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審決分類 審判 全部申し立て 特29条の2  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
管理番号 1372695
異議申立番号 異議2018-701040  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-21 
確定日 2021-02-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6347310号発明「溶射部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6347310号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕、8について訂正することを認める。 特許第6347310号の請求項1?4、7、8に係る特許を維持する。 特許第6347310号の請求項5、6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6347310号の請求項1?7に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2017年(平成29年) 7月10日(優先権主張 平成28年 7月14日)を国際出願日として出願した特願2017-551340号の一部を平成30年 1月11日に新たな特許出願としたものであって、同年 6月 8日にその特許権の設定登録がされ、同年 6月27日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1?7(全請求項)に係る特許について、平成30年12月21日に特許異議申立人 荒井夏代(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
特許異議の申立て後の手続きの経緯は、次のとおりである。

平成31年 3月 7日付け:取消理由通知
令和 1年 5月10日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 7月17日 :申立人による意見書の提出
同年 9月 9日付け:審尋
同年11月 6日 :申立人による回答書の提出
同年11月25日付け:取消理由通知(決定の予告)
令和 2年 2月 4日 :特許権者との面接審理
同年 2月14日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 3月26日 :申立人による意見書の提出
同年 6月 8日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 8月12日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年10月28日 :申立人による意見書の提出

第2 本件訂正請求について
1 本件訂正請求の趣旨、及び訂正の内容
令和 2年 8月12日にされた訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?8について訂正することを求めるものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである(下線は訂正箇所を表す。)。
なお、令和 1年 5月10日にされた訂正請求、及び令和 2年 2月14日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなされる。

(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に、
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜とを備えることを特徴とする溶射部材。」
と記載されているのを、
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含み、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。」
に訂正する。また、請求項1の記載を引用する請求項2、4、7も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項3に、
「上記溶射膜が、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の溶射部材。」
とあるうち、請求項1を引用するものについて、独立形式に改めた上、
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。」
に訂正する。また、請求項3の記載を引用する請求項4、7も同様に訂正する。

(3)訂正事項3
請求項5を削除する。

(4)訂正事項4
請求項6を削除する。

(5)訂正事項5
訂正前の請求項7に、
「上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属するピークであることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の溶射部材。」
と記載されているのを、
「上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の溶射部材。」
に訂正する。

(6)訂正事項6
訂正前の請求項3に、
「上記溶射膜が、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることを特徴とする請求項1又は2記載の溶射部材。」
とあるうち、請求項2を引用するものについて、独立形式に改めた上、
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする溶射部材。」
と記載し、新たに請求項8とする。

(7)訂正事項7
訂正前の明細書の段落【0009】において、「また、本発明は、」以降の記載を削除するとともに、
「〔1〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜とを備えることを特徴とする溶射部材。
〔2〕 希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする〔1〕記載の溶射部材。
〔3〕 上記溶射膜が、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることを特徴とする〔1〕又は〔2〕記載の溶射部材。
〔4〕 上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする〔1〕乃至〔3〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔5〕 上記溶射膜の気孔率が1%以下であることを特徴とする〔1〕乃至〔4〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔6〕 上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの和に対して、希土類酸フッ化物に帰属するピーク相の最大ピークの和が50%以上であることを特徴とする〔1〕乃至〔5〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔7〕 上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属するピークであることを特徴とする〔1〕乃至〔6〕のいずれかに記載の溶射部材。」
と記載されているのを、
「〔1〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含み、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
〔2〕 希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする〔1〕記載の溶射部材。
〔3〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
〔4〕 上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする〔1〕乃至〔3〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔7〕 上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることを特徴とする請求項〔1〕乃至〔4〕のいずれか1項記載の溶射部材。
〔8〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする溶射部材。」
に訂正する。

(8)訂正事項8
訂正前の明細書の段落【0010】において、「また、本発明は、」より前の記載を削除する。

(9)訂正事項9
訂正前の明細書の段落【0033】において、「ピーク相」と記載されているのを「結晶相」に、「最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属するピークである」と記載されているのを「最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークである」に、各々訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた「希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜」における「主相」について、訂正後の請求項1は、「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であり」として、この記載により、訂正後の請求項1に係る発明における「主相」の意味する内容を明らかにするために記載を正すものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。
また、上記訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に係る「溶射膜」について、「更に希土類フッ化物を含む」点、及び「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」点を発明特定事項として付加するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
訂正後の請求項1を引用する請求項2、4、7についても、同様である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項1に係る訂正は、本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の段落【0033】の「希土類酸フッ化物が主相である溶射膜は、例えば、溶射膜のX線回折(XRD)において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの和に対して、希土類酸フッ化物に帰属するピーク相の最大ピークの和が50%以上、特に60%以上であるものとすることができ、」、「溶射膜には、希土類酸フッ化物以外が含まれていてもよく、例えば、希土類酸フッ化物以外に、希土類酸化物及び/又は希土類フッ化物を含んでいてもよい。」、「更に、本発明のスラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射では、気孔率が1体積%以下、特に0.5体積%以下の緻密な溶射膜を得ることができる。」との記載、段落【0046】の「得られた溶射部材から溶射膜を削り取り、X線回折法により分析した。得られたX線プロファイルから、得られた各々の溶射膜を構成する相を同定し、それらの最大ピーク強度比を測定した。」との記載、段落【0012】の「本発明のスラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明においては、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが、大気の場合を、大気サスペンションプラズマ溶射と呼ぶ。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下などの常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。」との記載、段落【0014】の「本発明では、上述した希土類フッ化物の酸化によって、希土類酸フッ化物を含む溶射膜を得るために、サスペンションプラズマ溶射において供給するスラリーを、最大粒子径(D100(体積基準))が12μm以下の希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーとする。」との記載、及び段落【0016】の「本発明では、上述した大気雰囲気下における酸化を考慮し、最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子を用いる。」との記載に基づいて導き出せる事項であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、かつカテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
訂正後の請求項1を引用する請求項2、4、7についても、同様である。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項3が請求項1又は請求項2の記載を引用する記載であったものを、請求項間の引用関係を解消し、請求項1を引用するものについて独立形式請求項へ改めるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当し、かつ第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。
また、上記訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項2に係る「溶射膜」について、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」点を発明特定事項として付加するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
さらに、訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項3に係る発明の「希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜」における「主相」について、訂正後の請求項3は、「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であり」として、この記載により、訂正後の請求項3に係る発明における「主相」の意味する内容を明らかにするために記載を正すものであるとともに、訂正前の「希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」を「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」として、この記載により、訂正後の請求項3に係る発明において混合物に含まれる「希土類酸フッ化物」が「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」であることを明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。
訂正後の請求項3を引用する請求項4、7についても、同様である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2に係る訂正は、本件明細書の段落【0033】の「希土類酸フッ化物が主相である溶射膜は、例えば、溶射膜のX線回折(XRD)において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの和に対して、希土類酸フッ化物に帰属するピーク相の最大ピークの和が50%以上、特に60%以上であるものとすることができ、」、「溶射膜には、希土類酸フッ化物以外が含まれていてもよく、例えば、希土類酸フッ化物以外に、希土類酸化物及び/又は希土類フッ化物を含んでいてもよい。」との記載、段落【0046】の「得られた溶射部材から溶射膜を削り取り、X線回折法により分析した。得られたX線プロファイルから、得られた各々の溶射膜を構成する相を同定し、それらの最大ピーク強度比を測定した。」との記載、段落【0012】の「本発明のスラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明においては、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが、大気の場合を、大気サスペンションプラズマ溶射と呼ぶ。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下などの常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。」との記載、段落【0014】の「本発明では、上述した希土類フッ化物の酸化によって、希土類酸フッ化物を含む溶射膜を得るために、サスペンションプラズマ溶射において供給するスラリーを、最大粒子径(D100(体積基準))が12μm以下の希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーとする。」との記載、及び段落【0016】の「本発明では、上述した大気雰囲気下における酸化を考慮し、最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子を用いる。」との記載に基づいて導き出せる事項であり、また、請求項間の引用関係を解消し、請求項2を引用しないものとした上で、請求項1の記載を含む独立形式の請求項へ改めるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、しかもカテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
訂正後の請求項3を引用する請求項4、7についても、同様である。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項5を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項3に係る訂正は、請求項を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項3に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4に係る訂正は、訂正前の請求項6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項4に係る訂正は、請求項を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項4に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的について
訂正事項5に係る訂正は、訂正前の請求項7が請求項1?6の記載を引用する記載であるところ、訂正後の請求項5、6の削除(訂正事項3、4)に伴って、削除された請求項を引用しないようにする訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」、及び第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。
また、訂正事項5に係る訂正は、訂正前の請求項7に「上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属するピークである」と記載されていたのを、訂正後の請求項7では、「上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークである」と記載して、希土類酸フッ化物に帰属する最大ピークが訂正後の請求項1、3に記載された「希土類酸フッ化物」であることを明らかにするために記載を正すとともに、上記「最大ピーク」が結晶相のものであることを明確化する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項5に係る訂正は、削除された請求項を引用しないようにするとともに、「希土類酸フッ化物に帰属する最大ピーク」の意味を明確にするための訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項5に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(6)訂正事項6
ア 訂正の目的について
訂正事項6に係る訂正は、訂正前の請求項3が請求項1又は請求項2の記載を引用する記載であったものを、請求項間の引用関係を解消し、請求項2を引用するものについて、新たな独立形式請求項へ改めるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当し、かつ第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。
また、上記訂正事項6に係る訂正は、訂正前の請求項3に係る「溶射膜」について、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」点を発明特定事項として付加するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
さらに、訂正事項6に係る訂正は、訂正前の請求項3に係る発明の「希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜」における「主相」について、訂正後の請求項8は、「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり」として、この記載により、訂正後の請求項8に係る発明における「主相」の意味する内容を明らかにするために記載を正すものであるとともに、訂正前の「希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」を「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」として、この記載により、訂正後の請求項3に係る発明において混合物に含まれる「希土類酸フッ化物」が「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」であることを明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項6に係る訂正は、本件明細書の段落【0033】の「希土類酸フッ化物が主相である溶射膜は、例えば、溶射膜のX線回折(XRD)において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの和に対して、希土類酸フッ化物に帰属するピーク相の最大ピークの和が50%以上、特に60%以上であるものとすることができ、」、「溶射膜には、希土類酸フッ化物以外が含まれていてもよく、例えば、希土類酸フッ化物以外に、希土類酸化物及び/又は希土類フッ化物を含んでいてもよい。」との記載、段落【0046】の「得られた溶射部材から溶射膜を削り取り、X線回折法により分析した。得られたX線プロファイルから、得られた各々の溶射膜を構成する相を同定し、それらの最大ピーク強度比を測定した。」との記載、段落【0012】の「本発明のスラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明においては、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが、大気の場合を、大気サスペンションプラズマ溶射と呼ぶ。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下などの常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。」との記載、段落【0014】の「本発明では、上述した希土類フッ化物の酸化によって、希土類酸フッ化物を含む溶射膜を得るために、サスペンションプラズマ溶射において供給するスラリーを、最大粒子径(D100(体積基準))が12μm以下の希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーとする。」との記載、及び段落【0016】の「本発明では、上述した大気雰囲気下における酸化を考慮し、最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子を用いる。」との記載に基づいて導き出せる事項であり、また、請求項間の引用関係を解消し、請求項1を引用しないものとした上で、請求項2の記載を含む独立形式の請求項へ改めるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、しかもカテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(7)訂正事項7
ア 訂正の目的について
訂正事項7に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項7に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項7に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(8)訂正事項8
ア 訂正の目的について
訂正事項8に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項8に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項8に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(9)訂正事項9
ア 訂正の目的について
訂正事項9に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図るために訂正するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項9に係る訂正は、特許請求の範囲の記載と、発明の詳細な説明の記載との整合を図る訂正にすぎないから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でした訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、訂正事項9に係る訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(10)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してされているので、訂正事項1?6に係る本件訂正について、訂正を認める要件として,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

(11)一群の請求項及び明細書の訂正に関係する請求項について
ア 一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?7について、訂正前の請求項2?7はそれぞれ訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるので、本件訂正前の請求項1?7は一群の請求項である。
ここで、特許権者は、訂正後の請求項3及び8と、訂正後の請求項3を引用する訂正後の請求項4及び7については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めているので、訂正後の請求項8は一群の請求項とは別の訂正単位とするが、訂正後の請求項4、7は訂正後の請求項1及び請求項3を引用しており、当該請求項1及び請求項3を別の訂正単位とすることはできない。
よって、本件訂正請求は、訂正後の請求項〔1?7〕、8を訂正単位とするものである。

イ 明細書の訂正に関係する請求項について
訂正事項7?9は、訂正前の請求項1に対応する明細書の記載を訂正するものであり、訂正前の請求項2?7は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しているから、訂正事項7?9と関係する請求項は訂正前の請求項1?7である。
そうすると、本件訂正請求は、訂正事項7?9と関係する請求項の全てを請求の対象としているものであるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。

3 本件訂正請求についての結言
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第4項から第6項の規定に適合するものである。
よって、上記2(11)アの「別の訂正単位とする求め」より、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕、8について訂正することを認める。

第3 本件発明、及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載
1 本件発明
上記第2の3のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるから、本件訂正請求によって訂正された請求項1?4、7、8に係る発明(以下、「本件発明1?4、7、8」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?4、7、8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含み、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
【請求項2】
希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1記載の溶射部材。
【請求項3】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
【請求項4】
上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の溶射部材。
【請求項5】(削除)
【請求項6】(削除)
【請求項7】
上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の溶射部材。
【請求項8】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする溶射部材。」

2 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(下線は、当審が付したものである。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。

(1)「【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造におけるエッチング工程などにおいてハロゲン系ガスプラズマ雰囲気に曝される部材などとして好適な溶射部材に関する。」

(2)「【0005】
そこで、溶射材料として、酸化イットリウムとフッ化イットリウムの両方の性質をもつオキシフッ化イットリウムが着目され、近年では、オキシフッ化イットリウムを用いる検討がなされ始めている(特許文献5:特開2014-009361号公報)。しかし、オキシフッ化イットリウム成膜部材は、オキシフッ化イットリウムを溶射材料として大気プラズマ溶射する際、酸化によってフッ素が減少し酸素が増加し、組成がずれて、酸化イットリウムを生成してしまうため、溶射膜をオキシフッ化イットリウムとして安定して成膜することが難しい。
【0006】
一方、溶射材料を固体のまま供給するプラズマ溶射(以下、単に、プラズマ溶射と呼ぶ)に代わる成膜技術として、サスペンションプラズマ溶射(SPS)が開発された。サスペンションプラズマ溶射は、溶射材料をスラリーで供給する方法であり、プラズマ溶射と比べて、表面のヒビが少ない溶射膜を成膜できるという特徴がある。サスペンションプラズマ溶射による溶射部材は、半導体製造用エッチング装置やCVD装置のハロゲン系ガスプラズマに接触する部材への適用が検討されている。例えば、酸化イットリウムのスラリー材料(特許文献6:特開2010-150617号公報)やオキシフッ化イットリウムのスラリー材料(特許文献7:国際公開第2015/019673号)を用いたサスペンションプラズマ溶射が提案されている。しかし、オキシフッ化イットリウムのスラリー材料を用いた場合も、サスペンションプラズマ溶射であっても、プラズマ溶射同様、溶射膜をオキシフッ化イットリウムとして安定して成膜することは難しい。」

(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供することを目的とする。」

(4)「【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明のスラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明においては、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが、大気の場合を、大気サスペンションプラズマ溶射と呼ぶ。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下などの常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。」

(5)「【0027】
半導体製造装置用部材などに適用される溶射部材は、基材上に、上述したスラリーを溶射材料とし、酸素を含有するガスを含む雰囲気下で、サスペンションプラズマ溶射により溶射膜を形成することにより製造することができ、このような方法により、基材上に、希土類酸フッ化物溶射膜を形成することができる。」

(6)「【0033】
本発明のスラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により、希土類酸フッ化物を含む溶射膜、特に、希土類酸フッ化物を主相として含む溶射膜を形成することができ、基材上に、このような溶射膜を備える溶射部材を製造することができる。・・・更に、本発明のスラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射では、気孔率が1体積%以下、特に0.5体積%以下の緻密な溶射膜を得ることができる。」

(7)「【実施例】
【0035】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0036】
[実施例1?7、比較例1、2]
〔実施例1?7の希土類フッ化物粒子及びスラリーの製造〕
表1又は表2に示される希土類フッ化物の希土類元素の組成比で調整し、希土類酸化物1kgに対して、酸性フッ化アンモニウム粉末1.2kgを混合し、窒素雰囲気中、650℃で、2時間焼成して、希土類フッ化物を得た。得られた希土類フッ化物は、ジェットミルで粉砕し、空気分級して、表1又は表2に示される最大粒子径(D100)の希土類フッ化物粒子とした。得られた希土類フッ化物粒子の粒度分布(D100、D50)及びBET比表面積を表1又は表2に示す。粒度分布はレーザー回折法、BET比表面積は、(株)マウンテック製、全自動比表面積測定装置 Macsorb HM model-1280で、各々測定した(以下同じ)。また、得られた粒子の酸素濃度(酸素含有率)及びフッ素濃度(フッ素含有率)を表1又は表2に示す。酸素濃度は、LECO社製、THC600を用いて不活性ガス融解赤外吸収法により、フッ素濃度は、溶解イオンクロマトグラフィ法により、各々分析した(以下同じ)。
【0037】
次に、得られた希土類フッ化物粒子に、表1又は表2に示される凝集防止剤と、微粒子添加剤(実施例3?5のみ)とを加え、更に、表1又は表2に示される溶媒を加え、これらを15mmφのナイロンボールが入ったナイロンポットに入れて約2時間混合し、得られた混合物を目開き500メッシュ(25μm)の篩に通して、希土類フッ化物のスラリーを得た。」

(8)「【0041】
【表1】



(9)「【0042】
【表2】



(10)「【0043】
〔溶射膜の形成及び溶射部材の製造〕
実施例1?7及び比較例1の各々のスラリー又は比較例2の粒子を用い、予め常圧下の大気プラズマ溶射により、表面上に厚さ150μmの酸化イットリウムの下地膜を形成したアルミニウム基材に、表3又は表4に示される条件で、大気プラズマサスペンション溶射(実施例1?7及び比較例1)又は大気プラズマ溶射(比較例2)により、表3又は4に示される膜厚の溶射膜を形成した。実施例1、4及び5並びに比較例2は、エリコンメテコ社の溶射機Triplexにて、実施例2、3、6及び7並びに比較例1は、プログレッシブ社の溶射機CITSにて溶射を実施した。」

(11)「【0044】
【表3】



(12)「【0045】
【表4】



(13)「【0046】
〔溶射膜の物性の評価〕
得られた溶射部材から溶射膜を削り取り、X線回折法により分析した。得られたX線プロファイルから、得られた各々の溶射膜を構成する相を同定し、それらの最大ピーク強度比を測定した。また、溶射膜の酸素濃度(酸素含有率)は、LECO社製、THC600を用いて不活性ガス融解赤外吸収法により、フッ素濃度(フッ素含有率)は、溶解イオンクロマトグラフィ法により、各々分析した。更に、溶射膜の断面の電子顕微鏡写真から画像解析で気孔率を、溶射膜表面の硬度を、(株)アカシ(現(株)ミツトヨ)製ビッカース硬度計AVK-C1により、各々測定した。結果を表5又は表6に示す。
【0047】
〔溶射膜の耐食性の評価〕
得られた溶射部材の溶射膜の表面上に、マスキングテープでマスキングした部分と、マスキングテープでマスキングしていない露出部分を形成し、リアクティブイオンプラズマ試験装置にセットして、周波数13.56MHz、プラズマ出力1,000W、エッチングガスCF_(4)(80vol%)+O_(2)(20vol%)、流量50sccm、ガス圧50mtorr(6.7Pa)、12時間の条件で、プラズマ耐食性試験を行った。試験後、マスキングテープを剥がし、レーザー顕微鏡を使用して、露出部分とマスキング部分との間の、腐食による高さの差を4点測定して、平均値を高さ変化量として求めることにより、耐食性を評価した。結果を表5又は表6に示す。」

(14)「【0048】
【表5】



(15)「【0049】
【表6】



(16)「【0050】
最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子のスラリーを用いて大気プラズマサスペンション溶射で溶射膜を形成した実施例1?7では、溶射中に、希土類フッ化物粒子が酸化され、希土類酸フッ化物が成膜される。実施例1?7では、希土類酸フッ化物を主相とする溶射膜が得られており、その結果、気孔率が低い緻密な膜であり、高硬度で、かつ耐食性に優れた溶射膜が得られている。また、水系のスラリーを用いた実施例1?5では溶射膜の酸素含有率がより高まり、有機溶媒のスラリーを用いた実施例6、7では、酸素含有率の増大が抑えられている。」

第4 特許異議の申立てについて
1 異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として後記する甲第1?17号証を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(取消理由として不採用)
本件特許発明1、2、4、5、7は、甲第1号証に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(取消理由として不採用)
本件特許発明1、2、4、5、7は、甲第1?7号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、取り消すべきものである。

(3)申立理由3(取消理由として不採用)
本件特許発明1?7は、甲第1、4?11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、取り消すべきものである。

(4)申立理由4(取消理由として一部採用)
本件特許発明1、2、6、7は、本件特許の出願日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた、甲第12号証に示す特願2016-43939号(特開2016-211070号)の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないから、同発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、取り消すべきものである。

(5)申立理由5(取消理由として一部採用)
本件特許発明1、2、4?7は、本件特許の出願日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた、甲第13号証に示す特願2015-206656号(特開2017-78205号)の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないから、同発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、取り消すべきものである。

(6)申立理由6(取消理由として一部採用)
本件請求項1には「溶射膜」がどのような溶射方法により製造されるものか規定されておらず、サスペンションプラズマ溶射以外の方法を行ったり、平均粒径が15μm以上と大きなスラリーでサスペンションプラズマ溶射を行った場合にまで、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材」が得られることは理解できない。
したがって、本件特許発明1?7に係る発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、また、本件特許発明1?7は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

(7)申立理由7(取消理由として一部採用)
本件請求項1の「結晶相を主相」、本件請求項5の「気孔率」、及び本件請求項6の「ピークの和」との記載は不明確であり、また、本件請求項6、7の「ピーク」の高さや面積比を測定するX線回折測定条件が不明であり、さらに、本件請求項1の「溶射膜」の規定する範囲が不明確であるのに加えて、本件請求項1?7の記載は、いわゆるプロダクトバイプロセスクレームに該当するものであり、不明確である。
したがって、本件特許発明1?7は、特許を受けようとする発明が明確でないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:韓国公開特許公報10-2011-0118939号及びその日本語訳文
甲第2号証:特開2007-308794号公報
甲第3号証:特開2007-115973号公報
甲第4号証:プラズマ溶射の最近の展開、武田紘一、電気学会論文誌A(基礎・材料・共通部門誌)_Vol. 114-A, No.9, September, 1994 p572-578
甲第5号証:国際公開第2015/171801号及びその日本語訳文である対応日本語公報・特表2017-515001号公報
甲第6号証:特開2015-227512号公報
甲第7号証:特開2016-65302号公報
甲第8号証:特開2016-89241号公報
甲第9号証:国際公開第2015/019673号
甲第10号証:特開2015-110844号公報
甲第11号証:特開2004-197181号公報
甲第12号証:特開2016-211070号公報(特願2016-43939号)
甲第13号証:特開2017-78205号公報(特願2015-206656号)
甲第14号証:「溶射技術に関する二三の研究」蓮井淳、フジコー技報-tsukuru_No.8(2000.10.1)p10-18
甲第15号証:「光学顕微鏡の画像処理による等方性黒鉛材料の気孔構造の解析」、押田京一ら、炭素材料学会誌「炭素」1996, No.173,p142-147
甲第16号証:平成26年度戦略的基盤技術高度化支援事業「燃料電池電解質膜への適用のための微粒子溶射による緻密セラミックス膜製造技術の開発」研究開発成果等報告書(平成27年3月)、委託者 近畿経済産業局、委託先 公益財団法人 新産業創造研究機構
甲第17号証:山崎泰広ら「溶射被膜の微視組織観察のための試料準備法の検討」、日本機械学会論文集 A編、79巻799号(2013-3)、p146-150

2 平成31年 3月 7日付け取消理由通知における取消理由の概要
本件特許の請求項1?7に係る特許に対して、当審が平成31年 3月 7日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)取消理由1(サポート要件)
本件請求項1?7に係る発明は、サスペンションプラズマ溶射以外の溶射手段によって溶射部材を提供することも含むものであるから、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により、希土類酸フッ化物の溶射部材を提供するという、本件発明が解決しようとする課題について、必ずしも解決できるとはいえず、したがって、本件請求項1?7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、請求項1?7に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

(2)取消理由2(明確性要件;いわゆる「プロダクトバイプロセスクレーム」の点を除き、申立理由7と同旨)
本件請求項1?7に係る発明の「主相」、本件請求項5?7に係る発明の「気孔率」、本件請求項6?7に係る発明の「最大ピーク」、及び本件請求項6、7に係る発明の「希土類酸フッ化物」は明確でない。
したがって、請求項1?7に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

(3)取消理由3(拡大先願;申立理由4、5と同旨)
請求項1、2、4?7に係る発明は、本件特許出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特開2016-211070号公報(特願2016-43939号)(甲第12号証)、特開2017-78205号公報(特願2015-206656号)(甲第13号証)に係る出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないから、同発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、取り消すべきものである。

3 令和 1年11月25日付け取消理由通知(決定の予告)における取消理由
当審が令和 1年11月25日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。

(1)予告取消理由1(サポート要件;取消理由1と同旨)
本件請求項1?4、7、8に係る発明は、溶射膜の形成方法を特定していないため、サスペンションプラズマ溶射以外の方法によって溶射膜が形成された態様も含むものである。ここで、溶射膜の形成方法が異なれば、それによって得られる溶射膜の構造も異なるものとなり、その耐食性も自ずから異なることが、本件出願時の技術常識であることを考慮すると、本件発明1?4、7、8は、発明の詳細な説明に記載された「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているものというほかなく、本件発明1?4、7、8は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
したがって、請求項1?4、7、8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

(2)予告取消理由2(明確性要件)
本件請求項1、2、4、7の「気孔率」は、測定条件が特定されているとはいえないために、その意味するところが明確でなく、本件請求項1、2、4、7に係る発明は、明確でない。
また、本件請求項3、4、7、8の「上記希土類酸フッ化物」が、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」を指すのか、それとも「希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物である」の内の「希土類酸フッ化物」を指すのかが、不明である。
したがって、請求項1?4、7、8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

(3)予告取消理由4(サポート要件)
本件請求項1?4、7、8に係る発明に含まれる、結晶相以外に任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜に係る溶射部材については、結晶相を主な構成要素として含む溶射膜に比べて、耐食性に劣るものとなることが推定され、そのような「結晶相以外に任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜」に係る溶射部材は、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供する」との本件発明が解決しようとする課題を解決し得ないのではないかとの合理的疑いが生ずるといえる。
したがって、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているものというほかなく、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
よって、請求項1?4、7、8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消すべきものである。

4 令和 2年 6月 8日付け取消理由通知(決定の予告)における取消理由
当審が令和 2年 6月 8日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。

(1)再予告取消理由4(サポート要件;予告取消理由4と同旨)
本件請求項1?4、7、8に係る発明に含まれる、結晶相以外に任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜に係る溶射部材については、結晶相を主な構成要素として含む溶射膜に比べて、耐食性に劣るものとなることが推定され、そのような「結晶相以外に任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜」に係る溶射部材は、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供する」との本件発明が解決しようとする課題を解決し得ないのではないかとの合理的疑いが生ずるといえる。
したがって、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているものというほかなく、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
よって、請求項1?4、7、8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(2)再予告取消理由5(サポート要件)
本件請求項1?4、7、8に係る発明には、スラリーが「平均粒径15μm以上」の粒子を含むものを用いて溶射膜が形成された態様、すなわち、大気サスペンションプラズマ溶射によって溶射膜を形成しても、「パーティクル不良」が発生し、本件発明の課題を解決できるとはいえない態様が含まれる。
したがって、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているものというほかなく、本件請求項1?4、7、8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
よって、請求項1?4、7、8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

5 当審の判断
(1)取消理由について
当審は、令和 1年 5月10日提出の意見書、令和 2年 2月 4日の特許権者との面接審理、令和 2年 2月14日提出の意見書、及び令和 2年 8月12日提出の意見書における特許権者の主張を踏まえて検討した結果、上記2?4の取消理由、予告取消理由、及び再予告取消理由はいずれも解消したと判断したところ、その理由は以下のとおりである。

ア 再予告取消理由4(サポート要件;予告取消理由4と同旨)、再予告取消理由5(サポート要件)、及び予告取消理由1(サポート要件;取消理由1と同旨)について
以下、再予告取消理由4、再予告取消理由5、及び予告取消理由1について、まとめて検討する。

(ア)上記第3の2(3)に摘記した本件明細書の【0008】の記載からすると、本件発明が解決しようとする課題は、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供すること」にあるといえる。

(イ)そして、上記第3の2(4)?(16)の記載からすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記(ア)の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲として、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜を備えるとともに、該溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である溶射膜とすることが記載されている。

(ウ)一方、上記第3の1のとおり、本件発明1?4、7、8は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜を備え」るとの特定事項A、及び「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であ」るとの特定事項Bを備えたものであるところ、上記特定事項Bには、「各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であ」る結晶相以外に、任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜が含まれると一見解される。

(エ)ここで、申立人が令和 元年11月 6日に提出した審尋に対する回答書に参考資料3として添付した「粉体および粉末冶金」第52巻第11号(2005年11月)には、以下の記載がある。

a 「現在,プラズマに曝される装置部材には酸化物セラミックス,特にアルミナ(Al_(2)O_(3))が用いられているが,優れた耐プラズマ性を持つイットリア(Y_(2)O_(3))の利用が検討されている.イットリアはアルミナよりも熱的に安定であり,アルミナよりも優れた耐フッ素プラズマ性を示す.」(第845頁左欄第11?15行)

b 「新たなコーティング法としては,電子ビーム物理蒸着(EBPVD)や化学気相析出(CVD)などが検討されている.EBPVDによるイットリアコーティングは非晶質で,熱処理による結晶化が必要なことや,CVDでは,結晶質のイットリアが得られるものの,成膜速度が小さい(数μm/h)などの問題がある.」(第845頁右欄第4?9行)

c 「いずれの膜の回折線もピーク幅は狭く,本研究で得られたイットリア膜は結晶性が高く,APSやEBPVDによって得られる低結晶性のイットリア膜に比して,優れた耐プラズマ性を示すことが期待される.」(第847頁右欄第9?13行)

(オ)また、甲第11号証には、以下の記載がある。

a 「【0050】
【発明の効果】
本発明によれば、腐食性ハロゲン種が存在する雰囲気下に曝される部材に耐食性を付与する目的でその表面をIIIA族のフッ化物を含有する皮膜において、その結晶相の状態を制御することにより腐食による色変化を抑制させることができるもので、このようにIIIA族元素フッ化物含有皮膜で結晶相を含むことにより、耐食性を向上させ、更にその結晶相が斜方晶であり、実質単一相にすることにより、皮膜の色変化を抑えることも可能である。」

b 「【0071】
【表1】



c 「【0072】
この結果より、結晶相を有する皮膜は、非晶質膜と比較して優れた耐食性を有していることを見出した。また、実施例1?3の結果からも、皮膜が200℃以上の温度で保持されることにより、その結晶相が実質的に斜方晶が主成分になることが明らかになった。」

(カ)さらに、申立人が、令和 2年 3月26日提出の意見書に添付した参考資料5、6には、以下の記載がある。

a 参考資料5(Journal of the Vacuum Society Japan, Vol.52, No.12, 2009, p.631-636)
「Fig.4は溶射粒子が経験する現象の温度履歴をプラズマ溶射を年頭に概念的に示したものである.粉末粒子は高速・高温のプラズマジェットに投入されると数msの間に溶融され融点以上の温度に加熱される.基材へと飛行する間に周囲のガス温度が大気の影響で低下するために,粒子の温度も低下するが基材到着時には融点よりも高く,基材に衝突した瞬間に粒子は扁平して数ミクロンの厚さとなりつつ基材への熱伝導によって急冷される.この際の冷却速度が種々の計算や実測によって通常は10^(6)K/s以上であることが知られている.従っていわゆる急冷凝固が溶射粒子毎に起きている.この為に過飽和固溶体,アモルファス,準安定相などの非平衡組織が現れやすい.また,熱の流れが基材に向かって垂直方向なので基材垂直方向へ柱状晶組織が発達する場合が多い.」(第633頁左欄第14?26行)

b 参考資料6(日本金属学会誌、第69巻、第1号(2005)、p.23-30)
「先述のとおり,APS皮膜はas-sprayedでは非晶質Y-Al-O固溶体となる(Fig.3).これは溶射プロセス中の融液からの急冷凝固により非平衡相が得られたものである・・・」(第25頁右欄下から22?20行)

(キ)上記(エ)a?c、及び上記(オ)a?cの記載を総合すると、耐プラズマ性(耐食性)が要求されるセラミックス等の材料からなる皮膜においては、一般に、非晶質のものよりも結晶性の高いものの方が耐プラズマ性(耐食性)に優れるものであるといえる。

(ク)そうであるとすれば、上記(ウ)で検討したように、本件発明1?4、7、8には、結晶相以外に、任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜が含まれると一見解されるから、そのような溶射膜については、結晶相を主な構成要素として含む溶射膜に比べて、耐食性に劣るものとなることが推定され、そのような「結晶相以外に任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜」に係る溶射部材は、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供する」との、上記(ア)のとおりの、本件発明が解決しようとする課題を解決し得ないのではないかとの疑いが生ずるといえる。

(ケ)この点につき、特許権者は、令和 2年 2月14日提出の意見書において、以下のとおり主張している。

a プラズマ溶射法では、「瞬時に冷却(急冷)して固化させる」、「固化した後に熱を与えない」という、溶融状態(液状)から固体化する際にアモルファスを生じさせる条件を満たす条件にならず、大気サスペンションプラズマ溶射のようなプラズマ溶射法で形成された溶射膜は、本質的に結晶性の物質で形成された膜となること(第9頁第14?18行参照)。

b 本件発明で得られた溶射膜は、上記意見書に添付した実験成績証明書(乙第3号証)に示されるとおり、XRDでは当業者であれば、結晶相を主な構成要素として含む(アモルファスは含まれていないか、含まれていても少量である)材料であると認識できるプロファイルを示していること(第10頁第9?12行参照)。

c 上記a、bのとおりであるから、大気サスペンションプラズマ溶射により得られる溶射膜は、原理的にアモルファス相が主な構成要素となることはなく、また、実験結果からも、アモルファス相が主な構成要素とならないことが明らかであること(第11頁第19?21行)。

(コ)また、特許権者は、令和 2年 8月12日提出の意見書において、上記(ケ)の主張に加えて、以下のとおり主張している。

a 参考資料5のFig.4の記載は、一滴の溶射粒子が、十分に冷却され、かつ溶射粒子からの熱が十分に放冷できる状態の基材に衝突した時点までの温度履歴を示すものであり、溶射膜を形成する際は、溶射粒子の液滴から基材や膜への熱の移動が連続し、溶射中、基材や膜の高温状態が維持されているので、溶射の初期の段階の液滴では、アモルファスになる条件になる場合があり得るとしても、その後のほとんどの液滴では、液滴が衝突する際、アモルファスを形成するような急冷状態とはならず、更に、溶射の初期の段階でアモルファスとなった部分も、後から積重した液滴からの熱を受けて結晶化するのであるから、参考資料5は、単に、急冷条件下での一滴の溶射粒子の温度履歴と、それによって得られる固体の状態を示しているにすぎず、プラズマ溶射により成膜された溶射「膜」がアモルファスリッチであることを示すものではないこと(第7頁第10?20行)。

b 参考資料6に記載されているYAGは、アルミニウム(Al)を含む化合物であり、結晶化が大きく進行する温度は、1218K(945℃)と、希土類酸フッ化物と比べてかなり高い温度であるから、この結果をもって、本件発明の希土類酸フッ化物を主相として含む溶射膜と直ちに比較することはできず、本件発明の溶射膜に含まれる希土類酸フッ化物などの、アルミニウム非含有希土類化合物は、YAGとは、相平衡が全く異なり、結晶化が進行する温度はYAGに比べて格段に低く、as-sprayedでもアモルファスリッチとはならないこと(第7頁下から2行?第8頁第8行)。

c 本件発明で得られた溶射膜は、上記意見書に添付した実験成績証明書(乙第9号証)に示される、基材に直接溶射膜を形成した場合も、令和 2年 2月14日提出の意見書に添付した実験成績証明書(乙第3号証)に示される、基材に下地膜を形成して溶射膜を形成した場合と同等に、XRDでは、当業者であれば、結晶相を主な構成要素として含む(アモルファスは含まれていないか、含まれていても少量である)材料であると認識できるプロファイルを示していること(第8頁第18?23行)。

d 上記のとおり、大気サスペンションプラズマ溶射により得られる溶射膜は、原理的にアモルファス相が主な構成要素となることはなく、また、実験結果からも、基材に直接溶射膜を形成しいた場合も、基材に下地膜を形成して溶射膜を形成した場合も同様に、アモルファス相が主な構成要素とならないことは明らかであること(第10頁第4?7行)。

(サ)そこで、上記(ケ)、(コ)の特許権者の主張ついて検討する。
a 特許権者が令和 2年 2月14日提出の意見書に添付した乙第3号証の実験成績証明書には、上記第3の2(7)に摘記した本件明細書の【0036】?【0037】に記載された実施例2、4と同様の方法で希土類フッ化物粒子及びスラリーを製造した実験例1、2について、□A6061アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理し、その後、平均粒径20μm(D50)の酸化イットリウム粉末を、大気圧プラズマ溶射装置を使用し、アルゴンガス、水素ガスをプラズマガスとして使用して、出力40kW、溶射距離100mmにて30μm/Passで溶射し、膜厚150μmの酸化イットリウム溶射皮膜を下層として成膜し、次に、上記実験例1、2のスラリーを用いて、上記酸化イットリウムの下地膜上に、上記第3の2(11)に摘記した【表3】の実施例2、4の製造条件と類似の条件で、大気サスペンションプラズマ溶射により、膜厚がそれぞれ70μm、95μmの溶射膜を形成したことが記載されており、また、上記の方法により得られた溶射膜を削りとってX線回折法により分析した結果について、以下の[表C]、[図A](実験例1)、及び[図B](実験例2)が記載されている。

「[表C]



「[図A]



「[図B]



b また、特許権者が令和 2年 8月12日提出の意見書に添付した乙第9号証の実験成績証明書には、上記第3の2(7)に摘記した本件明細書の【0036】?【0037】に記載された実施例2と同様の方法で希土類フッ化物粒子及びスラリーを製造した実験例3について、A6061アルミニウム合金基材の表面をアセトン脱脂し、該基材の片面をコランダムの研削材を用いて粗面化処理し、その後、上記実験例3のスラリーを用いて、基材の上に直接、上記第3の2(11)に摘記した【表3】の実施例2の製造条件と類似の条件で、大気サスペンションプラズマ溶射により、膜厚が70μmの溶射膜を形成したことが記載されており、また、上記の方法により得られた溶射膜を削りとってX線回折法により分析した結果について、以下の[表F]、[図C](実験例3)が記載されている。

「[表F]



「[図C]



c ここで、上記aに摘記した[図A]、[図B]、及び「図C」に示されたXRDプロファイルからすると、大気サスペンションプラズマ溶射によって形成された溶射膜である実験例1?3は、基材上の酸化イットリウム溶射皮膜からなる下地膜上に形成されたものか、基材上に直接形成されたものかに依らず、少なくともアモルファス相を主な構成要素とするものではないことが見て取れる。

d そして、この結果は、プラズマ溶射法では、「瞬時に冷却(急冷)して固化させる」、「固化した後に熱を与えない」という、溶融状態(液状)から固体化する際にアモルファスを生じさせる条件を満たす条件にならず、大気サスペンションプラズマ溶射のようなプラズマ溶射法で形成された溶射膜は、本質的に結晶性の物質で形成された膜となるとの上記(ケ)aの説明とも符合するものである。

e したがって、上記(ケ)、(コ)の特許権者の主張は、十分首肯できるものといえる。

(シ)そうすると、上記(ウ)のとおり、本件発明1?4、7、8には、結晶相以外に、任意のアモルファス相を主な構成要素として含む溶射膜が含まれると一見解されるとしても、実際には、本件発明1?4、7、8に係る大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜は、少なくともアモルファス相を主な構成要素とするものではないといえるから、上記(ア)のとおりの、本件発明が解決しようとする課題を解決し得ないのではないかとの疑いが生ずる余地はないというべきである。

(ス)また、本件発明1?4、7、8は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜を備え」るとの特定事項Aを備えたものであるから、サスペンションプラズマ溶射以外の方法によって溶射膜が形成された態様や、スラリーが「平均粒径15μm以上」の粒子を含むものを用いて溶射膜が形成された態様、すなわち、大気サスペンションプラズマ溶射によって溶射膜を形成しても、「パーティクル不良」が発生する態様のように、本件発明の課題を解決できるとはいえない態様は含まれないといえる。

(セ)したがって、上記(ウ)のとおり、本件発明1?4、7、8は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜を備え」るとの特定事項A、及び「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であ」るとの特定事項Bを全て備えているから、上記(イ)、(シ)、(ス)の検討結果によれば、発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているとはいえない。

(ソ)小括
よって、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、本件発明1?4、7、8について、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

イ 予告取消理由2(明確性要件)、取消理由2(明確性要件)について
以下、予告取消理由2、取消理由2について、まとめて検討する。
(ア)予告取消理由2について
本件訂正により、訂正前の請求項1に記載されていた「気孔率」の記載は削除され、また、本件発明3、4、7、8における「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」の内の「上記希土類酸フッ化物」が、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」の「希土類酸フッ化物」であり、同じく「上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相」の「上記希土類酸フッ化物」が、「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」の内の「希土類酸フッ化物」であって、かつ「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」の「希土類酸フッ化物」であることが明確になったといえる。
したがって、本件訂正により、予告取消理由2は解消した。

(イ)取消理由2について
上記(ア)のとおり、本件訂正により、訂正前の請求項1に記載されていた「気孔率」の記載は削除され、また、本件発明3、4、7、8における「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」の内の「上記希土類酸フッ化物」が、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」の「希土類酸フッ化物」であり、同じく「上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相」の「上記希土類酸フッ化物」が、「上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」の内の「希土類酸フッ化物」であって、かつ「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」の「希土類酸フッ化物」であることが明確になったといえる。
また、本件訂正後の請求項1、3、8には、「上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」と記載されていることから、本件発明1?4、7、8において、主相がX線回折を用いた最大ピークの強度の和の比率(百分率)による定義によって特定されることは明確になったといえる。
したがって、本件訂正により、取消理由2は解消した。

(ウ)小括
以上のとおり、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、本件発明1?4、7、8について、特許を受けようとする発明が明確であるといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

ウ 取消理由3(拡大先願;申立理由4、5と同旨)について
(ア)甲第12号証について
a 甲第12号証の記載事項
本件特許についての出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第12号証に係る出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面には、以下の記載がある。

(a)「【0003】
そして半導体デバイス等の製造分野においては、一般に、フッ素,塩素,臭素等のハロゲン系ガスのプラズマを用いたドライエッチングにより半導体基板の表面に微細加工を施すことが行われている。また、ドライエッチング後は、半導体基板を取り出したチャンバー(真空容器)の内部を、酸素ガスプラズマを用いてクリーニングしている。このとき、チャンバー内においては、反応性の高い酸素ガスプラズマやハロゲンガスプラズマに晒される部材が腐食される可能性がある。そして当該部材から腐食(エロージョン)部分が粒子状に脱落すると、かかる粒子は半導体基板に付着して回路に欠陥をもたらす異物(以下、当該異物をパーティクルという)となり得る。
【0004】
したがって、従来より、半導体デバイス製造装置においては、パーティクルの発生を低減させる目的で、酸素ガスやハロゲンガス等のプラズマに晒される部材に、耐プラズマエロージョン性を備えるセラミックの溶射皮膜を設けることが行われている。例えば、特許文献1には、少なくとも一部にイットリウムのオキシフッ化物を含む顆粒を溶射用材料として用いることで、プラズマに対する耐食性の高い溶射皮膜を形成できることが開示されている。
・・・
【0006】
しかしながら、半導体デバイスの集積度の向上に伴い、パーティクルによる汚染に対してはより精密な管理が要求されてきている。そして、半導体デバイス製造装置に設けられるセラミックの溶射皮膜についても、更なる耐プラズマエロージョン性の向上が求められている。
このような状況に鑑み、本発明は、耐プラズマエロージョン性がさらに向上された溶射皮膜を形成し得る溶射用材料を提供することを目的とする。また、この溶射用材料を用いて形成される溶射皮膜および溶射皮膜付部材を提供することを他の目的とする。」

(b)「【0044】
[実施形態1]
No.1の溶射用材料として、半導体デバイス製造装置内の部材の保護皮膜として一般に用いられている酸化イットリウムの粉末を用意した。また、粉末状のイットリウム含有化合物およびフッ素含有化合物を適宜混合して焼成することで、No.2?7の粉末状の溶射用材料を得た。・・・」

(c)「【0046】
表1中の「溶射材料のXRD検出相」の欄は、各溶射用材料について粉末X線回折分析をした結果、検出された結晶相を示している。同欄中、“Y_(2)O_(3)”は酸化イットリウムからなる相が、“YF_(3)”はフッ化イットリウムからなる相が、“Y_(5)O_(4)F_(7)”は化学組成がY_(5)O_(4)F_(7)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相が、“YOF”は化学組成がYOF(Y_(1)O_(1)F_(1))で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相が検出されたことを示している。なお、かかる分析には、X線回折分析装置(RIGAKU社製,Ultima IV)を用い、X線源としてCuKα線(電圧20kV、電流10mA)を用い、走査範囲を2θ=10°?70°、スキャンスピード10°/min、サンプリング幅0.01°として測定を行った。なお、発散スリットは1°、発散縦制限スリットは10mm、散乱スリットは1/6°、受光スリットは0.15mm、オフセット角度は0°に調整した。
【0047】
表1中の「X線回折メインピーク相対強度」の欄は、各溶射用材料について上記粉末X線回折分析の結果得られた回折パターンにおいて、検出された各結晶相のメインピークの強度を、最も高いメインピーク強度を100とした相対値として示した結果である。なお、参考までに、各結晶相のメインピークは、Y_(2)O_(3)について29.157°に,YF_(3)について27.881°に,YOFについて28.064°に,Y_(5)O_(4)F_(7)について28.114°に検出される。」

(d)「【0051】
[実施形態2]
上記実施形態1で用意したNo.1?7の溶射用材料に加え、No.8?11の溶射用材料として、4通りの組成のイットリウムオキシフッ化物からなる粒子を新たに用意した。・・・」

(e)「【0052】
これらの溶射用材料をプラズマ溶射法により溶射することで、No.1?11の溶射皮膜を備える溶射皮膜付部材を作製した。溶射条件は、以下の通りとした。
すなわち、まず、被溶射材である基材としては、アルミニウム合金(Al6061)からなる板材(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、褐色アルミナ研削材(A#40)によるブラスト処理を施して用いた。プラズマ溶射には、市販のプラズマ溶射装置(Praxair Surface Technologies社製,SG-100)を用いて行った。プラズマ発生条件は、プラズマ作動ガスとしてアルゴンガス50psi(0.34MPa)とヘリウムガス50psi(0.34MPa)とを用い、電圧37.0V,電流900Aの条件でプラズマを発生させた。なお、溶射装置への溶射用材料の供給には、粉末供給機(Praxair Surface Technologies社製,Model1264型)を用い、溶射用材料を溶射装置に20g/minの速度で供給し、厚さ200μmの溶射皮膜を形成した。なお、溶射ガンの移動速度は24m/min、溶射距離は90mmとした。
【0053】
得られた溶射皮膜の物性を調べ、下記の表2に示した。なお、溶射皮膜をハロゲン系プラズマに晒したときのパーティクルの発生数は、以下の異なる3とおりの手法で調べ、それらの結果を表2に示した。また、表2に示されたデータの項目欄のうち、表1と共通のものは、表1と同じ内容を溶射皮膜について調べた結果を示している。」

(f)「【0054】
【表2】



(g)「【0055】
なお、表2中の「溶射材料の結晶相」の欄は、実施形態1で算出した各結晶相の割合およびXRD分析結果をもとに、各溶射用材料を構成する結晶相とその凡その割合について示している。
表2中の「溶射皮膜のXRD検出相」の欄は、各溶射皮膜についてX線回折分析をした結果、検出された結晶相を示している。表2中、“Y_(6)O_(5)F_(8)”は化学組成がY_(6)O_(5)F_(8)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相を、“Y_(7)O_(6)F_(9)”は化学組成がY_(7)O_(6)F_(9)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相を示し、その他は表1と共通である。なお、参考までに、Y_(6)O_(5)F_(8)のメインピークは28.139°に、Y_(7)O_(6)F_(9)は28.137°に検出される。」

(h)「



b 甲第12号証に記載された発明
(a)上記a(a)、(b)、(d)、(e)によれば、甲第12号証には、「被溶射材である基材」に「プラズマ溶射法により」、「厚さ200μmの溶射皮膜を形成した」、「溶射皮膜付部材」が記載されている。

(b)また、上記a(f)の表2の特にNo.2?4、11には、以下の4つの溶射皮膜について、「溶射皮膜のXRD検出相」及びその「X線回折ピーク相対強度」がそれぞれ記載されている。ここで、上記a(g)の「表2中・・・その他は表1と共通である」との記載から、溶射皮膜についても、上記a(c)に記載される溶射用材料のX線回折と同様の測定及び評価が行われたものであり、溶射皮膜の「X線回折ピーク相対強度」は、「粉末X線回折分析の結果得られた回折パターンにおいて、検出された各結晶相のメインピークの強度を、最も高いメインピーク強度を100とした相対値として示した結果」であるといえる。また、上記a(h)には「強度(counts)」との記載があり、当該ピークはピーク高さにより評価されたものといえる。

No.2 Y_(5)O_(4)F_(7):100、YF_(3):38
No.3 Y_(5)O_(4)F_(7):100、YF_(3):27
No.4 Y_(6)O_(5)F_(8):100、YOF:12、YF_(3):7
No.11 Y_(5)O_(4)F_(7):100、YOF:67

(c)そうすると、甲第12号証には、以下の発明(以下、「先願発明1-1?1-4」という。)が記載されていると認められる。

先願発明1-1
「被溶射材である基材と、プラズマ溶射法により形成された、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜とを備える溶射皮膜付部材であって、前記溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が100、YF_(3)が38であり、前記溶射皮膜の厚さが200μmである、溶射皮膜付部材。」

先願発明1-2
「被溶射材である基材と、プラズマ溶射法により形成された、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜とを備える溶射皮膜付部材であって、前記溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が100、YF_(3)が27であり、前記溶射皮膜の厚さが200μmである、溶射皮膜付部材。」

先願発明1-3
「被溶射材である基材と、プラズマ溶射法により形成された、Y_(6)O_(5)F_(8)の結晶相を含む溶射皮膜とを備える溶射皮膜付部材であって、前記溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度として、Y_(6)O_(5)F_(8)が100、YOFが12、YF_(3)が7であり、前記溶射皮膜の厚さが200μmである、溶射皮膜付部材。」

先願発明1-4
「被溶射材である基材と、プラズマ溶射法により形成された、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜とを備える溶射皮膜付部材であって、前記溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が100、YOFが67であり、前記溶射皮膜の厚さが200μmである、溶射皮膜付部材。」

c 対比・判断
(a)本件発明1について
本件発明1と、先願発明1-1?1-4とをそれぞれ対比する。
(a1)先願発明1-1?1-4の「被溶射部材である基材」は、本件発明1の「溶射膜が形成される基材」に相当する。
(a2)先願発明1-1、1-2、1-4の「Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜」、先願発明1-3の「Y_(6)O_(5)F_(8)の結晶相を含む溶射皮膜」は、それぞれ本件発明1の「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を・・・含む溶射膜」に包含される。
(a3)先願発明1-1?1-3の「YF_(3)」は、本件発明1の「希土類フッ化物」に相当する。
(a4)先願発明1-1?1-4の「溶射皮膜付部材」は、本件発明1の「溶射部材」に相当する。
(a5)先願発明1-1?1-4の「溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度」は、本件発明1の「溶射膜のX線回折」における「溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度」に相当し、先願発明1-1、1-2、1-4の「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び先願発明1-3の「Y_(6)O_(5)F_(8)」の「メインピークのX線回折ピーク相対強度」は、本件発明1の「前記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度」に相当する。
そして、先願発明1-1?1-4の「溶射皮膜の各結晶相のメインピークのX線回折ピーク相対強度」の和に対する「Y_(5)O_(4)F_(7)又はY_(6)O_(5)F_(8)のメインピークのX線回折ピーク相対強度」の和について百分率で算出した下記の値は、本件発明1の「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対」する「前記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和」に対してそれぞれの値で一致し、先願発明1-1、1-2、1-4の「Y_(5)O_(4)F_(7)」及び先願発明1-3の「Y_(6)O_(5)F_(8)」の「結晶相」は、それぞれ、本件発明1における「主相」であるといえる。

先願発明1-1:72.5%(={100/(100+38)}*100)
先願発明1-2:78.7%(={100/(100+27)}*100)
先願発明1-3:84.0%(={100/(100+12+7)}*100)
先願発明1-4:59.9%(={100/(100+67)}*100)

(a6)そうすると、本件発明1と先願発明1-1?1-4とは以下の点で一致する。
(一致点)
先願発明1-1?1-3
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含む溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である溶射部材。」

先願発明1-4
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である溶射部材。」

(a7)一方で、本件発明1と先願発明1-1?1-4は、次の相違点1で相違し、さらに本件発明1と先願発明1-4とは、次の相違点2でも相違する。

(相違点1)
「溶射膜」について、本件発明1は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるのに対して、先願発明1-1?1-4は、プラズマ溶射法により形成された点。

(相違点2)
本件発明1の「溶射膜」は「希土類フッ化物」を含むものであるのに対して、先願発明1-4の溶射皮膜は、希土類フッ化物を含むものではない点。

(a8)そこで、上記相違点について検討する。
(相違点1、2について)
上記相違点1、2を「課題解決のための具体化手段における微差」といえる根拠は見当たらない。
したがって、上記相違点1、2は、実質的な相違点といえる。

(a9)よって、本件発明1と先願発明1-1?1-3とは、上記相違点1で実質的に相違し、また、本件発明1と先願発明1-4とは、上記相違点1及び相違点2で実質的に相違しているから、両者が実質同一であるとはいえない。

(b)本件発明2?4、7、8について
本件発明2、4、7に係る請求項2、4、7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明2、4、7は、本件発明1の特定事項を全て含むものであって、これらの発明と先願発明1-1?1-4とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点1で相違する。
また、本件発明3、8と先願発明1-1?1-4とを対比すると、上記(a)で検討したのと同様に、両者は少なくとも上記相違点1で相違する。
そして、上記相違点1については、上記(a)(a8)において検討したとおりであるから、実質的な相違点といえる。
したがって、本件発明2?4、7、8についても、先願発明1-1?1-4と実質同一であるとはいえない。

d 小括
以上のとおり、本件発明1?4、7、8は、本件特許出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第12号証に係る出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものとはいえない。

(イ)甲第13号証について
a 甲第13号証の記載事項
本件特許についての出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第13号証に係る出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面には、以下の記載がある。

(a)「【0002】
・・・酸化イットリウム溶射皮膜は、酸化イットリウムが高い耐プラズマエロージョン性(エッチング耐性、耐腐食性)を示すことから、半導体デバイス製造装置中の部材の保護皮膜として使用されている。このような溶射皮膜は、溶射粒子を粉末の形態のみならず、溶射粒子を含んだスラリーの形態で溶射することによっても形成することができる(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
・・・また、半導体デバイスの集積度の向上に伴い、パーティクル(異物)による汚染に対してはより精密な管理が要求されてきている。例えば、従来は問題にならなったより微細なパーティクルの抑制が求められ、溶射皮膜についても更なる耐プラズマエロージョン性が要求されている。
【0005】
そこで本発明の目的は、耐プラズマエロージョン性により優れた溶射皮膜を良好に形成することの可能な溶射用スラリーを提供することにある。また、本発明の別の目的は、その溶射用スラリーを用いた、耐プラズマエロージョン性により優れた溶射皮膜及びその溶射皮膜の形成方法を提供することにある。
・・・
【0006】
・・・また、この溶射用スラリーを用いて形成される溶射皮膜の、ハロゲン系プラズマに対する耐エロージョン特性が高めることができるために好ましい。
【0007】
なお、ここに開示される技術において、ハロゲン系プラズマとは、典型的には、ハロゲン系ガス(ハロゲン化合物ガス)を含むプラズマ発生ガスを用いて発生されるプラズマである。例えば、具体的には、半導体基板の製造に際しドライエッチング工程などで用いられる・・・」

(b)「【0018】
以上のここに開示される溶射用スラリーによると、イットリウムおよびハロゲン元素を含む化合物からなる溶射粒子を用いた場合であっても、スラリー中に含まれる溶射粒子の量(固形分濃度)を増大しつつ、スラリーの流動性を維持することができるため、溶射効率良く溶射を実施することができる。したがって、この溶射用スラリーの溶射物は、イットリウムおよびハロゲン元素を構成元素として含む溶射皮膜となり、膜質が均質でかつ緻密なものとして形成され得る。かかる溶射皮膜は、耐プラズマエロージョン性が高められているために特に好ましい。
【0019】
他の側面において、ここに開示される技術は、上記いずれかに記載の溶射用スラリーを溶射して溶射皮膜を形成する溶射皮膜の形成方法を提供する。これにより、耐プラズマエロージョン性に優れる均質でかつ緻密な溶射皮膜を得ることができる。」

(c)「【0069】
・・・
スラリー中の溶射粒子の平均粒子径は、原料として用いる溶射粒子の平均粒子径と同様に、各種の粒度分布測定装置を用いて測定することができる。本明細書では、例えば、レーザ回折・散乱式粒子径分布測定装置((株)堀場製作所製、LA-950)を用いて測定した、体積基準の粒度分布における積算50%粒径(D_(50))を採用している。また、平均粒子径の測定と同時に、溶射粒子の体積基準の粒度分布における小粒径側から3%目の粒子の粒子径である積算3%粒径(D_(3))と、小粒径側から97%目の粒子の粒子径である積算97%粒径(D_(97))とを算出することで、粒子径のばらつき(二次粒子の形成の様子)を把握することができる。」

(d)「【0085】
また、この溶射皮膜は、上記のとおり、供給性の良好な溶射用スラリーを用いて形成され得る。したがって、溶射粒子は溶射用スラリー中で好適な分散状態および流動状態を維持し、溶射装置に安定して供給されて、均質な溶射皮膜が形成される。また、溶射粒子は、フレームやジェットに弾かれることなく熱源の中心付近に効率よく供給されて、十分に軟化または溶融され得る。したがって、軟化または溶融された溶射粒子は、基材に対して、また互いの粒子間で、緻密かつ密着性良く付着する。これにより、均質性および付着性の良好な溶射皮膜が形成される。」

(e)「【0087】
(実施例)
溶射粒子を分散媒と混合し、必要に応じて分散剤、粘度調整剤又は凝集剤をさらに混合することにより、サンプル1?38の溶射用スラリーを調製した。」

(f)「【0093】
次いで、サンプル1?38の溶射用スラリーについて物性を調べ、その結果を表2に示した。
表2中の“スラリー化”欄には、溶射用スラリーの調製が可能であったかどうかを評価した結果を示す。同欄中の「○」は、分散媒中に所定量の溶射用粒子を混合し、汎用の回転翼式撹拌装置を用いて400rpmで撹拌できたことを示し、「×」は400rpmでの撹拌ができなかったことを示す。
【0094】
表2中の“pH”、“粘度”、“沈降速度”、“ゼータ電位”、“D_(3)”、“D_(50)”、“D_(97)”欄には、溶射用スラリーまたはスラリー中の溶射粒子に係るそれぞれの物性の測定値を上述の手法で測定した結果を示す。・・・」

(g)「【0095】
【表2】



(h)「【0096】
次いで、サンプル1?38の溶射用スラリーを用いて溶射を行い、溶射性と、溶射により形成された溶射皮膜の特性について調べ、その結果を表4に示した。
表4中の“溶射用スラリー仕込み”欄には、表1の情報の一部を示した。
・・・
【0098】
表4中の“成膜性”欄のうち、“APS溶射”の欄には、下記の条件で各溶射用スラリーを大気圧プラズマ(APS)溶射したときに溶射皮膜を得ることができたか否かを評価した結果を示す。同欄中の“○(良好)”は、1パスあたりに形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm以上であったことを表し、“×(不良)”は形成される溶射皮膜の厚さが0.5μm未満であったか、あるいは溶射用スラリーの供給ができなかったことを表し、“-”は未試験を表す。なお、1パスとは、溶射装置(溶射ガン)が、溶射装置または溶射対象(基材)の運行方向(走査方向)に沿って行う1回の溶射操作のことをいう。
【0099】
<APS溶射条件>
溶射装置: Northwest Mettech社製の“Axial III”
スラリー供給機: Northwest Mettech社製の“M650”
Arガス流量: 81L/min
窒素ガス流量: 81L/min
水素ガス流量: 18L/min
プラズマ電力: 88kW
溶射距離: 50mm
溶射機移動速度: 240m/min
溶射用スラリー供給量: 3L/hour」

(i)「【0100】
・・・
表4中の“溶射皮膜のX線回折ピーク相対強度”欄には、各溶射用スラリーから形成された溶射皮膜についてX線回折(XRD)分析した結果に基づき、検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたものである。なお、HVOF溶射とAPS溶射との両方で溶射皮膜を形成できたサンプルについては、APS溶射にて形成した溶射皮膜について分析した結果を示した。“Y_(2)O_(3)”欄は酸化イットリウムからなる相の、“YF_(3)”欄はフッ化イットリウムからなる相の、“YOF”欄は化学組成がYOF(Y_(1)O_(1)F_(1))で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y_(7)O_(8)F_(9)”欄は化学組成がY_(7)O_(6)F_(9)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y_(6)O_(5)F_(8)”欄は化学組成がY_(6)O_(5)F_(8)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相の、“Y_(5)O_(4)F_(7)”欄は化学組成がY_(5)O_(4)F_(7)で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相のメインピークの相対強度を示す。
・・・
【0102】
XRD分析には、X線回折分析装置(RIGAKU社製、Ultima IV)を用い、X線源としてCuKα線(電圧20kV、電流10mA)を用い、走査範囲を2θ=10°?70°、スキャンスピード:10°/min、サンプリング幅:0.01°、発散スリット:1°、発散縦制限スリット:10mm、散乱スリット:1/6°、受光スリット:0.15mm、オフセット角度:0°として測定を行った。
なお、参考までに、各結晶相のメインピークは、Y_(2)O_(3)については29.157°付近に,YF_(3)については27.881°付近に,YOFについては28.064°付近に,Y_(5)O_(4)F_(7)については28.114°付近に検出される。」

(j)「【0104】
<プラズマ暴露試験>
溶射皮膜のプラズマ暴露試験は、次のようにして行った。すなわち、まず、基材上に、上記の溶射条件で20mm×20mmの溶射皮膜を形成し、溶射皮膜の表面を皮膜厚さが2mmとなるまで鏡面研磨したのち、溶射皮膜の四隅をマスキングテープでマスキングすることで試験片を用意した。・・・」

(k)「【0106】
【表4】



(l)「【0107】
表4に示すように、本願の規定に適合する溶射用スラリーの場合、成膜性の評価がいずれも良好であった。また、表4中には示していないが、本願の規定に適合する溶射用スラリーは溶射粒子として平均粒径が10μm以下の比較的微細な粒子を用いているため、得られた溶射皮膜はいずれも、気孔率が10%以下と高い緻密度であった。」

b 甲第13号証に記載された発明
(a)上記a(a)、(h)によれば、甲第13号証には、「基材」に「大気プラズマ(APS)溶射により」「溶射皮膜を形成した」「部材」が記載されている。

(b)上記a(k)の表4の特にNo.16、17、19、20、23?25には、以下の7つの溶射皮膜について、「溶射皮膜 X線回折ピーク相対強度」が記載されている。ここで、上記a(i)には、「表4中の“溶射皮膜のX線回折ピーク相対強度”欄には、各溶射用スラリーから形成された溶射皮膜についてX線回折(XRD)分析した結果に基づき、検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたものである。」と記載されている。

No.16、17、19、20 Y_(5)O_(4)F_(7):50、YOF:35、Y_(2)O_(3):15
No.23 Y_(5)O_(4)F_(7):65、YOF:25、Y_(2)O_(3):10
No.24 Y_(5)O_(4)F_(7):60、YOF:30、Y_(2)O_(3):10
No.25 Y_(5)O_(4)F_(7):75、YOF:20、Y_(2)O_(3):5

(c)上記a(j)の「溶射皮膜の表面を皮膜厚さが2mmとなるまで鏡面研磨したのち」との記載から、各実施例における溶射皮膜の厚さは「2mm超」であるといえる。
上記a(l)の記載から、上記実施例における溶射皮膜の気孔率は「10%以下」であるといえる。
上記a(h)、(k)の記載から、上記実施例における溶射皮膜は、「溶射用スラリー」を「大気圧プラズマ(APS)溶射」することで形成されたものであることが記載されている。
上記a(c)、(g)の表2には、上記実施例における溶射用スラリーに含まれる溶射粒子の平均粒子径D_(50)、小粒径側から97%目の粒子の粒子径である積算97%粒径(D_(97))は、それぞれ、以下のように記載されている。

No.16 D_(50):1.2μm、D_(97):3.8μm
No.17 D_(50):1.6μm、D_(97):4.6μm
No.19 D_(50):1.5μm、D_(97):5.2μm
No.20 D_(50):1.2μm、D_(97):3.9μm
No.23 D_(50):2.1μm、D_(97):8.8μm
No.24 D_(50):2.5μm、D_(97):11.2μm
No.25 D_(50):4.2μm、D_(97):7.6μm

(d)そうすると、甲第13号証には、以下の発明(以下、「先願発明2-1?2-7」という。)が記載されていると認められる。

先願発明2-1
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が50、YOFが35、Y_(2)O_(3)が15であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が1.2μm、97%粒径D_(97)が3.8μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-2
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が50、YOFが35、Y_(2)O_(3)が15であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が1.6μm、97%粒径D_(97)が4.6μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-3
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が50、YOFが35、Y_(2)O_(3)が15であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が1.5μm、97%粒径D_(97)が5.2μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-4
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が50、YOFが35、Y_(2)O_(3)が15であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が1.2μm、97%粒径D_(97)が3.9μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-5
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が65、YOFが25、Y_(2)O_(3)が10であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が2.1μm、97%粒径D_(97)が8.8μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-6
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が60、YOFが30、Y_(2)O_(3)が10であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が2.5μm、97%粒径D_(97)が11.2μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

先願発明2-7
「基材に、大気プラズマ(APS)溶射により、Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜を形成した部材であって、前記溶射皮膜について、X線回折で検出された各結晶相のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度として、Y_(5)O_(4)F_(7)が75、YOFが20、Y_(2)O_(3)が5であり、前記溶射皮膜の厚さが2mm超であり、気孔率が10%以下であり、平均粒子径D_(50)が4.2μm、97%粒径D_(97)が7.6μmである溶射粒子を含む溶射用スラリーを用いて大気圧プラズマ溶射により溶射皮膜を形成した部材。」

c 対比・判断
(a)本件発明1について
本件発明1と、先願発明2-1?2-7とをそれぞれ対比する。
(a1)先願発明2-1?2-7の「溶射皮膜」は、本件発明1の「溶射膜」に相当し、また、先願発明2-1?2-7の「基材」は、「溶射皮膜」が形成されるものであるから、本件発明1の「溶射膜が形成される基材」に相当する。
(a2)先願発明2-1?2-7の「溶射皮膜を形成した部材」は、本件発明1の「溶射部材」に相当する。
(a3)先願発明2-1?2-7の「Y_(5)O_(4)F_(7)の結晶相を含む溶射皮膜」は、それぞれ本件発明1の「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を・・・含む溶射膜」に包含される。
(a4)先願発明2-1?2-7の「溶射皮膜について、X線回折で検出された」「Y_(5)O_(4)F_(7)」「のメインピークの強度が、検出された全ての結晶相のメインピーク強度の合計に占める割合(百分率)として算出されたX線回折ピーク相対強度」は、本件発明1の「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対」する「前記希土類酸フッ化物に帰属するピーク相の最大ピークの強度の和」に相当し、以下のそれぞれの値で一致し、先願発明2-1?2-7の「Y_(5)O_(4)F_(7)」の「結晶相」は、本件発明1における「主相」であるといえる。

先願発明2-1?2-4:50%
先願発明2-5:65%
先願発明2-6:60%
先願発明2-7:75%

(a5)そうすると、本件発明1と先願発明2-1?2-7とは以下の点で一致する。
(一致点)
先願発明2-1?2-7
「溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含む溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である溶射部材。」

(a6)一方で、本件発明1と先願発明2-1?2-7は、次の相違点1’、及び相違点2’で相違する。

(相違点1’)
「溶射膜」について、本件発明1は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるのに対して、先願発明2-1?2-7は、大気プラズマ(APS)溶射により形成した点。

(相違点2’)
本件発明1の「溶射膜」は「希土類フッ化物」を含むものであるのに対して、先願発明2-1?2-7の溶射皮膜は、希土類フッ化物を含むものではない点。

(a7)そこで、事案に鑑み、上記相違点2’について検討する。
(相違点2’について)
上記相違点2’を「課題解決のための具体化手段における微差」といえる根拠は見当たらない。したがって、上記相違点2’は、実質的な相違点といえる。

(a8)よって、本件発明1と先願発明2-1?2-7とは、少なくとも上記相違点2’で実質的に相違しているから、上記相違点1’について検討するまでもなく、両者が実質同一であるとはいえない。

(b)本件発明2、4、7について
本件発明2、4、7に係る請求項2、4、7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明2、4、7は、本件発明1の特定事項を全て含むものであって、これらの発明と先願発明2-1?2-7とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点1’及び相違点2’で相違する。
そして、上記相違点2’については、上記(a)(a8)において検討したとおりであるから、実質的な相違点といえる。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明2、4、7についても、先願発明2-1?2-7と実質同一であるとはいえない。

(c)本件発明3、8について
(c1)本件発明3、8と先願発明2-1?2-7とを対比すると、上記(a)の検討したのと同様に、両者は少なくとも次の相違点1’’、及び相違点2’’で相違する。

(相違点1’’)
「溶射膜」について、本件発明3、8は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるのに対して、先願発明2-1?2-7は、溶射膜の形成方法が不明な点。

(相違点2’’)
本件発明3,8の「溶射膜」は「希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物」であるのに対して、先願発明2-1?2-7の溶射皮膜は、希土類酸フッ化物であるY_(5)O_(4)F_(7)、YOF、及び希土類酸化物であるY_(2)O_(3)を含むものではあるものの、希土類フッ化物を含むものではない点。

(c2)そこで、事案に鑑み、上記相違点2’’について検討する。
(相違点2’’について)
上記相違点2’’を「課題解決のための具体化手段における微差」といえる根拠は見当たらない。したがって、上記相違点2’’は、実質的な相違点といえる。

(c3)よって、本件発明3、8と先願発明2-1?2-7とは、少なくとも上記相違点2’’で実質的に相違しているから、その余の相違点について検討するまでもなく、両者が実質同一であるとはいえない。

d 小括
以上のとおり、本件発明1?4、7、8は、本件特許出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた甲第13号証に係る出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものとはいえない。

(2)取消理由としなかった申立理由について
ア 申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)について
(ア)甲第1号証の記載事項、及び甲第1号証に記載された発明
a 甲第1号証の記載事項
本件特許についての出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証には、以下の記載がある。
(なお、当審訳は、申立人が甲第1号証に付した日本語訳文に基づく。)

(a)「


(当審訳:
請求項5
第1項において、上記耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜は、X線回折パターンにおいて2θが、16°、28°又は32°でピークを示すイットリウム酸化フッ素(Y_(6)O_(5)F_(8))膜を含むことを特徴とする耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜。)

(b)「


(当審訳:
[0015]上記耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜は、基板上に1?300μmの厚さに形成し、・・・)

(c)「


(当審訳:
[0050]従来の方法である溶射法によって形成されたイットリア(Yttria)系セラミックコーティング膜は、表面粗さが5000nm以上であり、内部に気孔を多く含んでいるため、気孔を通じてコーティング膜の内部に反応ガスが浸透して汚染粒子の発生頻度が高まり、高い表面粗さによって選択的なエッチングを招いて耐プラズマ部材の寿命を短縮する主要な原因となった。
[0051]本発明による場合、セラミック粉末をエアロゾル(Aerosol)成膜法で基板に被覆して十分に厚く、気孔のない結晶質セラミックコーティング膜を形成することができる。・・・)

(d)「


(当審訳:
[0053]<実施例1>
[0054]原料粉末であるYF_(3)粉末を準備してエアロゾル成膜装置のエアロゾル供給部(10)に装着した。上記YF_(3)粉末は、3.2μmの平均粒子サイズを有するものを使用した。
[0055]YF_(3)粉末粒子間の凝集が抑制されながら容易に浮遊できるように振動子(18)を用いてYF_(3)粉末を振動させた。このとき、振動子(18)の回転数は200rpm程度に設定した。
[0056]キャリアガス供給部(30)からキャリアガスをエアロゾル供給部(10)に供給し、キャリアガスの流量は、流量制御手段(MFC)を通じて調節しながら導管(34)を通じてエアロゾル供給部(10)に供給されるようにしてYF_(3)粉末を浮遊させた。キャリアガスとしては、窒素(N_(2))ガスを使用し、キャリアガスの流量は5L/minに設定した。
[0057]振動子(18)とキャリアガスによって浮遊されたYF_(3)粉末は、エアロゾル(14)を形成するようになり、形成されたエアロゾル(14)は、圧力差によってエアロゾル供給部(10)から導管(16)を通じて成膜チャンバ(20)内のノズル(22)に供給された。ノズル(22)は10mm×0.4mmの噴射口を備える。
[0058]エアロゾル(14)がノズル(22)に供給される前に成膜チャンバ(20)の内部は圧力制御部(40)によって84mtorr程度の真空度に減圧され、成膜時の成膜チャンバ(20)内部の圧力は2.54Torr(338Pa)程度に維持されるようにした。
[0059]成膜チャンバ(20)の圧力が、所望する成膜条件が形成されると、エアロゾル供給部(10)から成膜チャンバ(20)のノズル(22)にエアロゾル(14)を供給してガラス基板からなる基板(26)に向かって噴射されるようにして成膜した。ノズル(22)の噴射口と基板(26)との間の距離は5mm程度であった。基板(26)に噴射されたエアロゾルは、衝撃によって粉砕されながら成膜されてイットリア系セラミックコーティング膜を形成するようになる。このとき、成膜の間に基板(26)の全体面積にわたって均一な厚さに成膜がなされるようにするためにホルダー(24)のスキャン速度は10mm/min程度に設定し、成膜は常温で進行した。
[0060]エアロゾル成膜法を用いて成膜されたイットリア系セラミックコーティング膜を800℃で空気(Air)雰囲気において1時間の間熱処理して酸素フッ化(Oxy-Fluoride)処理した。)

(e)「


(当審訳:
[0068]図2は、ガラス基板の表面に実施例1によりYF_(3)粉末をエアロゾル成膜法を用いて成膜した後、熱処理して酸素フッ化(Oxy-Fluoride)処理したセラミックコーティング膜のX線回折(X-ray Diffraction;XRD)パターンを示すグラフである。
[0069]図2を参照すると、熱処理前のYF_(3)粉末は、24°、27°、31°においてX線回折主ピークを形成するが、800℃で空気(Air)雰囲気において熱処理されて形成された結晶質セラミックコーティング膜は、16°、28°、32°付近で新しいピークを形成するのを見ることができ、酸素フッ化系(Oxy-Fluoride)であるイットリウム酸化フッ素(Y_(6)O_(5)F_(8);Yttrium Oxide Fluoride)を含む膜が生成されたことを推測することができる。)

(f)「
<図面2>



b 甲第1号証に記載された発明
上記aに摘記した甲第1号証の記載事項を総合勘案し、特に、実施例1に着目すると、甲第1号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「ガラス基板と、ガラス基板の表面にYF_(3)粉末をエアロゾル成膜法を用いて成膜した後、熱処理して酸素フッ化(Oxy-Fluoride)処理した耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜とを含むものであって、
上記耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜は、16°、28°、32°付近で新しいピークを形成するのを見ることができ、酸素フッ化系(Oxy-Fluoride)であるイットリウム酸化フッ素(Y_(6)O_(5)F_(8);Yttrium Oxide Fluoride)を含む膜であるもの。」(以下、「甲1発明」という。)

(イ)本件発明1について
a 本件発明1と甲1発明との対比
(a)甲1発明の「ガラス基板」は、本件発明1の「基材」に相当する。

(b)甲1発明の「イットリウム酸化フッ素(Y_(6)O_(5)F_(8);Yttrium Oxide Fluoride)」は、本件発明1の「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物」に相当する。

(c)そうすると、甲1発明の「16°、28°、32°付近で新しいピークを形成するのを見ることができ、酸素フッ化系(Oxy-Fluoride)であるイットリウム酸化フッ素(Y_(6)O_(5)F_(8);Yttrium Oxide Fluoride)を含む膜」と、本件発明1の「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含」む「溶射膜」とは、「希土類酸フッ化物」であるY_(6)O_(5)F_(8)の結晶相を含む膜で共通する。

(d)甲1発明の「ガラス基板」と「耐プラズマ結晶質セラミックコーティング膜」とを含むものと、本件発明1の「溶射部材」とは、「部材」である点で共通する。

(e)そうすると、本件発明1と甲1発明とは次の点で一致する。
(一致点A)
「膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を含む膜とを備える部材。」

(f)一方で、本件発明1と甲1発明とは次の各点で相違する。
(相違点A-1)
本件発明1は、基材に形成される膜が「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」「溶射膜」であるのに対して、甲1発明では、YF_(3)粉末をエアロゾル成膜法を用いて成膜した膜ではあるものの、「溶射膜」とはいえない点。

(相違点A-2)
本件発明1は、基材に形成される膜が「希土類フッ化物」を含むのに対して、甲1発明では、希土類フッ化物であるYF_(3)粉末を用いてエアロゾル成膜法によって膜が形成されるものの、当該膜が希土類フッ化物を含むか否か不明である点。

(相違点A-3)
本件発明1は、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相」を「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むのに対して、甲1発明は、上記のような「結晶相」を「主相」として含むか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点A-1について検討する。
(a)特許権者は、令和 2年 2月14日提出の意見書第5頁の「(4)取消理由1(サポート要件)について」「(イ)」において、「大気サスペンションプラズマ溶射では、溶射材料の供給に分散媒(水)が用いられ、溶射材料を粉末状で供給する大気プラズマ溶射と異なり、溶射粒子と共に分散媒(液体)がプラズマに供給される。分散媒はプラズマに供給されると瞬時に蒸発するが、その際に、溶射粒子の近傍で、気化熱を奪うため、基材上に溶射粒子が積層される際の雰囲気が、大気プラズマ溶射とは異なる。この差が、形成される溶射膜の構造、特に、緻密さ、ひいては、パーティクルの発生や、プラズマ耐性(耐酸性)の差を生んでいることが予想される。」と主張しており、この主張を考慮すれば、甲1発明の「YF_(3)粉末をエアロゾル成膜法を用いて成膜した膜」は、少なくとも、本件発明1の「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」「溶射膜」と同じ組成、構造の膜になっているとはいえないから、上記相違点A-1は、実質的な相違点であるといえる。

(b)したがって、上記相違点A-2、及び相違点A-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明とはいえない。

(c)次に上記相違点A-1についての容易想到性について検討する。
(c1)本件特許についての出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第2?7号証には、以下の記載がある。

甲第2号証
「【0020】
溶射の方法としては、ガス溶射、プラズマ溶射等溶射ハンドブックに掲載されている溶射法ならどのような溶射方法でもよい。近年、溶射ではないが、溶射法の一種であるエアロゾルデポジションという方法があるのでその方法でもよい。溶射条件は、大気圧溶射、雰囲気溶射、減圧溶射等のいずれの方法によるものでも公知方法でよく、ノズル又は溶射ガンと基材との距離、ノズル又は溶射ガンと基板との移動速度及びガス種及びガス流量、パウダー供給量をコントロールしながら、原料粉末を溶射装置に仕込み、所望の厚さになるように成膜させる。」

甲第3号証
「【0021】
このような点から、本発明を実施するには、比較的高速で1?1,000μmの膜厚の成膜が可能で、結晶性の高い皮膜が得られ、しかも基材の材質、大きさに対する制限の少ない施工法が適しており、材料を溶融又は軟化させ、その溶滴を基材に堆積させ、成膜する溶射法、微粒固体粒子を高速に基材に当て、堆積させるコールドスプレイ法やエアロゾルデポジション法等が望ましい。溶射法の場合、アルゴンガス、あるいはヘリウムガスをプラズマガスとして使用する。更にこれら不活性ガスに水素ガスを混合することにより、プラズマ温度が高くなり、プラズマガス速度が上がるため、より緻密な成膜が可能になる。水素ガスを1?40容量%混合することにより、緻密で反応性の低い膜を形成できる。即ち、この条件で溶射することにより、画像解析法での気孔率が10%以下の緻密な膜を得ることができる。このような緻密な膜を用いることで、より耐食性の良い、低パーティクルの皮膜を得ることができる。」

甲第4号証
「<2・2>減圧プラズマ溶射法
・・・溶射粒子と大気ガス成分との反応が起こらず、清浄な皮膜を形成できる。酸素と親和力の強い活性材料でも溶射が可能になる。また、低圧力雰囲気中で行われるので、皮膜中に取り込まれるガス量が少なくなり、気孔率の低い緻密な皮膜が得られる。」(第573頁右欄第1?7行)

「<2・3>高周波プラズマ溶射法およびハイブリッド溶射法
・・・高温領域が狭く高速である上に、ジェット流に対し直角の方から溶射材料を供給せねばならない直流プラズマ溶射法に比べ、溶射粒子の溶融状態は、はるかに、良好になる。緻密な皮膜が得やすく、荒い粒径の粒子でも材料として利用できる。」(第574頁左欄下から7?1行)

「3.皮膜形成技術の展開
・・・
<3・1>皮膜の清浄度の向上・高密度
・・・大気中溶射では溶射粒子の酸化が起こるため、積層粒子間の境界に、酸化物が多量に存在する。一方、減圧溶射法で得られた皮膜中には酸化物がほとんど観測されず緻密である。気孔率は、大気溶射皮膜が10%程度であるのに対し、減圧溶射皮膜では0.5%以下にできる。」(第574頁右欄第18?30行)

甲第5号証(対応日本語公表公報である特表2017-515001号公報の記載に基づく)
「【0049】
図4A及び図4Bは、Y_(2)O_(3)の乾燥粉末をプラズマ溶射すること(「ドライプラズマ溶射」)により準備されたプラズマ溶射コーティングの顕微鏡写真であり、異なる倍率で同じY_(2)O_(3)コーティングを示す。図5A及び図5Bは、一実施形態に係るY_(2)O_(3)のスラリーをプラズマ溶射することにより準備されたスラリープラズマ溶射コーティングの顕微鏡写真であり、異なる倍率で同じY_(2)O_(3)コーティングを示す。表1は、表面粗さ、空孔率、及び耐食性(例えば、HClバブル時間)の点で、図4A及び図4Bのドライプラズマ溶射コーティングに対して、図5A及び図5BのSPS堆積コーティングの改善された特性を示す。
【表1】

【0050】
図4A及び図4Bのドライプラズマ溶射コーティングは、非常に多孔質であり、下地の基板を露出させる欠陥を含むが、一方、図5A及び図5Bの溶媒溶射コーティングは、より多孔性ではなく、最小限の欠陥を有する。いくつかの実施形態では、SPS蒸着コーティング(例えば、図5A及び図5Bのもの)は、ドライプラズマ溶射コーティング(例えば、図4A及び図4Bのもの)を有する基板上に堆積させ、これによって欠陥をマスクし、最終的により平滑なセラミックスコーティングを提供することができる。」

甲第6号証
「【請求項1】
酸化イットリウム粒子及び分散媒を含んだ溶射用スラリーを溶射して得られる溶射皮膜であって、
酸化イットリウム粒子の純度が95質量%以上であり、
酸化イットリウム粒子の平均粒子径が6μm以下であり、
溶射用スラリー中の酸化イットリウム粒子の含有量が1.5?30体積%であり、
酸化イットリウム粒子のBET比表面積が1?25m^(2)/gであることを特徴とする溶射皮膜。」

「【0025】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
実施例1?5,7?15、参考例6及び比較例1?6においては、酸化イットリウム粒子と分散媒を含有し、必要に応じて分散剤をさらに含有したスラリーを用意した。実施例1?5,7?15、参考例6及び比較例1?4,6のスラリーを表1及び2のいずれかに示す条件で溶射することにより厚さ200μmの皮膜を形成し、比較例5のスラリーを塗布及び300度の温度で焼成することにより厚さ500μmの皮膜を形成した。」

「【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】



「【0031】
【表4】



甲第7号証
「【0068】
続く工程S3では、中間層が形成される。部品100及び部品100Aを作成する場合には、中間層108が形成される。部品100Bを作成する場合には、中間層108及び中間層110が形成される。部品100Cを作成する場合には、中間層112及び中間層108が形成される。工程S3の各中間層の形成では、各中間層を構成する材料の粒子を含むスラリーを用いた溶射が行われる。溶射には、大気圧プラズマ溶射(APS)法又は高速フレーム溶射(HVOF)法といった種々の溶射法を用いることができる。なお、中間層108の形成には、粒径10μm以上35μm以下の粒子を含むスラリーを用いることができる。かかる粒径の粒子を含むスラリーは低コストで準備することが可能である。」

「【0086】
<製造方法PMの工程S5の溶射におけるX及びθに関する評価>
【0087】
HVOF法及びAPS法を用いて、図8及び図9に示したX及びθを種々に変更しながら、フッ化イットリウム製の溶射皮膜を作成した。溶射皮膜の作成には、1.5μmの平均粒径のフッ化イットリウムの粒子を35%の質量比で含むスラリーを用いた。また、溶射においては、溶射対象、即ち、基材を含む生産物の温度を250℃に設定した。」

「【0091】
【表1】



「【0098】
<製造方法PMの工程S5の溶射におけるスラリー中の粒子の粒径に関する評価>
【0099】
HVOF法及びAPS法を用いて、フッ化イットリウムの粒子の平均粒径を種々に変更しながら、フッ化イットリウム製の溶射皮膜を作成した。溶射皮膜の作成には、フッ化イットリウムの粒子を35%の質量比で含むスラリーを用いた。また、HVOF法では、X=50mm、θ=90度に設定した。APS法では、X=15mm、θ=90度に設定した。また、基材を含む生産物の温度を250℃に設定した。そして、作成した溶射皮膜を上述した評価項目に従って評価した。また、作成した溶射皮膜の気孔率及び膜厚を求めた。表3に評価結果を示す。
【0100】
【表3】



(c2)ここで、上記(c1)に摘記したとおり、甲第2?4号証には、コールドスプレイ法、エアロゾルデポジション法、減圧プラズマ溶射法、高周波プラズマ溶射法及びハイブリッド溶射法についての記載はあるものの、上記相違点A-1に係る「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により」溶射膜を形成する方法は記載されていない。

(c3)一方、上記(c1)に摘記した事項によれば、フッ化イットリウム等の粒子を含むスラリーを用いて大気プラズマ溶射により溶射膜を形成する技術自体は、本件特許についての出願の優先日前に既に周知であったといえる。

(c4)しかしながら、上記(ア)a(c)に摘記したとおり、甲1発明は、従来の方法である溶射法によって形成されたイットリア(Yttria)系セラミックコーティング膜の「表面粗さが5000nm以上であり、内部に気孔を多く含んでいるため、気孔を通じてコーティング膜の内部に反応ガスが浸透して汚染粒子の発生頻度が高まり、高い表面粗さによって選択的なエッチングを招いて耐プラズマ部材の寿命を短縮する」という課題を解決するために、エアロゾル(Aerosol)成膜法を採用していることを考慮すると、甲1発明のエアロゾル成膜法を用いて成膜することに換えて、上記cの周知技術を適用することには、阻害要因があると言わざるを得ず、これを組合せようとする動機付けも見いだせない。

(c5)したがって、上記相違点A-2、及び相違点A-3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明、及び甲第2?7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)本件発明2、4、7について
本件発明2、4、7に係る請求項2、4、7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明2、4、7は、本件発明1の特定事項を全て含むものであって、これらの発明と甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点A-1で相違する。
そして、上記相違点A-1については、上記(イ)b(c)(c4)のとおりであるから、本件発明2、4、7も、本件発明1と同様、甲1発明、及び甲第2?7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(エ)本件発明3、8について
a 本件発明3、8と甲1発明との対比
(a)上記(イ)a(a)?(e)において検討したのと同様であるから、本件発明3と甲1発明とは、次の点で一致する。
(一致点B-1)
「膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を含む膜とを備える部材。」

(b)また、甲1発明のY_(6)O_(5)F_(8)における「Y」(イットリウム)は、希土類元素であるから、本件発明8と甲1発明とは、次の点で一致する。
(一致点B-2)
「膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を含む膜とを備える部材であり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上である部材。」

(c)一方で、本件発明3、8と甲1発明とはそれぞれ次の各点で相違する。
(相違点B-1)
本件発明3、8は、基材に形成される膜が「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」「溶射膜」であるのに対して、甲1発明では、YF_(3)粉末をエアロゾル成膜法を用いて成膜した膜ではあるものの、「溶射膜」とはいえない点。

(相違点B-2)
本件発明3、8は、基材に形成される膜が「希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であ」るのに対して、甲1発明では、希土類フッ化物であるYF_(3)粉末を用いてエアロゾル成膜法によって膜が形成されるものの、当該膜が上記混合物であるのか否か不明である点。

(相違点B-3)
本件発明3、8は、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相」を「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むのに対して、甲1発明は、上記のような「主相」として含むか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点B-1について検討する。
(a)この点については、上記(イ)bにおいて検討したとおりであり、上記相違点B-1は実質的な相違点であるから、上記相違点B-2、及び相違点B-3について検討するまでもなく、本件発明3、8は、甲第1号証に記載された発明とはいえない。

(b)また、上記相違点B-1については、上記(イ)b(c)(c4)において相違点A-1について検討したのと同様であるから、上記相違点B-2、及び相違点B-3について検討するまでもなく、本件発明3、8は、甲1発明、及び甲第2?7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(オ)小括
以上のとおりであるから、本件発明1?4、7、8は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、同発明に係る特許が、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものであるとはいえない。
また、本件発明1?4、7、8は、甲第1?7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとはいえない。

イ 申立理由3(進歩性)について
(ア)甲第8号証の記載事項、及び甲第8号証に記載された発明
a 甲第8号証の記載事項
本件特許についての出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第8号証には、以下の記載がある。

(a)「【請求項1】
希土類元素(Ln)のオキシフッ化物を含む原料粉末を有機溶媒に分散させて得たスラリーを用いて基材の表面へ溶射して得られ、希土類元素(Ln)のオキシフッ化物、フッ化物および酸化物を主成分として含む皮膜を備える、皮膜付き基材。・・・
【請求項3】
希土類元素(Ln)がイットリウム(Y)である、請求項1または2に記載の皮膜付き基材。
【請求項4】
前記オキシフッ化物がLnOF、Ln_(3)O_(2)F_(5)、Ln_(2)OF_(4)、LnO_(1-X)F_(1+2X)、LnO_(0.4)F_(2.2)およびLnO_(1-X)F_(1+2X)(0<X<1)からなる群から選ばれる少なくとも1つである、請求項1?3のいずれかに記載の皮膜付き基材。」

(b)「【0010】
本発明は、耐プラズマ性が高く、剥がれ難く、耐酸性に優れ、表面抵抗値が高い溶射皮膜を基材の表面に有する皮膜付き基材、その製造方法およびその皮膜付き基材を含む半導体製造装置部材を提供することを目的とする。」

(c)「【実施例】
【0070】
厚さ3mmのアルミニウム基板を用意し、この基板の主面上へYOF粒子を原料粉末として用いてフレーム溶射し、約3μmの厚さの皮膜を形成した。
ここでYOF粒子は平均粒子径(D_(50))が3μmであり、組成(原子数%)がY:22atm%、F:53atm%、O:9atm%、C:15atm%のものである。組成比から推定すると、イットリウムのオキシフッ化物とフッ化物(YF)との混合物であると考えられる。
【0071】
フレーム溶射における処理条件は第1表に示す4通り(条件1?4)である。なお、フレーム溶射装置は、図1に示したものを用いた。
【0072】
【表1】

【0073】
このようにして得られた各々の皮膜付き基板について性能等の評価を行った。なお、以下では条件1によって得られた皮膜付き基板を「皮膜付き基板1」ともいう。条件2,3,4によって得られた皮膜付き基板についても同様に「皮膜付き基板2」、「皮膜付き基板3」、「皮膜付き基板4」ともいう。
【0074】
<皮膜の組成分析>
皮膜付き基板1?4の各々について、微小部蛍光X線分析装置(島津製作所株式会社製、機種:XRF-1700)を用いて、皮膜を構成する元素の濃度を測定した。そして、微小部蛍光X線分析装置による測定結果から、FP法を用いて皮膜に含まれる元素の含有量を求めた。FP法とは、質量吸収係数・蛍光収率・X線源のスペクトル分布などの物理定数(ファンダメンタル・パラメーター)を用いて、蛍光X線強度の理論式から理論X線強度を求め、測定X線強度との対比を行って、各成分の濃度を算出する方法である。
結果を第2表に示す。
【0075】
【表2】

【0076】
第2表の結果より、いずれの皮膜もYOF単体からなるものではなく、組成が類似する複数の物質の混合体であると推定される。
【0077】
<皮膜を構成する粒子の結晶構造分析>
皮膜付き基板1?4の各々の皮膜について、X線回折装置(島津製作所株式会社製、XRD-6000)を用いて結晶構造を分析した。測定手法はθ-2θ法を用いて、以下の条件により行った。θ-2θ法はX線源を固定し試料台をθだけ動かした時、検知器部を2θ動かしながらスキャンする方法である。
X線源:CuターゲットX線源
管電圧:40kV
管電流:30mA
発散スリット:1°
散乱スリット:1°
受光スリット:0.3mm
【0078】
その結果、Y_(2)O_(3)(立方晶および単斜晶)、YF_(3)、YOFの各々の存在を示すピークが確認された。ただし、ピークが明確でない場合もあり、皮膜はアモルファスの部分を多く含むと推定される。」

b 甲第8号証に記載された発明
上記aに摘記した甲第8号証の記載事項を総合勘案し、特に、実施例の「条件1」によって得られた「皮膜付き基板1」に着目すると、甲第8号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「厚さ3mmのアルミニウム基板を用意し、この基板の主面上へYOF粒子を原料粉末として用いてフレーム溶射し、約3μmの厚さの皮膜を形成した皮膜付き基板1であって、
ここでYOF粒子は、平均粒子径(D_(50))が3μmであり、組成(原子数%)がY:22atm%、F:53atm%、O:9atm%、C:15atm%のものであり、組成比から推定すると、イットリウムのオキシフッ化物とフッ化物(YF)との混合物であり、
フレーム溶射における処理条件は、酸素含有気体(酸素)の流量375L/min、主燃料(灯油)の流量144L/min、補助燃料(アセチレン)圧力25psi、スラリー供給量45ml/min、先端筒の先端から基板の主面までの距離90mmであり、
皮膜を構成する元素の濃度が、Y:19atm%、F:67atm%、O:6atm%、C:8atm%であり、
皮膜について、X線回折装置(島津製作所株式会社製、XRD-6000)を用いて結晶構造を分析した結果、Y_(2)O_(3)(立方晶および単斜晶)、YF_(3)、YOFの各々の存在を示すピークが確認された、
皮膜付き基板1。」(以下、「甲8発明」という。)

(イ)本件発明1について
a 本件発明1と甲8発明との対比
(a)甲8発明の「アルミニウム基板」、及び「フレーム溶射」により「皮膜」を形成した「皮膜付き基板1」は、本件発明1の「基材」、及び「溶射部材」に相当する。

(b)甲8発明の「皮膜」は、フレーム溶射により形成されたものであるから、本件発明1の「溶射膜」に相当する。

(c)甲8発明の「皮膜」の結晶構造を分析した結果、Y_(2)O_(3)(立方晶および単斜晶)、YF_(3)、YOFの各々の存在を示すピークが確認されたことは、本件発明1の「溶射膜」が「希土類酸フッ化物の結晶相」を含むこと、及び「更に希土類フッ化物を含」むことと、共通する。

(d)そうすると、本件発明1と甲8発明とは次の点で一致する。
(一致点C)
「溶射膜が形成される基材と、希土類酸フッ化物の結晶相を含み、更に希土類フッ化物を含む溶射膜とを備える溶射部材。」

(f)一方で、本件発明1と甲8発明とは次の各点で相違する。
(相違点C-1)
溶射膜に含まれる「希土類酸フッ化物の結晶相」について、本件発明1は、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相」とし、該結晶相を「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むものであるのに対して、甲8発明は、そのような結晶相であるか否か不明である点。

(相違点C-2)
本件発明1の「溶射膜」は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるのに対して、甲8発明の「皮膜」は、平均粒子径(D_(50))が3μmであり、組成(原子数%)がY:22atm%、F:53atm%、O:9atm%、C:15atm%のものであり、組成比から推定すると、イットリウムのオキシフッ化物とフッ化物(YF)との混合物であ」る「YOF粒子」を原料粒子としてフレーム溶射により形成されたものである点。

b 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点C-1について検討する。
(a)本件特許についての出願の優先日前に頒布された刊行物である甲第9?11号証には、以下の記載がある。

甲第9号証
「[0012] 以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の溶射用スラリーは、希土類元素のオキシフッ化物(LnOF)を含む粒子を有することを特徴の一つとしている。本発明における希土類元素のオキシフッ化物(LnOF)は、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)からなる化合物である。LnOFとしては、希土類元素(Ln)、酸素(O)、フッ素(F)のモル比がLn:O:F=1:1:1である化合物でも良い。あるいは、LnOFは、前記のモル比がLn:O:F=1:1:1以外の化合物でも良い。例えば、Ln=Yの場合、LnOFとしては、YOFだけではなく、Y_(5)O_(4)F_(7)やY_(7)O_(6)F_(9)、Y_(4)O_(6)F_(9)等も含み、これらのうち1種以上のオキシフッ化物を含むものである。」

甲第10号証
「【0014】
希土類元素オキシフッ化物を大気中でプラズマ溶射する場合、オキシフッ化物が酸化物に分解する可能性がある。特に溶射材料粉末に多量の水もしくは水酸基を含んでいると、オキシフッ化物の分解が起こり、希土類元素酸化物になり、フッ素はフッ化水素などのガスに変わる。そしてその溶射膜は希土類元素酸化物と希土類元素フッ化物の混合物になる。そのため、水及び水酸基の含有量としては10000ppm以下、好ましくは5000ppm以下、更に好ましくは1000ppm以下である造粒粉末の原料を使用することが望ましい。
【0015】
また、溶射材料粉末中に含有する炭素は0.5質量%以下とされ、好ましく0.3質量%以下、より好ましくは0.1質量%以下である。炭素が高いと、希土類元素オキシフッ化物の酸素と反応して二酸化炭素に変わることにより、希土類元素オキシフッ化物の分解を引き起こす可能性がある。含有する炭素を低くすることにより、溶射中の希土類元素オキシフッ化物の分解を抑え、良好に希土類元素オキシフッ化物溶射膜を得ることができる。」

甲第11号証
「【0033】
〈熱処理〉
本発明のフッ化物含有膜の特徴は結晶性の高い皮膜であり、成膜のままで結晶性が高く、単一相の皮膜が製造できる方法が最適であるが、一般的にそのような成膜法は少ない。熱分解CVD法は比較的結晶性の高い皮膜が製造できるが、基材温度を500?1000℃に加熱する必要があり、基材が限定されるだけでなく、膜厚も数μm程度である。他の成膜法も結晶相を高めるためには数百度以上の熱処理が必要であり、やはり基材の制限がある。特に、樹脂材料やアルミニウム合金等の数百℃で分解や軟化、溶融するような材料に成膜することは困難である。本発明の実施には、その中でも先に記載したように、粒子もしくは溶滴を堆積させて製造することが好ましく、溶射法は数μmから数十μmの粒子を数千℃から数万℃のプラズマフレームの中に供給し、瞬間的に溶融または半溶融させ堆積させるので、条件の制御で比較的結晶性の高い皮膜ができる。ただし、高温から急冷されるので、一部非晶質相や異相の生成が起こり易い。この場合、本発明者らの検討では、IIIA族のフッ化物皮膜は主相と同材料系の第2相が混在する場合があるが、膜を200?500℃で保持することにより、主相の単一相になることを見出した。」

(b)上記(a)に摘記した甲第9?11号証の記載を参照しても、甲第9号証に「Re_(5)O_(4)F_(7」)、及び「Re_(7)O_(6)F_(9)」に相当する「Y_(5)O_(4)F_(7)」や「Y_(7)O_(6)F_(9)」が記載されているに留まり、これらの希土類酸フッ化物の結晶相が、「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むことについての記載も示唆もない。

(c)また、上記ア(ア)aに摘記したとおり、甲第1号証には、「Y_(6)O_(5)F_(8);Yttrium Oxide Fluoride)を含む膜」が形成されたことは記載されているが、当該膜において「Y_(6)O_(5)F_(8)」が「主相」として含まれているかは不明である。

(d)さらに、上記ア(イ)b(c)(c1)に摘記した甲第4?7号証の記載を参照しても、溶射膜が、希土類酸フッ化物の結晶相を含むことや、「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むことについての記載も示唆もない。

(e)そうすると、甲第1号証、甲第4?7号証、及び甲第9?11号証の各記載を参照しても、甲8発明において、上記相違点C-1の特定事項を備えようとする動機付けを見いだせない。

(f)したがって、上記相違点C-2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲8発明、及び甲第1号証、甲第4?7号証、及び甲第9?11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)本件発明2、4、7について
本件発明2、4、7に係る請求項2、4、7は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明2、4、7は、本件発明1の特定事項を全て含むものであって、これらの発明と甲8発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点C-1、及び相違点C-2で相違する。
そして、上記相違点C-1については、上記(イ)bのとおりであるから、本件発明2、4、7も、本件発明1と同様、甲8発明、及び甲第1号証、甲第4?7号証、及び甲第9?11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(エ)本件発明3、8について
a 本件発明3、8と甲8発明との対比
(a)上記(イ)a(a)?(d)において検討したのと同様であるから、本件発明3と甲8発明とは、次の点で一致する。
(一致点D-1)
「溶射膜が形成される基材と、希土類酸フッ化物の結晶相を含み、更に希土類フッ化物を含む溶射膜とを備える溶射部材。」

(b)また、甲8発明の「皮膜」を構成する元素である「Y」(イットリウム)は、希土類元素であるから、本件発明8と甲8発明とは、次の点で一致する。
(一致点D-2)
「溶射膜が形成される基材と、希土類酸フッ化物の結晶相を含み、更に希土類フッ化物を含む溶射膜とを備える溶射部材であり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上である溶射部材。」

(c)一方で、本件発明3、8と甲8発明とは次の各点で相違する。
(相違点D-1)
溶射膜に含まれる「希土類酸フッ化物の結晶相」について、本件発明3、8は、「Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相」とし、該結晶相を「溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上である」「主相」として含むものであるのに対して、甲8発明は、そのような結晶相であるか否か不明である点。

(相違点D-2)
本件発明3、8の「溶射膜」は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるのに対して、甲8発明の「皮膜」は、平均粒子径(D_(50))が3μmであり、組成(原子数%)がY:22atm%、F:53atm%、O:9atm%、C:15atm%のものであり、組成比から推定すると、イットリウムのオキシフッ化物とフッ化物(YF)との混合物であ」る「YOF粒子」を原料粒子としてフレーム溶射により形成されたものである点。

b 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点D-1について検討するに、上記相違点D-1については、上記(イ)bにおいて相違点C-1について検討したのと同様であるから、上記相違点D-2について検討するまでもなく、本件発明3、8は、甲8発明、甲第1号証、甲第4?7号証、及び甲第9?11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(オ)小括
以上のとおりであるから、本件発明1?4、7、8は、甲第1、4?11号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるとはいえない。

ウ 申立理由6(サポート要件、実施可能要件)について
(ア)申立人は、特許異議申立書第23頁において「(4-8)特許法第36条第6項第1号及び同第4項第1号(申立理由6)」として、「本件請求項1には「溶射膜」がどのような溶射方法により製造されるものなのか、何らの規定もない。・・・そうすると当業者には、フレーム溶射法や顆粒のプラズマ溶射等のサスペンションスラリープラズマ溶射以外の方法を行ったり、平均粒径が15μm以上と大きなスラリーでサスペンションスラリー溶射を行った場合にまで、「酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材」が得られることは当然理解できない。・・・本件請求項1?7に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に記載された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。また同様の理由から、本件明細書の詳細な説明の記載は当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。」と主張しているので、以下検討する。

(イ)上記第3の1のとおり、本件発明1?4、7、8に係る「溶射部材」を構成する「溶射膜」は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるから、本件発明1?4、7、8には、上記(ア)の主張にいう、「フレーム溶射法や顆粒のプラズマ溶射等のサスペンションスラリープラズマ溶射以外の方法を行ったり、平均粒径が15μm以上と大きなスラリーでサスペンションスラリー溶射を行った場合」が含まれないことは明らかであるし、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載が、本件発明1?4、7、8について、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえることは、上記5(1)アにおいて検討したとおりである。

(ウ)また、上記第3の2(1)、(7)?(16)に摘記した本件明細書の「技術分野」に関する記載や、実施例の記載を参照すれば、本件発明1?4、7、8に係る「溶射部材」を製造するとともに、半導体製造におけるエッチング工程などにおいてハロゲン系ガスプラズマ雰囲気に曝される部材などとして好適に使用することは、十分可能であるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1?4、7、8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものといえる。

(エ)小括
以上のとおり、本件発明1?4、7、8に係る発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、また、本件発明1?4、7、8は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

エ 申立理由7(明確性要件;いわゆる「プロダクトバイプロセスクレーム」の点)について
(ア)申立人は、特許異議申立書第26頁において、「(4-9)特許法第36条第6項第2号(申立理由7)」「(5)」として、「また、特許権者が甲1記載の膜と本件発明の膜の製造方法が異なると主張するのであれば本件各請求項の記載はプロダクトバイプロセスクレームに該当し、かつ、本件明細書にはいわゆる不可能・非実際的事情が述べられていないから、本件請求項1?7の範囲は不明確である。」と主張しているので、以下検討する。

(イ)上記第3の1のとおり、本件発明1?4、7、8に係る「溶射部材」を構成する「溶射膜」は、「希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ものであるから、本件発明1?4、7、8に係る請求項1?4、7、8の記載は、「物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合」に該当する。

(ウ)ここで、その場合の請求項の記載が「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時においてその物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られ(不可能・非実際的事情)、そうでない場合には、当該物の発明は不明確であると判断するのが相当である(最二小判平成27 年6 月5 日(平成24 年(受)1204 号、同2658 号・民集69 巻4 号700 頁、同904 頁)「プラバスタチンナトリウム事件」判決)。

(エ)この点について、特許権者は、令和 2年 2月14日提出の意見書第5頁の「(4)取消理由1(サポート要件)について」「(イ)」において、「ここで、「溶射部材」が「大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」溶射膜を備えるものであることが特定されたので、「溶射部材」の物の発明について、その物の製造方法が記載されていることになるが、大気サスペンションプラズマ溶射では、溶射材料の供給に分散媒(水)が用いられ、溶射材料を粉末状で供給する大気プラズマ溶射と異なり、溶射粒子と共に分散媒(液体)がプラズマに供給される。分散媒はプラズマに供給されると瞬時に蒸発するが、その際に、溶射粒子の近傍で、気化熱を奪うため、基材上に溶射粒子が積層される際の雰囲気が、大気プラズマ溶射とは異なる。この差が、形成される溶射膜の構造、特に、緻密さ、ひいては、パーティクルの発生や、プラズマ耐性(耐酸性)の差を生んでいることが予想される。しかしながら、この溶射膜の構造やプラズマ耐性の差は、電子顕微鏡による観察、XRD分析、組成分析などの通常の分析手法では、明確な差としては表れず、特殊な分析を実施すれば、差を明らかにできる可能性はあるものの、その労力は過大である。したがって、訂正後の請求項1?4、7、8に係る発明には、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(不可能・非実際的事情)が存在するので、訂正後の請求項1?4、7、8の記載は、特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合する。」と主張しており、この主張を考慮すれば、本件発明1?4、7、8に不可能・非実際的事情が存在することは十分推認されるといえるから、本件請求項1?4、7、8の記載は、特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合したものである。

(オ)なお、申立人は、令和 2年 3月26日提出の意見書第8頁の「[4]訂正に伴う新たな明確性要件違反」において、「「大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」という記載が今般、本件特許の各独立項に追加された。この記載は製造方法によって物を特定しているところ、特許権者は不可能・非実際的事情が存在すると主張しているが誤りである。・・・すなわち、大気サスペンションプラズマ溶射を実施したことにより、溶射材料を粉末状態で供給する大気プラズマ溶射では得られない、気孔率1vol%以下の溶射膜が得られている。従って、本件発明の溶射膜は、「大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ではなく「溶射膜の気孔率が1%以下」とすることにより物として明確に特定することが可能である。・・・今般、大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜の気孔率を特許請求の範囲から削除した理由は、出願時に特許権者が気孔率の測定方法の開示が不十分であったためで、前記溶射膜を物として特定する際の不可能又は非実際的な事情には該当しない。・・・不可能又は非実際的な事情があったと主張することは許されない。」と主張しているが、本件発明1?4、7、8に係る「溶射膜」について、「大気サスペンションプラズマ溶射により形成された」ことにより得られる構造を気孔率のみによって特定可能であるとする根拠は不明であり、また、特許権者が溶射膜の気孔率を特許請求の範囲から削除したことと、本件発明1?4、7、8に不可能・非実際的事情が存在することとが直接関連するともいえないから、このような主張は採用しない。

(カ)小括
以上のとおり、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、本件発明1?4、7、8について、特許を受けようとする発明が明確であるといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由及び特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?4、7、8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?4、7、8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件請求項5、6に係る特許は訂正により削除されたため、それらに対して申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない不適法な特許異議の申立てであって、その補正をすることができないものであるから、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。


 
発明の名称 (54)【発明の名称】
溶射部材
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造におけるエッチング工程などにおいてハロゲン系ガスプラズマ雰囲気に曝される部材などとして好適な溶射部材に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造においては、エッチング工程(エッチャー工程)において、腐食性が高いハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理される。金属アルミニウム又は酸化アルミニウムなどのセラミックスの表面に、酸化イットリウム(特許文献1:特開2002-080954号公報、特許文献2:特開2007-308794号公報)や、フッ化イットリウム(特許文献3:特開2002-115040号公報、特許文献4:特開2004-197181号公報)を大気圧プラズマ溶射することで、これらの膜を成膜した部材が、耐腐食性に優れたものとなることが知られており、エッチング装置(エッチャー)のハロゲン系ガスプラズマに触れる部分には、そのような溶射部材が採用されている。半導体製品の製造工程で用いられるハロゲン系腐食ガスには、フッ素系ガスとしては、SF_(6)、CF_(4)、CHF_(3)、ClF_(3)、HFなどが、また、塩素系ガスとしては、Cl_(2)、BCl_(3)、HClなどが用いられる。
【0003】
酸化イットリウムをプラズマ溶射して製造する酸化イットリウム成膜部材は、技術的な問題が少なく、早くから半導体用溶射部材として実用化されている。しかし、酸化イットリウムの成膜部材には、エッチング工程のプロセス初期に、最表面の酸化イットリウムがフッ化物に反応し、エッチング装置内のフッ素ガス濃度が変化して、エッチング工程が安定しないという問題がある。この問題は、プロセスシフトと呼ばれる。
【0004】
この問題に対応するため、フッ化イットリウムの成膜部材を採用することが検討されている。しかし、フッ化イットリウムは、酸化イットリウムと比べて、僅かながらハロゲン系ガスプラズマ雰囲気での耐食性が低い傾向にある。また、フッ化イットリウム溶射膜は酸化イットリウム溶射膜と比べて、表面のヒビが多く、パーティクルの発生が多いという問題もある。
【0005】
そこで、溶射材料として、酸化イットリウムとフッ化イットリウムの両方の性質をもつオキシフッ化イットリウムが着目され、近年では、オキシフッ化イットリウムを用いる検討がなされ始めている(特許文献5:特開2014-009361号公報)。しかし、オキシフッ化イットリウム成膜部材は、オキシフッ化イットリウムを溶射材料として大気プラズマ溶射する際、酸化によってフッ素が減少し酸素が増加し、組成がずれて、酸化イットリウムを生成してしまうため、溶射膜をオキシフッ化イットリウムとして安定して成膜することが難しい。
【0006】
一方、溶射材料を固体のまま供給するプラズマ溶射(以下、単に、プラズマ溶射と呼ぶ)に代わる成膜技術として、サスペンションプラズマ溶射(SPS)が開発された。サスペンションプラズマ溶射は、溶射材料をスラリーで供給する方法であり、プラズマ溶射と比べて、表面のヒビが少ない溶射膜を成膜できるという特徴がある。サスペンションプラズマ溶射による溶射部材は、半導体製造用エッチング装置やCVD装置のハロゲン系ガスプラズマに接触する部材への適用が検討されている。例えば、酸化イットリウムのスラリー材料(特許文献6:特開2010-150617号公報)やオキシフッ化イットリウムのスラリー材料(特許文献7:国際公開第2015/019673号)を用いたサスペンションプラズマ溶射が提案されている。しかし、オキシフッ化イットリウムのスラリー材料を用いた場合も、サスペンションプラズマ溶射であっても、プラズマ溶射同様、溶射膜をオキシフッ化イットリウムとして安定して成膜することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-080954号公報
【特許文献2】特開2007-308794号公報
【特許文献3】特開2002-115040号公報
【特許文献4】特開2004-197181号公報
【特許文献5】特開2014-009361号公報
【特許文献6】特開2010-150617号公報
【特許文献7】国際公開第2015/019673号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、酸化イットリウム溶射膜やフッ化イットリウム溶射膜と比べて、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物溶射膜を得るため、サスペンションプラズマ溶射で希土類酸フッ化物溶射膜を安定して成膜できるサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により好適に製造される溶射部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従って、本発明は、下記の溶射部材を提供する。
〔1〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含み、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
〔2〕 希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする〔1〕記載の溶射部材。
〔3〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
〔4〕 上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする〔1〕乃至〔3〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔7〕 上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることを特徴とする〔1〕乃至〔4〕のいずれかに記載の溶射部材。
〔8〕 溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする溶射部材。
【0010】
また、本発明は、下記のサスペンションプラズマ溶射用スラリー、希土類酸フッ化物溶射膜の形成方法及び溶射部材が関連する。
[1] 酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射に用いられる溶射材料であって、最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子を5質量%以上40質量%以下含有し、水及び有機溶媒から選ばれる1種又は2種以上を溶媒とすることを特徴とするサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
[2] 更に、有機化合物からなる凝集防止剤を3質量%以下含有することを特徴とする[1]記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
[3] 更に、希土類酸化物、希土類水酸化物及び希土類炭酸塩から選ばれる1種又は2種以上の微粒子添加剤を5質量%以下含有することを特徴とする[1]又は[2]記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
[4] 希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする[1]乃至[3]のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
[5] 上記サスペンションプラズマ溶射が、大気サスペンションプラズマ溶射であることを特徴とする[1]乃至[4]のいずれかに記載のサスペンションプラズマ溶射用スラリー。
[6] 基材上に、[1]乃至[4]のいずれかに記載のスラリーを溶射材料とし、酸素を含有するガスを含む雰囲気下で、サスペンションプラズマ溶射により溶射膜を形成する工程を含むことを特徴とする希土類酸フッ化物溶射膜の形成方法。
[7] 上記サスペンションプラズマ溶射が、大気サスペンションプラズマ溶射であることを特徴とする[6]記載の形成方法。
[8] 上記溶射膜が、希土類酸フッ化物を主相として含むことを特徴とする[6]又は[7]記載の形成方法。
[9] 上記希土類酸フッ化物が、ReOF、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物を含むことを特徴とする[6]乃至[8]のいずれかに記載の形成方法。
[10] 上記溶射膜が、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることを特徴とする[6]乃至[9]のいずれかに記載の形成方法。
[11] 溶射膜が形成される基材と、希土類酸フッ化物を主相として含む溶射膜とを備えることを特徴とする溶射部材。
[12] 希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする[11]記載の溶射部材。
[13] 上記希土類酸フッ化物が、ReOF、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物を含むことを特徴とする[11]又は[12]記載の溶射部材。
[14] 上記溶射膜が、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることを特徴とする[11]乃至[13]のいずれかに記載の溶射部材。
[15] 上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする[11]乃至[14]のいずれかに記載の溶射部材。
[16] 上記溶射膜の気孔率が1%以下であることを特徴とする[11]乃至[15]のいずれかに記載の溶射部材。
【発明の効果】
【0011】
本発明のサスペンションプラズマ溶射用スラリーを用いることにより、基材上に、プロセスシフトや、パーティクルの発生が少ない希土類酸フッ化物を含む溶射膜を、酸素を含有するガスを含む雰囲気下で、サスペンションプラズマ溶射により、安定して形成することができる。この溶射膜を備える溶射部材は、ハロゲン系ガスプラズマに対する耐食性に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明のスラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射、特に、大気雰囲気下でプラズマを形成する大気サスペンションプラズマ溶射に好適に用いられる。本発明においては、プラズマが形成される周囲の雰囲気ガスが、大気の場合を、大気サスペンションプラズマ溶射と呼ぶ。また、プラズマが形成される場の圧力は、大気圧下などの常圧の他、加圧下、減圧下であってもよい。
【0013】
本発明のサスペンションプラズマ溶射用スラリーは、酸素を含有するガスを含む雰囲気下で、サスペンションプラズマ溶射により、希土類酸フッ化物を含む溶射膜、特に希土類酸フッ化物を主相とする溶射膜を、安定して形成することができるものである。希土類フッ化物を、大気雰囲気下でプラズマ溶射すると、溶射膜の酸素濃度(酸素含有率)が増える一方、フッ素濃度(フッ素含有率)は減少する。このような希土類フッ化物の酸化により、希土類フッ化物から希土類酸フッ化物を含む溶射膜を形成することができるが、得られる溶射膜は、酸化の程度が低すぎる場合は、希土類フッ化物の特性が優位となってしまう一方、酸化の程度が高すぎる場合は、希土類酸化物の特性が優位となってしまう。
【0014】
本発明では、上述した希土類フッ化物の酸化によって、希土類酸フッ化物を含む溶射膜を得るために、サスペンションプラズマ溶射において供給するスラリーを、最大粒子径(D100(体積基準))が12μm以下の希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーとする。溶射材料を固体のまま供給するプラズマ溶射では、一般に、平均粒径(D50)が20?50μmの粒子をプラズマ炎に供給して粒子を溶融させて、溶射膜を形成する。プラズマ溶射の場合は、粒径が小さすぎると、粒子が飛散してプラズマ炎に入らず、粒径が大きすぎると、プラズマ炎から落下し、溶融しないため、このような粒径のものが用いられる。
【0015】
一方、本発明においては、大気サスペンションプラズマ溶射などの、酸素を含有するガスを含む雰囲気下でのサスペンションプラズマ溶射において、溶射材料の粒子又はそれが溶融した液滴を酸化させるが、酸化は粒子又は液滴の表面から進行するため、希土類フッ化物を酸化させるためには、上述したプラズマ溶射で用いられるような大粒子では、プラズマ内での滞留時間を長くする必要が生じる。しかし、滞留時間を長くすると、プラズマ炎からの落下につながり、粒子又は液滴同士の結合も進行するため、プラズマ炎から落下する確率が高くなる。そのため、大粒径の粒子では、酸化の程度と溶射状態とを同時に制御することが困難である。
【0016】
これに対して、本発明では、上述した大気雰囲気下における酸化を考慮し、最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子を用いる。このような比較的小粒径の希土類フッ化物粒子を、水及び有機溶媒から選ばれる1種又は2種以上を分散媒とするスラリーとして、酸素を含有するガスを含む雰囲気下、特に大気雰囲気下でサスペンションプラズマ溶射することにより、酸化の程度を、希土類酸フッ化物の特性が効果的に発揮される酸素含有率、例えば、原料希土類フッ化物粒子の酸素含有率(質量%)と比較して、プラズマを通過することによって燃焼したり、揮発したりせずに、原料希土類フッ化物と共に溶射膜を形成する無機成分(例えば、後述する微粒子添加剤など)を除いた原料希土類フッ化物ベース(以下、単に原料希土類フッ化物ベースという)で、酸素含有率が1質量%(+1ポイント)以上、特に2質量%(+2ポイント)以上で、5質量%(+5ポイント)以下、特に4質量%(+4ポイント)以下、とりわけ3質量%(+3ポイント)以下増加した溶射膜を、制御性よく形成することができる。
【0017】
溶媒が水を含む場合、溶媒である水がフッ化物の酸化に寄与するので、例えば、スラリー中の希土類フッ化物粒子の酸素含有率が2質量%であれば、溶射膜の酸素含有率を、原料希土類フッ化物ベースの酸素含有率で3質量%以上、特に4質量%以上で、7質量%以下、特に6質量%以下、とりわけ5質量%以下とすることができる。また、スラリー中の希土類フッ化物粒子が、実質的に酸素を含有していないものであれば、溶射膜の酸素含有率を、原料希土類フッ化物ベースの酸素含有率で1質量%以上、特に2質量%以上で、5質量%以下、特に4質量%以下、とりわけ3質量%以下とすることができる。溶媒が有機溶媒のみの場合、有機溶媒は、構成元素中の酸素の割合が水と比べて低いので、酸化の程度が低くなり、例えば、スラリー中の希土類フッ化物粒子の酸素含有率が0.5質量%であれば、溶射膜の酸素含有率を、原料希土類フッ化物ベースの酸素含有率で0.1質量%以上、特に0.3質量%以上で、3質量%以下、特に2質量%以下、とりわけ1質量%以下とすることができる。一方、溶射膜のフッ素含有率は、例えば、原料希土類フッ化物がイットリウムフッ化物であり、スラリーが後述する微粒子添加剤を含まない場合、通常、31.6質量%以上、特に33.5質量%以上で、38質量%以下、特に37質量%以下、とりわけ35質量%以下である。
【0018】
本発明のスラリーに含まれる希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)は、10μm以下、特に8μm以下であることが好ましい。最大粒子径(D100)の下限は、通常6μm以上である。また、希土類フッ化物粒子の平均粒径(D50(体積基準))は、1μm以上で、5μm以下、特に3μm以下が好適である。特に、溶射時のプラズマ印加電力(溶射電力)が120kW以下の場合は、希土類フッ化物粒子の平均粒径(D50)を、1μm以上3μm以下とすることがより好ましい。更に、希土類フッ化物粒子の比表面積(BET表面積)は、5m^(2)/g以下、特に3m^(2)/g以下、とりわけ2m^(2)/g以下が好ましい。希土類フッ化物粒子の比表面積(BET表面積)の下限は、特に限定されるものではないが、通常0.5m^(2)/g以上、好ましくは1m^(2)/g以上、より好ましくは1.5m^(2)/g以上である。
【0019】
希土類フッ化物は、従来公知の方法で製造されたものを用いることができ、例えば、希土類酸化物粉末と、希土類酸化物に対して当量で1.1倍以上の酸性フッ化アンモニウム粉末とを混合し、窒素ガス雰囲気などの酸素のない雰囲気下で、300℃以上800℃以下で、1時間以上10時間以下焼成することにより製造することができる。希土類フッ化物は、市販品であってもよい。これらは必要に応じて、ジェットミルなどで粉砕し、空気分級などで分級して、所定の粒径の粒子として用いることができる。
【0020】
原料である希土類フッ化物は、少量であれば酸素の含有は許容される。希土類フッ化物が酸素を含有している場合、その一部が、希土類酸化物や希土類酸フッ化物などで存在していることが考えられるが、本発明で用いられる原料希土類フッ化物のほとんど、例えば90質量%以上、好ましくは95質量%以上、より好ましくは98質量%以上、更に好ましくは99質量%以上が、希土類三フッ化物で構成されている点において、原料として希土類酸化物や希土類酸フッ化物を用いる場合とは異なる。原料希土類フッ化物は、実質的に全て(例えば99.9質量%以上)が希土類三フッ化物で構成されていてもよい。希土類フッ化物の酸素含有率は、10質量%以下、特に5質量%以下のものでも使用可能であるが、希土類フッ化物の酸素含有率は、2質量%以下であることが好ましく、特に1質量%以下であることが好ましく、実質的に酸素が含有されていない(例えば、酸素含有率が0.1質量%以下)であってもよい。
【0021】
スラリー中の希土類フッ化物粒子の濃度は、5質量%以上40質量%以下とする。この濃度は、20質量%以上が好ましく、また、30質量%以下が好ましい。スラリー中の希土類フッ化物粒子の濃度が5質量%未満では、溶射効率が低く、また、プラズマ中での希土類フッ化物の酸化が進行しすぎるため好ましくない。一方、40質量%を超えると、プラズマ中で安定して液滴を形成することができず、また、プラズマ中での希土類フッ化物の酸化が不足するため好ましくない。
【0022】
スラリーを構成する他の必須成分である溶媒としては、水及び有機溶媒から選ばれる1種又は2種以上を用いる。溶媒は、水は単独で用いても、有機溶媒と混合して用いても、有機溶媒単独で用いてもよい。スラリー中の原料希土類フッ化物粒子の酸素含有率に対して、溶射膜の酸素含有率をより高めたいときには、水系のスラリーがよく、溶射膜の酸素含有率の増大を抑えたいときには、有機溶媒のスラリーが好ましい。有機溶媒としては、有害性や環境への影響を考慮して選択することが好ましく、例えば、アルコール、エーテル、エステル、ケトンなどが挙げられる。より具体的には、炭素数が2?6の一価又は二価のアルコール、エチルセロソルブ等の炭素数が3?8のエーテル、ジメチルジグリコール(DMDG)等の炭素数が4?8のグリコールエーテル、エチルセロソルブアセテート、ブチルセロソルブアセテート等の炭素数が4?8のグリコールエステル、イソホロン等の炭素数が6?9の環状ケトンなどが好ましい。有機溶媒は、燃焼性や安全性の観点から、水と混合できる水溶性有機溶媒が特に好適である。
【0023】
溶媒が水の場合は、プラズマが低温であると、水の蒸発に熱量が奪われてしまい、液滴を形成できない場合があるが、溶媒が有機溶媒であれば、その燃焼により熱量を補うことができる。そのため溶射時のプラズマ印加電力(溶射電力)が高い場合、例えば100kW以上の場合は、安全性の観点から水のみを用いることが有利であり、溶射電力が低い場合、例えば100kW未満、特に50kW未満の場合は、上記観点から有機溶媒のみを用いることが有利である。また、溶射電力が50kW以上100kW未満の場合は、水と有機溶媒との混合物を用いてもよい。
【0024】
本発明のスラリーには、希土類フッ化物粒子の凝集を防ぐため、有機化合物、特に水溶性有機化合物からなる凝集防止剤を含んでいてもよい。凝集防止剤としては、界面活性剤などが好適である。希土類フッ化物は、ゼータ電位が+に帯電しているので、アニオン界面活性剤が好ましく、特に、ポリエチレンイミン系のアニオン界面活性剤、ポリカルボン酸型高分子系のアニオン界面活性剤などを用いることが好ましい。溶媒が水を含むものの場合は、アニオン界面活性剤が好ましいが、溶媒が有機溶媒のみの場合は、ノニオン界面活性剤を用いることもできる。スラリー中の凝集防止剤の濃度は、3質量%以下、特に1質量%以下が好ましく、0.01質量%以上、特に0.03質量%以上がより好ましい。
【0025】
本発明のスラリーは、希土類酸化物、希土類水酸化物及び希土類炭酸塩から選ばれる1種又は2種以上の微粒子添加剤を含んでいてもよい。微粒子添加剤を添加することでも、希土類フッ化物粒子の凝集防止や沈降防止の効果が得られる。微粒子添加剤の平均粒径(D50(体積基準))は、希土類フッ化物粒子の平均粒径(D50(体積基準))の1/10以下が好ましい。スラリー中の微粒子添加剤の濃度は、5質量%以下、特に4質量%以下が好ましく、0.1質量%以上、特に2質量%以上がより好ましい。
【0026】
スラリーは、所定量の希土類フッ化物と、溶媒と、必要に応じて凝集防止剤、微粒子添加剤などの他の成分を混合することにより、製造することができる。特に、希土類フッ化物や微粒子添加剤などの固体成分を過度に粉砕しないようにするためには、例えば、樹脂製ボールミルと樹脂製ボール(例えば10mmφ以上)とを用いることが好ましい。この場合、混合時間は、例えば1時間以上6時間以下とすることができる。更に、凝集した粒子の解砕と、混入物の除去のためには、混合後のスラリーを、500メッシュ(目開き25μm)以下の篩に通すことが有効である。
【0027】
半導体製造装置用部材などに適用される溶射部材は、基材上に、上述したスラリーを溶射材料とし、酸素を含有するガスを含む雰囲気下で、サスペンションプラズマ溶射により溶射膜を形成することにより製造することができ、このような方法により、基材上に、希土類酸フッ化物溶射膜を形成することができる。
【0028】
基材としては、ステンレス、アルミニウム、ニッケル、クロム、亜鉛及びそれらの合金、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素及び石英ガラスなどから選ばれ、溶射部材の用途、例えば、半導体製造装置用の溶射部材として好適な基材が選択される。溶射の雰囲気、即ち、プラズマを取り囲む雰囲気は、希土類フッ化物を酸化させる必要があるため、酸素を含有するガスを含む雰囲気とする。酸素を含有するガスを含む雰囲気としては、酸素ガス雰囲気、酸素ガスと、アルゴンガスなどの希ガス及び/又は窒素ガスとの混合ガス雰囲気などが挙げられ、典型的には、大気雰囲気が挙げられる。また、大気雰囲気は、大気と、アルゴンガスなどの希ガス及び/又は窒素ガスとの混合ガス雰囲気であってもよい。
【0029】
プラズマを形成するためのプラズマガスは、アルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス、窒素ガスから選択される少なくとも2種類以上を組み合わせた混合ガスであることが好ましく、特に、アルゴンガス及び窒素ガスの2種の混合ガス、アルゴンガス、水素ガス及び窒素ガスの3種の混合ガス、又はアルゴンガス、水素ガス、ヘリウムガス及び窒素ガスの4種の混合ガスが好適である。
【0030】
溶射操作として具体的には、例えば、まず、スラリー供給装置に希土類フッ化物粒子を含むスラリーを充填し、配管(パウダーホース)を用いてキャリアガス(通常、アルゴンガス)により、プラズマ溶射ガン先端部まで希土類フッ化物粒子を含むスラリーを供給する。配管は内径が2?6mmφのものが好ましい。この配管のいずれか、例えば、配管へのスラリー供給口には、500メッシュ(目開き25μm)以下の篩を設けることで、配管やプラズマ溶射ガンでの詰まりを防止することができる。この篩の目開きは、スラリー中の希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)の2倍程度の大きさが、スラリーを安定して供給できるため好ましい。
【0031】
プラズマ溶射ガンからプラズマ炎の中にスラリーを液滴で噴霧して、パウダー、即ち、希土類フッ化物粒子を連続供給することで、希土類フッ化物が溶けて液化し、プラズマジェットの力で液状フレーム化する。サスペンションプラズマ溶射では、プラズマ炎内で溶媒が蒸発するため、本発明のスラリーを用いることにより、溶射材料を固体のまま供給するプラズマ溶射ではできなかった細かい粒子を溶融させることができ、また、粗い粒子がないので、大きさが一定に揃った液滴とすることができる。そして、基材に液状フレームを接触させることにより、溶融した希土類フッ化物が基材表面に付着し、固化して堆積する。この際、溶融前の希土類フッ化物、溶融した希土類フッ化物、及び基材上に堆積した希土類フッ化物が、各段階で酸化して、希土類酸フッ化物となる。希土類酸フッ化物溶射膜は、自動機械(ロボット)や人間の手を使って、液化フレームを基材表面に沿って左右又は上下に動かしながら、基板表面上の所定の範囲を走査することによって形成することができる。溶射膜の厚さは、10μm以上、特に30μm以上であることが好ましく、150μm以下、特に100μm以下であることが好ましい。
【0032】
サスペンションプラズマ溶射における、溶射距離、電流値、電圧値、ガス種類、ガス供給量などの溶射条件に、特に制限はなく、従来公知の条件を適用することができ、基材、希土類フッ化物粒子を含むスラリー、得られる溶射部材の用途などに応じて、適宜設定すればよい。また、基材上に希土類酸フッ化物溶射膜を形成する前に、予め、例えば、厚さが50?300μm程度の希土類酸化物の層を、下地膜として、例えば常圧での、大気プラズマ溶射、大気サスペンションプラズマ溶射などで形成した後、希土類酸フッ化物溶射膜を形成してもよい。
【0033】
本発明のスラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射により、希土類酸フッ化物を含む溶射膜、特に、希土類酸フッ化物を主相として含む溶射膜を形成することができ、基材上に、このような溶射膜を備える溶射部材を製造することができる。この希土類酸フッ化物には、ReOF、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物が含まれていることが好ましい。溶射膜には、希土類酸フッ化物以外が含まれていてもよく、例えば、希土類酸フッ化物以外に、希土類酸化物及び/又は希土類フッ化物を含んでいてもよい。この場合、溶射膜は、希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であることが特に好ましい。希土類酸フッ化物が主相である溶射膜は、例えば、溶射膜のX線回折(XRD)において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの和に対して、希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの和が50%以上、特に60%以上であるものとすることができ、特に、最大ピークが希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることが好ましい。更に、本発明のスラリーを用いたサスペンションプラズマ溶射では、気孔率が1体積%以下、特に0.5体積%以下の緻密な溶射膜を得ることができる。
【0034】
本発明において、スラリーに含まれる希土類酸フッ化物、希土類酸化物、希土類水酸化物、希土類炭酸塩などにおける希土類元素、及び溶射膜を構成するReOF、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)、Re_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)などの希土類酸フッ化物、更には、溶射膜に希土類酸フッ化物と共に含まれていてもよい希土類酸化物、希土類フッ化物などにおける希土類元素としては、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上が好ましく、希土類元素として、イットリウム、ガドリニウム、イッテルビウム及びルテチウムのいずれかを含むこと、特に、希土類元素が、イットリウムのみ、又は主成分(例えば90モル%以上)であるイットリウムと、残部のイッテルビウム又はルテチウムとで構成されていることが好ましい。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0036】
[実施例1?7、比較例1、2]
〔実施例1?7の希土類フッ化物粒子及びスラリーの製造〕
表1又は表2に示される希土類フッ化物の希土類元素の組成比で調整し、希土類酸化物1kgに対して、酸性フッ化アンモニウム粉末1.2kgを混合し、窒素雰囲気中、650℃で、2時間焼成して、希土類フッ化物を得た。得られた希土類フッ化物は、ジェットミルで粉砕し、空気分級して、表1又は表2に示される最大粒子径(D100)の希土類フッ化物粒子とした。得られた希土類フッ化物粒子の粒度分布(D100、D50)及びBET比表面積を表1又は表2に示す。粒度分布はレーザー回折法、BET比表面積は、(株)マウンテック製、全自動比表面積測定装置 Macsorb HM model-1280で、各々測定した(以下同じ)。また、得られた粒子の酸素濃度(酸素含有率)及びフッ素濃度(フッ素含有率)を表1又は表2に示す。酸素濃度は、LECO社製、THC600を用いて不活性ガス融解赤外吸収法により、フッ素濃度は、溶解イオンクロマトグラフィ法により、各々分析した(以下同じ)。
【0037】
次に、得られた希土類フッ化物粒子に、表1又は表2に示される凝集防止剤と、微粒子添加剤(実施例3?5のみ)とを加え、更に、表1又は表2に示される溶媒を加え、これらを15mmφのナイロンボールが入ったナイロンポットに入れて約2時間混合し、得られた混合物を目開き500メッシュ(25μm)の篩に通して、希土類フッ化物のスラリーを得た。
【0038】
〔比較例1の酸フッ化イットリウム粒子及びスラリーの製造〕
酸化イットリウム1kgに対して、酸性フッ化アンモニウム粉末1.2kgを混合し、窒素雰囲気中、650℃で、4時間焼成して、酸フッ化イットリウムを得た。得られた酸フッ化イットリウムは、ジェットミルで粉砕し、空気分級して、表1又は表2に示される最大粒子径(D100)の酸フッ化イットリウム粒子とした。得られた酸フッ化イットリウム粒子の粒度分布(D100、D50)を表1又は表2に示す。また、得られた粒子の酸素濃度(酸素含有率)及びフッ素濃度(フッ素含有率)を表1又は表2に示す。
【0039】
次に、得られた酸フッ化イットリウム粒子に、表1又は表2に示される凝集防止剤を加え、更に、表1又は表2に示される溶媒を加え、これらを15mmφのナイロンボールが入ったナイロンポットに入れて約2時間混合し、得られた混合物を目開き500メッシュ(25μm)の篩に通して、酸フッ化イットリウムのスラリーを得た。
【0040】
〔比較例2のフッ化イットリウム粒子の製造〕
酸化イットリウム1kgに対して、酸性フッ化アンモニウム粉末1.2kgを混合し、窒素雰囲気中、650℃で、2時間で焼成して、フッ化イットリウムを得た。得られたフッ化イットリウムは、ジェットミルで粉砕し、バインダーとしてポリビニルアルコール(PVA)を添加してスラリーとし、スプレードライヤーを用いて造粒した後、窒素雰囲気中、700℃で、4時間焼成して、表1又は表2に示される最大粒子径(D100)のフッ化イットリウム粒子とした。得られたフッ化イットリウム粒子の粒度分布(D100、D50)を表1又は表2に示す。また、得られた粒子の酸素濃度(酸素含有率)及びフッ素濃度(フッ素含有率)を表1又は表2に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
〔溶射膜の形成及び溶射部材の製造〕
実施例1?7及び比較例1の各々のスラリー又は比較例2の粒子を用い、予め常圧下の大気プラズマ溶射により、表面上に厚さ150μmの酸化イットリウムの下地膜を形成したアルミニウム基材に、表3又は表4に示される条件で、大気プラズマサスペンション溶射(実施例1?7及び比較例1)又は大気プラズマ溶射(比較例2)により、表3又は4に示される膜厚の溶射膜を形成した。実施例1、4及び5並びに比較例2は、エリコンメテコ社の溶射機Triplexにて、実施例2、3、6及び7並びに比較例1は、プログレッシブ社の溶射機CITSにて溶射を実施した。
【0044】
【表3】

【0045】
【表4】

【0046】
〔溶射膜の物性の評価〕
得られた溶射部材から溶射膜を削り取り、X線回折法により分析した。得られたX線プロファイルから、得られた各々の溶射膜を構成する相を同定し、それらの最大ピーク強度比を測定した。また、溶射膜の酸素濃度(酸素含有率)は、LECO社製、THC600を用いて不活性ガス融解赤外吸収法により、フッ素濃度(フッ素含有率)は、溶解イオンクロマトグラフィ法により、各々分析した。更に、溶射膜の断面の電子顕微鏡写真から画像解析で気孔率を、溶射膜表面の硬度を、(株)アカシ(現(株)ミツトヨ)製ビッカース硬度計AVK-C1により、各々測定した。結果を表5又は表6に示す。
【0047】
〔溶射膜の耐食性の評価〕
得られた溶射部材の溶射膜の表面上に、マスキングテープでマスキングした部分と、マスキングテープでマスキングしていない露出部分を形成し、リアクティブイオンプラズマ試験装置にセットして、周波数13.56MHz、プラズマ出力1,000W、エッチングガスCF_(4)(80vol%)+O_(2)(20vol%)、流量50sccm、ガス圧50mtorr(6.7Pa)、12時間の条件で、プラズマ耐食性試験を行った。試験後、マスキングテープを剥がし、レーザー顕微鏡を使用して、露出部分とマスキング部分との間の、腐食による高さの差を4点測定して、平均値を高さ変化量として求めることにより、耐食性を評価した。結果を表5又は表6に示す。
【0048】
【表5】

【0049】
【表6】

【0050】
最大粒子径(D100)が12μm以下の希土類フッ化物粒子のスラリーを用いて大気プラズマサスペンション溶射で溶射膜を形成した実施例1?7では、溶射中に、希土類フッ化物粒子が酸化され、希土類酸フッ化物が成膜される。実施例1?7では、希土類酸フッ化物を主相とする溶射膜が得られており、その結果、気孔率が低い緻密な膜であり、高硬度で、かつ耐食性に優れた溶射膜が得られている。また、水系のスラリーを用いた実施例1?5では溶射膜の酸素含有率がより高まり、有機溶媒のスラリーを用いた実施例6、7では、酸素含有率の増大が抑えられている。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、更に希土類フッ化物を含み、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
【請求項2】
希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1記載の溶射部材。
【請求項3】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることを特徴とする溶射部材。
【請求項4】
上記溶射膜の厚さが、10μm以上150μm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の溶射部材。
【請求項5】(削除)
【請求項6】(削除)
【請求項7】
上記溶射膜のX線回折において、最大ピークが上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の溶射部材。
【請求項8】
溶射膜が形成される基材と、Re_(5)O_(4)F_(7)、Re_(6)O_(5)F_(8)及びRe_(7)O_(6)F_(9)(Reは希土類元素を表す)から選ばれる1種又は2種以上の希土類酸フッ化物の結晶相を主相として含み、上記希土類酸フッ化物と希土類酸化物と希土類フッ化物との混合物であり、希土類フッ化物粒子を溶媒に分散させたスラリーであって、該希土類フッ化物粒子の最大粒子径(D100)が12μm以下であるスラリーを供給する大気サスペンションプラズマ溶射により形成された溶射膜とを備え、上記主相とは、上記溶射膜のX線回折において、溶射膜を構成する結晶相の各相の最大ピークの強度の和に対して、上記希土類酸フッ化物に帰属する結晶相の最大ピークの強度の和が50%以上であることであり、上記希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする溶射部材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-02-08 
出願番号 特願2018-2338(P2018-2338)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 16- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 坂本 薫昭  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 粟野 正明
土屋 知久
登録日 2018-06-08 
登録番号 特許第6347310号(P6347310)
権利者 信越化学工業株式会社
発明の名称 溶射部材  
代理人 特許業務法人英明国際特許事務所  
代理人 特許業務法人英明国際特許事務所  

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