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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01B
管理番号 1371522
審判番号 不服2020-9842  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-04-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-07-14 
確定日 2021-02-25 
事件の表示 特願2016-159800「自己潤滑性絶縁電線」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 2月22日出願公開,特開2018- 29004〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成28年8月17日の出願であって,その手続の経緯は以下のとおりである。
令和 元年12月23日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 2月28日 :意見書,手続補正書の提出
令和 2年 4月 8日付け:拒絶査定
令和 2年 7月14日 :審判請求書,手続補正書の提出

第2 令和2年7月14日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和2年7月14日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおり補正された。(下線部は,補正箇所である。)
「【請求項1】
線状の金属導体と,この金属導体の外周に積層される1又は複数の絶縁層とを備え,
上記1又は複数の絶縁層の最外層が,合成樹脂を主成分とするマトリックスと,このマトリックス中に分散され,フッ素樹脂を主成分とする複数の粒子とを有し,
上記最外層における粒子の含有率が0.5質量%以上10質量%以下であり,
上記粒子の平均粒径が0.01μm以上5μm以下であり,
上記最外層の外周面が凹凸を有し,この外周面の算術平均粗さが1.0μm以上3.0μm以下であり,
上記金属導体が,横断面が方形状の平角である自己潤滑性絶縁電線。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の,令和2年2月28日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
線状の金属導体と,この金属導体の外周に積層される1又は複数の絶縁層とを備え,
上記1又は複数の絶縁層の最外層が,合成樹脂を主成分とするマトリックスと,このマトリックス中に分散され,フッ素樹脂を主成分とする複数の粒子とを有し,
上記最外層における粒子の含有率が0.5質量%以上10質量%以下であり,
上記粒子の平均粒径が0.01μm以上5μm以下であり,
上記最外層の外周面が凹凸を有し,この外周面の算術平均粗さが1.0μm以上3.0μm以下である自己潤滑性絶縁電線。」

2 補正の適否
本件補正は,本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項について,上記のとおり限定を付加するものであって,補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,特許法17条の2第5項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について,以下,検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は,上記1(1)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献の記載事項
ア 引用文献1
(ア)原査定の拒絶の理由で引用された本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である,特開平03-245417号公報(以下「引用文献1」という。)には,図面とともに,次の記載がある。(下線は,当審で付した。)

「2.特許請求の範囲
(1)25℃の表面張力が30dyn/cm以下の溶剤にフッ素樹脂を混合させた混合溶液を絶縁塗料に分散させた後,その絶縁塗料を導体に直接あるいは,絶縁層を介して塗布焼付ることを特徴とした絶縁電線の製造法。
(2)フッ素樹脂の添加量が絶縁塗料の樹脂に対し3重量部から50重量部である請求項1記載の絶縁電線の製造法。
(3)25℃の表面張力が30dyn/cm以下である溶剤が,アルコール系,ケトン系,芳香族炭化水素系である請求項1記載の絶縁電線の製造方法。
(4)フッ素樹脂が,ポリテトラフルオロチレンである請求項1記載の絶縁電線の製造方法。」

「3.発明の詳細な説明
〔産業上の利用分野〕
本発明は,潤滑性及び耐加工性に優れた絶縁電線及びその製造法に関するものである。
〔従来の技術及び課題〕
近年,機器の小型化,高性能化にともない,コイル自体も小型化,高効率化が望まれ,限られたスペースに多くの絶縁電線をつめこむようになってきている。そのため,絶縁電線は,自動巻線機のニードル等によって皮膜の損傷を受けやすく,レアショート,アース不良が生じやすいという問題がある。この問題の改善策として,絶縁電線表面の摩擦係数を低下させることにより皮膜損傷を受けにくくしようという試みがなされた。その1つとして,絶縁電線上に潤滑剤を塗布する方法が過去から行なわれている。しかしながら,前記方法では,潤滑剤塗布量をコントロールすることが難しく,また絶縁電線表面上に均一に塗布することが困難であった。さらに,絶縁電線上に塗布された潤滑剤に,ホコリ,異物等が付着しやすいため溶剤で洗浄する行程も必要であった。
他の方法として,絶縁電線に潤滑性を付与する方法が検討されてきた。この手法は,予め絶縁塗料にポリエチレン,ポリテトラフロオロエチレン(以下,PTFEと略記する)二硫化モリブデン,ボロンナイトライド,ワックス類等の各種潤滑剤を添加,混合しておく方法である。しかしながらこの方法の場合,潤滑剤が絶縁塗料に不溶あるいは難溶であるため絶縁塗料中に均一に分散させることが困難を極め,絶縁電線作成時に,絶縁塗料の不均一による断線,外観不良という問題が生じている。特に,潤滑剤自体の摩擦係数が各種潤滑剤の中で最も小さく低摩擦係数を得るのに最も大きな効果が期待されるPTFEついては,特開昭55-21885号公報,特開昭62-1760号公報等で検討されてきたが絶縁塗料に均一に分散させることができず,絶縁皮膜の摩擦係数を下げることができないという問題点がある。
〔発明の構成〕
本発明者らは,上記課題を解決するためフッ素樹脂を絶縁塗料に均一に分散させる方法を鋭意検討を重ねた結果,25℃の表面張力が30dyn/cm以下の溶剤にフッ素樹脂を混合させた混合溶液を絶縁塗料に分散させた後,その絶縁塗料を導体に直接あるいは,絶縁層を介して塗布焼付けた絶縁電線の製造法を発明するに至った。
本発明の製造法により,フッ素樹脂を容易にかつ均一に絶縁塗料に分散することができ絶縁電線の外観も良く,安定した低摩擦係数が得られる。
本発明で用いるフッ素樹脂としては,
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)
テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)
テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)
テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(EPE)
テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体(ETFE)
ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)
クロロトリフルオロエチレン-エチレン共重合体(ECTFE)
ポリビニリデンフルオライド(PVdF)
ポリビニルフルオライド(PVF)
などが挙げられる。中でも,PTFEが最も小さな摩擦係数を有しているので,絶縁電線表面の摩擦係数を下げる効果が大きく好ましい。フッ素樹脂粉末の粒径は,特に限定はないが,10μ以下が好ましく,フッ素樹脂粉末のダイスでの目づまりによる断線を考慮した場合5μ以下がより好ましい。
本発明で,フッ素樹脂と混合する際に用いる溶剤は,25℃の表面張力が30dyn/cm以下であることが必要である。30dyn/cm以上では,フッ素樹脂との接触角が50?60°以上となりぬれ性が悪くなるため,均一な混合液を作成することが難しい。30dyn/cm以下であると,フッ素樹脂とのぬれ性が良くなり,均一な混合液を作成することができる。
本発明で用いることのできる溶剤は,例えばアルコール類,ケトン類,芳香族炭化水素類などが挙げられる。アルコール類では,メタノール,エタノール,ブタノール等,ケトン類では,アセトン,MEK等,芳香族炭化水素類では,トルエン,キシレン,等が用いることができる。原料の入手の容易さ,取り扱い易さなどを考慮すると,エタノール,アセトン,トルエン,キシレンが好ましい。
フッ素樹脂と溶剤との混合比は,フッ素樹脂の割合が大きいほど好ましいが,フッ素樹脂の割合にも限度があるため,20?50%が望ましい。
フッ素樹脂と溶剤との混合方法は,何ら限定はなく公知の方法で行うことができる。例えば4枚羽根,ディゾルバーなどにより高速で攪拌することにより混合溶液が得られる。
本発明に使用する絶縁塗料は,通常使用するものであればいかなるものでもよく,例えば,ポリウレタン樹脂,ポリエステル樹脂,ポリアミド樹脂,ポリアミドイミド樹脂,ポリイミド樹脂,フェノキシ樹脂などを樹脂分とするものが挙げられる。中でも,皮膜損傷の受けにくいポリアミドイミド樹脂を樹脂分とした絶縁塗料が好ましい。
フッ素樹脂と溶剤との混合溶液と絶縁塗料との分散方法は,2枚羽根あるいは,4枚羽根,ディゾルバー等で混合分散することも可能であるが,より均一にフッ素樹脂を絶縁塗料に分散するにはコロイドミル,ボールミル,サイドミルなどを使用することが望ましい。
フッ素樹脂と絶縁塗料中の樹脂分との重量比は3:100?50:100が好ましい。より好ましくは5:100?20:100である。1:100よりフッ素樹脂が少ない場合,絶縁電線表面の潤滑性が不十分であり50:100よりフッ素樹脂が多い場合,皮膜がもろくなり皮膜損傷しやすくなる。
以下の実施例で本発明の詳細な説明するが,本発明は,以下の実施例に限定されるものではない。
(比較例1)
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付し,皮膜厚35μのポリアミドイミド線を作成した。得られたポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示した。
(比較例2)
粒子径3μのPTFE微粉末をポリアミドイミド塗料に,ポリアミドイミド塗料に対し,PTFEが20PHRになるように添加し,ディゾルバーにて5分間混合を行い,さらに,サンドミルを使用して15分間混合分散させ絶縁塗料を作成した。
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付し,皮膜厚32μの下引を作成し,さらに前記PTFEを20PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付し,皮膜厚35μの潤滑ポリアミドイミド線を作成した。
得られた潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例1)
粒子径3μのPTFE微粉末80gとエタノール120gをディゾルバーで15分間混合し,40%PTFE混合溶液を作成する。この混合溶液をポリアミドイミド塗料にポリアミドイミド樹脂に対し,PTFEが20PHRになるように添加し,ディゾルバーにて5分間混合を行い,さらに,サンドミルを使用して,15分間混合分散させ絶縁塗料を作成した。
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付し,皮膜厚32μの下引を作成し,さらに前記PTFEを20PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付し,皮膜厚35μの潤滑ポリアミドイミド線を作成した。
得られた潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例2)
実施例1のPTFEの混合に用いた溶剤をアセトンに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例3)
実施例1のPTFEの混合に用いた溶剤をトルエンに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例4)
実施例1のPTFEの混合に用いた溶剤をキシレンに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(比較例3)
実施例1のPTFEの混合に用いた溶剤をN,N′ジメチルアセトアミド(以下DMAcと略記する)に変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(比較例4)
実施例1のPTFEの混合に用いた溶剤をNメチル2-ピロリドン(以下NM2Pと略記する)に変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例5)
実施例1で用いたPTFEをPFEに変え他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例6)
実施例1で用いたPTFEをFEPに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例7)
実施例1で用いたPTFEをETFEに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(比較例5)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を1PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例8)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を5PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例9)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を10PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例10)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を20PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例11)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を50PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(比較例6)
実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を100PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例12)
実施例1で用いたポリアミドイミド樹脂をエステルイミド(以下EJと略記)に変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例13)
実施例1で用いたポリアミドイミド樹脂をポリエステル(以下PEと略記)に変え,他は同じ条件,手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。
(実施例14)
実施例1で用いたポリアミドイミド樹脂をポリイミド(以下PIと略記)に変え,他は同じ条件手法で作成した潤滑ポリアミドイミド線の静摩擦係数μs,動摩擦係数μd,往復摩耗を評価した結果を表1に示す。」





「比較例3,4では,溶剤の表面張力が30dyn/cm以上あり,PTFEとのぬれ性に劣るため,PTFEと溶剤とから成る混合溶液が均一でないものとなった。従って,その後ポリアミドイミド塗料に,比較例2,3で作成した混合溶液を添加し,分散を試みたが,PTFEを均一に分散させることできなかった。一方,実施例1?4で用いた溶剤,即ち溶剤の表面張力が30dyn/cm以下の溶剤では,PTFEとぬれ性が良いので,均一な混合溶液が得られた。その後,ポリアミドイミド塗料に混合溶液を添加した塗料も均一にPTFEを分散させることができた。その塗料を用いて潤滑ポリアミドイミド線を作成し,潤滑性,摩耗性良好な絶縁電線が得られた。
実施例3,5,6,7よりPTFEが潤滑性,摩耗性向上に最も効果があることがわかる。
比較例5,実施例8,9,10,11,比較例6よりPTFEの添加量が1PHR以下では,潤滑性,摩耗性が十分ではなく,100PHRでは皮膜強度が弱くなり摩耗性が劣ってくることがわかる。
〔発明の効果〕
以上の実施例,比較例から明らかなように,本発明による絶縁電線は,従来の絶縁電線に比べ,潤滑性,摩耗性に優れ,その工業的価値は大きい。」

(イ)上記記載から,引用文献1には,次の技術的事項が記載されているものと認められる。
a 引用文献1に記載された技術は,潤滑性及び耐加工性に優れた絶縁電線に関するものであること。

b 近年,機器の小型化,高性能化にともない,コイル自体も小型化,高効率化が望まれ,限られたスペースに多くの絶縁電線をつめこむようになってきており,そのため,絶縁電線は,自動巻線機のニードル等によって皮膜の損傷を受けやすく,レアショート,アース不良が生じやすいという問題が生じていること。

c 上記bの問題の改善策として,絶縁電線表面の摩擦係数を低下させることにより皮膜損傷を受けにくくしようという試みがなされており,その1つとして,予め絶縁塗料に,ポリテトラフロオロエチレン(以下,PTFEと略記する)等の潤滑剤を添加,混合しておく方法によって,絶縁電線に潤滑性を付与する方法が知られているが,この方法の場合,潤滑剤が絶縁塗料に不溶あるいは難溶であるため絶縁塗料中に均一に分散させることが困難を極め,絶縁電線作成時に,絶縁塗料の不均一による断線,外観不良という問題が生じていること。

d PTFEは,潤滑剤自体の摩擦係数が各種潤滑剤の中で最も小さく低摩擦係数を得るのに最も大きな効果が期待されること。

e 引用文献1に記載された発明によって製造された絶縁電線は,フッ素樹脂を容易にかつ均一に絶縁塗料に分散することができ絶縁電線の外観も良く,安定した低摩擦係数が得られるものであること。

f フッ素樹脂粉末の粒径は,特に限定はないが,10μ以下が好ましく,フッ素樹脂粉末のダイスでの目づまりによる断線を考慮した場合5μ以下がより好ましいこと。

g 引用文献1に記載された発明に使用する絶縁塗料は,通常使用するものであればいかなるものでもよく,例えば,ポリウレタン樹脂,ポリエステル樹脂,ポリアミド樹脂,ポリアミドイミド樹脂,ポリイミド樹脂,フェノキシ樹脂などを樹脂分とするものが挙げられる。中でも,皮膜損傷の受けにくいポリアミドイミド樹脂を樹脂分とした絶縁塗料が好ましいこと。

h フッ素樹脂と絶縁塗料中の樹脂分との重量比は3:100?50:100が好ましく,より好ましくは5:100?20:100であり,1:100よりフッ素樹脂が少ない場合,絶縁電線表面の潤滑性が不十分であり,50:100よりフッ素樹脂が多い場合,皮膜がもろくなり皮膜損傷しやすくなること。

i 引用文献1には,比較例1として,直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付して作製した皮膜厚35μのポリアミドイミド線が作製されており,当該ポリアミドイミド線の動摩擦係数μdが,0.285であること。

j 引用文献1には,実施例1のポリアミドイミド樹脂に対するPTFEの添加量を5PHRに変え,他は同じ条件,手法で作成した実施例8の潤滑ポリアミドイミド線が示されており,
その作製方法は,具体的には以下のとおりであること。すなわち,
粒子径3μのPTFE微粉末80gとエタノール120gをディゾルバーで15分間混合し,40%PTFE混合溶液を作成し,
この混合溶液をポリアミドイミド塗料にポリアミドイミド樹脂に対し,PTFEが5PHRになるように添加し,ディゾルバーにて5分間混合を行い,さらに,サンドミルを使用して,15分間混合分散させ絶縁塗料を作成し,
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付して,皮膜厚32μの下引を作成し,
さらに前記PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付することで皮膜厚35μの潤滑ポリアミドイミド線を作製したこと。

k 実施例8の潤滑ポリアミドイミド線の動摩擦係数μdが,0.151であること。

l 上記i及びkから,PTFEが5PHRになるように添加したポリアミドイミド塗料を塗布焼付した層を備えることで,ポリアミドイミド線の動摩擦係数μdが,比較例1の0.285から,実施例8の0.151へと,減少すること。すなわち,動摩擦係数μdが,0.151/0.285×100=53%となること。

(ウ)上記(ア),(イ)から,引用文献1には,次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「粒子径3μのフッ素樹脂であるPTFE(ポリテトラフロオロエチレン)微粉末80gとエタノール120gをディゾルバーで15分間混合し,40%PTFE混合溶液を作成し,
この混合溶液をポリアミドイミド塗料にポリアミドイミド樹脂に対し,PTFEが5PHRになるように添加し,ディゾルバーにて5分間混合を行い,さらに,サンドミルを使用して,15分間混合分散させ絶縁塗料を作成し,
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付し,皮膜厚32μの下引を作成し,さらに前記PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付することで作製した皮膜厚35μで,動摩擦係数μdが,0.151である潤滑ポリアミドイミド線であって,
直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付して作製した皮膜厚35μのポリアミドイミド線と比較して,動摩擦係数μdが,53%である潤滑ポリアミドイミド線。」

イ 引用文献2
(ア)同じく原査定に引用され,本願出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2011-33783号公報(以下「引用文献2」という。)には,次の記載がある。
「【請求項1】
合成樹脂混合物を押出成形して形成される押出成形体において,
JIS K 7215に基づくタイプDデュロメータ硬さ(HDD)が50ないし80,又は,引張強度が10ないし40MPaであり,
表面のJIS K 7125に基づく動摩擦係数が0.05ないし0.25であることを 特徴とする押出成形体。
・・・
【請求項3】
前記請求項1又は2に記載の押出成形体において,
熱可塑性樹脂100重量部に対し,粒子径1ないし20μmのフィラーを5ないし100重量部の割合で含む混合物材料からなることを
特徴とする押出成形体。
【請求項4】
前記請求項1ないし3のいずれかに記載の押出成形体において,
表面粗さ(Ra)を1ないし5μmとされることを
特徴とする押出成形体。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は,合成樹脂材を用いて押出形成される電線・ケーブル・線状体,シート状体等の押出成形体,及びこの押出成形体を外被に用いたケーブルに関する。」

「【0011】
また,本発明に係る押出成形体は必要に応じて,熱可塑性樹脂100重量部に対し,粒子径1ないし20μmのフィラーを5ないし100重量部の割合で含む混合物材料からなるものである。
【0012】
このように本発明においては,所定の大きさのフィラーを適度な割合で含む樹脂混合物材料から押出成形体を形成することにより,押出成形の際に樹脂の表面側へフィラーが誘因されて成形体表面に配列されることとなり,表面に存在するフィラーで摩擦に影響を与える成形体表面の性状を適切な状態に制御しやすく,表面の摩擦力を確実に小さくすると共に表面の硬度を高くでき,ケーブル外被に使用すると,低摩擦性と耐摩耗性を向上でき,管路への布設作業を無理なく速やかに行える。
【0013】
また,本発明に係る押出成形体は必要に応じて,表面粗さ(Ra)を1ないし5μmとされるものである。
このように本発明においては,成型体表面における表面粗さを適度な値に設定して成形体を得ることにより,摩擦状態に係る表面性状を適切な状態とすることができ,他の物体と接触する際における成形体表面の摩擦力を確実に小さくして,ケーブル外被に使用すると,管路への布設作業の際における摩擦抵抗を低減して作業を能率よく行える。」

「【0042】
また,低摩擦性試験は,JIS K 7125に準拠したもので,試験片として外被と同じ材質のシート(70mm×150mm)2枚を用い,これらシートを重ねた状態で上に200gの錘を載せ,この錘の加圧状態で上側のシートを500mm/minの速度で引張り,摩擦力を測定して動摩擦係数を得た。これら引張強度,硬度,及び低摩擦性試験の結果及び表面粗さの測定値を,各配合例及び比較例の主要配合内容と共に,表1に示す。」





(イ)上記記載から,引用文献2には,次の技術的事項が記載されているものと認められる。
a 合成樹脂材を用いて押出形成される電線・ケーブル・線状体,シート状体等の押出成形体,及びこの押出成形体を外被に用いたケーブルに関して,成型体表面における表面粗さを,表面粗さ(Ra)を1ないし5μmに設定して成形体を得ることにより,摩擦状態に係る表面性状を適切な状態とすることができ,他の物体と接触する際における成形体表面の摩擦力を確実に小さくすることができること。

b JIS K 7125に準拠した,試験片として外被と同じ材質のシート(70mm×150mm)2枚を用い,これらシートを重ねた状態で上に200gの錘を載せ,この錘の加圧状態で上側のシートを500mm/minの速度で引張り,摩擦力を測定して動摩擦係数を得る方法が知られていたこと。

ウ 引用文献3
(ア)同じく原査定に引用され,本願出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった特開2010-44254号公報(以下「引用文献3」という。)には,次の記載がある。
「【請求項1】
光ファイバと,
前記光ファイバの外周を覆う被覆と,を備える光インドアケーブルであって,
前記被覆の表面に,不規則に起伏する凹凸を設けたことを特徴とする光インドアケーブル。
【請求項2】
前記凹凸は,1μm以上30μm以下の表面粗さを有することを特徴とする請求項1に記載の光インドアケーブル。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は,マンション等の既設配管への挿入もしくは任意のケーブルの引き抜きを容易にし,既設配管スペースに多条敷設を容易にする低摩擦の光インドアケーブルに関する。」

「【課題を解決するための手段】
【0007】
従来は,光インドアケーブルの表面の凹凸をなくせばケーブルの摩擦を減らすことができると信じられてきた。しかし,発明者らは,光インドアケーブルの表面が粗いときに,光インドアケーブル表面の摩擦が小さくなることを発見した。
【0008】
そこで,上記課題を解決するために,本発明に係る光インドアケーブルは,光ファイバと,前記光ファイバの外周を覆う被覆と,を備える光インドアケーブルであって,前記被覆の表面に,不規則に起伏する凹凸を設けたことを特徴とする。
被覆の表面に不規則に起伏する凹凸があることで,光インドアケーブル表面における接触面積が減るので,光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができる。本発明により,既設配管へのケーブル敷設において,既設配管へ挿入若しくは任意のケーブルの引抜を容易にし,しかも既設のケーブルに損傷を与えるなどの影響を及ぼさない低張力牽引を可能にする。これにより,従来不可能であった既設配管への多条敷設を実現し,既設配管の行き詰まりの問題を解決して全戸光化を可能とする。
しかも,低摩擦性ゆえに,剛直性を得ることで,従来必ず通線機が必要であったものが,通線機を使用せずとも,ケーブルのみの力で自立的に配管のスペースをたどっての挿入が可能となる。これにより1条あたりの敷設施工時間の大幅な短縮が実現され,光通信サービスにおける全戸光配線を実現することができる。
【0009】
本発明に係る光インドアケーブルでは,前記凹凸は,1μm以上30μm以下の表面粗さを有することが好ましい。表面粗さが1μm以上30μm以下のときに光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができる。ここで,表面粗さは,基準長さにおける高さの絶対値の平均をいう。」

(イ)上記記載から,引用文献3には,次の技術的事項が記載されているものと認められる。
a 被覆の表面に不規則に起伏する凹凸があることで,光インドアケーブル表面における接触面積が減るので,光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができること。

b 前記凹凸は,1μm以上30μm以下の表面粗さを有するときに光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができること。

(3)引用発明との対比
ア 本件補正発明と引用発明とを対比する。
(ア)引用発明の「直径1.0mmφの銅線」,「ポリアミドイミド樹脂」,「粒子径3μのフッ素樹脂であるPTFE(ポリテトラフロオロエチレン)微粉末80g」は,それぞれ本件補正発明の「線状の金属導体」,「合成樹脂」,「フッ素樹脂を主成分とする複数の粒子」に相当する。

(イ)引用発明の皮膜厚35μの潤滑ポリアミドイミド線は,「直径1.0mmφの銅線上にポリアミドイミド塗料を塗布焼付し,皮膜厚32μの下引を作成」し,さらに「前記PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付することで作製」されている。
そして,ポリアミドイミド塗料を塗布焼付して作製した被膜が絶縁性を備えることは技術常識である。
そうすると,引用発明の皮膜厚35μの潤滑ポリアミドイミド線は,
a 直径1.0mmφの銅線の外周に,ポリアミドイミド塗料を塗布焼付して作製した,皮膜厚32μの下引絶縁層と,
b 前記下引絶縁層の外周に積層された,PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を塗布焼付することで作製した,皮膜厚35μ-32μ=3μのPTFEを含有する絶縁層と,
を備えた絶縁電線といえる。
してみれば,引用発明の潤滑ポリアミドイミド線は,直径1.0mmφの銅線の外周に,複数の絶縁層を備えているから,引用発明と,本件補正発明は,いずれも「線状の金属導体と,この金属導体の外周に積層される1又は複数の絶縁層とを備え」ている点で一致する。

(ウ)引用発明のPTFEを含有する絶縁層は,本件補正発明の「上記1又は複数の絶縁層の最外層」に相当し,当該絶縁層を構成する「ポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付」することで作製された合成樹脂,及び,「PTFE」は,それぞれ,本件補正発明の「合成樹脂を主成分とするマトリックス」及び「このマトリックス中に分散され,フッ素樹脂を主成分とする複数の粒子」に相当する。

(エ)PHRとは,ゴム重量100に対する各種配合剤の重量部を表す単位であるから,引用発明の,PTFEを「5PHR」含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付することで作製した絶縁層は,本件補正発明の「最外層における粒子の含有率が0.5質量%以上10質量%以下であり」という構成を満たす。

(オ)引用発明のPTFE(ポリテトラフロオロエチレン)微粉末は,「粒子径3μ」であるから,本件補正発明の「上記粒子の平均粒径が0.01μm以上5μm以下であり」という構成を満たす。

(カ)上記のとおり,引用発明の最外層である,PTFEを含有する絶縁層の皮膜厚は,35μ-32μ=3μであるところ,当該絶縁層に5PHR含有されるPTFEの粒子径3μである。
一方,前記絶縁層内において,PTFEの粒子は,一部重なりあって存在し,PTFEの粒子の粒径にも,3μを平均としてばらつきが存在することで長径が3μmを超える粒子が存在し,さらに,PTFEの上又は/及び下にもポリアミドイミド塗料が存在することから,PTFEの粒子が位置する箇所での皮膜厚として,3μmよりも大きくなる箇所が存在することは明らかである。したがって,引用発明の最外層である,PTFEを含有する絶縁層の外周面は凹凸を有するといえる。
しかも,PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布した後の焼付工程において,前記ポリアミドイミド塗料がエタノールを含有していることから,当該エタノール等が焼付工程の熱によって消失して,前記絶縁層における,PTFEの粒子が位置しない領域のマトリックス部分の皮膜厚が,焼付前に比較して薄くなるのに対して,PTFEの粒子の粒径は焼付工程の前後で変化しないことから,PTFEの粒子が位置する領域の皮膜厚さの減少が少なくなることは明らかである。そうすると,この機序によっても,引用発明の最外層である,PTFEを含有する絶縁層の外周面は凹凸を有するようになるといえる。
すなわち,引用発明と,本件補正発明とは,「最外層の外周面が凹凸を有」する点で一致する。

(キ)そして,引用発明の「潤滑」は,本件補正発明の「自己潤滑性」に相当するから。引用発明の「潤滑ポリアミドイミド線」と,本件補正発明の「自己潤滑性絶縁電線」とは,以下の相違点を除き一致する。

イ 以上のことから,本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
【一致点】
「線状の金属導体と,この金属導体の外周に積層される1又は複数の絶縁層とを備え,
上記1又は複数の絶縁層の最外層が,合成樹脂を主成分とするマトリックスと,このマトリックス中に分散され,フッ素樹脂を主成分とする複数の粒子とを有し,
上記最外層における粒子の含有率が0.5質量%以上10質量%以下であり,
上記粒子の平均粒径が0.01μm以上5μm以下であり,
上記最外層の外周面が凹凸を有する自己潤滑性絶縁電線。」

【相違点】
・相違点1
最外層の外周面の凹凸が,本件補正発明では,「算術平均粗さが1.0μm以上3.0μm以下」という構成を備えるのに対して,引用発明は特定されていない点。

・相違点2
金属導体について,本件補正発明は,「横断面が方形状の平角」であるのに対して,引用発明は,「直径1.0mmφの銅線」である点。

(4)判断
ア 以下,相違点について検討する。
(ア)相違点1について
a 本願明細書には,以下の記載がある。
「【0041】
最外層3の外周面の算術平均粗さの下限としては,1.0μmが好ましく,1.2μmがより好ましく,1.4μmがさらに好ましい。一方,上記算術平均粗さの上限としては,3.0μmが好ましく,2.5μmがより好ましく,2.0μmがさらに好ましい。上記算術平均粗さを上記範囲とすることで,表面潤滑性を向上させることができる。なお,算術平均粗さは,JIS-B-0601(2013年)に準拠し,評価長さ(l)を3000nm,カットオフ値(λc)を1000nmとして測定される値である。」





b そうすると,本願明細書の実施例に示された試作例1ないし12は,いずれも最外層3の外周面の算術平均粗さが測定されていないことから,本願明細書及び図面の記載からは,外周面の算術平均粗さが1.0μm以上3.0μm以下であることによる具体的な効果を認めることはできない。
したがって,本件補正発明の,外周面の算術平均粗さにおける,「1.0μm」及び「3.0μm」という値に臨界的な意義を見いだすことはできない。

c 一方,上記(2)ウ(イ)aのとおり,引用文献3には,被覆の表面に不規則に起伏する凹凸があることで,光インドアケーブル表面における接触面積が減るので,光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができることが示されており,さらに,上記(2)ウ(イ)bのとおり,引用文献3には,前記凹凸が,1μm以上30μm以下の表面粗さを有するときに光インドアケーブル表面の動摩擦係数を小さくすることができることも示されている。
また,同様に,上記(2)イ(イ)aのとおり,引用文献2には,合成樹脂材を用いて押出形成される電線・ケーブル・線状体,シート状体等の押出成形体,及びこの押出成形体を外被に用いたケーブルに関して,成型体表面における表面粗さを,表面粗さ(Ra)を1ないし5μmに設定して成形体を得ることにより,摩擦状態に係る表面性状を適切な状態とすることができ,他の物体と接触する際における成形体表面の摩擦力を確実に小さくすることができることが示されている。
上記の記載からも明らかなように,接触面積が減ると動摩擦係数が小さくなることは周知の技術的事項であり,さらに,他の物体と接触する際における成形体表面の摩擦力を確実に小さくするために,成型体表面における表面粗さを適切な値に設定することも通常行われていたことと認められる。

d そうすると,上記(2)ア(イ)eのとおり,低摩擦係数を得ることを目的とした引用発明において,引用文献2,3からも認められる周知技術に基づいて,動摩擦係数が小さくなるように,外周面における表面粗さを適切な値に設定することは,当業者の通常の創作能力の発揮といえる。

e そして,引用発明の潤滑ポリアミドイミド線と,引用文献3に記載された光インドアケーブル,並びに,引用文献2に記載された,合成樹脂材を用いて押出形成される電線・ケーブル・線状体,及び,この押出成形体を外被に用いたケーブルは,いずれも,線状の構造物である点で,その形状を共通とするものである。

f そうすると,引用発明と同様の形状を備えた引用文献3及び引用文献2に記載された構造物において,その表面に凹凸を設けることで,接触面積が減り,動摩擦係数を小さくすることができることが示されており,さらに,その表面粗さの下限が,いずれの引用文献においても,1μmとされていることを参考として,引用発明において,潤滑ポリアミドイミド線の表面の凹凸を,引用文献3,2において示される1μm以上の表面粗さを有するものとすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

g 他方,引用発明の,PTFEを5PHR含有するポリアミドイミド塗料を下引の上に塗布焼付することで作製した最外層の絶縁層である皮膜は,皮膜厚3μであるから,当該3μの皮膜厚さを有する絶縁層が取り得る表面粗さの最大値には,当該絶縁層の厚さによる制限が存在することは自明であるから,表面粗さの最大値を,3.0μm以下とすることは適宜なし得たことである。

h そして,当該算術平均粗さを採用したことによる効果は,当業者が予測する範囲内のものと認められる。

i したがって,引用発明において,上記相違点1に係る本件補正発明の構成を採用することは当業者が容易になし得たことである。

(イ)相違点2について
上記(2)ア(イ)bから,引用発明は,コイルに用いられる絶縁電線を対象とした発明であると理解されるところ,コイルに用いられる線状の金属導体の横断面の形状として,「方形状の平角」のものは,以下の周知文献1,2の記載からも明らかなように周知である。
そして,引用発明を,このような横断面を備える金属導体を用いた絶縁電線の作製に適用する阻害事由も認められない。
したがって,引用発明に,上記相違点2に係る本件補正発明の構成を適用することは,当業者が容易になし得たことである。

・周知文献1:特開2012-87246号公報
「【技術分野】
【0001】
本発明は,産業用及び自動車用モータ,発電機など耐熱性を要求される電機コイルに好適に使用されるエナメル線の耐熱自己融着性塗料及び耐熱自己融着性エナメル線に関する。」

「【0043】
前記第1の実施形態および前記第2の実施形態では,導体1上に絶縁層2を介して融着層3を設けた2層構造の耐熱自己融着性エナメル線10を説明したが,前記各実施形態に係る耐熱自己融着性塗料は,導体上に直接融着層を設けた1層構造の耐熱自己融着性エナメル線にも適用できる。また,前記実施形態に係る耐熱自己融着性エナメル線において,導体としては,長手方向から見た断面が丸形状,矩形状(平角形状)の銅線(無酸素銅線や低酸素銅線)などを用いることができる。」

・周知文献2:特開昭62-1760号公報
「「産業上の利用分野」
この発明は電気,通信機器などの機器コイル用電線として使用される自己潤滑絶縁電線に関するものである。」(第1ページ左下欄10-13行)

「また,導体1は断面円形でなくともよく,必要に応じて,例えば平角線など種々の変形が考えられる。」

イ 効果について
(ア)上記各相違点を総合的に勘案しても,本件補正発明の奏する作用効果は,引用発明,引用文献2,3に記載された技術及び周知技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものということはできない。

(イ)なお,出願人は,令和2年2月28日付けの意見書において,「(4)効果の対比・・・具体的には,引用文献1に記載された実施例1?14の動摩擦係数は0.099?0.168であるのに対し(表1),本願発明の動摩擦係数は0.04?0.08まで低減されています(段落0082表1の実施例1?7及び10)。」として,本件補正発明特有の有利な効果を主張する。
しかしながら,引用文献1には,引用発明の動摩擦係数が,本件補正発明の動摩擦係数と同一の測定方法によって測定された値であるとは示されていないから,測定値自体を直接対比して,本件補正発明の効果を認定することはできない。
すなわち,本件補正発明の動摩擦係数は,本願明細書の【0043】に記載されるように,「ここで,上記動摩擦係数の測定方法について,図2及び図3を用いて説明する。動摩擦係数の測定は,当該自己潤滑性絶縁電線に張力を付与して1%伸長させ,伸長後の自己潤滑性絶縁電線から2本の第1試験片S1及び2本の第2試験片S2を切り出して行う。動摩擦係数の測定は,先ず,固定台座11の上に2本の第1試験片S1を平行に固定する。次に,スライダ12の下面に2本の第2試験片S2を平行に固定する。この固定台座11の第1試験片S1とスライダ12の第2試験片S2とが直交して接するように固定台座11上にスライダ12を配置する。続いて,スライダ12の上面を白抜き矢印で示すように下方に押圧して所定の荷重を第1試験片S1及び第2試験片S2にかける。そして,スライダ12につながれたワイヤ13をシーブ14を介してロードセル15に接続し,ワイヤ13を牽引することでスライダ12を台座11上の第1試験片S1に沿ってスライドできる。この装置を用い,スライダ12をスライドして第1試験片S1と第2試験片S2とを摺接させ,オートグラフによりロードセル15の荷重を連続的に測定する。そして,『スライダが移動しているときのロードセルの平均荷重/スライダを下方に押圧する荷重(スライダの荷重も含む)』から動摩擦係数を算出する。ここでのスライダ12の牽引スピードとしては,例えば200mm/分とすることができ,スライダ12を下方に押圧する荷重としては1kgfとすることができる。」という方法で測定されたものである。
他方,上記(2)イ(イ)bのとおり,動摩擦係数を測定する方法として,本件補正発明の上記の方法とは異なる,JIS K 7125に基づく方法が広く知られていたのであるから,引用文献1の実施例1?14の動摩擦係数の測定が,本件補正発明の動摩擦係数の測定と同様の方法でなされたものであるとは直ちには認めることはできない。
したがって,出願人の前記主張は採用することはできない。

(ウ)さらに,請求人は,審判請求書において,「従って,当業者が引用文献1?3を組み合わせたとしても,平角の絶縁電線が表面潤滑性に優れるという効果,具体的には,平角の絶縁電線の動摩擦係数が0.8以下にするという効果を予測することはできないと考えます(段落0042)。」と主張する。
そこで,検討すると,上記ア(ア)aのとおり,本願明細書の表1から,
a 金属導体断面形状が丸線の場合の,
PTFEを含有する試作例1?8の動摩擦係数/PTFEを含有しない試作例9の動摩擦係数×100の値は,50?100%であるのに対して,
b 金属導体断面形状が平角線の場合の,
PTFEを含有する試作例11の動摩擦係数/PTFEを含有しない試作例12の動摩擦係数×100の値は,56%であって,上記金属導体断面形状が丸線の場合の50?100%の範囲に含まれることから,PTFEの含有の有無による動摩擦係数の変化は,金属導体断面形状が,丸線であるか,平角線であるかによってはほとんど影響を受けないことが理解される。
そうすると,引用発明を,周知文献に示される平角線に適用した場合も,引用発明と同様に,動摩擦係数μdが,53%程度となる効果を奏することを推認することができる。
他方,本件補正発明において,金属導体断面形状が平角線の場合の,PTFEを含有する試作例11の動摩擦係数/PTFEを含有しない試作例12の動摩擦係数×100の値は,56%である。
そうすると,金属導体断面形状が平角線であることによる,本件補正発明の効果は,顕著なものとはいえない。
したがって,請求人の前記主張は採用することができない。

ウ したがって,本件補正発明は,引用発明,引用文献2,3に記載された技術及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 本件補正についてのむすび
よって,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
令和2年7月14日にされた手続補正は,上記のとおり却下されたので,本願の請求項に係る発明は,令和2年2月28日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるものであるところ,その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,その請求項1に記載された事項により特定される,前記第2[理由]1(2)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は,この出願の請求項1ないし6に係る発明は,本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

1.特開平03-245417号公報
2.特開2011-33783号公報
3.特開2010-44254号公報

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1ないし3及びその記載事項は,前記第2の[理由]2(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は,前記第2の[理由]2で検討した本件補正発明から限定事項を削除したものである。
そうすると,本願発明の発明特定事項を全て含み,さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明が,前記第2の[理由]2(3),(4)に記載したとおり,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2020-12-09 
結審通知日 2020-12-15 
審決日 2021-01-06 
出願番号 特願2016-159800(P2016-159800)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 北嶋 賢二  
特許庁審判長 辻本 泰隆
特許庁審判官 加藤 浩一
井上 和俊
発明の名称 自己潤滑性絶縁電線  
代理人 天野 一規  
代理人 天野 一規  

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