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審決分類 |
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C01B 審判 一部申し立て 2項進歩性 C01B |
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管理番号 | 1369015 |
異議申立番号 | 異議2020-700669 |
総通号数 | 253 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-01-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-09-07 |
確定日 | 2020-12-10 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6665182号発明「モノハイドロジェントリハロシランの調製方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6665182号の請求項1ないし6、8ないし10に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6665182号の請求項1?11に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)11月25日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年12月19日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であり、令和2年2月21日にその特許権の設定登録がされ、同年3月13日に特許掲載公報が発行された。 その後、令和2年9月7日に、請求項1?11のうち、請求項1?6、8?10に係る特許について、特許異議申立人である鳥巣実より、本件特許異議の申立てがされた。 第2 本件発明 本件特許異議の申立ての対象である、本件特許の請求項1?6、8?10に係る発明(以下、「本件発明1」などといい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1?6、8?10に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。 「【請求項1】 式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法であって、 1)反応器に新たなケイ素触体及び再利用触体を初期投入する工程であって、前記再利用触体が、無機直接法反応の生成段階の途中又は後に得られる、工程と、その後、 2)前記反応器に、式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する工程と、 を含む方法。 【請求項2】 前記再利用触体が廃ケイ素である、請求項1に記載の方法。 【請求項3】 式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製するための方法であって、 1)反応器に新たなケイ素触体及び廃ケイ素を初期投入する工程であって、前記廃ケイ素が、無機直接法反応サイクルの全体の選択性の低下開始以降に得られる、工程と、その後、 2)前記反応器に、式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する工程と、 を含む方法。 【請求項4】 工程1)の前記ケイ素触体及び再利用触体が50重量%?95重量%のケイ素を含有する、請求項1又は3に記載の方法。 【請求項5】 工程2)の後に、新たなケイ素は供給せずに追加のハロゲン化水素を前記反応器に供給する工程3)を更に含む、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。 【請求項6】 前記反応器が流動層反応器である、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。 【請求項8】 前記生成物から前記モノハイドロジェントリハロシランを回収することを更に含む、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。 【請求項9】 各Xが塩素である、請求項1?3のいずれか一項に記載の方法。 【請求項10】 前記モノハイドロジェントリハロシランを、多結晶シリコンを生成するための反応体として使用することを更に含む、請求項8に記載の方法。」 第3 特許異議申立理由について 1 特許異議申立理由の概要 特許異議申立人が主張する特許異議申立理由は、概略次のとおりである。 (1) (進歩性欠如)請求項1?6、8?10に係る発明は、本件特許出願の優先日前に日本国内において、頒布された甲第1又は2号証に記載された発明並びに甲第1及び2号証に記載された事項に基いて、本件特許出願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?6、8?10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当するから、取り消されるべきものである(以下、「申立理由1」という。)。 (2) (サポート要件違反)請求項1及び3に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第113条第4号に該当するから、取り消されるべきものである(以下、「申立理由2」という。)。 2 申立理由1(進歩性欠如)について 特許異議申立人は、甲第1及び2号証(以下、単に「甲1」などという。)を証拠として提出し、甲1又は2に記載された発明を主たる発明とする請求項1?6、8?10の進歩性欠如を主張する。 しかしながら、当該主張は、以下の理由により、採用することはできない。 (1) 証拠一覧 甲1:特開昭58-172221号公報 甲2:特開2009-120468号公報 (2) 甲1及び2の記載事項 ア 甲1の記載事項 甲1には、以下の事項が記載されている。 (ア) 「残留珪素を、塩化水素、塩素およびこれらの混合物よりなる群から選択した無水の塩素源と、四塩化珪素の存在下、高温にて、接触させることよりなる、オルガノクロロシランの製造から得た残留珪素からトリクロロシランを製造する方法。」(特許請求の範囲第(10)項) (イ) 「直接法によるオルガノクロロシランの製法のある段階で、珪素粒子を含む反応性物質または反応性接触物質の反応性が低下してくるため、反応性接触物質を取替えるのが好ましい。従って、古いまたは反応性がより低下した珪素粒子を反応器から取り出し、新しい珪素粒子を入れ、その後反応を再開する。反応性接触物質の反応性がより低下し、これを新しい珪素分と取り替える場合、この反応性のより低下した接触物質は一般に残留珪素、残留珪素粉末、残留珪素含有接解物質または残留接触物質と呼ばれる。これらの語はここでは互換的に使用できる。初期のこの問題の解決法は残留接触物質を棄てることであったが、相当の反応性珪素が残留接触物質中に残っており、経済上の理由からおよび廃棄物処理問題を避けるために、残留接触物質中の残りの珪素価の少なくともいくらかを利用するのが好ましい。 オルガノクロロシランの直接法合成の実施に使用した反応器中の残留珪素粒子を、さらに十分に利用する方法を見出すために、多くの研究がなされてきた。」(第3頁左上欄第3行?同右上欄第3行) (ウ) 「従って、本発明の第一の目的は、オルガノクロロシランの製造で得られる残留珪素の利用法を提供することである。」(第4頁左下欄第7?9行) イ 甲2の記載事項 甲2には、以下の事項が記載されている。 (ア) 「【請求項5】 金属シリコン粉末と、塩化水素ガスとを反応させてトリクロロシランを生成するトリクロロシラン製造方法であって、 前記シリコン粉末が供給される装置本体の底板部に、請求項1から3のいずれか1項に記載の塩化水素ガス噴出用部材を装着して、前記頭部を前記底板部の上に配置しておき、前記装置本体の下部に金属シリコン粉末を供給しながら、前記塩化水素ガス噴出用部材の前記噴出孔から塩化水素ガスを噴出することを特徴とするトリクロロシラン製造方法。」 (イ) 「【0022】 次に、前述のように構成されたトリクロロシラン製造用反応装置10によるトリクロロシランの製造方法について説明する。 金属シリコン粉末は、シリコン粉末供給系40からフィードホッパー31に供給され、このフィードホッパー31からバルブ32を介してキャリアガスの導入配管30内に導入され、気流移送によりシリコン粉末供給口15を通じて装置本体11の内部に供給される。このとき、塩化水素ガスを気流移送のキャリアガスとして用いている。また、キャリアガスは一定の圧力で導入されている。 【0023】 また、ガス導入手段20により装置本体11の内部に塩化水素ガスを導入する。塩化水素ガスは、装置本体11の底板部13に複数配置された塩化水素ガス噴出用部材1を介して装置本体11内に向けて噴出される。塩化水素ガス噴出用部材1より噴出された塩化水素ガスは金属シリコン粉末中に導入される。 【0024】 このようにして装置本体11内の金属シリコン粉末に塩化水素ガスが噴出されることによって、金属シリコン粉末が装置本体11内を流動することになる。金属シリコン粉末が流動しながら塩化水素ガスと接触することで、金属シリコン粉末と塩化水素ガスとが所定温度で反応し、トリクロロシランのガスが生成される。 【0025】 生成したトリクロロシランのガスは、装置本体11の天板部14に設けられたガス取出口17から取り出され、後工程へと供給される。また、装置本体11内部において未反応の金属シリコン粉末は、トリクロロシランのガスとともにガス取出口17から排出され、後工程のサイクロン33で回収されてフィードホッパー31へと供給されてキャリアガスの導入配管30内に導入され、再度装置本体11内に供給される。サイクロン33で回収されなかった金属シリコン粉末は、後工程のフィルター34で除去される。」 (3) 甲1及び2に記載された発明 ア 甲1に記載された発明(甲1発明) 上記(2)ア(ア)の記載事項から、甲1の請求項10には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。 「残留珪素を、塩化水素、塩素およびこれらの混合物よりなる群から選択した無水の塩素源と、四塩化珪素の存在下、高温にて、接触させることよりなる、オルガノクロロシランの製造から得た残留珪素からトリクロロシランを製造する方法。」 イ 甲2に記載された発明(甲2発明) 上記(2)イ(イ)の記載事項から、甲2には、トリクロロシラン製造用反応装置10によるトリクロロシランの製造方法として、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。 「金属シリコン粉末は、シリコン粉末供給系40からフィードホッパー31に供給され、このフィードホッパー31からバルブ32を介してキャリアガスの導入配管30内に導入され、気流移送によりシリコン粉末供給口15を通じて装置本体11の内部に供給され、このとき、塩化水素ガスを気流移送のキャリアガスとして用い、また、キャリアガスは一定の圧力で導入され、 また、ガス導入手段20により装置本体11の内部に塩化水素ガスを導入し、塩化水素ガスは、装置本体11の底板部13に複数配置された塩化水素ガス噴出用部材1を介して装置本体11内に向けて噴出され、塩化水素ガス噴出用部材1より噴出された塩化水素ガスは金属シリコン粉末中に導入され、 このようにして装置本体11内の金属シリコン粉末に塩化水素ガスが噴出されることによって、金属シリコン粉末が装置本体11内を流動することになり、金属シリコン粉末が流動しながら塩化水素ガスと接触することで、金属シリコン粉末と塩化水素ガスとが所定温度で反応し、トリクロロシランのガスが生成され、 生成したトリクロロシランのガスは、装置本体11の天板部14に設けられたガス取出口17から取り出され、後工程へと供給され、また、装置本体11内部において未反応の金属シリコン粉末は、トリクロロシランのガスとともにガス取出口17から排出され、後工程のサイクロン33で回収されてフィードホッパー31へと供給されてキャリアガスの導入配管30内に導入され、再度装置本体11内に供給され、サイクロン33で回収されなかった金属シリコン粉末は、後工程のフィルター34で除去される、 トリクロロシラン製造用反応装置10によるトリクロロシランの製造方法。」 (4) 甲1発明に基づく本件発明の進歩性について ア 本件発明1について (ア) 対比 本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「トリクロロシランを製造する方法」は、本件発明1における「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法」に相当する。 したがって、両発明は次の一致点及び相違点1?3を有する。 <一致点> 「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法。」 <相違点1> 本件発明1において、初期投入される「再利用触体が、無機直接法反応の生成段階の途中又は後に得られる」ものであるのに対し、甲1発明において初期投入される「残留珪素」は「オルガノクロロシランの製造から得た」ものである点。 <相違点2> 本件発明1では、「反応器に新たなケイ素触体及び再利用触体を初期投入する」のに対し、甲1発明では、「残留珪素」を初期投入しており、その際、新たなケイ素触体を共に初期投入することが明らかでない点。 <相違点3> 本件発明1では、「式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する」のに対し、甲1発明では、初期投入後に無水の塩素源と共に追加の新たなケイ素を供給することが明らかでない点。 (イ) 相違点1について 相違点1について検討する。 上記(2)ア(イ)及び(ウ)の記載事項からすれば、甲1に記載された発明は、残留珪素としてオルガノクロロシランの製造で得られるものしか想定しておらず、他の残留珪素、特に無機直接法反応から得られるものであることについては、何らの記載も示唆もない。 また、甲2において、「無機直接法反応」から得られる「再利用触体」を「初期投入」することを示すに足りる記載は見当たらない。 したがって、そのような甲1及び2の記載事項に基づき、甲1発明において、残留珪素として無機直接法反応から得られるものを採用し、上記相違点1に係る本件発明1の構成を備えるものとすることを、当業者は想到し得ないというべきである。 一方、本件発明1は当該構成により、「更なるポリマーのハロゲン化ケイ素含有化合物を生成させることもなく、他に全体の選択性に不利な影響を及ぼすこともなく、後続サイクルにおいてモノマー選択性の低下が最小化又は回避される」(本件明細書の段落【0010】参照。)という、有利な効果を奏するものである。 (ウ) 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 イ 本件発明3について (ア)対比 本件発明3と甲1発明とを対比すると、両発明は上記ア(ア)と同様の相当関係を有しており、次の一致点及び相違点1’?3’を有するといえる。 <一致点> 「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法。」 <相違点1’> 本件発明3において、初期投入される「廃ケイ素が、無機直接法反応サイクルの全体の選択性の低下開始以降に得られる」ものであるのに対し、甲1発明において初期投入される「残留珪素」は「オルガノクロロシランの製造から得た」ものである点。 <相違点2’> 本件発明3では、「反応器に新たなケイ素触体及び廃ケイ素を初期投入する」のに対し、甲1発明では、「残留珪素」を初期投入しており、その際、新たな珪素触体を共に初期投入することが明らかでない点。 <相違点3’> 本件発明3では、「式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する」のに対し、甲1発明では、初期投入後に無水の塩素源と共に追加の新たなケイ素を供給することが明らかでない点。 (イ) 相違点1’について 相違点1’について検討する。 相違点1’は上記ア(ア)の相違点1と同様の相違点であるので、同(イ)の相違点1についての検討と同様、甲1発明において、残留珪素として無機直接法反応から得られるものを採用し、上記相違点1’に係る本件発明3の構成を備えるものとすることを、当業者は想到し得ないというべきである。 (ウ) 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明3は、甲1発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 ウ 本件発明2、4?6、8?10について 本件発明2、4?6、8?10は、本件発明1又は3の発明特定事項をすべて具備するものであるから、上記ア及びイの本件発明1又は3の検討と同様、甲1発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 エ 小括 以上のとおりであるから、本件発明は甲1発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 (5) 甲2発明に基づく本件発明の進歩性について ア 本件発明1について (ア) 対比 本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明における「トリクロロシラン製造用反応装置10によるトリクロロシランの製造方法」は、本件発明1における「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法」に相当する。 また、甲2発明における「金属シリコン粉末は、・・・装置本体11の内部に供給され、・・・ガス導入手段20により装置本体11の内部に塩化水素ガスを導入し、・・・金属シリコン粉末と塩化水素ガスとが所定温度で反応し、トリクロロシランのガスが生成」(当審注:「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様である。)は、本件発明1における「前記反応器に、式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する工程」に相当する。 したがって、両発明は次の一致点及び相違点4及び5を有する。 <一致点> 「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法であって、 前記反応器に、式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する工程を含む方法。」 <相違点4> 本件発明1では、「再利用触体を初期投入」しているのに対し、甲2発明では、「未反応の金属シリコン粉末は、後工程のサイクロン33で回収されてフィードホッパー31へと供給されてキャリアガスの導入配管30内に導入され、再度装置本体11内に供給され」る点。 <相違点5> 本件発明1において、「再利用触体が、無機直接法反応の生成段階の途中又は後に得られる」ものであるのに対し、甲2発明における「未反応の金属シリコン粉末」は、「生成段階の途中又は後に得られる」ものであることが明らかでない点。 (イ) 相違点4について 相違点4について検討する。 甲2発明において、装置本体に再度投入される「未反応の金属シリコン」は、金属シリコン粉末及び塩化水素ガスが装置本体の内部に供給され、トリクロロシランのガスが生成され、生成されたトリクロロシランが装置本体の天板部に設けられたガス取り出し口から取り出され、その後工程におけるサイクロンにより、トリクロロシランから回収されたものである。 すなわち、甲2発明において、「未反応の金属シリコン」は、トリクロロシランのガスの生成が開始された後に回収されるものであり、当該開始前に当たる「初期」に投入されることは、想定され得ないものといえる。 また、甲2には、当該「未反応の金属シリコン」をトリクロロシランのガスの生成開始前に初期投入することについて、何らの記載も示唆もない。 更に、甲1において、「無機直接法反応」から得られる「再利用触体」を「初期投入」することを示すに足りる記載は見当たらない。 したがって、そのような甲1及び2の記載事項に基づき、甲2発明において、未反応の金属シリコンを初期投入することを採用し、上記相違点4に係る本件発明1の構成を備えるものとすることを、当業者は想到し得ないというべきである。 一方、本件発明1は当該構成により、上記(4)ア(イ)に記載の有利な効果を奏するものである。 (ウ) 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 イ 本件発明3について (ア)対比 本件発明3と甲2発明とを対比すると、両発明は上記ア(ア)と同様の相当関係を有しており、次の一致点及び相違点4’及び5’を有するといえる。 <一致点> 「式HSiX_(3)のモノハイドロジェントリハロシラン(式中、各Xは独立にハロゲン原子である)を含む生成物を調製する方法であって、 前記反応器に、式HXのハロゲン化水素及び追加の新たなケイ素を供給し、それにより前記生成物を形成する工程を含む方法。」 <相違点4’> 本件発明1では、「廃ケイ素を初期投入」しているのに対し、甲2発明では、「未反応の金属シリコン粉末は、後工程のサイクロン33で回収されてフィードホッパー31へと供給されてキャリアガスの導入配管30内に導入され、再度装置本体11内に供給され」る点。 <相違点5’> 本件発明1において、「廃ケイ素が、無機直接法反応サイクルの全体の選択性の低下開始以降に得られる」ものであるのに対し、甲2発明における「未反応の金属シリコン粉末」は、「全体の選択性の低下開始以降に得られる」ものであることが明らかでない点。 (イ) 相違点4’について 相違点4’について検討する。 相違点4’は上記ア(ア)の相違点4と同様の相違点であるので、同(イ)の相違点4についての検討と同様、甲2発明において、未反応の金属シリコンを初期投入することを採用し、上記相違点4’に係る本件発明3の構成を備えるものとすることを、当業者は想到し得ないというべきである。 (ウ) 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明3は、甲2発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 ウ 本件発明2、4?6、8?10について 本件発明2、4?6、8?10は、本件発明1又は3の発明特定事項をすべて具備するものであるから、上記ア及びイの本件発明1又は3の検討と同様、甲2発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 エ 小括 以上のとおりであるから、本件発明は甲2発明に対して進歩性が欠如するということはできない。 (6) まとめ 以上の検討のとおり、本件発明1?6、8?10は、甲1又は甲2に記載された発明に対して進歩性が欠如するということはできないから、請求項1?6、8?10に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるとはいえず、同法第113条第2号に該当しないため、申立理由1(進歩性欠如)を理由に、取り消すことはできない。 3 申立理由2(サポート要件違反)について (1) 特許異議申立人の主張 特許異議申立人が特許異議申立書(第23頁参照。)において主張する、申立理由2(サポート要件違反)についての具体的な指摘事項は、要するに、本件明細書の段落【0011】において、「更に、本発明者らは驚くべきことに、プロセス中の後のタイミング(例えば、モノマー選択性の低下中若しくは低下後、及び/又は生成段階の途中)で廃ケイ素を添加することが、全体の選択性にとって不利になる可能性があることを発見した。触体の初期投入時以外のサイクルのいかなるタイミングで廃ケイ素を反応器に添加しても、廃ケイ素がプロセス中の後のタイミングで添加されなかった場合に起こっていたであろうよりも、生成物中により多くのポリマーのハロゲン化ケイ素含有化合物が形成された。」と記載されている一方、本件発明1及び3における「反応器に新たなケイ素触体及び再利用触体を初期投入する工程」及び「反応器に新たなケイ素触体及び廃ケイ素を初期投入する工程」なる記載は、当該「新たなケイ素触体及び再利用触体」及び「新たなケイ素触体及び廃ケイ素」を初期以外の中期や後期に投入した場合も含むため、本件発明1及び3が本件明細書に記載された範囲より広くなっているというものである。 (2) 発明の詳細な説明の記載事項 ア 「無機直接法に関する課題の1つは、選択性を制御することである。選択性とは、生成物中のハロゲン化ケイ素含有化合物の量を指す。モノハイドロジェントリハロシランを生成し、かつ生成される他のハロゲン化ケイ素含有化合物の数を減らすことが、産業界において必要である。」(段落【0008】参照。) イ 「しかしながら、本発明者らは、一貫して、因子(前述)及び選択されるプロセス条件に関係なくモノマー選択性の低下が起こることを見いだした。そのため、サイクルの全体を通して生成される生成物中のモノハイドロジェントリハロシラン量を一定にするために、無機直接法を行う場合にモノマー選択性の低下を抑制又は回避することが産業界において必要である。」(段落【0009】参照。) ウ 「しかしながら、本発明者らは、驚くべきことに、後続のサイクルの開始時に新たなケイ素とともに廃ケイ素を組み合わせることによって(新たなケイ素だけを用いて後続のサイクルを開始する代わりに)、更なるポリマーのハロゲン化ケイ素含有化合物を生成させることもなく、他に全体の選択性に不利な影響を及ぼすこともなく、後続サイクルにおいてモノマー選択性の低下が最小化又は回避されることを見いだした。」(段落【0010】参照。) (3) 検討 特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号所定のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを比較し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。 以下、検討すると、まず、本件発明の課題は、上記(2)ア及びイの記載事項から、「モノハイドロジェントリハロシランを生成し、かつ生成される他のハロゲン化ケイ素含有化合物の数を減らす」という無機直接法の課題に関連する、「サイクルの全体を通して生成される生成物中のモノハイドロジェントリハロシラン量を一定にするために、無機直接法を行う場合にモノマー選択性の低下を抑制又は回避する」ことであることが理解できる。 そして、同ウの記載事項から、本件発明は当該課題を解決するために、「後続のサイクルの開始時に新たなケイ素とともに廃ケイ素を組み合わせることによって(新たなケイ素だけを用いて後続のサイクルを開始する代わりに)、更なるポリマーのハロゲン化ケイ素含有化合物を生成させることもなく、他に全体の選択性に不利な影響を及ぼすこともなく、後続サイクルにおいてモノマー選択性の低下が最小化又は回避されることを見いだした」ものであることが理解できる。 そうすると、本件発明は、少なくともサイクルの開始時に「新たなケイ素とともに廃ケイ素」を投入するという手段により、反応開始後に比較的短時間で出現する(段落【0009】参照。)「モノマー選択性の低下」を回避するという上記課題を解決するものと当業者は認識するといえる。 そして、請求項1及び3における「反応器に新たなケイ素触体及び再利用触体を初期投入する工程」及び「反応器に新たなケイ素触体及び廃ケイ素を初期投入する工程」は、上記手段に相当するものであるから、本件発明1及び3は、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題が解決できると認識できる範囲のものであるというほかない。 なお、上記(1)の特許異議申立人の主張のとおり、確かにプロセス中の後のタイミング(例えば、モノマー選択性の低下中若しくは低下後、及び/又は生成段階の途中)で廃ケイ素が添加されることで、全体の選択性にとって不利になる可能性があるともいえるが、このことは、反応開始後に比較的短時間で出現する、すなわち、当該タイミング前に出現する「モノマー選択性の低下」を回避するという課題が上記手段により解決できるとの認識を左右するものではない。 (4) 小括 以上のとおりであるから、請求項1及び3に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないため、申立理由2(サポート要件違反)を理由に、取り消すことはできない。 第4 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1?6、8?10に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1?6、8?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-12-01 |
出願番号 | 特願2017-529061(P2017-529061) |
審決分類 |
P
1
652・
537-
Y
(C01B)
P 1 652・ 121- Y (C01B) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 宮崎 大輔 |
特許庁審判長 |
宮澤 尚之 |
特許庁審判官 |
村岡 一磨 後藤 政博 |
登録日 | 2020-02-21 |
登録番号 | 特許第6665182号(P6665182) |
権利者 | ヘムロック・セミコンダクター・オペレーションズ・エルエルシー ダウ シリコーンズ コーポレーション |
発明の名称 | モノハイドロジェントリハロシランの調製方法 |
代理人 | 阿部 達彦 |
代理人 | 阿部 達彦 |
代理人 | 村山 靖彦 |
代理人 | 実広 信哉 |
代理人 | 実広 信哉 |
代理人 | 村山 靖彦 |