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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
管理番号 1366972
異議申立番号 異議2020-700246  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-08 
確定日 2020-10-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第6587044号発明「リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法、並びにリチウムイオン二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6587044号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6587044号の請求項1?6に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願(以下、「本願」という。)は、2018年(平成30年)12月26日(優先権主張 平成29年12月27日、日本国)を国際出願日とする出願であって、令和1年 9月20日にその特許権の設定登録がされ、同年10月 9日にその特許掲載公報が発行され、その後、令和2年 4月 8日付けで、請求項1?6(全請求項)に対し、特許異議申立人 竹下瑞恵(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6587044号の請求項1?6に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明6」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
下記式(1)で表されるリチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、
前記一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下であり、
比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下であり、
炭酸リチウムの量が0.4質量%以下であり、
前記二次粒子の破壊強度が30MPa以上であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
Li_(1+a)Ni_(x)Co_(y)M1_(1-x-y-z)M2_(z)O_(2+α) ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Mn及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M2は、Mg、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、x、y、z及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦x<1.0、0≦y<0.3、0≦z≦0.25、0<1-x-y-z<0.3、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)
【請求項2】
炭酸リチウムの量が0.3質量%以下であり、前記二次粒子の破壊強度が40MPa以上である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記二次粒子のアスペクト比が0.6以上、且つ、1.0以下であり、
前記二次粒子は、水銀圧入法により求められる細孔径0.1μm以上、且つ、0.5μm以下の範囲内の開気孔容積率が20%以下である請求項1又は請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
炭酸リチウムと下記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合して混合物を得る混合工程と、
前記混合物を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有し、
前記焼成工程は、
前記混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理して第1前駆体を得る第1熱処理工程と、
前記第1前駆体を450℃以上かつ800℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理して第2前駆体を得る第2熱処理工程と、
前記第2前駆体を755℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理して前記リチウム複合化合物を得る第3熱処理工程と、
前記焼成工程後に、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下、且つ、水分率を500ppm以下としたリチウム複合化合物を保存用容器に封入する封入工程と、
を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
Li_(1+a)Ni_(x)Co_(y)M1_(1-x-y-z)M2_(z)O_(2+α) ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Mn及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M2は、Mg、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、x、y、z及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦x<1.0、0≦y<0.3、0≦z≦0.25、0<1-x-y-z<0.3、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)
【請求項5】
前記焼成工程後に、前記リチウム複合化合物を水洗する水洗工程と、水洗された前記リチウム複合化合物を乾燥する乾燥工程とを、さらに有し、
前記乾燥工程後に、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下、且つ、水分率を500ppm以下としたリチウム複合化合物を前記保存用容器に封入する請求項4に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項6】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池。」

第3 異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である、下記甲第1?12号証を提出して、以下の申立理由1?3により、請求項1?6に係る本件特許を取り消すべきものである旨主張している。

1 申立理由1(新規性)
本件発明1は、甲第1号証、甲第6号証、甲第8号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

2 申立理由2(進歩性)
(1)申立理由2-1
本件発明1?3、6は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第5号証に記載された事項に基いて、または、甲第6号証、甲第8号証に記載された発明及び甲第9号証に記載された事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2-2
本件発明1?6は、甲第6号証に記載された発明及び甲第1号証、甲第11号証、甲第12号証に記載された事項に基いて、または、甲第7号証?甲第10号証のいずれかに記載された発明及び甲第1号証?甲第3号証、甲第11号証、甲第12号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

3 申立理由3(サポート要件)
本件発明1?6は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、同発明に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:国際公開第2014/189108号(提出された証拠方法に基づき、「再公表特許WO2014/189108」に読み替える。)
甲第2号証:国際公開第2016/031677号
甲第3号証:特開2010-192424号公報
甲第4号証:特開2014-67546号公報
甲第5号証:特開2016-76470号公報
甲第6号証:国際公開第2017/213002号
甲第7号証:特開2016-110982号公報
甲第8号証:国際公開第2017/082268号
甲第9号証:国際公開第2017/208703号
甲第10号証:国際公開第2017/208894号
甲第11号証:特開2010-92706号公報
甲第12号証:特表2006-515378号公報
(以下、甲第1号証?甲第12号証を、順に「甲1」?「甲12」という。)

第4 当審の判断
1 各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載にされた発明
(1)甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
ア 甲1には、以下の記載がある。なお、下線は当審が付与したものであって、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系電解質二次電池用正極活物質とその製造方法、および、非水系電解質二次電池に関する。」

(イ)「【0007】
しかしながら、通常、合成後のリチウムニッケル複合酸化物の内部には、炭酸リチウムや硝酸リチウムなどの未反応のリチウム塩が不純物として残存する。このため、このようなリチウムニッケル複合酸化物からなる正極活物質を用いた二次電池が、高温環境下で充電されると、未反応のリチウム塩が酸化分解する可能性がある。この場合、発生した分解生成ガスにより、二次電池の寸法不良あるいは電池特性の低下といった問題が引き起こされる。
【0008】
このような問題に対しては、合成後のリチウムニッケル複合酸化物を水洗および乾燥し、未反応のリチウム塩を除去することが有効である。・・・
【0011】
しかしながら、これらの文献に記載の技術では、リチウムニッケル複合酸化物の水洗を、その質量の2倍以上の質量の純水を用いて行うことが必要とされている。このため、水洗時におけるスラリー濃度が過度に低くなり、リチウムニッケル複合酸化物から不純物が除去されると同時に、粒子内からリチウム引き抜かれ、リチウム欠損に起因する電池容量の低下や正極抵抗の増大といった問題が生じるおそれがある。また、熱処理後においては、粒子内部に存在するリチウム量に比べて、表面に存在するリチウム量が少なくなるため、正極活物質内におけるリチウムの拡散が阻害されたり、導電パスが不足したりするといった問題も生じるおそれがある。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述の問題点に鑑み、非水系電解質二次電池の正極材料として用いられた場合に、充放電容量および出力特性に優れるばかりでなく、粒子強度および耐候性にも優れた非水系電解質二次電池用正極活物質を、容易かつ低コストで提供することを目的とする。」
・・・
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、上記課題を解決するため、リチウムニッケル複合酸化物およびこれを正極活物質として用いた非水系電解質二次電池について鋭意研究を重ねた。この結果、特定の条件で、リチウムニッケル複合酸化物を水洗し、その表面に存在する炭酸リチウムや硫酸リチウムを取り除いた後、酸素雰囲気下、特定の温度で熱処理することで、得られる正極活物質において、水洗時に欠損した表面のリチウムが、粒子内部から補填されるとともに、表面の再焼結が進み、被覆層が形成されることを見出した。そして、このような正極活物質は、その表面の被覆層の存在により、高い粒子強度を備えるばかりでなく、高い耐候性(大気中のガスや炭酸ガスによる変質を起こしにくい性質)を備えるとの知見を得た。また、この正極活物質は、その表面にリチウム欠損が存在しないため、これを用いて非水系電解質二次電池を構成した場合に、二次電池の正極抵抗を低減させ、出力特性を向上させることができるとの知見を得た。本発明は、これらの知見に基づき完成されたものである。
・・・
【0045】
(2)非水系電解質二次電池用正極活物質
本発明の非水系電解質二次電池用正極活物質は、一般式(B):Li_(z)Ni_(1-x-y)Co_(x)M_(y)O_(2)(ただし、0.10≦x≦0.20、0≦y≦0.10、0.95≦z≦1.10、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される層状構造を有する六方晶系リチウムニッケル複合酸化物により構成される。この正極活物質の表面には、リチウムを高濃度で含有する被覆層が形成されており、この被覆層のリチウム以外の金属(Me=Ni、Co、Mn、Vなど)に対するリチウム(Li)の組成比(Li/Me)が1.50?2.30であることを特徴とする。」

(ウ)「【0083】
(実施例1)
[正極活物質の製造]
正極活物質の母材として、ニッケルを主成分とする酸化物粉末と水酸化リチウムを混合し、焼成することにより得られた、一般式:Li_(1.06)Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表されるリチウムニッケル複合酸化物粉末を使用した。このリチウムニッケル複合酸化物粉末は、上記一般式により表されるリチウムニッケル複合酸化物からなり、平均粒径が0.3μmの板状および/または針状の一次粒子が複数凝集して形成された二次粒子から構成されるものであった。また、このリチウムニッケル複合酸化物粉末の平均粒径は12.0μmであり、比表面積は1.2m^(2)/gであった。なお、このリチウムニッケル複合酸化物の構造はSEM(日本電子株式会社製、JSM-6360LA)によって観察し、平均粒径はレーザ回折散乱法における体積積算平均値により、比表面積は窒素ガス吸着によるBET法によって測定した。
【0084】
このリチウムニッケル複合酸化物粉末に、電気伝導率5μS/cmの純水(温度:22℃)を加えてスラリーを形成し、30分間撹拌することにより水洗した後、ヌッチェを用いて濾過した。このときのスラリー濃度は1500g/Lであった。また、このときのリチウムニッケル複合酸化物の表面をSEMにより観察した結果、その表面には平均粒径30nmの微粒子が存在していることが確認された。
【0085】
その後、マッフル炉(株式会社広築製、PVF-3060)を用いて、酸素濃度100容量%の酸素雰囲気下、昇温速度5℃/minで210℃まで昇温し、この温度で、水分率が0.05質量%になるまで保持することにより、熱処理を行った。このとき、昇温を開始してから、保持温度での保持を終了するまでの処理時間は14時間であった。
【0086】
[正極活物質の性状]
得られた正極活物質の性状を、以下のようにして確認した。
【0087】
a)組成
このようにして得られた正極活物質を、X線回折装置(株式会社リガク製、Multi Flex)により測定した結果、この正極活物質は、一般式:Li_(1.06)Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表され、層状構造を有する六方晶系リチウムニッケル複合酸化物であることが確認された。
【0088】
b)粒子構造
正極活物質を樹脂に埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工した後、SEM観察をした。この結果、この正極活物質は、一次粒子が複数凝集して形成された二次粒子から構成されていることが確認された。また、この被覆層をX線光電子分光測定により観察した結果、リチウム欠陥は存在せず、Li/Meは2.00であることが確認された。
【0089】
c)平均粒径、比表面積
レーザ散乱式の粒度分布測定装置(日機装株式会社製)を用いた測定により、この正極活物質の平均粒径は12μmであることが確認された。また、窒素ガス吸着によるBET法で測定した結果、この正極活物質の比表面積は0.9m^(2)/gであることが確認された。
【0090】
[正極活物質の評価]
得られた正極活物質の、a)粒子強度と、b)耐候性を、以下のようにして評価した。
【0091】
a)粒子強度
微小圧縮試験機(株式会社島津製作所製、MCTーWシリーズ)を用いた測定により、この正極活物質の粒子強度は60MPaであることが確認された。」

イ 上記ア(ア)?(ウ)を総合勘案し、特に実施例1に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認める。

「Li_(1.06)Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表される層状構造を有する六方晶系リチウムニッケル複合酸化物により構成される非水系電解質二次電池用正極活物質であって、
前記正極活物質の表面には、リチウムを高濃度で含有する被覆層が形成されており、この被覆層のリチウム以外の金属(Me=Ni、Co、Mn、Vなど)に対するリチウム(Li)の組成比(Li/Me)が2.00であり、
前記正極活物質は、一次粒子が複数凝集して形成された二次粒子から構成され、平均粒径は12μmであり、
比表面積は0.9m^(2)/gであり、
粒子強度は60MPaである非水系電解質二次電池用正極活物質」(以下、「甲1発明」という。)

(2)甲2の記載事項
甲2には、以下の記載がある。

「発明が解決しようとする課題
[0010]
本発明は、放電容量と放電容量保持性が優れたリチウムイオン電池用のLNCAO型正極活物質を提供することを課題とする。
課題を解決するための手段
[0011]
本発明の発明者は、LNCAO系正極活物質粒子の破壊強度、圧縮密度を、電池放電容量と電池放電容量維持性に適した範囲に制御することのできる手段を探索した。その結果、驚くべきことに、従来技術で提案されてきた、原料の選択や活物質の粒子径を直接制御する特殊な方法でない、簡易な手段を見出した。すなわち、本発明では、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物を水洗することにより、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の二次粒子の破壊強度、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の圧縮密度を電池性能に適する範囲に制御できることを見出した。」
「[0053]
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の優れた物性は、その製造方法において上述の(7.水洗)工程を設けたことに起因すると考えられる。
・・・
[0055]
本発明では、さらに、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に含まれる電池性能にとって好ましくない成分が低減されている。好ましくない成分としては、例えば、正極剤スラリーのゲル化を引き起こすLiOHなどのアルカリ性Li化合物、が挙げられる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体に含まれるLiOHの量は滴定による測定の結果、0.1重量%未満に低減されている。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体2gを100gの水に分散させた上澄のpHは11.0未満に低減されている。」
「[実施例]
[0057]
[実施例1]
硫酸ニッケル及び硫酸コバルトを溶解させた水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を加え、生じた沈殿を濾過、洗浄、乾燥した。水酸化ニッケル-水酸化コバルト共沈物を得た。得られた水酸化ニッケル-水酸化コバルト共沈物に水酸化リチウムと水酸化アルミニウムを粉体で混合し焼成原料を得た。この焼成原料を酸素気流中、780℃で焼成した。焼成物を水洗工程に搬送した。
[0058]
水洗工程では、焼成物150gに150g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキを100℃でケーキの水分含有量が1重量%以下になるまで真空乾燥を行った。得られた乾燥ケーキをマッフル炉中で酸素気流中500℃で5時間焼成し、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[実施例2]
水洗工程で、焼成物150gに75g(焼成物の50重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例3]
水洗工程で、焼成物150gに50g(焼成物の33重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例4]
水洗工程で、焼成物150gに30g(焼成物の20重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例5]
水洗工程で、焼成物150gに200g(焼成物の133重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例6]
水洗工程で、焼成物150gに250g(焼成物の167重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件でニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例1]
実施例1の水洗工程を行わず、焼成後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を比較品とした。
[比較例2]
水洗工程で、焼成物150gに7.5g(焼成物の5重量%)の水を加え攪拌、濾過した点以外は実施例1と同様の条件で比較用のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例7]
より大きいスケールでニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。水洗工程では、焼成物2000gに2000g(焼成物の100重量%)の水を加え攪拌、濾過した。分離されたケーキを真空乾燥を行わずそのまま、マッフル炉を用いて酸素気流中500℃で5時間焼成した。そのほかの条件は実施例1と同じとした。こうしてニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を得た。
[実施例8]
大型電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は実施例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[実施例9]
生産用実機電気炉を用いて酸素気流中500℃で焼成した点以外は実施例7と同じ条件で、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造した。
[比較例3]
ShenZhen TianJiao Technology 社製リチウムイオン電池用正極活物質(商品名 NCA1301-1ZS)を比較品として評価した。
[0059]
実施例で得られた本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体と、比較例で得られた比較用ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体について、以下の評価を行った。
[0060]
(二次粒子の破壊強度)ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の微少量を微少圧縮試験器(島津微少圧縮試験器MCT-510)の下部加圧板の上に微少量散布し、顕微鏡で観察しながら1粒子ずつ圧縮試験を行って、粒子の破壊強度を測定した。測定結果を表1に示す。
[0061]
(加圧密度)粉体プレス器としては、リケン精機製 P-16B型プレス器を使用した。粉体プレス用ダイとしては、International crystal laboratories社製 ダイ(13mmKBR Die 内径13mm)を用いた。ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体1.00gを正確に秤量し、粉体プレス用ダイに設置した。粉体プレス器にて5分間加圧した。加圧前後のプレス用ダイの高さを測定し、プレス後のニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の密度を算出した。算出結果を表1に示す。
[0062]
[表1]

[0063]
また、上記実施例、比較例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物粉体のpH値ほかの分析結果を表2に示す。
[0064]
[表2]


(3)甲3の記載事項
甲3には、以下の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系電解質二次電池用正極活物質およびその製造方法、ならびにこれを用いた非水系電解質二次電池に関し、特に、結晶構造的特徴として層状構造を有するリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物を用いたリチウムイオン二次電池用正極活物質に関する。」
「【0015】
本発明は、熱安定性に優れながら、粉体特性を向上させ、2.0g/cm^(3)以上という高密度であるとともに、電池に用いた場合に正極抵抗を低減することが可能な非水系電解質二次電池用正極活物質、あるいは、2.5g/cm^(3)以上という非常に高密度である非水系電解質二次電池用正極活物質を、工業的な製造方法で提供すること、および、このような高密度の正極活物質を用いることにより、電気特性に優れた非水系電解質二次電池を提供することを目的とする。」
「【0076】
(1-d)水洗工程
水洗工程は、焼成工程で得られたリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物粒子を、質量比で0.5?1.0の水に投入してスラリーとし、水洗し、濾過、乾燥するものである。焼成工程で得られたリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物粒子は、非水系電解質二次電池用正極活物質として用いることができるが、かかる水洗工程により、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物粒子の表面に存在するリチウムが除去されることで、タップ密度がさらに高くなる。・・・」

(4)甲4の記載事項
甲4には、以下の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、層状岩塩構造を有する、リチウム二次電池の正極活物質に関する。また、本発明は、かかる正極活物質を用いたリチウム電池に関する。」
「【0024】
「アスペクト比」は、粒子の長手方向の径(長軸径)と短手方向の径(短軸径)との比である。この値が1に近いほど、粒子は球状に近い形状であるといえる。」
「【0065】
正極活物質粒子222のアスペクト比は、1.0以上2.0未満であり、1.1以上1.5未満であることが好ましい。正極活物質粒子222のアスペクト比をこの範囲内とすることで、正極活物質層22内の正極活物質の充填密度を高めた場合であっても、正極活物質層22内に含浸された電解液5中のリチウムイオンが正極活物質層22の厚み方向に拡散する経路を確保することができる程度の適度な隙間を正極活物質粒子222間に形成することが可能になる。これにより、リチウム二次電池1の出力特性やレート特性をさらに向上させることができる。」
「【0105】
[空隙率(%)]
正極材料活物質を樹脂埋めし、クロスセクションポリッシャ(CP)により正極活物質の断面研磨面が観察できるように研磨し、SEM(走査型電子顕微鏡JSM-6390LA、日本電子社製)により、断面イメージを取得する。このイメージを画像処理により、断面中の空隙部分と正極材料部分を分け、(空隙部分の面積)/(空隙部分の面積+正極材料の面積)を求める。これを、10個の2次粒子に対して行い、その平均値を求め、空隙率とした。
【0106】
[開気孔比率(%)]
空隙内に樹脂埋め(樹脂の注入作業)を行い、上述の空隙率の評価法において、空隙部分のうち樹脂が含浸されている部分を開気孔と見做し、空隙部分のうち樹脂が含浸されていない部分を閉気孔と見做し、(開気孔部分の面積)/(開気孔部分の面積+閉気孔部分の面積)を計算することによって開気孔率を求める。これを、10個の2次粒子に対して行い、その平均値を求め、その平均値を最終的な開気孔比率とした。なお、樹脂埋めは、開気孔中に十分に樹脂が含浸されるよう、真空含浸装置(シトバック、ストルアス社製)を用いて気孔中に存在する空気を十分に追い出しながら行った。
【0107】
[開気孔の平均気孔径(μm)]
開気孔の平均気孔径は、水銀圧入式細孔分布測定装置(株式会社島津製作所製 装置名「オートポアIV9510」)を用いた水銀圧入法によって測定した。」

(5)甲5の記載事項
甲5には、以下の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、それを用いたリチウムイオン二次電池用正極及びリチウムイオン二次電池に関する。」
「【0031】
そこで、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質においては、充放電に伴う膨張収縮による二次粒子の割れを抑制するため、二次粒子に、空隙が粒子表面とつながった開気孔を設け、さらに、水銀圧入法により求められる細孔径0.1μm以上0.5μm以下の範囲内の開気孔容積率(二次粒子のみかけの体積に占める、細孔径0.1μm以上0.5μm以下の開気孔の合計容積の割合)が、7%以上20%以下であることが好ましい。開気孔容積率が小さ過ぎると、充放電に伴う二次粒子の割れを抑制することは難しい。一方、開気孔容積率が大き過ぎると、電極内の正極活物質の比率が小さくなり、高い充放電容量を得ることは難しい。そこで、上記のように二次粒子の開気孔容積率は7%以上20%以下であることが好ましく、より好ましくは8%以上16%以下である。この範囲内であれば、高い充放電容量特性と、高い充放電サイクル特性とを両立することができる。」

(6)甲6の記載事項及び甲6に記載された発明
ア 甲6には、以下の記載がある。

(ア)「技術分野
[0001]
本発明は、リチウム二次電池の正極に用いられる正極活物質の製造方法に関する。」

(イ)「発明が解決しようとする課題
[0012]
正極活物質の前駆体を熱処理するにあたって、特許文献1?3に開示されるようにロータリーキルンを使用すると、前駆体と酸素との接触確率が向上するため、ニッケルの比率が高くてもニッケルの酸化反応を比較的効率良く行うことができる。しかしながら、ニッケルの比率が高い正極活物質を工業的規模で安価ないし大量に生産するためには、前駆体に対して、より効率的に酸素を供給し、ニッケルが十分に酸化されたリチウム複合化合物を短時間で得ることが可能な製造方法が求められる。また、前駆体の原料として炭酸リチウムを使用する場合、高い充放電容量を示すリチウム複合化合物を速やかに焼成するには、前駆体から脱離する炭素分を焼成雰囲気中から確実に排除することも望まれる。
[0013]
そこで、本発明は、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行えるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0014]
前記課題を解決するために鋭意検討した結果、炉心管内を転動する前駆体に対して直接的に酸化性ガスを吹き付けて酸素を供給する給気系統と、前駆体から発生する炭酸リチウム由来の炭酸ガスを掃気するための気流を給気する給気系統の2系統を備えた焼成炉を用いて、酸化反応を効率良く進行させる製造方法を見出した。
[0015]
即ち、本発明に係るリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、炭酸リチウムと下記式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する混合工程と、前記混合工程を経て得られた前駆体を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有し、前記焼成工程は、前記前駆体を焼成炉の炉心管内で転動させつつ酸化性雰囲気下で熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有し、前記焼成炉は、前記炉心管の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する第1給気系統と、当該炉心管の軸方向に向けて酸化性ガスを流す第2給気系統と、を備え、前記熱処理工程においては、前記炉心管内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する前記前駆体に前記第1給気系統により前記酸化性ガスを吹き付けると共に、前記前駆体から発生する炭酸ガスを前記第2給気系統による前記酸化性ガスの気流で排気しながら前記熱処理を行うことを特徴とする。Li_(1+a)M1O_(2+α) ・・・(1)(但し、前記式(1)中、M1は、Li以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、-0.1≦a≦0.2、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)。
・・・
[0033]
本実施形態に係る正極活物質は、例えば、粉末状の形態を採ることができる。粉末状の正極活物質は、個々の粒子が分離したリチウム複合化合物の一次粒子を含んでいてもよく、複数の一次粒子が造粒、焼結等によって結合した二次粒子を含んでいてもよい。二次粒子は、乾式造粒及び湿式造粒のうちのいずれによって造粒されたものであってもよい。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤや、転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
・・・
[0036]
正極活物質の粒子破壊強度は、50MPa以上かつ100MPa以下であることが好ましい。正極活物質の一粒子当たりの粒子破壊強度がこの範囲であると、電極を作製する過程で正極活物質の粒子が破壊され難くなり、正極集電体に正極活物質を含む正極合剤スラリーを塗工して正極合剤層を形成するとき、剥がれ等の塗工不良が発生し難くなる。正極活物質の粒子破壊強度は、例えば、微小圧縮試験機を用いて測定することができる。」

(ウ)「[0038]
図1は、本発明の一実施形態に係る正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、混合工程S1と、焼成工程S2と、を有している。混合工程S1を経て原料の化合物から前駆体が調製され、前駆体が焼成工程S2で焼成されることにより、リチウム二次電池(リチウムイオン二次電池)の正極の材料となり得るリチウム複合化合物が合成される。本実施形態に係る製造方法は、焼成工程S2を構成する一工程として、焼成前のリチウム複合化合物の前駆体を焼成炉として用いるロータリーキルンで転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有している。
[0039]
混合工程S1では、リチウムを含む化合物と、正極活物質を組成するLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する。
・・・
[0045]
焼成工程S2では、混合工程S1を経て得られた前駆体を焼成して層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。
・・・
[0061]
焼成工程S2は、図1に示すように、第1前駆体を形成する第1熱処理工程S21と、第2前駆体を形成する第2熱処理工程S22と、仕上の熱処理である第3熱処理工程S23と、を有することが好ましい。
・・・
[0062]
第1熱処理工程S21では、混合工程S1で得られた混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で、0.5時間以上かつ5時間以下にわたって熱処理することで第1前駆体を得る。
・・・
[0067]
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得た第1前駆体を450℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で、0.1時間以上かつ50時間以下にわたって熱処理することで第2前駆体を得る。
・・・
[0072]
第2熱処理工程S22は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。
・・・
[0074]
第2熱処理工程S22は、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10に第1前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20を作動させて、炉心管10を所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1の炉心管10内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第1前駆体に第1給気系統により酸化性ガスを吹き付けると共に、第1前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気系統による酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。
・・・
[0075]
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得た第2前駆体を700℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で熱処理することで層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。
・・・
[0076]
第3熱処理工程S23は、熱処理時間が、0.1時間以上かつ50時間以下であることが好ましく、0.5時間以上かつ5時間以下であることがより好ましい。
・・・
[0077]
第3熱処理工程S23は、具体的には、酸素濃度が90%以上の酸化性雰囲気とすることが好ましく、酸素濃度が95%以上の酸化性雰囲気とすることがより好ましく、酸素濃度が100%の酸化性雰囲気とすることがさらに好ましい。
・・・
[0079]
第3熱処理工程S23は、図2に示す構成のロータリーキルン1を用いて実施する場合、酸化性雰囲気に調整した炉心管10に第2前駆体を投入し、第1給気系統、第2給気系統及びヒータ20を作動させて、炉心管10を所定の回転速度で回転させながら行う。すなわち、酸素濃度90%以上の酸素雰囲気に調整したロータリーキルン1の炉心管10内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する第2前駆体に第1給気系統により酸化性ガスを吹き付けると共に、第2前駆体から発生する炭酸ガスを第2給気系統による酸化性ガスの気流で排気しながら、所定の熱処理温度及び熱処理時間で熱処理を行う。・・・」

(エ)「実施例
・・・
[0084]
(実施例1)
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意した。これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、混合工程S1を実施した。具体的には、出発原料の総重量が20mass%となるようにイオン交換水を加えて混合し、ビーズミルにて粉砕混合を実施した。得られた固液混合物は、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得た。
[0085]
次に、得られた原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理(第1熱処理工程S21)を行って第1前駆体を得た。この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO_(2))が除去された。
・・・
[0104]
(実施例5)
実施例1において得た第1前駆体を、実施例1と同様にロータリーキルン1に投入し、回転している炉芯管10内で、給気量の比(第1給気管30/第2給気管40)が3.7となるように第1給気管30と第2給気管40による酸素給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行った後、再び同一のロータリーキルン1に投入して755℃で0.7時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行って第2前駆体を得た。即ち、第2熱処理工程S22を計2回にわたって行った。次に、この第2前駆体を、同一のロータリーキルン1に再投入して880℃で0.7時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例4と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例4と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表3に示す。
[0105]
(実施例6)
実施例5で得た正極活物質の粒子表面に残存している余剰のLiを洗浄除去するため、正極活物質10gを、吸引濾過装置に設置した孔径0.2μmのメンブレンフィルタ上に敷き詰めた後、純水5mLを注入して吸引濾過を行い濾過ケーキを得た。得られた濾過ケーキをアルミナボートに充填し、240℃で14時間の真空乾燥を行って乾燥した。そして、得られた正極活物質中に残留している炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。また、得られた正極活物質を用いて、実施例4と同様にリチウム二次電池を作製し、充電終止電圧を4.2Vに変更した以外は実施例4と同様に放電容量を求めた。炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と比表面積と放電容量の測定結果を表3に示す。」
・・・
[0107]
[表3]


(オ)「[図2]



イ 上記ア(ア)?(オ)を総合勘案し、特に実施例6に着目すると、甲6には、次の発明が記載されていると認める。

「Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)の組成を有するリチウム二次電池用正極活物質であって、
前記正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量は、それぞれ0.13質量%及び0.04質量%であり、
比表面積が0.48m^(2)/gであるリチウム二次電池用正極活物質。」(以下、「甲6A発明」という。)

「Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)の組成を有し、残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量は、それぞれ0.13質量%及び0.04質量%であり、比表面積が0.48m^(2)/gであるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法。
(混合工程)出発原料である炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、出発原料の総重量が20mass%となるようにイオン交換水を加えて混合し、ビーズミルにて粉砕混合した後、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得る。
(第1熱処理工程)上記原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理を行って第1前駆体を得る。
(第2熱処理工程)上記第1前駆体を、ロータリーキルン1に投入し、回転している炉芯管10内で、給気量の比(第1給気管30/第2給気管40)が3.7となるように第1給気管30と第2給気管40による酸素給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行った後、再び同一のロータリーキルン1に投入して755℃で0.7時間の熱処理を行って第2前駆体を得る。
(第3熱処理工程)上記第2前駆体を、同一のロータリーキルン1に再投入して880℃で0.7時間の熱処理を行って、Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得る。
(洗浄除去工程)上記正極活物質の粒子表面に残存している余剰のLiを洗浄除去するため、正極活物質10gを、吸引濾過装置に設置した孔径0.2μmのメンブレンフィルタ上に敷き詰めた後、純水5mLを注入して吸引濾過を行い濾過ケーキを得る。
(真空乾燥工程)上記濾過ケーキをアルミナボートに充填し、240℃で14時間の真空乾燥を行って乾燥する。」(以下、「甲6B発明」という。)

(7)甲7の記載事項及び甲7に記載された発明
ア 甲7には、以下の記載がある。

(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極活物質の製造方法に関する。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一方、特許文献1のように前駆体混合物を加熱するのではなく、炭酸リチウムとNiを含む化合物との混合物を焼成して、例えば、化学式LiM´O_(2)(M´は、Niを含む金属元素)のM´におけるNiの原子比(Ni/M´)が0.7以上であるNi高濃度の層状構造のリチウム複合化合物を製造するには、次のような課題がある。Ni高濃度のリチウム複合酸化物を工業的に量産するためには、多量かつ均一に合成反応を進行させる必要がある。しかし、炭酸リチウムとNiを含む化合物の混合物を加熱すると、炭酸リチウムから多量の炭酸ガスが発生するため、多量かつ均一な合成反応が阻害されることが分かった。炭酸ガスが発生すると、酸素分圧が低下してNi価数を2価から3価に酸化させる反応が阻害されてしまうためである。特にNi高濃度のリチウム複合化合物においては、Niの酸化が不十分であると、容量が大きく低下するなどの課題があることを見出した。
【0009】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、炭酸リチウムとNiを含む化合物との混合物を焼成して、Ni高濃度のリチウム複合酸化物からなる正極活物質を工業的に量産することができる正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成すべく、本発明の正極活物質の製造方法は、リチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極活物質の製造方法であって、炭酸リチウムと下記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合する混合工程と、前記混合工程で得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有し、前記焼成工程は、前記混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理することで第1前駆体を得る第1熱処理工程と、前記第1前駆体を450℃以上かつ700℃未満の熱処理温度で2時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することで第2前駆体を得る第2熱処理工程と、前記第2前駆体を700℃以上かつ850℃以下の熱処理温度で2時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することで前記リチウム複合化合物を得る第3熱処理工程と、を有し、前記第2熱処理工程及び前記第3熱処理工程の酸化性雰囲気の酸素濃度は、80%以上であることを特徴とする。
【0011】
Li_(1+a)Ni_(b)Mn_(c)Co_(d)M_(e)O_(2+α) …(1)
【0012】
ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Ti、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦b≦0.9、0≦c≦0.35、0.05≦d≦0.30、0≦e≦0.35、b+c+d+e=1、及び、-0.1≦α≦0.1、を満たす数である。」

(ウ)「【0033】
(正極活物質の製造方法)
次に、前述の正極活物質を製造する本実施形態の正極活物質の製造方法について説明する。図1Aは、本実施形態の正極活物質の製造方法に含まれる各工程を示すフロー図である。図1Bは、図1Aに示す本実施形態の正極活物質の製造方法の変形例における各工程を示すフロー図である。
【0034】
本実施形態の正極活物質の製造方法は、炭酸リチウムと前記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合する混合工程S1と、混合工程S1で得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して前記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程S2と、を有している。
【0035】
混合工程S1では、正極活物質の出発原料として、炭酸リチウムに加えて、前記式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物、例えば、Ni含有化合物、Mn含有化合物、Co含有化合物、M含有化合物等を用いることができる。・・・
【0036】
混合工程S1では、前記式(1)に対応する所定の元素組成となる比率で秤量した前記出発原料を混合して原料粉末を調製する。本実施形態の正極活物質の製造方法では、Liを含有する出発原料として、炭酸リチウムを用いている。
・・・
【0042】
焼成工程S2では、混合工程S1で得られた混合物を酸化性雰囲気で焼成して前記式(1)で表されるリチウム複合化合物の粉末である正極活物質を製造する。本実施形態の焼成工程S2は、第1熱処理工程S21、第2熱処理工程S22、及び第3熱処理工程S23を有している。
【0043】
第1熱処理工程S21では、混合工程S1で得られた混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理することで、第1前駆体を得る。
・・・
【0052】
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得られた第1前駆体を、450℃以上かつ700℃未満の熱処理温度で2時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することで、第2前駆体を得る。
・・・
【0056】
Ni酸化反応と前記式(2)の反応を促進させるために、第2熱処理工程S22の熱処理の雰囲気は、酸素を含む酸化性雰囲気であり、酸素濃度が80%以上であることが好ましく、酸素濃度が90%以上であることがより好ましく、酸素濃度が95%以上であることがさらに好ましく、酸素濃度が100%であることがさらにより好ましい。
・・・
【0063】
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得られた第2前駆体を700℃以上かつ850℃以下の熱処理温度で熱処理することでリチウム複合化合物からなる正極活物質を得る。・・・
【0064】
Ni酸化反応を十分に進行させるために、第3熱処理工程S23の熱処理の雰囲気は、酸素を含む酸化性雰囲気であり、酸素濃度が80%以上であることが好ましく、酸素濃度が90%以上であることがより好ましく、酸素濃度が95%以上であることがさらに好ましく、酸素濃度が100%であることがさらにより好ましい。
・・・
【0066】
・・・第3熱処理工程S23の熱処理の時間は、2時間以上かつ100時間以下とすることができる。・・・」

(エ)「【0087】
(実施例1)
まず、正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト及び炭酸マンガンを用意した。次に、各出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.10:0.10となるように秤量し、粉砕機で粉砕するとともに湿式混合してスラリーを調製し、得られたスラリー(混合物)を、スプレードライヤーで乾燥させた(混合工程)。その後、乾燥させた混合物を焼成して焼成粉を得た(焼成工程)。
【0088】
具体的には、粉砕機としてビーズミルを用い、水を溶媒として湿式混合を行ない、粒度が安定するまで運転した。得られたスラリーの粒度をレーザー回折式粒度分布計によって測定したところ、D50=0.13μm、D100=0.26μmであった。スラリーを回転円盤方式の噴霧乾燥機を用いて乾燥させ、D50=17μm、嵩比重0.74g/ccの乾燥した混合粉を得た。
【0089】
次に、混合工程で得られた混合物(混合粉)1kgを、縦300mm、横300mm、高さ100mmのアルミナ容器に充填し、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行なった(第1熱処理工程)。第1熱処理工程では、水酸化ニッケルの熱分解伴う水蒸気と、炭酸コバルトおよび炭酸マンガンの熱分解に伴う二酸化炭素が発生する。次に、得られた粉末(第1前駆体)を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行った(第2熱処理工程)。第2熱処理工程では、第1熱処理工程で反応しきれなかった炭酸コバルトおよび炭酸マンガンが熱分解し、二酸化炭素が発生する。また、熱分解後のニッケル、コバルト、マンガンの各酸化物と反応してリチウム複合酸化物の前駆体を形成するため、炭酸リチウムは、分解して二酸化炭素を放出する。さらに、得られた粉末(第2前駆体)を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で800℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、焼成粉(リチウム複合化合物)を得た(第3熱処理工程)。第3熱処理工程ではニッケルの酸化により前記式(2)の反応が進行するため、反応残渣であった炭酸リチウムがリチウム酸化物と二酸化炭素に分解し、二酸化炭素が発生する。リチウム複合酸化物を合成するためには、第2および第3熱処理工程で発生する二酸化炭素を迅速に排気するとともに、酸化反応を促進する十分な酸素が重要である。
【0090】
得られた焼成粉を目開き53μm以下に分級し、正極活物質とした。正極活物質の元素比をICPによって分析した結果、Li:Ni:Mn:Coは、1.02:0.80:0.10:0.10であった。X線回折測定するとα-NaFeO_(2)型層状構造に対応した回折パターンが得られ、格子定数はa=0.287nm、c=1.42nmであった。また比表面積は、0.37m^(2)/gであった。」

イ 上記ア(ア)?(エ)を総合勘案し、特に実施例1に着目すると、甲7には、次の発明が記載されていると認める。

「元素比がLi:Ni:Mn:Coは、1.02:0.80:0.10:0.10であるリチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極活物質の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法。
(混合工程)出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト及び炭酸マンガンを、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.10:0.10となるように秤量し、粉砕機で粉砕するとともに湿式混合してスラリーを調製し、得られたスラリーを、スプレードライヤーで乾燥させて混合粉を得る。
(第1熱処理工程)上記混合工程で得られた混合物(混合粉)をアルミナ容器に充填し、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行い、粉末(第1前駆体)を得る。
(第2熱処理工程)上記粉末(第1前駆体)を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行い、粉末(第2前駆体)を得る。
(第3熱処理工程)上記粉末(第2前駆体)を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で800℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、焼成粉(リチウム複合化合物)を得る。
(分級工程)上記焼成粉(リチウム複合化合物)を、目開き53μm以下に分級し、正極活物質を得る。」(以下、「甲7発明」という。)

(8)甲8の記載事項及び甲8に記載された発明
ア 甲8には、以下の記載がある。

(ア)「技術分野
[0001]
本発明は、リチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極材料及びその製造方法、並びにその正極材料を用いたリチウムイオン二次電池に関する。」

(イ)「発明が解決しようとする課題
[0008]
特許文献1に記載された正極材料は、Niを別元素に置換することによって、リチウムイオン二次電池の充放電サイクルに伴う劣化を抑制することは可能であるが、充放電反応に寄与するNi量が減少するため、高容量化が困難であるという課題がある。
・・・
[0010]
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、従来よりも高い充放電容量を有し、かつ抵抗上昇率が抑制されてサイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池用正極材料及びその製造方法、並びに低温出力特性に優れたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段
[0011]
前記目的を達成すべく、本発明のリチウムイオン二次電池用正極材料は、下記式(1)によって表され、かつX線光電子分光分析に基づくTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物によって構成されることを特徴とする。
[0012]
Li_(1+a)Ni_(b)Mn_(c)Co_(d)Ti_(e)M_(f)O_(2+α) ・(1)
[0013]
ただし、前記式(1)中、Mは、Mg、Al、Zr、Mo、Nbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e、f及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7<b≦0.9、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0<e≦0.25、0≦f<0.3、b+c+d+e+f=1、及び、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。
・・・
[0030]
なお、粉末状の正極活物質である正極材料を構成するリチウム複合化合物の粒子は、個々の粒子が分離した一次粒子であってもよいが、複数の一次粒子を焼結等によって結合させた二次粒子であることが望ましい。一次粒子又は二次粒子は、不可避の遊離リチウム化合物を含んでいても良い。
[0031]
正極材料の一次粒子の平均粒径は、例えば、0.1μm以上かつ2μm以下であることが好ましい。正極材料の一次粒子の平均粒径を2μm以下とすることで、正極材料の反応場を確保でき、高容量、かつ、低抵抗が得られる。また、正極材料の二次粒子の平均粒径は、例えば、3μm以上かつ50μm以下であることが好ましい。」

(ウ)「[0049]
(リチウム二次電池用正極材料の製造方法)
図1Aは、本実施形態のリチウム二次電池用正極材料の製造方法に含まれる各工程を示すフロー図である。本実施形態の正極材料の製造方法は、前述の粉末状の正極活物質である正極材料を製造する方法であり、主に、混合工程S1と焼成工程S2とを有している。・・・
[0050]
混合工程S1では、リチウムを含む化合物と、前記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合して混合物を得る。リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウムを用いることができる。
・・・
[0057]
焼成工程S2では、混合工程S1で得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して、前記式(1)によって表され、かつXPSに基づくTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物を得る。焼成工程S2における酸化性雰囲気は、Ni酸化反応を十分に進行させる観点から、酸素濃度が80%以上であることが好ましく、酸素濃度が90%以上であることがより好ましく、酸素濃度が95%以上であることがさらに好ましく、酸素濃度が100%であることがさらにより好ましい。
[0058]
焼成工程S2における熱処理温度(焼成温度、以下同様)は、700℃以上かつ900℃未満であることが好ましい。
・・・
[0060]
焼成工程S2は、第1熱処理工程S21と第2熱処理工程S22と第3熱処理工程S23とを有してもよい。第1熱処理工程S21では、混合工程S1によって得られた混合物を、例えば、200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理することで第1前駆体を得る。第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21によって得られた第1前駆体を、450℃以上かつ720℃未満の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することで第2前駆体を得る。この熱処理により、未反応のLi原料量を制御することができる。第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得られた第2前駆体を700℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って熱処理することでリチウム複合化合物を得る。添加したTiをリチウム複合化合物中で効率よくTi^(3+)にする観点から、第3熱処理工程S23の熱処理温度は、750℃以上であることが好ましい。
[0061]
本実施形態の正極材料の製造方法によれば、前記混合工程S1によって所定の出発原料を所定の比率で含む混合物を、前記焼成工程S2よって酸化性雰囲気下で焼成することで、前記式(1)によって表され、かつXPSに基づくTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が1.5以上、20以下であるリチウム複合化合物を得ることができる。そして、得られたリチウム複合化合物によって、粉末状の正極活物質である正極材料を構成することができる。」

(エ)「[0095]
[実施例]
・・・
[0096]
(実施例1)
以下の手順によって、実施例1の正極材料を製造した。まず、正極材料の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、及び、チタン含有キレート剤(チタンラクテートアンモニウム塩)を用意した。次に、これら出発原料を混合する混合工程を実施した。具体的には、前述の出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量した。
[0097]
そして、秤量した上記の出発原料に対して、Ni、Co、Mnの合算モル数を100molとしたときに1mol相当のTiとなるようにチタン含有キレート剤を加え、これらを粉砕機で粉砕するとともに湿式混合してスラリーを調製する混合工程を実施した。そして、得られたスラリーをスプレードライヤーによって乾燥させて上記出発原料の混合物である混合粉を得た。得られた混合粉の二次粒子径は約10μmであった。
[0098]
次に、混合工程によって得られた混合物を焼成する焼成工程を実施した。具体的には、混合工程によって得られた混合粉を、第1熱処理工程、第2熱処理工程、及び、第3熱処理工程を含む焼成工程によって焼成した。
[0099]
第1熱処理工程では、混合工程によって得られた1kgの混合物を、縦300mm、横300mm、高さ100mmのアルミナ容器に充填し、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行なって、第1前駆体の粉末を得た。この工程では、水酸化ニッケルの熱分解伴う水蒸気と、炭酸コバルト及び炭酸マンガンの熱分解に伴う二酸化炭素が発生する。
[0100]
第2熱処理工程では、第1熱処理工程で得られた第1前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、第2前駆体の粉末を得た。この工程では、第1熱処理工程で反応しきれなかった炭酸コバルト及び炭酸マンガンが熱分解し、二酸化炭素が発生する。さらに、炭酸リチウムとNi、Co、Mn、及び、Tiとの反応が進むことにより、二酸化炭素が発生する。
[0101]
第3熱処理工程では、第2熱処理工程で得られた第2前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で785℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、リチウム複合化合物の粉末を得た。得られたリチウム複合化合物の粉末を目開き53μm以下の篩で分級し、分級されたリチウム複合化合物の粉末によって正極材料を構成した。
[0102]
以上の工程によって得られた実施例1の正極材料を、ICPによって元素比を測定し、実施例1の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式を得た。また、実施例1の正極材料を、XPSによって解析してTi2pスペクトルを測定し、アルバック・ファイ株式会社製の解析ソフトPHI MultiPak(登録商標)を用いてTi_(2)O_(3)(Ti^(3+))とTiO_(2)(Ti^(4+))に帰属した二つのスペクトルでフィッティングさせた。その際、フィッティングの信頼性パラメータである“Chi-squared”(ピアソンのカイ二乗)が10以下となるようにフィッティングした。得られたTi^(3+)とTi^(4+)の面積比を、実施例1の正極活物質を構成するリチウム複合化合物のTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)とした。
[0103]
また、酸化物の安定性を評価する目的で、実施例1の正極材料を、窒素雰囲気中で室温から10℃/分の速度で1000℃まで昇温させたときの重量減少率を熱重量分析により測定した。
[0104]
さらに、光学顕微鏡で二次粒子径が5μmから10μmの正極材粒子を選び、一粒ずつ微小圧縮試験機(島津製作所製MCT-510)を用いて、直径50μmの平面加圧圧子で0.47m・N/sの負荷速度で粒子を圧縮し、粒子の破壊強度を測定した。また、正極材料およびガラス器具を120℃で2時間真空乾燥した後、自動比表面積/細孔分布測定装置(マイクロトラックベル社製BELSORP-mini)で正極材料の比表面積をBET法で測定した。
[0105]
(実施例2)
第3熱処理工程における熱処理温度を800℃とした以外は、実施例1と同様に正極材料を製造して、実施例2の正極材料を得た。得られた実施例2の正極材料を、実施例1の正極材料と同様に解析し、実施例2の正極材料を構成するリチウム複合化合物の組成式と、原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)と、熱重量分析による重量減少率、粒子破壊強度及び比表面積を得た。
・・・
[0118]
[表1A]

[0119]
また、以下の表1Bに、実施例1から比較例4の正極材料の組成式と、実施例1及び実施例2並びに比較例1から比較例3の正極材料を室温から10℃/分の速度で1000℃まで昇温させた熱重量分析による重量減少率を示す。また、以下の表1Bに、実施例1から比較例4の正極材料の粒子破壊強度と比表面積とを示す。
[0120]
[表1B]

[0121]
実施例1から実施例9は、正極活物質を構成するリチウム複合酸化物中の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が1.5以上、より具体的には、実施例5を除いて1.9以上であったのに対し、比較例2から比較例4は、いずれも1.5未満の低い比率であった。
[0122]
また、Tiを加えていない比較例1は粒子破壊強度が100MPa以上の高強度であったのに対して、Tiを添加したその他の材料は強度が低い傾向であった。なお、粒子破壊強度は45MPa程度以上あれば良く、Tiを添加した材料の中で、実施例2、実施例6、実施例7などリチウム複合酸化物中の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)がより高いものは粒子破壊強度が比較的高い値であった。中でも、Ti酸化物(TiO_(2))をTi原料に用いた実施例7は、粒子破壊強度が高かった。また、焼成温度が高い実施例9は比表面積が0.5m^(2)/g以下と低く、焼成温度が低い比較例2、3は比表面積が2.0m^(2)/g超と高かった。」

イ 上記ア(ア)?(エ)を総合勘案し、特に実施例2に着目すると、甲8には、次の発明が記載されていると認める。

「Li_(1.02)Ni_(0.79)Mn_(0.05)Co_(0.15)Ti_(0.01)O_(2+α)の組成を有し、かつX線光電子分光分析に基づくTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が2.8であるリチウム複合化合物によって構成されるリチウムイオン二次電池用正極材料であって、
粒子破壊強度が67MPaであり、
比表面積が0.76m^(2)/gであるリチウムイオン二次電池用正極材料
ただし、αは-0.2≦α≦0.2を満たす数である。」(以下、「甲8A発明」という。)

「Li_(1.02)Ni_(0.79)Mn_(0.05)Co_(0.15)Ti_(0.01)O_(2+α)の組成を有し、かつX線光電子分光分析に基づくTi^(3+)とTi^(4+)の原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)が2.8であるリチウム複合化合物によって構成され、粒子破壊強度が67MPaであり、比表面積が0.76m^(2)/gであるリチウムイオン二次電池用正極材料(ただし、αは-0.2≦α≦0.2を満たす数である。)の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法。
(混合工程)出発原料である炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン、及び、チタン含有キレート剤(チタンラクテートアンモニウム塩)を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、秤量した出発原料に対して、Ni、Co、Mnの合算モル数を100molとしたときに1mol相当のTiとなるようにチタン含有キレート剤を加え、これらを粉砕機で粉砕するとともに湿式混合してスラリーを調製する混合工程を実施する。そして、得られたスラリーをスプレードライヤーによって乾燥させて出発原料の混合物である混合粉を得る。
(第1熱処理工程)上記混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行なって、第1前駆体の粉末を得る。
(第2熱処理工程)上記第1前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、第2前駆体の粉末を得る。
(第3熱処理工程)上記第2前駆体の粉末を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で800℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行って、リチウム複合化合物の粉末を得る。
(分級工程)上記リチウム複合化合物の粉末を目開き53μm以下の篩で分級し、分級されたリチウム複合化合物の粉末によって正極材料を構成する。」(以下、「甲8B発明」という。)

(9)甲9の記載事項及び甲9に記載された発明
ア 甲9には、以下の記載がある。

(ア)「技術分野
[0001]
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質及びそれを含む正極、並びにその正極を備えるリチウムイオン二次電池に関する。」

(イ)「課題を解決するための手段
[0009]
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、以下の知見を見出して、本発明を完成させた。即ち、本発明の要旨は、以下の組成式(1)で表されるリチウム複合化合物を含んで構成され、
Li_(1+α)Ni_(x)Co_(y)M^(1)_(1-x-y-z)M^(2)_(z)O_(2+β) ・・・組成式(1)
式(1)中、α、β、x、y及びzは、それぞれ、-0.03≦α≦0.08、-0.2≦β≦0.2、0.7<x≦0.9、0.03≦y≦0.3、0≦z≦0.1を満たす数である、M^(1)は、Mn及びAlのうちの少なくとも一種の元素であり、M^(2)はMg、Ti、Zr、Mo及びNbのうちの少なくとも一種の元素である・・・リチウムイオン二次電池用正極活物質に関する。・・・」

(ウ)「[0049]
[2.正極活物質の製造方法]
正極活物質は、任意の方法で製造することができる。例えば、正極活物質の一次粒子を、乾式造粒や湿式造粒によって造粒することによって二次粒子化することで、二次粒子を含んでなる正極活物質を製造することができる。以下、正極活物質の製造方法をさらに具体的に説明する。
[0050]
図2は、本実施形態の正極活物質の製造方法を示すフローチャートである。図2に示すように、本実施形態の正極活物質は、粉砕混合工程S1と、造粒工程S2と、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33とを経て製造することができる。これらのうち、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33とにおいては、いずれも熱処理が行われる。但し、3段階の熱処理にとらわれるものではない。以下、本実施形態の正極活物質の製造方法について、工程ごとに説明する。
[0051]
(粉砕混合工程S1)
粉砕混合工程S1では、Li以外の金属元素を含む出発原料と、炭酸リチウムを80質量%以上含むリチウム原料とを粉砕混合して混合物を得る。
・・・
[0055]
(造粒工程S2)
造粒工程S2では、粉砕混合工程S1でスラリーとした混合物をノズルから噴霧して乾燥させることによって、化合物(1)の前駆体(以下、単に「前駆体」という)を造粒する工程である。・・・
[0056]
(第1熱処理工程S31)
第1熱処理工程S31と、以下で後記する第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33では、前記の造粒工程S2において得られた前駆体を焼成することで、化合物(1)が得られる。以下、工程毎に説明する。
[0057]
第1熱処理工程S31では、前記前駆体を200℃以上400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上5時間以下に亘って熱処理することで第1前駆体を得る。
・・・
[0063]
(第2熱処理工程S32)
前記の第1熱処理工程S31に次いで行われる第2熱処理工程S32は、前記の第1前駆体を、450℃以上800℃以下の熱処理温度で0.5時間以上50時間以下に亘って熱処理し、炭酸リチウムの93質量%以上を反応させて第2前駆体を得るものである。
・・・
[0066]
(第3熱処理工程S33)
前記の第2熱処理工程S32に次いで行われる第3熱処理工程S33は、前記の第2前駆体を730℃を超えて900℃以下、好ましくは750℃を超えて900℃以下の熱処理温度で熱処理するものである。」

(エ)「[0079]
<実施例1>
(正極活物質の作製)
まず、正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト及び炭酸マンガンを用意した。次に、各出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量した。そして、秤量した各原料を混合して、粉砕混合機を使用して十分に粉砕するとともに、湿式混合し、原料スラリーを得た(粉砕混合工程S1)。この原料スラリーにおける原料混合物の濃度は20質量%とした。
[0080]
原料スラリーに対し、Ni、Co及びMnの合算モル数を100molとしたときに1mol相当のTiとなるようにチタン含有キレート剤(チタンラクテートアンモニウム塩)を加え、十分に湿式混合した。この湿式混合は、前記の粉砕混合機と同じものを用いて行った。その後、湿式混合された混合物を、スプレードライヤで噴霧乾燥させて、粉末状の混合物を得た(造粒工程S2)。
[0081]
乾燥させた混合物300gを、縦300mm、横300mm、高さ100mmのアルミナ容器に充てんし、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行った(第1熱処理工程S31)。熱処理後の粉末(第1前駆体)を、炉内酸素濃度99%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行った(第2熱処理工程S32)。この熱処理も、前記の第1熱処理工程S31において使用したものと同じ装置を用いて行った。
[0082]
この熱処理後の粉末(第2前駆体)を、炉内酸素濃度99%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸化気流中で785℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行った(第3熱処理工程S33)。この熱処理も、前記の第1熱処理工程S31において使用したものと同じ装置を用いて行った。そして、この熱処理によって得られた焼成粉を目開き53μm以下の篩を用いて分級し、当該篩を通過した粉体を正極活物質(実施例1の正極活物質)とした。
[0083]
得られた正極活物質の元素比をICPによって分析した。この分析は、パーキネルマー社製OPTIMA3300XLを用いて行った。この分析の結果、Li:Ni:Co:Mn:Tiの組成比(モル比)は、1.02:0.79:0.15:0.05:0.01であった。よって、得られた正極活物質の組成式はLi_(1.02)Ni_(0.79)Co_(0.15)Mn_(0.05)Ti_(0.01)O_(2)であることがわかった。
・・・
[0094]
<実施例2>
出発原料として炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン及びチタニアを用いて、かつ、これらの使用量を原子比で、Li:Ni:Co:Mn:Tiが、1.04:0.79:0.15:0.05:0.01となるように秤量して使用したこと以外は実施例1と同様にして正極活物質(実施例2の正極活物質)を得た。従って、実施例2では、チタンを含む原料を途中で加えた実施例1とは異なり、チタンを含む原料を出発原料として初めから使用している。
[0095]
得られた正極活物質について、実施例1と同様にしてICP分析及びXPS分析を行った。その結果、Li:Ni:Co:Mn:Tiの組成比(モル比)は、1.02:0.79:0.15:0.05:0.01であった。よって、得られた正極活物質の組成式はLi_(1.02)Ni_(0.79)Co_(0.15)Mn_(0.05)Ti_(0.01)O_(2)であることがわかった。また、図示はしないが、実施例1と同様にしてX線回折測定を行うと、α-NaFeO_(2)型層状構造に対応した回折パターンが得られた。さらに、原子比Ti^(3+)/Ti^(4+)は2.0であった。」

イ 上記ア(ア)?(エ)を総合勘案し、特に実施例2に着目すると、甲9には、次の発明が記載されていると認める。

「組成式がLi_(1.02)Ni_(0.79)Co_(0.15)Mn_(0.05)Ti_(0.01)O_(2)であるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法。
(粉砕混合工程)出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガン及びチタニアを、原子比でLi:Ni:Co:Mn:Tiが、1.04:0.79:0.15:0.05:0.01となるように秤量し、秤量した各原料を混合して、粉砕混合機を使用して十分に粉砕するとともに、湿式混合し、原料スラリーを得る。
(造粒工程)上記原料スラリーをスプレードライヤで噴霧乾燥させて、粉末状の混合物を得る。
(第1熱処理工程)上記混合物をアルミナ容器に充てんし、連続搬送炉によって、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行う。
(第2熱処理工程)上記熱処理後の粉末(第1前駆体)を、炉内酸素濃度99%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行う。
(第3熱処理工程)上記熱処理後の粉末(第2前駆体)を、炉内酸素濃度99%以上の雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸化気流中で785℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行う。
(分級工程)上記熱処理によって得られた焼成粉を目開き53μm以下の篩を用いて分級し、当該篩を通過した粉体を正極活物質とする。」(以下、「甲9発明」という。)

(10)甲10の記載事項及び甲10に記載された発明
ア 甲10には、以下の記載がある。

(ア)「技術分野
[0001]
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質及びそれを使用したリチウムイオン二次電池に関する。」

(イ)「[0042]
[2.正極活物質の製造方法]
正極活物質は、任意の方法で製造することができる。例えば、正極活物質の一次粒子を、乾式造粒や湿式造粒によって造粒することによって二次粒子化することで、二次粒子を含んでなる正極活物質を製造することができる。以下、正極活物質の製造方法をさらに具体的に説明する。
[0043]
図3は、本実施形態の正極活物質の製造方法を示すフローチャートである。図3に示すように、本実施形態の正極活物質は、粉砕混合工程S1と、造粒工程S2と、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33とを経て製造することができる。これらのうち、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33とにおいては、いずれも熱処理が行われる。但し、3段階の熱処理にとらわれるものではない。以下、本実施形態の正極活物質の製造方法について、工程ごとに説明する。
[0044]
(粉砕混合工程S1)
粉砕混合工程S1は、Li以外の金属元素を含む出発原料と、炭酸リチウムを80質量%以上含むリチウム原料とを粉砕混合して混合物を得るものである。
・・・
[0047]
粉砕混合工程S1では、前記出発原料を、例えば、粉砕機によって粉砕して混合することが好ましい。これにより、均一に混合された粉末状の固体混合物を調製することができる。前記出発原料の化合物を粉砕する粉砕機としては、ボールミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の精密粉砕機を用いることができる。水等の液体中で粉砕する湿式法と、液体を使用しない乾式法の双方が使用できる。粒径の小さな粉砕混合粉を調製する観点から、湿式法が望ましい。即ち、粉砕混合工程S1では、湿式法によって混合物をスラリーとすることが好ましい。
[0048]
(造粒工程S2)
造粒工程S2では、粉砕混合工程S1でスラリーとした混合物をノズルから噴霧して乾燥させることによって、化合物(1)の前駆体(以下、単に「前駆体」という)を造粒する工程である。・・・
[0049]
(第1熱処理工程S31)
第1熱処理工程S31と、以下で後記する第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33とでは、前記の造粒工程S2において得られた前駆体を焼成することで、化合物(1)が得られる。以下、工程毎に説明する。
[0050]
第1熱処理工程S31では、前記前駆体を200℃以上400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上5時間以下に亘って熱処理することで第1前駆体を得る。
・・・
[0056]
(第2熱処理工程S32)
前記の第1熱処理工程S31に次いで行われる第2熱処理工程S32は、前記の第1前駆体を、450℃以上800℃以下の熱処理温度で0.5時間以上50時間以下に亘って熱処理し、炭酸リチウムの93質量%以上を反応させて第2前駆体を得るものである。
・・・
[0058]
また、第2熱処理工程S32の熱処理の温度範囲で、第1前駆体を十分に酸素と反応させるためには、熱処理の時間を0.5時間以上50時間以下とすることができる。生産性を向上させる観点からは、第2熱処理工程S32の熱処理の時間を、2時間以上15時間以下とすることがより好ましい。
[0059]
(第3熱処理工程S33)
前記の第2熱処理工程S32に次いで行われる第3熱処理工程S33は、前記の第2前駆体を750℃以上900℃以下、好ましくは775℃以上900℃以下の熱処理温度で熱処理するものである。このとき、熱処理時間は0.5時間以上50時間以下、正極活物質の生産性を向上させる観点から好ましくは1時間以上15時間以下である。・・・」

(ウ)「[0074]
<実施例1>
(正極活物質の作製及び評価)
図3を参照しながら説明した製造方法に沿って、実施例1の正極活物質を製造した。正極活物質の原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、水酸化コバルト及び炭酸マンガンのそれぞれを、Li:Ni:Co:Mn=1.04:0.80:0.15:0.05のモル比となるように秤量し、これらの混合物に固形分比が20質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で十分に粉砕するとともに湿式混合して原料スラリーを調製した(粉砕混合工程S1)。得られた原料スラリーの濃度(原料スラリー中の原料混合物の濃度)は20質量%である。
[0075]
次に、2流体ノズルを用いて、得られた原料スラリーを2kg/時間で供給しながら噴霧乾燥を行い、原料スラリーの乾燥物である正極活物質前駆体を作製した(造粒工程S2)。また、乾燥温度は280℃とした。
[0076]
正極活物質前駆体を、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行い、粉末状の第1前駆体を得た(第1熱処理工程S31)。次に、得られた第1前駆体を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気の連続搬送炉を用いて、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行い、粉末状の第2前駆体を得た(第2熱処理工程S32)。さらに、得られた第2前駆体を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気の連続搬送炉を用いて、酸化気流中で800℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行った(第3熱処理工程S33)。これにより焼成粉を得た。得られた焼成粉を目開き53μm以下の篩を用いて分級し、当該篩を通過した粉体を正極活物質(実施例1の正極活物質)とした。
【0077】
得られた正極活物質のLi、Ni、Co及びMn組成をICP-AES(パーキンエルマー社製OPTIMA8300)を用いて測定した。その結果、Li:Ni:Co:Mnは、1.01:0.8:0.15:0.05であった。従って、得られた正極活物質の組成は、Li_(1.01)Ni_(0.8)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)であることがわかった。」

イ 上記ア(ア)?(ウ)を総合勘案し、特に実施例1に着目すると、甲10には、次の発明が記載されていると認める。

「組成がLi_(1.01)Ni_(0.8)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)であるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
以下の工程を含む製造方法。
(粉砕混合工程)正極活物質の原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、水酸化コバルト及び炭酸マンガンのそれぞれを、Li:Ni:Co:Mn=1.04:0.80:0.15:0.05のモル比となるように秤量し、これらの混合物に固形分比が20質量%となるように純水を加える。そして、粉砕機で十分に粉砕するとともに湿式混合して原料スラリーを調製する。
(造粒工程)2流体ノズルを用いて、上記原料スラリーを280℃で噴霧乾燥を行い、原料スラリーの乾燥物である正極活物質前駆体を作製する。
(第1熱処理工程)上記正極活物質前駆体を、大気雰囲気で350℃の熱処理温度で1時間に亘って熱処理を行い、粉末状の第1前駆体を得る。
(第2熱処理工程)上記第1前駆体を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気の連続搬送炉を用いて、酸素気流中で600℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行い、粉末状の第2前駆体を得る。
(第3熱処理工程)上記第2前駆体を、炉内酸素濃度90%以上の雰囲気の連続搬送炉を用いて、酸化気流中で800℃の熱処理温度で10時間に亘って熱処理を行い、焼成粉を得る。
(分級工程)上記焼成粉を、目開き53μm以下の篩を用いて分級し、当該篩を通過した粉体を正極活物質とする。」(以下、「甲10発明」という。)

(11)甲11の記載事項
甲11には、以下の記載がある。

「【0201】
実施例1
製造例1で得られた複合酸化物粒子A20gをメノウ乳鉢に入れ、スパーテルで攪拌しながら、マイクロピペットを用いて液体のエチルジエチルホスホノアセテート0.2gをメノウ乳鉢に少しずつ添加した。エチルジエチルホスホノアセテートの添加終了後、得られた混合物をさらにスパーテルおよび乳棒で20分間攪拌し、エチルジエチルホスホノアセテートを複合酸化物粒子に均一に付着させた。
【0202】
次に、このエチルジエチルホスホノアセテートが付着した複合酸化物粒子をステンレス鋼製の密閉容器内に移し、その容器内の温度を50℃に調整し、真空ポンプで600Paまで減圧し、1時間真空乾燥させることにより、混入した水分を除去し、正極材料を得た。得られた正極材料は、アルゴンガスが封入された容器内で保存した。」

(12)甲12の記載事項
甲12には、以下の記載がある。

「【0012】
別の実施形態では、通気させた粉末の嵩密度を増加するための本発明による方法は、第1の端部と、その第1の端部に対向する第2の端部とを有するコンテナに、粉末を入れる工程を含む。次いで、粉末を含むコンテナの領域におけるガス圧力を、加圧ガスの本質的な部分が粉末内に拡散する前に、コンテナにおける粉末を第2の端部に対して圧縮するのに十分な速度で、大気圧を超えるレベルまで増加させる。次に、コンテナの第2の端部を開放するとコンテナ内が減圧され、コンテナの第2の端部を通じて粉末がコンテナから取り除かれる。」
「【0025】
加圧ガスはいかなるガスであってもよいが、粉末と不利に反応しないか、あるいは本発明による方法のための工程および装置のいずれにも悪影響を与えるべきではない。・・・」

2 申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)について
(1)甲1を主たる引用例とする申立理由1、申立理由2-1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。

(ア)甲1発明の「六方晶系リチウムニッケル複合酸化物」と、本件発明1の「リチウム複合化合物」とは、「リチウム複合化合物」である点で一致し、さらに、甲1発明の「六方晶系リチウムニッケル複合酸化物」の組成は、本件発明1の「リチウム複合化合物」の組成範囲に含まれる。

(イ)甲1発明の「非水系電解質二次電池」は、リチウムイオンを含む電池であるから、本件発明1の「リチウムイオン二次電池」に相当する。
したがって、甲1発明の「非水系電解質二次電池用正極活物質」は、本件発明1の「リチウムイオン二次電池用正極活物質」に相当する。

(ウ)甲1発明の「正極活物質」は、「一次粒子が複数凝集して形成された二次粒子から構成」されるものであるから、甲1発明の「正極活物質」と、本件発明1の「正極活物質」とは、「一次粒子と、・・・一次粒子が凝集した二次粒子とを含」む点で一致する。
また、甲1発明の「正極活物質」は、「比表面積は0.9m^(2)/g」であるから、甲1発明の「正極活物質」と、本件発明1の「正極活物質」とは、「比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下」である点で一致する。

(エ)甲1発明の「粒子強度」について、甲1の記載「(2-f)粒子強度 本発明の正極活物質は、好ましくは42MPa以上、より好ましくは54MPa以上、さらに好ましくは57MPa以上の粒子強度を備える。粒子強度が42MPa未満では、電極を形成するために圧延した際に、正極活物質が変形ないしは割れてしまい、高密度の電極を形成することができなくなる場合がある。なお、粒子強度は、微小圧縮試験機により測定することができる。」(【0061】)によれば、微小圧縮試験機により測定される変形ないしは割れてしまうまでの強度のことであると解せられる。
一方、本件発明1の「破壊強度」について、本件特許明細書の記載「本実施形態に係る正極活物質は、リチウム複合化合物の二次粒子の破壊強度(粒子破壊強度)が30MPa以上であり、好ましくは40MPa以上、より好ましくは60MPa以上、さらに好ましくは80MPa以上、且つ、200MPa以下である。このような粒子破壊強度があると、加圧成形時や充放電に伴う体積変化時に、破壊や変形を生じ難くなる。・・・粒子破壊強度は、例えば、一粒子当たりの計測が可能な微小圧縮試験機を用いて測定することができる。」(【0046】)、「(二次粒子の粒子破壊強度) 正極活物質を構成する二次粒子の粒子破壊強度は、微小圧縮試験機「MCT-510」(島津製作所社製)を使用して測定した。加圧板上に微少量の正極活物質を散布し、試験力49mN、負荷速度0.4747mN/秒で圧子を一粒子に押し込み、二次粒子が圧壊するときの荷重を破壊強度として求めた。」(【0146】)によれば、微小圧縮試験機「MCT-510」(島津製作所社製)を使用して測定される破壊強度のことであると解せられる。
したがって、甲1発明の「粒子強度」と、本件発明1の「破壊強度」とは、共に微小圧縮試験機により同様の測定値を測定しているといえるから、甲1発明の「粒子強度」は、本件発明1の「破壊強度」に相当する。

(オ)以上によれば、本件発明1と甲1発明との「一致点」及び「相違点1」、「相違点2」は以下のとおりである。

(一致点)
「下記式(1)で表されるリチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、
比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下であり、
前記二次粒子の破壊強度が30MPa以上であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
Li_(1+a)Ni_(x)Co_(y)M1_(1-x-y-z)M2_(z)O_(2+α) ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Mn及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M2は、Mg、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、x、y、z及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦x<1.0、0≦y<0.3、0≦z≦0.25、0<1-x-y-z<0.3、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)」

(相違点1)
「一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))」について、本件発明1では「0.006以上、且つ、0.25以下」であるのに対し、甲1発明ではその値が不明である点。

(相違点2)
「炭酸リチウムの量」について、本件発明1では「0.4質量%以下」であるのに対し、甲1発明ではその値が不明である点。

イ 相違点2が実質的な相違点か否かについての検討
事案に鑑み、相違点2が実質的な相違点か否かについて検討する。

(ア)甲1の記載(【0007】、【0008】)によれば、リチウムニッケル複合酸化物の内部に残存した炭酸リチウムや硝酸リチウムなどの未反応のリチウム塩により、二次電池の寸法不良あるいは電池特性の低下といった問題が引き起こされる。そのため、合成後のリチウムニッケル複合酸化物を水洗および乾燥し、未反応のリチウム塩を除去することが有効とされている。
しかしながら、同(実施例1)の記載や【0030】の記載によれば、甲1発明は、リチウムニッケル複合酸化物の表面に存在する炭酸リチウムや硫酸リチウムなどの不純物を除去するための水洗工程および熱処理工程(乾燥工程)を経て製造されているものの、その炭酸リチウムの量については記載されていない。

(イ)この点について、申立人は、甲2の記載(実施例)によれば、水洗工程を設け、不純物である炭酸リチウムを除去することにより得られたリチウムニッケル複合酸化物では、炭酸リチウムの量が0.30重量(質量)%以下となっている蓋然性が高いと主張するが(特許異議申立書第41頁)、甲1に記載のリチウムニッケル複合酸化物の製造工程と、甲2に記載のリチウムニッケル金属複合酸化物粉体の製造工程とは、出発原料や熱処理、水洗工程の処理条件が異なるものであるから、上記甲2の記載を根拠として、甲1に記載のリチウムニッケル複合酸化物における炭酸リチウムの量が0.30重量%以下であるとまではいえない。

(ウ)したがって、上記相違点2は実質的な相違点であるから、上記相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえない。

ウ 相違点2に係る容易想到性についての検討
次に、相違点2に係る容易想到性について検討する。

(ア)申立人は、甲2及び甲3により、焼結工程後に水洗工程を行い、不純物である残余の炭酸リチウムを除去することは、周知慣用であり、また、前記のとおり、甲2には、水洗工程により炭酸リチウムの量が0.30重量(質量)%以下とすることが記載されているから、甲1に記載された発明において、水洗工程によりその炭酸リチウムの量を0.30重量(質量)%以下とすることは、当業者が容易に想到し得ることであると主張している(特許異議申立書第41?42頁)。

(イ)そこで検討するに、甲2の記載(実施例、表1、表2)によれば、甲2の実施例1には、焼成後、水洗及び真空乾燥したリチウムニッケル金属複合酸化物粉体について、その破壊強度が62.4MPa、炭酸リチウムの含有量が0.07重量%であることが示されている。
また、同比較例1には、実施例1と同様に焼成した後、水洗及び真空乾燥を行わなかったリチウムニッケル金属複合酸化物粉体について、その破壊強度が81.8MPa、炭酸リチウムの含有量が0.31重量%であることが示されている。
したがって、甲2には、水洗工程において、炭酸リチウムの含有量を低減した場合、リチウムニッケル金属複合酸化物粉体の破壊強度が低下することが示されているといえる。

(ウ)他方、甲1【0013】の「非水系電解質二次電池の正極材料として用いられた場合に、充放電容量および出力特性に優れるばかりでなく、粒子強度および耐候性にも優れた非水系電解質二次電池用正極活物質を、容易かつ低コストで提供することを目的とする。」との記載によれば、甲1に記載された発明は、粒子強度に優れた非水系電解質二次電池用正極活物質を得ることを目的の一つとするものである。
そうすると、仮に甲1発明を製造する際、甲2に記載されたとおりに、水洗工程において、炭酸リチウムの含有量を低減した場合、破壊強度を低下させてしまうので、上記目的に反することとなる。

(エ)以上によれば、焼結工程後に水洗工程を行い、不純物である残余の炭酸リチウムを除去することが、甲2及び甲3に記載されるように、本願の優先日当時既に周知慣用であったとしても、甲1発明において、炭酸リチウムの量を低減とすることには、阻害要因があり、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
したがって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2、3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明1を引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2、3、6も、本件発明1と同様の理由で、甲1に記載された発明及び甲2?5に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 小括
以上のとおりであるから、甲1を主たる引用例とする申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1?3及び6に係る特許を取り消すことはできない。

(2)甲6を主たる引用例とする申立理由1、申立理由2-1について
ア 対比
本件発明1と甲6A発明とを対比する。

(ア)甲6A発明の「Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)」と、本件発明1の「リチウム複合化合物」とは、「リチウム複合化合物」である点で一致し、さらに、甲6A発明の「Li_(1.0)Ni_(0.80)Co_(0.15)Mn_(0.05)O_(2)」の組成は、本件発明1の「リチウム複合化合物」の組成範囲に含まれる。

(イ)甲6A発明は、「正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量」が「0.13質量%」であり、「比表面積が0.48m^(2)/gである」から、甲6A発明と、本件発明1とは、「比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下であり、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下であ」る点で一致する。

(ウ)甲6A発明の「リチウム二次電池」は、リチウムイオンを含む電池であるから、本件発明1の「リチウムイオン二次電池」に相当する。
したがって、甲6A発明の「リチウム二次電池用正極活物質」は、本件発明1の「リチウムイオン二次電池用正極活物質」に相当する。

(エ)以上によれば、本件発明1と甲6A発明との「一致点」及び「相違点3」、「相違点4」は以下のとおりである。

(一致点)
「下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を含み、
比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下であり、
炭酸リチウムの量が0.4質量%以下であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
Li_(1+a)Ni_(x)Co_(y)M1_(1-x-y-z)M2_(z)O_(2+α) ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Mn及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M2は、Mg、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、x、y、z及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦x<1.0、0≦y<0.3、0≦z≦0.25、0<1-x-y-z<0.3、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)」

(相違点3)
本件発明1は、「リチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、前記一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下」であるのに対し、甲6A発明は、そのような一次粒子及び二次粒子を含むのか不明である点。

(相違点4)
本件発明1は、「二次粒子の破壊強度が30MPa以上」であるのに対し、甲6A発明は、上記のとおり、二次粒子を含むのか不明であり、また、その破壊強度の値も不明である点。

イ 相違点3及び相違点4が実質的な相違点か否かについての検討
相違点3及び相違点4が実質的な相違点か否かについて併せて検討する。

(ア)甲6の記載(【0033】)によれば、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質は、リチウム複合化合物の一次粒子が造粒、焼結等によって結合した二次粒子を含んでもよいとされるが、甲6A発明がそのような二次粒子を含んでいるのか不明である。
また、同(【0036】)によれば、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質の粒子破壊強度は、50MPa以上かつ100MPa以下であることが好ましいとされるが、甲6A発明の粒子破壊強度について、その値は不明である。

(イ)ここで、申立人は、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質は、本件発明4、5の製造方法と同一の製造方法で得られたものであるから、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質は、本件発明1と同一である蓋然性が高いと主張する(特許異議申立書第43?44頁)。
この点について検討すると、甲6の記載(実施例6、表3参照。甲6B発明参照。)によれば、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質の製造方法は、少なくとも、第2熱処理工程を650℃で3.5時間及び755℃で0.7時間の2段階で行う点及び焼成後の水分率を調整しない点で、本件発明4、5の製造方法と異なるものである。
したがって、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質は、本件発明4、5の製造方法と同一の製造方法で得られたものとはいえないから、本件発明1と同一であるとまではいえない。

(ウ)よって、上記相違点3及び相違点4は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲6に記載された発明であるとはいえない。

ウ 相違点に係る容易想到性についての検討
事案に鑑み、相違点3に係る容易想到性について検討する。

(ア)本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0035】
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム複合化合物の一次粒子の平均粒径(D_(1))と、リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が、0.006以上、且つ、0.25以下である。比(D_(1)/D_(2))が0.006未満であると、正極活物質を構成する一次粒子が、二次粒子と比較して小さく、一次粒子が粒成長していない状態である。そのため、一次粒子同士の結合が不十分で二次粒子の強度が低くなる。また、比表面積が大きいので、雰囲気中の二酸化炭素等と反応し易く、粒子の表面に炭酸リチウム等の不純物が生成し易い状態である。一次粒子の表面に炭酸リチウム等の不純物が生成すると、二次粒子の破壊強度が低くなる傾向がある。粒子破壊強度が低くなると、正極合剤の塗布時に微粉を生じ易くなり、微粉が結着剤を吸う結果、結着剤の分布が不均一になり、正極活物質の粒子同士や集電体との密着性が低くなる虞がある。また、粒子破壊強度が低くなると、加圧成形時や、充放電に伴う体積変化時に、破壊や変形を生じ易くなる虞がある。一方、比(D_(1)/D_(2))が0.25を超えていると、正極活物質を構成する一次粒子が、二次粒子と比較して大きく、二次粒子を構成する粒子数が少なすぎる状態である。そのため、粒子内におけるイオンの拡散距離が長くなり、リチウムイオン二次電池の出力特性が悪くなる虞がある。
【0036】
これに対し、粒径の比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下であると、正極活物質を構成する一次粒子が、適切な大きさに粒成長しており、二次粒子を構成する粒子数も適切な状態となる。そのため、一次粒子自体の強度が高くなると共に、比表面積が適切な大きさとなり、且つ、イオンが拡散し易い正極活物質となる。よって、このような正極活物質を用いると、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くなり、高い充放電容量や良好な出力特性を示すリチウムイオン二次電池を得ることができる。また、このような正極活物質を構成する二次粒子の破壊強度は、炭酸リチウムの量を低減することによって、通常の純度の正極活物質よりも高くすることができる。」
「【0150】
【表1】


(イ)上記本件特許明細書の記載(【0035】、【0036】)によれば、本件発明1は、リチウムイオン二次電池用正極活物質において、「リチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、前記一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下」とすることで、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くなるとされている。
そして、同表1の実施例によれば、上記粒径比を充足する実施例1?15が、充足しない比較例1、2と比較して、粒子破壊強度が高く、塗工性も優れていることが示されている。
したがって、本件発明1は、上記粒径比を充足することにより、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くできるものと認められる。

(ウ)他方、前記イ(ア)のとおり、甲6の記載(【0033】)によれば、甲6に記載されたリチウム二次電池用正極活物質は、リチウム複合化合物の一次粒子が造粒、焼結等によって結合した二次粒子を含んでもよいとされるものの、一次粒子及び二次粒子の粒径及びその粒径比を充足することにより、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くできることについては記載も示唆もされていない。
以上によれば、本件発明1の正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くできるとの効果は、甲6に記載された事項から予測可能なものとはいえず、顕著な効果であるといえる。
したがって、甲6A発明において、一次粒子及び二次粒子の平均粒径の比を「0.006以上、且つ、0.25以下」とすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ)よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲6に記載された発明及び甲9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明1を引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2、3、6も、本件発明1と同様の理由で、甲6に記載された発明及び甲9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 小括
以上のとおりであるから、甲6を主たる引用例とする申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1?3及び6に係る特許を取り消すことはできない。

(3)甲8を主たる引用例とする申立理由1、申立理由2-1について
ア 対比及び相違点についての検討
本件発明1と甲8A発明とを対比すると、少なくとも前記(2)の相違点3と同様の相違点が認定される(以下、「相違点5」という。)。
そして、申立人は、前記(2)と同様に、甲8に記載されたリチウム二次電池用正極材料は、本件発明4、5の製造方法と同一の製造方法で得られたものであるから、本件発明1と同一である蓋然性が高いと主張するが、甲8に記載されたリチウム二次電池用正極材料の製造方法は、少なくとも水洗工程を含まない点及び焼成後の水分率を調整しない点で、本件発明4、5の製造方法と異なるものである。
したがって、甲8に記載されたリチウム二次電池用正極材料は、本件発明4、5の製造方法と同一の製造方法で得られたものとはいえないから、本件発明1と同一であるとまではいえない。
よって、上記相違点5は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲8に記載された発明であるとはいえない。

イ 相違点に係る容易想到性についての検討
事案に鑑み、前記相違点5に係る容易想到性について検討する。

(ア)前記(2)ウで検討したとおり、本件発明1は、「リチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、前記一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下」とすることで、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くできるものである。

(イ)他方、甲8の記載(【0030】)によれば、甲8に記載されたリチウム二次電池用正極活材料は、リチウム複合化合物の一次粒子を焼結等によって結合した二次粒子であることが望ましいとされる。
さらに、同(【0031】)によれば、一次粒子の粒径は、0.1μm以上かつ2μm以下であることが好ましく、2μm以下とすることで、正極材料の反応場を確保でき、高容量、かつ、低抵抗が得られるとされる。また、ニ次粒子の粒径は、3μm以上かつ50μm以下であることが好ましいとされている。
しかしながら、甲8のこれら記載を参酌しても、甲8A発明において、正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くするために、一次粒子及び二次粒子の平均粒径の比を「0.006以上、且つ、0.25以下」とすることの指針となる記載を見いだすことはできない。
以上によれば、本件発明1の正極活物質の塗工の状態が良好になると共に、外力や体積変化に対する安定性も高くできるとの効果は、甲8に記載された事項から予測可能なものとはいえず、顕著な効果であるといえる。
したがって、甲8A発明において、一次粒子及び二次粒子の平均粒径の比を「0.006以上、且つ、0.25以下」とすることは、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(ウ)よって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲8に記載された発明及び甲9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明1を引用することによって本件発明1の特定事項の全てを備える本件発明2、3、6も、本件発明1と同様の理由で、甲8に記載された発明及び甲9に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、甲8を主たる引用例とする申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項1?3及び6に係る特許を取り消すことはできない。

(4)甲6を主たる引用例とする申立理由2-2について
ア 対比
本件発明4と甲6B発明とを対比する。

(ア)甲6B発明の「リチウム二次電池用正極活物質」は、本件発明4の「リチウムイオン二次電池用正極活物質」に相当する。
また、甲6B発明の「リチウム複合化合物」と、本件発明4の「リチウム複合化合物」とは、その組成について、「リチウム複合化合物」である点で一致し、さらに、甲6B発明の「リチウム複合化合物」の組成は、本件発明4の「リチウム複合化合物」の組成範囲に含まれる。

(イ)甲6B発明の「混合工程」と、本件発明4の「混合工程」とは、「炭酸リチウムと・・・Li以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合して混合物を得る」ことで一致する。

(ウ)甲6B発明の「第1熱処理工程」と、本件発明4の「第1熱処理工程」とは、その熱処理温度及び時間について、重複一致する。

(エ)甲6B発明の「第2熱処理工程」及び「第3熱処理工程」において、「回転している炉芯管10内で、給気量の比(第1給気管30/第2給気管40)が3.7となるように第1給気管30と第2給気管40による酸素給気を行いながら・・・熱処理を行」うことは、甲6の記載(【0074】、【0079】)によれば、炉芯管10内を酸化性雰囲気に調整して熱処理を行うことであるから、本件発明4の「第2熱処理工程」及び「第3熱処理工程」における「酸化性雰囲気下で熱処理」することに相当する。
また、甲6B発明の「第3熱処理工程」と、本件発明4の「第3熱処理工程」とは、その熱処理温度及び時間について、重複一致する。
したがって、甲6B発明の「第2熱処理工程」及び「第3熱処理工程」と、本件発明4の「第2熱処理工程」及び「第3熱処理工程」とは、「第1前駆体を・・・酸化性雰囲気下で熱処理して第2前駆体を得る第2熱処理工程と、前記第2前駆体を755℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理」する点で一致する。

(オ)甲6の記載(【0105】、表3)によれば、甲6B発明の「洗浄除去工程」及び「真空乾燥工程」を経ることにより、「リチウム複合化合物」に残留している未反応の炭酸リチウム量は「0.13質量%」となるものである。
したがって、甲6B発明の「洗浄除去工程」及び「真空乾燥工程」は、本件発明4の「焼成工程後に、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下・・・とした」ことに相当する。

(カ)以上によれば、本件発明4と甲6B発明との「一致点」及び「相違点6」、「相違点7」及び「相違点8」は以下のとおりである。

(一致点)
「リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
炭酸リチウムと下記式(1)中のLi以外の金属元素をそれぞれ含む化合物とを混合して混合物を得る混合工程と、
前記混合物を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有し、
前記焼成工程は、
前記混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ5時間以下に亘って熱処理して第1前駆体を得る第1熱処理工程と、 前記第1前駆体を酸化性雰囲気下で熱処理して第2前駆体を得る第2熱処理工程と、
前記第2前駆体を755℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理して前記リチウム複合化合物を得る第3熱処理工程と、
前記焼成工程後に、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下としたリチウム複合化合物を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
Li_(1+a)Ni_(x)Co_(y)M1_(1-x-y-z)M2_(z)O_(2+α) ・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1は、Mn及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、M2は、Mg、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、x、y、z及びαは、-0.1≦a≦0.2、0.7≦x<1.0、0≦y<0.3、0≦z≦0.25、0<1-x-y-z<0.3、-0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)」

(相違点6)
第2熱処理工程について、本件発明4では、「450℃以上かつ800℃以下の熱処理温度で0.5時間以上かつ50時間以下・・・で熱処理」するのに対し、甲6B発明では、「650℃で3.5時間の熱処理を行った後、・・・755℃で0.7時間の熱処理」する点。

(相違点7)
焼成工程後のリチウム複合化合物について、本件発明4では、「水分率を500ppm以下」するのに対し、甲6B発明では、その水分率が不明である点。

(相違点8)
本件発明4では、「リチウム複合化合物を保存用容器に封入する封入工程」を有するのに対し、甲6B発明では、そのような封入工程を有するのか不明である点。

イ 相違点についての検討
事案に鑑み、相違点7について検討する。

(ア)申立人は、甲6は、乾燥工程後の正極活物質の水分率は特定していないものの、甲1【0058】によれば、甲1には、正極活物質の水分率が0.05質量%(500ppm)以下に制御することが記載されているから、甲6に記載された発明において、乾燥工程後の正極活物質の水分率を500ppm以下にすることは、当業者が容易に想到し得ることであると主張する(特許異議申立書第49頁)。
そこで、以下検討する。

(イ)甲1には、次の記載がある。

「【0058】
(2-d)水分率
熱処理工程後における、正極活物質の全質量に対する、この正極活物質に含まれる水分の質量の割合(以下、「水分率」という)は、好ましくは0.2質量%以下、より好ましくは0.1質量%以下、さらに好ましくは0.05質量%以下に制御される。正極活物質の水分率が0.2質量%を超えると、大気中の炭素や硫黄などを含むガス成分を吸収し、正極活物質の表面にリチウム化合物を生成するおそれがある。」

上記記載によれば、甲1には、正極活物質の水分率を制御することで、大気中の炭素や硫黄などを含むガス成分を吸収し、正極活物質の表面にリチウム化合物を生成することを防止できること及びその水分率の好ましい範囲として、0.05質量%以下であることが記載されていると認められる。

(ウ)他方、本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0045】
本実施形態に係る正極活物質は、焼成の直後からリチウムイオン電池の作製時までの水分率が、500ppm以下であることが好ましく、300ppm以下であることがより好ましく、250ppm以下であることがさらに好ましい。水分率が500ppm以下であると、正極作製時に正極合剤のスラリーがゲル化し難くなるため、正極合剤の塗工性の悪化を防ぐことができる。また、リチウム複合化合物中のリチウムと水分との反応や、電解液と水分との反応が生じ難くなるため、リチウムイオン二次電池の性能が低下し難くなる。リチウム複合化合物の水分率は、リチウム複合化合物を焼成するときの熱処理温度、熱処理時間、雰囲気等の調節や、焼成後の保存雰囲気の適切な管理や、リチウム複合化合物を乾燥させる処理によって低くすることができる。リチウム複合化合物の水分率は、カールフィッシャー法により測定することができる。」

上記記載によれば、本件発明4は、焼成後からリチウムイオン電池の作製時までの「水分率を500ppm以下」とすることで、正極作製時に正極合剤のスラリーがゲル化し難くなるため、正極合剤の塗工性の悪化を防ぐことができる。また、リチウム複合化合物中のリチウムと水分との反応や、電解液と水分との反応が生じ難くなるため、リチウムイオン二次電池の性能が低下し難くなるとされている。
そして、本件特許明細書の前記表1の実施例によれば、上記水分率を充足する実施例1?15が、充足しない比較例1、2と比較して、塗工性が優れていることが示されている。
したがって、本件発明4は、上記水分率を充足することにより、正極活物質の塗工性の悪化を防止できるものと認められる。

(エ)以上によれば、本件発明4の正極活物質の塗工性の悪化を防止できるとの効果は、甲1及び甲6に記載された事項から予測可能なものとはいえず、顕著な効果であるといえる。
したがって、甲6B発明において、「水分率を500ppm以下」とすることは、当業者が容易に想到し得たものではない。

(オ)よって、相違点6及び相違点8について検討するまでもなく、本件発明4は、甲6に記載された発明及び甲1、甲11、甲12に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明4を引用することによって本件発明4の特定事項の全てを備える本件発明5も、本件発明4と同様の理由で、甲6に記載された発明及び甲1、甲11、甲12に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、甲6を主たる引用例とする申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項4、5に係る特許を取り消すことはできない。

(5)甲7?10のいずれかを主たる引用例とする申立理由2-2について
本件発明4と、甲7発明、甲8B発明、甲9発明、甲10発明のいずれかとを対比すると、少なくとも前記(4)の相違点7と同様の相違点が認定され、その判断において、前記(4)イの判断は同様に妥当する。
したがって、本件発明4は、甲7?10のいずれかに記載された発明及び甲1?3、甲11、甲12に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、甲7?10のいずれかを主たる引用例とする申立理由2(進歩性)によっては、本件特許の請求項4、5に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由3(サポート要件)について
特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件適合性については、「特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」(知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)第10042号))と解される。
そこで、以下検討する。

(1)本件発明1について
ア 本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法、並びにリチウムイオン二次電池に関する。」
「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0012】
このような状況下、ニッケルの含有率が高いリチウム複合化合物について、比表面積の設計に影響されず適用可能であり、正極活物質を構成する粒子を特許文献1のように単粒子に近い状態にしなくとも粒子強度を向上し得る技術が求められている。本発明者によると、リチウム複合化合物の原料として炭酸リチウムを用いる場合、特許文献2のように炭酸リチウム等の不純物が混入する虞があり、二次粒子の破壊強度(粒子破壊強度)が低下する傾向があることが確認されている。粒子破壊強度が低い二次粒子を正極合剤層の形成に用いた場合には、正極活物質の粒子同士や集電体との密着性が低くなる問題もある。
【0013】
そこで、本発明は、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法、並びにリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。」

イ 上記本件特許明細書【0001】、【0012】、【0013】の記載から、本件発明の解決すべき課題(以下、単に「課題」という。)は、リチウムイオン二次電池用正極活物質として、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なものを提供することである。

ウ そして、本件特許明細書の記載によれば、上記課題は、リチウムイオン二次電池用正極活物質において、以下の(ア)?(エ)の各要件を備えることによって、解決できるとされている。

(ア)リチウム複合化合物の一次粒子と、前記リチウム複合化合物の一次粒子が凝集した二次粒子とを含み、前記一次粒子の平均粒径(D_(1))と前記二次粒子の平均粒径(D_(2))との比(D_(1)/D_(2))が0.006以上、且つ、0.25以下であること(【0036】)
(イ)比表面積が0.1m^(2)/g以上、且つ、1.2m^(2)/g以下であること(【0040】)
(ウ)炭酸リチウムの量が0.4質量%以下であること(【0042】)
(エ)二次粒子の破壊強度が30MPa以上であること(【0046】)

エ また、本件特許明細書の前記表1には、各種のリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造した例が記載されているところ、これら例のうち、実施例であるNo.1?15は、上記ウ(ア)?(エ)の各要件を備えるものである。
そして、上記実施例No.1?15は、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質であることが理解できる。

オ 他方、上記実施例以外の場合であっても、上記ウ(ア)?(エ)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質が上記課題を解決し得るものであるかについて、本件特許明細書の記載に基いて検討すると、本件特許明細書【0036】、【0040】、【0042】、【0046】には、上記ウ(ア)?(エ)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質が、どのような作用機序によって、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なものとなるのかについて説明がなされている。

カ そうすると、当業者であれば、これらの実施例以外の場合であっても、上記ウ(ア)?(エ)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質であれば、上記実施例の場合と同様に、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質を得られることが理解できるといえる。

キ 以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、上記ウ(ア)?(エ)の各要件を備える本件発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
以上のとおりであるから、特許請求の範囲の請求項1の記載は特許法第36条第6項第1号(サポート要件)に適合するものである。

(2)本件発明2、3、6について
本件発明2、3、6は、本件発明1を引用するものであるが、上記(1)で本件発明1について述べたのと同様の理由により、本件発明2、3、6は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許請求の範囲の請求項2、3、6の記載は特許法第36条第6項第1号(サポート要件)に適合するものである。

(3)本件発明4について
ア 上記(1)ア、イによれば、本件発明の解決すべき課題は、リチウムイオン二次電池用正極活物質として、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なものを提供することである。

イ そして、本件特許明細書の記載によれば、上記課題は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法において、以下の(A)、(B)の各要件を備えることによって、解決できるとされている。

(A)リチウム複合化合物を得る焼成工程が次の工程を含むこと(【0060】?【0082】)
・混合物を200℃以上かつ400℃以下の熱処理温度で0.5時間以上 かつ5時間以下に亘って熱処理して第1前駆体を得る第1熱処理工程
・第1前駆体を450℃以上かつ800℃以下の熱処理温度で0.5時間 以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理して第2前駆体 を得る第2熱処理工程
・第2前駆体を755℃以上かつ900℃以下の熱処理温度で0.5時間 以上かつ50時間以下に亘って酸化性雰囲気下で熱処理して前記リチウ ム複合化合物を得る第3熱処理工程
(B)焼成工程後に、炭酸リチウムの量が0.4質量%以下、且つ、水分率を500ppm以下としたリチウム複合化合物を保存用容器に封入する封入工程を有すること(【0042】、【0045】、【0098】)

ウ また、本件特許明細書の前記表1には、各種のリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造した例が記載されているところ、これら例のうち、実施例であるNo.1?15は、上記イ(A)、(B)を備える製造方法で製造されたものである。
そして、上記実施例No.1?15は、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質であることが理解できる。

エ 他方、上記実施例以外の場合であっても、上記イ(A)、(B)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法が上記課題を解決し得るものであるかについて、本件特許明細書の記載に基いて検討すると、本件特許明細書【0042】、【0045】、【0062】?【0064】、【0067】?【0080】、【0098】には、上記イ(A)、(B)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法が、どのような作用機序によって、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造できるのかについて説明がなされている。

オ そうすると、当業者であれば、上記イ(A)、(B)の各要件を備えるリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であれば、粉体を構成する二次粒子の破壊強度が高く、且つ塗工性の良好なリチウムイオン二次電池用正極活物質を得られることが理解できるといえる。

カ 以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、上記イ(A)、(B)の各要件を備える本件発明4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
以上のとおりであるから、特許請求の範囲の請求項4の記載は特許法第36条第6項第1号(サポート要件)に適合するものである。

(4)本件発明5について
本件発明5は、本件発明4を引用するものであるが、上記(3)で本件発明4について述べたのと同様の理由により、本件発明5は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許請求の範囲の請求項5の記載は特許法第36条第6項第1号(サポート要件)に適合するものである。

(5)小括
以上のとおりであるから、申立理由3(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-09-14 
出願番号 特願2019-536614(P2019-536614)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 冨士 美香  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 粟野 正明
本多 仁
登録日 2019-09-20 
登録番号 特許第6587044号(P6587044)
権利者 日立金属株式会社
発明の名称 リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法、並びにリチウムイオン二次電池  
代理人 特許業務法人磯野国際特許商標事務所  

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