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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C21D 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C21D |
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管理番号 | 1370049 |
異議申立番号 | 異議2020-700820 |
総通号数 | 254 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-02-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-10-22 |
確定日 | 2021-01-27 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6685244号発明「強度、延性および成形性が改善された高強度鋼板を製造する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6685244号の請求項8?10に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6685244号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)7月3日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2014年(平成26年)7月3日 国際事務局(IB))に国際出願され、令和2年4月2日にその特許権の設定登録がされ、同年4月22日に特許掲載公報が発行された。 その後、同年6月9日に特許権者であるアルセロールミタルより、本件特許に対して訂正審判の請求がなされ、同年8月24日付けで「特許請求の範囲の請求項1?7を削除する訂正を認める」旨の審決がなされ、当該審決はその後確定した。 その後、本件特許に対し、同年10月22日に特許異議申立人前田洋志(以下、「申立人」という。)は、本件特許の請求項8?10(全請求項)に係る特許について特許異議の申立てを行った。 第2 本件発明 令和2年6月9日の訂正審判の請求について、上記第1のとおり、同年8月24日付けで「特許請求の範囲の請求項1?7を削除する訂正を認める」旨の審決がなされ、当該審決はその後確定した。よって、本件特許の請求項1?7は削除されている。 本件特許の請求項8?10の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明8」等という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項8?10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項8】 鋼の化学組成が重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1%≦Cr≦0.25% Nb≦0.05% Ti≦0.05% Al≦0.5% を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼板であって、前記鋼板が、降伏強度少なくとも850MPa、引張強度少なくとも1180MPa、全伸び少なくとも14%、および穴広げ率HER少なくとも30%を有し、前記鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず、マルテンサイト画分は、少なくとも50%である組織を有する、鋼板。 【請求項9】 降伏強度が950MPaを超える、請求項8に記載の鋼板。 【請求項10】 鋼の化学組成がAl≦0.05%であるような組成である、請求項8または9に記載の鋼板。」 第3 申立理由の概要 申立人は、特許異議申立書の「3.申立ての理由」の中で、以下の申立理由1、2により、本件発明8?10に係る特許を取り消すべきものである旨、主張している。 1 申立理由1(サポート要件) (1)記載不備の理由 本件発明8および本件発明8を引用する本件発明9、10は、その鋼組成に関して、「Nb≦0.05%」及び「Ti≦0.05%」であることを規定する。 しかしながら、本件特許明細書の【実施例】(特に、段落【0035】)において、課題を解決するものとして具体的に記載されているのは、「C=0.19%、Si=1.5%、Mn=2.2%、Cr=0.2%を有し、残部はFeおよび不純物である」鋼板、すなわち、Nb及びTiを含有しない鋼板のみである。つまり、Nb及びTiを含有する場合に課題が解決されることは、具体的には実証されていない。 また、Nb及びTiを含有しない場合に課題が解決されることしか具体的に実証されていない本件特許明細書の記載から、Nb及びTiの含有量が0%超0.05%以下である場合も同様に課題が解決されることが当業者にとって明らかであるとはいえないから、「Nb≦0.05%」及び「Ti≦0.05%」であることを規定する本件発明8?10は、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に開示された技術事項を超える広い特許請求の範囲を記載していることになる。 よって、本件特許発明8?10は、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に記載されたものとはいえない。 (2)結論 本件の特許査定時の特許請求の範囲(請求項8?10)は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。 2 申立理由2(実施可能要件) (1)記載不備の理由 本件発明8には、そのミクロ組織に関して、「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず、マルテンサイト画分は、少なくとも50%である」ことを規定する。 しかしながら、本件特許明細書には、各組織の特定方法や定量方法については、具体的に記載されておらず、「マルテンサイト画分は、少なくとも50%である」ことに関しては、段落【0034】に「マルテンサイトおよびベイナイトは非常に区別するのが困難である」と記載され、その特定方法や定量方法は全く示されていない。 また、本件明細書の【実施例】には、「その組織は11.2%の残留オーステナイトならびに88.8%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する」(段落【0040】)という記載があるのみで、「マルテンサイト画分は、少なくとも50%である」ことは実証されていない。 また、「マルテンサイト画分は、少なくとも50%である」ことに関して、本件特許明細書には、特定方法や定量方法が記載されていないから、本件特許明細書には、当業者が本件発明8?10を「実施できるように明確に記載されていない」ことになるし、マルテンサイトなどの各組織に関して、特定方法や定量方法は一義的に定まるものとは言えないから、本件発明8?10を実施しようとする当業者は、あらゆる方法で定量等を行い、所望の効果を奏するのかを検証する必要があり、当業者に「過度の追試を強いる」ことになる。 よって、本件特許明細書(発明の詳細な説明)は、本件発明8?10について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。 (2)結論 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載には不備があり、本件発明8?10は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。 第4 当審の判断 以下に述べるように、申立理由1、2によっては,本件特許の請求項8?10に係る特許を取り消すことはできない。 1 発明の詳細な説明の記載について 本件特許の明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下線は、当審が付した。また、「・・・」は、省略を示す)。 「【0001】 本発明は、強度、延性および成形性が改善された高強度鋼板を製造する方法に関し、この方法により得られる鋼板に関する。 【背景技術】 【0002】 自動車車両用の車体構造用部材および車体パネルの部品などの様々な装備を製造するために、DP(二相)鋼またはTRIP(変態誘起塑性)鋼でできた鋼板を使用するのは通常のことである。 【0003】 ・・・ 【0004】 地球環境保全の観点から自動車の燃料効率を改善するために自動車の重量を削減したいという要望のため、降伏強度および引張強度が改善された鋼板を有することが望ましい。しかしそのような鋼板は良好な延性および良好な成形性、より詳細には良好な伸びフランジ性も有する必要がある。 【0005】 この点において、降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率HERが少なくとも30%である鋼板を得ることが望ましい。測定方法の違いに起因して、ISO規格による穴広げ率HERの値は、JFS T 1001(日本鉄鋼連盟規格)による穴広げ率λの値と非常に異なり同等ではないことを強調する必要がある。 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0006】 したがって、本発明の目的はそのような鋼板およびそれを製造する方法を提供することである。 【課題を解決するための手段】 【0007】 この目的のため、本発明は、鋼板を熱処理することによって、延性が改善され且つ成形性が改善された高強度鋼板を製造する方法であって、鋼板の降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格による穴広げ率HERが少なくとも30%であり、鋼の化学組成が重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2%≦Mn≦2.4% 0.1%≦Cr≦0.25% Nb≦0.05% Ti≦0.05% Al≦0.50% を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である、方法に関する。熱処理は以下の工程: - Ac3を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する工程、 - 275℃から325℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも50%のマルテンサイトからなる組織を焼入れ直後に得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち処理および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないことができる含量である、工程 - 鋼板を420℃から470℃の間の分配温度PTまで加熱し、および鋼板をこの温度において50秒から150秒の間の分配時間Ptの間維持する工程、 - 鋼板を室温まで冷却する工程 を含む。」 「【0012】 本発明は、化学組成が重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2%≦Mn≦2.4% 0.1≦Cr≦0.25% Nb≦0.05% Ti≦0.05% Al≦0.5% を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼板にも関し、鋼板は降伏強度が少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり、組織は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まない。」 「【0019】 本発明によれば、鋼板は、化学組成が重量%で以下を含有する半製品の熱間圧延および任意選択的に冷間圧延によって得られる: - 十分な強度を確保し、且つ十分な伸びを得るのに必要である残留オーステナイトの安定性を改善するための、0.15%から0.25%、好ましくは0.17%を超え好ましくは0.21%未満の炭素。炭素含量が高すぎる場合、熱間圧延した鋼板は硬すぎて冷間圧延できず、溶接性が不十分である。 【0020】 - 固溶体を強化し、且つ過時効の間に炭化物の形成を遅らせるように、オーステナイトを安定化させるための、1.2%から1.8%、好ましくは1.3%を超え1.6%未満のケイ素。 【0021】 - 少なくとも65%のマルテンサイトを含有する組織を得るための十分な硬化性、1180MPaを超える引張強度を有するため、且つ延性に悪影響を与える分離の問題を避けるための、2%から2.4%、好ましくは2.1%を超え好ましくは2.3%未満のマンガン。 【0022】 - 硬化性を高めるため、且つ過時効の間のベイナイトの形成を遅らせるために残留オーステナイトを安定化させるための、0.1%から0.25%のクロム。 【0023】 - 脱酸素の目的で通常の場合に溶鋼に加えられる、最大で0.5%のアルミニウム。Alの含量が0.5%を超える場合、焼鈍温度は高すぎるために到達しないことになり、鋼は工業的に加工が困難となる。好ましくは、Al含量は不純物レベル、すなわち最大で0.05%に制限される。 【0024】 - Nb含量は0.05%に制限されるが、なぜならそのような値を超えると大きい析出物が形成され且つ成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することがより困難となるからである。 【0025】 - Ti含量は0.05%に制限されるが、なぜならそのような値を超えると大きい析出物が形成され且つ成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することがより困難となるからである。 【0026】 残部は鉄および鋼製造から生じる残留元素である。この点において、Ni、Mo、Cu、V、B、S、PおよびNは少なくとも、不可避不純物である残留元素と考えられる。したがって、それらの含量は、Niについては0.05%未満、Moについては0.02%未満、Cuについては0.03%未満、Vについては0.007%未満、Bについては0.0010%未満、Sについては0.007%未満、Pについては0.02%未満、Nについては0.010%未満である。 【0027】 鋼板は、当業者に公知の方法に従って、熱間圧延および任意選択的に冷間圧延によって調製される。 【0028】 圧延後、鋼板は酸洗いまたは洗浄され、次いで熱処理される。 【0029】 好ましくは組み合わせた連続焼鈍ラインで行われる熱処理は、以下の工程を含む: - 組織が完全にオーステナイトであることを確実にするように、鋼のAc_(3)変態点を超える、好ましくはAc_(3)+15℃を超える、すなわち本発明による鋼については約850℃を超えるが、オーステナイト結晶粒を過度に粗大化させないために1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて、鋼板を焼鈍する工程。鋼板は化学組成を均質化させるのに十分な時間をかけて、焼鈍温度で維持される、すなわちTA-5℃からTA+10℃の間で維持される。この時間は好ましくは30秒を超えるが300秒を超える必要はない。 【0030】 - Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度で冷却することにより、鋼板を焼入れする工程。焼入れの直後にオーステナイトおよび少なくとも50%のマルテンサイトからなる組織を有するようにするため、焼入れ温度は275℃から325℃の間であり、オーステナイト含量は、最終的な組織(すなわち処理および室温への冷却後)が、3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないことができるような含量である。冷却速度は少なくとも20℃/秒、好ましくは少なくとも30℃/秒である。焼鈍温度からの冷却の間にフェライトが形成されるのを避けるために、少なくとも30℃/秒の冷却速度が必要である。 【0031】 - 鋼板を420℃から470℃の間の分配温度PTまで再加熱する工程。再加熱速度は再加熱が誘導加熱器によって行われる場合は高くてもよいが、5℃/秒から20℃/秒の間の再加熱速度では鋼板の最終的な特性に対して明確な影響を与えなかった。したがって、再加熱速度は好ましくは5℃/秒から20℃/秒の間に含まれる。好ましくは、焼入れ工程と鋼板を分配温度PTまで再加熱する工程との間で、鋼板は焼入れ温度において2秒から8秒の間、好ましくは3秒から7秒の間に含まれる保持時間の間、維持される。 【0032】 - 鋼板を分配温度PTにおいて50秒から150秒の間の時間維持する工程。分配温度において鋼板を維持することは、分配の間に鋼板の温度がPT-10℃からPT+10℃の間にとどまることを意味する。 【0033】 - フェライトまたはベイナイトを形成させないために、好ましくは1℃/秒を超える冷却速度で鋼板を室温まで冷却する工程。現在、この冷却スピードは、2℃/秒から4℃/秒の間である。 【0034】 そのような処理によって、鋼板は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まない組織を有する。実際には、Ms変態点未満での焼入れに起因して、組織はマルテンサイトを含有し少なくとも50%である。しかし、そのような鋼に関して、マルテンサイトおよびベイナイトは非常に区別するのが困難である。これが、マルテンサイトおよびベイナイトの含量の合計のみが考慮される理由である。そのような組織によって、降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009による穴広げ率(HER)が少なくとも30%である鋼板を得ることができる。 【実施例】 【0035】 例として、以下の組成:C=0.19%、Si=1.5%、Mn=2.2%、Cr=0.2%を有し、残部はFeおよび不純物である、厚さが1.2mmの鋼板を熱間圧延および冷間圧延により製造した。この鋼の理論上のMs変態点は375℃であり、Ac3変態点は835℃である。 【0036】 鋼板の試料は焼鈍、焼入れおよび分配(すなわち分配温度までの加熱およびその温度での維持)によって熱処理され、機械的特性が測定された。鋼板は焼入れ温度において約3秒間保持された。 【0037】 処理の条件および得られる特性は表Iに記載され、この表において焼鈍タイプの列は焼鈍が変態域内(IA)であるかまたは完全オーステナイト(full γ)であるかを特定している。 【0038】 【表1】 【0039】 この表において、TAは焼鈍温度、QTは焼入れ温度、PT温度は分配の温度、Ptは分配の時間、YSは降伏強度、TSは引張強度、UEは一様伸び、TEは全伸び、HERはISO規格による穴広げ率、γは組織中の残留オーステナイトの割合であり、γ結晶粒径は平均のオーステナイト結晶粒径であり、γ中のC%は残留オーステナイト中の炭素の量であり、Fは組織中のフェライトの量であり、M+Bは組織中のマルテンサイトおよびベイナイトの合計の量である。 【0040】 表Iにおいて、例10は本発明によるものであり、すべての特性が最小の求められる特性よりも良好である。図に示すように、その組織は11.2%の残留オーステナイトならびに88.8%のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有する。 【0041】 変態域内温度で焼鈍される試料に関する例1から6は、試料4、5および6についてのみ当てはまる、全伸びが14%を超える場合であっても、穴広げ率が低すぎることを示している。 【0042】 先行技術に関する、すなわちMs点未満で焼入れされなかった鋼板(QTはMs変態点を超えPTはQTに等しい)に関する例13から16は、そのような熱処理によって、引張強度が非常に良好な場合であっても(1220MPaを超える)、焼鈍が変態域内である場合には降伏強度はあまり高くなく(780未満)、成形性(穴広げ率)はすべての場合で十分ではない(30%未満)ことを示している。 【0043】 例7から12は、Ac3を超える温度で焼鈍された、すなわち組織が完全オーステナイトであった試料にすべてが関するものであり、目標の特性に到達する唯一の方法が300℃(+/-10)の焼入れ温度および450℃(+/-10)の分配温度であることを示している。そのような条件によって、850MPaを超え、950MPaをも超える降伏強度、1180MPaを超える引張強度、14%を超える全伸び、および30%を超える穴広げ率を得ることができる。例17は、470℃を超える分配温度は目標の特性を得られないことを示している。」 「【図1】 」 2 特許請求の範囲の記載について 本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第2のとおりである。 3 申立理由1(サポート要件)について (1) サポート要件を検討する観点について 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。 以下、上記の観点に立って、本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについて検討する。 (2) 本件特許における発明が解決しようとする課題について 上記1で摘記した、【0001】?【0006】を参照すると、本件特許における発明が解決しようとする課題は、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率HERが少なくとも30%である鋼板」「を提供すること」であると認められる。 (3) 発明の詳細な説明に記載された発明について ア 上記1で摘記した、【0012】には、課題を解決するための手段として、 「化学組成が重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2%≦Mn≦2.4% 0.1≦Cr≦0.25% Nb≦0.05% Ti≦0.05% Al≦0.5% を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼板にも関し、鋼板は降伏強度が少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり、組織は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まない」、「鋼板」が記載されている。 イ 上記1で摘記した【0019】より、「十分な強度を確保し、十分な伸びを得るのに必要である残留オーステナイトの安定性を改善するため」には、「0.15%から0.25%」の「炭素」が必要と認められる。 ウ 上記1で摘記した【0020】より、「固溶体を強化し、且つ過時効の間に炭化物の形成を遅らせるように、オーステナイトを安定化させるため」には、「1.2%から1.8%」の「ケイ素」が必要と認められる。 エ 上記1で摘記した【0021】より、「少なくとも65%のマルテンサイトを含有する組織を得るための十分な硬化性、1180MPaを超える引張強度を有するため、且つ延性に悪影響を与える分離の問題を避けるため」には、「2%から2.4%」の「マンガン」が必要と認められる。 オ 上記1で摘記した【0022】より、「硬化性を高めるため、且つ過時効の間のベイナイトの形成を遅らせるために残留オーステナイトを安定化させるため」には、「0.1%から0.25%」の「クロム」が必要と認められる。 カ 上記1で摘記した【0023】より、「焼鈍温度は高すぎるために到達しないことになり、鋼は工業的に加工が困難となる」ことがないように、「アルミニウム」は「最大で0.5%である」必要があると認められる。 キ 上記1で摘記した【0024】より、「大きい析出物が形成され且つ成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することがより困難となる」ことがないように、「Nb」は「0.05%に制限される」必要があると認められる。 ク 上記1で摘記した【0025】より、「大きい析出物が形成され且つ成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することがより困難となる」ことがないように、「Ti」は「0.05%に制限される」必要があると認められる。 ケ 上記1で摘記した、【0026】より、「炭素」、「ケイ素」、「マンガン」、「クロム」、「アルミニウム」、「Nb」、及び「Ti」以外の「残部」は「鉄および鋼製造から生じる残留元素」である必要があると認められる。 コ 上記1で摘記した、【0027】、【0028】を参照すると、「鋼板」は、「熱間圧延」による圧延後、「酸洗いまたは洗浄され、次いで熱処理される」ことにより製造されることが記載されている。 サ 上記1で摘記した【0029】より、「熱処理」においては、「組織が完全にオーステナイトであることを確実に」し、「オーステナイト結晶粒を過度に粗大化させないため」には、「鋼のAc_(3)変態点を超える」が、「1000℃未満」である「焼鈍温度TA」において、「鋼板を焼鈍する」必要があると認められる。 シ 上記1で摘記した【0030】より、「焼入れの直後にオーステナイトおよび少なくとも50%のマルテンサイトからなる組織を有するようにするため」、かつ「焼鈍温度からの冷却の間にフェライトが形成されるのを避けるため」に、「275℃から325℃の間」の「焼入れ温度」まで「Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度」である「少なくとも30℃/秒の冷却速度」で冷却することにより「鋼板を焼入れ」することが必要であり、その結果、「オーステナイト含量は、最終的な組織(すなわち処理および室温への冷却後)が、3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないことができるような含量」となることが認められる。 ス 上記1で摘記した【0031】、【0032】より、「熱処理」の工程は、「鋼板を420℃から470℃の間」の「分配温度PTまで再加熱する工程」、「鋼板を分配温度PTにおいて50秒から150秒の間の時間維持する工程」を含むことが認められる。 セ 上記1で摘記した【0033】より、「フェライトまたはベイナイトを形成させないため」に、「1℃/秒を超える冷却速度で鋼板を室温まで冷却する」必要があると認められる。 ソ 上記1で摘記した【0030】、【0034】より、上記シで示した「焼入れ」に起因して、「マルテンサイトを含有し少なくとも50%である」「組織」となると認められる。 タ 上記1で摘記した【0027】?【0034】、特に、【0030】、【0034】より、上記コ?セの処理の結果、「鋼板は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含ま」ず、「マルテンサイトを含有し少なくとも50%である」「組織」が得られ、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009による穴広げ率(HER)が少なくとも30%である鋼板を得ることができる」ことが認められる。 チ 上記1で摘記した【0035】?【0043】、図1に記載の実施例を参照すると、【表1】に記載された資料のうち、本件発明8の組成、及び上記コ?セの処理条件を唯一満たす試料10において、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率HERが少なくとも30%である」との要件を満たしており、上記(2)の課題を解決していることが理解できる。 ツ また、本件特許の明細書には、上記イ?ケの組成、コ?セの「処理」以外に、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率HERが少なくとも30%である鋼板」「を提供すること」ができる手段については記載されていない。 テ そうすると、発明の詳細な説明に記載された発明は、上記イ?ケの組成を有し、「降伏強度が少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり」、「組織は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まない」「鋼板」、すなわち、上記アで示した事項を全て備える「鋼板」の発明であって、当業者であれば、当該「鋼板」の発明 によって上記(2)の課題を解決できると認識できる。 ト また、上記ソを考慮すると、上記アで示した事項を全て備える鋼板を製造するための焼入れに起因して、「少なくとも50%のマルテンサイトからなる組織を有する」ことになると認められる。 (4) 本件発明と発明の詳細な説明に記載された発明との対比 「鋼板」の発明である本件発明8?10は、上記(3)アで示した事項を全て含むから、本件発明8?10は、上記(3)テで示した発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲に含まれると認められる。 したがって、本件発明8?10は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではない。 (5) 申立人の主張について 申立人は、上記第3の1に示した主張をしている。 しかし、【0024】、【0025】の記載を参照すれば、当業者であれば、Nb及びTiの含有量が0%超0.05%以下であれば、大きい析出物が形成され且つ成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することがより困難となることがないことが理解され、上記(2)の課題の解決を妨げないことを理解し得ると認められる。 また、申立人は、具体的な実施例においてNb及びTiが含まれないことを主張するのみであって、それ以外に、Nb及びTiの含有量が0%超0.05%以下において、上記課題を解決できないとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。 したがって、申立人の当該主張は採用できない。 (6)申立理由1(サポート要件)についてのまとめ よって、本件特許の請求項8?10に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。 4 申立理由2(実施可能要件)について (1) 実施可能要件を検討する観点について 本件発明8?10は、「鋼板」の発明であって、物の発明に該当するが、物の発明における発明の実施とは、そのものの生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について、特許法第36条第4項第1号が定める実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を製造し、使用することができる程度にその発明が記載されたものでなければならないと解される。 よって、この観点に立って、本件発明8?10の実施可能要件について検討する。 (2) 本件発明8?10の実施可能要件についての検討 ア 上記3(3)ア?ケで示したとおり、上記1で摘記した、【0012】、【0019】?【0026】には、「原材料」である「鋼板」の組成が特定されている。 したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明8?10の「原材料」が特定されていると認められる。 イ 上記3(3)コ?セで示したとおり、上記1で摘記した、【0027】?【0034】には、「鋼板」の処理の条件が特定されるとともに、当該処理の結果、「鋼板は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含ま」ず、「マルテンサイトを含有し少なくとも50%である」「組織」が得られ、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009による穴広げ率(HER)が少なくとも30%である鋼板を得ることができる」ことが認められる。 そうすると、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明8?10の製造方法における「原材料」の「処理工程」が特定されるとともに、その「生産物」が特定されていると認められる。 ウ 上記1で摘記した、【0035】?【0043】、図1に記載の実施例を参照すると試料1?17のうち、本件発明8の組成、上記3(3)コ?セで示した処理条件を全て満たす試料10のみにおいて、「降伏強度YSが少なくとも850MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、およびISO規格16630:2009による穴広げ率(HER)が少なくとも30%である鋼板を得ることができる」との要件を満たすことが記載されている。 エ 上記ア?ウより、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明8?10の製造方法について、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物が明確かつ十分に特定されているから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、本件発明8?10の「鋼板」を製造することができるように記載されていると認められる。 オ また、上記1で摘記した【0002】にも記載のように、「鋼板」が、自動車車両用の車体構造用部材や装備、また、その他構造材等に使用可能であることは技術常識であるから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明が、本件発明8?10の「鋼板」を当業者が使用することができる程度に記載されたものであることは明らかである。 カ したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明8?10を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。 (3) 申立人の主張について 申立人は、上記第3の2に示した主張をしている。 しかし、焼入れ時に十分な速度で冷却すれば、マルテンサイトの生成量を増加させ得ることは技術常識であるし、上記3(3)ソにも示したように、上記1で摘記した【0030】、【0034】より、「Ms変態点を下回る」「275℃から325℃の間」の「焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度」である「少なくとも30℃/秒の冷却速度」で冷却することにより「鋼板を焼入れ」することに起因して、「マルテンサイトを含有し少なくとも50%である」「組織」となることが理解できる。 そうすると、マルテンサイトおよびベイナイトが非常に区別するのが困難であり、マルテンサイトの画分についてその特定方法や定量方法が全く示されていないとしても、当業者が、本件発明8?10の「鋼板」を製造するに際し、【0030】に記載された焼入れ時の冷却条件を参考にすることができるから、マルテンサイトの画分が少なくとも50%である組織となるようにするために、過度の試行錯誤や複雑高度な実験を要するとは認められない。 したがって、申立人の当該主張は採用できない。 (4) 申立理由2(実施可能要件)についてのまとめ よって、本件特許の請求項8?10に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。 第5 むすび 以上のとおり、本件特許の請求項8?10に係る特許は、特許異議申立書に記載された申立理由1、2によっては、取り消すことができない。 また、他に本件特許の請求項8?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-01-13 |
出願番号 | 特願2016-575867(P2016-575867) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 相澤 啓祐 |
特許庁審判長 |
中澤 登 |
特許庁審判官 |
増山 慎也 井上 猛 |
登録日 | 2020-04-02 |
登録番号 | 特許第6685244号(P6685244) |
権利者 | アルセロールミタル |
発明の名称 | 強度、延性および成形性が改善された高強度鋼板を製造する方法 |
代理人 | 特許業務法人川口國際特許事務所 |