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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特39条先願 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1371331
審判番号 不服2019-17495  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-04-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-12-25 
確定日 2021-02-17 
事件の表示 特願2017-167485「有機電子装置」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 3月 1日出願公開、特開2018- 32860〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2012年(平成24年)11月30日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2011年(平成23年)11月30日、欧州特許庁)を国際出願日とする特願2014-543920号の一部を平成29年8月31日に新たな特許出願としたものであって、平成30年9月25日付けで拒絶理由が通知され、平成31年4月2日に意見書が提出され、令和元年8月16日付けで拒絶査定(以下、「原査定」という。)がされ、これに対し同年12月25日に拒絶査定不服審判の請求と同時に手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。

第2 本件補正の補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
令和元年12月25日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲を補正するものであって、特許請求の範囲の請求項1に
「 第1電極、第2電極、及び第1電極と第2電極との間の、化学式(I)に示される化合物を含む実質的な有機層を備えた、有機電子装置。
【化1】

式中、Mは金属イオンであり、A^(1)-A^(4)はそれぞれ、独立して、H、及び置換または非置換のC2-C20ヘテロアリールから選択され、nは、上記金属イオンの価数であり
、nは2である。」と記載されているのを
「 第1電極、第2電極、及び第1電極と第2電極との間の、化学式(I)に示される化合物を含む実質的な有機層を備えた、有機電子装置。
【化1】

式中、Mは金属イオンであり、A^(1)-A^(4)はそれぞれ、独立して、H、及び置換または非置換のC2-C20ヘテロアリールから選択され、A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリールであり、nは、上記金属イオンの価数であり、nは2である。」(下線部は補正箇所を示す。)
に補正するものである。

2 補正の目的
本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項である、「化学式(I)に示される化合物」について、「A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリール」とする限定を付加するものである。そして、本件補正前の請求項1に係る発明と、本件補正後の請求項1に係る発明との、産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。そうすると、本件補正の目的は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が、同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下に検討する。

3 引用文献の記載事項及び引用文献に記載された発明
(1)引用文献の記載事項
原査定の拒絶理由に引用され、本願の優先権主張の日前の平成19年4月5日に頒布された刊行物である特開2007-88015号公報(以下、「引用文献1」という。)には、以下の記載事項がある。なお、合議体が発明の認定等に用いた箇所に下線を付した。

ア 「【請求項1】
基板上に、陽極、陰極および少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、前記有機層の1層は、金属塩を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。

(中略)

【請求項8】
前記金属塩の対アニオンは、下記一般式(1)で表されることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】

〔式中、R_(1)?R_(4)はそれぞれ独立に置換基を表す。〕

(中略)

【請求項13】
前記金属塩は、アルカリ金属塩、またはアルカリ土類金属塩であることを特徴とする請求項1?12のいずれか1項記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。」

イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子および有機エレクトロルミネッセンス素子の製造方法に関する。

(中略)

【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって、本発明の目的は、駆動電圧が低下し、かつ、長期保存においても、輝度低下のない安定な有機EL素子を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の上記目的は以下の手段によって達成される。
【0012】
1.基板上に、陽極、陰極および少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、前記有機層の1層は、金属塩を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。

(中略)

【0019】
8.前記金属塩の対アニオンは、下記一般式(1)で表されることを特徴とする前記1?4のいずれか1項記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【0020】
【化1】

【0021】
〔式中、R_(1)?R_(4)はそれぞれ独立に置換基を表す。〕

(中略)

【0027】
〔式中、nは3以上の整数を表し、Xはそれぞれ独立に酸素原子(-O-)、イオウ原子(-S-)、-N(-L-A^(-))-を表すが、複数のXのうち少なくとも一つはN-L-A^(-)である。ここで、Lは二価の連結基もしくは直接結合を表し、A^(-)は陰イオンを有する置換基を表す。〕
13.前記金属塩は、アルカリ金属塩、またはアルカリ土類金属塩であることを特徴とする前記1?12のいずれか1項記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。

(中略)

【発明の効果】
【0038】
本発明の金属塩を用いることで、駆動電圧低下が低下でき、パワー効率向上が図れると同時に、長期保存時における安定性が向上した安定な有機EL素子をうることが出来る。」

ウ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0040】
本発明は、陽極、陰極、および前記陽極と陰極の間に少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であり、前記有機層の1層に、金属塩を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子である。
【0041】
金属塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等が好ましく、特に、リチウム塩、ナトリウム塩、セシウム塩、またカルシウム塩が好ましい。

(中略)

【0052】
本発明に係わる前記アルカリ金属或いはアルカリ土類金属(特に好ましくは、リチウム、ナトリウム、セシウム、またカルシウム等)の対イオン(カウンターイオン)となるアニオンについて、以下述べる。

(中略)

【0056】
また、アニオンとして、以下のような有機アニオンが本発明に係わる金属塩の対イオンとして好ましい。
【0057】
本発明に係わる金属塩において好ましい対イオンは、前記一般式(1)により表される。
【0058】
前記一般式(1)において、R_(1)?R_(4)はそれぞれ独立に置換基を表す。
【0059】
ここにおいてR_(1)?R_(4)で表される置換基としては、アルキル基(メチル基、エチル基、i-プロピル基、ヒドロキシエチル基、メトキシメチル基、トリフルオロメチル基、t-ブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、ベンジル基等)、アリール基(フェニル基、ナフチル基、p-トリル基、p-クロロフェニル基等)、ヘテロアリール基(ピロール基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、ピリジル基、ベンズイミダゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、トリアゾリル基、オキサジアゾリル基、チアジアゾリル基、チエニル基、カルバゾリル基等)、アルケニル基(ビニル基、プロペニル基、スチリル基等)、アルキニル基(エチニル基等)、非芳香族性複素環基(ピロリジル基、ピラゾリル基、イミダゾリル基、等)、シリル基(トリメチルシリル基、t-ブチルジメチルシリル基、ジメチルフェニルシリル基、トリフェニルシリル基等)等が挙げられる。それぞれの置換基はさらに置換基を有していても良い。
【0060】
この中で好ましいものとしては、アリール基が挙げられる。
【0061】
一般式(1)で表されるアニオンの代表例を以下に示すが、これらに限定されない。

(中略)

【0063】
【化5】

【0064】
これらのアニオンを対イオンとするセシウム塩、リチウム塩等は、例えばテトラフェニル硼素ナトリウムを用いて、これを塩交換をすることにより容易に得ることが出来る。

(中略)

【0083】
以上により示される本発明に係わる金属塩は、例えば、電子輸送性化合物と混合し電子輸送層と陰極、或いは陰極バッファー層間に新たな混合層を形成したり、また、電荷輸送層、例えば、電子輸送層等に含有させ、電子輸送層を兼ねて形成できる。電子輸送層や、別の有機層にドーピングして混合層を形成する場合、有機層の形成時に、ドープ量に応じ蒸着速度を調整しながら、有機材料とともに共蒸着してやればよい。これらの金属塩のドープ量(ドーパント濃度)は、特に限定はされないが、0.1?99質量%の範囲であることが好ましい。

(中略)

【0086】
本発明の有機EL素子は、基板上に順に陽極/有機層/陰極を積層した構成の素子であり、金属塩を含有する有機層を電極と有機層の間に有する。例えば、陰極と有機層との間に、金属塩と電荷輸送性有機材料を含む混合層が形成される。勿論陰極、陽極が逆構成となったものでもよい。

(中略)

【0088】
以下、基板および各層について、詳述する。
【0089】
《金属塩を含有する有機層について》
本発明において、金属塩を含有する有機層(以下混合層ともいう)に含有される金属塩としては、アルカリ金属或いはアルカリ土類金属の前記アニオンを対イオンとする塩である。
【0090】
アルカリ金属或いはアルカリ土類金属としては、前記の通りリチウム、セシウム、ナトリウム、カルシウム等が好ましく、これらの金属と、前記対イオンからなる塩が好ましい。
【0091】
本発明において、これら金属塩は、電子注入の際にエネルギー障壁を低下させる一方、陰極近傍での電子授受を担う有機材料濃度を維持し電子注入効率を上げる観点から、前記の通り、混合層における金属塩濃度として、前記の通り0.1?99.0質量%であることが好ましく、1.0?80.0質量%であることが更に好ましい。

(中略)

【0094】
混合層に含有させる電子輸送性有機材料は、陰極から注入される電子を受け取り、電子を輸送する機能を有しているものであればよい。混合層とは別にさらに電子輸送性層や電子注入性層を設けてもよい。

(中略)

【0102】
本発明の有機EL素子のその他の構成層について更に説明する。
【0103】
《陽極》
有機EL素子における陽極としては、仕事関数の大きい(4eV以上)金属、合金、電気伝導性化合物及びこれらの混合物を電極物質とするものが好ましく用いられる。このような電極物質の具体例としてはAu等の金属、CuI、インジウムチンオキシド(ITO)、SnO_(2)、ZnO等の導電性透明材料が挙げられる。また、IDIXO(In_(2)O_(3)-ZnO)等非晶質で透明導電膜を作製可能な材料を用いてもよい。陽極は、これらの電極物質を蒸着やスパッタリング等の方法により、薄膜を形成させ、フォトリソグラフィー法で所望の形状のパターンを形成してもよく、あるいはパターン精度をあまり必要としない場合は(100μm以上程度)、上記電極物質の蒸着やスパッタリング時に所望の形状のマスクを介してパターンを形成してもよい。この陽極より発光を取り出す場合には、透過率を10%より大きくすることが望ましく、また、陽極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましい。更に膜厚は材料にもよるが、通常10nm?1000nm、好ましくは10nm?200nmの範囲で選ばれる。
【0104】
《陰極》
一方、陰極としては、仕事関数の小さい(4eV以下)金属(電子注入性金属と称する)、合金、電気伝導性化合物及びこれらの混合物を電極物質とするものが用いられる。このような電極物質の具体例としては、ナトリウム、ナトリウム-カリウム合金、マグネシウム、リチウム、マグネシウム/銅混合物、マグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))混合物、インジウム、リチウム/アルミニウム混合物、希土類金属等が挙げられる。これらの中で、電子注入性及び酸化等に対する耐久性の点から、電子注入性金属とこれより仕事関数の値が大きく安定な金属である第二金属との混合物、例えばマグネシウム/銀混合物、マグネシウム/アルミニウム混合物、マグネシウム/インジウム混合物、アルミニウム/酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))混合物、リチウム/アルミニウム混合物、アルミニウム等が好適である。陰極は、これらの電極物質を蒸着やスパッタリング等の方法により薄膜を形成させることにより、作製することができる。
【0105】
また、陰極としてのシート抵抗は数百Ω/□以下が好ましく、膜厚は通常10nm?5μm、好ましくは50?200nmの範囲で選ばれる。尚、発光した光を透過させるため、有機EL素子の陽極または陰極のいずれか一方が、透明または半透明であれば発光輝度が向上し好都合である。」

エ 「【実施例】
【0214】
以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0215】
実施例1
陽極として100mm×100mm×1.1mmのガラス基板上にITO(インジウムチンオキシド)を100nm製膜した基板(NHテクノグラス社製NA45)にパターニングを行った後、このITO透明電極を設けた透明支持基板をイソプロピルアルコールで超音波洗浄し、乾燥窒素ガスで乾燥し、UVオゾン洗浄を5分間行なった。この透明支持基板を市販の真空蒸着装置の基板ホルダーに固定した。
【0216】
この透明支持基板を市販の真空蒸着装置の基板ホルダーに固定した。ただし、蒸着装置内の蒸着用ボートそれぞれにCuPc(銅フタロシアニン)、α-NPD、CBP、Ir-1、B-Alq、BPhen、化合物1-1Cs塩を各々素子作製に最適の量、充填した。蒸着用ボートはモリブデン性抵抗加熱用材料で作製されたものを用いた。
【0217】
次いで、真空槽を4×10^(-4)Paまで減圧した後、CuPc(銅フタロシアニン)の入った前記蒸着用ボートに通電して加熱し、蒸着速度0.1nm/秒で透明支持基板に蒸着し20nmの正孔注入層を設けた。
【0218】
次にα-NPDの入った前記蒸着用ボートに通電し、α-NPDを0.1nm/秒で蒸着し正孔輸送層を20nm設けた。その上にCBPとIr-1の入った前記加熱ボートそれぞれに通電して加熱し、それぞれ蒸着速度0.2nm/秒、0.012nm/秒で前記正孔輸送層上に共蒸着して発光層を30nm設けた。なお、蒸着時の基板温度は室温であった。更に、BAlqを蒸着速度0.1nm/秒で前記発光層の上に蒸着して膜厚10nmの正孔阻止の役割も兼ねた電子輸送層を設けた。その上に、更にBPhenと化合物1-1Cs塩を0.1nm/秒、0.025nm/秒で蒸着し電子輸送層を膜厚50nm設けた。
【0219】
引き続きアルミニウム110nmを蒸着して陰極を形成し、有機EL素子1-1を作製した。
【0220】
有機EL素子1-1の作製において、電荷輸送材料BPhenおよびこれと共蒸着させた化合物1-1Cs塩を表1に示す材料に変えた以外は有機EL素子1-1と同じ方法で有機EL素子1-2?1-21を作製した。尚、表中混合比は蒸着速度比で示した。
【0221】
上記で使用した化合物の構造を以下に示す。
【0222】
【化17】

【0223】
なお、セシウム塩は潮解性があるため、各金属塩について、真空槽内に蒸着源をセットしてから、真空にし、蒸着前に一度蒸着源を加熱し、水分を除去するという操作を行った。因みに、この手順を行わず、水分がを除去し切れていない場合、有機ELの性能は劣化した。
【0224】
有機EL素子1-1?1-21の寿命、駆動電圧の評価を下記に示す方法で行った。
【0225】
〈駆動電圧〉
2.5mA/cm^(2)の一定電流で駆動したときの電圧を測定し、
電圧評価値
=有機EL素子1-1?1-20の駆動電圧/有機EL素子1-4の駆動電圧×100
で表した。値が小さい方が比較に対して駆動電圧が低いことを示している。
【0226】
〈保存性〉
保存性は、85℃、100時間で保存したときの前後で、2.5mA/cm^(2)定電流駆動における輝度がどれだけ変化したかをみて評価した。
【0227】
保存性=100時間保存後の輝度/100時間保存前の輝度×100
有機EL素子構成および評価結果を以下に示す。
【0228】
【表1】

【0229】
特開10-270172、また特開2004-193011号に記載のLiFを、BPhenとともに共蒸着した電子輸送層をもつ有機EL素子1-21(比較例)に比べ、駆動電圧については、本発明に係わる有機EL素子1-1?1-20は遜色のないことがわかるとともに、85℃、100時間で保存した後にも、定電流駆動したとき、輝度の低下が比較例に比べ少ないことが判る。」

(2)引用文献に記載された発明
引用文献1の請求項13には、金属塩としてアルカリ土類金属塩を選択した有機エレクトロルミネッセンス素子が記載されているといえる。そうすると、引用文献1の上記記載事項アに基づけば、引用文献1には、請求項8を介して請求項1の記載を引用する請求項13に係る発明として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「基板上に、陽極、陰極および少なくとも1層以上の有機層を有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、前記有機層の1層は、金属塩を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記金属塩の対アニオンは、下記一般式(1)で表され、前記金属塩は、アルカリ土類金属塩である、有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】

〔式中、R_(1)?R_(4)はそれぞれ独立に置換基を表す。〕」

4 対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。

(1)第1電極及び第2電極
引用発明の「陽極」及び「陰極」は、技術的にみて、本件補正発明の「第1電極」及び「第2電極」に相当する。

(2)化学式(I)に示される化合物
引用発明の「金属塩」は、「アルカリ土類金属塩」であり、その対アニオンが「一般式(1)」で表されるものである。ここで、「アルカリ土類金属塩」を構成する金属は、技術的にみて、2価イオンである。そうすると、引用発明の「金属塩」と本件補正発明の「化学式(I)に示される化合物」とは、「化学式(I)に示される化合物」であって、「式中、Mは金属イオンであり、A^(1)-A^(4)はそれぞれ、独立して、置換基であり、nは、上記金属イオンの価数であり、nは2である」点で共通する。

(3)実質的な有機層
引用発明の「有機層」は、その文言からみて、本件補正発明の「実質的な有機層」に相当する。また、前記(2)で述べたとおりであるから、引用発明の「有機層」は、本件補正発明の「化学式(I)に示される化合物を含む」とする要件を満たしている。

(4)有機電子素子
引用発明の「有機エレクトロルミネッセンス素子」は、「基板上に、陽極、陰極および少なくとも1層以上の有機層」を有するものである。そうすると、引用発明の「有機エレクトロルミネッセンス素子」は、本件補正発明の「有機電子装置」に相当する。

(5)一致点及び相違点
以上より、本件補正発明と引用発明とは、
「 第1電極、第2電極、及び化学式(I)に示される化合物を含む実質的な有機層を備えた、有機電子装置。
【化1】

式中、Mは金属イオンであり、A^(1)-A^(4)はそれぞれ、独立して、置換基であり、nは、上記金属イオンの価数であり、nは2である。」である点で一致し、以下の点で相違又は一応相違する。
[相違点1]本件補正発明は、実質的な有機層が、「第1電極と第2電極との間」に備えられているのに対し、引用発明は、そのように特定していない点。
[相違点2]本件補正発明は、化学式(I)に示される化合物におけるA^(1)-A^(4)が、「H、及び置換または非置換のC2-C20ヘテロアリールから選択され、A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリール」であるのに対し、引用発明は「置換基」であるとのみ特定されている点。

5 判断
(1)[相違点1]について
引用文献1の記載事項ウには、「本発明の有機EL素子は、基板上に順に陽極/有機層/陰極を積層した構成の素子であり、金属塩を含有する有機層を電極と有機層の間に有する。」(段落【0086】)と記載されている(技術的にみて当然の構成である。)。当該記載からも確認されるとおり、引用発明の「有機エレクトロルミネッセンス素子」における「有機層」は、陽極と陰極の間にあるものといえる。
したがって、上記[相違点1]は実質的な相違点ではない。

(2)[相違点2]について
引用文献1の記載事項ウには、金属塩における一般式(1)により表されるアニオンの置換基について、「R_(1)?R_(4)で表される置換基としては、・・・、ヘテロアリール基(ピロール基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、ピリジル基、ベンズイミダゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾオキサゾリル基、トリアゾリル基、オキサジアゾリル基、チアジアゾリル基、チエニル基、カルバゾリル基等)、・・・等が挙げられる。」(段落【0059】)と記載されており、一般式(1)で表されるアニオンの代表例として、段落【0063】に、以下の化合物1-13?1-16として示されるアニオンが記載されている。

さらに、引用文献1の記載事項エには、実施例1として、電子輸送層に上記化合物1-13を含む有機EL素子1-6及び1-17(段落【0228】)が開示されており、駆動電圧について遜色のないこと、輝度の低下が少ないこと(段落【0229】)も記載されている。
これらの記載に基づけば、引用文献1には、引用発明の一般式(1)で表される対アニオンについて、1-13?1-16で表される化合物とすることが具体的に示唆されている。そして、これらの対アニオンは、いずれも、本件補正発明の化学式(I)に示される化合物におけるA^(1)-A^(4)が、「H、及び置換または非置換のC2-C20ヘテロアリールから選択され、A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリール」であるとする要件を満たすものである。
そうすると、引用発明において、対アニオンを、1-13?1-16で表される化合物とすることにより、本件補正発明の化学式(I)に示される化合物におけるA^(1)-A^(4)が、「H、及び置換または非置換のC2-C20ヘテロアリールから選択され、A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリール」であるとする要件を満たすものとすることは、引用文献1に記載された範囲内の化合物の選択にすぎない。

(3)効果について
本願の明細書の段落【0048】の記載に基づけば、本件補正発明の効果は、「OLEDの寿命の改善、及び動作電圧の低減」が認められたことであるといえる。一方、引用文献1の記載事項イには、「本発明の金属塩を用いることで、駆動電圧低下が低下でき、パワー効率向上が図れると同時に、長期保存時における安定性が向上した安定な有機EL素子をうることが出来る。」(段落【0038】)と記載されている。また、前記(2)に記載したとおり、電子輸送層に化合物1-13を含む有機EL素子1-6及び1-17(段落【0228】)について、駆動電圧について遜色のないこと、輝度の低下が少ないこと(段落【0229】)も記載されている。
そうすると、本件補正発明の効果は、引用文献1に記載された範囲を超えないものにすぎない。

6 請求人の主張について
審判請求人は、審判請求書の請求の理由において、「引用文献1では、「金属塩」及び「対アニオン」の選択肢は、それぞれ異なる段落において別々に例示されており、これらの異なる段落において別々に例示された「金属塩」及び「対アニオン」のそれぞれの選択肢から特定の選択肢を選び出し組合わせることによって初めて、本願発明の構成が導き出されるものです。」及び「引用文献1には、ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせることによって、本願明細書において示したような有利な効果を得られることについて記載も示唆もされていません。そのため、当業者であっても、数ある選択肢の中から何ら示唆もない状況で、有利な効果を得られる組み合わせとしてヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせることは容易に想到し得るものではなく、本願発明は進歩性を有していると考えます。」と主張している。
しかしながら、引用文献1における金属塩における一般式(1)により表されるアニオンは、記載事項ウにおける「本発明に係わる前記アルカリ金属或いはアルカリ土類金属(特に好ましくは、リチウム、ナトリウム、セシウム、またカルシウム等)の対イオン(カウンターイオン)となるアニオンについて、以下述べる。」(段落【0052】)との記載から、「アルカリ土類金属」と組み合わせることを前提とするものであることが理解できる。そうすると、「ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせること」は、引用文献1の記載に素直に従う当業者が選択する組み合わせにとどまる。
また、以下のとおり、本願の明細書には、「ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせること」により「有利な効果を得られる」ことが記載されていたとはいえない。すなわち、本願の明細書には、「ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせること」により「有利な効果を得られる」ことの作用機序について何ら記載がなく、当業者にとって自明であるともいえない。また、本願の明細書に開示された実施例1(段落【0110】、【0111】)及び実施例2(段落【0114】?【0116】)は、「ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオン」を組み合わせたものでなく、本件補正発明の要件を具備していない。さらに、本願の明細書の段落【0118】には、表2に、化合物(2)、(3)、(6)を有するOLEDが開示されているものの、LiQや他の化合物を用いたOLEDとの間に有意な効果の差異があるとは理解できない。そうすると、「ヘトロアリール置換ホウ酸と2価の金属イオンとを組み合わせること」により、当業者が予測し得ない「有利な効果を得られる」ものということができない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

7 補正却下の決定のむすび
以上のとおりであるから、本件補正発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本件発明について
1 本件発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?14に係る発明は、本件補正前の請求項1?14に記載された事項により特定されるとおりの発明であって、その請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、前記第2の1に記載したとおりのものである。

2 引用刊行物の記載及び引用発明
原査定の拒絶理由に引用され、本願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である引用文献1の記載事項及び引用文献1に記載された発明は、前記第2の3に記載したとおりである。

3 対比・判断
本件発明は、本件補正発明から、「A^(1)-A^(4)から選択される少なくとも3つの基は、窒素含有ヘテロアリール」であるとする限定を省いたものに相当する。そうすると、本件発明の発明特定事項を全て含み、さらに限定を付加したものに相当する本件補正発明が、前記第2の4?7に記載したとおり、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、本件発明も、引用文献1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-09-09 
結審通知日 2020-09-15 
審決日 2020-09-29 
出願番号 特願2017-167485(P2017-167485)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (H05B)
P 1 8・ 575- Z (H05B)
P 1 8・ 121- Z (H05B)
P 1 8・ 4- Z (H05B)
P 1 8・ 536- Z (H05B)
P 1 8・ 113- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岩井 好子  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 神尾 寧
宮澤 浩
発明の名称 有機電子装置  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  

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