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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H02K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H02K
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  H02K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02K
管理番号 1368967
異議申立番号 異議2019-700920  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-01-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-20 
確定日 2020-10-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6520047号発明「電動機、および、それを用いた圧縮機」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6520047号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6520047号の請求項1?5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6520047号の請求項1?5に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成26年10月29日になされ、令和元年5月10日にその特許権の設定登録がされ、令和元年5月29日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和元年11月20日提出: 特許異議申立人伊藤裕美による請求項1?5に係る特許に対する特許異議の申立て
令和2年 2月 6日付け: 取消理由通知
令和2年 4月13日提出: 特許権者による意見書及び訂正請求書
令和2年 5月 8日付け: 通知(訂正請求があった旨の通知)
令和2年 6月10日提出: 特許異議申立人による意見書
令和2年 6月29日付け: 取消理由通知(決定の予告)
令和2年 9月 7日提出: 特許権者による意見書及び訂正請求書

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年9月7日提出の訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)の請求の趣旨は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?5について訂正することを求めるものである。
この訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、次のとおりである。下線は訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「回転軸心(RA)を中心として回転する回転子(10)と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子(120)と、
前記回転子に取り付けられたバランスウェイト(80)と、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面(81)、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面(85)、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部(82)が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具(50)を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔(83)をさらに有する、
電動機(100)。」
とあるのを、
「回転軸心(RA)を中心として回転する回転子(10)と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子(120)と、
単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイト(80)と、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面(81)、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面(85)、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部(82)が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具(50)を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔(83)をさらに有し、
前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機(100)。」
に訂正する。(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2?5も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3の、
「前記凹部の前記回転軸心の方向の深さ(D)が、前記バランスウェイトの前記回転軸心の方向の寸法(H)の5%以上90%以下である、
請求項1又は請求項2に記載の電動機。」
との記載を、
「前記凹部の前記回転軸心の方向の深さ(D)が、前記バランスウェイトの前記回転軸心の方向の寸法(H)の5%以上90%以下であり、
前記凹部は、底面(82)、及び前記底面を囲む側面(82b?82e)を有する、
請求項1又は請求項2に記載の電動機。」
に訂正する。(請求項3の記載を直接的又は間接的に引用する請求項4?5も同様に訂正する。)

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、独立特許要件
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1における「バランスウェイト」について、「単一の部材からなるとともに」という限定を付加し、「回転子接触面」及び「凹部」について、「前記回転子とともに閉空間を形成し」という限定を付加し、「少なくとも2つの貫通孔」について、「前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する」という限定を付加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項の有無
訂正事項1に係る請求項1についての訂正のうち、バランスウェイトが「単一の部材からなる」という事項について検討すると、本件特許の特許請求の範囲、明細書又は図面(以下、「特許明細書等」という。)には、「【0041】図6は、図5のVI-VI線に沿った断面図である。凹部82の回転軸心RAの延出方向の寸法である深さDは、回転子接触面81と底面82aとの高低差である。バランスウェイト80の回転軸心RAの延出方向の寸法である高さHは、回転子接触面81と下面85との高低差である。凹部82の深さDをバランスウェイト80の高さHの5%以上90%以下の範囲で変動させると、大きな重量調整範囲を実現できる。バランスウェイト80を例えば真鍮から形成すれば、深さDをこの範囲内で変動させても、バランスウェイト80は十分な強度を有することができる。」(下線は当審で付与した。以下、同様である。)、「【0068】一般に、電動機100と潤滑油貯留部250との距離、密閉容器210の形状、および、その他の部品の設計を最適化すれば、油上がりを発生しにくくすることができる。しかし、その場合であっても、重量バランスの調整のためにバランスウェイト80の形状を変えてしまうと、その形状変化が流体の動きに影響を与え、油上がりの増加を誘発してしまうおそれがある。」と記載され、また、次のような図4及び図6が記載されている。

そして、前記の凹部82の深さDをバランスウェイト80の高さHの5%以上90%以下で変動させようとする記載(段落【0041】)や、バランスウェイト80の形状を変えることを示唆する記載(段落【0068】)について、仮に、バランスウェイト80が複数の部材で形成されたものであるとすると、凹部82の深さDを変動させるためには、例えば、当該複数の部材のうち、凹部82に対応する穴を備えた部材の個数を調整することが必要になり、また、バランスウェイト80の形状を変えるためには、バランスウェイト80自体の形状ではなく、当該複数の部材のうちのいずれかの形状を変えることが必要になると解される。しかしながら、特許明細書等には「凹部82の深さDをバランスウェイト80の高さHの5%以上90%以下の範囲で変動させると、大きな重量調整範囲を実現できる。バランスウェイト80を例えば真鍮から形成すれば、深さDをこの範囲内で変動させても、バランスウェイト80は十分な強度を有することができる。」(段落【0041】)、「バランスウェイト80の形状を変えてしまう」(段落【0068】)等と記載されてはいるものの、前記のような、バランスウェイト80が複数の部材で形成されたものであることに起因する調整については、何ら記載も示唆もされていない。むしろ、当該複数の部材ではなく、バランスウェイト80自体を真鍮等から形成することが示唆されている。
さらに、図4のバランスウェイト80の斜視図の図示内容によると、バランスウェイト80には、その領域を複数の区画に分けるような境界線がなく、上面81から下面85までひとつながりであることが看取される。また、図6のバランスウェイト80の断面図の図示内容によると、バランスウェイト80の断面は、斜線のハッチングを施された単一の区画によって表現されている。そして、前記の図6以外にも、図3、図8及び図9において、バランスウェイト80の断面図が図示されているが、バランスウェイト80が複数の部材で形成されることを示唆するような境界線等は描かれていない。
そして、特許明細書等のその余の記載にも、バランスウェイト80が複数の部材から形成されていることを示唆する事項は、何ら示されておらず、これらを総合すると、特許明細書等は、バランスウェイト80が単一の部材からなることを前提として記載されていると解するのが自然である。
したがって、バランスウェイトが「単一の部材からなる」という事項は、特許明細書等の記載から自明な事項である。

次に、訂正事項1に係る請求項1についての訂正のうち、「前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し」という事項について検討すると、特許明細書等には、「【0038】図3に示されるように、バランスウェイト80は、回転子接触面81が回転子10の端板30と接触するように、回転子10に取り付けられる。このとき、凹部82の底面82aは、回転子接触面81より、下面85のより近くに位置している。すなわち、底面82aの回転軸心RAへの射影点の位置は、回転子接触面81の回転軸心RAへの射影点の位置とは異なっており、下面85の回転軸心RAへの射影点の位置により近い。以降、この構造を「凹部82は、回転軸心RAの延出方向にくぼんでいる。」と表現することとする。【0039】凹部82は、回転軸心RAの延出方向にくぼんでおり、かつ、その全周を回転子接触面81によって包囲されているので、凹部82は外部へ露出しない。これにより、凹部82は密閉された閉空間となる。」と記載され、また、次のような図3が記載されている。

そして、当該記載及び前記図3のバランスウェイト80の断面を含む図示内容によると、凹部は回転子接触面によって包囲され、回転子接触面が回転子の端板と接触することにより、閉空間を形成しているから回転子接触面と凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成していることが把握できる。
したがって、「前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し」という事項は、特許明細書等の記載から自明な事項である。

また、訂正事項1に係る請求項1についての訂正のうち、「前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する」という事項について検討すると、2つの貫通孔は、本件特許の特許請求の範囲の記載によると、「前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる」ものであり、またバランスウェイトを「貫通」するものと解されるから、2つの貫通孔は、バランスウェイトの高さ(H)にわたってバランスウェイトを貫通するものと把握できる。
したがって、「前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する」という事項は、特許明細書等の記載から自明な事項である。

そうすると、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、訂正前の請求項1における「バランスウェイトについて、「単一の部材からなるとともに」という限定を付加し、「回転子接触面」及び「凹部」について、「前記回転子とともに閉空間を形成し」という限定を付加し、「少なくとも2つの貫通孔」について、「前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する」という限定を付加するものである。すると、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、特許請求の範囲を減縮するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

エ 特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、訂正前の全ての請求項1?5に係る特許について特許異議の申立てがなされているので、訂正事項1に係る請求項1についての訂正に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項2は、本件訂正前の請求項3における「凹部」について、「前記凹部は、底面(82)、及び前記底面を囲む側面(82b?82e)を有する」ことを特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的としている。

イ 新規事項の有無
訂正事項2について、特許明細書等には、「【0037】凹部82は、2つの貫通孔83の間に設けられている。凹部82は、回転子10の周方向に延びた底面82aと、それを囲む4つの側面、すなわち、第1長辺側面82b、第2長辺側面82c、第1短辺側面82d、および、第2短辺側面82eを有している。底面82aは、回転子接触面81と平行または略平行である。」と記載されている。また前記図4において、凹部82が、底面82a、及び底面82aを囲む側面82b?82eを有することが看取される。
そうすると、訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、「凹部」について、「前記凹部は、底面(82)、及び前記底面を囲む側面(82b?82e)を有する」と限定するものである。すると、訂正事項2に係る請求項3についての訂正は、特許請求の範囲を減縮するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

エ 特許出願の際に独立して特許を受けることができること
本件においては、訂正前の全ての請求項1?5に係る特許について特許異議の申立てがなされているので、訂正事項2に係る請求項3についての訂正に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

3 一群の請求項ごとに訂正を請求することについて
訂正前の請求項2?5は、訂正前の請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項1?5は、特許法施行規則第45条の4に規定する関係を有する一群の請求項を構成する。訂正前の請求項4,5は、訂正前の請求項3を直接的又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項3?5は、特許法施行規則第45条の4に規定する関係を有する一群の請求項を構成する。これら2つの「一群の請求項」は、共通の請求項を有するから、これら一群の請求項は組み合わされて、1つの一群の請求項となる。そして、本件訂正請求は、訂正事項1、訂正事項2により、訂正前の請求項1及び請求項3の記載を訂正しようとするものであり、一群の請求項1?5に対して請求されている。
したがって、本件訂正請求は特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

4 小括
前記のとおり、訂正事項1及び訂正事項2についての訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合し、さらに、同法第120条の5第4項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、令和2年9月7日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
前記第2のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?5に係る発明(以下、本件特許に係る発明を請求項の番号に従って、「本件発明1」などといい、これらを総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「 【請求項1】
回転軸心(RA)を中心として回転する回転子(10)と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子(120)と、
単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイト(80)と、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面(81)、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面(85)、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部(82)が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具(50)を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔(83)をさらに有し、
前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機(100)。
【請求項2】
前記回転軸心から前記凹部の中心(RC)までの距離(A)が、前記回転軸心からそれぞれの前記貫通孔の中心(HC)までの距離(B)よりも大きい、
請求項1に記載の電動機。
【請求項3】
前記凹部の前記回転軸心の方向の深さ(D)が、前記バランスウェイトの前記回転軸心の方向の寸法(H)の5%以上90%以下であり、
前記凹部は、底面(82)、及び前記底面を囲む側面(82b?82e)を有する、
請求項1又は請求項2に記載の電動機。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の前記電動機と、
前記回転子に固定された駆動軸(260)と、
前記駆動軸に連結され、前記電動機から前記駆動軸を介して伝達された動力によって流体を圧縮する流体圧縮機構(220)と、
を備える圧縮機(200)。
【請求項5】
ロータリ型またはスクロール型である、
請求項4に記載の圧縮機。」

第4 令和2年6月29日付け取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
当審が令和2年6月29日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)進歩性について
請求項1,3,4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献2(実願昭62-130142号(実開昭64-36518号)のマイクロフィルム(甲第1号証)、以下、「甲1」という。)に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、請求項1,3,4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消すべきものである。
請求項5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲1に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、請求項5に係る特許は、特許法29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消すべきものである。

(2)サポート要件について
本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、取り消すべきものである。

2 当審の判断
(1)進歩性について
ア 引用文献の記載及び引用発明
(ア)甲1の記載及び引用発明1
取消理由通知(決定の予告)において引用した前記甲1には、図面とともに以下の事項が記載されている。

a 「圧縮手段を駆動する電動機のロータに、その軸心外周に沿って圧縮されたガスを吐出するためのガス通路を形成した密閉形圧縮機において、上記電動機のシャフトに、上記ガス通路の下流側外方を遮断すると共に上記ロータの回転により発生する遠心力で拡径される油分離板を支持させたことを特徴とする密閉形圧縮機。」(実用新案登録請求の範囲(1))

b 「上記ロータが、重量を微調整するための切欠部を有した積層板から成るバランサを備えた上記実用新案登録請求の範囲第1項乃至第3項のうちいずれかに記載の密閉形圧縮機。」(実用新案登録請求の範囲(4))

c 「第7図に示すように、従来この種の密閉形圧縮機においては、ピストン及びシリンダ等により形成された圧縮手段(図示せず)を駆動するための電動機aが密封されたケーシングb内に収容されていると共に、その軸心方向にガス通路cが形成されている。電動機aは、シャフトdを軸として回転するロータeと、ロータeとの間に励磁されるステータfとを有している。」(第2ページ第18行?第3ページ第5行)

d 「第1図は、本考案に係る密閉形圧縮機の一実施例を示したものであり、従来と同様に、ケーシング(図示せず)内に設けられた電動機1内に、ガス通路2を形成して成る。」(第6ページ第2行?第5行)

e 「このほか本実施例にあっては、電動機のバランサに改良を加えてある。一般に、バランサはロータの横断面と同形の積層板から成り、いわゆるかしめ固着によりロータエンドリング上に突出されたボスに支持され、アンバランスを修正するようになっている。しかしながら調整に必要な重量は、そのロータ毎に異なっているため、従来は積層板の枚数を変えることにより調整を行っていた。従ってその枚数(厚さ)にあわせてロータのボスの仕様を変更する必要があった。この課題を解決するために、第5図に示すように、バランサ20を形成する積層板21の適宜な箇所に切欠部22を設けた。これにより、積層板21の重量を適宜変えたものにし、バランス調整の積層板21の数を規定枚数に限るかわりに、これらの切欠部22の有無またはその数で調整するようにした。なお、この切欠部22のかわりに、打抜穴23を設けてもよく、あるいは切欠部22と併用してもよい。図中、24はかしめ固着部、25はボスへの取付用穴である。
このようにすることによって、重量が異なっても厚みが同じなバランサを得ることができ、かしめ固着のためのボスの仕様が一種類ですみ、ロータエンドリング成形費用、段取工数削減が達成できる。また、従来積層板の枚数で行っていた調整よりも細く行うことができる。」(第8ページ第20行?第10ページ第5行)

f 「さらに、第6図に示すように、端に位置する少なくとも1枚を、切欠部22あるいは打抜穴23のない従来の積層板21にすれば、回転時の風損や騒音が発生するのを防止することができる。」(第10ページ第6行?第9行)

g 前記記載事項e及び第6図の記載から、バランサ20は、円弧形状であることが看取される。さらに、前記記載事項fからみて、ロータエンドリング側とは反対側の端に位置する積層板21による面は、ロータエンドリング側とは反対側の面であり、この面はかしめ固着部24を含む平面であり、バランサ20は、さらに、この面と対向する最もロータエンドリング側となる面も有しており、これらの面は円弧形状であると解される。また、前記記載事項e、fから、バランサ20は、ボスに支持されるものであり、切欠部22や打抜部23はその有無及び数が調整される一方、取付用穴25は全ての積層板21に共通して設けられること、及び最もロータエンドリング側となる面からロータエンドリング側とは反対側の面までの距離はバランサ20の高さであると解され、第6図の記載から、ロータエンドリング側とは反対側の端に位置する積層板21にボスを収容する2つの取付用穴25があることが看取されるから、バランサ20は、バランサ20をロータに支持するボスを収容するための、最もロータエンドリング側となる面からロータエンドリング側とは反対側の面まで延びる、2つの取付用穴25をさらに有し、2つの取付用穴25は、前記バランサ20の高さにわたって前記バランサ20を貫通していると解される。

以上の記載事項a?gを総合すると、甲1には、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「シャフトを軸として回転するロータと、
前記ロータとの間に励磁されるステータと、
積層板から形成され、前記ロータのロータエンドリング上に突出されたボスに支持されたバランサと、
を備え、
前記バランサは、
円弧形状であり、かつ最もロータエンドリング側となる面、及び、
円弧形状であり、かつ前記最もロータエンドリング側となる面と対向するロータエンドリング側とは反対側の面、
を有し、
積層板のロータエンドリング側とは反対側の端に位置する少なくとも1枚は、打抜穴のない積層板にし、
前記ロータエンドリング側とは反対側の面はかしめ固着部を含む平面であり、
前記バランサは、前記バランサを前記ロータに支持するボスを収容するための、前記最もロータエンドリング側となる面から前記ロータエンドリング側とは反対側の面まで延びる、2つの取付用穴をさらに有し、
前記2つの取付用穴は、前記バランサの高さにわたって前記バランサを貫通する、
電動機。」

(イ)甲第2号証(中国特許出願公開第101232219号明細書、以下「甲2」という。)
甲2には、図面とともに以下の事項が記載されている(括弧内は、当審による仮訳である。以下、同様とする。)。

(当審仮訳:回転子7、2つのアルミニウム柱9と円弧状突起10は一体形成し、バランスウェイト8、2つの貫通孔11、円弧の凹部12は一体形成する。)

(ウ)甲第3号証(韓国特許第10-0841446号明細書、以下「甲3」という。)
甲3には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(当審仮訳:前記バランスウェイト(15)の内周面(15a)と外周面(15b)と外面(15c)と偏心質量(15d)とリブ(15e)そして締結突部(15g)などはすべて成形または粉末冶金法によって一体形成されることが加工上有利だ。)

(エ)甲第4号証(特開2009-162168号公報、以下、「甲4」という。)
甲4には、図面とともに以下の事項が記載されている。
「【0016】
係る本発明の第2の態様におけるより好ましい具体的構成例は次の通りである。
(1)前記エンドコイルよりも突出した前記下バランスウエイトの外周面と前記密閉容器の内周面との間のガス通路面積と、前記エンドコイルよりも突出した前記上バランスウエイトの外周面と前記密閉容器の内周面との間のガス通路面積との比を同等以下にしたこと。
(2)前記(1)において、前記下側のガス通路面積と前記下側のガス通路面積との比を0.9?1.0の範囲にしたこと。
(3)前記上下のバランスウエイトは、回転中心軸を対称軸としたときのバランスウエイトの外周面が対称に形成されていること。
(4)前記上バランスウエイトは反回転子側から凹む上アンバランス量付与凹部を有していること。
(5)前記上下のバランスウエイトは金属一体成形品で構成されていること。
(6)前記上下のバランスウエイトは共通のリベットを介して前記回転子に固定されていること。」

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明1とを、その有する機能に照らして対比すると、引用発明1における「ロータ」は、本件発明1における「回転子」に相当し、引用発明1における「シャフトを軸として回転するロータ」は、技術常識からみて、シャフトの中心軸を回転軸心とし、それを中心として回転するものであるから、本件発明1における「回転軸心を中心として回転する回転子」に相当し、引用発明1における「ステータ」は、本件発明1における「固定子」に相当し、引用発明1における「ロータとの間に励磁されるステータ」は、励磁によって当然ロータとの間で磁気的に相互作用するから、本件発明1における「回転子と磁気的に相互作用する固定子」に相当する。引用発明1における「バランサ」は、本件発明1における「バランスウェイト」に相当し、引用発明1における「ロータのロータエンドリング上に突出されたボスに支持されたバランサ」は、本件発明1における「回転子に取り付けられたバランスウェイト」に相当する。
また、引用発明1のバランサがロータのロータエンドリング上に突出されたボスに支持され、このボスを収容するための2つの取付用穴を有することからみて、バランサの最もロータエンドリング側となる面は、ロータの一部をなすロータエンドリングと接触しているものと解されるから、引用発明1における「最もロータエンドリング側となる面」は、本件発明1における「回転子に接触する回転子接触面」又は「回転子接触面」に相当する。
引用発明1における「ロータエンドリング側とは反対側の面」は、「最もロータエンドリング側となる面」と対向する面であり、ロータエンドリングとは接触しないことは明らかであるから、本件発明1における「回転子非接触面」に相当する。そして、引用発明1における「前記ロータエンドリング側とは反対側の面はかしめ固着部を含む平面であ」るという事項と、本件発明1の「前記回転子非接触面は、平面であ」るという事項は、「前記回転子非接触面は、平面を含む」点において共通する。
引用発明1における「ボス」は、取付用穴がボスへの取付用穴であることからみて、バランサを固定するためのものであることが明らかであるから、本件発明1における「締結具」に相当し、引用発明1における「バランサをロータに支持するボス」は、本件発明1における「バランスウェイトを回転子に固定する締結具」に相当し、引用発明1における「2つの取付用穴」は、少なくとも2つの穴があり、これらの穴は貫通穴といえるものであるから、本件発明1における「少なくとも2つの貫通穴」又は「2つの貫通孔」に相当する。

したがって、本件発明1と引用発明1との間には、次の一致点、相違点があるといえる。
(一致点)
「回転軸心を中心として回転する回転子と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子と、
前記回転子に取り付けられたバランスウェイトと、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面、
を有し、
前記回転子非接触面は、平面を含み、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通穴をさらに有し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さにわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機。」

(相違点1)
本件発明1においては、バランスウェイトは単一の部材からなり、回転子非接触面は、平面であるのに対して、
引用発明1においては、バランスウェイトは積層板から形成されるから、単一の部材から構成されておらず、また、ロータエンドリング側とは反対側の面にかしめ固着部を含む点。
(相違点2)
バランスウェイトの凹部について、本件発明1においては、バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部が設けられており、前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成するのに対して、
引用発明1においては、積層板のロータエンドリング側とは反対側の端に位置する少なくとも1枚は、打抜穴のない積層板で構成されているが、回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部を有し、回転子接触面と凹部とは、回転子とともに閉空間を形成するのか不明である点。

(イ)判断
以下、前記相違点1について検討する。
引用発明1のバランサは「積層板から形成され」るものであり、前記ア(ア)の記載事項e、fによると、このような構成を採用することにより、バランサを形成する積層板の総数を規定枚数としつつ、打抜穴の有る積層板の数と、打抜穴のない積層板の数をそれぞれ調整し、バランサ全体の重量を変えることができるようにしたものと解される。そして、引用発明1のバランサを、仮に、単一の部材から形成したとすると、打抜穴の有る積層板の数と、打抜穴のない積層板の数をそれぞれ調整することができなくなり、バランサ全体の重量を変えることができなくなるから、引用発明1のバランサを、敢えて単一の部材から形成しようとする動機付けはないし、むしろ、引用発明1には、バランサを単一の部材から形成することを阻害する理由が存在するといえる。
すると、本件発明1の前記相違点1に係る発明特定事項は、当業者といえども、引用発明1に基づき、容易に想到できるものではない。

なお、甲2の明細書の第3ページ第12行?第13行、甲3の段落<33>、甲4の段落【0016】を考慮すると、これらの文献には、圧縮機において、バランスウェイトを単一の部材で形成することが記載されているといえるが、仮に、バランスウェイトを単一の部材で形成することが、周知の事項であったとしても、前記したように、引用発明1のバランサを、単一の部材から形成しようとする動機付けはないし、むしろ、引用発明1には、バランサを単一の部材から形成することを阻害する理由が存在するのであるから、当業者といえども、引用発明1に前記周知の事項を適用することを、容易に想到できるものではない。

(ウ)まとめ
前記(イ)に示したように、本件発明1の前記相違点1に係る発明特定事項は、当業者といえども、引用発明1に基づき、容易に想到できるものではないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、当業者といえども、引用発明1に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件発明3?5について
請求項3?5は、請求項1を直接的に又は間接的に引用するものであるから、本件発明3ないし本件発明5も、本件発明1の「単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイト」という発明特定事項を備えるものである。そうすると、前記イで検討した本件発明1と同じ理由により、本件発明3ないし本件発明4は、当業者といえども、引用発明1に基いて、容易に発明をすることができたものではなく、本件発明5は、当業者といえども、引用発明1及び周知技術に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

(2)サポート要件について
本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「前記回転子非接触面は、平面であり」との記載がある。この記載に関して、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、回転子非接触面が「平面」であるとの明記はなされていない。
しかしながら、当該発明の詳細な説明には、「【0005】偏心部および可動部品の重量分布の不均衡を適切に是正するためには、バランスウェイトの重量を調節する必要がある。特許文献1(特許第3789825号公報)は、バランスウェイトの重量を調節する方法として、第一に、バランスウェイトに打ち抜き孔を形成する方法、および、第二に、バランスウェイトの側面に切欠を形成する方法を開示している。【0006】しかし、これらの方法は、バランスウェイトの凹凸の増加などを伴い、そのバランスウェイトの外面の形状を複雑にする。この形状の複雑さは、圧縮機の密閉容器内の流体と潤滑油を攪拌し、油上がりの増加を引き起こすおそれがある。」と記載されている。
そうすると、バランスウェイトの外面に打ち抜き孔や切欠等の「凹凸」が存在する場合、油上がりの増加を引き起こす恐れがあることから、バランスウェイトの外面に凹凸を設けないことが示唆されているといえる。

さらに、本件特許の図面として、前記図3には、図2のIII-III線に沿った断面図が示され、前記図6には、図5のVI-VI線に沿った断面図が示され、図8には、本発明の第2実施形態に係る圧縮機の断面図が示され、また、図9には、本発明の第3実施形態に係る圧縮機の断面図が示されている。そして、本件特許の前記図3及び前記図6は、特定箇所(図2のIII-III線、図5のVI-VI線)の断面を示しているのみではあるが、下面85(回転子非接触面)が直線によって示されており、図8及び図9についても、特定箇所の断面を示しているのみではあるが、回転子非接触面が直線によって示されている。ここで、これらの図に示された断面と周方向における位置が異なる他の断面において、下面85(回転子非接触面)が直線となっているか否かは、発明の詳細な説明や他の図面に明示されていないが、当該他の断面における下面85(回転子非接触面)の形状を特別なものとすることについて、何ら記載も示唆もされていない以上、当該他の断面における下面85(回転子非接触面)も直線となっていると解するのが自然である。また、バランスウェイトの高さHを、バランスウェイトの各断面において、異なる寸法とすることは何ら記載も示唆もされておらず、前記図4の図示内容も考慮すると、バランスウェイトの高さHは、バランスウェイトの各断面において一定であると解するのが自然である。
したがって、本件特許の図3、図6、図8及び図9に図示された断面、及びこれら断面と周方向における位置が異なる断面において、下面85(回転子非接触面)は、直線となっており、かつバランスウェイトの高さHは一定であると解するのが自然であるから、これらを考慮すると、発明の詳細な説明には、回転子非接触面を「平面」とすることが示唆されているといえる。
この点に関し、特許異議申立人は、特許異議申立書において、「このような主張内容を考慮すると、例えば、本件特許の図6のバランスウェイト80において、その径方向内側(及び径方向外側)が曲面状を呈する下面85は、「平面」であるとはいえない。」(特許異議申立書第38ページ第13行?第39ページ第1行)」と主張している。
ここで、異議申立人がいう本件特許の図6に図示されたバランスウェイト80の下面85の径方向内側及び外側の曲面状について、本件特許の明細書には、何ら具体的に記載されていないが、図6の記載からみて、バランスウェイト80の角部に面取りが施されたものと解される。そして、各種機械部品に平面を設ける際、角部の破損防止等のために角部に面取りを施すことは、機械部品の加工技術における常套手段であって、本件特許の前記図6において、バランスウェイト80の下面85に、面取り状の微小な曲面が存在することが示唆されているとしても、このことをもって、下面85(回転子非接触面)が平面ではないとはいえない。

したがって、特許異議申立人の前記主張を採用することはできない。

よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載した発明であるといえる。
また、請求項1を直接的に又は間接的に引用する請求項2ないし請求項5に係る本件発明2ないし本件発明5についても、発明の詳細な説明に記載した発明でないとする特段の理由はない。
したがって、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たすものである。

第5 令和2年6月29日付け取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由の概要
当審が令和2年6月29日付け取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。
(1)甲1を主引用文献とした新規性進歩性について
請求項1,4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲1に記載された発明であって、特許法29条第1項第3号に該当し、請求項1,4に係る特許は、特許法29条第1項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。
請求項2,3,5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、請求項2,3,5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。

(2)甲2を主引用文献とした新規性進歩性について
請求項1,3?5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲2に記載された発明であって、特許法29条第1項第3号に該当し、請求項1,3?5に係る特許は、特許法29条第1項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。
請求項1?5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、請求項1?5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。

(3)甲3を主引用文献とした進歩性について
請求項1?5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲3に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、請求項1?5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、取り消すべきものである。

(4)明確性について
本件特許は、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、取り消すべきものである。

2 当審の判断
(1)甲1を主引用文献とした新規性進歩性について
本件発明1について、前記「第4 2(1)イ」の(ア)及び(イ)で検討したように、本件発明1と引用発明1との間には、実質的な相違点があるから、本件発明1は、甲1に記載された発明とはいえない。
本件発明4について、請求項4は請求項1を直接的に又は間接的に引用するものであるから、本件発明4と引用発明1との間には、少なくとも本件発明1と引用発明1との間と同様の相違点があるといえるから、本件発明4は、甲1に記載された発明とはいえない。
本件発明2,3,5について、請求項2,3,5は、請求項1を直接的に又は間接的に引用するものであるから、本件発明2,3,5も、本件発明1の「単一の部材からなるバランスウェイト」という発明特定事項を備えるものである。そして、前記「第4 2(1)イ(イ)」で検討したように、引用発明1のバランサを、単一の部材から形成しようとする動機付けはないし、むしろ、引用発明1には、バランサを単一の部材から形成することを阻害する理由が存在するから、異議申立人がいう周知技術を考慮しても、本件発明2,3,5は、当業者といえども、引用発明1及び周知技術に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

(2)甲2を主引用文献とした新規性進歩性について
ア 甲2の記載及び引用発明2
甲2には、図面とともに以下の事項が記載されている。


(当審仮訳:圧縮機の移動ピストン(ローリングピストンあるいは往復ピストン)は、機械の駆動下で機械的エネルギーを圧力エネルギーに変換し、圧縮機シリンダ内の冷媒の圧縮を可能にする。モータは、電流磁界の作用下で対応する構成要素の回転により電気エネルギーを回転機械エネルギーに変換し、圧縮機の動作に動力を提供する。)


(当審仮訳:一般に、モータは、固定子と回転子2部分から構成されており、固定子と回転子はそれぞれ鋼鉄チップから積層された鉄心で構成されている。単一の固定子鉄心片は円環状であり、鉄心片が積層されて構成された固定子鉄心は円筒状である。回転子は円柱状であり、回転子は直接クランクシャフトに圧入され、かつ固定子鉄心の円筒キャビティ内に挿入され、回転子と固定子の間に空隙間隔がある。固定子にエナメル線が巻回された巻線が設けられ、固定子巻線が外部電源の通電時に磁界を発生する。回転子は、電流があるときには、固定子磁界と相互作用して電磁トルクを発生させ、固定子内で回転させる。)


(当審仮訳:図2、図3に示すように、バランスウェイト4は円弧状を呈し、バランスウェイト4の両端に2つの接続孔5が形成されている。回転子3は中空の円柱状であり、中空部分にシャフト(図示せず)が取り付けられ、回転子3の頂部には2つのバランスウェイト4の2つの接続孔5に対応するアルミニウム柱6が設けられ、接続孔5はアルミニウム柱6と互いに係合して、バランスウェイト4を回転子3の頂部に固定する。)


(当審仮訳:図4?図5に示すように、本発明の一実施形態による圧縮機用モータ回転子とバランスウェイトの接着構造を示す図である:回転子7とバランスウェイト8と、回転子7の頂部には、2つのアルミニウム柱9が形成され、2つのアルミニウム柱9の間に円弧状突起10が形成されている。バランスウェイト8は円弧状をなし、バランスウェイト8の両端には2つの貫通孔11が形成されており、2つの貫通孔11の間には円弧の凹部12が形成されている。)


(当審仮訳:バランスウェイト8を回転子7に取り付けた後、アルミニウム柱9の頂部にフランジ13を形成する。)


(当審仮訳:回転子7、2つのアルミニウム柱9と円弧状突起10は一体形成し、バランスウェイト8、2つの貫通孔11、円弧の凹部12は一体形成する。)


(当審仮訳:本発明のモータ回転子とバランスウェイトの接着構造は、回転子端部の2つのアルミニウム柱とバランスウェイトの2つの接続孔に嵌合して接続する。また、回転子の端部の突起部は、バランスウェイトの凹部に挿入され、モータが作動すると、バランスウェイトは、全ての遠心力が2つのアルミニウム柱に加えられることなく、バランスウェイトに対して求心力を付与され、これにより、モータの回転子とバランスウェイトとの接続がより強固になる。)

(ク)前記記載事項(ア)?(ウ)及び図1?3は、従来技術についての記載であるが、甲2の全趣旨から、甲2に記載された発明は、「円弧状突起10」及び「円弧の凹部12」以外は、従来技術と同様の構成であると解される。

(ケ)前記記載事項(エ)及び図4,5の記載から、バランスウェイト8は、回転子7に接触する回転子接触面を有して回転子7に取り付けられ、バランスウェイト8の回転子接触面の近傍には、シャフトの延出方向にくぼんだ円弧の凹部12が設けられ、その凹部12は、回転子接触面に包囲されていることが看取される。

(コ)前記記載事項(ク)、(ケ)及び図1,5の記載から、バランスウェイト8は、回転子接触面と対向する回転子非接触面を有し、回転子非接触面は、平面であり、回転子非接触面は、平面視において、前記凹部12と重なる領域を有し、バランスウェイト8は回転子接触面から回転子非接触面まで延びる2つの穴を有することが看取される。

(サ)前記記載事項(キ)、(コ)及び図4,5の記載から、回転子接触面から回転子非接触面まで延びる2つの穴は、2つのアルミニウム柱に嵌合して接続しているとともに、バランスウェイト8の高さにわたってバランスウェイトを貫通していると解される。

以上の記載事項(ア)?(サ)を総合すると、甲2には、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

「シャフトが取り付けられ回転する回転子と、
前記回転子と相互作用して前記回転子を回転させる固定子磁界を発生させる固定子と、
一体形成され前記回転子に取り付けられたバランスウェイトと、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧状を呈し、かつ前記回転子に接触する回転子接触面、及び、
円弧状を呈し、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、シャフトの延出方向にくぼんだ凹部が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定するアルミニウム柱に嵌合するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、2つの穴をさらに有し、
前記凹部に前記回転子の端部の突起部が挿入され、
前記2つの穴は、前記バランスウェイトの高さにわたって前記バランスウェイトを貫通する、
モータ。」

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明2とを、その有する機能に照らして対比すると、引用発明2は、技術常識からみて、シャフトが取り付けられた回転子が当該シャフトの中心軸を中心として回転するものであるから、引用発明2における「シャフト」は、その中心軸が、本件発明1における「回転軸心」に相当し、引用発明2における「シャフトが取り付けられ回転する回転子」は、本件発明1における「回転軸心を中心として回転する回転子」に相当する。引用発明2の「固定子」が発生する「固定子磁界」は、回転子を回転させるための磁気的な相互作用のために発生させるものであるから、引用発明2における「回転子と相互作用して前記回転子を回転させる固定子磁界を発生させる固定子」は、本件発明1における「回転子と磁気的に相互作用する固定子」に相当する。
また、引用発明2における「一体形成され」は、本件発明1における「単一の部材からなるとともに」に相当し、引用発明2における「円弧状を呈し」は、本件発明1における「円弧形状であり」に相当し、引用発明2における「シャフトの延出方向」は、本件発明1における「回転軸心の延出方向」に相当する。
引用発明2における「バランスウェイトを回転子に固定するアルミニウム柱」は、本件発明1における「バランスウェイトを回転子に固定する締結具」に相当する。引用発明2における「2つの穴」は、少なくとも2つの穴が、回転子接触面から回転子非接触面まで延びており、これらの穴は貫通孔といえるものであるから、本件発明1における「少なくとも2つの貫通穴」に相当し、引用発明2における「回転子接触面から回転子非接触面まで延びる2つの穴」は、本件発明1における「回転子接触面から回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔」に相当する。また、引用発明2における「アルミニウム柱に嵌合するための」「穴」は、アルミニウム柱が穴に嵌合することにより、アルミニウム柱が穴に収容されるものであることは明らかであるから、本件発明1における「締結具を収容するための」「貫通孔」に相当する。
引用発明2における「モータ」は、本件発明1における「電動機」に相当する。

したがって、本件発明1と引用発明2との間には、次の一致点、相違点があるといえる。
(一致点)
「回転軸心を中心として回転する回転子と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子と、
単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイトと、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具に収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔をさらに有し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さにわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機。」

(相違点3)
本件発明1においては、回転子接触面と凹部とは、回転子とともに閉空間を形成するのに対して、
引用発明2においては、凹部に回転子の端部の突起部が挿入されており、回転子接触面と凹部とが、回転子とともに閉空間を形成しているとはいえない点。

(イ)判断
以下、前記相違点3について検討する。
前記アの記載事項(キ)によると、引用発明2は、モータの回転子とバランスウェイトとの接続がより強固となるように、回転子の端部の突起部を、バランスウェイトの凹部に挿入したものであるから、回転子の端部の突起部が、バランスウェイトの凹部に略隙間なく挿入されており、閉空間を形成していないと解するのが自然である。そして、引用発明2において、仮に、回転子接触面と凹部とにより、回転子との間に閉空間を形成しようとすると、回転子の端部の突起部を除去する、又はその寸法を小さくする必要があり、その結果、回転子とバランスウェイトとの間の接触面積が減少し、回転子とバランスウェイトとの接続が弱くなると解される。そうすると、引用発明2において、回転子接触面と凹部とにより、回転子との間に閉空間を形成する動機付けは存在せず、むしろ、引用発明2には、前記アの記載事項(キ)の「回転子とバランスウェイトとの接続がより強固になる」という作用に反する、前記閉空間を形成することを阻害する理由が存在するといえる。
すると、本件発明1の前記相違点3に係る発明特定事項は、当業者といえども、引用発明2に基づき、容易に想到できるものではない。

(ウ)まとめ
本件発明1と引用発明2との間には、実質的な相違点があるから、本件発明1は、甲2に記載された発明とはいえない。また、本件発明1は、当業者といえども、引用発明2に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件発明2?5について
請求項2?5は、請求項1を直接的に又は間接的に引用するものであるから、本件発明2ないし本件発明5も、本件発明1の「回転子接触面と凹部とは、回転子とともに閉空間を形成する」という発明特定事項を備えるものである。そうすると、前記イで検討した本件発明1と同じ理由により、本件発明3ないし本件発明5は、甲2に記載された発明とはいえず、本件発明2ないし本件発明5は、当業者といえども、引用発明2に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

(3)甲3を主引用文献とした進歩性について
ア 引用文献の記載及び引用発明
(ア)甲3の記載及び引用発明3
甲3には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(当審仮訳:しかし、従来の密閉型圧縮機においては、通常電動機ユニットの偏心荷重を補償するために前記電動機ユニットの回転子にバランスウェイトような偏心質量を設置しているが、前記偏心質量が回転子と共に高速で回転をしながら前記ケーシング内部空間のオイルを撹拌させてオイルの飛散量を増加させてこれによりオイルの漏洩量が増加される問題点があった。)



(当審仮訳:本発明は前記のような従来密閉型圧縮機が有する問題点を解決したことで、前記バランスウェイトが電動機ユニットの偏心荷重を補償するように偏心質量を有しながらもケーシング内部空間のオイルに対する撹拌作用を防止することができる密閉型圧縮機を提供しようとするのに本発明の目的がある。)


(当審仮訳:前記電動機ユニット(10)はケーシング(1)の壁面に固定される固定子(11)と、前記固定子(11)の内側に回転可能に設置される回転子(12)と、前記回転子(12)に結合されてその回転力を圧縮ユニット(20)に伝達する回転軸(13)で成り立つ。)


(当審仮訳:前記回転軸(13)はその下段部に後述するローリングピストン(24)が回転可能に結合されてシリンダ(21)の圧縮空間(V)で偏心回転運動するように偏心部(13b)が形成されて、前記回転軸(13)の偏心部(13b)による偏心負荷と前記ローリングピストン(24)の偏心回転運動による偏心負荷などを相殺するように前記回転子(12)の上下両端にはそれぞれバランスウェイト(14)(15)が設置される。


(当審仮訳:前記バランスウェイト(以下では、下側バランスウェイトを基準で説明するが上側バランスウェイトも同様に適用することができる。)(15)は、内周面(15a)と外周面(15b)が円形に形成され、その外側面(又は、覆い面)(15c)が平面で内部空間を有するキャップ(cap)の断面形状に形成され、その内部空間の片側には平面投影時に扇形となる偏心質量(15d)が形成される。)


(当審仮訳:前記バランスウェイト(15)の内部空間には図2及び図4のように前記偏心質量(15d)円周方向両側面を連結するように外面(15c)に円形のリブ(15e)が形成されるか図5のように内周面(15a)と外周面(15b)の間を連結するように外面(15c)に放射状のリブ(15b)が形成される。)


(当審仮訳:前記バランスウェイト(15)はその内周面(15a)の内側面またはその外周面(15b)の内側面に前記バランスウェイト(15)を回転子(12)にボルト締結するようにボルト孔(15f)が具備された締結突部(15g)がおおよそ120°の間隔をおいて等間隔に形成される。)


(当審仮訳:前記バランスウェイト(15)の内周面(15a)と外周面(15b)と外面(15c)と偏心質量(15d)とリブ(15e)そして締結突部(15g)などはすべて成形または粉末冶金法によって一体形成されることが加工上有利だ。)


(当審仮訳:この時、前記回転軸(13)の上端で飛散されるオイルの一部が前記回転子(12)またはバランスウェイト(15)の回転時その回転力によって撹拌される恐れがあるが、本発明のように前記回転子(12)はもちろんバランスウェイト(15)が真円形で形成されて前記オイルが撹拌されることを効果的に減らすことができる。特に、前記バランスウェイト(15)の場合には、その偏心質量(15d)が円弧状または扇形状に形成されて両側段差部が形成されるが、この段差部が前記バランスウェイト(15)の内周面(15a)と外周面(15b)そして外面(15c)によって形成される内部空間に隠されるようになり、前記オイルがバランスウェイト(15)によって撹拌されることが顕著に減るようになるものである。)

j 前記記載事項c及び図1の記載から、回転子(12)は結合された回転軸(13)と回転し、固定子(11)は、回転子(12)に回転力を発生させるものと解される。

k 前記記載事項e及び図2の記載から、バランスウェイト(15)は、円形であり、かつ回転子(12)に接触する回転子接触面を有し、バランスウェイト(15)の回転子接触面の近傍には、回転軸(13)の延出方向にくぼんだ内部空間が設けられ、その内部空間は、回転子接触面に包囲されていることが看取される。

l 前記記載事項e、j及び図1,3の記載から、バランスウェイト(15)は、円形であり、かつ回転子接触面と対向する回転子非接触面を有し、回転子非接触面は、平面であり、回転子非接触面は、平面視において、内部空間と重なる領域を有することが看取される。

m 前記記載事項g、j、l及び図2,3の記載から、バランスウェイト(15)は回転子接触面から回転子非接触面まで延びるボルトを収容するための3つのボルト孔(15f)を有し、この3つのボルト孔は、バランスウェイト(15)の高さにわたってバランスウェイト(15)を貫通することが看取される。

n 前記記載事項e、f、j及び図2,3の記載から、内部空間にはリブ(15e)が形成されているが、回転子接触面と内部空間とは、回転子(12)とともに閉空間を形成していることが看取される。

以上の記載事項a?nを総合すると、甲3には、次の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。
「回転軸と結合し回転する回転子と、
前記回転子に回転力を発生させる固定子と、
成形または粉末冶金法によって一体形成され、前記回転子に設置したバランスウェイトと、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円形であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面、及び、
円形であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸の延出方向にくぼんだ内部空間が設けられており、
前記内部空間は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記内部空間と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定するボルトを収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、3つのボルト孔をさらに有し、
前記回転子接触面と前記内部空間とは、前記回転子とともに閉空間を形成し、
前記3つのボルト孔は、前記バランスウェイトの高さにわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機。」

(イ)甲1
甲1の前記「第4 2(1)ア(ア)」の記載事項e及び第6図の記載から、バランサ20は、円弧形状であることが看取される。

(ウ)甲2
甲2の前記(2)アの記載事項(エ)、及び第4図の記載から、バランスウエイト8は円弧状であることが看取される。

(エ)甲第5号証(特開平4-237891号公報、以下、「甲5」という。)
甲5には、図面とともに以下の事項が記載されている。
「【0015】
しかして、以上のような電動圧縮機において、前記バランスウェイト5を、図1のように前記エンドリング23の端面23aに沿う、円弧状の薄板から成るバランスウェイト板51を複数枚積層して形成すると共に、図2に拡大して示したように、該バランスウェイト板51に、断続するスリット52で囲み、切り取り可能とした複数個のバランス調整部53を前記バランスウェイト板51の円弧長さ方向に配設すると共に、これら調整部53を、前記長さ方向中間部と該中間部に対し左右対称の位置とに設けるのである。さらに、これらバランス調整部53を、その切り取り面積の大きさを、全数切り取ったときの重量が前記バランスウェイト板51の全重量の50%となる大きさとし、かつ、前記各バランス調整部53の大きさを、切り取ったときの重量減少が10?50%の5段階になる大きさになるように設けるのである。」

イ 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明3とを、その有する機能に照らして対比すると、引用発明3は、技術常識からみて、回転軸と結合した回転子が当該回転軸の中心軸を中心として回転するものであるから、引用発明3における「回転軸」は、その中心軸が、本件発明1における「回転軸心」に相当し、引用発明3における「回転軸と結合し回転する回転子」は、本件発明1における「回転軸心を中心として回転する回転子」に相当する。引用発明3における「回転子に回転力を発生させる固定子」は、技術常識からみて、回転子と固定子とが磁気的に相互作用することによって回転子に回転力を発生させるものであるから、本件発明1における「回転子と磁気的に相互作用する固定子」に相当し、以下同様に、「成形または粉末冶金法によって一体形成され」は、「単一の部材からなるとともに」に、「回転子に設置したバランスウェイト」は「回転子に取り付けられたバランスウェイト」に、「内部空間」は「凹部」に、「ボルト」は「締結具」に、「3つのボルト孔」は「少なくとも2つの貫通穴」に相当する。

したがって、本件発明1と引用発明3との間には、次の一致点、相違点があるといえる。
(一致点)
「回転軸心を中心として回転する回転子と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子と、
単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイトと、
を備え、
前記バランスウェイトは、
前記回転子に接触する回転子接触面、及び、
前記回転子接触面と対向する回転子非接触面、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔をさらに有し、
前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さにわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機。」

(相違点4)
本件発明1においては、バランスウェイトの回転子接触面及び回転子非接触面が円弧形状であるのに対して、
引用発明3においては、バランスウェイトの回転子接触面及び回転子非接触面が円形であり、円弧形状ではない点。

(イ)判断
以下、前記相違点4について検討する。
引用発明3は、従来偏心質量を設置していたところ、ケーシング内部空間のオイルを撹拌させてオイルの飛散量を増加させてこれによりオイルの漏洩量の増加という課題があった(前記ア(ア)の記載事項a参照。)ため、偏心質量を有しながらもケーシング内部空間のオイルに対する撹拌作用を防止することができる密閉型圧縮機を提供することを目的としてなされたものであり(前記ア(ア)の記載事項b参照。)、バランスウェイト(15)の偏心質量(15d)が、円弧状または扇形状に形成されて両側段差部が形成されるものであるが、この段差部を、バランスウェイト(15)の内周面(15a)と外周面(15b)そして外面(15c)によって形成される内部空間で隠すべく、バランスウェイト(15)全体を円形に形成したものであって、このような構成を採用することにより、回転軸(13)の上端で飛散されるオイルの一部がバランスウェイト(15)の回転時その回転力によって撹拌されることを効果的に減らそうとしたものと解される(前記ア(ア)の記載事項i参照。)。
一方、甲1の第8ページ第20行?第10ページ第5行、第6図、甲2の第3ページ第5行?第8行、図4、甲5の段落【0015】を考慮すると、これらの文献には、バランスウェイトを円弧形状に形成することが記載されているといえる。
しかし、仮に、バランスウェイトを円弧形状に形成することが周知の事項であったとしても、引用発明3のバランスウェイトに対して前記周知の事項を適用してバランスウェイト(15)の全体形状を円弧状にしたとすると、これは、前述した引用発明3のバランスウェイト(15)の円弧状または扇型状である偏心質量(15d)の形状そのものであり、その結果、バランスウェイトには、両側段差部が形成されることとなり(前記ア(ア)の記載事項i参照。)、回転軸(13)の上端で飛散されるオイルの一部がバランスウェイト(15)の回転時その回転力によって撹拌されることとなって、ケーシング内部空間のオイルに対する撹拌作用を防止するという引用発明3の解決する課題を解決できないものにすることとなる。したがって、引用発明3のバランスウェイトを、敢えて回転子接触面及び回転子非接触面が円弧形状となるよう形成する動機付けはないし、むしろ、引用発明3には、回転子接触面及び回転子非接触面を円弧形状とすることを阻害する理由が存在するといえる。
すると、本件発明1の前記相違点4に係る発明特定事項は、当業者といえども、引用発明3及び周知の事項に基づき、容易に想到できるものではない。

(ウ)まとめ
したがって、本件発明1は、当業者といえども、引用発明3及び周知の事項に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件発明2?5について
請求項2?5は、請求項1を直接的に又は間接的に引用するものであるから、本件発明2ないし本件発明5も、本件発明1の「円弧形状であ」る「回転子接触面」、及び「円弧形状であ」る「回転子非接触面」という発明特定事項を備えるものである。そうすると、前記イで検討した本件発明1と同じ理由により、本件発明2ないし本件発明5は、当業者といえども、引用発明3及び周知の事項に基いて、容易に発明をすることができたものではない。

(4)明確性について
ア 本件発明1について
特許異議申立人は、特許異議申立書、及び令和2年6月10日に提出した意見書(以下、「申立人の意見書」という。)において、次の事項を主張している。
(ア)本件特許の明細書等では、図6のバランスウェイト80の下面において、径方向内側の端部、及び径方向外側の端部が曲面状になっているが、この部分が「回転子非接触面」といえるのか否かが不明確であるから、「回転子非接触面」が、径方向や周方向においてバランスウェイトのどこからどこまでの範囲を意味しているのかが不明確である(特許異議申立書第39ページ第27行?第40ページ第4行、申立人の意見書第11ページ第7行?第14行)。
(イ)バランスウェイトがどのような構成であれば、「回転子非接触面」が「平面」であるといえるのかが不明確である(特許異議申立書第40ページ第5行?第7行、申立人の意見書第11ページ第26行?第33行)。

前記(ア)について、本件発明1の「回転子接触面と対向する回転子非接触面」という発明特定事項によって、回転子非接触面は、回転子接触面と対向する部分であると特定されており、回転子接触面との関係で、回転子非接触面を特定することが可能であるから、回転子非接触面の範囲は明確である。
前記(イ)について、「平面」とは、「平らな表面」(広辞苑第六版)という意味で用いられる一般的な用語である。そして、前記「第4 2(2)」で検討したように、本件特許の図6において、バランスウェイト80の下面85に、面取り状の微小な曲面が存在することが示唆されているとしても、このことをもって、下面85(回転子非接触面)が平面ではないとはいえず、また、本件特許の明細書又は図面の他の記載を考慮しても、本件発明1の「平面」という発明特定事項が、前記した一般的な用語としての意味と異なる意味で用いられているとは解されない。そうすると、「回転子非接触面」が「平面」であるという発明特定事項は明確である。
よって、異議申立人の前記(ア)及び(イ)についての主張は採用できない。
そうすると、本件発明1は、明確である。

イ 本件発明2?5について
請求項1を直接的に又は間接的に引用する請求項2ないし請求項5に係る本件発明2ないし本件発明5についても、明確でないとする特段の理由はない。
したがって、本件発明2ないし5は明確である。

よって、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の要件を満たすものである。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?5に係る特許を取り消す理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸心(RA)を中心として回転する回転子(10)と、
前記回転子と磁気的に相互作用する固定子(120)と、
単一の部材からなるとともに、前記回転子に取り付けられたバランスウェイト(80)と、
を備え、
前記バランスウェイトは、
円弧形状であり、かつ前記回転子に接触する回転子接触面(81)、及び、
円弧形状であり、かつ前記回転子接触面と対向する回転子非接触面(85)、
を有し、
前記バランスウェイトの前記回転子接触面の近傍には、前記回転軸心の延出方向にくぼんだ凹部(82)が設けられており、
前記凹部は、前記回転子接触面に包囲されており、
前記回転子非接触面は、平面であり、
前記回転子非接触面は、平面視において、前記凹部と重なる領域を有し、
前記バランスウェイトは、前記バランスウェイトを前記回転子に固定する締結具(50)を収容するための、前記回転子接触面から前記回転子非接触面まで延びる、少なくとも2つの貫通孔(83)をさらに有し、
前記回転子接触面と前記凹部とは、前記回転子とともに閉空間を形成し、
前記2つの貫通孔は、前記バランスウェイトの高さ(H)にわたって前記バランスウェイトを貫通する、
電動機(100)。
【請求項2】
前記回転軸心から前記凹部の中心(RC)までの距離(A)が、前記回転軸心からそれぞれの前記貫通孔の中心(HC)までの距離(B)よりも大きい、
請求項1に記載の電動機。
【請求項3】
前記凹部の前記回転軸心の方向の深さ(D)が、前記バランスウェイトの前記回転軸心の方向の寸法(H)の5%以上90%以下であり、
前記凹部は、底面(82)、及び前記底面を囲む側面(82b?82e)を有する、
請求項1又は請求項2に記載の電動機。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の前記電動機と、
前記回転子に固定された駆動軸(260)と、
前記駆動軸に連結され、前記電動機から前記駆動軸を介して伝達された動力によって流体を圧縮する流体圧縮機構(220)と、
を備える圧縮機(200)。
【請求項5】
ロータリ型またはスクロール型である、
請求項4に記載の圧縮機。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-09-30 
出願番号 特願2014-219996(P2014-219996)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (H02K)
P 1 651・ 121- YAA (H02K)
P 1 651・ 537- YAA (H02K)
P 1 651・ 841- YAA (H02K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 三澤 哲也  
特許庁審判長 柿崎 拓
特許庁審判官 長馬 望
松本 泰典
登録日 2019-05-10 
登録番号 特許第6520047号(P6520047)
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 電動機、および、それを用いた圧縮機  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  

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