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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1375848
異議申立番号 異議2020-700398  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-08-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-10 
確定日 2021-04-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6619230号発明「金属被覆鋼ストリップの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6619230号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?11〕について訂正することを認める。 特許第6619230号の請求項1?9、11に係る特許を維持する。 特許第6619230号の請求項10に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の特許第6619230号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?10に係る特許についての出願は、2013年(平成25年)10月17日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2012年10月18日、(AU)オーストラリア)を国際出願日とする出願であって、令和1年11月22日にその特許権の設定登録がされ、同年12月11日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和2年6月10日に、本件特許の請求項1?11(全請求項)に係る特許に対して、特許異議申立人である安藤宏(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、以降の本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和 2年 9月16日付け : 取消理由通知書
令和 2年12月17日 : 特許権者による訂正請求書及び意見書
の提出
(以下、本訂正請求書を「本件訂正請求
書」といい、本訂正請求書による訂正
の請求を「本件訂正請求」という。)
令和 3年 2月15日 : 申立人による意見書の提出

第2 本件訂正請求について
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)?(6)のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「【請求項1】
金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であって、
前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:
Zn: 30?60%
Si: 0.3?3%
Mg: 0.3?10%
残部 Alおよび不可避不純物
で含み、」
とあるうち、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金」を「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」と訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2?9、11も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に、
「(a)鋼ストリップを溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程」
とあるうち、「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」を「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」と訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2?9、11も同様に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に、
「前記ストリップを冷却する工程において、冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御し、冷却水の化学成分を制御することを含む」
とあるうち、「冷却水の温度を25?80℃に制御し、冷却水の化学成分を制御することを含む」の「冷却水の化学成分を制御することを含む」を削除して「冷却水の温度を25?80℃に制御する」と訂正すると共に、「冷却水のpHを5?9に制御し」を「冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し」と訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2?9、11も同様に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項10を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項11において、「請求項1?10のいずれか1項に記載」を「請求項1?9のいずれか1項に記載」と訂正する。

2 訂正の適否についての判断
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1の「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金」という記載の前には、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」という記載はあるが、末尾に「被覆」の付かない「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金」という記載はなかったところ、「前記」の記載と対応するように「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」とするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

新規事項の追加について
本件の願書に添付した特許請求の範囲には以下の記載がある。なお、下線は当審が付した(以下同様)。

「【請求項1】
金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であって、
前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:」

上記記載から、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金」の「前記」に対応する記載は「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」の「Al‐Zn‐Si‐Mg合金」しかないことから、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金」が「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」を意味していたことは上記記載から自明な事項であるといえる。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更するものか否かについて
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1の記載を明瞭にするものであって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1の「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」を「カルシウムを含む」ものに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

新規事項の追加について
本件の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)には、「合金浴」に関して以下の記載がある。なお、「・・・」は省略を表す(以下同様。)

「【0053】
特定の例では、他の元素には、溶融被覆浴のドロス制御のためのCaを含んでもよい。」
「【0065】
・・・典型的には、被覆ポット6内のAl-Zn-Si-Mg合金は、重量%で、Zn:30?60%、Si:0.3?3%、Mg: 0.3?10%、残部Alおよび不可避不純物を含む。Al-Zn-Si-Mg合金は、これらの元素を他の範囲で含んでもよいことに注目されたい。さらに、Al-Zn-Si-Mg合金が、意図的な添加物または不純物として他の元素を含んでもよいことに注目されたい。例えば、被覆ポット6は、さらに、溶融浴のドロス制御のためにCaを含んでもよい。」
【0080】
・・・酸化層の1つの特性は、ドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因した少量の酸化カルシウム(?2at%(原子濃度)Ca)の存在である。」

上記記載から、「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」として、カルシウムを含む構成が記載されているといえる。
したがって、訂正事項2に係る訂正は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更するものか否かについて
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1の「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」を「カルシウムを含む」ものに限定するものであって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(2)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項1の「冷却水の化学成分を制御すること」が明瞭でない記載であったところ、「冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御」することと明瞭にするものであり、また、訂正前の請求項1の「冷却水のpHを5?9に制御」する手段を、「冷却水に酸を添加すること」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」、及び特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

新規事項の追加について
本件特許明細書等には、「冷却水の化学成分を制御すること」及び「冷却水に酸を添加すること」に関して以下の記載がある。

「【請求項10】
前記ストリップを冷却する工程は、前記冷却水に酸を添加することにより前記pHを制御することを含む、請求項1?9のいずれか1項に記載の方法。」
「【0022】
前記方法は、前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程を含んでもよく、前記溶融めっき工程の下流側の条件を制御する工程は、前記天然の酸化層が前記金属合金被覆上に少なくとも実質的にそのまま維持されるように、前記水冷工程を制御することを含んでもよい。出願人は、冷却水のpHの制御、温度の制御、特定の化学組成の1つ以上が、金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小にできることを見いだした。」
「【0036】
前記ストリップを冷却する工程は、前記冷却水に酸を添加することにより前記pHを制御することを含んでもよい。
【0037】
前記ストリップを冷却する工程は、前記冷却水に酸と、その他の塩、緩衝剤(buffers)、湿潤剤、界面活性剤、カップリング剤(coupling agents)等と、を添加することにより前記pHを制御することを含んでもよい。」
「【0081】
・・・pHは、硝酸の添加によりpH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(b)は、水焼き入れにより、ごく少量の天然の酸化物が除去されたことを示す。しかしながら、Caの存在により、天然の酸化物は全て除去されなかったことが示唆される。さらに、下側のAl-Zn-Si-Mg合金被覆の腐食はなかった。意義深いことに、図2(b)はまた、特定の水焼き入れ条件下では、部分的な天然の酸化層を維持することが可能であったことも示している。」
「【0083】
・・・pHは、pH9を超えるように制御され、温度は、50℃を超えるように制御された。図2(d)は、この水焼き入れの条件が、天然の酸化層の完全な除去と、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の下側の構造への明らかな腐食の攻撃とをもたらしたことを示す。金属被覆の表面に生じた新しい酸化層は、層中の酸化亜鉛(腐食生成物)の実質的な存在と、より大きな層の厚さによって特徴付けられた。このことは、不十分な不動態化という結果をもたらした。」

(ア)「冷却水に酸を添加することにより」を追加することについて
冷却水に酸を添加することによりpHを制御することは、上記請求項10、【0036】、【0037】、【0081】に記載されている。

(イ)「冷却水の化学成分を制御すること」が「冷却水に酸を添加すること」を含んでいたことについて
訂正前の請求項1の「冷却水の化学成分」は、【0022】に記載された「特定の化学組成」を指すものと認められる。
また、【0022】に記載された「金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小」にするための冷却水の制御は、【0081】、【0083】から、冷却水に酸を添加することによるpHの制御と、温度の制御であるといえる。
そして、冷却水に酸を添加することで冷却水の化学成分が変化することは明らかであるから、【0022】に記載された「冷却水のpHの制御、温度の制御、特定の化学組成の1つ」が、冷却水に酸を添加して特定の化学組成を変化させることによるpHの制御、温度の制御の構成を含んでいたことは本件特許明細書等の記載から自明な事項である。
よって、訂正前の請求項1に記載された「冷却水の化学成分を制御すること」が、冷却水のpH制御のため、「冷却水に酸を添加すること」を含んでいたことは、本件特許明細書等の記載から自明な事項である。

(ウ)小括
したがって、訂正事項3に係る訂正は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更するものか否かについて
訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項1の記載を明瞭にするもの、及び、訂正前の請求項1の「冷却水のpHを5?9に制御」する手段を、「冷却水に酸を添加すること」に限定するものであって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(4)訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4に係る訂正は、請求項10を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

新規事項の追加について
訂正事項4に係る訂正は、請求項10を削除するものであって、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 実質上特許請求の範囲の拡張・変更するものか否かについて
訂正事項4に係る訂正は、請求項10を削除するものであって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(5)訂正事項5
ア 訂正の目的について
訂正事項5に係る訂正は、訂正事項4により請求項10が削除されたことにともない、請求項11が引用する複数の請求項から請求項10を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

新規事項の追加について
訂正事項5に係る訂正は、請求項11が引用する複数の請求項から請求項10を削除するものであって、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内のものであることは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合する。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張・変更するものか否かについて
訂正事項5に係る訂正は、請求項11が引用する複数の請求項から請求項10を削除するものであって、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合する。

(6)独立特許要件について
本件特許の全ての請求項に対して特許異議の申立てがされているので、本件訂正請求に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

(7)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?11は、本件訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1?11は一群の請求項である。
よって、本件訂正前の請求項1?11に対応する訂正後の請求項1?11は一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、訂正後の請求項1?11について請求されたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

(8)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求書による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号または第3号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するから、訂正後の請求項1?11について訂正を認める。

第3 本件発明
上記第2で検討したとおり、本件訂正請求書による本件訂正は適法なものであり認められるので、本件特許の請求項1?11に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1?11」といい、まとめて「本件発明」という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であって、
前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:
Zn: 30?60%
Si: 0.3?3%
Mg: 0.3?10%
残部 Alおよび不可避不純物
で含み、
(a)鋼ストリップを、カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程であって、前記金属合金被覆鋼ストリップを前記金属被覆浴から取り出した後に、前記金属合金被覆の露出面が酸化し、前記金属合金被覆鋼ストリップの前記金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む、溶融めっき工程;および
(b)前記固有酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程、
(c)前記冷却された前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程、
(d)湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与するために、不動態化区画において前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって、前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程、
を含み、
前記方法は、前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む、方法。
【請求項2】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを8未満に制御することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを7未満に制御することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを、6を超えるように制御することを含む、請求項1?3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を70℃未満に制御することを含む、請求項1?4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を60℃未満に制御することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を55℃未満に制御することを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を50℃未満に制御することを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を、40℃を超えるように制御することを含む、請求項1?8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
前記ストリップを冷却する工程は、前記被覆ストリップを30?50℃の温度範囲に冷却するように、操作条件を制御することを含む、請求項1?9のいずれか1項に記載の方法。」

第4 特許異議申立の理由及び取消理由通知で通知した取消理由の概要
1 特許異議申立の理由の概要
(1)申立人は、証拠方法として、後記する甲第1?4号証を提出し、以下の理由により、訂正前の請求項1?11に係る本件特許は取り消されるべきものである旨主張している。

ア 申立理由1(サポート要件)
訂正前の請求項1?11に係る発明(以下、それぞれ「訂正前本件発明1?11」という。)については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

イ 申立理由2(明確性要件)
訂正前本件発明1?11については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、同発明に係る特許は取り消されるべきものである。

ウ 申立理由3(実施可能要件)
訂正前本件発明1?11については、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、同発明に特許は取り消されるべきものである。

エ 申立理由4(新規性)
訂正前本件発明1?8は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

オ 申立理由5(進歩性)
訂正前本件発明1?11は、甲第1号証、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明、及び甲第4号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

(2)証拠方法
甲第1号証:特開2009-91652号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開昭63-297576号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特開昭58-177446号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特開平7-18399号公報(以下「甲4」という。)

2 取消理由通知で通知した取消理由の概要
当審は、上記1の申立理由1?5について検討した結果、申立理由1(サポート要件)、申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)について採用せず、申立理由2(明確性)について採用し、申立理由3(実施可能要件)について一部採用し、令和2年9月16日付け取消理由通知書において取消理由1(明確性要件)及び取消理由2(実施可能要件)として通知した。

(1)取消理由1(明確性要件)の概要
ア 「固有酸化層」の「酸化カルシウム」について
訂正前本件発明1は、「金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む、溶融めっき工程」を含むものであるが、「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」及び「Al‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆」中にCaが含まれるのかどうかについて不明であるため、上記「溶融めっき工程」において、「固有酸化層」の「酸化カルシウム」がどのようにして含まれることになるのか不明であるから、訂正前本件発明1が明確であるとはいえない。
また、訂正前本件発明1を直接又は間接的に引用する訂正前本件発明2?11についても同様である。

イ 「冷却水の化学成分を制御すること」について
訂正前本件発明1は、「ストリップを冷却する工程において、冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御し、冷却水の化学成分を制御すること」を含むものであり、本件特許明細書の【0022】によれば、冷却水について、pH、温度、特定の化学組成(訂正前本件発明1でいう「冷却水の化学成分」を指すと認める。)のいずれかの制御により、金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小にできるものと認められるが、特定の化学組成とはどのようなものであるのか不明であるため、上記「冷却水の化学成分を制御すること」について、冷却水中のどのような化学成分を制御するのか不明であり、本件発明1が明確であるとはいえない。
また、訂正前本件発明1を直接又は間接的に引用する訂正前本件発明2?11についても同様である。

(2)実施可能要件についての概要
訂正前本件発明1は、溶融めっき工程で形成した酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を不動態化工程までそのまま維持することにより、不動態化溶液による十分な不動態化を達成するものである。
ここで、本件特許明細書の【0081】、【0084】によれば、図2(a)?図2(d)は、金属合金被覆の下側の構造の完全性を維持できる水焼き入れ条件であれば、固有酸化層中のCaにより、上記固有酸化層の維持が可能であり、金属合金被覆の十分な不動態化という結果を達成することができることを示す、とされているが、図2(a)?図2(d)をみても、各測定線と各原子との対応関係が不明であるから、Caの存在や、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層の有無を確認することができない。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、訂正前本件発明1について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
また、訂正前本件発明1を直接又は間接的引用する訂正前本件発明2?11についても同様である。

第5 当審の判断
当審は、特許権者が提出した令和2年12月17日付け意見書(以下「意見書1」という。)及び乙第1号証(国際公開第2014/059474号のFig.2(a)?Fig2(d)の元のカラー図面。以下「乙1」という。)及び申立人が提出した令和3年2月15日付け意見書(以下「意見書2」という。)及び甲第5号証(不服2016-9917における平成29年7月18日付け審決。以下「甲5」という。)を踏まえて検討した結果、本件訂正による訂正後の請求項1?9、11は、以下のとおり、いずれも上記第4、2(1)、(2)に示した当審が通知した取消理由を解消しており、上記第4、1(1)ア?オに概要を示した申立理由1?5のいずれにも該当しないものと判断する。その理由は次のとおりである。

1 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)取消理由1(明確性)(申立理由2を採用)について
ア 「固有酸化層」の「酸化カルシウム」について
(ア)特許権者の主張の概要
特許権者は、意見書1において、概ね次のとおり主張している。

本件訂正請求により、特許請求の範囲の請求項1の一部を、
「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:
Zn: 30?60%
Si: 0.3?3%
Mg: 0.3?10%
残部 Alおよび不可避不純物
で含み、
(a)鋼ストリップを、カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程」と訂正したことによって解消した。

(イ)申立人の主張の概要
申立人は、意見書2において、概ね次のとおり主張している。

本件発明1で規定されている「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」の組成については、「Zn: 30?60%」、「Si: 0.3?3%」、「Mg: 0.3?10%」、「残部 Alおよび不可避不純物
」というものであり、その他の成分を含み得ないものである。その一方、本件発明1は、めっき浴として「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」を用いることが規定され、さらに、上記金属合金被覆上に形成された固有酸化層には「酸化カルシウム」が含まれることや、該固有酸化層は「金属合金被覆の露出面が酸化し、金属合金被覆状に固有酸化層を形成する」こと、が規定されているため、本件発明1で規定された「金属合金被覆の組成」と、「合金被覆の形成に用いるめっき浴」及び「固有酸化層」との間には、Caの有無に関して技術的な矛盾が生じており、本件発明1は明確ではない。
なお、溶融亜鉛系めっき鋼板において、めっき浴の成分組成とめっき皮膜(合金被覆)の成分組成がほぼ等しくなることが技術常識である点については、甲5の第8?9頁から明らかである。
また、本件発明において、溶融亜鉛系めっき鋼板の固有酸化層の含有成分とめっき皮膜(合金被膜)の成分組成がほぼ等しくなる点については、本件特許明細書の【0013】に「本明細書において「天然の(または固有の)酸化物」の用語は、金属合金被覆の表面に生じる最初の(第1の)酸化物であり、その化学組成は、金属合金被覆の組成に本質的に依存する。」と明記されていることからも明らかである。
よって、技術常識あるいは本件特許明細書の記載に基づいても、本件発明1は明確でなく、特許権者の主張には理由がなく、取消理由1を覆すに足るものではない。

(ウ)当審の判断
本件訂正請求によって、本件発明1では、「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」が「カルシウムを含む」ことが特定されたから、「溶融めっき工程」において、「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」に含まれるカルシウムの酸化によって「固有酸化層」に「酸化カルシウム」が含まれることになる点が明らかとなった。
よって、本件発明1はこの点について明確である。
本件発明1を直接または間接的に引用する本件発明2?9、11についても同様である。

次に、申立人の主張について検討する。
本件特許明細書には以下の記載がある。

「【0065】
・・・典型的には、被覆ポット6内のAl-Zn-Si-Mg合金は、重量%で、Zn:30?60%、Si:0.3?3%、Mg: 0.3?10%、残部Alおよび不可避不純物を含む。Al-Zn-Si-Mg合金は、これらの元素を他の範囲で含んでもよいことに注目されたい。さらに、Al-Zn-Si-Mg合金が、意図的な添加物または不純物として他の元素を含んでもよいことに注目されたい。例えば、被覆ポット6は、さらに、溶融浴のドロス制御のためにCaを含んでもよい。」
「【0080】
・・・酸化層は、主に酸化アルミニウムと酸化マグネシウムから成っていた。HDPSは、ガス冷却を備えているが水焼き入れを備えておらず、よってこの酸化層は、高温時(at elevated temperatures)に溶融被覆の表面に生じる酸化物の代表である。酸化層の1つの特性は、ドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因した少量の酸化カルシウム(?2at%(原子濃度)Ca)の存在である。酸化物は、出願人によって「天然の(または固有の)酸化物」と記載されているが、これは、金属被覆の表面に生じる最初の(第1の)酸化物であり、その化学組成は、金属被覆の組成に本質的に依存するためである。
【0081】
図2(b)のグラフは、出願人の(複数の)金属被覆ラインの1つであって、製造ループに水焼き入れ工程があり、焼き入れ水のpHおよび温度を制御しているラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、硝酸の添加によりpH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(b)は、水焼き入れにより、ごく少量の天然の酸化物が除去されたことを示す。しかしながら、Caの存在により、天然の酸化物は全て除去されなかったことが示唆される。さらに、下側のAl-Zn-Si-Mg合金被覆の腐食はなかった。意義深いことに、図2(b)はまた、特定の水焼き入れ条件下では、部分的な天然の酸化層を維持することが可能であったことも示している。
【0082】
図2(c)のグラフは、出願人の別の金属被覆ラインであって、同様に製造ループに水焼き入れ工程があるラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、pH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(c)は、この水焼き入れの条件が天然の酸化層の部分的な除去を生じたこと、そしてCaが図2(a)および図2(b)より低いレベルで検知されたことを示す。おそらく、その後の焼き入れ処理中に、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の表面にいくらかの新しい酸化物が生じた。しかしながら、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の下側の構造に、腐食の攻撃(corrosion attack)はなかった。」

また、国際公開第2007/061012号(以下、「参考文献」という。)には、以下のエリンガム図が開示されている。

「[図1]



上記本件特許明細書の記載によれば、本件発明1の「酸化カルシウム」は、ドロス制御のために溶融被覆浴(溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴)への低レベルのCa添加に起因して形成された少量の酸化カルシウムであるといえる。
また、上記参考文献のエリンガム図からも明らかなように、カルシウムが溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に含まれる他の元素より酸化しやすいことは技術常識であり、金属被覆の表面に生じる最初の酸化物の形成においても、カルシウムは他の元素より優先して酸化し、酸化カルシウムを形成しているといえる。
そうすると、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」に含まれる低レベルのカルシウムは、金属合金被覆の露出面が酸化する際に、他の元素に比べて優先的に酸化して消費され、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」にはカルシウムは実質的に含まれていないと考えられる。この点について、【0081】、【0082】には、図2(b)では少量の天然の酸化物が除去されたがCaが存在すること、図2(c)では天然の酸化層の部分的な除去が生じ、Caが低レベルで検知され、新たな酸化物が生じていることが記載されているところ、図2(b)、図2(c)のカラー図面に相当する乙1のFIG.2(b)、FIG.2(c)を参照すると、新たな酸化物が生じているFIG.2(c)において、Caは天然の酸化物として低レベルで検知されているのみであり、他の元素のように、新たな酸化物として生じていないことからも見てとれる。
また、本件特許明細書を参照しても、【0080】、【0081】に記載されているように、水焼き入れによる天然の酸化物の除去を抑制するために、金属合金被覆上の固有酸化層にCaが必要であることは理解できるが、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」にカルシウムが必要であることや含まれていることは記載されていない。
さらに、甲5の第8?9頁に記載されているように、溶融亜鉛系めっき鋼板において、めっき浴の成分組成とめっき皮膜(合金被覆)の成分組成がほぼ等しくなることが技術常識であるとしても、金属合金被覆上に固有酸化層を形成するために元素が消費されることで成分組成が変化することは技術常識に反するものではない。
また、申立人は、本件特許明細書の【0013】の記載から、溶融亜鉛系めっき鋼板の固有酸化層の含有成分とめっき皮膜(合金被膜)の成分組成がほぼ等しくなると主張するが、本件特許明細書の【0013】は、固有酸化層の化学組成が金属合金被覆の組成に本質的に依存すること、すなわち、金属合金被覆の組成が変化すれば固有酸化層の化学組成も変化することを示しているのであって、溶融亜鉛系めっき鋼板の固有酸化層の含有成分とめっき皮膜(合金被膜)の成分組成がほぼ等しくなることを示しているのではない。
よって、本件発明1で規定された「金属合金被覆の組成」と、「合金被覆の形成に用いるめっき浴」及び「固有酸化層」との間でCaの有無に違いがあるとしても、金属合金被覆上の固有酸化層の形成のために金属合金被覆に含まれていた低レベルのカルシウムが消費された結果であると考えられるから、技術的な矛盾は生じていない。
したがって、申立人の主張は採用できない。

イ 「冷却水の化学成分を制御すること」について
(ア)特許権者の主張の概要
特許権者は、意見書1において、概ね次のとおり主張している。

本件訂正請求により、特許請求の範囲の請求項1の一部を、
「冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む」と訂正したことによって解消した。

(イ)当審の判断
本件訂正請求によって、本件発明1では、「冷却水のpHを5?9に制御」する手段が「冷却水に酸を添加すること」に特定され、「冷却水の化学成分を制御する」が削除されたから、「冷却水の化学成分を制御する」ことが、「冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御」することである点が明らかとなった。
よって、本件発明1はこの点について明確である。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?9、11についても同様である。

なお、申立人は、意見書2において、本取消理由については何も主張していない。

ウ 小括
よって、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定に該当するものではなく、取り消すことはできない。

(2)取消理由2(実施可能要件)(申立理由3の一部を採用)について
ア 特許権者の主張の概要
特許権者は、意見書1において、概ね次のとおり主張している。

提出した乙1から明らかなように、図2(a)ないし図2(d)における、各測定線と各原子との対応関係は明らかとなったため解消した。

イ 当審の判断
乙1のFIG.2(b)から、「native oxide」(天然の酸化物)に「Ca」が存在すること、及び天然の酸化物が全て除去されていないことが確認できるから、【0081】に記載されているように、「Caの存在により、天然の酸化物は除去されなかったことが示唆される」ことを理解することができる。
また、乙1のFIG2.(b)及びFIG2.(c)から、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層の存在が確認できるから、【0084】に記載されているように、「金属合金被覆の下側の構造の完全性を維持できる水焼き入れ条件」において、「金属合金被覆の十分な不動態化という結果を達成することができ」ることを理解することができる。
したがって、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえる。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?9、11についても同様である。

なお、乙1のFIG2.(d)は、「Ca2s」の測定線がなく、「Cr2p ox」の測定線がある点や、「Mg2p」、「Si2p」が「Mg2p ox」、「Si2p ox」となっている点で、本件の願書に添付した図面(以下「本件図面」という。)の【図2-4】のFIG2.(d)と異なるから、本件図面のFIG2.(d)のカラー図面であるとは認められない。
しかし、本件図面の【図2-1】、【図2-2】、【図2-3】のカラー図面を参照することで、「Ca」の存在や、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層の存在が確認できるから、発明の詳細な説明の記載は、本件発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものといえると判断した。

また、申立人は、意見書2において、本取消理由については何も主張していない。

ウ 小括
よって、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定に該当するものではなく、取り消すことはできない。

2 取消理由として採用しなかった異議申立理由の判断
取消理由として全部または一部を採用しなかった上記第4、1に示した申立理由1、3?5について判断する。

(1)申立理由1(サポート要件)、申立て理由3(実施可能要件)について
ア 本件特許明細書等の記載
本件特許明細書等には、以下の記載がある。

「【0001】
本発明は、金属ストリップ、典型的には鋼ストリップであって、耐食性金属合金の被覆を有するストリップの製造に関する。」
「【0006】
オーストラリアおよび他の地域で、建材、特にプロファイルされた(異形の:profiled)壁および屋根板として幅広く使用されている耐食性金属合金被覆の1つは、Al-Zn合金被覆組成、より詳細には、合金中にSiを含む55%Al-Zn合金から形成された被覆である。プロファイルシート(異形シート: profiled sheets)は、通常は、冷間成形され塗布された金属合金被覆ストリップから製造される。典型的には、プロファイルシートは、塗布されたストリップをロール成形して製造される。」
「【0012】
本発明に関連するこの研究開発活動は、これらの金属被覆ラインで鋼ストリップ上に特定の金属合金被覆、すなわちAl-Zn-Si-Mg合金被覆を形成することの実行可能性を調査するための、出願人の金属被覆ラインでの一連の工場実験(plant trials)を含む。工場実験から、Al-Zn-Si-Mg合金被覆は、従来のAl-Zn被覆に比べて、被覆ストリップを金属被覆ラインの溶融金属浴から取り出した後にストリップ上の金属合金被覆を冷却するのに使用される焼き入れ水(quench water)と、はるかに高い反応性を示すことが分かった。より詳細には、出願人は、(a)Al-Zn-Si-Mg合金被覆は、従来のAl-Zn被覆に比べて、焼き入れ水に対して溶解しやすく、(b)その金属合金被覆の溶解しやすさによって、本明細書に記載されているように耐食性を有する天然の(または固有の:native)酸化層が、被覆の露出面から除去されるおそれがあり、(c)Al-Zn-Si-Mg合金被覆の表面から天然の酸化層が除去されると、Al-Zn-Si-Mg合金被覆が露出し、被覆ストリップの表面に例えば隙間(crevices)、ピット、黒点(black spots)、ボイド(voids)、溝(channels)、および斑点(speckles)などの欠陥を引き起こす腐食が起こり、そして(d)表面の欠陥は、それに続く不動態化溶液による被覆ストリップの不動態化の有効性に悪影響を及ぼす、ということを見いだした。」
「【0014】
より詳細には、出願人は、天然の酸化層は、被覆ストリップを金属被覆浴の下流側で処理するときに、下側の(underlying)金属合金被覆層の腐食を防止する観点から重要である、ということを見いだした。特に、出願人は、不動態化溶液による不動態化に適した表面品質を有する金属合金被覆層を維持するためには、天然の酸化層を少なくとも実質的にそのまま維持することが重要であることを見いだした。より詳細には、出願人は、天然の酸化層が完全に除去されると、下流側の不動態化工程より前に金属合金被覆の腐食が引き起こされるおそれがあり、その腐食が、以下の表面欠陥、つまり隙間、ピット、黒点、ボイド、溝、および斑点のいずれか1つを含む、ということを見いだした。」
「【0016】
本発明によれば、金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上に金属合金の被覆を形成する方法であり、この方法は、鋼ストリップを溶融金属合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面に金属合金被覆を形成する溶融めっき工程であって、前記金属被覆浴から取り出したときに、本明細書で規定された天然の酸化層が金属合金被覆ストリップの金属合金被覆上に生じる、溶融めっき工程を含み、この方法は、前記天然の酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記溶融めっき工程の下流側の方法を制御すること、および/または、金属被覆の組成を選択することを含む方法を提供する。」
「【0022】
前記方法は、前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程を含んでもよく、前記溶融めっき工程の下流側の条件を制御する工程は、前記天然の酸化層が前記金属合金被覆上に少なくとも実質的にそのまま維持されるように、前記水冷工程を制御することを含んでもよい。出願人は、冷却水のpHの制御、温度の制御、特定の化学組成の1つ以上が、金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小にできることを見いだした。
【0023】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水のpHをpH5?9の範囲に制御することを含んでもよい。
【0024】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを8未満に制御することを含んでもよい。
【0025】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを7未満に制御することを含んでもよい。
【0026】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを、6を超えるように制御することを含んでもよい。
【0027】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を25?80℃の範囲に制御することを含んでもよい。
【0028】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を70℃未満に制御することを含んでもよい。
【0029】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を60℃未満に制御することを含んでもよい。
【0030】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を55℃未満に制御することを含んでもよい。
【0031】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を50℃未満に制御することを含んでもよい。」
「【0035】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を、40℃を超えるように制御することを含んでもよい。
【0036】
前記ストリップを冷却する工程は、前記冷却水に酸を添加することにより前記pHを制御することを含んでもよい。
【0037】
前記ストリップを冷却する工程は、前記冷却水に酸と、その他の塩、緩衝剤(buffers)、湿潤剤、界面活性剤、カップリング剤(coupling agents)等と、を添加することにより前記pHを制御することを含んでもよい。」
「【0044】
前記ストリップを冷却する工程は、前記被覆ストリップを30?50℃の温度範囲に冷却するように、操作条件を制御することを含んでもよい。」
「【0050】
例えば、前記Al-Zn-Si-Mg合金は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲で含んでもよい。
Zn: 30?60%
Si: 0.3?3%
Mg: 0.3?10%
残部 Alおよび不可避不純物」
「【0065】
そして、熱処理したストリップは、下向きの出口スナウト(outlet snout)を介して、被覆ポット6に保持されたAl-Zn-Si-Mg合金を含む溶融浴に入りそして通過して、Al-Zn-Si-Mg合金で被覆される。典型的には、被覆ポット6内のAl-Zn-Si-Mg合金は、重量%で、Zn:30?60%、Si:0.3?3%、Mg: 0.3?10%、残部Alおよび不可避不純物を含む。Al-Zn-Si-Mg合金は、これらの元素を他の範囲で含んでもよいことに注目されたい。さらに、Al-Zn-Si-Mg合金が、意図的な添加物または不純物として他の元素を含んでもよいことに注目されたい。例えば、被覆ポット6は、さらに、溶融浴のドロス制御のためにCaを含んでもよい。Al-Zn-Si-Mg合金は、被覆ポット内において、加熱インダクタ(図示せず)を使用して、選択された温度で溶融状態に維持される。浴内においてストリップはシンクロールの周囲を通過し、そして浴から上向きに取り出される。被覆浴内でストリップの選択された浸漬時間が付与されるように、ライン速度を選択する。浴を通過すると、ストリップの両面がAl-Zn-Si-Mg合金で被覆される。
【0066】
被覆浴6を離れた後、ストリップはガスワイピングステーション(a gas wiping station)(図示せず)を垂直方向に通過し、そこで被覆面はワイピングガスのジェットにさらされて、被覆の厚さが制御される。
【0067】
被覆ストリップがガスワイピングステーションを通って移動するときに、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の露出面が酸化して、被覆の露出面に天然の(または固有の)酸化層が生じる。上述した通り、天然の(または固有の)酸化物は、金属合金被覆の表面に生じる最初の(第1の)酸化物であり、その化学組成は、金属合金被覆の組成に本質的に依存し、Mg酸化物、Al酸化物、およびAl-Zn-Si-Mg合金被覆の他の元素の少量の酸化物を含む。
【0068】
そして、被覆ストリップは冷却区画7を通過して、水焼き入れ工程により強制冷却される。強制冷却は、水焼き入れ工程の前に、強制空冷工程(図示せず)を含んでもよい。水焼き入れ工程は例えば閉ループであって、そこでは、被覆ストリップ上にスプレーされた水が集められて、被覆ストリップを冷却するのに再利用するために冷却される。冷却区画7は、被覆ストリップ用冷却チャンバ7aと、被覆ストリップが冷却チャンバ7aを通って移動するときにその表面に水をスプレーするスプレーシステム7bと、冷却チャンバ7bから回収した水を貯蔵するための水焼き入れ用タンク7cと、水をスプレーシステム7bに移動する前に水焼き入れ用タンク7cからの水を冷却する熱交換器7dと、を含む。本発明の一実施形態によれば、(a)スプレーシステム7bに供給される冷却水のpHは、5?9の範囲、典型的には6?8の範囲に制御され、(b)スプレーシステムに供給される冷却水の温度は、30?50℃の温度範囲となるように制御される。出願人は、(a)および(b)の両方の制御工程により、被覆ストリップのAl-Zn-Si-Mg合金被覆上の天然の酸化層の除去は最小になることを見いだした。」
「【0071】
その後、冷却された被覆ストリップは、被覆ストリップの表面を調整する(または表面状態を整える)ロール区画(a rolling section)8を通過する。この区画は、スキンパスおよびテンションレベリングの操作の1つ以上を含んでもよい。
【0072】
そして、調整されたストリップは、不動態化区画10を通過して不動態化溶液で覆われて、湿式貯蔵(wet storage)および初期の曇り(early dulling)に対するある程度の耐性がストリップに付与される。」
「【0079】
図2(a)?図2(d)のグラフは、一組の実行可能な(possible)金属被覆の表面状態を示す、様々な材料のXPS分析の結果である。
【0080】
図2(a)のグラフは、出願人の研究施設において、溶融めっき処理シミュレータ(Hot Dip Process Simulator: HDPS)で製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。HDPSは、欧州岩谷会社(Iwatani International Corp (Europe) GmbH.)による、出願人の仕様に合わせた特注の最新式ユニットである。HDPSユニットは、溶融金属なべ炉(molten metal pot furnace)、赤外線加熱炉、ガスワイピングノズル、ドロス除去機構(de-drossing mechanisms)、ガス混合および露点管理炉(gas mixing and dewpoint management functions)、ならびに電子化自動制御システム(computerized automatic control systems)を含む。HDPSユニットは、従来の金属被覆ラインにおける典型的な溶融めっきサイクル(hot dip cycle)をシミュレーションすることができる。「エッチング時間」と標識された図2(a)の横軸は、分析でのエッチング時間を指しており、被覆表面からの被覆の深さを意味している。図中の各ラインは、被覆中の別の原子成分を示す。図2(a)は、Al-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネル上に、厚さおよそ9nmの薄い酸化層が検出されたことを示している。酸化層は、主に酸化アルミニウムと酸化マグネシウムから成っていた。HDPSは、ガス冷却を備えているが水焼き入れを備えておらず、よってこの酸化層は、高温時(at elevated temperatures)に溶融被覆の表面に生じる酸化物の代表である。酸化層の1つの特性は、ドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因した少量の酸化カルシウム(?2at%(原子濃度)Ca)の存在である。酸化物は、出願人によって「天然の(または固有の)酸化物」と記載されているが、これは、金属被覆の表面に生じる最初の(第1の)酸化物であり、その化学組成は、金属被覆の組成に本質的に依存するためである。
【0081】
図2(b)のグラフは、出願人の(複数の)金属被覆ラインの1つであって、製造ループに水焼き入れ工程があり、焼き入れ水のpHおよび温度を制御しているラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、硝酸の添加によりpH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(b)は、水焼き入れにより、ごく少量の天然の酸化物が除去されたことを示す。しかしながら、Caの存在により、天然の酸化物は全て除去されなかったことが示唆される。さらに、下側のAl-Zn-Si-Mg合金被覆の腐食はなかった。意義深いことに、図2(b)はまた、特定の水焼き入れ条件下では、部分的な天然の酸化層を維持することが可能であったことも示している。
【0082】
図2(c)のグラフは、出願人の別の金属被覆ラインであって、同様に製造ループに水焼き入れ工程があるラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、pH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(c)は、この水焼き入れの条件が天然の酸化層の部分的な除去を生じたこと、そしてCaが図2(a)および図2(b)より低いレベルで検知されたことを示す。おそらく、その後の焼き入れ処理中に、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の表面にいくらかの新しい酸化物が生じた。しかしながら、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の下側の構造に、腐食の攻撃(corrosion attack)はなかった。
【0083】
図2(d)のグラフは、出願人のさらに別の金属被覆ラインであって、同様に製造ループに水焼き入れ工程があるラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、pH9を超えるように制御され、温度は、50℃を超えるように制御された。図2(d)は、この水焼き入れの条件が、天然の酸化層の完全な除去と、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の下側の構造への明らかな腐食の攻撃とをもたらしたことを示す。金属被覆の表面に生じた新しい酸化層は、層中の酸化亜鉛(腐食生成物)の実質的な存在と、より大きな層の厚さによって特徴付けられた。このことは、不十分な不動態化という結果をもたらした。
【0084】
図2(a)?図2(d)を参照して説明された研究開発活動は、金属合金被覆の下側の構造の完全性を維持できる水焼き入れ条件であれば、金属合金被覆の十分な不動態化という結果を達成することができ、その一方で、金属被覆の下側の構造に対する腐食の攻撃を引き起こす水焼き入れ条件であれば、金属合金被覆を適切に不動態化する能力を害することを示す。」
「【図2-1】

【図2-2】

【図2-3】

【図2-4】



イ 申立理由1(サポート要件)について
(ア)サポート要件を検討する観点について
特許法第36条第6項第1号に規定されるサポート要件適合性については、「特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)第10042号)と解される。
そこで、以下検討する。

(イ)本件特許における発明が解決しようとする課題について
上記アの【0012】から、本件特許の解決すべき課題は、被覆ストリップを金属被覆ラインの溶融金属浴から取り出した後にストリップ上の金属合金被覆を冷却するのに使用される焼き入れ水にAl-Zn-Si-Mg合金被覆が溶解することで、耐食性を有する天然の酸化層が被覆の露出面から除去されて欠陥を引き起こす腐食が起こり、その欠陥が不動態化溶液による被覆ストリップの不動態化の有効性に悪影響を及ぼす、ということを解決するAl-Zn-Si-Mg合金被覆を形成する方法を提供することであると認められる。

(ウ)発明の詳細な説明に記載された発明について
a 上記アの【0022】から、上記課題を解決するためには、「冷却水のpHの制御、温度の制御、特定の化学組成の1つ以上」により、「金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小に」する必要があることが理解できる

b さらに、同【0023】、【0027】、【0036】から、上記(ウ)に関し、冷却水をpH5?9の範囲に制御することを含んでもよいこと、冷却水の温度を25?80℃の範囲に制御することを含んでもよいこと、冷却水に酸を添加することによりpHを制御して特定の化学組成を制御してもよいことが記載されているといえる。

c また、同【0067】、【0080】から、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の露出面が酸化して、被覆の露出面に固有の酸化層が生じること、その酸化層は、主に酸化アルミニウムと酸化マグネシウムから成り、さらにドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因した少量の酸化カルシウムが存在することが理解できる。

d そして、同【0081】?【0084】から、酸の添加によるpHの制御と、温度の制御をした水焼き入れによって、天然の酸化層にCaを存在させることにより、天然の酸化物が全て除去されず、金属合金被覆の十分な不動態化を達成できることが理解できる。

e 上記a?dから、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が上記(イ)で示した当該発明の課題を解決できると認識し得るものは、鋼ストリップの露出面にAl-Zn-Si-Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程であって、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の露出面が酸化して、被覆の露出面に酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、及び溶融被覆浴へ添加されたCaに起因した酸化カルシウムを含む固有の酸化層を形成する工程、および、前記酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを、酸を添加してpH5?9の範囲にし、温度が25?80℃の範囲に制御された冷却水で冷却する冷却工程を含む、金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であると認められる。

(エ)本件発明と発明の詳細な説明に記載された発明との対比
「金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法」の発明である本件発明1?9、11は、上記(ウ)eで示した上記(イ)の課題を解決することができる発明の構成を全て含むから、本件発明1?9、11は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲に含まれると認められる。
したがって、本件発明1?9、11は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではない。

(オ)申立人の主張について
a まず、特許異議申立書(第12?13頁)の(4)イ(ア)の申立人の主張を検討すると、当該主張は、訂正前の請求項1に係る発明について、金属合金被覆及びめっき浴にCaを含んでいないにもかかわらず、酸化カルシウムを固有酸化物中に含有する根拠が不明であり、当業者が発明の詳細な説明から理解できるものではないとするものであるが、本件訂正請求により、「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」が特定されたから、酸化カルシウムを固有酸化物中に含有する根拠は特定されている。また、金属合金被覆がCaを含むことを特定する必要がないことは、既に上記(1)ア(ウ)で示したとおりである。

b 次に、特許異議申立書(第13?14頁)の(4)イ(イ)の申立人の主張を検討すると、当該主張は、訂正前の請求項1に係る発明について、どのようにpHや化学成分が制御されているのか不明であり、当業者が発明の詳細な説明から把握できないとするものであるが、本件訂正請求により、「冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御」することが特定されたから、申立人が不明であるとする点は明確となっているといえる。

c よって、申立人の主張は採用できない。

(カ)小括
よって、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。

ウ 申立理由3(実施可能要件)について
(ア)実施可能要件を検討する観点について
本件発明1?9、11は、「金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法」の発明であって、物を生産する方法の発明に該当するが、物を生産する方法の発明における発明の実施とは、その方法を使用する行為、及びその方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第2号及び第3号)、物を生産する方法の発明について、特許法第36条第4項第1号が定める実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明が、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その方法を使用し、その方法により生産した物を使用することができる程度にその発明が記載されたものでなければならないと解される。そして、物を生産する方法の発明については、その方法を使用することができるためには、当業者がその方法により物を生産できなければならないから、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を生産できるように、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物が記載される必要がある。
よって、この観点に立って、本件発明1?9、11の実施可能要件について検討する。

(イ)本件発明1?9、11の実施可能要件についての検討
a 上記アの【0050】、【0065】から、Al-Zn-Si-Mg合金の被覆を形成する材料としては、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:Zn: 30?60%、Si: 0.3?3%、Mg: 0.3?10%、残部 Alおよび不可避不純物で含んでもよいといえる。

b また、同【0080】から、酸化カルシウムは、ドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因しているといえる。

c 上記a、bから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層が金属合金被覆上に形成されたAl-Zn-Si-Mg合金被覆の「原材料」が特定されていると認められる。

d 同【0065】?【0067】、【0080】から、熱処理したストリップは、溶融浴のドロス制御のためにCaを含んだAl-Zn-Si-Mg合金を含む溶融浴に入りそして通過して、Al-Zn-Si-Mg合金で被覆され、被覆浴を離れた後、被覆ストリップがガスワイピングステーションを通って移動するときに、Al-Zn-Si-Mg合金被覆の露出面が酸化して、被覆の露出面に酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有の酸化層が生じることが認められる。

e 同【0068】から、前記固有の酸化層を有する前記被覆ストリップは冷却区画を通過して、水焼き入れ工程により強制冷却されると認められる。

f 同【0023】、【0027】、【0036】から、上記eの被覆ストリップを冷却する工程は、冷却水をpH5?9の範囲に制御することを含んでもよいこと、冷却水の温度を25?80℃の範囲に制御することを含んでもよいこと、冷却水に酸を添加することによりpHを制御して特定の化学組成を制御してもよいといえる。

g また、同【0024】?【0026】、【0028】?【0031】、【0035】、【0044】から、上記eのストリップを冷却する工程は、前記冷却水のpHを8未満、7未満、または6を超えるように制御してもよく、前記冷却水の温度を70℃未満、60℃未満、55℃未満、50℃未満、または40℃を超えるように制御してもよく、また、前記被覆ストリップを30?50℃の温度範囲に冷却するように、操作条件を制御することを含んでもよいといえる。

h 同【0071】から、冷却された被覆ストリップは、被覆ストリップの表面を調整するロール区画を通過すると認められる。

i 同【0072】から、調整されたストリップは、不動態化区画を通過して不動態化溶液で覆われて、湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与されると認められる。

j 上記d?iから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、金属合金被覆鋼ストリップを形成するための「処理工程」が記載されていると認められる。

k また、同【0081】、【0082】、【0084】から、上記d?iの「処理工程」で形成された「金属合金被覆鋼ストリップ」は、水焼き入れを行っても十分な不動態化という結果が得られていると認められる。

l 上記kから、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1?9、11によって生産された「生産物」についても記載されていると認められる。

m 上記a?lより、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1?9、11について、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物が明確かつ十分に特定されているといえるから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1?9、11の方法を使用することができるように記載されたものと認められる。

n また、同【0006】にも記載のように、「金属合金被覆鋼ストリップ」が、建材等に使用可能であることは技術常識であるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明が、本件発明1?9、11の方法で生産された「金属合金被覆鋼ストリップ」を当業者が使用することができる程度に記載されたものであることは明らかである。

o したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1?9、11を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

(ウ)申立人の主張について
特許異議申立書(第14頁)の(4)ウ(ア)の申立人の主張を検討すると、当該主張は、訂正前の請求項1に係る発明について、金属合金被覆の組成中およびめっき浴に含まれないCaの酸化物である酸化カルシウムを、固有酸化物中に含有する根拠が不明であり、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえないとするものであるが、本件訂正請求により、「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」が特定されたから、酸化カルシウムを固有酸化物中に含有する根拠は特定されている。また、金属合金被覆がCaを含むことを特定する必要がないことは、既に上記(1)ア(ウ)で示したとおりである。
よって、申立人の主張は採用できない。

(エ)小括
よって、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。

(3)申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)について
ア 甲1について
(ア)甲1の記載
甲1には、「溶融Mg-Al系合金めっき鋼材」(発明の名称)の製造方法に関して以下の記載がある。

「【請求項1】
Alが、15原子%以上、95原子%以下で残部がMgと不可避不純物から構成されるめっき層を有する溶融Mg-Al系合金めっき鋼材。」
「【請求項10】
請求項1?9のいずれかに記載のめっき層に、Znが0.1原子%以上、20原子%以下含有されることを特徴とする溶融Mg-Al系合金めっき鋼材。
【請求項11】
請求項1?10のいずれかに記載のめっき層に、Ca及びSiの1種又は2種がその合計で、0.1原子%以上、12原子%以下含有されることを特徴とする溶融Mg-Al系合金めっき鋼材。」
「【0012】
本発明が解消しようとする課題は、Zn系めっきの持つ資源枯渇や価格高騰の問題やAl系めっきの持つ高温プロセス操業によるエネルギーコスト問題やポットの消耗等の短所を克服でき、且つ従来のZn系、Al系めっき同等以上の性能を有するめっきを開発することであり、本発明者らは、この課題解決を目的として、Mgを母相とするめっきである、Mg-Al系めっきについて検討した。」
「【0016】
そこで、本発明は上述のMgに関する問題点を解決し、溶融Zn系めっき鋼材と同等以上の特性を有し、現状のプロセスで製造可能な溶融Mg系合金めっき鋼材及びその製造方法の提供を目的とするものである。」
「【0018】
Alを高濃度に添加したMg-Al系合金めっき浴においても、ある特定の組成範囲においては、溶融めっき浴の融点をMgの引火点以下にすることができ、かつ、めっき浴の粘性、ドロス発生量がともに低下するため、溶融めっき鋼材の製造が可能であることを見出した。引火点は、Alをより高濃度に含有すること、もしくは、Zn、Ca、Si等の元素添加で、さらなる抑制も可能であることも見出した。」
「【発明の効果】
【0023】
本発明の溶融Mg-Al系めっき鋼材は、通常の溶融めっきプロセスで製造可能であるため、汎用性、経済性に優れる。Mg-Al系めっき鋼材は、建材分野で使用されるAl系めっきよりも犠牲防食能に優れるため、犠牲防食能が問題となって、Al系めっきが使用できなかった分野においても広く利用可能である。また、従来のAl系めっきのように、高温度プロセスではないため、廉価で高性能の表面処理鋼材を供給することが可能である。また、希少金属の使用量を極力少なくできるため、Znを含む希少資源の節約利用等にもつながる。また,広く利用されているZn系めっきよりも耐食性が良好なため、めっき鋼材の高寿命化、メンテナンス労力の低減をもって産業の発達に寄与することができる。」
「【0036】
また、Caの添加は、Mg-AlのMgの優先酸化を防止するのにも効果がある。すなわち、Caは、Mgよりも酸素と結合しやすいため、めっき浴中にCaが含まれる場合は、Mgに先立ってCaが酸化される。Caの酸化速度はMgの酸化速度に比べて遅いので、浴の長時間の安定化(脱Mgの防止)においても添加されることが好ましい。Mgを含有するめっきを大気雰囲気等で製造する際には、Caの含有が非常に重要な役割をする。すなわち、Caが含有されることで、大気中でのMg-Alめっきの作製を安定操業することが可能となる。
【0037】
しかしながら、浴の成分によっては過度のCaの添加(例えばCa添加が7%付近)は発泡が起こり、浴の粘性も上がって不安定となる場合があるので注意を要する。この点からも成分系を選ばずに添加でき、めっき製造が容易となるCaの最適な濃度は5%までといえる。但し、発泡が起こる組成範囲であっても、発泡する温度域は融点直上でめっき浴が半溶融状態のときに起こる現象であるから、融点よりも浴温を50?200℃高く保持し、めっき操業すれば、発泡を避けることが可能であることを見出した。 また、この発泡を成分調整により回避することも可能である。」
「【0051】
Mg-Al系めっきの耐食性においては、Mg濃度が高いほど、犠牲防食能に優れ、Al濃度が高いほど、平面耐食性に優れる。犠牲防食能、平面耐食性がともに良い組成は、Mg濃度が40%付近である。Mg濃度が40%付近の高耐食性、高犠牲防食能は、電気化学測定で確認できる。Al濃度が高くなると、不動態領域が現れる。Al濃度が多いほど、この不動態領域電位幅が広くなるが、腐食電位は貴となっていく。」
「【実施例2】
【0083】
表2に示す組成のめっき浴を作製し、板厚0.8mmの冷延鋼板を基材として、表面処理鋼材を作製した。
【0084】
まず、Mg、Al及びその他必要な成分元素を所定の組成に調整した後、高周波誘導炉を使用してAr雰囲気で溶解し、Mg-Al系合金インゴットを得た。作製したインゴットより、切粉を採取して酸溶解した溶液をICP(誘導結合プラズマ発光)分光分析により定量し、作製した合金が、表1に示す組成に、一致することを確認した。この合金をめっき浴として使用した。めっき層のめっき成分も表2に示す組成に、ほぼ一致した。Fe濃度は場所によって濃度差があるが、作製しためっき鋼板のFe濃度は、めっき層全体で2mass%以下となった。」
【0085】
冷延鋼板(板厚0.8mm) は、10cm×10cmに切断した後に、自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっきした。
【0086】
めっき浴の浴温は表2に示す温度とした。エアワイピングで目付け量を調節した。その後、冷却のため、水冷を施した。」
「【0091】
【表2】



(イ)甲1に記載された発明
a 上記(ア)で摘示した事項から、実施例2のNo.34に関して、以下のことが記載されていると認められる。

(a)【0085】から、めっき鋼板を作製している。

(b)【0083】、【0084】から、めっき浴の組成は、Mgが70at%、Alが20at%、Znが8at%、Caが1at%、Siが1at%であり、めっき層の組成もほぼ一致している。

(c)【0085】から、冷延鋼板を自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっきしている。

(d)【0086】から、エアワイピングで目付量を調整している。

(e)【0086】から、エアワイピングの後に、めっき鋼板の冷却のため、水冷を施している。

b 請求項1、10、11の記載を考慮すると、めっき層及びめっき浴の成分は、上記(b)で示した金属以外は不可避不純物であると認められる。

c そうすると、甲1には、実施例2のNo.34に着目すると、以下の甲1発明が記載されていると認められる。

<甲1発明>
「Mg、Al、Zn、Ca、Siと不可避不純物からなるめっき層を、冷延鋼板上に備えためっき鋼板を作製する方法であって、
前記めっき層は、Mgが70at%、Alが20at%、Znが8at%、Caが1at%、Siが1at%とほぼ一致し、残部が不可避不純物から構成され、
冷延鋼板を、Mgが70at%、Alが20at%、Znが8at%、Caが1at%、Siが1at%であるめっき浴を備える自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっきした後に、エアワイピングで目付量を調整する工程、及び
エアワイピングの後に、めっき鋼板の冷却のため、水冷を施す工程、
を含む方法。」

イ 甲2について
(ア)甲2の記載
甲2には、「耐黒変性に優れた溶融めっき鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して以下の記載がある。

「2.特許請求の範囲
(1)鋼板に亜鉛系または亜鉛-アルミニウム系合金の溶融めっきを施した後、めっき付着量を調整し、その後めっき層が100℃以上にあるうちに、またはめっき層を100℃以上に加熱してめっき層表面に水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させることにより、めっき層表面に金属酸化物またはシリカあるいは両者の混合物の皮膜を形成することを特徴とする耐黒変性に優れた溶融めっき鋼板の製造方法。」(第1頁左下欄第4?14行)
「(4)亜鉛-アルミニウム系合金の溶融めっき鋼板として、Al 4?53%、Mg 0?0.50%、Si 0?10%、Pb 0.002?0.30%、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴で溶融めっきを施すことを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の耐黒変性に優れた溶融めっき鋼板の製造方法。
(5)鋼板に亜鉛系または亜鉛-アルミニウム系合金の溶融めっきを施した後、めっき付着量を調整し、その後めっき層が100℃以上にあるうちに、またはめっき層を100℃以上に加熱してめっき層表面に水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させることにより、めっき層表面に金属酸化物またはシリカあるいは両者の混合物の皮膜を形成し、しかる後にクロメート処理液で処理して前記皮膜上にクロメート皮膜を形成することを特徴とする耐黒変性に優れた溶融めっき鋼板の製造方法。」(第1頁右下欄第4行?第2頁左上欄第1行)
「(発明が解決しようとする問題点)
しかしながら、このようにスパングルをミニマイズド化したものやスパングルがレギュラースパングルのものでもMgなどの元素を添加しためつき浴や亜鉛-アルミニウム系合金めっき浴でめっきしたものに機械的処理加工を施して、耐食性や塗膜密着性改善のためにクロメート処理を施すと、通常の保管状態でも数箇月という比較的短期間に表面が灰黒色(以下黒変という)に変色し、銀白色の外観が失われてしまうという問題があった。」(第2頁左下欄第10行)
「(問題点を解決するための手段)
そこで、本発明者らは、上記のような欠点のない黒変防止方法として、水性の金属酸化物ゾル(ヒドロゾル)やシリカゾルを水の沸点以上にあるめっき層に吹付けて水を鋼板熱により蒸発させ、めっき層表面に金属やSiの酸化物皮膜を形成する方法を試みたのである。」(第3頁左上欄第12?18行)
「これらのゾルの塩濃度や温度などは、とくに限定はないが、濃度は、金属酸化物またはシリカとして、0.1?25%になるよう調整するのが好ましい。これは、金属酸化物やシリカの濃度が0.1%未満であると、めっき層表面に形成される金属やSiの酸化物量が少ないため、黒変防止効果が小さく、かつ未凝固めっき層に吹付けてスパングルをミニマイズド化する場合均一にミニマイズド化できず、25%より高くしても、黒変防止効果が飽和してしまうためである。
ゾルのpHは、5?7にする必要がある。これは、pHが低すぎたり、高すぎたりすると、めっき層が高温のため、めっき層と瞬時に反応して、エッチングやミクロ的腐食を起こし、変色はもとより腐食の起点となってしまうからである。」(第3頁左下欄第9行?同頁右下欄第3行)
「本発明の場合に形成される酸化物は、酸素との化合物であるので、化学的に安定し、バリヤーとなって長期間めっき層を保護し、ZnOを主体とする黒変皮膜の生成、成長を抑制する。また、この酸化物皮膜は、めっき層表層に溶着もしくは強固に付着しているので、レベラーやスキンパスなどの機械的処理加工やクロム酸処理を施しても、容易に除去されたり、溶解されたりせず、この点も従系の前記特開昭59-177381号公報の方法のものと著しく異なる。」(第4頁左上欄第7?17行)
「本発明では、以上のようにしてゾルを吹着けて、金属やSiの酸化物皮膜を形成した後、さらにクロメート処理を施し、クロメート皮膜を形成する、クロメート処理を施すのは、前記のような酸化物皮膜を形成しただけでも黒変防止も含めて長期間耐食性を発揮するが、さらに耐食性を向上させるとともに、塗膜密着性をも付与するためである。」(第4頁右上欄第4?10行)
「実施例1
重量%で、Al 0.17%、Pb 0.30%、Fe 0.03%、残部Znおよび不可避的不純物からなるめっき浴で鋼板を溶融めっきした後、気体絞り法によりめっき付着量を200?250g/m^(2)に調整し、第1表に示す水性酸化物ゾルを2?3Kg/cm^(2)の圧縮空気で霧化して吹付け、溶融亜鉛めっき鋼板を製造した。」(第4頁左下欄第13?20行)
「(発明の効果)
以上のごとく、本発明法によれば、溶融めっき鋼板製造の際にスパングルをミニマイズド化しても、またMgなどの元素を添加した亜鉛系めっき浴や亜鉛-アルミニウム系合金めっき浴でめっきしても黒変を減少させることができる。」(第6頁左下欄第1?6行)

(イ)甲2発明
a 上記(ア)で摘示した事項から、以下のことが記載されていると認められる。

(a)請求項4の記載から、溶融めっき鋼板を製造するために、Al 4?53%、Mg 0?0.50%、Si 0?10%、Pb 0.002?0.30%、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴で溶融めっきを施している。

(b)第3頁左下欄第9行から、ゾルのpHは5?7に制御されている。

(c)第4頁左上欄第11?14行から、レベラーやスキンバスなどの機械的処理加工やクロム酸処理を施す工程を含んでいる。

(d)第4頁右上欄第7?10行から、クロメート処理を施すのは、耐食性を向上させるとともに、塗膜密着性を付与するためである。

(e)第4頁左下欄第14行から、上記(a)の成分組成は「重量%」である。

b そして、上記a(a)?(e)を踏まえて甲2の請求項5に係る発明に着目すると、甲2には、以下の甲2発明が記載されていると認められる。

<甲2発明>
「溶融めっき鋼板を形成するために、鋼板に重量%でAl 4?53%、Mg 0?0.50%、Si 0?10%、Pb 0.002?0.30%、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴で溶融めっきを施した後、めっき付着量を調整し、
その後めっき層が100℃以上にあるうちに、またはめっき層を100℃以上に加熱してめっき層表面にpHが5?7に制御された水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させることにより、めっき層表面に金属酸化物またはシリカあるいは両者の混合物の皮膜を形成し、
しかる後にレベラーやスキンパスなどの機械的処理加工、及び耐食性を向上させるとともに、塗膜密着性を付与するためにクロメート処理液で処理して前記皮膜上にクロメート皮膜を形成する耐黒変性に優れた溶融めっき鋼板の製造方法。」

ウ 甲3について
(ア)甲3の記載
甲3には、「耐食性および塗装性に優れた溶融合金めっき鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して以下の記載がある。

「2.特許請求の範囲
(1)鋼板を前処理した後合金めっき浴に浸漬してめっきし、その後付着量の制御を行う溶融合金めっき鋼板の製造方法において、前記合金めっき浴としてAl:3?40%、Mg:0.05?2.0%、Si:Al%の0.005?0.1倍、Pb:0.02%以下、残部Znおよび不可避的不純物よりなる浴を用い、浴温480?680Cでめっきすることを特徴とする耐食性および塗装性に優れた溶融合金めっき鋼板の製造方法。
(2) 付着量を30g/m^(2)以下に制御することを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の溶融合金めっき鋼板の製造方法。
(3)付着量の制御後めっき層が未凝固時に水または水溶液の水滴をめっき層に噴震して急速凝固させることを特徴とする特許請求の範囲第1項または第2項に記載の溶融合金めっき鋼板の製造方法。」
「本発明者らはAlめっき鋼板の高耐食性とZn-Al系合金めっき鋼板の加工性および犠性防食性を兼備え、かつ孔食や塗膜フクレのない溶融めっき鋼板を開発すべく種々検討を重ねた結果、Zn-Al-Si合金にMgを所定量添加し、またこれとともにPb量を一定以下にすると耐食性3?5倍向上し、孔食や塗膜フクレ発生にも著しい差があり、薄目付でも高度の耐食性、加工性および塗装性に優れた溶融めっき鋼板が得られることが見出された。」(第2頁右下欄第7?15行)
「(1) アルミニウム
Alは耐食性が優れ、Znに比べて電気化学的には卑な金属であるが、活性であるため大気中の酸素や水分、あるいは酸化性雰囲気中におかれると容易に酸化され、表面に酸化物を形成する。」(第3頁左上欄第6?10行)
「(4)鉛
PbはZn地金中に不可避的不純物として一般に含有されており、電解法により製造した電気亜鉛地金でも0.003%未満含有されており、蒸留法により製造した蒸留亜鉛地金に至っては1%前後含有されている場合がある。そしてこのPbはZnやAl中には固溶せずめっき層の凝固の際粒界や相界に濃化し、局部電池を形成し粒界や相界に沿った局部腐食または部分腐食を起させる。
このPbの腐食作用をZn-Al-Si-Mg浴において検討した結果、Pb量が0.02%を超えるとMgを添加しても減少させることができず、とくに湿潤環境下では腐食が粒界に沿って著しく進行し、簡単な加工試験(2t折曲げ試験)でめっき層が部分はくりする場合があった。このためPb量は0.02%以下とした。」(第3頁左下欄第14行-同頁右下欄第10行)
「 なお本発明においてはめっき原板の鋼種、めっき工程における前処理、付着量調整および後処理についてとくに限定を要しない。すなわちめっき原板としてはリムド鋼、ギルド鋼、高張力鋼など従来一般に使用されているものを使用でき、また前処理もライン内焼鈍加熱還元方式、プレ焼鈍加熱還元方式など公知の方法で鋼板表面を清浄にし、板温を浴温前後に調整すればよい。付着量の調整は気体絞り法が品質上好ましいが、ロール絞り法でも実施可能である。さらに後処理も外観上スパングルの生成を好まない場合は水滴噴霧によるミニマイズド化、または加熱炉を通して加熱し、合金化処理を施してもよい。」(第3頁左下欄第15行?第14頁左上欄第7行)

(イ)甲3発明
a 上記(ア)で摘示した事項から、以下のことが記載されていると認められる。

(a)第3頁左上欄第6?10行から、めっき層のAlは大気中で酸化され、表面に酸化物を形成する。

(b)第4頁左上欄第2?4行から、付着量の調整方法としてはロール絞り法でも実施可能である。

(c)第3頁左下欄第15?16行から、Pbは不可避的不純物である。

(d)第3頁右下欄第4行から、合金浴はZn-Al-Si-Mg浴である。

b そして、上記a(a)?(d)を踏まえて甲3の請求項1、2を引用する請求項3に係る発明に着目すると、甲3には、以下の甲3発明が記載されていると認められる。

<甲3発明>
「(1)鋼板を前処理した後Zn-Al-Si-Mg浴である合金めっき浴に浸漬してめっきし、その後付着量の制御を行う溶融合金めっき鋼板の製造方法において、前記合金めっき浴としてAl:3?40%、Mg:0.05?2.0%、Si:Al%の0.005?0.1倍、Pb:0.02%以下、残部Znおよび不可避的不純物よりなる浴を用い、浴温480?680Cでめっきする耐食性および塗装性に優れた溶融合金めっき鋼板の製造方法であって、
付着量を30g/m^(2)以下にロール絞り法で制御し、
付着量の制御後めっき層が未凝固時に水または水溶液の水滴をめっき層に噴震して急速凝固させる溶融合金めっき鋼板の製造方法。」

エ 甲4の記載
甲4には、「ミニマムスパングル亜鉛メッキ鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して以下の記載がある。

「【請求項1】ポリリン酸、ポリリン酸ソーダ、ポリリン酸アンモニウム、リン酸、リン酸ソーダ、リン酸アンモニウムから選ばれる1または2以上を含有しPHを6?9に調整した水溶液を空気と混合して噴霧状態で、溶融亜鉛メッキした直後の亜鉛メッキ鋼板表面の溶融メッキ面に吹付けることを特徴とする、ミニマムスパングル亜鉛メッキ鋼板の製造方法」
「【0002】
【従来の技術】溶融状態の亜鉛メッキ面に対し、液状冷媒を噴霧状に吹きつけることにより、ミニマムスパングル亜鉛メッキ鋼板を製造する方法は従来から知られており、またミニマムスパングルを得るための液状冷媒としてリン酸ナトリウム、リン酸アンモニウム等の水溶液が知られている。」
「【0005】本発明は、Ca^(2+)イオンを多量含有する水道水や工業用水を用いた場合も、過剰な量の添加剤が不必要であり、かつ非水溶性のリン酸カルシウム等が配管やノズルに沈着する事がない、ミニマムスパングル亜鉛メッキ鋼板の製造方法の提供を課題としている。」
「【0012】表1で実施例1は0.1%のピロリン酸H_(4)P_(2)O_(7)を含有する常温の水溶液で、そのPHは7に調整されている。また実施例2は実施例1と同じ量のピロリン酸を含有する常温の水溶液であるが、そのPHは8に調整されている。一方比較例1は実施例1と同じ量のピロリン酸を含有するがそのPHは5に調整されている。また比較例2は実施例1と同じ量のピロリン酸を含有するがそのPHは10に調整されている。」
「【0014】
【表1】



オ 本件特許明細書の記載
本件特許明細書には以下の記載がある。

「【0022】
前記方法は、前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程を含んでもよく、前記溶融めっき工程の下流側の条件を制御する工程は、前記天然の酸化層が前記金属合金被覆上に少なくとも実質的にそのまま維持されるように、前記水冷工程を制御することを含んでもよい。出願人は、冷却水のpHの制御、温度の制御、特定の化学組成の1つ以上が、金属合金被覆ストリップ上の天然の酸化層の除去を最小にできることを見いだした。」
「【0075】
上述したように、出願人は研究開発活動において、金属合金被覆ストリップがガスワイピングステーションを通って移動するときに生じる天然の酸化層は、被覆ストリップを浴の下流側で処理するときに、下側の金属合金被覆層の腐食を防止する観点から重要である、ということを見いだした。
【0076】
特に、出願人は、不動態化溶液による不動態化に適した表面品質を有する金属合金被覆を維持するためには、天然の酸化層を少なくとも実質的にそのまま維持することが重要であることを見いだした。
【0077】
より詳細には、出願人は、天然の酸化層が全て除去されると、下流側の不動態化工程より前に金属合金被覆の腐食が引き起こされるおそれがあり、その腐食が、以下の表面欠陥、つまり隙間、ピット、黒点、ボイド、溝、および斑点のいずれか1つを含む、ということを見いだした。」
「【0080】
・・・酸化層は、主に酸化アルミニウムと酸化マグネシウムから成っていた。HDPSは、ガス冷却を備えているが水焼き入れを備えておらず、よってこの酸化層は、高温時(at elevated temperatures)に溶融被覆の表面に生じる酸化物の代表である。酸化層の1つの特性は、ドロス制御のための溶融被覆浴への低レベルのCa添加に起因した少量の酸化カルシウム(?2at%(原子濃度)Ca)の存在である。酸化物は、出願人によって「天然の(または固有の)酸化物」と記載されているが、これは、金属被覆の表面に生じる最初の(第1の)酸化物であり、その化学組成は、金属被覆の組成に本質的に依存するためである。
【0081】
図2(b)のグラフは、出願人の(複数の)金属被覆ラインの1つであって、製造ループに水焼き入れ工程があり、焼き入れ水のpHおよび温度を制御しているラインで製造したAl-Zn-Si-Mg合金被覆鋼パネルの表面のXPS深さプロファイルである。pHは、硝酸の添加によりpH5?8となるように制御され、温度は、35?55℃となるように制御された。図2(b)は、水焼き入れにより、ごく少量の天然の酸化物が除去されたことを示す。しかしながら、Caの存在により、天然の酸化物は全て除去されなかったことが示唆される。さらに、下側のAl-Zn-Si-Mg合金被覆の腐食はなかった。意義深いことに、図2(b)はまた、特定の水焼き入れ条件下では、部分的な天然の酸化層を維持することが可能であったことも示している。」

カ 甲1に記載された発明を主引例とした場合
(ア)本件発明1と甲1発明との対比
a 本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「めっき鋼板」は本件発明1の「金属合金被覆鋼ストリップ」に相当する。同様に、「冷延鋼板」は「鋼ストリップ」に、「めっき層」は「合金被覆」に、「Mgが70at%、Alが20at%、Znが8at%、Caが1at%、Siが1at%であるめっき浴」は「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」に、「冷延鋼板」を「自社製のバッチ式の溶融めっき試験装置でめっき」する工程は「合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面に」「金属合金被覆を形成する溶融めっき工程」に、「めっき鋼板の冷却のため、水冷を施す行程」は「前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程」に相当する。

b また、甲1発明の「at%」で表された値を、Mgの原子量を24.3、Alの原子量を27.0、Znの原子量を65.4、Caの原子量を40.1、Siの原子量を28.1として重量%で表すと、Mgは、24.3×0.70/(24.3×0.70+27.0×0.20+65.4×0.08+40.1×0.01+28.1×0.01)×100=約60%、同様の計算により、Alは約19%、Znは約18%、Caは約1.4%、Siは約1.0%となる。

c そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の一致点、相違点を有する。

<一致点1>
「金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上に被覆を形成する方法であって、
前記合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を含み、
(a)鋼ストリップを、カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程;および
(b)前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程、
を含む方法。」

<相違点1-1>
本件発明1では、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」であって、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:」「Zn: 30?60%」、「Si: 0.3?3%」、「Mg: 0.3?10%」、「残部 Alおよび不可避不純物」を含むのに対し、甲1発明では、「Al」、「Zn」、「Si」、「Ca」および「Mg」を含む「めっき層」であって、前記「めっき層」は、「Al」、「Zn」、「Si」、「Ca」および「Mg」の元素を、重量%で以下の値:Zn: 約18%、Si: 約1.0%、Mg: 約60%、Ca: 約1.4%、Al: 約19%、残部 不可避不純物とほぼ一致する組成で含む点。

<相違点1-2>
本件発明1では、「溶融めっき工程」が「前記金属合金被覆鋼ストリップを前記金属被覆浴から取り出した後に、前記金属合金被覆の露出面が酸化し、前記金属合金被覆鋼ストリップの前記金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む」のに対し、甲1発明では、「エアワイピングで目付量を調整する工程」にて酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成しているのか不明である点。

<相違点1-3>
本件発明1では、「前記固有酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する」のに対し、甲1発明では、「冷却のため、水冷を施す」「めっき鋼板」が固有酸化層を有しているのか不明である点。

<相違点1-4>
本件発明1では、「(c)前記冷却された前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程」を含むのに対し、甲1発明では、そのような工程を含むことが特定されていない点。

<相違点1-5>
本件発明1では、「(d)湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与するために、不動態化区画において前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって、前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程を含むのに対し、甲1発明では、そのような工程を含むことが特定されていない点。

<相違点1-6>
本件発明1では、「前記方法は、前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む」のに対し、甲1発明では、「冷却のため、水冷を施す」際に、冷却水のpHや温度を制御することは特定されていない点。

(イ)相違点1-6についての検討
事案に鑑み、相違点1-6から検討する。

a 実質的な相違点であるか否かについて
(a)甲1には、「冷却のため、水冷を施す」際に、酸を添加することは記載されていない。また、甲1発明において、めっき層を形成した後の冷却工程において、冷却水に酸を添加してpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃にすることが当然行われていたと判断できる証拠もない。

(b)したがって、相違点1-6は実質的な相違点である。

b 容易想到性について
(a)上記エの【0022】から、「天然の酸化層」(固有酸化層)が実質的にそのまま維持されるようにするためには、本件発明1における「ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御する」構成が必要であることが理解できる。

(b)また、上記エの【0075】?【0077】から、本件発明1における「前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように」する構成によって、「不動態化工程」により「金属合金被覆層」が腐食されることを防止する、という効果が奏されることを理解できる。

(c)一方、甲1及び甲2?甲4には、ストリップを冷却する工程において、溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に固有酸化層が金属合金被覆上にそのまま維持されるように、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することは記載されていない。

(d)なお、甲4(【0011】?【0014】)には、ミニマムスパングル亜鉛メッキ鋼板を製造する際に、ピロリン酸を添加することでPHを7または8に調整した常温の水溶液の実施例1、2が記載されているが、PHの調整は、Ca^(2+)を多量含有する水道水や工業用水を用いた場合も、過剰な量の添加剤が不必要であり、かつ非水溶性のリン酸カルシウム等が配管やノズルに沈着することがないようにするために行っているものであり(【0005】)、不動態化工程による金属合金被覆層の腐食を防止することを目的としたものではないし、上記水溶液を甲1発明の冷却に使用する冷却水として適用する動機付けもない。

(e)そして、甲1及び甲2?4には、金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程における冷却水を調整することによって不動態化工程における金属合金被覆の腐食を防止するという課題も、冷却水の調整によって固有酸化層が金属合金被覆上にそのまま維持されることによって、不動態化工程により金属合金被覆層が腐食されることを防止するという効果に関する記載もない。

(f)また、甲1の【0023】から、甲1発明は、通常の溶融めっきプロセスで製造可能であり、Al系メッキよりも犠牲防食能に優れ、高温度プロセスを使用せず、Znを含む希少資源の節約利用等につながり、めっき鋼材の高寿命化、メンテナンス労力の低減といった効果を奏するものであると認められるが、「ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御する」ことによって、溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に固有酸化層が金属合金被覆上にそのまま維持されるようにし、その結果不動態化工程により金属合金被覆層が腐食されることを防止する、という効果は、固有酸化層をそのまま維持するように冷却水を制御することについて記載していない甲1や甲2?4から当業者が予測し得ない顕著なものである。

(g)そうすると、甲1発明において、めっきした後に、エアワイピングで目付量を調整する工程の次の工程と不動態化工程の間に固有酸化層がめっき層上にそのまま維持されるように、「めっき鋼板の冷却のため、水冷を施す工程」において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

c 申立人の主張について
(a)申立人は、特許異議申立書(第17頁第1?3行)において、「なお、甲第1号証には、溶融めっき後水冷を実施しており(段落【0075】、【0086】、冷却水の温度及びpHについて明記はないものの、通常の水を使用した場合、常温(25℃)、pH7程度のものを用いたと考えるのが妥当である。」と主張している。

(b)また、申立人は、特許異議申立書(第17頁第5?8行)において、「加えて、「金属合金被覆上に固有酸化層を形成(維持)している」ことは明らかである。このことは、甲第1号証には、Caの添加理由としてMg-Alの優先酸化を抑制する旨の記載(段落【0036】)があり、めっき層が酸化されることを前提にしていることからも推測できる。」と主張している。

(c)まず、上記(a)の主張について検討すると、甲1には、酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御することや温度を制御することについて記載されていない。また、通常の水が25℃であると判断できる証拠もない。なお、通常の水が水道水であるとすると、地域や季節によっても変化し得るものであり、温度が25?80℃に制御されているとはいえない。
よって、(a)の主張は採用できない。

(d)次に、上記(b)の主張について検討すると、甲1の【0036】の記載は、「浴」における酸化についての記載であって、めっき層についての酸化に関する記載ではない。なお、甲1発明において、仮にエアワイピングによって固有酸化層が形成されたとしても、甲1には、エアワイピングで目付量を調整する工程の次の工程と不動態化工程の間に当該固有酸化層がめっき層上にそのまま維持されるようにすることについて記載されておらず、甲1の記載からは、めっき層上に固有酸化層を維持していることが明らかであるとはいえない。
よって、(b)の主張も採用できない。

(ウ)本件発明2?9、11と甲1発明との対比
a 本件発明2?9、11と甲1発明とを対比すると、本件発明2?9、11は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、少なくとも上記相違点1-1?1-6で相違し、相違点1-6についての判断は上記(イ)で示したとおりである。

b そうすると、本件発明2?8と甲1発明とは実質的に相違するものであり、本件発明2?9、11は、当該相違点1-6に係る構成を備える点で、甲1発明及び甲2?4に記載された発明に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ)小括
上記(イ)(ウ)で示したように、本件発明1?8は甲1発明であるとはいえず、また、上記相違点1-6に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1?9、11は、甲1に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
したがって、本件発明1?8は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、本件発明1?9、11は、甲1に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、甲1に記載された発明を主引例とした申立理由4、5によっては取り消すことはできない。

キ 甲2に記載された発明を主引例とした場合
(ア)本件発明1と甲2発明との対比
a 本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「溶融めっき鋼板」は本件発明1の「金属合金被覆鋼ストリップ」に相当する。同様に、「鋼板」は「鋼ストリップ」に、「めっき層」は「合金被覆」に、「めっき浴」は「合金浴」に、「めっき浴で溶融めっきを施」す工程は「合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面に」「金属合金被覆を形成する溶融めっき工程」に、「しかる後にレベラーやスキンパスなどの機械的処理加工」を行う工程は、「前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程」に、「クロメート処理液で処理して前記皮膜上にクロメート皮膜を形成する」工程は「前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって」、「不動態化区画において前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程」に相当する。

b また、甲2発明では、「水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させる」ことで、「溶融めっき鋼板」は冷却されると認められるから、甲2発明の「水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させる」工程は、本件発明1の「前記金属合金被覆ストリップを」「冷却する工程」に相当する。

c さらに、甲2発明の「pH」を「5?7に制御」することは、本件発明1の「前記ストリップを冷却する工程において、」「pHを5?9に制御」することに相当する。

d そうすると、本件発明1と甲2発明とは、以下の一致点、相違点を有する。

<一致点2>
「金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上に合金被覆を形成する方法であって、
(a)鋼ストリップを、合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面に金属合金被覆を形成する溶融めっき工程;および
(b)前記金属合金被覆ストリップを冷却する工程、
(c)前記冷却された前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程、
(d)不動態化区画において前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって、前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程、
を含み、
前記方法は、前記ストリップを冷却する工程において、冷却液のpHを5?9に制御することを含む、方法。」

<相違点2-1>
本件発明1では、「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」であって、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:」「Zn: 30?60%」、「Si: 0.3?3%」、「Mg: 0.3?10%」、「残部 Alおよび不可避不純物」を含むのに対し、甲2発明では、「重量%でAl 4?53%、Mg 0?0.50%、Si 0?10%、Pb 0.002?0.30%、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴」で「めっき層」を形成しているものの、前記「めっき層」の成分組成は不明である点。

<相違点2-2>
本件発明1では、「合金浴」が「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」であるのに対し、甲2発明では、「重量%でAl 4?53%、Mg 0?0.50%、Si 0?10%、Pb 0.002?0.30%、残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき浴」である点。

<相違点2-3>
本件発明1では、「前記金属合金被覆鋼ストリップを前記金属被覆浴から取り出した後に、前記金属合金被覆の露出面が酸化し、前記金属合金被覆鋼ストリップの前記金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む」のに対し、甲2発明では、前記「溶融合金めっき鋼板」を前記「めっき浴」から取り出した後に「めっき層」の露出面が酸化して固有酸化層が形成されるのか不明であり、また、「水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させることにより、めっき層表面に金属酸化物またはシリカあるいは両者の混合物の皮膜を形成し」ており、形成される酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層ではない点。

<相違点2-4>
本件発明では、「(b)前記固有酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程」を含むのに対し、甲2発明では、「水性の金属酸化物ゾル、シリカゾルの1種もしくは2種以上を霧化して吹付けて鋼板熱で水分を蒸発させる」ことにより「溶融めっき鋼板」を冷却しているものの、「溶融めっき鋼板」は「固有酸化層を有する」ものではないし、「冷却水」も使用していない点。

<相違点2-5>
本件発明1では、「湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与するために、」「不動態化する」のに対し、甲2発明では、「耐食性を向上させるとともに、塗膜密着性を付与するために」「クロメート皮膜を形成」している点。

<相違点2-6>
本件発明1では、「前記方法は、前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む」のに対し、甲2発明では、冷却に使用する冷却液の「pH」を「5?7に制御」しているものの、冷却水に酸を添加することによりpHを制御しておらず、冷却水の温度も制御しておらず、また、「溶融めっきを施」す工程の次の工程と「クロメート皮膜を形成する」工程の間に固有酸化層が「めっき層」上にそのまま維持されるように、冷却水のpHや温度を制御するものでもない点。

(イ)相違点2-3についての検討
事案に鑑み、相違点2-3から検討する。

a 容易想到性について
(a)上記エの【0080】、【0081】から、酸化アルミニウム、酸化マグネシウムを含む天然の酸化物にさらにCaが存在することで、焼き入れ水によって天然の酸化物が全て除去されないようにできるという効果が奏されることが理解できる。

(b)また、上記エの【0075】?【0077】から、本件発明1における「前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように」する構成によって、「不動態化工程」により「金属合金被覆層」が腐食されることを防止する、という効果が奏されることを理解できる。

(c)一方、甲2及び甲1、3、4には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層(天然の酸化物)については記載されていない。また、甲2には「めっき浴」がカルシウムを含む構成も記載されていない。

(d)なお、甲1の【0036】には、「浴」における酸化に関してCaが含まれることは記載されているが、固有酸化層としての酸化カルシウムに関する記載はない。

(e)そして、甲2及び甲1、3、4には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することによって、不動態化工程における金属合金被覆の腐食を防止するという課題も、酸化カルシウムを含む固有酸化層が金属合金被覆上にそのまま維持されることによって、不動態化工程により金属合金被覆層が腐食されることを防止するという効果に関する記載もない。

(f)また、甲2の第6頁左下欄第1?6行から、甲2発明は、溶融めっき鋼板製造の際にスパングルをミニマイズド化しても、またMgなどの元素を添加した亜鉛系めっき浴や亜鉛-アルミニウム系合金めっき浴でめっきしても黒変を減少させることができるといった効果を奏するものであると認められるが、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することによって、不動態化工程における金属合金被覆の腐食を防止する、という効果は、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することを記載していない甲2や甲1、3、4から当業者が予測し得ない顕著なものである。

(g)そうすると、甲2発明において、溶融めっき鋼板を合金浴から取り出した後に、めっき層の露出面が酸化し、前記溶融めっき鋼板の前記めっき層上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含むようにすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

c 申立人の主張について
(a)申立人は、特許異議申立書(第28頁第24?18行)において、「なお、甲2発明には、めっき浴中にCaを含有する点について明記はされていないが、これは本件特許発明1についてもいえることであり、本件特許発明1が開示した条件によって「固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む」ことができるのであれば、甲2発明についても同様にこれらの成分を含むことができると考えられる。」と主張している。

(b)上記(a)の主張について検討すると、本件訂正請求により、本件発明1において「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」と特定されたから、「甲2発明には、めっき浴中にCaを含有する点について明記はされていないが、これは本件特許発明1についてもいえる」という主張は採用できない。また、甲2及び甲1、3、4には、甲2の「めっき浴」がカルシウムを含まなくても、「めっき層」の露出面が酸化することで、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化膜が形成されると判断できるような記載はない。
よって、(a)の主張は採用できない。

(ウ)本件発明2?9、11と甲2発明との対比
a 本件発明2?9、11と甲2発明とを対比すると、本件発明2?9、11は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、少なくとも上記相違点2-1?2-6で相違し、相違点2-3についての判断は上記(イ)で示したとおりである。

b そうすると、本件発明2?9、11と甲2発明とは実質的に相違するものであり、本件発明2?9、11は、当該相違点2-3に係る構成を備える点で、甲2発明及び甲1、3、4に記載された発明に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ)小括
上記(イ)(ウ)で示したように、上記相違点2-3に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1?9、11は、甲2に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件発明1?9、11は、甲2に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、甲1に記載された発明を主引例とした申立理由5によっては取り消すことはできない。

ク 甲3に記載された発明を主引例とした場合
(ア)本件発明1と甲3発明との対比
a 本件発明1と甲3発明とを対比すると、甲3発明の「溶融合金めっき鋼板」は本件発明1の「金属合金被覆鋼ストリップ」に相当する。同様に、「前処理した後」の「鋼板」は「鋼ストリップ」に、「めっき層」は「合金被覆」に、「合金めっき浴に浸漬してめっき」する工程は「合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面に」「金属合金被覆を形成する溶融めっき工程」に、「めっき層が未凝固時に水または水溶液の水滴をめっき層に噴震して急速凝固させる」工程は、「(b)前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程」に相当する。

b また、上記ウ(イ)a(c)から、甲3発明のPbは不可避的不純物であるといえるから、甲3発明の「Zn-Al-Si-Mg浴である合金めっき浴」は本件発明1の「溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」に相当し、同様に「Zn-Al-Si-Mg浴である合金めっき浴」でめっきされた「めっき層」は「Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆」に相当する。

c そうすると、本件発明1と甲3発明とは、以下の一致点、相違点を有する。

<一致点3>
「金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であって、
(a)鋼ストリップを、溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程;および
(b)前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程、
を含む、方法。」

<相違点3-1>
本件発明1では、「前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:」「Zn: 30?60%」、「Si: 0.3?3%」、「Mg: 0.3?10%」、「残部 Alおよび不可避不純物」を含むのに対し、甲3発明では、「Al:3?40%、Mg:0.05?2.0%、Si:Al%の0.005?0.1倍、Pb:0.02%以下、残部Znおよび不可避的不純物よりなる浴」で「めっき層」を形成しているものの、前記「めっき層」の成分組成は不明である点。

<相違点3-2>
本件発明1では、「合金浴」が「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」であるのに対し、甲3発明では、「Al:3?40%、Mg:0.05?2.0%、Si:Al%の0.005?0.1倍、Pb:0.02%以下、残部Znおよび不可避的不純物よりなる浴」であり、カルシウムを含んでいない点。

<相違点3-3>
本件発明1では、「前記金属合金被覆鋼ストリップを前記金属被覆浴から取り出した後に、前記金属合金被覆の露出面が酸化し、前記金属合金被覆鋼ストリップの前記金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む」のに対し、甲3発明では、前記「溶融合金めっき鋼板」を前記「浴」から取り出した後に「めっき層」の露出面が酸化して固有酸化層が形成されるのか不明であり、また、前記「浴」がカルシウムを含んでいないから、「溶融合金めっき鋼板」の「めっき沿層」上に、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層は形成されない点。

<相違点3-4>
本件発明1では、「前記固有酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する」のに対し、甲3発明では、「水または水溶液の水滴を」「噴震して急速凝固させる」「めっき層」が酸化カルシウムを含む固有酸化層を有していない点。

<相違点3-5>
本件発明1では、「(c)前記冷却された前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程」を含むのに対し、甲3発明では、「付着量を30g/m^(2)以下にロール絞り法で制御」する工程はあるが、「溶融合金めっき鋼板」を冷却する前に行う点。

<相違点3-6>
本件発明1では、「(d)湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与するために、不動態化区画において前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって、前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程」を含むのに対し、甲3発明では、不動態化する工程を含まない点。

<相違点3-7>
本件発明1では、「前記方法は、前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む」のに対し、甲3発明では、不動態化工程を含んでおらず、また、急速凝固させるための「水または水溶液」のpHや温度を制御していない点。

(イ)相違点3-3についての検討
事案に鑑み、相違点3-3から検討する。

a 容易想到性について
(a)上記エの【0080】、【0081】から、酸化アルミニウム、酸化マグネシウムを含む天然の酸化物にさらにCaが存在することで、焼き入れ水によって天然の酸化物が全て除去されないようにできるという効果が奏されることが理解できる。

(b)また、上記エの【0075】?【0077】から、本件発明1における「前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように」する構成によって、「不動態化工程」により「金属合金被覆層」が腐食されることを防止する、という効果が奏されることを理解できる。

(c)一方、甲3及び甲1、2、4には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層(天然の酸化物)については記載されていない。また、甲3には「浴」がカルシウムを含む構成も記載されていない。

(d)なお、甲1の【0036】には、「浴」における酸化に関してCaが含まれることは記載されているが、固有酸化層としての酸化カルシウムに関する記載はない。

(e)そして、甲3及び甲1、2、4には、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することによって、不動態化工程における金属合金被覆の腐食を防止するという課題も、酸化カルシウムを含む固有酸化層が金属合金被覆上にそのまま維持されることによって、不動態化工程により金属合金被覆層が腐食されることを防止するという効果に関する記載もない。

(f)また、甲3の第2頁右下欄第12?15行から、甲3発明は、耐食性を向上し、孔食や塗膜フクレ発生も改善し、薄目付でも高度の耐食性、加工性および塗装性に優れた溶融めっき鋼板が得られるといった効果を奏するものであると認められるが、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することによって、不動態化工程における金属合金被覆の腐食を防止する、という効果は、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化層を形成することを記載していない甲3や甲1、2、4から当業者が予測し得ない顕著なものである。

(g)そうすると、甲3発明において、溶融めっき鋼板を合金浴から取り出した後に、めっき層の露出面が酸化し、前記溶融めっき鋼板の前記めっき層上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含むようにすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。

c 申立人の主張について
(a)申立人は、特許異議申立書(第33頁第10?14行)において、「なお、甲3発明には、めっき浴中にCaを含有する点について明記はされていないが、これは本件特許発明1についてもいえることであり、本件特許発明1が開示した条件によって「固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む」ことができるのであれば、甲3発明についても同様にこれらの成分を含むことができると考えられる。」と主張している。

(b)上記(a)の主張について検討すると、本件訂正請求により、本件発明1において「カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴」と特定されたから、「甲3発明には、めっき浴中にCaを含有する点について明記はされていないが、これは本件特許発明1についてもいえる」という主張は採用できない。また、甲3及び甲1、2、4には、甲3の「浴」がカルシウムを含まなくても、「めっき層」の露出面が酸化することで、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む固有酸化膜が形成されると判断できるような記載はない。
よって、(a)の主張は採用できない。

(ウ)本件発明2?9、11と甲3発明との対比
a 本件発明2?9、11と甲3発明とを対比すると、本件発明2?9、11は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、少なくとも上記相違点3-1?3-7で相違し、相違点3-3についての判断は上記(イ)で示したとおりである。

b そうすると、本件発明2?9、11と甲3発明とは実質的に相違するものであり、本件発明2?9、11は、当該相違点3-3に係る構成を備える点で、甲3発明及び甲1、2、4に記載された発明に基いて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(エ)小括
上記(イ)(ウ)で示したように、上記相違点3-3に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1?9、11は、甲3に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、本件発明1?9、11は、甲3に記載された発明及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、本件特許の請求項1?9、11に係る特許は、甲3に記載された発明を主引例とした申立理由5によっては取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり、本件訂正は適法であるから、これを認める。
また、本件特許の請求項10に係る特許についての特許異議の申立ては、本件訂正により請求項10が削除された結果、申立ての対象が存在しないものとなった。したがって、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により、却下すべきものである。
そして、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?9、11に係る特許を取り消すことはできないし、他に本件請求項1?9、11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属合金被覆鋼ストリップを形成するために、鋼ストリップ上にAl‐Zn‐Si‐Mg合金被覆を形成する方法であって、
前記Al‐Zn‐Si‐Mg合金被覆は、Al、Zn、SiおよびMgの元素を、重量%で以下の範囲:
Zn: 30?60%
Si: 0.3?3%
Mg: 0.3?10%
残部 Alおよび不可避不純物
で含み、
(a)鋼ストリップを、カルシウムを含む溶融Al‐Zn‐Si‐Mg合金浴に浸漬して、前記鋼ストリップの露出面にAl‐Zn‐Si‐Mg合金の金属合金被覆を形成する溶融めっき工程であって、前記金属合金被覆鋼ストリップを前記金属被覆浴から取り出した後に、前記金属合金被覆の露出面が酸化し、前記金属合金被覆鋼ストリップの前記金属合金被覆上に固有酸化層を形成し、前記固有酸化層が酸化アルミニウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムを含む、溶融めっき工程;および
(b)前記固有酸化層を有する前記金属合金被覆ストリップを冷却水で冷却する工程、
(c)前記冷却された前記金属合金被覆ストリップの表面をロール区画において調整する工程、
(d)湿式貯蔵および初期の曇りに対する耐性を付与するために、不動態化区画において前記金属合金被覆ストリップを不動態化溶液で被覆することによって、前記調整された前記金属合金被覆ストリップの表面を不動態化する工程、
を含み、
前記方法は、前記溶融めっき工程の次の工程と不動態化工程の間に前記固有酸化層が前記金属合金被覆上にそのまま維持されるように、前記ストリップを冷却する工程において、冷却水に酸を添加することにより冷却水のpHを5?9に制御し、冷却水の温度を25?80℃に制御することを含む、方法。
【請求項2】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを8未満に制御することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを7未満に制御することを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の前記pHを、6を超えるように制御することを含む、請求項1?3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を70℃未満に制御することを含む、請求項1?4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を60℃未満に制御することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を55℃未満に制御することを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を50℃未満に制御することを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記ストリップを冷却する工程は、冷却水の温度を、40℃を超えるように制御することを含む、請求項1?8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
前記ストリップを冷却する工程は、前記被覆ストリップを30?50℃の温度範囲に冷却するように、操作条件を制御することを含む、請求項1?9のいずれか1項に記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-04-07 
出願番号 特願2015-537081(P2015-537081)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 113- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 越本 秀幸中西 哲也  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 亀ヶ谷 明久
増山 慎也
登録日 2019-11-22 
登録番号 特許第6619230号(P6619230)
権利者 ブルースコープ・スティール・リミテッド
発明の名称 金属被覆鋼ストリップの製造方法  
代理人 言上 惠一  
代理人 田中 光雄  
代理人 田中 光雄  
代理人 言上 惠一  
代理人 松谷 道子  
代理人 松谷 道子  

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