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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G10D
審判 全部申し立て 2項進歩性  G10D
管理番号 1375885
異議申立番号 異議2021-700187  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-08-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-02-19 
確定日 2021-07-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6741481号発明「音響振動部材および音響装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6741481号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6741481号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は、平成28年5月31日に出願されたものであって、令和2年7月29日に特許権の設定登録がなされ、同年8月19日にその特許掲載公報が発行され、令和3年2月19日に特許異議申立人安藤宏により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6741481号の請求項1ないし7の特許に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。(以下、請求項1ないし7の特許に係る発明を「本件発明1」ないし「本件発明7」という。)

「【請求項1】
樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材であって、
動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下であり、
前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む音響振動部材。
【請求項2】
請求項1に記載の音響振動部材において、
動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける貯蔵弾性率(G')が0.1GPa以上である音響振動部材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の音響振動部材において、
動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失弾性率(G'')が50MPa以下である音響振動部材。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の音響振動部材において、
動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数0.1Hz以上1000Hz以下における損失正接(tanδ)が、周波数0.1Hz以上1000Hz以下の全範囲において、0.030以下である音響振動部材。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音響振動部材において、
ASTM D792に準拠して測定される比重が2.0g/cm^(3)以下である音響振動部材。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の音響振動部材において、
前記環状オレフィン系重合体がエチレンまたはα-オレフィンと環状オレフィンとの共重合体および環状オレフィンの開環重合体から選択される少なくとも一種を含む音響振動部材。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の音響振動部材を備える音響装置。」

第3 申立理由の概要
特許異議申立人安藤宏(以下、「異議申立人」という。)は、以下の4点の理由を申し立て、請求項1ないし7に係る特許を取り消すべきものである旨を主張している。

1 申立理由1(甲第1号証を主引用例とする進歩性)について
本件発明1ないし4、6、7は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び周知の技術事項(甲第3号証ないし甲第8号証)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明5は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び周知の技術事項(甲第3号証ないし甲第8号証、甲第9号証及び甲第10号証)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし7は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2 申立理由2及び3(甲第3号証を主引用例とする新規性及び進歩性)について
本件発明1、5ないし7は、甲第3号証に記載された発明と同一であるか(申立理由2)、甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから(申立理由3)、本件発明1、5ないし7は特許法第29条第1項第3号及び第2項の規定に違反してされたものであり、同法113条第2号に該当し取り消すべきものである。

3 申立理由4(甲第4号証を主引用例とする進歩性)について
本件発明1ないし7は、甲第4号証に記載された発明及び甲第11号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし7は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法113条第2号に該当し取り消すべきものである。

4 証拠方法
甲第1号証:特開2004-88297号公報
甲第2号証:特開2000-30295号公報
甲第3号証:特開平5-247324号公報
甲第4号証:特開平6-225383号公報
甲第5号証:特開2011-176621号公報
甲第6号証:特開2012-10268号公報
甲第7号証:特開2013-162214号公報
甲第8号証:国際公開第2008/068897号
甲第9号証:松尾正人、環状オレフィンポリマーの新展開 ジシクロペンタジエン(DCPD)ベースのポリマー、高分子 45巻9月号(1996年)、652-656頁
甲第10号証:金井俊孝、光学材料・光学部材の最近10年の進歩、成型加工 第20巻第8号(2008年)、572-580頁
甲第11号証:木津巧一、環状オレフィン系樹脂「アペル○R」(当審注:「○R」はRの丸付き文字。以下、同様。)の特徴と用途展開、日本画像学会誌 第55巻第2号、2016年4月、236-242頁

以下、「甲第1号証」ないし「甲第11号証」をそれぞれ「甲1」ないし「甲11」ともいう。

第4 文献の記載
1 甲1について
異議申立人が証拠として提出した甲1には、図面とともに以下の事項が記載されている(下線は当審において付した。以下同様。)。

(1a)「【請求項1】
ヤング率が2500MPa以上で、かつ内部損失が0.03以下の樹脂製基材の表面に、エラストマー層を設けたことを特徴とするスピーカ用振動板。」

(1b)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、スピーカ用振動板およびこれを用いたスピーカに関するものである。」

(1c)「【0007】
PEIはヤング率が2800MPaとPENに比べると柔軟であり、f0を小さく設計しても、寸法精度を維持する厚さを確保できる。ところが内部損失(tanδ)が室温付近で0.02程度(PENは0.04程度)となり、ローリング等が起こりやすく歪みが大きくなり、音質劣化を招くという課題を抱えるものであった。」

(1d)「【0027】
本発明に用いる振動板は樹脂製基材の表、裏面または片面にエラストマー層を設けた複層構造を有する。
【0028】
(実施の形態1)
以下、実施の形態1を用いて、本発明の特に請求項1と請求項2および請求項4から請求項10に記載の発明について説明する。
【0029】
図1は本発明の一実施の形態におけるスピーカ用振動板27の断面図を示したものである。すなわち、請求項1に記載の発明は、樹脂からなる基材30の表面にエラストマー層31を設けてスピーカ用振動板27を構成したものである。ここで、この樹脂からなる基材30はヤング率が2500MPa以上で、かつ内部損失が0.03以下の樹脂から形成したものである。この構成により、低弾性率化、高内部損失化を満足できるスピーカ用振動板27を実現することができる。
【0030】
このように、基材30の樹脂はヤング率が2500MPa以上で内部損失が0.03以下の材料であれば使用できる。PEI、芳香族ポリイミド等の一般的にエンジニアリングプラスチックと呼ばれる樹脂の多くが挙げられるが、ヤング率が比較的低く、内部損失が小さいPEIが、エラストマー層31として、内部損失が大きくなる点で好ましい。
【0031】
また、請求項2に記載の発明は、ヤング率が2500MPa以上で、かつ内部損失が0.02以下の樹脂からなる図1の基材30を用いたものである。この構成により、さらに請求項1より内部損失が小さい基材30を使用して低弾性率化、高内部損失化を満足できるスピーカ用振動板27を実現することができる。」

上記(1a)ないし(1d)より、甲1には、次の技術的事項が記載されているといえる。
・上記(1a)及び(1d)によれば、甲1記載のスピーカ用振動板は、樹脂からなる基材の表面にエラストマー層を設けて構成したものである。
・上記(1c)及び(1d)によれば、基材の樹脂はヤング率が2500MPa以上で、かつ内部損失(tanδ)が0.03以下の樹脂から形成されている。

したがって、上記摘記事項及び図面を総合勘案すると、甲1には以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「樹脂からなる基材の表面にエラストマー層を設けて構成したスピーカ用振動板であって、
基材の樹脂はヤング率が2500MPa以上で、かつ内部損失(tanδ)が0.03以下の樹脂から形成されている、
スピーカ用振動板。」

2 甲2について
異議申立人が証拠として提出した甲2には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(2a)「【請求項1】 基板上に記録面が設けられてなり、該記録面と記録再生ヘッドとの距離を3.0μm以内として記録再生を行うための光ディスクであって、該基板が、温度25℃、100Hzでの損失正接tanδが0.02以上の材料からなることを特徴とする光ディスク。」

(2b)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、光ディスクに関し、より詳しくは、ヘッドがディスクの記録層に近接しあるいは接して記録再生を行う装置に用いる光ディスクに関する。」

(2c)「【0017】本発明では、上記光ディスク基板に外部から振動等の力が加わった際に生じる振動の振幅を小さくすることが重要である。そのためには基板の振動によって基板に加わる歪みのエネルギーを内部損失として吸収しやすい材料を用いると良いことが分かった。具体的には、温度25℃、100Hzでの損失正接tanδを0.02以上とすると良く、更に好ましくは損失正接tanδを0.05以上とすると良いことが分かった。0.02以上であれば、振動のエネルギーを十分吸収でき、基板の振動振幅を小さくできる。tanδの上限値は通常1.5以下とすると良く、好ましくは0.8以下とするとなお良い。tanδの値が大きすぎると基板は変形しやすくなり、寸法及び形状精度が保てなくなるためである。
【0018】本発明の光ディスクは記録面側から光を照射する膜面入射方式に対して好適である。従って、基板の光学特性は重要ではなく、透明である必要もない。また、2枚の基板を貼り合わせる場合であれば、吸水性も大きくてもあまり問題とはならない。これらの条件を満たし得る基板材料としては、アクリル系樹脂、ノルボルネン系樹脂、液晶ポリマー等が挙げられ、例としてポリメチルメタクリレート(PMMA)、ARTON(日本合成ゴム社 ノルボルネン系エステル置換環状オレフィン開環重合体水添物)、ZEONEX(日本ゼオン社 ノルボルネン系環状オレフィン開環重合体水添物)、芳香族ポリエステル系液晶ポリマーなどが挙げられるが、これらの成型条件等によってもtanδの値は変化することに留意しなくてはならない。尚、tanδの値は成型ディスクから試料片を切り出し、動的粘弾性測定装置を用いて測定することができる。」

(2d)「【0024】
【実施例】実施例1?3
直径130mm、内径15mm、厚さ1.2mmのドーナツ型円盤をポリメチルメタクリレート(PMMA)、ARTON、ZEONEXを用いて射出成型により作製した。成型は、PMMAは金型温度60℃、樹脂温度200℃で、ARTONは金型温度110℃、樹脂温度320℃で、ZEONEXは金型温度110℃、樹脂温度320℃の条件で成型を行った。このときの損失正接tanδの値を動的粘弾性測定装置(東洋ボールドウィン社、RHEO-VIBRON)を用いて測定したところ、PMMAが0.078、ARTONが0.028、ZEONEXが0.026であった。
【0025】これらのディスクの中心部を加振器に外径35mmの真鍮製の固定治具で固定し、ディスクの固有振動数(PMMA 207Hz、ARTON 122Hz、ZEONEX 109Hz、)で加速度の大きさが0.5Gとなる様にディスクを振動させた。この振動の様子をレーザードップラー速度計とFFTアナライザを用いて計測し、ディスク端面での最大振幅を求めた結果、PMMAは0.04mm、ARTONは0.34mm、ZEONEXは0.43mmといずれも0.50mm以下で、良好な結果を得た。ここで、曲げ弾性係数及び中心線平均表面粗さRaは、それぞれ、PMMAが35,000kg/cm^(2)、0.3nm、ARTONは29,000kg/cm^(2)、0.5nm、ZEONEXは24,000kg/cm^(2)、0.3nmであった。」

上記記載によれば、甲2には以下の技術(以下、「甲2記載の技術」という。)が記載されていると認められる。

「光ディスクの基板材料に、外部から振動等の力が加わった際に生じる振動の振幅を小さくするために温度25℃、100Hzでの損失正接tanδが0.02以上となる、0.028のARTONや0.026のZEONEXといったノルボルネン系の環状オレフィン開環重合体を用いること」

3 甲3について
異議申立人が証拠として提出した甲3には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(3a)「【請求項1】 熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂及びそれと非相溶である配合剤からなり、配合剤がミクロドメインを形成して分散していることを特徴とする熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物。」

(3b)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂から成る樹脂組成物及びそれからなる光学材料に関し、さらに詳しくは、接着性に優れた熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物及びそれからなる光学材料に関する。」

(3c)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明者らは、鋭意研究の結果、熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂に配合剤を微小なミクロドメインとして分散させることにより、各種の塗料や膜との接着性が改良でき、透明性などの外観も良好であることを見い出し、本発明を完成するに到った。」

(3d)「【0031】本発明の樹脂組成物の用途としては、このような性質を活かせる、例えば、スチームアイロンの水タンク、電子レンジ用の部品や容器、プリント配線基板、高周波回路基板、導電性の透明性または非透明のシート、スピーカーの振動板、半導体製造用キャリア、照明器具のカバーや飾りつけ、電線の被覆材、絶縁フィルム、コンデンサーフィルム、電子素子の封止材などの電気分野;食品包装用フィルム、義歯床材料、各種薬品容器、食品容器、化粧品容器、活栓、血液などの機器検査用セル、医療用チューブ、血液や輸液のバッグ、耐薬品性のコーティング、ディスポーザーブルのシリンジや容器などの食品医療用途;カメラ部品、各種計器・機器類のハウジングや容器などの工業部品;各種シート、ヘルメット、プロテクター、眼鏡のノーズガードなどの日用雑貨;風防ガラスや窓ガラスの代替などの分野に広く応用できるほか、さらに特にその透明性を活かして、光磁気ディスク、色素系ディスク、音楽用コンパクトディスク、画像音楽同時録再型ディスクなどの情報ディスク基板;カメラ、VTR、複写機、OHP、プロジェクションTV、プリンターなどに使われる撮像系または投影系のレンズやミラーレンズ;情報ディスクやバーコードなどの情報をピックアップするためのレンズ;自動車ランプやメガネ・ゴーグルのレンズ;光ファイバーやそのコネクターなどの情報転送部品;光カードなどのディスク以外の形状の情報記録の基板、液晶基板、位相差フィルム、偏光フィルム、導光板、保護防湿フィルムなどの情報記録、情報表示分野のフィルムやシートなどの光学材料として好適である。
-(中略)-
【0034】実施例1
ZEONEX 280(日本ゼオン株式会社製熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂、ガラス転移温度140℃、30℃における屈折率1.5241)のペレット100重量部に対して0.2重量部のフェノール系老化防止剤ペンタエリスリチル-テトラキス(3-(3,5-ジ-ターシャリーブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート)と0.2重量部のスチレン・エチレン・ブタジエン・スチレン・ブロック共重合体(旭化成工業株式会社製タフテックH1051、クラム状、30℃における屈折率1.5173)を混合し、二軸混練機(東洋精機製、ラボプラストミル、異方向、樹脂温度180℃、スクリュー回転数50rpm)で混練した。トルクは徐々に低下し、混練開始から4分でほぼ一定となり、さらに続けて10分間混練した。
【0035】組成物の塊を取り出し、熱プレス(樹脂温度200℃、300kgf/cm^(2)、3分)で20mm×15mm、厚さ3.0mmの板を成形した。この板は透明で、400?700nmでの光線透過率は最小で90.1%であった。この板に真空蒸着法により厚さ100nmのアルミニウム膜を形成し、碁盤目剥離試験にかけたところ、100%で良好な接着性を示した。
【0036】この板を約0.05μmの厚さにスライスし、四酸化ルテニウムでポリスチレン部分を染色し、透過型電子顕微鏡により観察したところ、ゴム質重合体は樹脂のマトリックス中で直径約0.02μmのほぼ球状のミクロドメイン構造をとっていた。このペレットのガラス転移温度は140℃であった。
【0037】同じ混練した樹脂の塊を樹脂温260℃でインジェクションブロー成形し、筒状部分の平均厚み3mm、内容積100mlの円筒状細口ビンを成形した。容器は透明で、一部を切り出して、ヘイズメータでヘイズを測定したところ0.5%であった。
【0038】この容器を100℃の沸騰水中で30分間加熱、121℃のスチーム下で30分加熱、85℃・90%RHで48時間放置したが、いずれの場合も目視および50倍の倍率の顕微鏡観察で、外観の変化は認められなかった。」

上記記載によれば、甲3には以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。

「ZEONEX 280からなる熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物から熱プレスにより成形されたスピーカの振動板」

4 甲4について
異議申立人が証拠として提出した甲4には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(4a)「【請求項1】環状オレフィン系熱可塑性樹脂を主成分としたスピーカ用振動板。」

(4b)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は各種音響機器に使用されるスピーカの主要部品であるスピーカ用振動板に関するものであり、特に耐水性、耐熱性、耐薬品性に優れ、熱成型および射出成型が可能なスピーカ用振動板に関するものである。」

(4c)「【0006】本発明は上記従来の課題を解決し、弾性率、剛性、耐熱性、耐水性、耐薬品性に優れると共に、熱成形および射出成型可能で、かつスピーカの周波数特性が平坦で、低歪み、広周波数帯域再生が可能なスピーカ用振動板を提供することを目的とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】この課題を解決するために本発明のスピーカ用振動板は、テトラシクロドデシル-3-アクリレートやヘキサシクロヘプタデシル-4-アクリレートなどの環状オレフィン系熱可塑性樹脂を主成分としたものである。さらには上記環状オレフィン系熱可塑性樹脂と4-メチルペンテン樹脂とを主成分としたものである。
【0008】
【作用】この構成によって本発明のスピーカ用振動板は、環状オレフィン系熱可塑性樹脂が有する優れた弾性率、剛性、耐熱性の物性から高分子材料よりなるスピーカ用振動板の欠点である弾性率、剛性、耐熱性を改善して内部損失が高く、スピーカの周波数特性が平坦で、低歪み、広周波数帯域再生の優れたスピーカ用振動板を得ることが可能となるばかりでなく、これに加えて耐水性、耐熱性、耐薬品性に優れ、熱成型および射出成形が可能なスピーカ用振動板を得ることができる。
【0009】
【実施例】(実施例1)環状オレフィン系熱可塑性樹脂100wt%を基材として二軸スクリュー押出機(押出温度250℃)を用いて十分混練してマスターペレットを作り、次にこのペレットを10時間、110℃にて乾燥した後に射出成形を行った。また成形品の一部を試験片として物性を測定し、その結果を(表1)に示す。」

(4d)「【0017】
【発明の効果】以上のように本発明によれば、環状オレフィン系熱可塑性樹脂単独または環状オレフィン系熱可塑性樹脂と4-メチルペンテン樹脂とを主成分とした基材からなる振動板は高内部損失で比弾性率が高く、曲げ剛性も大きく、そのため周波数特性が平坦でかつ低歪み、広再生周波数帯域である優れた音質を有するものとなり、かつ耐水性、耐熱性等の信頼性に優れた品質の安定した量産性の良好なものとなる。」

上記記載によれば、甲4には、以下の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されている。

「環状オレフィン系熱可塑性樹脂を主成分とした基材から熱成型および射出成形により成形されたスピーカ用振動板」

5 甲5ないし甲8について
(1)甲5について
異議申立人が証拠として提出した甲5には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ア「【請求項1】
基体を有するスピーカ用振動板であって、
前記基体は、オレフィン系樹脂である第1の樹脂材料と第2の樹脂材料を主成分として含み、
前記第1の樹脂材料は前記第2の樹脂材料に対して密度が大きく、
前記基体は、当該基体と実質的に同じ形状を有して前記第1の樹脂材料で形成される比較用基体に対して、比弾性率及び内部損失が大きいことを特徴とするスピーカ装置用振動板。
【請求項2】
前記基体は、当該基体と実質的に同じ形状を有して前記第2の樹脂材料で形成される比較用基体に対して、線膨張係数が小さいことを特徴とする請求項1に記載のスピーカ用振動板。
【請求項3】
前記第1の樹脂材料の吸水率は、前記第2の樹脂材料の吸水率に対して小さいことを特徴とする請求項2記載のスピーカ用振動板。
【請求項4】
前記基体は複数の層を有する多層構造で構成されており、
複数の層のうち、一つの層が前記第1の樹脂材料と前記第2の樹脂材料とを混合した樹脂組成物で形成される樹脂層であり、他の層が繊維系部材で形成される補強層であることを特徴とする請求項3記載のスピーカ用振動板。
【請求項5】
前記樹脂層には、放熱機能又は帯電抑止機能を有する粒子と繊維が混合されていることを特徴とする請求項4に記載のスピーカ用振動板。
【請求項6】
前記第1の樹脂材料及び前記第2の樹脂材料は、脂肪族系樹脂材料であることを特徴とする請求項5に記載のスピーカ用振動板。
【請求項7】
前記第1の樹脂材料は、脂環式構造を有することを特徴とする請求項6記載のスピーカ用振動板。
【請求項8】
前記第1の樹脂材料は、環状オレフィン系樹脂(COC)であることを特徴とする請求項7に記載のスピーカ用振動板。」

イ「【0001】
本発明は、スピーカ用振動板及びスピーカ装置に関するものである。」

(2)甲6について
異議申立人が証拠として提出した甲6には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ウ「【請求項1】
予備発泡粒子を用いて製造された熱可塑性樹脂粒子発泡成形体から得られた、厚みが0.1mm以上1.5mm以下の熱可塑性樹脂粒子発泡フィルムを用いたスピーカー用振動板であって、上記予備発泡粒子が実質的に直径1400μm以下のもののみからなることを特徴とするスピーカー用振動板。」

エ「【0001】
本発明は、特定のサイズの発泡粒子からなる熱可塑性樹脂粒子発泡成形体から得られる熱可塑性樹脂粒子発泡フィルムを用いたスピーカー用振動板に関する。更に詳しくは、携帯電話などに使用するダイナミック型小型スピーカーやダイナミック型平面スピーカーの振動膜の部材として好適に使用しうる熱可塑性樹脂粒子発泡成形体を切削する工程を含んでなる熱可塑性樹脂粒子発泡フィルム及びそれを用いた積層複合材に関する。」

オ「【0018】
この様な熱可塑性樹脂粒子発泡フィルムを得るには、基材である熱可塑性樹脂の剛性が高いことが好ましく、例えば、スチレン単独重合体、スチレン/アクリロニトリル共重合体、スチレン/α-メチルスチレン共重合体、スチレン/メタクリル酸共重合体、スチレン/α-メチルスチレン/アクリロニトリル共重合体、α-メチルスチレン/アクリロニトリル共重合体などのスチレン系樹脂、スチレン単独重合体とポリフェニレンエーテル系樹脂の混合物、スチレン/ブタジエン共重合体とポリフェニレンエーテル系樹脂の混合物などの変性ポリフェニレンエーテル系樹脂、メタクリル酸メチル単独重合体、メタクリル酸メチル/アクリル酸メチル共重合体などのポリメタクリル酸メチル系樹脂、エチレン/ノルボルネン類共重合体、エチレン/ジシクロペンタジエン共重合体などの環状オレフィン系樹脂、プロピレン単独重合体、プロピレン/エチレン共重合体、プロピレン/ブテン共重合体、エチレン単独重合体、エチレン/ブテン共重合体などのポリオレフィン系樹脂などが挙げられる。」

(3)甲7について
異議申立人が証拠として提出した甲7には、図面とともに以下の事項が記載されている。

カ「【請求項1】
炭素繊維強化液晶ポリマーと環状オレフィン系樹脂とを含む材料からなる振動板であって、
特定の方向からの平面視における外周形状が、楕円型、または、長方形の短辺側が外に凸の円弧になっている形状のレーストラック型であり、
楕円型またはレーストラック型の前記外周形状の長径の長さをa、短径の長さをb、長径方向の端部の肉厚をTa、短径方向の端部の肉厚をTbとするとき、
0.0003≦(Ta-Tb)/(a-b)≦0.0030
の関係を満たすことを特徴とする、振動板。」

キ「【0001】
本発明は、振動板、それを用いたスピーカ、および、振動板の製造方法に関する。」

(4)甲8について
異議申立人が証拠として提出した甲8には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ク「[0001] 本発明は、環状オレフィン系重合体組成物および当該重合体組成物からなる成形体、および環状オレフィン系重合体に関する。」

ケ「[0148] 本発明の環状オレフィン系重合体組成物からなる射出成形体は帯電しにくく、透明性、剛性、耐熱性、耐衝撃性、表面光沢、耐薬品性、耐摩耗性に優れており、広範囲な用途に利用することができる。例えば、スチームアイ口ンの水タンク、電子レンジ用の部品や容器、プリント配線基板、高周波回路基板、導電性の透明性シート、スピーカーの振動板、半導体製造用キャリア、照明器具のカバーや飾りつけ、電子素子の封止材などの電気分野、義歯床材料、各種薬品容器、食品容器、化粧品容器、活栓、血液などの機器検査用セル、耐薬品性のコーティング、ディスポーザーブルのシリンジや容器などの食品医療用途、カメラ部品、各種計器・機器類のハウジングや容器などの工業部品;各種シ一ト、ヘルメット、プロテクター、眼鏡のノーズガードなどの日用雑貨、風防ガラスや窓ガラスの代替などの分野に広く応用できるほか、さらに特にその透明性を活かして、光磁気ディスク、色素系ディスク、音楽用コンパクトディスク、画像音楽同時録再型ディスクなどの情報ディスク基板、カメラ、VTR、複写機、OHP、プロジェクションTV、プリンターなどに使われる撮像系または投影系のレンズやミラーレンズ、情報ディスクやバーコードなどの情報をピックアップするためのレンズ、自動車ランプやメガネ・ゴーグルのレンズ、光ファイバーやそのコネクターなどの情報転送部品などの光学材料として好適である。」

(5)周知の技術事項について
上記アないしケの記載、上記「3(3d)」(「ZEONEX 280」は、当業者の技術常識を考慮すると、市販のシクロオレフィンポリマー(COP)であり、脂環構造を有するものである)及び「4(4c)」の記載より、下記の事項は周知の技術事項であると認められる。

「スピーカ用の振動板に環状オレフィン系樹脂を含む材料を用いること」

6 甲9及び甲10について
(1)甲9について
異議申立人が証拠として提出した甲9には、図面とともに以下の事項が記載されている。

コ「C5留分に含まれる成分が高分子材料として最近注目されている.その一つであるジシクロペンタジエン(DCPD)を原料にする3種類のポリマーの最近の展開を述べる.DCPDを用いた反応射出成形品は大型成形品の分野で大きく伸びはじめ,ノルボルネンゴムは吸油剤とタイヤ分野で使われ始めている.また非晶性環状オレフィンは低吸湿性と耐熱性を生かしてレンズ等の光学材料として重用されつつある.」(652頁1-5行)

サ「5-1. 非晶性環状ポリオレフィンの性質
開環重合水添ポリマーとして市販されている製品には炭素と水素のみからできている非極性タイプと,エステル基などの極性基を含んだ極性タイプがある.表4には非極性タイプの代表的な性質を,透明プラスチックの代表であるポリカーボネート(PC)およびポリメチルメタクリレート(PMMA)と比較したものを示す.」(655頁右欄9-15行)

シ 655頁の下方の「表4 代表的非極性環状ポリオレフィンの性質」には、非極性環状ポリオレフィンの比重が測定方法ASTM D792で1.01であることが記載されている。

(2)甲10について
異議申立人が証拠として提出した甲10には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ス「1.光学材料
1)脂肪族環状ポリオレフィン(COP,COC)
この10年間で大きく伸張している材料に脂肪族環状ポリオレフィン(COP)やその共重合体(COC)がある.COPやCOCとして,図2のような構造の光学材料が上市されている.光学用樹脂は光学フィルムに利用される場合,ゲルの防止,良表面外観,高透明性や低位相差の観点から,従来,溶液キャスト法により成形されるのが一般的であった.
しかし,最近では成形加工技術の進歩により,溶融キャスト法でもフィルム成形できるようになってきており,ハロゲン溶剤の使用やその回収工程が必要ないため,加工工程の削減が可能となり,また複数の機能を兼ね備えたフィルムを精密成形することにより部材枚数の削減が可能となり,大幅なコスト削減ができるようになってきている(図3).」(572頁右欄8-22行)

セ「光学材料として脂肪族環状オレフィンの共重合体であるCOCも利用されている.この樹脂の良い点は他のCOPと比較し,屈折率が多少高く,またエチレンとの共重合のため,複屈折が発生しにくいなどの性質である.その特性を生かしたピックアップレンズ用途や高流動グレードの特性を生かした薄肉導光板などに展開されている.欠点は三級炭素直結の水素があり,熱分解されやすい点であり,着色,架橋防止のためにホッパー樹脂供給系で,N_(2)中で長時間の加熱乾燥が必要である.フィルム用途にはゲルが発生しやすい問題もある.
これらの脂肪族環状ポリオレフィンは射出分野では図4に示すような分野に利用されており,また他の光学樹脂との物性比較表を表1に示す.」(573頁左欄10行-右欄1行)

ソ 574頁の「表1 光学用材料の物性比較」には、COP(Z)、COP(A)及びCOCの比重がそれぞれ1.01、1.08及び1.01であることが記載されている。

(3)周知の技術事項について
上記コないしソの記載より、光学用材料の技術分野において下記の事項は周知の技術事項であると認められる。

「比重が1.01?1.08である環状オレフィン系重合体」

7 甲11について
異議申立人が証拠として提出した甲11には、図面とともに以下の事項が記載されている。

(1)「環状オレフィン系樹脂は,光学物性バランスに優れた非晶性透明樹脂であり,耐熱性にも優れることから,近年の光学部品の小型軽量化,高性能化,および低コスト化ニーズが広がるに伴い,急速に注目を集めている.
従来の光学樹脂としては,ポリメチルメタクリレート(PMMA),ポリカーボネート(PC)などが知られているが,これらの樹脂はいずれも極性の置換基を持つため吸水率が高く,環境変化による物性変化が大きい他,PMMAは屈折率が低く,PCは複屈折が大きいなどの問題点がある.
ポリオレフィンに環状オレフィン構造を導入することにより,これらの欠点の解消を図ったのが,環状オレフィン系樹脂である.その一種である『アペル○R』は,三井化学(株)が開発した環状オレフィン共重合体(COC)である.この樹脂は他に類をみない高屈折率・低複屈折性を示すことから,同種の樹脂の中でも光学材料として優位性を持っている.
以下アペル○Rを例に,環状オレフィン系共重合体の構造と特徴,用途展開について紹介する.」(104頁中段)

(2)「アペル○Rはこれらの構造に起因する様々な物性上の特徴を持っている.具体的には,嵩高い環状オレフィン構造を有することから,以下の特長を持っている(Fig.2).
・非晶質でありながら,高剛性,高耐熱である.
・ポリオレフィンに比較し,高い密度を持つ非晶の高次構造をとることで,高屈折率,高防湿を実現している.
・非晶質であることから透明性・寸法安定性に優れている.
・主鎖と直角方向に嵩高い構造があることにより,分極率異方性が小さくなり,低複屈折を実現している.
さらに,炭素・水素のみからなる構造で,極性の置換基を持たない構造であるため,低吸水である.」(105頁左欄34行-右欄9行)

(3)「3.アペル○Rの用途
3.1 光学銘柄
以上のように,アペル○Rは光学部品向け材料として適した特長を有しており,今後の光学部品の高性能化,小型化ニーズの高まりに応えうる材料である.
光学部品としては,光ディスクのピックアップ用各種レンズ,レーザービームプリンター等に用いられるfθ等のレンズや回折構造を持つ光学素子,携帯電話カメラレンズに代表されるイメージセンサー用,車載カメラ用,DSC用レンズなどが挙げられる.
アペル○R光学銘柄の物性表をTable4に示す.アペル○R光学銘柄は全て射出成形が可能である.」(107頁左欄14-最終行)

(4) 107頁の「Table4 Grades and properties of APEL^(TM) optical grades.」には、「APL5014CL」が記載されている。

上記記載によれば、甲11には以下の技術(以下、「甲11記載の技術」という。)が記載されていると認められる。

「環状オレフィン系樹脂であるアペルは光学部品向け材料として適した特徴を有しており、アペルのグレードにAPL5014CLがあること」

第5 当審の判断
1 申立理由1(甲1を主引用例とする進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「樹脂からなる基材」から構成した「スピーカ用振動板」は、振動することにより音を発生することが明白といえ、本件発明1の「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材」に相当する。
(イ)甲1発明の「内部損失(tanδ)」は、当業者の技術常識を考慮すると、樹脂を固体試料とした動的粘弾性により求められることが明白である。
したがって、甲1発明の基材の樹脂が「内部損失(tanδ)が0.03以下の樹脂」から形成されていることは、本件発明1の音響振動部材が「動的固体粘弾性により求められる」「損失正接(tanδ)が0.030以下」であることに相当する。
ただし、損失正接(tanδ)の測定条件に関して、本件発明1は「25℃、周波数100Hz」における損失正接(tanδ)としているのに対し、甲1発明はその旨の特定がない点で相違する。
(ウ)本件発明1は「前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む」のに対し、甲1発明はその旨の特定がない点で相違する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材であって、
動的固体粘弾性により求められる損失正接(tanδ)が0.030以下である、
音響振動部材。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
損失正接(tanδ)の測定条件に関して、本件発明1は「25℃、周波数100Hz」における損失正接(tanδ)としているのに対し、甲1発明はその旨の特定がない点。

<相違点2>
本件発明1は「前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む」のに対し、甲1発明はその旨の特定がない点。

イ 判断
上記相違点1及び2について検討する。
スピーカ用の振動板に環状オレフィン系樹脂を含む材料を用いることは周知の技術事項(上記「第4 5(5)」参照)である。
しかしながら、甲1発明のスピーカ用振動板の基材に上記周知の技術事項を適用して、環状オレフィン系樹脂を含む材料を用いた際に、測定条件「25℃、周波数100Hz」における損失正接(tanδ)が0.03以下になるようにする動機はない。
また、甲2記載の技術(上記「第4 2」参照)は、光ディスクの基板材料に、外部から振動等の力が加わった際に生じる振動の振幅を小さくするために温度25℃、100Hzでの損失正接tanδが0.02以上となる、0.028のARTONや0.026のZEONEXといったノルボルネン系の環状オレフィン開環重合体を用いるものである。甲2記載の技術は光ディスクの基板材料に用いる技術であって、甲1発明とは技術分野及び課題が異なるから、甲1発明のスピーカ用振動板の基材に甲2記載の技術を用いる動機はない。
また、他の甲号証を検討しても、温度25℃、周波数100Hzにおける損失正接tanδが0.030以下である環状オレフィン系樹脂を甲1発明のスピーカ用振動板に使用することが容易であったことを示す証拠はない。
したがって、本件発明1は、甲1発明、甲2記載の技術及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は「甲第1号証はスピーカ(音響装置)用の振動板に関するのに対し、甲第2号証は光ディスクに関し(請求項1)、分野は異なるが、いずれも内部損失(tanδ)の範囲を制御することで、材料の変形(甲第1号証におけるローリング(【0007】、甲第2号証における振動【0017】)を抑制する点で共通する。甲第2号証に記載の環状オレフィン系重合体(ARTON、ZEONEX)は内部損失(tanδ)の制御を考慮して選択されたものであり、tanδの制御という視点が要求される甲第1号証に適用してみる動機付けが働く。甲第1号証と甲第2号証とではtanδの範囲も重複している。さらに音響機器(音響装置)用の振動板(音響振動部材)として、環状オレフィン系重合体を用いることは、周知の技術事項である(甲第3号証?甲第8号証)。そうすると、当業者にとって、甲第1号証の樹脂製基材(樹脂材料)として、甲第2号証に記載の環状オレフィン系重合体(ARTON、ZEONEX)を適用することは容易想到である。そして、適用により得られるスピーカ用振動板の温度25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下であることは明らかである。」(異議申立書16頁10-21行)旨主張している。
しかしながら、上記イで検討したとおり、甲1発明に周知の技術事項を適用した際に、測定条件「25℃、周波数100Hz」における損失正接(tanδ)が0.03以下になるようにする動機はない。また、甲2記載の技術は光ディスクの基板材料に用いる技術であって、甲1発明とは技術分野及び課題が異なるから、甲1発明のスピーカ用振動板の基材に甲2記載の技術を用いる動機はない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(2)本件発明2ないし7について
本件発明2ないし7は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに限定したものであるから、上記(1)と同様の理由により、甲1発明、甲2記載の技術及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明1ないし7は、甲1発明、甲2記載の技術及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

2 申立理由2及び3(甲3を主引用例とする新規性及び進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
(ア)甲3発明の「熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物」から成形された「スピーカの振動板」は、振動することにより音を発生することが明白といえ、本件発明1の「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材」に相当する。
(イ)甲3発明の「熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物」をなす「ZEONEX 280」は、当業者の技術常識を考慮すると、市販のシクロオレフィンポリマー(COP)であり、脂環構造を有するものであるから、本件発明1の「環状オレフィン系重合体」に相当する。
そして、甲3発明の「熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物」が「ZEONEX 280」からなることは、本件発明1の「前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む」に相当する。
(ウ)本件発明1の音響振動部材は「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」であるのに対し、甲3発明はその旨の特定がない点で相違する。

そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材であって、
前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む音響振動部材。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3>
本件発明1は「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下であるのに対し、甲3発明はその旨の特定がない点。

イ 判断
上記相違点3について検討する。
(ア)新規性に関する検討
甲2記載の技術(上記「第4 2」参照)は、光ディスクの基板材料に、外部から振動等の力が加わった際に生じる振動の振幅を小さくするために温度25℃、100Hzでの損失正接tanδが0.02以上となる、0.028のARTONや0.026のZEONEXといったノルボルネン系の環状オレフィン開環重合体を用いるものである。
しかしながら、甲3発明は「ZEONEX 280」を用いるのに対し、甲2記載の技術はZEONEXの品番やグレード等が不明であり、「ZEONEX 280」と同じ特性を有するものなのか定かでない。
また、他の甲号証を検討しても、甲3発明の「ZEONEX 280」が本件発明1における「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」という構成を満たすかどうかは立証できておらず、当該構成は単なる周知、慣用技術の付加や転換といえるものでもない。
よって、相違点3は実質的な相違であるから、本件発明1は甲3に記載された発明ではない。

(イ)進歩性に関する検討
甲3発明における「ZEONEX 280」の使用は、各種の塗料や膜との接着性や透明性などを課題としており(上記「第4 3(3c)」参照)、弾性及び粘性の性質や損失正接(tanδ)に関するものではない。
また、他の甲号証を検討しても、「ZEONEX 280」からなる「熱可塑性飽和ノルボルネン系樹脂組成物」をスピーカの振動板に用いた際に、上記相違点3に係る「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」という構成を採用することは記載も示唆もない。
したがって、本件発明1は、当業者であっても甲3発明に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は「甲第2号証によれば、ZEONEXの温度25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)は0.026である。甲第3号証の実施例1の板の製造においては、ZEONEX以外の成分(フェノール系老化防止剤、スチレン・エチレン・ブタジエン・スチレン・ブロック共重合体)も使用されているが、それらの量はZEONEX100重量部に対して、それぞれ0.2重量部であって僅かであるから、実施例1の板の温度25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)は0.026である蓋然性が高い。」(異議申立書18頁4-9行)旨主張している。
しかしながら、上記イ(ア)で検討したとおり、甲2記載の技術はZEONEXの品番やグレード等が不明であり、甲3発明の「ZEONEX 280」と物性の特徴が同じとはいえず、異議申立人が主張している「蓋然性が高い」というだけでは、上記相違点3に係る構成が甲3発明に存在するかどうかは立証できていない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

(2)本件発明5ないし7について
本件発明5ないし7は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに限定したものであるから、上記(1)と同様の理由により、本件発明5ないし7は甲3発明であるとはいえず、また甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明1、5ないし7は甲3に記載された発明ではない。
また、本件発明1、5ないし7は、甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件請求項1、5ないし7に係る特許は、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項の規定に違反してされたものではない。

3 申立理由4(甲4を主引例)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。
(ア)甲4発明の「環状オレフィン系熱可塑性樹脂」を主成分とした基材から成形された「スピーカ用振動板」は、振動することにより音を発生することが明白といえ、本件発明1の「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材」に相当する。
(イ)甲4発明の「基材」が「環状オレフィン系熱可塑性樹脂」を主成分とすることは、本件発明1の「前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む」ことに相当する。
(ウ)本件発明1は「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」であるのに対し、甲4発明はその旨の特定がない点で相違する。

そうすると、本件発明1と甲4発明とは、
「樹脂材料により構成され、かつ、振動することにより音を発生する音響振動部材であって、
前記樹脂材料が環状オレフィン系重合体を含む音響振動部材。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点4>
本件発明1は「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」であるのに対し、甲4発明はその旨の特定がない点。

イ 判断
上記相違点4について検討する。
甲11記載の技術は、環状オレフィン系樹脂であるアペルは光学部品向け材料として適した特徴を有しており、アペルのグレードにAPL5014CLがあるというものである。
しかしながら、甲11記載の技術は、光学部品の技術分野のものとして扱われており、甲4発明のスピーカ用振動板とは技術分野が異なり、弾性率や剛性、耐熱性等に係る要求も異なるから、甲4発明のスピーカ用振動板の基材に甲11記載の技術のAPL5014CLを用いる動機がない。
また、他の甲号証を検討しても、環状オレフィン系樹脂をスピーカ用振動板の基材に用いた際に、上記相違点4に係る「動的固体粘弾性により求められる25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)が0.030以下」という構成を採用することは記載も示唆もない。
したがって、本件発明1は、甲4発明及び甲11記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 異議申立人の主張
異議申立人は「・・・アペル○R5014CLは、本件明細書の実施例で使用されている環状オレフィン系重合体である。・・・・・甲第4号証におけるスピーカ用振動板の環状オレフィン系熱可塑性樹脂としてアペル○R5014CLを用いれば、温度25℃、周波数100Hzにおける損失正接(tanδ)は、当然0.03以下となる。」(異議申立書19頁14-21行)旨主張している。
しかしながら、上記イで検討したとおり、甲11記載の技術のアペルは、光学部品の技術分野のものとして扱われており、甲4発明のスピーカ用振動板とは技術分野が異なり、弾性率や剛性、耐熱性等に係る課題も異なるから、甲4発明のスピーカ用振動板の基材の材料に甲11記載の技術のAPL5014CLを用いる動機がない。
よって、異議申立人の主張を採用することはできない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとはいえない。

(2)本件発明2ないし7について
本件発明2ないし7は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに限定したものであるから、上記(1)と同様の理由により、甲4発明、甲11記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明1ないし7は、甲4発明及び甲11記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件請求項1ないし7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
異議決定日 2021-06-29 
出願番号 特願2016-109178(P2016-109178)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (G10D)
P 1 651・ 121- Y (G10D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山下 剛史  
特許庁審判長 千葉 輝久
特許庁審判官 渡辺 努
五十嵐 努
登録日 2020-07-29 
登録番号 特許第6741481号(P6741481)
権利者 三井化学株式会社
発明の名称 音響振動部材および音響装置  
代理人 速水 進治  

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