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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 G02B
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 G02B
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G02B
管理番号 1374850
審判番号 不服2020-8446  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-06-17 
確定日 2021-06-29 
事件の表示 特願2019-523113「ポリビニルアルコールフィルム、及び偏光フィルムの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年10月 3日国際公開、WO2019/189687、請求項の数(8)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 事案の概要
1 手続等の経緯
特願2019-523113号(以下「本件出願」という。)は、2019年(平成31年)3月28日(先の出願に基づく優先権主張 平成30年3月30日)を国際出願日とする出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和 元年11月21日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 1月27日 :意見書
令和 2年 3月12日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 2年 6月17日 :審判請求書
令和 2年 6月17日 :手続補正書
令和 3年 1月28日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 3月 8日 :意見書
令和 3年 3月 8日 :手続補正書

2 本願発明
本件出願の請求項1?8に係る発明は、令和3年3月8日にした手続補正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項8に記載された事項によって特定されるとおりであるところ、その請求項1に係る発明は、次のとおりのものである。
「 ビニルアルコール系重合体を含むポリビニルアルコールフィルムであって、
該ポリビニルアルコールフィルムを23℃、50%RHの恒温室で48時間養生した後、バルスNMRを用いて60℃でSolid Echo法で測定して得られた1Hのスピンースピン緩和の自由誘導減衰曲線を、以下の式:
Y=A1*exp(-1/w1*(t/T2A)^w1)+B1*exp(-1/w2*(t/T2B)^w2)+C1*exp(-1/w3*(t/T2C)^w3)
(式中、
w1?w3はワイブル係数、w1は2、w2及びw3は1の値、
A1はA成分の、B1はB成分の、C1はC成分のそれぞれ成分比、
T2AはA成分の、T2BはB成分の、T2CはC成分のそれぞれ緩和時間、
tは時間を表す)
を用いてフィッティングを行い、緩和時間の短い順にA成分、B成分、及びC成分の3成分に由来する3つの曲線に波形分離して得た、A成分の緩和時間が0.0070ミリ秒以上0.0092ミリ秒以下であり、A成分の成分比が20%以上38%以下であるポリビニルアルコールフィルム。」

なお、請求項2?請求項5に係る発明は、請求項1に係る「ポリビニルアルコールフィルム」の発明に対して、さらに他の発明特定事項を付加した「ポリビニルアルコールフィルム」の発明である。また、請求項6?請求項8に係る発明は、請求項1?5のいずれか1項に記載の「ポリビニルアルコールフィルム」を用いた「偏光フィルムの製造方法」の発明である。

3 原査定の概要
原査定の拒絶の理由は、概略、[理由A](新規性)本件出願の請求項1?請求項7に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、[理由B](進歩性)本件出願の請求項1?請求項8に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、[理由C](サポート要件)本件出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、というものである。
引用文献1:特開2011-174982号公報

4 当合議体が通知した拒絶の理由
令和3年1月28日付け拒絶理由通知書により当合議体が通知した拒絶の理由は、概略、(明確性要件)本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない、というものである。

第2 当合議体の判断
1 引用文献の記載及び引用発明
(1) 引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由において引用された特開2011-174982号公報(以下「引用文献1」という。)は、先の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。

ア 「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は偏光フィルムを製造する際の原料として好ましく用いることのできるポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法に関し、より詳細には、ポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造工程において電子線を照射する工程を有する電子線照射されたポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法に関する。また、本発明は上記電子線照射されたポリビニルアルコール系重合体フィルムを用いる偏光フィルムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
・・・略・・・一方で、偏光板には高い偏光性能を有することも要求されている。
【0003】
偏光板は、多くの場合、ポリビニルアルコール(以下、「ポリビニルアルコール」を「PVA」と略記することがある)系重合体フィルムに・・・略・・・構成を有している。高い偏光性能を有する偏光板を低コストで製造するためには、偏光板の材料となる偏光フィルムにおいて高い偏光性能を有するとともに低コスト化が達成されることが必要となる。
【0004】
高い偏光性能を有する偏光フィルムを得るためには、その原料となるPVA系重合体フィルムの延伸性(延伸倍率)を向上させることが考えられる。PVA系重合体フィルムの延伸性を向上させる手法としては、例えば、使用するPVA系重合体として高い重合度を有するものを用いる方法や、変性PVA系重合体を用いる方法が挙げられる。しかしながら、高重合度のPVA系重合体や変性PVA系重合体はその製造に特殊な装置や条件が必要となることが多く、結果として偏光フィルムのコスト高につながりやすいという問題を有している。
【0005】
ところでPVA系重合体フィルムの物性等を改善する方法として、PVA系重合体フィルムへ電子線を照射する手法が知られている。
【0006】
例えば、特許文献1には、ヨウ素染色処理工程を施す前にPVAフィルムを水中に浸漬した状態で電子線等の高エネルギー線を照射して架橋させ、それによりヨウ素染色処理が効果的に行われて偏光性能の高い偏光子が製造されることが記載されている。特許文献1には、高エネルギー線の照射量は50?500kGy程度であることが記載されている。しかしながら、このような大きな照射量で高エネルギー線を照射した場合には、照射状態に斑ができやすく、また工業的な実施が困難であったり、コスト高になったりするという問題があった。
【0007】
また、特許文献2には、PVA系重合体を水と接触させて含水状態とした後、電子線等のエネルギー光線を照射するPVA系重合体の架橋方法が記載されている。特許文献2には上記含水状態における含水率として、含水前の重量に基づいて通常20?400%とすることが記載され、またエネルギー光線の照射量について、電子線等の放射線を線源とする場合には5?100メガラッド(50?1000kGy)とすることが記載されている。しかしながら、特許文献2の方法も特許文献1の方法と同様、大きな照射量でエネルギー光線を照射するため、照射の斑、工業的な実施の困難性およびコスト高などの問題があり、しかもPVA系重合体のゲル化度合が大きくなりすぎるため、そのようなPVA系重合体からなるフィルムはその延伸時にゲルの部分に応力が集中して破断しやすく、フィルムの伸度が低下して高い偏光性能を有する偏光フィルムを得ることができないという問題があった。
【0008】
さらに、特許文献3には、基材上にPVA等の溶液を塗布し、塗膜が膨潤状態である間に電子線を照射して架橋させた後、該塗膜を基材から剥離する架橋PVA系フィルムの製造方法が記載されている。特許文献3には塗膜中の溶媒の含有率は通常10重量%程度以上必要であることが記載され、また電子線の照射量は50Mrad以下(500kGy以下)が好ましいことが記載され、具体的には10および40Mrad(100および400kGy)が例示されている。しかしながら、特許文献3の方法も上記した特許文献1および2の方法と同様、大きな照射量で電子線を照射するため、照射の斑、工業的な実施の困難性およびコスト高などの問題があり、また当該フィルムを偏光フィルムの製造用に用いた場合には、発生したゲルに由来してフィルムの伸度が低下し、高い偏光性能を有する偏光フィルムを得ることができないという問題があった。
・・・略・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、延伸時に高い延伸倍率で延伸することができて高い偏光性能を有する偏光フィルムを与えることのできるPVA系重合体フィルムを容易に製造可能なPVA系重合体フィルムの製造方法を提供することを目的とする。また本発明は、当該PVA系重合体フィルムを用いる偏光性能に優れた偏光フィルムの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、特定の水分率を有するPVA系重合体フィルムに特定量の電子線を照射することにより、コスト高につながりやすい高重合度のPVA系重合体や変性PVA系重合体を使用しなくても、高い偏光性能を有する偏光フィルムを与えることのできるPVA系重合体フィルムを低コストで容易に製造することができることを見出し、当該知見に基づいてさらに検討を重ねて本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、
[1]水分率10?40質量%のPVA系重合体フィルムに10?40kGyの電子線を照射することを特徴とする電子線照射されたPVA系重合体フィルムの製造方法、
・・・略・・・
【発明の効果】
【0013】
本発明の電子線照射されたPVA系重合体フィルムの製造方法によれば、延伸時に高い延伸倍率で延伸することができて高い偏光性能を有する偏光フィルムを与えることのできるPVA系重合体フィルムを容易に製造することができる。」

イ 「【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明について詳細に説明する。
本発明の電子線照射されたPVA系重合体フィルムの製造方法は水分率10?40質量%のPVA系重合体フィルムに10?40kGyの電子線を照射する工程を有する。以下、電子線が照射される前の前記「水分率が10?40質量%のPVA系重合体フィルム」を「PVA系重合体フィルム(II)」と称する場合があり、当該PVA系重合体フィルム(II)を得るために使用することのできる、水分率が特定されていないPVA系重合体フィルムを「PVA系重合体フィルム(I)」と称する場合がある。PVA系重合体フィルム(I)の水分率がPVA系重合体フィルム(II)の水分率の規定を満たしている場合には、当該PVA系重合体フィルム(I)をPVA系重合体フィルム(II)としてそのまま本発明に使用することができ、PVA系重合体フィルム(I)の水分率がPVA系重合体フィルム(II)の水分率の規定を満たしていない場合には、当該規定を満たすように調湿してPVA系重合体フィルム(II)とした後、それを本発明に使用することができる。また、以下、電子線照射された後のPVA系重合体フィルムを「PVA系重合体フィルム(III)」と称する場合がある。
【0015】
上記PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)を構成するPVA系重合体としては、酢酸ビニル・・・略・・・等のビニルエステルの1種または2種以上を重合して得られるポリビニルエステル系重合体をけん化することにより得られるものを使用することができる。上記のビニルエステルの中でも、PVA系重合体の製造の容易性、入手容易性、コスト等の点から、酢酸ビニルが好ましい。
【0016】
上記のポリビニルエステル系重合体は、単量体として1種または2種以上のビニルエステルのみを用いて得られたものが好ましく、単量体として1種のビニルエステルのみを用いて得られたものがより好ましいが、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、1種または2種以上のビニルエステルと、これと共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
・・・略・・・
【0021】
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)を構成するPVA系重合体の重合度は、得られる偏光フィルムの偏光性能の点から、1500以上であることが好ましい。PVA系重合体の重合度が1500以上であることにより、得られる偏光フィルムの偏光性能が良好になり、光漏れが大きくなるのを抑制することができるため、高い偏光性能が要求されるテレビ用途などの液晶ディスプレイ用途に好適なものとなる。PVA系重合体の重合度が高い方が、得られる偏光フィルムの偏光性能が良好になるため、重合度を高くすることは光漏れ低減にある程度の効果を有する。しかしながら、PVA系重合体の重合度があまりに高すぎると、PVA系重合体の製造コストの上昇や、製膜時における工程通過性の不良などにつながる傾向があるので、PVA系重合体の重合度は1700?10000の範囲内であることがより好ましく、2000?8000の範囲内であることがさらに好ましく、2300?5000の範囲内であることが特に好ましい。なお、本明細書でいうPVA系重合体の重合度は、JIS K6726-1994の記載に準じて測定した平均重合度を意味する。
【0022】
また、PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)を構成するPVA系重合体のけん化度は99.0モル%以上であることが好ましく、99.7モル%以上であることがより好ましく、99.9モル%以上であることがさらに好ましい。PVA系重合体のけん化度が99.0モル%以上であることにより、耐久性能により一層優れる偏光フィルムを得ることができる。なお、本明細書におけるPVA系重合体のけん化度とは、PVA系重合体が有する、けん化によってビニルアルコール単位に変換され得る構造単位(典型的にはビニルエステル単位)とビニルアルコール単位との合計モル数に対して当該ビニルアルコール単位のモル数が占める割合(モル%)をいう。けん化度はJIS K6726-1994の記載に準じて測定することができる。
【0023】
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)は可塑剤を含有することが好ましい。可塑剤を含有することにより、電子線照射時のゲルの生成をより一層低減することができる。ゲルの生成を低減することは延伸性を向上させることにつながることから、偏光フィルムの製造を目的とするPVA系重合体フィルムにとっては重要である。可塑剤としては、多価アルコールが好ましく用いられ、具体例としては、例えば、エチレングリコール、グリセリン・・・略・・・等を挙げることができる。PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)は、これらの可塑剤の1種または2種以上を含有することができる。これらのうちでも、電子線を照射して得られるPVA系重合体フィルム(III)の延伸性がより良好になることからグリセリンが好ましい。
【0024】
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)における可塑剤の含有量は、PVA系重合体100質量部に対して3?20質量部の範囲内であることが好ましく、5?15質量部の範囲内であることがより好ましく、7?12質量部の範囲内であることがさらに好ましい。可塑剤の含有量がPVA系重合体100質量部に対して3質量部以上であることにより得られるPVA系重合体フィルム(III)の延伸性が向上し、それから得られる偏光フィルムの偏光性能を向上させることができる。一方、可塑剤の含有量がPVA系重合体100質量部に対して20質量部以下であることにより、得られるPVA系重合体フィルム(III)において、電子線照射による架橋効果が低下するのを抑制することができる。
【0025】
PVA系重合体フィルム(I)を後述するPVA系重合体フィルム(I)を製造するための原液を用いて製造する場合には、製膜性が向上してフィルムの厚み斑の発生が抑制されると共に、製膜に金属ロールやベルトを使用した際、これらの金属ロールやベルトからのPVA系重合体フィルム(I)の剥離が容易になることから、当該原液中に界面活性剤を配合することが好ましい。界面活性剤が配合された原液からPVA系重合体フィルム(I)を製造した場合には、当該PVA系重合体フィルム(I)中には界面活性剤が含有され得る。PVA系重合体フィルム(I)を製造するための原液に配合される界面活性剤、ひいてはPVA系重合体フィルム(I)中に含有される界面活性剤の種類は特に限定されないが、金属ロールやベルトなどからの剥離性の観点から、アニオン性界面活性剤またはノニオン性界面活性剤が好ましく、ノニオン性界面活性剤がより好ましい。
・・・略・・・
【0029】
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)は、それに含まれる水分以外の部分について、PVA系重合体のみからなっていても、あるいはPVA系重合体と上記した可塑剤および/または界面活性剤のみからなっていてもよいが、必要に応じて、酸化防止剤、凍結防止剤、pH調整剤、隠蔽剤、着色防止剤、油剤など、上記したPVA系重合体、可塑剤および界面活性剤以外の他の成分を含有していてもよい。
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)における水分以外の部分について、PVA系重合体、可塑剤および界面活性剤の合計の占める割合としては、50?100質量%の範囲内であることが好ましく、80?100質量%の範囲内であることがより好ましく、95?100質量%の範囲内であることがさらに好ましい。
【0030】
PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)の厚みは特に制限されないが、30?100μmの範囲内であることが好ましく、40?80μmの範囲内であることがより好ましい。PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)があまりに薄すぎると偏光フィルムを製造するために得られたPVA系重合体フィルム(III)を一軸延伸する際に、延伸切れが発生しやすくなり、偏光性能に優れる偏光フィルムが得られにくくなる傾向がある。また、PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)があまりに厚すぎると、偏光フィルムを製造するために得られたPVA系重合体フィルム(III)を一軸延伸する際に、延伸斑が発生しやすくなる傾向がある。なお、PVA系重合体フィルム(I)またはPVA系重合体フィルム(II)の厚みは任意の5箇所の厚みを測定し、それらの平均値として求めることができる。
【0031】
PVA系重合体フィルム(I)の製造方法は特に限定されないが、例えば、PVA系重合体フィルム(I)を構成する上記したPVA系重合体、および、必要に応じてさらに可塑剤、界面活性剤等の成分が溶剤中に溶解した原液やPVA系重合体、溶剤および必要に応じて可塑剤、界面活性剤等の成分を含みPVA系重合体が溶融した原液を用いて製造することができる。
【0032】
原液の調製に使用される上記溶剤としては、例えば、水、ジメチルスルホキシド、・・・略・・・などを挙げることができ、これらのうちの1種または2種以上を使用することができる。そのうちでも、環境に与える負荷や回収性の点から水が好ましい。
【0033】
製膜に用いられる原液の揮発分率(製膜時に揮発や蒸発によって除去される溶媒などの揮発性成分の、原液中における含有割合)は、製膜方法、製膜条件などによって異なるが、50?95質量%の範囲内であることが好ましく、55?90質量%の範囲内であることがより好ましく、60?85質量%の範囲内であることがさらに好ましい。原液の揮発分率が50質量%以上であることにより、製膜原液の粘度が高くなり過ぎず、原液調製時の濾過や脱泡が円滑に行われ、異物や欠点の少ないPVA系重合体フィルム(I)の製造が容易になる。一方、原液の揮発分率が95質量%以下であることにより、製膜原液の濃度が低くなり過ぎず、工業的なPVA系重合体フィルム(I)の製造が容易になる。
【0034】
上記した原液を用いてPVA系重合体フィルム(I)を製膜する際の製膜方法としては、例えば、湿式製膜法、ゲル製膜法、乾式による流延製膜法、押出製膜法などが挙げられる。これらの製膜方法は、1種のみを採用しても2種以上を組み合わせて採用してもよい。これらの製膜法の中でも湿式製膜法または押出製膜法が、膜の厚みおよび幅が均一で物性の良好なPVA系重合体フィルム(I)が得られることから好ましい。PVA系重合体フィルム(I)には、必要に応じて乾燥処理や熱処理を行うことができる。
【0035】
PVA系重合体フィルム(I)を製膜する具体的な方法としては、例えば、T型スリットダイ、ホッパープレート、I-ダイ、リップコーターダイ等を用いたり、キャスト製膜法を採用したりするなどして、製膜用の原液を最上流側に位置する回転する加熱した第1ロール(あるいはベルト)の周面上に均一に吐出または流延し、この第1ロール(あるいはベルト)の周面上に吐出または流延された膜の一方の面から揮発性成分を蒸発させて乾燥し、続いて吐出または流延された膜の他方の面を回転する加熱した第2ロール(あるいは乾燥ロール)の周面上を通過させて乾燥し、その下流側に配置した1個または複数個の回転する加熱したロールの周面上でさらに乾燥するか、または熱風乾燥装置の中を通過させてさらに乾燥した後、巻き取り装置に巻き取る方法を工業的に好ましく採用することができる。加熱したロールによる乾燥と熱風乾燥装置による乾燥とは、適宜組み合わせて実施してもよい。
PVA系重合体フィルム(I)を適切な状態に調整するためには、熱処理装置;調湿装置;各ロールを駆動するためのモータ;変速機等の速度調整機構などが付設されることが好ましい。
PVA系重合体フィルム(I)の製造工程での乾燥処理における乾燥温度は、偏光フィルムを製造する際の延伸性や染色性に優れ、しかも得られる偏光フィルムの偏光性能や耐久性が良好になるPVA系重合体フィルム(III)が得られることから、50?150℃の範囲内であることが好ましく、60?140℃の範囲内であることがより好ましい。
【0036】
本発明においては、水分率が10?40質量%の範囲内にあるPVA系重合体フィルム(II)に対して電子線を照射する。PVA系重合体フィルム(II)の水分率が10質量%未満であると電子線を照射しても架橋が起こりにくいため、得られるPVA系重合体フィルム(III)において延伸倍率の向上が見られない。一方、水分率が40質量%を超えるとゲル化が起こりやすくなり、得られるPVA系重合体フィルム(III)の延伸性が低下して高い偏光性能を有する偏光フィルムを得ることが困難になる。得られるPVA系重合体フィルム(III)の延伸性の観点から、PVA系重合体フィルム(II)の水分率は10?30質量%の範囲内であることが好ましく、10?20質量%の範囲内であることがより好ましい。
・・・略・・・
【0037】
PVA系重合体フィルム(II)は上記したPVA系重合体フィルム(I)の水分率を調整することにより得ることができる。上記したように、当該PVA系重合体フィルム(I)の水分率がPVA系重合体フィルム(II)の水分率の規定を満たしている場合には、当該PVA系重合体フィルム(I)をPVA系重合体フィルム(II)としてそのまま使用することもできる。PVA系重合体フィルム(I)の水分率を調整する方法に特に制限はなく、調湿装置を用いる方法、PVA系重合体フィルム(I)の水分率が目的の水分率よりも低い場合に水中に一定時間浸漬させたり水を噴霧または塗布する方法、PVA系重合体フィルム(I)の水分率が目的の水分率よりも高い場合に乾燥機で乾燥する方法などが挙げられる。
【0038】
電子線の照射は低酸素雰囲気下で行うことが好ましい。空気中など酸素濃度が高い状態で電子線照射を行うと架橋反応が起こりにくくなることがある。雰囲気を低酸素雰囲気にする方法としては、例えば、真空脱気や窒素ガスを流すなどの複数の方法が挙げられるが、ロール状のフィルムを用いてこれに電子線を照射する場合など、工業的に連続的に電子線照射を行うためには、窒素ガスを流す方法が好ましい。
【0039】
電子線を照射する際のPVA系重合体フィルム(II)の温度は、PVA系重合体のガラス転移温度以下であると架橋効率が低下する傾向があり、またあまりに高すぎるとPVA系重合体フィルム(II)が溶融するなどしてフィルムが変形する場合があることから、0?250℃の範囲内であることが好ましく、10?150℃の範囲内であることがより好ましく、20?100℃の範囲内であることがさらに好ましい。
【0040】
電子線の照射量は10?40kGyの範囲内にあることが必要であり、10?30kGyの範囲内にあることが好ましい。電子線の照射量が10kGy未満であると電子線照射の効果がほとんど認められない。一方、電子線の照射量が40kGyを超えるとゲル化が起こりやすくなり、延伸性が低下して偏光フィルム製造用のフィルムとして好ましくないものとなる。電子線の照射はそのトータルの照射量が上記範囲内になる限り連続的に行っても間欠的に行ってもよい。
【0041】
また、照射される電子線の加速電圧は100?500kVの範囲内であることが好ましく、150?400kVの範囲内であることがより好ましく、200?300kVの範囲内であることがさらに好ましい。加速電圧が100kV以上であることにより、フィルム裏面(照射される側の面に対して反対側の面)においても電子線架橋の反応が進みやすい。一方、加速電圧が500kV以下であることにより、照射中にフィルムの温度が上昇してフィルムが融解するのを抑制することができる。
・・・略・・・
【0044】
本発明の製造方法によって製造されるPVA系重合体フィルム(III)の用途に特に制限はないが、当該PVA系重合体フィルム(III)は高い延伸倍率で延伸することができるため、偏光フィルム製造用のPVA系重合体フィルムとして使用することが好ましい。」

ウ 「【実施例】
【0052】
以下に本発明を実施例などにより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。なお、以下において、PVAフィルムの水分率の測定方法、PVAフィルム中のグリセリン含有量の測定方法、PVAフィルム中のゲルの有無の評価方法、PVAフィルムの引張破断伸度の測定方法、ならびに偏光フィルムの透過度、偏光度および二色性比の測定または算出方法は下記の方法にしたがった。
【0053】
(1)PVAフィルムの水分率の測定方法:
まず、水分率を求めるPVAフィルムの質量を計量した(質量A)。次に、このPVAフィルムを50℃で4時間真空乾燥した後、再度計量した(質量B)。得られた質量AおよびBを用いて、以下の式により、PVAフィルムの水分率H(質量%)を求めた。

H = [(A-B)/A]×100
【0054】
(2)PVAフィルム中のグリセリン含有量の測定方法:
上記(1)において得られた質量Bの乾燥後のPVAフィルムを、メタノールで8時間ソックスレー抽出してから105℃で16時間乾燥し、再度計量した(質量C)。上記の質量Bと得られた質量Cを用いて、以下の式により、PVAフィルム中のPVA100質量部に対するグリセリン含有量G(質量部)を求めた。

G = [(B-C)/C]×100
【0055】
(3)PVAフィルム中のゲルの有無の評価方法:
PVAフィルムを95℃の熱水中で2時間撹拌した際にPVAフィルムが完全に溶解した場合には「なし」と評価し、PVAフィルムが完全に溶解せずに不溶物が認められた場合には「あり」と評価した。
【0056】
(4)PVAフィルムの引張破断伸度の測定方法:
PVAフィルムを20℃、65%RHの条件下に24時間放置して調湿した後、幅25mm×長さ10cmの試験片を切り出し、株式会社島津製作所製試験装置「オートグラフAS-100」にチャック間隔20mmで取り付け、引張速度500mm/分で引張試験を行った。得られたフィルムの破断時の伸度を引張破断伸度とした。
【0057】
(5)偏光フィルムの透過度、偏光度および二色性比の測定または算出方法:
(i)透過度(Ts)
・・・略・・・
【0058】
(ii)偏光度(P)
・・・略・・・
【0059】
(iii)二色性比
・・・略・・・
【0060】
[実施例1]
重合度2400、けん化度99.92モル%のPVA(酢酸ビニルの単独重合体のけん化物)100質量部と、可塑剤としてグリセリン約12質量部を含む、PVA濃度10質量%の水溶液を60℃の金属ロール上で乾燥した後、得られたフィルムを枠に固定して、120℃で3分間熱処理してPVAフィルム(a)を得た。このときのPVAフィルム(a)の厚みは75μmであった。このPVAフィルム(a)を20℃、65%RHの環境下で24時間保存した。得られたPVAフィルム(b)の水分率を上記した方法により測定したところ11質量%であった。また得られたPVAフィルム(b)のグリセリン含有量を上記した方法により測定したところ、PVA100質量部に対して12.3質量部であった。
【0061】
電子線発生装置(NHVコーポレーション社製「キュアトロン300」)を使用し、窒素雰囲気下、加速電圧300kVで、上記のPVAフィルム(b)に電子線を照射してPVAフィルム(c)を得た。このときの電子線照射量は30kGyであった。
このPVAフィルム(c)中のゲルの有無を上記した方法により評価したところ熱水に完全に溶解し、ゲルは認められなかった。また、このPVAフィルム(c)の引張破断伸度を上記した方法により測定したところ560%であった。
【0062】
このPVAフィルム(c)を30℃の純水に1分間浸漬した後、ヨウ素を0.03質量%およびヨウ化カリウムを3質量%含有する水溶液(染色浴、30℃)中でヨウ素を吸着させながら、使用したPVAフィルム(c)の長さに対して3倍の長さとなるように延伸を行った。次いで、ホウ酸を4質量%およびヨウ化カリウムを4質量%含有する水溶液(延伸浴、55℃)中で使用したPVAフィルム(c)の長さに対してトータル6.5倍の長さとなるように同じ方向に延伸した後、50℃で4分間乾燥して偏光フィルムを得た。
この偏光フィルムの透過度(Ts)は44.42%、偏光度(P)は99.71%、二色性比は55.6であり、偏光性能に優れていた。
【0063】
[実施例2?8および比較例1?5]
PVAフィルム(b)を構成するPVAの重合度およびけん化度;PVAフィルム(b)の厚み、水分率およびグリセリン含有量;PVAフィルム(b)に照射した電子線の照射量(但し、比較例1では電子線を照射しなかった)、加速電圧および電子線照射時の雰囲気を表1に示したようにしたこと以外は実施例1と同様にしてPVAフィルム(c)を得た。
これらのPVAフィルム(c)中のゲルの有無およびPVAフィルム(c)の引張破断伸度を上記した方法により測定または評価した。結果を表1に示した。
【0064】
【表1】

(当合議体注:便宜のため、【表1】を90度回転した。)
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の電子線照射されたPVA系重合体フィルムの製造方法によれば、延伸時に高い延伸倍率で延伸することができて高い偏光性能を有する偏光フィルムを与えることのできるPVA系重合体フィルムを容易に製造することができる。」

(2) 引用発明
ア 引用文献1でいう「本発明」は、「電子線照射されたポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法」及び「上記電子線照射されたポリビニルアルコール系重合体フィルムを用いる偏光フィルムの製造方法」に関するものであるところ、引用文献1の【0060】?【0062】には、「本発明」の実施例1が記載されている。
また、実施例1における、PVAフィルムの水分率の測定方法、PVAフィルム中のグリセリン含有量の測定方法、PVAフィルム中のゲルの有無の評価方法及びPVAフィルムの引張破断伸度の測定方法については、【0053】、【0054】、【0055】及び【0056】にそれぞれ記載のとおりである。

イ 前記(1)ア?ウと前記アより、引用文献1には、実施例1の「電子線照射されたポリビニルアルコール系重合体フィルムの製造方法」により得られた「PVAフィルム(c)」の発明(以下「引用発明」という。)として、以下のものが記載されているものと認められる(当合議体注:「PVA」は、「ポリビニルアルコール」の略記である(【0003】)。「引用発明」においては、「PVA」は、全て「ポリビニルアルコール」と表記した。また、【0061】の「PVAフィルム(c)のゲルの有無」については、【0054】の「(2)PVAフィルム中のグリセリン含有量の測定方法」との表記と一致させた。)

「 重合度2400、けん化度99.92モル%のポリビニルアルコール(酢酸ビニルの単独重合体のけん化物)100質量部と、可塑剤としてグリセリン約12質量部を含む、ポリビニルアルコール濃度10質量%の水溶液を60℃の金属ロール上で乾燥した後、得られたフィルムを枠に固定して、120℃で3分間熱処理して厚み75μmのポリビニルアルコールフィルム(a)を得て、
ポリビニルアルコールフィルム(a)を20℃、65%RHの環境下で24時間保存してポリビニルアルコールフィルム(b)を得て、ここで、得られたポリビニルアルコールフィルム(b)の水分率を下記の方法により測定したところ11質量%、得られたポリビニルアルコールフィルム(b)中のグリセリン含有量を下記の方法により測定したところ、ポリビニルアルコール100質量部に対して12.3質量部であり、
電子線発生装置を使用し、窒素雰囲気下、加速電圧300kV、電子線照射量30kGyで、ポリビニルアルコールフィルム(b)に電子線を照射して得られた、
ポリビニルアルコールフィルム(c)であって、
このポリビニルアルコールフィルム(c)中のゲルの有無を下記の方法により評価したところ熱水に完全に溶解し、ゲルは認められず、また、このポリビニルアルコールフィルム(c)の引張破断伸度を下記の方法により測定したところ560%であり、
このポリビニルアルコールフィルム(c)を30℃の純水に1分間浸漬した後、ヨウ素を0.03質量%およびヨウ化カリウムを3質量%含有する水溶液(染色浴、30℃)中でヨウ素を吸着させながら、使用したポリビニルアルコールフィルム(c)の長さに対して3倍の長さとなるように延伸を行い、次いで、ホウ酸を4質量%およびヨウ化カリウムを4質量%含有する水溶液(延伸浴、55℃)中で使用したポリビニルアルコールフィルム(c)の長さに対してトータル6.5倍の長さとなるように同じ方向に延伸した後、50℃で4分間乾燥して得られた偏光フィルムの透過度(Ts)は44.42%、偏光度(P)は99.71%、二色性比は55.6であり、偏光性能に優れる、
ポリビニルアルコールフィルム(c)。
(1)ポリビニルアルコールフィルムの水分率の測定方法:
まず、水分率を求めるポリビニルアルコールフィルムの質量を計量した(質量A)。次に、このポリビニルアルコールフィルムを50℃で4時間真空乾燥した後、再度計量した(質量B)。得られた質量AおよびBを用いて、以下の式により、ポリビニルアルコールフィルムの水分率H(質量%)を求めた。
H = [(A-B)/A]×100
(2)ポリビニルアルコールフィルム中のグリセリン含有量の測定方法:
上記(1)において得られた質量Bの乾燥後のポリビニルアルコールフィルムを、メタノールで8時間ソックスレー抽出してから105℃で16時間乾燥し、再度計量した(質量C)。上記の質量Bと得られた質量Cを用いて、以下の式により、ポリビニルアルコールフィルムフィルム中のポリビニルアルコールフィルム100質量部に対するグリセリン含有量G(質量部)を求めた。
G = [(B-C)/C]×100
(3)ポリビニルアルコールフィルム中のゲルの有無の評価方法:
ポリビニルアルコールフィルムを95℃の熱水中で2時間撹拌した際にポリビニルアルコールフィルムが完全に溶解した場合には「なし」と評価し、ポリビニルアルコールフィルムが完全に溶解せずに不溶物が認められた場合には「あり」と評価した。
(4)ポリビニルアルコールフィルムの引張破断伸度の測定方法:
ポリビニルアルコールフィルムを20℃、65%RHの条件下に24時間放置して調湿した後、幅25mm×長さ10cmの試験片を切り出し、株式会社島津製作所製試験装置「オートグラフAS-100」にチャック間隔20mmで取り付け、引張速度500mm/分で引張試験を行った。得られたフィルムの破断時の伸度を引張破断伸度とした。」

2 対比及び判断
以下,本件出願の請求項1?請求項8に係る発明を,それぞれ「本願発明1」?「本願発明8」という。
(1) 対比
ア 引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(a)」、「ポリビニルアルコールフィルム(b)」及び「ポリビニルアルコール(c)の各形成工程からみて、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」は、「ポリビニルアルコール(酢酸ビニルの単独重合体のけん化物)」を含むと理解できる。
また、引用発明の「ポリビニルアルコール(c)」の形成工程(「電子線の照射」)及び技術常識から、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」が含む「ポリビニルアルコール(酢酸ビニルの単独重合体のけん化物)」は、架橋されたものと理解できる(当合議体注:引用文献1の【0005】?【0008】、【0036】、【0038】?【0041】等の記載からも理解できる。)。
ここで、架橋された「ポリビニルアルコール(酢酸ビニルの単独重合体のけん化物)」は、ビニルアルコール系重合体ということができる。
そうすると、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」は、本願発明1の、「ビニルアルコール系重合体を含む」とされる、「ポリビニルアルコールフィルム」に相当する。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明1と引用発明は、次の構成で一致する。
「ビニルアルコール系重合体を含むポリビニルアルコールフィルム。」

イ 相違点
本願発明1と引用発明は、次の点で相違する、又は一応相違する。
(相違点)
「ポリビニルアルコールフィルム」が、本願発明1は、「23℃、50%RHの恒温室で48時間養生した後、バルスNMRを用いて60℃でSolid Echo法で測定して得られた1Hのスピンースピン緩和の自由誘導減衰曲線を、以下の式:
Y=A1*exp(-1/w1*(t/T2A)^w1)+B1*exp(-1/w2*(t/T2B)^w2)+C1*exp(-1/w3*(t/T2C)^w3)
(式中、
w1?w3はワイブル係数、w1は2、w2及びw3は1の値、
A1はA成分の、B1はB成分の、C1はC成分のそれぞれ成分比、
T2AはA成分の、T2BはB成分の、T2CはC成分のそれぞれ緩和時間、
tは時間を表す)
を用いてフィッティングを行い、緩和時間の短い順にA成分、B成分、及びC成分の3成分に由来する3つの曲線に波形分離して得た、A成分の緩和時間が0.0070ミリ秒以上0.0092ミリ秒以下であり、A成分の成分比が20%以上38%以下である」のに対して、引用発明は、パルスNMRを用いた測定を行ったときの結果が不明である点(以下、上記の下線を付した手順で得られたA成分のことを、「自由誘導減衰曲線のA成分」という。)

(3) 判断
ア 事案に鑑みて、国際公開第2015/020046号(以下「参考文献1」という。)の記載を参照する。
参考文献の記載を考慮すると、「ポリビニルアルコールフィルム」の「自由誘導減衰曲線のA成分」は、少なくとも、[A]原料となるモノマーの種類(参考文献1の[0027]?[0039]及び[0060]?[0066])、[B]ケン化度(同[0040]?[0062])、[C]重合度([0067])、[D]分子量分布([0068])、[E]膨潤度ないし熱処理条件([0073])に影響されることが理解される。
また、「自由誘導減衰曲線のA成分」が「ポリビニルアルコールフィルム」の「結晶成分」に関するものであることを考慮すると、「ポリビニルアルコールフィルム」の「自由誘導減衰曲線のA成分」は、[F]成膜工程に影響されることも、技術的にみて明らかである(例えば、特開2018-28662号公報(以下「参考文献2」という。)の【0035】?【0036】には、PVAの結晶は、ポリマー鎖が幾重にも折り返されて形成される折り畳み構造(ラメラ型結晶)であるところ、ラメラ型結晶の結晶サイズは、ポリビニルアルコール系樹脂の製膜乾燥時に印加する熱量、すなわち、温度や時間を調整したり、延伸温度を調整したりするなどのポリビニルアルコール系樹脂の熱履歴によって調整できること、【0068】?【0081】には、ポリビニルアルコール系樹脂を含有する水溶液からなる塗工層の乾燥時の、塗工層の含水率が30質量%であるときの水の除去速度、または含水率が30質量%の近傍における水の平均除去速度や最終的な含水率により、結晶部(A成分)、拘束非晶部(B成分)および非晶部(C成分)の合計に対する拘束非晶部(B成分)の割合を制御できることが記載されている。)。

イ しかしながら、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」においては、「A」(酢酸ビニル)、[B](ケン化度99.92モル%)、[C](重合度2400)については明らかであるものの、[D]分子量分布、[E]膨潤度が不明である。また、[E]熱処理条件あるいは[F]成膜工程に関し、「ポリビニルアルコールフィルム(a)を得」る際に「120℃で3分間熱処理」すること、「ポリビニルアルコールフィルム(b)の水分率」を「11質量%」とすることなど、部分的に明らかであるものの、[F]成膜工程の詳細が不明である。
また、[D]分子量分布に関して、引用文献1には記載がない。また、[E]膨潤度に関して、引用文献1には、背景技術として、「塗膜が膨潤状態である間に電子線を照射して架橋させる」「架橋PVA系フィルムの製造方法」が記載(【0005】?【0008】)されているものの、膨潤度の範囲について記載がない。
さらに、[F]成膜工程に関して、引用文献1には、「原液を用いてPVA系重合体フィルム(I)を製膜する際の製膜方法としては、例えば、湿式製膜法、ゲル製膜法、乾式による流延製膜法、押出製膜法などが挙げられる。・・・略・・・これらの製膜法の中でも湿式製膜法または押出製膜法が、膜の厚みおよび幅が均一で物性の良好なPVA系重合体フィルム(I)が得られることから好ましい。PVA系重合体フィルム(I)には、必要に応じて乾燥処理や熱処理を行うことができる。」(【0034】)、「PVA系重合体フィルム(I)の製造工程での乾燥処理における乾燥温度は、偏光フィルムを製造する際の延伸性や染色性に優れ、しかも得られる偏光フィルムの偏光性能や耐久性が良好になるPVA系重合体フィルム(III)が得られることから、50?150℃の範囲内であることが好ましく、60?140℃の範囲内であることがより好ましい。」(【0035】)と記載されているにとどまる。
加えて、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」は、「窒素雰囲気下、加速電圧300kV、電子線照射量30kGyで、ポリビニルアルコールフィルム(b)に電子線を照射して得られた」ものであるから、電子線の照射により、ポリビニルアルコールフィルムはさらに加熱(熱処理、熱履歴)を受け、その(最終的な)含水量も変化する。さらに、電子線照射による架橋により、自由誘導減衰曲線のA成分は変化すると考えられる。

ウ 以上勘案すると、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」の「自由誘導減衰曲線のA成分」が、上記相違点に係る本願発明1の、「緩和時間が0.0070ミリ秒以上0.0092ミリ秒以下であり」、「成分比が20%以上38%以下である」という要件を満たすか否かは、不明である。
なお、引用発明は、「ポリビニルアルコールフィルム(c)の引張破断伸度」「560%であり」、「得られた偏光フィルムの透過度(Ts)は44.42%、偏光度(P)は99.71%、二色性比は55.6であり、偏光性能に優れる」ものであるから、本願発明1の「偏光性能を良好にしつつ、薄厚となるように延伸しても、破断することなく偏光フィルムを製造できるPVAフィルム」「を提供する」(【0005】)との発明の課題を解決するものである。しかしながら、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム(c)」が、本願発明1の発明の課題を解決できるものであるからといって、引用発明の「ポリビニルアルコールフィルム」が、上記相違点に係る本願発明1の構成を具備するとは限らない。

エ そして、引用文献1には、「ポリビニルアルコールフィルム(c)」の「自由誘導減衰曲線のA成分」の緩和時間及び成分比を所定の範囲に調整・制御することは記載も示唆もされていない。
さらに、「ビニルアルコール系重合体を含むポリビニルアルコールフィルム」において、「自由誘導減衰曲線のA成分」の緩和時間を0.0070ミリ秒以上0.0092ミリ秒以下とするとともに、A成分の成分比を20%以上38%以下とすることが、周知技術であるとも、技術常識であるともいえない(当合議体注:参考文献1には、結晶部(A成分)、拘束非晶部(B成分)及び非晶部(C成分)の合計に対する結晶部(A成分)及び拘束非晶部(B成分)の割合を10?32%とすること([請求項1])、拘束非晶部(B成分)の割合を5%以上とすること([0026])は記載されているものの、結晶部(A成分)の緩和時間及び成分比を所定の範囲とすることは記載も示唆もされていない。また、参考文献2には、拘束非晶部(B成分)の割合を40?95%とすることが記載されている(請求項2)ものの、結晶部(A成分)の緩和時間及び成分比を所定の範囲とすることは記載も示唆もされていない。)。
してみると、引用発明において、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることが当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

オ 以上のとおりであるから、本願発明1は、引用文献1に記載された発明であるということはできない。また、本願発明1は、当業者が引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

(4) 本願発明2?本願発明8
ア 本願発明2?本願発明5について
本願発明2?本願発明5は、本願発明1に対してさらに他の発明特定事項を付加した発明である。
そうしてみると、前記(1)?(3)で述べたのと同じ理由により、本願発明2?5は、引用文献1に記載された発明であるということはできない。また、本願発明2?本願発明5は、当業者が引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

イ 本願発明6?本願発明8について
本願発明6?本願発明8は、本願発明1?本願発明5のいずれかの「ポリビニルアルコールフィルム」を用いた「偏光フィルムの製造方法」の発明である。
ここで、本願発明1?本願発明5が、当業者であっても引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができないことは、前記(1)?(3)及びアで述べたとおりである。
そうしてみると、本願発明6?本願発明8についても、引用文献1に記載された発明であるということはできない。また、本願発明6?本願発明8が、当業者が引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるということができない。

第3 原査定の拒絶の理由について
1 理由A(新規性)及び理由B(進歩性)について
前記「第2」で述べたとおりであるから、本願発明1?本願発明8は、引用文献1に記載された発明であるということはできない。
また、前記「第2」で述べたとおりであるから、本願発明1?本願発明8は、当業者が引用文献1に記載された発明に基づいて、容易に発明をすることができたものであるということができない。

2 理由C(サポート要件)について
本件出願の明細書の【0005】の記載からみて、本願発明1?本願発明5の発明の課題は、本願発明1?本願発明5の発明の課題は、「偏光性能を良好にしつつ、薄厚となるように延伸しても、破断することなく偏光フィルムを製造できるPVAフィルム」「を提供する」ことにある。また、本願発明6?本願発明8の発明の課題は、「偏光性能を良好にしつつ、薄厚となるように延伸しても、破断することなく偏光フィルムを製造できるPVAフィルム」「を用いた偏光フィルムの製造方法を提供する」ことにある。
ここで、本件出願の明細書の【0011】及び【0012】には、A成分の緩和時間及び成分比を、本願発明1?本願発明5の範囲内とすることにより、偏光性能を良好にしつつ、薄厚となるように延伸しても、破断することなく偏光フィルムを製造できるPVAフィルムを提供できることが、その理由とともに記載されている。
また、本件出願の明細書の【0018】、【0019】、【0020】?【0023】、【0028】、【0030】、【0031】及び【0033】には、A成分の緩和時間及び成分比を、本願発明1?本願発明5の範囲内に調整しやすくするための、PVA系重合体の重合度の範囲、PVAフィルムにおけるPVA系重合体の含有量の範囲、PVAフィルムにおける可塑剤の含有量の範囲、PVA溶液におけるPVA系重合体の濃度の範囲、PVA溶液を加熱環境下で一定時間保持する際の加熱温度の範囲と一定時間の範囲、PVA溶液の降温速度の範囲、及び、塗布後のPVA溶液を加熱乾燥する温度範囲と乾燥時間の範囲についてそれぞれ記載されている。
さらに、【0045】?【0063】には、この記載に整合する実施例1?6及び比較例1?3が記載されている。そして、これら事項を疑わせるような特段の事情があるということもできない。
そうしてみると、本願発明1?本願発明5は、発明の詳細な説明に記載したものである。また、本願発明6?本願発明8についても同様である。
したがって、本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に適合するものである。

第4 当合議体が通知した拒絶の理由について
令和3年3月8日にした手続補正により、当合議体が通知した拒絶の理由は解消した。

第5 むすび
以上のとおり、原査定の拒絶の理由及び当合議体が通知した拒絶の理由によっては、本件出願を拒絶することはできない。
また、他に本件出願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2021-06-10 
出願番号 特願2019-523113(P2019-523113)
審決分類 P 1 8・ 537- WY (G02B)
P 1 8・ 113- WY (G02B)
P 1 8・ 121- WY (G02B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 菅原 奈津子後藤 慎平  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 関根 洋之
河原 正
発明の名称 ポリビニルアルコールフィルム、及び偏光フィルムの製造方法  
代理人 田口 昌浩  
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