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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 発明同一  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1372719
異議申立番号 異議2019-700940  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-22 
確定日 2021-03-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6516076号発明「電極合剤ペースト」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6516076号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。 特許第6516076号の請求項1?8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6516706号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?8に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、2018年(平成30年) 8月 6日(優先権主張 平成29年 8月23日)を国際出願日とする出願であって、平成31年 4月26日にその特許権の設定登録がされ、令和 1年 5月22日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1?8に係る特許(全請求項)について、令和 1年11月22日に特許異議申立人 野中恵(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
特許異議申立て後の手続きの経緯は、次のとおりである。

令和 2年 1月24日付け:取消理由通知
同年 3月27日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 5月20日 :申立人による意見書の提出
同年 6月22日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 8月5、12日:特許権者との応対
同年 8月21日受付(書留番号883636)
:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年10月29日 :申立人による意見書の提出

第2 本件訂正請求について
1 本件訂正請求の趣旨、及び訂正の内容
令和 2年 8月21日受付の訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?8について訂正を求めるものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである(なお、訂正箇所には当審が下線を付した。)。
なお、令和 2年 3月27日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなされる。

(1)訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項1に、
「融点が300℃以下であるポリイミド系樹脂からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、非極性溶剤であることを特徴とする」
とあるのを、
「融点が300℃以下であるポリイミド系樹脂(ただし、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く)からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤であることを特徴とする」
に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?8も同様に訂正する。)。

2 本件訂正の適否について
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び新規事項追加の有無
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に記載されている「融点が300℃以下であるポリイミド系樹脂」との特定事項から「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミド」が除かれることを明示するとともに、同じく訂正前の請求項1に記載されている「非極性溶剤」を「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の」非極性溶剤に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
また、当該訂正は、令和 2年 1月24日付けの取消理由通知で引用した特願2017-59380号の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明、並びに令和 2年 1月24日付けの取消理由通知及び令和 2年 6月22日付けの取消理由通知(決定の予告)で引用した特願2017-66053号の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明との重なりのみを除くものであって、いわゆる「除くクレーム」とするものにすぎず、それによって新たな技術的事項を導入するものではないから、本願の願書に添付した明細書、特許請求又は図面(以下、「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してされているので、訂正事項1に係る訂正について、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

(3)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?8について、訂正前の請求項2?8はそれぞれ訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるので、本件訂正前の請求項1?8は一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項ごとに訂正の請求をするものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。

3 本件訂正請求についての結言
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第4項から第6項の規定に適合するものである。
したがって、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?8〕について訂正することを認める。

第3 本件発明、及び本件明細書等の発明の詳細な説明の記載
1 本件発明
上記第2の3のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるから、本件訂正請求によって訂正された請求項1?8に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明8」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
融点が300℃以下であるポリイミド系樹脂(ただし、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く)からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤であることを特徴とする電極合剤ペースト。
【請求項2】
前記ポリイミド系樹脂が、テトラカルボン酸成分とジアミン成分とから得られるポリイミドであって、テトラカルボン酸成分またはジアミン成分の少なくとも一方が、脂肪族化合物を50モル%以上含むポリイミドを含む、請求項1に記載の電極合剤ペースト。
【請求項3】
前記ポリイミドが、下記化学式(1)で表される構造単位1種以上からなるポリイミドである、請求項2に記載の電極合剤ペースト。
【化1】

(式中、R1は、芳香環を1個または2個有する4価の基であり、R2は、炭素数1?20の2 価のアルキレン基である。)
【請求項4】
前記化学式(1)中のR1が、下記化学式(2)?(5)の4価の基からなる群から選択される1種以上である、請求項3に記載の電極合剤ペースト。
【化2】

【請求項5】
前記ポリイミド系樹脂が、平均重合度が50以下であるイミドオリゴマーの少なくとも一方の末端に付加反応基を有する付加反応性イミドオリゴマーを含む、請求項1に記載の電極合剤ペースト。
【請求項6】
前記付加反応基が、フェニルエチニル基、またはアセチレン結合を含む基である、請求項5に記載の電極合剤ペースト。
【請求項7】
前記付加反応性イミドオリゴマーが、下記化学式(6)で表される付加反応性イミドオリゴマーである、請求項6に記載の電極合剤ペースト。
【化3】

(式中、R3は、芳香環を1個または2個有する4価の基からなる群から選択される1種以上であり、R4は、炭素数1?20の2価の炭化水素基からなる群から選択される1種以上であり、R5は、アセチレン結合を含む1価の基であり、nは1?15の整数である。ここで、各構造単位に含まれるR3及びR4は、同一であっても、異なっていてもよい。)
【請求項8】
固体電解質をさらに含む、請求項1?7のいずれか1項に記載の電極合剤ペースト。」

2 本件明細書等の発明の詳細な説明の記載
本件明細書等の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(下線は当審が付したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。

(1)「【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池、電気二重層キャパシタなどの電気化学素子の電極用のバインダー樹脂に関する。」

(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ポリイミドはバインダー樹脂として優れた特性を有する一方、溶媒への溶解性が高くないために取り扱いが難しいという問題がある。そのため、ポリイミド前駆体であるポリアミック酸の溶液を用いて電極合剤ペーストを作製し、これを集電体上に塗工して電極合剤層を形成した後、熱処理によりイミド化してポリイミドとする方法が採用されることが多い。しかし、イミド化反応は高温での加熱を必要とし、また、反応により水が生成するため、電極合剤層に含まれる電極活物質や固体電解質等に悪影響を与えることが懸念される。また、可溶性ポリイミドを用い、溶媒に溶解させて電極合剤ペーストを作製し、これを集電体上に塗工した後、熱処理により溶媒を除去して電極合剤層を形成する方法が採用されることもある。しかし、ポリイミドが溶解する溶媒は、一般に、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)等の極性溶剤であり、使用は好ましくない。
【0011】
本発明の目的は、極性溶剤を用いることなく、比較的低温の熱処理により、集電体と電極合剤層の接着性に優れた電極を形成することが可能であり、また、電極作製時に水の生成を伴うイミド化反応を行う必要がない、ポリイミド系樹脂からなる電極用バインダー樹脂を提供することである。」

(3)「【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者らは、種々検討した結果、融点が特定の温度より低いポリイミド系樹脂をバインダー樹脂として用いることによって、極性溶剤を用いることなく、比較的低温の熱処理により、集電体と電極合剤層の接着性に優れた電極を形成することが可能であることを見出して、本発明に至った。」

(4)「【0020】
本発明の電極用バインダー樹脂に用いるポリイミド系樹脂は、イミド化反応が実質的に完結しており、融点が300℃以下であることを特徴とする。ポリイミド系樹脂の融点は250℃以下であることがより好ましく、200℃以下であることが更に好ましい。ここで、「イミド化反応が実質的に完結」とは、電極作製時に加熱処理しても、電極合剤層に含まれる電極活物質や固体電解質等に悪影響が生じるほどには、イミド化反応が進行して水が生成することがないことを意味し、本発明の効果が得られる範囲内であれば、本発明の電極用バインダー樹脂に用いるポリイミド系樹脂は、イミド化反応前のアミック酸構造の繰り返し単位を含むものであってもよい。
【0021】
本発明の電極用バインダー樹脂は、融点が300℃以下、好ましくは250℃以下であるポリイミド系樹脂の1種からなるものであってもよく、融点が300℃以下、好ましくは250℃以下であるポリイミド系樹脂の2種以上の混合物であってもよい。ただし、本発明の電極用バインダー樹脂は、通常、単独の融点を示すものであることが好ましい。
【0022】
本発明におけるポリイミド系樹脂とは、テトラカルボン酸成分およびジアミン成分に由来する、環状イミド基を2個有する繰り返し単位、すなわち、下記の化学式で表される繰り返し単位を1個以上有するポリマーおよびオリゴマーを意味する。なお、テトラカルボン酸成分には、テトラカルボン酸に加えて、テトラカルボン酸二無水物等のテトラカルボン酸誘導体も含まれる。
【化4】

(式中、Aは、テトラカルボン酸成分からカルボキシル基を除いた4価の基であり、Bは、ジアミン成分からアミノ基を除いた2価の基である。)」

(5)「【0041】
本発明の電極用バインダー樹脂組成物は、前述のような本発明の電極用バインダー樹脂を含むものであり、本発明の電極合剤ペーストは、本発明の電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含むものである。溶剤は、非極性溶剤であることが好ましい。本発明の電極用バインダー樹脂、または電極用バインダー樹脂組成物と電極活物質と溶剤とを混合することにより、電極合剤ペーストを調製することができる。
【0042】
ここで、高容量を得るには、電極中の電極活物質の量が多いことが望ましく、したがって、より少ない量のバインダー樹脂で十分な結着力を得ることが望ましい。電極の作製において、粉末の状態のバインダー樹脂よりも、溶媒に溶解した状態のバインダー樹脂を用いる方が、少量であっても、バインダー樹脂の偏在がなく、高い結着力を容易に得ることができるため、ポリイミド系のバインダー樹脂の場合は、従来、ポリイミド前駆体であるポリアミック酸の溶液、または、可溶性ポリイミドの溶液を用いて電極合剤ペーストが作製されている。しかしながら、ポリアミック酸の溶液、及び、可溶性ポリイミドの溶液の使用には、前記のような問題がある。ポリイミドは、一般的に、融点が存在しないか、400℃以上、さらには500℃以上と非常に高いが、本発明においては、融点が300℃以下、好ましくは250℃以下である特殊なポリイミド系樹脂を電極用バインダー樹脂にすることにより、極性溶剤を用いることなく、すなわち、バインダー樹脂が溶媒に溶解せずに分散した状態で電極合剤層の形成に用いても、十分な結着力、集電体と電極合剤層の接着性を得ることを可能にしている。また、比較的低温の熱処理により電極を形成することが可能であり、電極作製時に極性溶剤を用いる必要がなく、水が生成するイミド化反応を行う必要もないため、電極合剤層に含まれる電極活物質や固体電解質等に与える悪影響も抑制できる。その結果、本発明によれば、良好な特性を有する電極を得ることができる。
【0043】
電極活物質は公知のものを好適に用いることができるが、リチウム含有金属複合酸化物、炭素粉末、ケイ素粉末、スズ粉末、またはケイ素若しくはスズを含む合金粉末が好ましい。電極合剤ペースト中の電極活物質の量は、特に限定されないが、通常、電極用バインダー樹脂に対して、質量基準で0.1?1000倍、好ましくは1?1000倍、より好ましくは5?1000倍、さらに好ましくは10?1000倍である。活物質量が多すぎると活物質が集電体に十分に結着されずに脱落しやくなる。一方、活物質量が少なすぎると、集電体に形成された活物質層(電極合剤層とも言う。)に不活性な部分が多くなり、電極としての機能が不十分になることがある。
【0044】
電極合剤ペーストに用いる溶剤は、本発明の電極用バインダー樹脂を溶解しないものであってもよく、非極性溶剤であることが好ましい。電極合剤ペーストの溶剤としては、例えば、キシレン、トルエン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素類等の非極性溶剤を挙げることができる。
・・・
【0047】
また、電極合剤ペーストは、固体電解質を含んでいてもよい。固体電解質としては、例えば、ペロブスカイト型結晶のLa_(0.51)Li_(0.34)TiO_(2.94)、ガーネット型結晶のLi_(7)La_(3)Zr_(2)O_(12)、NASICON型結晶のLi_(1.3)Al_(0.3)Ti_(1.7)(PO_(4))_(3)、アモルファスのLIPON(Li_(2.9)PO_(3.3)N_(0.46))などの酸化物系固体電解質、Li_(2)S-SiS_(2)系やLi_(2)S-P_(2)S_(5)系などの硫化物系固体電解質が挙げられる。
・・・
【0050】
前述のような本発明の電極合剤ペーストを、アルミニウム、銅、ニッケル、鉄、チタン、コバルトなどの金属箔またはこれらの組み合わせからなる合金箔からなる導電性の集電体上に流延あるいは塗布し、加熱処理して溶剤を除去することにより、電極を製造することができる。加熱処理は、電極合剤ペーストに含まれるポリイミド系樹脂を溶融させ、電極活物質等の電極合剤層を形成する成分を一体化させると共に、集電体と電極合剤層を接着させることができる条件で行うことが好ましい。具体的には、用いるポリイミド系樹脂の融点以上、350℃以下の温度で、好ましくは加圧下で熱処理を行うことが好ましい。固体電解質などの電極、及び電池に含まれる成分の分解を抑制して、良好な特性を有する電極、及びリチウムイオン二次電池などの電気化学素子を得るためには、通常、加熱処理の温度は350℃以下であることが好ましい。」

(6)「【実施例】
【0051】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【0052】
以下の例で用いた特性の測定方法を以下に示す。
<融点測定方法(DSC法)>
示差走査熱量計DSC-50(島津製作所)を用い、室温(25℃)から500℃まで20℃/minにて昇温を行い、融点を測定した。
<付着性試験(クロスカット法)>
付着性試験は、JIS K 5600-5-6に準拠して行った。なお、評価は目視により、評価基準(3)に準拠した分類0?分類5(数字が小さいほど強固に付着している)で示した。
【0053】
以下の例で使用した化合物の略号について説明する。
ODPA:4,4’-オキシジフタル酸二無水物、
s-BPDA:3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、
a-BPDA:2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、
PMDA:ピロメリット酸二無水物、
PEPA:4-フェニルエチニルフタル酸無水物、
PETA:フェニルエチニルトリメリット酸無水物、
PPD:p-フェニレンジアミン、
MPD:m-フェニレンジアミン、
ODA:4,4’-ジアミノジフェニルエーテル、
TPE-R:1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン、
DMD:デカメチレンジアミン、
HMD:ヘキサメチレンジアミン、
NMP:N-メチル-2-ピロリドン、
PVdF:ポリフッ化ビニリデン、
SBR:スチレンブタジエンゴム
【0054】
〔実施例1〕
酸無水物としてs-BPDA、ジアミンとしてDMDを用い(s-BPDA:DMD=1:1(モル比))、NMP中、180℃で12時間重合させてイミド化が完結したポリイミド溶液を得た。この溶液を水中に分散させ、析出させたポリイミドを濾別した。水洗及び濾別を3回繰り返し、回収したポリイミドを150℃で24時間乾燥させて電極用バインダー樹脂を得た。この樹脂の融点は190℃であった。
得られた電極用バインダー樹脂3gに珪素粉末7g及びヘキサン90gを添加して混錬し、電極合剤ペーストを調製した。このペーストを銅箔に塗布し、常圧、窒素雰囲気下の熱風乾燥機にて120℃で60分間加熱処理した後、250℃で熱プレスして電極を作製した。この電極について付着性試験を行った結果、付着性は分類0であった。
【0055】
〔実施例2〕
実施例1で得られた電極用バインダー樹脂3gにカルボキシメチルセルロース1g、珪素粉末7g及び水90gを添加して混錬し、電極合剤ペーストを調製した。このペーストを用いた以外は実施例1と同様にして電極を作製した。この電極について付着性試験を行った結果、付着性は分類0であった。」

第4 特許異議の申立てについて
1 異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として後記する甲第1?16号証を提出し、以下の理由により、請求項1?8に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
また、申立人は、令和 2年10月29日提出の意見書とともに、後記する甲第17号証を提出している。

(1)申立理由1(拡大先願)
ア 申立理由1-1(取消理由として一部採用)
本件特許の請求項1?4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由1-2(取消理由として採用)
本件特許の請求項1、5に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性)
ア 申立理由2-1(取消理由として不採用)
本件特許の請求項1、5に係る発明は、甲第5号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由2-2(取消理由として不採用)
本件特許の請求項5に係る発明は、甲第5号証?甲第7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

ウ 申立理由2-3(取消理由として不採用)
本件特許の請求項6、7に係る発明は、甲第6号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(明確性要件;取消理由として採用)
本件特許の請求項1?8の記載は、「非極性溶剤」の定義が不明確であり、特許を受けようとする発明が明確でないから、請求項1?8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(実施可能要件)
ア 申立理由4-1(取消理由として不採用)
本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の記載は、本件特許の請求項1?8に係る発明の「非極性溶剤」について、特有の顕著な効果が実施例で実証されておらず、当業者が本件特許の請求項1?8に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由4-2(取消理由として不採用)
本件特許明細書の記載は、本件特許の請求項8に係る発明について、どのような技術的効果を期待すればよいのか理解できず、当業者が本件特許の請求項8に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

ウ 申立理由4-3(取消理由として不採用)
本件特許明細書の記載は、溶剤として極性溶剤であることが明らかな水を用いた実施例2が記載されていることにより、本件特許の請求項1に係る発明について、どのようにすれば所期の技術的効果を奏するように実施することができるのかを理解することができず、当業者が本件特許の請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
なお、申立人は、令和 1年11月22日付け特許異議申立書の第39?40頁において、上記申立理由4-3に関連して、「請求項1に係る本件特許発明は、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており、本件は、特許法第36条第6項第1項の記載に違反して特許されたものである。」と記載している(上記記載中の「特許法第36条第6項第1項」は、「特許法第36条第6項第1号」を誤記したものと認める。)。

<証拠方法>
甲第1号証:特開2018-163877号公報
甲第2号証:ACS Sustainable Chem.Eng.2018、6、668-678
甲第3号証:特開2018-168367号公報
甲第4号証の1:Designer Molecules Inc.,の「BMI-3000」についてのデータシート
甲第4号証の2:Designer Molecules Inc.,の「BMI-3000」についてのセーフティデータシート 2015年10月6日改訂版
甲第5号証:米国特許出願公開第2016/0237311号明細書
甲第6号証:特開2004-331801号公報
甲第7号証:特開2001-100215号公報
甲第8号証:特開2005-259512号公報
甲第9号証:特表2002-518379号公報
甲第10号証:特開2013-185134号公報
甲第11号証:化学 Vol.67 No.7(2012)19-23
甲第12号証:特開2017-91788号公報
甲第13号証:インターネット情報https://bio.edu-wiki.org/%E6%BA%B6%E5%AA%92%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%AA%98%E9%9B%BB%E7%8E%87 更新日2013年6月9日[2019年11月19日検索]
甲第14号証:特開2011-46553号公報
甲第15号証:特開2011-91010号公報
甲第16号証:特表2011-528311号公報
甲第17号証:米国特許第3803103号明細書

2 令和 2年 1月24日付け取消理由通知における取消理由の概要
本件特許の請求項1?8に係る特許に対して、当審が令和 2年 1月24日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)取消理由1(拡大先願)
ア 取消理由1-1(甲第1号証に基づく)
本件特許の請求項1、2に係る発明は、その優先権主張の日前の、甲第1号証に係る出願の優先権主張の基礎となる特許出願であって、その出願後に甲第1号証により出願公開がされたものとみなされる特願2017-59380号(以下、「先願1」という。)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者が先願1に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が先願1の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 取消理由1-2(甲第3号証に基づく)
本件特許の請求項1、2、5に係る発明は、その優先権主張の日前の、甲第3号証に係る出願の優先権主張の基礎となる特許出願であって、その出願後に甲第3号証により出願公開がされたものとみなされる特願2017-66053号(以下、「先願2」という。)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者が先願2に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が先願2の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)取消理由2(明確性)
本件特許の請求項1?8の記載は、「非極性溶剤」の定義が不明確であり、特許を受けようとする発明が明確でないから、請求項1?8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

3 令和 2年 6月22日付け取消理由通知(決定の予告)における取消理由の概要
当審が令和 2年 6月22日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。

(1)予告取消理由1(拡大先願;取消理由1-2と同旨)
本件特許の請求項1、2、5に係る発明は、その優先権主張の日前の、甲第3号証に係る出願の優先権主張の基礎となる特許出願であって、その出願後に甲第3号証により出願公開がされたものとみなされる先願2の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者が先願2に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が先願2の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)予告取消理由2(明確性;取消理由2と同旨)
本件特許の請求項1?8の記載は、「非極性溶剤」の定義が不明確であり、特許を受けようとする発明が明確でないから、請求項1?8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

4 当審の判断
(1)取消理由について
当審は、令和 2年 3月27日提出の意見書、同年 8月 5日、及び同年同月12日の特許権者との応対、及び同年 8月21日受付の意見書における特許権者の主張を踏まえて検討した結果、上記2の取消理由、及び上記3の予告取消理由はいずれも解消したと判断した。
その理由は以下のとおりである。

ア 取消理由1-1(拡大先願)について
(ア)本願の優先権主張の日前の他の特許出願であって、本願の出願後に特開2018-163877号公報(甲第1号証)により出願公開されたものとみなされる先願1の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「先願1当初明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている。

a 「【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、リチウム二次電池、キャパシタ、コンデンサ等の蓄電素子電極製造に有用なバインダ溶液、およびこのバインダ溶液を用いて得られる蓄電素子電極形成用塗液に関する。」

b 「【0007】
そこで本発明は、前記課題を解決するものであって、アミド系溶媒が残留することなく、サイクル特性が良好な活物質層が形成できるPIバインダ溶液、およびこのバインダ溶液に活物質粒子を配合した塗液の提供を目的とする。」

c 「【0013】
本発明のバインダ溶液はPIを含有する。PIは、主鎖にイミド結合を有する耐熱性高分子であり、通常、テトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させて得ることができる。本発明のバインダ溶液を構成するPIは、テトラカルボン酸二無水物として芳香族テトラカルボン酸二無水物、ジアミンとして脂肪族ジアミンを用いることが好ましい。このようにすることにより、蓄電素子電極用のバインダ溶液として用いた場合、バインダ溶液中のアミド溶媒量を低減させることができる。
【0014】
脂肪族ジアミンの具体例としては、例えば、1,4-ジアミノブタン、1,5-ジアミノペンタン、1,6-ジアミノヘキサン、2-メチル-1,5-ジアミノペンタン、1,7-ジアミノヘプタン、1,8-ジアミノオクタン、1,3-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,4-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、1,9-ジアミノノナン、1,10-ジアミノデカン、1,11-ジアミノウンデカン、1,12-ジアミノドデカン、4,4′-メチレンビスシクロヘキシルアミン、ダイマジアミン(炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンであり、「DDA」と略記することがある)等を挙げることがでる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中で、DDAが好ましい。なお、DDAは、商品名「プリアミン1074、同1075」(クローダジャパン社製)、「バーサミン551、同552」(コグニスジャパン社製の商品名)等の市販品を用いることができる。
【0015】
・・・
【0016】
テトラカルボン酸二無水物の具体例としては、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3′,4,4′-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、4,4′-オキシジフタル酸無水物、3,3′,4,4′-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物等が挙げられる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中で、PMDA、BPDA、BTDAが好ましい。」

d 「【0038】
<実施例1>
ディーンスタークトラップとコンデンサとを取り付けた反応容器に、0.60モル(177g)のBPDA、0.59モルのDDA(プリアミン1075:325g)、400gのNMP、800gのp-キシレンを投入し、40℃で1時間攪拌して、ポリアミック酸溶液を得た。この溶液を昇温し、還流下で20時間加熱、攪拌して、イミド化による発生する水を共沸除去することにより反応を進め、イミド化を完結した。冷却後、この溶液を、攪拌下で、大量のメタノール中に投入して、PIを再沈殿し、これを、濾過、洗浄、乾燥することにより、固体状のPIを得た。これを、ジグライムとトルエンとからなる混合溶媒(ジグライム/トルエン質量比:60/40)に再溶解して、濃度が15質量%のPI溶液(P-1)を得た。このPIの重量平均分子量(Mw)は、58600であった。次に、P-1に、負極活物質である黒鉛粒子(平均粒径8μm)と、導電助剤のカーボンブラック(アセチレンブラック)と、前記混合溶媒とを加え、ボールミルを用いて混合し、塗液(C-1)を得た。C-1のPI濃度は、塗液質量に対し2質量%、黒鉛粒子濃度は塗液質量に対し26質量%、カーボンブラック濃度は、塗液質量に対し2質量%、NMP濃度は、全溶媒質量に対し0.1質量%未満であった。なお、NMP濃度は、ガスクロマトグラフ法で確認した。
【0039】
<実施例2>
BPDAをPMDAとしたこと以外は、実施例1と同様にして、ポリイミド溶液(P-2)を得た。このポリイミドの重量平均分子量(Mw)は、62100であった。P-2に、実施例1と同様にして黒鉛粒子およびカーボンブラックを配合して、塗液(C-2)を得た。C-2中のNMP濃度は、全溶媒質量に対し0.1質量%未満であった。」

e 「【0042】
<実施例5>
固体状のPIを再溶解するための溶媒を、トルエンのみとしたこと以外は、実施例1と同様にして、塗液(C-5)を得た。C-5中のNMP濃度は、全溶媒質量に対し0.1質量%未満であった。」

(イ)上記(ア)a?eの各記載事項(特に実施例5)を総合勘案すると、先願1当初明細書等には、次の発明が記載されていると認められる。

「0.60モル(177g)の3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、0.59モルのダイマジアミン(炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミン、DDA)(プリアミン1075:325g)、400gのNMP、800gのp-キシレンを投入し、40℃で1時間攪拌して、ポリアミック酸溶液を得た後、この溶液を昇温し、還流下で20時間加熱、攪拌して、イミド化による発生する水を共沸除去することにより反応を進め、イミド化を完結し、冷却後、この溶液を、攪拌下で、大量のメタノール中に投入して、PIを再沈殿し、これを、濾過、洗浄、乾燥することにより得た固体状のPIをトルエンからなる溶媒に再溶解して、濃度が15質量%のPI溶液(P-1)を得、上記P-1に、負極活物質である黒鉛粒子(平均粒径8μm)と、導電助剤のカーボンブラック(アセチレンブラック)と、前記溶媒とを加え、ボールミルを用いて混合して得た、蓄電素子電極形成用塗液(C-1)。」(以
下、「先願発明1」という。)

(ウ)また、甲第2号証には、以下の事項が記載されている。
a 「Scheme 1. Structures of the Monomers Used in the Polyimides Synthesis^( a)

^(a) The leftside shows four dianhydrides used (BPADA, OPDA, 6FDA, and BPDA) and the rightside shows a generalized structure of the dimer diamine (DD1)」(第669頁上段)
[当審訳:図1 ポリイミドの合成において用いられたモノマーの構造(化学式は記載省略)
左側には、使用された4種類の二無水物(BPADA, OPDA, 6FDA, 及びBPDA)が示され、右側には、ダイマージアミン(DD1)の一般化された構造が示されている。]

b 「Scheme 2. Schematic Representation ofthe Thermal Imidization Reaction (Cyclodehydration of Polyamic Acid into a Polyimide)

」(第669頁下段)
[当審訳:図2 熱イミド化反応の概略図(ポリアミック酸のポリイミドへの脱水環化)
(化学式は記載省略)]

c 「However, as opposed to the other three polymers, a change in opacity with time was noticed for BPDA-D, turning from translucent to fully turbid after 5 and 11 days at T_(ann), DSC scans of turbid BPDA-D show an appearance of a melting peak at 68 ℃(yet no change in the T_(g) value).」
(第674頁右欄第16?20行)
[当審訳:しかしながら、他の3つのポリマーとは対照的に、BPDA-Dでは不透明度の経時変化が認められ、Tannで5および11日後に半透明から完全に混濁した。濁ったBPDA-DのDSCスキャンでは、68℃に融解ピークが現れる(Tg値に変化はない。)。]

(エ)本件発明1について
a 先願発明1において、BPDAとDDAを原料としてイミド化を完結させて得た「固体状のPI」は、蓄電素子電極形成に用いられるポリイミド樹脂であり、これを「トルエンからなる溶媒に再溶解して」得た「PI溶液」は、バインダ溶液となるものであるから、本件発明1の「ポリイミド系樹脂からなる電極用のバインダー樹脂」に相当する。

b また、先願発明1の「負極活物質である黒鉛粒子」、「トルエンからなる溶媒」、及び「蓄電素子電極形成用塗液(C-1)」は、それぞれ本件発明1の「電極活物質」、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」である「溶剤」、及び「電極合剤ペースト」に相当する。

c そうすると、本件発明1と先願発明1とは、次の点で一致する。
[一致点1]
「ポリイミド系樹脂からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である電極合剤ペースト。」

d 他方、本件発明1と先願発明1とは、次の点で相違する。
[相違点1]
電極用バインダー樹脂を構成するポリイミド系樹脂について、本件発明1では「融点が300℃以下であ」り、かつ「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド」、並びに、「両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミド」は除かれるのに対して、先願発明1では、「3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)」と、「ダイマジアミン(炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミン、DDA)」から得られるものであって、その融点が不明な点。

e そこで、上記相違点1について検討するに、甲第2号証の上記(ウ)a?cの各記載事項を総合すると、BPDAとDD1(ダイマージアミン)とから合成されたポリイミドの融点は、68℃であると認められることから、先願発明1における、BPDAとDDAとから生成されるPI(ポリイミド系樹脂)も、その融点は68℃であるといえる。なお、甲第2号証は、本願の優先権主張日後に公知となったものであるが、優先権主張日前においても、BPDAとDDAとから生成されるPI(ポリイミド系樹脂)の融点が68℃であるという事実に変わりがないことは自明である。したがって、本件発明1と先願発明1とは、その電極用バインダー樹脂を構成するポリイミド系樹脂の融点が300℃以下である点では相違しない。

f しかしながら、そもそも、本件発明1に係る「電極用バインダー樹脂を構成するポリイミド系樹脂」からは、先願発明1の「3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)」と、「ダイマジアミン(炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミン、DDA)」から得られるものが除かれていることから、少なくともこの点で、本件発明1と先願発明1とは実質的に相違しているといえる。

g したがって、本件発明1は、先願発明1と実質同一とはいえない。

(オ)本件発明2?4について
本件発明2?4は、本件発明1の特定事項を全て含むものであり、上記(エ)gのとおり、本件発明1が先願発明1と実質同一とはいえないことから、同様に、先願発明1と実質同一とはいえない。

(カ)なお、申立人は、令和 2年10月29日提出の意見書第2頁の「(1.2)甲第1号証および甲第17号証を根拠とする取消理由(1.2.1)甲第1号証の実施例2」において、「甲第1号証・・・には、実施例2(段落0044)として、以下の構成要件A、B、Cで特定された発明が記載されている。
・構成要件A:PMDA(ピロメリット酸二無水物)-DDA(ダイマジアミン)からなる固体状のポリイミド[電極用バインダー樹脂]
・構成要件B:負極活物質である黒鉛粒子[電極活物質]
・構成要件C:溶媒としてトルエン(芳香族炭化水素)を含む電極形成用塗液[電極合剤ペースト]」と主張し、これを根拠にして、本件発明1が先願1当初明細書等に記載された発明と同一である旨主張している。

(キ)しかし、上記(ア)d、eに摘記したとおり、先願1当初明細書等には、

<実施例1>
BPDAとDDAから得られるポリイミド(電極用バインダー樹脂)、負極活物質である黒鉛粒子(電極活物質)、及びジグライムとトルエンからなる混合溶媒を含む塗液(電極合剤ペースト)、

<実施例2>
PMDAとDDAから得られるポリイミド(電極用バインダー樹脂)、負極活物質である黒鉛粒子(電極活物質)、及びジグライムとトルエンからなる混合溶媒を含む塗液(電極合剤ペースト)、

<実施例5>
BPDAとDDAから得られるポリイミド(電極用バインダー樹脂)、負極活物質である黒鉛粒子(電極活物質)、及びトルエンのみからなる混合溶媒を含む塗液(電極合剤ペースト)、

が記載されているものの、PMDAとDDAから得られるポリイミドを含む上記<実施例2>は、極性溶媒である「ジグライム」と芳香族炭化水素である「トルエン」の混合溶媒含むものである点で、「溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」本件発明1とは実質的に相違するものといえるから、申立人による上記(カ)の主張は採用しない。

(ク)小括
以上のとおり、本件発明1、2は、本願の優先権主張の日前の特許出願であって、その出願後に甲第1号証により出願公開がされたものとみなされる先願1の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものとはいえない。

イ 予告取消理由1(拡大先願;取消理由1-2と同旨)について
(ア)本願の優先権主張の日前の他の特許出願であって、本願の出願後に特開2018-168367号公報(甲第3号証)により出願公開されたものとみなされる先願2の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「先願2当初明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている。

a 「【技術分野】
【0001】
本発明は、非架橋のポリマレイミド(以下「PMI」と略記することがある)およびその製造方法に関するものであり、このPMIは、例えば、リチウム二次電池、キャパシタ、コンデンサ等の蓄電素子電極製造の際のバインダとして有用である。」

b 「【0007】
そこで本発明は、前記課題を解決するものであって、アミド系溶媒が残留することなく、サイクル特性が良好な活物質層が形成できるPIおよびこの製造方法ならびにこのPIからなる蓄電素子バインダ溶液の提供を目的とする。」

c 「【0008】
本発明者らは、特定の化学構造としたPI、すなわちPIとして、新規な、化学構造と特性と、を有するポリマレイミド(以下、「PMI」と略記することがある)を用いることにより、前記課題が解決されることを見出し、本発明の完成に至った。
・・・
【0010】
<1> 以下の特徴を有する非架橋のPMI。
(1)モノマが両末端マレイミド化オリゴイミドである。
(2)炭化水素系溶媒および/またはエステル系溶媒からなる溶媒に可溶である。
(3)GPCにより測定された重量平均分子量(Mw)が、10000超、500000以下である。
<2> 両末端マレイミド化オリゴイミド(以下「MOI」と略記することがある)を、溶媒中、100℃以上で熱重合することを特徴とする前記PMIの製造方法。
<3> 前記PMIからなり、アミド系溶媒を実質的に含有しない蓄電素子用バインダ溶液。」

d 「【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明のPMIは、そのモノマ(前駆体)であるMOIのマレイミド基が有するビニル基が重合した溶媒可溶性のPIである。MOIは公知の化合物であり、通常、熱重合開始剤または光重合開始剤を添加した上で、加熱または紫外線照射して、三次元架橋させることにより用いられる熱硬化性の樹脂である。これらのMOIは、例えば、特開2012-117070号公報、特開2017-48391号公報等に記載されている。本発明のPMIは、これらのMOIをモノマとして用いることができる。MOIは、溶媒中で、酸触媒下、テトラカルボン酸二無水物と、脂肪族ジアミンを含むジアミンとを反応させて脱水閉環した「両末端にアミノ基を有するオリゴイミド」(以下「ATPI」と略記することがある)に無水マレイン酸を反応させて、両末端をマレアミック酸とした後、これをマレイミド化することにより得られる。テトラカルボン酸二無水物の具体例としては、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3′,4,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、2,3,3′,4′-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、3,3′,4,4′-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、4,4′-オキシジフタル酸無水物、3,3′,4,4′-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物等を挙げることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中で、PMDAおよびBPDAが好ましい。ここで、ジアミンは、テトラカルボン酸二無水物1モルに対し、1.05モル以上、1.5モル以下使用することが好ましい。なお、MOIとして、「BMI-689、同1500、同3000」(Designer Molecules Inc.社製の商品名)等の市販品を用いることもできる。」

e 「【0035】
<実施例2>
MOIとして、市販のBMI-3000(Designer Molecules Inc.社製の商品名)を用いた。このMOIのMwは、5200であった。MOIをソルベントナフサ(沸点:150?185℃)に溶解して、攪拌下、155℃で4時間加熱することにより、ビニル重合反応を進めた後、トルエンで希釈することにより、Mwが21000のPMIを含有するPMI溶液(R-2:固形分濃度は30質量%)を得た。この溶液は、実質的にNMPを含有しないものであった。」

f 「【0037】
<実施例4>
実施例2で得られたPMI溶液(R-2)に、負極活物質である黒鉛粒子(平均粒径8μm)と、導電助剤のカーボンブラック(アセチレンブラック)と、トルエンとを加え、ボールミルを用いて混合し、塗液(C-2)を得た。C-2のPMI濃度は、塗液質量に対し2質量%、黒鉛粒子濃度は塗液質量に対し28質量%、カーボンブラック濃度は、塗液質量に対し2質量%であった。
C-2を用い、実施例3と同様にして、負極を得た後、試験セルを作成し、放電容量維持率を求めた所、95%以上であり、良好なサイクル特性が確認された。」

(イ)また、Designer Molecules Inc.,の「BMI-3000」についてのデータシート(甲第4号証の1)には、以下の事項が記載されている。

a 「TECH DATA SHEET
BMI-3000



b 「TYPICAL PHYSICAL ANDCHEMICAL PROPERTIES」には、BMI-3000の「Melting Point (typical)」(融点)について、「METHOD」が「DSC」、「RESULT」が「80℃」である旨記載されている。

(ウ)さらに、Designer Molecules Inc.,の「BMI-3000」についてのセーフティデータシート 2015年10月6日改訂版(甲第4号証の2)の「Page 4 of 7」には、「BMI-3000 Powder」の「Physical/Chemical Characteristics」について、「Melting Point」(融点)が、「?80℃」である旨記載されている。

(エ)上記(ア)a?fの各記載事項(特に実施例4)を総合勘案すると、先願2当初明細書等には、次の発明が記載されていると認められる。

「MOIとして、Mwが5200の市販のBMI-3000(Designer Molecules Inc.社製の商品名)を用い、これをソルベントナフサ(沸点:150?185℃)に溶解して、攪拌下、155℃で4時間加熱することにより、ビニル重合反応を進めた後、トルエンで希釈することにより得た、Mwが21000の蓄電素子電極製造の際のバインダとして有用であるPMIを含有するPMI溶液(R-2:固形分濃度は30質量%)に、負極活物質である黒鉛粒子(平均粒径8μm)と、導電助剤のカーボンブラック(アセチレンブラック)と、トルエンとを加え、ボールミルを用いて混合して得た、塗液(C-2)。」(以下、「先願発明2」という。)

(オ)本件発明1について
a 先願発明2の「市販のBMI-3000(Designer Molecules Inc.社製の商品名)」は、上記(ア)cのとおり、溶媒中で、酸触媒下、テトラカルボン酸二無水物と、脂肪族ジアミンを含むジアミンとを反応させて脱水閉環した「両末端にアミノ基を有するオリゴイミド」に無水マレイン酸を反応させて、両末端をマレアミック酸とした後、これをマレイミド化することにより得られたものといえるから、本件発明1における「ポリイミド系樹脂」に対応するものであり、当該BMI-3000を「ソルベントナフサ(沸点:150?185℃)に溶解して、攪拌下、155℃で4時間加熱することにより、ビニル重合反応を進めた後、トルエンで希釈することにより得た、Mwが21000の蓄電素子電極製造の際のバインダとして有用であるPMIを含有するPMI溶液(R-2:固形分濃度は30質量%)」は、本件発明1の「電極用バインダー樹脂」に相当する。

b また、先願発明2の「負極活物質である黒鉛粒子」、「トルエン」、及び「塗液(C-2)」は、それぞれ本件発明1の「電極活物質」、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」である「溶剤」、及び「電極合剤ペースト」に相当する。

c そうすると、本件発明1と先願発明2とは、次の点で一致する。
[一致点2]
「ポリイミド系樹脂からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である電極合剤ペースト。」

d 他方、本件発明1と先願発明2とは、次の点で相違する。
[相違点2]
電極用バインダー樹脂を構成するポリイミド系樹脂について、本件発明1では「融点が300℃以下であ」り、かつ「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド」、並びに、「両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミド」は除かれるのに対して、先願発明2では、「両末端マレイミド化オリゴイミド(MOI)」、又は当該「両末端マレイミド化オリゴイミド(MOI)」を重合して得られる「非架橋ポリマレイミド(PMI)」を含有するものであって、その融点が不明な点。

e そこで、上記相違点2について検討する。
(a)上記(イ)、(ウ)のとおりの甲第4号証の1、及び甲第4号証の2の記載を参酌すれば、先願発明2の「BMI-3000」及びこれを重合して得られる「PMI」の融点は「300℃以下」である蓋然性が高いとはいえる。

(b)しかし、そもそも、本件発明1に係る「電極用バインダー樹脂を構成するポリイミド系樹脂」からは、先願発明2の「両末端マレイミド化オリゴイミド(MOI)」、及び当該「両末端マレイミド化オリゴイミド(MOI)」を重合して得られる「非架橋ポリマレイミド(PMI)」を含有するものが除かれていることから、少なくともこの点で、本件発明1と先願発明2とは実質的に相違しているといえる。

(c)したがって、本件発明1は、先願発明2と実質同一とはいえない。

(カ)本件発明2、5について
本件発明2、5は、本件発明1の特定事項を全て含むものであり、上記(オ)e(c)のとおり、本件発明1が先願発明2と実質同一とはいえないことから、同様に、先願発明2と実質同一とはいえない。

(キ)小括
以上のとおり、本件発明1、2、5は、本願の優先権主張の日前の特許出願であって、その出願後に甲第3号証により出願公開がされたものとみなされる先願2の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものとはいえない。

ウ 予告取消理由2(明確性;取消理由2と同旨)について
(ア)本件訂正後の請求項1には、「前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」と記載されているから、該「溶剤」が芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤のみからなるものであることは、明確であり、本件発明1、及び当該請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2?8に係る本件発明2?8における「非極性溶剤」にどのような溶剤が含まれるかを当業者であれば明確に把握することができるといえる。

(イ)したがって、本件特許の請求項1?8の記載は、「非極性溶剤」の内容を明確に把握することが可能であり、特許を受けようとする発明は明確であるといえるから、請求項1?8に係る特許が、特許法第36条第6項第2号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(2)取消理由としなかった申立理由について
ア 申立理由1-1(拡大先願)について
(ア)上記(1)ア(オ)のとおり、本件発明3、4は、先願発明1と実質同一とはいえない。

(イ)したがって、本件発明3、4は、本願の優先権主張の日前の特許出願であって、その出願後に甲第1号証により出願公開がされたものとみなされる先願1の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であるとはいえないから、同発明に係る特許が、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものとはいえない。

イ 申立理由2(進歩性)について
(ア)甲第5?7号証の記載事項、及び甲第5、6号証に記載された発明
a 甲第5号証の記載事項
本願の優先権主張の日前に外国において頒布された刊行物である甲第5号証には、「LOW DIELECTRIC CONSTANT, LOW DIELECTRIC DISSIPATION FACTOR COATINGS, FILMS AND ADHESIVES」(発明の名称)に関して、次の記載がある。

(a)「FIELD OF INVENTION
[0002] This invention relates to low dielectric constant and low dielectric dissipation factor polymers, films, adhesives, and electronic parts using the same. In particular, compositions comprising maleimide-terminated polyimide resins, functionalized polyethylene, polypropylene, polybutadienes, along with perfluorinated hydrocarbon fillers and POSS nanoparticles.」
(当審訳:本発明は、低誘電率および低誘電正接のポリマー、フィルム、接着剤、およびそれらを使用する電子部品に関する。特に、マレイミド末端ポリイミド樹脂、官能化ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブタジエン、およびペルフルオロ炭化水素充填剤およびPOSSナノ粒子を含む組成物。)

(b)「EXAMPLES
Example 1
Synthesis of Compound I (BMI-3000)
[0231]

[0232] A 1-L reaction flask equipped with Tefron-coated stir bar was charged with 164.7g (300mmol) of (Priamine^(TM) 1075 (dimer diamine; EC Reg.No.273-282-8; Croda Coatings & Polymers, East Yorkshire, UK). To the reaction flask was added 200g of N-methylpyrrolidone(NMP) and 500g of toluene, followed by the addition of 25g of methanesulfonicacid. The mixture was stirred vigorously, while 43.6g (200mmol) of pyromellitic dianhydride was added to the flask. The polyamic acid solution was heated to reflux and the water generated in the reaction was removed using a Dean-Stark trap over 6 hours. The solution was cooled down and 23.5g (240mmol) of maleic anhydride was added to the flask. The solution was heated back to reflux overnight. After 18 hours the remaining water was collected in the Dean-Stark trap signaling the end of the reaction. The solution was diluted with an additional 500g of toluene and placed in a separatory funnel. The solution was washed with 200g of water, followed by two 100g brine washes to remove the NMP and acid. The bulk of the toluene was removed under vacuum to obtain an approximately 50% by weight solids solution. The product was collected by precipitation of the material into stirred methanol. The solid was solid resin was collected by filtering through a Buchner funnel, followed by drying in the oven.」
(当審訳:実施例
実施例1
化合物I(BMI-3000)の合成
[0231](化学式省略)
[0232]テフロンでコーティングされた撹拌子を備えた1リットルの反応用フラスコに、164.7g(300ミリモル)の(Priamine^(TM) 1075 (ダイマージアミン; EC Reg.No.273-282-8; Croda Coatings & Polymers, イーストヨークシャー、英国)を投入した。同反応フラスコに、200gのN-メチルピロリドン(NMP)と500gのトルエンとを加え、続いて25gのメタンスルホン酸を加えた。混合物を激しく撹拌し、そして同フラスコに43.6g(200ミリモル)のピロメリット酸二無水物を加えた。ポリアミック酸溶液を加熱して還流し、反応で生成された水を、ディーンスタックトラップを使用して6時間かけて除去した。溶液を冷却し、23.5g(240ミリモル)の無水マレイン酸を同フラスコに加えた。溶液を一晩加熱還流した。18時間後、残りの水がディーンスタックトラップに集められ、反応の終了を知らされた。溶液を追加の500gのトルエンで希釈し、分液漏斗に入れた。この溶液を200gの水で洗浄し、続いて100gの塩水で2回洗浄してNMPと酸を除去した。トルエンの大部分を真空下で除去して、約50重量%の固体溶液を得た。撹拌されたメタノールへ材料を沈殿させることにより、生成物を収集した。固体はブフナー漏斗で濾過し、その後オーブンで乾燥させることにより、固体樹脂を収集した。)

(c)「67. An article of manufacture constructed with the composition of claim 53, wherein the article of manufacture is selected from the group consisting of a fuel cell, a flexible copper clad laminate, a lithium-ion battery, a pipe lining, an aircraft and marine craft.」
(当審訳:67.請求項53に記載の組成物で構築された製品であって、燃料電池、可撓性銅張積層板、リチウムイオン電池、パイプライニング、航空機、および船舶からなる群から選択される製品。)

b 甲第5号証に記載された発明
上記a(a)?(c)の記載を総合勘案すると、甲第5号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「化学式

で表されるBMI-3000を含む固体樹脂。」(以下、「甲5発明」という。)

c 甲第6号証の記載事項
本願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第6号証には、「ポリアミック酸オリゴマー、ポリイミドオリゴマー、溶液組成物、および繊維強化複合材料」(発明の名称)に関して、次の記載がある。

(a)「【請求項1】
2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含む芳香族テトラカルボン酸二無水物と、芳香族ジアミン化合物と、末端架橋剤とを反応させて得られ、分子末端に架橋性基を有する、ポリアミック酸オリゴマー。」

(b)「【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記末端架橋剤がビニルアニリン、アミノスチレン、エチニルアニリン、フェニルエチニルアニリン、プロパギルアミン、マレイン酸無水物、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物、無水フタル酸、フェニルエチニルフタル酸無水物から選ばれる少なくとも1種以上からなる、ポリアミック酸オリゴマー。」

d 甲第6号証に記載された発明
上記c(a)、(b)の記載を総合勘案すると、甲第6号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含む芳香族テトラカルボン酸二無水物と、芳香族ジアミン化合物と、末端架橋剤とを反応させて得られ、分子末端に架橋性基を有する、ポリアミック酸オリゴマーにおいて、
前記末端架橋剤がビニルアニリン、アミノスチレン、エチニルアニリン、フェニルエチニルアニリン、プロパギルアミン、マレイン酸無水物、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物、無水フタル酸、フェニルエチニルフタル酸無水物から選ばれる少なくとも1種以上からなる、ポリアミック酸オリゴマー。」(以下、「甲6発明」という。)

e 甲第7号証の記載事項
本願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である甲第7号証には、「光配向液晶配向膜用組成物、光配向液晶配向膜、液晶挟持基板及び液晶表示装置」(発明の名称)に関して、次の記載がある。

(a)「【請求項1】一般式(I)
【化1】

(式中、Wは4価の有機基を有し、Rは2価の有機基を示す)で表わされる繰り返し単位を有し、かつ、その分子の少なくとも片末端に、一般式(II)
【化2】

(式中、Xは反応性炭素炭素不飽和二重結合を有する酸無水物残基である)で表わされる基を含むポリイミドまたはその前駆体を含有してなる光配向液晶配向膜用組成物。」

(b)「【請求項2】一般式(II)で表される基が、
【化3】

から選択されるものである請求項1記載の光配向液晶配向膜用組成物。」

(イ)本件発明1について
a 本件発明1と甲5発明との対比
(a)甲5発明の「BMI-3000」は、本件発明1の「ポリイミド系樹脂」に対応する。

(b)また、甲5発明の「固体樹脂」と、本件発明1の「電極用バインダー樹脂」とは、樹脂である点で共通する。

(c)そうすると、本件発明1と甲5発明とは、「ポリイミド系樹脂からなる樹脂」を含むものである点で一致し、次の点で相違する。

[相違点3]
本件発明1の「ポリイミド系樹脂」は、「融点が300℃以下であ」り、「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く」ものであるのに対して、甲5発明の「BMI-3000」は、「融点が300℃以下であ」って、かつ「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く」ものであるのか不明な点。

[相違点4]
本件発明1の「ポリイミド系樹脂」は、「電極用バインダー樹脂」であって、「電極活物質」と、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」「溶剤」とをさらに含む「電極合剤ペースト」に用いられるものであるのに対して、甲5発明の「BMI-3000」を含む「固体樹脂」が上述のような「電極合剤ペースト」に用いられるものか不明な点。

b 相違点についての判断
(a)そこで、事案に鑑み、上記相違点4について検討するに、上記(ア)a(c)に摘記したとおり、甲第5号証には、その請求項67には、固体樹脂を用いた製品として燃料電池やリチウムイオン電池は例示されているものの、本件発明1のように「電極用バインダー樹脂」として、「電極活物質」や「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」「溶剤」とともに「電極合剤ペースト」を構成することは、記載も示唆もされていない。

(b)また、本願の優先権主張の日当時の技術常識を参酌しても、甲5発明の「BMI-3000」を含む「固体樹脂」を本件発明1のように「電極合剤ペースト」に用いようとする動機付けを見いだすことはできない。

(c)したがって、上記相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)本件発明5
a 本件発明5は、本件発明1の特定事項を全て含むものであり、上記(イ)b(c)のとおり、本件発明1が、甲5発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことから、本件発明5も、甲5発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b また、上記(ア)cに摘記した甲第6号証の記載、及び上記(ア)eに摘記した甲第7号証の記載を参照しても、甲5発明の甲5発明の「BMI-3000」を含む「固体樹脂」を本件発明1のように「電極合剤ペースト」に用いようとする動機付けを見いだすことはできないのは同様であるから、本件発明5は、甲5発明、及び甲第6号証、甲第7号証に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(エ)本件発明6、7について
a 本件発明1と甲6発明との対比
(a)甲6発明の「2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含む芳香族テトラカルボン酸二無水物と、芳香族ジアミン化合物と、末端架橋剤とを反応させて得られ、分子末端に架橋性基を有する、ポリアミック酸オリゴマーにおいて、前記末端架橋剤がビニルアニリン、アミノスチレン、エチニルアニリン、フェニルエチニルアニリン、プロパギルアミン、マレイン酸無水物、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物、無水フタル酸、フェニルエチニルフタル酸無水物から選ばれる少なくとも1種以上からなる、ポリアミック酸オリゴマー」は、ポリイミド前駆体となり得るものであり、それ自体「樹脂」であるともいえるから、本件発明1の「ポリイミド系樹脂」とは、樹脂である点で共通する。

(b)そうすると、本件発明1と甲6発明とは、「樹脂」を含むものである点で一致し、次の点で相違する。

[相違点5]
本件発明1の「樹脂」は、「融点が300℃以下であ」り、「3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く」「ポリイミド系樹脂」であるのに対して、甲6発明の「ポリアミック酸オリゴマー」は、そのような「ポリイミド系樹脂」ではない点。

[相違点6]
本件発明1の「樹脂」は、「ポリイミド系樹脂」である「電極用バインダー樹脂」であって、「電極活物質」と、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」「溶剤」とをさらに含む「電極合剤ペースト」に用いられるものであるのに対して、甲6発明の「ポリアミック酸オリゴマー」が上述のような「電極合剤ペースト」に用いられるものか不明な点。

b 相違点についての判断
(a)そこで、事案に鑑み、上記相違点6について検討するに、甲第6号証の記載や、本願の優先権主張の日当時の技術常識を参酌しても、甲6発明の「ポリアミック酸オリゴマー」を本件発明1のように「電極用バインダー樹脂」として、「電極活物質」や「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤である」「溶剤」とともに「電極合剤ペースト」を構成しようとする動機付けを見いだすことはできない。

(b)したがって、上記相違点5について検討するまでもなく、本件発明1は、甲6発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

c 本件発明6、7について
本件発明6、7は、本件発明1の特定事項を全て含むものであり、上記b(b)のとおり、本件発明1が、甲6発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないことから、本件発明6、7も、甲6発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(オ)小括
以上のとおり、本件発明1、5は、甲第5号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。
また、本件発明5は、甲第5号証?甲第7号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。
さらに、本件発明6、7は、甲第6号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

ウ 申立理由4(実施可能要件)について
(ア)「非極性溶剤」について(申立理由4-1)
a 上記第3の1に摘記したとおり、本件発明1?8における「溶剤」は、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」であり、上記「溶剤」に「非極性溶剤」と「極性溶剤」との混合系の溶剤が含まれると解する余地はない。

b そして、上記第3の2(4)及び(5)に摘記した本件明細書等の記載、並びに同(6)に摘記した本件明細書等の実施例の記載を参照すれば、本件発明1?8に係る「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」である、「ヘキサン」(実施例1)の如き「溶剤」を含む「電極合剤ペースト」を製造し、電極製造のために使用することは、当業者であれば十分可能であるといえる。

c なお、申立人は、特許異議申立書第36頁第12?19行において、「実施例において、「同じポリイミドを用いて」、極性溶剤のみ、または、極性溶剤と非極性溶剤との混合系を用いてペーストを作製した場合と非極性溶剤のみを用いてペーストを作製した場合での「接着効果」の対比がされておらず、非極性を用いたことによる顕著な効果が把握できない。したがって、本件特許発明を実施しようとする当業者は、本件特許明細書の記載だけでは、請求項1に係る本件特許発明について、どのような技術的効果を期待すれば良いのかを理解することができない。よって、本件特許明細書は、請求項1-8に係る本件特許発明について、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではな」い旨主張している。

d しかしながら、発明の詳細な説明の記載が、請求項に係る「物の発明」について実施可能要件を満たすか否かは、当該「物」を作れ、かつその「物」を使用できるか否かによって判断すべきであり、その「物」以外のものに対して、顕著な効果を把握でき、当該「物の発明」について、どのような技術的効果を期待すればよいのかを理解できる必要はないというべきである。

e そうすると、上記bにおいて検討したとおり、本件明細書等の記載は、本件発明1?8に係る「電極合剤ペースト」を作れ、使用できるように記載されたものといえるから、顕著な効果や期待できる技術的効果の有無について検討するまでもなく、実施可能要件を満たすものといえる。

f したがって、申立人による上記cの主張は採用しない。

g よって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、この点で、本件発明1?8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(イ)「固体電解質」を含む「電極合剤ペースト」について(申立理由4-2)
a 上記第3の1に摘記したとおり、本件発明8は、「固体電解質をさらに含む、請求項1?7のいずれか1項に記載の電極合剤ペースト」に係るものである。

b ここで、上記(ア)dのとおり、発明の詳細な説明の記載が、請求項に係る「物の発明」について実施可能要件を満たすか否かは、当該「物」を作れ、かつその「物」を使用できるか否かによって判断すべきであり、その「物」以外のものに対して、顕著な効果を把握でき、当該「物の発明」について、どのような技術的効果を期待すればよいのかを理解できる必要はないというべきである。

c そこで、上記bの観点から、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載について検討するに、上記第3の2(5)に摘記した【0047】、【0050】の記載を参照すれば、本件発明8に係る「固体電解質」を含む「電極合剤ペースト」を製造し、電極製造に使用することは、十分可能であるといえる。

d したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、この点で、本件発明8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(ウ)「実施例2」について(申立理由4-3)
a 上記第3の1に摘記したとおり、本件発明1?8における「溶剤」は、「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」であり、上記「溶剤」に「極性溶剤」からなる溶剤が含まれると解する余地はない。

b そして、上記第3の2(4)及び(5)に摘記した本件明細書等の記載、並びに同(6)に摘記した本件明細書等の実施例の記載を参照すれば、本件発明1?8に係る「芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤」である、「ヘキサン」(実施例1)の如き「溶剤」を含む「電極合剤ペースト」を製造し、電極製造のために使用することは、当業者であれば十分可能であるといえる。

c また、発明の詳細な説明に、溶剤として極性溶剤であることが明らかな水を用いた実施例2が記載されているからといって、他の実施例の記載等を参照すれば、本件発明1?8を実施することが十分可能であることに変わりはない。

d この点につき、申立人は、特許異議申立書第39頁第17?26行において、「本件特許明細書における実施例2は、本来、比較例として記載されるべきものであるにも拘わらず、効果を示す接着性は、溶剤がヘキサンであっても水であっても同一である。すなわち、「溶剤が、非極性溶剤であること」のみを特徴とした本件特許発明にかかる「電極合剤ペースト」の接着性向上効果が、不明確である。したがって、当業者は、実施例1や実施例2を実施しようとしたときに、どのよううにすれば所期の技術的効果を奏するように本件特許発明を実施することができるのかを理解することができない。このため、本件特許明細書は、請求項1に係る本件特許発明について、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではな」い旨主張している。

e しかしながら、上記(ア)dのとおり、発明の詳細な説明の記載が、請求項に係る「物の発明」について実施可能要件を満たすか否かは、当該「物」を作れ、かつその「物」を使用できるか否かによって判断すべきであり、その「物」以外のものに対して、顕著な効果を把握でき、当該「物の発明」について、どのような技術的効果を期待すればよいのかを理解できる必要はないというべきであるから、申立人による上記dの主張は採用しない。

f したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、この点で、本件発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

g なお、申立人は、特許異議申立書第39?40頁において、上記「実施例2」についての申立理由4-3に関連して、「請求項1に係る本件特許発明は、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えており、本件は、特許法第36条第6項第1項の記載に違反して特許されたものである。」と記載している(上記記載中の「特許法第36条第6項第1項」は、「特許法第36条第6項第1号」を誤記したものと認める。)ので、この点についても、以下検討しておく。

(a)上記第3の2(2)に摘記した本件明細書等の【0011】の記載からすると、本件発明が解決しようとする課題は、「極性溶剤を用いることなく、比較的低温の熱処理により、集電体と電極合剤層の接着性に優れた電極を形成することが可能であり、また、電極作製時に水の生成を伴うイミド化反応を行う必要がない、ポリイミド系樹脂からなる電極用バインダー樹脂を提供すること」にあるといえる。

(b)そして、上記第3の2(3)?(6)に摘記した本件明細書等の記載を参照すれば、本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲は、融点が300℃以下であるポリイミド樹脂を電極用バインダー樹脂として、極性溶剤を用いることなく調製された電極合剤ペーストであるといえる。

(c)そうすると、上記第3の1に摘記した本件発明1?8は、発明の詳細な説明に記載された、本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているとはいえない。

(d)したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものである。

エ 令和 2年10月29日提出の意見書における申立人の主張について
(ア)申立人は、令和 2年10月29日提出の意見書第7頁下から4行?第8頁第3行において、「(2.2)サポート要件(特許法第36条第6項第1号)違反」として、「本件特許明細書の実施例の記載において、本件特許発明の有効性が実証されている溶剤はヘキサン(脂肪族炭化水素類)のみであり、芳香族炭化水素の有効性については実証されていない。よって、令和2年8月20日付け提出の訂正請求書に記載された請求項1の記載のうち、芳香族炭化水素については、明細書において具体的にサポートされていない。」と主張している。

(イ)しかしながら、上記の主張は、訂正により追加された事項についての見解など訂正の請求の内容に付随して生じる理由に係るものではなく、適切な取消理由を構成することが一見して明らかな場合に係るものでもないから、実質的に新たな理由を主張するものといえるため、採用しない。

5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由及び特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
融点が300℃以下であるポリイミド系樹脂(ただし、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、炭素数24?48のダイマ酸から誘導される脂肪族ジアミンとから得られるポリイミド、並びに、両末端マレイミド化オリゴイミド、および、両末端マレイミド化オリゴイミドを重合して得られる非架橋ポリマレイミドを除く)からなる電極用バインダー樹脂と、電極活物質と、溶剤とを含み、前記溶剤が、芳香族炭化水素および脂肪族炭化水素類から選択される1種以上の非極性溶剤であることを特徴とする電極合剤ペースト。
【請求項2】
前記ポリイミド系樹脂が、テトラカルボン酸成分とジアミン成分とから得られるポリイミドであって、テトラカルボン酸成分またはジアミン成分の少なくとも一方が、脂肪族化合物を50モル%以上含むポリイミドを含む、請求項1に記載の電極合剤ペースト。
【請求項3】
前記ポリイミドが、下記化学式(1)で表される構造単位1種以上からなるポリイミドである、請求項2に記載の電極合剤ペースト。
【化1】

(式中、R_(1)は、芳香環を1個または2個有する4価の基であり、R_(2)は、炭素数1?20の2価のアルキレン基である。)
【請求項4】
前記化学式(1)中のR_(1)が、下記化学式(2)?(5)の4価の基からなる群から選択される1種以上である、請求項3に記載の電極合剤ペースト。
【化2】

【請求項5】
前記ポリイミド系樹脂が、平均重合度が50以下であるイミドオリゴマーの少なくとも一方の末端に付加反応基を有する付加反応性イミドオリゴマーを含む、請求項1に記載の電極合剤ペースト。
【請求項6】
前記付加反応基が、フェニルエチニル基、またはアセチレン結合を含む基である、請求項5に記載の電極合剤ペースト。
【請求項7】
前記付加反応性イミドオリゴマーが、下記化学式(6)で表される付加反応性イミドオリゴマーである、請求項6に記載の電極合剤ペースト。
【化3】

(式中、R_(3)は、芳香環を1個または2個有する4価の基からなる群から選択される1種以上であり、R_(4)は、炭素数1?20の2価の炭化水素基からなる群から選択される1種以上であり、R_(5)は、アセチレン結合を含む1価の基であり、nは1?15の整数である。ここで、各構造単位に含まれるR_(3)及びR_(4)は、同一であっても、異なっていてもよい。)
【請求項8】
固体電解質をさらに含む、請求項1?7のいずれか1項に記載の電極合剤ペースト。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-01 
出願番号 特願2018-558360(P2018-558360)
審決分類 P 1 651・ 161- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 536- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 小川 知宏  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 粟野 正明
平塚 政宏
登録日 2019-04-26 
登録番号 特許第6516076号(P6516076)
権利者 宇部興産株式会社
発明の名称 電極合剤ペースト  
代理人 坂本 智弘  
代理人 坂本 智弘  

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