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審決分類 審判 全部申し立て 特29条特許要件(新規)  C22B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22B
管理番号 1372655
異議申立番号 異議2019-700884  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-08 
確定日 2021-01-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6512354号発明「低α線放出量の金属又は錫合金及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6512354号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。 特許第6512354号の請求項1ないし3、5ないし9に係る特許を維持する。 特許第6512354号の請求項4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6512354号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成30年 7月30日(優先権主張平成29年 8月17日)を出願日とする特願2018-142195号(以下、「本願」という。)であって、平成31年 4月19日にその特許権の設定登録がなされ、令和 1年 5月15日にその特許掲載公報が発行された。
その後、本件特許について、令和 1年11月 8日付けで、特許異議申立人近藤正幸(以下、「申立人1」という。)により、請求項1?9に係る本件特許に対して特許異議の申立てがなされ、同年11月14日付けで、特許異議申立人特許業務法人藤央特許事務所(以下、「申立人2」という。)により、請求項1?9に係る本件特許に対して特許異議の申立てがなされ、令和 2年 2月12日付けで取消理由が通知され、同年 4月17日付けで特許権者により意見書が提出されるとともに、訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされ、同年 8月19日付けで申立人1及び申立人2に対し本件訂正請求があった旨の通知がなされ、同年 9月14日付けで申立人2により指定期間の延長を求める上申書が提出され、同年 9月15日付けで申立人1により意見書が提出され、同年 9月28日付けで申立人2の指定期間延長を認める通知書が通知され、同年10月16日付けで申立人2により意見書が提出されたものである。

第2 訂正請求について
1 訂正の趣旨、及び、訂正の内容
(1)訂正の趣旨
本件訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、特許第6512354号の特許請求の範囲を令和 2年 4月17日付けの訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?4について訂正を求めるものであり、その訂正の内容は以下のとおりである。

(2)訂正の内容
訂正事項1
請求項1について、本件訂正前の
「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.002cph/cm^(2)以下である」

「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」
と訂正する。
請求項1を引用する請求項2?3も同様に訂正する。

訂正事項2
請求項2について、本件訂正前の
「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.002cph/cm^(2)以下である」

「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」
と訂正する。
請求項2を引用する請求項3も同様に訂正する。

訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

2 本件訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に記載されていた「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量」について、「0.002cph/cm^(2)以下」であったものをより狭い範囲の「0.0005cph/cm^(2)以下」に限定するとともに、更に、「大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下」という条件を追加するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無
(ア)訂正事項1に関して、本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。特許掲載公報の明細書のこと。)には次の記載がある(下線は当審が付した。また、「…」は記載の省略を表す。以下同様。)。
「【0053】
【表2】


(当審注:表2の一部のみ抜粋)

【0055】
(b)金属錫中のPbによるα線放出量
初めに、得られた板状の金属錫を加熱前の試料1とした。この加熱前の試料1から放出されるα線量をアルファサイエンス社製ガスフロー式α線測定装置(MODEL-1950、測定下限:0.0005cph/cm^(2))で96時間測定した。この装置の測定下限は0.0005cph/cm^(2)である。この時のα線放出量を加熱前のα線放出量とした。次に、加熱前で測定した試料1を大気中、100℃で6時間加熱した後、室温まで徐冷して試料2とした。この試料2のα線放出量を試料1と同様の方法で測定した。この時のα線放出量を「加熱後(100℃)」とした。次に、α線放出量の測定が終わった試料2を大気中、200℃で6時間加熱した後、室温まで徐冷して試料3とした。この試料3のα線放出量を試料1と同様の方法で測定した。この時のα線放出量を「加熱後(200℃)」とした。更に試料3をコンタミネーションを防ぐために真空梱包して1年間保管して試料4とし、この試料4のα線放出量を試料1と同様の方法で測定した。この時のα線放出量を「1年後」とした。」

(イ)上記(ア)の表2によれば、実施例1?16のいずれにおいても、「加熱後(100℃)」のα線の放出量、すなわち「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量」が「0.0005cph/cm^(2)以下」であり、「加熱後(200℃)」のα線の放出量、すなわち「大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量」が「0.0006cph/cm^(2)以下」であることが読み取れるから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(ウ)したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張又は変更について
上記アのとおり、訂正事項1による訂正は、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は、本件訂正前の請求項2に記載されていた「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量」について、「0.002cph/cm^(2)以下」とされていたものを、より狭い範囲の「0.0007cph/cm^(2)以下」に限定するとともに、更に、「大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下」という条件を追加するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無
(ア)訂正事項2に関して、本件明細書には次の記載がある(下線は当審が付した。)。
「【0077】
<実施例20?27及び比較例13?20>
実施例20?27では、実施例1で得られた板状の金属錫を用い、比較例13?20では、比較例1で得られた板状の金属錫を用いた。これらの金属錫と、以下の表5に示すα線放出量が0.002cph/cm^(2)以下の銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル、ゲルマニウムの金属原料とを切断、計量し、カーボンルツボに入れ、高周波誘導真空溶解炉を用いて、真空雰囲気下で、各金属原料の溶融温度以上の温度に加熱して、最終製品である錫合金を鋳造した。
【0078】
【表5】

【0079】
<比較試験及び評価その3>
実施例20?27及び比較例13?20で得られた最終製品である錫合金について、前述した方法で、これらの錫合金中のPb濃度及びこのPbによるα線放出量を、加熱前と加熱後と1年後で測定した。この結果を以下の表6に示す。
【0080】
【表6】


【0082】
これに対して、実施例20?27では、実施例1で得られた板状の金属錫を用いたため、実施例20?27で得られた加熱前の錫合金のα線量は、0.0005cph/cm^(2)未満であるか、0.0005?0.0006cph/cm^(2)であった。また100℃での加熱後の錫合金のα線量は、0.0005cph/cm^(2)未満であるか、0.0005?0.0007cph/cm^(2)であり、200℃での加熱後の錫合金のα線量及び1年後の錫合金のα線量は、それぞれ0.0005cph/cm^(2)未満であるか、0.0005?0.0006cph/cm^(2)であった。即ち、実施例20?27で得られた錫合金は、加熱前のα線量は0.001cph/cm^(2)未満であり、100℃での加熱後のα線量は0.001cph/cm^(2)以下であり、200℃での加熱後のα線量は0.002cph/cm^(2)以下であり、1年後の錫合金のα線量は、0.0005cph/cm^(2)未満であった。」

(イ)上記(ア)の【0082】によれば、実施例20?27のいずれにおいても、「加熱後(100℃)」のα線の放出量、すなわち「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量」が「0.0007cph/cm^(2)以下」であり、「加熱後(200℃)」のα線の放出量、すなわち「大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量」が「0.0006cph/cm^(2)以下」であることが見て取れるから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものである。

(ウ)したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 特許請求の範囲の拡張又は変更について
上記アのとおり、訂正事項2による訂正は、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、請求項4を削除する訂正であるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当しており、また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合する。

(4)一群の請求項について
本件訂正によって、本件訂正前の請求項1を引用する請求項2?4が連動して訂正されるから、本件訂正前の請求項1?4は一群の請求項であるところ、本件訂正請求は、上記一群の請求項についてされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めはないから、本件訂正請求は、訂正後の請求項〔1?4〕を訂正単位として訂正の請求をするものである。

(5)独立して特許を受けることができるかについて
特許異議は本件特許の全請求項に対して申し立てられているので、特許異議の申立てがされていない請求項について規定された、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は、本件訂正に適用されず、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならないとの要件は課されない。

(6)小括
以上のとおりであるから、令和 2年 4月17日付で特許権者が行った本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で検討したとおり、本件訂正は適法になされたものであるから、請求項1?9に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明9」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?9に記載された次のとおりのものである。なお、下線は訂正された箇所を表す。

「【請求項1】
錫、銀、銅、亜鉛又はインジウムのいずれかの低α線放出量の金属であって、
大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の金属。
【請求項2】
請求項1記載の低α線放出量の錫と、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金であって、
大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の錫合金。
【請求項3】
前記低α線放出量の錫と合金を形成する金属が、銀、銅、亜鉛及びインジウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属である請求項2記載の低α線放出量の錫合金。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
不純物として鉛をそれぞれ含む錫、銀、銅、亜鉛又はインジウムのいずれかの金属を硫酸水溶液に溶解して前記金属の硫酸塩水溶液を調製するとともに前記硫酸塩水溶液中で硫酸鉛を沈殿させる工程(a)と、
前記工程(a)の前記硫酸塩水溶液をフィルタリングして前記硫酸鉛を前記硫酸塩水溶液から除去する工程(b)と、
第1槽で、前記工程(b)の前記硫酸鉛を除去した硫酸塩水溶液を少なくとも100rpmの回転速度で撹拌しながらα線放出量が10cph/cm^(2)以下の鉛を含む所定の濃度の硝酸鉛水溶液を所定の速度で30分以上かけて添加して、硫酸塩水溶液中で硫酸鉛を沈殿させ、同時に前記硫酸塩水溶液をフィルタリングして前記硫酸鉛を前記硫酸塩水溶液から除去しながら、前記第1槽中で全体液量に対する循環流量が少なくとも1体積%の割合で循環させる工程(c)と、
前記工程(c)の前記硫酸塩水溶液を前記第1槽から別の第2槽に移した後、前記硫酸塩水溶液を電解液として前記金属を電解採取する工程(d)と
を含むことを特徴とする低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項6】
前記工程(c)の前記硝酸鉛水溶液中の硝酸鉛の所定の濃度が10質量%?30質量%である請求項5記載の低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項7】
前記工程(c)の前記硝酸鉛水溶液の所定の添加速度が前記硫酸塩水溶液1リットルに対して1mg/秒?100mg/秒である請求項5又は6記載の低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項8】
金属錫に、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属を添加混合して、この混合物を鋳造することによって低α線放出量の錫合金を製造する方法であって、
前記金属錫は、請求項5ないし7のいずれか1項に記載の方法により製造された金属錫であり、
前記金属錫に添加する金属は、α線放出量が0.002cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の錫合金の製造方法。
【請求項9】
金属錫に、銀、銅、亜鉛及びインジウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属を添加混合して、この混合物を鋳造することによって低α線放出量の錫合金を製造する方法であって、
前記金属錫及び前記金属錫に添加する金属は、それぞれ請求項5ないし7のいずれか1項に記載の方法により製造された金属であることを特徴とする低α線放出量の錫合金の製造方法。」

第4 申立人及び特許権者の主張
1 申立人1の申立理由
申立人1は、証拠方法として、いずれも本願の優先日前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった、下記甲第1?3号証を提出して、以下の申立理由1-1?1-3により、請求項1?9に係る本件特許を取り消すべきものである旨主張している。なお、取消理由として採用された申立理由に「(採用)」、「(一部採用)」と記載し、採用されなかった申立理由に「(不採用)」と記載している(以下同様。)。

(1)申立理由1-1(実施可能要件)
発明の詳細な説明の、「加熱温度が高いほどα線放出量は上昇し易く」との記載は、α崩壊に関する技術常識とは矛盾しており、当該技術常識を凌駕する本件発明独自の解決手段は、発明の詳細な説明に全く開示されていない。そのため、本件発明の技術分野における技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明は、本件訂正前の本件発明1?9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、本件訂正前の請求項1?9に係る本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。(不採用)

(2)申立理由1-2(明確性)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1?9の記載は、一見発明が明確そうに見えるが、α崩壊に関する技術常識に反しており、第三者に不測の不利益を及ぼす虞が強く、結局、上記請求項の記載が不明確であるので、請求項1?9に係る本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。(不採用)

(3)申立理由1-3(29条柱書)
本件訂正前の本件発明1?9は、加熱温度を高くすると、はんだ材料からのα線放出量が増加するという、核物理学上の自然法則に反する手段を内包しているから、上記各発明は特許法第29条第1項柱書にいうところの「発明」に該当しないので、取り消されるべきものである。(不採用)

<証拠方法>
甲第1号証:K.ホフマン(著)、山崎正勝外2名(訳)、「オットー・ハーン -科学者の義務と責任とは-」、シュプリンガー・ジャパン株式会社、2006年9月21日発行、32?33頁
甲第2号証:E・シュボルスキー(著)、玉木英彦外2名(訳)、「原子物理学III」、東京図書株式会社、1977年3月10日発行、180?181頁
甲第3号証:岐美格、「原子核工学概論」、理工学社、1984年10月30日発行、10?25頁

なお、申立人1が提出した、上記甲第1号証?甲第3号証をそれぞれ「甲A1」?「甲A3」ということがある。

2 申立人2の申立理由
申立人2は、証拠方法として、いずれも本願の優先日前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった、下記甲第1?8号証を提出して、以下の申立理由2-1?2-8により、請求項1?9に係る本件特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由2-1(新規性進歩性)(異議申立書のア-11、ウ)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第1号証に記載された発明に基いてその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(2)申立理由2-2(新規性進歩性)(異議申立書のア-11、ウ、エ-2)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第3号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第3号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(3)申立理由2-3(新規性進歩性)(異議申立書のア-11、ウ、エ-3)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第4号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(4)申立理由2-4(新規性進歩性)(異議申立書のア-11、ウ、エ-4)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第5号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第5号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(5)申立理由2-5(新規性進歩性)(異議申立書のア-11、ウ、エ-5)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第6号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(6)申立理由2-6(新規性進歩性)(異議申立書のイ-1、イ-2、イ-3、イ-4、ウ、オ)
本件訂正前の本件発明2?4(錫合金の発明)は、甲第1?6号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、もしくは、甲第1?6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(一部採用)

(7)申立理由2-7(新規性進歩性)(異議申立書のエ-1)
本件訂正前の本件発明1、4(金属の発明)は、甲第7号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるからから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(採用)
(当審注:当該申立理由2-7は、取消理由通知時に申立理由2-6と記載していたものであるが、(6)の申立理由2-6と重複していたので、当該(7)以降、申立理由2-7等と書き換えている。)

(8)申立理由2-8(サポート要件、明確性実施可能要件)(異議申立書のカ)
本件訂正前の本件発明1、4に記載された「低α線放出量の金属である」「銀」について本件明細書の実施例として記載はなく、また、本件発明2?4に記載された「低α線放出量の錫合金」について本件明細書には実施例20?27として8通りの錫合金が記載されているのみであるから、本件発明1?4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を包含するものであり、特許を受けようとする発明が明確なものとはなっておらず、本件発明1?4について本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないので、本件発明1?4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号、第2号と同条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。(不採用)

(9)申立理由2-9(進歩性)(異議申立書のキ)
本件訂正前の本件発明5?9は、甲第1号証、甲第3?7号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。(不採用)

<証拠方法>
甲第1号証:特許第6080946号公報
甲第2号証:川崎浩由、「半導体実装におけるはんだ材料用金属粉末表面の化学反応に関する研究」、九州工業大学学術機関リポジトリ、九州工業大学学位授与番号17104甲工第417号、学位授与年度平成27年度、平成28年3月発行
甲第3号証:国際公開第2011/114824号
甲第4号証:国際公開第2012/120982号
甲第5号証:特開2011-214061号公報
甲第6号証:特開2011-214040号公報
甲第7号証:特許第3528532号公報
甲第8号証:「半導体実装におけるはんだ材料用金属粉末表面の化学反応に関する研究」(当審注:甲第2号証)の書誌詳細、国立国会図書館オンライン、URL:http://id.ndl.go.jp/digimeta/10191969

なお、申立人2が提出した、上記甲第1号証?甲第8号証をそれぞれ「甲1」?「甲8」ということがある。

3.特許権者の主張の概要
特許権者は、令和 2年 4月17日付の意見書において、証拠方法として下記乙第1?2号証を提出して、下記第5に記載したいずれの取消理由によっても本件発明1?3を取り消すことができない旨主張している。

<証拠方法>
乙第1号証:2017年11月7日に実施された9th Annual IEEE CMPT SCV Soft Error rate (SER) Workshop にて発表した資料及びその訳文
乙第2号証:実験成績証明書
なお、乙第1号証、乙第2号証をそれぞれ、「乙1」、「乙2」ということがある。

第5 取消理由の概要
令和 2年 2月12日付けで通知した取消理由において、上記申立理由2-1?2-7に基いて、次の取消理由が通知された。

理由1.甲1を主たる引用例とする新規性進歩性について(申立理由2-1と申立理由2-6を採用)
本件発明1は、甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。
本件発明2、本件発明3、本件発明2、3を引用する本件発明4は、甲1に記載した発明と、甲4、甲5、甲6の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

理由2.甲3を主たる引用例とする新規性について(申立理由2-2と申立理由2-6を採用)
本件発明1、2、3、4は、甲3に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。

理由3.甲4を主たる引用例とする新規性について(申立理由2-3を採用)
本件発明1、4は甲4に記載した発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。

理由4.甲5を主たる引用例とする新規性進歩性について(申立理由2-4と申立理由2-6を採用)
本件発明1、本件発明1を引用する本件発明4は甲5に記載した発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。
本件発明2、3、本件発明2又は3を引用する本件発明4は、甲5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである

理由5.甲6を主たる引用例とする新規性進歩性について(申立理由2-5と申立理由2-6を採用)
本件発明1、本件発明1を引用する本件発明4は甲6に記載した発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。
本件発明2、3、本件発明2又は3を引用する本件発明4は、甲6に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである

理由6.甲7を主たる引用例とする新規性について(申立理由2-7を採用)
本件発明1、本件発明1を引用する本件発明4は、甲7に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである。

第6 当審の判断
1 取消理由として通知した申立理由について
1-1 甲1を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由1)について
(1)甲1に記載された事項と発明
ア 甲1には、以下の事項が記載されている。なお、「・・・」は記載の省略を表し、下線は当審が付したものである。以下同様。
1ア 「【0002】
[0002]本発明は電子部品の製造において用いる金属材料に関し、特に本発明は、電子部品の製造において用いるタイプの金属材料のα粒子放出ポテンシャルを査定する方法(amethod for assessing an alpha particle emission potential of a metallicmaterial)に関する。」

1イ 「【背景技術】
【0003】
[0003]多くの電子デバイスの実装及び他の電子製造用途において、例えば純金属及び金属合金のような金属材料がハンダとして通常的に用いられている。幾つかの同位体からのα粒子の放出によって、しばしばソフトエラー又はソフトエラーアップセットと呼ばれるシングルイベントアップセット(SEU)が引き起こされる可能性があることが周知である。α粒子放出(αフラックスとも呼ばれる)は、実装された電子デバイスに損傷をもたらす可能性があり、より詳しくはソフトエラーアップセット、及び更には幾つかの場合においては電子デバイスの不具合を引き起こす可能性がある。α粒子放出の可能性に関する懸念は、電子デバイスの寸法が減少し、α粒子放出性金属材料が潜在的に感受性の位置により近く近接して配置されるにつれて大きくなる。
【0004】
[0004]金属材料からのα粒子放出に関係する最初の研究は、電子デバイスの実装において用いる鉛ベースのハンダ、並びにこれに引き続く複数のかかる鉛ベースのハンダを改良する努力に集中していた。より最近では、銀、スズ、銅、ビスマス、アルミニウム、及びニッケルのような非鉛又は「無鉛」金属材料を、合金としてか又は純元素材料として用いることへ移行している。しかしながら、実質的に純粋な非鉛金属材料においても、鉛は不純物として通常的に存在し、かかる材料はしばしば精錬して材料中の鉛不純物の量を最小にしている。
【0005】
[0005]ウラン及びトリウムは、公知の崩壊系列にしたがって放射性崩壊してα粒子放出性同位体を形成する可能性がある金属材料中にしばしば存在する主要な放射性元素として周知である。ソフトエラーアップセットに関与する主要なα粒子放出物質であると考えられているポロニウム-210(^(210)Po)の存在が、非鉛材料において特に関心が持たれている。鉛-210(^(210)Pb)は、ウラン-238(^(238)U)の崩壊娘核種(decaydaughter)であり、22.3年の半減期を有し、ビスマス-210(^(210)Bi)へβ崩壊する。しかしながら、^(210)Biの非常に短い5.01日の半減期のために、かかる同位体は、実質的に、^(210)Poへ速やかに崩壊する過渡的中間状態である。^(210)Poは138.4日の半減期を有し、5.304MeVのα粒子を放出することによって安定な鉛-206(^(206)Pb)に崩壊する。電子デバイス用途において用いる金属材料における最大の関心事は、^(210)Pb崩壊系列の後半の工程、即ちα粒子の放出を伴う^(210)Poの^(206)Pbへの崩壊である。
【0006】
[0006]^(210)Po及び/又は^(210)Pbは溶融及び/又は精錬技術によって少なくとも部分的に除去することができるが、かかる同位体は溶融又は精錬の後においても金属材料中に不純物として残留する可能性がある。金属材料から^(210)Poを除去すると、金属材料からのα粒子の放出が一時的に減少する。しかしながら、α粒子の放出は、最初は低下するが、通常は、^(210)Pb崩壊プロファイルの永続平衡が金属材料中に残留する^(210)Pbに基づいて徐々に復活するにつれて、時間と共に潜在的に許容できないレベルに増加することが観察されている。」

1ウ 「【発明を実施するための形態】
【0012】
[0012]本発明は、例えばハンダのために用いる金属材料のような電子部品の製造において通常的に用いられるタイプの金属材料のα粒子放出ポテンシャルを査定する方法を提供する。金属材料は、それ自体、例えばスズ、鉛、銅、アルミニウム、ビスマス、銀、及びニッケルのような単一又は実質的に純粋な元素材料であってよく、或いは上記の材料の任意の2以上の合金、或いは上記の材料の任意の1以上と1種類以上の他の元素との合金であってよい。」

1エ 「【0020】
[0020]バルクの金属材料を圧延して試料材料の薄いシートを与えることのような好適な方法によるか、或いは任意の他の好適な方法によって、バルクの金属材料の比較的薄い部分を試料として得ることができる。
【0021】
[0021]試料を得た後、試料中の標的崩壊同位体の原子の濃度が試料体積全体にわたって均一になる時点まで試料材料中の標的崩壊同位体の拡散を促進させるために、試料を熱によって処理する。多くの試料において、例えば試料の中心に向かって、又は試料の他の領域において、標的崩壊同位体の原子のより高い濃度が存在して、濃度の不均等又は勾配が存在する可能性がある。熱処理により、試料内の標的崩壊同位体の原子が比較的高い濃度の領域から比較的低い濃度の領域へ拡散することを促進することによって、かかる濃度の不均等又は勾配が除去されて、試料内及び試料全体にわたって均一な標的崩壊同位体の濃度が得られる。かかる均一な濃度が得られると、α粒子検出プロセスの検出限界深さ内の標的崩壊同位体の原子の数は、試料全体にわたる標的崩壊同位体の原子の均一な濃度を表し、より詳細にはそれに直接相関する。かかる均一な濃度は、標的崩壊同位体の化学ポテンシャル勾配が実質的にゼロであり、標的崩壊同位体の濃度が試料全体にわたって実質的に均一である場合に達成される。
【0022】
[0022]別の言い方をすると、室温において試験試料は化学ポテンシャル勾配を有する可能性があり、標的崩壊同位体の濃度は、試料の1つの側において試料の他の側よりも高く、或いは試料の中心において試料の外側表面よりも高い。試料を加熱することによって化学ポテンシャル勾配が調節され、十分な時間及び温度の曝露においては、化学ポテンシャル勾配は実質的にゼロであり、標的崩壊同位体の濃度は試料全体にわたって実質的に均一である。」

1オ 「【0023】
[0023]本明細書において用いる「検出限界深さ」という用語は、材料の表面に到達し、それによって分析検出のために材料から放出されるために、放出されたα粒子がそれを通って透過することができる所定の金属材料内の距離を指す。選択された金属材料における^(210)Poに関する検出限界深さをミクロンで下表1に与える。これらは^(210)Poの^(206)Pbへの崩壊によって放出される5.304MeVのα粒子の透過に基づくものである。
【0024】
【表1】

【0025】
[0024]^(210)Po以外のα粒子放出性同位体の放射性崩壊によって放出されるα粒子のような異なるエネルギーのα粒子に関する検出限界深さは変化し、検出限界深さは一般にα粒子のエネルギーに比例する。本方法においては、放出されるα粒子は、JEDEC標準規格JESD221によって記載されている方法にしたがって、Hayward,CAのXIA L.L.C.から入手できるXIA1800-UltraLoガス電離チャンバーのようなガスフローカウンターを用いて検出することができる。
【0026】
[0025]^(210)Poのような標的崩壊同位体は、金属材料内に拡散又は移動することが知られており、この点において、本方法の熱処理は、材料試料内における標的崩壊同位体の拡散を促進して濃度勾配を排除するために用いる。特に、^(210)Poのような標的崩壊同位体は、下記の等式(1):
【0027】
【化1】

【0028】
(式中、∂φ/∂xは、^(210)Poのような標的崩壊同位体の濃度勾配であり、Dは拡散係数である)
にしたがって表すことができる所定の金属材料中の拡散速度Jを有する。・・・」

1カ 「【0034】
[0028]等式(1)に基づいて、濃度勾配を排除するために十分に標的崩壊同位体を試料内に拡散させて、試料の検出限界深さ内のα粒子放出量の検出が試料全体にわたる標的崩壊同位体の濃度を示し、且つこれに直接相関するようにするために試料を曝露することができる好適な時間及び温度加熱プロファイルを求めることができる。例えば、1ミリメートルの厚さを有するスズ試料に関しては、6時間の200℃の熱処理によって、試料内の^(210)Po原子の全ての濃度勾配が排除されることが確保される。」

1キ 「【実施例】
【0049】
[0040]下記の非限定的な実施例は本発明の種々の特徴及び特性を示すが、本発明はこれらに限定されると解釈すべきではない。
実施例1:
精錬スズ試料における最大α放出量の測定:
[0041]本方法は、8つの精錬スズ試料における可能な最大α放出量を査定するために用いた。スズ試料は、2012年6月20日出願の「低αスズを製造するための改良された精錬方法」と題された米国仮特許出願61/661,863において開示されている方法にしたがって精錬した。精錬スズ試料の試験試料は、インゴットから約1キログラムの試料を切り出し、試料を1ミリメートルの厚さに圧延することによって得た。試験試料を200℃において6時間加熱し、Hayward, CAのXIA L.L.C.から入手できるXIA 1800-UltraLoガス電離チャンバーを用いて、試験試料のα粒子放出量を測定した。測定されたα粒子放出量、及び精錬とα粒子放出量の測定の間の経過時間を下表3に示す。
【0050】
【表3】



1ク 「【0058】
実施例3:
銅試料における標的崩壊同位体の拡散の測定:
[0048]本方法は、銅試料における最大可能α放出量を査定するために用いた。銅試料を、99.99%から99.9999%の純度に電解精錬した。精錬の後、精錬した銅を加熱し、インゴットに成形した。
【0059】
[0049]銅材料の試験試料は、インゴットから試料を切り出し、試料を3.2mmの厚さに圧延することによって得た。Hayward,CAのXIA L.L.C.から入手できるXIA1800-UltraLoガス電離チャンバーを用いて、銅試験試料を200℃において6時間加熱する前及び加熱した後の試験試料のα粒子放出量を測定した。
【0060】
[0050]加熱の前においては、銅試験試料は0.0036カウント/時/cm^(2)の放射能又はαフラックスを有しており、200℃で6時間加熱した後においては、銅試験試料は0.0051カウント/時/cm^(2)の放射能を有していた。この実施例は、加熱によって銅材料中における標的崩壊同位体の拡散が促進されることを示している。上記の等式4から計算された銅試料に関する最大α粒子放出量は0.05カウント/時/cm^(2)であった。」

イ 上記1イによれば、ハンダとして用いられる純金属や金属合金は、α粒子を放出する同位体を含んでいるため、α粒子の放出によって電子デバイスにソフトエラー等を引き起こすという問題がある(【0003】)。そして、ハンダとして用いられる、銀、スズ、銅、ビスマス、アルミニウム、及びニッケルのような非鉛又は「無鉛」の金属材料であっても、不純物として鉛を含んでおり、また、鉛はその同位体である半減期22.3年の^(210)Pbを含んでいるところ、半減期5日の^(210)Biを経て、半減期138.4日の^(210)Poに崩壊し、当該^(210)Poは安定な^(206)Pbに崩壊する際にα粒子を放出する(【0005】)。
したがって、ハンダ用金属である、銀、スズ、銅、ビスマス、アルミニウム、及びニッケルのような非鉛又は「無鉛」の金属材料は精錬によって、α粒子放出源となる放射性不純物が除去されるが、金属材料からα粒子放出源となる^(210)Poを除去しても、金属材料中に残留する^(210)Pbの崩壊によって^(210)Poが生成されるので、α粒子の放出は時間と共に許容できないレベルに増加する。(【0006】)

ウ 上記1イの【0004】及び1ウによれば、α粒子の放出を伴うハンダ用の無鉛の金属材料として、スズ、銅、アルミニウム、ビスマス、銀、及びニッケルのような単一の元素材料や、上記材料の任意の2以上の合金が挙げられており、かかる材料は精錬して材料中の鉛不純物の量が最小にされている。

エ 上記1エによれば、バルクの金属材料を圧延して得られた薄いシート状の試料は、室温において、当該試料の一つの側は他の側よりも同位体の濃度が高く、あるいは、当該試料の中心は外側表面よりも同位体の濃度が高くなっているが、当該試料を十分な時間及び温度に暴露する加熱処理をすることによって、当該試料に含まれる同位体の濃度を試料全体にわたって実質的に均一とすることができる(【0022】)。

オ 上記エに記載した加熱処理に関して、上記1カによれば、1mmの厚さの錫試料に関して、6時間の200℃の熱処理によって、当該試料内の^(210)Po原子の全ての濃度勾配が排除される、すなわち、^(210)Poの濃度を試料全体にわたって実質的に均一にすることができる(【0034】)。
なお、上記1クによれば、電解精錬した銅のインゴットから切り出された、3.2mmの厚さの銅試料に関して、6時間の200℃の熱処理によって、加熱前に0.0036カウント/時/cm^(2)であったものが、加熱後に0.0051カウント/時/cm^(2)となったことから、銅試料においても、同位体の拡散が加熱によって促進され、^(210)Poの濃度が試料全体にわたって実質的に均一になることが示されている(【0060】)。

カ 上記1キによれば、錫の試験試料は、精錬した錫のインゴットから切り出し、厚さ1mmに圧延することによって製造されものであって、この試験試料を200℃において6時間加熱したもののα粒子放出量を測定した結果が表3に示されている(【0049】)。

キ ここで、表3の試料のうち、α粒子放出量が一番少ない試料6に注目すると、精錬から32日経過した試料を、200℃にて6時間加熱した後のα粒子放出量が0.0009カウント/時/cm^(2)となっているので、甲1には次のハンダ用の錫が記載されているものと認められる(以下「甲1発明」という。)。

「精錬した錫のインゴットから切り出して厚さ1mmに圧延した、精錬から32日経過後のハンダ用の錫であって、200℃にて6時間加熱した後のα粒子放出量が0.0009カウント/時/cm^(2)であるハンダ用の錫。」

ク また、上記ウの検討によれば、甲1には、ハンダ用の無鉛の金属材料には、錫、銅、アルミニウム、ビスマス、銀、及びニッケルのような単一の元素材料や、上記材料の任意の2以上の合金があり、これらの材料中の鉛不純物は最小にされているものであると記載されており、鉛不純物を最小にするために、原料の金属についても鉛不純物が最小でα粒子放出量が少ないものが好ましいことは明らかであり、具体的には上記甲1発明の錫をハンダ用合金に使用することが示唆されているといえるから、甲1には、次のハンダ用の合金が記載されているものと認められる(以下「甲1合金発明」という。)。

「甲1発明の錫と、銅、アルミニウム、ビスマス、銀、及びニッケルのいずれか1以上の金属を添加した、精錬によって材料中の鉛不純物の量が最小にされている、ハンダ用の錫合金。」

(2)甲2に記載された事項
ア 甲2には、以下の事項が記載されている。
2ア 「1-5 ソフトエラーと低α線量はんだ材料
かつてのワイヤーボンディングによる実装方法がフリップチップとなり、メモリーセルの記憶情報の書き換えが発生する“ソフトエラー”と呼ばれる不良が1978年に報告された。・・・これは当時Sn-Pbはんだの不純物から発生するα線が原因であった。α線の強い電離作用によりメモリーセル中に電子データのエラーが発生してしまう。・・・
実際にα線を放射する不純物は、安定な^(206)Pbと放射性同位体の関係にあるウラン系列の物質である。中でも^(210)Poは半減期約139日であり、特に問題視されている。半減期が1秒程度であれば速やかに崩壊して次の同位体へと変化する。一方で半減期が^(238)Uのように10^(9)年オーダーの長期間を要するものであれば、不純物レベルで十分に取り除けば問題とならない。数か月程度でα崩壊する^(210)Po独特の問題である。さらに^(210)PoはSn中のPo不純物中に含有されるが、それ以上に危惧されるのが^(214)Pb、^(214)Bi、^(210)Pb、^(210)Biが崩壊することで^(210)Poと壊変するため、はんだ組成中または不純物中のPb,Biに含まれる放射性同位体の存在である。そのため当初のSn-Pbはんだでは極低α線量化することが困難とされてきた。図1-4に示すウラン系列のような元素群は、全てppmオーダー、とりわけU、Thはppbオーダーで取り除くことが理想である。」(16頁1行?最下行)

2イ 「4-1-5 材料α線量の経時変化
材料α線量の経時変化に関して本節では議論するが、古くから検討されている放射系列に挙げられる放射線元素の経時変化による崩壊に加えて、最近報告されたポロニウムの拡散の2つを説明する。
まず1つ目は第1章でも述べた、放射性元素の崩壊によるα線源の発生である。例え^(210)Poが存在しなくとも、Bi,Pbといった不純物に極微量含まれる放射線同位体は、経時変化により^(210)Poへと壊変し、α線を発生させてしまう。一般的にα線量の経時変化というとこの現象を指す。
次のα線量の経時変化は^(210)Poの拡散である。最近の研究において地金の錫インゴットにおいて、ポロニウムが偏析すること、そしてそれによりα線量が異なることが報告されている。ポロニウムといえど、あくまで不純物元素であり偏析は一般的な事象である。ポロニウムの場合析出しにくく、錫インゴットの直方体形状において、中央の部分が最後に冷却されて固体となるため、その部分に偏析すると報告された。表面側の錫、中央の錫をそれぞれ切り出して、再度加工するとそれぞれ異なるα線量を示すというものである。
このように偏析したポロニウムは経時変化と共にエントロピー的に有利な拡散状態へと変化し、ポロニウムが均一な状態になろうと自発的に変化する。これはインゴットに限った話ではなく、鋳造にて製造された錫のα線量測定用のシートがあれば、シート中央にポロニウムは偏析しα線量が検出しにくい。しかし経時変化によって表面や表面近傍にもポロニウムが拡散してくれば、それらのα線量を検出できるようになり、α線量が増加する。」(87頁下から5行?88頁16行)

2ウ 「4-3 次世代実装用低α線量レベルのα線量測定
4-3-1 緒言
本節では、最近の報告であるα線量の加速試験について吟味した。材料の錫に含まれる放射線元素、とりわけ^(210)Poは偏析して最後に冷え固まる部分、いわゆる材料の中央に局在することが報告された。経時変化と共にポロニウムが拡散して、α線量が一定値に収束するまで上昇するという現象である。そこで、100℃で1時間といった加熱をすることで、ポロニウムの拡散を加速できることがわかっている。これはイオン化型α線量測定装置:XIAUltaraLo1800を用いて計測するため、210Po由来の5.3MeVの大幅なピーク増大によって証明されている。」(101頁1?10行)

イ 上記2イによれば、材料に含まれる不純物には極微量の放射性同位体が含まれるために、材料から放出されるα線量は経時的に変化するが、当該経時変化には2つの要因があり、一つは、放射線元素の崩壊によるものであり、もう一つは、ポロニウムの拡散によるものである。

ウ 上記イの2つの要因のうち、前者の要因については、上記2アも参照すると、はんだ組成中またははんだ不純物中に極微量含まれる放射性同位体から発生するα線によるものであり、放射性同位体のうち、特に危惧されるのが崩壊することで^(210)Poに壊変する^(210)Pb、^(210)Biである。たとえ^(210)Poが存在しなくても、極微量含まれる放射性同位体が経時変化により^(210)Poへと壊変し、α線を発生させてしまう。

エ 上記イの2つの要因のうち、後者の要因については上記2ア、2ウも参照すると、鋳造された錫インゴットには、半減期約139日でα崩壊する^(210)Poが含まれており、鋳造時に最後に冷却されて固体となる中央部にポロニウムが偏析することで、表面側の錫と中央の錫では検出されるα線量が異なる値となり、経時変化と共にポロニウムが拡散してα線量が一定値に収束するまで上昇する。そして、この拡散は100℃で1時間といった加熱をすることで加速することができる。また、このことは、インゴットに限ることではなく、鋳造にて製造された錫のシートの場合にも、シート中央はポロニウムが偏析してα線量が検出しにくいが、経時変化によって表面や表面近傍にポロニウムが拡散してくれば、α線量を検出できるようになり、α線量が増加する。

(3)本件発明1と甲1発明の対比
ア 甲1発明の「精錬した錫のインゴットから切り出して厚さ1mmに圧延した」「ハンダ用の錫」は、精錬によってα線源である放射性不純物が低減されている錫であるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ 甲1発明の「α粒子放出量」は、本件発明1の「α線の放出量」、「α線放出量」に相当する。

ウ そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点1>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲1発明では「200℃にて6時間加熱した後のα粒子放出量が0.0009カウント/時/cm^(2)である」点。

(4)相違点1についての判断
ア 「低α線放出量の金属」における「大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量」(以下、「200℃α線放出量」という。)が、甲1発明では「0.0009カウント/時/cm^(2)」であるのに対して、本件発明1では「0.0006cph/cm^(2)以下」であるから、相違点1は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は相違点1で甲1発明と相違するから、本件発明1は甲1に記載された発明ではない。

イ 次に、相違点1の容易想到性について検討する。甲1には、ハンダから放出されるα粒子がソフトエラーの原因となることが記載されており(【0003】)、α粒子放出量が少ないハンダが好ましいことは技術常識であるから、甲1発明において、200℃α粒子放出量を極力低減すべきであるという動機は存在しているといえる。
しかしながら、甲1には、200℃α線放出量の最低量が「0.0009カウント/時/cm^(2)」のものが記載されているにすぎず、これよりも低い値のものは記載されていないし、本件明細書には、本件発明1のように「0.0006cph/cm^(2)以下」という低い200℃α線放出量を実現するためには、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減することが必要であることが示されているが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲1やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲1やその他の甲号証を参照しても、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。

ウ なお、申立人2は、令和 2年10月16日付けの意見書において、上記相違点1について、「カウント数のオーダーが同じであると理解して、むしろ実質的に同じとみるべき値である」、「この数値の相違をもって、発明の相違をもたらすほどの相違とはなっておらず」と主張しているが(6/23頁)、はんだ材料に使用される金属は、α粒子放出量が少なければ少ないものであるほど、使用時に高温環境に曝された場合のソフトエラーの発生率が低下するという点でより優れていることは明らかであるし、上記数値の相違が、例えば測定時の誤差の範囲内での相違にすぎないことを実験によって示すなど、実質的に同じであるといえる具体的な理由を説明しているわけでもないので、相違点1が実質的な相違点でないとはいえないから、申立人2の上記主張は採用できない。

(5)本件発明2と甲1合金発明の対比と判断
ア 上記(3)、(4)の検討によれば、甲1合金発明の「甲1発明の錫」と、本件発明2の「請求項1記載の低α線放出量の錫」とは、「低α線放出量の錫」の点で一致している。

イ 甲1合金発明の「銅、アルミニウム、ビスマス、銀、及びニッケルのいずれか1以上の金属」と、本件発明2の「銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属」は、「銀、銅、ビスマス、ニッケルからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属」の点で共通している。

ウ 上記(1)イの検討によると、銀、スズ、銅、ビスマス、アルミニウム、及びニッケルのようなハンダ用金属は、非鉛又は「無鉛」であっても、不純物として鉛を含んでおり、また、鉛はその同位体である^(210)Pbや^(210)Poを極微量含んでいてα線を放出するものであるところ、ハンダ用の錫合金である甲1合金発明において、鉛不純物の量が最小にされているのは、放出されるα線を低減するためであることが理解される。つまり、甲1合金発明の「精錬によって材料中の鉛不純物の量が最小にされている、ハンダ用の錫合金」は、本件発明2の「低α線放出量の錫合金」に相当する。

エ そうすると、本件発明2と甲1合金発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「低α線放出量の錫と、銀、銅、ビスマス、ニッケルからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金であって、低α線放出量の錫合金」である点。

<相違点2>
「低α線放出量の金属」である「錫」からの「α線の放出量」が、本件発明2では、本件発明2が引用する本件発明1の特定事項である「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲1合金発明では、甲1合金発明が引用する甲1発明の特定事項である「200℃にて6時間加熱した後のα粒子放出量が0.0009カウント/時/cm^(2)である」点。

<相違点3>
「低α線放出量の錫合金」からの「α線の放出量」が、本件発明2では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲1合金発明では「甲1発明の錫」すなわち「200℃にて6時間加熱した後のα粒子放出量を計測すると0.0009カウント/時/cm^(2)であるハンダ用の錫」を原料として用いているものの、錫以外の金属を添加した後の錫合金が、どの程度の200℃α線放出量であるか不明である点。

オ 相違点2は、相違点1と同じ内容であるから、上記(4)で検討した理由と同じ理由によって、甲1合金発明において、「錫」からの「α線の放出量」を、相違点2に係る特定事項とすることは、当業者が容易になし得ることではない。

カ 相違点3について検討する。
本件明細書の【表6】には、実施例1の金属錫又は比較例1の金属錫と、【表5】に示すα線放出量が0.002cph/cm^(2)以下の銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル、ゲルマニウムの金属原料とを混合し溶融し鋳造した錫合金である、実施例20?27と比較例13?20のα線放出量の測定値が記載されており、実施例1の金属錫を用いた実施例20?27については、200℃α線放出量が0.0006cph/cm^(2)以下となっているが、比較例1の金属錫を用いた比較例13?20については、200℃α線放出量が0.0006cph/cm^(2)をはるかに越える数値となっている(上記第2の2(2)イ参照。)。ここで、実施例1は、本件発明5の製造方法で製造された、本件発明1の特定事項の条件を満たす、放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が十分に低減された低α線放出量の錫であるのに対して、比較例1は、本件発明5の製造方法の条件を満たさない製造方法で製造された、本件発明1の特定事項の条件を満たさない、放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が十分に低減されていない錫である。
このことから、本件発明2の錫合金は、本件発明1の低α線放出量の錫を金属原料として用いると、当該錫合金中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が十分に低減されるので、相違点3に係る本件発明2の特定事項である低α線放出量が実現するものと考えられるところ、甲1やその他の甲号証のいずれにも、本件発明1の低α線放出量の錫やその製造方法は記載されていないため、甲1合金発明の錫合金において、低α線放出量の錫として、本件発明1の低α線放出量の錫を用いることが容易になし得ることであるとはいえず、その結果、甲1合金発明において、相違点3に係る本件発明2の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることではない。

キ したがって、本件発明2は、甲1に記載された発明ではないし、甲1に記載された発明と甲1やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(6)本件発明3と甲1合金発明の対比と判断
本件発明2を引用することで、本件発明2の特定事項を備えた本件発明3についても、上記(5)と同様の理由によって、甲1に記載された発明ではないし、甲1に記載された発明と甲1やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

1-2 甲3を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由2)について
(1)甲3に記載された事項と発明
ア 甲3には、以下の事項が記載されている。
3ア 「[0001]この発明は、半導体の製造等に使用する、α線量を低減させた錫又は錫合金及びその製造方法に関する。
[0002]・・・
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきた。このようなことから、前記はんだ材料及び錫の高純度化の要求があり、またα線の少ない材料が求められている。」

3イ 「発明が解決しようとする課題
[0014]最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきている。特に、半導体装置に近接して使用される、はんだ材料若しくは錫に対する高純度化の要求が強く、またα線の少ない材料が求められているので、本発明は、錫及び錫合金のα線発生の現象を解明すると共に、要求される材料に適応できる錫のα線量を低減させた高純度錫及びその製造方法を得ることを課題とする。」

3ウ 「課題を解決するための手段
[0015]上記の課題を解決するために、以下の発明を提供するものである。 1)溶解・鋳造した後の試料のα線量が0.0005cph/cm^(2)未満であることを特徴とする錫。
2)溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び30ヵ月後の、それぞれのα線量が0.0005cph/cm^(2)未満であることを特徴とする錫。
3)試料の第1回目に測定したα線量が0.0002cph/cm^(2)未満であって、そのα線量と、それから5ヶ月経過した後に測定したα線量との差が0.0003cph/cm^(2)未満であることを特徴とする錫。
4)試料の第1回目に測定したα線量が0.0002cph/cm^(2)未満であって、そのα線量と、それから5ヶ月経過した後に測定したα線量との差が0.0003cph/cm^(2)未満であることを特徴とする1)又は2)記載の錫。
5)Pb含有量が0.1ppm以下であることを特徴とする1)?4)のいずれか一項に記載の錫。
6)U,Thのそれぞれの含有量が5ppb以下であることを特徴とする1)?3)のいずれか一項に記載の錫。
7)前記1)?6)のいずれか一項に記載の錫を40%以上含有する錫合金。
8)純度3Nレベルの原料錫を塩酸又は硫酸で浸出した後、pH1.0以下、Sn濃度200g/L以下の電解液を用いて電解精製することを特徴とする前記1)?6)のいずれか一項に記載の錫の製造方法。
9)Sn濃度を30?180g/Lとして電解することを特徴とする8)記載の錫の製造方法。
10)原料錫中の鉛の同位体^(210)Pbの量が30Bq/kg以下である原料錫を用いることを特徴とする8)又は9)記載の錫の製造方法。」

3エ 「発明を実施するための形態
[0018]α線を発生する放射性元素は数多く存在するが、多くは半減期が非常に長いか非常に短いために実際には問題にならず、実際に問題になるのはU崩壊チェーン(図1参照)における、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbに壊変する時に発生するα線である。
半導体用Pbフリーはんだ材料はSn-Ag-Cu、Sn-Ag、Sn-Cu、Sn-Zn等が開発されており、低αの錫材料が求められているが、錫中の微量の鉛を完全に除去することは非常に困難であり、通常半導体用の錫材料には10ppmレベル以上の鉛が含有されている。」

3オ 「[0027] ・・・
以上については、錫から発生するα線量について述べたが、錫を含有する合金においても、同様にα線量の影響を強く受ける。α線量が少ないか又は殆ど発生しない錫以外の成分によりα線量の影響が緩和されることもあるが、少なくとも合金成分中に、錫が40%以上含有する錫合金の場合については、α線量が少ない本発明の錫を用いることが望ましいと言える。」

3カ 「[0033](実施例1)
純度3Nレベルの原料錫を塩酸(または硫酸)で浸出し、pH1.0、Sn濃度:80g/Lの浸出液を電解液とした。陽極には原料錫を鋳込み板形状のものを、陰極にはチタン製の板を用い、電解温度30℃、電流密度7A/dm^(2)という条件で電解を行った。
陰極に電着する錫の厚さが2mm程度になると一旦電解を停止し、陰極を電解槽から引き上げて陰極から電着錫を剥がして回収した。回収後は陰極を電解槽に戻し、電解を再開し、これを繰り返した。回収した電着錫を洗浄・乾燥し、260℃温度で溶解・鋳造し、錫インゴットとした。
[0034] この錫インゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.06ppm、U含有量<5ppb、Th含有量<5ppbとなった。
また、ここで用いた原料錫(原料A)における、鉛の不安定同位体^(210)Pbの量は14Bq/kgであった。そして、鉛の4つの安定同位体の合計量は1.81ppm、鉛の安定同位体^(206)Pbの存在比は24.86%であった。なお、ここでの鉛の同位体^(206)Pbの存在比とは、鉛の4つの同位体^(208)Pb、^(207)Pb、^(206)Pb、^(204)Pbにおいて、^(206)Pbの占める割合のことをいう。以下の実施例においても、同様とする。
[0035] α線測定装置はOrdela社製のGasFlowProportionalCounterモデル8600A-LBを用いた。使用ガスは90%アルゴン-10%メタン、測定時間はバックグラウンド及び試料とも104時間で、最初の4時間は測定室パージに必要な時間として5時間後から104時間後までのデータをα線量算出に用いた。
[0036] 上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。
[0037] また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、測定試料のα線量の双方の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。上記の通り、この測定したα線量は、α線測定装置から出るα線を除去した実質のα線量である。以下の実施例においても同様である。
なお、この実施例では、pH1.0、Sn濃度:80g/Lの浸出液を電解液とした場合であるが、この電解液条件(Sn濃度)を替え、pH:1.0、Sn濃度:30g/Lの浸出液、又pH:1.0、Sn濃度:180g/Lの浸出液を用いて電解精製しても、ほぼ同様な結果が得られた。」

3キ 「[0063] (実施例5)
(0.5%Cu-3%Ag-残部Snからなる錫合金)
実施例1で作製した錫を準備した。本実施例の錫合金の添加元素は、市販の銀及び銅を電解により高純度化し、6N-Ag及び6N-Cuとした。これらを前記錫に添加し、260℃で溶解・鋳造し、0.5%Cu-3%Ag-残部SnからなるSn-Cu-Ag合金インゴットを製造した。
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.06ppm、U含有量<5ppb、Th含有量<5ppbとなった。
[0064] 上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。
また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)となり、本願発明の条件を満たしていた。

[0065] (実施例6)
(3.5%Ag-残部Snからなる錫合金)
実施例1で作製した錫を準備した。本実施例の錫合金の添加元素である銀は、市販のAgを硝酸により溶解し、これにHClを添加してAgClを析出させ、これをさらに水素還元して5N-Agの高純度Agを得た。これを前記錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、3.5%Ag-残部SnからなるSn-Ag合金インゴットを製造した。
[0066] このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.06ppm、U含有量<5ppb、Th含有量<5ppbとなった。
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。

[0067](実施例7)
(9%Zn-残部Snからなる錫合金)
実施例1で作製した錫を準備した。本実施例の錫合金の添加元素は、市販の亜鉛を電解により高純度化し6N-Znとした。これらを前記錫に添加し、240°Cで溶解・鋳造し、9%Zn-残部SnからなるSn-Zn合金インゴットを製造した。このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。この試料中のPb含有量0.06ppm、U含有量<5ppb、Th含有量<5ppbとなった。
[0068]上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。」

イ 上記3カによれば、実施例1の錫は、純度3Nレベルの原料錫を用いて電解を行い、回収した電着錫を洗浄・乾燥し、260℃で溶解・鋳造して得られた錫インゴットを、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であったものである。

ウ したがって、甲3の実施例1に注目すると、次のはんだ用の錫が記載されているものと認められる(以下「甲3発明」という。)。

「電解を行って回収された電着錫を溶解・鋳造して得られた錫インゴットを厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の錫であって、α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)であるはんだ用の錫。」

エ 上記3キによれば、実施例5の錫合金は、実施例1で作成した錫、すなわち、上記甲3発明の錫に、6N-Ag及び6N-Cuを添加し、260℃で溶解・鋳造して得られた0.5%Cu-3%Ag-残部SnからなるSn-Cu-Ag合金インゴットを、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0003cph/cm^(2)であったものである。
また、実施例6の錫合金は、3.5%Ag-残部SnからなるSn-Ag合金インゴットを圧延したものであり、実施例7の錫合金は、9%Zn-残部SnからなるSn-Zn合金インゴットを圧延したものであり、いずれも実施例5と同様のα線量となっている。
ここで、上記実施例5?7の錫合金は、上記3エに記載された、半導体用Pbフリーはんだ材料である、Sn-Ag-Cu、Sn-Ag、Sn-Znの錫合金の実例であり、錫に添加される金属元素の組み合わせや添加量は様々に設定可能なものである。

オ したがって、甲3の実施例5?7等の錫合金に注目すると、次のはんだ用の錫合金が記載されているものと認められる(以下「甲3合金発明」という。)。

「甲3発明の錫に、Cu、Ag、Znのいずれか1種又は2種を添加し、溶解・鋳造して得られた合金インゴットを厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の錫合金であって、α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金。」

(2)本件発明1と甲3発明の対比
ア 甲3発明の「電解を行って回収された電着錫を溶解・鋳造して得られた錫インゴットを厚さ1.5mmに圧延した」「はんだ用の錫」は、電解によってα線源である放射性不純物が低減されている錫であるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ そうすると、本件発明1と甲3発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点4>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲3発明では「溶解・鋳造から30ヶ月経過後」の「α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)」である点。

(3)相違点4についての判断
ア 電解錫を溶解・鋳造し圧延して形成された甲3発明の錫には、電解に伴う不純物除去によっても除去しきれなかった微量の^(210)Poと^(210)Pbが含まれている。このうち^(210)Poは、甲2の知見によれば、溶解・鋳造直後は厚さ1.5mmに圧延された錫の中で偏析しているが、経時的に拡散することで一定値に収束するまで上昇するα線を放出するものであり、^(210)Pbは、崩壊することにより^(210)Poを新たに生成し、新たに生成した^(210)Poはやはりα線を放出するものである。

イ ここで、甲3発明の錫に含まれる^(210)Poに注目すると、当該^(210)Poは、溶解・鋳造直後には当該錫の中で偏析しており、経時的に錫全体に拡散することによって、α線の放出量が一定値に収束するまで上昇するものであるが、^(210)Poの半減期τが139日であることを考慮すると、溶解・鋳造から30ヶ月(900日と換算すると半減期τの約6.47倍)経過した甲3発明の錫の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Poはほぼ全量が^(206)Pbへと壊変して、消失しているものと認められる(より正確には、t=0における放射性同位体の数をN_(0)、半減期をτとすると、時刻tにおける放射性同位体の数N(t)=N_(0)e^(-0.693t/τ)で表されるから、N(6.47τ)=0.011N_(0)となる。つまり、^(210)Poは、30ヶ月後には当初の約1.1%程度が残存するのみである。)。

ウ また、甲3発明の錫に含まれる^(210)Pbは、甲2とその他いずれの甲号証においても、溶解・鋳造後に偏析するものとはされていないから、錫の中で均一に分布しているものであり、^(210)Pbの半減期τが22.2年(甲2の図1-4参照)であることを踏まえると、溶解・鋳造から30ヶ月(半減期τの約0.11倍)経過した甲3発明の錫の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Pbの約9割(より正確にはN(0.11τ)=0.924N_(0))が残存していると考えられる。

エ そうすると、溶解・鋳造から30ヶ月経過している甲3発明の錫において、加熱によって拡散しα線の放出量を増加させ得る溶解・鋳造直後の^(210)Poは既にほぼ消失しているが、錫内で均一に分布する^(210)Pbが崩壊することにより、錫内で均一に分布するようになった^(210)Poがα線を放出していると考えられる。
そこで、^(210)Poが錫内で均一に分布していると考えられる甲3発明の錫を「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量がどのような値になるかについてさらに検討する。

オ 甲2によれば、はんだ材料である錫を加熱するとα線放出量が増加するという現象は、錫内における^(210)Poの偏析と、加熱による^(210)Poの拡散によって濃度が均一化することに伴って観測されるものと説明されており、仮に、甲2による当該現象の説明が正しいとすると、甲3発明の錫はその内部で既に^(210)Poが錫内で均一に分布しているから、さらなる加熱を行ったとしても、それ以上^(210)Poの分布の変化は生じることがなく、当該加熱によって^(210)Pbの崩壊速度が変化することもないので、α線の放出量も変化しないこととなる。したがって、「大気中で100℃、6時間加熱した後」及び「大気中で200℃、6時間加熱した後」のいずれにおいても、α線放出量は「最大で0.0003cph/cm^(2)」のままであり、甲3発明は、相違点4に係る本件発明1の特定事項を備えていることとなるから、相違点4は実質的な相違点ではないと結論される。

カ しかしながら、特許権者は、令和2年4月17日付けの意見書において、甲2で記載されているものは「本件発明者の実験結果から推定されるポロニウム(^(210)Po)の挙動と相違」しており「鋳造後の経過時間に関係なく、加熱によってポロニウム(^(210)Po)によるα線量が増大します。」(4頁下から6?3行)と主張している。仮に、この主張が正しいなら、既に^(210)Poが錫内で均一に分布している甲3発明の錫であっても、加熱することによりα線量が増加することになるので、甲3発明の錫を「大気中で100℃、6時間加熱した後」及び「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量が、どれだけ増加するか予測することができず不明であるから、相違点4は実質的な相違点となる。
なお、特許権者は、上記主張が正しいことを証明するために、上記意見書に添付して乙1及び乙2を提出している。乙1には、Sn3Ag0.5Cuのハンダ材料を含むペーストをリフローし(工程1)、大気中で200℃6時間熱処理し(工程2)、表面切削する(工程3)という実験において測定された各工程におけるα線放出量の変化と、当該測定結果からハンダ材料の表面にPoが濃縮することによってα線放出量が増加することが判明したと記載されている(下記【テストフロー】、【モデル】参照。)。また、乙2の実験成績証明書では、上記実験の工程3に続いて、大気中で200℃6時間の再加熱(工程4)を行ったときのα線放出量を追加で測定することによって、ポロニウムがサンプル全体に均一化している状態(工程3の後の状態)においても、再度加熱(工程4)するとα線が増加することが観測されることから、加熱によってポロニウムがサンプル表面に濃縮されることによってα線が増加するという上記主張が立証されたと記載している(下記【表】参照。)。
【テストフロー】

【モデル】

【表】

キ ここで、上記カの特許権者の主張について検討するに、加熱によってポロニウムがサンプル表面に濃縮されることによってα線が増加するとのポロニウムの挙動モデルが、乙1及び乙2の実験で用いられたハンダ材料(Sn3Ag0.5Cu)のα線放出量の変化を説明できるとしても、当該ハンダ材料と組成の異なる本件発明1の金属や甲3発明の錫においても同様に適用できるのか不明であるし、本件発明1や甲3発明の錫を熱処理した後に表面を切削し再度加熱した場合のα線放出量が実際に測定されたというわけでもないから、乙1及び乙2で検証されたポロニウムの挙動が、そのまま本件発明1や甲3発明を加熱した場合の挙動を説明し得るものであるかは不明である。なお、本件明細書の段落【0053】の【表2】によると、全ての比較例と、例えば加熱前が「<0.0005」で、加熱後(200℃)が「0.0005」である実施例1では、加熱によってα線放出量が増えているが、例えば実施例8のように、加熱前が「0.0007」で、加熱後(200℃)が「<0.0005」であり、加熱によってα線放出量が減っているケースもあるので、どのような場合でも上記説明が有効であるとはいえない。
その一方で、甲2に記載された、ポロニウムの偏析と加熱による拡散という説明のみによって、甲3発明を加熱した場合のポロニウムの挙動及びα線放出量を正確に予測し得るものであるかも不明である。
換言すれば、鋳造直後の錫インゴットを加熱するとα線放出量が増加する現象が観測されるとの知見が、本願優先日前の技術常識であり、当該現象が甲2の記載のように、インゴット中央部に偏析しているポロニウムの拡散によるものであると説明できるとしても、鋳造から十分時間が経過してポロニウムの偏析がなくなった錫インゴットを加熱した場合にもα線放出量が増加する、との特許権者の説明を否定することができる具体的な理論や実験事実が示されているわけではないので、甲3発明の錫が本件発明1の所定のα線放出量を満たすと判断するに足る合理的な証拠があるとはいえない。
したがって、甲3発明の錫を「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量は、上記オで検討したように加熱前と変わらないのか、上記カで検討したように加熱前よりも増加するのか不明であるから、相違点4は実質的な相違点である。

ク そして、本件明細書の【実施例】の欄の記載によれば、本件発明1が「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」という低いα線放出量を実現しているのは、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減しているためであると解されるが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲3やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲3やその他の甲号証を参照しても、甲3発明において、相違点4に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。

(4)本件発明2と甲3合金発明の対比と判断
ア 上記(2)、(3)の検討によれば、甲3合金発明の「甲3発明の錫」と、本件発明2の「請求項1記載の低α線放出量の錫」とは、「低α線放出量の錫」の点で一致している。

イ 甲3合金発明の「Cu、Ag、Znのいずれか1種又は2種」と、本件発明2の「銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属」は、「銀、銅、亜鉛からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属」の点で共通している。

ウ 甲3合金発明の「α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金」は、本件発明2の「低α線放出量の錫合金」に相当する。

エ そうすると、本件発明2と甲3合金発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。

<一致点>
「低α線放出量の錫と、銀、銅、亜鉛からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金であって、低α線放出量の錫合金」である点。

<相違点5>
「低α線放出量の金属」である「錫」からの「α線の放出量」が、本件発明2では、本件発明2が引用する本件発明1の特定事項である「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲3合金発明では、甲3合金発明が引用する甲3発明の特定事項である「溶解・鋳造から30ヶ月経過後」の「α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)」である点。

<相違点6>
「低α線放出量の錫合金」からの「α線の放出量」が、本件発明2では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲3合金発明では「α線量が最大で0.0003cph/cm^(2)である」点。

オ 相違点5は、相違点4と同じ内容であるから、上記(3)で検討した理由と同じ理由によって、甲3合金発明において、「錫」からの「α線放出量」を、相違点5に係る特定事項とすることは、当業者が容易になし得ることではない。

カ 相違点6について検討する。
上記1-1(5)カの「相違点3についての検討」に記載したように、本件発明2の錫合金は、本件発明1の低α線放出量の錫を用いて、当該錫合金中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が十分に低減されたことによって、相違点6に係る本件発明2の特定事項である低α線放出量が実現しているものと考えられるところ、甲3やその他の甲号証のいずれにも、本件発明1の低α線放出量の錫やその製造方法は記載されていないため、甲3合金発明の錫合金において、低α線放出量の錫として、本件発明1の低α線放出量の錫を用いることが容易になし得ることであるとはいえず、その結果、甲3合金発明において、相違点6に係る本件発明2の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることではない。

キ したがって、本件発明2は、甲3に記載された発明ではないし、甲3に記載された発明と甲3やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものもない。

(5)本件発明3と甲3合金発明の対比と判断
本件発明2を引用することで、本件発明2の特定事項を備えた本件発明3についても、上記(4)と同様の理由によって、甲3に記載された発明ではないし、甲3に記載された発明と甲3やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

1-3 甲4を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由3)について
(1)甲4に記載された事項と発明
ア 甲4には、以下の事項が記載されている。
4ア 「技術分野
[0001] この発明は、半導体の製造等に使用する、α線量を低減させた銅又は銅合金及び銅又は銅合金を原料とするボンディングワイヤに関する。
背景技術
[0002] 一般に、銅は、半導体の製造に使用される材料で、特に銅又は銅合金配線、銅又は銅合金ボンディングワイヤ、はんだ材料の主たる原料である。半導体装置を製造する際に、銅又は銅合金配線、銅又は銅合金ボンディングワイヤ、はんだ(Cu-Ag-Sn)は、ICやLSI等のSiチップをリードフレームやセラミックスパッケージにボンディングし又は封止する時、TAB(テープ・オートメイテッド・ボンディング)やフリップチップ製造時のバンプ形成、半導体用配線材等に使用されている。
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきた。このようなことから、銅又は銅合金の高純度化の要求があり、またα線の少ない材料が求められている。」

4イ 「[0012] Snの精製の際に、Poは非常に昇華性が高く、製造工程、例えば溶解・鋳造工程で加熱されるとPoが昇華する。製造の初期の段階でポロニウムの同位体^(210)Poが除去されていれば、当然ながらポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変も起こらず、α線も発生しないと考えられる。
製造工程でのα線の発生は、この^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変時と考えられたからである。しかし、実際には、製造時にPoが殆ど消失したと考えられていたのに、引き続きα線の発生が見られた。したがって、単に製造初期の段階で、高純度錫のα線カウント数を低減させるだけでは、根本的な問題の解決とは言えなかった。」

4ウ 「発明が解決しようとする課題
[0018] 最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきている。特に、半導体装置に近接して使用される、銅又は銅合金配線、銅又は銅合金ボンディングワイヤ、はんだ材料などの銅又は銅合金に対する高純度化の要求が強く、またα線の少ない材料が求められているので、本発明は、銅又は銅合金のα線発生の現象を解明すると共に、要求される材料に適応できるα線量を低減させた銅又は銅合金、及び銅又は銅合金を原料とするボンディングワイヤを得ることを課題とする。」

4エ 「課題を解決するための手段
[0019] 上記の課題を解決するために、以下の発明を提供するものである。
1)溶解・鋳造した後の試料のα線量が0.001cph/cm^(2)以下であることを特徴とする銅又は銅合金。
2)溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び30ヵ月後の、それぞれのα線量が0.001cph/cm^(2)以下であることを特徴とする銅又は銅合金。
3)純度が4N(99.99%)以上であることを特徴とする上記1)又は2)記載の銅又は銅合金。
この銅合金の場合、ベース(基)となるCuと添加元素を含めた純度である。
4)Pb含有量が0.1ppm以下であることを特徴とする上記1)?3)のいずれか一項に記載の銅又は銅合金。
5)上記1?4のいずれか一項に記載の銅又は銅合金を原料とするボンディングワイヤ。」

4オ 「 [0024] 前述の通り、Poは非常に昇華性が高く、製造工程、例えば溶解・鋳造工程で加熱されるとPoが昇華する。製造工程でポロニウムの同位体^(210)Poが除去されていれば、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変も起こらず、α線も発生しないと考えられる(図1の「U崩壊チェーン」参照)。
しかし、ポロニウムの同位体^(210)Poが殆どない状態において、^(210)Pb→ ^(210)Bi→ ^(210)Po→ ^(206)Pbの崩壊が起こる。そして、この崩壊チェーンが平衡状態になるには約27ヶ月(2年強)を要することが分かった(図2参照)。
[0025] すなわち、銅材料中に鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されていると、時間の経過とともに^(210)Pb→ ^(210)Bi(半減期5日)→ ^(210)Po(半減期138日)の壊変(図1)が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生するのである。
従って、製品製造直後はα線量が低くても問題は解決せず、時間の経過とともに徐々にα線量が高くなり、ソフトエラーが起こる危険性が高まるという問題が生ずるのである。前記約27ヶ月(2年強)は、決して短い期間ではない。
[0026] 製品製造直後は、α線量が低くても時間の経過とともに徐々にα線量が高くなるという問題は、材料中に図1に示すU崩壊チェーンの鉛の同位体^(210)Pbが含有されているからであり、鉛の同位体^(210)Pbの含有量を極力少なくしなければ、上記の問題を解決することはできないと言える。」

4カ 「[0035](実施例1) 銅精錬工程における転炉で精製された後の粗銅(純度約99%)を原料アノードとし、硫酸銅溶液で電解精製を行った。粗銅中に含有されている鉛は硫酸鉛として析出するので、析出物が電析に巻き込まれるのを防止するために陰イオン交換膜を用いた隔膜電解とした。
陽極で粗銅を電気溶解し、所定の銅濃度になった液をポンプで抜き取り、ろ過後、析出物のない液を陰極に送り、電析を得た。これにより、鉛濃度の低い純度4Nの銅電析物を得た。Pb, U, Thの含有量はそれぞれ<0.01wtppm, <5wtppb, <5wtppbだった。
[0036] 回収した電析銅を洗浄・乾燥し、1200°Cの温度で溶解・鋳造し、溶解・鋳造直後からα線量の経時変化を調べた。α線測定用試料は溶解・鋳造した板を圧延して約1.5mmの厚さにし、310mm×310mmのプレートに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
[0037]α線測定装置はOrdela社製のGasFlowProportionalCounterモデル8600A-LBを用いた。使用ガスは90%アルゴン-10%メタン、測定時間はバックグラウンド及び試料とも104時間で、最初の4時間は測定室パージに必要な時間として5時間後から104時間後までである。つまり、α線量算出に用いたのは、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後の、それぞれにおける5時間後から104時間後までのデータである。
[0038] 上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→ ^(210)Bi→ ^(210)Po→ ^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。」

4キ 「図1


4ク 「図2


イ 上記4オによれば、銅材料中には、鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されており、時間の経過とともに^(210)Pb→ ^(210)Bi(半減期5日)→ ^(210)Po(半減期138日)の壊変(図1)が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生し、当該α線によりソフトエラーが発生するという事情を鑑みて、上記4ウによれば、甲4の発明が解決しようとする課題は、α線量を低減させた銅や銅合金を提供することである。

ウ 上記4カによれば、実施例1の銅は、電解を行い、回収した電析銅を洗浄・乾燥し、1200℃で溶解・鋳造し、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.001cph/cm^(2)であった。
なお、実施例1の銅は、上記4オの段落【0024】、【0025】及び図2によれば、溶解・鋳造工程直後は、^(210)Poが加熱によって昇華されほとんど存在しない状態であり、その後^(210)Pbが^(210)Poに崩壊し、当該^(210)Poが^(206)Pbへ壊変することによってα線が発生するものであり、約27ヶ月後に平衡状態となって、α線量が最大となるものである。

エ したがって、甲4の実施例1に注目すると、次のはんだ用の銅が記載されているものと認められる(以下「甲4発明」という。)。

「電解を行って回収された電析銅を溶解・鋳造し、厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の銅であって、α線量が最大で0.001cph/cm^(2)であるはんだ用の銅。」

(2)本件発明1と甲4発明の対比
ア 甲4発明の「電解を行って回収された電析銅を溶解・鋳造し、厚さ1.5mmに圧延した」「はんだ用の銅」は、電解によってα線源である放射性不純物が低減されている銅であるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「銅」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ そうすると、本件発明1と甲4発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「銅」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点7>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲4発明では「溶解・鋳造から30ヶ月経過後」の「α線量が最大で0.001cph/cm^(2)」である点。

(3)相違点7についての判断
ア 電解銅を溶解・鋳造し圧延して形成された甲4発明の銅は、電解によって不純物が低減しているものではるが、除去しきれなかった微量の^(210)Poと^(210)Pbが含まれている。

イ 甲4発明の銅に含まれる上記^(210)Poは、甲2の知見によれば、溶解・鋳造直後は厚さ1.5mmに圧延された錫の中で偏析していると考えられ、経時的に錫全体に拡散することによって、α線の放出量が一定値に収束するまで上昇するものである。そして、^(210)Poの半減期τが139日であることを考慮すると、溶解・鋳造から30ヶ月(900日と換算すると半減期τの約6.477倍)経過した甲4発明の銅の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Poはほぼ全量が^(206)Pbへと壊変して、消失しているものと考えられる(より正確には、N(6.47τ)=0.011N_(0)より、^(210)Poは、30ヶ月後には当初の約1.1%程度が残存するのみである。)。

ウ また、甲4発明の銅に含まれる上記^(210)Pbは、銅の中で偏析せず均一に分布しているものと考えられ、^(210)Pbの半減期τが22.2年(甲2の図1-4参照)であることを踏まえると、溶解・鋳造から30ヶ月(半減期τの約0.11倍)経過した甲4発明の銅の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Pbの約9割(より正確にはN(0.11τ)=0.924N_(0))が残存していると考えられる。

エ そうすると、溶解・鋳造から30ヶ月経過している甲4発明の銅において、加熱によって拡散しα線の放出量を増加させ得る精錬直後の^(210)Poは既にほぼ消失しているが、錫内で均一に分布する^(210)Pbが崩壊することにより、錫内で均一に分布するようになった^(210)Poが存在し、α線を放出していると考えられる。

オ そこで、甲4発明の銅を「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量について検討すると、上記1-2(3)オ?キにおいて、甲3発明の相違点4について検討したと同様の理由によって、甲2で示された知見を採用すれば、加熱前と変わらない「最大で0.001cph/cm^(2)」となるか、乙1及び乙2で示されたポロニウムの挙動モデルを採用すれば、加熱前の「最大で0.001cph/cm^(2)」よりも増大するか、のいずれかとなる。
そして、上記二つの考え方のいずれが適切であるとしても、上記相違点7に係る本件発明1の特定事項で規定されるα線の放出量よりも大きくなるし、その他に、甲4発明の銅の所定の加熱後のα線放出量が0.0005cph/cm^(2)以下又は0.0006cph/cm^(2)以下となることを合理的に示す証拠も見当たらないので、相違点7は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は相違点7で甲4発明と相違するから、本件発明1は甲4に記載された発明ではない。

カ そして、本件明細書の【実施例】の欄の記載によれば、本件発明1が「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」という低いα線放出量を実現しているのは、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減しているためであると解されるが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲4やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲4やその他の甲号証を参照しても、甲4発明において、相違点7に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。

1-4 甲5を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由4)について
(1)甲5に記載された事項と発明
ア 甲5には、以下の事項が記載されている。
5ア 「【技術分野】
【0001】
この発明は、半導体の製造等に使用する、α線量を低減させたインジウム又はインジウムを含有する合金に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、インジウムは、半導体の製造に使用される材料で、特にはんだ材料の主たる原料である。半導体を製造する際に、はんだは半導体チップと基板との接合、ICやLSI等のSiチップをリードフレームやセラミックスパッケージにボンディングし又は封止する時、TAB(テープ・オートメイテッド・ボンディング)やフリップチップ製造時のバンプ形成、半導体用配線材等に使用されている。
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきた。このようなことから、前記はんだ材料及びインジウムの高純度化の要求があり、またα線の少ない材料が求められている。」

5イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0015】
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきている。特に、半導体装置に近接して使用される、はんだ材料若しくはインジウムに対する高純度化の要求が強く、またα線の少ない材料が求められているので、本発明は、インジウム及びインジウムを含有する合金のα線発生の現象を解明すると共に、要求される材料に適応できるインジウムのα線量を低減させた高純度インジウム及びその製造方法を得ることを課題とする。」

5ウ 「【発明を実施するための形態】
【0019】
α線を発生する放射性元素は数多く存在するが、多くは半減期が非常に長いか非常に短いために実際には問題にならず、実際に問題になるのはU崩壊チェーン(図1参照)における、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbに壊変する時に発生するα線である。
半導体用Pbフリーはんだ材料はSn-In-Cu、Sn-In、Sn-Ag-In、Sn-Ag-Cu-In、Sn-Ag-In-Bi等が開発されており、低αのインジウム材料が求められているが、インジウム中の微量の鉛を完全に除去することは非常に困難であり、通常半導体用のインジウム材料には10ppmレベル以上の鉛が含有されている。
【0020】
上記の通り、Poは非常に昇華性が高く、製造工程、例えば溶解・鋳造工程で加熱されるとPoが昇華する。製造工程でポロニウムの同位体^(210)Poが除去されていれば、ポロニウムの同位体^( 210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変も起こらず、α線も発生しないと考えられる(図1の「U崩壊チェーン」参照)。
しかし、ポロニウムの同位体^(210)Poが殆どない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊が起こる。そして、この崩壊チェーンが平衡状態になるには約27ヶ月(2年強)を要することが分かった(図2参照)。
【0021】
すなわち、材料中に鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されていると、時間の経過とともに^(210)Pb→^(210)Bi(半減期5日)→^(210)Po(半減期138日)の壊変(図1)が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生するのである。
従って、製品製造直後はα線量が低くても問題は解決せず、時間の経過とともに徐々にα線量が高くなり、ソフトエラーが起こる危険性が高まるという問題が生ずるのである。前記約27ヶ月(2年強)は、決して短い期間ではない。」

5エ「【0030】
本願発明では、純度4Nレベルの原料インジウムを加熱し、インジウムより蒸気圧の高いリン、硫黄、塩素、カリウム、カルシウム、亜鉛、ヒ素、カドミウム、鉛等の不純物を気化させて除去し、一旦室温まで冷却する。
次に、ここで得られたインジウムを含む残留物を加熱し融解した後、インジウムを蒸発させる一方で、インジウムより蒸気圧の低いアルミニウム、珪素、鉄、ニッケル、銅、ガリウム等の不純物を残留させ、高純度インジウムを得る。
【0031】
これにより、鉛を0.1ppm以下、0.01ppm以下、さらには0.001ppm以下にまで除去することが可能となった。
鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。鉛を低減させたことが、必ずしもα線量を低減させたことにはならない。重要なのは鉛中の同位体^(210)Pbの低減化であり、α線量を測定することによってこれを確認できる。特に、一定時間経過後のα線量を測定することが好ましい。
このようにして得た本願発明の高純度インジウムは、半導体装置のα線の影響によるソフトエラーの発生を著しく減少できるという優れた効果を有する。」

5オ 「【0035】
(実施例1)
純度4Nレベルの原料インジウムを1000°C以上に加熱し、一旦室温まで冷却した。次に、インジウムを含む残留物を1200°Cに加熱し、残留物を融解・蒸発させて、凝縮することで、高純度インジウムを鋳型に回収し、インジウムインゴットとした。
このインジウムインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0036】
α線測定装置はOrdela社製のGasFlowProportionalCounterモデル8600A-LBを用いた。使用ガスは90%アルゴン-10%メタン、測定時間はバックグラウンド及び試料とも104時間で、最初の4時間は測定室パージに必要な時間として5時間後から104時間後までのデータをα線量算出に用いた。
【0037】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体206Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。
また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、測定試料のα線量の双方の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。上記の通り、この測定したα線量は、α線測定装置から出るα線を除去した実質のα線量である。以下の実施例においても同様である。」

5カ 「【0042】
(実施例3)
(0.5%Cu-3%In-残部Snからなる合金)
実施例1で作製したインジウムを準備した。また、市販の錫及び銅を電解により高純度化し、5N-Sn及び6N-Cuとした。添加元素であるインジウム及び銅を錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、0.5%Cu-3%In-残部SnからなるSn-Cu-In合金インゴットを製造した。
【0043】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm2である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0044】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体206Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体210Poがない状態において、210Pb→210Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)となり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体210Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。
【0045】
(実施例4)
(3.5%In-残部Snからなる合金)
実施例1で作製したインジウムを準備した。また、市販のSnを電解により高純度化し、5N-Snとした。添加元素であるインジウムを錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、3.5%In-残部SnからなるSn-In合金インゴットを製造した。
【0046】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0047】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。
また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体210Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。
【0048】
(実施例5)
(3.5%Ag-0.5%Cu-7%In-残部Snからなる合金)
実施例1で作製したインジウムを準備した。また、市販の錫及び銅及び銀を電解により高純度化し、5N-Sn及び6N-Cu及び6N-Agとした。添加元素であるインジウムと銀と銅を錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、3.5%Ag-0.5%Cu-7%In-残部SnからなるSn-Ag-Cu-In合金インゴットを製造した。
【0049】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0050】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。
また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。
【0051】
(実施例6)
(3.5%Ag-4%In-0.5%Bi-残部Snからなる合金)
実施例1で作製したインジウムを準備した。また、市販の錫及び銀及びビスマスを電解により高純度化し、5N-Sn及び6N-Ag及び5N-Biとした。添加元素であるインジウムと銀とビスマスを錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、3.5%Ag-4%In-0.5%Bi-残部SnからなるSn-Ag-In-Bi合金インゴットを製造した。
【0052】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0053】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。」

イ 上記5ウによれば、はんだ材料の原料であるインジウムには、鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されており、時間の経過とともに^(210)Pb→ ^(210)Bi(半減期5日)→ ^(210)Po(半減期138日)の壊変が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生し、当該α線によりソフトエラーが発生するという問題があり、甲5の発明が解決しようとする課題は、上記5イによれば、α線量を低減させた高純度インジウム及びその製造方法を得ることを課題とするものである。

ウ 上記5エ、5オによれば、実施例1のインジウムは、原料インジウムを1000°C以上に加熱し一旦室温まで冷却した後、1200℃に加熱して溶融・蒸発させ、凝縮することで得られた高純度インジウムを鋳型に回収してインジウムインゴットとし、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であったものである。

エ したがって、甲5の実施例1に注目すると、次のはんだ用のインジウムが記載されているものと認められる(以下「甲5発明」という。)。

「原料インジウムを1000°C以上に加熱し一旦室温まで冷却した後、1200℃に加熱して溶融・蒸発させ、凝縮することで得られた高純度インジウムを鋳型に回収して得られたインジウムインゴットを、厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後のインジウムであって、α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用のインジウム。」

オ 上記5カによれば、実施例3の錫合金は、実施例1で作成したインジウム、すなわち、甲5発明のインジウムを準備し、添加元素である当該インジウム及び銅を錫に添加し、260℃温度で溶解・鋳造して得られた0.5%Cu-3%In-残部SnからなるSn-Cu-In合金インゴットを、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であったものである。
また、実施例4の錫合金は、同様に製造した、3.5%In-残部SnからなるSn-In合金インゴットを圧延したものであり、実施例5の錫合金は、3.5%Ag-0.5%Cu-7%In-残部SnからなるSn-Ag-Cu-In合金インゴットを圧延したものであり、実施例6の錫合金は、3.5%Ag-4%In-0.5%Bi-残部SnからなるSn-Ag-In-Bi合金インゴットを圧延したものであり、いずれも、実施例3と同様のα線量となっている。

カ したがって、甲5の実施例3?6に注目すると、次のはんだ用の錫合金が記載されているものと認められる(以下「甲5合金発明」という。)。

「錫に、甲5発明のインジウム、Cu、Ag、Zn、Biのうち、前記インジウムを含む1種以上を添加し、溶解・鋳造して得られた合金インゴットを厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の錫合金であって、α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金。」

(2)本件発明1と甲5発明の対比
ア 甲5発明の「原料インジウムを1000°C以上に加熱し一旦室温まで冷却した後、1200℃に加熱して溶融・蒸発させ、凝縮することで得られた高純度インジウムを鋳型に回収して得られたインジウムインゴットを、厚さ1.5mmに圧延した」「はんだ用のインジウム」は、加熱、冷却、溶融・蒸発、凝縮という一連の工程によってα線源である放射性不純物が低減されているインジウムであるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「インジウム」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ そうすると、本件発明1と甲5発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「インジウム」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点8>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲5発明では「溶解・鋳造から30ヵ月経過後」の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」である点。

(3)相違点8についての判断
ア 鋳型に回収して得られたインジウムインゴットを圧延して形成された甲5発明のインジウムは、加熱、冷却、溶融・蒸発、凝縮という一連の工程によってα線源である放射性不純物が低減されているものではあるが、除去しれなかった微量の^(210)Poと^(210)Pbが含まれている。

イ 甲5発明のインジウムに含まれる上記^(210)Poは、甲2の知見によれば、溶解・鋳造直後は厚さ1.5mmに圧延されたインジウムの中で偏析していると考えられ、経時的にインジウム全体に拡散することによって、α線の放出量が一定値に収束するまで上昇するものである。そして、^(210)Poの半減期τが139日であることを考慮すると、溶解・鋳造から30ヶ月(900日と換算すると半減期τの約6.47倍)経過した甲5発明のインジウムの中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Poはほぼ全量が^(206)Pbへと壊変して、消失しているものと考えられる(より正確には、N(6.47τ)=0.011N_(0)より、^(210)Poは、30ヶ月後には当初の約1.1%程度が残存するのみである。)。

ウ また、甲5発明のインジウムに含まれる上記^(210)Pbは、インジウムの中で偏析せず均一に分布しているものと考えられ、^(210)Pbの半減期τが22.2年(甲2の図1-4参照)であることを踏まえると、溶解・鋳造から30ヶ月(半減期τの約0.11倍)経過した甲5発明のインジウムの中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Pbの約9割(より正確にはN(0.11τ)=0.924N_(0))が残存していると考えられる。

エ そうすると、溶解・鋳造から30ヶ月経過している甲5発明のインジウムにおいて、加熱によって拡散しα線の放出量を増加させ得る精錬直後の^(210)Poは既にほぼ消失しているが、インジウム内で均一に分布する^(210)Pbが崩壊することにより、錫内で均一に分布するようになった^(210)Poが存在し、α線を放出していると考えられる。

オ そこで、甲5発明のインジウムを「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量について検討すると、上記1-2(3)オ?キにおいて、甲3発明の相違点4について検討したと同様の理由によって、甲2で示された知見を採用すれば、加熱前と変わらない「最大で0.0002cph/cm^(2)」となり、本件発明1のα線放出量の条件を満たすことになるが、乙1及び乙2で示されたポロニウムの挙動モデルを採用すれば、加熱前の「最大で0.0002cph/cm^(2)」よりも増大することとなり、このときα線放出量を特定することができないので、本件発明1のα線放出量の条件を満たすとはいえなくなる。そして、上記二つの考え方のうちどちらがより適切に甲5発明を説明するものであるか不明であるので、相違点8は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は相違点8で甲5発明と相違するから、本件発明1は甲5に記載された発明ではない。

カ そして、本件明細書の【実施例】の欄の記載によれば、本件発明1が「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」という低いα線放出量を実現しているのは、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減しているためであると解されるが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲5やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲5やその他の甲号証を参照しても、甲5発明において、相違点8に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。
よって、本件発明1は、甲5に記載された発明とその他甲号証の記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件発明2と甲5合金発明の対比
ア 甲5合金発明の錫合金自体が「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」という低α線放出量の錫合金であるから、当該錫合金に原料として用いられている錫自体も低α線放出量のものであることは明らかである。したがって、甲5合金発明の「錫」は、本件発明2の「低α線放出量の錫」に相当する。

イ 甲5合金発明の「甲5発明のインジウム、Cu、Ag、Zn、Biのうち、前記インジウムを含む1種以上を添加し、溶解・鋳造して得られた合金インゴットを厚さ1.5mmに圧延」して得られた「はんだ用の錫合金」は、本件発明2の「銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金」と、「銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマスからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金」の点で共通する。

ウ 甲5合金発明の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金」は、本件発明2の「低α線放出量の錫合金」に相当する。

エ そうすると、本件発明2と甲5合金発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「低α線放出量の錫と、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマスからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金である、低α線放出量の錫合金」の点。

<相違点9>
「低α線放出量の錫」が、本件発明2では「請求項1記載の」ものであるのに対して、甲5合金発明はそのような特定がされていない点。

<相違点10>
「低α線放出量の錫合金」からの「α線の放出量」が、本件発明2では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲5合金発明では「溶解・鋳造から30ヵ月経過後」の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」である点。

オ 相違点9については、「請求項1記載の低α線放出量の錫」が、甲1、甲3、甲7のいずれにも記載されておらず、また甲1、甲3、甲7に記載された発明とその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないことは、上記1-1、1-2と下記1-6で検討したとおりである。

カ したがって、甲5合金発明において、「錫」として「請求項1記載の低α線放出量の錫」を採用することが容易になし得ることであるとはいえないから、相違点10について検討するまでもなく、本件発明2は、甲5に記載の発明とその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(5)本件発明3と甲5合金発明の対比と判断
本件発明2を引用することで、本件発明2の特定事項を備えた本件発明3についても、上記(4)と同様の理由によって、甲5に記載された発明ではないし、甲5に記載された発明と甲5やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

1-5 甲6を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由5)について
(1)甲6に記載された事項と発明
ア 甲6には、以下の事項が記載されている。
6ア 「【技術分野】
【0001】
この発明は、半導体の製造等に使用する、α線量を低減させた銀又は銀を含有する合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、銀は、半導体の製造に使用される材料で、特にはんだ材料の主たる原料である。半導体を製造する際に、はんだは半導体チップと基板との接合、ICやLSI等のSiチップをリードフレームやセラミックスパッケージにボンディングし又は封止する時、TAB(テープ・オートメイテッド・ボンディング)やフリップチップ製造時のバンプ形成、半導体用配線材等に使用されている。
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきた。このようなことから、前記はんだ材料及び銀の高純度化の要求があり、またα線の少ない材料が求められている。」

6イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
最近の半導体装置は、高密度化及び動作電圧やセルの容量が低下しているので、半導体チップ近傍の材料からのα線の影響により、ソフトエラーが発生する危険が多くなってきている。特に、半導体装置に近接して使用される、はんだ材料若しくは銀に対する高純度化の要求が強く、またα線の少ない材料が求められているので、本発明は、銀及び銀を含有する合金のα線発生の現象を解明すると共に、要求される材料に適応できる銀のα線量を低減させた高純度銀及びその製造方法を得ることを課題とする。」

6ウ 「【発明を実施するための形態】
【0016】
α線を発生する放射性元素は数多く存在するが、多くは半減期が非常に長いか非常に短いために実際には問題にならず、実際に問題になるのはU崩壊チェーン(図1参照)における、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbに壊変する時に発生するα線である。
半導体用Pbフリーはんだ材料はSn-Ag-Cu、Sn-Ag等が開発されており、低αの銀材料が求められているが、銀中の微量の鉛を完全に除去することは非常に困難であり、通常半導体用の銀材料には10ppmレベル以上の鉛が含有されている。
【0017】
上記の通り、Poは非常に昇華性が高く、製造工程、例えば溶解・鋳造工程で加熱されるとPoが昇華する。製造工程でポロニウムの同位体^(210)Poが除去されていれば、ポロニウムの同位体^( 210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変も起こらず、α線も発生しないと考えられる(図1の「U崩壊チェーン」参照)。
しかし、ポロニウムの同位体^(210)Poが殆どない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊が起こる。そして、この崩壊チェーンが平衡状態になるには約27ヶ月(2年強)を要することが分かった(図2参照)。
【0018】
すなわち、材料中に鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されていると、時間の経過とともに^(210)Pb→^(210)Bi(半減期5日)→^(210)Po(半減期138日)の壊変(図1)が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生するのである。
従って、製品製造直後はα線量が低くても問題は解決せず、時間の経過とともに徐々にα線量が高くなり、ソフトエラーが起こる危険性が高まるという問題が生ずるのである。前記約27ヶ月(2年強)は、決して短い期間ではない。」

6エ 「【0028】
本願発明では、原料を硝酸又は硫酸で溶解し、次に硝酸又は硫酸を含有する硝酸銀又は硫酸銀溶液を電解液として電解し、陰極板に銀を析出させる。電解液のpH濃度(強酸性のpH領域)や電解液中の銀濃度を制御することで、鉛を0.1ppm以下、0.01ppm以下、さらには0.001ppm以下にまで除去することが可能となった。
鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。鉛を低減させたことが、必ずしもα線量を低減させたことにはならない。重要なのは鉛中の同位体^(210)Pbの低減化であり、α線量を測定することによってこれを確認できる。特に、一定時間経過後のα線量を測定することが好ましい。
このようにして得た本願発明の高純度銀は、半導体装置のα線の影響によるソフトエラーの発生を著しく減少できるという優れた効果を有する。」

6オ 「【0031】
(実施例1)
純度3Nレベルの原料銀を硝酸で浸出し、Ag濃度:60g/Lの浸出液を電解液とした。
陽極には原料銀を鋳込み板形状のものを、陰極にはチタン製の板を用い、電解温度30°C、電流密度5A/dm^(2)という条件で電解を行った。
陰極に電着する銀の厚さが2mm程度になると一旦電解を停止し、陰極を電解槽から引き上げて陰極から電着銀を剥がして回収した。回収後は陰極を電解槽に戻し、電解を再開し、これを繰り返した。回収した電着銀を洗浄・乾燥し、1000°Cで溶解・鋳造し、銀インゴットとした。
【0032】
この銀インゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0033】
α線測定装置はOrdela社製のGasFlowProportionalCounterモデル8600A-LBを用いた。使用ガスは90%アルゴン-10%メタン、測定時間はバックグラウンド及び試料とも104時間で、最初の4時間は測定室パージに必要な時間として5時間後から104時間後までのデータをα線量算出に用いた。
【0034】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体206Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体210Poがない状態において、^(210)Pb→210Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。
【0035】
また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、測定試料のα線量の双方の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。上記の通り、この測定したα線量は、α線測定装置から出るα線を除去した実質のα線量である。以下の実施例においても同様である。」

6カ 「【0040】
(実施例3)
(0.5%Cu-3%Ag-残部Snからなる合金)
実施例1で作製した銀を準備した。また、市販の錫及び銅を電解により高純度化し、5N-Sn及び6N-Cuとした。添加元素である銀と銅を錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、0.5%Cu-3%Ag-残部SnからなるSn-Cu-Ag合金インゴットを製造した。
【0041】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0042】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)となり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。
【0043】
(実施例4)
(3.5%Ag-残部Snからなる合金)
実施例1で作製した銀を準備した。また、市販のSnを電解により高純度化し、5N-Snとした。添加元素である銀を錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造し、3.5%Ag-残部SnからなるSn-Ag合金インゴットを製造した。
【0044】
このインゴットを圧延し、約1.5mmの厚さとし、310mm×310mmに切り出した。この表面積は961cm^(2)である。これをα線測定試料とした。
この試料中のPb含有量0.05ppm、U含有量<1ppb、Th含有量<1ppbとなった。
【0045】
上記試料について、溶解・鋳造から1週間後、3週間後、1ヵ月後、2ヵ月後、6ヵ月後及び鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線を発生させるポロニウムの同位体^(210)Poがない状態において、^(210)Pb→^(210)Bi→^(210)Po→^(206)Pbの崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。また、同一試料について、1ヶ月後と6ヶ月後の5ヶ月間の、経時変化を見た場合、α線量の差は0.0001cph/cm^(2)であり、本願発明の条件を満たしていた。このように、鉛中の同位体^(210)Pbの低減化は、α線量を測定することにより、確認することができる。」

イ 上記6ウによれば、はんだ材料の原料である銀には、鉛の同位体^(210)Pb(半減期22年)が含有されており、時間の経過とともに^(210)Pb→ ^(210)Bi(半減期5日)→ ^(210)Po(半減期138日)の壊変が進み、崩壊チェーンが再構築されて^(210)Poが生じるために、ポロニウムの同位体^(210)Poから鉛の同位体^(206)Pbへの壊変によるα線が発生し、当該α線によりソフトエラーが発生するという問題があり、甲6の発明が解決しようとする課題は、上記6イによれば、α線量を低減させた高純度銀及びその製造方法を得ることを課題とするものである。

ウ 上記6エ、6オによれば、実施例1の銀は、純度3Nレベルの原料銀を硝酸で浸出した電解液用いて電解を行い、陰極から回収した電着銀を洗浄・乾燥し、1000℃で溶解・鋳造して得られた銀インゴットを、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であったものである。

エ したがって、甲6の実施例1に注目すると、次のはんだ用の銀が記載されているものと認められる(以下「甲6発明」という。)。

「純度3Nレベルの原料銀を硝酸で浸出した電解液用いて電解を行い、回収された電着錫を溶解・鋳造して得られた銀インゴットを厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の銀であって、α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用の銀。」

オ 上記6カによれば、実施例3の錫合金は、実施例1で作成した銀、すなわち、甲6発明の銀を準備し、添加元素である銀と銅を錫に添加し、260°Cで溶解・鋳造して得られた、0.5%Cu-3%Ag-残部SnからなるSn-Cu-Ag合金インゴットを、さらに圧延することで1.5mmの厚さとしたものであり、溶解・鋳造から崩壊チェーンが平衡状態になる27ヶ月を過ぎた30ヵ月後にα線量を測定した結果、α線量は最大でも0.0002cph/cm^(2)であったものである。
また、実施例4の錫合金は、3.5%Ag-残部SnからなるSn-Ag合金インゴットを圧延したものであり、実施例3と同様のα線量となっている。

カ したがって、甲6の実施例3?4に注目すると、次のはんだ用の錫合金が記載されているものと認められる(以下「甲6合金発明」という。)。

「錫に、甲6発明の銀、Cuのうち、前記銀を含む1種以上を添加し、溶解・鋳造して得られた合金インゴットを厚さ1.5mmに圧延した、溶解・鋳造から30ヵ月経過後の錫合金であって、α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金。」

(2)本件発明1と甲6発明の対比
ア 甲6発明の「純度3Nレベルの原料銀を用いて電解を行い、回収された電着錫を溶解・鋳造して得られた銀インゴットを厚さ1.5mmに圧延した」「はんだ用の銀」は、電解によってα線源である放射性不純物が低減されている銀であるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「銀」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ そうすると、本件発明1と甲6発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「銀」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点11>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲6発明では「溶解・鋳造から30ヵ月経過後」の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」である点。

(3)相違点11についての判断
ア 原料銀を硝酸で浸出した電解液用いて電解を行い、回収された電着錫を溶解・鋳造して得られた銀インゴットを圧延して形成された甲6発明の銀は、上記電解によってα線源である放射性不純物が低減されているものではあるが、除去しれなかった微量の^(210)Poと^(210)Pbが含まれている。

イ 甲6発明の銀に含まれる上記^(210)Poは、甲2の知見によれば、溶解・鋳造直後は厚さ1.5mmに圧延された銀の中で偏析していると考えられ、経時的に銀全体に拡散することによって、α線の放出量が一定値に収束するまで上昇するものである。そして、^(210)Poの半減期τが139日であることを考慮すると、溶解・鋳造から30ヶ月(900日と換算すると半減期τの約6.47倍)経過した甲6発明の銀の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Poはほぼ全量が^(206)Pbへと壊変して、消失しているものと考えられる(より正確には、N(6.47τ)=0.011N_(0)より、^(210)Poは、30ヶ月後には当初の約1.1%程度が残存するのみである。)。

ウ また、甲6発明の銀に含まれる上記^(210)Pbは、銀の中で偏析せず均一に分布しているものと考えられ、^(210)Pbの半減期τが22.2年(甲2の図1-4参照)であることを踏まえると、溶解・鋳造から30ヶ月(半減期τの約0.11倍)経過した甲6発明の銀の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Pbの約9割(より正確にはN(0.11τ)=0.924N_(0))が残存していると考えられる。

エ そうすると、溶解・鋳造から30ヶ月経過している甲6発明の銀において、加熱によって拡散しα線の放出量を増加させ得る精錬直後の^(210)Poは既にほぼ消失しているが、銀内で均一に分布する^(210)Pbが崩壊することにより、錫内で均一に分布するようになった^(210)Poが存在し、α線を放出していると考えられる。

オ そこで、甲6発明の銀を「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量について検討すると、上記1-2(3)オ?キにおいて、甲3発明の相違点4について検討したと同様の理由によって、甲2で示された知見を採用すれば、加熱前と変わらない「最大で0.0002cph/cm^(2)」となり、本件発明1のα線放出量の条件を満たすことになるが、乙1及び乙2で示されたポロニウムの挙動モデルを採用すれば、加熱前の「最大で0.0002cph/cm^(2)」よりも増大することとなり、このときα線放出量を特定することができないので、本件発明1のα線放出量の条件を満たすとはいえなくなる。そして、上記二つの考え方のうちどちらがより適切に甲5発明を説明するものであるか不明であるので、相違点11は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は相違点11で甲6発明と相違するから、本件発明1は甲6に記載された発明ではない。

カ そして、本件明細書の【実施例】の欄の記載によれば、本件発明1が「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」という低いα線放出量を実現しているのは、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減しているためであると解されるが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲6やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲6やその他の甲号証を参照しても、甲6発明において、相違点11に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。
よって、本件発明1は、甲6に記載された発明とその他甲号証の記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本件発明2と甲6合金発明の対比と判断
ア 甲6合金発明の錫合金自体が「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」という低α線放出量の錫合金であるから、当該錫合金に原料として用いられている錫自体も低α線放出量のものであることは明らかである。したがって、甲6合金発明の「錫」は、本件発明2の「低α線放出量の錫」に相当する。

イ 甲6合金発明の「甲6発明の銀、Cuのうち、前記銀を含む1種以上を添加し、溶解・鋳造して得られた合金インゴットを厚さ1.5mmに圧延」して得られた「はんだ用の錫合金」は、本件発明2の「銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金」と、「銀、銅からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金」の点で共通する。

ウ 甲6合金発明の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)であるはんだ用の錫合金」は、本件発明2の「低α線放出量の錫合金」に相当する。

エ そうすると、本件発明2と甲6合金発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「低α線放出量の錫と、銀、銅からなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金である、低α線放出量の錫合金」の点。

<相違点12>
「低α線放出量の錫」が、本件発明2では「請求項1記載の」ものであるのに対して、甲6合金発明はそのような特定がされていない点。

<相違点13>
「低α線放出量の錫合金」からの「α線の放出量」が、本件発明2では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲6合金発明では「溶解・鋳造から30ヵ月経過後」の「α線量が最大で0.0002cph/cm^(2)」である点。

オ 相違点12については、「請求項1記載の低α線放出量の錫」が、甲1、甲3、甲7のいずれにも記載されておらず、また甲1、甲3、甲7に記載された発明とその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないことは、上記1-1、1-2と下記1-6で検討したとおりである。

カ したがって、甲6合金発明において、「錫」として「請求項1記載の低α線放出量の錫」を採用することが容易になし得ることであるとはいえないから、相違点13について検討するまでもなく、本件発明2は、甲6に記載の発明とその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(5)本件発明3と甲6合金発明の対比と判断
本件発明2を引用することで、本件発明2の特定事項を備えた本件発明3についても、上記(4)と同様の理由によって、甲6に記載された発明ではないし、甲6に記載された発明と甲6やその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

1-6 甲7を主たる引用例とする新規性進歩性(取消理由6)について
(1)甲7に記載された事項と発明
ア 甲7には、以下の事項が記載されている。
7ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、α線量の極めて少ない低α線量錫の製造方法に関するものであり、特に電子部品を製造するための、はんだ、スパッタリングターゲットまたは化学蒸着材料などの原料として用いるα線量が0.0005cph/cm^(2)未満の低α線量錫の製造方法に関するものである。」

7イ 「【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、これらの方法で得られた錫のα線量は十分に低くはなく、例えば、前記(a)の電解により得られた錫のα線量は0.2cph/cm^(2)以下であり、さらに(b)の電解により得られた錫のα線量は0.03cph/cm^(2)以下であって、現在のところ、錫のα線量を0.001cph/cm^(2)以下に下げることのできる技術はなく、なお一層の低α線量の錫が求められていた。
【0005】
【課題を解決するための手段】そこで、本発明者らは、従来よりも一層の低α線量錫を得るべく研究を行った結果、(イ)通常の錫から放射されるα線源は、不純物として含まれるPbの内の放射性核種である^(210)Pbの孫核種^(210 )Poがほとんどである、(ロ)前記^(210)Pbの含有量の少ない錫は、通常の錫にα線量が10cph/cm^(2)以下の鉛を合金化して錫-鉛合金を製造した後、得られた錫-鉛合金を各種の方法(たとえば、従来の前記(a)または(b)の方法)で精製すると、合金化したPbを除去することができるだけでなく、^(210)Pbをも除去することができ、従来よりも一層α線量の少ない低α線量錫を得ることができる、などの研究結果が得られたのである。
【0006】この発明は、かかる研究結果に基づいて成されたものであって、(1)錫とα線量が10cph/cm^(2)以下の鉛を合金化した後、錫に含まれる鉛を除去する精練を行う低α線量錫の製造方法、に特徴を有するものである。」

7ウ 「【0011】
【発明の実施の形態】表面α線量が5cph/cm^(2)、純度:99.99%の市販のSnと、表面α線量が10cph/cm^(2)、純度:99.99%の市販のPbを用意し、SnとPbを窒素雰囲気中、高純度黒鉛ルツボ内で高周波誘導炉で溶解し、Sn-5wt%Pb合金を製造した。
【0012】実施例1
前記Sn-5wt%Pb合金を高純度黒鉛ルツボに入れ、これを真空蒸留装置に装入し、10^(-3)Torrの真空雰囲気中、900℃で10時間加熱した。この真空蒸留装置は、ルツボの設置場所の真上に水で冷却された捕集傘が設置されており、蒸発したPbは捕集傘内で凝固し、Pbが除去される。冷却後、高純度黒鉛ルツボ内に残留したSnを取り出し、これを原料として同様に再度真空蒸留したSnを1mmの厚さに圧延し、Sn板を作製した。
【0013】このSn板を3年経過させた後、この合金板の4000cm^(2)を試料とし、表面α線量を(株)住化分析センター製(LACS-4000M、測定下限:0.0005cph/cm^(2))で96時間測定した。この装置の測定下限は0.0005cph/cm^(2)であり、この装置では表面α線量を測定することができなかったところから、表面α線量は0.0005cph/cm^(2)未満であることが分かり、その結果を表1に示した。
・・・
【0016】なお、表面α線量および^(210)Po量の測定を精練後3年経過後の試料で行うのは、精練によりSn中の主放射性核種である^(210)Poが減少し、見掛上α線量が減少する現象が存在するためであり、^(210 )Poの親核種である^(210)Pbが壊変し、^(210 )Poが放射平衡に達するのに約2.3年かかり、3年経過後に測定すれば、α線量も^(210)Poも真の値を測定することができるからである。」
・・・
【0018】実施例2
前記高純度黒鉛ルツボ内で高周波誘導炉で溶解して得られたSn-1wt%Pb合金をアノードとし、
液組成:Sn:30g/l、スルファミン酸:196g/l
カソード電流密度:2.0A/dm^(3)、
液温:35℃、
の条件で電解することによりPbを除去し、カソードにSnを析出させ、カソードのSnを実施例1と同様に圧延して得られたSn板の3年経過後の表面α線量、^(210)Poおよび不純物Pb量を実施例1と同様に測定し、その結果を表1に示した。
・・・
【0020】実施例3
電解液として、JIS-K 8951に規定される試薬特級硫酸と高純度純水を用い、酸濃度:250g/lの硫酸を作製し、これにゼラチン:2g、βナフトール:2gを添加した溶液を用意した。この電解液を用い、前記高純度黒鉛ルツボ内で高周波誘導炉で溶解して得られたSn-1wt%Pb合金をアノードとし、ステンレス板をカソードとし、電流密度:0.8A/dm^(3)、液温:45℃、の条件で電解することによりカソードにSnを析出させ、カソードのSnを実施例1と同様に圧延して得られたSn板の3年経過後の表面α線量、^(210)Poおよび不純物Pb量を実施例1と同様に測定し、その結果を表1に示した。」

7エ 「【0022】
【表1】



イ 上記7アによれば、甲7には、はんだの原料として用いる、α線量が0.0005cph/cm^(2)未満の低α線量錫を製造する方法について記載されている。

ウ 上記7イの【0005】によれば、上記低α線量錫は、錫とα線量が10cph/cm^(2)以下の鉛を合金化した後、錫に含まれる鉛を除去する精練を行うことによって得ることができる。

エ 上記7ウには、上記低α線量錫を製造するための具体的な精錬方法が記載されており、純度:99.99%の市販のSnと、表面α線量が10cph/cm^(2)である純度:99.99%の市販のPbを窒素雰囲気中、高純度黒鉛ルツボ内で高周波誘導炉で溶解し、Sn-5wt%Pb合金又はSn-1wt%Pb合金を製造した後、実施例1では真空蒸留を行うことによってPbを除去することでSnを精錬し、1mmの厚さに圧延し、Sn板を作成している。

オ 上記7エの【表1】には、上記エの精錬方法によって得られた錫の3年経過後の表面α線量が示されている。【表1】によれば、実施例1の表面α線量は、測定限界以下の0.0005cph/cm^(2)未満である。

カ したがって、表1の実施例1に注目すると、甲7には次のはんだ用の錫が記載されているものと認められる(以下「甲7発明」という。)。

「純度:99.99%の市販のSnと、表面α線量が10cph/cm^(2)である純度:99.99%の市販のPbとを合金化し、真空蒸留によってPbを除去する精錬を行った錫を厚さ1mmに圧延した、精錬から3年経過後の錫であって、α線量が0.0005cph/cm^(2)未満であるはんだ用の錫。」

(2)本件発明1と甲7発明の対比
ア 甲7発明の「真空蒸留又は電解によってPbを除去する精錬を行った錫を厚さ1mmに圧延し」た「はんだ用の錫」は、α線源である放射性不純物が低減されている錫であるから、本件発明1の「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」に相当する。

イ そうすると、本件発明1と甲7発明との一致点と相違点は次のとおりとなる。
<一致点>
「錫、銀、銅、亜鉛又はインジウム」のうち「錫」である「低α線放出量の金属」の点。

<相違点14>
「低α線放出量の金属」からの「α線の放出量」が、本件発明1では「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」のに対して、甲7発明では「精錬から3年経過後」の「α線量が0.0005cph/cm^(2)未満」である点。

(2)相違点14についての判断
ア 真空蒸留によって精錬を行った甲7発明の錫には、当該精錬によっても除去しきれなかった微量の^(210)Poと^(210)Pbが含まれている。

イ 甲7発明の錫に含まれる上記^(210)Poは、甲2の知見によれば、900℃で行われる真空蒸留直後に凝固した錫の中で偏析していると考えられ、経時的に錫全体に拡散することによって、α線の放出量が一定値に収束するまで上昇するものである。そして、^(210)Poの半減期τが139日であることを考慮すると、精錬から3年(1095日と換算すると半減期τの約7.87倍)経過した甲7発明の錫の中には、精錬直後に含まれていた^(210)Poはほぼ全量が^(206)Pbへと壊変して、消失しているものと考えられる(より正確には、N(7.87τ)=0.004N_(0)より、^(210)Poは、3年後には当初の約0.4%程度が残存するのみである。)。

ウ また、甲7発明の錫に含まれる上記^(210)Pbは、錫の中で偏析せず均一に分布しているものと考えられ、^(210)Pbの半減期τが22.2年(甲2の図1-4参照)であることを踏まえると、精錬から3年(半減期τの約0.13倍)経過した甲3発明の錫の中には、溶解・鋳造直後に含まれていた^(210)Pbの約9割(より正確にはN(0.13τ)=0.913N_(0))が残存していると考えられる。

エ そうすると、精錬から3年経過している甲7発明の錫において、加熱によって拡散しα線の放出量を増加させ得る精錬直後の^(210)Poは既にほぼ消失しているが、錫内で均一に分布する^(210)Pbが崩壊することにより、錫内で均一に分布するようになった^(210)Poが存在し、α線を放出していると考えられる。

オ そこで、甲7発明の錫を「大気中で100℃、6時間加熱した後」もしくは「大気中で200℃、6時間加熱した後」のα線放出量について検討すると、上記1-2(3)オ?キにおいて、甲3発明の相違点4について検討したと同様の理由によって、甲2で示された知見を採用すれば、加熱前と変わらない「0.0005cph/cm^(2)未満」となり、本件発明1のα線放出量の条件を満たすことになるが、乙1及び乙2で示されたポロニウムの挙動モデルを採用すれば、加熱前の「0.0005cph/cm^(2)未満」よりも増大することとなり、このときα線放出量を特定することができないので、本件発明1のα線放出量の条件を満たすとはいえなくなる。そして、上記二つの考え方のうちどちらがより適切に甲7発明を説明するものであるか不明であるので、相違点14は実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は相違点14で甲7発明と相違するから、本件発明1は甲7に記載された発明ではない。

カ そして、本件明細書の【実施例】の欄の記載によれば、本件発明1が「大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下である」という低いα線放出量を実現しているのは、本件発明5の製造方法によって、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減しているためであると解されるが、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)を十分に低減するための具体的な方法は、甲7やその他の甲号証のいずれにも記載されていない。
したがって、甲7やその他の甲号証を参照しても、甲7発明において、相違点14に係る本件発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得ることであるということはできない。
よって、本件発明1は、甲7に記載された発明とその他甲号証の記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 取消理由として通知しなかった申立理由について
(1) 申立人1による申立理由(1-1?1-3)について
ア 申立人1は、本件明細書の「加熱温度が高いほどα線放出量は上昇し易く」(【0022】)との記載が、α崩壊に関する技術常識とは矛盾しているので、発明の詳細な説明は、本件発明1?9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、上記記載を前提とする本件発明1?9は請求項の記載が不明確であり、上記記載は核物理学上の自然法則に反しているので、本件発明1?9は特許法第29条第1項柱書にいうところの「発明」に該当しないと主張している。

イ しかしながら、錫等のはんだ材料の温度が上昇するとα線放出量が増加するという現象について、申立人2の提出した甲1には、試料内の標的崩壊同位体は加熱によって拡散が促進され(【0021】)、検出されるα粒子放出の数を増加させること(【0036】)が記載されており、また、同甲2には、材料内に偏析しているポロニウムは、加熱することによって拡散を加速するので、α線量が上昇すること(87頁の4-1-5、101頁の4-3-1)が記載されている。

ウ したがって、本件明細書の上記記載の事項は、技術常識に矛盾するものではなく、核物理学上の自然法則に反するものでもないことは明らかであるから、申立人1の上記アの主張は採用できない。

(2)申立人2による記載不備についての申立理由(2-8)について
ア 申立人2は、本件発明1、4に記載された「低α線放出量の金属である」「銀」について本件明細書の実施例として記載はなく、また、本件発明2?4に記載された「低α線放出量の錫合金」について本件明細書には実施例20?27として8通りの錫合金が記載されているのみであるから、本件発明1?4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を包含するものであり、特許を受けようとする発明が明確なものとはなっておらず、本件発明1?4について本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないと主張している。

イ まず、「低α線放出量の金属である」「銀」について、本件明細書には実施例としての記載はないが、図1に示す本件発明の低α線放出量の金属の製造方法において、金属原料Mとして錫と同様に銀を用いて製造する方法が記載されており、銀を金属原料とした場合に当該方法が実施できない特段の事情が示されているわけではないので、銀を金属原料とした場合にも低α線放出量の錫と同様に低α線放出量の錫が製造可能であるといえる。また、上記方法で製造された銀は、上記方法で製造された錫と同様に、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が低減されることに伴って、α線の放出量が十分に低減されているものであるということができる。
したがって、本件発明1の「低α線放出量の金属」である「銀」は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されている発明であるといえるし、特許を受けようとする発明が明確でないという理由もなく、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないという理由もない。

ウ 次に、「低α線放出量の錫金属」について、本件明細書には実施例として実施例20?27の8通りが記載されているだけであるが、これら実施例はいずれも本件発明1に該当する実施例1の金属錫と、線放出量が0.002cph/cm^(2)以下の銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル、ゲルマニウムの金属原料を混合し、加熱し、鋳造して得られたものであり(【0077】)、得られた実施例20?27はいずれも、本件発明2に特定されるα線放出量の条件を満たすものとなっている(【表6】)。してみると、本件発明1の低α線放出量の錫と、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金から製造された本件発明2、3の錫合金は、上記実施例20?28以外のものであっても、金属中に含まれる放射性同位体の鉛(^(210)Pb)が低減されることに伴って、α線の放出量が十分に低減されたものとすることができるということができるし、申立人2は、上記実施例20?28以外の錫合金が製造できないという具体的な理由についても何ら説明していない。
したがって、本件発明2、3に記載の「低α線放出量の錫合金」は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されている発明であるといえるし、特許を受けようとする発明が明確でないという理由もなく、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないという理由もない。

エ したがって、申立人2の上記アの主張は採用できない。

(3)申立人2による本件発明5?9についての進歩性の申立理由(2-9)について
ア 申立人2は、本件発明5?9について、甲7の段落【0005】?【0007】に記載された同位体希釈の原理を用いて当業者が適宜なし得る工程を追加したに過ぎないものであると主張している。

イ 甲7によって同位体希釈の原理自体が公知であったことは認められるものの、金属原料を硫酸水溶液に溶解し、硫酸塩水溶液中で硫酸鉛を沈殿させ、沈殿した硫酸鉛をフィルタリングして除去する方法については、甲7とその他の甲号証のいずれにも記載も示唆もされていないから、本件発明5?9は、甲7及びその他の甲号証の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

ウ したがって、申立人2の上記アの主張は採用できない。

第5 まとめ
以上のとおりであるから、申立人1及び申立人2による特許異議申立書に記載された申立理由及び当審から通知した取消理由によっては、本件請求項1?3、5?9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?3、5?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件訂正によって請求項4は削除され、特許異議の申立ての対象となる請求項4は存在しないものとなったから、請求項4に係る特許異議の申立ては、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定によって却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
錫、銀、銅、亜鉛又はインジウムのいずれかの低α線放出量の金属であって、
大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0005cph/cm^(2)以下であり、かつ大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の金属。
【請求項2】
請求項1記載の低α線放出量の錫と、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属との合金であって、
大気中で100℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0007cph/cm^(2)以下であり、大気中で200℃、6時間加熱した後のα線の放出量が0.0006cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の錫合金。
【請求項3】
前記低α線放出量の錫と合金を形成する金属が、銀、銅、亜鉛及びインジウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属である請求項2記載の低α線放出量の錫合金。
【請求項4】(削除)
【請求項5】
不純物として鉛をそれぞれ含む錫、銀、銅、亜鉛又はインジウムのいずれかの金属を硫酸水溶液に溶解して前記金属の硫酸塩水溶液を調製するとともに前記硫酸塩水溶液中で硫酸鉛を沈殿させる工程(a)と、
前記工程(a)の前記硫酸塩水溶液をフィルタリングして前記硫酸鉛を前記硫酸塩水溶液から除去する工程(b)と、
第1槽で、前記工程(b)の前記硫酸鉛を除去した硫酸塩水溶液を少なくとも100rpmの回転速度で撹拌しながらα線放出量が10cph/cm^(2)以下の鉛を含む所定の濃度の硝酸鉛水溶液を所定の速度で30分以上かけて添加して、硫酸塩水溶液中で硫酸鉛を沈殿させ、同時に前記硫酸塩水溶液をフィルタリングして前記硫酸鉛を前記硫酸塩水溶液から除去しながら、前記第1槽中で全体液量に対する循環流量が少なくとも1体積%の割合で循環させる工程(c)と、
前記工程(c)の前記硫酸塩水溶液を前記第1槽から別の第2槽に移した後、前記硫酸塩水溶液を電解液として前記金属を電解採取する工程(d)と
を含むことを特徴とする低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項6】
前記工程(c)の前記硝酸鉛水溶液中の硝酸鉛の所定の濃度が10質量%?30質量%である請求項5記載の低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項7】
前記工程(c)の前記硝酸鉛水溶液の所定の添加速度が前記硫酸塩水溶液1リットルに対して1mg/秒?100mg/秒である請求項5又は6記載の低α線放出量の金属の製造方法。
【請求項8】
金属錫に、銀、銅、亜鉛、インジウム、ビスマス、ニッケル及びゲルマニウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属を添加混合して、この混合物を鋳造することによって低α線放出量の錫合金を製造する方法であって、
前記金属錫は、請求項5ないし7のいずれか1項に記載の方法により製造された金属錫であり、
前記金属錫に添加する金属は、α線放出量が0.002cph/cm^(2)以下であることを特徴とする低α線放出量の錫合金の製造方法。
【請求項9】
金属錫に、銀、銅、亜鉛及びインジウムからなる群より選ばれた1種又は2種以上の金属を添加混合して、この混合物を鋳造することによって低α線放出量の錫合金を製造する方法であって、
前記金属錫及び前記金属錫に添加する金属は、それぞれ請求項5ないし7のいずれか1項に記載の方法により製造された金属であることを特徴とする低α線放出量の錫合金の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-01-13 
出願番号 特願2018-142195(P2018-142195)
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C22B)
P 1 651・ 113- YAA (C22B)
P 1 651・ 537- YAA (C22B)
P 1 651・ 1- YAA (C22B)
P 1 651・ 121- YAA (C22B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 國方 康伸  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 近野 光知
池渕 立
登録日 2019-04-19 
登録番号 特許第6512354号(P6512354)
権利者 三菱マテリアル株式会社
発明の名称 低α線放出量の金属又は錫合金及びその製造方法  
代理人 村澤 彰  
代理人 岩永 利彦  
代理人 須田 正義  
代理人 須田 正義  
代理人 村澤 彰  

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