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審決分類 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 一部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1368050
異議申立番号 異議2019-700269  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-09 
確定日 2020-09-08 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6403615号発明「フィルムコーティング組成物並びに経口固形製剤及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6403615号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔6-8〕について訂正することを認める。 特許第6403615号の請求項1、3-8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
(1)特許第6403615号の請求項1?8に係る特許についての出願は、平成27年3月18日を出願日とする特願2015-54471号であって、平成30年9月21日にその特許権の設定登録がされ、同年10月10日に特許掲載公報が発行された。
その後、請求項1、3?8に係る特許について、平成31年4月9日に特許異議申立人三菱ケミカル株式会社(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。以降の主な手続の経緯は次のとおりである。

令和 1年 6月12日付け:取消理由通知書
令和 1年 8月14日 :訂正請求書及び意見書(特許権者)の提出
令和 1年10月 9日 :意見書(申立人)の提出
令和 1年11月14日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和 2年 1月17日 :意見書(特許権者)の提出
令和 2年 3月23日付け:審尋
令和 2年 4月 9日 :回答書(特許権者)の提出
令和 2年 6月 2月 :審尋
令和 2年 6月23日 :回答書(申立人)の提出

(2)上記の手続において提出された証拠方法は、次のとおりである。

甲1:国際公開第2014/017507号
甲2:特開2004-26675号公報
甲3:特開2013-253030号公報
甲4:日本合成化学工業株式会社製「ゴーセノールEG-05P」に関する分析・試験報告書(株式会社住化分析センター大分ラボラトリーが2019年3月7日付けで作成)
甲5:日本合成化学工業株式会社製「ゴーセノールGL-03」に関する分析・試験報告書(株式会社住化分析センター大分ラボラトリーが2019年3月7日付けで作成)
甲6:米国特許出願第15/523,752に対する追加実験を提出するための宣言書(川田章太郎氏が2018年12月26日付けで作成)
甲7:GOHSENOL^(TM)日本合成化学のPVOH『ゴーセノール^(TM)』、2014年4月1日、日本合成化学工業株式会社
<以上、申立人が特許異議申立書とともに提出>

参考資料1:高分子化学,1959年,第16巻,第170巻,376?380頁
<以上、申立人が令和1年10月9日に意見書とともに提出>

乙1:実験成績証明書(特願2016-557493号において提出された刊行物提出書)
乙2:日本酢ビ・ポバール株式会社ホームページ,[2019年8月14日検索],インターネット<URL:http://www.jvp.co.jp/product/pva/index.html>
<以上、特許権者が令和1年8月14日に意見書とともに提出>

乙3:長野浩一ら共著,「ポバール」,株式会社高分子刊行会,1981年4月1日,142?143頁
乙4:エマルジョン用PVA系樹脂カタログ,株式会社クラレ ポバール樹脂事業部,2011年2月,3頁
<以上、特許権者が令和2年1月17日に意見書とともに提出>


第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和1年8月14日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、当該訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項6?8について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項は次のとおりである。なお、下線部は訂正箇所である。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項6に、
「ポリビニルアルコールが、4質量%水溶液粘度が2.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であるという要件を満たすポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。」と記載されているのを、
「ポリビニルアルコールが、4質量%水溶液粘度が2.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であるという要件を満たすポリビニルアルコールである(ただし、前記フィルムが、イブプロフェンとエテンザミドが異なる製剤粒子中に配合されたイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤において、イブプロフェンを含有する製剤粒子を被覆するフィルムである場合を除く)ことを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。」
に訂正する。
なお、訂正後の請求項6を引用する請求項7及び8についても、同様に訂正されることになる。

2 訂正要件の判断
訂正事項1は、訂正前の請求項6の「経口固形製剤用フィルムコーティグ組成物」から、令和1年6月12日付け取消理由通知書において引用された国際公開第2014/017507号(甲1)に記載された「イブプロフェンとエテンザミドが異なる製剤粒子中に配合されたイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤において、イブプロフェンを含有する製剤粒子を被覆するフィルム」である場合を除くものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
訂正後の請求項6を引用しており、実質的に訂正されることになる請求項7及び8についての訂正も、同様である。
そして、本件訂正は、一群の請求項である請求項6?8について請求されたものである。

3 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、令和1年8月14日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔6-8〕について訂正することを認める。


第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件特許の請求項1?8に係る発明(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」ということがある。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(なお、下線部は訂正箇所である。請求項2は特許異議の申立ての対象ではない。)。

「【請求項1】
平均けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含む経口固形製剤用フィルムコーティング組成物であり、当該ポリビニルアルコールが、以下に示す要件(A)又は要件(B)を満たす、ポリビニルアルコールであることを特徴とする経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。
【請求項2】
平均けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含む経口固形製剤用フィルムコーティング組成物であり、当該ポリビニルアルコールが、以下に示す要件(A)及び要件(B)を満たす、ポリビニルアルコールであることを特徴とする経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。
【請求項3】
フィルムコーティング組成物中におけるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体の質量比が、90:10?60:40であることを特徴とする請求項1または2に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項4】
水溶性セルロース誘導体が、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース及びヒドロキシプロピルセルロースから選ばれる少なくとも一種以上であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項5】
水溶性セルロース誘導体がヒドロキシプロピルメチルセルロースであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項6】
ポリビニルアルコールが、4質量%水溶液粘度が2.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であるという要件を満たすポリビニルアルコールである(ただし、前記フィルムが、イブプロフェンとエテンザミドが異なる製剤粒子中に配合されたイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤において、イブプロフェンを含有する製剤粒子を被覆するフィルムである場合を除く)ことを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項7】
薬物を含有する錠剤に対して、請求項1?6のいずれか1項に記載のフィルムコーティング組成物で被覆されていることを特徴とする経口固形製剤。
【請求項8】
薬物を含有する錠剤に、請求項1?6のいずれか1項に記載のフィルムコーティング組成物を含む水溶液及び/又は水性溶液を塗布又は噴霧し、錠剤表面に当該フィルムコーティング組成物を被覆させる工程を含むことを特徴とする経口固形剤の製造方法。」


第4 令和1年11月14日付け取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由について
1 取消理由(決定の予告)の要旨
(取消理由1:サポート要件違反)
請求項1、3?8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

2 取消理由(決定の予告)についての当審の判断
(1)サポート要件とは
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、本件発明1、3?8が、出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討する。

(2)ポリビニルアルコールの溶解度と重合度(分子量)とに関する技術常識について
ア ポリビニルアルコールの溶解度と重合度(分子量)とについて、文献には次の記載がある。

(ア)参考資料1
参考資料1には、「ポリビニルアルコールの溶解状態に関する研究」について記載され、376頁の第1表(下記参照)には、ポリビニルアルコールの重合度と極限粘度(η)の関係が記載され、377頁の第2表(下記参照)には、沈殿剤として、アセトン、メタノール、エタノール、正プロピルアルコールを用いたときの、ポリビニルアルコールの沈殿点における沈殿剤の容積分率と、1/[η]との関係が記載されている。








(イ)甲7
「●水溶性 水溶性は品種により異なります。重合度の低い品種の方が溶けやすく、ケン化度によって溶解温度が変わります。」(2頁)

(ウ)乙2
「重合度によってポバール皮膜の強度や水溶液に粘度等が大きく異なります。」(2頁)
「けん化度によってポバールの溶解性及びポバール皮膜の耐水性が大きく異なります。」(2頁)

(エ)乙3
「II.ポバールの基礎化学
1.水に対する溶解性
ポバールは殆どの場合,水に溶解して使用されるが,水に対する溶解性は重合度,けん化度,特にけん化度によって大きく支配される。」(142頁1?4行)

「図3に市販ポバールの代表的な銘柄である重合度500,1700,2400,けん化度98%,88%,80%のものの温度と溶解性の関係性を示した。完全けん化物と称せられるけん化度98%のものは重合度の低下によってかなり溶解度は良くなるが,けん化度88%の部分?化物においては,溶解度に対する重合度の影響は非常に少ない。」(143頁2?6行)




なお、乙3では、「けん化」の「けん」は、旧字体の漢字で表記されているが、当審決では表記できないので、ひらがなで表記する。


(カ)乙4
乙4には、乙3の図3で使用された樹脂について、けん化度と重合度が次のようであることが示されている。

(部分けん化)
PVA-205:86.5-89.0mol%,重合度500
PVA-217:87.0-89.0mol%,重合度1700
PVA-224:87.0-89.0mol%,重合度2400
(完全けん化)
PVA-103:98.0-99.0mol%,重合度300
PVA-105:98.0-99.0mol%,重合度500
PVA-117:98.0-99.0mol%,重合度1700

イ 上記アの各文献の記載によれば、ポリビニルアルコールは、重合度(分子量)が低くなると溶解度が高くなるが、けん化度が88%程度の部分けん化物においては、溶解度に対する重合度の影響は非常に少ないことが、本件出願日当時の技術常識であったといえる。

(3)本件発明1について
ア 本件発明1の課題
本件明細書の記載によれば、本件発明1の課題は、「けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるPVA(ポリビニルアルコール)を使用し、コーティングを行った場合に、コーティング中の錠剤同士の付着が発生しにくく、HPMC(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)単独でコーティングを行った場合と同程度の高い生産性を発現し、かつ高い防湿性を有したフィルムコーティング組成物を提供すること」であると認められる(【0001】?【0009】)。

イ 本件発明1の課題を解決する手段
(ア)本件明細書の記載によれば、本発明者らは、水溶性セルロース誘導体に組み合わせるPVAとして、従来のものよりも、けん化度分布の広いPVAを使用することで、高い生産性を実現でき、防湿性等に優れるコーティング組成物が得られることを見出したことが記載されている(【0010】【0014】?【0023】)。
具体的には、高けん化度側のけん化度分布が広いことを示す指標を「要件(A)」とし(【0015】?【0017】)、低けん化度側のけん化度分布が広いことを示す指標を「要件(B)」とし(【0018】?【0022】)、フィルムコーティング組成物として通常用いられるPVAよりもけん化度分布が高けん化度側(要件(A))及び/又は低けん化度側(要件(B))に広いPVAを用いることで、本件発明1の課題を解決するものであることが記載されている。

(イ)要件(A)の液の透明度が50.0%以下とは、析出する高けん化度成分を多く含んでいるから、高けん化度側の分布が広いことを示し、要件(B)の上澄み液の濃度が0.75質量%以上とは、溶解する低けん化度側の成分を多く含んでいるから、低けん化度側の分布が広いことを示すことは、本件明細書の【0017】、【0022】の記載から、当業者であれば理解できる。

(ウ)他方、重合度(分子量)が低くなると溶解度が高くなるという、一般的な高分子に関する技術常識に従えば、けん化度分布が狭くても、重合度が低い場合には要件(B)を満たすこととなることが、可能性としてはあり得る。
しかし、上記(2)イのとおり、ポリビニルアルコールは、重合度(分子量)が低くなると溶解度が高くなるが、けん化度が88%程度の部分けん化物においては、溶解度に対する重合度の影響は非常に少ないことが、本件出願日当時の技術常識であった。
また、要件(B)が必ずしも低けん化度側のけん化度分布が広いことを示す指標とはいえないことを具体的に裏付ける明確な根拠(例えば、従来のPVAと同程度のけん化度分布であっても重合度(分子量)が低い場合には要件(B)を満たすものとなること)は、見出せない。

(エ)そうすると、本件出願日当時の技術常識に照らし、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、けん化度88%近辺のけん化度である「85.0モル%?89.0モル%」のPVAについては、重合度が低下したとしても、要件(B)おける溶解度にはほとんど影響を及ぼさず、本件明細書に記載のとおり、要件(A)を満たすPVAは、高けん化度側のけん化度分布が広いものであり、要件(B)を満たすPVAは、低けん化度側のけん化度分布が広いものであると、当業者は理解するものといえる。

ウ サポート要件充足性について
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例・比較例において、錠剤をコーティングするに当たり、HPMC又はHMC(ヒドロキシメチルセルロース)とともにコーティング組成物に用いるPVAとして、けん化反応を通常より不均一な系で行うか(合成例1?4)、又は加重平均けん化度が目的の値になるようにけん化度の異なる2種のPVAを混合して(合成例5?8)、けん化度分布を広くすることにより、要件(A)及び/又は要件(B)を満たすものとなったPVAを用いた場合(実施例1?13)は、比較合成例1(通常の条件でのけん化)又は市販の製品であるJP-05(日本酢ビ・ポバール製)の、要件(A)と要件(B)のいずれも満たさないPVAを用いた場合(比較例1又は2)よりも、錠剤同士及び錠剤とパンとの貼り付きが発生しにくく、短時間で、防湿性の高いフィルムコーティングをすることができたことが記載されている(【0043】?【0068】)。

(イ)したがって、当業者は、本件出願時の技術常識に照らして、発明の詳細な説明の記載により、高けん化度側のけん化度分布が広い要件(A)及び/又は低けん化度側のけん化度分布が広い要件(B)を満たすPVAを用い、水溶性セルロース誘導体とともに経口固形製剤用コーティング組成物とした本件発明1は、当該発明の課題を解決できることを認識できる。

(4)本件発明3?8について
本件発明3?8は、本件発明1を引用するフィルムコーティング組成物、経口固形製剤又は経口固形剤の製造方法である。
本件明細書の【0001】?【0009】によれば、本件発明3?8の課題は、「けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるPVA(ポリビニルアルコール)を使用し、コーティングを行った場合に、コーティング中の錠剤同士の付着が発生しにくく、HPMC(ヒドロキシプロピルメチルセルロース)単独でコーティングを行った場合と同程度の高い生産性を発現し、かつ高い防湿性を有したフィルムコーティング組成物、経口固形製剤又は経口固形剤の製造方法を提供すること」であると認められる。

上記(3)に説示した本件発明1と同様の理由により、本件発明3?8は、本件出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。

(5)申立人の主張について
申立人は、主に以下の点を主張している。
(i)乙3によれば、けん化度88モル%の部分けん化物は、けん化度98モル%の高けん化物と比べると溶解度に対する重合度の影響は相対的に少ないものの、けん化度88モル%のPVAにおいて、低重合度品(PVA-205、重合度500、20℃における溶解度約90%)と高重合度品(PVA-224、重合度2400、20℃における溶解度約80%)との溶解度の差は約10%であり、かかる10%の差は、技術分野や使用用途に応じては大きな差となる場合もあるところ、特許権者の「乙3の143頁の図3に示された、けん化度88%のポリビニルアルコールにおいては、溶解度に対する重合度の影響は非常に少ないというのが技術常識である」との主張は、本件発明の主題とは異なるところでポリビニルアルコールの溶解度に対する重合度の影響の大小を述べたものをそのまま用いたものであり、本件発明においては適切ではない(令和2年6月23日提出の回答書2?3頁の「(3)主張Iについて」の項)。
(ii)参考資料1によれば、PVAの重合度が大きくなるほど少量の沈殿剤で、正プロピルアルコール中でPVAが沈殿することから、要件(B)の1-プロパノール/水(質量比66/34)の混合溶媒においてもPVAの溶解度に対する重合度の影響があると考えるのが自然であり、また、特許権者が令和2年4月9日に提出した回答書3頁のデータでは、重合度が210と1720とでは、溶解度が9%異なり、要件(B)の値は0.16%変化する。
本件明細書における、実施例3(合成例3)と比較例2(JP-05)との要件(B)の値の差は0.08%(0.76%-0.68%)であり、このわずかな差により、実施例と比較例とを分け効果の差を確認し発明を完成したのであるから、本件発明においては、重合度の影響は無視できるほど小さいものではない(令和2年6月23日提出の回答書3?5頁の「(4)主張IIについて」の項)。

しかしながら、乙3に記載された内容が、本件発明1の主題とは異なることに着眼したものであっても、乙3の図3に示されるように、けん化度が88%のPVAにおいては、けん化度98モル%のPVAと比べると溶解度に対する重合度の影響は相対的に少ないという事実には影響しない。
また、上記回答書3頁のデータでは、重合度がかなり変化しても溶解度は9%しか変化せず、溶解度が最も高い重合度210の場合であっても、要件(B)の上澄み液の濃度は0.65質量%までしか上昇しておらず、上澄み液の濃度が0.75質量%以上という要件(B)を満たすまでには至らないことが示されている。
そして、実際に、通常使用される程度の低重合度のPVAであれば、けん化度分布が従来品と同程度であっても、要件(B)を満たすことが具体的に示されていない以上、本件明細書の実施例と比較例2の要件(B)の値の差が0.08%とわずかな差であることは、本件発明の上記サポート要件充足性の判断には影響しない。

(6)小括
以上によれば、本件発明1、3?8は、本件出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、取消理由1(サポート要件違反)によって、本件発明1、3?8に係る特許を取り消すことはできない。


第5 令和1年6月12日付け取消理由通知書に記載した取消理由について
1 取消理由の要旨
(取消理由2:請求項1、4?6に対する甲1に基づく新規性違反)
請求項1、4?6に係る発明は、甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1、4?6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(取消理由3:請求項1、3?6に対する甲1を主引例とする進歩性違反)
請求項1に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、また、請求項3?6に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、3?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 取消理由2(請求項1、4?6に対する甲1に基づく新規性違反)についての当審の判断
(1)甲1発明
甲1には、実施例1において、イブプロフェン含有製剤粒子を、「ヒプロメロース36g、PVA(ゴーセノールEG-05P(商品名):日本合成化学社製))36g、パラフィン9.6g、カルナウバロウ9.6g、ショ糖脂肪酸エステル2.4g、ポリソルベート-80 2.4g及び酸化チタン24gを精製水720gに溶解・分散させたコーティング液」を用いて、スプレー法によりフィルム層で被覆された製剤粒子と、エテンザミド含有製剤粒子と、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等とを混合した粉体を包材に充填し、イブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤を得たことが記載され([0042][0045])、ゴーセノールEG-05Pは、けん化度が86.5?89.0mol%、粘度:4.8?5.8mPa・s(20℃における4%水溶液についてのヘプラー粘度計による測定値)であると記載されている([0026])。
そうすると、甲1には、実施例1([0045])におけるコーティング液として、次の発明が記載されていると認められる。

「ヒプロメロース36g、けん化度が86.5?89.0mol%、粘度が4.8?5.8mPa・sであるPVA(ゴーセノールEG-05P)36g、パラフィン9.6g、カルナウバロウ9.6g、ショ糖脂肪酸エステル2.4g、ポリソルベート-80 2.4g及び酸化チタン24gを精製水720gに溶解・分散させた、イブプロフェン含有製剤粒子用フィルムコーティング液。」(以下「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
本件明細書には、水溶性セルロース誘導体の例として、「HPMC(日本薬局方ではヒプロメロースとも称される。)」が挙げられているから(【0031】)、甲1発明の「ヒプロメロース」は、本件発明1の「水溶性セルロース誘導体」に相当する。
甲1発明の「PVA(ゴーセノールEG-05P)」は、本件発明1の「ポリビニルアルコール」に相当する。
甲1発明の「けん化度が86.5?89.0mol%」は、平均けん化度を意味するものと解されるから、本件発明1と甲1発明とのポリビニルアルコールの平均けん化度は「86.5?89.0モル%」の範囲で重複する。
甲1発明の「イブプロフェン含有製剤粒子」は、服用するものであるから([0008])、本件発明1の「経口固形製剤」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「平均けん化度が86.5?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含む経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。」
<相違点1>
ポリビニルアルコールが、本件発明1においては、以下に示す要件(A)又は要件(B)を満たすことが特定されているのに対し、甲1発明においては、当該要件について特定されていない点。

要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。

イ 判断
(ア)甲4(分析・試験報告書)には、日本合成化学工業株式会社製の「ゴーセノールEG-05P」の2つの異なるロットの製品について、要件(B)における上澄み液の濃度をそれぞれ2回測定したところ、ロット番号「4ZN65」の上澄み液の濃度は0.75(1回目)、0.76(2回目)であり、ロット番号「52N66」の上澄み液の濃度は0.75(1回目)、0.77(2回目)であったことが記載されている。
甲4(分析・試験報告書)によれば、同じロットの製品(52N66)であっても測定回ごとに測定値が0.02(0.77-0.75)程度異なる場合があり、また、測定された2つのロットの製品も上澄み液の濃度の大きい方の値は要件(B)を満たしており、小さい方の値は、要件(B)の下限値の「0.75」である。

(イ)乙1(実験成績証明書)には、「ゴーセノールEG-05P」の「製造番号73902T」(2007年3月製造)の要件(B)における上澄み液の濃度を5回測定した平均値が0.78であったことが記載されている。
なお、乙1は、別件の特願2016-557493号について提出された刊行物等提出書に添付されたものである。

(ウ)令和1年8月14日提出の特許権者による意見書には、「ゴーセノールEG-05PW」のロット番号「56N31」の要件(B)の上澄み液の濃度を、特許権者自身が2回測定したところ、いずれも「0.73」であったことが記載されている。
「ゴーセノールEG-05P」の「P」は顆粒を意味し、「ゴーセノールEG-05PW」の「W」は粉末を意味するところ、両者は異なる製品であるものの、共通するグレード名「ゴーセノールEG-05P」を付けていることから、両者は、顆粒と粉末という形態において異なるものの、実質的に同じポリマー物性を有するものと解される。

(エ)上記(ア)?(ウ)によれば、「ゴーセノールEG-05P」は、そのロット毎に要件(B)の上澄み液の濃度が異なる可能性があり、全てのロットの製品において、要件(B)の上澄み液の濃度が0.75以上であって、必ず要件(B)を満たすというには根拠に乏しい。
加えて、甲1発明の「ゴーセノールEG-05P」のロット番号が不明であるから、当該ロット番号から甲1発明の「ゴーセノールEG-05P」が要件(B)を満たすか否かを判断することもできない。
したがって、相違点1は、実質的な相違点であるといわざるを得ず、本件発明1は、甲1に記載された発明ではない。

(3)本件発明4?6について
本件発明4?6は、本件発明1を直接的又は間接的に引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、本件発明1と同様に、本件発明4?6と甲1発明とは、実質的な相違点である相違点1において少なくとも相違するから、本件発明4?6は、甲1に記載された発明ではない。

(4)申立人の主張について
ア 申立人は、要件(B)の値「0.75質量%以上」は、約43質量%以上のPVAが水/1-プロパノール混合液中に溶解又は上澄み液に存在していることを示しているところ、本件明細書の合成例5においては、要件(B)の値が0.87であるため、合成例5のPVAが正規分布を持っていると仮定すると、平均けん化度以下のPVAを全て含むこととなり、けん化度分布が広くても狭くても、要件(B)の値は変わらないと推測される旨を主張する(令和1年10月9日提出の意見書3?4頁の(3-2)の項)。

しかしながら、上記第4の2(3)において検討したように、本件明細書の実施例及び比較例の結果から、けん化度分布が広いか狭いかによって、要件(B)の値が変わることは明らかである。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。

イ 申立人は、甲1に記載された「ゴーセノールEG-05P」についてはロット番号の記載はないが、甲4のロット番号4ZN65と52N66のけん化度及び4質量%水溶液粘度は、4ZN65:87.4mol%,5.5mPa、52N66:87.8mol%、5.5mPaであり、2011年?2012年の間実際に出荷されているPVAのけん化度(87.2?88.1モル%)とも一致するので、甲1に記載された「ゴーセノールEG-05P」も、甲4で示されるように、要件(B)を充足するものである旨を主張する(令和1年10月9日提出の意見書4頁の(3-3)の項)。

しかしながら、甲1に記載された「ゴーセノールEG-05P」が、要件(B)を充足するものであるといえないことは、上記(2)で説示したとおりである。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。

(5)小括
以上によれば、本件発明1、4?6は、甲1に記載された発明ではないから、取消理由2により、本件発明1、4?6に係る特許を取り消すことはできない。

3 取消理由3(請求項1、3?6に対する甲1を主引例とする進歩性違反)についての当審の判断
(1)本件発明1について
ア 対比
上記2(2)アのとおり、本件発明1と甲1発明とは、相違点1において相違する。

イ 判断
甲1には、甲1発明の課題は、有効成分であるイブプロフェンとエテンザミドを別々の顆粒等に配合し、イブプロフェン含有顆粒等を被覆するにあたって、その融点降下を抑制するのに最も有効なフィルム基剤を選定し、保存安定性や服用性に優れた散剤、顆粒剤等のイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤を提供することであり([0008])、当該課題を解決するための手段として、フィルム基剤であるPVAを採用したものであることが記載されているものの([0009])、高い生産性を実現でき、防湿性等に優れるコーティング組成物とするために、水溶性セルロース誘導体に組み合わせるPVAとして、従来のものよりもけん化度分布の広いPVAを使用すること、及び、当該けん化度分布の広いことの具体的な指標である要件(A)又は要件(B)を採用すること(相違点1に係る本件発明1の構成)について、記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の構成を採用する動機付けがない。

そして、本件発明1は、相違点1に係る構成を備えることにより、コーティング中の錠剤同士の粘着が起こりにくく、大幅にコーティング時間を短縮することができ、また、水溶性セルロース誘導体を用いたコーティング錠に比べて、高温、高湿度下での安定性に優れるフィルムコーティング組成物を提供することができるという効果を奏する。

したがって、本件発明1は、甲1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件発明3?6について
本件発明3?6は、本件発明1を直接的又は間接的に引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明3?6と甲1発明とは、少なくとも相違点1において相違する。
甲1には、甲1発明の課題は、有効成分であるイブプロフェンとエテンザミドを別々の顆粒等に配合し、イブプロフェン含有顆粒等を被覆するにあたって、その融点降下を抑制するのに最も有効なフィルム基剤を選定し、保存安定性や服用性に優れた散剤、顆粒剤等のイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤を提供することであり([0008])、当該課題を解決するための手段として、フィルム基剤であるPVAを採用したものであることが記載されている([0009])。
また、甲3には、フィルムコーティング組成物を用いた経口固形製剤において、フィルムコーティング組成物中におけるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体の含有比を90:10?60:40とすることが記載されている(【請求項1】【0001】【0014】)。
しかしながら、甲1及び甲3のいずれにも、高い生産性を実現でき、防湿性等に優れるコーティング組成物とするために、水溶性セルロース誘導体に組み合わせるPVAとして、従来のものよりもけん化度分布の広いPVAを使用すること、及び、当該けん化度分布の広いことの具体的な指標である要件(A)及び/又は要件(B)を採用すること(相違点1に係る本件発明1の構成)について、記載も示唆もされていない。
そうすると、甲1及び甲3の記載を考慮しても、甲1発明において、相違点1に係る構成を採用する動機付けがない。

そして、本件発明3?6は、相違点1に係る構成を備えることにより、コーティング中の錠剤同士の粘着が起こりにくく、大幅にコーティング時間を短縮することができ、また、水溶性セルロース誘導体を用いたコーティング錠に比べて、高温、高湿度下での安定性に優れるフィルムコーティング組成物を提供することができるという効果を奏する。

したがって、本件発明3?6は、甲1発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)小括
以上によれば、本件発明1は、甲1発明に基づいて、また、本件発明3?6は、甲1発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、取消理由3によって、本件発明1、3?6に係る特許を取り消すことはできない。


第6 取消理由通知書において取り上げなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知書において取り上げなかった特許異議申立理由の要旨
(特許異議申立理由1:請求項7、8に係る発明に対する甲1に基づく新規性進歩性違反)
請求項7、8に係る発明は、甲1に記載された発明であり、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項7、8に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、同法同条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2項に該当し、取り消されるべきものである。
(特許異議申立理由2:甲2を主引例とする進歩性違反)
請求項1に係る発明は、甲2に記載された発明に基づいて、また、請求項3?8に係る発明は、甲2に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、3?8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2項に該当し、取り消されるべきものである。

2 特許異議申立理由1(請求項7、8に係る発明に対する甲1に基づく新規性進歩性違反)についての当審の判断
本件発明7、8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものである。
したがって、第5の2(2)及び第5の3(1)に説示したのと同様の理由により、本件発明7、8は、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許異議申立理由1により、本件発明7、8に係る特許を取り消すことはできない。

3 特許異議申立理由2(甲2を主引例とする進歩性違反)についての当審の判断
(1)甲2発明
甲2の記載(特に【請求項1】【0001】【0009】【0018】)によれば、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。

「咀嚼型医薬製剤用粒子の外層を被覆するための、水溶性高分子化合物を含有する溶液であって、該水溶性高分子化合物の20℃における5%(W/V%)水溶液の粘度が
ニュートン液体においては絶対粘度が50mPa・s以下、
非ニュートン液体においては動粘度が30mm^(2)/s以下、
である、溶液。」(以下「甲2発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
甲2発明の「外層を被覆するための」「溶液」及び「咀嚼型医薬製剤用粒子」は、それぞれ本件発明1の「フィルムコーティング組成物」及び「経口固形製剤」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は次のとおりである。

<一致点>
「経口固形製剤用フィルムコーティング組成物」
<相違点2>
経口固形製剤用フィルムコーティング組成物が、本件発明1においては、平均けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含み、当該ポリビニルアルコールが、以下に示す要件(A)又は要件(B)を満たすポリビニルアルコールであるのに対し、甲2発明においては、対応する成分を含むことは特定されていない点。

要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。

イ 判断
甲2には、甲2発明は、速効性に優れ、しかも薬物の苦味や酸味が抑制され服用性に優れた咀嚼型医薬製剤を提供するという課題を解決するものであることが記載され(【0003】)、外層被覆剤の非ニュートン液体の動粘度が30mm^(2)/s以下の水溶性高分子として、ヒドロキシプロピルメチルセルロースやケン化度が高いポリビニルアルコール等が例示され、当該ポリビニルアルコールとして日本合成化学工業(株)製のゴーセノールEG-05やGL-03等が例示されている(【0014】【0015】)。
しかしながら、甲2には、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等の水溶性セルロースとポリビニルアルコールとを組み合わせて用いることは記載も示唆もされていない。
加えて、甲2には、高い生産性を実現でき、防湿性等に優れるコーティング組成物とするために、水溶性セルロース誘導体に組み合わせるPVAとして、従来のものよりもけん化度分布の広いPVAを使用すること、及び、当該けん化度分布の広いことの具体的な指標である要件(A)又は要件(B)を採用することについて、記載も示唆もされていない。
そうすると、甲2発明において、相違点2に係る本件発明1の構成を採用する動機付けがない。

そして、本件発明1は、相違点2の構成を備えることにより、コーティング中の錠剤同士の粘着が起こりにくく、大幅にコーティング時間を短縮することができ、また、水溶性セルロース誘導体を用いたコーティング錠に比べて、高温、高湿度下での安定性に優れるフィルムコーティング組成物を提供することができるという効果を奏する。

したがって、本件発明1は、甲2発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)本件発明3?8について
本件発明3?8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用しており、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件発明3?8と甲2発明とは、少なくとも相違点2において相違する。
そして、甲3には、フィルムコーティング組成物を用いた経口固形製剤において、フィルムコーティング組成物中におけるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体の含有比を90:10?60:40とすることが記載されているものの(【請求項1】【0001】【0014】)、高い生産性を実現でき、防湿性等に優れるコーティング組成物とするために、水溶性セルロース誘導体に組み合わせるPVAとして、従来のものよりもけん化度分布の広いPVAを使用すること、及び、当該けん化度分布の広いことの具体的な指標である要件(A)又は要件(B)を採用することについて、記載も示唆もされていない。
そうすると、甲3に記載された事項を考慮しても、甲2発明において、相違点2に係る構成を採用する動機付けがない。

そして、本件発明3?8は、相違点2の構成を備えることにより、コーティング中の錠剤同士の粘着が起こりにくく、大幅にコーティング時間を短縮することができ、また、水溶性セルロース誘導体を用いたコーティング錠に比べて、高温、高湿度下での安定性に優れるフィルムコーティング組成物を提供することができるという効果を奏する。

したがって、本件発明3?8は、甲2発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)申立人の主張について
ア 申立人は、甲5(分析・報告書)によれば、甲2に記載された「ゴーセノールGL-03」は要件(B)を満たすものであることを根拠として、本件発明1は、甲2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張する(特許異議申立書21?22頁の「イ.」の項)。

しかしながら、甲2に記載された「ゴーセノールGL-03」が要件(B)を満たすものであるか否かにかかわらず、甲2発明に基づいて、本件発明1を当業者が容易に発明をすることができたものでないことは、上記(2)に説示したとおりである。
したがって、申立人の上記主張は採用できない。

イ 申立人は、特許異議申立書において、「本件特許発明1、3?8は甲第1号証記載の発明乃至甲第3号証記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。」と記載しているものの(5頁等)、具体的な主張内容は、甲1又は甲2のいずれかを主引例とし、更に甲3を副引例とした進歩性違反であって、甲1、甲2及び甲3の3つの文献を組み合わせた具体的な主張はしていないことから、取消理由通知において取り上げなかった特許異議申立理由を、上記1のとおり整理した。
仮に、申立人が、甲1、甲2及び甲3の3つの文献を組み合わせれば、本件発明が容易ではないことを主張しているとしても、これらの文献のいずれにも、相違点1又は相違点2の構成について記載も示唆もされていないのであるから、甲1、甲2及び甲3に記載された事項に基づいて、本件発明1、3?8に係る発明を当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)小括
以上によれば、本件発明1は、甲2発明に基づいて、また、本件発明3?8は、甲2発明及び甲3に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許異議申立理由2により、本件発明1、3?8に係る特許を取り消すことはできない。


第7 むすび
以上のとおりであるから、令和1年6月12日付け及び令和1年11月14日付けの取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1、3?8に係る特許を取り消すことはできず、他に本件発明1、3?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含む経口固形製剤用フィルムコーティング組成物であり、当該ポリビニルアルコールが、以下に示す要件(A)又は要件(B)を満たす、ポリビニルアルコールであることを特徴とする経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。
【請求項2】
平均けん化度が85.0モル%?89.0モル%であるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体とを含む経口固形製剤用フィルムコーティング組成物であり、当該ポリビニルアルコールが、以下に示す要件(A)及び要件(B)を満たす、ポリビニルアルコールであることを特徴とする経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
要件(A):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを130.0ml加え、撹拌して得られる液の20℃における液の透明度が50.0%以下である。
要件(B):ポリビニルアルコールの5.0質量%水溶液100.0gに対して、1-プロパノールを230.0ml加え、撹拌した液を、20℃で24時間静置して得られる上澄み液の濃度が0.75質量%以上である。
【請求項3】
フィルムコーティング組成物中におけるポリビニルアルコールと水溶性セルロース誘導体の質量比が、90:10?60:40であることを特徴とする請求項1または2に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項4】
水溶性セルロース誘導体が、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース及びヒドロキシプロピルセルロースから選ばれる少なくとも一種以上であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項5】
水溶性セルロース誘導体がヒドロキシプロピルメチルセルロースであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項6】
ポリビニルアルコールが、4質量%水溶液粘度が2.0mPa・s以上10.0mPa・s以下であるという要件を満たすポリビニルアルコールである(ただし、前記フィルムが、イブプロフェンとエテンザミドが異なる製剤粒子中に配合されたイブプロフェン及びエテンザミド含有固形製剤において、イブプロフェンを含有する製剤粒子を被覆するフィルムである場合を除く)ことを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の経口固形製剤用フィルムコーティング組成物。
【請求項7】
薬物を含有する錠剤に対して、請求項1?6のいずれか1項に記載のフィルムコーティング組成物で被覆されていることを特徴とする経口固形製剤。
【請求項8】
薬物を含有する錠剤に、請求項1?6のいずれか1項に記載のフィルムコーティング組成物を含む水溶液及び/又は水性溶液を塗布又は噴霧し、錠剤表面に当該フィルムコーティング組成物を被覆させる工程を含むことを特徴とする経口固形剤の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-27 
出願番号 特願2015-54471(P2015-54471)
審決分類 P 1 652・ 113- YAA (A61K)
P 1 652・ 537- YAA (A61K)
P 1 652・ 121- YAA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 天野 貴子  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 渕野 留香
藤原 浩子
登録日 2018-09-21 
登録番号 特許第6403615号(P6403615)
権利者 日本酢ビ・ポバール株式会社
発明の名称 フィルムコーティング組成物並びに経口固形製剤及びその製造方法  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  
代理人 勝又 政徳  
代理人 岩谷 龍  
代理人 勝又 政徳  
代理人 岩谷 龍  

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