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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  A23D
審判 一部申し立て 特174条1項  A23D
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23D
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23D
管理番号 1372702
異議申立番号 異議2020-700144  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-03-03 
確定日 2021-03-03 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6570832号発明「食用油脂の製造方法および戻り臭の抑制方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6570832号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔4、5〕について訂正することを認める。 特許第6570832号の請求項3?5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6570832号の請求項1?5に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成26年12月26日に特許出願され、令和1年8月16日にその特許権の設定登録がされ、同年9月4日にその特許公報が発行され、その後、令和2年3月3日に特許異議申立人清水 将博(以下、「特許異議申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。
その後の手続の経緯は以下のとおりである。
令和2年 6月30日付け:取消理由通知
同年 9月 3日 :訂正請求書、意見書の提出(特許権者)
同年10月 1日付け:訂正請求があった旨の通知
同年11月 6日 :意見書の提出(特許異議申立人)

第2 訂正の適否についての判断
令和2年9月3日に提出された訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、本件訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。

1 訂正の内容
本件訂正の内容は以下の訂正事項1?3のとおりである。
(1)訂正事項1
訂正前の請求項4の「食用油脂の製造において、以下の工程(ii):」との記載を訂正後に「食用油脂の製造において、再精製として以下の工程(ii):」と訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項4の「前記工程(i)での処理対象油が」との記載を訂正後に「前記工程(ii)での処理対象油が」と訂正する。

(3)訂正事項3
訂正前の請求項5の「前記工程(i)(ii)での吸着剤が」との記載を訂正後に「請求項3の前記工程(i)および請求項4の前記工程(ii)での吸着剤が」と訂正する。

なお、訂正前の請求項4及び5について、請求項5は請求項4を直接引用しているものであって、訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項4に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項4及び5に対応する訂正後の請求項4及び5は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

2 判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、請求項4の「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」について、食用油脂の製造において特定している「工程(ii)」を、再精製として適用することを明らかにしたものであり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張又は変更について
訂正事項1の「食用油脂の製造において、再精製として以下の工程(ii):」を適用することについては、本件特許明細書の背景技術の段落【0005】に「RBDパーム系油脂の品質に応じて、輸入後に我が国における規格に合うよう、再精製されるのが一般的である。再精製したRBDパーム系油脂は、上記のとおり、低温下で保存中に特異的に「戻り臭」が生じることがあるため、風味劣化を抑制できる方法が望まれていた」こと、また、実施例(【0046】?【0081】)において、RBDパーム油の再精製(特に、段落【0047】?【0049】(RBDパーム油の再精製)、【0058】、【0060】?【0062】(実施例11、13?15))を行ったこと、評価方法において、再精製済みのパーム油の「2-ノネナール生成量の定量」及び「戻り臭の有無の官能評価」を行ったこと(段落【0066】、【0067】等)が記載されており、訂正事項1は、願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内で行われるものであり、上記訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、請求項4の「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」おいて、食用油脂の製造において特定している「工程(ii)」に対して、処理対象油の工程が「前記工程(i)」と特定され、対応する工程が異なるという誤記が存在していたものを改めたものである。
そして、本件特許明細書の段落【0021】には、「本発明の食用油脂の製造方法においては、原料油または原料油に精製処理を行った精製油を処理対象油とし、
(i)吸着剤とアルカリ物質とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
(ii)pH5.0以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程
のうちいずれかを含むことを特徴としている」と記載されており、本発明の食用油脂の製造方法において適用される工程は、「工程(i)」か、「工程(ii)」のいずれかと理解でき、請求項4は、「工程(ii)」を特定していることから、請求項4の「前記工程(i)」は、「前記工程(ii)」の明らかな誤記であると認められる。
そうすると、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に掲げる誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張又は変更について
訂正事項2は、本件特許明細書、特許請求の範囲の記載から明らかな誤記を訂正するものであるから、願書に最初に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で行われるものである。また、上記訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、請求項3又は請求項4を引用している請求項5の「前記工程(i)(ii)での吸着剤」について、工程(i)、工程(ii)を特定している請求項を、「請求項3の前記工程(i)および請求項4の前記工程(ii)での吸着剤が」とそれぞれ明確に特定したものであり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張又は変更について
本件特許明細書の段落【0021】には、「本発明の食用油脂の製造方法においては、原料油または原料油に精製処理を行った精製油を処理対象油とし、
(i)吸着剤とアルカリ物質とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
(ii)pH5.0以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程
のうちいずれかを含むことを特徴としている」と記載されていること、特許請求の範囲には、請求項3が「工程(i)」を、請求項4が「工程(ii)」をそれぞれ特定しており、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で行われるものである。
また、上記訂正が、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
よって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

(4)まとめ
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号又は同項第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、訂正後の請求項〔4、5〕について訂正することを認める。

第3 特許請求の範囲の記載
本件訂正により訂正された特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
食用油脂の製造において、以下の工程(i):
(i)吸着剤とアルカリ溶液とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記アルカリ溶液の濃度が、5.0質量%以上20質量%以下であり、
前記アルカリ溶液の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して1.5質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(i)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする食用油脂の製造方法。
【請求項2】
前記工程(i)での吸着剤が、白土および活性炭のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1に記載の食用油脂の製造方法。
【請求項3】
食用油脂の製造において、以下の工程(i):
(i)吸着剤とアルカリ溶液とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記アルカリ溶液の濃度が、5.0質量%以上20質量%以下であり、
前記アルカリ溶液の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して1.5質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(i)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする低温保存後の食用油脂の戻り臭の抑制方法。
【請求項4】
食用油脂の製造において、再精製として以下の工程(ii):
(ii)pH8.0以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記吸着剤の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して0.1質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(ii)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法。
【請求項5】
請求項3の前記工程(i)および請求項4の前記工程(ii)での吸着剤が、白土および活性炭のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項3または4に記載の食用油脂の戻り臭の抑制方法。」

なお、本件特許異議の申立ては、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?5に係る発明のうち、請求項3?5に係る発明に対して申し立てられたものであり、以下、特許請求の範囲の請求項3?5に係る発明を、それぞれ「本件発明3」、「本件発明4」及び「本件発明5」という。

第4 特許異議申立人が申し立てた理由及び当審が通知した取消理由
1 特許異議申立人が申し立てた理由
(1)実施可能要件について
本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明4の工程(ii)について、段落【0039】に「吸着剤が白土である場合は、JIS K 5101-17-1:2004 顔料試験方法によりpHを測定する。」ことが記載され、甲第1号証には、試験する顔料の質量分率10%懸濁液を調製することが記載されている。
一方、本件特許明細書の実施例で使用されている水澤化学工業株式会社製の酸性白土、活性白土は、同社のカタログ(甲第2号証)を見るとpHは、5%懸濁液で測定しており、pHは測定条件により異なるから、いずれの条件を採用して測定したのか判然とせず、どのようにして「pH8.0以上の吸着剤」を入手するかについて本件特許明細書に開示されていないから、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない(以下、「異議理由1-ア」という。)。

イ 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明4?5の「pH8.0以上の吸着剤」について、実施例11に、pH8.5のアルカリ溶液処理されていない白土の例のみであり、これ以外のpH8.0以上のアルカリ溶液未処理白土であれば、本件特許の発明が所期の作用効果を奏することを説明した記載はないから、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない(以下、「異議理由1-イ」という。)。

ウ 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明3?4の「低温保存」について、段落【0049】に5℃で保存したこと、段落【0066】?【0067】の評価方法で冷蔵保存したことの記載があるが、「低温保存」の温度範囲条件が明らかでないから、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではない(以下、「異議理由1-ウ」という。)。

(2)サポート要件について
本件特許は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 本件発明4の「pH8.0以上の吸着剤」は、そのpHの測定方法について、本件特許明細書の記載を見ても、10%懸濁液を使用するのか、5%懸濁液を使用するのか判然とせず、そのため、本件発明4の「pH8.0以上の吸着剤」が明細書にサポートされているとはいえず、また、そのような技術常識もない(以下、「異議理由2-ア」という。)。

イ 本件発明4?5の「pH8.0以上の吸着剤」は、本件特許明細書の実施例11等に、pH8.5のアルカリ溶液処理されていない白土が記載されているのみであり、これ以外のpH8.0以上のアルカリ溶液未処理白土であれば、特定事項の範囲を満たしているともいえず、また、そのような技術常識もない(以下、「異議理由2-イ」という。)。

ウ 本件発明3?4の「低温保存」は、本件特許明細書の段落【0049】に5℃で保存したこと、段落【0066】?【0067】の評価方法で冷蔵保存したことの記載があるが、「低温保存」の温度範囲条件が明確に記載されておらず、また、そのような技術常識もない(以下、「異議理由2-ウ」という。)。

(3)明確性要件について
本件特許は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 請求項4の「pH8.0以上の吸着剤」という記載は、pHの測定方法が明らかでないから、請求項4に記載の当該吸着剤がどのような物質まで、その範囲に包含するのか不明確である(以下、「異議理由3-ア」という。)。

イ 請求項3及び4の「低温保存」という記載は、「低温」がどのような範囲の温度を示しているのか不明確である(以下、「異議理由3-イ」という。)。

ウ 請求項4の「前記工程(i)」という記載は、請求項4に対応する記載がなく、不明確である(以下、「異議理由3-ウ」という。)。

エ 請求項3及び4を引用している請求項5の「前記工程(i)(ii)での吸着剤」という記載は、請求項3に「工程(ii)」がなく、請求項4に「工程(i)」の記載がなく、いずれの請求項の工程について記載しているのか不明確である(以下、「異議理由3-エ」という。)。

(4)新規事項の追加について
令和1年5月24日付け手続補正書でした補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、取り消されるべきものである(以下、「異議理由4」という。)。

本件訂正前の本件発明4の「前記工程(i)」との記載は、誤記ではなく、工程(ii)に加えて、工程(i)を含む意味である場合、そのような記載は、本件特許明細書にはないから、新規事項に該当する。本件発明5は、本件発明4を引用しているから、同様である。

(5)進歩性(甲第3号証を主引例)について
本件訂正前の請求項4、5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内において、頒布された刊行物である甲第3号証を主引例として、甲第2、4号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下、「異議理由5」という。)。

(6)進歩性(甲第5号証を主引例)について
本件訂正前の請求項4、5に係る発明は、本件特許出願前に日本国内において、頒布された刊行物である甲第5号証を主引例として、甲第6?9号証に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下、「異議理由6」という。)。

証拠方法
甲第1号証:日本工業規格JIS K 5101-17-1:2004、「顔料試験方法-第17部:pH値-第1節:煮沸抽出法」、[online]、2004年、インターネット<URL:https://kikakurui.com/k5/K5101-17-1-2004-01.html>
甲第2号証:水澤化学工業株式会社カタログ、「ガレオンアース(登録商標)」、「ミズカエース(登録商標)」の代表的銘柄及び性状(一例)の表、2000年
甲第3号証:加藤秋男編著、「パーム油・パーム核油の利用」、1990年7月31日、株式会社幸書房、58頁?61頁
甲第4号証:国際公開第2013/018412号
甲第5号証:国際公開第2011/040539号
甲第6号証:国際公開第01/85899号
甲第7号証:特開2010-124748号公報
甲第8号証:特開2005-168482号公報
甲第9号証:特開2013-49829号公報
(以下、「甲第1号証」?「甲第9号証」を、それぞれ「甲1」?「甲9」ということがある。)

2 当審が通知した取消理由
(1)明確性について
本件特許は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4、5の記載が下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、取り消されるべきものである。

ア 本件発明4には、「・・・前記工程(i)・・・」と記載されている。
しかしながら、本件発明4には、「食用油脂の製造において、以下の工程(ii):・・・」と記載されているように「前記工程(i)」に対応する記載がなく、本件発明4の「前記工程(i)」は、本件発明4のどのような工程を示しているのか不明瞭である(以下、「理由1-ア」という。)。

イ 本件発明5は、本件発明3及び4を引用し、「前記工程(i)(ii)・・・」と記載されている。
一方で、本件発明5で引用している本件発明3には、「工程(i)」が、同様に本件発明4には、「工程(ii)」(ただし、上記アの不備を有している)が、それぞれ特定されている。
そうすると、本件発明5の「前記工程(i)(ii)」という記載は、「前記工程(i)又は(ii)」を示しているのか、「前記工程(i)及び(ii)」を示しているのか、「前記工程(i)及び/又は(ii)」を示しているのか、本件発明5における工程(i)と工程(ii)の関係が曖昧であり、結果として発明が不明瞭である(以下、「理由1-イ」という。)。

(2)進歩性について
ア 本件訂正前の請求項4、5に係る発明は、その出願前に日本国内において、頒布された刊行物である甲第3号証を主引例として、甲第2、4号証に記載された発明、ならびに周知の技術的事項(甲第8、9号証)に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下、「理由2-ア」という。)。

イ 本件訂正前の請求項4、5に係る発明は、その出願前に日本国内において、頒布された刊行物である甲第5号証を主引例として、甲第6、7号証に記載された発明、ならびに周知の技術的事項(甲第8、9号証)に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである(以下、「理由2-イ」という。)。



甲2:水澤化学工業株式会社カタログ、「ガレオンアース(登録商標)」、「ミズカエース(登録商標)」の代表的銘柄及び性状(一例)の表、2000年
甲3:加藤秋男編著、「パーム油・パーム核油の利用」、1990年7月31日、株式会社幸書房、58頁?61頁
甲4:国際公開第2013/018412号
甲5:国際公開第2011/040539号
甲6:国際公開第01/85899号
甲7:特開2010-124748号公報
甲8:特開2005-168482号公報
甲9:特開2013-49829号公報

なお、当審が通知した取消理由(理由1-アおよび理由1-イ)は、特許異議申立人が申し立てた異議理由3-ウおよび異議理由3-エと同趣旨である。
また、当審が通知した取消理由(理由2-アおよび理由2-イ)は、特許異議申立人が申し立てた異議理由5および異議理由6と同趣旨である。

第5 当審の判断
1 当審が通知した取消理由について
(1)明確性要件について
理由1-ア及び理由1-イについて
本件発明4及び5は、上記第2において、本件訂正が認められ、上記第3に記載したとおり明確な記載の発明となり、明確性要件に関する上記理由1-ア及び理由1-イについての記載不備は、解消した。
よって、本件発明4及び5は、特許を受けようとする発明が明確であり、理由1-ア及び理由1-イによって、取り消されるべきものではない。

(2)進歩性について
ア 甲号証の記載事項
(ア)甲3
(ア1)「3.1.4 脱臭製品の品質
パーム油,パーム核油の脱臭製品が,化学精製コースを経るか,物理精製コースを経るかは,工程管理上の“定型的”な分析結果だけからは,両コースの優劣,良否を一義的に決定づけることは出来ない.よく知られているように,加工方法の優劣,装置の良否と並んで,原油素性,品質,取扱い・維持管理などの適否もまた無視できない要因をなしているからである.しかし,いずれにしてもパーム油に関しては,今日マレーシアにおいては,物理精製法が主流をなしていることは否定できないので,この方式についてのさらに進んだ検討,改善,進歩が,パーム油の特に食用への利用にとっての1つの技術的課題であろう.物理精製法による製品の品質に対する批判の1例を,加藤がI編の総論において紹介している.」(58頁8?18行)

(ア2)「3.1.5 脱臭油の技術的課題
パーム油をめぐる技術的課題の1つに,貯油,海上輸送時における品質の変化がある.もちろん,パーム油に限らず融点が高めの油脂の場合,その貯蔵時,輸送時にたえず加・保温が必要となるため,これに伴う酸化による品質の低下が問題となるが,パーム油の場合,特に1つの技術的課題とされる理由^(10))としては,
1) パーム油は,酸化のごく初期の段階に特有の戻り臭の発現が,他の植物油に比較してやや早い傾向がみられること.
・・・・・・・・
3) RBDパーム油のように,1段階,精製処理を済ませた製品油の輸出形態をとっているケースが大半を占めること.
・・・・・・・・
・・・品質変化を調査した結果を示す(マレーシアのパーム油の場合,単に“脱臭パーム油”という時,“物理精製方式による脱酸・脱色・脱臭パーム油”,いわゆるRBDパーム油を指すことが多い.表3.3参照).」(58頁19行?59頁11行)

(ア3)「 しかし,一般的には輸出国での貯油および海上輸送中の汚染は,程度の差はあれ避けられないと思われるので,RBDパーム油の使用に当っては,その用途を考慮した適切な再精製が,さらに必要となる.Young^(12))は,RBDパーム油について,消費国では,海上輸送中の汚染,品質劣化度に応じた,さらに次のような精製が必要であると述べている.
1) 汚染はあるが,品質に異常のないものはろ過(ろ過の「ろ」は、さんずいに戸を表す。以下、同様である)のみを行う.
2) 風味が悪かったり,酸化度が高い場合や酸価が上昇した場合は,ろ過および脱臭を行う.
3) 鉄分が多く,風味の劣るパーム油は,ろ過,クエン酸添加,白土処理,脱臭を行う.
4) 品質が悪い場合は,脱酸,脱色,脱臭を行う.
・・・・・・・また,わが国が現在輸入しているものは,そのうちの脱臭パーム油(RBDPO),脱臭パームオレイン(RBDPOO)が,ほとんどである.」(60頁8行?61頁8行)

(イ)甲5
(イ1)「[請求項1]脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂を、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することを特徴とするグリセリド油脂中のクロロプロパノール類及びその形成物質を低減する方法。
・・・・・・
[請求項5]塩基性活性炭のpHが9以上である請求項1記載の方法。」(請求の範囲)

(イ2)「 [0009] 本発明は、グリセリド油脂中のクロロプロパノール類である3-クロロプロパンジオールや3-クロロプロパンジオール脂肪酸エステル及びその形成物質であるグリシドール脂肪酸エステルなどを低減する方法を提供することを目的とする。」

(イ3)「 [0014] 本発明に用いられる油脂は、脱色、脱臭などの精製工程を経た大豆油、菜種油、サフラワー油、コーン油、ひまわり油、綿実油、米油、オリーブオイル、パーム油、ヤシ油、パーム核油、ゴマ油、牛脂、豚脂、魚油などの食用精製油脂にも適用することができるが、これらのなかでもパーム系油脂に好ましく適用できる。
[0015]本発明の方法は、脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂を、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することにより、グリセリド油脂中のクロロプロパノール類である3-クロロプロパンジオールや3-クロロプロパンジオール脂肪酸エステル及びその形成物質であるグリシドール脂肪酸エステルなどを低減することができるが、塩基性活性炭とは、500℃以上の高温で賦活された疎水性の活性炭であり、塩基性活性炭を用いることにより、グリセリド油脂中のクロロプロパノール類やその形成物質を低減することができる。
[0016]本発明の方法においては、塩基性活性炭のpHは9以上であることが好ましく、より好ましくはpH10以上であり、より塩基性の強い活性炭を用いると、グリセリド油脂中のクロロプロパノール類及びその形成物質などを低減する効果が高い。なお、活性炭のpHは、JIS K 1474「活性炭試験方法」に記載された方法により、測定することができる。
[0017]本発明におけるシリカゲル及び/又は活性炭処理の方法としては、グリセリド油脂に対して、0.1?5重量%のシリカゲル及び/又は活性炭を添加し、一定時間、50?150℃の加温減圧下で、攪拌接触させる方法が例示できる。」

(イ4)「[0036] 以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、例中の%は重量基準を意味する。
[0037](比較例1)
精製パーム油(ヨウ素価:53)に、白土2重量%添加し、110℃、20Torrで10分間脱色し、続いて、250℃、2Torrで90分間脱臭処理を行った。
得られた精製パーム油中のクロロプロパノール類及びその形成物質の含量は、6.5ppmであった。
・・・・・・・・
実施例2
[0039]比較例1で得られた精製パーム油に、ヤシ殻活性炭(pH9.7)3重量%添加し、110℃、20Torrで10分間攪拌し、活性炭処理を行った。
活性炭処理後の、精製パーム油中のクロロプロパノール類及びその形成物質の含量は、4.7ppmであった。
実施例3
[0040]比較例1で得られた精製パーム油に、粉末状活性炭(pH10.6)3重量%添加し、110℃、20Torrで10分間攪拌し、活性炭処理を行った。
活性炭処理後の、精製パーム油中のクロロプロパノール類及びその形成物質の含量は、4.5ppmであった。」

(ウ)甲2
(ウ1)「ミズカエースとは・・・
ミズカエースとは弊社酸性白土の商品名です。酸性白土はモンモリロナイトを主成分とする粘土鉱物であり、吸着能力があります。・・・
・・・・・・・・
用途
1)油脂及び石油鉱物油の精製」(2頁左欄8?16行)

(ウ2)「

」(3頁上の「ガレオンアース<<活性白土>>」の表)

(ウ3)「

」(4頁上の「ミズカエース<<酸性白土>>」の表)

(エ)甲4
(エ1)「[請求項1] 脱臭工程を経ていないグリセリド組成物と、
アルカリ白土と、
を接触させるアルカリ白土処理工程を含むことを特徴とする精製グリセリド組成物の製造方法。
[請求項2] 前記アルカリ白土処理工程が脱色工程であり、前記アルカリ白土処理工程の後に、さらに脱臭工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の精製グリセリド組成物の製造方法。」(請求の範囲)

(エ2)「[0022] 本発明の精製グリセリド組成物の製造方法で使用されるアルカリ白土とは、水中に白土を添加した場合に、当該アルカリ白土を含む水溶液のpHがアルカリ性を呈する白土(すなわち、アルカリ性の白土)であれば特に限定されるものではないが、pHが8.5以上を呈する白土が、塩素化合物に対する吸着能及び分解能が高いため好ましい。
・・・・・・・・
[0024] アルカリ白土処理工程において使用されるアルカリ白土の量は、グリセリド組成物中の塩素化合物を有効に吸着もしくは分解し、精製グリセリド組成物中の3-MCPD及び/又は3-MCPDの脂肪酸エステルの生成を抑制し、これらの含有量についての十分な低減効果を得るために、グリセリド組成物の量に対して0.5質量%以上、0.6質量%以上、0.7質量%以上、0.8質量%以上、であることが好ましい。
[0025] アルカリ白土処理工程において使用されるアルカリ白土の量は、過大でなくとも、有効にグリセリド組成物中の塩素化合物を有効に吸着又は分解し、精製グリセリド組成物中の3-MCPD及び/又は3-MCPDの脂肪酸エステルの生成を抑制し、これらの含有量を十分に低減できるため、グリセリド組成物の量に対して3.0質量%以下、2.9質量%以下、2.8質量%以下、2.5質量%以下、であることが好ましい。」

(エ3)「[0028] [グリセリド組成物]
本発明の精製グリセリド組成物の製造方法では、グリセリド組成物として、脱臭工程を除く精製工程(例えば、脱ガム工程、脱酸工程、水洗工程等)を経た精製油を用いてもよい。脱臭工程を経ていないグリセリド組成物は、3-MCPD、及び/3-MCPDの脂肪酸エステルが生成していない点で好ましい。特に未精製の粗油、定法に従って精製された脱ガム油、脱酸油、もしくは脱色油が好ましく、脱酸油もしくは脱色油がより好ましい。例えば、菜種油、大豆油、米油、サフラワー油、ぶどう油、ひまわり油、小麦はい芽油、とうもろこし油、綿実油、ごま油、落花生油、フラックス油、エゴマ油、オリーブ油、パーム油、ヤシ油等の植物油、これら2種以上を混合した調合植物油、又は、これらを分別したパームオレイン、パームステアリン、パームスーパーオレイン、パームミッドフラクション等の食用分別油、これらの水素添加油、エステル交換油等のほか、中鎖脂肪酸トリグリセリドのような直接エステル化反応により製造された食用油を用いることができる。なお、3-MCPD、及び/又は3-MCPDの脂肪酸エステルは、部分グリセリドが比較的多い油脂において多く発生する傾向にあることから、パーム由来の油脂、米油、エステル交換油等を原料に用いることが本発明の3-MCPD、及び/又は3-MCPDの脂肪酸エステルの低減効果が高いという理由から特に好ましい。本発明のアルカリ白土処理工程の前後の精製方法は、定法を用いることができる。具体的には、ケミカル精製(ケミカルリファイニング)と、フィジカル精製(フィジカルリファイニング)とがあるが、いずれの精製方法を用いてもよい。なお、前者のケミカル精製は、原料となる植物を圧搾・抽出した原油が、脱ガム処理、脱酸処理、脱色処理、脱ろう処理、脱臭処理を経ることで精製され、精製油となる。これに対し、後者のフィジカル精製は、パーム油やヤシ油等にてよく行われている方法であり、原料となるパームやヤシ等を圧搾した原油が、脱ガム処理、脱色処理、脱酸・脱臭処理を経ることで精製され、精製油となる。」

(エ4)「[0035](再精製工程)
本発明の精製グリセリド組成物の製造方法においては、上記脱臭工程を経た精製グリセリド組成物を再度精製してもよい。再精製工程は、前述の精製工程を行うことができ、例えば、再脱臭工程、再脱色工程、又は再脱臭工程を含むことができる。特に、再脱色工程を行うことが好ましい。再脱色工程において使用される白土としては特に制限されず、アルカリ白土、酸性白土、又は、活性化処理を施されている酸性白土である活性白土等であってもよい。
[0036] 再脱色工程の前の最初の脱色工程(アルカリ白土処理工程)において、グリセリド組成物と、アルカリ白土と、を接触させていれば、精製グリセリド組成物中の塩素化合物の残留量が十分に低減される。そのため、再脱色工程において使用する白土の種類に関わらず、再脱色工程後の再脱臭工程において生成する可能性のある3-MCPDの量を顕著に低減できる。
[0037] 再脱色工程における条件は特に制限されず、再脱色工程の前の最初の脱色工程同様、通常の油脂の製造方法で使用される条件であってもよい。例えば、精製グリセリド組成物に白土を加えた後に、減圧下、80?150℃で5?60分間加熱してもよい。再脱色を終えた後は、ろ過等により白土を除去し、再脱色油を得ることができる。
[0038] 再脱色工程後に得られた再脱色油を、さらに再脱臭してもよい。再脱臭工程における条件は特に制限されず、最初の脱臭工程同様、通常の油脂の製造方法で使用される条件であってもよい。」

(オ)甲6
(オ1)「1.発酵麦芽飲料の製造における仕込麦汁の濾過工程において、二番搾り麦汁における劣化臭原因物質の低減化処理を行い、劣化臭原因物質の含有量が低減した二番搾り麦汁を得ることを特徴とする発酵麦芽飲料用麦汁の製造方法。
2.劣化臭原因物質の低減化処理を、トランス-2-ノネナール ポテンシャルを指標として行うことを特徴とする請求項1記載の発酵麦芽飲料用麦汁の製造方法。
・・・・・・・・
12.二番搾り麦汁から劣化臭原因物質の除去・低減処理が、二番搾り麦汁の一部又は全部を活性炭と接触させる除去・低減処理であることを特徴とする請求項11記載の発酵麦芽飲料用麦汁の製造方法。」(請求の範囲)

(カ)甲7
(カ1)「【請求項1】
発酵麦芽飲料の製造工程において、仕込麦汁濾過工程において調製された二番搾り麦汁を、平均細孔直径1.5-2.0nmの活性炭を用いて、添加量1.5-3g/L、麦汁温度78℃以上、反応処理時間1分以上の条件で、処理することを特徴とする劣化臭原因物質トランス-2-ノネナール ポテンシャルの含有量を低減し、香味を安定化した発酵麦芽飲料の製造方法。」

(キ)甲8
(キ1)「【0002】
食用油脂はその原料から抽出された後、多くは精製され無味無臭となる。食用に供される油脂にはこのようにして精製されたものの他に、ゴマ油やオリーブ油等のようにその特徴的な風味を残して使用されるものもある。これら食用油脂の風味は経時的に風味が悪くなることが知られている。こうした風味の低下は、酸素、光や金属等によって引き起こされる現象である。
【0003】
また大豆油によく知られている「もどり」現象は、油脂の自動酸化の初期段階にみられる現象である。この「もどり」現象により、大豆油の場合には青草臭に似た不快な風味が感じられる。パーム油においても、低温下(-5?10℃)での保管時に、「もどり」による風味の低下がみられる。これはホコリっぽさを伴った枯れ草臭に似た好ましくない風味である。このように食用油脂は、保管中にその風味が低下する問題がある。
【0004】
食用油脂の風味を改善する方法としては、油脂の酸化を防止するために、酸化防止剤の添加や、油脂を空気や光から遮断するため、遮光性密閉容器中に充填して、窒素ガスなど不活性なガスと空気を置換する方法が採用されている。また、不活性ガスと脱酸素剤とを併用することで長期保存する方法が開示されている。(例えば、特許文献1参照)
【0005】
また、炭素18以上で二重結合を3個以上有する高度不飽和脂肪酸を構成成分として含む油脂に、リン脂質を含有させる高度不飽和脂肪酸含有油脂の臭気マスキング方法(特許文献2参照)、魚油とパーム油等の油脂を特定の配合とし、ランダムエステル交換することにより、酸価安定性及び戻り臭発生抑制効果のあるエステル交換油(特許文献3参照)、また、ラードとパーム油を混合し、分別処理して生成する結晶を除去するラードの臭気抑制法(特許文献4参照)等の風味の改良方法が知られている。
・・・・・・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記したパーム系油脂類を低温保管した場合に発生する独特の好ましくない風味及びこの不快な風味が経時的に増加するという問題を解決するものである。」

(ク)甲9
(ク1)「【0002】
近年、油脂の風味や安定性を向上させるための試みが種々、なされている。油脂の風味や安定性等の品質の低下には、様々な要素が関係しており、それぞれの要素に応じた方法が報告されている。また、油脂中に存在する、生理活性に関係すると考えられる微量成分についても多数報告されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、3-クロロプロパン-1,2-ジオール等を含有するグリセリド組成物を、特定の温度条件にて脱臭処理等することにより、グリセリド組成物中のグリシドールの脂肪酸エステル等を低減する方法が開示されている。また、特許文献2には、少なくとも脱臭処理が施された精製パーム軟質油に、さらに、脱色処理と脱臭処理とを施し、特定の色度を有する、良好な風味を備えた再精製パーム軟質油を得る方法が開示されている。また、特許文献3には、規則充填材を具備した薄膜式カラムを用いた精製処理とトレイ式装置を用いた精製処理とを組み合わせて、全構成脂肪酸中のトランス脂肪酸含量が1質量%以下の油脂を精製する方法が開示されている。
【0004】
また、油脂の酸化による劣化に伴い、油脂の風味上好ましくない化合物の生成を抑制するために、精製された油脂は、一般的に低温下で保存される。しかし、特にパーム系油脂に関しては、低温保存時において、油脂の風味の劣化を引き起こす「戻り物質」が生成することが知られている。「戻り物質」に関して、詳細は知られていないものの、この物質が精製された油脂中に存在することにより、油脂の風味が精製前の状態に戻り、「戻り臭」と呼ばれる風味劣化が引き起こされる。
【0005】
例えば、海外で圧搾された原油は、フィジカル精製工程と呼ばれる精製工程を施され、いわゆるRBD油(Refined Bleached Deodorized)として我が国へ輸入される。輸入されたRBD油の大半は、我が国において再精製されるものの、RBD油を低温下で保存中に、油脂中に「戻り物質」が生じることがあるため、このような物質による油脂の風味劣化を抑制できる方法が望まれていた。
・・・・・・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、低温下での保存時における油脂の風味劣化を抑制する方法を提供する。」

イ 甲3及び甲5に記載された発明
(ア)甲3に記載された発明
甲3には、上記ア(ア)(ア1)より「パーム油に関しては,今日マレーシアにおいては,物理精製法が主流をなしていることは否定できないので,この方式についてのさらに進んだ検討,改善,進歩が,パーム油の特に食用への利用にとっての1つの技術的課題」(下線は、当審による。以下、同様である)であること、上記ア(ア)(ア2)より脱臭油の技術的課題として「パーム油をめぐる技術的課題の1つに,貯油,海上輸送時における品質の変化がある.もちろん,パーム油に限らず融点が高めの油脂の場合,その貯蔵時,輸送時にたえず加・保温が必要となるため,これに伴う酸化による品質の低下が問題となる」こと、その理由として「パーム油は,酸化のごく初期の段階に特有の戻り臭の発現が,他の植物油に比較してやや早い傾向がみられること」、「RBDパーム油のように,1段階,精製処理を済ませた製品油の輸出形態をとっているケースが大半を占めること」、なお、「品質変化を調査した結果を示す(マレーシアのパーム油の場合,単に“脱臭パーム油”という時,“物理精製方式による脱酸・脱色・脱臭パーム油”,いわゆるRBDパーム油を指すことが多い)」ことが記載されている。
また、甲3には、上記ア(ア)(ア3)より「一般的には輸出国での貯油および海上輸送中の汚染は,程度の差はあれ避けられない」こと、「RBDパーム油の使用に当っては,その用途を考慮した適切な再精製が,さらに必要となる」こと、そして、RBDパーム油の消費国では、「海上輸送中の汚染,品質劣化度に応じた,さらに次のような精製が必要である」とし、具体的に、
「1) 汚染はあるが,品質に異常のないものはろ過のみを行う.
2) 風味が悪かったり,酸化度が高い場合や酸価が上昇した場合は,ろ過および脱臭を行う.
3) 鉄分が多く,風味の劣るパーム油は,ろ過,クエン酸添加,白土処理,脱臭を行う.
4) 品質が悪い場合は,脱酸,脱色,脱臭を行う」ことが記載されている。

これらのことから、甲3には、以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲3発明」という。)。

甲3発明:「貯油,海上輸送時における品質の変化に応じたRBDパーム油を再精製することにより脱臭油とする方法において、
下記の再精製を行う方法。
1)汚染はあるが,品質に異常のないものはろ過のみを行う。
2)風味が悪かったり,酸化度が高い場合や酸価が上昇した場合は,ろ過および脱臭を行う。
3)鉄分が多く,風味の劣るパーム油は,ろ過,クエン酸添加,白土処理,脱臭を行う。
4)品質が悪い場合は,脱酸,脱色,脱臭を行う。」

(イ)甲5に記載された発明
甲5には、上記ア(イ)(イ1)より「脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂を、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することを特徴とするグリセリド油脂中のクロロプロパノール類及びその形成物質を低減する方法」及び「塩基性活性炭のpHが9以上である」ことが記載されている(請求項1及び5)。

これらのことから、甲5には、以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲5発明」という。)。

甲5発明:「脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂を、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することによりグリセリド油脂中のクロロプロパノール類及びその形成物質を低減する方法であって、前記塩基性活性炭のpHが9以上である方法。」

ウ 理由2-ア(甲3を主引用例とした場合)の対比・判断
(ア)本件発明4と甲3発明との対比
甲3発明の「貯油,海上輸送時における品質の変化に応じたRBDパーム油を再精製することにより脱臭油とする方法」は、RBDパーム油を使用する際に再精製を行い、RBDパーム油を製造するものであるから、本件発明4の「油脂の製造」及び「再精製として」に相当する。
甲3発明の「鉄分が多く,風味の劣るパーム油は,ろ過,クエン酸添加,白土処理,脱臭を行う」ことは、パーム油と白土を一緒に処理することを含んでおり、この処理では、白土を吸着剤として脱臭を行うことは当業者によく知られている方法であるから、本件発明4の「吸着剤を処理対象油に接触させる工程」という限りにおいて共通する。
甲3発明の「RBDパーム油」は、本件発明4の「処理対象油がRBDパーム系油脂」に相当する。
そうすると、本件発明4と甲3発明は、油脂の製造において、再精製として吸着剤を処理対象油に接触させる工程を含み、処理対象油がRBDパーム系油脂である方法である点で一致し、以下の相違点が認められる。

<相違点1>
油脂の用途について、本件発明4は、「食用」と特定されているのに対して、甲3発明は、用途の特定が記載されていない点
<相違点2>
吸着剤について、本件発明4は吸着剤のpHが「8.0以上」と特定されているのに対して、甲3発明は、pHの特定が記載されていない点
<相違点3>
吸着剤の添加量について、本件発明4は、「処理対象油全体の質量に対して0.1質量%以上20質量%以下」と特定されているのに対して、甲3発明は、添加量の特定が記載されていない点
<相違点4>
本件発明4は、「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」と特定されているのに対して、甲3発明は、「貯油,海上輸送時における品質の変化に応じたRBDパーム油を再精製することにより脱臭油とする方法」と特定されている点

(イ)事案に鑑み、相違点4ならびに、相違点2及び3について、検討する。
相違点4について、甲8の上記ア(キ)(キ1)には、従来技術として、食用油脂の風味は経時的に風味が悪くなることが知られていること、大豆油において「もどり」現象という油脂の自動酸化の初期段階にみられる現象があり、パーム油においても低温下(-5?10℃)での保管時に「もどり」による風味の低下がみられ、保管中の問題点として当業者に認識されていたことが記載されている。
また、甲9の上記ア(ク)(ク1)には、従来技術として、油脂の酸化による劣化に伴い、油脂の風味上好ましくない化合物の生成を抑制するために、精製された油脂は、一般的に低温下で保存されるが、特にパーム系油脂に関しては、低温保存時に油脂の風味の劣化を引き起こす「戻り物質」が生成することが知られており、例えば、海外で圧搾された原油は、フィジカル精製工程と呼ばれる精製工程を施され、いわゆるRBD油(Refined Bleached Deodorized)として我が国へ輸入され、大半のRBD油が我が国において再精製されるものの、RBD油を低温下で保存中に、油脂中に「戻り物質」が生じることがあるため、このような物質による油脂の風味劣化を抑制できる方法が望まれていたことが記載されている。
甲8及び甲9の記載から、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することは、本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項であったと認められる。
一方で、甲3発明が記載された甲3には、上記ア(ア)(ア2)に「パーム油をめぐる技術的課題の1つに,貯油,海上輸送時における品質の変化がある.もちろん,パーム油に限らず融点が高めの油脂の場合,その貯蔵時,輸送時にたえず加・保温が必要となるため,これに伴う酸化による品質の低下が問題となるが,パーム油の場合,特に1つの技術的課題とされる理由^(10))としては,
1) パーム油は,酸化のごく初期の段階に特有の戻り臭の発現が,他の植物油に比較してやや早い傾向がみられること.
・・・・・・・・
3) RBDパーム油のように,1段階,精製処理を済ませた製品油の輸出形態をとっているケースが大半を占めること」との記載があることからも理解できるように、甲3に記載された「戻り臭」は、パーム油の保管中(例えば、貯油、海上輸送時)の問題点として、加・保温に伴う酸化による品質低下について述べたものであり、たとえ、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することが本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項(甲8及び甲9)であったとしても、低温下における「もどり」現象による油脂の風味劣化と甲3に記載された加・保温に伴う酸化による品質低下による「戻り臭」とが、同義の「戻り臭」であるとは直ちに認めることができず、また、そのような技術常識の存在を示す証拠も認められないから、甲3発明に、甲8及び甲9に記載された周知の技術的事項を適用する必然性を認めることができない。

相違点2、3について、甲4には、上記ア(エ)(エ1)に「脱臭工程を経ていないグリセリド組成物と、アルカリ白土と、を接触させるアルカリ白土処理工程を含むことを特徴とする精製グリセリド組成物の製造方法」及び「前記アルカリ白土処理工程が脱色工程であり、前記アルカリ白土処理工程の後に、さらに脱臭工程を含むことを特徴とする」精製グリセリド組成物の製造方法が、上記ア(エ)(エ3)に「本発明の精製グリセリド組成物の製造方法では、グリセリド組成物として、脱臭工程を除く精製工程(例えば、脱ガム工程、脱酸工程、水洗工程等)を経た精製油を用いてもよい。脱臭工程を経ていないグリセリド組成物は、3-MCPD、及び/3-MCPDの脂肪酸エステルが生成していない点で好ましい。特に未精製の粗油、定法に従って精製された脱ガム油、脱酸油、もしくは脱色油が好ましく、脱酸油もしくは脱色油がより好ましい。例えば、菜種油、大豆油、米油、サフラワー油、ぶどう油、ひまわり油、小麦はい芽油、とうもろこし油、綿実油、ごま油、落花生油、フラックス油、エゴマ油、オリーブ油、パーム油、ヤシ油等の植物油、これら2種以上を混合した調合植物油、又は、これらを分別したパームオレイン、パームステアリン、パームスーパーオレイン、パームミッドフラクション等の食用分別油、これらの水素添加油、エステル交換油等のほか、中鎖脂肪酸トリグリセリドのような直接エステル化反応により製造された食用油を用いることができる。・・・・本発明のアルカリ白土処理工程の前後の精製方法は、定法を用いることができる。具体的には、ケミカル精製(ケミカルリファイニング)と、フィジカル精製(フィジカルリファイニング)とがあるが、いずれの精製方法を用いてもよい。なお、前者のケミカル精製は、原料となる植物を圧搾・抽出した原油が、脱ガム処理、脱酸処理、脱色処理、脱ろう処理、脱臭処理を経ることで精製され、精製油となる。これに対し、後者のフィジカル精製は、パーム油やヤシ油等にてよく行われている方法であり、原料となるパームやヤシ等を圧搾した原油が、脱ガム処理、脱色処理、脱酸・脱臭処理を経ることで精製され、精製油となる」ことが、それぞれ記載されている。
甲4のこれらの記載は、原料となる植物油をケミカル精製又はフィジカル精製したもので、脱臭工程を経ていないグリセリド組成物をアルカリ白土と接触させアルカリ白土処理工程を含む精製グリセリド組成物の製造方法に関するものといえる。
確かに、甲4の上記ア(エ)(エ2)には、「精製グリセリド組成物の製造方法で使用されるアルカリ白土とは、水中に白土を添加した場合に、当該アルカリ白土を含む水溶液のpHがアルカリ性を呈する白土(すなわち、アルカリ性の白土)であれば特に限定されるものではないが、pHが8.5以上を呈する白土が、塩素化合物に対する吸着能及び分解能が高いため好ましい。」こと、上記ア(エ)(エ3)にグリセリド組成物として「パーム油、ヤシ油等の植物油」が含まれることが記載されている。
また、甲2には、上記ア(ウ)(ウ1)に「ミズカエース」(登録商標)が水澤化学工業株式会社の製品で、この製品は、モンモリロナイトを主成分とする酸性白土であり、吸着能力があり、用途として油脂及び石油鉱物油の精製に用いること、上記ア(ウ)(ウ3)に「ミズカエース」(登録商標)のグレード「#300」がpH8.5であることが記載されている。
しかしながら、上記相違点4で検討したとおり、本件発明4は、「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」に関する発明であり、そして、油脂の製造における再精製として、相違点2の吸着剤及び相違点3の吸着剤の添加量でそれぞれ特定された所定の吸着剤をRBDパーム系油脂に接触させる工程を特定したものであり、相違点2及び相違点3は、低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)を抑制するために用いる吸着剤及びその添加量を特定したものであるといえる。
そうすると、甲4には、原料となる植物油のうち、脱臭処理を経ていないグリセリド組成物にアルカリ白土を接触させてアルカリ白土処理工程を含む精製グリセリド組成物の製造方法に関するもの、すなわち、RBDパーム油自体の製造方法であり、すでに、製造され、貯蔵や輸送されたRBDパーム油などの再精製としてアルカリ白土を接触させてアルカリ白土処理工程を行うことは、記載及び示唆されているとはいえず、甲3に、甲4記載の技術的事項を組み合わせる動機付けがあるとは認められないし、また、甲2は、単に水澤化学工業株式会社の製品としてアルカリ白土が市販されていることを示しているに過ぎない。
なお、甲4の上記ア(エ)(エ4)には、「本発明の精製グリセリド組成物の製造方法においては、上記脱臭工程を経た精製グリセリド組成物を再度精製してもよい」こと、再脱色工程で使用される白土に制限がなく、アルカリ白土、酸性白土、又は、活性化処理を施されている酸性白土である活性白土等を用いること、がそれぞれ記載されているが、一般に脱色工程で使用される白土は、活性白土であり(必要なら、令和2年9月3日付け特許権者の意見書に添付された乙第1号証(小川政英、「酸性白土の化学と化学工業」、Journal of the Society of Inorganic Materials, Japan、2002年、第9巻、310-316頁、特に、311頁の「4・1活性白土」及び313頁の「表1」)を参照)、甲4のこの記載により上記動機付けの判断は、何ら影響されるものでもない。

そして、本件発明4は、実施例11、13?15(段落【0058】、【0060】?【0062】及び【0070】の【表2】)に記載されており、本件発明4の相違点2?3の発明特定事項を有する吸着剤を用いることにより、pHが8.0よりも小さい実施例12の場合よりも、2-ノネナール生成量が抑えられ、戻り臭の官能評価も優れたものとなる効果を有する「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」となるものである。

(ウ)特許異議申立人が提出した令和2年11月6日付け意見書について
特許異議申立人は、上記意見書において、a)引用例3(甲2)及び4(甲4)には、相違点2に関する発明特定事項が開示されていること、b)引用例4(甲4)には、相違点3に関する発明特定事項が開示されていること、c)相違点4に関する発明特定事項は、周知技術を適用することに動機付けは要しない(甲11?12)ことから、引用例7(甲8)及び8(甲9)の開示から理解される周知の技術的事項に過ぎないこと、であり、引例例1(甲3)を主引例とする取消理由2(理由2-ア)は維持されるべきものである旨主張している。

しかしながら、上記主張a)?c)については、上記(イ)で相違点2?4について検討したとおりであり、特許異議申立人の主張は、採用することができない。

(エ)小括
したがって、本件発明4は、相違点1について検討するまでもなく、甲3、甲4及び甲2に記載された発明、ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

(オ)本件発明5と甲3発明との対比
本件発明5は、本件発明4を引用し、さらに、吸着剤を「白土および活性炭のうち少なくとも1種を含む」と特定しているものである。
しかしながら、本件発明4は、上記(ア)?(エ)で検討したとおり、甲3、甲4及び甲2に記載された発明、ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものではないから、本件発明4の発明特定事項の全部を含み、さらに、吸着剤の種類を特定した本件発明5についても、本件発明4と同様に、甲3、甲4及び甲2に記載された発明、ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

エ 理由2-イ(甲5を主引用例とした場合)の対比・判断
(ア)本件発明4と甲5発明との対比
甲5発明の「脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂」は、甲5の上記ア(イ)(イ3)によるとパーム油、ヤシ油、パーム核油などの食用精製油脂も適用でき、パーム系油脂が好ましく適用できること、また、脱色、消臭工程を経たパーム系油脂は、例えば、甲9の上記ア(ク)(ク1)に記載されているようにRBD油として知られたものであるから、本件発明4の「処理対象油がRBDパーム系油脂」に相当する。
甲5発明の「脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂を、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理すること」及び「前記塩基性活性炭のpHが9以上である」は、活性炭が吸着剤であることが技術常識であること、前記したように甲5に当該グリセリド油脂には、食用精製油脂を含むこと、当該塩基性活性炭処理により油脂が精製されることから、本件発明4の「食用油脂の製造方法において」、「pH8.0以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程」に相当する。
そうすると、本件発明4と甲5発明は、食用油脂の製造において、pH9以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程を含み、処理対象油がRBDパーム系油脂である方法である点で一致し、以下の相違点が認められる。

<相違点5>
吸着剤の添加量について、本件発明4は、「処理対象油全体の質量に対して0.1質量%以上20質量%以下」と特定されているのに対して、甲5発明は、添加量の特定が記載されていない点
<相違点6>
本件発明4は、「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」と特定されているのに対して、甲5発明は、「グリセリド油脂中のクロロプロパノール類及びその形成物質を低減する方法」と特定されている点
<相違点7>
食用油脂の製造において、本件発明4は、「再精製として」と特定されているのに対して、甲5発明は、「再精製として」との特定が記載されていない点

(イ)事案に鑑み、相違点6及び7について検討する。
相違点6について、上記ウ(イ)の相違点4で記載したように、甲8及び甲9の記載から、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することは、本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項であったと認められる。
また、本件特許明細書段落【0004】に記載されているように低温保存時の「戻り臭」の原因物質といわれる「2-ノネナール」は、例えば、発酵麦芽飲料中に含まれる場合ではあるが、活性炭と接触させ除去・低減出来ることが当業者に知られている(甲6(上記ア(オ)(オ1))、甲7(上記ア(カ)(カ1)))。
一方で、甲5は、上記ア(イ)(イ2)及び上記ア(イ)(イ3)に記載されているように、脱色、脱臭工程を経たグリセリド油脂から、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することによって、グリセリド油脂中に含まれる「クロロプロパノール類及びその形成物質」などを低減する方法に関する発明が記載されている。
すなわち、甲5は、脱色、脱臭工程を経た精製グリセリド油脂について、さらに、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することにより「クロロプロパノール類及びその形成物質」を除去する方法であることから、本件発明4の「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」とは、対象となるグリセリド油脂の処理工程が異なっている。
また、甲5には、低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)を抑制することについては、何ら記載も示唆もされていない。
精製されたRBDパーム油は、再精製後に、当然のように低温保存されるものでもなく(必要なら、令和2年9月3日付け特許権者の意見書に添付された乙第2号証(不二製油株式会社販売の「精製パーム油」のラベルの「保存方法 直射日光を避け、常温で保存してください。」)を、また、同乙第3号証(日清オイリオ株式会社販売の「パームのチカラ 日清デリカプレミア」のラベルの「保存方法 直射日光を避け、常温の暗い所に保存すること」)を、それぞれ参照。)、常温(常温について、必要なら同乙第4号証(JFRLニュース、2013年2月、第4巻、第18号、1-8頁、特に3頁「保存試験の設計」の項目)を参照)における保存も、普通に行われている。
これらを総合すると、たとえ、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することが本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項(甲8及び甲9)であり、戻り臭の原因物質が「2-ノネナール」であり、それらが活性炭により低減・除去できること(甲6及び甲7)が知られていたとしても、すでに、脱色、脱臭工程を経た精製グリセリド油脂を処理対象とする甲5発明に、甲6及び甲7に記載された技術的事項ならびに甲8及び甲9に記載された周知の技術的事項をあえて適用する必然性を認めることができない。

相違点7について、甲5は、脱色、脱臭工程を経た精製グリセリド油脂について、さらに、シリカゲル及び/又は塩基性活性炭処理することにより「クロロプロパノール類及びその形成物質」を除去する方法に関するものであることから、本件発明4の「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」とは、グリセリド油脂の処理工程が異なっている。
加えて、甲5には、低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)を抑制することについては、何ら記載も示唆もされていない。
甲5発明において、甲6及び甲7に記載された技術的事項ならびに甲8及び甲9に記載された周知の技術的事項を適用したとしても、「再精製」であることを特定する動機付けを認めることができない。

(ウ)特許異議申立人が提出した令和2年11月6日付け意見書について
特許異議申立人は、上記意見書において、a)相違点6に関する発明特定事項は、引用例7(甲8)及び8(甲9)の開示から理解される周知の技術的事項に過ぎないこと、b)引用例5(甲6)及び6(甲7)に記載されている事項は、「戻り臭」の原因物質である「2-ノネナール」であり、これが活性炭で吸着し、除去・低減出来ることであり、甲13(龍口巌 他4名、「ポリフェノール配合石鹸による中高年男性の加齢臭低減効果」、におい・かおり環境学会誌、平成24年、第43巻、第5号、362?366頁、特に364頁左欄8行)に記載されているとおり周知技術であり、引例例2(甲5)を主引例とする取消理由2(理由2-ア)は維持されるべきものである旨主張している。
しかしながら、上記主張a)、b)については、上記(イ)の相違点6について検討したとおりであり、特許異議申立人の主張は、採用することができない。

(エ)小括
したがって、本件発明4は、相違点5について検討するまでもなく、甲5に記載された発明、甲6及び甲7に記載された技術的事項ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

(オ)本件発明5と甲5発明との対比
本件発明5は、本件発明4を引用し、さらに、吸着剤を「白土および活性炭のうち少なくとも1種を含む」と特定しているものである。
しかしながら、本件発明4は、上記(ア)?(エ)で検討したとおり、甲5に記載された発明、甲6及び甲7に記載された技術的事項ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものではないから、本件発明4の発明特定事項の全部を含み、さらに、吸着剤の種類を特定した本件発明5についても、本件発明4と同様に、甲5に記載された発明、甲6及び甲7に記載された技術的事項ならびに周知の技術的事項(甲8及び甲9)に基き、当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

オ まとめ
よって、本件発明4及び5は、理由2-ア及び理由2-イによって、取り消されるべきものではない。

2 取消理由で採用しなかった特許異議申立人が申し立てた理由について
(1)実施可能要件について
ア 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
(本件-1)「【0002】
一般に、食用油脂の製造では、植物種子・果実や、動物からの搾油、加熱、溶剤抽出工程を経て原料油を得ている。さらに原料油は、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程および脱臭工程等の精製工程を経て、原料由来の臭いが十分除去される。精製・脱臭後間もない食用油脂は、ほぼ酸化を受けておらず風味も良好である。ただ、従来より、食用油脂は空気中の酸素により酸化を受け、その結果、風味が劣化していくことが知られている。このような食用油脂の酸化に伴う、油脂の風味上好ましくない化合物の生成を抑制するために、一般的に、精製された油脂は低温下で保存される。
【0003】
しかしながら、食用油脂を低温保存した時、酸化が進んでいないにも関わらず、「戻り臭」と呼ばれる風味劣化を引き起こすことがあり、問題となっている。
【0004】
このような、「戻り臭」による風味劣化は、魚油、大豆油、菜種油、硬化油およびパーム油等で問題となる。「戻り臭」は、食用油脂の種類によって、それぞれ臭いの特徴や発生機構が異なり、「戻り臭」の原因物質も異なっている。例えば、パーム油の「戻り臭」は、低温に曝されることで、特異的に発生する。また、「戻り臭」の原因物質の一つとして、2-ノネナールが関与していることが示唆されている。
【0005】
パーム油を含むパーム系油脂は、東南アジアで栽培されたパームを収穫後、現地で搾油、精製され、我が国へ輸入される。このパーム系油脂は、精製(脱ガム・脱酸)、脱色、脱臭されているため、いわゆるRBDパーム系油脂(RBD=Refined Bleached Deodorized)と呼ばれている。通常の方法で輸入されたRBDパーム系油脂は、一通り精製処理が施されているものの、油の色も濃く、輸送中に多少劣化するため、油脂中に過酸化物や遊離脂肪酸を含んでいる。このため、RBDパーム系油脂の品質に応じて、輸入後に我が国における規格に合うよう、再精製されるのが一般的である。再精製したRBDパーム系油脂は、上記のとおり、低温下で保存中に特異的に「戻り臭」が生じることがあるため、風味劣化を抑制できる方法が望まれていた。」

(本件-2)「【0008】
しかしながら、パーム系油脂類にポリソルベートを添加する特許文献1に記載の方法は、添加物による特有の臭気が感じられることがあり、製造した食用油脂の用途が限定されてしまうため必ずしも実用的ではなかった。
【0009】
特許文献2に記載の方法は、酸溶液との接触操作や脱水操作などの操作を行う必要があるため、精製工程数が増加し、生産効率の低下やコストの増加につながることが指摘される。
【0010】
特許文献3に記載の方法は、脱色前に食用油脂を加熱し、さらに加熱後の食用油脂の温度を脱色温度まで冷却する必要があり、工程数の増加につながることが指摘される。また、食用油脂の加熱は、窒素置換下または真空下で行わなければ油脂が劣化してしまうため、そのための設備導入を行う必要があり、必ずしも容易ではなかった。
【0011】
特許文献4に記載の方法は、水蒸気の吹き込みを行うことにより、脱色時の真空度の低下、トリグリセリドの加水分解および脱色に使用する白土の脱色能低下等が懸念される。
【0012】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、特別な添加物や製造装置を用いることなく、安価かつ簡便に低温下での保存時における食用油脂の戻り臭の発生を抑制し、風味劣化の少ない食用油脂を製造することができる食用油脂の製造方法を提供することを課題としている。」

(本件-3)「【0031】
・・・・・・・
<(ii)工程>
(ii)の工程においては、吸着剤のpHが5.0以上であることを特徴としている。
【0032】
本発明の(ii)の工程において利用することができる吸着剤としては、吸着剤のpHが5.0以上であれば特に限定されず、前記(i)の工程において例示した吸着剤を利用することが可能である。吸着剤は、白土および活性炭のうち少なくとも1種を含むことが好ましく、吸着剤を単独または2種以上の併用が可能である。
【0033】
また、本発明のpH5.0以上の吸着剤としては、酸性白土、塩基性活性炭等を用いることができる。本発明において使用する酸性白土は、(i)の工程と同様に、SiO_(2)含量は、好ましくは65%?85%、より好ましくは68%?75%の範囲が例示され、pHは、好ましくはpH6.0以上、より好ましくはpH7.0以上、さらに好ましくはpH8.0以上のものが例示される。本発明において使用する塩基性活性炭は、好ましくはpH6.0以上、より好ましくはpH7.0以上、さらに好ましくはpH8.0以上のものが例示される。灰分は、(i)の工程と同様に、好ましくは3%?7%、より好ましくは4%?6%の範囲が例示される。このような塩基性活性炭の市販品としては、例えば、梅鉢IE印活性炭(pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)、NORIT HB PLUS(pH10.1、灰分7.0%、キャボットノリットジャパン株式会社製)等が例示される。
【0034】
また、pH5.0未満の吸着剤に予めアルカリ処理等を施し、pH5.0以上にしたものも好適に使用することができる。ここで、アルカリ処理とは、吸着剤をアルカリ溶液と混合後、脱溶媒処理する工程を含む。
・・・・・・・
【0039】
吸着剤が白土である場合は、JIS K 5101-17-1:2004 顔料試験方法によりpHを測定する。また、吸着剤が活性炭である場合は、JIS K 1474:2004 活性炭試験方法によりpHを測定する。」

(本件-4)「【0044】
本発明の製造方法により得られる食用油脂は、戻り臭や油脂の風味劣化が抑制されている。
【0045】
したがって、本発明の食用油脂の製造方法によれば、低温下での保存時における食用油脂の戻り臭の発生を抑制し、風味劣化の少ない食用油脂を提供することができる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<RBDパーム油の再精製>
RBDパーム油の再精製は、以下の工程に沿って行った。
【0047】
[吸着剤・アルカリ処理工程]
RBDパーム油を1Lの四つ口フラスコに420g分注し、4000Paの減圧条件下で110℃まで加熱した。フラスコ内で、後述する実施例1?15、比較例1?4の処理を行い、15分間攪拌後、濾過により吸着剤やアルカリ物質を除去した。なお、実施例1?10は、
工程(i)、実施例11?15は、工程(ii)を示している。
【0048】
[脱臭工程]
上記処理後のパーム油を1Lの四つ口フラスコに400g分注し、600Paの真空下で255℃まで加熱した。フラスコ内に水蒸気を吹き込みながら、40分間脱臭処理した。脱臭処理後に、上記パーム油を冷却し、120℃になったところでクエン酸を20ppmになるように添加した。さらに、上記パーム油を冷却し、60℃になったところで濾紙を用いて濾過し、脱臭油を得た。
【0049】
[低温保存]
上記脱臭後のパーム油を、100mLのねじ口瓶に80g分取し、5℃で保管した。」

(本件-5)「【0050】
(実施例1)
RBDパーム油に、吸着剤として対油2.5質量%の活性白土(GALLEON EARTH V2、以下V2と表記、pH3.3、SiO_(2)含量79.8%、水澤化学工業株式会社製)と、アルカリ物質として対油2.5質量%の10%(w/v)水酸化ナトリウム水溶液とを同時に添加した。
・・・・・・・
【0058】
・・・・・・・
(実施例11)
RBDパーム油に、吸着剤として対油2.5質量%の酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)を添加した。
【0059】
(実施例12)
RBDパーム油に、吸着剤として対油2.5質量%の酸性白土2(MIZUKA-ACE #200、pH6.4、SiO_(2)含量71.0%、水澤化学工業株式会社製)を添加した。
【0060】
(実施例13)
RBDパーム油に、吸着剤として対油2.5質量%の塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)を添加した。
【0061】
(実施例14)
あらかじめ活性白土V2に対白土200質量%の1%(w/v)水酸化ナトリウム水溶液を加え、常温・常圧で5分間攪拌し、遠心分離により白土を回収後、水洗し残留遊離アルカリを除去した後、120℃で乾燥させた。RBDパーム油に、吸着剤として対油2.5質量%の上記アルカリ溶液処理した活性白土V2(pH10.0)を添加した。
【0062】
(実施例15)
RBDパーム油に、吸着剤として対油1.25質量%の酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)と対油1.25質量%の塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)とを同時に添加した。」

(本件-6)「【0066】
・・・・・・・・
<評価方法>
(2-ノネナール生成量の定量)
冷蔵保存開始から7日後および14日後の再精製済みパーム油1gをヘッドスペース分析用バイアル管に分取し、80℃にて30分加温した際に発生する揮発性物質を固相マイクロ抽出法にて捕集した。この揮発性物質をGC/MS装置(GC 7890A MSD 5975C、アジレント・テクノロジー社製)の注入口にて250℃で4分間再加熱し、揮発性物質をガスクロマトグラフィー用カラム(InterCap Pure-WAX、ジーエルサイエンス社製)に供した。次いで、カラムにて単離した各成分を検出器にて検知し、2-ノネナールを同定した後、中鎖脂肪酸トリグリセリド(Medium Chain Triglycerides、MCT)で希釈した2-ノネナール標品(純度96.3%、東京化成工業製)を用いて、各試料に含まれる2-ノネナール量を定量した。
【0067】
(戻り臭の有無の官能評価)
冷蔵保存開始から7日後および14日後の再精製済みパーム油を約60℃に加温後、10名のパネルがスポイトで1?2mLを口に含み、官能評価を行った。その際の戻り臭の有無について5段階(5点:全く戻り臭がなく良好、4点:戻り臭がなく良好、3点:若干戻り臭を感じるが良好、2点:戻り臭を感じる、1点:戻り臭を非常に強く感じる)で点数化し、10名のパネルによる採点の平均値を以下の基準で評価した。
【0068】
◎:4点以上
○:2.8点以上4点未満
△:1.5点以上2.8点未満
×:1.5点未満
結果を表1、2および3に示す。
【0069】
・・・・・・・
【0070】
【表2 】



イ 異議理由1-アについて
(ア)甲1の記載事項
(甲1)「日本工業規格 JIS
K 5101-17-1:2004

顔料試験方法-
第17部:pH値-第1節:煮沸抽出法
Test methods for pigments-Part 17:pH value-
Section 1:Hot extraction method

1. 適用範囲 この規格は,顔料及び体質顔料の水懸濁液を煮沸し,常温まで放冷した後にpH測定装置を用いて,水懸濁液のpHを測定するための試験方法について規定する。
・・・・・・・
6. 手順 手順は,次による。
a) ガラス容器(3.1)に,水(4.)を用いて試験する顔料の質量分率10 %懸濁液を調製する。栓を外した状態のまま,約5分間加熱して煮沸状態にした後,更に5分間煮沸する。
備考1. 試験する顔料が容易に水に分散しない場合には,湿潤剤を用いることが望ましい。エタノールに溶解しない顔料の場合は,5 mlまでのエタノールを用いることができるが,最小必要量とすること,及びエタノールはピリジンを混入していない中性のものであることに注意する。エタノールに溶解する顔料の場合は,中性の非イオン系湿潤剤,例えば,エチレンオキサイド縮合物の質量分率0.01 %水溶液10 mlを用いることが望ましい。ブランク測定を行い,湿潤剤が中性であることを確認しておくことが望ましい。湿潤剤を使用する場合は,水の量を減らして質量分率10 %懸濁液が得られるようにすることが望ましい。使用した湿潤剤の種類及び量は,試験報告書に記入する。
2. 比較的密度の小さい顔料又は体質顔料では,質量分率10 %以下の懸濁液を使用することが必要となる場合がある。そのような場合には,使用した懸濁液の濃度を試験報告書に記載することが望ましい。
・・・・・・・」(第1?2頁)

(イ)判断
本件発明4の吸着剤のpHの測定について、本件特許明細書には、上記(本件-3)より「吸着剤が白土である場合は、JIS K 5101-17-1:2004 顔料試験方法によりpHを測定する」(【0039】)ことが記載され、上記(本件-5)に具体的な吸着剤として「活性白土(GALLEON EARTH V2、以下V2と表記、pH3.3、SiO_(2)含量79.8%、水澤化学工業株式会社製)」(【0050】)、「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」(【0058】)、「酸性白土2(MIZUKA-ACE #200、pH6.4、SiO_(2)含量71.0%、水澤化学工業株式会社製)」(【0059】)が、それぞれ記載指されている。
そして、水澤化学工業株式会社の製品カタログである甲2の上記1(2)ア(ウ)(ウ2)及び(ウ3)によると「GALLEON EARTH V2」、「MIZUKA-ACE #300」及び「MIZUKA-ACE #200」のpHは、いずれも「pH(5% suspension)」と記載されており、pHの値が、本件特許明細書の記載と一致していることから、本件特許明細書に記載された吸着剤は、5%懸濁液で測定したものと認められる。
一方、本件特許明細書に記載された上記の「JIS K 5101-17-1:2004」には、上記(甲1)より「試験する顔料の質量分率10 %懸濁液を調製する」と記載されており、一見すると、pHを測定するための懸濁液の調製濃度が5%と10%と異なっている。
しかしながら、「JIS K 5101-17-1:2004」には、上記(甲1)の6.a)備考2.に「比較的密度の小さい顔料又は体質顔料では,質量分率10 %以下の懸濁液を使用することが必要となる場合がある。そのような場合には,使用した懸濁液の濃度を試験報告書に記載することが望ましい」と記載されており、水澤化学工業株式会社の製品カタログ(甲2)は、この上記(甲1)の6.a)備考2.の記載にならって、5%懸濁液で測定したことを記載していると認められる。
そうすると、このpH値を測定するための懸濁液の濃度の違いは、「JIS K 5101-17-1:2004」に」おいて、定められている範囲のものであり、この点によりpHの測定方法が判然としていないとは認められない。
したがって、この点において、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たしている。

ウ 異議理由1-イについて
(ア)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
上記アで摘示した事項が記載されている。

(イ)判断
本件発明4の「pH8.0以上の吸着剤」について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(本件-3)より本件発明4の工程(ii)において利用することができる吸着剤として、酸性白土、塩基性活性炭等を用いることができること、pHが、さらに好ましくはpH8.0以上のものが例示されること、塩基性活性炭の市販品として、梅鉢IE印活性炭(pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)、NORIT HB PLUS(pH10.1、灰分7.0%、キャボットノリットジャパン株式会社製)等が例示されること、また、上記(本件-4)及び上記(本件-5)より本件発明4の工程(ii)の実施例として実施例11、13?15の吸着剤が「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」(実施例11)、「塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)」(実施例13)、「上記アルカリ溶液処理した活性白土V2(pH10.0)」(実施例14)、及び「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」と「塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)」の併用が、それぞれ記載されている。
そうであれば、「pH8.0以上の吸着剤」として、pHが8.5、9.7及び10.0等の値を有する複数の吸着剤が記載されており、当業者であれば、「pH8.0以上の吸着剤」が所期の効果を奏すると理解できる。
なお、特許異議申立人は、実施例14の活性白土V2のpHは3.3であると主張するが、実施例14は、活性白土V2を水酸化ナトリウムでアルカリ処理したもの(pH10.0)を用いており、上記判断に何ら影響を及ぼさない。
したがって、この点において、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たしている。
本件発明4を引用する本件発明5についても同様である。

エ 異議理由1-ウについて
(ア)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
上記アで摘示した事項が記載されている。

(イ)判断
本件発明3及び4の「低温保存」について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(本件-1)より、食用油脂の低温保存は当業者によく知られた事項であるといえ、この点は、上記1(2)ウ(イ)の相違点4で示したとおり、例えば、甲8及び甲9の記載から、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することは、本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項であったと認められるものである。
そして、本件特許明細書の上記(本件-4)より実施例において、「[低温保存] 上記脱臭後のパーム油を、100mLのねじ口瓶に80g分取し、5℃で保管した」(【0049】)こと、上記(本件-6)の2つの評価方法においても、この低温保存(5℃)された再精製済みパーム油を評価したことが具体的に記載されており、5℃での保管は、当業者の周知の技術的事項として認めた温度範囲に含まれるものであり、この点において、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たしている。

オ 小括
上記のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、異議理由1-ア?異議理由1-ウによって、取り消されるべきものではない。

(2)サポート要件について
ア 本件発明4及び5が解決しようとする課題は、上記(1)アの(本件-1)、(本件-2)及び(本件-3)?(本件-6)に記載された事項から、低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法を提供することであると認められる。

イ 本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(1)アの(本件-1)?(本件-6)で摘示した事項が記載されている。

ウ 異議理由2-アについて
上記(1)イ(イ)において検討したとおり、本件発明4の「pH8.0の吸着剤」のpHの測定方法については、本件特許明細書の上記(1)アの(本件-3)より「吸着剤が白土である場合は、JIS K 5101-17-1:2004 顔料試験方法によりpHを測定する」(【0039】)ことが記載されている。
そして、「JIS K 5101-17-1:2004」(甲1)には、上記(1)イ(ア)(甲1)の6.a)より「試験する顔料の質量分率10 %懸濁液を調製する」と記載され、また、その備考2.に「比較的密度の小さい顔料又は体質顔料では,質量分率10 %以下の懸濁液を使用することが必要となる場合がある。そのような場合には,使用した懸濁液の濃度を試験報告書に記載することが望ましい」と記載されている。すなわち、pHを測定する際に調製する懸濁液は、10%懸濁液を基本としながら、10%以下の懸濁液を使用する際には、使用した懸濁液の濃度を記載することを定めている。
そして、本件特許明細書の上記(1)ア(本件-5)に具体的に記載された吸着剤として「活性白土(GALLEON EARTH V2、以下V2と表記、pH3.3、SiO_(2)含量79.8%、水澤化学工業株式会社製)」(【0050】)、「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」(【0058】)、「酸性白土2(MIZUKA-ACE #200、pH6.4、SiO_(2)含量71.0%、水澤化学工業株式会社製)」(【0059】)は、水澤化学工業株式会社の製品カタログ(甲2)を参照すると、上記(甲1)の6.a)備考2.の記載にならって、5%懸濁液でpHを測定したことが記載されている。
そうであれば、当業者は本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたpHの測定方法を理解することができるといえ、その結果として、当業者は、本件発明4が解決しようとする課題を解決できることを認識できるといえる。
したがって、本件発明4は、この点において、サポート要件を満たしている。

エ 異議理由2-イについて
上記(1)ウ(イ)において検討したとおり、本件発明4の「pH8.0以上の吸着剤」は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の上記(1)ア(本件-3)より、本件発明4の工程(ii)において利用することができる吸着剤として、酸性白土、塩基性活性炭等を用いることができること、pHが、さらに好ましくはpH8.0以上のものが例示されること、塩基性活性炭の市販品として、梅鉢IE印活性炭(pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)、NORIT HB PLUS(pH10.1、灰分7.0%、キャボットノリットジャパン株式会社製)等が例示されること、また、上記(1)ア(本件-4)及び(本件-5)より本件発明4の工程(ii)の実施例として実施例11、13?15の吸着剤が「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」(実施例11)、「塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)」(実施例13)、「上記アルカリ溶液処理した活性白土V2(pH10.0)」(実施例14)、及び「酸性白土1(MIZUKA-ACE #300、pH8.5、SiO_(2)含量70.5%、水澤化学工業株式会社製)」と「塩基性活性炭(梅鉢IE印活性炭、pH9.7、灰分4.4%、大平化学産業株式会社製)」の併用及びその効果が上記(1)ア(本件-6)より【0070】の【表2】に、それぞれ記載されており、当業者であれば、「pH8.0以上の吸着剤」が所期の効果を奏すると理解でき、当業者は、本件発明4が解決しようとする課題を解決できることを認識できるといえる。
したがって、本件発明4は、この点において、サポート要件を満たしている。
本件発明4を引用する本件発明5についても同様である。

オ 異議理由2-ウについて
上記(1)エ(イ)において検討したとおり、本件発明3及び4の「低温保存」について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(1)ア(本件-1)より、食用油脂の低温保存は当業者によく知られた事項であること、上記(1)ア(本件-4)より実施例において、「[低温保存] 上記脱臭後のパーム油を、100mLのねじ口瓶に80g分取し、5℃で保管した」(【0049】)こと、上記(1)ア(本件-6)の2つの評価方法においても、この低温保存(5℃)された再精製済みパーム油を評価したことが具体的に記載されている。
そして、「低温保存」における温度範囲は、上記1(2)ウ(イ)の相違点4で示したとおり、例えば、甲8及び甲9の記載から、RBD油を含むパーム油の技術分野において、パーム油を低温下(例えば、-5?10℃程度)での保存中に「もどり」現象といわれる油脂の風味の劣化を引き起こす物質が生成することは、本件特許出願時、当業者に周知の技術的事項であったと認められるものである。
そうであれば、本件特許明細書に低温保存として具体的に5℃で保管したことのみ記載されていたとしても、当業者は、低温の温度範囲を理解することができるといえ、その結果として、当業者は、本件発明3及び4が解決しようとする課題を解決できることを認識できるといえる。
したがって、本件発明3及び4は、この点において、サポート要件を満たしている。

カ 小括
上記のとおりであるから、本件発明3?5は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、異議理由2-ア?異議理由2-ウによって、取り消されるべきものではない。

(3)明確性要件について
ア 異議理由3-アについて
「pH8.0以上の吸着剤」のpHの測定方法は、上記(1)イ及び上記(2)ウで検討したとおり、本件特許明細書の記載から明らかであるから、本件発明4は、明確性要件を満たしている。

イ 異議理由3-イについて
本件発明3及び4における「低温保存」は、上記(1)エ及び上記(2)オで検討したとおり、周知技術等から、当該技術分野における低温保存時の温度範囲を当業者が理解することができるから、「低温」という用語が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまではいえない。
また、本件発明3及び4を引用する本件発明5についても同様である。

ウ 特許異議申立人が提出した令和2年11月6日付け意見書について
特許異議申立人は、上記意見書において、a)本件発明3及び4の「低温保存」は、例えば、甲10(特開2013-99270号公報)の油脂の脱臭において、198?247℃でも低温と表現される場合があり、「低温保存」における「低温」はどの程度の温度をいうのか不明確であること、b)本件発明4及び5における「再精製」と「低温保存」との時系列的な順序が不明確であり、明確性要件違反である旨主張している。
しかしながら、上記主張a)については、上記アのとおりであるから、特許異議申立人の主張は、採用することができない。
また、上記主張b)については、本件発明4は、「低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法」に関するものであり、工程(ii)が、低温保存後のRBDパーム系油脂の戻り臭を抑制するための方法であることから、「再精製として」工程(ii)を行うことは、明らかであり、この点において、「再精製」と「低温保存」後の時系列的な順序は明らかであり、特許異議申立人の主張は、採用することができない。

エ 小括
上記のとおりであるから、本件発明3?5は、特許を受けようとする発明が明確であり、異議理由3-ア及び異議理由3-イによって、取り消されるべきものではない。

(4)新規事項の追加(異議理由4)について
異議理由4は、本件訂正前の本件発明4の「前記工程(i)」との記載は、誤記ではなく、工程(ii)に加えて、工程(i)を含む意味である場合であることを前提としたものである。
しかしながら、上記第2において、本件訂正が認められ、上記第3に記載したとおり、本件発明4は、「前記工程(ii)」であり、工程(i)を含まないことが明らかになった。
したがって、本件発明4は、新規事項を追加するものではなく、本件発明5についても、本件発明4を引用しており、同様に、新規事項を追加するものではない。
よって、本件発明4及び5は、異議理由4によって、取り消されるべきものではない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、当審が通知した取消理由及び特許異議申立人が申し立てた理由のいずれによっても、本件発明3?5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明3?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食用油脂の製造において、以下の工程(i):
(i)吸着剤とアルカリ溶液とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記アルカリ溶液の濃度が、5.0質量%以上20質量%以下であり、
前記アルカリ溶液の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して1.5質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(i)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする食用油脂の製造方法。
【請求項2】
前記工程(i)での吸着剤が、白土および活性炭のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1に記載の食用油脂の製造方法。
【請求項3】
食用油脂の製造において、以下の工程(i):
(i)吸着剤とアルカリ溶液とをその共存下で処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記アルカリ溶液の濃度が、5.0質量%以上20質量%以下であり、
前記アルカリ溶液の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して1.5質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(i)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする低温保存後の食用油脂の戻り臭の抑制方法。
【請求項4】
食用油脂の製造において、再精製として以下の工程(ii):
(ii)pH8.0以上の吸着剤を処理対象油に接触させる工程
を含み、
前記吸着剤の添加量が、前記処理対象油全体の質量に対して0.1質量%以上20質量%以下であり、
前記工程(ii)での処理対象油がRBDパーム系油脂であることを特徴とする低温保存後の食用油脂の戻り臭(爆光による戻り臭は除く。)の抑制方法。
【請求項5】
請求項3の前記工程(i)および請求項4の前記工程(ii)での吸着剤が、白土および活性炭のうち少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項3または4に記載の食用油脂の戻り臭の抑制方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-02-19 
出願番号 特願2014-266358(P2014-266358)
審決分類 P 1 652・ 121- YAA (A23D)
P 1 652・ 55- YAA (A23D)
P 1 652・ 536- YAA (A23D)
P 1 652・ 537- YAA (A23D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 植原 克典関 景輔  
特許庁審判長 瀬良 聡機
特許庁審判官 関 美祝
佐々木 秀次
登録日 2019-08-16 
登録番号 特許第6570832号(P6570832)
権利者 ミヨシ油脂株式会社
発明の名称 食用油脂の製造方法および戻り臭の抑制方法  
代理人 特許業務法人牛木国際特許事務所  
代理人 特許業務法人牛木国際特許事務所  

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