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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01J
管理番号 1372161
審判番号 不服2020-12678  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-09-10 
確定日 2021-04-06 
事件の表示 特願2018-567736号「被処理物体の表面に1価又は多価イオンを注入する方法及び方法を実施するデバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成30年10月18日国際公開、WO2018/188804号、令和元年9月5日国内公表、特表2019-525394号、請求項の数(14)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2018年(平成30年)4月1日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2017年4月13日、欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
令和元年10月21日付け:拒絶理由通知書
令和2年 3月30日 :意見書、手続補正書の提出
令和2年 4月23日付け:拒絶査定
令和2年 9月10日 :審判請求書、手続補正書の提出

第2 令和2年9月10日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)の適否
1.補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1を、
「【請求項1】
天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法であって、前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、電子サイクロトロン共鳴(ECR)型イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含み、前記方法は、
・少なくとも1つの1次電子ビーム(28)を生成し、前記1次電子ビーム(28)を、前記1次電子ビーム(28)が前記イオン・ビーム(12)を通過するように向けることであって、前記1次電子ビーム(28)の電子と前記イオン・ビーム(12)のイオンとの再結合によって、前記イオン・ビーム(12)の発散が低減される、前記向けること、及び
・前記1次電子ビームが前記イオン・ビーム(12)を横断した後、標的(32)上での前記1次電子ビーム(28)の反射によって2次電子ビーム(34)を生成すること
にあるステップも含み、前記標的(32)は、前記2次電子ビーム(34)が前記被処理物体(30)の表面上に落下するように向ける、方法。」
とする補正(以下「補正事項1」という。)を含んでいる(下線は当審が付した。補正箇所を示す。)。
独立項である請求項11も同様の補正事項1を含んでいる。

2.補正の適否
本件補正の補正事項1は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「被処理物体(30)の表面に1価又は多価イオンを注入する方法」について、「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の」被処理物体(30)の表面に「反射防止表面処理のために」1価又は多価イオンを注入する方法であるとの限定を付加するものであって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また、特許法第17条の2第3項、第4項に違反するところはない。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本件補正発明」という。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について以下に検討する。
(1)引用文献の記載事項
ア 原査定の拒絶の理由に引用された特開2002-25495号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている(下線は当審が付した。以下同じ。)。
(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入装置に関するもので、特に、イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置に関するものである。」
(イ)「【0017】図1に示すように、本発明のエレクトロンシャワー装置は、イオンビーム発生装置(図示せず)と半導体ウエハ7を載置するディスク6との間に設置され、ディスク6に向けて照射されるイオンビーム11と直角方向に一次電子8を発生させるフィラメントアッセンブリー1と、イオンビーム11の通路を包囲するとともに内壁に一次電子8を衝突させて二次電子9を発生させるターゲット2と、二次電子9を半導体ウエハ7側に到達し易くするために-1300Vの電圧が印加されたバイアスアパチャー5と、ターゲット2を包囲するチルトベローズ3と、二次電子9を検出する二次電子検出部(図示せず)とを有し、さらに、チルトベローズ3の内側でターゲット2の周囲に、設定通りの二次電子9を半導体ウエハ7へ供給するためのマイナス電圧が印加された二次電子輸送用サプレッサー4を設けている。
【0018】この二次電子輸送用サプレッサー4は、ターゲット2の周囲に設置された円筒状の筒体で構成され、二次電子9のエネルギーより若干大きいマイナスの電圧が印加されている。そして、チルトベローズ3およびディスク6の電位がGNDに落ちているのに対し、二次電子輸送用サプレッサー4はGNDとは絶縁されている。
【0019】次に、図2を参照して本実施の形態の動作について説明する。なお、本実施の形態では、燐や砒素などのプラスのイオンビームを半導体ウエハに注入するイオン注入装置を用いた場合について説明する。
【0020】イオンビーム発生装置(図示せず)で発生させたイオンビーム11は、ディスク6に搭載された半導体ウエハ7に向けて照射される。このイオンビーム11に対し直角方向に、フィラメントアッセンブリー1から熱電子(一次電子8)を放出し、ターゲット2に衝突させる。一次電子8の衝突によってターゲット2から電子(二次電子9)が放出される。この二次電子9は、バイアスアパチャー5に-1300Vの電圧が印加されているため、ターゲット2から放出された後、ディスク6側に到達し易くなっている。
【0021】しかし、-1300Vが印加されたバイアスアパチャー5だけでは、全ての二次電子9を半導体ウエハ7に到達させることができず、従来技術の所で述べたように、半導体ウエハ7に到達した二次電子9およびチルトベローズ3からGNDに落ちた二次電子9が、ともに二次電子検出部10で計測されてしまうのを避けるために、本発明では二次電子輸送用サプレッサー4を設置している。
【0022】この二次電子輸送用サプレッサー4に、二次電子9のエネルギーよりも若干大きいマイナスの電圧を印加することによって、二次電子9がチルトベローズ3からGNDに落ちるのを防止することができる。
【0023】次に、本発明における第2の実施の形態について、図2を参照して説明する。エレクトロンシャワー装置の構成は、第1の実施の形態と同様であるので説明は省略する。すなわち、第1の実施の形態におけるエレクトロンシャワー装置は、二次電子輸送用サプレッサー4に一定のマイナス電圧を印加してイオン注入を行なうものであったが、本実施の形態では、二次電子輸送用サプレッサー4に電圧制御装置(図示せず)を接続し、二次電子輸送用サプレッサー4に印加するマイナス電圧値を可変できるようにしたものである。
【0024】こうすることによって、各イオンビーム電流値に対し、最もチャージアップを抑制できる二次電子9をそれぞれ設定することが可能となり、チャージアップに対して厳しい製品にもチャージアップの抑制が可能となる。」
(ウ)図2は次のものである。
【図2】

(エ)上記(ア)によれば、引用文献1には、「半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入装置に関するもので、特に、イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置」(【0001】)の発明が記載されているから、当該装置を用いた、イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置を用いた、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法の発明も記載されているといえる。
(オ)上記(ア)ないし(エ)によれば、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「イオンビーム発生装置と半導体ウエハを載置するディスクとの間に設置され、ディスクに向けて照射されるイオンビームと直角方向に一次電子を発生させるフィラメントアッセンブリーと(【0017】)、
前記イオンビームの通路を包囲するとともに内壁に一次電子を衝突させて二次電子を発生させるターゲットと(【0017】)、
前記二次電子を半導体ウエハ側に到達し易くするために-1300Vの電圧が印加されたバイアスアパチャーと、前記ターゲットを包囲するチルトベローズと、二次電子を検出する二次電子検出部とを有し、さらに、チルトベローズの内側でターゲットの周囲に、設定通りの二次電子を半導体ウエハへ供給するためのマイナス電圧が印加された二次電子輸送用サプレッサーを設けてなる(【0017】)、
イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置を用いた、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法(上記(エ))。」

イ 原査定の拒絶の理由に引用された特開平5-109642号公報(以下「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、イオン注入時においてチャージアップによるダメージを防止するイオン注入機のチャージアップ防止装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年の微細加工技術の進歩により、半導体装置はますます高集積化の一途をたどっている。イオン注入技術は、半導体を支える代表的な微細加工技術の一つであるが、イオン注入に伴う半導体ウエハのチャージアップが、半導体装置の特性を損ねる場合があるため、イオン注入機においては、これを防止する何等かの対策を講じることが必要とされる。」
(イ)「【0008】
【課題を解決するための手段】請求項1記載のイオン注入機のチャージアップ防止装置は、被加工物にイオン注入するためのイオンビームと交差するところの電子供給用イオンビームを発生するイオン源と、このイオン源より放出するイオンに合流する電子を発生する電子発生手段とを備えている。
【0009】請求項2記載のイオン注入機のチャージアップ防止装置は、請求項1記載のイオン注入機のチャージアップ防止装置において、イオン源より放出した電子供給用イオンビームの下流に負電圧を印加する電極を設けている。請求項3記載のイオン注入機のチャージアップ防止装置は、電子供給手段および被加工物を覆う磁気遮蔽物を設けたことを特徴とする。
【0010】
【作用】請求項1記載の構成によれば、電子供給用イオンビームの持つ正の空間電荷の中を電子発生手段より放出された負電荷を持つ電子が効率よく輸送され、被加工物表面に生じた正のチャージアップが中和される。イオンビームの持つ正の空間電荷が低速電子の持つ負の空間電荷を中和するため、電子の運動が妨げられることがなく、正のチャージアップに対して効率よく中和することができる。このため、供給する電子のエネルギーは極めて低くてよく、低速の電子のみを供給してやれば、電子による負のチャージアップも避けることができる。したがって、電子照射量の安定性と操作性が向上する。
【0011】さらに、請求項2記載の構成によれば、イオン源より放出した電子供給用イオンビームの下流に負電圧を印加する電極を設けたことにより、電子供給用イオンビームの下流が負にバイアスされているので、電子発生手段より放出された電子がここで反射される。したがって、このビーム下流への電子の損失が抑えられ、結果的に電子の供給効率が向上し、延いては電子発生手段の寿命の向上にもつながる。
【0012】請求項3記載の構成によれば、電子供給手段および被加工物を覆う磁気遮蔽物を設けたことにより、外部磁界の侵入を防ぐことができるため、低速の電子の輸送が外部で生ずる様々な磁界の影響を受けることがなくなり、電子照射量の再現性が向上し、中和の再現性が向上する。」
(ウ)「【0016】なお、イオン源11は、デュオプラズマトロン型としたが、他のPIG型あるいはTPD型などの直流放電方式や、RF放電方式、ECR放電方式等としても良いことは言うまでもない。また、電子源12は、タングステン製フィラメントとしたが、モリブテン製フィラメント等、他の高融点材料を用いても良いことは言うまでもない。」
(エ)図2は次のものである。
【図2】

ウ 原査定の拒絶の理由に引用された特開2006-213968号公報(以下「引用文献3」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、堆積基板上の有機材料膜又は高分子材料膜に注入イオンを含むプラズマ流を照射し、内包フラーレンなどのイオン注入膜を形成するイオン注入方法、及び、イオン注入装置に関する。」
(イ)「【0030】
(内包フラーレンの製造装置)
<第一具体例>
図1(a)は、本発明のイオン注入装置の第一具体例に係る断面図である。本発明の第一具体例は、接触電離方式のプラズマ生成装置によりアルカリ金属イオンからなるプラズマを生成し、生成したプラズマを堆積基板に照射し、同時にフラーレン蒸気を堆積基板に噴射し、アルカリ金属内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0031】
真空チャンバー1は、真空ポンプ2により約10^(-4)Paの真空度に排気している。アルカリ金属昇華オーブン4により、オーブンに充填したアルカリ金属を昇華し、アルカリ金属蒸気導入管5よりホットプレート6にアルカリ金属蒸気を噴射する。アルカリ金属蒸気はホットプレート6上で電離しアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。
【0032】
真空チャンバー1の周りに電磁コイル3を配置して、生成したプラズマに均一磁場(B=2?7kG)を作用させる。プラズマを構成するイオンと電子は磁場方向に直交する平面内でラーモア運動と呼ばれる円運動する。そのため、プラズマはホットプレートとほぼ同一形状の断面を持つ空間内に閉じ込められ、拡散によりホットプレート6から、真空チャンバー1内でプラズマ生成装置の対面に配置した堆積基板10に向かって流れるプラズマ流7となる。
【0033】
堆積基板10には、バイアス電圧印加用電源11により正のバイアス電圧と負のバイアス電圧を交互に印加する。プラズマ中のアルカリ金属イオンは、堆積基板10に印加されたバイアス電圧が負電圧となるタイミングで加速エネルギーが与えられ、堆積基板10に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン8で昇華してフラーレン蒸気導入管9から堆積基板10に向かって噴射する。堆積基板10上、又は、堆積基板10の近傍でフラーレン分子にアルカリ金属イオンが衝突し、アルカリ金属内包フラーレンが生成される。
【0034】
また、バイアス電圧が正電圧となるタイミングで、プラズマ中の電子が堆積基板10に向けて照射され、フラーレン膜上に蓄積した正電荷が中和される。
【0035】
<第二具体例>
図1(b)は、本発明のイオン注入装置の第二具体例に係る断面図である。本発明の第二具体例は、ECRプラズマ生成装置により窒素イオンからなるプラズマを生成し、生成した窒素イオンをフラーレンに注入し、窒素内包フラーレンを製造する内包フラーレン製造装置である。
【0036】
真空チャンバー21とプラズマ生成室26は、連通した真空容器であり、真空ポンプ22により約10^(-4)Paの真空度に排気している。プラズマ生成室26に窒素ガス導入管25から窒素ガスを導入し、マイクロ波発振器24により前記窒素ガスを構成する原子や分子を励起して窒素プラズマを生成する。電磁コイル27、28は、例えば、プラズマ生成室26を取り巻くように円形とされたものを互いに離間状態で配置し、同方向に電流を流す。電磁コイル27、28の近傍では強い磁場が形成され、電磁コイル27、28の間では弱い磁場が形成される。強い磁場のところでイオンや電子の跳ね返えりが起きるので、一時的に閉じ込められた高エネルギーのプラズマが形成され、窒素1個からなるN^(+)イオンを多く含むプラズマ30を発生させることができる。
【0037】
PMHアンテナ29は、複数のコイルエレメントの位相を変えて高周波電力(13.56MHz,MAX2kW)を供給するもので、各コイルエレメント間にはより大きな電界差が生じることになる。従って、プラズマ生成室26内において発生するプラズマ30はその全域においてより高密度なものになる。
【0038】
生成したプラズマ30は電磁コイル23により形成された均一磁場(B=2?7kG)に沿って真空チャンバー21内の軸方向に閉じ込められ、プラズマ生成室26から真空チャンバー21内に配置した堆積基板36に向かって流れ、プラズマ流33となる。プラズマ流33の途中に、電子温度制御電源32により制御電圧を印加したグリッド電極31を配置することにより、プラズマ中の電子のエネルギー及び窒素イオン密度を制御することができる。
【0039】
堆積基板36には、バイアス電圧印加用電源37により正のバイアス電圧と負のバイアス電圧を交互に印加する。プラズマ中の窒素イオンは、堆積基板36に印加されたバイアス電圧が負電圧となるタイミングで加速エネルギーが与えられ、堆積基板36に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン34で昇華してフラーレン蒸気導入管35から堆積基板36に向かって噴射する。堆積基板36上、又は、堆積基板36の近傍でフラーレン分子に窒素イオンが衝突し、窒素内包フラーレンが生成される。
【0040】
また、バイアス電圧が正電圧となるタイミングで、プラズマ中の電子が堆積基板36に向けて照射され、フラーレン膜上に蓄積した正電荷が中和される。
【0041】
(分割基板)
堆積基板を複数の電気的に分離された導電性基板(分割プレート)により構成し、各分割プレートに印加するバイアス電圧を独立に制御することにより、より効率的に内包フラーレンを製造することが可能である。
【0042】
図3(a)及び(b)は、分割プレートにより構成した本発明に係る堆積基板の平面図である。図3(a)では、堆積基板は2枚の半月状のプレート51、52に分割されている。プレート51には、バイアス電源53から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。同様に、プレート52には、バイアス電源54から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。電圧を切り替えるタイミングは、バイアス電源53、54において同期させる。さらに、プレート51に正電圧を印加している時は、プレート52に負電圧を印加し、プレート51に負電圧を印加している時は、プレート52に正電圧を印加する。
【0043】
プレート51に正電圧を印加し、プレート52に負電圧を印加するタイミングでは、プラズマ中の正イオンはプレート52に向かって照射され、電子はプレート51に向かって照射される。また、プレート51に負電圧を印加し、プレート52に正電圧を印加するタイミングでは、プラズマ中の正イオンはプレート51に向かって照射され、電子はプレート52に向かって照射される。プラズマ中の正イオンが常にいずれかのプレートに向かって照射され、内包フラーレンが常に生成され続けるので、非分割プレートを用いた内包フラーレンの生成方法に比べて、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0044】
図3(b)では、堆積基板は、分割プレートの形状が半月状ではなく、中心円プレート55とドーナツ状プレート56に分割されている。プレート55には、バイアス電源57から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。同様に、プレート56には、バイアス電源57から正電圧と負電圧を交互に印加するパルス電圧を印加する。電圧を切り替えるタイミングは、バイアス電源57、58において同期させる。さらに、プレート55に正電圧を印加している時は、プレート56に負電圧を印加し、プレート55に負電圧を印加している時は、プレート56に正電圧を印加する。
【0045】
図3(a)に示す堆積基板と同様に、図3(b)に示す堆積基板においても、プラズマ中の正イオンが常にいずれかの堆積基板に向かって照射され、内包フラーレンが常に生成され続けるので、非分割プレートを用いた内包フラーレンの生成方法に比べて、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0046】
(電子照射装置)
堆積膜に過度の正電荷が蓄積することによる膜剥がれの問題は、堆積基板に正電圧、負電圧を切り替えるパルス電圧を印加する方法を用いなくても、堆積基板に負の直流バイアス電圧を印加して、同時に、電子照射装置により堆積基板上の堆積膜に向けて電子を照射する方法を用いる場合でも、堆積膜上の正電荷を中和し、膜剥がれを防止することができる。
【0047】
プラズマ中の正イオンに常に加速エネルギーを与え、内包フラーレンを生成し続けながら、膜剥がれの問題を防止できるので、内包フラーレンの生成効率が高い。
【0048】
(堆積基板の冷却)
堆積膜の膜剥がれの原因は、正電荷の蓄積だけではない。プロセス中に堆積膜の温度がプラズマ照射により上昇し、プロセス終了後、堆積膜を取り出した時に堆積膜の温度が急激に下がり、堆積膜が収縮することも膜剥がれが発生する原因である。
【0049】
堆積膜の急激な温度変化を回避するために、堆積基板を冷却する。堆積基板の冷却方法は、例えば、冷却水を循環する方式を用いることができる。堆積基板の温度を0℃以上50℃以下に制御し、さらに、(1)パルス電圧印加方式、又は、(2)電子照射方式と組み合わせることにより、膜剥がれ発生の防止効果をより高めることができる。」

エ 原査定の拒絶の理由に引用された特開平8-106876号公報(以下「引用文献4」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、半導体装置の製造に際して使用され、半導体基板にイオンを注入するためのイオン注入装置およびイオン注入方法に関する。」
(イ)「【0015】
【課題を解決するための手段】本発明は、半導体基板にイオンビームを照射するイオン注入装置において、導電性の試料台に接続されている制御電源と、上記試料台上に載置された半導体基板のイオン注入時の基板表面電位をモニターする基板電位モニター手段と、上記基板電位モニター手段により得られた電位に応じて前記制御電源の出力電位を制御することにより、前記試料台の電位を制御する試料台電位制御手段とを具備することを特徴とする。
【0016】また、本発明は、半導体基板にイオンビームを照射するイオン注入方法において、導電性の試料台上に載置された半導体基板のイオン注入時の基板表面電位をモニターし、モニターにより得られた電位に応じて前記半導体基板の試料台の電位を制御しながらイオン注入することを特徴とする。」
(ウ)「【0027】また、基板電位モニター手段として、レーザー表面電位センサーを用いて基板表面電位をモニターするようにしてもよい。図4は、本発明の第2実施例に係る電子線供給機構付きのイオン注入装置の概略的な構成を示している。このイオン注入装置は、図6を参照して前述した電子線供給機構付きのイオン注入装置に前記第1実施例と同様に本発明を適用したものであり、基本的な構成は図1と同様であり、さらに、イオンビーム導入路の途中に取り付けた電子線供給機構20から発生する電子により半導体基板15の表面に蓄積した正電荷16を中和するために、図6中に示したような電子線供給機構20が付設されている。なお、図1、図6中と同一部分には同一符号を付している。」
(エ)図4は次のものである。
【図4】

オ 原査定の拒絶の理由に引用された特開昭62-154447号公報(以下「引用文献5」という。)には、以下の事項が記載されている。
(ア)「(関連産業分野)
この発明は半導体製造ラインのイオン打ち込み装置におけるウエハーの帯電抑制装置に関するものである。」(第1頁右欄第12?15行)
(イ)「イオンビーム5を挟んで電子銃6と対向する位置に、例えばアルミニウム製のターゲット7が設けられている。ターゲット7の一次電子10を受ける面は傾斜しており、一次電子10がこの面に当たると二次電子11がビーム流方向に発生し一部イオンビーム5中に巻込まれ、ウエハー3表面上で正イオンを中和することになる。」(第3頁右上欄第1?7行)
(ウ)第6図は次のものである。
第6図

カ 原査定の拒絶の理由に引用された国際公開第2015/176850号公報(以下「引用文献6」という。)には、以下の事項が記載されている(仮訳は、特表2017-518440号公報に基づいて当審が作成した。)。
(ア)「For the high scratch resistance property thereof, synthetic sapphire material is used in a wide range of applications, such as screens, for example touch screens, windows, watch glasses, light emitting device (LED) parts, lighting device parts, optical components, such as for example device lenses or camera lenses. Using synthetic sapphire materials in the field of smart phones may be particularly relevant. It is well known that a synthetic sapphire material surface reflects approximately 15.5% of incident light. Such a high light reflection may be a drawback when one wants to read information behind a sapphire material window; it may actually reduce the reading ability of for example a watch or a flat screen for a computer or a mobile phone.」(第2頁第28行?第3頁第5行)
(仮訳:その高い耐引っかき傷性のために、合成サファイア材料は、スクリーン、例えばタッチスクリーン、窓、腕時計ガラス、発光装置(LED:light emitting device)部品、照明装置部品、例えば装置レンズ、カメラレンズなどの光学部品などの広範囲の用途に使用される。スマートフォンの分野において合成サファイア材料を使用することは、特に関連があり得る。合成サファイア材料表面が入射光の約15.5%を反射することは周知である。こうした高い光反射は、サファイア材料窓の後ろにある情報を読みたいときに欠点となり得る。それは、実際に、例えば、時計又はコンピュータ若しくは携帯電話のフラットスクリーンの読解力を低下させ得る。)
(イ)「All of the above gives rise to a need for a sapphire material treatment method to give enhanced anti-glare properties. Preferably, anti-glare properties obtained thanks to such a method should be stable over a very long term; preferably, said anti-glare properties should have good scratch- proof properties, that are for example substantially comparable or superior to those of the original synthetic sapphire material. Accordingly, said sapphire material surface treatment method may substitute anti-glare PVD coatings and even tough may lead to enhanced anti-glare results. Preferably said sapphire material surface treatment method should be suitable for easy industrialisation, so as to be able to offer such sapphire materials in a significant quantity and at reasonable costs.」(第5頁第6?16行)
(仮訳:上記のすべてのことから、サファイア材料処理方法はより高い防眩性を与える必要がある。好ましくは、こうした方法によって得られる防眩性は、極めて長期間安定であるべきであり、好ましくは、前記防眩性は、例えば、元の合成サファイア材料にほぼ匹敵する、又はそれよりも優れた、良好な耐引っかき傷性を有するべきである。したがって、前記サファイア材料表面処理法は、防眩PVDコーティングに取って代わることができ、防眩結果が向上する可能性がある。好ましくは、前記サファイア材料表面処理法は、こうしたサファイア材料を多量に、かつ妥当なコストで提供できるように、容易な工業化に適しているべきである。)
(ウ)「For this purpose, an object of the invention is a treatment method of a sapphire material, said method comprising bombardment of a surface of the sapphire material, said surface facing a medium different from the sapphire material, by a single- and/or multi-charged gas ion beam so as to produce an ion implanted layer in the sapphire material, wherein :」(第5頁第21?25行)
(仮訳:そのために、本発明の一目的は、サファイア材料の処理方法であって、前記方法は、サファイア材料においてイオン注入層を生成するように、一価及び/又は多価ガスイオンビームによるサファイア材料の表面の照射を含み、前記表面はサファイア材料とは異なる媒体に面しており、)
(エ)「・ the ions for bombardment by a single- and/or multi-charged gas ion beam are produced by an electron cyclotron resonance (ECR) source;」(第6頁第30?31行)
(仮訳:・一価及び/又は多価ガスイオンビームによる照射用イオンが電子サイクロトロン共鳴(ECR:electron cyclotron resonance)源によって生成される。)

(オ)上記(ア)ないし(エ)によれば、引用文献6には、以下の発明(以下「引用発明6」という。)が記載されていると認められる。
「高い耐引っかき傷性のために、合成サファイア材料は腕時計ガラスに使用されるが、当該合成サファイア材料表面の高い光反射は、サファイア材料窓の後ろにある情報を読みたいときに欠点となり得るものであって、時計の読解力を低下させ得るため(上記(ア))、
サファイア材料処理方法を用いてより高い防眩性を与える必要があり(上記(イ))、
前記サファイア材料の処理方法は、サファイア材料においてイオン注入層を生成するように、一価及び/又は多価ガスイオンビームによるサファイア材料の表面の照射を含み(上記(ウ))、
一価及び/又は多価ガスイオンビームによる照射用イオンが電子サイクロトロン共鳴(ECR)源によって生成される(上記(エ))、
サファイア材料処理方法(上記(イ))。」

(2)対比・判断
(2-1)引用発明1を主引例とする場合。
ア 本件補正発明と引用発明1とを対比する。
(ア)引用発明1の「半導体ウエハ」及び「イオン注入方法」は、本件補正発明の「被処理物体(30)」及び「1価又は多価イオンを注入する方法」にそれぞれ相当するから、引用発明1の、「イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置を用いた、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法」は、本件補正発明の「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法」と「被処理物体(30)の表面に1価又は多価イオンを注入する方法」の点で一致する。

(イ)引用発明1の「イオンビーム発生装置」は、本件補正発明の「イオン源(1)」に相当するから、引用発明1の「イオンビーム」は「イオンビーム発生装置と半導体ウエハを載置するディスクとの間に設置され、ディスクに向けて照射される」ことは、本件補正発明の「前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、電子サイクロトロン共鳴(ECR)型イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含」むことと、「前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含」むことの点で一致する。

(ウ)引用発明1の「標的(32)」は、本件補正発明の「ターゲット」に相当する。
また、引用発明1の「イオンビームと直角方向に」「発生させ」、「ターゲット」の「内壁に」「衝突させて二次電子を発生させる」「一次電子」は、本件補正発明の「1次電子ビーム(28)」に相当する。
さらに、引用発明1の「半導体ウエハ側に到達」する「二次電子」は、本件補正発明の「2次電子ビーム(34)」にそれぞれ相当する。
したがって、引用発明1の「フィラメントアッセンブリー」が「イオンビーム発生装置と半導体ウエハを載置するディスクとの間に設置され、ディスクに向けて照射されるイオンビームと直角方向に一次電子を発生させる」ことは、本件補正発明の「少なくとも1つの1次電子ビーム(28)を生成し、前記1次電子ビーム(28)を、前記1次電子ビーム(28)が前記イオン・ビーム(12)を通過するように向けることであって、前記1次電子ビーム(28)の電子と前記イオン・ビーム(12)のイオンとの再結合によって、前記イオン・ビーム(12)の発散が低減される、前記向けること」と「少なくとも1つの1次電子ビーム(28)を生成し、前記1次電子ビーム(28)を、前記イオン・ビーム(12)に向けること」の点で一致する。

(エ)引用発明1において、「ターゲット」の「内壁に一次電子を衝突させて二次電子を発生させる」ことは、当該一次電子をターゲットで反射させて二次電子を生成することであるといえるから、引用発明1の「前記イオンビームの通路を包囲するとともに内壁に一次電子を衝突させて二次電子を発生させるターゲット」は、本件補正発明の「前記1次電子ビームが前記イオン・ビーム(12)を横断した後、標的(32)上での前記1次電子ビーム(28)の反射によって2次電子ビーム(34)を生成すること」と「前記1次電子ビームが、標的(32)上での前記1次電子ビーム(28)の反射によって2次電子ビーム(34)を生成すること」の点で一致する。

(オ)引用発明1において、「前記二次電子を半導体ウエハ側に到達し易くするために-1300Vの電圧が印加されたバイアスアパチャーと、前記ターゲットを包囲するチルトベローズと、二次電子を検出する二次電子検出部とを有し、さらに、チルトベローズの内側でターゲットの周囲に、設定通りの二次電子を半導体ウエハへ供給するためのマイナス電圧が印加された二次電子輸送用サプレッサーを設けてなる」ことは、二次電子を半導体ウエハへ供給して、当該半導体ウエハの表面上に落下するように、二次電子を半導体ウエハに到達し易くなるように向けることであるから、本件補正発明の「前記標的(32)は、前記2次電子ビーム(34)が前記被処理物体(30)の表面上に落下するように向ける」ことと、「前記2次電子ビーム(34)が前記被処理物体(30)の表面上に落下するように向ける」ことの点で一致する。

(カ)以上によれば、本件補正発明と引用発明1は、下記の点で一致するとともに、下記各点で相違する。
〈一致点〉
「被処理物体(30)の表面に1価又は多価イオンを注入する方法であって、前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含み、前記方法は、
・少なくとも1つの1次電子ビーム(28)を生成し、前記1次電子ビーム(28)を前記イオン・ビーム(12)に向けること、及び
・前記1次電子ビームが、標的(32)上での前記1次電子ビーム(28)の反射によって2次電子ビーム(34)を生成すること
にあるステップも含み、前記2次電子ビーム(34)が前記被処理物体(30)の表面上に落下するように向ける、方法。」

〈相違点〉
(相違点1)
被処理物体(30)の表面に1価又は多価イオンを注入する方法が、本件補正発明は「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の」被処理物体(30)の表面に「反射防止表面処理のために」1価又は多価イオンを注入する方法であるのに対して、引用発明1は「半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法」である点。

(相違点2)
イオン源(1)が、本件補正発明は「電子サイクロトロン共鳴(ECR)型イオン源(1)」であるのに対して、引用発明1のイオンビーム発生装置はこのように特定されない点。

(相違点3)
1次電子ビーム(28)が、本件補正発明は「イオン・ビーム(12)を通過するように向け」られ、「前記1次電子ビーム(28)の電子と前記イオン・ビーム(12)のイオンとの再結合によって、前記イオン・ビーム(12)の発散が低減される」のに対して、引用発明1の一次電子のビームはこのように特定されない点。

(相違点4)
2次電子ビーム(34)が被処理物体(30)の表面上に落下するように向けることが、本件補正発明は「標的(32)」よるとされるのに対して、引用発明1は、ターゲットによるとは特定されない点。

イ 判断
上記相違点について検討する。
(ア)上記相違点1について検討する。
引用発明1は、「イオンにより帯電した半導体ウエハを中和するためのイオン注入装置用エレクトロンシャワー装置を用いた、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法」であって、当該「イオン注入方法」は、イオンを半導体ウェハ内部にまで注入して半導体ウエハに不純物層を形成することを目的とする発明である。
これに対して、本件補正発明は、「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法」であって、当該「イオン注入方法」は、反射防止表面処理を施すためにイオンを被処理物体の表面に注入するものであって、イオンを被処理物体内部にまで注入する必要性はない。
そうすると、引用発明1と本件補正発明とは、そもそも技術分野が異なるのであって、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入方法である引用発明1を、天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法に変更する動機がないばかりか、イオンを半導体ウェハ内部にまで注入する引用発明1をイオンを被処理物体内部にまで注入しないものに変更することは困難であるというべきである。
そして、「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法」に関する構成は、引用文献2?5にも記載されていない。

(イ)したがって、相違点2ないし4について検討するまでもなく、本件補正発明は、引用発明1及び引用文献2?5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
請求項11も、補正事項1を含むから同様に引用発明1及び引用文献2?5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2-2)引用発明6を主引例とする場合。
ア 本件補正発明と引用発明6とを対比する。
(ア)引用発明6の「腕時計ガラスに使用される」「合成サファイア材料」の「サファイア材料窓」は、本件補正発明の「合成サファイア」「から作成される時計ガラス用の被処理物体(30)」に相当する。
また、引用発明6の「より高い防眩性を与える」「サファイア材料処理方法」は、本件補正発明の「反射防止表面処理」に相当する。
したがって、引用発明6の「高い耐引っかき傷性のために、合成サファイア材料は腕時計ガラスに使用されるが、当該合成サファイア材料表面の高い光反射は、サファイア材料窓の後ろにある情報を読みたいときに欠点となり得るものであって、時計の読解力を低下させ得るため、サファイア材料処理方法を用いてより高い防眩性を与える必要があり、前記サファイア材料の処理方法は、サファイア材料においてイオン注入層を生成するように、一価及び/又は多価ガスイオンビームによるサファイア材料の表面の照射を含」む「サファイア材料処理方法」は、本件補正発明の「天然及び合成サファイア、無機ガラス、ポリマーならびにセラミックから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法」と「合成サファイアから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法」の点で一致する。

(イ)引用発明6の「一価及び/又は多価ガスイオンビームによる照射用イオンが電子サイクロトロン共鳴(ECR)源によって生成される」ことは、本件補正発明の「前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、電子サイクロトロン共鳴(ECR)型イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含」むことに相当する。

(ウ)以上によれば、本件補正発明と引用発明6は、下記の点で一致するとともに、下記各点で相違する。
〈一致点〉
「合成サファイアから作成される時計ガラス用の被処理物体(30)の表面に反射防止表面処理のために1価又は多価イオンを注入する方法であって、前記方法は、前記被処理物体(30)の表面の方に、電子サイクロトロン共鳴(ECR)型イオン源(1)により生成したイオン・ビーム(12)を向けることにあるステップを含む、方法。」

〈相違点〉
(相違点5)
本件補正発明は、「少なくとも1つの1次電子ビーム(28)を生成し、前記1次電子ビーム(28)を、前記1次電子ビーム(28)が前記イオン・ビーム(12)を通過するように向けることであって、前記1次電子ビーム(28)の電子と前記イオン・ビーム(12)のイオンとの再結合によって、前記イオン・ビーム(12)の発散が低減される、前記向けること、及び
・前記1次電子ビームが前記イオン・ビーム(12)を横断した後、標的(32)上での前記1次電子ビーム(28)の反射によって2次電子ビーム(34)を生成すること
にあるステップも含み、前記標的(32)は、前記2次電子ビーム(34)が前記被処理物体(30)の表面上に落下するように向ける」構成を備えるのに対して、引用発明6はこのような構成を備えない点。

イ 判断
上記相違点5について検討する。
(ア)引用発明6は、「腕時計ガラスに使用される」「合成サファイア材料表面の」「欠点となり得る」「高い光反射」を解消して「高い防眩性を与える」ために「サファイア材料においてイオン注入層を生成するように、一価及び/又は多価ガスイオンビームによるサファイア材料の表面の照射を」行う「サファイア材料処理方法」であって、「高い防眩性を与える」ために「サファイア材料に」生成される「イオン注入層」は、イオンをサファイア材料の表面に注入するものであって、イオンをサファイア材料内部にまで注入する必要性はない発明である。
これに対して、引用文献1は、半導体製造プロセスにおいて半導体ウエハに不純物層を形成する際に用いられるイオン注入装置に関するもの(【0001】)であり、引用文献2は、「半導体を支える代表的な微細加工技術の一つである」「イオン注入技術」(【0002】)に関する発明であり、引用文献3は、「アルカリ金属内包フラーレンを製造するイオン注入装置」(【0030】)に関する発明であり、引用文献4は、「半導体基板にイオンを注入するためのイオン注入装置およびイオン注入方法に関する」(【0001】)に関する発明であり、引用文献5は、「半導体製造ラインのイオン打ち込み装置」(上記「(1)」「オ」「(ア)」)に関する発明であり、いずれも対象とする半導体の内部にまでイオンを注入することを目的とする前提において生じる半導体表面での帯電(チャージアップ)を抑制するために追加する構成であるから、イオンをサファイア材料の表面に注入することで対象の表面を粗面化する発明であって、イオンをサファイア材料内部にまで注入する必要性はない引用発明6とはそもそも技術分野が異なるため、引用文献1ないし5に記載された半導体表面での帯電(チャージアップ)を抑制するために追加する構成を引用発明6に適用する動機は認められず、さらには、イオンの注入がサファイアの表面にとどまる引用発明6と、イオンを半導体の内部まで注入する引用文献1ないし5に記載された構成とでは、イオンの注入の作用が異なり、引用発明6に引用文献1ないし5に記載された半導体表面での帯電(チャージアップ)を抑制するために追加する構成を適用することには技術的困難性が認められる。サファイア材料を対象とせず、イオンを対象の内部にまで注入することを目的とする発明である引用文献2ないし5に記載された構成を適用することは想定されないし、また、引用文献2ないし5に記載された構成はイオンをサファイア材料の表面に注入するものであって、イオンをサファイア材料内部にまで注入する必要性はない構成に変更した上で、引用発明6に適用することが容易に想到し得たということはできない。

(イ)したがって、本件補正発明は、引用発明6及び引用文献1?5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
請求項11も、補正事項1を含むから同様に引用発明6及び引用文献1?5に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)小括
よって、本件補正の補正事項1は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合する。
また、本件補正のその余の補正事項についても、特許法第17条の2第3項ないし第6項に違反するところはない。

3.むすび
本件補正は、特許法第17条の2第3項ないし第6項の規定に適合する。

第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり、特許法第17条の2第3項ないし第6項の規定に適合するから、本願の請求項1ないし14に係る発明は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし14に記載された事項により特定されるとおりのものである。

2.原査定の拒絶の理由
原査定は、(令和2年3月30日付けの手続補正により補正された)請求項1ないし7及び10?12に係る発明は、引用発明1及び引用文献2に記載された事項に基いて、請求項8及び13に係る発明は、引用発明1及び引用文献2、3記載された事項に基いて、そして、請求項9及び14に係る発明は、引用発明1及び引用文献2、4に記載された事項に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

引用文献1:特開2002-25495号公報
引用文献2:特開平5-109642号公報
引用文献3:特開2006-213968号公報
引用文献4:特開平8-106876号公報
引用文献5:特開昭62-154447号公報

3.引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1ないし5及びその記載事項、引用発明は、前記第2の[理由]「2」「(1)」に記載したとおりである。

4.対比・判断
(1)上記「第2」「(2)」「(2-1)」で検討したとおり、本願発明1及び11は、当業者であっても引用発明1及び引用文献2に記載された事項に記載された事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。
また、本願発明2ないし10は本願発明1を限縮した発明であり、本願発明12ないし14は本願発明11を限縮した発明であるから、本願発明1及び11と同様の理由により、当業者であっても引用発明1、及び、引用文献2ないし4に記載された事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。
したがって、本願については、原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。

(2)また、上記「第2」「(2)」「(2-2)」で検討したとおり、本願発明1及び11は、当業者であっても引用発明6及び引用文献5に記載された事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえないし、また、本願発明2ないし10は本願発明1を限縮した発明であり、本願発明12ないし14は本願発明11を限縮した発明であるから、本願発明1及び11と同様の理由により、当業者であっても引用発明6及び引用文献4、5に記載された事項に基づいて容易に発明できたものであるとはいえない。

第4 むすび
以上の検討によれば、本願については、原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2021-03-12 
出願番号 特願2018-567736(P2018-567736)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 中尾 太郎右▲高▼ 孝幸  
特許庁審判長 瀬川 勝久
特許庁審判官 松川 直樹
吉野 三寛
発明の名称 被処理物体の表面に1価又は多価イオンを注入する方法及び方法を実施するデバイス  
代理人 小池 勇三  
代理人 山川 茂樹  
代理人 山川 政樹  

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