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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01F
管理番号 1368042
異議申立番号 異議2019-700722  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-12 
確定日 2020-09-01 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6482718号発明「軟磁性材料およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6482718号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。 特許第6482718号の請求項1ないし5、7ないし12に係る特許を維持する。 特許第6482718号の請求項6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6482718号の請求項1-12に係る発明についての出願は、平成28年7月27日(優先権主張 平成27年7月31日、日本国)を国際出願日とする特願2017-532527号の一部を平成30年10月29日に新たな特許出願としたものであって、平成31年2月22日にその特許権が設定登録され、平成31年3月13日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和 1年 9月12日 :特許異議申立人小松一枝、前田知子により請求項1-12に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 1年10月31日付け:取消理由通知
令和 1年12月27日 :特許権者による意見書の提出
令和 2年 2月12日付け:取消理由通知(決定の予告)
令和 2年 4月 7日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和 2年 7月 6日 :特許異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年4月7日付の訂正請求の趣旨は、特許第6482718号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1-12について訂正することを求めるものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである(下線は、訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低く、粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上である、軟磁性粉末」とあるのを、「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低く、粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上であり、前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である、軟磁性粉末」に訂正する。
請求項1を直接的または間接的に引用している請求項2-5および7-12も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項7に「請求項1?6のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」とあるのを、「請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項9に「請求項1?6のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」とあるのを、「請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項11に「請求項1?6のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」とあるのを、「請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末」に訂正する。

(7)一群の請求項
上記訂正事項1-5に係る本件訂正前の請求項1-12について、請求項2-12は請求項1を直接又は間接的に引用しているから、本件訂正前の請求項1-12に対応する本件訂正の請求項〔1-12〕は、特許法第120条の5第4項に規定する関係を有する一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載されていた軟磁性粉末の平均Fe濃度について、「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」と減縮するものである。
よって、訂正事項1は、請求項1について、特許請求の範囲を減縮するものである。
また、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2-5および7-12も同様に、特許請求の範囲を減縮するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」ことは、訂正前の請求項6に記載されており、また、明細書の表5及び表11には、実施例25、34、36、23および35として当該平均Fe濃度範囲に入る実施例が記載されている。
よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
請求項6を削除する訂正は、特許請求の範囲の減宿を目的とするものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項2は、請求項6を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は、請求項7が引用する請求項の数を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項3は、引用する請求項の数を減少させるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(4)訂正事項4について
ア 訂正の目的
訂正事項4は、請求項9が引用する請求項の数を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
したがって、訂正事項4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項4は、引用する請求項の数を減少させるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項4は、特許法第120条の5第第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(5)訂正事項5について
ア 訂正の目的
訂正事項5は、請求項11が引用する請求項の数を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
したがって、訂正事項5は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項5は、引用する請求項の数を減少させるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項5は、特許法第120条の5第第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

3 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
また、訂正前の請求項1-12について特許異議の申立てがされているので、本件訂正に関して、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
よって、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-12〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記「第2」のとおり本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1-5、7-12に係る発明(以下、「本件発明1-5、7-12」という。)は、その訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1-5、7-12に記載された次の事項により特定されるものである。(なお、下線部は訂正された箇所を示す。)
「【請求項1】
複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末であって、
前記結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下であり、前記アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下であり、
前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低く、
粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上であり、
前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である、軟磁性粉末。
【請求項2】
前記アモルファス相の平均厚さが6nm以上30nm以下である、請求項1に記載の軟磁性粉末。
【請求項3】
前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記結晶子における平均Fe濃度に対する前記アモルファス相における平均Fe濃度の比が0.90以下である、請求項1または2に記載の軟磁性粉末。
【請求項4】
粉末X線回折法により測定される結晶化度が78%以上である、請求項1?3のいずれか1項に記載の軟磁性粉末。
【請求項5】
前記軟磁性粉末が、主に体心立方構造を有する結晶相を含む、請求項4に記載の軟磁性粉末。
【請求項6】(削除)
【請求項7】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と、樹脂とを含有する複合材料で形成された磁心。
【請求項8】
前記複合材料中の前記軟磁性粉末の含有量が60vol%以上90vol%以下である、請求項7に記載の磁心。
【請求項9】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と、樹脂とを混合し、得られる混合物を成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を加熱する工程と
を含む、磁心の製造方法。
【請求項10】
請求項7または8に記載の磁心と、該磁心に巻回されたコイル導体とを含む、コイル部品。
【請求項11】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と樹脂とを含有する複合材料を主成分として含む磁性体部と、該磁性体部に埋設されたコイル導体とを含む、コイル部品。
【請求項12】
前記複合材料中の前記軟磁性粉末の含有量が60vol%以上90vol%以下である、請求項11に記載のコイル部品。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
当審が令和2年2月12日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、それぞれ次のとおりである。
取消理由1
請求項1-3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1-3に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
取消理由2
請求項4-5、7-12に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項4-5、7-12に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
取消理由3
請求項1-5、7-12に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献3に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1-5、7-12に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

引用文献1:特開2014-75529号公報(特許異議申立人提出の甲第1号証)
引用文献3:特開2013-67863号公報(特許異議申立人提出の甲第3号証)

2 引用文献の記載事項、引用発明等
(1)引用文献1
ア 引用文献1には、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。
「【請求項1】
組成式Fe_(a)B_(b)Si_(c)P_(x)C_(y)Cu_(z)で表わされ、79≦a≦86at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、及び0.06≦z/x≦1.20を満たす軟磁性合金粉末であって、
当該軟磁性合金粉末は、結晶相を主相とする結晶相部及び非晶質相を主相とする非晶質相部とを有する軟磁性合金粉末粒を有しており、
当該軟磁性合金粉末粒における前記結晶相部の割合は、50重量%未満である、
軟磁性合金粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性合金粉末であって、
前記Feの3at%以下を、Ti、V、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Cr、Co、Ni、Al、Mn、Ag、Au、Zn、S、Ca、Sn、As、Sb、Bi、N、O、Mg、白金族元素、及び希土類元素のうち、1種類以上の元素で置換してなる、
軟磁性合金粉末。」

「【0017】
本発明の実施の形態による圧粉磁心の製造方法は、図1に示されるように、概略、2つの工程:即ち、軟磁性合金粉末(詳しくは後述する)を作製する粉末作製工程と;当該軟磁性合金粉末を用いて圧粉磁心を作製する磁心作製工程とを備えている。磁心作製工程では、混合粉末にシリコーン系などの耐熱性が高く絶縁性が良好な結合材を混合することにより、造粒粉を得る。次いで、金型を用いて造粒粉を加圧成型して圧粉体を得る。その後、圧粉体を熱処理して、ナノ結晶化と結合材の硬化を同時に行い、圧粉磁心を作製する。
【0018】
ここで、粉末作製工程の説明の前に本実施の形態による軟磁性合金粉末の組成について説明する。本実施の形態による軟磁性合金粉末の組成式は、Fe_(a)B_(b)Si_(c)P_(x)C_(y)Cu_(z)で表わされ、79≦a≦86at%、5≦b≦13at%、0≦c≦8at%、1≦x≦10at%、0≦y≦5at%、0.4≦z≦1.4at%、及び0.06≦z/x≦1.20を満たしている。
【0019】
上記軟磁性合金粉末において、Feは主元素であり、磁性を担う必須元素である。飽和磁束密度の向上及び原料価格の低減のため、Feの割合が多いことが基本的には好ましい。Feの割合が79at%より少ないと、望ましいBsが得られない。Feの割合が84at%より多いと、液体急冷条件下における非晶質相の形成が困難になる。なお、1.60T以上の飽和磁束密度を有する圧粉磁芯を得るためには、Feの割合は、80at%以上であることが望ましい。
【0020】
また、上記軟磁性合金粉末において、Bは非晶質相形成を担う必須元素である。Bの割合が3at%より少ないと、液体急冷条件下における非晶質相の形成が困難になる。13at%より多いと、ΔTが減少し、均質なナノ結晶組織を得ることができない。特に、原料を溶湯とする際に融点を低くし量産化を容易にするためには、Bの割合は、10at%以下であることが望ましい。
【0021】
また、上記軟磁性合金粉末において、Siは非晶質相形成を担う元素であり、必ずしも含まれなくても良いが、微細結晶化にあたっては微細結晶の安定化に寄与する。Siの割合が8at%よりも多いと非晶質形成能が低下する。特に、合金溶湯を急冷する際に容易に非晶質の形成が行われることを考慮すると、Siの割合は、5at%以下であることが望ましい。
【0022】
また、上記軟磁性合金粉末において、Pは非晶質相形成を担う必須元素である。Pの割合が1at%より少ないと、液体急冷条件下における非晶質相の形成が困難になる。Pの割合が10at%より多いと、Bsが低下する。特に、本実施の形態においては、B、Si及びPの組み合わせを用いることで、いずれか一つしか用いない場合と比較して、非晶質相形成能や微細結晶の安定性を高めることができる。
【0023】
また、上記軟磁性合金粉末において、Cは非晶質形成を担う元素であり、必ずしも含まれなくても良い。Cは安価であるため、Cの添加により他の半金属量が低減され、総材料コストが低減される。ただし、Cの割合が5at%を超えると、合金組成物が脆化する。特に、原料の溶湯時におけるCの蒸発に起因した組成のばらつきを抑えるためには、Cの割合は3at%以下であることが望ましい。また、本実施の形態においては、B、Si、P、Cの組み合わせを用いることで、いずれか一つしか用いない場合と比較して、非晶質相形成能や微細結晶の安定性を高めることができる。
【0024】
また、上記軟磁性合金粉末において、Cuは微細結晶化に寄与する必須元素である。Cuの割合が0.4at%より少ないと、ナノ結晶化が困難になる。Cuの割合が1.4at%より多いと、非晶質相が不均質になり、熱処理によって均質なナノ結晶組織が得られないことに加え、材料コストが嵩む。特に、軟磁性合金粉末の酸化及びナノ結晶への粒成長を考慮すると、Cuの割合は、0.5at%以上、1.3at%以下であることが好ましい。
【0025】
なお、PとCuとの間には、強い原子間引力がある。従って、上記軟磁性合金粉末が特定の比率のPとCuとを含んでいると、10nm以下のサイズのクラスターが形成され、この微細なクラスターによって微細結晶の形成の際にbccFe結晶は微細構造を有するようになる。詳しくは、Pの割合(x)とCuの割合(z)との特定の比率(z/x)は0.08以上、1.2以下である。特に、軟磁性合金粉末の脆化及び酸化を考慮すると、特定の比率(z/x)は、0.08以上、0.8以下であることが望ましい。
【0026】
また、上記軟磁性合金粉末において、Feの3at%以下をTi、Zr、Hf、Nb、Ta、Mo、W、Cr、Co、Ni、Al、Mn、Ag、Zn、S、Sn、As、Sb、Bi、Y、N、O、Mg、Ca、V及び希土類元素のうち1種類以上の元素で置換することにより、ことにより良好な磁気特性が得られる。これらの元素は、元素は、基本的に不純物元素であり、製造過程において軟磁性合金粉末に含有される可能性がある。不純物元素を多く含有した場合には、磁気特性が劣化すると考えられるが、Fe置換が3at%以下であれば、耐食性の改善や電気抵抗の調整などのため、飽和磁束密度の著しい低下が生じない範囲で置換可能で、良好な磁気特性を維持できる。」

「【0031】
また、非晶質相部の厚みについては、電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求めることができる。軟磁性合金粉末断面は、軟磁性合金粉末を冷間樹脂中に埋め込み硬化し、研磨することで作製する。作製した軟磁性合金粉末断面のうち、大きなもの(埋め込んだ粉末のD_(90)程度)を選択することで、粉末のほぼ中心を通る断面の観察が可能である。すなわち、分級等により、粒度分布を調整した軟磁性合金粉末を作製することで、所定の粒径の粉末を観察することができる。非晶質相部の厚みは、粉末作製工程により得られた軟磁性合金粉末における平均粒径D_(50)程度の粉末を10個以上選択し、各粉末あたり3箇所を測定して算出した平均値である。
【0032】
磁心作製工程においては、本発明による軟磁性合金粉末をシリコーン系などの耐熱性が高く絶縁性が良好な結合材と混合・造粒して造粒粉を得る。次いで、金型を用いて造粒粉を加圧成型して圧粉体を得る。その後、圧粉体を熱処理して、ナノ結晶化と結合材の硬化を同時に行い、圧粉磁心を得る。
【0033】
ここで、本実施の形態による熱処理は、軟磁性合金粉末を毎分10℃以上の昇温速度で加熱し、ナノ結晶を析出させる。その熱量の状況は、DSC(DifferentialScanningCalorimetry:示差走査熱量測定、以下DSCと記す)で、測定することができる。DSCは、測定試料と基準物質との間の熱量の差を計測することで、縦軸に重量で規格化した熱流、横軸に温度や時間をとった曲線となる。DSCで測定されるDSC曲線について説明する。図3は、本発明の実施の形態に係るDSC曲線の説明図である。DSC曲線は、Pt製試料容器中に投入した試料をDSC装置内に設置し、不活性雰囲気中において昇温速度40℃/分で試料を目的の温度まで加熱することで得られる。ここで、熱処理は、図3に示すDSC曲線において、「第一結晶化開始温度Tx_(1)-50℃」以上、「第二結晶化開始温度Tx_(2)」未満で行われる。「第一結晶化開始温度Tx_(1)-50℃」以上、「第二結晶化開始温度Tx_(2)」未満の適切な温度範囲で熱処理が行われると、平均粒径5nm以上50nm以下のbccFeナノ結晶が析出し、軟磁気特性の向上が図れる。熱処理温度が「第二結晶化開始温度Tx_(2)」を超えてしまうと、Fe-BやFe-Pなどが析出し、軟磁気特性が劣化してしまう。また、図3に示すDSC曲線において、ベースラインに対する山のピークは発熱反応、谷のピークは吸熱反応として現れる。従って、熱処理工程においては第一結晶化のみを促進するように、熱処理することで、優れた磁気特性を有する圧粉磁心を製造することができる。
【0034】
以上のようにして得られた圧粉磁心に含まれるFe基ナノ結晶合金粉末は、粉末(粒子)の中心部においては結晶粒径60nm以下の結晶粒が非晶質中に体積分率で35vol%以上分散し、粉末(粒子)の外周部においては結晶粒径40nm以下の結晶粒が非晶質中に体積分率35vol%以上分散した構造を有している。特に、低保磁力化及び良好な磁気特性を得るためには、粉末(粒子)の中心部における結晶粒径は35nm未満であることが望ましく、粉末(粒子)の外周部における結晶粒径は30nm未満であることが望ましい。また、より高い飽和磁束密度Bsを得るためには、中心部及び外周部の夫々の非晶質中に占める結晶粒の体積分率は、50vol%以上であることが望ましい。中心部及び外周部の夫々の非晶質中に占める結晶粒の割合(体積分率)が多いほど、高い飽和磁束密度Bsが得られることから、コア等の応用製品の小型化に対して有利となる。詳しくは、上記結晶粒の体積分率が35vol%以上である場合、1.60T以上の飽和磁束密度Bsが得られ、上記結晶粒の体積分率が50vol%以上である場合、1.73T以上の飽和磁束密度Bsが得られる。
【0035】
結晶粒径、結晶相部の体積分率については、非晶質相の厚みと同様に、電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求めることができる。結晶粒径は、軟磁性合金粉末断面の組織写真において、所定位置(外周部/中心部)における結晶粒を30個以上選択し、各粒子の長径と短径を測定して算出した平均値である。結晶相部の体積分率は、線分法により求めており、組織写真に任意に引いた直線において、その直線の長さのうち、結晶相部を通過している長さの総和が占める割合で表される。」

「【0048】
(実施例7?10)
Fe、Fe-Si、Fe-B、Fe-P、Cuからなる原料をFe_(80.3)Si_(5)B_(10)P_(4)Cu_(0.7)(実施例7)、Fe_(81.4)Si_(5)B_(6)P_(7)Cu_(0.6)(実施例8)、Fe_(82.4)Si_(1)B_(11)P_(5)Cu_(0.6)(実施例9)Fe_(83.3)Si_(4)B_(8)P_(4)Cu_(0.7)(実施例10)の夫々の合金組成になるように秤量し、高周波溶解にて溶解した。溶解した合金溶湯を1300?1400℃の範囲で保持した後、窒素雰囲気中において水アトマイズ法にて処理し、平均粒径45μm程度の合金粉末を作製した。結晶化に伴う発熱反応は示差走査型熱量分析計(DSC)を用いて、毎分40℃の昇温速度にて評価した。結晶相部の割合、非晶質相部の厚みについては、実施の形態において記述した方法にて求めている。
【0049】
圧粉磁心の作製については、軟磁性合金粉末と、軟磁性合金粉末に対して重量比で2.5%となる熱硬化性バインダを混合し、500μmのメッシュを通して造粒した。造粒粉4.5gを金型に入れ、油圧式自動プレス機により圧力980MPaにて成型し、外径20mm-内径13mmの円筒形状の圧粉体を作製した。赤外線加熱装置を用いて、450℃まで毎分40℃の昇温速度となるように圧粉体を加熱し、表3に示した熱処理条件にて熱処理を施した後に、空冷し、圧粉磁心を得た。電磁気特性については、B-Hアナライザを用いて、周波数20kHz-磁束密度100mTにおけるコアロスPcvを測定し、評価した。また、振動試料型磁力計(VSM)を用いて1500kA/mの磁場にて測定した飽和磁化より、飽和磁束密度を算出した。なお、熱処理後の粉末における結晶粒径および体積分率については、実施の形態において記述した方法にて測定している。表3に、アトマイズ後(熱処理前)の粉末特性および熱処理後の各種評価結果を示す。
【0050】
【表3】



「【0055】
また、実施例11?13に加えて、上述した実施例7?10における熱処理後粉に占める結晶層の割合と飽和磁束密度との関係を表5に示す。
【0056】
【表5】


【0057】
表5より、中心部及び外周部の夫々の非晶質中に占める結晶粒の割合(体積分率)が多いほど、高い飽和磁束密度Bsが得られることがわかる。このような高い飽和磁束密度Bsを得ることとすれば、コア等の応用製品の小型化に対して有利となる。具体的には、実施例7?実施例13のいずれにおいても、結晶粒の体積分率が35vol%以上であり、1.60T以上の飽和磁束密度Bsが得られている。このうち、中心部及び外周部の少なくともどちらかの結晶粒の体積分率が50vol%以上である実施例9?実施例13においては、1.70T以上の飽和磁束密度Bsが得られている。特に、中心部及び外周部いずれの結晶粒の体積分率も50vol%以上である実施例10、実施例11及び実施例13においては、1.73T以上の高い飽和磁束密度Bsが得られている。」

イ 上記記載から、引用文献1には、次の技術的事項が記載されていると認められる。
・段落【0034】によれば、「Fe基ナノ結晶合金粉末は、結晶粒が非晶質中に分散した構造を有し」ている。また、段落【0033】によれば、結晶は「bccFeナノ結晶」である。したがって、「Fe基ナノ結晶合金粉末は、bccFeナノ結晶の結晶粒が非晶質中に分散した構造を有し」ている。
・段落【0035】によれば、結晶粒径は、各粒子の長径と短径を測定して算出した平均値である。また、段落【0050】の【表3】の実施例7によれば、組成がFe_(80.3)Si_(5)B_(10)P_(4)Cu_(0.7)の合金粉末は、熱処理後の結晶粒径が、外周部において26nm、中心部において28nmである。したがって、「組成がFe_(80.3)Si_(5)B_(10)P_(4)Cu_(0.7)の合金粉末は、熱処理後の結晶粒径(各粒子の長径と短径を測定して算出した平均値)が、外周部において26nm、中心部において28nm」である。
・段落【0035】によれば、結晶相部の体積分率については、電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求めることができる。また、段落【0057】によれば、実施例7の結晶粒の体積分率は35vol%以上である。したがって、実施例7の「電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求める、結晶粒の体積分率は35vol%以上」である。

ウ 引用発明
上記イより、引用文献1には実施例7として以下の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されているといえる。
「Fe基ナノ結晶合金粉末は、bccFeナノ結晶の結晶粒が非晶質中に分散した構造を有し、
組成がFe_(80.3)Si_(5)B_(10)P_(4)Cu_(0.7)で、
熱処理後の結晶粒径(平均値)が、外周部において26nm、中心部において28nmであり、
電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求める、結晶粒の体積分率が35vol%以上である
Fe基ナノ結晶合金粉末。」

(2)Three-dimensional atom probe studyof Fe-B-based nanocrystalline soft magnetic materials,Acta Materialia,57(2009),pp.4463-4472(https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1359645409003486?via%3Dihub)(特許異議申立人提出の甲第2号証)
ア 特許異議申立人提出の甲第2号証(以下、「引用文献2」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。
「「3.2. Microstructures of (Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)(x=0.0,1.0, and 1.5) ribbons

TEM bright-field imagesof as-melt-spun and annealed(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)(x=0.0,1.0, and 1.5) ribbons are shown in Fig.3.All the TEM imagesof the as-melt-spun ribbons(Fig.3a-c) show typicalamorphous features withoutany diffraction contrasts. The selected area electron diffraction(SAED) patterns(inset in Fig.3a-c) exhibit halo rings, suggesting that the as-melt-spun ribbons have an amorphous structure. The TEM imagesof the samples annealed at 390°C for 1h(Fig.3e and f) show a number of nanocrystals in the amorphous matrix. The SAED patterns in the insetin Fig.3e and f show that the nanocrystals are randomly orientedin the annealed sample. The grain sizesof α-Fe in the sampleswith x=0.0,1.0 and 1.5 are ?100,50 and 20 nm,andthe number densities of the α-Fe grain are 10^(10)-10^(11),10^(11)-10^(12)and 10^(23)-10^(24)m^(-3),respectively. The increase in the α-Fe fraction is observed by TEM(Fig.3d-f) with increasing Cu content. The presence of crystalline Cu was not confirmed by the TEM study,as the concentration of Cu is quite small,and its atomicscattering factor is close to that of Fe. Hence,the annealed specimens were examined by 3DAP to obtain the information on Cu distribution in the sampleswith various Cu content.
Fig.4a shows the sliced 3DAP elemental maps of Fe,B and Cu within an analyzed volumeof 3.5x20x57 nm^(3) for the annealedsample with x=1.0.The Fe enriched region on the left-hand side represents α-Fe crystal with size >30nm. The elemental maps show that the boronwas rejected from the α-Fe phase and partitioned in the amorphous phase. The distribution of Cu is not uniform;Cu-enriched clusters are observed in both the crystal and the amorphous matrix, and theirsize is ?2nm. Fig.4b showsthe concentration depthprofiles of Fe,B and Cu atoms containing the Cu clustersin the selected area shownin Fig.4a. The interface betweenthe α-Fe and the amorphous phasesis clearly observedfrom the drasticchange in the concentration of Fe and B. The concentrations in each phasewere shown in Table 1, determined from the slopesof the concentration depth profiles(Fig.4b). The B contentis 15.9at.% in the amorphous phase, but only 2.5at.% in the α-Fe phase.
The sliced 3DAP elemental mappingsof the annealed(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)sample with x=1.5are shown in Fig.5, with an analyzedvolume of 3.5x15x118nm^(3).The B-enriched regionsrepresent the remaining amorphous phase, whilethe B-depleted regionscorrespond to the α-Fe phase.The size of the α-Fe grains is ?20nm, whichis in accordance with TEM observation(Fig.3f). The size of the α-Fe grains observedfrom the 3DAP result is smaller than that in the samplewith x=1.0. B and Cu atoms are also shownto help clarifythe relationship betweenthe Cu clusters and the α-Fe crystals(Fig.5a). The number densityof the Cu clusters is >10^(24)m^(-3), much largerthan the alloywith x=1.0. In the selectedarea in Fig.5a,a Cu cluster is seen in directcontact with two α-Fe particles in the amorphous region. The concentration depth profile alongthis area is shown in Fig.5b. The result of the presenceof the relatively large Cu cluster at the amorphous/α-Fe interface suggests that the Cu cluster servedas heterogeneous nucleation sites for the α-Fe crystals. The 3DAP resultsof the samples with x=1.0and 1.5 clearlyshow that only the presenceof a Cu cluster with size 4-6nmincreases the numberdensity of α-Fe.
Table 1 shownthe concentrations of each phasein the alloys with x=1.0and 1.5. The concentrations of the α-Fe phases are similar in both alloys.However, in the amorphous phasefor the alloywith x=1.5, the concentration of B is higher than that in x=1.0 alloy.This indicates a higher volumefraction of α-Fe in the alloy with x=1.5, becausea larger amountof B was rejected from α-Fe and partitioned in the residualamorphous phase. In order to understand the evolution of Cu clusters, atom probe analysiswas carried out for the as-melt-spun and annealed (300°C/5 min) samples(Fig.6). In the as-melt-spun sample with x=1.0,all the elementswere observed uniformly (only the distributions of Cu atomsare shown in Fig.6). In the samplewith x=1.5, extremely fine clusters of Cu were observed. However,the number densityand the size of Cu clusters were much lowerthan that of the sampleannealed at 390°C(Fig.5a), indicating that the clustering occurs in the course of the crystallization process. The annealing temperature of 300°C is just the same as the primary crystallization temperature Tx1 of the alloywith x=1.5. From the 3DAP elemental mappingof the sample with x=1.0,it can be seen that,after 5 min annealing at 300°C, Cu atoms are distributed uniformly (Fig.6b). However, in the samplewith x=1.5, severalCu clusters of ?2nm existwith number density4x10^(23)m^(-3),which is comparable with the numberdensity of α-Fe crystals observedin the fully crystallized sample.」(第4465頁右欄-第4466頁右欄)
(異議申立人提出の訳:
3.2(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)(x=0.0,1.0,1.5)リボンのミクロ組織
図3は、メルトスピニングまま及び焼鈍を施した後の(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)(x=0.0,1.0,1.5)リボンのTEM明視野像を示す。メルトスピニングリボンの全てのTEM画像図3a?c)は、回折コントラストを生じさせることなく、典型的なアモルファス構造を示している。図3a?cに示す制限視野電子回折(SAED)パターンはハローリングを示し、メルトスピニングリボンがアモルファス構造を有することを示している。390℃で1時間焼鈍を施したサンプルのTEM画像(図3e及び図3fに示す)は、アモルファス母相における多数のナノ結晶を示す。
図3e及び図3fにおけるSAEDパターンは、焼鈍を施したサンプル中のナノ結晶がランダム方位であることを示している。サンプル中のX=0.0,1.0,1.5であるα-Feの寸法は100nm以下,50nm,20nmであり、α-Fe粒の数密度はそれぞれ、10^(10)-10^(11),10^(11)-10^(12),10^(23)-10^(24)m^(-3)である。図3d?図3fに示すようにTEMによりα-Fe片の上昇が、Cu含有量の増加と共に観察された。結晶質Cuの存在は、TEMによる研究においては認められなかったが、Cu濃度が非常に低く、原子散乱要因は、Feの原子散乱要因に近いものであった。従って、3DAPにより焼鈍後の試験片の研究を行うことで、多様なCu含有量を有するサンプル中のCu分布の情報を得た。
図4aは、X=1.0である焼鈍後のサンプルにおける3.5x20x57nm^(3)の分析範囲内のFe,B及びCuの断面3DAP元素マッピングを示す。Feにより充填された左側の領域は、30nm未満の寸法を有するα-Fe結晶を示す。元素マッピングは、ホウ素がα-Fe相から排出され、アモルファス相にて分配されたことを示している。Cuの分布は均ーでなく、Cuにより充填されたクラスターは、結晶及びアモルファス・マトリックスの双方において観察され、その寸法は、2nm以下であった。
図4bは、図4aに示す選択領域内のCuクラスターを含むFe,B及びCu核の深さ方向への濃度プロファイルを示す。α-Fe相及びアモルファス相間の界面は、Fe及びBの濃度の顕著な変化により明確に観察することができた。深さ方向への濃度プロファイルの傾斜により決定される各相の濃度を表1に示す(図4b)。アモルファス相におけるBの含有量は、15.9at.%であるが、α-Fe相においては2.5at.%のみであった。
図5は、分析対象の体積が3. 5×15×118nm^(3)であって、X=1.5である焼鈍後の(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)サンプルの断面3DAP元素マッピングを示す。
Bにより充填された領域は残存アモルファス相を示し、Bにより充填されていない領域はα-Fe相に対応する。図3fに示すように TEMの観察によると、α-Fe粒の寸法は20nm以下であった。3DAPの結果により観察されたα-Fe粒の寸法は、X=1.0であるサンプルの寸法よりも小さい。図5aに示すB核及びCu核は、Cuクラスターとα-Fe結晶との間の関係を明確にするために示している。Cuクラスターの数密度は、10^(24)m^(-3)未満であり、X=1.0である合金よりも遥かに大きい。図5aに示す選択領域内のCuクラスターは、アモルファス領域内の2つのα-Fe粒と直接接触していることが観察される。
図5bは、該領域に沿う深さ方向の濃度プロファイルを示す。アモルファス/α-Fe界面に比較的大きなCuクラスターが存在することから、Cuクラスターがα-Fe結晶に不均質核生成サイトとして作用していることが分かる。X=1.0及びX=1.5であるサンプルの3DAPの結果は、4-6nmの寸法を有するCuクラスターのみが、α-Feの数密度を増加させることを明確に示している。
表1は、X=1.0及びX=1.5である合金中の各相の濃度を示す。α-Fe相の濃度は、双方の合金において同様である。しかしながら、X=1.5である合金のアモルファス相におけるBの濃度は、X=1.0である合金の濃度よりも高い。これは、より大量のBがα-Feから排出され、残存アモルファス相において分配されたことにより、X=1.5である合金中のα-Feの体積分率がより高くなることを示している。
図6に示すように、Cuクラスターの形成について理解するため、メルトスピニングままサンプル及び焼鈍を300℃で5分間施したサンプルにアトムプローブ分析を行った。X=1.0であるメルトスピニングサンプルにおいて(図6にはCu核の分布のみを示すが)全ての要素が均ーに分布されていることが観察された。X=1.5であるサンプルにおいて、非常に微細なCuのクラスターが観察された。しかしながら、図5aに示すように、Cuクラスターの数密度及び寸法は、390℃で焼鈍されたサンプルと比較して、非常に低いものであり、これはクラスタリングが、結晶化の過程で生じることを示している。300℃の焼鈍温度は、X=1.5である合金の1次結晶化温度Tx1と同じ温度である。Fig.6bにて、X=1.0のサンプルの3DAP元素マッピングが示すように、300℃にて5分間の焼鈍を施した後は、Cu核が均ーに分布されることが分かる。しかしながら、X=1.5であるサンプルにおいて、2nm以下の多数のCuクラスターが数密度4×10^(23)m^(-3)にて存在し、これは完全に結晶化されたサンプル内のα-Fe結晶の数密度と同程度である。)



」(第4467頁左欄)

「3.3.Microstructures of Fe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)(x=0.0,2.0,and 5.0) ribbons

TEM images of the as-melt-spun and annealed Fe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)(y=0.0,2.0,and 5.0) ribbons are shownin Fig.7. Nanocrystallites are observed in all the as-melt-spun samples(Fig.7a-c). The electron diffraction patterns shown in the insetto Fig.7a-c revealthe presence of randomly orientedα-Fe grains in the amorphous matrix. This is in contrastto the as-melt-spun Si-free samples,in which only an amorphous phase was observed. To achieve densenanocrystalline microstructure, the as-melt-spun sampleswere annealed at 410°C for 1h, as shown in Fig.7d-f. The average grainsize of the Fe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y) annealed samples with y=0.0,2.0 and 5.0 are ?20,20 and 50nm, respectively. The SAED patternsindicate that the α-Fe grainsare randomly orientedin all the annealed samples(inset in Fig.7d-f). Although, the annealed sampleswith y=0.0 and y=2.0 have a similargrain size, theircoercivity values differgreatly. This is considered to be due to the precipitation of the iron-boride(Fe3B) phase in the samplewith y=0.0.
Fig.8 shows XRD profilesof the as-melt-spun and annealedsample with y=0.0.The as-melt-spun alloyappears amorphous from the XRD result(a smallfraction of crystalsobserved by TEM cannot be detected by XRD). The sample with y=0.0 annealedat 390°C showsonly the bcc α-Fe phasewith a weak halo corresponding to the residualamorphous phase. Annealing at a highertemperature of 410°C for 1h results in the formation of Fe_(3)Bphase. However, the XRD resultsof the samples with y=2.0and y=5.0 annealedat 410°C for 1h show only the α-Fe phase[7]. Fig.9shows the bright-field TEM image of the Fes_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y) sampleswith y=2.0 annealedat 410°C for 1h. The α-Fe particles are distributed uniformly. The SAED patterntaken from Fig.9Cindicates that the α-Fe nanocrystals are randomly orientedwith a large amount of residual amorphous. However, the SAED patterns takenfrom the Fe_(3)B grainsin Fig.9A and 9B show that the Fe_(3)Bcrystals are interconnected to form microsized large particles, suggesting that the Fe_(3)B phasewas foemed as a resultof the crystallization of the redidual amorphous phase. As they are interconnected, they look like a largeparticle of Fe_(3)B, but the crystalenvelops a numberof randomly orientedα-Fe grains.
In order to understand the large difference in Hc of the annealedsamples with y=0.0and 2.0, Lorentzmicroscope images were taken, with TEM specimens tilted by 30° to inducea magnetic fieldin the planar direction to the film from the objective lens current (Fig.10a-d, respectively).Magnetic domain wallscan be seen as brightand dark lines.In the case of the y=2.0 sample,the domain wallsextend smoothly and relatively straightin the demagnetized state (Fig.10a). However,the domain wallsappear to be pinned on the surfaceof the Fe_(3)B grains(Fig.10c). The domainwall movement was observed at a fieldof 0.05T (Fig.10b and d). In the case of the sample with y=2.0, the domain wall moved smoothlyand swept out at 0.1T.However, in the y=0.0 sample,magnetic domain wallswere pinned at the Fe_(3)B grains,even with the increase in the magneticfield to 0.288T.These results clearlysuggest that the high coercivity observed in the y=0.0sample can be correlated with the precipitation of the Fe_(3)B particles that pin magneticdomain walls.
The distribution of Cu,B and Si in the annealedFe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y) alloyswas investigated by 3DAP analysis. Fig.11 shows the atom maps of B and Cu within analyzedvolume of ?8.5x8.5x56nm^(3) of the annealedsamples. The B-enriched region is the residual amorphous phase, while the B-depleted regionis considered to be α-Fe. The grainsize of the sample with y=5.0 is found to be much larger than those in the sampleswith y=0.0 and 2.0. Fig.11shows that the number densityof Cu clusters decreases dramatically with increasing Si content up to y=5.0at.%. Note that the Cu concentration(1.35at.%) is constantin all the samples, whichsuggests that Si addition suppresses the driving forcefor Cu clustering.
The concentration depthprofiles of B and Si along the interface of the crystallized and amorphous phasesin the samples with y=2.0and 5.0 withinan analyzed volumeof ?4x4x55nm^(3)are shown in Fig.12a and b. The amount of Si detectedfrom the concentration depth profile is ?2 and 5at.%, respectively, in good agreement with the nominalcompositions of the alloys. The interface betweenthe α-Fe and the amorphous phases are clearlyseen from the drastic changein the concentration of B. However, Si is seen distributed uniformly throughout the amorphous and α-Fe phasesfor both the samples with y=2.0 and 5.0.」(第4466頁右欄-第4470頁左欄)
(異議申立人提出の訳:
3.3 Fe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)(x=0.0,2.0,5.0)リボンのミクロ組織
図7は、メルトスピニングまま及び焼鈍を施したFe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)(y=0.0,2.0,5.0)リボンのTEM画像を示す。図7a?cに示すように全てのメルトスピニングサンプルにてナノ結晶が観察された。図7a?cに示す電子回折パターンは、アモルファス母相内にランダム方位のα-Fe粒が存在することを示す。
これは、Siを含有しないメルトスピニングサンプルにてアモルファス相のみが観察された結果とは対照的である。濃度の高いナノ結晶ミクロ組織を達成するために、図7d?fに示すように、サンプルに410℃で1時間、焼鈍を施した。
焼鈍を施したFe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)サンプルの平均結晶子サイズは、y=0.0,2.0,5.0の場合において、それぞれ、20nm以下,20nm,50nmであった。図7d?fに示すようにSAEDパターンは、焼鈍を施した全てのサンプルにおいて、α-Fe結晶子がランダム方位であることを示している。y=0.0及びy=2.0である焼鈍を施したサンプルは、同様の結晶子寸法を有するが、これらの保磁力に関する値は大きく異なる。これは、y=0.0であるサンプル内におけるホウ化鉄 (Fe_(3)B) 相の析出が原因であると考えられる。
図8は、メルトスピニングまま及び焼鈍を施したy=0.0であるサンプルのXRDプロファイルを示す。XRDの結果によると、メルトスピニング合金にてアモルファスが生じる(TEM により観察された小さな結晶片は、XRDによっては検知されなかった)。390℃にて焼鈍を施したy=0.0であるサンプルにおいて、弱いハローリングを有するbee α-Fe相のみが残存アモルファス相に対応することを示す。より高い温度である410℃で1時間、焼鈍を施した結果、Fe_(3)B相が形成された。しかし、410℃で1時間、焼鈍を施した、y=2.0及びy=5.0であるサンプルのXRDの結果は、α-Fe相のみを示している(文献7)。
図9は、410℃で1時間焼鈍を施し、y=2.0であるFe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)サンプルのTEM明視野像を示す。α-Fe結晶子は、均ーに分布されている。図9Cに示すSAEDパターンは、大量の残存アモルファスと共にα-Feナノ結晶が、ランダム方位であることを示している。しかしながら、図9A及び図9BのFe3B結晶子から示されるSAEDパターンは、Fe_(3)B結晶がミクロサイズの大きな結晶子を形成するよう相互に結合し、残存アモルファス相の結晶化の結果、Fe_(3)B相が形成されることを示している。結晶が相互に結合することで、Fe_(3)Bの大きな結晶子のような外見を有するが、結晶は無作為に方向づけられる多数のα-Fe粒を包囲する。
焼鈍を施したサンプルのHcが、y=0.0とy=2.0の場合では、大きく異なることを理解するため、ローレンツ電子顕微鏡による画像を撮影し、対象レンズカレントからフィルムに対する平面方向の磁界を誘発するためTEM試験片を角度30度に傾けた(図10a?dにそれぞれ示す)。
磁壁は、輝線及び暗線として観察することができる。図10aに示すように y=2.0であるサンプルにおいて、減磁状態における磁壁は滑らかかつ比較的直線状に伸張する。しかしながら、図10cに示すように磁壁は、Fe_(3)B粒の表面にピン留めされるように発生する。図10b及び10dに示すように、磁壁の動作は0.05T領域にて観察された。y=2.0であるサンプルにおいて、磁壁は、滑らかに動き0.1Tにて排き出された。しかしながらy=0.0サンプルにおいて、磁界が0.288Tまで上昇しても磁壁はFe3B粒にてピン留めされた状態にあった。これらの結果は、y=0.0サンプルにおいて観察された高い保磁力が、磁壁をピン留めするFe_(3)B 結晶子の析出と相関する可能性があることを示している。
焼鈍を施したFe_(82.65)Cu_(1.35)Si_(y)B_(16-y)合金中のCu,B及びSiの分布を3DAP分析により研究した。図11は、焼鈍を施したサンプルを8.5×8.5×56nm^(3)以下の体積内において分析した場合のB及びCuの原子マップ(atom maps)を示す。Bにより充填された領域は、残存アモルファス相であり、Bにより充填されていない領域はα-Fe相であると考えられる。y=5.0であるサンプルの結晶子寸法は、y=0.0,2.0であるサンプルの結晶子サイズに比べて遥かに大きいことが分かった。図11は、Siの含有量がy=5.0at.%に至るまで増加することで、Cuクラスターの数密度が著しく減少することを示している。Cu濃度(1.35at.%)は、全てのサンプル内において一定であり、これはSiの添加がCuクラスタリングの駆動力を低下させることを示唆している。
図12a及び12bは、分析対象の体積が4X4X55nm^(3)以下の範囲内であって、y=0.0及びy=5.0である結晶化相とアモルファス相の界面に沿うB及びSiの深さ方向への濃度プロファイルを示す。
深さ方向への濃度プロファイルから検知されたSiの量は、それぞれ、2at.%以下及び5at.%であり、合金の組成式と一致していた。α-Fe相とアモルファス相の間の界面は、Bの濃度の顕著な変化から明確に観察することができる。しかしながら、y=2.0及びy=5.0であるサンプルの双方において、アモルファス相及びα-Fe相全体を通じて、Siが均ーに分布していることが観察された。)

イ 上記記載から、引用文献2には、次の事項が記載されていると認められる。
表1には、図4b及び図5bに示したラダー図の傾斜から算出した、焼鈍を施した(Fe_(0.85)B_(0.15))_(100-x)Cu_(x)x=1.0及びx=1.5合金におけるアモルファス相とα-Fe相の組成が示されており、x=1.0では、アモルファス相でFeが83.1at.%、α-Fe相でFeが96.9at.%であり、x=1.5では、アモルファス相でFeが73.3at.%、α-Fe相でFeが95.5at.%である。
してみると、(Fe_(0.85)B_(0.15))_(99)Cu_(1.0)合金では、アモルファス相でFeが83.1at.%、α-Fe相でFeが96.9at.%であり、(Fe_(0.85)B_(0.15))_(98.5)Cu_(1.5)合金では、アモルファス相でFeが73.3at.%、α-Fe相でFeが95.5at.%である。

ウ 引用文献2記載の技術事項
上記イより、引用文献2には以下の技術事項(以下、「引用文献2記載の技術事項」という。)が記載されているといえる。
「(Fe_(0.85)B_(0.15))_(99)Cu_(1.0)合金では、アモルファス相でFeが83.1at.%、α-Fe相でFeが96.9at.%であり、 (Fe_(0.85)B_(0.15))_(98.5)Cu_(1.5)合金では、アモルファス相でFeが73.3at.%、α-Fe相でFeが95.5at.%である」こと。

(3)引用文献3
ア 引用文献3には、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付与した。
「【請求項2】
組成式:Fe_(100-x-y-z)Cu_(x)B_(y)Si_(z)(但し、原子%で、1<x<2、10≦y≦20、0<z≦9、10<y+z≦24)により表され、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織を有し、飽和磁束密度が1.7T以上である軟磁性合金粉末であって、平均粒径30nm以下の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で0%超30%未満で分散した組織を有し、180゜折曲げにより破断するFe基合金薄帯あるいはFe基合金薄片を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られることを特徴とする軟磁性合金粉末。

・・・中略・・・

【請求項7】
Feの10原子%以下をCo, Niから選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1?6の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項8】
前記組成においてBの一部をBe, P, Ga, Ge, C,Be及びAlから選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1?7の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項9】
前記組成においてFeの1.8原子%以下をTi, Zr,
Hf, V, Nb, Ta, Cr, Mo, W, Mn, Re, 白金族元素, Au, Ag, Zn,
In, Sn, As, Sb, Bi, S, Y, N, O及び希土類元素から選ばれた少なくとも一種の元素で置換したことを特徴とする請求項1?8の何れかに記載の軟磁性合金粉末。
【請求項10】
請求項1?9の何れかに記載の軟磁性合金粉末を用いたことを特徴とする磁性部品。
【請求項11】
圧粉磁心、チョークコイル、モータ鉄心又は樹脂との複合磁性シートであることを特徴とする請求項10に記載の磁性部品。」

「【0001】
本発明は、各種トランス、リアクトル・チョークコイル、ノイズ対策部品、レーザ電源や加速器などに用いられるパルスパワー磁性部品、通信用パルストランス、モータ磁心、発電機、磁気センサ、アンテナ磁心、電流センサ、磁気シールド、電磁波吸収シート、ヨーク材等に用いられるナノスケールの微細な結晶粒を含む高飽和磁束密度でかつ優れた軟磁気特性を示し、特に粉末製造が容易であり、粉末用として優れた磁気特性を示す軟磁性合金粉末およびこれを用いた磁性部品に関する。」

「【0021】
本発明の軟磁性合金粉末においてBの一部をBe,P,Ga,Ge,C及びAlから選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。これらの元素を置換することにより磁歪や磁気特性を調整することができる。
【0022】
また、Feの10原子%以下をCo,Niから選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。Co、Niを置換することにより誘導磁気異方性の大きさを制御したり、磁気特性を改善することができる。」

「【0026】
本発明の軟磁性合金粉末は、商用周波数や比較的低い周波数においても低い磁心損失を示し、モータ鉄心、リアクトル用鉄心などの比較的低い周波数で使用される高性能磁性部品を実現できる。前記合金を粉砕して粉末やフレーク状にしたものを水ガラスや樹脂などで固めた圧粉磁心や前記合金薄帯、薄片から作られた粉末やフレークを樹脂などと混ぜてシート状にして使用することができる。

・・・中略・・・

【0028】
熱処理前の非晶質母相中に分散する結晶粒の平均粒径は30nm以下である必要がある。この理由は、熱処理前の状態で平均粒径がこの範囲を超えている場合、熱処理を行うと結晶粒が大きくなりすぎる、不均一な結晶粒組織となるなどが原因で軟磁性が劣化するためである。好ましくは、非晶質母相中に分散する結晶粒の平均粒径は20nm以下である。この範囲で、より優れた軟磁気特性を実現できる。また、平均結晶粒間距離(各結晶の重心と重心の距離)は通常50nm以下である。平均結晶粒間距離が大きいと熱処理後の結晶粒の結晶粒径分布が広くなる。また、熱処理後に非晶質母相中に分散する体心方構造の結晶粒は、平均粒径60nm以下、体積分率30%以上分散している必要がある。結晶粒の平均粒径が60nmを超えると軟磁気特性が劣化し、結晶粒の体積分率が30%未満では、非晶質の割合が多く高飽和磁束密度が得にくいためである。より好ましい熱処理後の結晶粒の平均粒径は30nm以下、より好ましい結晶粒の体積分率は50%以上である。この範囲で、より軟磁性が優れ、Fe基非晶質合金に比べて磁歪の低い合金粉末を実現できる。」

「【0032】
熱処理は通常アルゴンガス、窒素ガス、ヘリウム等の不活性ガス中で行う。熱処理により体心立方構造のFeを主体とする結晶粒の体積分率が増加し、飽和磁束密度が上昇する。また、熱処理により磁歪も低減する。本発明の軟磁性合金粉末は、磁界中熱処理を行うことにより、誘導磁気異方性を付与することができる。磁界中熱処理は、熱処理期間の少なくとも一部の期間十分な強さの磁界を印加して行う。印加する磁界の強さは、合金の形状にも依存する。薄帯のままの状態の場合、一般には薄帯の幅方向に印加する場合は8kAm-1以上の磁界を、長手方向に印加する場合は80Am^(-1)以上の磁界を印加する。印加する磁界は、直流、交流、繰り返しのパルス磁界のいずれを用いても良い。粉末の場合は、反磁界の影響があり、飽和しにくく大きい磁界を印加した方がより好ましい結果が得られる。熱処理は、通常露点が-30℃以下の不活性ガス雰囲気中で行うことが望ましく、露点が-60℃以下の不活性ガス雰囲気中で熱処理を行うと、ばらつきが更に小さくより好ましい結果が得られる。熱処理の際の最高到達温度は、通常300℃から600℃の範囲である。一定温度に保持する熱処理パターンの場合は、一定温度での保持時間は通常は量産性の観点から100時間以下であり、好ましくは4時間以下である。より好ましくは1時間以下、特に好ましくは20分以下である。熱処理の際の平均昇温速度は好ましくは0.1℃/minから500℃/min、より好ましくは1℃/minから300℃/min、平均冷却速度は好ましくは0.1℃/minから3000℃/min、より好ましくは0.1℃/minから200℃/minであり、この範囲で特に低保磁力・低磁心損失の合金が得られる。熱処理は1段ではなく多段の熱処理や複数回の熱処理を行うこともできる。更に、合金に直流、交流あるいはパルス電流を流して合金を発熱させ熱処理することもできる。また、熱処理の際に、張力や圧縮力をかけながら熱処理し、磁気特性を改良することができる。」

「【0036】

・・・中略・・・

【図5】本発明により製造した熱処理後の合金粉末の透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織の一例を示した図である。」

「【0038】
(実施例1)
合金組成がFe_(bal.)Cu_(1.35)B_(14)Si_(2)(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速30m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯の180°曲げを行った結果、薄帯は破断し脆化していることが確認された。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、非晶質中に結晶粒が分布した組織からなることが確認された。図1に透過電子顕微鏡により観察した合金薄帯内部のミクロ組織を、図2に合金薄帯内部のミクロ組織の模式図を示す。電子顕微鏡観察によるミクロ組織から平均粒径5.5nm程度の微細な結晶粒が、非晶質母相(マトリックス)中に体積分率で4.8%含まれていることが確認された。また、結晶粒の組成を調査したところFeを主体とした体心立方構造(bcc構造)の結晶粒であることが確認された。
次に、作製した合金薄帯を120mmに切断し、窒素ガス雰囲気中の炉に挿入し、410℃1時間の熱処理を行ない磁気特性を測定した。また、熱処理した試料のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った。図3に熱処理後の試料のX線回折パターン、図4に透過電子顕微鏡により観察した合金薄帯内部のミクロ組織を、図5に合金薄帯内部のミクロ組織の模式図を示す。観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占めていることが確認された。」

「【0041】
また、本発明の合金粉末の飽和磁歪定数λsを測定した結果、λsは+14×10^(-6)であった。磁歪をFe基非晶質合金の1/2以下に低減できることが分った。このため、Fe基非晶質合金に比べて応力による軟磁気特性の劣化を抑えることができる。
また、残りの作製した未熱処理合金薄帯を振動ミルにより粉砕し粉末を作製し、ふるいにかけ、170メッシュアンダーの粉末を得た。また、X線回折およびミクロ組織観察を行った結果、薄帯と同様のX線回折パターンおよびミクロ組織を示した。次にこの粉末の一部を410℃で1時間熱処理を行った。平均の昇温速度は20℃/min、平均の冷却速度は7℃/minとした。保磁力と飽和磁束密度を測定した結果、保磁力29 A/m、飽和磁束密度1.84Tが得られた。熱処理後の粉末のX線回折およびミクロ組織観察を行った結果、熱処理後の薄帯と同様のX線回折パターンおよびミクロ組織を示した。
【0042】
(実施例2)
PVA粉末を水に溶かし、PVAの濃度が3%の溶液を用意した。実施例1において作製した残りの未熱処理粉末と0.5μmの平均粒径のSiO2粒子の体積比が95:5になるように混合し、これらとPVA3%溶液6.6質量部を容器に入れ、これらを100℃に加熱しながら1時間攪拌し、完全に乾燥させた。得られた混合粉末を115メッシュのふるいにかけて、団粒を除去した。その後、これらの複合粒子を潤滑剤であるボロンナイトライドを塗布した金型内に装入して、これらの複合粒子に圧力500MPa印加し、内径7mm、外径12mmのリング状の圧粉磁心を得た。
得られたリング状の圧粉磁心に窒素雰囲気中410℃において1時間の熱処理を施した。透過型電子顕微鏡により、この圧粉磁心を構成する合金粒子は、実施例1の熱処理後の合金と同様、アモルファス母相中にナノ結晶粒が分散した組織を有することを確認した。また、この圧粉磁心の比初透磁率は78であった。次にこのリング状磁心にコイルを巻き磁性部品であるチョークコイルを作製し、直流重畳特性を測定した。その結果を図6に示す。図6から明らかなように、本発明チョークコイルのインダクタンスLは従来のFe基アモルファス圧粉磁心を用いたチョークコイルよりも高い直流重畳電流まで大きい値を示し、直流重畳特性に優れている。このため、Fe基アモルファス圧粉磁心を用いたチョークコイルやFeCuNbSiB系ナノ結晶合金圧粉磁心よりも大電流対応あるいは小型化が可能である。」

「【0045】
(実施例4)
表3に示す組成の1300℃に加熱した合金溶湯を周速32m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯は幅5mm、厚さ約21μmである。X線回折および透過電子顕微鏡(TEM)観察の結果、非晶質母相中に体積分率30%未満で分散した組織であることが確認された。これらの合金薄帯の180゜折曲げ試験を行った。また、合金薄帯の一部を振動ミルにかけ、粉末作製が容易であるかを確認した。
次に、前記合金薄帯を窒素ガス雰囲気中の炉に挿入し、室温から400℃まで8.5℃/minの昇温速度で加熱し、410℃で60分保持後室温まで空冷し冷却した。平均冷却速度は30℃/min以上であると見積もられた。次に熱処理後の試料の磁気特性を測定した。更に、熱処理した合金のX線回折と透過電子顕微鏡観察を行った。X線回折の結晶ピーク半価幅から平均結晶粒径Dを見積もった。また、透過電子顕微鏡によりミクロ構造を観察した結果、どの試料も粒径60nm以下の体心立方構造の微細な結晶粒が組織の30%以上を占めていることが確認された。

・・・中略・・・

【0047】
【表3】



「【0048】
(実施例5)
合金組成がFe_(bal.)Cu_(1.35)Si_(2)B_(14)(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速30m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、非晶質母相中に結晶粒が分布した組織からなることが確認された。電子顕微鏡観察によるミクロ組織から平均粒径5.5nm程度の微細な結晶粒が、平均結晶粒間距離24nmで非晶質母相(マトリックス)中に分布していることが確認された。作製した合金薄帯を180°折曲げした結果、合金薄帯は熱処理前の段階で破断することが確認された。
次に、作製した合金薄帯を振動ミルにより粉砕し、170メッシュアンダーの粉末を作製した。この試料を、あらかじめ昇温した窒素ガス雰囲気中の管状炉に挿入し、60分保持後炉から取り出し空冷し、磁気特性の熱処理温度依存性を検討した。熱処理の平均冷却速度は30℃/min以上とした。また、熱処理後の試料のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った。観察したミクロ組織とX線回折から、330℃以上の熱処理温度では、平均粒径60nm以下の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織であることが確認された。また、結晶粒の組成を調査したところFeを主体とした体心立方構造(bcc構造)の結晶粒であることが確認された。
また、比較のために以下の合金粉末を作製し比較例とした。合金組成がFe_(bal.)Si_(2)B_(14)(原子%)の1250℃に加熱された合金溶湯をスリット状のノズルから周速33m/sで回転する外径300mmのCu-Be合金ロールに噴出し、幅5mm、厚さ18μmの合金薄帯を作製した。作製した合金薄帯のX線回折と透過電子顕微鏡(TEM)観察を行った結果、結晶粒は存在せず非晶質単相であり合金薄帯の180°折曲げが可能であることが確認された。次に、脆化のための熱処理を330℃1時間実施した。熱処理後の合金はX線回折の結果、非晶質単相であることが確認された。脆化熱処理を行った合金薄帯を振動ミルにより粉砕し、170メッシュアンダーの粉末を作製し、同様な熱処理を行い磁気特性の熱処理温度依存性を検討した。
図7に飽和磁束密度Bsの熱処理温度依存性を、図8に保磁力Hcの熱処理温度依存性を示す。本発明の合金粉末では、330℃を超えるとBsが上昇し、Hcも改善され、高Bsで優れた軟磁性を示す軟磁性合金が420℃を中心とする熱処理温度で実現する。これに対して、非晶質単相状態の合金を熱処理した場合は、結晶化により急激にHcが増加し、良好な軟磁性が得られないことが分る。
以上のように、非晶質母相中に平均粒径30nm以下の結晶粒が、体積分率で30%以下、平均結晶粒間距離で50nm以下に分布した組織を有する合金を熱処理し、平均粒径60nm以下の体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に体積分率で30%以上分散した組織とする本発明のFeを主体とする合金粉末は高Bsで優れた軟磁性を示すことが分った。」

「【図5】



イ 上記記載から、引用文献3には、次の技術的事項が記載されていると認められる。
・段落【0038】によれば、「合金組成がFe_(bal.)Cu_(1.35)B_(14)Si_(2)(原子%)」の合金薄帯を熱処理した試料は「透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占めている」。また、段落【0041】によれば、未熱処理合金薄帯を粉砕し粉末を作製し、次にこの粉末に熱処理を行ったものは、「熱処理後の粉末のX線回折およびミクロ組織観察を行った結果、熱処理後の薄帯と同様のX線回折パターンおよびミクロ組織を示した」。してみると、「合金組成がFe_(bal.)Cu_(1.35)B_(14)Si_(2)(原子%)であり、透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占めている、合金薄帯を粉砕および熱処理することにより得られる粉末」が記載されているといえる。
・【請求項2】によれば、「Fe基合金薄帯」「を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られる」粉末は「軟磁性合金粉末」である。

ウ 引用発明
上記イより、引用文献3には実施例1として以下の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されているといえる。
「合金組成がFe_(bal.)Cu_(1.35)B_(14)Si_(2)(原子%)であり、
透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占め、
Fe基合金薄帯を得て、これを粉砕および熱処理をすることにより得られる軟磁性合金粉末。」

3 当審の判断
(1)引用発明1との対比及び判断
ア 本件発明1について
(ア)本件発明1と引用発明1との対比
a 引用発明1の「結晶粒」、「非晶質」はそれぞれ、本件発明1の「結晶子」、「アモルファス相」に相当する。また、引用発明1の「Fe基ナノ結晶合金粉末」は「軟磁性合金粉末」であるから、本件発明1の「軟磁性粉末」に相当する。よって、引用発明1の「結晶粒が非晶質中に分散した構造」を有する「Fe基ナノ結晶合金粉末」は、本件発明1の「複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末」に相当する。

b 引用発明1の「結晶粒径(平均値)」は、本件発明1の「結晶子の平均粒径」に相当する。よって、引用発明1の「熱処理後の結晶粒径(平均値)が、外周部において26nm、中心部において28nm」は、本件発明1の「前記結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下」に含まれるものである。
ただし、本件発明1は「アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下」であるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点で相違する。

c 本件発明1は「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低」いものであるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点で相違する。

d 本件発明1は「粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上」であるのに対し、引用発明1は「電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求める、結晶粒の体積分率が35vol%以上」であるものの、X線回折法により測定される結晶化度は特定されていない点で相違する。

f 本件発明1は「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」であるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点で相違する。

したがって、両者は以下の一致点と相違点とを有する。
〈一致点〉
「複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末であって、
前記結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下である、
軟磁性粉末。」

〈相違点1〉
本件発明1は「アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下」であるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点。

〈相違点2〉
本件発明1は「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低」いものであるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点。

〈相違点3〉
本件発明1は「粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上」であるのに対し、引用発明1は「電子顕微鏡による軟磁性合金粉末断面の組織観察において求める、結晶粒の体積分率が35vol%以上」であるものの、X線回折法により測定される結晶化度は特定されていない点。

〈相違点4〉
本件発明1は「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」であるのに対し、引用発明1はその旨特定されていない点。

(イ)相違点についての判断
特許異議申立人は、本件発明1は、引用文献1および引用文献2に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨(進歩性を有さない旨)主張しているので、事案に鑑み、相違点4について新規性とあわせて進歩性についても検討する。
a 新規性(相違点4が実質的相違であるか否か)についての判断
一般に、B,Si,Pの非晶質相形成を担う元素はbccFe結晶に固溶しにくい元素であるから、これらの元素を含むFe基ナノ結晶合金を得る場合、形成されるbccFe(α-Fe)結晶からこれらの元素が排除されて非晶質相へ濃縮されることは、当業者にとって技術常識である。そして、これらの元素が結晶から排除されて非晶質相へ濃縮されると、非晶質におけるFe濃度が結晶におけるFe濃度より低くなるものと認められる。
しかしながら、組成や熱処理条件によって、結晶とアモルファス相とに対する元素の配分は異なるから、B,Si,Pの非晶質相形成を担う元素を含有する引用発明1は、非晶質におけるFe濃度が結晶におけるFe濃度より低い濃度になるとしても、アモルファス相と結晶の各濃度がどの程度の濃度であるかは不明であり、引用発明1が「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」証拠はない。
したがって、引用発明1からは、相違点4に係る構成が記載されているとはいえず、相違点1-3について検討するまでもなく、本件発明1は引用発明1に相当せず、引用文献1に記載された発明とはいえないので、特許法第29条第1項第3号に該当しない。
よって、本件発明1は、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものとはいえない。

b 進歩性についての判断及び特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、令和2年7月6日付けの意見書において、本件発明1について、概略、次の(a)-(e)のように主張している。

(a)「Bなどの溶質元素を含むFe基非晶質合金を結晶化させてナノ結晶組織を形成させれば、上記濃縮によりアモルファス相における溶質元素の濃度が高まる結果、相対的にアモルファス相内におけるFe濃度は低下する。よって、溶質元素を含むFe基非晶質合金を結晶化させてナノ結晶組織を得る場合、不可避的に結晶子における平均Fe濃度がアモルファス相における平均Fe濃度よりも低くなる。」(第2頁第20-24行)
(b)「甲1発明1の結晶子における平均Fe濃度は80.3at.%より高く、反対にアモルファス相における平均Fe濃度は80.3at.%より低くなっていることは明らかである。」(第3頁第2-4行)
(c)「甲3発明1の結晶子における平均Fe濃度は82.65at.%より高く、反対にアモルファス相における平均Fe濃度は82.65at.%より低くなっていることは明らかである。」(第3頁第12-14行)
(d)「甲第2号証の表1に記載されたアモルファス相と結晶子のFe濃度の差は、訂正後の請求項1で規定された平均Fe濃度の差の範囲内である。さらに、甲第2号証の表1のx=1.5の場合におけるアモルファス相と結晶子のFe濃度の値は、73.3%と95.5%であり、ともに本件特許の訂正後の請求項1における平均Fe濃度の数値範囲内である。してみれば、本件特許の訂正後の請求項1における平均Fe濃度は、上述したようにナノ結晶化に伴って必然的に生じるアモルファス相と結晶子での平均Fe濃度の違いを、公知の軟磁性粉末において得られている程度の範囲に数値限定したにすぎないと言え、甲第1号証および甲第3号証に記載された発明において、結晶子における平均Fe濃度およびアモルファス相における平均Fe濃度を訂正後の請求項1で規定された範囲内とすることに何らの困難性も見出せない。」(第3頁第26-37行)
(e)「本件特許明細書の実施例を見ても、本件特許の訂正後の請求項1における平均Fe濃度の数値範囲に臨界的意義があるとは言えず、また、平均Fe濃度を当該範囲内とすることで格別顕著な効果を奏するともいえない。」(第4頁第2-4行)

まず、上記(a)-(d)の主張について検討する。
引用文献1には、結晶子における平均Fe濃度やアモルファス相における平均Fe濃度に関する具体的な記載及び示唆はなく、引用発明1を「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とする動機はない。
引用文献2記載の技術事項において「(Fe_(0.85)B_(0.15))_(98.5)Cu_(1.5)合金では、アモルファス相でFeが73.3at.%、α-Fe相でFeが95.5at.%である」ように、引用文献2に「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」旨の記載は認められる。
しかし、引用発明1に係る合金と引用文献2記載の技術事項に係る合金は、互いに組成が異なったものである。また、引用発明1は水アトマイズ法により作製した合金粉末により圧粉体を作製し450℃で熱処理したもの(【0048】-【0049】)であるのに対し、引用文献2記載の技術事項の合金はメルトスピニングにより作製し390℃で焼鈍を行ったリボン(第4465頁右欄の「3.2」項参照)であるから、両者は製法および熱処理温度も異なったものである。
そうすると、引用発明1と引用文献2記載の技術事項に係る合金は、組成、製法、熱処理条件がいずれも異なるものである。
してみると、引用文献2には、引用発明1の組成、製法、熱処理条件のまま「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とし得る証拠があるとはいえず、引用発明1は非晶質におけるFe濃度が結晶におけるFe濃度より低い濃度になるとしても、引用文献2記載の技術事項に基づいて引用発明1を「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とすることが当業者が容易になし得たとすることはできない。

次に、上記(e)の主張について検討する。
本件発明1には、「結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下であり、前記アモルファス相の厚さが3nm以上30nm以下」で「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」の軟磁性粉末が特定されている。
そして、本件特許明細書の表2、表5、表8、表11には、「結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下」、「アモルファス相の厚さが3nm以上30nm以下」、「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」の範囲にある軟磁性粉末のコアロスが、範囲外の軟磁性粉末のコアロスより小さいことが示されている。
よって、本件特許明細書には「結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下であり、前記アモルファス相の厚さが3nm以上30nm以下」で「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」の軟磁性粉末とすることの作用効果が記載されており、「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とすることに技術的意義が認められないとはいえない。

以上のことより、本件発明1は、引用発明1及び引用文献2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものとはいえない。

イ 本件発明2-5、7-12について
本件発明1の構成を全て含み、更に他の構成を含んだ本件発明2-5、7-12は、本件発明1と同様に引用発明1に相当せず、また、引用発明1及び引用文献2記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明2-5、7-12は、特許法第29条第1項および第2項の規定に違反して特許されたものとはいえない。

(2)引用発明3との対比及び判断
ア 本件発明1について
(ア)本件発明1と引用発明3との対比
a 引用発明3の「結晶粒」、「非晶質母相」は、それぞれ本件発明1の「結晶子」、「アモルファス相」に相当する。また、引用発明3の「結晶粒が非晶質母相中に分散」した「軟磁性合金粉末」は、本件発明1の「複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末」に相当する。

b 本件発明1は「前記結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下であり、前記アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下」であるのに対し、引用発明3は「結晶粒」が「平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒」であり「非結晶母相」の厚さは特定されていない点で相違する。

c 本件発明1は「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低」いものであるのに対し、引用発明3はその旨特定されていない点で相違する。

d 引用発明3が「透過電子顕微鏡により観察したミクロ組織とX線回折から、平均粒径約14nm程度の微細な体心立方構造の結晶粒が非晶質母相中に分散しており、組織の60%を占め」ることは、本件発明1の「粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上」であることに相当する。

f 本件発明1は「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」のに対し、引用発明3はその旨特定されていない点で相違する。

したがって、両者は以下の一致点と相違点とを有する。

〈一致点〉

「複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末であって、
粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上である、軟磁性粉末。」

〈相違点1〉
本件発明1は「結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下」であるのに対し、引用発明3は「結晶粒」の平均粒径が約14nm程度である点。

〈相違点2〉
本件発明1は「アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下」であるのに対し、引用発明3はその旨特定されていない点。

〈相違点3〉
本件発明1は「前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低」いものであるのに対し、引用発明3はその旨特定されていない点。

〈相違点4〉
本件発明1は「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である」であるのに対し、引用発明3はその旨特定されていない点。

(イ)相違点についての判断および特許異議申立人の主張について
事案に鑑み相違点4について検討する。
また、令和2年7月6日付けの特許異議申立人の意見書での主張の概要は、上記「(1)ア(イ)b」に記載したとおりであるから、特許異議申立人の(a)-(d)の主張のうち、甲3発明1(引用発明3)に関する主張について検討する。

引用文献3には、結晶子における平均Fe濃度やアモルファス相における平均Fe濃度に関する具体的な記載及び示唆はなく、引用発明1を「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とする動機はない。
引用文献2記載の技術事項に係る合金の組成は(Fe_(0.85)B_(0.15))_(99)Cu_(1.0)または(Fe_(0.85)B_(0.15))_(98.5)Cu_(1.5)であり、引用発明3に係る合金Fe_(bal.)Cu_(1.35)B_(14)Si_(2)とは組成が異なったものである。また、引用発明3は合金溶湯をスリット状のノズルから回転するCu-Be合金ロールに噴出し作成した合金薄帯を粉砕し粉末を作成し、この粉末を410℃で1時間熱処理したもの(【0038】、【0041】)であるのに対し、引用文献2記載の技術事項の合金はメルトスピニングにより作製し390℃で焼鈍を行ったリボン(第4465頁右欄の「3.2」項参照)であるから、両者は熱処理温度も異なったものである。
そうすると、引用発明3と引用文献2記載の技術事項に係る合金は、組成、熱処理条件がいずれも異なるものである。
してみると、引用文献2には、引用発明3の組成、熱処理条件のまま「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とし得る証拠があるとはいえず、引用発明3は特許異議申立人が主張するように「結晶子における平均Fe濃度は82.65at.%より高く、反対にアモルファス相における平均Fe濃度は82.65at.%より低くなっている」としても、組成や熱処理温度の異なる合金についての引用文献2記載の技術事項に基づいて引用発明3を「前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下」とすることが当業者が容易になし得たとすることはできない。

したがって、本件発明1は、引用発明1及び引用文献2記載の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものとはいえない。

2 本件発明2-5、7-12について
本件発明1の構成を全て含み、更に他の構成を含んだ本件発明2-5、7-12は、本件発明1と同様に引用発明3及び引用文献2記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明2-5、7-12は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり、請求項1-5、7-12に係る発明は、令和2年2月12日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載した異議申立理由によっては取り消すことはできない。さらに、他に請求項1-5、7-12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項6に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人小松一枝、前田知子による特許異議の申立てについて、請求項6に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第153条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の結晶子と、前記結晶子の周りに存在するアモルファス相とを有する粒子を含む軟磁性粉末であって、
前記結晶子の平均粒径が15nm以上30nm以下であり、前記アモルファス相の平均厚さが3nm以上30nm以下であり、
前記粒子の断面の短径をrとしたとき、前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記アモルファス相における平均Fe濃度が前記結晶子における平均Fe濃度よりも低く、
粉末X線回折法により測定される結晶化度が30%以上であり、
前記結晶子における平均Fe濃度が82at.%以上98at.%以下であり、前記アモルファス相における平均Fe濃度が69at.%以上79at.%以下である、軟磁性粉末。
【請求項2】
前記アモルファス相の平均厚さが6nm以上30nm以下である、請求項1に記載の軟磁性粉末。
【請求項3】
前記粒子の表面からの深さが0.2r以上0.4r以下である領域において、前記結晶子における平均Fe濃度に対する前記アモルファス相における平均Fe濃度の比が0.90以下である、請求項1または2に記載の軟磁性粉末。
【請求項4】
粉末X線回折法により測定される結晶化度が78%以上である、請求項1?3のいずれか1項に記載の軟磁性粉末。
【請求項5】
前記軟磁性粉末が、主に体心立方構造を有する結晶相を含む、請求項4に記載の軟磁性粉末。
【請求項6】(削除)
【請求項7】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と、樹脂とを含有する複合材料で形成された磁心。
【請求項8】
前記複合材料中の前記軟磁性粉末の含有量が60vol%以上90vol%以下である、請求項7に記載の磁心。
【請求項9】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と、樹脂とを混合し、得られる混合物を成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を加熱する工程と
を含む、磁心の製造方法。
【請求項10】
請求項7または8に記載の磁心と、該磁心に巻回されたコイル導体とを含む、コイル部品。
【請求項11】
請求項1?5のいずれか1項に記載の軟磁性粉末と樹脂とを含有する複合材料を主成分として含む磁性体部と、該磁性体部に埋設されたコイル導体とを含む、コイル部品。
【請求項12】
前記複合材料中の前記軟磁性粉末の含有量が60vol%以上90vol%以下である、請求項11に記載のコイル部品。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-18 
出願番号 特願2018-203017(P2018-203017)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01F)
P 1 651・ 113- YAA (H01F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 池田 安希子  
特許庁審判長 酒井 朋広
特許庁審判官 山田 正文
須原 宏光
登録日 2019-02-22 
登録番号 特許第6482718号(P6482718)
権利者 株式会社村田製作所 株式会社東北マグネットインスティテュート
発明の名称 軟磁性材料およびその製造方法  
代理人 山尾 憲人  
代理人 江間 晴彦  
代理人 江間 晴彦  
代理人 江間 晴彦  
代理人 山尾 憲人  
代理人 吉田 環  
代理人 吉田 環  
代理人 山尾 憲人  
代理人 吉田 環  
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