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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12Q
管理番号 1374231
審判番号 不服2019-14314  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-10-28 
確定日 2021-05-12 
事件の表示 特願2016-216103「2型腫瘍症(NEOPLASMS-II)の診断法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月20日出願公開、特開2017- 74044〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成20年10月23日(パリ条約に基づく優先権主張 2007年10月23日 米国(US))を国際出願日とする特願2010-530223の一部を、新たな特許出願とした特願2014-148128号の一部を、さらに新たな特許出願として平成28年11月4日に出願されたものであって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成28年12月 2日 手続補正書
平成29年10月17日付け 拒絶理由通知書
平成30年 4月24日 意見書・手続補正書
平成30年 4月24日 意見書・手続補正書
平成30年 8月29日付け 拒絶理由通知書(最後)
平成31年 3月 5日 意見書
令和 1年 7月 5日付け 拒絶査定
令和 1年10月28日 審判請求書・手続補正書
令和 2年 5月 1日 上申書


第2 令和1年10月28日付け手続補正書による手続補正についての補正却下の決定
[結論]
令和1年10月28日付け手続補正書による手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、平成30年 4月24日付け手続補正書(同日付で手続補正書は2通提出されているが、後に提出された書類番号が51800860518のもの)により補正された特許請求の範囲の請求項1に、
(補正前)「【請求項1】
個体から得られた生物学的サンプル中の
(i) ヌクレオチド配列tctcccaacctctactgtaaactttctggtccgagaacgagccgaacacagcgcgacgcagggactaggacggcccggtgaccgcgcggattcaggattgcggggacgcagaaaggttaaggcacttttaaaaactatagcaaggctcctgtttatttattctactttctttccctaataatcaaaacaccgcgtaggctcctccgtttatcagtattaatggtgtaactttgttggcaatatttgccgtgtagaattttttttagatatccattgtaaatttgaaacaaagaccgatctgtgtaaaaacaaatttccatatgttttatataaatatatatataatatgaaggactaccctcctttttttttttttgtattttggctgctagagtgcagcatttgtgacacgtatttgaaatttgaaatttccttctgcactgtataaaaggaccatttgaggatgttttgccttttgtgtattttに対するプローブまたはプローブセットにより検出される遺伝子または転写産物:
および/または
(ii) FOXF1
の発現レベルを評価することを含み、ここで、対応する生物学的サンプルの正常なレベルと比較して(i)群および/または(ii)群の遺伝子または転写産物のより低いレベルの発現が、結腸直腸腫瘍または結腸直腸腫瘍の発症素因を示す、方法。」
とあったものを、
(補正後)「【請求項1】
個体から得られた生物学的サンプル中の
(i) ヌクレオチド配列tctcccaacctctactgtaaactttctggtccgagaacgagccgaacacagcgcgacgcagggactaggacggcccggtgaccgcgcggattcaggattgcggggacgcagaaaggttaaggcacttttaaaaactatagcaaggctcctgtttatttattctactttctttccctaataatcaaaacaccgcgtaggctcctccgtttatcagtattaatggtgtaactttgttggcaatatttgccgtgtagaattttttttagatatccattgtaaatttgaaacaaagaccgatctgtgtaaaaacaaatttccatatgttttatataaatatatatataatatgaaggactaccctcctttttttttttttgtattttggctgctagagtgcagcatttgtgacacgtatttgaaatttgaaatttccttctgcactgtataaaaggaccatttgaggatgttttgccttttgtgtattttに対するプローブまたはプローブセットにより検出される遺伝子または転写産物:
および/または
(ii) FOXF1
の発現レベルを評価することを含み、ここで、生物学的サンプルは排泄物サンプルまたは血液サンプルであり、対応する生物学的サンプルの正常なレベルと比較して(i)群および/または(ii)群の遺伝子または転写産物のより低いレベルの発現が、結腸直腸腫瘍または結腸直腸腫瘍の発症素因を示し、正常なレベルは基準値または値の範囲から得られる、方法。」とする補正事項を含むものである。なお、下線は補正された事項である。

2.目的要件について
上記補正事項によって、補正前の請求項1に記載の「生物学的サンプル」が「排泄物サンプルまたは血液サンプル」に限定されるとともに、「正常なレベル」が「基準値または値の範囲から得られる」ものに限定された。
上記補正後の請求項1に関する補正は、補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「生物学的サンプル」及び「正常なレベル」を限定するものであって、その補正前後で産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認められる。
そこで、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される発明(以下、「補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3.独立特許要件について
(1)引用文献1
本願の優先日前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた、国際公開第2005/123942号(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている(原文は英語のため、訳文を示す。下線は当審が付した)。

ア 特許請求の範囲
「ヒト組織が腫瘍性形質転換する素因があるか否かを決定する方法であって、該組織由来の細胞においてKIAA0789、FOXF1、ADAM12、MGC48625、SHH、PAX6、FLJ25439、TAZ、GATA3、TGFb2、ZNF566、ALX4、LOC283514およびDAPから成る群から選択される核酸分子が存在しないか、変異体で存在するかまたは後成的(epigenetic)な機構を介して下方制御されているかどうかの決定を含む、方法。」(請求項25)

イ 技術分野
「本発明は、一般にメチル化DNAの富化および分析において使用するための方法および材料ならびに疾患における異常にメチル化された部位の同定に関する。」(1頁5?9行)

ウ 背景技術
「DNAメチル化は転写抑制に至り得て、故にインスリン増殖因子およびその受容体、およびXist遺伝子についてのような、哺乳動物遺伝子の遺伝子制御およびインプリンティングに関与する。DNAメチル化は、この修飾がDNA配列を変えないが、細胞分裂を通して遺伝されるため、後成的レギュレーターである。」(1頁22?27行)
「異常DNAメチル化は疾患をもたらし得る。特に、異常DNAメチル化はプロトオンコジーンの増加した発現または腫瘍抑制遺伝子の減少した発現をもたらし得る。故に、DNAメチル化の誤制御は、多くのヒト癌で顕著な表現型である(Jones and Baylin, 2002)。」(2頁1?6行)

エ サンプルの性質
「サンプルは分析を望む全てのものであり得る。
試験すべき核酸の品質に対する要求が少ないため、このプロトコールは、その核酸がホルマリンのために一部変性しているホルマリンで固定された標本の試験に適する。下記の通り、本方法は、核酸メチル化の変化を病歴と相関するために使用できる。
当業者は、核酸フラグメントのサンプルを産生するためにどのように核酸をフラグメント化するか容易に決定できる。例えば、ゲノムDNAは、剪断(例えば音波処理)を使用して、またはAluIのような制限酵素での消化を使用して、フラグメント化できる。」(6頁19行?7頁4行)

オ 診断または予後診断
「上記の通り、異常DNAメチル化は疾患をもたらし得る。特に、異常DNAメチル化はプロトオンコジーンの増加した発現または腫瘍抑制遺伝子の減少した発現をもたらし、多くのヒト癌腫と関連する。
本発明の方法を、疾患状態と関連する異常核酸メチル化部位のスクリーニングおよび同定に、または、例えば癌における疾患もしくは疾患進行の診断もしくは予後診断に使用できる。
疾患状態と関連する新規異常核酸メチル化部位を、本発明の方法を、病気のおよび病気ではない個体からの核酸サンプルに対して行い、結果を比較することにより同定できる。」(16頁25行?17頁12行)

カ 図面の記載
「図1:本発明の好ましい態様および続く特徴付け工程の模式図である。望む平均長のゲノムDNA(制限酵素での消化または剪断のいずれかにより産生)を変性させ、メチル化DNAを5-メチルシチジンに対する抗体とのインキュベートにより単離する。5-メチルシチジンに対する抗体はメチル化配列に結合する。これらを非メチル化配列から分離し、次いでPCRまたはマイクロアレイのような標準DNA検出法で検出できる。」(23頁10?19行)
「図3:結腸癌における異常メチル化のための新規標的の確認。A. PCR用プライマーを、SW48細胞において過剰メチル化であるとマイクロアレイ分析で同定された陽性クローンのために設計した。DNAメチル化は、上記の本方法に従い、WI38原発性線維芽細胞およびSW48結腸癌細胞から調製した富化メチル化サンプルに対する単一遺伝子PCRにより制御された。IN=インプットゲノムDNA、M=富化メチル化DNA。別のコントロールとして、本発明者らは、3名の患者からの適合させた正常結腸(N)および結腸腫瘍(T)から調製したサンプルを分析した。MLH1およびRASSF1Aは、SW48細胞およびある結腸腫瘍において異常にメチル化されると以前に記載されている。インプリントされたH19ICR配列は、メチル化のポジティブコントロールとして働く。……C. 5-アザ-dC処理による、SW48細胞における沈黙遺伝子(silenced genes)の再活性化。RT-PCRを、5μm 5-アザ-dCで4日間処理した(+)またはしていない(-)WI38線維芽細胞およびSW48細胞からのcDNA調製物に対して行った。ベータ-アクチン(beta-acting)遺伝子をコントロールとして使用した。」(24頁18行?25頁16行)

キ 実施例
「実施例4
結腸癌における異常メチル化の新規標的の同定
結腸癌細胞系SW48(ATTC, Rockville, MD)を、上記の通りのメチル化DNAの富化に付し、得られたサンプルを、製造者が記載の通り約12000個のCpG島プローブ(UHN Microarray Centre, Ontario)を表すマイクロアレイに、ハイブリダイゼーションし、ヒト肺線維芽細胞HFL-1(ATTC, Rockville, MD)およびWI-38(ATTC, Rockville, MD)と比較した。CpG島アレイハイブリダイゼーションのために、2μgの音波処理インプットDNAをCy5-dCTPで標識し、1回の富化アッセイの産物をCy3-dCTPで標識した。標識は、Bioprime標識化キット(Invitrogen)、120μMの各dATP、dGTP、dTTP、60μM dCTPおよび60μM Cy5-dCTPまたはCy3-dCTPを使用した無作為プライミングにより行った。この方法により、本発明者らは、結腸癌細胞に排他的なDNA過剰メチル化領域を同定した。この193クローンの群のうち、108個は、配列アノテーションに基づき不明瞭ではないと同定できた。この中で、31個のみが独特の配列に対応し、一方77個はリボソームDNAを示した。このようなリボソームDNAの過剰メチル化は加齢および腫瘍形成と関連して以前に記載報告されているが、その生理学的役割はまだ不明なままである。独特な配列のうち、3個のクローンが遺伝子間CpG島を示すが、残りの28個は、26種の異なる遺伝子に位置づけされた。2個の遺伝子以外、全てプロモーター領域に位置する。
メチル化DNAの単一遺伝子PCRによるマイクロアレイ結果を確認するために、我々は、これらの候補遺伝子の22個に特異的なプライマーを設計した。これらのコントロールは、全遺伝子の70%におけるSW48-特異的メチル化を確認した。メチル化感受性制限酵素を別々の独立したアプローチとして使用して、3個の無作為に選択した遺伝子上の差次的メチル化を確認した。最後に、RT-PCRを使用して、本発明者らは、これらの遺伝子のサブセットのSW48細胞における転写下方制御および脱メチル化剤5-アザ-dCでの処理による抑制解除を証明した。この再反応化は、検出されたメチル化が、連結する遺伝子の活性を直接抑制することを示唆する。故に、本発明の方法とCpG島マイクロアレイでのハイブリダイゼーションは、癌細胞における後成的に沈黙した遺伝子の同定を可能にする。
5-アザ-dC処理およびRT-PCR
SW48細胞(1×10^(6))を培養培地に播き、24時間維持して、その後処理した。細胞を次いで5μM 5-アザ-dC(Sigma)で4日間処置した。5-アザ-dC含有培地を処置開始24時間後に交換した。コントロール細胞を、5-アザ-dC添加無しで同じ方法で処理した。総RNAを、RNeasyミニ・キット(Quiagen)を使用して調製し、cDNA合成を2μgの総RNA上で、Superscipt第一鎖合成系(Invitrogen)およびオリゴ-dTプライマーを使用して行った。PCR反応を、cDNA調製物の1/20で行った。RT酵素なしのコントロールは全て陰性であった。」(29頁21行?31頁19行)
「結腸癌における異常メチル化の新規標的:
CpG島アレイを使用して同定した標的遺伝子の中で、ホメオボックス遺伝子PAX6-受託番号NM_000280-のみが、SW48細胞においてメチル化されると既に報告されている。GATA3遺伝子は、以前は結腸癌では試験されていないが、乳癌細胞において異常にメチル化されると報告されていた。残りの遺伝子は、癌における異常過剰メチル化の新規標的を示す。
これらの遺伝子は、転写制御(FOXF1-受託番号NM_001451-、……を含む、広範囲の生物学的機能に関与する。これらのいくつかは、RASL11A-受託番号NM_206827-、FOXF1、TGFB2およびSHH-受託番号NM_000193-である。
癌生物学における我々の発見の妥当性を評価するために、我々は、3名の患者からの、原発性腺癌および適合させた正常結腸組織の遺伝子のセットのメチル化状態を決定した(図3A)。遺伝子の1個のみ(AXL4)が全3個の正常結腸組織である程度メチル化されており、結腸特異的メチル化の可能性を示唆する。残りの遺伝子の全てについて、SW48細胞におけるメチル化は、それらが、正常結腸においてメチル化されていないか、またはサンプルの1個(MGC48625-受託番号NM_182609-)または2個(LOC283514受託番号-NM_198849-)のみにおいてメチル化されているため、組織特異的メチル化を反映しない。興味深いことに、これらの後者の遺伝子のメチル化は、正常結腸で均一ではない。このようなメチル化の年齢による差次的蓄積は、他の遺伝子に関しても観察されており、癌形成の素因であるはずである。要約すると、SW48細胞系においてメチル化されたと同定された遺伝子の半分以上が、また少なくとも1個の腫瘍でメチル化されており、我々が、インビボでの異常過剰メチル化の新規標的を同定したことを証明する。」(32頁18行?33頁22行)

ク 図面


」(図1)


」(図3)

(2)引用発明の認定
上記(1)アのとおり、引用文献1には、ヒト組織由来の細胞においてFOXF1が後成的(epigenetic)な機構を介して下方制御されているかどうかの決定を含む方法により、ヒト組織が腫瘍性形質転換する素因があるか否かを決定する方法が記載されている。上記(1)ウより、「後成的(epigenetic)な機構」とはDNAメチル化のことであり、上記(1)ウ、オ、カ、キより、DNAメチル化は、結腸癌に関連し、DNAメチル化によって腫瘍抑制遺伝子の減少した発現がもたらされる。上記(1)カ、キ、クに記載のとおり、FOXF1遺伝子は、CpG島アレイハイブリダイゼーションを用いてDNA過剰メチル化領域として同定されたものであり、図3Aから、結腸癌細胞系SW48において、インプットゲノムDNA(IN)及び富化メチル化DNA(M)の両方で発現している一方、ヒト肺線維芽細胞系WI-38においてはINでは発現しているが、Mでは発現していないことが見て取れる。上記(1)カ、キより、INは、PCRにより増幅された全FOXF1遺伝子(すなわち、非メチル化FOXF1遺伝子とメチル化FOXF1遺伝子との両方)の存在を示し、Mは、図1の手順で全FOXF1遺伝子からメチル化遺伝子のみを単離した後にPCRにより増幅されたメチル化FOXF1遺伝子の存在を示すことが把握できる。そうすると、結腸癌細胞系SW48においてFOXF1遺伝子はメチル化されているものが含まれる一方、ヒト肺線維芽細胞系WI-38においてFOXF1遺伝子はメチル化されていないこと、この実験によりFOXF1遺伝子が結腸癌細胞に排他的なDNA過剰メチル化領域であることが同定されている。さらに、図3Aにおいて、患者から採取された正常結腸(N1?N3)と同じ患者から採取された結腸腫瘍(T1?T3)とのFOXF1遺伝子の発現を比較しており、T3のMにおいてN3のMよりも発現の程度が強いことから、細胞株のみならず患者の組織においても結腸腫瘍ではFOXF1遺伝子がメチル化されている一方、同じ患者から採取された正常結腸ではFOXF1遺伝子はメチル化されていないか、T3に比べてメチル化の程度が小さいことが把握できる。
加えて、図3Cを見ると、結腸癌細胞系SW48において、5-アザ-dC処理をした場合(+)はFOXF1遺伝子が発現している一方、当該処理をしていない場合(-)はFOXF1遺伝子が発現していないところ、上記(1)カ、キに記載のとおり、5-アザ-dC処理の技術的意義は、後成的(epigenetic)なメチル化を脱メチル化して、メチル化された遺伝子発現の沈黙の再活性化を確認することによって、メチル化によってその発現が抑制されていたことを証明することであるから、図3Cの結果から、FOXF1遺伝子は結腸癌細胞においてDNAメチル化によりその発現が抑制された遺伝子であることが同定されているといえる。
これらの結果を受けて、引用文献1は、結腸癌細胞系SW48においてメチル化された遺伝子であり、患者腫瘍組織でもメチル化されている、FOXF1等の遺伝子が、インビボでの異常過剰メチル化の新規標的であるとして((1)キ)、上記(1)アの発明を記載するものである。
そうすると、引用文献1には、次の発明が記載されていると認められる。
「ヒト組織が腫瘍性形質転換する素因があるか否かを決定する方法であって、結腸癌患者の結腸組織由来の結腸腫瘍においてFOXF1遺伝子の発現がDNAメチル化を介して抑制されているかどうかの決定を含む方法を含み、前記FOXF1遺伝子の発現レベルが、同じ患者から採取された正常結腸の発現と比較して低い場合に、腫瘍性形質転換する素因があることを示す、方法。」(以下、「引用発明」という)

(3)対比
補正発明と引用発明とを対比する。引用発明の「ヒト……結腸組織由来の結腸腫瘍」は、補正発明の「個体から得られた生物学的サンプル」に相当し、引用発明の「腫瘍性形質転換する素因があるか否かを決定する方法」は、補正発明の「腫瘍または……腫瘍の発症素因を示し……方法。」に相当し、引用発明の「FOXF1遺伝子」は、補正発明の「(ii)FOXF1」または「(ii)群の遺伝子」に相当し、引用発明の「FOXF1遺伝子の発現がDNAメチル化を介して抑制されているかどうかの決定」は、補正発明の「(ii)FOXF1の発現レベルを評価すること」に相当し、引用発明の「前記FOXF1遺伝子の発現レベルの決定が、同じ患者から採取された正常結腸の発現と比較して低い場合に、腫瘍性形質転換する素因があることを示す」は、補正発明の「対応する生物学的サンプルの正常なレベルと比較して……(ii)群の遺伝子……のより低いレベルの発現が、……腫瘍または……腫瘍の発症素因を示し」に相当する。

そうすると、両者は、
「個体から得られた生物学的サンプル中の
(ii)FOXF1の発現レベルを評価することを含み、対応する生物学的サンプルの正常なレベルと比較して(ii)群の遺伝子のより低いレベルの発現が、腫瘍または腫瘍の発症素因を示す、方法。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)腫瘍が補正発明では「結腸直腸腫瘍」であるのに対して引用発明では「結腸腫瘍」である点
(相違点2)生物学的サンプルが補正発明では「排泄物サンプルまたは血液サンプル」であるのに対して引用発明では「結腸癌患者の結腸組織由来の結腸腫瘍」である点
(相違点3)正常なレベルが補正発明では「基準値または値の範囲から得られる」のに対して引用発明では「同じ患者から採取された正常結腸の発現」から得られる点

(4)判断
(相違点1)
本願明細書には「腺腫は、それらが直腸および遠位結腸においてより共通する傾向があるが、結腸および/または直腸の任意の部位に位置し得る」(【0009】)との記載があり、腺腫が腫瘍の一種であることは明らかであるから、補正発明の「結腸直腸腫瘍」とは、結腸および/または直腸の部位に位置する腫瘍であると解され、これは引用発明の「結腸腫瘍」を包含するといえる。したがって、この点は実質的な相違点ではない。

(相違点2)
引用発明は、FOXF1遺伝子の発現レベルの評価を、結腸組織由来の結腸腫瘍におけるFOXF1遺伝子のDNAメチル化状態の把握によって行う
ところ、本願優先日当時において結腸直腸癌患者におけるDNAの変化を被験者の血液において検出することができることは周知の事項であり(要すれば、特表2007-502121号公報の、段落【0126】を参照)、癌由来組織の特定のDNAにおけるメチル化状態を把握するために血液をサンプルとして用いることは周知の技術であった(要すれば、特表2007-502121号公報の、請求項1、2、6、段落【0004】、【0126】、特表2007-528206号公報の、請求項21、25、段落【0002】、【0005】、特表2005-518219号公報の、請求項14、17、段落【0004】を参照)。そうすると、引用発明において、FOXF1遺伝子のDNAメチル化状態を把握するための生物学的サンプルとして結腸組織由来の結腸腫瘍に代えて血液サンプルを用いることは当業者が容易に想到することであるといえる。

(相違点3)
本願明細書段落【0055】の記載を踏まえると、「基準値または値の範囲」とは、「問題となる患者以外の個体から得た個々の、もしくは集合的な結果を反映する標準結果」から導かれるものであると解される。引用発明は、「結腸癌患者の結腸組織由来の結腸腫瘍においてFOXF1遺伝子の発現がDNAメチル化を介して抑制されているかどうかの決定を含む」方法であるところ、遺伝子の発現が抑制されているかどうか、換言すれば、当該発現が異常か異常でないかを決定する場合に、正常な個体やその集合体から得られた既知の検査結果を基に算出された基準値や基準値の範囲と比較することによって決定することは例示するまでもなく当業者が通常行っていることであるといえる。そうすると、引用発明において、当該決定の際に、同じ患者から採取された正常結腸の発現と比較することに代えて基準値や基準値の範囲と比較することは当業者が容易に想到することであるといえる。

(効果について)
本願明細書を参照しても、生物学的サンプルとして排泄物サンプルまたは血液サンプルを用いることや正常なレベルを判断する際に基準値または値の範囲と比較することで、当業者に予想外の効果を奏することは確認ができない。

したがって、補正発明は、引用発明及び周知事項、周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(5)請求人の主張及び意見
請求人は、審判請求書において次の主張をしている。
(主張その1)引用文献1は、個体から得られた排泄物サンプルまたは血液サンプルにおける遺伝子発現を評価することを記載していないので、この理由だけで、補正発明は引用文献1に対して進歩性を有する。
(主張その2)補正発明は、複数の新生物サンプルおよび正常なサンプルの発現レベルから得られた基準値とFOXF1の発現レベルとの比較に関する。当業者は、同じ患者から得られた正常なサンプルよりも、基準結果に対して試験サンプルを分析する利点を理解している(本願明細書段落【0055】)。多数の基準値または結果は、年齢、性別、民族性もしくは健康状態などのいくつかの基準で精錬することができる(本願明細書段落【0055】)。

また、平成31年3月5日に提出された意見書において次の主張をしている。
(主張その3)第一に、引用文献1の分析方法は当業者によって日常的に使用されているものではなく、その有用性がそれほど重要ではない。第二に、細胞株は非常に異常な細胞型であり、したがって、しばしば完全に異常である表現型およびゲノムの特徴を示すのであるから、細胞株において観察される遺伝子型または表現型の特徴の事実は、必ずしも患者において観察されると仮定されるべきではない。例えば、引用文献1の図3は、SW48細胞系において過剰メチル化されることが既に公表されている2つの遺伝子(MLH1およびRASSF1A)が3人の患者由来結腸腫瘍において完全に陰性であることを明らかに示しており、このことは、患者に見いだされる可能性があることに対する教示として、細胞株に基づく差次的遺伝子メチル化分析を用いることの信頼性が低いことの明らかな証拠である。したがって、これらのデータはメチル化FOXF1が結腸直腸癌のマーカーであることを教示していない。せいぜい、引用文献1は、正常結腸および罹患結腸の両方において同様である、ある程度の極めて弱いメチル化を示唆している。したがって、引用文献1は、当業者が、結腸直腸癌(腫瘍)のマーカーとしてFOXF1のメチル化における変化を利用することができる程度に記載していない。

さらに、請求人は、令和2年5月1日に提出された上申書において次の意見を述べている。
(意見その1)引用文献1において、大腸組織サンプルを得るために、大腸内視鏡検査および大腸生検が使用されるが、これらは一般的に患者に対して鎮静ならびにかなりの不便さおよび不快さを必要とする。大腸癌の早期、特に腺腫段階は無症候性であり得るため、大腸内視鏡検査および大腸生検は、しばしば、患者が癌の後期の症状をすでに示した後に行われる。一方、本願発明においては、排泄物または血液サンプルを用いて遺伝子の発現レベルを評価するため、鎮静、結腸直腸内視鏡検査または結腸直腸組織生検の侵襲的な技術を必要としないという「顕著な効果」、及び、サンプルを結腸直腸腫瘍または結腸直腸腫瘍の発症素因の早期(症状が現れる前の時点を含む)検出のために容易に評価することができるという「顕著な効果」が確立される。
(意見その2)本願発明の方法は、排泄物サンプルまたは血液サンプルを用いて遺伝子の発現レベルを評価することを必要とするところ、かかる工程は著しく分解された核酸の分析を含む。排泄物または血液サンプルにおける核酸は、消化管の環境を通過するときに分解されている(本願明細書段落【0116】)ため、これらのサンプルにおいて記載の遺伝子を検出することができるアプローチを開発することは困難であったところ、この技術的困難を克服した。

(6)請求人の主張及び意見に対する判断
(主張その1)
上記(4)の相違点2で検討したように、引用発明においてFOXF1遺伝子のDNAメチル化状態を把握するための生物学的サンプルとして血液サンプルを用いることは当業者が適宜行うことであるといえる。

(主張その2)
本願明細書段落【0055】には、試験対象と同じ個体に由来する組織に基づいて正常なレベルを決定する場合、個体に対して侵襲性が高いことや集合的な結果を反映する標準結果と比較して試験結果を解析することはより簡便であるし、年齢、性別、民族性もしくは健康状態のような特性の観点において異なる基準値を適用できることが記載されている。そして、そのような基準値を用いれば、正常組織由来のサンプルを採取する必要がないため、正常組織由来のサンプルと比較する場合に比べて侵襲性が低く、簡便であることは明らかである。さらに、年齢や性別、人種、症状の進行具合等の属性により遺伝子の発現のパターンや程度が異なることは技術常識であるから、これら属性毎に複数の基準値を定め、その中からより適切な基準値を選択すれば分析の精度が向上することは容易に予測し得ることである。そうすると、本願明細書段落【0055】に記載がある程度のことは本願優先日当時から当業者に周知のことである。

(主張その3)
まず、引用文献1の分析方法が当業者における利用頻度が低く、重要でないか否かは明らかでないが、仮にそうだとしても、利用頻度が低いこととその方法を実施することができないこととは関係がないから、そのことをもって引用文献1の分析方法を当業者が利用できない根拠とはならない。次に、引用文献1では、結腸癌細胞系SW48を用いた実験と共に3人の結腸腫瘍患者に由来する生物学的サンプルを用いた実験も行っており、両実験においてFOXF1他のいくつかの遺伝子において同じ傾向が見られたことから、結腸癌細胞系を用いて得られた実験結果が実際の結腸腫瘍における遺伝子の発現の傾向に合致していないとまではいうことができない。そして、引用文献1において、生物学的サンプルを採取した3人の結腸腫瘍患者の年齢や性別、人種、腫瘍の進行具合等の属性は明らかでないところ、メチル化は後成的(epigenetic)に起こるために、上記(1)キにおいて「メチル化の年齢による差次的蓄積」と記載されているように、年齢や腫瘍の進行具合次第でメチル化の程度に差異が生じると推測されることから、3人の結腸腫瘍患者において患者間や細胞株を用いた実験との間で結果に差異があることもあり得ると解される。そうすると、MLH1及びRASSF1Aが3人の患者由来結腸腫瘍が陰性となることもあり得ると解され、このことをもってして引用文献1の実験結果の信頼性が低いとはいえない。そして、上記(2)に記載したとおり、引用文献1には、結腸癌細胞系SW48または患者由来の結腸腫瘍サンプル(T3)において、ヒト肺線維芽細胞WI-38または同じ患者由来の正常結腸(N3)と比較して、FOXF1遺伝子のメチル化の程度が大きいことが開示されている。そうすると、結腸直腸癌(腫瘍)のマーカーとしてFOXF1のメチル化における変化を利用することができる程度に記載されていないということはできない。
なお、引用文献1の図3は、白黒であるし、解像度の問題でFOXF1他の遺伝子の発現の程度を把握することが難しいかもしれないが、引用文献1の発明者が発表した学術論文である、Nature genetics,2005年,vol.37,no.8,pp.853-862のFigure6(858頁)を見れば、N3に比べてT3においてFOXF1遺伝子のメチル化の程度が大きいことを把握できることを付言する。

(意見その1)
(主張その2)でも検討したように、採血により採取できる血液サンプルの方が、内視鏡検査や手術等の処置が採取のために必要となる組織サンプルに比べて、侵襲性が低いことや、簡便に採取できるためにより早期のタイミングでFOXF1遺伝子のDNAメチル化状態を把握できることは、当業者に周知のことであるといえる。したがって、この程度のことを格別顕著な効果であるということはできない。

(意見その2)
上記(1)エに記載されているように、引用発明において試験される核酸は、その品質に対する要求が少ないこと、試験を行う前に剪断や制限酵素によってフラグメント化(請求人のいう、核酸の分解と同義であるといえる)されることから、血液サンプルに含有される核酸分子が、消化管によって分解されたものであったとしても、引用発明においてこれを対象とすることに特段の技術的困難性は存在しないといえる。

したがって、請求人のこれら主張や意見を採用することはできない。

(7)小括
以上のとおり、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではなく、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。


第3 本願発明について
1.本願発明
令和1年10月28日付け手続補正書による手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?8に係る発明は、平成30年4月24日の手続補正書(同日付で手続補正書は2通提出されているが、後に提出された書類番号が51800860518のもの)により補正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載の事項により特定される発明であると認める。

2.原査定の理由
令和1年7月5日付け拒絶査定は、この出願の請求項1?8に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1(国際公開第2005/123942号)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、との理由を含むものである。

3.当審の判断
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1、その記載事項及び引用文献1に記載されたは発明(以下、「引用発明」という)は、上記第2の[理由]3.(1)、(2)に記載した引用文献1、その記載事項及び引用発明と同じである。
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2の1.に(補正前)として記載したものであり、「生体サンプル」について特段特定がなされていないこと、「正常なレベルは基準値または値の範囲から得られる」ことが特定されていないこと以外は、補正発明と相違しない。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する補正発明が、上記第2の[理由]3.(2)?(4)に記載したとおり、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるであるから、他の請求項に係る発明について言及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-12-02 
結審通知日 2020-12-08 
審決日 2020-12-24 
出願番号 特願2016-216103(P2016-216103)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 野村 英雄  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 大久保 智之
森井 隆信
発明の名称 2型腫瘍症(NEOPLASMS-II)の診断法  
代理人 冨田 憲史  
代理人 田中 光雄  
代理人 冨田 憲史  
代理人 田中 光雄  

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