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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  G11B
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  G11B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G11B
審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  G11B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G11B
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  G11B
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  G11B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G11B
管理番号 1374889
異議申立番号 異議2020-700608  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-18 
確定日 2021-04-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6649234号発明「ε-酸化鉄型強磁性粉末および磁気記録媒体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6649234号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?9〕について訂正することを認める。 特許第6649234号の請求項1、3?9に係る特許を維持する。 特許第6649234号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6649234号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?9に係る特許は、平成28年11月30日に出願されたものであって、令和2年1月20日付けでその特許権の設定登録(特許公報発行日 令和2年2月19日)がされた。
これに対して、令和2年8月18日に特許異議申立人安藤宏より請求項1?9に対して特許異議の申立てがされたものであり、その後の手続の経緯は以下のとおりである。

令和 2年 9月29日 取消理由通知
令和 2年12月 1日 意見書提出及び訂正請求(特許権者)
令和 3年 1月18日 意見書提出(特許異議申立人)

第2 訂正の適否
1 訂正請求の趣旨
特許権者が令和2年12月1日の訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)により請求する訂正の趣旨は、特許第6649234号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?9について訂正することを求めるものである。

2 訂正事項
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。
また、下線は訂正箇所である。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1における
「1.00超2.00未満である」
との記載を、
「1.18以上2.00未満であり、かつCo、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」
に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3における
「請求項2に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4における
「請求項2または3に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1または3に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5における
「請求項2?4のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1、3または4に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6における
「1.10以上1.90以下」
との記載を、
「1.18以上1.90以下」
に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項6における
「請求項1?5のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1、3?5のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項7における
「請求項1?6のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1、3?6のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項8における
「請求項1?7のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1、3?7のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項9における
「請求項1?8のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
との記載を、
「請求項1、3?8のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
に訂正する。

3 訂正の適否の判断
(1)一群の請求項について
訂正事項1?10に係る訂正前の請求項1?9について、請求項2?9は、請求項1を直接または間接に引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1?9に対応する訂正後の請求項1?9は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(2)訂正の目的
ア 訂正事項1
訂正事項1は、訂正前のHc_(173K)/Hc_(296K)が、「1.00超2.00未満」であったのを、「1.18以上2.00未満」に減縮し、ε-酸化鉄型強磁性粉末が、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有」するものに特定するための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正事項2
訂正事項2は、請求項2を削除する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

ウ 訂正事項3?5、7?10
訂正事項3?5、7?10は、請求項3?9のいずれかの請求項が、請求項2を引用する発明から引用しない発明に訂正されたものである。
当該訂正事項は、多数項を引用している請求項の引用請求項数を削減するための訂正であり、かつ、訂正事項2により削除された請求項2を引用しているという不明瞭な状態を解消させるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
また、請求項3?9のいずれかの請求項が直接又は間接に引用する請求項1に関する訂正事項1が、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、同様に、訂正事項3?5、7?10は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

エ 訂正事項6
訂正事項6は、訂正前のHc173K/Hc296Kが、「1.10以上1.90以下」であったのを、「1.18以上1.90以下」に減縮するための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(3)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
ア 訂正事項1
訂正事項1は、明細書の段落0020、請求項2の、
「【0020】
上記比率は1.00超であり、電磁変換特性の更なる向上の観点から、1.10以上であることが好ましく、1.16以上であることが好ましく、1.18以上であることがより好ましく、1.20以上であることが更に好ましい。また、上記比率は2.00未満であり、電磁変換特性の更なる向上の観点から、1.90以下であることが好ましく、1.85以下であることがより好ましく、1.80以下であることが更に好ましい。」
「【請求項2】
Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する、請求項1に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。」
の記載に基づくものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

イ 訂正事項2
訂正事項2は、請求項2を削除する訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 訂正事項3?5、7?10
訂正事項3?5、7?10は、請求項3?9のいずれかの請求項が、訂正事項2により削除された請求項2を引用しているという不明瞭な状態を解消させるための訂正であり、かつ、請求項3?9のいずれかの請求項が直接又は間接に引用する請求項1に関する訂正事項1が、明細書の段落0020、請求項2の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
よって、訂正事項3?5、7?10は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

エ 訂正事項6
訂正事項6は、明細書の段落0020の記載に基づくものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
よって、訂正事項6は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

(4)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
ア 訂正事項1
訂正事項1は、上記(2)アに示したように、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、発明のカテゴリーや発明の対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

イ 訂正事項2
訂正事項2は、上記(2)イに示したように、請求項2を削除する訂正であり、発明のカテゴリーや発明の対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ 訂正事項3?5、7?10
訂正事項3?5、7?10は、上記(2)ウに示したように、請求項3?9のいずれかの請求項が、訂正事項2により削除された請求項2を引用しているという不明瞭な状態を解消させるための訂正であり、かつ、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、発明のカテゴリーや発明の対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

エ 訂正事項6
訂正事項6は、上記(2)エに示したように、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、発明のカテゴリーや発明の対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

(5)独立特許要件について
訂正前の請求項1?9は、本件特許異議申立事件において特許異議の申立てがされている請求項であるから、訂正事項1?10については、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第7項に基づき、独立特許要件は課されない。

4 むすび
以上のとおり、本件訂正請求は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号に掲げる事項を目的としており、かつ、同条第4項、及び第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合している。

したがって、訂正後の請求項1?9についての訂正を認める。

第3 本件訂正発明
令和2年12月1日の本件訂正請求により訂正された本件特許請求の範囲の請求項に係る発明(以下、項番にしたがい「本件訂正発明1」?「本件訂正発明9」といい、これらを総称して「本件訂正発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
なお、説明のために、本件訂正発明1については、A?Cの記号を当審において付与した。以下、「構成A」?「構成C」と称する。

(本件訂正発明)
【請求項1】(本件訂正発明1)
A 温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)、が1.18以上2.00未満であり、かつ
B Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する
C ε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項2】
(削除)

【請求項3】(本件訂正発明3)
FeとCo、MnおよびNiからなる群から選択される元素との合計100原子%に対し、Co、MnおよびNiからなる群から選択される元素を1原子%以上50原子%以下の含有率で含有する、請求項1に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項4】(本件訂正発明4)
ε-酸化鉄型の結晶構造においてFeを置換し得る元素を含み、かつ
前記ε-酸化鉄型の結晶構造においてFeを置換し得る元素が、Co、MnおよびNiからなる群から選択される元素からなる、請求項1または3に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項5】(本件訂正発明5)
少なくともCoを含有する、請求項1、3または4に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項6】(本件訂正発明6)
前記比率が1.18以上1.90以下である、請求項1、3?5のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項7】(本件訂正発明7)
前記比率が1.20以上1.85以下である、請求項1、3?6のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項8】(本件訂正発明8)
磁気記録用強磁性粉末である、請求項1、3?7のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。

【請求項9】(本件訂正発明9)
非磁性支持体上に強磁性粉末および結合剤を含む磁性層を有する磁気記録媒体であって、
前記強磁性粉末が、請求項1、3?8のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末である磁気記録媒体。


第4 各甲号証について
異議申立人は、特許異議の申立てに際して、証拠として、甲第1号証?甲第5号証を提示し、令和3年1月18日の意見書とともに、本件出願前に公知の技術常識であることを示す文献として、甲第6号証、甲第7号証を提示している。
以下では、まず、取消理由通知で採用した甲第1号証(引用文献1)、甲第3号証(引用文献2)に記載された発明について認定し、続いて、甲第2号証に記載された発明、甲第4号証?甲第7号証に記載された事項を認定する。

1 甲第1号証(引用文献1:Marie Yoshikiyo, et. al., “Unusual Temperature Dependence of Zero-Field Ferromagnetic Resonance in Millimeter Wave Region on Al-Substituted ε-Fe_(2)O_(3)” Intech Open (英) 2013, chapter8, p.195-210)
(1)甲第1号証に記載された事項
甲第1号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

a「In this section, synthesis, crystal structure, and various physical properties of Al-substituted ε-Fe_(2)O_(3), ε-Al_(x)Fe_(2-x)O_(3), is discussed. Especially, the millimeter wave absorption property by zero-field ferromagnetic resonance is focused.
3.1. Synthesis of Al-substituted ε-Fe_(2)O_(3)
ε-Fe_(2)O_(3) samples (x=0.06,0.09,0.21,0.30,0.40) were synthesized by the same method as the original ε-Fe_(2)O_(3), using the combination of reverse-micelle and sol-gel techniques.
(中略)
The morphology and size of the obtained samples were examined using transmission electron microscopy (TEM), which showed spherical nanoparticles with an average particle size between 20-50nm (Figure 4)(199頁2?15行)
(当審仮訳:本節では、Al置換ε-Fe_(2)O_(3)、ε-Al_(x)Fe_(2-x)O_(3),の合成、結晶構造、及び種々の物理的性質について議論される。特に、ゼロ磁場強磁性共鳴によるミリ波吸収特性に焦点が当てられる。
3.1.Al置換ε-Fe_(2)O_(3)の合成
逆ミセル法とゾル-ゲル技術の組み合わせを用いて、元のε-Fe_(2)O_(3)と同じ手法により、ε-Al_(x)Fe_(2-x)O_(3)サンプル(x=0.06、0.09、0.21、0.30、0.40)を合成した。
(中略)
得られたサンプルの形態とサイズは透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて調べ、平均粒径が20?50nmの球状ナノ粒子であった。(図4))

b「From the magnetization versus external magnetic field measurements, gradual change of the hysteresis loops was also observed. The obtained hysteresis loops of x=0, 0.21, and 0.40 samples are shown in Figure 6. With Al-substitution, the Hc value decreased from 22.5kOe to 10.2kOe, and saturation magnetization (Ms) value increased.」(200頁7?10行)
(当審仮訳:磁化対外部磁場測定から、ヒステリシスループの緩やかな変化が観測された。得られたx=0,0.21,0.40の試料のヒステリシスループが図6に示される。Al置換により、Hc値は22.5kOeから10.2kOeに減少し、飽和磁化(Ms)値は増加した。)

c「The Hc value increased from 19.4kOe at 300K to 22.6kOe at 200K, and then decreased to 4.5kOe at 70K with the decrease of temperature. The Hc versus temperature plot indicates a sigmoid decrease in a wide temperature range of 200-60K centered at Tp (i.e., ±70K from the center temperature, Tp=131K) (Figure 12a).」(204頁最終行?205頁4行)
(当審仮訳:Hc値は300Kで19.4kOeから200Kで22.6kOeに増加し、温度の低下と共に70Kで4.5kOeに減少した。Hc対温度のプロットはTpを中心とする200?60Kの広い温度範囲(すなわち、中心温度から土70K、ここでTp=131K)におけるS字状の低下を示す(図12a)。)

d「

Figure 6. Magnetization versus external magnetic field curve at 300K for the samples x=0, 0.21, and 0.40」
(当審仮訳:図6 x=0,0.21,0.40のサンプルの300Kにおける磁化対外部磁場曲線)

e「

Figure 12. (a) Temperature dependence of coercive field (Hc). Dotted line is to guide the eye.」
(当審仮訳:図12(a)保磁力(Hc)の温度依存性。点線は補助線である。)

(2)甲第1号証に記載された発明
上記甲第1号証の記載事項及び関連する図面並びにこの分野における技術常識を考慮して甲第1号証に記載された発明を認定する。

ア 上記(1)cの記載から、Al置換ε-Fe_(2)O_(3)における、300KのHc値は19.4kOe、200KのHc値は22.6kOeである。
また、上記(1)eのグラフから、
173KのHc値は296KのHc値より大きい、すなわち、173KのHc値と296KのHc値との比率は、1より大きいこと、
173KのHc値は200KのHc値である22.6kOeより小さく、296KのHc値は300KのHc値である19.4kOeより大きい、すなわち、173KのHc値と296KのHc値との比率は、22.6/19.4=1.16より小さいこと、
173KのHc値と296KのHc値とは、ともに一意に定まる値であるから、173KのHc値と296KのHc値との比率も、一意に定まる値であること
が明らかである。
したがって、173KのHc値と296KのHc値との比率は、1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値である。

イ 上記(1)dの磁化対外部磁場曲線より、Al置換ε-Fe_(2)O_(3)は外部磁場を受けると、磁化することから、強磁性であるといえる。

ウ 上記(1)の記載、上記ア、イより、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

(甲1発明)
「平均粒径が20?50nmの球状ナノ粒子であり、173KのHc値と296KのHc値との比率が1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値となる強磁性のAl置換ε-Fe_(2)O_(3)。」

2 甲第3号証(引用文献2:国際公開第2008/149785号)
(1)甲第3号証に記載された事項
甲第3号証には、「磁性酸化鉄粒子、磁性体、および電波吸収体」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

[0001] 本発明は、高密度磁気記録媒体、電波吸収体、等に適用出来る磁性酸化鉄粒子、当該磁性酸化鉄粒子を用いた磁性体および電波吸収体に関する。
[0002] 磁気記録の分野では、粒子性ノイズを低減させつつ出力を向上させる、いわゆるC/N比の高い磁気記録媒体の開発が行われている。こうしたC/N比の高い特性を満足するために、媒体の保磁力向上と磁性層を構成する磁性粉粒子の微細化が進められるようになってきた。また、記録された状態を維持するため、当該磁気記録媒体が、外的環境により磁化の状態に影響を受けない耐環境安定性も重要な課題となってきている。
[0003] 磁気記録媒体において、記録の高密度化を達成するには、記録単位を小さくすることが必要である。また、当該磁気記録媒体が、保存および使用に際して曝されるような通常の環境下、例えば室温の条件下において、強磁性状態が維持されることも必要である。特に、熱に対する磁化の安定性は、磁気異方性定数と粒子体積とに比例すると考えられている。ここで磁気異方性定数は、当該磁気記録媒体の保磁力を高めることにより、高くすることができると考えられている。従って、粒子体積が小さく熱安定性の高い粒子を得るためには、保磁力の高い物質を磁性材料として用いることが有効であると考えられる。

[0023] 本発明に係る磁性材料は、一般式:ε-Fe_(2)O_(3)で表されるイプシロン型の磁性酸化鉄粒子のFe^(3+)イオンサイトの一部が、互いに異なる2種類または3種類の金属で置換された構造を有している。つまり、一般式:ε-A_(x)B_(y)Fe_(2-x-y)O_(3)またはε-A_(x)B_(y)C_(z)Fe_(2-x-y-z)O_(3)と表記される(但し、A、B、Cは、Feを除く、互いに異なる金属元素であり、0<x,y,z<1である。)イプシロン型の磁性酸化鉄粒子である。
尚、上述の式に記載された元素以外であっても、製造上の不純物等の成分や化合物の含有は許容される。
[0024] <1.Feを除く、互いに異なる2種類または3種類の金属A、B、C、について>
まず、互いに異なる2種類または3種類の金属A、B、C、について説明する。
ε-Fe_(2)O_(3)の結晶構造を安定に保つため、Aとして2価の金属、Bとして4価の金属、Cとして3価の金属、を用いることが好ましい。さらに、Aとしては、Co,Ni,Mn,Znから選択される1種以上の金属元素、Bとしては、Ti、Cとしては、In,Ga,Alから選択される1種以上の金属元素を、好ましい例として挙げることが出来る。
尚、当該A、B、CからFeを除くのは、当該ε-Fe_(2)O_(3)のFe^(3+)イオンサイトの一部を、互いに異なる2種類または3種類の金属で置換するためである。

[0026] 本発明に係るイプシロン型の磁性酸化鉄粒子へ、上述の構成を満たすよう異種元素を添加することにより、当該磁性材料の有するHcを、元素添加量によって比較的簡便に制御できるようになる。この結果、当該磁性材料を、磁気記録に適用するならば公知公用の磁気記録用ヘッドでも使用できる水準にまで、保磁力を制御することができるようになる。

[0054] 得られた実施例1<B>に係る試料に対し、蛍光X線分析(日本電子株式会社製JSX-3220)を行った。そして、当該分析結果から組成割合を算出した。当該組成割合は、TiとCoとFeとのモル比をTi:Co:Fe=x:y:(2-x-y)と表すとき、x=y=0.15、であり、ε-Ti_(0.15)Co_(0.15)Fe_(1.70)O_(3)であることが判明した。

請求の範囲[1]一般式ε-A_(x)B_(y)Fe_(2-x-y)O_(3)(但し、A、Bは、Feを除く互いに異なる金属、0<x,y<1)にて表記されるε-Fe_(2)O_(3)を主相とする磁性酸化鉄粒子。

(2)甲第3号証に記載された発明
上記(1)の記載より、甲第3号証には、以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されている。
なお、説明のために、a?fの記号を当審において付与した。以下、「構成a」?「構成f」と称する。

「a 高密度磁気記録媒体に適用出来る磁性酸化鉄粒子であって、
b 記録された状態を維持するため、当該磁気記録媒体が、外的環境により磁化の状態に影響を受けない耐環境安定性も重要な課題であり、
c 室温の条件下において、強磁性状態が維持されることも必要であり、熱に対する磁化の安定性は、磁気異方性定数と粒子体積とに比例すると考えられ、磁気異方性定数は、当該磁気記録媒体の保磁力を高めることにより、高くすることができると考えられ、粒子体積が小さく熱安定性の高い粒子を得るためには、保磁力の高い物質を磁性材料として用いることが有効であると考えられており、
d ε-Fe_(2)O_(3)で表されるイプシロン型の磁性酸化鉄粒子のFe^(3+)イオンサイトの一部が、互いに異なる2種類または3種類の金属で置換された構造を有し、
d1 ε-A_(x)B_(y)Fe_(2-x-y)O_(3)またはε-A_(x)B_(y)C_(z)Fe_(2-x-y-z)O_(3)と表記され
d2 Aとしては、Co、Ni、Mn、Znから選択される1種以上の金属元素、
d3 Bとしては、Ti、
d4 Cとしては、In、Ga、Alから選択される1種以上の金属元素が好ましく、
d5 一例として、ε-Ti_(0.15)Co_(0.15)Fe_(1.70)O_(3)があり、
e イプシロン型の磁性酸化鉄粒子へ、異種元素を添加することにより、磁性材料の有するHcを元素添加量によって制御できる
f ε-Fe_(2)O_(3)を主相とする磁性酸化鉄粒子。」

3 甲第2号証(Shunsuke SAKURAI, et.al., “Reorientation Phenomonon in a Magnetic Phase of ε-Fe_(2)O_(3 )Nanocrystal”, Journal of the Physical Society of Japan,(日)2005,Vol.74, No.7)
(1)甲第2号証に記載された事項
甲第2号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

a「In this work, we observed a reorientation phenomenon in the magnetic phase of ε-Fe_(2)O_(3 )nanocrystal. Herein, we report the variations in the magnetic properties due to the reorientation phenomenon.
The ε-Fe_(2)O_(3 )nanorod in silica was prepared by combining reverse-micelle and sol-gel techniques.」(1946頁左欄21?26行)
(当審仮訳:本研究では、ε-Fe_(2)O_(3)ナノ結晶の磁気相における再配列現象を観察した。ここでは、再配列現象による磁気特性の変化を報告した。
シリカ中のε-Fe_(2)O_(3)ナノロッドは逆ミセルとゾル-ゲル技術を組み合わせて調整された。)

b「The magnetic properties were measured with a superconducting quantum interference device (SQUID) magnetometer (Quantum Design MPMS 7) between 5 and 600K.」(1946頁右欄18?20行)
(当審仮訳:5?600Kにおいて、超伝導量子干渉素子(SQUID)磁力計(Quantum Design MPMS 7)で磁気特性が測定された。)

c「Figure 3 shows the magnetic hysteresis loops and Hc values at various temperatures. The Hc value was 20kOe at 300K and increased to 21kOe at T=200K, but abruptly decreased at around 150K, i.e., the minimum Hc value was 0.6kOe at 100K.」(1946頁右欄33?37行)
(当審仮訳:図3は、様々な温度における磁気ヒステリシスループとHc値を示す。Hc値は300Kで20kOeで、T=200Kで21kOeに増加したが、150K付近で急激に減少し、すなわち、最小のHc値は100Kにおける0.6kOeであった。)

d「

Figure 3. (中略)(b)Coercive field (Hc) values at various temperatures.」
(当審仮訳:図3.(中略)(b)様々な温度における保磁力(Hc)の値)

(2)甲第2号証に記載された発明
上記甲第2号証の記載事項及び関連する図面並びにこの分野における技術常識を考慮して甲第2号証に記載された発明を認定する。

ア 上記(1)cの記載から、300KのHc値は20kOe、200KのHc値は21kOeである。
また、上記(1)dのグラフから、
173KのHc値は200KのHc値である21kOeより小さく、296KのHc値は300KのHc値である20kOeより大きく200KのHc値である21kOeより小さい、すなわち、173KのHc値と296KのHc値との比率は、21/20=1.05より小さいこと、
173KのHc値と296KのHc値とは、ともに一意に定まる値であるから、173KのHc値と296KのHc値との比率も、一意に定まる値であること
が明らかである。
したがって、173KのHc値と296KのHc値との比率は、1.05より小さい範囲で一意に定まる値である。

イ 上記(1)の記載、上記アより、甲第2号証には、以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。

(甲2発明)
「173KのHc値と296KのHc値との比率が1.05より小さい範囲で一意に定まる値となるε-Fe_(2)O_(3)。」

4 甲第4号証(Asuka Namai, et. Al., “Hard magnetic ferrite with a gigantic coercivity and high frequency millimetre wave rotation” Nature Communication (英)2012 Vol.3, Article number 1035)
(1)甲第4号証に記載された事項
甲第4号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

a「Synthesis and crystal structure of ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3 )nanomagnets.
A series of rhodium-substituted epsilon-iron oxide nanoparticles (ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3), x=0, 0.04, 0.07, 0.11 and 0.14) were prepared by impregnating a methanol and water solution containing iron nitrate and rhodium nitrate into mesoporous silica, subsequently heating at 1,200℃ in air, and removing the silica matrix using an aqueous sodium hydroxide solution (Fig. 1a)」(2頁右欄2?8行)
(当審仮訳:ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3)ナノ磁石の合成および結晶構造。
一連のロジウム置換ε鉄酸化物ナノ粒子(ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3),x=0,0.04,0.07,0.11および0.14)が、メソポーラスシリカの中で硝酸鉄および硝酸ロジウムを含むメタノールおよび水溶液にしみこませ、続いて空気中1,200℃で加熱し、水酸化ナトリウム水溶液を用いてシリカマトリックスを除去することによって、調整された。(図1a))

b「Magnetic properties. The magnetic properties were measured by a superconducting quantum interference device (SQUID) magnetometre. The temperature dependences of the magnetization of ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3), powder samples show that the Curie temperatures (Tc) are 505K (x=0), 495K (x=0.04), 484K (x=0.07), 474K (x=0.11) and 469K (x=0.14) (Supplementary Fig. S4a). The magnetization versus external magnetic field plots at 300K demonstrate that the Hc value increases as the x value increases, that is, 22kOe (x=0), 23kOe (x=0.04), 24kOe (x=0.07), 25kOe (x=0.11) and 27kOe (x=0.14) (Fig. 2a and Supplementary Fig. S4b).
Furthermore, crystallographically oriented ε-Rh_(0.14)Fe_(1.86)O_(3 ) nanoparticles dispersed in resin (see Methods) reveal a gigantic Hc value of 31kOe (Fig.2b), which is related to the magnetic anisotropy field (Ha) as Hc ?Ha/2 with a uniaxial magnetic anisotropy.」(2頁右欄25行?3頁左欄11行)
(当審仮訳:磁気特性。磁気特性は超伝導量子干渉素子(SQUID)磁力計で測定された。ε-Rh_(x)Fe_(2-x)O_(3)粉末試料の磁化の温度依存性は、キュリー温度(Tc)が505K(x=0),495K(x=0.04),484K(x=0.07),474K(x=0.11),469K(x=0.14)であることを示す(補足図S4a)。300Kでの磁化対外部磁場プロットは、x値が増加するにつれてHc値が増加すること、すなわち、22kOe(x=0),23kOe (x=0.04),24kOe(x=0.07),25kOe(x=0.11),27kOe(x=0.14)であることを説明する(図2aおよび補足図S4b)。
さらに、樹脂中に分散された結晶学的に配向されたε-Rh_(0.14)Fe_(1.86)O_(3)ナノ粒子(方法を参照)は31kOeの巨大なHc値(図2b)を示し、1軸磁気異方性を持つHc?Ha/2としての磁気異方性磁場(Ha)に関係する。)

5 甲第5号証(Shin-ichi Ohkoshi, et.al., “Multimetal-Substituted Epsilon-Iron Oxide ε-Ga_(0.31)Ti_(0.05)Co_(0.05)Fe_(1.59)O_(3) for Next-Generation Magnetic Recording Tape in the Big-Data Era”, Angewandte Chemie(独)2016年8月, 55, p.11403-11406)
(1)甲第5号証に記載された事項
甲第5号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。
「In 2004, a single phase of ε-Fe_(2)O_(3) was first prepared by combining the reverse-micelle and sol-gel methods. This material exhibits a large coercive field (Hc) over 20kOe at room temperature. Since then, various studies have been reported. In such a high Hc ferrite magnet, the particle size can be downsized because the superparamagnetic limitation size (ds) is very small (i.e., ds is 7.5nm). To adjust the performance of the magnetic material for magnetic recording systems, the Hc value must be tuned to 3kOe.
Herein, we synthesized multimetal-substituted ε-Fe_(2)O_(3 )containing Ga^(3+), Ti^(4+), and Co^(2+) ions, ε-Ga^(3)_(0.31)Ti^(4)_(0.05)Co^(2)_(0.05)Fe^(3)_(1.59)O_(3).」(11403頁左欄27行?右欄5行)
(当審注:ε-Ga^(3)_(0.31)Ti^(4)_(0.05)Co^(2)_(0.05)Fe^(3)_(1.59)O_(3)の上付き数字は、原文ではローマ数字である。当審仮訳についても同様である。)

(当審仮訳:2004年に、ε-Fe_(2)O_(3)の単一相が、逆ミセル法とゾル-ゲル法を組み合わせることにより最初に調整された。この物質は、室温で20kOeを超える大きな保磁力(Hc)を示した。その後、種々の研究が報告されている。そのような高いHcフェライト磁石では、超常磁性限界サイズ(ds)が非常に小さい(すなわち、dsが7.5nm)ので、粒子サイズが小型化されうる。磁気記録システムに対する磁性材料の性能を調整するために、Hc値は3kOeに調整されねばならない。
ここでは、Ga^(3+)、Ti^(4+)、Co^(2+)イオンを含む多金属置換ε-Ga^(3)_(0.31)Ti^(4)_(0.05)Co^(2)_(0.05)Fe^(3)_(1.59)O_(3)を合成した。)

6 甲第6号証(特開2002-216335号公報)
(1)甲第6号証に記載された事項
甲第6号証には、「磁気記録媒体」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

【0005】このような磁気記録媒体が提案される中で、現在は、例えばデジタル信号により映像を記録する場合のように、信号圧縮技術と共に信号の転送レートの高速化が要求される分野では、転送レート100Mbps以上のシステムも提案されている。高転送レートを達成するための方法としては、ヘッドとテープの相対速度を上げる方法及び記録周波数を上げる方法がある。後者では、特に記録波長として0.5μm以下の短波長が要求されるので、この短波長側で充分なS/N比を得てエラーマージンを確保するために、高出力化と共にノイズの低減を図る必要がある。

【0010】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、高転送レートを達成するために記録波長を0.5μmよりも小さくすることを試みた。しかし、記録波長を低下するに従って出力とS/Nまでもが低下してしまうという問題に直面した。そこで本発明者らは、この問題を解決するためにさらに鋭意検討を重ねた。本発明者らは、先ず高出力化のために薄層化した磁性層にCo含有強磁性メタル粉末と、低ノイズ化のために六方晶系フェライト粉末と前記Co含有強磁性メタル粉末とを混合して使用することを検討した。そして、この磁性体中におけるCo含有強磁性メタル粉末の六方晶系フェライト粉末に対する混合重量比(Co含有強磁性メタル粉末:六方晶系フェライト粉末)を20:80?50:50の範囲とし、コバルト含有強磁性メタル粉末の抗磁力(Hc)の六方晶系フェライト粉末に対するHc比を0.8?1.2の範囲とし、さらにCo含有メタル磁性粉末のHcと六方晶フェライト粉末のHcをそれぞれ150kA/m?240kA/mの範囲とすることで、記録波長0.5μm以下の出力及びSNRを改善し、同時に保存性を改善できることを見出し、本発明を完成するに至った。

7 甲第7号証(特開2019-3712号公報)
(1)甲第7号証に記載された事項
甲第7号証には、「磁気記録媒体」に関し、図面とともに以下の事項が記載されている。
なお、説明のために、下線を当審において付与した。

【0018】
これに対し、本開示の磁気記録媒体では、磁性材料としてイプシロン型酸化鉄系化合物の粒子を用い、保磁力Hcが319kA/m<Hc<957kA/mを満たす場合において、磁気力顕微鏡を用いて測定した直流消磁状態の磁気クラスターの平均面積Sdcを、500nm^(2)<Sdc<3000nm^(2)を満たすように制御することにより、良好なSNRを実現し得る。
【0019】
なお、特許文献1には、Sdcの好ましい値として、3000nm^(2)以上50000nm^(2)以下の範囲が記載されているが、磁性材料としてイプシロン型酸化鉄系化合物の粒子を用い、保磁力Hcが319kA/m<Hc<957kA/mを満たす磁気記録媒体において、Sdcを上記の範囲内に制御しても、良好なSNRが得られないことが判明している(後述の比較例1参照)。

第5 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の要旨
特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明に対して、当審が令和2年9月29日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)取消理由1
請求項1、6に係る発明は、引用文献1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1、6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

(2)取消理由2
請求項1、6に係る発明は、引用文献1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(3)取消理由3
請求項2?5、7?9に係る発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2?5、7?9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(4)取消理由4
請求項1?9に係る発明は、引用文献2に記載された発明及び引用文献1に記載された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(5)取消理由5
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(6)取消理由6
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(7)引用した証拠
引用文献1:Marie Yoshikiyo, et. al., “Unusual Temperature Dependence of Zero-Field Ferromagnetic Resonance in Millimeter Wave Region on Al-Substituted ε-Fe_(2)O_(3)” Intech Open (英) 2013, chapter8, p.195-210(甲第1号証)
引用文献2:国際公開第2008/149785号(甲第3号証)

2 取消理由についての当審の判断
(1)上記1(1)の取消理由1について
本件訂正発明1と甲1発明(引用文献1)とを対比、判断する。
ア 対比
(ア)構成Aについて
「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1と甲1発明は、ある値になる点で共通する。
しかし、当該値に関して、甲1発明は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1は「1.18以上2.00未満」であるから、甲1発明は、本件訂正発明1の数値範囲に属するものではない。
したがって、「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc173Kと温度296Kにおいて測定される保磁力Hc296Kとの比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲1発明は、本件訂正発明1の値とは異なる点で相違する。

(イ)構成Bについて
甲1発明は、「Al置換ε-Fe_(2)O_(3)」であるから、Alを含有するものといえ、本件訂正発明1と甲1発明は、「一種以上の元素を含有する」点で共通する。
しかし、本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される」のに対し、甲1発明は、「Al」である点で相違する。

(ウ)構成Cについて
甲1発明のAl置換ε-Fe_(2)O_(3)は、「強磁性」であり、「平均粒径が20?50nmの球状ナノ粒子」であるから、本件訂正発明1の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」に相当する。

(エ)上記(ア)?(ウ)より、本件訂正発明1と甲1発明は、以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
A’温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)、がある値であり、かつ
B’一種以上の元素を含有する
C ε-酸化鉄型強磁性粉末。

(相違点1)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲1発明は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点2)
「一種以上の元素を含有する」ことについて、本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される」のに対し、甲1発明は「Al」である点。

イ 判断
上記アのように、本件訂正発明1と甲1発明は、相違点を有するものであるから、本件訂正発明1は、甲第1号証に記載された発明でない。
また、本件訂正発明6は、本件訂正発明1を直接又は間接に引用する発明であり、本件訂正発明6と甲1発明は、相違点を有するものであるから、本件訂正発明6は、甲第1号証に記載された発明でない。

(2)上記1(2)の取消理由2について
本件訂正発明1と甲1発明とを対比、判断する。
ア 対比
本件訂正発明1と甲1発明との対比については、上記(1)アのとおりであり、相違点について再掲する。

(相違点1)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲1発明は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点2)
「一種以上の元素を含有する」ことについて、本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される」のに対し、甲1発明は「Al」である点。

イ 判断
事案に鑑みて、上記相違点のうち、まず相違点1について検討する。

本件特許公報の段落0019、0020には、以下のような記載がある。
なお、下線は、強調のために当審で付したものである。

「【0019】
<比率Hc_(173K)/Hc_(296K)>
上記強磁性粉末は、温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率(Hc_(173K)/Hc_(296K))が1.00超2.00未満である。極低温である173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と、一般的な室温付近の温度である296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率(Hc_(173K)/Hc_(296K))が上記範囲であるε-酸化鉄型強磁性粉末が磁気記録媒体の電磁変換特性の向上に寄与し得ることが、本発明者らの鋭意検討の結果、新たに見出された。かかる比率が磁気記録媒体の電磁変換特性に影響を及ぼす理由は明らかではない。一つの推察として、本発明者らは、比率Hc_(173K)/Hc_(296K)が上記範囲内であるε-酸化鉄型強磁性粉末は、スピンで熱揺らぎを起こす成分、即ち磁気記録に関与できない成分が占める割合が少ないのではないかと考えている。ただし推察に過ぎず、本発明を何ら限定するものではない。
【0020】
上記比率は1.00超であり、電磁変換特性の更なる向上の観点から、1.10以上であることが好ましく、1.16以上であることが好ましく、1.18以上であることがより好ましく、1.20以上であることが更に好ましい。また、上記比率は2.00未満であり、電磁変換特性の更なる向上の観点から、1.90以下であることが好ましく、1.85以下であることがより好ましく、1.80以下であることが更に好ましい。」

すなわち、本件訂正発明1は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目し、その範囲を「1.18以上2.00未満」とした発明である。

それに対して、甲1発明の「Hc_(173K)/Hc_(296K)」は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であるが、あくまで、図12(a)のグラフ(第4の1(1)eを参照)と、204頁最終行?205頁4行の記載(第4の1(1)cを参照)から導出したものであり、そもそも、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではないので、当該数値を「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」から「1.18以上2.00未満」にしようとする動機付けがない。

したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件訂正発明1は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件訂正発明6は、本件訂正発明1を引用する発明であるから、本件訂正発明6は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)上記1(3)の取消理由3について
取消理由3は、請求項2?5、7?9について、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるという取消理由である。
ここで、請求項2は、訂正により削除され、請求項3?9は、請求項1を直接又は間接に引用する請求項である。
そこで、本件訂正発明1について、甲1発明(引用文献1)と対比し、相違点について甲3発明(引用文献2)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かについて検討し、本件訂正発明1を直接又は間接に引用する本件訂正発明3?9について、当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かを検討する。

ア 対比
本件訂正発明1と甲1発明との対比については、上記(1)アのとおりであり、相違点について再掲する。

(相違点1)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲1発明は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点2)
「一種以上の元素を含有する」ことについて、本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される」のに対し、甲1発明は「Al」である点。

イ 判断
事案に鑑みて、上記相違点のうち、まず相違点1について検討する。

甲3発明は、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の限定について記載も示唆もない。

上記(2)イでも検討したように、本件訂正発明1は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目し、その範囲を「1.18以上2.00未満」とした発明であるのに対して、甲1発明は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではないので、当該数値を「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」から「1.18以上2.00未満」にしようとする動機付けがないものであるし、甲3発明をみても、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の限定について記載も示唆もない以上、相違点2について検討するまでもなく、本件訂正発明1が、甲1発明および甲3発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

そして、本件訂正発明3?5、7?9は、本件訂正発明1を直接又は間接に引用する発明であるから、本件訂正発明3?5、7?9は、甲第1号証に記載された発明及び甲第3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)上記1(4)の取消理由4について
本件訂正発明1と甲3発明とを対比、判断する。
ア 対比
(ア)構成Aについて
甲3発明は、「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関しての限定がなく、構成Aを有しないものである。

(イ)構成Bについて
構成d、d1より、甲3発明は、「ε-A_(x)B_(y)Fe_(2-x-y)O_(3)またはε-A_(x)B_(y)C_(z)Fe_(2-x-y-z)O_(3)と表記され、Aとしては、Co、Ni、Mn、Znから選択される1種以上の金属元素」であるから、本件訂正発明1と甲3発明は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」点で一致する。
したがって、甲3発明は、構成Bを有するものである。

(ウ)構成Cについて
構成cより、甲3発明の「ε-Fe_(2)O_(3)を主相とする磁性酸化鉄粒子」は、「強磁性」であるから、本件訂正発明1の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」に相当する。

(エ)上記(ア)?(ウ)より、本件訂正発明1と甲3発明は、以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
B Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する
C ε-酸化鉄型強磁性粉末。

(相違点3)
本件訂正発明1は、「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)、が1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲3発明は、そのような限定がない点。

イ 判断
相違点3について検討する。
上記(2)イでも検討したように、本件訂正発明1は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目し、その範囲を「1.18以上2.00未満」とした発明である。

それに対して、甲3発明は、「粒子体積が小さく熱安定性の高い粒子を得るためには、保磁力の高い物質を磁性材料として用いることが有効である」(構成c)、「イプシロン型の磁性酸化鉄粒子へ、異種元素を添加することにより、磁性材料の有するHcを元素添加量によって制御できる」(構成e)もの、すなわち、保持力の高い物質を磁性材料として用いることが有効であり、異種元素を添加することによりHcが制御できることは開示されているものの、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではない。

そうすると、「173KのHc値と296KのHc値との比率が1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」という構成を有する甲1発明が周知技術であったとしても、そもそも、甲3発明は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目するという動機付けがないものであるし、ましてや、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の範囲を「1.18以上2.00未満」とする動機付けもないものである。
したがって、本件訂正発明1は、甲第3号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件訂正発明3?9は、本件訂正発明1を直接又は間接に引用する発明であるから、本件訂正発明3?9は、甲第3号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)上記1(5)の取消理由5について
令和2年9月29日付け取消理由通知の理由3において、
「ア 本件特許発明1?本件特許発明9のε-酸化鉄強磁性粉末の保磁力Hcは、発明の詳細な説明(【0055】)によれば、磁場強度1154kA/m(15kOe)で測定されたものである。

イ 一般に、ε-酸化鉄の保磁力を正確に測定するためには、その保磁力以上の磁場強度が少なくとも必要である。そして、上記「●理由1(新規性)及び理由2(進歩性)について」の(1)ア(イ)及び(ウ)のとおり、出願時の技術常識に照らせば、ε-酸化鉄は20kOe程度の保磁力を有する物質である。以上から、磁場強度15kOeでε-酸化鉄の保磁力を正確に測定可能であるのか、不明である。

ウ また、上記イで記載したとおり、磁場強度15kOeでε-酸化鉄の保磁力を正確に測定可能であるか不明であることから、本件特許発明1の「Hc173K/Hc296K」が正確に測定されたものであるかも、不明である。

エ さらに、上記ウから、【0063】の「比率Hc173K/Hc296Kが1.00超2.00未満のε-酸化鉄型強磁性粉末を磁性層に含む実施例の磁気テープは、比較例の磁気テープと比べて優れた電磁変換特性(高SNR)を示」すかどうかも、不明である。

オ 以上から、磁場強度15kOeで保磁力を測定することにより得られた、本件特許発明1の「Hc173K/Hc296K、が1.00超2.00未満であるε-酸化型強磁性粉末」が、「磁気記録媒体の電磁変換特性の向上を可能とする」という課題(【0006】)を解決できるかどうか、不明である。

よって、本件特許発明1?本件特許発明9は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」
との取消理由を通知した。

本件訂正請求により、上記第2の2(1)に記載したように、特許請求の範囲の請求項1の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」構成、すなわち、置換型のε-酸化鉄型強磁性粉末に訂正された。

そして、甲第3号証に
「Feサイトの一部を異種の3価の金属で置換したε-Fe_(2)O_(3)を用いれば、所望値に保磁力を低減させうることが考えられた。」(段落0008)、
「(実施例1)
本実施例は、表1に記載するようにε-Ti_(0.15)Co_(0.15)Fe_(1.7)O_(3)となる仕込み組成で試料を合成するものである。
以下、当該試料の合成において、<A>有機溶剤を使用せず、界面活性剤も形状保持剤も添加しない場合と、<B>有機溶剤を使用し、界面活性剤と形状保持剤とを添加した場合と、について説明する。」(段落0047)
「また、実施例1<A>に係る試料に対し、VSM(デジタルメジャーメントシステムズ株式会社製)を用い、印加磁場1034kA/m(13kOe)で磁気特性を測定した。」(段落0051)
と記載されているように、置換型のε-酸化鉄型強磁性粉末の保磁力は、ε-酸化鉄型強磁性粉末よりも低いことは、出願時の技術常識であり、例えば、ε-Ti_(0.15)Co_(0.15)Fe_(1.7)O_(3)について、13kOeで磁気特性を測定している。
したがって、本件訂正発明のようなCo、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有するε-酸化型強磁性粉末の保磁力は20kOeより小さいものであり、その中でも、15kOeより小さい保磁力のε-酸化型強磁性粉末であれば、発明の詳細な説明に記載したように15kOeで測定しても、保磁力は正確に測定できる。
また、仮に、保磁力が15kOeよりも大きい置換型のε-酸化鉄型強磁性粉末であったとしても、当該置換型のε-酸化鉄型強磁性粉末に適した磁場強度で測定すれば良いことは、当業者であれば当然に検討することである。
そうすると、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」は正確に測定されたものであるし、そのようにして測定された結果を示す表2から「Hc_(173K)/Hc_(296K)、が1.18以上2.00未満であり、かつCo、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有するε-酸化鉄型強磁性粉末」が、「磁気記録媒体の電磁変換特性の向上を可能とする」という課題(【0006】)を解決できたことは明らかである。

したがって、上記1(5)の取消理由5は解消した。

(6)上記1(6)の取消理由6について
令和2年9月29日付け取消理由通知の理由4において、
「本件特許発明1?本件特許発明9の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」について、「ε-酸化鉄型強磁性粉末」が、いかなる態様のε-酸化鉄粉末を包含するか、明確でない。
なお、発明の詳細な説明(【0018】)には、「X線回折分析によって、主相としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される強磁性粉末をいうものとする」、「主相とは、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造をいう」と記載されているものの、この記載による定義では、ε-酸化鉄以外のものを多量に含んだものも包含されることとなる。
したがって、本件特許発明1?本件特許発明9は、明確でない。」
との取消理由を通知した。

それに対して、特許権者は、令和2年12月1日付け意見書において、
「そして、「ε-酸化鉄型」の強磁性粉末については、取消理由通知書でも引用されている段落0018に、「X線回折分析によって、主相としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される強磁性粉末」と明確に定義され、更には、同段落に、「主相とは、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造をいう。」と定義されています。これら定義により、本件発明における強磁性粉末からは、ε-酸化鉄以外のものを多量に含むもの、即ち、ε-酸化鉄型の結晶構造以外の構造に帰属する回折ピークがε-酸化鉄型の結晶構造に帰属されるピークを上回る高強度で検出されるもの、は排除されています。」(7頁)
と主張している。

そうすると、令和2年12月1日付け意見書の記載、段落0018の記載から、ε-酸化鉄型強磁性粉末とは、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される構成であるので、ε-酸化鉄型の結晶構造以外の構造に帰属する回折ピークがε-酸化鉄型の結晶構造に帰属する回折ピークを上回る高強度で検出されるもの、即ち、ε-酸化鉄以外のものを多量に含むものは排除されていることとなる。

したがって、上記1(6)の取消理由6は理由がない。

第6 取消理由通知で採用しなかった異議申立理由について
1 取消理由で採用しなかった異議申立理由の要旨
取消理由で採用しなかった異議申立理由の要旨は以下のとおりである。

(1)請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明である。(特許法第29条第1項第3号)

(2)請求項1?9に係る発明は、甲第3号証、甲第1号証、甲第2号証のいずれかに記載された発明から、当業者が容易に想到できたものである。(特許法第29条第2項)
(2-1)甲第3号証を主引例とする場合
甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたことの証拠として、取消理由に採用した甲第1号証だけでなく、甲第2号証も提示した主張をしている。(異議申立書21頁)
(2-2)甲第1号証を主引例とする場合
甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたことの証拠として、取消理由に採用した甲第3号証だけでなく、甲第4号証、甲第5号証を提示した主張をしている。(異議申立書25?27頁)
(2-3)甲第2号証を主引例とする場合
甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたことの証拠として、甲第3号証?甲第5号証を提示した主張をしている。(異議申立書28?31頁)

(3)請求項1?9は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(3-1)Hc_(173K)/Hc_(296K)について
Hc_(173K)/Hc_(296K)が2を超えることは物理的に不可能であると考えられる。例えば、173K及び296Kの温度における保磁力Hcについて記載されている甲第1号証及び甲第2号証では2を越えてはいないとの主張をしている。(異議申立書32?33頁)(以下、「主張3-1」という。)

(3-2)SNRについて
磁気テープの作製方法は段落【0059】に記載の一構成のみであり、いかなる作製方法においても高SNRを実現し得ることを確認することができないとの主張をしている。(異議申立書33頁)(以下、「主張3-2」という。)

(4)請求項1?9は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
「ε-酸化鉄型」の記載について
甲第2号証には、無置換のε-酸化鉄が記載されているが、173K及び296Kのいずれの温度における保磁力Hcも20kOeを超えており、本件明細書に記載のものとは著しく異なる性質を示すものであり、本件明細書では、当業者が理解する「ε-酸化鉄型」とは異なる意味で「ε-酸化鉄型」という用語を使用していることを示すものであるとの主張をしている。(異議申立書33?34頁)(以下、「主張4」という。)

2 取消理由に採用しなかった異議申立理由についての検討
(1)上記1(1)について
本件訂正発明1と甲2発明とを対比、判断する。
ア 対比
(ア)構成Aについて
「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1と甲2発明は、ある値になる点で共通する。
しかし、当該値に関して、甲2発明は「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」であり(上記第4の3(2)イ)、本件訂正発明1は「1.18以上2.00未満」であるから、甲2発明は、本件訂正発明1の数値範囲に属するものではない。
したがって、「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc173Kと温度296Kにおいて測定される保磁力Hc296Kとの比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲2発明は、本件訂正発明1の値とは異なる点で相違する。

(イ)構成Bについて
本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」のに対し、甲2発明はそのような元素を含有するものでない点で相違する。

(ウ)構成Cについて
ε-Fe_(2)O_(3)が「強磁性」であり、粉末状であることは、技術常識といえるから、甲2発明の「ε-Fe_(2)O_(3)」は、本件訂正発明1の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」に相当する。

(エ)上記(ア)?(ウ)より、本件訂正発明1と甲2発明は、以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
A’温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)、がある値である
C ε-酸化鉄型強磁性粉末。

(相違点4)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲2発明は「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点5)
本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」のに対し、甲2発明はそのような元素を含有するものでない点。

本件訂正発明1と甲2発明は、相違点を有するものであるから、請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明でない。

したがって、上記1(1)の異議申立理由を認めることはできない。

(2)上記1(2)について
(2-1)上記1(2)(2-1)について
本件訂正発明1と甲3発明との相違点を再掲する。

(相違点3)
本件訂正発明1は、「温度173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と温度296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)との比率、Hc_(173K)/Hc_(296K)、が1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲3発明は、そのような限定がない点。

甲2発明は、「173KのHc値と296KのHc値との比率が1.05より小さい範囲で一意に定まる値となるε-Fe_(2)O_(3)。」であり、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」が、「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」である。

上記第5の2(4)イでも検討したように、甲3発明は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目するという動機付けがないものであるし、ましてや、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の範囲を「1.18以上2.00未満」とする動機付けもないものである。
したがって、本件訂正発明1、3?9が、甲3発明および甲2発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2-2)上記1(2)(2-2)について
本件訂正発明1と甲1発明との相違点を再掲する。

(相違点1)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲1発明は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点2)
「一種以上の元素を含有する」ことについて、本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される」のに対し、甲1発明は「Al」である点。

事案に鑑みて、上記相違点のうち、まず相違点1について検討する。

甲第4号証、甲第5号証の記載をみても、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の限定について記載も示唆もない。

上記第5の2(2)イでも検討したように、甲1発明は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではないので、当該数値を「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」から「1.18以上2.00未満」にしようとする動機付けがないものであるし、甲第4号証、甲第5号証の記載のいずれをみても、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の限定について記載も示唆もない。

したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件訂正発明1、3?9が、甲1発明および甲第4号証、甲第5号証の記載に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2-3)上記1(2)(2-3)について
本件訂正発明1と甲2発明との相違点を再掲する。

(相違点4)
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に関して、本件訂正発明1は、「1.18以上2.00未満」であるのに対し、甲2発明は「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」であり、本件訂正発明1の値とは異なる点。

(相違点5)
本件訂正発明1は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」のに対し、甲2発明はそのような元素を含有するものでない点。

事案に鑑みて、上記相違点のうち、まず相違点4について検討する。

上記第5の2(2)イでも検討したように、本件訂正発明1は、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目し、その範囲を「1.18以上2.00未満」とした発明である。

それに対して、甲2発明の「Hc_(173K)/Hc_(296K)」は「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」であるが、あくまで、図3(b)のグラフと、1946頁右欄33?37行の記載から導出したものであり、そもそも、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではないので、当該数値を「1.05より小さい範囲で一意に定まる値」から「1.18以上2.00未満」にしようとする動機付けがない。

また、甲3発明、甲第4号証及び甲第5号証に記載された事項をみても、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」の限定について記載も示唆もない。

したがって、相違点5について検討するまでもなく、請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明、甲第4号証、甲第5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件訂正発明3?9は、本件訂正発明1を直接又は間接に引用する発明であるから、請求項3?9に係る発明は、甲第2号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明、甲第4号証、甲第5号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2-4)小括
したがって、上記1(2)の異議申立理由を認めることはできない。

(3)上記1(3)について
(3-1)主張3-1について
Hc_(173K)/Hc_(296K)が2を超えることは物理的に不可能であるとの主張をしているが、物理的に不可能であることの理論的根拠が不明であり、甲第1号証及び甲第2号証の記載のみで、当該主張3-1が正しいものと認めることができない。

(3-2)主張3-2について
磁気テープの作製方法としては、段落0059に記載の方法が開示されているのみであるが、本件訂正発明は、Hc_(173K)/Hc_(296K)の値を定めることにより、高SNRを実現するものであって、作製方法についての限定は必要がなく、作製方法としては当業者が認識する様々な方法を採用すれば良いものである。
したがって、当該主張3-2を認めることはできない。

(4)上記1(4)について
(4-1)主張4について
特許異議申立人は、甲第2号証の無置換のε-酸化鉄が、本件明細書に記載のものとは著しく異なる性質を示すことから、本件明細書では、当業者が理解する「ε-酸化鉄型」とは異なる意味で「ε-酸化鉄型」という用語を使用していることを主張しているが、訂正により、本件訂正発明の「ε-酸化鉄型強磁性粉末」は、「Co、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有する」ものであるから、置換型のε-酸化鉄ではない甲第2号証の無置換のε-酸化鉄と異なる性質であることは当然であり、当該主張4を認めることはできない。

(5)まとめ
上記(1)?(4)より、取消理由通知で採用しなかった異議申立理由を認めることはできない。

第7 令和3年1月18日に提出された意見書における異議申立人の主張について
1 意見書の内容
異議申立人は、意見書において、本件特許は取り消されるべきものであることを主張しており、その主張の要旨は以下の通りである。

(1)取消理由通知書に示された理由2(特許法第29条第2項)が解消していない理由
電磁変換特性向上のためにHcを制御することは本件出願前に公知の技術常識であるとして、甲第6号証、甲第7号証を提示し、引用1発明(甲1発明)において、置換元素として、Alに代えて引用文献2(甲第3号証)に記載の置換元素を選択し、Hcの温度依存性に着目して、Hcを制御することによって、優れた電磁変換特性を示す置換ε-酸化鉄型強磁性粉末を取得しようとすることは当業者が容易になし得ること、
「Hc_(173K)/Hc_(296K)」なる指標は当該技術分野において当業者に慣用されているものでなく、その技術的意義が説明されていないこと、
本件特許の出願時に知られていなかった指標によって特定されていることをもって、本件訂正発明1の進歩性を認めることができないことは言うまでもないこと、
引用2発明(甲3発明)との対比においても同様であること
を主張している。

(2)取消理由通知書に示された理由3(特許法第36条第6項第1号)が解消していない理由
置換量が小さい場合には、依然として15kOeの印加磁場で測定できないほどの大きなHcをとるような組成範囲まで含まれているのであるから、訂正発明1ないし9は、発明の詳細な説明に記載したものではないことを主張している。

(3)取消理由通知書に示された理由4(特許法第36条第6項第2号)が解消していない理由
「X線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造」であることは、「ε-酸化鉄以外のものを多量に含むもの」であることを排除しないことを主張している。

(4)実施可能要件違反について
具体的なXRDの測定結果、磁気特性の測定結果、具体的なHcの値が示されず、当業者が発明を実施するのに十分な情報が開示されていないことを主張している。

(5)サポート要件違反について
磁気特性が大きく異なる化合物が、「Hc_(173K)/Hc_(296K)が、1.18以上2.00未満」であることを満たしさえすれば、本件実施例と同様にSNRが大きくなるとは限らないことが本件の出願時の技術常識であり、実施例に示されたε-酸化鉄とは磁気特性が大きく異なるε-酸化鉄をも包含する訂正後の請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化するための根拠が見いだせないことを主張している。

2 検討
(1)上記1(1)について
甲第6号証は、Co含有強磁性メタル粉末及び六方晶フェライト粉末についての発明であり、ε-酸化鉄に関する文献でない。
甲第7号証は、本件特許出願後に公開された文献であるため、本件訂正発明の容易性の判断に使用できる文献ではない。
仮に、特許異議申立人が主張するように、電磁変換特性向上のためにHcを制御することが本件出願前に公知の技術常識であるとしても、上記第5の2(2)で検討したように、甲1発明の「Hc_(173K)/Hc_(296K)」は「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」であるが、あくまで、図12(a)のグラフと、204頁最終行?205頁4行の記載から導出したものであり、そもそも、電磁変換特性の更なる向上という観点から、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」に着目した発明ではないので、当該数値を「1より大きく1.16より小さい範囲で一意に定まる値」から「1.18以上2.00未満」にしようとする動機付けがなく、甲第6号証、甲第7号証の記載を勘案しても、本件訂正発明1は、甲1発明から容易に想到し得るものではない。

同様の理由により、甲第6号証、甲第7号証の記載を勘案しても、本件訂正発明1が、甲3発明から容易に想到し得るものではない。

また、特許異議申立人が主張するように、「Hc_(173K)/Hc_(296K)」なる指標は当該技術分野において当業者に慣用されているものでなく、本件特許明細書では、その技術的意義が説明されていない。
しかし、段落0019にも記載されているように、極低温である173Kにおいて測定される保磁力Hc_(173K)と、一般的な室温付近の温度である296Kにおいて測定される保磁力Hc_(296K)(Hc_(173K)/Hc_(296K))が上記範囲であるε-酸化鉄型強磁性粉末が磁気記録媒体の電磁変換特性の向上に寄与し得ることが、本発明者らの鋭意検討の結果、新たに見出されたものであり、このような本件特許の出願時に知られていなかった指標によって特定されていることをもって、本件訂正発明1についての進歩性を認めることができないとはいえない。

(2)上記1(2)について
特許異議申立人が主張するように、置換量が小さい場合には、15kOeの印加磁場で測定できないほどの大きなHcをとるような組成範囲まで含まれているかもしれないが、15kOeの印加磁場で測定することは1つの実施例に過ぎず、15kOeの印加磁場で測定できないほどの大きなHcをとるような組成であれば、当該組成に適した印加磁場にすれば良いことは、実施例としての記載が無くても、当業者であれば、容易に設計し得ることであり、本件訂正発明1ないし9は、発明の詳細な説明に記載されている発明である。

(3)上記1(3)について
特許明細書の段落0018の記載から、ε-酸化鉄型強磁性粉末とは、X線回折分析によって得られるX線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造としてε-酸化鉄型の結晶構造が検出される構成である。
すなわち、「X線回折スペクトルにおいて最も高強度の回折ピークが帰属する構造」として、ε-酸化鉄型の結晶構造が検出されるのであるから、ε-酸化鉄型の結晶構造以外の構造に帰属する回折ピークがε-酸化鉄型の結晶構造に帰属する回折ピークを上回る高強度で検出されるもの、即ち、ε-酸化鉄以外のものを多量に含むものは排除されているものといえる。

(4)上記1(4)について
特許明細書の段落0053には、X線回折分析について記載され、段落0055には、173Kと296KにおけるHcの測定方法について記載されている。
そして、XRDの具体的な測定方法や磁気特性の測定については明確な記載がないものの、周知の手法を採用すれば良いものである。
そうすると、特許明細書に記載された方法、周知の手法に従って作製及び測定を行うことにより、本件訂正発明1を実施する上で必要な値であるHc_(173K)/Hc_(296K)を求めることができるので、具体的なXRDの測定結果、磁気特性の測定結果、具体的なHcの値が示されていないことをもって、当業者が発明を実施するのに十分な情報が開示されていないとはいえない。

(5)上記1(5)について
特許異議申立人は、磁気特性が大きく異なる化合物が、「Hc_(173K)/Hc_(296K)が、1.18以上2.00未満」であることを満たしさえすれば、本件実施例と同様にSNRが大きくなるとは限らないことが本件の出願時の技術常識であると主張しているが、当該主張についての理論的な根拠を示していない。
そして、特許明細書の表2には一例として、7つの実施例と4つの比較例が記載されており、Hc_(173K)/Hc_(296K)の範囲が1.18以上2.00未満である実施例1?6では、FeおよびOに加えて、Co、MnおよびNiのうちのいずれか一種のみが含まれた実施例が記載されているが、特許明細書の段落0022?0024には、比率Hc_(173K)/Hc_(296K)が1.00超2.00未満のε-酸化鉄型強磁性粉末である限り、その組成は限定されるものではないこと、2価元素を少なくとも一種含むことが好ましいこと、2価元素としては、Co、MnおよびNiがより好ましいことが記載されているので、本件訂正発明1は、サポート要件を満たしていないとはいえず、発明の詳細な説明に開示された発明である。

以上より、異議申立人の意見書における主張は、採用することができない。

第8 むすび
以上のとおり、請求項1、3?9に係る発明については、取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1、3?9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1、3?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件請求項2に係る特許は、訂正により、削除されたため、本件特許の請求項2に対して、特許異議申立人安藤宏がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度173Kにおいて測定される保磁力Hc173Kと温度296Kにおいて測定される保磁力Hc296Kとの比率、Hc173K/Hc296K、が1.18以上2.00未満であり、かつCo、MnおよびNiからなる群から選択される一種以上の元素を含有するε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
FeとCo、MnおよびNiからなる群から選択される元素との合計100原子%に対し、Co、MnおよびNiからなる群から選択される元素を1原子%以上50原子%以下の含有率で含有する、請求項1に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項4】
ε-酸化鉄型の結晶構造においてFeを置換し得る元素を含み、かつ
前記ε-酸化鉄型の結晶構造においてFeを置換し得る元素が、Co、MnおよびNiからなる群から選択される元素からなる、請求項1または3に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項5】
少なくともCoを含有する、請求項1、3または4に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項6】
前記比率が1.18以上1.90以下である、請求項1、3?5のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項7】
前記比率が1.20以上1.85以下である、請求項1、3?6のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項8】
磁気記録用強磁性粉末である、請求項1、3?7のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末。
【請求項9】
非磁性支持体上に強磁性粉末および結合剤を含む磁性層を有する磁気記録媒体であって、
前記強磁性粉末が、請求項1、3?8のいずれか1項に記載のε-酸化鉄型強磁性粉末である磁気記録媒体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-25 
出願番号 特願2016-233609(P2016-233609)
審決分類 P 1 651・ 841- YAA (G11B)
P 1 651・ 537- YAA (G11B)
P 1 651・ 113- YAA (G11B)
P 1 651・ 121- YAA (G11B)
P 1 651・ 851- YAA (G11B)
P 1 651・ 854- YAA (G11B)
P 1 651・ 855- YAA (G11B)
P 1 651・ 853- YAA (G11B)
最終処分 維持  
特許庁審判長 五十嵐 努
特許庁審判官 渡辺 努
小池 正彦
登録日 2020-01-20 
登録番号 特許第6649234号(P6649234)
権利者 富士フイルム株式会社
発明の名称 ε-酸化鉄型強磁性粉末および磁気記録媒体  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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