1について訂正することに連動する請求項2についての訂正も,上記で検討したとおり,特許法第120条の5第2項第1号に該当するものであり,同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に規定する要件に適合するものである。
(5)その他の訂正要件等について
本件特許請求の範囲の請求項1及び2に係る特許は,いずれも本件特許異議の申立ての対象となっているものであるから,同法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する要件は課されるものではなく,また,本件特許請求の範囲の請求項2は,訂正前の請求項1を引用するものであるから,本件訂正請求に係る請求項1及び2は一群の請求項を構成するものであり,本件訂正請求は,一群の請求項についてするものである。

3 本件訂正請求についてのまとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に該当し,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから,結論のとおり,本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1及び2]について訂正することを認める。

第3 本件訂正特許発明について
本件の請求項1及び2に係る特許についての各発明は,上記第2のとおり,本件訂正請求による訂正が認められるから,本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下,それぞれの特許発明を,「本件訂正特許発明1」及び「本件訂正特許発明2」という。)

「【請求項1】
金属製筒体よりなるチップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面に,内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成されるボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し,前記筆記ボールの後方に,前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたボールペンであって,
前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え,前記先細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ,前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記先細り状部の前端部は,前記ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され,前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し,前記中間ボールはインキ流通孔の中心部の内径より小さく設定され,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたことを特徴とするボールペン。
【請求項2】
前記先細状部の最大外径部が,チップ本体のボール受け座より後方に位置される請求項1記載のボールペン。」

第4 本件特許異議申立ての理由の概要
1 異議申立理由1
本件特許の請求項1及び2に係る発明は,甲1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
したがって,本件請求項1及び2に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであって,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。
2 異議申立理由2-1
本件特許の請求項1及び2に係る発明は,甲1号証に記載された発明及び甲2号証に記載された発明,又は,甲1号証に記載された発明及び甲3ないし7号証に記載されているような周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本件請求項1及び2に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであって,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。
3 異議申立理由2-2
本件特許の請求項1及び2に係る発明は,甲2号証に記載された発明及び甲1号証に記載された発明に基づいて,又は甲2号証に記載された発明及び甲3ないし6号証に記載されているような周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本件請求項1及び2に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであって,同法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。

4 各証拠
甲1号証:韓国登録実用新南第20-0240694号公報
甲2号証:中国実用新案第202428879号明細書
甲3号証:特開2005-324388号公報
甲4号証:韓国登録実用新案第20-0331274号公報
甲5号証:特開平8-164695号公報
甲6号証:特開2006-7670号公報
甲7号証:特開2001-239783号公報
甲8号証:特開2006-198770号公報

第5 取消理由の概要
令和2年2月26日付けで当審より通知した取消理由は,異議申立理由2-1に係る理由についてである。

第6 当審の判断
1 異議申立理由1について
(1)証拠の記載について
ア 甲1号証について
本件特許に係る出願の出願前に韓国において公開された甲1号証には,次の事項が記載されている(なお,下記の摘示は,異議申立人が提出した訳文(甲1の2号証)によるものである。)
(ア)「本考案による中性ボールペン用チップは,図1に図示したように,チップ(1)内の上部には多数の支持突起(2)を軸方向(当審注:「軸方向」は,チップの「径方向」の誤記であると認める。)に突出・形成して第1ボール(3)を押しやるコイルスプリング(4)を支持することができるようにし,第1ボール(3)の上部移動を制限しながら,中性インクの流出は可能になるようにチップ(1)内部の第1ボール挿入位置の上部には,第1ボール(3)の面と所定間隔の遊びがあるように多数のストッパー(5)を軸方向(当審注:「軸方向」は,チップの「径方向」の誤記であると認める。)に突出形成し,ストッパー(5)から一定の長さまでは均一な内径を有するようにし,支持突起(2)の位置から上記均一な内径を有する部位(6)まで内径が次第に狭くなるように多段に段差(7)を形成して中性インクの流出ガイドの役割をするようにし,上記均一な内径を有する部位(6)に位置されるように,その内径よりは小さい直径を有する第2ボール(8)をコイルスプリング(4)と第1ボール(3)との間に介在して第1ボール(3)をチップ(1)先端部の方向に常に押しやって密閉させながら,第1ボール(3)に圧力が加えられる時のみに上に押されるように構成したものである。」(甲1号証の3頁3ないし10行,甲1の2号証の4頁9ないし20行)
(イ)「このとき,上記均一な内径を有する部位(6)と第2ボール(8)との間は,上方向に押される時には中性インクが抜け出るが,平常時には中性インクの粘性によって中性インクが抜け出ることができない間隔を有するようにしてチップ(1)先端部の第1ボール(3)が外れてもインクの漏れを防止できるようにすることが好ましく,第1ボール(3)と第2ボール(8)は,これら二つの間の接触性を考慮して同一の大きさのボールで構成することが好ましく,中性インクは,その粘性が位置及び状態に応じて変わり得る揺変性インクで構成することが好ましい。」(甲1号証の3頁11ないし15行,甲1の2号証の4頁22?28行)
(ウ)「このように構成された本考案による中性ボールペン用チップ(1)は,キャップが必要なく,使用が簡便なノック式ボールペンに適用されるものであり,平常時にはチップ(1)内部に挿入されたコイルスプリング(4)が第2ボール(8)を押しやり,第2ボール(8)は第1ボール(3)を押しやってチップ(1)内部を完全密閉させることによりインクの流出または乾燥を防?することができる。」(甲1号証の3頁16ないし18行,甲1の2号証の4頁30行ないし5頁4行)
(エ)図1



(オ)上記(エ)の図1によれば,第1ボール(3)は,チップ(1)の先端部とストッパー(5)の間に抱持されており,第1ボール(3)と第2ボール(8)は接していること,コイルスプリング(4)の第2ボール(8)が接するコイルスプリング(4)の下方端部を含む下方部分は,下方に近づくに従って次第に縮径している形状であり,その下方端部の直径は第2ボール(8)の直径よりも小さいこと,また,当該下方端部の前端部は,多数のストッパー(5)の上方向面の径方向内面に位置するものではないことが見て取れる。
(カ)以上によれば,甲1号証には,つぎの発明が記載されているものと認められる。
「チップ(1)内の上部には多数の支持突起(2)を径?向に突出・形成して第1ボール(3)を押しやるコイルスプリング(4)を支持することができるようにし,第1ボール(3)の上部移動を制限しながら,中性インクの流出は可能になるようにチップ(1)内部の第1ボール挿入位置の上部には,第1ボール(3)の面と所定間隔の遊びがあるように多数のストッパー(5)を径方向に突出形成し,ストッパー(5)から一定の高さまでは均一な内径を有するようにし,支持突起(2)の位置から上記均一な内径を有する部位(6)まで,内径が次第に狭くなるように多段に段差(7)を形成して中性インクの流出ガイドの役割をするようにし,上記均一な内径を有する部位(6)に位置されるように,その内径よりは小さい直径を有する第2ボール(8)をコイルスプリング(4)と第1ボール(3)との間に介在して第1ボール(3)をチップ(1)先端部の方向に常に押しやって密閉させながら,第1ボール(3)に圧力が加えられる時のみに上に押されるように構成されたノック式ボールペンに適用される中性ボールペン用チップであって,第1ボール(3)は,チップ(1)の先端部とストッパー(5)の間に抱持され,第1ボール(3)と第2ボール(8)は接しており,コイルスプリング(4)の第2ボールが接する下方端部を含む下方部分は下方に近づくに従って次第に縮径している形状であり,下方端部の直径は第2ボールの直径よりも小さい中性ボールペン用チップ」の発明(以下,「甲1発明」という。)。
イ 甲2号証
本件特許に係る出願の出願前に中国において公開された甲2号証には,つぎの事項が記載されている。(なお,下記の摘示は,異議申立人が提出した訳文(甲2の2号証)によるものである。)
(ア)「[0022]ツインボールのペン先であって,ペン先体5と,筆記ボール2と,ボールを支持して収容するためのボールホルダ1とを含み,ボールホルダ1は筆記具のその他の部分に連結し固定されており,筆記ボール2はペン先体5の前端に位置するとともにボールホルダ1の絞り加工により固定されており,そのペン先体5内部には密封付勢力を付与するためのスプリング4が設けられている。前記ボールホルダ1内壁には円周状に配置されている複数のインクガイド溝6が配設されており,インクガイド溝6の軸方向中央位置には,貫通しているセンターホール7が設けられており,センターホール7の壁はインクガイド溝6により貫通されている。前記インクガイド溝6の前端面は筆記ボール2に接触しており,筆記ボール2はペン先前端から装入(当審注:「挿入」の誤記と認める。)されており,後端はセンターホール7に連通している。前記センターホール7の前半部には,筆記ボール2を規制するためのテーパ面が設けられており,センターホール7の後半部には第2ボール3が設けられており,第2ボール3はペン先の後端から装入(当審注:「挿入」の誤記と認める。)されるとともに,筆記ボール2との間において軸方向で接触しており,第2ボール3の後部はスプリング4に接触している。前記第2ボール3の直径は筆記ボール2の直径未満である。スプリング4の前端はリング状であり,第2ボール3を押圧している。スプリング4の尾端シールリングが,ペン先体5の尾部端面の塑性変形により生じる突起51により固定されている。第2ボール3にはステンレス又は炭化タングステン合金又は酸化ジルコニウム合金又はガラス製を採用しており,インクの腐食性及びコストに対する要求に応じて,各種材料を柔軟に選択すればよい。筆記ボール2には炭化タングステン合金及び酸化ジルコニウム合金を採用してなる。第2ボールの直径は筆記ボール未満であることから,円周状に配置されているインクガイド溝に十分な空間を確保しており,これによりインク消耗量が多めの場合でも,十分な空間でインクが通過する。また,前端形状がリング状であるスプリングを採用して第2ボールを押圧して,第2ボールとスプリングとの間の接触及び作用力の安定性を確保しており,リング状のスプリングと第2ボールとが円周線で接触することから,スプリングとボールとの中心合わせを確保している。更に,筆記ボールを前端から装入(当審注:「挿入」の誤記と認める。)し,第2ボールを後端から装入(当審注:「挿入」の誤記と認める。)する構造を採用することで,ボールホルダの絞り加工精度は筆記ボールの位置のみに関係し,二つのボールの相対位置の影響を受けないように確保している。以上の技術手法を通じ,かつ第2ボールとスプリングとの位置,装入(当審注:「挿入」の誤記と認める。)方向及び直径サイズ形状等の設計要素を改善することで,スプリングペン先の組付け精度及び安定性をより好適に解決し,よりスムーズな筆記及び塗布機能を実現している。」

(イ) 図1


(ウ)図4

(エ)上記の図1及び4によれば,第2ボール3の後部に接触するスプリング4のリング状の前端を含む部分には,その径が縮径されており,隣接する線材同士が密着する密着巻部からなる部分が含まれており,当該スプリングのリング状の前端が細状部として形成された密着部分の前端であること,また,スプリングのリング状の前端の内径が第2ボールの直径よりも小さく設定されていることが見て取れる。
(オ)上記の(ア)ないし(エ)によれば,甲2号証には次の発明が記載されているものと認められる。
「ペン先体5と筆記ボール2とボールを支持して収容するためのボールホルダ1とを含むツインボ-ルのペン先であって,筆記ボール2はペン先体5の前端に位置するとともにボールホルダ1の絞り加工により固定されており,そのペン先体5内部には密封付勢力を付与するためのスプリング4が設けられ,ボールホルダ1内壁には円周状に配置されている複数のインクガイド溝6が配設されており,インクガイド溝6の前端面に筆記ボール2が接触し,後端はセンターホール7に連通しており,インクガイド溝6の軸方向中央位置には貫通しているセンターホール7が設けられ,センターホール7の後半部には第2ボール3が設けられており,第2ボール3はペン先の後端から挿入され筆記ボール2との間において軸方向で接触し,第2ボール3の後部はスプリング4の縮径部分であって隣接する線材同士が密着する密着部分が含まれる前端を含む部分のリング状の前端に接触して押圧されており,前記リング状の前端の内径が第2ボールの直径よりも小さく設定されており,前記第2ボール3の直径は筆記ボール2の直径未満であるツインボールのペン先」の発明(以下,「甲2発明」という。)。
ウ 甲8号証
本願の出願前に日本国において出願公開がされた特開2006-198770号公報には,つぎの事項が記載されている。
(ア)甲8号証の「【0017】・・・チップ5はステンレス等のパイプで,外周の複数箇所の内方突起により形成され,中心部の孔の周縁にインキ流入可能なチャンネルを有した受け座5bに,先端ボール5aが略当接した状態で先端ボール5aが回転自在に抱持されるようにかしめられている。」と記載されており,ここでの「かしめ」が「押圧して変形する」工程を意味するものであることが技術常識から明らかであるから,甲8号証には,「金属製の筒体からなり,その外周の複数箇所を内方に押圧して変形して内方突起を形成し,当該内方突起によりボール受け座が形成されたチップ本体」の発明が記載されているものと認められる。
(イ)甲8号証の「【0022】・・・チップ内孔で先端ボール5aの受け座5bの中心部に形成された孔に挿通自在に当接ボール20が挿入され,当接ボール20は先端ボール5aの背面に当接した状態となされ,さらに,後方にスプリング17が装着される。スプリング17は先方に直線状の棒軸部17aと後方に捲線部17bが形成されてなり,チップ5内孔に棒軸部17aが挿入されて前記当接ボール20の背面に棒軸部17aが当接する。」と記載されているから,甲8号証には,「当接ボール20」を「先端ボール」の受け座5の中心部に形成された孔に挿通自在に挿入されて先端ボールに当接するように構成されたチップ本体」の発明が記載されているものと認められる。
(2)当審の判断
ア 本件訂正特許発明1について
(ア)本件訂正特許発明1と甲1発明との対比
a 甲1発明の「チップ(1)」,「チップ先端部」,「第1ボール(3)」,「コイルスプリング(4)」,「コイルスプリングと第1ボールとの間に介在して第1ボールをチップ先端部の方向に常に押しや」る「第2ボール」は,各々,本件訂正特許発明1の「チップ本体」,「(チップ本体の)前端縁部」,「筆記ボール」,「筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリング」,「筆記ボールと前記スプリングとの間」に「介在させた」「中間ボール」に相当する。
b 本件訂正発明1の「ボール受け座」の「内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成される」ことと,甲1発明の「チップ内部の第1ボールの挿入位置の上部」に「第1ボール(3)の面と所定間隔の遊びがあるように多数のストッパー(5)を径方向に突出形成し,ストッパー(5)から一定の高さまでは均一な内径を有するようにし」ていることとは,「ボール受け座」が「チップ本体の前端近傍内面」に,「複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され」た「内方突起により形成される」点で共通するものといえる。
c 甲1発明において「ストッパー(5)から一定の高さまでは均一な内径を有するようにし,支持突起(2)の位置から上記均一な内径を有する部位(6)まで,内径が次第に狭くなるように多段に段差(7)を形成して中性インクの流出ガイドの役割をする」ことからすると,甲1発明の「多数のストッパー(5)」の突出部の先端より径方向内方に形成される空間が中性インクを流通させていることは明らかであるから,本件訂正特許発明1と甲1発明とは,「ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し」ている点でも共通するものといえる。
d 甲1発明の「第1ボール」が筆記の際に回転することは,ボールペンの技術分野の技術常識に照らせば明らかであることに照らせば,甲1発明の「第1ボール(3)」が,「チップ(1)の先端部とストッパー(5)の間に抱持され」ていることは,本件訂正特許発明1の「筆記ボール」が「前端縁部」と「ボール受け座との間で」「回転可能に抱持」されていることに相当するものといえる。
e 甲1発明の「コイルスプリング(4)」は,「第2ボールが接する下方端部を含む下方部分」が,「下方に近づくに従って次第に縮径している形状」であって,「下方端部の直径は第2ボールの直径よりも小さい」ものである。
また,甲1発明の「第2ボール」は,「第1ボール」と接しており,筆記の際に第1ボールが回転することにあわせて回転するものであることも,ボールペンの技術分野の技術常識に照らせば明らかである。
してみると,本件訂正特許発明1の「スプリング」と甲1発明の「コイルスプリング(4)」は,「複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え」,「前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持」するものである点で共通するものといえる。
f 甲1発明の第1ボール(3)と第2ボール(8)は接して」いることは,本件訂正特許発明1の「中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させた」ことに相当する。
g 上記aないしfによれば,本件訂正特許発明1と甲1発明とは,「チップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面に,複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成されるボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し,前記筆記ボールの後方に,前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたボールペン用のチップであって,前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え,前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたチップ本体」である点で一致し(以下「一致点」という。),つぎの相違点で相違する。

<相違点1>
本件訂正特許発明1の「チップ本体」が「金属製筒体」よりなるものであり,「ボール受け座」が「形成される」複数の「内方突起」が「内方への押圧変形により」「形成され」たものであるのに対して,甲1発明の「チップ」は金属製のものであることが特定されず,「多数のストッパー」が「内方への押圧変形により」形成されたものであるとは特定されない点

<相違点2>
本件訂正特許発明1が,「ボールペン」であるのに対して,甲1発明が「中性ボールペン用チップ」である点。

<相違点3>
本件訂正特許発明1の「スプリング」には「先細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ」ているのに対して,甲1発明の「コイルスプリング」はそのように特定されない点。

<相違点4>
本件訂正特許発明1の「スプリング」を形成する「コイル部」の「前端部」の「先細状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」るのに対して,甲1発明の「コイルスプリング」の下方端部は,そのように特定されない点。

<相違点5>
本件訂正特許発明1の「中間ボール」は「インキ流通孔の中心部の内径より小さく設定され」るのに対して,甲1発明の「第2ボール」は,「多数のストッパー(5)」の突出部の先端より径方向内方に形成される空間の直径よりも大きく設定されている点。

h 以上のとおり,本件訂正特許発明1と甲1発明は,相違点1ないし5において相違するものであって,本件訂正特許発明1は,甲1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。
イ 本件訂正特許発明2について
本件訂正特許発明2は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,本件訂正特許発明2と甲1発明とは,少なくとも上記相違点1ないし5において相違するものである。
したがって,本件訂正特許発明2は,甲1号証に記載された発明ではないから,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。
(3)異議申立理由1の小括
以上のとおりであるから,本件訂正特許発明1及び2は,特許法第29条第1項第3号に該当するものではない。
したがって,本件請求項1及び2に係る特許は,甲1号証を根拠に特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものとして,取り消すことはできない。

2 異議申立理由2-1及び取消理由についての当審の判断
(1)本件訂正特許発明1について
ア 本件訂正特許発明1と甲1発明との対比
本件訂正特許発明1と甲1発明とは,上記(2)のア(ア)gにおいて説示したとおりの一致点で一致し,各相違点において相違する。
イ 当審の判断
(ア)相違点1について。
異議申立人が異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証には,上記(1)クで認定したとおり「金属製の筒体からなり,その外周の複数箇所を内方に押圧して変形して内方突起を形成し,当該内方突起によりボール受け座が形成されたチップ本体」の発明が記載されているところ,当該発明は,上記相違点1に係る本件訂正特許発明1の発明特定事項を備えるものである。
また,甲1発明は「チップ(1)内の上部には多数の支持突起(2)を径方向に突出・形成して第1ボール(3)を押しやるコイルスプリング(4)を支持する」部分が形成されているところ,上記(1)ア(ウ)の図1では,径方向内方に押圧して形成されるものであることが見て取れることからすれば,甲8号証に記載された発明を甲1発明に適用して,甲1発明の「チップ」を「金属製」として「多数のストッパー(5)」を,「内方に押圧して変形して形成する」ようにすることで,上記相違点1に係る本件訂正特許発明1のように構成することは,当業者が容易に想到し得る程度のことである。
(イ)相違点2について
本件訂正特許発明1は,「ボールペン」に係る発明であるところ,その発明特定事項により規定されている具体的な構成は,「チップ本体」部分についてであるのに対して,甲1発明は,ボールペン用チップに関する発明であって,当該チップがボールペンの一部を構成するものであることからすれば,上記相違点2は,実質的な相違点ではないというべきである。
また,甲1発明が「ボールペン用チップ」であることからすれば,当業者であれば,甲1発明を備えるボールペンを想到することは当然になし得ることにすぎない。
以上のとおりであるから,上記相違点2は,実質的な相違点でないか,あるいは,当業者が当然に想到し得る程度の事項にすぎない。
(ウ)相違点3について
a 甲2号証には,上記(1)イ(オ)に説示したとおりの「ツインボールのペン先」の発明である甲2発明が記載されており,当該甲2発明の「ペン先体」には「筆記ボール2」と「軸方向に接触し」ている「第2ボール3」の「後部」に「接触して押圧」する「リング状の前端」を含む「前端を含む部分」を備えた「スプリング4」が備えられているところ,当該「スプリング4」の「前端を含む部分」は「隣接する線材同士が密着する密着部分を含む」ものである。
してみると,本件訂正特許発明1の上記相違点3に係る「スプリング」の構成と甲2発明の「スプリング4」とは,「(中間ボールと接する)先端を含む部分に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先端を含む部分に設けられ」ているものである点で共通するものといえる。
b そして,甲1発明と甲2発明とは,「筆記ボール」と筆記ボールと接触する「中間ボール」とを備え,スプリングにより中間ボールを押圧することで筆記ボールをペン先の先端に押圧している」構成のボールペンのチップである点で構成が共通しており,スプリングの作用,機能も共通するものであることからすれば,甲1発明に甲2発明を適用することには動機付けがあるといえる。
また,例えば,甲3号証(特開2005-324388号公報)の段落[0017],甲5号証(特開平8-164695号公報)の段落[0021]にも記載されているように,本件特許に係る特許出願前には,ボールペン用のチップの先端に筆記ボールを押圧するスプリングの筆記ボールと接する先端部に密着巻き部分を備えるようにしたものは,従来周知の構成である。
c 以上のとおりであるから,甲1発明の「コイルスプリング」の「下方端部」に甲2発明の「スプリング」の「密着巻部」を備えるようにすることにより,本件特許発明1の相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得る程度のことである。
また,甲1発明の「コイルスプリング」の下方端部に周知の技術である「密着巻き部分」を備えるようにすることで,本件特許発明1の相違点2に係る構成とすることも当業者であれば容易に想到し得る程度のことである。
(エ)相違点4について
甲2号証ないし甲8号証には,「スプリング」を形成する「コイル部」の「前端部」の「先細状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」る構成については記載も示唆もされていない。
そして,甲1発明の「複数のストッパー5」の「下面」と「コイル部」の「前端部」の位置との間には,複数の段部が形成されており,ストッパー(5)から一定の高さまでは均一な内径を有するようにしていることからすれば,甲1発明の「複数のストッパー5」の「下面」の径方向内方に「コイル部」の「前端部」を位置させるためには,このような段部を設けない構成としなければならないから,甲1発明において,「スプリング」を形成する「コイル部」の「前端部」の「先細状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」る構成とすることには阻害要因があるものというべきである。
また,本件訂正特許発明1が当該構成を備えることにより,「各々の内方突起の後面と先細状部61の前端部外面との間の隙間を小さくでき,筆記時(筆記ボール4の回転時)及び落下衝撃時,中間ボール5が先細状部61の環状の前端から脱落することを一層回避できる」という作用効果を奏するものであることから,上記相違点4を当業者が適宜なし得る程度の設計的事項であるとすることは相当ではない。
以上のとおりであるから,相違点4は,当業者が容易に想到し得るものということはできない。
(オ)相違点5について
上記(1)ア(イ)に摘示したとおり甲1号証には,「第1ボール(3)」と「第2ボール(8)」は,これら二つの間の接触性を考慮して同一の大きさのボールで構成することが好ましい」旨記載されていること,また,「均一な内径を有する部位(6)と第2ボール(8)との間は,上方向に押される時には中性インクが抜け出るが,平常時には中性インクの粘性によって中性インクが抜け出ることができない間隔を有するようにしてチップ(1)先端部の第1ボール(3)が外れてもインクの漏れを防止できるようにすることが好まし」い旨記載されていることからすれば,甲1発明の「第2ボール8」が「多数のストッパ5」の突出部の先端より径方向内方に形成される空間の直径よりも小さく設定することには阻害要因があるというべきである。
以上のとおりであるから,相違点5は,当業者が容易に想到し得るものということはできない。
ウ 上記のとおりであるから,本件訂正特許発明1は,甲1発明に甲2発明を適用することにより,又はそれに加えて異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び異議申立人が異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(2)本件訂正特許発明2について
本件訂正特許発明2は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,本件訂正特許発明2と甲1発明とは,少なくとも上記相違点1ないし5において相違するものであって,上記アで検討したとおり,本件訂正特許発明1が,甲1発明に甲2発明を適用することにより,又はそれに加えて特許異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び特許異議申立人が特許異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない以上,同様の理由により,本件訂正特許発明2を当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(3)異議申立理由2-1及び取消理由についての小括
上記のとおりであるから,本件訂正特許発明1及び2は,甲1発明に甲2発明を適用することにより,又はそれに加えて特許異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び特許異議申立人が特許異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。
よって,本件請求項1及び2に係る特許は,異議申立理由2-1及び取消理由によっては,特許法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものであるということはできない。

2 異議申立理由2-2について
(1)本件訂正特許発明1について
ア 本件訂正特許発明1と甲2発明との対比
(ア)甲2発明の「ペン先体5」,「筆記ボール2」,「ボールホルダ1」,「スプリング4」,「第2ボール3」は,それぞれ,本件訂正特許発明1の「チップ本体」,「筆記ボール」,「ボール受け座」,「スプリング」,「中間ボール」に相当する。
(イ)甲2発明の「筆記ボール」が「ペン先体5の前端に位置するとともに,ボールホルダ1の絞り加工により固定されており」,「ボールホルダ1内壁には円周状に配置されている複数のインクガイド溝6が配設されており,インクガイド溝6の前端面に筆記ボール2が接触し」ていることは,本件訂正特許発明1の「チップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面」に,「複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成されるボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し」ていることに相当する。
(ウ)甲2発明の「インクガイド溝6の軸方向中央位置には貫通しているセンターホール7が設けられ」ているところ,甲2発明においては,「第2ボールの直径は筆記ボール未満であることから,円周状に配置されているインクガイド溝に十分な空間を確保しており,これによりインク消耗量が多めの場合でも,十分な空間でインクが通過する。」旨記載されていることからすれば,甲2発明の「センターホール7」は,インキ流通孔として用いられるものではないことが理解できるから,本件訂正特許発明1の「ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し」ていることと,甲2発明の「インクガイド溝6の軸?向中央位置には貫通しているセンターホール7が設けられ,センターホール7の後半部には第2ボール3が設けられて」いることとは,「ボール受け座の中心部に軸方向に貫通する孔を設け,前記孔内に前記中間ボールを配置し」ている点で共通する。
(エ)甲2発明では「第2ボール3の後部はスプリング4の縮径部分であって隣接する線材同士が密着する密着部分が含まれる前端を含む部分のリング状の前端に接触して押圧されて」いるのであるから,甲2発明の「第2ボール3の後部」に接触して押圧する「スプリング4」が「縮径部分であって隣接する線材同士が密着する密着部分が含まれる前端を含む部分のリング状の前端」を備えるものであるものといえる。
そして,甲2発明の「スプリング」の「縮径部分であって隣接する線材同士が密着する密着部分が含まれる前端を含む部分」は,スプリングの外径が縮径される外形状を有する細状部と言い得るものである。
してみると,本件訂正特許発明1の「スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え,前記先細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ」ていることと,甲2発明の「スプリング」は,「複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,縮径される外形状を有する細状部を備え,前記細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は細状部の前端部または全体に設けられ」ている点で共通するものといえる。
また,本件訂正特許発明1の「前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し」ていることと,甲2発明の「スプリング」の「リング状の前端の内径が第2ボールの直径よりも小さく設定されている」こととは,「細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し」ている点において共通するものといえる。
(オ)さらに,甲2発明の「第2ボール3はペン先の後端から挿入され筆記ボール2との間において軸方向で接触し」ており,「第2ボール3の後部はスプリング4の縮径部分であって隣接する線材同士が密着する密着部分が含まれる前端を含む部分のリング状の前端に接触して押圧されて」いることは,本件訂正特許発明1の「前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させ」ており,「前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させ」ていることにも相当する。
(カ)してみると,本件訂正特許発明1と甲2発明とは,つぎの一致点で一致し,各相違点で相違する。
<一致点>
「チップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け,前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面に,複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され,前記内方突起により形成されるボール受け座を設け,前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し,
前記筆記ボールの後方に,前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け,前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたチップであって,
前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え,前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が縮径された細状部を備え,前記細状部の少なくとも前端部に,隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え,前記密着巻部は細状部の前端部または全体に設けられ,前記細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し,前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通する孔を設け,前記孔内に前記中間ボールを配置し,前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し,前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたことを特徴とするチップ本体」である点。

<相違点1>
本件訂正特許発明1が「ボールペン」であるのに対して,甲2発明は「ツインボールのペン先」である点。

<相違点2>
本件訂正特許発明1が「金属製筒体よりなるチップ本体」を備えるものであるのに対して。甲2発明の「チップ本体」はそのように特定されない点。

<相違点3>
本件訂正特許発明1の「ボール受け座」を形成する「内方突起」が「内方への押圧変形により」形成されるのに対して,甲2発明の「ボールホルダ1」の「内壁に円周状に配置されている複数のインクガイド溝」がそのように形成されるとは特定されない点。

<相違点4>
本件訂正特許発明1の「スプリング」が「コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え」ているのに対して,甲2発明の「スプリング」は「コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が縮径される外形状を有する細状部を備え」ているものである点。

<相違点5>
本件訂正特許発明1の「スプリング」の「先細り状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」るのに対して,甲2発明はそのように特定されない点。

<相違点6>
本件訂正特許発明1が「前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け,前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し,前記中間ボールはインキ流通孔の中心部の内径より小さく設定され」ているのに対して,甲2発明の「ボールホルダ1の内壁」には「円周状に配置されている複数のインクガイド溝6の軸方向中央位置には貫通しているセンターホール7が設けられ,センターホール7の後半部には第2ボール3が設けられて」いる点。

(キ)異議申立人の主張について
a 異議申立人は,甲2発明の「センターホール7」が本件訂正特許発明1の「インキ流通孔」に相当することは明らかである旨主張する。
しかしながら,甲2号証においては,「ボールホルダ1内壁には円周状に配置されている複数のインクガイド溝6が配設されて」いること,「第2ボールの直径は筆記ボール未満であることから,円周状に配置されているインクガイド溝に十分な空間を確保しており,これによりインク消耗量が多めの場合でも,十分な空間でインクが通過する」旨記載されていることからすれば,甲2発明においては,「インク」は,「インクガイド溝」により流通することは明らかであり,「センターホール7」は,「第2ボール3」により塞がれており,インクを流通させることはないものと解するのが相当であるから,異議申立人の主張を採用することはできない。
b 異議申立人は,異議申立人意見書の第4頁に記載した図面βから,「スプリング4」の「密着部分(すなわちコイルの前端部)の一部は,同図面に示す直径Dの仮想円の径方向内側に侵入していることが看守されることから,甲2発明においては,スプリング4のリング状の前端部の一部のみが軸方向リブの「後面の径方向内方に位置される」ものであると主張している。
しかしながら,本件訂正特許発明1の「先細り状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」るとは,本件特許明細書の段落【0023】に「前記先細状部61の前端部は,前記ボール受け座32を構成する各々の内方突起の径方向内方(内方突起の後面の径方向内方)に位置される。それにより,前記各々の内方突起の後面と先細状部61の前端部外面との間の隙間を小さくでき,筆記時(筆記ボール4の回転時)及び落下衝撃時,中間ボール5が先細状部61の環状の前端から脱落することを一層回避できる。」と記載に照らせば,異議申立人の主張するように,「スプリング4」の「密着部分(すなわちコイルの前端部)」が,「ボール受け座」を構成する各々の内方突起により形成される直径よりも径方向内側に侵入していることではなく,本件特許図面の【図3】に示されるように,スプリングの先端51が「内方突起」の「後面」を形成する斜面により形成される空間に位置することを特定するものと解するのが相当であるから,異議申立人の主張は採用することができない。
イ 当審の判断
(ア)相違点1について
本件訂正特許発明1は,「ボールペン」に係る発明であるところ,その発明特定事項により規定されている具体的な構成は,「チップ本体」部分についてであるのに対して,甲2発明は,ツインボールのペン先に関する発明であって,当該ペン先がボールペンの一部を構成するものであることからすれば,上記相違点1は,実質的な相違点ではないというべきである。
また,甲2発明が「ツインボールのペン先」であることからすれば,当業者であれば,甲2発明を備えるボールペンを想到することは当然になし得ることにすぎない。
以上のとおりであるから,上記相違点1は,実質的な相違点でないか,あるいは,当業者が当然に想到し得る程度の事項にすぎない。
(イ)相違点2について
異議申立人が異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証には,上記1(1)クで認定したとおり「金属製の筒体からなり,その外周の複数箇所を内方に押圧して変形して内方突起を形成し,当該内方突起によりボール受け座が形成されたチップ本体」の発明が記載されているように,ボールペンのペン先を構成するペン先本体を金属製の筒体により構成することは本願出願の出願前に公知の技術であるから,甲2発明の「ペン先本体」を甲8号証の発明を適用して,「金属製の筒体により形成する」ことにより,本件訂正特許発明1の相違点1に係る構成のようにすることは,当業者が容易に想到し得る程度のことである。
(ウ)相違点3について
甲2発明の「ボールホルダ1」の「内壁に円周状に配置されている複数のインクガイド溝」は,その前端にテーパー面を備えているものであり,金属筒の側壁を単に内方に押圧して変形することで形成できるものとは直ちにいえないし,甲2発明の「インクガイド溝」と甲8号証の「内方突起」はその形状が大きく異なるものであることからすれば,甲2発明の「インクガイド溝」に代えて甲8号証に記載されているような「内方に押圧して変形して形成した内方突起」を採用することが動機付けられるものともいえない。
異議申立人は,チップ本体の前端近傍内面に「内方への押圧変形により」内方突起を形成することが周知の技術であるから,甲2発明から出発し,当該周知技術を適用することで,相違点3に係る構成を得ることは当業者にとって容易であったと主張している。
しかしながら,上記のとおり,甲2発明の「インクガイド溝」を甲8号証に記載の内方への押圧変形により形成することが可能であるとは直ちにいえず,甲2発明の「インクガイド溝」と甲9号証の「内方突起」とは,その形状が大きく異なることからすれば,甲8号証が周知であることをもって,相違点3の構成が容易に想到し得るものということはできない。
(エ)相違点4について
甲1発明は,「コイルスプリング(4)の第2ボールが接する下方端部を含む下方部分は下方に近づくに従って次第に縮径している形状であ」るから,甲2発明において,甲1発明の「コイルスプリング」を適用して,本件訂正特許発明1の相違点4に係る構成のようにすることは当業者が容易になし得ることである。

なお,異議申立人は,甲3号証ないし甲6号証には,ボールを付勢するためのスプリングの先端部に設けられた密着巻部の一部を先細状とすることが周知の技術である旨主張している。
しかしながら,甲3号証には「コイルスプリングの先端部に,ボールに当接するコイル部の外径より小さい縮径部を形成し,該縮径部と前記コイル部の連接部を前記コイルスプリングの線径より小さい径で徐々に小径とした傾斜状とするとともに,前記縮径部及びコイル部と縮径部の連接部を密着巻きと」したものが,甲4号証には「所定ピッチの螺旋形コイル構造を有する本体部100と,上記本体部の先端から伸びる傾斜部(105)と,上記傾斜部から伸びて直接的にマイクロボールを支持する加圧部110とを含むスプリング構造」が,甲5号証には,「ボール6の後端と当接する部分のスプリングの外径が,口プラ14の縦リブ14c1の先端に当接する部分のスプリングの外径より小さく,小径のスプリング部分12a1と大径のスプリング部分12a2という2つの略円筒形が連なったスプリング」が,甲6号証には,「先端側の密着巻き部32は,大径巻部35,小径巻部37及び円錐巻部36とを有しており,小径巻部37は先端側に位置して大径巻部35よりも小径である」ものが,それぞれ記載されているのみであって,これらに記載されたボールを付勢するスプリングは,いずれも甲2発明と同様に,先端部分は縮径された細状部であって,前方に向かう従い次第に縮径される外形上を有する先細状部に相当するものとはいえないから,甲3号証ないし甲6号証には,「スプリングのいずれにおいても「前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外径状を有する先細状部を備え」るスプリングは記載されているものということはできないから,異議申立人の主張は採用することができない。
(オ)相違点5について
上記ア(キ)bにおいて説示したとおり,本件訂正特許発明1の「先細り状部の前端部」が「ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され」るとは,本件特許図面の【図3】に示されるように,スプリングの先端51が「内方突起」の「後面」を形成する斜面により形成される空間に位置することを特定するものと解するのが相当であるところ,甲2発明においては,甲2発明の「スプリング」の前端部分と「ボールホルダ1」の内壁に円周状に配置されている複数のインクガイド溝の後端面との間には「第2ボール3」が位置していることから,甲2発明の細状部の先端部をインクガイド溝の後端面の径方向内方に位置するようにすることには阻害要因があるというべきである。
また,異議申縦人は,甲2発明に甲1発明の「コイルスプリング」を適用することで,甲2発明が相違点5に係る本件訂正特許発明1の構成を備えることになる旨主張しているが,甲2発明において甲1発明の「コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され,外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え」るものとしても,甲2発明の「スプリング」と「ボールホルダ1」の内壁に円周状に配置されている複数のインクガイド溝の後端面との配置が異なるものとはならないから,異議申立人の主張は採用することができない。
(カ)相違点6について
a 甲2発明においては,「第2ボール3」が「ボールホルダ1」の内壁に円周状に配置されている複数のインクガイド溝の後端面に位置することで,インクがインクガイド溝を通って供給されるものであり,「第2ボールの直径は筆記ボール未満であることから,円周状に配置されているインクガイド溝に十分な空間を確保しており,これによりインク消耗量が多めの場合でも,十分な空間でインクが通過する。」との記載からみて,「第2ボール3」をさらに小さな径とすることの必要性は見いだせないし,ましてや「センターホール7」よりも小さな径とすることに動機付けがあるとはいえない。
b 異議申立人は異議申立人意見書において,「甲2発明」が,「第2ボールの直径は筆記ボール未満とし,円周状に配置されているインクガイド溝に十分な空間を確保して・・・十分な空間でインクが通過する。」ことを意図したものであることから,インクの流通性の一層の向上を目的として,軸方向リブの内周壁より規定される仮想円の直径Dと同程度である第2ボールの直径dをさらに小さくすることは当業者がの通常の創作能力にすぎない旨主張する。
しかしながら,甲2発明においては,十分なインク流通量が確保できているのであるから,さらに第2ボールの直径をインクの流通性の一層の向上を目的に行う必要はないものであるから,異議申立人の主張は根拠がない。
異議申立人は,甲8号証に「受け座5bの内径よりも当接ボール20の直径を小さくした」構成が記載されていることを根拠に相違点6が想到容易である旨主張しているが,甲8号証の「受け座」と甲2発明の「ボールホルダ」とは,その構造が大きく異なるものであるから,甲8号証にそのような構成が記載されているとしても,当該構成を甲2号証において採用することには動機付けが見いだせないから,異議申立人の主張を採用することはできない。
c 以上のとおりであるから,相違点6は,当業者が容易に想到し得るものということはできない。
ウ 上記のとおりであるから,本件訂正特許発明1は,甲2発明に甲1発明を適用することにより,又はそれに加えて異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び異議申立人が異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(2)本件訂正特許発明2について
本件訂正特許発明2は,本件訂正特許発明1の発明特定事項を引用するものであるから,本件訂正特許発明2と甲2発明とは,少なくとも上記相違点1ないし6において相違するものであって,上記(1)で検討したとおり,本件訂正特許発明1が,甲2発明に甲1発明を適用することにより,又はそれに加えて特許異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び特許異議申立人が特許異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない以上,同様の理由により,本件訂正特許発明2を当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(3)異議申立理由2-2についての小括
上記のとおりであるから,本件訂正特許発明1及び2は,甲2発明に甲1発明を適用することにより,又はそれに加えて特許異議申立人の提出した甲3号証ないし甲7号証及び特許異議申立人が特許異議申立人意見書に添付して提出した甲8号証に記載の事項を考慮したとしても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとすることはできない。
よって,本件請求項1及び2に係る特許は,異議申立理由2-2によっては,特許法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものであるということはできない。

第7 むすび
以上検討したとおり,本件請求項1及び2に係る特許については,取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては,取り消すことができない。また,他に請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製筒体よりなるチップ本体の前端に内向きに前端縁部を設け、前記前端縁部の後方のチップ本体の前端近傍内面に、内方への押圧変形により複数の内方突起が周方向に等間隔に形成され、前記内方突起により形成されるボール受け座を設け、前記前端縁部と前記ボール受け座との間で筆記ボールを回転可能に抱持し、前記筆記ボールの後方に、前記筆記ボールを前方に付勢し且つ前記筆記ボールを前記前端縁部の内面に密接させるスプリングを設け、前記筆記ボールと前記スプリングとの間に中間ボールを介在させたボールペンであって、
前記スプリングが複数の巻回により形成されたコイル部を備え、前記コイル部の前端部に複数の巻回により一体に形成され、外径が前方に向かうに従い次第に縮径される外形状を有する先細状部を備え、前記先細状部の少なくとも前端部に、隣接する線材同志が密着する密着巻部を備え、前記密着巻部は先細状部の前端部または全体に設けられ、前記先細状部の前端の内径を前記中間ボールの外径より小さく形成し、前記先細状部の前端部は、前記ボール受け座を構成する各々の前記内方突起の後面の径方向内方に位置され、前記ボール受け座の中心部に軸方向に貫通するインキ流通孔を設け、前記インキ流通孔内に前記中間ボールを配置し、前記中間ボールはインキ流通孔の中心部の内径より小さく設定され、前記中間ボールの後面を前記密着巻部の前端内面で回転可能に抱持し、前記中間ボールの前面と前記筆記ボールの後面とを当接させたことを特徴とするボールペン。
【請求項2】
前記先細状部の最大外径部が、チップ本体のボール受け座より後方に位置される請求項1記載のボールペン。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-24 
出願番号 特願2015-109204(P2015-109204)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B43K)
P 1 651・ 113- YAA (B43K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 藤井 達也  
特許庁審判長 藤本 義仁
特許庁審判官 尾崎 淳史
畑井 順一
登録日 2019-05-10 
登録番号 特許第6523044号(P6523044)
権利者 パイロットインキ株式会社 株式会社パイロットコーポレーション
発明の名称 ボールペン  

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