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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08B
審判 全部申し立て 発明同一  C08B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08B
管理番号 1370036
異議申立番号 異議2020-700801  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-15 
確定日 2021-01-20 
異議申立件数
事件の表示 特許第6683242号発明「繊維状セルロース、繊維状セルロース含有物、成形体及び繊維状セルロースの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6683242号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6683242号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、平成30年12月28日に出願され、令和2年3月30日にその特許権の設定登録がされ、同年4月15日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年10月15日に特許異議申立人村上清子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件特許発明
特許第6683242号の請求項1?10に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」、「本件特許発明2」等という。また、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。)。

【請求項1】
繊維幅が1000nm以下であり、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、
前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上であり、
下記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる、繊維状セルロース;
条件(a):
固形分濃度が0.5質量%の繊維状セルロース分散液を作製し、該繊維状セルロース分散液100質量部に対して、0.5質量%濃度のポリエチレンオキサイド水溶液を20質量部添加し、塗工液とする;該塗工液を基材上に塗工して坪量が50g/m^(2)のシートを形成する;
【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
【請求項2】
前記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が3.0以下となる、請求項1に記載の繊維状セルロース。
【請求項3】
前記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が1.5以下となる、請求項1又は2に記載の繊維状セルロース。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか1項に記載の繊維状セルロースを含む繊維状セルロース含有組成物。
【請求項5】
溶媒を含む請求項4に記載の繊維状セルロース含有組成物。
【請求項6】
前記溶媒が水であり、固形分濃度を0.2質量%とした場合の全光線透過率が80%以上である請求項5に記載の繊維状セルロース含有組成物。
【請求項7】
請求項1?3のいずれか1項に記載の繊維状セルロース、もしくは、請求項4?6のいずれか1項に記載の繊維状セルロース含有組成物から形成される成形体。
【請求項8】
シート状である請求項7に記載の成形体。
【請求項9】
下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上であり、重合度が500以上である繊維状セルロース;
【化2】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
【請求項10】
セルロース原料に対し、亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程含む繊維状セルロースの製造方法であって、
前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程は、前記セルロース原料に対し、前記亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、前記尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程含み、
前記1サイクル工程における前記尿素及び/又は尿素誘導体の分解率が95%以下である、繊維状セルロースの製造方法;
【化3】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。

第3 申立理由の概要及び証拠
異議申立人の申立理由の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1.申立理由の概要
(1)申立理由1(拡大先願)
本件特許発明1?10は、本件特許の出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第1号証に係る特許出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、本件特許発明1?10に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定に基づき取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(サポート要件)
本件特許発明1?10は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件特許発明1?10に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号の規定に基づき取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(進歩性)
本件特許発明1?10は、甲第2号証?甲第7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1?10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定に基づき取り消されるべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開2019-199671号公報(特願2018-961 06号の公開公報)
甲第2号証:特開2017-66273号公報
甲第3号証:再公表WO2017/170908号公報
甲第4号証:特開2018-199826号公報
甲第5号証:特開2017-66272号公報
甲第6号証:特許第6404382号公報
甲第7号証:「化学工学」、第37巻、第7号、第732(86)?73 8(92)頁、1973年

第4 証拠の記載事項
1.甲第1号証(以下、「甲1」という。)の記載事項
甲1には、以下の事項が記載されている。

(1a)「【請求項1】
繊維幅が1?200nmであり、
セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入されており、
前記構造式(1)に示す官能基の導入量が、セルロース繊維1gあたり2.0mmolを超える、
ことを特徴とするセルロース微細繊維。
[構造式(1)]
【化1】

構造式(1)において、a,b,m,nは自然数である。
A1,A2,・・・,AnおよびA’のうちの少なくとも1つはO^(-)であり、残りはR、OR、NHR、及び、なしのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。αは有機物又は無機物からなる陽イオンである。」

(1b)「【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010-216021号公報
【特許文献2】特開2009-293167号公報
【特許文献3】特開2013-127141号公報
・・・
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、前述した特許文献3の方法について、何故、光透過度や粘度が不十分になるのかを種々検討した。結果、セルロース繊維1gあたりに対するリンオキソ酸の導入量(モル量)にポイントがあることを知見するに至った。この点、同文献は、「繊維原料のセルロースのヒドロキシ基(-OH基)におけるリンオキソ酸基の導入量は、微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.1?2.0mmolが好ましく、0.2?1.5mmolがより好ましい」としている。しかしながら、後述する実施例に示すように、リンオキソ酸基の導入量は2.0mmolを超える方が好ましい。また、同検討の過程で、本発明者等は、リンオキソ酸の導入量は、単に添加するリンオキソ酸の量を規定すれば足りるというものではないことも知見した。実際に導入されるリンオキソ酸基の量は、製造条件にも依存する。なお、特許文献3の方法による場合、一度の反応で導入することができるリンオキソ酸基の量は多く見積もっても2.0mmol/gまでであると考えられ、この導入量では分散液の光透過度や粘度が十分なものにはならない。特許文献3の方法でリンオキソ酸の導入量が2.0mmolを超えるようにするのであれば、繰り返し反応を行う必要があり、したがって、同文献は、そもそもリンオキソ酸の導入量が2.0mmolを超えるようにすることを想定していなかったと考えられる。」

(1c)「【0023】
導入するリンオキソ酸のエステルとしては、ホスホン酸のエステルがより好ましい。ホスホン酸のエステルを導入した場合は、黄変化が少なくなるため、セルロース微細繊維が分散された分散液の光透過度がより高くなる。また、分散液の粘度も高くなる。ホスホン酸のエステルを導入した場合は、セルロース繊維のヒドロキシ基(-OH基)の一部が下記構造式(2)に示す官能基で置換される。
【0024】
[構造式(2)]
【化2】

【0025】
構造式(2)において、αは、なし、R、及びNHRのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。βは有機物又は無機物からなる陽イオンである。」

(1d)「【0026】
リンオキソ酸のエステル、あるいはホスホン酸のエステルの導入量は、セルロース微細繊維1g当たり、2.0mmol超、好ましくは2.1mmol以上、より好ましくは2.2mmol以上である。また、3.4mmol以下、好ましくは3.2mmol以下、より好ましくは3.0mmol以下である。導入量が2.0mmol以下であると、分散液の光透過度や粘度が十分に高まらないおそれがある。他方、導入量が3.4mmolを超えると、セルロース繊維が水に溶解するおそれがある。」

(1e)「【0044】
(添加物(A))
添加物(A)は、リンオキソ酸類及びリンオキソ酸金属塩類の少なくともいずれか一方を含む。・・・ただし、リンオキソ酸類の一部又は全部としては、ホスホン酸類を使用するのが好ましい。ホスホン酸類を使用すると、セルロース繊維の黄変化が防止されるので、分散液の光透過度がより向上する。」

(1f)「【0052】
(加熱)
添加物(A)や添加物(B)等を添加したセルロース繊維を加熱する際の加熱温度は、好ましくは100?210℃、より好ましくは100?200℃、特に好ましくは100?160℃である。加熱温度が100℃以上であれば、リンオキソ酸のエステルを導入することができる。ただし、加熱温度が210℃を超えると、セルロースの劣化が急速に進み、着色や粘度低下の要因となるおそれがある。また、加熱温度が160℃を超えると、セルロース微細繊維のB型粘度が低下するおそれや、光透過度が低下するおそれがある。
【0053】
・・・
【0055】
添加物(A)や添加物(B)等を添加したセルロース繊維の加熱時間は、例えば1?1,440分、好ましくは10?180分、より好ましくは30?120分である。加熱時間が長過ぎると、リンオキソ酸のエステルやカルバメートの導入が進み過ぎるおそれがある。また、加熱時間が長過ぎると、セルロース繊維が黄変化するおそれがある。」

(1g)「【実施例】
【0078】
次に、本発明の実施例について、説明する。
【0079】
セルロース繊維に、リンオキソ酸(ホスホン酸)、水酸化塩類(水酸化ナトリウム)及び尿素を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊してセルロース微細繊維を製造する試験を行った。セルロース繊維としては、針葉樹晒クラフトパルプを使用した。また、解繊は、高圧ホモジナイザーを使用して行った。
【0080】
リンオキソ酸、水酸化ナトリウム及び尿素の添加量、これらの溶液(試薬A)のpH、加熱の温度及び時間、解繊パス回数は、表1に示すとおりとした。得られたセルロース微細繊維の物性については、表2に示した。B型粘度及び光透過度の評価方法は、前述したとおりとした。なお、表1中の尿素の添加量0mmol/gは「添加なし」を、表2中のカルバメート基の導入量0mmol/gは「導入されていないこと」を、比較例3の「-」は「未測定」を意味する。
【0081】
【表1】

【0082】
【表2】

【0083】
(考察)
表2から、リンオキソ酸基の導入量がセルロース繊維1gあたり2.0mmolを超えると、B型粘度及び光透過度のいずれも向上することが分かる。」

2.甲第2号証(以下、「甲2」という。)の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。

(2a)「【請求項1】
リン酸基又はリン酸基に由来する置換基を有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物であって、
前記微細繊維状セルロース含有物はグルコース単位を含み、
前記グルコース単位の含有率をC_(glu)(質量%)、キシロース単位の含有率をC_(xyl)(質量%)、マンノース単位の含有率をC_(man)(質量%)、ガラクトース単位の含有率をC_(gal)(質量%)、アラビノース単位の含有率をC_(ara)(質量%)とした場合、(C_(xyl)+C_(man)+C_(gal)+C_(ara))/C_(glu)の値が0.1以下であり、
前記微細繊維状セルロースのリン酸基又はリン酸基に由来する置換基の含有量は0.5mmol/g以上である微細繊維状セルロース含有物。
【請求項2】
・・・
【請求項5】
YI値が1.4以下である請求項4に記載の微細繊維状セルロース含有シート。」

(2b)「【0087】
本発明の微細繊維状セルロース含有シートの黄色度(YI値)は、1.4以下であることが好ましく、1.3以下であることがより好ましい。ここで、微細繊維状セルロース含有シートのYI値とは、微細繊維状セルロース含有シートを加熱する前のYI値(初期YI値)である。」

(2c)「【0140】
【表1】



3.甲第3号証(以下、「甲3」という。)の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。

(3a)「【請求項1】
セルロース繊維にリン酸基を導入し、前記リン酸基を介して架橋構造を形成することで架橋リン酸化セルロース繊維を得る工程(A)と、
前記架橋構造の一部又は全部を切断することで架橋切断リン酸化セルロース繊維を得る工程(B)と、
前記架橋切断リン酸化セルロース繊維に機械処理を施すことで繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロースを得る工程(C)と、を含み、
前記工程(A)では、0.05mmol/g以上2.0mmol/g以下の架橋構造を形成し、
前記工程(B)は、pHが3以上の水系溶媒中で架橋構造の加水分解を行う工程である、繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロースの製造方法。」

(3b)「【0127】
<シート化>
微細繊維状セルロース含有スラリーにポリエチレングリコール(和光純薬社製:分子量400万)を微細繊維状セルロース100質量部に対し、20質量部になるように添加した。さらに、微細繊維状セルロースとポリエチレングリコールを合わせた固形分濃度が0.5質量%となるようイオン交換水を添加し、十分に均一になるよう攪拌を行って濃度調整を行い、懸濁液を得た。シートの仕上がり坪量が45g/m^(2)になるように懸濁液を計量して、市販のアクリル板に展開し35℃、相対湿度15%のチャンバーにて乾燥した。なお、所定の坪量となるようアクリル板上には堰止用の板を配置した。以上の手順により、微細繊維状セルロース含有シートが得られ、その厚みは30μmであった。得られた微細繊維状セルロース含有シートの引張強度及び加熱前後のYI値を後述の方法により測定した。」

(3c)「【0148】
【表1】

【0149】
【表2】



4.甲第4号証(以下、「甲4」という。)の記載事項
甲4には、以下の事項が記載されている。

(4a)「【請求項1】
リン酸基を有する繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロースであって、
前記繊維状セルロースの重合度が390以上であり、
前記繊維状セルロースは、前記リン酸基を介した架橋構造を含み、
前記繊維状セルロースは、ウレタン結合を有する基の含有量が0.1mmol/g以下である繊維幅が1000nm以下の繊維状セルロース。」

(4b)「【0148】
【表1】

【0149】
【表2】



5.甲第5号証(以下、「甲5」という。)の記載事項
甲5には、以下の事項が記載されている。

(5a)「【請求項1】
(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基と、(B)ウレタン結合を有する基とを有する微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース含有物であって、
前記(B)ウレタン結合を有する基の含有量C_(B)は、前記微細繊維状セルロース1gあたり0.05mmol/g以上である微細繊維状セルロース含有物。」

(5b)「【0065】
リン酸基導入工程は、少なくとも1回行えば良いが、複数回繰り返すこともできる。この場合、より多くの置換基(A)及び置換基(B)が導入されるので好ましい。」

(5c)「【0079】
(製造例1)
針葉樹クラフトパルプとして、王子製紙製のパルプ(固形分93%、米坪208g/m^(2)シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)700ml)を使用した。上記針葉樹クラフトパルプ(絶乾質量)100質量部に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液を含浸し、リン酸二水素アンモニウム45質量部、尿素200質量部となるように圧搾し、薬液含浸パルプを得た。得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で200秒間乾燥・加熱処理し、パルプ中のセルロースに置換基を導入した。
【0080】
得られたリン酸化パルプ(絶乾質量)100質量部に対して10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返した。次いで、得られた脱水シートを10000質量部のイオン交換水で希釈し、攪拌しながら、1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加し、pHが12?13のパルプスラリーを得た。その後、このパルプスラリーを脱水し、脱水シートを得た後、10000質量部のイオン交換水を注ぎ、攪拌して均一に分散させた後、濾過脱水して、脱水シートを得る工程を2回繰り返して、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0081】
(製造例2)
製造例1で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、製造例1と同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返して(リン酸化回数の合計が2回)、リン酸化パルプの脱水シートを得た。
【0082】
(製造例3)
製造例2で得たリン酸化パルプの脱水シートを原料にした以外は、製造例2と同様にして、リン酸基を導入する工程をさらに1回繰り返して(リン酸化回数の合計が3回)、リン酸化パルプの脱水シートを得た。」

(5d)「【0092】
【表1】



6.甲第6号証(以下、「甲6」という。)の記載事項
甲6には、以下の事項が記載されている。

(6a)「【請求項1】
セルロース繊維に、亜リン酸類及び亜リン酸金属塩類の少なくともいずれか一方からなる添加物(A)、並びに尿素及び尿素誘導体の少なくともいずれか一方からなる添加物(B)を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊する、
ことを特徴とするセルロース微細繊維の製造方法。」

(6b)「【請求項6】
繊維幅が1?1000nmであり、
セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されて、亜リン酸のエステルが導入されている、
ことを特徴とするセルロース微細繊維。
【化1】

構造式(1)において、αは、なし、R、及びNHRのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。βは有機物又は無機物からなる陽イオンである。」

(6c)「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、得られるセルロース微細繊維が黄色くなるとの問題が解決されたセルロース微細繊維の製造方法、及びセルロース微細繊維を提供することにある。
・・・
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、得られるセルロース微細繊維が黄色くなるとの問題が解決されたセルロース微細繊維の製造方法、及びセルロース微細繊維となる。」

(6d)「【0017】
さらに、亜リン酸のエステルを導入した場合は、リン酸基を有する化合物を導入した場合と異なり、得られるセルロース微細繊維の黄変化が防止される。この点、この黄変化が防止されるとの効果は、リンのオキソ酸一般を導入することで得られる効果ではなく、亜リン酸のエステルを導入した場合のみに得られる効果である。したがって、黄変化を防止するとの観点では、リンのオキソ酸という概念は意味を有しない。亜リン酸のエステルに黄変化防止効果が存在することは、本発明者等が独自に発見したものである。」

(6e)「【0019】
亜リン酸のエステルの導入量は、セルロース微細繊維1g当たり、好ましくは0.06?3.39mmol、より好ましくは0.61?1.75mmol、特に好ましくは0.95?1.42mmolである。導入量が0.06mmol未満であると、セルロース繊維の解繊が容易にならないおそれがある。また、セルロース微細繊維の水分散液が、不安定になるおそれもある。他方、導入量が3.39mmolを超えると、セルロース繊維が水に溶解するおそれがある。」

(6f)「【0023】
なお、置換度とは、セルロース中の一グルコース単位に対する官能基(構造式(1)で示す官能基やカルバメート基)の平均置換数をいう。置換度は、例えば、反応温度や反応時間で制御することができる。反応温度を高くしたり、反応時間を長くしたりすると、置換度が上昇する。ただし、置換度が上昇し過ぎると、セルロースの重合度が著しく低下する。」

(6g)「【0041】
(加熱)
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維を加熱する際の加熱温度は、好ましくは100?210℃、より好ましくは100?200℃、特に好ましくは100?180℃である。加熱温度が100℃以上であれば、亜リン酸のエステルを導入することができる。ただし、加熱温度が210℃を超えると、セルロースの劣化が急速に進み、着色や粘度低下の要因となるおそれがある。
・・・
【0044】
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維の加熱時間は、例えば1?1,440分、好ましくは10?180分、より好ましくは30?120分である。加熱時間が長過ぎると、亜リン酸のエステルやカルバメートの導入が進み過ぎるおそれがある。また、加熱時間が長過ぎると、セルロース繊維が黄変化するおそれがある。」

(6h)「【実施例】
【0076】
次に、本発明の実施例について、説明する。
セルロース繊維に、リンオキソ酸(リン酸水素ナトリウム又は亜リン酸水素ナトリウム)及び尿素を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊してセルロース微細繊維を製造する試験を行った。セルロース繊維としては、針葉樹晒クラフトパルプを使用した。また、解繊は、高圧ホモジナイザーを使用して行った。さらに、叩解は、亜リン酸変性パルプに対し、PFIミルを使用して9,200回転で行った。
【0077】
リンオキソ酸及び尿素の添加量、加熱の温度及び時間は、表1に示すとおりとした。得られたセルロース微細繊維の物性や評価については、表2に示した。B型粘度及び透過度の評価方法は、前述したとおりとした。また、黄変化については、目視によって判断するものとし、次の基準で評価した。
【0078】
(黄変化)
◎:透明又は白くなった場合
○:アイボリーになった場合
△:薄黄色になった場合
×:明らかに黄色くなった場合
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】



7.甲第7号証(以下、「甲7」という。)の記載事項
甲7には、以下の事項が記載されている。

(7a)「1・1 実験方法
装置は内容積5mlのマイクロボンベを用い,所定濃度になるよう尿素と水を充填して,70?80℃に数十分保ってよく溶解させる。しかるのち所定温度に保たれているオイルバスに浸漬する。マイクロボンベを用いたのは内容物を速く昇温させるためである。ボンベが小さいので一度に数本浸漬して一定時間ごとに一本づつ取り上げ冷水中に移して急冷する。ボンベの材質はチタンである。分析は内容物をボンベから全部洗い出して全量について行なう。内容物の量が少ないのと,開栓の際加水分解で生じたNH_(3,)CO_(2)が若干逃げるので(尿素+ビウレット)だけを乾燥法で行なう。ビウレットを直接分析しないのは量が少ないためで,これについては後の解析の項で述べる。
実験条件はつぎのごとくである。
濃度:尿素27.8,60.0wt%
温度:120,130,140,160,180℃
時間:30分?10時間

1・2 実験結果
長時間では加水分解の他、ビウレット生成もあるので、まず尿素の分解率の結果をFig.1に示す。160℃、180℃の場合には1時間以内での測定も行なうべきであったが内容物の昇温が完全か否か疑問があったのでほとんど行なわなかった。
分解率は当然のことながら、温度の高いほど、また尿素濃度の低い方が同一時間で大きい。つぎの解析の際の加水分解速度定数の初期値推定のため、残留物を尿素とみなし、かつ尿素と水の2次反応であるとしてFig.2のごときArreheniusプロットをまず行なった。この図から各点は比較的よく直線に乗る事が判る。」(第732(86)頁左欄下から4行?右欄26行)

(7b)「

」(第733(87)頁左欄)

第5 当審の判断
1.申立理由1(拡大先願)
(1)甲1に記載された発明
甲1の請求項1には、
「繊維幅が1?200nmであり、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入されており、前記構造式(1)に示す官能基の導入量が、セルロース繊維1gあたり2.0mmolを超える、ことを特徴とするセルロース微細繊維。
[構造式(1)]
【化1】

構造式(1)において、a,b,m,nは自然数である。
A1,A2,・・・,AnおよびA’のうちの少なくとも1つはO^(-)であり、残りはR、OR、NHR、及び、なしのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。αは有機物又は無機物からなる陽イオンである。」
が記載され(摘記1a)、具体的には、実施例1、2に、上記「構造式(1)に示す官能基」として「ホスホン酸」が導入され、その導入量が「2.47mmol/g又は2.13mmol/g」であり、「平均繊維幅」が「200nm以下」であるセルロース微細繊維が記載されている(摘記1g)。
そうすると、甲1には、以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲1発明」という。)。

(甲1発明)
「平均繊維幅が200nm以下であり、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、ホスホン酸で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入されており、前記ホスホン酸の導入量が、セルロース繊維1gあたり2.47mmol又は2.13mmolであることを特徴とするセルロース微細繊維。」

また、甲1の実施例には、「セルロース繊維に、リンオキソ酸(ホスホン酸)、水酸化塩類(水酸化ナトリウム)及び尿素を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊してセルロース微細繊維を製造する試験を行った。」と記載され(摘記1g)、具体的には、実施例1、2として、「ホスホン酸」が導入された例が記載されているから(摘記1g)、甲1には、上記「リンオキソ酸(ホスホン酸)」として「ホスホン酸」を添加して、「ホスホン酸が導入されたセルロース微細繊維」を製造する方法が記載されているといえる。
そうすると、甲1には、以下の発明が記載されているといえる。(以下、「甲1’発明」という。)

(甲1’発明)
「セルロース繊維に、ホスホン酸、水酸化ナトリウム及び尿素を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊してホスホン酸が導入されたセルロース微細繊維を製造する方法。」

(2)本件特許発明1
ア 本件特許発明1と甲1発明の対比
本件特許発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「セルロース微細繊維」は、本件特許発明1の「繊維状セルロース」に相当し、当該繊維状セルロースの繊維幅について、甲1発明の「平均繊維幅が200nm以下」は、本件特許発明1の「繊維幅が1000nm以下」に相当する。
また、本件特許発明1の式(1)は、a及びnがそれぞれ1であり、α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子であるから、亜リン酸(ホスホン酸)又はその塩を定義しているといえる。
そうすると、甲1発明の「ホスホン酸」は、本件特許発明1の「式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基」「【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」に相当し、甲1発明の「セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、ホスホン酸で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入」されている「セルロース微細繊維」は、本件特許発明1の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース」に相当する。
そして、甲1発明の「前記ホスホン酸の導入量が、セルロース繊維1gあたり2.47mmol又は2.13mmol」は、本件特許発明1の「前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上」に相当する。
以上によると、本件特許発明1と甲1発明は、
「繊維幅が1000nm以下であり、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、
前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上である繊維状セルロース;
【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
の点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点1-1」という。)。

(相違点1-1)
本件特許発明1は、「下記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる、繊維状セルロース;
条件(a):
固形分濃度が0.5質量%の繊維状セルロース分散液を作製し、該繊維状セルロース分散液100質量部に対して、0.5質量%濃度のポリエチレンオキサイド水溶液を20質量部添加し、塗工液とする;該塗工液を基材上に塗工して坪量が50g/m^(2)のシートを形成する」であるのに対し、甲1発明は、そのような物であるか不明な点。

イ 相違点1-1の判断
甲1には、甲1発明のセルロース微細繊維について、本件特許発明1の条件(a)でシートを形成することは記載されておらず、そもそもシートを形成することも記載されていない。そして、条件(a)でシートを形成した場合の該シートのYI値は不明であるから、甲1発明が、「条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる」ものとはいえず、上記相違点1-1は、実質的な相違点である。
したがって、本件特許発明1は、甲1発明と同一とはいえない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は、甲1発明の実施例である甲1記載の実施例1、2に注目すると加熱温度が170℃であって(摘記1g)、本件特許発明1の実施例の加熱温度165℃と実質的に同じ程度であるから、本件特許発明1と甲1発明の処理条件は実質的に同一であり、シートを形成した場合のYI値も同様に6.0以下となることが予想されること、また、甲2にはYI値は1.4以下が好ましいと記載されているように(摘記2a、2b、2c)、本件特許発明1が課題としている低いYI値のシートは何ら特有の課題ではなく、よく知られた課題であること、甲6にも黄変化が防止されたこと、すなわち、低いYI値が記載され、亜リン酸を用いることで黄変化が少なくなると記載されているから(摘記6c、6d)、亜リン酸を用いた甲1発明をシート化した場合のYI値は、6.0以下である蓋然性が極めて高いこと、YI値が低いシートがより望ましいことは周知の技術的事項であるから、市場に実用化されて提供される段階では、リン酸化シートと亜リン酸化シートでYI値は大きく変わるものではないこと、シート化条件(a)も甲3に記載されているように何ら特有の条件ではないことを挙げて(摘記3b)、相違点1-1は、実質的な相違点ではなく、本件特許発明1と甲1発明は同一であると主張している。
しかし、甲1発明と本件特許発明1の加熱温度が実質的に同じであるとしても、例えば、本件特許明細書記載の製造例7?10は、本件特許明細書【0136】?【0137】及び【0147】、【表1】の記載によれば、製造例1と加熱時間やリンオキソ酸化処理の回数を変えた例であって、加熱温度は製造例1と同じ165℃であるのに対して、条件(a)でシートを作成した場合のYI値は6.0以下にならないことが記載されているから、本件特許発明1と加熱温度が実質的に同じというだけでは、甲1発明を条件(a)でシートを作成した場合のYI値が6.0以下であると推認することはできない。
また、甲2及び甲6の記載や技術常識によれば、シートのYI値は低い方が望ましく、YI値が6.0以下のシートも知られており、リン酸化シートよりも亜リン酸化シートの方がYI値が低くなり得るということができ、甲3の記載によれば、シート化条件(a)も特有の条件とはいえないとしても、上記のとおり、加熱時間やリンオキソ酸化処理の回数を変えるとYI値が6.0以下にならないこともあることを考慮すれば、甲1発明を条件(a)でシートを作成した場合のYI値が6.0以下になるかどうかは不明である。
したがって、異議申立人の主張は、採用することができず、本件特許発明1は、甲1発明と同一とはいえない。

(3)本件特許発明2?8
上記(2)のとおり、本件特許発明1は、甲1発明と同一とはいえないところ、本件特許発明2、3は、本件特許発明1を引用してさらに限定する発明であり、本件特許発明4?6及び本件特許発明7、8は、本件特許発明1の繊維状セルロースを含む組成物及び成形体の発明であるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明と同一とはいえない。

(4)本件特許発明9
ア 本件特許発明9と甲1発明の対比
本件特許発明9と甲1発明を対比すると、上記(2)アと同様に、甲1発明の「平均繊維幅が200nm以下」である「セルロース微細繊維」は、本件特許発明9の「繊維状セルロース」に相当し、甲1発明の「セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、ホスホン酸で置換されてリンオキソ酸のエステルが導入されており、前記ホスホン酸の導入量が、セルロース繊維1gあたり2.47mmol又は2.13mmolであること」は、本件特許発明9の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上」であり、式(1)が、「【化2】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」に相当する。
そうすると、本件特許発明9と甲1発明は、
「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上である繊維状セルロース;
【化2】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
の点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点1-2」という。)。

(相違点1-2)
本件特許発明9は、「重合度が500以上」であるのに対し、甲1発明は、重合度が不明な点。

イ 相違点1-2の判断
甲1には、甲1発明の重合度が記載されておらず、また、甲1発明の重合度が500以上と推認できる技術常識も見当たらないから、相違点1-2は、実質的な相違点である。
したがって、本件特許発明9は、甲1発明と同一とはいえない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は、例えば甲3、甲4にも記載されているように、重合度が500以上の繊維状セルロースは、本件特許出願前に公知であったこと(摘記3c、4a、4b)、また、甲3、甲4に記載された繊維状セルロースは、リン酸化処理をしたものであって、亜リン酸化処理をしたものではないが、本件特許明細書に記載されたリン酸化処理が支配的な製造例4の重合度と、亜リン酸化処理をしているその他の製造例の重合度はほぼ同じであるから、リン酸化処理を行った甲3、甲4記載の繊維状セルロースの重合度と同様に、亜リン酸化処理を行った甲1発明の重合度は500以上である蓋然性が高いことを挙げて、相違点1-2は、実質的な相違点ではなく、本件特許発明9と甲1発明は同一であると主張している。
しかし、上記(2)ウでも述べたように、本件特許明細書記載の製造例7?10は、製造例1と加熱時間やリンオキソ酸化処理の回数を変えただけの例であって、いずれも亜リン酸化処理を行った製造例であるが、YI値が異なるのと同様に、製造例1の重合度は500以上であるのに対し、製造例7?10の重合度は500未満であるから、処理の条件によって重合度は500以上とならない場合があるということができる。
そうすると、甲1発明の重合度が500以上であるとは必ずしもいうことはできない。
また、例えば、甲3や甲4にも記載されているように、重合度が500以上の繊維状セルロースが本件特許出願前に公知であっても、上記のとおり、処理の条件によって重合度が異なり、加熱時間やリンオキソ酸化処理の回数を変えると重合度が500以上にならないことがあることを考慮すれば、甲1発明の重合度が500以上であるかどうかは不明である。
したがって、異議申立人の主張は、採用することができず、本件特許発明9は、甲1発明と同一とはいえない。

(5)本件特許発明10
ア 本件特許発明10と甲1’発明の対比
本件特許発明10と甲1’発明を対比すると、甲1’発明の「セルロース繊維」、「セルロース微細繊維」は、本件特許発明10の「セルロース原料」、「繊維状セルロース」に相当し、甲1’発明の「尿素」は、本件特許発明10の「尿素及び/又は尿素誘導体」に相当する。
そして、上記(2)アで述べたように、本件特許発明10の式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基は、「亜リン酸(ホスホン酸)又はその塩」であるから、甲1’発明の「ホスホン酸」、「ホスホン酸が導入されたセルロース微細繊維」は、本件特許発明10の「亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩」、「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料」「【化3】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」に相当する。
また、甲1’発明が、ホスホン酸及び尿素に「水酸化ナトリウム」を添加する方法であることについて検討すると、本件特許明細書【0059】には、亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩、すなわちホスホン酸に加えて、リン酸基を有する化合物及び/又はその塩等を含んでいてもよいことが記載され、同【0064】には、セルロースを含む繊維原料と化合物A、すなわち亜リン酸(ホスホン酸)の反応においては、化合物B、すなわち尿素の他に、例えばアミド類またはアミン類を含んでいてもよいことが記載されていることからみて、本件特許発明10は、「セルロース原料に対し、亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、尿素及び/又は尿素誘導体とを混合」するに際し、他の化合物を含んでいてもよい方法といえる。
そうすると、甲1’発明が、「水酸化ナトリウム」を添加する方法であることは、本件特許発明10との相違点にはならないといえる。
さらに、甲1’発明が、「加熱及び洗浄した後に、解繊」する方法であることについて検討すると、本件特許明細書の【0075】の<洗浄工程>の記載、同【0083】の<解繊処理工程>の記載、及び、実施例において、同【0122】で加熱処理、同【0125】で洗浄処理を行った後に、同【0128】でホモジナイザーで処理して微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得る解繊処理を行っていることからみて、本件特許発明10は、「加熱及び洗浄した後に、解繊」する方法を含むといえる。
そうすると、甲1’発明が「加熱及び洗浄した後に解繊」する方法であることは、本件特許発明10との相違点にはならないといえる。
以上によれば、本件特許発明10と甲1’発明は、
「セルロース原料に対し、亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程含む繊維状セルロースの製造方法;【化3】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
の点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点1-3」、「相違点1-4」という。)。

(相違点1-3)
本件特許発明10は、「前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程は、前記セルロース原料に対し、前記亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、前記尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程」含む方法であるのに対し、甲1’発明は、上記1サイクル工程を複数工程含む方法であるのかどうか不明な点。

(相違点1-4)
本件特許発明10は、「前記1サイクル工程における前記尿素及び/又は尿素誘導体の分解率が95%以下である」方法であるのに対し、甲1’発明は、上記分解率が不明な点。

イ 相違点1-3、1-4の判断
甲1には、ホスホン酸と尿素とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程含むこと、1サイクル工程における尿素の分解率が95%以下であることは、記載も示唆もされておらず、甲1’発明がそのような方法であると推認できる技術常識も見当たらないから、甲1’発明が、「前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程は、前記セルロース原料に対し、前記亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、前記尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程」含む方法であるとも、「前記1サイクル工程における前記尿素及び/又は尿素誘導体の分解率が95%以下である」方法であるともいえず、相違点1-3、1-4は、実質的な相違点である。
したがって、本件特許発明10は、甲1’発明と同一とはいえない。

ウ 異議申立人の主張
(ア)相違点1-3について
異議申立人は、甲5には、リン酸基を有する化合物と尿素を混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程含む繊維状セルロースの製造方法が記載され、リン酸化回数の増加に伴って置換量が多くなることも記載されていること(摘記5a?5d)、さらに注目すべきは、甲1の【0009】には、リンオキソ酸の導入量を2.0mmolを超えるものとするために、添加するリンオキソ酸の量を規定するだけでは足りず、繰り返して反応を行う必要があることが記載されているから(摘記1b)、甲1は、繰り返し反応を行う(加熱処理を複数回行う)ことができることを開示するものであること、さらに、甲6には、亜リン酸エステルの導入量を多くすると透明度が高くなり、黄変化が少ないことが記載されていることを挙げて(摘記6d、6h)、相違点1-3は、実質的な相違点ではないと主張している。
しかし、甲5に複数工程を含む製造方法について記載されているとしても、それを以て、甲1’発明も甲5と同様に複数工程を含む方法ということはできない。
そして、異議申立人が指摘する甲1の【0009】の記載は、従来技術である特許文献3(特開2013-127141号公報)の方法でリンオキソ酸の導入量が2.0mmolを超えるようにするのであれば、繰り返し反応を行う必要があると記載されているだけで、甲1’発明において、繰り返し反応を行うことが記載されているのではないから、同【0009】の記載を考慮しても、甲1’発明が、繰り返し反応を行う方法であるということはできない。
そして、甲6に、亜リン酸エステルの導入量を多くすると黄変化が少ないことが記載されていても、甲1’発明が、繰り返し反応を行う方法であるということにはならないといえる。
したがって、相違点1-3は、実質的な相違点であり、異議申立人の主張は採用できない。

(イ)相違点1-4について
異議申立人は、甲1記載の実施例における加熱条件は170℃、2時間であるところ、甲7のFig.1によれば、170℃、2時間の尿素の分解率は、95%以下であること(摘記7a、7b)、甲1の【0055】には、より好ましい加熱条件は30?120分と記載され(摘記1f)、上限である120分よりも短い加熱時間である場合は、尿素の分解率は95%よりも明らかに低くなるから、本件特許発明10において尿素の分解率を95%以下と規定したとしても、それは甲1に記載された実施例の分解率を後追いで規定したに過ぎないことを挙げて、相違点1-4は、形式上の相違点であると主張している。
しかし、甲7に、尿素の分解率は、当然のことながら、温度の高いほど、また尿素濃度の低い方が同一時間で大きいと記載されているように(摘記7a)、尿素の分解率は、尿素濃度その他の条件にも影響されるといえる。
そして、甲1の実施例は、【0079】に記載されているように、セルロース繊維に、リンオキソ酸(ホスホン酸)、水酸化塩類(水酸化ナトリウム)及び尿素を添加して加熱する方法であることが記載されているだけで(摘記1g)、反応溶液中の尿素濃度も不明であり、その他の条件も甲7の測定条件と同じとは限らないから、甲7のFig.1に、170℃で2時間加熱したときの尿素分解率が95%以下であると記載されているとしても、甲1’発明における尿素の分解率も95%以下ということはできない。
そのうえ、本件特許明細書に記載された製造例8は、【0137】によれば、加熱温度は製造例1と同じ165℃であり、1サイクル工程における加熱時間は900秒、すなわち、15分であるから、165℃で15分加熱した例であり、甲7のFig.1に従えば尿素分解率は95%以下となるべきところ、【表1】には、尿素分解率は97%と記載されており、95%以下ではないから、甲7のFig.1記載の尿素分解率が必ずしも当てはまるものではないことが裏付けられている。
そうすると、甲1’発明についても、甲7のFig.1記載の尿素分解率は必ずしも当てはまるものではない。
さらに、甲1’発明は、加熱温度が170℃と上記製造例8よりも高温であって、加熱時間が2時間と製造例8よりも長いから、加熱温度が高く加熱時間が長いために、尿素分解率は、製造例8の97%よりも高いことが予想され、甲1’発明の尿素分解率は95%以下であるとは必ずしもいうことはできない。
したがって、上記相違点1-4は、実質的な相違点であり、異議申立人の主張は、採用できない。

(6)申立理由1(拡大先願)について小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1?10は、甲1に記載された発明と同一ではなく、本件特許発明1?10に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものではない。
したがって、申立理由1によっては、本件特許発明1?10に係る特許を取り消すことはできない。

2.申立理由2(サポート要件)
(1)本件特許発明1?10の特許請求の範囲の記載
本件特許発明1?10の特許請求の範囲の記載は、上記第2で述べたとおりである。

(2)本件特許明細書の記載
本件特許明細書には、以下の事項が記載されている。

(a)「【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維状セルロース、繊維状セルロース含有物、成形体及び繊維状セルロースの製造方法に関する。」

(b)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、リンオキソ酸基を有する微細繊維状セルロースが知られている。ここで、本発明者らが、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースについて検討を進めたところ、亜リン酸基を含むリンオキソ酸基を多く導入しようとしてリンオキソ酸化処理時間を長くした場合は、意図しない亜リン酸基の脱離が生じたり、また、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースが黄変したりする場合があることがわかった。そして、このような微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物においては、透明性が低下する傾向が見られた。
【0008】
そこで本発明者らは、このような従来技術の課題を解決するために、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることを目的として検討を進めた。」

(c)「【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、本発明者らは、微細繊維状セルロースの製造工程において、リンオキソ酸化処理を複数回行い、各処理工程における尿素及び/又は尿素誘導体の分解率を所定値以下とすることにより、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることに成功した。」

(d)「【0014】
(繊維状セルロース)
本発明の第1の態様は、繊維幅が1000nm以下であり、リンオキソ酸基又はリンオキソ酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースに関する。ここで、繊維状セルロースにおける第1解離酸量をA1とし、繊維状セルロースにおける総解離酸量をA2とした場合、A1が1.35mmol/g以上であり、かつA1/A2の値が0.51以上である。さらに、下記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる。
条件(a):
固形分濃度が0.5質量%の繊維状セルロース分散液を作製し、該繊維状セルロース分散液100質量部に対して、0.5質量%濃度のポリエチレンオキサイド水溶液を20質量部添加し、塗工液とする;該塗工液を基材上に塗工して坪量が50g/m^(2)のシートを形成する。
【0015】
本発明の第2の態様は、繊維幅が1000nm以下であり、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースに関する。ここで、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量は1.35mmol/g以上であり、上記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる。なお、本明細書において、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を、単に亜リン酸基と呼ぶこともある。
【0016】
本発明の繊維状セルロースは、上記構成を有するものであるため、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることができる。例えば、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースを用いてシート等の成形体を形成する際には、成形工程において熱がかけられるが、そのような場合であっても微細繊維状セルロースの黄変が抑制され、結果として、黄変の少ない成形体が得られる。また、このような微細繊維状セルロースを含む分散液や成形体において、その透明性を高めることができる。」

(e)「【0021】
また、本発明の第4の態様は、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上であり、重合度が500以上である繊維状セルロースに関する。
【0022】
上述したように、従来、微細繊維状セルロースを含む分散液等の透明性を高めようとした場合、亜リン酸基といったアニオン性基を多く導入することで、繊維の解繊度合いを高めることが行われている。ここで、亜リン酸基を繊維状セルロースへ導入しようとした場合、リンオキソ酸化処理時間を長くすることが考えられる。しかし、本発明者らは、このような場合には、微細化前の繊維状セルロースの重合度が低下する傾向があることを突き止めた。そこで、本発明者らは、鋭意検討を行った結果、リンオキソ酸基導入工程を複数回とし、さらに、各回の尿素分解率を適切にコントロールすることにより、微細化前の繊維状セルロースの重合度の低下を抑制することに成功した。その結果、得られる繊維状セルロースの黄変を抑制することを見出した。さらに繊維状セルロースを微細化した場合に、微細繊維状セルロースの黄変をより効果的に抑制することができ、また微細繊維状セルロースを含む組成物の透明性をより高め得ることを見出した。
【0023】
微細化前の繊維状セルロースの重合度は、500以上であることが好ましく、550以上であることがより好ましく、600以上であることがさらに好ましい。また、繊維状セルロースの重合度は、2000以下であることが好ましい。微細化前の繊維状セルロースの重合度を上記範囲内とすることにより、微細化した微細繊維状セルロースを分散媒に分散させて分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られやすくなる。また、微細繊維状セルロースを含む分散液からシートを形成した場合、YI値が低いシートが得られやすくなる。なお、微細化前の繊維状セルロースは、例えば、繊維幅が1000nmよりも大きい繊維状セルロースである。」

(f)「【0057】
<リンオキソ酸基導入工程>
・・・ なお、本明細書においては、リンオキソ酸及び/又はその塩、もしくは亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩を含む化合物を化合物Aと呼ぶことがあり、尿素及び/又は尿素誘導体を化合物Bと呼ぶことがある。
・・・
【0061】
本実施形態で使用する化合物Bは、上述のとおり尿素及び/又は尿素誘導体である。化合物Bとしては、たとえば尿素、ビウレット、1-フェニル尿素、1-ベンジル尿素、1-メチル尿素、および1-エチル尿素などが挙げられる。
・・・
【0062】
繊維原料(絶乾質量)に対する化合物Bの添加量は、特に限定されないが、たとえば1質量%以上500質量%以下であることが好ましく、10質量%以上400質量%以下であることがより好ましく、100質量%以上350質量%以下であることがさらに好ましい。」

(g)「【0072】
ここで、尿素分解率とは、リンオキソ酸導入工程(特に加熱)における、水の蒸発以外の質量減少(すなわち、尿素の分解量)を、セルロース原料に添加した尿素の質量で除し、質量分率で表した値である。尿素は熱等によって分解され、炭酸ガスやアンモニアガスとして反応系外に放出されるため、尿素分解率は以下の方法で算出される。」

(h)「【0121】
<製造例1>
原料パルプとして、王子製紙製の針葉樹クラフトパルプ(固形分93質量%、坪量245g/m^(2)シート状、離解してJIS P 8121に準じて測定されるカナダ標準濾水度(CSF)が700ml)を使用した。
【0122】
この原料パルプに対してリンオキソ酸化処理を次のようにして行った。まず、上記原料パルプ100質量部(絶乾質量)に、亜リン酸(ホスホン酸)と尿素の混合水溶液を添加して、亜リン酸(ホスホン酸)33質量部、尿素120質量部、水150質量部となるように調整し、薬液含浸パルプを得た。次いで、得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で300秒加熱し、パルプ中のセルロースにリンオキソ酸基を導入し、リンオキソ酸化パルプ1を得た。
【0123】
次いで、得られたリンオキソ酸化パルプ1に対して洗浄処理を行った。洗浄処理は、100g(絶乾質量)のリンオキソ酸化パルプ1に対して10Lのイオン交換水を注いで得たパルプ分散液を、パルプが均一に分散するよう撹拌した後、濾過脱水する操作を繰り返すことにより行った。ろ液の電気伝導度が100μS/cm以下となった時点で、洗浄終点とした。
【0124】
洗浄後のリンオキソ酸化パルプ1に対して、さらに上記リンオキソ酸化処理、上記洗浄処理をこの順に2回ずつ行った。(反応回数:3回)。
・・・
【0133】
<製造例2及び3>
リンオキソ酸化処理における熱風乾燥機での加熱時間を450秒(製造例2)、600秒(製造例3)とした以外は製造例1と同様にして微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。
【0134】
<製造例4>
亜リン酸(ホスホン酸)33質量部の代わりに、リン酸28質量部、亜リン酸(ホスホン酸)8質量部を用い、リンオキソ酸化処理における熱風乾燥機での加熱時間を450秒とし、リンオキソ酸化処理の繰り返し数を1回とした(反応回数:2回)以外は、製造例1と同様にして微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。
【0135】
<製造例5及び6>
リンオキソ酸化処理における熱風乾燥機での加熱時間を450秒(製造例5)、600秒(製造例6)とし、リンオキソ酸化処理の繰り返し数を1回とした(反応回数:2回)以外は、製造例1と同様にして微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。
【0136】
<製造例7>
リンオキソ酸化処理における熱風乾燥機での加熱時間を900秒とし、リンオキソ酸化処理を繰り返し行わなかった(反応回数:1回)以外は、製造例4と同様にして微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。
【0137】
<製造例8?10>
リンオキソ酸化処理における熱風乾燥機での加熱時間を900秒(製造例8)、1350秒(製造例9)、1800秒(製造例10)とし、リンオキソ酸化処理を繰り返し行わなかった(反応回数:1回)以外は、製造例1と同様にして微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。」

(i)「【0147】
【表1】

【0148】
製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースを含む分散液は高透明であり、かつ製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースから形成されたシートにおいては、黄変が抑制されていた。このように、製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースは、微細繊維状セルロース含有組成物の黄変を抑制しつつ、当該組成物の透明性を向上させ得ることが分かった。」

(3)本件特許発明1?10の解決しようとする課題
本件特許明細書の【0008】によれば、本件特許発明1?10の解決しようとする課題は、「亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めること」のできる繊維状セルロース、それを含む繊維状セルロース含有組成物、それから形成される成形体及びその製造方法の提供といえる(摘記b)。

(4)本件特許発明1について
本件特許発明1について、本件特許明細書の【0015】には、「繊維幅が1000nm以下であり、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース」の態様に関し、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量は1.35mmol/g以上であり、条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となることが記載され、【0016】には、上記構成、すなわち、本件特許発明1の構成を有するため、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることができると記載されている(摘記d)。
そして、実施例には、製造例1?6として、本件特許発明1の具体例が記載され、【表1】には、製造例1?6の繊維状セルロースは、条件(a)でシートを形成した場合のYI値が0.59?1.25と低く、黄変が抑制されたものであり、また、分散液の全光線透過率も84?100%と透明性が高いことが記載され(摘記i)、【0148】には、本件特許発明1の具体例である製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースを含む分散液は高透明であり、かつ製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースから形成されたシートにおいては、黄変が抑制されていたこと、したがって、製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースは、微細繊維状セルロース含有組成物の黄変を抑制しつつ、当該組成物の透明性を向上させ得ることが分かったこと、すなわち、本件特許発明1は、本件特許発明1が解決しようとする課題を解決できるものであることが記載されている(摘記i)。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明1が、本件特許発明1の構成を有することで、本件特許発明1の課題を解決できることが記載され、それは実施例で具体的に確認されているから、発明の詳細な説明は、本件特許発明1について、本件特許発明1の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているといえる。

(5)本件特許発明2?8について
本件特許発明2?8は、本件特許発明1を直接的に又は間接的に引用して限定した発明であるから、本件特許発明1と同様に、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明2?8が、本件特許発明2?8の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているといえる。

(6)本件特許発明9について
本件特許発明9について、本件特許明細書の【0021】には、第4の態様として、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロースであって、亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上であり、重合度が500以上である繊維状セルロースが記載され、【0023】には、重合度は、500以上が好ましく、それにより、分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られやすくなり、また、シートを形成した場合、YI値が低いシートが得られやすくなることが記載されている(摘記e)。
そして、実施例には、製造例1?6として、本件特許発明9の具体例が記載され、【表1】には、重合度が500未満の比較例である製造例7?10よりも、分散液の全光線透過率が高く透明性に優れ、YI値が低く、黄変が抑制されることが記載され(摘記i)、【0148】には、本件特許発明9の具体例である製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースを含む分散液は高透明であり、かつ製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースから形成されたシートにおいては、黄変が抑制されていたこと、したがって、製造例1?6で得られた微細繊維状セルロースは、微細繊維状セルロース含有組成物の黄変を抑制しつつ、当該組成物の透明性を向上させ得ることが分かったこと、すなわち、本件特許発明9は、本件特許発明9が解決しようとする課題を解決できるものであることが記載されている(摘記i)。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明9が、本件特許発明9の構成を有することで、本件特許発明9の課題を解決できることが記載され、それは実施例でも具体的に確認されているから、発明の詳細な説明は、本件特許発明9について、本件特許発明9の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているといえる。

(7)本件特許発明10について
本件特許発明10について、本件特許明細書【0009】には、リンオキソ酸化処理を複数回行い、各処理工程における尿素及び/又は尿素誘導体の分解率を所定値以下とすることにより、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることに成功したと記載されている(摘記c)。
そして、実施例において、本件特許発明10の具体例である製造例1?6によれば、本件特許発明10の解決しようとする課題を解決できることが記載され(摘記i)、一方、反応回数が1回であって複数工程を含む方法ではなく、また、尿素分解率が95%以下ではない製造例7?10は、YI値が高く、透明性にも劣り、本件特許発明10の課題を解決できる方法ではないことが記載されている(摘記i)。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明10が、本件特許発明10の構成を有することで、本件特許発明10の解決しようとする課題を解決できることが記載され、それは実施例で具体的に確認されているから、発明の詳細な説明は、本件特許発明10について、本件特許発明10の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているといえる。

(8)異議申立人の主張
異議申立人は、本件特許明細書の【0009】には、微細繊維状セルロースの製造工程において、リンオキソ酸化処理を複数回行い、各処理工程における尿素及び/又は尿素誘導体の分解率を所定値以下とすることにより、亜リン酸基を有する微細繊維状セルロースの黄変を抑制しつつ、当該微細繊維状セルロースを用いて得られる組成物の透明性を高めることができると記載され(摘記c)、また、加熱工程が複数回であるとしても、1回の時間が長ければ黄変や透明性が低くなるのが当然であり、加熱温度によっても黄変及び透明性は左右され、尿素の添加率によっても左右されることを当業者は理解するから、これらの条件を特定しない本件特許発明1?10は、技術的意義のストーリーが特許請求の範囲の記載に反映されておらず、サポート要件を満たしていないと主張している。

ア 本件特許発明1?9
異議申立人が指摘する【0009】には、本件特許発明1?9の繊維状セルロースの製造方法について記載されているところ(摘記c)、物の発明である本件特許発明1?9について、その製造方法が記載されているのであり、発明の詳細な説明には、本件特許発明1?9について、本件特許発明1?9の解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているといえることは、上記(4)?(6)で述べたとおりである。

イ 本件特許発明10
異議申立人は、加熱工程が複数回であるとしても、1回の時間が長ければ黄変や透明性が低くなるのが当然であり、加熱温度によっても黄変及び透明性は左右され、尿素の添加率によっても左右されることを当業者は理解するから、これらの条件を特定しない本件特許発明10は、技術的意義のストーリーが特許請求の範囲の記載に反映されておらず、サポート要件を満たしていないと主張している。
しかし、本件特許明細書の【0072】にも記載されているように、尿素は熱等によって分解されるところ(摘記g)、本件特許発明10は、1サイクル工程における尿素の分解率が95%以下の方法であり、尿素の分解率が95%以下とならないような、加熱温度が高く、また、加熱時間が長い方法は含まないと理解できるから、本件特許発明10は、課題を解決できると当業者が認識することができる範囲の発明であるといえる。
また、本件特許明細書の【0062】には、尿素の添加量は特に限定されないと記載されており(摘記f)、尿素の添加率によっては、本件特許発明10が課題を解決できない方法となるといえるような技術常識も見当たらないから、尿素の添加率を特定しない本件特許発明10が、課題を解決できると認識することができない発明であるとはいえない。

したがって、異議申立人の主張は、いずれも採用することができない。

(9)申立理由2(サポート要件)について小括
以上のとおり、本件特許発明1?10は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。
したがって、申立理由2によっては、本件特許発明1?10に係る特許を取り消すことはできない。

3.申立理由3(進歩性)
(1)甲6に記載された発明
甲6の【請求項6】には、「繊維幅が1?1000nmであり、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されて、亜リン酸のエステルが導入されている、ことを特徴とするセルロース微細繊維。
【化1】

構造式(1)において、αは、なし、R、及びNHRのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。βは有機物又は無機物からなる陽イオンである。」が記載され(摘記6b)、その具体例として、試験例3?12には、上記構造式(1)に示す官能基が「亜リン酸」で、亜リン酸エステルが導入された例が記載されている(摘記6h)。
そうすると、甲6には、以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲6発明」という。)。

(甲6発明)
「繊維幅が1?1000nmであり、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、亜リン酸で置換されて、亜リン酸のエステルが導入されている、ことを特徴とするセルロース微細繊維。」

また、甲6の【請求項1】には、セルロース微細繊維の製造方法として、「セルロース繊維に、亜リン酸類及び亜リン酸金属塩類の少なくともいずれか一方からなる添加物(A)、並びに尿素及び尿素誘導体の少なくともいずれか一方からなる添加物(B)を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊する、ことを特徴とするセルロース微細繊維の製造方法」が記載され(摘記6a)、実施例の試験例3?12には、上記「添加物(A)」として「亜リン酸水素ナトリウム」、「添加物(B)」として「尿素」を用いて、亜リン酸エステルが導入されたセルロース微細繊維を製造する方法が記載されている(摘記6h)。
そうすると、甲6には、以下の発明が記載されているといえる。(以下、「甲6’発明」という。)

(甲6’発明)
「セルロース繊維に、亜リン酸水素ナトリウム、及び尿素を添加し、加熱及び洗浄した後に、解繊する、ことを特徴とする亜リン酸エステルが導入されたセルロース微細繊維の製造方法。」

(2)本件特許発明1
ア 本件特許発明1と甲6発明の対比
本件特許発明1と甲6発明を対比すると、甲6発明の「セルロース微細繊維」は、本件特許発明1の「繊維状セルロース」に相当し、当該繊維状セルロースの繊維幅について、甲6発明の「繊維幅が1?1000nm」は、本件特許発明1の「繊維幅が1000nm以下」に相当する。
また、本件特許発明1の式(1)は、上記1.(2)アで述べたとおり、亜リン酸(ホスホン酸)又はその塩であるから、甲6発明の「亜リン酸」は、本件特許発明1の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸エステル基に由来する置換基」「【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」に相当し、甲6発明の「セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、亜リン酸で置換されて、亜リン酸のエステルが導入されている、ことを特徴とするセルロース微細繊維」は、本件特許発明1の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲6発明は、
「繊維幅が1000nm以下であり、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース;
【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
の点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点3-1」、「相違点3-2」という。)。

(相違点3-1)
本件特許発明1は、「亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上」であるのに対して、甲6発明は、「亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量」が不明な点

(相違点3-2)
本件特許発明1は、「下記条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる、繊維状セルロース;
条件(a):
固形分濃度が0.5質量%の繊維状セルロース分散液を作製し、該繊維状セルロース分散液100質量部に対して、0.5質量%濃度のポリエチレンオキサイド水溶液を20質量部添加し、塗工液とする;該塗工液を基材上に塗工して坪量が50g/m^(2)のシートを形成する」であるのに対し、甲6発明は、そのような物であるか不明な点。

イ 相違点3-1の判断
甲6の【0019】には、亜リン酸のエステルの導入量は、セルロース微細繊維1g当たり、好ましくは0.06?3.39mmolと記載されているから(摘記6e)、セルロース繊維1g当たりの亜リン酸エステルの導入量を当該好ましい範囲内である1.35mmol以上、すなわち、1.35mmol/g以上とすることは、当業者が容易に行うことである。
したがって、相違点3-1は、当業者が容易に想到することができたものである。

ウ 相違点3-2の判断
甲6の【0006】には、セルロース微細繊維が黄色くなるとの問題が解決されたこと(摘記6c)、実施例で製造したセルロース微細繊維を目視で判断すると透明又は白くなっており黄変化が少ないものであることが記載されている(摘記6h)。
しかし、セルロース微細繊維は黄変化が少ないものであるとしても、条件(a)でシートを形成した場合の、該シートのYI値は不明であるから、上記相違点3-2は、実質的な相違点である。
そして、甲6には、本件特許発明1の条件(a)でシートを形成することは記載されておらず、そもそもシートを形成することも記載されていないから、甲6発明において、「条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる」ものとすることが当業者が容易に想到することができたということはできない。
また、甲2?5、7の記載全体及び技術常識を検討しても、甲6発明において、「条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下となる」ものとする動機付けは見当たらない。
したがって、上記相違点3-2は、当業者が容易に想到することができたものではない。

エ 本件特許発明1について小括
以上のとおり、相違点3-2は、当業者が容易に想到することができたものではないから、本件特許発明1は、甲2?7に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

オ 異議申立人の主張
異議申立人は、甲6発明を製造する際の加熱温度は150?180℃であって(摘記6h)、本件特許発明の実施例の加熱温度165℃と実質的に同じ程度であり、加熱時間も甲6の試験例7?10は本件特許発明の実施例と大差はないから(摘記6h)、本件特許発明と甲6発明の処理条件は実質的に同一であり、シートを形成した場合のYI値も同様に6.0以下となることが予想され、また、YI値は低い程より望ましいことは明らかであるから、相違点3-2は、当業者が容易に想到することができたと主張している。
しかし、甲6発明の加熱温度、加熱時間が本件特許発明の加熱温度、加熱時間と大差がないとしても、上記1.(2)ウでも述べたように、本件特許明細書記載の製造例7?10は、製造例1とリンオキソ酸化処理の回数を変えた例であって、上記回数が異なると条件(a)でシートを作成した場合のYI値は6.0以下にならないことが記載されているから、本件特許発明と加熱温度や加熱時間に大差がないというだけでは、甲6発明を条件(a)でシートを作成した場合のYI値が6.0以下と推認することはできない。
また、シートのYI値は低い方が望ましいことが知られていたとしても、上記ウで述べたとおり、甲6には、そもそもシートを形成することも記載されておらず、仮にシートを形成するとしても、とりわけ、本件特許発明1の条件(a)で形成する動機付けはなく、また、甲6発明について、条件(a)で形成したシートのYI値を6.0以下とする手段も不明であるから、甲6発明において、「条件(a)でシートを形成した場合、該シートのYI値が6.0以下」とすることが、当業者が容易に行うこととはいえない。
したがって、上記相違点3-2は、当業者が容易に想到することができたものではなく、異議申立人の主張は採用できない。

(3)本件特許発明2?8
上記(2)のとおり、本件特許発明1は、甲2?7に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないところ、本件特許発明2、3は、本件特許発明1を直接的又は間接的に引用して限定する発明であり、本件特許発明4?6及び本件特許発明7、8は、本件特許発明1の繊維状セルロースを含む組成物及び成形体の発明であるから、本件特許発明1と同様に、甲2?7に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件特許発明9
ア 本件特許発明9と甲6発明の対比
本件特許発明9と甲6発明を対比すると、上記(2)アと同様に、甲6発明の「繊維幅が1?1000nm」である「セルロース微細繊維」は、本件特許発明9の「繊維状セルロース」に相当し、甲6発明の「亜リン酸」は、本件特許発明9の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基」「【化1】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」に相当し、甲6発明の「セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、亜リン酸で置換されて、亜リン酸のエステルが導入されている、ことを特徴とするセルロース微細繊維」は、本件特許発明9の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース」に相当する。
そうすると、本件特許発明9と甲6発明は、
「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有する繊維状セルロース;
【化2】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
である点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点3-1」、「相違点3-3」という。)。

(相違点3-1)
本件特許発明9は、「前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量が1.35mmol/g以上」であるのに対し、甲6発明は、「亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基の導入量」が不明な点。

(相違点3-3)
本件特許発明9は、「重合度が500以上」であるのに対し、甲6発明は、重合度が不明な点。

イ 相違点3-1の判断
相違点3-1は、上記(2)イで述べたとおり、当業者が容易に想到することができたものである。

ウ 相違点3-3の判断
甲6には、甲6発明の重合度が記載されておらず、また、甲6発明の重合度が500以上と推認できる技術常識も見当たらないから、相違点3-3は、実質的な相違点である。
そして、甲6全体の記載、甲2?5、7の記載及び技術常識を検討しても、甲6発明において、重合度を500以上とする動機付けは見当たらないから、相違点3-3は、当業者が容易に想到することができたということはできない。
一方、本件特許明細書の【0023】には、重合度を500以上とすることにより、微細化した繊維状セルロースを分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られやすくなり、当該分散液からシートを形成した場合YI値が低いシートが得られやすいことが記載され、【表1】によれば、重合度が500以上である製造例1?6は、重合度が500未満である製造例7?9と比較して、分散液の全光線透過率が高く透明性が高いこと、条件(a)でシートを形成した場合のシートのYI値が低いことが確認されているから、本件特許発明9は、重合度が500以上であることにより、分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られ、当該分散液から条件(a)でシートを形成した場合にYI値が低いシートが得られるという優れた効果を奏するものである。
したがって、相違点3-3は、当業者が容易に想到することができたものではなく、本件特許発明9は、甲2?7に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

エ 異議申立人の主張
異議申立人は、例えば甲3、甲4にも記載されているように、重合度が500以上の繊維状セルロースは、本件特許出願前に公知であったこと(摘記3c、4a、4b)、また、甲3、甲4に記載された繊維状セルロースは、リン酸化処理をしたものであって、亜リン酸化処理をしたものではないが、本件特許明細書に記載されたリン酸化処理が支配的な製造例4の重合度と、亜リン酸化処理をしているその他の製造例の重合度はほぼ同じであるから、リン酸化処理を行った甲3、甲4記載の繊維状セルロースの重合度と同様に、亜リン酸化処理を行った甲6発明の重合度は500以上である蓋然性が高いことを挙げて、相違点3-3は、実質的な相違点ではなく、当業者が容易に想到できたと主張している。
しかし、重合度が500以上の繊維状セルロースが本件特許出願前に公知であっても、上記ウで述べたように、本件特許発明9は、重合度が500以上であることにより、分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られ、当該分散液から条件(a)でシートを形成した場合YI値が低いシートが得られるというものであるところ、甲2?7全体の記載及び技術常識を検討しても、重合度を500以上とすることによって、分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られ、当該分散液から条件(a)でシートを形成した場合YI値が低いシートが得られるものとする動機付けは見当たらない。
したがって、甲6発明において、分散液とした際に、透明性の高い分散液が得られ、当該分散液から条件(a)でシートを形成した場合YI値が低いシートが得られるものとすることを目的として重合度を500以上とすることが、当業者が容易に行うこととはいえない。
よって、相違点3-3は、当業者が容易に想到することができたものではなく、異議申立人の主張は採用することができない。

(5)本件特許発明10
ア 本件特許発明10と甲6’発明の対比
本件特許発明10と甲6’発明を対比すると、甲6’発明の「セルロース繊維」、「セルロース微細繊維の製造方法」は、本件特許発明10の「セルロース原料」、「繊維状セルロースの製造方法」に相当し、甲6’発明の「亜リン酸水素ナトリウム」、「尿素」は、本件特許発明10の「亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩」、「尿素及び/又は尿素誘導体」に相当する。
そして、上記(2)アで述べたと同様に、本件特許発明10の「式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基」は、「亜リン酸(ホスホン酸)又はその塩」であるから、甲6’発明の「亜リン酸エステルが導入されたセルロース微細繊維」は、本件特許発明10の「下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料」「【化3】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである」に相当する。
また、上記1.(5)アで述べたように、本件特許発明10は、「加熱及び洗浄した後に、解繊する」方法を含むといえるから、甲6’発明が「加熱及び洗浄した後に、解繊する」方法であることは、本件特許発明10との相違点にはならないといえる。
そうすると、本件特許発明10と甲6’発明は、
「セルロース原料に対し、亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、下記式(1)で表される亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程含む繊維状セルロースの製造方法;
【化3】

式(1)中、a及びnはそれぞれ1であり、bは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである);α^(n)及びα’のうち一方がO^(-)であり、他方が水素原子である;β^(b+)は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。」
の点で一致し、以下の点で相違する(以下、「相違点3-4」、「相違点3-5」という。)。

(相違点3-4)
本件特許発明10は、「前記亜リン酸基又は亜リン酸基に由来する置換基を有するセルロース原料を得る工程は、前記セルロース原料に対し、前記亜リン酸基を有する化合物及び/又はその塩と、前記尿素及び/又は尿素誘導体とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程」含む方法であるのに対し、甲6’発明は、上記1サイクル工程を複数工程含む方法であるのかどうか不明な点。

(相違点3-5)
本件特許発明10は、「前記1サイクル工程における前記尿素及び/又は尿素誘導体の分解率が95%以下である」方法であるのに対し、甲6’発明は、上記分解率が不明な点。

イ 相違点3-4、3-5の判断
甲6には、ホスホン酸と尿素とを混合し、加熱する1サイクル工程を複数工程含むこと、1サイクル工程における尿素の分解率が95%以下であることは、記載も示唆もされておらず、甲6’発明がそのような方法であると推認できる技術常識も見当たらないから、相違点3-4、3-5は、実質的な相違点である。
そして、甲5には、「(A)リン酸基又はリン酸基に由来する置換基を有する微細繊維状セルロース繊維」が記載され(摘記5a)、リン酸基導入工程は複数回繰り返すこともできること、その場合より多くの置換基(A)が導入されるので好ましいこと(摘記5b)、実施例1?3として、リン酸化回数を1回、2回、3回行った例が記載され、リン酸化回数が増加すると、置換基(A)の導入量が増加することが具体的に確認されている(摘記5c、5d)。
そうすると、甲5に記載されたリン酸基と同様に、酸性基である亜リン酸基を導入する方法である甲6’発明において、酸性基である亜リン酸基の導入量を増加させるために、酸性基導入工程を複数回繰り返すことは容易に行い得るとまではいえたとしても、その際に、複数工程における1サイクル工程の尿素の分解率を95%以下とする動機付けは、甲2?7及び技術常識を検討しても見当たらない。
したがって、少なくとも相違点3-5は、当業者が容易に想到することができたものではないから、本件特許発明10は、甲2?7に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は、甲6記載の試験例7?10は、加熱温度が170?180℃、加熱時間は5?60分であるところ(摘記6h)、そのような場合、甲7のFig.1によれば、尿素の分解率は、95%以下であるから(7a、7b)、本件特許発明10において尿素の分解率95%以下と規定したとしても、それは甲6に記載された実施例の分解率を後追いで規定したに過ぎないから、相違点3-5は、形式上の相違点であり、当業者が容易に想到できると主張している。
しかし、上記1.(5)ウ(イ)でも述べたとおり、尿素の分解率は、加熱温度や加熱時間のみならず、尿素濃度その他の条件にも影響され、一方、甲6’発明の、反応溶液中の尿素濃度は不明であり、その他の条件も甲7の測定条件と同じとは限らないから、甲7のFig.1に、170℃で2時間加熱したときの尿素分解率が95%以下であると記載されているとしても、甲6’発明における尿素の分解率も95%以下ということはできない。
しかも、本件特許明細書に記載された製造例8は、【0137】によれば、加熱温度は製造例1と同じ165℃であり、1サイクル工程における加熱時間は900秒、すなわち、15分であるから、165℃で15分加熱した例であり、甲7のFig.1に従えば尿素分解率は95%以下となるべきところ、【表1】には、尿素分解率は97%と記載されており、95%以下ではないから、甲7のFig.1記載の尿素分解率はが必ずしも当てはまるものではないことが裏付けられている。
そうすると、甲6’発明についても、甲7のFig.1記載の尿素分解率は必ずしも当てはまるものではない。
そのうえ、甲6’発明の加熱温度、加熱時間について検討すると、甲6記載の試験例1?12のうち、試験例1?6、11、12は、加熱時間が120分と上記製造例8よりも長く、試験例7?10は、加熱温度が170?180℃と上記製造例8よりも高いから、甲6記載の試験例の尿素分解率は、いずれも、上記製造例8の尿素分解率97%よりも高いことが予想され、甲6’発明の尿素分解率が95%以下であるとは必ずしもいえない。
そして、甲2?7の記載及び技術常識を検討しても、複数工程における1サイクル工程の尿素の分解率を95%以下とする動機付けが見当たらないことは、上記イで述べたとおりである。
したがって、相違点3-5は、当業者が容易に想到することができたものではなく、異議申立人の主張は、採用できない。

(6)申立理由3(進歩性)について小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1?10は、甲2?7に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、申立理由3によっては、本件特許発明1?10に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-01-04 
出願番号 特願2018-248487(P2018-248487)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08B)
P 1 651・ 537- Y (C08B)
P 1 651・ 161- Y (C08B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 神谷 昌克  
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 関 美祝
井上 千弥子
登録日 2020-03-30 
登録番号 特許第6683242号(P6683242)
権利者 王子ホールディングス株式会社
発明の名称 繊維状セルロース、繊維状セルロース含有物、成形体及び繊維状セルロースの製造方法  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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