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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1370037
異議申立番号 異議2020-700602  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-14 
確定日 2021-01-15 
異議申立件数
事件の表示 特許第6648646号発明「低合金鋼材、低合金鋼管および容器、ならびにその容器の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6648646号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6648646号の請求項1?6に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願(特願2016-142205号)は、平成28年7月20日に出願され、令和2年1月20日に特許権の設定登録がなされ、同年2月14日に特許掲載公報が発行されたものであり、その後、同年8月14日に特許異議申立人 豊田敦子(以下、「申立人」という。)により全請求項に係る特許について特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?6に係る発明は、それぞれその特許請求の範囲の請求項1?6に記載されたとおりの以下の事項により特定されるものである。
ここで、同請求項1?6に記載された発明を「本件発明1」?「本件発明6」と、それらを総称して「本件発明」と、また、本件特許に添付された明細書を「本件明細書」と、それぞれ以下で呼称する。

【請求項1】
質量%で、
C:0.20?0.60%、
Si:0.05?1.0%、
Mn:0.35?3.0%、
P:0.025%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.005?0.10%、
O:0.005%以下、
N:0.008%以下
Cr:0?5.0%、
Mo:0?1.5%、
V:0?1.0%、
W:0?3.0%、
Nb:0?0.1%、
Ti:0?0.1%、
Zr:0?0.2%、
Hf:0?0.2%、
Ta:0?0.2%、
Ni:0?5.0%、
Cu:0?3.0%、
Co:0?3.0%、
B:0?0.01%、
Ca:0?0.01%、
Mg:0?0.01%、
REM:0?0.50%、
残部:Feおよび不純物である、
化学組成を有し、
粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である、
高圧水素用低合金鋼材。

【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.1?5.0%、
Mo:0.1?1.5%、
V:0.01?1.0%、
W:0.01?3.0%、
Nb:0.001?0.1%、
Ti:0.001?0.1%、
Zr:0.001?0.2%、
Hf:0.001?0.2%、
Ta:0.001?0.2%、
Ni:0.1?5.0%、
Cu:0.1?3.0%、
Co:0.1?3.0%、
B:0.0003?0.01%、
Ca:0.0001?0.01%、
Mg:0.0001?0.01%、および、
REM:0.0001?0.50%、
から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載の高圧水素用低合金鋼材。

【請求項3】
旧オーステナイト結晶粒がASTM粒度番号9.0以上である、
請求項1または2に記載の高圧水素用低合金鋼材。

【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の高圧水素用低合金鋼材からなる、
高圧水素用低合金鋼管。

【請求項5】
請求項4に記載の高圧水素用低合金鋼管からなり、
引張強さが850MPa以上である、
高圧水素用容器。

【請求項6】
請求項5に記載の高圧水素用容器を製造する方法であって、
前記高圧水素用低合金鋼管を所定の形状に成形加工した後、880?950℃に加熱・保持してから、800?500℃の温度域における平均冷却速度を2℃/秒以上として焼入れし、次いで、焼戻しする、
高圧水素用容器の製造方法。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、特許異議申立書(以下、単に「申立書」という。)に記載された大略以下の理由により、本件特許を取り消すべきである旨を主張する。

<申立理由1>(新規性進歩性要件違反)
[申立理由1-1]
本件発明1?3は、甲第1?4号証のそれぞれに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。
また、本件発明1?3は、甲第5号証に記載の技術事項に鑑みれば、甲第1?4号証のそれぞれに記載された発明及び甲第6?9号証(本件発明3についてはさらに甲第10号証)に記載の技術事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

[申立理由1-2]
本件発明4、5は、甲第1、2、4号証のそれぞれに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。
また、本件発明4、5は、甲第5号証に記載の技術事項に鑑みれば、甲第1、2、4号証のそれぞれに記載された発明及び甲第3、6?9号証に記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

[申立理由1-3]
本件発明6は、甲第1、2号証のそれぞれに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。
また、本件発明6は、甲第5号証に記載の技術事項に鑑みれば、甲第1、2号証のそれぞれに記載された発明及び甲第3、4、6?9号証に記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第2号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

<申立理由2>(サポート要件違反)
本件発明4?6については、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載されているとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

<申立理由3>(明確性要件違反)
本件発明3及びこれを引用する本件発明4?6は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:国際公開第2014/156187号
甲第2号証:特開2014-198878号公報
甲第3号証:特開2014-173160号公報
甲第4号証:特開2009-74122号公報
甲第5号証:特開2005-2386号公報
甲第6号証:国際公開2015/001759号
甲第7号証:特開2004-332059号公報
甲第8号証:国際公開2008/123425号
甲第9号証:特開2016-94649号公報
甲第10号証:特開平8-29570号公報

以下で甲第1号証?甲第10号証を「甲1」?「甲10」と記すことがある。

第4 当審の判断
I.新規性進歩性の判断
以下、特許異議の申立理由1について、事案に鑑み申立理由1-1?1-3をまとめて判断する。

1.甲第1?4号証の記載
甲第1?4号証には以下の事項が記載されている。以下で、「・・・」は記載の省略を示し、下線は当審で付記した。

1-1.甲第1号証の記載
記載事項1A
[請求項1]質量%で、C:0.05?0.60%、Si:0.01?2.0%、Mn:0.3?3.0%、P:0.001?0.040%、S:0.0001?0.010%、N:0.0001?0.0060%、Al:0.01?1.5%を含有し、さらにTi:0.01?0.20%、Nb:0.01?0.20%、V:0.01%以上0.05%未満の1種または2種以上を含有し、かつ、B:0.0001?0.01%、Mo:0.005?2.0%、Cr:0.005?3.0%の1種もしくは2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有し、体積率で95%以上が焼き戻しマルテンサイトであり、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上であり、さらに旧オーステナイト粒径が3μm以上である鋼組織を有する鋼材。
・・・
[請求項11]請求項1?8のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を1100℃以上に加熱した後、950℃から仕上げ温度までの間の加工率を20%以下として、仕上げ温度800℃以上で加工し、次いで1℃/s以上の冷却速度で350℃以下まで冷却し、引き続き400℃以上750℃以下に加熱し、60秒以上保持後冷却する、体積率で95%以上が焼き戻しマルテンサイトであり、さらにTi、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上であり、さらに旧オーステナイト粒径が3μm以上である鋼組織を有する鋼材の製造方法。
[請求項12]請求項1?8のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を1100℃以上に加熱した後、950℃から仕上げ温度までの間の拡管率を20%以下として、仕上げ温度800℃以上で拡管し、次いで1℃/s以上の冷却速度で350℃以下まで冷却し、引き続き400℃以上750℃以下に加熱し、60秒以上保持後冷却する、体積率で95%以上が焼き戻しマルテンサイトであり、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上であり、旧オーステナイト粒径が3μm以上である鋼組織を有する鋼管の製造方法。
・・・
[請求項14]請求項1?8のいずれかに記載の成分組成を有し、飽和ピクリン酸エッチングして得た組織の平均粒径が3μm以上である鋼材を、所望の容器形状に成形した後、800℃以上に加熱し、60秒以上保持したのち、1℃/s以上の冷却速度で350℃以下まで冷却し、引き続き400℃以上750℃以下に加熱し、60秒以上保持後冷却する、体積率で95%以上が焼き戻しマルテンサイトであり、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上であり、さらに旧オーステナイト粒径が3μm以上である鋼組織を有する水素用容器の製造方法。

記載事項1B
[0003]・・・燃料電池自動車の普及のためには、ガソリンスタンド(gas station)に代わって燃料補給を行う水素ステーション(hydrogen- filling station)が必要となる。水素ステーションでは水素を高圧で貯蔵する水素用容器から車載の水素燃料タンクへ水素を充填する。車載の水素タンクへの最高充填圧力(maximum filling pressure)は、現状では35MPaである。一方、走行距離(driving range)をガソリン車並とするために、最高充填圧力を70MPaとすることが期待されており・・・水素ステーションの水素用蓄圧器の圧力は80MPaが要求されることとなる。・・・水素ステーションの設備機器等に使用される鋼材も、同様に80MPaといった高圧水素環境でも水素を安全に貯蔵し、供給等することが望まれている。
[0004]一方、低合金鋼に水素が侵入すると脆化(embrittlement)することが知られている。水素圧が15MPa程度までであれば、十分な肉厚を有する低合金鋼が用いられている。しかし、それ以上の圧力では使用中に水素脆性破壊(hydrogen embrittlement fracture)する危険性が高まるため、低合金鋼は使用されず、低合金鋼よりも水素脆化(hydrogen embrittlement)し難いSUS316L鋼等のオーステナイト系ステンレス鋼(austenitic stainless steel)等が用いられている。
[0005]SUS316L鋼等は鋼材のコストが高いことに加えて、強度が低い。このため、80MPaの水素圧に耐えうるように設計するためには、非常に肉厚が厚くなり、水素用蓄圧器そのものの価格も非常に高価となる。そのため、より低コストで80MPaの圧力に耐えうる水素ステーション用の水素用蓄圧器を開発することが要望されている。上記問題点を解決し、低合金鋼を高圧水素蓄圧器に適用するための技術が種々検討されている。

記載事項1C
[0009]特に高圧水素環境下で使用する水素用蓄圧器では、繰り返し水素の充填を行うことにより、容器に繰返し応力(cyclic stress)がかかるため、長期間の使用寿命を確保することが難しかった。使用寿命を長期間化する上では、疲労亀裂進展速度(fatigue crack propagation rate)を低減することが重要である。疲労亀裂進展速度は、疲労亀裂進展速度da/dN(da/dN:繰り返し荷重1サイクルあたりの亀裂進展量)と応力拡大係数範囲(stress intensity factor range)ΔKの関係を実験的に求め、ΔKが25MPa・m^(1/2)程度の時のda/dNの値で特性を評価することが一般的である。高圧水素中では、1.0×10^(-6)m/回以下とすることで必要特性が確保できると考えられる。発明者らは、さらに、その指標に加えて応力拡大係数範囲ΔKが20?50MPa・m^(1/2)程度の範囲のデータからパリス則(Paris' law)da/dN=log{C(ΔK)^(m)}(ただし式中C、mは主に材料で決まる定数)に基づいて求めたC値を8.0×10^(-11)以下とすることが望ましいことを見出し、これにより、特性のより安定的な確保が可能となることを見出した。・・・

記載事項1D
[0010]本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、従来鋼よりも、高圧水素環境中での疲労亀裂進展速度を低下させることのできる鋼材や水素用容器およびそれらの製造方法を提供することを目的とする。

記載事項1E
[0049]次に、鋼板組織について説明する。本発明の鋼材、あるいは鋼により構成される水素用容器は、体積率で95%以上が焼き戻しマルテンサイトであり、さらにTi、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上であり、さらに旧オーステナイト粒径が3μm以上である鋼組織を有する。
[0050]・・・焼き戻しマルテンサイトを主体とするのは、焼き入れた後の焼き戻しの際に析出物を析出させることで、析出物を均一に細かく分散させるためである。焼き戻しマルテンサイト以外の組織を主たる組織とした場合には、析出物が不均一に分散し、所定の特性を得られない。焼き戻しマルテンサイト以外の組織の混入により疲労亀裂進展速度の低減効果が減少し、また靭性も低下するが、焼き戻しマルテンサイトの体積率が95%以上であれば本発明の効果を確保することができる。すなわち焼き戻しマルテンサイト以外の組織は合計で5%までは許容することができる。したがって、焼き戻しマルテンサイトの体積率を95%以上とする。なお、焼き戻しマルテンサイト以外の組織としては、マルテンサイト、オーステナイト、ベイナイト、焼き戻しベイナイト、フェライト、パーライト等であるが、上記したように、これら組織のいずれか1種以上の合計の体積率が5%以下であれば許容できる。

記載事項1F
[0051]・・・Ti、Nbおよび、Vのいずれか1種以上と炭素および、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物(炭化物、窒化物および、炭窒化物のいずれか1種以上)を50個/μm^(2)以上の密度で有する組織とすることにより、水素環境下での疲労亀裂進展速度が低減される。析出物中には、これらの元素以外に、Mo、Cr等を含んでも良い。
[0052]Ti、Nb、Vのいずれか1種以上の元素と炭素、窒素のいずれか1種以上の元素とを有する析出物は、地鉄と整合して細かく析出しやすく、また、水素をトラップしやすい。これらの直径100nm以下の析出物は、析出物のまわりに水素をトラップさせやすく、これにより、水素の局所的な集中を抑制することができるといった効果を有する。これら析出物の直径が100nm超えでは、疲労亀裂を発生させやすくなるとともに、水素環境下での疲労亀裂進展の抑制効果が小さい。また、その析出密度が50個/μm^(2)未満では、水素の局所的な集中を抑制するといった効果が小さい。このため、本発明では、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物を50個/μm^(2)以上の密度で有することする。好ましくは、析出物の直径は50nm以下である。なお、析出物の直径は1nm以上が好ましい。また、好ましくは、析出密度は80個/μm^(2)以上である。なお、析出密度は200個/μm^(2)以下が好ましい。

記載事項1G
[0053]・・・旧オーステナイト粒径が3μm未満では、亀裂が連結しやすく亀裂の進展が速くなるため、所定の特性が得られない。このため、旧オーステナイト粒径は3μm以上とする。旧オーステナイト粒径は大きいほうが好ましく、10μm以上、より好ましくは15μm以上である。なお、旧オーステナイト粒径は30μm以下が好ましい。

記載事項1H
[0054]本発明の鋼板や鋼管等の鋼材や水素用容器は上記の化学組成および組織を有するものである限り、特に製造方法等が限定されるものではない。以下に鋼材および水素用容器の好ましい製造方法について説明する。
[0055]まず、本発明の鋼材の好ましい製造条件について説明する。上記の成分組成に調製された溶鋼から、連続鋳造法(continuous casting process)または造塊-分塊法(ingot-making and bloomig method)でスラブ等の鋼素材を製造する。ついで、得られた鋼素材を、1100℃以上に加熱した後、950℃から仕上げ温度までの間の加工率を20%以下として、仕上げ温度800℃以上で加工し、次いで1℃/s以上の冷却速度で350℃以下まで冷却し、引き続き400℃以上750℃以下に加熱し、60秒以上保持後冷却し、所望の形態の鋼材とする。このとき、鋼材の形態としては、板材、管材または、形材などがあり、特に制限はされない。例えば、管材形状、すなわち鋼管として、蓄圧器の素材や水素輸送用の配管等に用いることができる。なお、上記加工とは、鋼材を製造する際に行われる加工のことであり、例えば鋼材が鋼板等板形状の場合は、該加工とは圧延加工を意味し、該加工率とは圧下率を意味する。また、鋼材が鋼管の場合は該加工とは拡管加工を意味し、該加工率とは拡管率を意味する。

記載事項1J
[0078]・・・実施例2
[0079]表5(表5-1、表5-2)に示す成分組成になる鋼素材を溶製し、表6(表6-1、表6-2)に示す種々の条件により、板厚25mmの鋼板を作製した。また、表7に示す種々の条件により、板厚25mmの鋼管を作製した。なおここで、表6(製品種別が鋼板)に示す加工率は圧下率であり、表7(製品種別が鋼管)に示す加工率は拡管率である。また、冷却速度は、仕上げ温度から350℃までの平均冷却速度である。なお、冷却は350℃以下まで行った。また、表6、表7に示す再加熱温度は、該冷却速度での冷却後の加熱(再加熱)の温度であり、保持時間は、再加熱時の保持時間である。
[0080]さらに、表5に示す成分組成になる鋼材を用いて、表8に示す種々の条件により、板厚もしくは壁厚25mmの鋼板、鋼管、および容器を作成した。なお、製品種別が容器の場合、鋼材として、表5に示す成分組成を有する鋼管を用い、容器形状に加工後、表8に示す加熱温度に加熱した。また、表8に示す冷却速度は、冷却停止温度が350℃超えである試料を除き、加熱温度から350℃までの平均冷却速度であり、冷却停止温度が350℃を超える試料においては、加熱温度から冷却停止温度までの平均冷却速度である。また、表8に示す再加熱温度は、該冷却速度での冷却後の加熱(再加熱)の温度である。表8における鋼材の初期粒径は飽和ピクリン酸エッチングして得た組織写真から求めた平均粒径である。
[0081]そして、表6、表7、表8に示す条件で得られた鋼板、鋼管、容器について、鋼の組織、引張特性を調査し、また110MPaの水素中で疲労亀裂進展試験を行った。得られた結果を表6、表7、表8に示す。なお、表8の実施例については、鋼板、鋼管、容器の種別を記載したが、素材を800℃以上といったオーステナイト単相域に加熱した後に冷却し、熱処理を施すため、いずれの製品でも、同じ結果が得られる。すなわち、オーステナイト単相域に加熱することで鋼組織がオーステナイト化するため、オーステナイト単相域に加熱する前の素材の履歴にかかわらず、オーステナイト単相域に加熱後の熱履歴による鋼組織への影響が大きく、いずれの製品でも、同じ結果が得られることとなる。

記載事項1K
[表5-1]([0086])


記載事項1L
[表6-1]([0088])


記載事項1M
[表7]([0090])


記載事項1N
[表8]([0091])


1-2.甲第2号証の記載
記載事項2A
【請求項1】マルテンサイトの面積率が10?95%であり、残部が実質的にベイナイトからなる鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用鋼構造物。
【請求項2】質量%で、C:0.10?0.50%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.5?2.0%、Al:0.01?0.10%、N:0.0005?0.008%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、O:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有することを特徴とする、請求項1に記載の水素用鋼構造物。
【請求項3】さらに、質量%で、Cu:0.05?1.0%、Ni:0.05?2.0%、Cr:0.1?2.5%、Mo:0.05?2.0%、Nb:0.005?0.1%、V:0.005?0.2%、Ti:0.005?0.1%、W:0.05?2.0%、B:0.0005?0.005%の一種または二種以上を含有する鋼組成を有することを特徴とする、請求項2に記載の水素用鋼構造物。
【請求項4】さらに、質量%で、Nd:0.005?1.0%、Ca:0.0005?0.005%、Mg:0.0005?0.005%、REM:0.0005?0.005%の一種または二種以上を含有する鋼組成を有することを特徴とする、請求項2または3に記載の水素用鋼構造物。
【請求項5】前記水素用鋼構造物が、水素用蓄圧器あるいは水素用ラインパイプである、請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の水素用鋼構造物。
【請求項6】請求項5に記載する水素用ラインパイプの製造方法であって、請求項2?4のいずれかに記載の鋼組成を有する鋼素材を、Ac_(3)変態点以上に加熱し、熱間圧延後、引続きAr_(3)変態点以上から冷却速度1?200℃/sで600℃以下の温度まで冷却することを特徴とする、高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用ラインパイプの製造方法。
【請求項7】請求項5に記載する水素用ラインパイプの製造方法であって、請求項2?4のいずれかに記載の鋼組成を有する鋼素材を、Ac_(3)変態点以上に加熱し、熱間圧延後、引続きAr_(3)変態点以上から冷却速度1?200℃/sで250℃以下の温度まで焼入れ、引続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻すことを特徴とする、高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用ラインパイプの製造方法。
【請求項8】請求項5に記載する水素用蓄圧器の製造方法であって、請求項2?4のいずれかに記載の鋼組成を有する鋼材を所定形状に成形後、Ac_(3)変態点以上に加熱し、引続きAr_(3)変態点以上から冷却速度0.5?100℃/sで250℃以下の温度まで焼入れ、引続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻すことを特徴とする、高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器の製造方法。

記載事項2B
【0003】燃料電池車はガソリンの代わりに水素をタンクに積んで走行するため、燃料電池自動車の普及のためには、ガソリンスタンドに代わって燃料補給を行う水素ステーションが必要となる。水素ステーションでは水素を高圧で貯蔵する水素用容器である水素用蓄圧器から車載の水素燃料タンクへ水素を充填する。車載の水素タンクへの充填最高圧力は、現状では35MPaであるが、航続距離をガソリン車並とするために、充填最高圧力を70MPaとすることが期待されており、このような高圧水素環境下で、水素を安全に貯蔵、供給することが要求される。そのため水素ステーションの水素用蓄圧器の圧力も現状では40MPaが要求されているが、さらに充填最高圧力を70MPaに上昇する場合、水素ステーションの水素用蓄圧器の圧力は80MPaが要求されることとなり、水素ステーションの水素用蓄圧器は80MPaの環境にさらされることになる。
・・・
【0009】特に高圧水素環境下で使用する水素用蓄圧器では、繰り返し水素の充填を行うことにより、容器に繰返し応力がかかるため、長期間の使用寿命を確保することが難しかった。使用寿命を長期間化する上では、疲労き裂進展速度を低減することが重要である。しかしながら、上記したような従来技術では、疲労き裂進展速度を十分に低下させることはできなかった。
・・・
【0011】本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、従来鋼より高圧水素環境中での疲労き裂進展速度を低下させた、優れた耐水素脆化特性を有する水素用蓄圧器や水素用ラインパイプ等の水素用鋼構造物を提供することを目的とする。

記載事項2C
【0012】本発明者らは、上記の観点で様々な組織形態を有する水素用鋼構造物の高圧水素ガス中における耐水素脆化特性を慎重に調べた結果、鋼組織を所定量のマルテンサイトを有し残部を実質的にベイナイトとする、すなわち鋼組織を実質的にベイナイトおよびマルテンサイトの二相組織とすることによって、単相組織の従来材よりも高圧水素ガス中での耐水素脆化特性を向上でき、耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器や水素用ラインパイプ等の水素用鋼構造物を得ることができることを見出した。
・・・
【0023】・・・本発明の水素用鋼構造物の鋼組織は、マルテンサイトの面積率が10?95%であり、残部が実質的にベイナイトからなる。
【0024】本発明の水素用鋼構造物の鋼組織は、軟質なベイナイトと硬質のマルテンサイトが分散しており、それらの界面近傍で疲労き裂が停滞し、迂回、分岐する効果のため、疲労き裂の進展速度が低下し、優れた耐水素脆化特性を有する。

記載事項2D
【0052】・・・本発明の水素用鋼構造物は、上記鋼組織を有し、好ましくは上記の成分組成を有する高圧水素ガス中の耐疲労き裂進展特性に優れる薄板、厚板、パイプ、形鋼および棒鋼など種々の鋼材をそのまま使用する水素用鋼構造物、あるいは所定形状に成形した水素用鋼構造物としてもよい。
・・・
【0054】本発明の水素用鋼構造物である水素用ラインパイプは、例えば鋼素材を熱間圧延して加速冷却する、あるいは直接焼入れ焼戻しすることにより製造することができる。
【0055】 鋼素材 本発明の水素用ラインパイプの製造に用いる鋼素材は、上記成分組成に調整された溶鋼から鋳造する。ここで、特に鋳造条件を限定する必要はなく、いかなる鋳造条件で製造された鋼素材としてもよい。溶鋼から鋳片を製造する方法や、鋳片を圧延して鋼片を製造する方法は特に規定しない。転炉法・電気炉法等で溶製された鋼や、連続鋳造・造塊法等で製造された鋼スラブが利用できる。
【0056】 加速冷却による製造 上記鋼素材を、Ac_(3)変態点以上に加熱し、熱間圧延によって所定の板厚とし、引続きAr_(3)変態点以上から、水冷などにより冷却速度を1?200℃/sとして600℃以下の温度まで加速冷却する。加熱温度がAc_(3)変態点未満では、一部未変態オーステナイトが残存するため、熱間圧延および加速冷却後に所望の鋼組織を得ることができない。このため、熱間圧延前の加熱温度はAc_(3)変態点以上とする。また、熱間圧延後の冷却の開始温度がAr_(3)変態点未満であるとオーステナイトの一部の変態が冷却開始前に生じてしまうため、加速冷却後に所望の鋼組織を得ることができない。このため熱間圧延後、Ar_(3)変態点以上から冷却を開始する。Ar_(3)変態点以上からの冷却速度は、所望の組織を得るため、1?200℃/sとする。なお、該冷却速度は、板厚中心での平均冷却速度である。冷却手段は特に限定する必要はなく、水冷等により行えばよい。また、該冷却を600℃超えの温度で停止すると、所望の変態が完了しないため、所望の鋼組織を得ることができない。このため、600℃以下の温度まで加速冷却する。
【0057】 直接焼入れ焼戻し 上記鋼素材を、Ac_(3)変態点以上に加熱し、熱間圧延後、引続きAr_(3)変態点以上から冷却速度1?200℃/sで250℃以下の温度まで焼入れ、引続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻す。加熱温度がAc_(3)変態点未満では、一部未変態オーステナイトが残存するため、熱間圧延および焼入れ、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため、熱間圧延前の加熱温度はAc_(3)変態点以上とする。また、熱間圧延後の焼入れの開始温度がAr_(3)変態点未満であるとオーステナイトの一部の変態が焼入れ前に生じてしまうため、焼入れ、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため熱間圧延後、Ar_(3)変態点以上から冷却を開始し、焼入れを行う。Ar_(3)変態点以上から焼入れる際の冷却速度は、所望の組織を得るため、1?200℃/sとする。なお、該冷却速度は、板厚中心での平均冷却速度である。冷却手段は特に限定する必要はなく、水冷等により行えばよい。また、該焼入れを250℃超えの温度で停止すると、所望の変態が完了しないため、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため、250℃以下の温度まで焼入れることとする。焼入れ後は、引き続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻す。焼戻し温度がAc_(1)変態点を超えると、一部オーステナイトに変態するため、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。
【0058】本発明の水素用鋼構造物である水素用蓄圧器は、例えば所定の成分組成を有する鋼材を所定形状、すなわち所望する水素用蓄圧器の形状に成形後、再加熱焼入れ焼戻しすることにより製造することができる。
【0059】 再加熱焼入れ焼戻し 上記の成分組成を有する鋼材を、所定形状に成形後、Ac_(3)変態点以上に加熱し、引続きAr_(3)変態点以上から冷却速度0.5?100℃/sで250℃以下の温度まで焼入れ、引続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻す。ここで、Ac_(3)変態点以上に加熱する鋼材は、上記した成分組成を有するものであれば良く、鋼組織は特に規定する必要はない。所定形状に成形後の加熱温度がAc_(3)変態点未満では、一部未変態オーステナイトが残存するため、熱間圧延および焼入れ、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため、加熱温度はAc_(3)変態点以上とする。また、加熱後の焼入れの開始温度がAr_(3)変態点未満であるとオーステナイトの一部の変態が冷却前に生じてしまうため、焼入れ、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため前記加熱後に、Ar_(3)変態点以上から冷却を開始し、焼入れを行う。Ar_(3)変態点以上から焼入れる際の冷却速度は、所望の組織を得るとともに、焼割れを防止するため、0.5?100℃/sとする。なお、該冷却速度は、板厚(蓄圧器の壁厚)中心での平均冷却速度である。冷却手段は特に限定する必要はなく、油冷や水冷等により行えばよい。また、該焼入れ、すなわち該冷却を250℃超えの温度で停止すると、所望の変態が完了しないため、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。このため、250℃以下の温度まで焼入れることとする。焼入れ後は、引き続きAc_(1)変態点以下の温度で焼戻す。焼戻し温度がAc_(1)変態点を超えると、一部オーステナイトに変態するため、焼戻し後に所望の鋼組織を得ることができない。

記載事項2E
【0061】・・・【実施例1】
【0062】以下、本発明の効果を検証した実施例について、説明する。なお、以下の実施例においては、水素用ラインパイプおよび水素用蓄圧器の製造方法および特性評価を、鋼板の製造方法および特性評価でシミュレイトした。具体的には、製造方法が加速冷却あるいは直接焼入れ焼戻しの場合は、水素用ラインパイプをシミュレイトした場合であり、再加熱焼入れ焼戻しの場合は水素用蓄圧器をシミュレイトした場合である。
【0063】表1に示す化学成分の鋼A?Hを溶製してスラブに鋳造し、表2に示す加熱温度に加熱後、熱間圧延して、表2に示す条件で水冷により加速冷却して(鋼板No.1、4)あるいは直接焼入れ焼戻して(鋼板No.2、5)鋼板を製造した。また、スラブに鋳造後、一旦鋼板とし、該鋼板を表2に示す条件にて水冷あるいは油冷により焼入れを行う再加熱焼入れ焼戻しをして(鋼板No.3、6?15)鋼板を製造した。なお、鋼板の温度測定は、板厚中心部に挿入した熱電対によって実施した。また、表2に示す水冷の際の冷却速度は10?50℃/s、油冷の際の冷却速度は1℃/s?50℃/sの範囲内であった。
【0064】表2に得られた鋼板のマルテンサイト面積率、引張強さ、90MPa高圧水素ガス中における応力拡大係数範囲=25MPa・m^(1/2)時の疲労き裂進展速度(m/cycle)を示す。材料試験および材料特性の評価法は次のとおりである。なお、表2に示す各鋼板のマルテンサイト以外の組織は主としてベイナイトであり、マルテンサイトおよびベイナイト以外の組織の合計の面積率は2%以下であった。また、疲労き裂進展速度は、1.0×10^(-6)(m/cycle)以下を目標とし、この目標を満足する場合、耐水素脆化特性に優れるとした。

記載事項2F
【表1】(【0071】)

記載事項2G
【表2】(【0072】)


1-3.甲第3号証の記載
記載事項3A
【請求項1】質量%で、C:0.35?0.65%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.05?3%、Al:0.005?0.10%、Cr:0.8?4.5%、Mo:0.5?1.5%、V:0.05?0.30%およびNb:0.01?0.1%と、残部がFeおよび不純物とからなり、不純物としてのPが0.025%以下、Sが0.01%以下、Oが0.01%以下、Nが0.03%以下であり、引張強さが900MPa以上であり、旧オーステナイト結晶粒度番号が9.0番以上であり、V-Mo系炭化物および/またはV-Mo系炭窒化物が合計で30個/μm^(2)以上であり、下式(1)で定義されるCeq(質量%)と板厚t(mm)とが下式(2)の関係を満たす、高圧水素用低合金鋼。
Ceq=C+(Mn+Cr+Mo+V)/5≧1.00 ・・・(1)
Ceq/t≧0.025 ・・・(2)
ただし、式(1)中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
・・・
【請求項3】請求項1または2に記載の高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器。

記載事項3B
【0005】今後商用化される燃料電池自動車のタンクとしては、ガソリン車並の航続距離を確保するために、70MPaの高圧水素を充填可能なものが主流となると言われている。そして、燃料電池自動車に水素を供給する水素ステーションには70MPa以上の高圧で水素を貯蔵する必要があり、水素用蓄圧器には耐圧性能の観点から、高強度で、かつ12mmを超える厚肉の低合金鋼からなる容器が求められている。
【0006】厚肉かつ高強度の低合金性蓄圧器には、0.2%以上のCを含有させ、焼入れ焼戻し処理により均一な焼戻しマルテンサイト組織とした材料が、高強度を維持しつつ靭性や水素ガス中の機械的特性(水素環境脆化特性)に最も優れていると考えられる。ただし、厚肉材、特に12mmを超える厚さになると、従来鋼では焼入れ性の確保(焼入れ後のマルテンサイト率の確保)が困難となり、上部ベイナイト組織が混入した不均一な組織となるため靭性や水素環境脆化特性が低下する問題が生じやすい。
【0007】本発明は、900MPa以上の引張強さを有し、かつ高圧水素ガス環境下で水素環境脆化特性に優れる厚肉の低合金鋼、および、その鋼からなる水素用蓄圧器を提供することを目的とする。

記載事項3C
【0013】このように、本発明者らは、12mm超の厚肉でも焼入れ性を確保しマルテンサイト率を維持するため、MnおよびCrを従来鋼よりも高める一方で、MnやCr等のFe以外の固溶合金元素を増加させることは水素の吸収量を増加させ、一般的に水素脆化感受性を高める作用がある。このため、結晶粒の微細化ならびに微細なMo-V系炭化物による高温焼戻しにより耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させ、高Mn-高Crの材料でも優れた耐水素環境脆化特性を有する鋼を見出した。
・・・
【0018】本発明によれば、引張強さが900MPa以上の高強度を有し、かつ12mmを超えた厚肉でも高圧水素ガス環境において優れた機械的特性を有する高圧水素ガス用の低合金鋼を得ることができる。この鋼は、高圧水素用蓄圧器の素材に最適である。

記載事項3D
【0041】(B)鋼の組織 鋼の組織は、焼入れ性を確保しつつ耐水素環境脆化特性を向上させるためには、旧オーステナイト結晶のASTM粒度番号で9.0番以上の金属組織とする必要がある。なお、旧オーステナイト結晶粒度番号を9.0番以下とするには、Nb等のピン止めに有効な元素と、焼入れ温度を過度に高くし過ぎないことが重要である。
【0042】さらに、微細なV-Mo系炭化物等による高温焼戻しの効果を得るには、V-Mo系炭化物等の析出数を30個/μm^(2)以上とする必要がある。ここでV-Mo系炭化物等とは、V・MoとCを主体とするNaCl構造のMX型炭化物を意味する。Mを構成する主要合金元素はVおよびMoであるが、その一部のごく微量がNb、W、Ti、Zrで置換されていてもよい。Xを構成する主要元素はCであるが、その一部がNで置換されていてもよい。なお、V-Mo系炭化物等の析出数は、V-Mo系炭化物およびV-Mo系炭窒化物の双方が存在する場合には、析出数の合計を意味する。

記載事項3E
【0043】(C)製造方法 本発明に係る低合金鋼は、通常の方法で熱間圧延を行い、その後、焼入れ焼戻しにより強度を調質する。特に、焼入れは900?950℃の温度で行うのが好ましい。900℃未満では、焼入性が不充分で、厚肉材の強度が得られないおそれがあり、また、MoおよびVを充分に固溶させることができず、焼戻し時にV-Mo系炭化物等の微細析出物を形成することが困難となる。一方、焼入れ温度が950℃を超えると、旧オーステナイト粒径が粗大化し、耐水素環境脆化特性が低下するおそれがある。・・・

記載事項3F
【0043】・・・【実施例1】
【0044】表1に示す化学組成を有する低合金鋼を真空溶解し、熱間鍛造により厚さ40?150mmの厚さのブロックとし、このブロックを用いて熱間圧延を行い、厚さ15?80mmの板材とした。その後、表2に示す条件で焼入れ焼戻しを行い、強度を調整した。
・・・
【0049】<耐水素環境脆化特性> 板材の長手方向に平行部直径が3mmで、中央部に1mm深さの環状切欠けを付与した試験片を採取した。切欠は60℃のV型で、先端のRは0.1mmとした。この試験片を用いて、常温大気中または常温の45MPaの高圧水素ガス中でひずみ速度3×10^(-6)(s^(-1))で引張試験を行い、破断強度を測定した。大気中破断強度と水素中破断強度の比を相対切欠破断強度とし、この値が80%以上であれば水素による強度低下は軽微であり、耐水素環境脆化特性に優れると判断した。

記載事項3G
【表1】(【0045】)


記載事項3H
【表2】(【0051】)


1-4.甲第4号証の記載
記載事項4A
【請求項2】
質量%で、
C:0.15?0.60%、
Si:0.05?0.5%、
Mn:0.05?3.0%、
P:0.025%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.005?0.10%、
Mo:0.5?3.0%、
V:0.05?0.30%、
O(酸素):0.01%以下、
B:0.0003?0.003%および
N:0.010%以下
を含有し、残部Fe及び不純物であり、かつ引張強さが900MPa以上であることを特徴とする高圧水素ガス環境用低合金鋼。
【請求項3】
質量%で、Feの一部に代えて、
Cr:0.2?2.0%、
Nb:0.002?0.1%、
Ti:0.002?0.1%、
Zr:0.002?0.1%および
Ca:0.0003?0.01%
の中から選ばれた1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高圧水素ガス環境用低合金鋼。
・・・
【請求項5】
請求項1から4までのいずれかに記載の高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器。

記載事項4B
【0002】・・・現在の燃料電池車は、ボンベサイズの制約から走行距離が高々300kmであり、これが普及の障害になっている。走行距離を向上させるためには、車載ボンベに収容する水素ガスの圧力を35?70MPaという超高圧にすることが有効であり、水素ガスの貯蔵用容器、配管、注入用バルブ等の各種機器には、このような高圧水素環境に曝されても安全な材料を使用する必要がある。
【0003】しかし、鉄鋼材料を水素ガス環境、特に高圧水素ガス環境で使用する場合には、水素ガスにより引き起こされる水素脆化の問題が生じる。この現象は、水素環境脆化(Hydrogen Environment Embrittlement: HEE)と呼ばれ、水素ガス環境において金属材料の伸び、絞り、破断応力などの機械的特性が低下する現象として知られている。・・・
【0005】高強度低合金鋼は、高強度で、製造コストの低減も実現できるため、上記要請に対しては魅力的な材料であるが、水素脆化感受性の高いと言われるbcc(body-centered cubic)構造を有しており、特に強度が高くなると脆化の感受性が高くなることが知られている。・・・
【0010】
本発明は、引張強さが900MPa以上という高強度でありながら、耐水素環境脆化特性に優れる低合金鋼およびその鋼からなる低合金鋼製容器を提供することを目的とする。

記載事項4C
【0011】・・・Vを添加し、さらには既存鋼よりもMo含有量を増すことにより、耐水素環境脆化特性が大きく改善できることを見出し、本発明を完成させた。

記載事項4D
【0034】図1は、実施例における結果を、TS・K_(1H)^(0.75)と[Mo(%)]・[V(%)]^(0.2)との関係について整理した図である。なお、TS・K_(1H)^(0.75)は、引張強さと耐水素環境脆化特性(実施例参照)とのバランスの指標であり、この値が大きいほど、引張強さおよび耐水素環境脆化特性の双方に優れていることを意味する。
・・・
【0036】(b)製造方法 鋼材の製造方法に関しては、特に制限はない。通常の方法で鋼塊を製造後、熱間鍛造、熱間圧延などの方法で製造すれば良い。後段の実施例では、板材を用いた試験結果を述べたが、板材を素材とした高圧水素用容器に限られず、例えば、継目無鋼管を素材とした高圧水素用容器の場合も同様に、継目無鋼管の製造において通常採用される方法に従って製造すれば良い。
【0037】鋼の熱処理としては、良好な耐水素環境脆化特性を得るためには、焼入れ焼戻し処理を実施するのが望ましい。焼入れは、Cr、Mo、Vなどの炭化物生成元素を充分に固溶させるため、900℃以上の温度とするのが望ましい。また、焼入れ時の冷却は、C(炭素)含有量が0.3%以下の場合には水冷、C含有量が0.3%を超える場合には焼割れを防止するために、油冷またはシャワー冷却を採用するのがよい。

記載事項4E
【0039】表1に示す化学組成の鋼を溶製し、これらの溶製鋼を40mmの厚さのブロックに熱間鍛造し、このブロックを厚さ12mmまで熱間圧延を行って板材とした。これらの板材に880?920℃で保持後水冷または油冷の焼入れ、その後500?720℃で保持後放冷の焼戻し処理を行い、引張強さを800?1200MPaに調整し、供試材とした。これらの供試材を、引張試験および下記の水素環境脆化特性試験に供した。
【0040】<水素環境脆化特性試験> 試験は、非特許文献1の「2.供試鋼と実験方法」の「2.2 高圧水素中での破壊試験方法」に基づいて行った。但し、試験片に関しては、NACE(米国石油協会)のTM0177-2005 D法に規定されるDCB(Double Cantilever Beam)試験片を用いた。試験環境は、常温の45MPaの高圧水素ガス環境であり、この環境中にくさびを挿入したDCB試験を336時間封入しK_(1H)値を測定した。K_(1H)値に関しては、NACE TM0177-2005 D法に規定される計算式に従い、試験後試験片のアームを常温大気中で引張試験を行うことにより求めたくさび開放応力と、進展した亀裂長さの実測値に基づき計算した。

記載事項4F
【表1】(【0041】)


記載事項4G
【表2】(【0042】)


記載事項4H
【0043】表2に示すように、本発明例である試験番号1?16は、いずれもK_(1H)値が60以上である。これらの鋼は、従来のJIS-SCM435やJIS-SCM440鋼よりもMo含有量が高く、かつVを添加しているため、微細なV-Mo系炭化物が多く生成している。この微細炭化物が高温焼戻しに寄与し、セメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させていることが、耐水素環境脆化特性を改善したと推定される。また、これらのV-Mo系微細炭化物は、水素のトラップサイトとしても作用することで、耐水素環境脆化特性の改善に寄与すると考えられる。・・・

2.甲第1?4号証に記載の発明
2-1.甲第1号証に記載の発明
ア 上記「1-1.」の甲1の記載事項1B?1Dから、甲1に記載の発明は、燃料電池自動車の水素の充填のために、低コストで80MPa程度の高圧水素環境中で疲労亀裂進展速度を低下させることができる鋼材、容器、それらの製造方法を提供することを解決すべき課題とするものといえる。

イ 同1E?1Gには、当該課題の解決手段として、鋼材とその鋼材により構成される水素用容器の組織について、「焼き戻しマルテンサイトの体積率が95%以上」で、「Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する直径100nm以下の析出物の密度が50個/μm^(2)以上」で、「旧オーステナイト粒径は3μm以上」であることが記載され、同1Hには、それらの組織にするための製造方法(熱処理)について記載されている。

ウ 同1J?1Nには、上記製造方法の適用される鋼材、その鋼材から製造される鋼管、同鋼管から製造される容器について、具体的に、鋼材の成分組成(鋼管、容器も同組成である。)と製造方法(熱処理)が記載されている。
ここで、本件発明の製造条件(熱処理)に鑑み、鋼板、鋼管、容器の材料にされることを踏まえて、「鋼種HI」に着目する。

エ 同1Kの[表5-1]から、「鋼種HI」の「化学組成(質量%)」(成分組成)は、同1Aの「鋼材」の「残部がFeおよび不可避的不純物」である組成を踏まえれば、次のとおり。
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、
Nb:0.04、B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、
Cu:0.11、残部がFeおよび不可避的不純物

オ 同1H、1Jから、上記成分組成に調製された溶鋼が溶製され、「連続鋳造法または造塊-分塊法でスラブ等の鋼素材」に製造されて、鋼板(鋼材)、鋼管、容器に圧延加工等されてから、同1L?1Nの製造条件に規定される熱処理を受けて、製品としての鋼板(鋼材)、鋼管、容器が製造される。
ここで、同1Jの[0080]に「なお、製品種別が容器の場合、鋼材として、表5に示す成分組成を有する鋼管を用い、容器形状に加工後、表8に示す加熱温度に加熱した。」とあるので、容器を製造する場合には、表5に示す成分組成を有する鋼素材を圧延加工等で鋼管形状に成型し、さらに容器形状に成形してから表8に示す熱処理が行われるもので、熱処理は表8に記載のものを受けるだけであるといえる。

カ 同1Lの[表6-1]「試料No.H15 鋼種HI」から、本件発明と対比される、鋼板に成型された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造された「鋼板」の組織及び物性は、次のとおり。
<製造された「鋼板」>
○製造条件(熱処理)
「仕上げ温度920℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間不明)から、冷却速度100℃/s(当該冷却速度を維持する温度域不明)で急冷した後で、「再加熱温度」(焼戻し温度)580℃で1800秒保持する。
○製造された「鋼板」の組織及び物性
「TS」(引張強さ):1011[MPa]、
「析出物の平均直径と密度」:平均直径10[nm]の析出物の密度が143[個/μm^(2)]
「得られた組織の旧γ粒径」:10.2[μm]
「焼き戻しマルテンサイトの体積率」:100[%]
「C/10^(-11)」:7.3
「da/dN/10^(-6)」:0.76[m/回]
ここで、「析出物」は同1Fから「Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有する」ものである。
また、甲1の記載事項1Cから、上記「C」はパリス則のC値、「da/dN」は「繰り返し荷重1サイクルあたりの亀裂進展量」すなわち「疲労亀裂進展速度」である。
以下同じ。

キ 同1Mの[表7]「試料No.H58 鋼種HI」から、本件発明と対比される、鋼管に成型された鋼素材が受ける製造条件の熱処理と、製造された「鋼管」の組織及び物性は、次のとおり。
<製造された「鋼管」>
○製造条件の熱処理
「仕上げ温度920℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間不明)から、冷却速度100℃/s(当該冷却速度を維持する温度域不明)で急冷した後で、「再加熱温度」(焼戻し温度)580℃で1800秒保持する。
○製造された「鋼管」の組織及び物性
「TS」(引張強さ):1013[MPa]、
「析出物の平均直径と密度」:平均直径10[nm]の析出物の密度が145[個/μm^(2)]
「得られた組織の旧γ粒径」10.3[μm]
「焼き戻しマルテンサイトの体積率」:100[%]
「C/10^(-11)」:7.2
「da/dN/10^(-6)」:0.74[m/回]

ク 同1Nの[表8]「試料No.H81 鋼種HI」から、本件発明と対比される、容器に成型された鋼素材が受ける製造条件の熱処理と、製造された「容器」の組織及び物性は、次のとおり。
<製造された「容器」>
○製造条件の熱処理
「仕上げ温度880℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間1500秒)から、冷却速度75℃/s(当該冷却速度を維持する温度域不明)で急冷した後で、「再加熱温度」(焼戻し温度)600℃で2400秒保持する。
○製造された「鋼管」の組織及び物性
「TS」(引張強さ):972[MPa]、
「析出物の平均直径と密度」:平均直径15[nm]の析出物の密度が136[個/μm^(2)]
「得られた組織の旧γ粒径」9.1[μm]
「焼き戻しマルテンサイトの体積率」:100[%]
「C/10^(-11)」:6.8
「da/dN/10^(-6)」:0.72[m/回]

ケ そこで、本件発明1(「・・・高圧水素用低合金鋼材。」)に則して記載を整理する。
上記エ、カから、同1Aの記載を参酌すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明(鋼板)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、Nb:0.04、
B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、Cu:0.11、
残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
析出物は、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径10[nm]で密度が143[個/μm^(2)]、
引張強さが1011[MPa]、
得られた組織の旧γ粒径が10.2[μm]、
焼き戻しマルテンサイトの体積率が100[%]、
パリス則のC値(C/10^(-11))が7.3、
疲労亀裂進展速度(da/dN/10^(-6))が0.76[m/回]である、
鋼組織を有する鋼板。」

コ そこで、本件発明4(「・・・高圧水素用低合金鋼管。」)に則して記載を整理する。
上記エ、キから、同1Aの記載を参酌すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明(鋼管)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、Nb:0.04、
B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、Cu:0.11、
残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
析出物は、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径10[nm]で密度が145[個/μm^(2)]、
引張強さが1013[MPa]、
得られた組織の旧γ粒径が10.3[μm]、
焼き戻しマルテンサイトの体積率が100[%]、
パリス則のC値(C/10^(-11))が7.2、
疲労亀裂進展速度(da/dN/10^(-6))が0.74[m/回]である、
鋼組織を有する鋼管。」

サ そこで、本件発明5(「・・・高圧水素用容器。」)に則して記載を整理する。
上記エ、クから、同1Aの記載を参酌すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明(容器)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、Nb:0.04、
B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、Cu:0.11、
残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
析出物は、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径15[nm]で密度が136[個/μm^(2)]、
引張強さが972[MPa]、
得られた組織の旧γ粒径が9.1[μm]、
焼き戻しマルテンサイトの体積率が100[%]、
パリス則のC値(C/10^(-11))が6.8、
疲労亀裂進展速度(da/dN/10^(-6))が0.72[m/回]である、
鋼組織を有する容器。」

シ そこで、本件発明6(「・・・高圧水素用容器の製造方法。」)に則して記載を整理する。
上記エ、オ、クから、同1Aの記載を参酌すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明(容器製造方法)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、Nb:0.04、B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、Cu:0.11、
残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
析出物は、Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径15[nm]で密度が136[個/μm^(2)]、
引張強さが972[MPa]、
得られた組織の旧γ粒径が9.1[μm]、
焼き戻しマルテンサイトの体積率が100[%]、
パリス則のC値(C/10^(-11))が6.8、
疲労亀裂進展速度(da/dN/10^(-6))が0.72[m/回]である、
鋼組織を有する水素用容器の製造方法であって、
上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で鋼管形状に成型し、さらに容器形状に成形した後に、
仕上げ温度880℃に加熱し1500秒保持してから、冷却速度75℃/sで急冷し、次いで再加熱温度600℃で2400秒保持する、
上記鋼組織を有する水素用容器の製造方法。」

2-2.甲第2号証に記載の発明
ア 上記「1-2.」の甲2の記載事項2Bから、甲2に記載の発明は、燃料電池車の水素の充填のために、80MPa程度の高圧水素環境中での疲労き裂進展速度を低下させた、優れた耐水素脆化特性を有する水素用蓄圧器や水素用ラインパイプ等の水素用鋼構造物を提供することを解決すべき課題とするものといえる。

イ 同2Cには、当該課題の解決手段として、鋼組織を所定量のマルテンサイトを有し残部を実質的にベイナイトとすることで、軟質なベイナイトと硬質のマルテンサイトが分散し、それらの界面近傍で疲労き裂が停滞し、迂回、分岐する効果のため、疲労き裂の進展速度が低下するので、耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器や水素用ラインパイプ等の水素用鋼構造物を得られることが記載されている。

ウ 同2Eには、「水素用ラインパイプおよび水素用蓄圧器の製造方法および特性評価を、鋼板の製造方法および特性評価でシミュレイトした」ことが記載され、「鋼板」を種々の条件で製造し、それらの内の特定の条件が「水素用ラインパイプ」と「水素用蓄圧器」の製造に当てられることが示されており、同2Gの実験結果は、各製造条件毎に、「鋼板」「水素用ラインパイプ」「水素用蓄圧器」で共通の物性、金属組織となることを示すものと理解される。
そして、同2Eから、同2Gの「製造方法」が、「加速冷却あるいは直接焼入れ焼戻しの場合」は、同条件で製造した「鋼板」の物性と金属組織で「水素用ラインパイプ」の物性と金属組織をシミュレイトした場合であり、「再加熱焼入れ焼戻しの場合」は同条件で製造した「鋼板」の物性で「水素用蓄圧器」の物性と金属組織をシミュレイトした場合になるものである。

エ ここで、上記ウの検討と本件発明の鋼素材のC含有量、焼入れ時の冷却速度に鑑み、同2Fの「鋼種D」「鋼種F」に着目する。

オ 同2Fの【表1】から、「鋼種D」の「成分組成(質量%)」は、同2Aの「水素用鋼構造物」が「残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有する」組成であることを踏まえれば、次のとおり。
C:0.25、Si:0.35、Mn:0.90、Al:0.029、
N:0.0037、P:0.008、S:0.0011、
O:0.0032、Cr:0.48、Mo:0.14、Ti:0.013、B:0.0010、残部がFeおよび不可避的不純物

カ 同2Fの【表1】から、「鋼種F」の「成分組成(質量%)」は、同2Aの「水素用鋼構造物」が「残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有する」組成であることを踏まえれば、次のとおり。
C:0.32、Si:0.38、Mn:0.92、Al:0.034、N:0.0029、P:0.008、S:0.0014、O:0.0039、
Cr:0.74、Mo:0.29、Nb:0.019、V:0.039、
残部がFeおよび不可避的不純物

キ 同2Dから、上記の成分組成を有する「鋼素材は、上記成分組成に調整された溶鋼から鋳造」されるところ、「特に鋳造条件を限定する必要はなく、いかなる鋳造条件で製造された鋼素材としてもよい。溶鋼から鋳片を製造する方法や、鋳片を圧延して鋼片を製造する方法は特に規定しない。転炉法・電気炉法等で溶製された鋼や、連続鋳造・造塊法等で製造された鋼スラブが利用できる」ものであり、所望の「鋼板」「水素用ラインパイプ」「水素用蓄圧器」の形状へ圧延加工等で成形されてから、同2Gの製造条件に規定される熱処理を受けて、製品としての「鋼板」「水素用ラインパイプ」「水素用蓄圧器」が製造(「鋼板」以外はシミュレイト)される。

ク 同2Gの【表2】「鋼板No.8 鋼種F」から、本件発明と対比される、鋼板に成型された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造された「鋼板」の組織及び物性は、次のとおり。
<製造された「鋼板」>
○製造条件(熱処理)
「加熱温度920℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間不明)から、水冷(同2E【0063】から10?50[℃/s])(水冷開始温度850℃、水冷停止温度200℃)で急冷した後で、「焼戻し温度」650℃で保持(保持時間は不明)する。
○製造された「鋼板」の組織及び物性
「引張強さ」:941[MPa]、
「疲労き裂進展速度」:0.58×10^(-6)[m/cycle]
「マルテンサイト面積率」:32[%]

ケ 同2Gの【表2】「鋼板No.5 鋼種D」から、本件発明と対比される、「水素用ラインパイプ」に成形された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造(シミュレイト)された「水素用ラインパイプ」の組織及び物性は、次のとおり。
ただし、上記ウから「加速冷却あるいは直接焼入れ焼戻しの場合」は、同条件で製造した鋼板の物性で水素用ラインパイプの物性と金属組織をシミュレイトした場合になるので、「鋼板No.5 鋼種D」の「製造方法」は「直接焼入れ焼戻し」だから、「鋼板No.5 鋼種D」は「水素用ラインパイプ」をシミュレイトした場合にあたる。

<製造(シミュレイト)された「水素用ラインパイプ」>
○製造条件(熱処理)
「加熱温度1100℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間不明)から、水冷(同2E【0063】から10?50[℃/s])(水冷開始温度850℃、水冷停止温度200℃)で急冷した後で、「焼戻し温度」650℃で保持(保持時間は不明)する。
○製造(シミュレイト)された「水素用ラインパイプ」の組織及び物性
「引張強さ」:732[MPa]、
「疲労き裂進展速度」:0.32×10^(-6)[m/cycle]
「マルテンサイト面積率」:32[%]

コ 同2Gの【表2】「鋼板No.8 鋼種F」から、本件発明と対比される、「水素用蓄圧器」に成形された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造(シミュレイト)された「水素用蓄圧器」の組織及び物性は、次のとおり。
ただし、上記ウから「再加熱焼入れ焼戻しの場合」は同条件で製造した鋼板の物性と金属組織で水素用蓄圧器の物性と金属組織をシミュレイトした場合になるので、「鋼板No.8 鋼種F」の「製造方法」は「再加熱焼入れ焼戻し」だから、「鋼板No.8 鋼種F」は「水素用蓄圧器」をシミュレイトした場合にあたる。

<製造(シミュレイト)された「水素用蓄圧器」>
○製造条件(熱処理)
「加熱温度920℃」(成形終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間不明)から、水冷(同2E【0063】から10?50[℃/s])(水冷開始温度850℃、水冷停止温度200℃)で急冷した後で、「焼戻し温度」650℃で保持(保持時間は不明)する。
○製造(シミュレイト)された「水素用蓄圧器」の組織及び物性
「引張強さ」:941[MPa]、
「疲労き裂進展速度」:0.58×10^(-6)[m/cycle]
「マルテンサイト面積率」:32[%]

サ そこで、本件発明1(「・・・高圧水素用低合金鋼材。」)に則して記載を整理する。
上記カ、クから、同2Aの記載を参酌すると、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明(鋼板)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.32、Si:0.38、Mn:0.92、Al:0.034、
N:0.0029、P:0.008、S:0.0014、
O:0.0039、Cr:0.74、Mo:0.29、
Nb:0.019、V:0.039、残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
引張強さが941[MPa]、
疲労き裂進展速度が0.58×10^(-6)[m/cycle]、
マルテンサイト面積率が32[%]である、
鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用鋼板。」

シ そこで、本件発明4(「・・・高圧水素用低合金鋼管。」)に則して記載を整理する。
上記オ、ケから、同2Aの記載を参酌すると、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明(鋼管)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.25、Si:0.35、Mn:0.90、Al:0.029、
N:0.0037、P:0.008、S:0.0011、
O:0.0032、Cr:0.48、Mo:0.14、
Ti:0.013、B:0.0010、残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
引張強さが732[MPa]、
疲労き裂進展速度が0.32×10^(-6)[m/cycle]、
マルテンサイト面積率が32[%]である、
鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用ラインパイプ。」

ス そこで、本件発明5(「・・・高圧水素用容器。」)に則して記載を整理する。
上記カ、コから、同2Aの記載を参酌すると、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明(容器)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.32、Si:0.38、Mn:0.92、Al:0.034、
N:0.0029、P:0.008、S:0.0014、
O:0.0039、Cr:0.74、Mo:0.29、
Nb:0.019、V:0.039、残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
引張強さが941[MPa]、
疲労き裂進展速度が0.58×10^(-6)[m/cycle]、
マルテンサイト面積率が32[%]である、
鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器。」

セ そこで、本件発明6(「・・・高圧水素用容器の製造方法。」)に則して記載を整理する。
上記カ、コから、同2Aの記載を参酌すると、甲第2号証には、次の発明(以下、「甲2発明(容器製造方法)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.32、Si:0.38、Mn:0.92、Al:0.034、
N:0.0029、P:0.008、S:0.0014、
O:0.0039、Cr:0.74、Mo:0.29、
Nb:0.019、V:0.039、残部がFeおよび不可避的不純物である、化学組成を有し、
引張強さが941[MPa]、
疲労き裂進展速度が0.58×10^(-6)[m/cycle]、
マルテンサイト面積率が32[%]である、
鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器の製造方法であって、
上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、
加熱温度920℃に加熱してから、水冷開始温度850℃、水冷停止温度200℃で、冷却速度10?50℃/sで急冷し、次いで焼戻し温度650℃で保持する、
上記鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器の製造方法。」

2-3.甲第3号証に記載の発明
ア 上記「1-3.」の甲3の記載事項3Bには、燃料電池自動車に水素を供給する水素ステーションは70MPa以上の高圧で水素を貯蔵するために高強度で厚肉の低合金鋼の容器が必要だが、同低合金鋼は焼入れ性の確保(焼入れ後のマルテンサイト率の確保)が困難で、靭性や水素環境脆化特性が低下するので、900MPa以上の引張強さを有し、かつ高圧水素ガス環境下で水素環境脆化特性に優れる厚肉の低合金鋼、および、その鋼からなる水素用蓄圧器を提供することを目的とすることが記載されており、甲3に記載の発明は、これを解決すべき課題とするものといえる。

イ 同3C、3Dには、当該課題の解決手段として、焼入れ性を確保しマルテンサイト率を維持するためMnおよびCrを従来鋼よりも高める一方で、それらは水素脆化感受性を高めてしまうので、結晶粒の微細化ならびに析出数を30個/μm^(2)以上とする微細なMo-V系炭化物による高温焼戻しにより耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させ得ることが記載され、焼入れ性を確保できる高Mn-高Crの材料でも優れた耐水素環境脆化特性を有する鋼を得られることが記載されている。

ウ 同3Aの【請求項3】には「請求項1または2に記載の高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器」とあり、同3Cの【0018】にも「この鋼は、高圧水素用蓄圧器の素材に最適である」と記載されており、同3Hには当該「素材」を「板材」(同3F参照)に加工して熱処理したものの物性と金属組成のみが記載されるから、甲3に記載の同じ鋼素材から同じ製造条件(熱処理)で製造された「鋼板」と「高圧水素用蓄圧器」は同じ物性と金属組成を有するものと理解される。
なお、「鋼管」については、甲3には具体例は記載されていない。

エ ここで、上記ウの検討と本件発明における成分組成と製造条件(熱処理)に鑑み、同3Gの【表1】の「鋼種S」に着目する。

オ 同3Gの【表1】から、「鋼種S」の「化学組成(質量%)」(成分組成)は、同3Aの「高圧水素用低合金鋼」が「残部がFeおよび不純物」となる組成であることを踏まえれば、次のとおり。
C:0.41、Si:0.20、Mn:1.48、P:0.007、
S:0.001、sol.Al:0.028、Cr:2.98、
Mo:0.71、V:0.11、Nb:0.033、N:0.004、
O:0.003、Ti:0.016、B:0.0010、残部がFeおよび不純物

さらに、同3Aから、「鋼種S」は次の(1)(2)式を満たす。
Ceq[質量%]=C+(Mn+Cr+Mo+V)/5≧1.00 ・・・(1)
Ceq/t≧0.025 ・・・(2)(t:板厚[mm])
上記成分組成を適用して、上記二つの式は満たされている。
Ceq=1.466≧1.00
同3Hの【表2】「試験番号22 鋼種S」からt=55[mm]なので、
Ceq/t=0.027≧0.025
ただし、「Ceq」を構成する元素記号はそれぞれの元素の含有量(質量%)である。

カ 同3Eには「(C)製造方法 本発明に係る低合金鋼は、通常の方法で熱間圧延を行い、その後、焼入れ焼戻しにより強度を調質する。」と記載され、同3Fには「表1に示す化学組成を有する低合金鋼を真空溶解し、熱間鍛造により厚さ40?150mmの厚さのブロックとし、このブロックを用いて熱間圧延を行い、厚さ15?80mmの板材とした。その後、表2に示す条件で焼入れ焼戻しを行い、強度を調整した。」と記載されることから、上記成分組成を有する鋼素材は、真空溶解され、熱間鍛造でブロック状とされて、さらに熱間圧延されて板材にされて焼入れ焼戻しが行われるものである。

キ 同3Hの【表2】「試験番号22 鋼種S」から、本件発明と対比される、板材(鋼板)に成形された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造された板材(鋼板)の組織及び物性は、次のとおり。上記ウから「高圧水素用蓄圧器」についても同様である。

<製造された板材(鋼板)>
○製造条件(熱処理)
「焼入れ温度920℃」(成型終了後急冷直前の温度で当該温度での維持時間30[min])から、急冷(冷却速度は不明)した後で、「焼戻し温度」680℃で30[min]保持する。
○製造された「鋼板」の組織及び物性
「TS」(引張強さ):1087[MPa]、
「結晶粒度番号」:9.6(同3D参照。「旧オーステナイト結晶のASTM粒度番号」)
「V-Mo系炭化物」:50[個/μm^(2)](上記イと同3A参照。30個/μm^(2)以上だと耐水素環境脆化特性を向上させ得る。)
「相対切欠破断強度」:82[%](同3F参照。大気中に対する水素中の破断強度の比。80%以上を耐水素環境脆化特性に優れるとみる。)

ク そこで、本件発明1(「・・・高圧水素用鋼材。」)に則して記載を整理する。
上記オ、キから、同3Aの記載を参酌すると、甲第3号証には、次の発明(以下、「甲3発明(鋼板)」という。)が記載されていると認められる。

「質量%で、
C:0.41、Si:0.20、Mn:1.48、P:0.007、
S:0.001、sol.Al:0.028、Cr:2.98、
Mo:0.71、V:0.11、Nb:0.033、N:0.004、
O:0.003、Ti:0.016、B:0.0010、残部がFeおよび不純物である、化学組成を有し、
Ceq=C+(Mn+Cr+Mo+V)/5=1.466≧1.00、
Ceq/t=0.027≧0.025であり、
引張強さが1087[MPa]、
旧オーステナイト結晶のASTM粒度番号が9.6、
微細なV-Mo系炭化物が50[個/μm^(2)]、
相対切欠破断強度が82[%]である、
高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用鋼板。」
ただし、「Ceq」を構成する元素記号はそれぞれの元素の含有量(質量%)、「t」は板厚(mm)であり、以下で記載する「甲3発明(鋼板)」、「甲3発明(容器)」、「甲3発明(容器製造方法)」でも全て同様である。

ケ そこで、本件発明5(「・・・高圧水素用容器。」)に則して記載を整理する。
上記オ、キから、同3Aの記載を参酌すると、甲第3号証には、次の発明(以下、「甲3発明(容器)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.41、Si:0.20、Mn:1.48、P:0.007、S:0.001、sol.Al:0.028、Cr:2.98、Mo:0.71、V:0.11、Nb:0.033、N:0.004、O:0.003、
Ti:0.016、B:0.0010、残部がFeおよび不純物である、化学組成を有し、
Ceq=C+(Mn+Cr+Mo+V)/5=1.466≧1.00、
Ceq/t=0.027≧0.025であり、
引張強さが1087[MPa]、
旧オーステナイト結晶のASTM粒度番号が9.6、
微細なV-Mo系炭化物が50[個/μm^(2)]、
相対切欠破断強度が82[%]である、
高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器。」

コ そこで、本件発明6(「・・・高圧水素用容器の製造方法。」)に則して記載を整理する。
上記オ、キから、同3Aの記載を参酌すると、甲第3号証には、次の発明(以下、「甲3発明(容器製造方法)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.41、Si:0.20、Mn:1.48、P:0.007、
S:0.001、sol.Al:0.028、Cr:2.98、
Mo:0.71、V:0.11、Nb:0.033、N:0.004、
O:0.003、Ti:0.016、B:0.0010、残部がFeおよび不純物である、化学組成を有し、
Ceq=C+(Mn+Cr+Mo+V)/5=1.466≧1.00、
Ceq/t=0.027≧0.025であり、
引張強さが1087[MPa]、
旧オーステナイト結晶のASTM粒度番号が9.6、
微細なV-Mo系炭化物が50[個/μm^(2)]、
相対切欠破断強度が82[%]である、
高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器の製造方法であって、
上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、
焼入れ温度920℃に加熱して30[min]維持してから、急冷し、次いで、焼戻し温度680℃で30[min]保持する、高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器の製造方法。」

2-4.甲第4号証に記載の発明
ア 上記「1-4.」の甲4の記載事項4Bには、燃料電池車の走行距離を向上させるために、車載ボンベに収容する水素ガスの圧力を35?70MPaという超高圧にすることが有効で、そのために高圧水素環境に曝されても安全な材料が必要なところ、高強度低合金鋼は高強度で低製造コストなので有望だが、水素脆化感受性が高いので、引張強さが900MPa以上という高強度でありながら、耐水素環境脆化特性に優れる低合金鋼およびその鋼からなる低合金鋼製容器を提供することを目的とすることが記載されており、甲4に記載の発明は、これを解決すべき課題とするものといえる。

イ 同4C、4D、4Hには、当該課題の解決手段として、Cr、Mo、Vなどの炭化物生成元素を充分に固溶させて焼入れ焼戻し処理を実施すると耐水素環境脆化特性が大きく改善できるものであり、これは、微細なV-Mo系炭化物が多く生成して、高温焼戻しに寄与し、セメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させ、また、水素のトラップサイトとしても作用することで、耐水素環境脆化特性の改善に寄与すると考えられることが記載されている。

ウ 同4Dには「後段の実施例では、板材を用いた試験結果を述べたが、板材を素材とした高圧水素用容器に限られず、例えば、継目無鋼管を素材とした高圧水素用容器の場合も同様に、継目無鋼管の製造において通常採用される方法に従って製造すれば良い。」と記載され、同4Gには「板材」のみについて、その物性として「TS(MPa)」「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」が記載されている。
すなわち、甲4に記載の同じ組成の鋼素材を同じ条件(熱処理)で処理すれば、「板材」「継目無鋼管」「高圧水素用容器」のいずれでも同様の物性を示すことになると解することができる。
なお、同4Eから、「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」は、高圧水素中で試験片にくさびを挿入して一定期間放置後に進展した亀裂長さから、水素環境脆化特性を示す指標であって、同4Hから、K_(1H)値が60以上であると、微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、この微細炭化物が高温焼戻しに寄与し、セメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させていることが、耐水素環境脆化特性を改善したと推定されている。

エ 同4D、4Eから、「板材」「継目無鋼管」「高圧水素用容器」は「通常の方法で鋼塊を製造後、熱間鍛造、熱間圧延などの方法で製造」され、「焼入れ焼戻し処理」が実施されるものである。

オ ここで、上記ウの検討と本件発明における成分組成と製造条件(熱処理)に鑑み、同4Fの【表1】の「鋼種G」に着目する。
同4Fの【表1】から、「鋼種G」の「化学組成(質量%、残部:Feおよび不純物)」(成分組成)は、同4Aの「高圧水素ガス環境用低合金鋼」が「残部Fe及び不純物」となる組成であることを踏まえれば、次のとおり。
質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、
O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、
Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
[Mo][V]^(0.2)=0.44、残部Feおよび不純物

カ 同4Eには、「表1に示す化学組成の鋼を溶製し、これらの溶製鋼を40mmの厚さのブロックに熱間鍛造し、このブロックを厚さ12mmまで熱間圧延を行って板材とした。これらの板材に880?920℃で保持後水冷または油冷の焼入れ、その後500?720℃で保持後放冷の焼戻し処理を行い、引張強さを800?1200MPaに調整し、供試材とした。これらの供試材を、引張試験および下記の水素環境脆化特性試験に供した。」と記載され、同4G【表2】の「試験番号」「鋼」毎に条件は記載されていない。
また、同4Dには「焼入れ時の冷却は、C(炭素)含有量が0.3%以下の場合には水冷、C含有量が0.3%を超える場合には焼割れを防止するために、油冷またはシャワー冷却を採用するのがよい。」と記載され、「鋼種G」は「C:0.26」だから「焼入れ時の冷却」は「水冷」によるものといえる。
そこで、【表2】「試験番号9 鋼種G」から、本件発明と対比される、板材(鋼板)に成形された鋼素材が受ける製造条件(熱処理)と、製造された板材(鋼板)の組織及び物性は、次のとおり。上記ウから「高圧水素用蓄圧器」についても同様である。

<製造された板材(鋼板)>
○製造条件(熱処理)
880?920℃で保持後(保持時間不明)、水冷で冷却した後で、500?720℃で保持後放冷の焼戻し処理する。
○製造された「鋼板」の組織及び物性
「TS(MPa)」=941[MPa]
「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80
なお、同4Dの【0034】から、「TS・K_(1H)^(0.75)は、引張強さと耐水素環境脆化特性(実施例参照)とのバランスの指標」であり、「TS(MPa)」が「引張強さ」であることは自明であって、「TS・K_(1H)^(0.75)」の値が大きいほど、それら双方に優れることを意味する。

キ そこで、本件発明1(「・・・高圧水素用低合金鋼材。」)に則して記載を整理する。
上記ウ、オ、カから、同4Aの記載を参酌すると、甲第4号証には、次の発明(以下、「甲4発明(鋼板)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、
O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
[Mo][V]^(0.2)=0.44、残部Feおよび不純物である、化学組成を有し、
「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、
「TS(MPa)」=941[MPa]である、
高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼板。」

ク そこで、本件発明4(「・・・高圧水素用低合金鋼管。」)に則して記載を整理する。
上記ウ、オ、カから、同4Aの記載を参酌すると、甲第4号証には、次の発明(以下、「甲4発明(鋼管)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、
O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
[Mo][V]^(0.2)=0.44、残部Feおよび不純物である、化学組成を有し、
「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、
「TS(MPa)」=941[MPa]である、
高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼管。」

ケ そこで、本件発明5(「・・・高圧水素用容器。」)に則して記載を整理する。
上記ウ、オ、カから、同4Aの記載を参酌すると、甲第4号証には、次の発明(以下、「甲4発明(容器)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、
O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
[Mo][V]^(0.2)=0.44、残部Feおよび不純物である、化学組成を有し、
「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、
「TS(MPa)」=941[MPa]である、
高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器。」

コ そこで、本件発明6(「・・・高圧水素用容器の製造方法。」)に則して記載を整理する。
上記ウ、オ、カから、同4Aの記載を参酌すると、甲第4号証には、次の発明(以下、「甲4発明(容器製造方法)」という。)が記載されていると認められる。
「質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
[Mo][V]^(0.2)=0.44、残部Feおよび不純物である、化学組成を有し、
「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、
「TS(MPa)」=941[MPa]である、
高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器の製造方法であって、
上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、
880?920℃で保持後、水冷で冷却した後で、500?720℃で保持後放冷の焼戻し処理する、
高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器の製造方法。」

3.本件発明1について
3-1.本件発明1と甲1発明(鋼板)について
3-1-1.本件発明1と甲1発明(鋼板)との対比
本件発明1(上記「第2」参照。)と甲1発明(鋼板)(上記「第4 I.2.2-1.ケ」参照。)とを対比する。
ア 成分組成(C、Si、Mn、P、S、Al、N、Cr、Mo、Nb、Cu、B)について、甲1発明(鋼板)の含有量は、本件発明1の含有量の範囲内にある。

イ 本件発明1は「・・・高圧水素用低合金鋼材。」であるのに対して、甲1発明(鋼板)は「・・・鋼板。」であるところ、上記「第4 I.2.2-1.ア」から、甲1発明(鋼板)は「低コストで80MPa程度の高圧水素環境中で疲労亀裂進展速度を低下させる」ことを課題とするもので、これは本件発明の課題が「高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な対水素ガス脆化特性を備える」(本件明細書【0012】)ことと共通し、また、本件発明1の「鋼材」の物性、金属組織は「板材」について確認されているものだから、本件発明1の「・・・高圧水素用低合金鋼材。」は、甲1発明(鋼板)の「・・・鋼板。」に相当する。

ウ 以上から本件発明1と甲1発明(鋼板)とは以下の一致点、相違点を有する。
<一致点>
「質量%で、
C:0.27、Si:0.42、Mn:0.74、P:0.011、
S:0.0025、Al:0.04、N:0.003、Nb:0.04、
B:0.0012、Mo:0.72、Cr:1.02、Cu:0.11、
残部:Feおよび不可避的不純物である、化学組成を有する、高圧水素用低合金鋼材。」である点。

<相違点1>
Oの含有量について、本件発明1では「O:0.005%以下」であるのに対して、甲1発明(鋼板)では不明な点。

<相違点2>
析出物について、本件発明1では「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」のに対して、甲1発明(鋼板)では
「Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径10[nm]で密度が143[個/μm^(2)]」である点。

3-1-2.本件発明1と甲1発明(鋼板)の相違点の検討
事案に鑑み、相違点2について検討する。
(1)甲1についての検討
ア 本件発明1において「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」とすることの技術的意義は、本件明細書【0029】【0030】に記載されるように、「高圧水素ガス環境下」では「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物」が「疲労破壊の起点として作用」するから、その「合計個数」を「断面観察で10個/100mm^(2)以下」とすることで「疲労寿命のイレギュラーな低下」を防げるというものである。
そして、本件発明1では、当該介在物の粒径と個数を制御するために、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での「これらの介在物」の「凝集・粗大化」を抑制する、すなわち、「溶鋼の冷却速度を速くする」「望ましくは、1500?1000℃の温度域における平均冷却速度を50℃/分以上とするのが良い。また、これ以外にも製鋼時に粗大介在物を浮揚除去する」(【0068】)ものであり、その効果は、【0081】、【表2】(【0097】)で上記冷却速度の遅い「鋼T」「鋼U」は、冷却速度の速い実施例に比べて「水素中での耐久比となる応力条件における疲労寿命(回)」が10^(3)回程度短くなっているように、実験例において確認されている。

イ これに対して、甲1発明(鋼板)の「Ti、Nb、Vのいずれか1種以上と炭素、窒素のいずれか1種以上とを有し、平均直径10[nm]で密度が143[個/μm^(2)]」とすることの技術的意義は、甲1の記載事項1Fに摘示したように、「Ti、Nb、Vのいずれか1種以上の元素と炭素、窒素のいずれか1種以上の元素とを有する析出物は、地鉄と整合して細かく析出しやすく、また、水素をトラップしやすい。これらの直径100nm以下の析出物は、析出物のまわりに水素をトラップさせやすく、これにより、水素の局所的な集中を抑制することができるといった効果を有す」ることから、「水素環境下での疲労亀裂進展速度が低減」されるというものである。
そして、甲1では、
「[0054]本発明の鋼板や鋼管等の鋼材や水素用容器は上記の化学組成および組織を有するものである限り、特に製造方法等が限定されるものではない。以下に鋼材および水素用容器の好ましい製造方法について説明する。
[0055]まず、本発明の鋼材の好ましい製造条件について説明する。上記の成分組成に調製された溶鋼から、連続鋳造法(continuous casting process)または造塊-分塊法(ingot-making and bloomig method)でスラブ等の鋼素材を製造する。」(記載事項1H)
と記載されるように、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているとはいえない。

ウ すると、相違点2に係る特定事項により、本件発明1では「疲労破壊の起点」となる特定以上の大きさの析出物の数を抑制して疲労破壊を防ぐものであるのに対して、甲1発明(鋼板)では水素をトラップできる特定以下の大きさの析出物の数を増やして水素の局所的な集中を抑制して疲労破壊を防ぐものであるから、両者は共に「高圧水素ガス環境下」での疲労破壊を防ぐものではあっても、その防止の機序が異なり、相違点2は実質的な相違点であるといえる。

エ また、甲1発明(鋼板)では、「高圧水素ガス環境下」での疲労破壊を防ぐために、小さな析出物の数を増やすのだから、同目的から大きな析出物の数を制限することは容易に想到し得るとする見解もあり得る。
しかしながら、上記のように両者は疲労破壊防止の機序が異なるし、そもそも甲1発明(鋼板)では、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているものではないから、「高圧水素ガス環境下」での疲労破壊を防ぐために、大きな析出物の数を制限しようとしても、そのための具体的操作手法に想到し得ないといえる。
また、甲1発明(鋼板)では、疲労破壊を防ぐのに、析出物として「平均直径10[nm]で密度が143[個/μm^(2)]」を要するものであり、これに対して本件発明1では、析出物として「粒径20μm以上」で「10個/100mm^(2)以下」とするもので、両者は、粒径は2000倍以上の差があり、析出数で10^(8)倍以上の差があるから、甲1発明(鋼板)で析出物は「平均直径10[nm]で密度が143[個/μm^(2)]」であれば疲労破壊を防ぐことができるからといって、同様に疲労破壊を防ぐために、ただちに、大きな析出物の大きさと数を「粒径20μm以上」「10個/100mm^(2)以下」とすることは困難といえる。

(2)他の甲号証についての検討
そこでこの点について他の甲号証の記載を確認する。
甲2?4については後記するように相違点2と同趣旨の相違点を有するものであり、参照できない。そこで、次に(2-1)?(2-5)で甲6?甲10について、(2-6)で甲5について検討する。

(2-1)甲6について
甲6には、「腐食性ガスである硫化水素(H_(2)S)を含有するサワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管」([0001])について記載され、合金の成分組成について、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する「サワー環境で使用されるラインパイプ用継目無鋼管」が記載されている。([請求項1])
そして、同「鋼管」は硫化水素(H_(2)S)の存在下での「水素誘起割れ」(Hydrogen Induced Cracking)(以下、「HIC」という。)に対して耐性を必要とする([0003])もので、そのためには、
「粗大介在物の界面を起点としてHIC(ブリスタを含む)が発生する場合がある」ので、「鋼中の介在物のうち、50μm以上の粒径を有する介在物(粗大介在物)の個数が15個/100mm^(2)以下」とすること([0049]?[0051])、
「連続鋳造時」において「タンディッシュ内の溶鋼保持温度を1540℃以上にする。この場合、タンディッシュ中で粗大介在物が凝集して浮上し、鋼から除去される。また、1500℃から1200℃の温度域の冷却速度を50℃/分以上として、介在物が粗大化するのを防止して、均一に微細分散させる。」([0057][0058])ことが記載されている。

(2-2)甲7について
甲7には、「硫化水素を含む環境中」(【0003】)で使用される低合金鋼について記載され、合金の成分組成について、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する「硫化水素を含む環境中」で使用される「継目無鋼管」を製造するための「低合金鋼」が複数記載されている。(【表1】(【0089】)?【表3】(【0091】)、【0092】)
そして、同「低合金鋼」は「介在物を起点とする孔食の発生を防止し、それによって孔食を起点とするSSCを誘発することのない」(【0011】)ものであることを要する。
ここで、「SSC」は「硫化水素を含む環境中での応力腐食割れ」であり「硫化物応力割れ」(【0003】)(Sulfide Stress Cracking)といわれ、HICと同様に硫化水素の存在下で問題とされる欠陥である。
そして同「継目無鋼管」は「硫化水素を含む環境中」で耐HIC性と同様の耐SSC性を発揮するために、
「介在物として長径が1μm以上の下記(1)式を満たすNb系介在物を断面積1mm^(2)あたり10個以上含み」、「下記の(2)式を満たすNb系介在物が断面積1mm^(2)あたり10個以下である」「aNB×bNB≦150・・・(1)、aNB×bNB≧300・・・(2)、但し、上記 (1)式及び(2)式中におけるaNBはNb系介在物の長径(μm)、bNBはNb系介在物中のNbの含有量(質量%)」(【請求項2】)、
「▲1▼タンデイッシュ内の溶鋼保持温度を1520℃以上とし、タンディッシュ中で粗大介在物を凝集浮上させて除去する、
▲2▼鋳造後の冷却速度、なかでも1500℃から1000℃の温度域の冷却速度を50℃/分以上として、介在物が粗大化するのを防止して、均一に微細分散させる」こと(【0083】)が記載されている。

(2-3)甲8について
甲8には、「油井、ガス井等の硫化水素を含む環境で用いられる低合金油井管用鋼およびその鋼からなる継目無鋼管」([0001])について記載され、合金の成分組成について、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する「硫化水素を含む環境」で用いられる「継目無鋼管」を製造するための「鋼」が複数記載されている。([表1]([0044])?[表2]([0045]))
ここで、硫化水素中で用いられる油井管においては、「高強度であることが要求されるとともに、水素誘起割れ(Hydrogen Induced Cracking:HIC)および硫化物応力割れ(Sulfide Stress Cracking:SSC)と呼ばれる水素脆化の問題もある。従って、油井管の最大の課題は、高強度の実現ならびにHICおよびSSCの克服にある。」([0003])ことが記載され、「硫化水素圧2?5atmではHICの危険性が増大するが、硫化水素圧15atmではHICは起こりにくくなる」([0009])、「本発明は、高圧の硫化水素環境においても優れた耐HIC性および耐SSC性を有する、高強度低合金油井管用鋼および継目無鋼管を提供することを目的とする。
なお、高圧の硫化水素環境とは、特に、2atm以上の硫化水素を含有する環境を意味」する([0017])ことも記載されている。
そして、上記「継目無鋼管」が耐HIC性、耐SSC性を発揮するために、
「長径が10μm以上の非金属介在物が10個を超えて存在すると、HICの起点となり易い。従って、この個数を断面1mm^(2)あたり10個以下とする」こと([0039])、
「非金属介在物を低減する方法」として「溶製直後の1500?1200℃(鋼塊の最表層の温度。以下同じ。)の温度域における冷却速度を100℃/分以上とすることで粗大介在物の生成を防止することができる。なお、S、NおよびO(酸素)をそれぞれ0.003%以下、0.005%以下および0.001%以下に抑制すれば、溶製直後の1500?1200℃の温度域における冷却速度は、100℃/分未満としてもよい。」ことが記載されている。

(2-4)甲9について
甲9には、「硫化水素を含むサワー環境下における耐硫化物応力腐食割れ性(耐硫化物応力割れ性)に優れ、油井用として好適な低合金高強度継目無鋼管」(【0001】)について記載され、合金の成分組成について、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する「硫化水素を含むサワー環境下」で用いられる「継目無鋼管」を製造するための「鋼」が複数記載されている。(【表1】(【0085】))
そして、同「継目無鋼管」は「高温、高圧に加え、硫化水素を含むサワー環境にさらされるため、油井管として用いられる継目無鋼管には、高強度であることと同時に、硫化物応力割れ(Sulfide Stress Cracking: SSC)に対する耐性、すなわち耐硫化物応力割れ性(耐SSC性)が求められる。」(【0002】)ものである。
そこで、同継目無鋼管の耐SSC性を向上させるためには、
「圧延方向に直交する断面100mm^(2)あたりの介在物の数が、円相当径5μm以上の硫化物系介在物:3個以下、円相当径5μm以上の酸化物系介在物:30個以下、円相当径5μm以上の窒化物系介在物:150個以下であり、Ca(O,S)とAl_(2)O_(3)とMgOを含有する円相当径5μm以上の複合酸化物系介在物を有し、前記円相当径5μm以上の複合酸化物系介在物におけるCa、Mg、およびSの平均含有量が質量%で、Ca:15%以下、Mg:3?15%、S:10%以下、およびCa:(40-HRC)%以下であること」(【請求項1】)、
「本発明では、上記二次精錬後の鋼におけるS、O、N、およびCaの含有量を、それぞれS:0.001%以下、O:0.001%以下、N:0.005%以下、T.Ca×S:6×10^(-7)%以下とすることが重要である。なお、ここで「T.Ca×S」は、質量%で表したT.CaとS含有量の積を意味する。このように、鋼中のS、O、およびNの含有量を低くすることによって、鋼中の硫化物系、酸化物系、および窒化物系介在物の個数を、それぞれ上記の範囲とし、鋼管の耐硫化物応力割れ性を向上させることができる。また、二次精錬工程後の鋼におけるT.Ca×Sを6×10^(-7)以下とすることにより、耐硫化物応力割れ性に悪影響を及ぼすCaSの形成を抑制することができる。」(【0064】)ことが記載されている。

(2-5)甲10について
甲10には、「原子炉の炉心において使用される燃料集合体」(【0001】)について記載されており、「結晶粒径はASTM粒度番号で10?13程度であり、平均粒径は4μmから11μmの範囲となっている。」(【0006】)ことが記載されている。

(2-6)甲5について
甲5には、「水素燃料電池自動車」の「高圧の水素ガスを貯蔵する容器、配管」において、「70MPaの高圧水素ガス環境下」で「使用することのできる炭素鋼や低合金鋼、それより製造するシームレス鋼管、そしてその製造方法を提供すること」を解決すべき課題とすること(【0003】、【0011】)が記載されている。
当該課題の解決手段として、「高圧水素ガス環境下で使用される鋼の問題点として鋼表面からの水素ガスの侵入が考えられることから、いわゆる湿潤環境下で用いられる鋼についての水素脆化と共通することが推測される」(【0012】)として、「湿潤環境下で用いられる鋼についての水素脆化」について「従来、湿潤H_(2)S環境で使用される材料においては、水素誘起割れ(以下HICと略す)が問題となっていた。その理由は、湿潤H_(2)S環境から鋼表面に侵入した拡散性水素がトラップされ水素ガス圧が高くなり、硫化物系介在物の形態と相まってHICを引き起こすからである。」(【0013】)と記載されている。
しかし、「湿潤H_(2)S環境下での耐HIC性に関する知見が、高圧水素環境下においても反映させることができればよいが、湿潤H_(2)S環境下での拡散性水素濃度は約1ppm前後であるのに対し、高圧水素ガス環境下ではせいぜい0.01ppmであり、そのような環境上の相違がどのように影響しているか分からない。」(【0018】)と記載され、さらに、甲5での研究の結果として「高圧水素ガス環境下においては、湿潤H_(2)S環境下の場合と対照的に、拡散性水素を非拡散性水素にトラップさせ、拡散性水素を可及的少とすることで疲労亀裂の伝播を阻止しているのである。」(【0021】)ことが分かったことが記載されている。
なお、合金の成分組成について、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」と甲5の「高圧水素ガス環境下」で用いられる「鋼材」は、【表1】(【0063】)、【請求項1】?【請求項6】で一致するものはなく、「表1および表2に記載の化学組成の鋼を溶製し、仕上げ温度950 ℃で熱間圧延を行い、熱延後、そのまま焼入れを行い、次いで650℃で焼戻し処理を行った。」(【0058】)と記載され、「溶製」の際に、冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去を行うことは記載がない。

(2-7)甲5?10の記載について
ア 上記(2-1)?(2-4)でみたように、甲6?9には、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」の成分組成と同じ成分組成の「硫化水素を含む環境中」で使用される鋼材が示されており、「硫化水素を含む環境中」で特有の「耐HIC性および耐SSC性」のために、特定の大きさ以上の介在物の数を特定数以下とすること、そのために「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去を行うことが記載されている(甲9には、「冷却速度の調整」と「粗大介在物の浮揚除去」は記載されていない。)といえる。

イ ここで、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」の「高圧水素用」とは、本件明細書【0005】等の記載から見て、「70MPa」程度であることは明らかである。
すると、例えば上記(2-3)甲8に記載されるように、「耐HIC性および耐SSC性」が問題となるような「硫化水素を含む環境」は「硫化水素圧2?5atm」程度であり、これは「0.2?0.5MPa」にあたるが、問題とされる水素雰囲気圧力について、「高圧水素用」である本件発明1は、「硫化水素を含む環境」である甲6?9に記載の技術事項の140?350倍の高圧下での技術ということができる。

ウ そうであれば、「硫化水素を含む環境中」で特有の「耐HIC性および耐SSC性」のために特定の大きさ以上の介在物の数を特定数以下とするという甲6?9に記載の技術事項を、水素雰囲気圧力について、80MPaにも達するような「高圧水素環境」(記載事項1B)で用いられる甲1発明(鋼板)に適用することは、その動機付けを欠くというべきである。
また、適用したとしても、「硫化水素を含む環境中」という比較的低圧下での技術が、140?350倍の高圧下である甲1発明(鋼板)において所期の効果を奏し得るかは予測できない。

エ この点で、申立人は、甲5には、「高圧水素ガス環境下で使用される鋼」として「湿潤H_(2)S環境」で使用される鋼が用い得ることが記載または示唆されていると主張する。
しかし、上記(2-6)でみたように、甲5は、「湿潤H_(2)S環境下での拡散性水素濃度は約1ppm前後であるのに対し、高圧水素ガス環境下ではせいぜい0.01ppmであり、そのような環境上の相違がどのように影響しているか分からない」ところ、独自の研究により「高圧水素ガス環境下においては、湿潤H_(2)S環境下の場合と対照的に、拡散性水素を非拡散性水素にトラップさせ、拡散性水素を可及的少とすることで疲労亀裂の伝播を阻止している」ことを明らかにしたもので、これは「高圧水素ガス環境下」と「湿潤H_(2)S環境」下で、「疲労亀裂の伝播」の原因が異なることを示すものだから、「高圧水素ガス環境下で使用される鋼」として「湿潤H_(2)S環境」で使用される鋼を直ちに用いることはできないことを示すものといえる。
したがって、上記申立人の主張は採用できない。

オ なお、甲10は、上記(2-5)でみたように、「ASTM粒度番号」と「粒径」との関係を示すものにすぎない。

3-1-3.本件発明1と甲1発明(鋼板)の同一性、容易想到性についての結言
以上から、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載されたものではなく、また、甲1発明(鋼板)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3-2.本件発明1と甲2発明(鋼板)について
3-2-1.本件発明1と甲2発明(鋼板)との対比
本件発明1(上記「第2」参照。)と甲2発明(鋼板)(上記「第4 I.2.2-2.サ」参照。)とを対比する。
ア 成分組成(C、Si、Mn、P、S、Al、O、N、Cr、Mo、V、Nb)について、甲2発明(鋼板)の含有量は、本件発明1の含有量の範囲内にある。

イ 本件発明1の課題は「高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な対水素ガス脆化特性を備える」(本件明細書【0012】)ことであり、本件発明1の「鋼材」の物性、金属組織は「板材」について確認されているものだから、甲2発明(鋼板)の「高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用鋼板」は、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する。

ウ 以上から本件発明1と甲2発明(鋼板)とは以下の一致点、相違点を有する。
<一致点>
「質量%で、
C:0.32、Si:0.38、Mn:0.92、Al:0.034、
N:0.0029、P:0.008、S:0.0014、
O:0.0039、Cr:0.74、Mo:0.29、Nb:0.019、V:0.039、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成を有する、高圧水素用低合金鋼材。」である点。

<相違点3>
析出物について、本件発明1では「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」のに対して、甲2発明(鋼板)では
析出物について不明な点。

3-2-2.本件発明1と甲2発明(鋼板)との相違点の検討
相違点3について検討する。
(1)甲2についての検討
ア 本件発明1において「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」とすることの技術的意義は、上記「3-1-2.(1)ア」でみたとおりである。
特に本件発明1では、当該介在物の粒径と個数を制御するために、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での「これらの介在物」の「凝集・粗大化」を抑制する、すなわち、「溶鋼の冷却速度を速くする」「望ましくは、1500?1000℃の温度域における平均冷却速度を50℃/分以上とするのが良い。また、これ以外にも製鋼時に粗大介在物を浮揚除去する」(【0068】)ものである。

イ これに対して、甲2には、介在物についての記載も示唆もなく、「本発明の水素用ラインパイプの製造に用いる鋼素材は、上記成分組成に調整された溶鋼から鋳造する。ここで、特に鋳造条件を限定する必要はなく、いかなる鋳造条件で製造された鋼素材としてもよい。」(記載事項2D【0055】)と記載されるのみで、連続鋳造や造塊-分塊の時の溶鋼の冷却過程で、溶鋼の冷却速度を速くしたり、粗大介在物を浮揚除去するといったことも記載されていない。
すると、甲2発明(鋼板)では、介在物及びその凝集・粗大化を抑制するということについて認識されているとはいえない。

ウ そうすると、相違点3は実質的な相違点であり、甲2発明(鋼板)において甲2の記載からは当業者が容易に想到し得るものともいえない。

(2)他の甲号証についての検討
そこでこの点について他の甲号証の記載を確認する。
甲1については、上記したように相違点2が相違点3と同趣旨の相違点であり、甲3?4については後記するように、相違点3と同趣旨の相違点を有するものであり、参照できない。
そこで、甲5?甲10について検討すると、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-1)?(2-6)」のとおりである。
また、甲5?甲10の判断についても、甲2発明(鋼板)は甲1発明(鋼板)と同様に「高圧水素ガス環境下」での技術であるから、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-7)」と同趣旨のことがいえる。

3-2-3.本件発明1と甲2発明(鋼板)の同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明1は、甲第2号証に記載されたものではなく、また、甲2発明(鋼板)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3-3.本件発明1と甲3発明(鋼板)について
3-3-1.本件発明1と甲3発明(鋼板)との対比
本件発明1(上記「第2」参照。)と甲3発明(鋼板)(上記「第4 I.2.2-3.ク」参照。)とを対比する。
ア 成分組成(C、Si、Mn、P、S、Al、O、N、Cr、Mo、V、Nb、Ti、B)について、甲3発明(鋼板)の含有量は、本件発明1の含有量の範囲内にある。

イ 本件発明1の課題は「高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な対水素ガス脆化特性を備える」(本件明細書【0012】)ことであり、本件発明1の「鋼材」の物性、金属組織は「板材」について確認されているものであるところ、記載事項3Bから、甲3発明(鋼板)も「高圧水素ガス環境下で水素環境脆化特性に優れる厚肉の低合金鋼」についての発明だから、甲3発明(鋼板)の「高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用鋼板」は、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する。

ウ 以上から本件発明1と甲3発明(鋼板)とは以下の一致点、相違点を有する。
<一致点>
「質量%で、
C:0.41、Si:0.20、Mn:1.48、P:0.007、
S:0.001、sol.Al:0.028、Cr:2.98、
Mo:0.71、V:0.11、Nb:0.033、N:0.004、
O:0.003、Ti:0.016、B:0.0010、残部がFeおよび不可避的不純物である化学組成を有する、
高圧水素用低合金鋼材。」である点。

<相違点4>
析出物について、本件発明1では「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」のに対して、甲3発明(鋼板)では
「V-Mo系炭化物が50[個/μm^(2)]」である点。


3-3-2.本件発明1と甲3発明(鋼板)との相違点の検討
相違点4について検討する。
(1)甲3についての検討
ア 本件発明1において「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」とすることの技術的意義は、上記「3-1-2.(1)ア」でみたとおりである。
特に、本件発明1では、当該介在物の粒径と個数を制御するために、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での「これらの介在物」の「凝集・粗大化」を抑制する、すなわち、「溶鋼の冷却速度を速くする」「望ましくは、1500?1000℃の温度域における平均冷却速度を50℃/分以上とするのが良い。また、これ以外にも製鋼時に粗大介在物を浮揚除去する」(【0068】)ものである。

イ これに対して、甲3には、記載事項3Cから、厚肉構造での焼入れ性を確保しマルテンサイト率を維持するため、MnおよびCrを増加すると水素脆化感受性が高くなるので結晶粒の微細化ならびに微細なMo-V系炭化物による高温焼戻しにより耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるために、析出物である「微細なV-Mo系炭化物が50[個/μm^(2)]」(同3Dでは「30個/μm^(2)以上」)となるようにすること、同3Eには、そのために、焼入れ焼戻しにより強度を調質し、特に、焼入れは900?950℃の温度で行うことが記載されている。

ウ さらに、記載事項3Fには「低合金鋼を真空溶解し、熱間鍛造により厚さ40?150mmの厚さのブロックとし、このブロックを用いて熱間圧延を行い、厚さ15?80mmの板材とした。その後、表2に示す条件で焼入れ焼戻しを行い、強度を調整した。」と記載されている。

エ すると、甲3発明(鋼板)においては、析出物(介在物)である「微細なV-Mo系炭化物」を「50[個/μm^(2)]」のように単位面積当たりの微細な析出物の数を多くして耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるものであり、これは本件発明1の「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下」とすることで疲労破壊の起点を減少させて「高圧水素ガス環境下での耐疲労性」「耐水素ガス脆化特性」を向上させるものとは、析出物(介在物)の構成元素に差違があり、当該特性を達成できるための機序が異なるものといえる。
また、甲3発明(鋼板)においては、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているとはいえない。

オ すると、相違点4に係る特定事項により、本件発明1では「疲労破壊の起点」となる特定以上の大きさの析出物の数を抑制して耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるものであるのに対して、甲3発明(鋼板)では本件発明1の析出物とは異なる析出物の数を増やして耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるものであるから、両者は共に「高圧水素ガス環境下」での耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるものではあっても、そのための機序が異なり、相違点4は実質的な相違点であるといえる。

カ また、甲3発明(鋼板)では、「高圧水素ガス環境下」での耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるために、小さな析出物の数を増やすのだから、同目的から大きな析出物の数を制限することは容易に想到し得るとする見解もあり得る。
しかしながら、上記のように両者はその機序が異なるし、そもそも甲3発明(鋼板)では、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているものではないから、「高圧水素ガス環境下」での耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるために、大きな析出物の数を制限しようとしても、そのための具体的操作手法に想到し得ないといえる。
また、甲3発明(鋼板)では、耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるのに、析出物として「50[個/μm^(2)]」を要するものであり、これに対して本件発明1では、析出物として「粒径20μm以上」で「10個/100mm^(2)以下」とするもので、両者は、析出数で10^(8)倍以上の差があるから、甲3発明(鋼板)で析出物は「50[個/μm^(2)]」であれば耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上できるからといって、同様に耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるために、ただちに、大きな析出物の数を「粒径20μm以上」「10個/100mm^(2)以下」とすることは困難といえる。

キ そうすると、相違点4は、実質的な相違点であり、甲3発明(鋼板)において甲3の記載からは当業者が容易に想到し得るものともいえない。

(2)他の甲号証についての検討
そこでこの点について他の甲号証の記載を確認する。
甲1、2については、上記したように相違点2、3が相違点4と同趣旨の相違点であり、甲4については後記するように、相違点4と同趣旨の相違点を有するものであり、参照できない。
そこで、甲5?甲10について検討すると、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-1)?(2-6)」のとおりである。
また、甲5?甲10の判断についても、甲3発明(鋼板)は甲1発明(鋼板)と同様に「高圧水素ガス環境下」での技術であるから、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-7)」と同趣旨のことがいえる。

3-2-3.本件発明1と甲3発明(鋼板)の同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明1は、甲第3号証に記載されたものではなく、また、甲3発明(鋼板)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3-4.本件発明1と甲4発明(鋼板)について
3-4-1.本件発明1と甲4発明(鋼板)との対比
本件発明1(上記「第2」参照。)と甲4発明(鋼板)(上記「第4 I.2.2-4.キ」参照。)とを対比する。
ア 成分組成(C、Si、Mn、P、S、Al、O、N、Cr、Mo、V、Nb、Ti、B)について、甲4発明(鋼板)の含有量は、本件発明1の含有量の範囲内にある。

イ 本件発明1の課題は「高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な対水素ガス脆化特性を備える」(本件明細書【0012】)ことであり、本件発明1の「鋼材」の物性、金属組織は「板材」について確認されているものであるところ、記載事項4Bから、甲4発明(鋼板)も「耐水素環境脆化特性に優れる低合金鋼」についての発明だから、甲4発明(鋼板)の「高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼板」は、本件発明1の「高圧水素用低合金鋼材」に相当する。

ウ 以上から本件発明1と甲4発明(鋼板)とは以下の一致点、相違点を有する。
<一致点>
「質量%で、
C:0.26、Si:0.20、Mn:0.45、P:0.008、
S:0.001、Al:0.034、Mo:0.69、V:0.10、
O:0.0023、N:0.004、B:0.0009、Cr:0.98、Nb:0.030、Ti:0.014、
残部Feおよび不純物である、化学組成を有する、
高圧水素用低合金鋼材。」である点。

<相違点5>
析出物について、本件発明1では「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」のに対して、甲4発明(鋼板)では「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成して」いる点。


3-4-2.本件発明1と甲4発明(鋼板)との相違点の検討
相違点5について検討する。
(1)甲4についての検討
ア 本件発明1において「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下である」とすることの技術的意義は、上記「3-1-2.(1)ア」でみたとおりである。
特に、本件発明1では、当該介在物の粒径と個数を制御するために、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での「これらの介在物」の「凝集・粗大化」を抑制する、すなわち、「溶鋼の冷却速度を速くする」「望ましくは、1500?1000℃の温度域における平均冷却速度を50℃/分以上とするのが良い。また、これ以外にも製鋼時に粗大介在物を浮揚除去する」(【0068】)ものである。

イ これに対して、甲4発明(鋼板)における「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」=80で微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、」の技術的意義は、記載事項4C、4D、4Hと上記「第4 I.2.2-4.イ、ウ」から、「K_(1H)(MPa・m^(0.5))」は、素環境脆化特性を示す指標であって、K_(1H)値が60以上であると、微細なV-Mo系炭化物が多く生成しており、この微細炭化物が高温焼戻しに寄与し、セメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させていることが、耐水素環境脆化特性を改善するものである、といえる。

ウ そして、同4Dから、「鋼材の製造方法に関しては、特に制限はない。通常の方法で鋼塊を製造後、熱間鍛造、熱間圧延などの方法で製造」し、「良好な耐水素環境脆化特性を得るためには、焼入れ焼戻し処理を実施」し、「焼入れは、Cr、Mo、Vなどの炭化物生成元素を充分に固溶させるため、900℃以上の温度とする」こと、「焼入れ時の冷却は、C(炭素)含有量が0.3%以下の場合には水冷、C含有量が0.3%を超える場合には焼割れを防止するために、油冷またはシャワー冷却を採用する」ことが記載されている。

エ すると、甲4発明(鋼板)の析出した「微細なV-Mo系炭化物」は、その析出数を多くすることで、高温焼戻しに寄与し、セメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させることで、耐水素環境脆化特性を改善するものだから、これは本件発明1の「粒径20μm以上の硫化物系介在物および酸化物系介在物の合計個数が断面観察で10個/100mm^(2)以下」とすることで疲労破壊の起点を減少させて「高圧水素ガス環境下での耐疲労性」「耐水素ガス脆化特性」を向上させるものとは、当該特性を達成できるための機序は異なるものといえる。
また、甲4発明(鋼板)においては、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているとはいえない。

オ すると、相違点5に係る特定事項により、本件発明1では「疲労破壊の起点」となる特定以上の大きさの析出物の数を抑制して耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるものであるのに対して、甲4発明(鋼板)では微細な析出物の数を増やしてセメンタイトなどの粒界炭化物を球状化・均一分散させることで耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるものであるから、両者は共に「高圧水素ガス環境下」での耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるものではあっても、そのための機序が異なり、相違点5は実質的な相違点であるといえる。

カ また、甲4発明(鋼板)では、「高圧水素ガス環境下」での耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるために、小さな析出物の数を増やすのだから、同目的から大きな析出物の数を制限することは容易に想到し得るとする見解もあり得る。
しかしながら、上記のように両者はその機序が異なるし、そもそも甲4発明(鋼板)では、連続鋳造や造塊-分塊の時の「溶鋼の冷却過程」での冷却速度の調整や粗大介在物の浮揚除去について認識されているものではないから、「高圧水素ガス環境下」での耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるために、大きな析出物の数を制限しようとしても、そのための具体的操作手法に想到し得ないといえる。
また、甲4発明(鋼板)では、耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上させるのに、析出物として「微細なV-Mo系炭化物が多く生成」することを要するにすぎないものであり、これに対して本件発明1では、析出物として「粒径20μm以上」で「10個/100mm^(2)以下」とするものだから、甲4発明(鋼板)で「微細なV-Mo系炭化物が多く生成」すれば耐水素脆性(耐水素環境脆化特性)を向上できるからといって、同様に耐疲労性、耐水素ガス脆化特性を向上させるために、ただちに、大きな析出物の数を「粒径20μm以上」「10個/100mm^(2)以下」とすることは困難といえる。

キ そうすると、相違点5は、実質的な相違点であり、甲4発明(鋼板)において甲4の記載からは当業者が容易に想到し得るものともいえない。

(2)他の甲号証についての検討
そこでこの点について他の甲号証の記載を確認する。
甲1?3については、上記したように相違点2、3、4が相違点5と同趣旨の相違点であり、参照できない。
そこで、甲5?甲10について検討すると、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-1)?(2-6)」のとおりである。
また、甲5?甲10の判断についても、甲4発明(鋼板)は甲1発明(鋼板)と同様に「高圧水素ガス環境下」での技術であるから、上記「3.3-1.3-1-2.(2)(2-7)」と同趣旨のことがいえる。

3-4-3.本件発明1と甲4発明(鋼板)の同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明1は、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲4発明(鋼板)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3-5.本件発明1の甲各号証との同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明1は、甲第1?4号証に記載されたものではなく、また、甲第1?4号証に記載された発明と甲第5、6?10号証に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

4.本件発明2、3について
甲1?4発明(鋼板)は、本件発明1を引用する本件発明2の成分組成を満たすので、本件発明2と甲1?4発明(鋼板)との一致点、相違点は、本件発明1と甲1?4発明(鋼板)との一致点、相違点と同じであるから、その判断も本件発明1と甲1?4発明(鋼板)についてのものと変わるところはない。
本件発明3は、本件発明1又は2を引用しており、「旧オーステナイト結晶粒がASTM粒度番号9.0以上である」ことが新たな特定事項として付加されたにすぎないので、本件発明3は本件発明1又は2と同じ特定事項を有する。
すると、本件発明3と甲1?4発明(鋼板)とを対比すると、本件発明1と甲1?4発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
以上から、本件発明2、3は、甲第1?4号証に記載されたものではなく、また、甲第1?4号証に記載された発明と甲第5、6?10号証に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5.本件発明4について
5-1.本件発明4と甲1発明(鋼管)について
本件発明4は、本件発明1?3を引用し、「いずれかに記載の高圧水素用低合金鋼材からなる、高圧水素用低合金鋼管」であることを新たな特定事項とするもので、他の特定事項は本件発明1?3と同じだから、少なくとも本件発明1と同じ特定事項を有するものである。
一方、甲1発明(鋼管)は、上記「第4 I.2.2-1.コ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-1.ケ」で認定した甲1発明(鋼板)の末尾の「鋼板」を「鋼管」としたものに相当する。
すると、本件発明4と甲1発明(鋼管)とを対比すると、上記「第4 I.3.3-1.」に記載した本件発明1と甲1発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明4は、甲第1号証に記載されたものではなく、また、甲1発明(鋼管)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5-2.本件発明4と甲2発明(鋼管)について
本件発明4については上記「5-1.」のとおり。
一方、甲2発明(鋼管)は、上記「第4 I.2.2-2.シ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-2.サ」で認定した甲2発明(鋼板)の末尾の「水素用鋼板」を「水素用ラインパイプ」としたもので、その余の点で、両者は、合金組成と物性を規定する数値がわずかに異なる。
しかしながら、それらは数値がわずかに異なるのみにすぎず、本件発明4と甲2発明(鋼管)との対比における一致点、相違点と、上記「第4 I.3.3-2.」に記載した本件発明1と甲2発明(鋼板)との対比における一致点、相違点とは、上記末尾の相違を除き、一致点、相違点の構成として異なるものとまではいえないから、前者の一致点、相違点は、後者の一致点、相違点を実質的に含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明4は、甲第2号証に記載されたものではなく、また、甲2発明(鋼管)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5-3.本件発明4と甲4発明(鋼管)について
本件発明4については上記「5-1.」のとおり。
一方、甲4発明(鋼管)は、上記「第4 I.2.2-4.ク」で認定したが、上記「第4 I.2.2-4.キ」で認定した甲4発明(鋼板)の末尾の「高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼板」を「高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼管」としたものに相当する。
すると、本件発明4と甲4発明(鋼管)とを対比すると、上記「第4 I.3.3-4.」に記載した本件発明1と甲4発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明4は、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲4発明(鋼管)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
なお、上記「第4 I.2.2-3.ウ」でみたように、甲3には「鋼管」についての具体例は記載されていない。

5-4.本件発明4の甲各号証との同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明1は、甲第1、2、4号証に記載されたものではなく、また、甲第1、2、4号証に記載された発明と甲第3、5、6?10号証に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

6.本件発明5について
6-1.本件発明5と甲1発明(容器)について
本件発明5は、本件発明4を引用し、「高圧水素用低合金鋼管からなり、引張強さが850MPa以上である、高圧水素用容器」を新たな特定事項とするもので、他の特定事項は本件発明4と同じだから、上記「5.」から、少なくとも本件発明1と同じ特定事項を有するものである。
一方、甲1発明(容器)は、上記「第4 I.2.2-1.サ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-1.ケ」で認定した甲1発明(鋼板)の末尾の「鋼板」を「容器」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)と、甲1発明(鋼板)の末尾を変えた甲1発明(容器)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-1.」に記載した本件発明1と甲1発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明5は、甲第1号証に記載されたものではなく、また、甲1発明(容器)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6-2.本件発明5と甲2発明(容器)について
本件発明5については上記「6-1.」のとおり。
一方、甲2発明(容器)は、上記「第4 I.2.2-2.ス」で認定したが、上記「第4 I.2.2-2.サ」で認定した甲2発明(鋼板)の末尾の「水素用鋼板」を「水素用蓄圧器」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)と、甲2発明(鋼板)の末尾を変えた甲2発明(容器)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-2.」に記載した本件発明1と甲2発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明5は、甲第2号証に記載されたものではなく、また、甲2発明(容器)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6-3.本件発明5と甲3発明(容器)について
本件発明5については上記「6-1.」のとおり。
一方、甲3発明(容器)は、上記「第4 I.2.2-3.ケ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-3.ク」で認定した甲3発明(鋼板)の末尾の「高圧水素用鋼板」を「高圧水素用蓄圧器」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)と、甲3発明(鋼板)の末尾を変えた甲3発明(容器)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-3.」に記載した本件発明1と甲3発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明5は、甲第3号証に記載されたものではなく、また、甲3発明(容器)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6-4.本件発明5と甲4発明(容器)について
本件発明5については上記「6-1.」のとおり。
一方、甲4発明(容器)は、上記「第4 I.2.2-4.ケ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-4.キ」で認定した甲4発明(鋼板)の末尾の「高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼板」を「高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)と、甲4発明(鋼板)の末尾を変えた甲4発明(容器)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-4.」に記載した本件発明1と甲4発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明5は、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲4発明(容器)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6-5.本件発明5の甲各号証との同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明5は、甲第1?4号証に記載されたものではなく、また、甲第1?4号証に記載された発明と甲第5、6?10号証に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

7.本件発明6について
7-1.本件発明6と甲1発明(容器製造方法)について
本件発明6は、本件発明5を引用し、末尾において「前記高圧水素用低合金鋼管を所定の形状に成形加工した後、880?950℃に加熱・保持してから、800?500℃の温度域における平均冷却速度を2℃/秒以上として焼入れし、次いで、焼戻しする、高圧水素用容器の製造方法」を新たな特定事項とするもので、他の特定事項は本件発明5と同じだから、上記「6.」から、少なくとも本件発明1と同じ特定事項を有するものである。
一方、甲1発明(容器製造方法)は、上記「第4 I.2.2-1.シ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-1.ケ」で認定した甲1発明(鋼板)の末尾の「鋼板」を「水素用容器の製造方法であって、上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で鋼管形状に成型し、さらに容器形状に成形した後に、仕上げ温度880℃に加熱し1500秒保持してから、冷却速度75℃/sで急冷し、次いで再加熱温度600℃で2400秒保持する、上記鋼組織を有する水素用容器の製造方法」としたものであり、その余の点で、両者は、合金組成と物性を規定する数値がわずかに異なる。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)をまたさらに引用する本件発明6(「容器の製造方法」の発明)と、甲1発明(鋼板)の末尾を変えた甲1発明(容器製造方法)とを対比すると、上記の数値がわずかに異なるのみで、結果的に、上記「第4 I.3.3-1.」に記載した本件発明1と甲1発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明6は、甲第1号証に記載されたものではなく、また、甲1発明(容器製造方法)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7-2.本件発明6と甲2発明(容器製造方法)について
本件発明6については上記「7-1.」のとおり。
一方、甲2発明(容器製造方法)は、上記「第4 I.2.2-2.セ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-2.サ」で認定した甲2発明(鋼板)の末尾の「水素用鋼板」を「水素用蓄圧器の製造方法であって、上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、
加熱温度920℃に加熱してから、水冷開始温度850℃、水冷停止温度200℃で、冷却速度10?50℃/sで急冷し、次いで焼戻し温度650℃で保持する、上記鋼組織を有する高圧水素ガス中の耐水素脆化特性に優れた水素用蓄圧器の製造方法」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)をまたさらに引用する本件発明6(「容器の製造方法」の発明)と、甲2発明(鋼板)の末尾を変えた甲2発明(容器製造方法)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-2.」に記載した本件発明1と甲2発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明6は、甲第2号証に記載されたものではなく、また、甲2発明(容器製造方法)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7-3.本件発明6と甲3発明(容器製造方法)について
本件発明6については上記「7-1.」のとおり。
一方、甲3発明(容器製造方法)は、上記「第4 I.2.2-3.コ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-3.ク」で認定した甲3発明(鋼板)の末尾の「高圧水素用鋼板」を「高圧水素用蓄圧器の製造方法であって、上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、焼入れ温度920℃に加熱して30[min]維持してから、急冷し、次いで、焼戻し温度680℃で30[min]保持する、高圧水素用低合金鋼を用いた、高圧水素用蓄圧器の製造方法」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)をまたさらに引用する本件発明6(「容器の製造方法」の発明)と、甲3発明(鋼板)の末尾を変えた甲3発明(容器製造方法)とを対比すると、上記の数値がわずかに異なるのみで、結果的に、上記「第4 I.3.3-3.」に記載した本件発明1と甲3発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明6は、甲第3号証に記載されたものではなく、また、甲3発明(容器製造方法)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7-4.本件発明6と甲4発明(容器製造方法)について
本件発明6については上記「7-1.」のとおり。
一方、甲4発明(容器製造方法)は、上記「第4 I.2.2-4.コ」で認定したが、上記「第4 I.2.2-4.キ」で認定した甲4発明(鋼板)の末尾の「高圧水素ガス環境用低合金鋼鋼板」を「高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器の製造方法であって、上記化学組成の鋼素材を圧延加工等で容器形状に成形した後に、880?920℃で保持後、水冷で冷却した後で、500?720℃で保持後放冷の焼戻し処理する、高圧水素ガス環境用低合金鋼からなる高圧水素用容器の製造方法」としたものに相当する。
すると、本件発明1(「鋼材」すなわち「鋼板」の発明)を引用する本件発明4(「鋼管」の発明)をさらに引用する本件発明5(「容器」の発明)をまたさらに引用する本件発明6(「容器の製造方法」の発明)と、甲4発明(鋼板)の末尾を変えた甲4発明(容器製造方法)とを対比すると、結果的に、上記「第4 I.3.3-4.」に記載した本件発明1と甲4発明(鋼板)との対比における一致点、相違点を含むものであり、その判断についても同様といえる。
したがって、本件発明6は、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲4発明(容器製造方法)と甲5、甲6?10に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7-5.本件発明6の甲各号証との同一性、容易想到性についての結言
以上から、本件発明6は、甲第1?4号証に記載されたものではなく、また、甲第1?4号証に記載された発明と甲第5、6?10号証に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

8.新規性進歩性の判断の結言
以上から、本件発明1?6は、甲第1?4号証に記載されたものではなく、また、甲第1?4号証のいずれかに記載された発明と甲第5?10号証に記載された技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求項1?6に係る特許は取り消されるべきとする申立人の主張を採用することはできない。

II.記載不備の判断
以下、特許異議の申立理由2、3について判断する。
申立理由2について
(1)申立人の主張の概要
本件明細書【0012】に記載されるように、本件発明の課題は「高圧水素ガス環境下での耐久比に基づく寿命設計が可能であり、引張強さで850MPa以上の高い強度を有し、高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な耐水素ガス脆化特性を備える高圧水素用容器、該容器の素材として用いるのに好適な高圧水素用低合金鋼材および高圧水素用低合金鋼管、ならびに該容器の製造方法を提供すること」である。
しかし、本件発明1?3の「高圧水素用低合金鋼材」の実施例はあるが、本件発明4の「高圧水素用低合金鋼材からなる、高圧水素用低合金鋼管」、本件発明5の「高圧水素用低合金鋼管から」なる「高圧水素用容器」、本件発明6の「高圧水素用低合金鋼管」から製造される「高圧水素用容器の製造方法」についての実施例はない。
そのため、「高圧水素用低合金鋼管」、「高圧水素用容器」が「高圧水素ガス環境下での耐疲労特性に優れるとともに良好な耐水素ガス脆化特性を備える」という課題を解決し得るのか確認できないので、本件発明4?6については、当該課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載されているとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(2)当審の判断
「鋼管」「容器」の製造に使用される鋼材について、本件明細書中にその組織と物性は記載されており、当該鋼材から製造された「鋼管」「容器」は、通常は使用された材料である鋼材とかけ離れた組織や物性を示すものではないことは技術常識といえる。
このことは、例えば、以下の例から明らかといえる。
<例1>甲2に「【0062】以下、本発明の効果を検証した実施例について、説明する。なお、以下の実施例においては、水素用ラインパイプおよび水素用蓄圧器の製造方法および特性評価を、鋼板の製造方法および特性評価でシミュレイトした。具体的には、製造方法が加速冷却あるいは直接焼入れ焼戻しの場合は、水素用ラインパイプをシミュレイトした場合であり、再加熱焼入れ焼戻しの場合は水素用蓄圧器をシミュレイトした場合である。」と記載され、「鋼板」の特性で「水素用ラインパイプおよび水素用蓄圧器」の特性を評価していること。
<例2>甲3において「【0007】本発明は、900MPa以上の引張強さを有し、かつ高圧水素ガス環境下で水素環境脆化特性に優れる厚肉の低合金鋼、および、その鋼からなる水素用蓄圧器を提供することを目的とする。」と記載されているのに、「板材」(【0044】)についてのみ実験例(【表1】【表2】)が示され、「水素用蓄圧器」という「容器」については実験例が示されていないこと。
<例3>甲4において「【0010】本発明は、引張強さが900MPa以上という高強度でありながら、耐水素環境脆化特性に優れる低合金鋼およびその鋼からなる低合金鋼製容器を提供することを目的とする。」と記載されているのに、「【0036】(b)製造方法 鋼材の製造方法に関しては、特に制限はない。通常の方法で鋼塊を製造後、熱間鍛造、熱間圧延などの方法で製造すれば良い。後段の実施例では、板材を用いた試験結果を述べたが、板材を素材とした高圧水素用容器に限られず、例えば、継目無鋼管を素材とした高圧水素用容器の場合も同様に、継目無鋼管の製造において通常採用される方法に従って製造すれば良い。」と記載され、「板材」についてのみ実験例(【表1】【表2】)が示され、「低合金鋼製容器」という「容器」については実験例が示されていないこと。
よって、鋼材について本件明細書中にその組織と物性は記載されているから、「鋼管」「容器」についてそれらを構成する鋼の組織や物性の記載が無くても、それらは当業者であれば十分に認識し得るものであるので、それらは発明の詳細な説明に記載されているに等しく、サポート要件を欠くものとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない。

2.申立理由3について
(1)申立人の主張の概要
本件発明3では「旧オーステナイト結晶粒がASTM粒度番号9.0以上」であることを「高圧水素用低合金鋼材」の発明特定事項としている。これは、本件明細書【0089】?【0090】に記載される製造工程の終了した鋼の表面を観察して得た硫化物系介在物と酸化物系介在物の合計個数と異なり、【0085】?【0087】に記載されるように、「焼入れまま」の鋼材の試験片の表面を観察して得たものだから、「高圧水素用低合金鋼材」の製造過程における中間段階の状態を規定するものであり、製造された製品である「高圧水素用低合金鋼材」の特定としては明確でない。
したがって、本件発明3及びこれを引用する本件発明4?6は発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、同発明に係る特許はこの規定に違反してされたものなので、同法第113条第4号に該当し、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

(2)当審の判断
中間状態での特定であっても、「物」の構成を特定するものであることには変わりは無く、本件明細書【0071】に記載されるようにその特定の手法も明瞭であるので、製造された物品でなく、当該物品の中間状態での特定であることのみをもって、製造された物品が明確に把握できないということにはならない。
また、中間状態での「物」の特定が、当該物品の完成に至るまでの時間の経過を含むから、いわゆるプロダクトバイプロセスクレームにあたるかについては、単に時間の経過を含むというだけで、「物」としての特定に不明な点はなく、「物」を実質的に製造方法によって特定するものともいえない。
したがって、中間状態での特定であっても、その特定により、第三者に不測の不利益をもたらすといえる程度にまで発明が不明であるとまではいえないから、請求項3に係る発明は明確であり、明確性要件を欠くものとはいえない。
したがって、申立人の主張は採用できない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載された特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-01-06 
出願番号 特願2016-142205(P2016-142205)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 中澤 登
市川 篤
登録日 2020-01-20 
登録番号 特許第6648646号(P6648646)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 低合金鋼材、低合金鋼管および容器、ならびにその容器の製造方法  
代理人 特許業務法人ブライタス  

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