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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1369384
審判番号 不服2019-7656  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-06-10 
確定日 2020-12-15 
事件の表示 特願2017-175574「上皮成長因子受容体の欠失型変異体を認識する抗体、およびそれらの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成29年12月21日出願公開、特開2017-222711〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2004年(平成16年) 6月25日に国際出願された特願2006-517620号(パリ条約による優先権主張外国庁受理2003年6月27日、米国、2003年11月26日、米国、2004年4月15日、米国)の一部を平成22年11月11日に新たに特許出願したものである特願2010-252825号の一部をさらに平成25年12月27日に新たに特許出願したものである特願2013-272029号の一部をさらに平成29年 9月13日に新たな特許出願としたものであって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。
平成30年 8月 7日付け:拒絶理由通知
平成30年11月13日付け:意見書
平成30年11月13日付け:手続補正書
平成31年 1月31日付け:拒絶査定
令和 1年 6月10日付け:審判請求

第2 本願発明(本願発明の認定)
本願の請求項1ないし13に係る発明は、平成30年11月13日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、以下のとおりのものである。
「EGFRvIIIタンパク質上のエピトープに特異的に結合する単離したヒトモノクローナル抗体であって、アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC(配列番号56)に結合し、配列番号56中の二番目のリシンが前記エピトープの一部であり、メイタンシノイドまたはサポリンと結合している、抗体。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1-13に係る発明は、本願の優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1又は引用文献2に記載された発明及び引用文献3-7に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1.Cancer Res.,1995年 7月15日,Vol.55, No.14,pp.3140-3148
引用文献2.Brain Tumor Pathol.,2000年,Vol.17, No.2,pp.71-78
引用文献3.国際公開第98/50433号
引用文献4.Crit. Rev. Oncol. Hematol.,2001年 4月,Vol.38, No.1,pp.17-23
引用文献5.国際公開第01/00244号
引用文献6.Nat. Biotechnol.,2003年 6月 1日,Vol.21, No.7,pp.778-784
引用文献7.Immunological Reviews,1992年10月,Vol.129, No.1,p.57-80

第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献であるCancer Res.,1995年 7月15日,Vol.55, No.14,pp.3140-3148(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳及び下線は当審による)。
(1)「…上皮成長因子受容体(EGFR)は、神経膠腫と非小細胞肺癌のサブセットで遺伝的および免疫学的手段により同定された、欠失変異型EGFRvIIIが存在する。…我々はEGFRvIII固有の合成ペプチドと二次および三次コンフォメーションを維持するさまざまな形式の完全なバリアントを使用する長期免疫化プロトコールを通じて開発された5つの特定のモノクローナル抗体(mAbs)を報告する。これらのモノクローナル抗体は、生細胞スキャッチャード分析によると比較的高い親和性で細胞表面のEGFRvIIIを識別する(K_( A)数値範囲、0.13-2.5×10^(9)M^(-1))。これらのモノクローナル抗体は、RIA、ELISA、ウエスタンブロット、分析フローサイトメトリー、自己リン酸化、および免疫組織化学によって決定されたように、EGFRvIIIに特異的である。…また、EGFRvIIIエピトープは正常組織では発現しないことも観察した。そして、このエピトープを発現する腫瘍に対するmAbの局在化と治療の可能性を示した。私たちの観察は、乳房、肺、および中枢神経系腫瘍の治療法として、このmAb-抗原システムの開発を強く保証する。」(Abstract)
(2)「異種移植D256 MGおよびD270 MGは、EGFRvIIIの発現を維持する…。」(第3140頁左側欄下から第2行-最終行)
(3)「この欠失は、完全なEGFR…の細胞外ドメインからNH_(2)末端のアミノ酸残基6-273を削除し、アミノ酸残基5と274の間の位置6に挿入されたグリシン残基によって表されるユニークな一次配列を持つEGFRvIII…が生成される。
ヒトEGFRの親水性配列に由来する短い合成ペプチドによる免疫は、特定の抗EGFR抗血清を誘導し(10)、合成ペプチド免疫を使用してEGFRvIIIに対する多価血清を作製した。融合接合部に対応する14アミノ酸ペプチド(Pep 3;アミノ末端残基1-5、グリシン、残基274-280、および末端システイン)は化学的に合成され、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)に結合され、ウサギ、ヤギ、マカク、ラット、マウスの免疫に使用された(11)。ウサギ及びヤギで生成された、得られた抗Pep 3部位特異的抗体(7,11)は、可溶化膜調製物の免疫沈降とヒト神経膠芽腫及び派生異種移植片の凍結切片の間接免疫組織化学によって決定され、完全なEGFRとは対照的に親分子EGFRvIIIに対して非常に選択的だった。Pep 3免疫だけでは、マウス、ラット、またはマカクのEGFRvIIIに対する有意なレベルの抗体反応性を誘発するには不十分だった(11)。EGFRvIIIに特異的なモノクローナル抗体の分離は、Pep 3とEGFRvIII陽性細胞または細胞膜の免疫を組み合わせた免疫プロトコールが使用された後にのみ達成された。…このレポートでは、これらの新規抗EGFRvIIIモノクローナル抗体の特性をまとめ、乳房、肺、中枢神経系などのさまざまながんに対する複数の免疫療法アプローチでの応用の可能性を確立する。」(第3140頁左側欄最終行-右側欄第39行)
(4)「細胞株HC2 20 d2は、NIH 3T3細胞に、D-256 MGおよびD-270 MGと同じ801 bpのフレーム内欠失に対応するcDNAをトランスフェクションすることにより得られた(6)。」(第3141頁左側欄第10行-第12行)
(5)「免疫原、免疫プロトコール、および融合
融合接合部(LEEKKGNYVVTDHC)で予測されるアミノ酸配列に対応する14アミノ酸ペプチドであるPep 3は、AnaSpec、Inc.…によって合成、精製され、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)に結合された。…
表1に示す4つの組み合わせ免疫プロトコールは、次の免疫原を使用した:フロイントの完全アジュバント…のDPBSの1:1エマルション、フロイントの不完全アジュバントまたはDPBSのみでキーホールリンペットヘモシアニンに結合したPep 3;コラゲナーゼ脱凝集D-270 MG異種移植細胞(D-270 MG-X);0.02%EDTA-DPBSで採取した培養HC2 20 d2細胞; そしてHC2 20 d2異種移植細胞のミクロソーム膜。免疫化の開始時に生後8-15週のBALB/c雌マウス…を使用した。一般に、融合の前に、Pep 3及び受容体標的に対して5000を超える相互50%終点力価が必要とされた。融合は、我々の標準的な手順を使用して、P3X63/Ag8.653の非免疫グロブリン分泌カーニーバリアントで実行されました(13、14)。上清は、Pep 3およびD-270 MG-XまたはHC2 20 d2の陽性、及び、非トランスフェクションNIH 3T3細胞とA431(通常のEGFR)の反応性の欠如についてスクリーニングされた。」(第3141頁左側欄第30行-右側欄第5行)
(6)「表1 抗EGFRvIIIモノクローナル抗体


a Pep 3-KLHによる初回免疫はフロイントの完全アジュバントで行われました。その後の免疫はフロイントの不完全アジュバントで行われた。…」(第3141頁左側欄Table 1)
(7)「Pep 3および標的細胞に対する抗EGFRvIII mAbの反応性
5つの想定される抗EGFRvIII特異的モノクローナル抗体を、融合接合部にまたがる線形合成ペプチドPep 3に対して及びEGFRvIII cDNAトランスフェクト細胞株HC2 20 d2に対してテストした。
図1Aに示すように、5つのモノクローナル抗体は、間接ELISAで測定したPep 3に対する力価が異なっていた。 50%終点力価は1 μg/ml(モノクローナル抗体L8A4及びY10)から0.05 μg/ml(モノクローナル抗体J2B9)の範囲であった。Pep 3に対してテストした場合、無関係なアイソタイプコントロールは陰性であった。全てのモノクローナル抗体と無関係の10残基Pep 1の結合比は、テストされたモノクローナル抗体の濃度範囲20-0.15 μg/mlで0.6-1.6の範囲であった。同様の範囲の免疫グロブリン濃度が、間接RIAで、アセトン固定HC2 20 d2細胞に対して試験された(図1B)。50%エンドポイント力価は5 μg/ml(モノクローナル抗体J2B9)から0.8 μg/ml(モノクローナル抗体L8A4及びY10)の範囲であった。最も低い力価の抗Pep 3モノクローナル抗体(L8A4及びY10)は、このアッセイにおいて最も高い力価の抗HC2 20 d2モノクローナル抗体であった。無関係なコントロールは、HC2 20 d2細胞に対して陰性であった。全てのモノクローナル抗体と非トランスフェクトNIH3T3細胞株の結合比は、試験されたモノクローナル抗体の濃度範囲20-0.001 μg/mlで0.4から1.8の範囲であった。
様々な標的細胞に対する抗EGFRvIIIモノクローナル抗体の反応性
分析フローサイトメトリーにより、推定抗EGFRvIII特異的モノクローナル抗体J2B9、J3F6、Y10、H10及びL8A4はEGFRvIII陽性HC2 20 d2細胞の表面を陽性染色した(図2A)が、正常受容体のみを発現するA431細胞とは反応しなかった(図2B)。NIH 3T3細胞(非トランスフェクトコントロール、ヨウ素化EGF結合分析により約5×10^(3)の正常EGFR分子を発現すると推定される。)は、抗EGFRvIIIモノクローナル抗体と反応しなかった(データは示していない)。」(第3142頁右側欄第21行-第3143頁左側欄第24行)
(8)「図2. モノクローナル抗体528、J2B9、J3F6、Y10、H10、L8A4及びH11の対HC2 20 d2及びA431細胞の分析フローサイトメトリー…
A. EGFRvIIIトランスフェクトされたHC2 20 d2細胞(陽性ターゲット)。全てのモノクローナル抗体は細胞表面のEGFRvIIIを認識する(モノクローナル抗体528及びH11、通常のEGFR及びEGFRvIII、モノクローナル抗体J2B9、J3F6、Y10、H10及びL8A4、EGFRvIIIのみ)。」(第3143頁Fig.2 の説明)
(9)「高親和性のマウス抗EGFRvIII特異的モノクローナル抗体の産生は、完全な細胞表面又はミクロソーム膜調製物の成分としてのEGFRvIII分子による免疫化により達成された(表1)。立体構造エピトープの提示後の抗天然タンパク質活性のそのような増加または誘導は、これらの系におけるEGFRvIII特異的エピトープに対するBALB/cマウスの応答が本質的に立体構造であり得ることを示唆するであろう。」(第3146頁左側欄第4行-第11行)
(10)「さらに、予備的なデータは、シュードモナス外毒素分子に化学的に結合したモノクローナル抗体L8A4、Y10及びH10が、インビトロでEGFRvIIIを発現する細胞に対して非常に効果的で特異的な殺細胞剤であることを示している(42)。」(第3147頁左側欄下から第4行-最終行)

2 引用発明
1から、引用文献1には、マウスモノクローナル抗体Y10がPep 3による免疫とEGFRvIII陽性細胞及び細胞膜による免疫を組み合わせた免疫プロトコールにより得られたこと(1(1)-(6))、マウスモノクローナル抗体Y10がEGFRには結合せず特異的にEGFRvIII及びPEP3に結合すること(1(1)、(7)-(8))、PEP3のアミノ酸配列がLEEKKGNYVVTDHCであること(1(5))及び当該マウスモノクローナル抗体Y10にシュードモナス外毒素を結合させたこと(1(10))が記載されていると認められる。
上記の記載を総合すると、引用文献1には、以下の発明が記載されているといえる(以下「引用発明」という。)。
「EGFRvIIIタンパク質に特異的に結合するマウスモノクローナル抗体であって、アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHCであるPEP3に結合する、Pep3による免疫とEGFRvIII陽性細胞及び細胞膜による免疫を組み合わせた免疫プロトコールにより得られた、シュードモナス外毒素と結合している、抗体Y10。」

3 引用文献3の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献である国際公開第98/50433号(以下、「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳は、引用文献3の日本語公表公報である特表2001-523973号公報による)。
「しかし、これらの上記抗体のそれぞれはマウスまたはラットの可変および/または定常領域を有する。そのようなマウスまたはラットに由来する蛋白質が存在すれば、抗体の急速な一掃が起こり得る、または患者が抗体に対する免疫応答を起こしうる。マウスまたはラット由来の抗体の使用を避けるために、齧歯類が完全なヒト抗体を産生するように、ヒトの抗体機能を齧歯類に導入できるのではないかと考えられた。
メガベースサイズのヒト遺伝子座をYAC中にクローニングおよび再構築し、それらをマウス生殖細胞系に導入しうることにより、極めて大きく、または大まかにマッピングされた遺伝子座の機能的構成要素を解明するための、ならびにヒト疾患の有用なモデルを作製するための、強力な手法が提供される。さらに、このような技術を利用してマウス遺伝子座をそれらのヒト等価物に置換することにより、発生過程におけるヒト遺伝子産物の発現および調節、それらの他の系との連絡、ならびに疾患の誘導および進行におけるそれらの関与に関して比類のない洞察が得られると考えられる。
このような方法の1つの重要な実用的応用は、マウス体液性免疫系の「ヒト化」である。内因性Ig遺伝子が不活性化されたマウスにヒト免疫グロブリン(Ig)遺伝子座を導入することにより、抗体のプログラム化された発現および構築の根底にある機序に加えて、B細胞の発生におけるそれらの役割をも検討する機会が提供される。さらに、このような戦略により、ヒト疾患の抗体療法という可能性の実現へ向けての重要な里程標となる、完全ヒトモノクローナル抗体(Mab)を生産するための理想的な供給源が提供されると考えられる。完全ヒト抗体は、マウスまたはマウス由来のMabに固有の免疫原性およびアレルギー性反応を最小限に抑え、それにより、投与される抗体の有効性および安全性を高めると考えられる。完全ヒト抗体の使用は、抗体の反復投与を必要とする、炎症、自己免疫および癌などの慢性的および再発性のヒト疾患の治療に、実質的な利益を提供すると考えられる。
この目標に向けての1つの手法は、マウス抗体の産生に欠陥があってヒトIg遺伝子座の大きな断片を有するマウス系統を、組換え操作によって作製することであり、これは、このようなマウスが、マウス抗体を生じずに多様なレパトア(repertoire)のヒト抗体を産生するであろうとの予測に立つものであった。大きなヒトIg断片は、可変遺伝子の広範な多様性に加えて、抗体の産生および発現の適切な調節も保持すると考えられる。抗体の多様化および選択のため、ならびにヒトタンパク質に対する免疫寛容を失わせるためのマウス機構を開発すれば、これらのマウス系統で再現されたヒト抗体レパトアはヒト抗原を含む関心対象の任意の抗原に対する高親和性抗体を生じるはずである。ハイブリドーマ技術を用いることにより、望ましい特異性をもつ抗原特異的ヒトMabは容易に製造および選択しうると考えられる。
この一般的な方法は、本発明者らが1994年に発表した最初のXenoMouse(登録商標)系統の作出との関連で示された。グリーン(Green)ら、Nature Genetics7:13?21(1994)参照。XenoMouse(登録商標)系統は、可変および定常領域のコア配列を含む、ヒト重鎖およびκ軽鎖遺伝子座のそれぞれ245kbおよび190kbのサイズの生殖細胞系コンフィギュレーション断片を有する酵母人工染色体(YAC)を用いて操作された。同上。ヒトIgを含むYACは、抗体の再配列および発現の双方に関してマウス系への適合性があることが実証されており、不活性化されたマウスIg遺伝子の置換も可能であった。これは、それらがB細胞発生の誘導および完全ヒト抗体の成人様ヒトレパトアの生成、ならびに抗原特異的ヒトMabの産生の能力をもつことによって示された。」(第3頁第29行-第6頁第8行)

4 引用文献4の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献であるCrit. Rev. Oncol. Hematol.,2001年 4月,Vol.38, No.1,pp.17-23(以下、「引用文献4」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳及び下線は当審による)。
(1)「25年以上前にケーラーとミルスタインがハイブリドーマ技術を開発したことにより、ヒトの治療のためのモノクローナル抗体(mAb)の可能性が容易に評価された[1]。ただし、「魔法の弾丸」の約束はすぐには実現されませんであった。モノクローナル抗体の第1世代はマウスに由来し、マウスモノクローナル抗体は一般にヒトで免疫原性があり、ヒト抗マウス抗体(HAMA)応答の生成をもたらしたため、長期および反復投与における有効性を制限する。
マウスモノクローナル抗体の免疫原性を低下させ、HAMAの問題を克服するために、部分的ヒト、部分的マウスの「キメラ」モノクローナル抗体とほとんどヒトの「ヒト化」モノクローナル抗体を設計するために多大な努力が払われてきた(図1)。」(第18頁左側欄第4行?第18行)
(2)「ヒト化抗体には、依然として約5-10%のマウスタンパク質配列が含まれている[3]。キメラ及びヒト化組換えモノクローナル抗体は治療上の有用性を改善したが、それらは重要なタンパク質工学の努力を必要とし、依然として免疫原性である可能性がある[2、3]。したがって、モノクローナル抗体テクノロジーの価値を完全に実現するための究極の目標は、完全にヒトのモノクローナル抗体を簡単に生成できるシンプルで堅牢なシステムを確立することである。この目的のために、マウスのトランスジェニック系統であるXenoMouse系統は、機能的なマウス免疫グロブリン遺伝子を欠くように操作されたマウスにヒト免疫グロブリン遺伝子を導入することによって作成された。」(第18頁左側欄第24行-右側欄第3行)
(3)「XenoMouseテクノロジーは、抗原特異的で高親和性の完全ヒト治療用モノクローナル抗体を迅速に生成および生成するためのユニークで信頼できるソースを提供する。完全にヒトのモノクローナル抗体は非免疫原性であり、したがってヒト抗ヒト抗体応答なしに反復投与を可能にすることが期待される。これは、癌等の慢性および再発性のヒト疾患の抗体療法に大きな利点をもたらす。」(第19頁左側欄第13行-第21行)

5 引用文献5の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献である国際公開第01/00244号(以下、「引用文献5」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳は引用文献5の日本語公表公報である特表2003-503365号公報により、下線は当審による)。
(1)「3.メイタンシノイド-抗体複合体
治療係数を改善しようとして、メイタンシンおよびメイタンシノイドを腫瘍細胞抗原に特異的に結合する抗体に連結した。メイタンシノイドを含む免疫複合体は、例えば米国特許第 5,208,020; 5,416,064 および 欧州特許 EP 0 425 235 B1において開示されている(この文献の開示内容は引用により本明細書中に包含される)。Liu et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA93:8618-8623 (1996)には、ヒト結腸直腸癌を標的としたモノクローナル抗体C242に連結された、DM1と称するメイタンシノイドを含む免疫複合体が記載されている。この複合体は培養大腸癌細胞に対して高い細胞障害性を示すことが見出され、インビボでの腫瘍増殖検定において抗腫瘍活性を示した。Chari et al. Cancer Research 52:127-131 (1992)には、ヒト大腸癌細胞株上の抗原に結合するマウス抗体A7、またはHER-2/neu癌遺伝子を束縛する他のマウスモノクローナル抗体TA.1にジスルフィドリンカーを介し、メイタンシノイドを連結した免疫複合体が記載されている。インビトロで、1細胞当たり3×10^(5)のHER-2表面抗原を発現するヒト乳癌細胞株SK-Br-3について、TA.1-メイタンシノイド複合体の細胞障害を試験した。このドラッグ複合体は遊離メイタンシノイド薬に類似する程度の細胞障害性を示し、抗体1分子当たりのメイタンシノイド分子数を増やすことによって、細胞障害性を増加させることができた。A7-メイタンシノイド複合体はマウスにおいて低い全身細胞障害性を示した。」(第3頁第16行-第30行)

6 引用文献6の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献であるNat. Biotechnol.,2003年 6月 1日,Vol.21,No.7,pp.778-784 (以下、「引用文献6」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳及び下線は当審による)。
(1)「モノクローナル抗体を介したドラッグデリバリーの大きな進歩は、これまで臨床的に承認された唯一の複合体であるMylotargの開発によってなされた。Mylotargは、CD33に特異的なモノクローナル抗体で構成され、酸に不安定なヒドラゾン結合を介して、非常に強力なDNAアルキル化剤であるカリケアマイシンと結合している。臨床試験において、Mylotargは急性骨髄性白血病に対して有効性を示しているが、薬剤とモノクローナル抗体へ薬剤を結合するのに使用されるリンカーの両方が生理学的条件下で比較的不安定であり、また、製剤は非常に不均一であってモノクローナル抗体の約50%しかコンジュゲートの形で存在しない。ドキソルビシン、メイタンシノイド、CC-1065の類似体、および強力なタキソイドを含む他のコンジュゲートが報告されており、前臨床および初期の臨床試験のさまざまな段階にある。これらのコンジュゲートは異種移植モデルで顕著な抗腫瘍活性を誘発した…。」(第778頁左側欄第10行-第23行)

7 引用文献7の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献であるImmunological Reviews,1992年10月,Vol.129,No.1,p.57-80 (以下、「引用文献7」という。)には、以下の事項が記載されている(翻訳及び下線は当審による)。
(1)「癌の治療のための抗体コンジュゲート」(表題)
(2)「表1
抗体に繋ぐ多様な薬剤

毒素 植物 リシン、サポリン、モデシン
・・・」(第59頁表1)
(3)「免疫コンジュゲートを形成するための抗体の「武装」のためのさまざまな部分

4つの異なる薬剤-同位体、薬、毒素、酵素-を使用して、抗体を武装させることができる。このような部分の多くは臨床試験に使用されている(表1)…。」(第60頁第1行-第4行)

第5 対比
本願発明1と引用発明を対比する。
本願明細書の段落【0184】に、「(実施例2:ハイブリドーマ生成による抗EGFRvIII抗体の産生)
0日目にγ-1定常領域を有する抗体を産生する8匹のXenoMouseマウス(XenoMouse Glマウス)を免疫し、このプロトコルにしたがい、11、21、32、44、および54日目に追加免疫を行い、58日目に融合を実施した。すべての注射について、尻尾の根元における皮下投与に加え、腹腔内投与を介してすべての免疫を行った。0日目に完全フロイントアジュバント(CFA)(Sigma、ミズーリ州セントルイス)と1:1v/vで混合されたパイロジェンを含まないDPBSに懸濁された1.5×10^(7)個のB300.19/EGFRvIIIトランスフェクト細胞(実施例1A)を用いて免疫を行った。11、21、および32日目に、不完全フロイントアジュバント(IFA)(Sigma、ミズーリ州セントルイス)と1:1v/vで混合された、DPBS中の1.5×10^(7)個のB300.19/EGFRvIIIトランスフェクト細胞を用いて追加免疫を行った。44日目にIFAと1:1v/vで混合されたDPBS内のPEP3(EGFRvIIIペプチド)-KLH複合体5μg(実施例1)を用いて追加免疫を行い、54日目にアジュバントを含まない、DPBS内のPEP3(EGFRvIIIペプチド)-KLH複合体5μgを用いて最後の追加免疫を行った。」と記載されているように、本願発明1は、Pep3による免疫とEGFRvIII陽性細胞による免疫を組み合わせることにより抗体を取得している。
そして、引用発明において、Y10がEGFRvIIIタンパク質と結合するのは、該タンパク質上のエピトープであることは明らかであるから、両者は、以下の構成において一致する。
「EGFRvIIIタンパク質上のエピトープに特異的に結合する単離したモノクローナル抗体であって、アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHCに結合する、抗体。」

そして、両者は、以下の点で相違する。
(相違点1)本願発明1は、「アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC中の二番目のリシンが、エピトープの一部である」、「ヒトモノクローナル抗体」であるのに対し、引用発明は、「アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC中の二番目のリシンが、エピトープの一部である」か否か不明である、「マウスモノクローナル抗体」である点。
(相違点2)本願発明1は、抗体に結合している毒素が「メイタンシノイドまたはサポリンと結合している」のに対して、引用発明は、当該毒素が「シュードモナス外毒素」である点。

第6 判断
1 相違点1について
(1)本願明細書の段落【0075】によれば、本願発明1におけるエピトープとは、「免疫グロブリンまたはT細胞受容体と特異的に結合することができ、あるいは他の場合は分子と相互作用することができる任意のタンパク質抗原決定基を含む。」である。
したがって、上記本願請求項1の記載および本願明細書の段落【0075】の記載を参照すれば、本願発明1において、配列番号56中の二番目のリシンはエピトープの一部であればよい。
(2)そして、一般に、ヒトの治療に有用であり得る抗体が見出された場合、マウスモノクローナル抗体には免疫原性等の問題があることから、ヒト由来の抗体(即ち、ヒト抗体)を製造して使用することは本願優先日前において自明の課題である(例えば、第4の3の引用文献3の記載事項、第4の4(1)の引用文献4の記載事項参照。)。そして、引用文献3の記載事項(第4の3参照。)及び引用文献4に記載された事項(第4の4(1)-(3)参照。)を踏まえれば、ヒト抗体作製技術としてXenomouseを使用する技術は周知技術である。
したがって、引用発明において、上記自明の課題の下、上記周知のヒト抗体作製技術を適用して、ヒトモノクローナル抗体を作製することは、当業者が容易になし得ることである。
(3)ここで、引用発明の抗原の一つは本願発明1と同じくPEP3(LEEKKGNYVVTDHC)という14アミノ酸残基のもの(第4の1(5)-(6)参照。)であり、通常のエピトープのアミノ酸残基は5?10アミノ酸程度であること、及び、EGFRvIIIのアミノ酸配列は完全なEGFRの細胞外ドメインからNH2末端のアミノ酸残基6?273が削除されアミノ酸残基5と274の間の位置6にグリシン残基を挿入したもの(第4の1(3)参照。)であり、位置6のグリシン以外はEGFRにもEGFRvIIIにも共通するアミノ酸配列であるから、EGFRvIIIに特異的に結合する抗体、すなわち、EGFRには結合せずEGFRvIIIに特異的に結合する当該抗体はグリシンの前後の両方のアミノ酸残基をエピトープとすることが必要なことは自明であることを考慮すると、LEEKKGNYVVTDHCを抗原として使用して複数抗体を製造した場合に、LEEKKGNYVVTDHCのうちのGの前後、すなわち、KGNを含む、つまり二番目のリシンをも含む5?10アミノ酸をエピトープとするヒトモノクローナル抗体を取得することは、当業者であれば引用発明及び上記周知技術から容易に想到しえたことである。
したがって、本願発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)また、引用発明において、上記自明の課題の下、周知のヒト抗体作製技術を適用して、ヒトモノクローナル抗体を作製しようとすることも当業者の容易になし得るところ、そのような場合において、抗原としてPEP3を用い、EGFRvIIIに特異的に結合するY10抗体と競合し、Y10抗体と同一ないし近傍のエピトープを有し、Y10抗体と同じくEGFRvIIIに特異的に結合するヒトモノクローナル抗体を取得することも当業者であれば容易になし得たことである。
(5)ここで、本願明細書の段落【0241】-【0243】には、
「【0241】
ヒトEGFrVIIIに対する9種類全部のmAbのエピトープをマッピングし、SPOTの手順によって同定した。9種類全部の抗体をペプチドと反応させた。3種類のマウス抗体および6種類のXenoMouseマウス由来のヒト抗体を用いて得られる結果を表4.3に示す。ハイライトされた残基は、本発明者がアラニンに変異させ、試験抗体による結合が無くなった残基である。したがって、これらは抗体への結合に関連する残基である。
【0242】
【表16】

【0243】
表4.3に示された網掛け(審判合議体注:表4.3には網掛けした部分が存在していない。)したアミノ酸は、抗体認識に対するエピトープに最も関連がある残基である。オーバーラッピング配列のペプチドを用いて10種類全部のmAbのエピトープの最小の長さを正確にマッピングし、エピトープ中の各残基をアラニンで置換することによって、変異エピトープに結合するmAbに対する耐性を判定した。」と記載されている。
上記段落【0241】の表4.3はエピトープマッピングの結果であり、Y10抗体のエピトープが抗体13.1.2や抗体131のエピトープと同一であることが記載されている。
(6)とすれば、引用発明であるY10抗体は「アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC中の二番目のリシンが、エピトープの一部である」から、前記(4)で指摘した点に照らして、Y10抗体と競合し、Y10抗体と同一ないし近傍のエピトープのヒトモノクローナル抗体を取得することは、「アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC中の二番目のリシンが、エピトープの一部である」Y10抗体のヒトモノクローナル抗体を取得することに他ならない。
(7)したがって、(4)?(6)に記載の理由からも、本願発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 相違点2について
引用文献5-7に記載されるように、腫瘍等の治療に用いる抗体に結合する毒素として、メイタンシノイド、サポリンはいずれも周知である(第4の5-7参照。)。
したがって、引用発明において、シュードモナス外毒素に代えて、メイタンシノイドやサポリン等の毒素を用いることは、均等物による置換にすぎず、当業者が適宜選択し得ることである。

3 効果について
発明の効果に関して、本願実施例で示された二番目のリシンをエピトープの一部として結合する抗体の効果は、131及び13.1.2という特定の抗体の効果であって、LEEKKGNYVVTDHCの二番目のリシンをエピトープの一部として結合する任意の抗体(例えば、LEEKKGNYVVTDHCの二番目のリシンをエピトープの一部として結合するが、CDRのアミノ酸配列が131や13.1.2とは異なる抗体)が、親和性または特異性において131及び13.1.2と全く同様の性質を有するわけでなく、また、これらの抗体が引用発明と比較して親和性または特異性が優れているとの根拠は示されていないから、二番目のリシンをエピトープの一部として結合する全ての抗体が引用発明及び周知技術と比較して有利な効果を発揮するものではない。

4 請求人の主張について
(1)請求人の主張の概要
請求人は、審判請求書において以下の点を主張する。
(主張1)引用文献1は、二番目のリシンを含むエピトープの重要性について何ら記載していない。
(主張2)二番目のリシンに結合する抗体がEGFRvIIIへの優れた結合特性を有する抗体である。

(2)主張1について
本願発明1は「EGFRvIIIタンパク質上のエピトープに特異的に結合する単離したヒトモノクローナル抗体であって、アミノ酸配列LEEKKGNYVVTDHC(配列番号56)に結合し、配列番号56中の二番目のリシンが、前記エピトープの一部である」とするものであるところ、本願請求項1の記載及び本願明細書の段落【0075】の記載を参照すれば、本願発明1において、配列番号56中の二番目のリシンはエピトープの一部であれば足り、当該二番目のリシン自身が抗体との結合に大きく関与することは要しないことは第6の1(1)で既に指摘したとおりであって、上記主張1は請求項の記載に基づく主張ではない。

(3)主張2について
本願発明1に包含される全ての抗体が引用発明と比較して親和性または特異性が優れているとの根拠は示されていないことは、3で指摘したとおりである。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用発明及び周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-07-08 
結審通知日 2020-07-13 
審決日 2020-07-28 
出願番号 特願2017-175574(P2017-175574)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小金井 悟  
特許庁審判長 中島 庸子
特許庁審判官 高堀 栄二
山本 晋也
発明の名称 上皮成長因子受容体の欠失型変異体を認識する抗体、およびそれらの使用  
代理人 実広 信哉  
代理人 阿部 達彦  
代理人 村山 靖彦  

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